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VW(フォルクスワーゲン)排ガス試験不正問題(その2)「欧州産業史上、最悪のスキャンダルがもたらす余波」 [企業経営]

VW(フォルクスワーゲン)排ガス試験不正問題については、9月28日に取上げた。米国下院で始まった公聴会でのVW米国法人CEOの証言は、いまだ核心には触れておらず、真相解明には時間がかかりそうだ。今日は(その2)として、在ドイツのジャーナリストの熊谷徹氏が、日経ビジネスオンラインに3回にわたり連載した「欧州産業史上、最悪のスキャンダルがもたらす余波」のうちの、初めの2回分を紹介したい。既に報道された点もあるが、体系的にVW問題を分析した記事としては秀逸である。

10月6日付け「(前篇)VW不正の莫大なコスト~リコール、訴訟、販売の減退」のポイントは以下の通り(▽は小見出し)。
・1100万台。欧州最大の自動車メーカー、VWが、世界各国の排ガス規制をかいくぐるために、不正なソフトウエアを搭載していた車の台数である。ドイツの政界、産業界、そして市民たちは、ドイツ経済のシンボルともいうべき巨大企業が行った「犯罪」に強い衝撃を受けている
▽不正によって大気汚染を野放し
・しかもそれは、設計ミスなどの過失ではない。現段階では、誰が不正ソフトを組み込んだのかはわかっていない。しかし一部の技術者たちが、排ガス規制が最も厳しい国の1つである米国でのテストに合格するために、故意に詐欺的行為を行った可能性が強い
・この容疑者たちは、消費者に対して売る製品に本来は使ってはならないソフトウエアを、あえてエンジンに組み込んだ。市民やVWの告発を受けて、ドイツの検察庁も被疑者不詳のまま、詐欺の疑いで捜査を始めている
・この容疑者たちは少なくとも1100万台の車に、英語でdefeat deviceと呼ばれるソフトウエアを組み込んだ。このソフトウエアは、車が規制当局の検査場などのテスト台の上に載せられると、前後4本のタイヤが全て同時に動いていないことを検知して、窒素酸化物の排出量を自動的に減らす。これらの車は、ソフトウエアの助けによって排ガスに関するテストを通過したものの、路上では検査場での測定結果を数十倍上回る量の窒素酸化物を排出していた。大気汚染を野放しにしていたのだ
・ドイツの政財界は、今、茫然自失の状態にある。この国は今100万人の難民流入という、未曽有の事態に臨み、厳しい局面を迎えつつある。これに加えて、同国の産業界を代表する「優良企業」の不正という、戦後最悪の経済スキャンダルに襲われた。いわばダブルパンチである。ドイツが駆け足で冬に向かいつつある今、この国には重苦しい空気が漂っている
▽トヨタ打倒の夢が崩壊
・VWは、あと一歩で「世界一」の栄冠を手にするところだった。同社の全世界での販売台数は、今年上半期に約504万台に達し、一時的にではあるがトヨタ(502万台)を追い抜いた。通年でもトヨタを抜いて世界一になるかと思われた矢先に、この不正が発覚した。すでにいくつかの欧州諸国が、問題のソフトウエアが組み込まれた車の販売を禁止しているので、VWの販売台数と売上高は今後伸び悩むだろう。VWの株価は、約2週間で40%下落。約250億ユーロ(約3兆5000億円)の株式価値が吹き飛んだ
・ドイツ政府と経済界にとって特に大きな打撃となったのは、このスキャンダルの核心が、環境保護である点だ。VWは、少なくとも1100万台の車に関し、違法ソフトによって、排ガス規制を骨抜きにした。ドイツは、「環境保護の先進国」を標榜し、「環境保護技術を世界に拡大する」ことをめざしてきた。今回の不正は「ディーゼル・エンジンによって環境保護に貢献する」というドイツの自動車業界の企図に、大きな疑問符が投げかけることになるかもしれない
・ドイツの環境団体からは、「現在明らかになっているのは、氷山の一角」という声も出ている。事態の今後の展開によっては、ドイツ自動車業界が誇りとするディーゼル・エンジン技術、さらには高品質の代名詞とされてきた「メイド・イン・ジャーマニー」に深い傷がつく可能性がある
・ドイツの政治家たちも、強いショックを受けている。メルケル政権の副首相で、連邦経済エネルギー大臣でもあるジグマー・ガブリエルは「フォルクスワーゲンの排気ガス不正は、全く許すことができない問題であり、真相の徹底的な究明が必要だ」と指摘。同時に「一部の人間の不正のために、VWの全ての社員、ドイツの自動車業界全体が疑惑の目で見られるようなことはあってはならない」と述べ、「メイド・イン・ジャーマニー」そのものに被害が及ぶことについて、警戒感を示した
・与党・キリスト教民主同盟(CDU)で、連邦議会議員団の院内総務を務めるフォルカー・カウダーは、VWの不正について「重大な信用失墜であり、我が国の経済にとって大きな問題をもたらすだろう」と語っている
▽「全容解明には少なくとも数カ月かかる」
・VWの監査役会(ドイツ企業における最高の意思決定機関)は2007年からCEOだったマルティン・ヴィンターコーンを事実上「解任」し、ポルシェの社長だったマティアス・ミュラーを新CEOに任命。新体制で疑惑の全面的な解明をめざす。しかし、VW再生への道は、極めて険しいものになる
・VW監査役会は9月30日に、社内の調査委員会と並行して、外部の第三者による調査も実施することを決め、米国のジョーンズディー法律事務所に調査を依頼した。VW監査役会は「調査が終了するまで、少なくとも数カ月かかるだろう」と述べ、不正の実態の解明に時間がかかるという見方を明らかにした。このため、11月9日に予定していた株主総会もキャンセルしている
・今回の不正が最初に発覚したのは米国だった。データ捏造が発覚する端緒を作ったのは、環境NGO「国際クリーン交通協議会(ICCT)」の委託を受けた、米国バージニア大学の助教授だった。彼は資金不足のために、知人からVWの車を2台借りて、2013年に米国大陸を横断して排ガスを測定し、道路を走行中の窒素酸化物の排出量が、テスト台の上での値を大きく上回る事実を発見した
・ICCTは、2014年5月にこのデータを公表したが、自動車の専門家以外にこの情報に注目する者はほとんどいなかった。ICCTは、米国の規制官庁である環境保護局(EPA)とカリフォルニア大気資源委員会(CARB)にデータを提出。これが、VWを揺るがす不祥事の引き金となった
・VWは、草の根の市民団体が実測すれば簡単に化けの皮が剥がれるようなトリックを、なぜあえて試みたのだろうか。今回のスキャンダルの大きな謎の一つだ
・もう一つ不可解なのは、VWがこの問題を9カ月にわたって放置していたことだ。ICCTの通報を受けたEPAとCARBは独自のテストによって、環境保護団体の指摘が正しいことを確認。EPAはVWに対して、走行時の窒素酸化物の排出量と排ガス検査時の排出量の値が食い違うことについて説明を求めた。これを受けてVWは2014年12月に48万台の車を米国で自主的にリコールした。ただしこの問題は本社上層部の耳には入らず、VWは根本的な改善措置を取らなかった。同社はEPAに対し、「ソフトウエアの誤作動であり、修正する」と弁解していた
・CARBが今年5月に再度VWのディーゼル車の窒素酸化物の排出量を点検したところ、改善は見られなかった。EPAが7月8日にテスト結果をVWに示したところ、同社は納得のいく説明ができなかった。このため、EPAはVWに対し、「対策を取らなければ、2016年にディーゼル・エンジンを積んだVWの新車の米国での販売を全く認可しない」と通告。この時点で初めて、排ガス問題がヴィンターコーンの耳に入ったと見られている
・VWは、今年9月3日に、EPAとCARBに対して、ソフトウエアによって検査時の窒素酸化物の排出量を抑える不正行為を行っていたことを告白した。だが、ヴィンターコーンはこの時点で排ガス不正の事実を直ちに公表しなかった。その理由は、フランクフルトの国際自動車見本市(IAA)の開会が9月17日に迫っていたことや、ニューヨークで新型パサートの発表を控えていたためかもしれない
・だがEPAの捜査・コンプライアンス担当官のシンシア・ジャイルスは、9月18日に記者会見を行ない、VWによる法律違反の事実を公表した。巨大企業の苦難の道がこの瞬間に始まった(ドイツのメディアは、VWが米国の規制当局に対して9月3日に不正を認めた後、15日間にわたってこの事実を公表しなかったことも、問題視
▽巨額の罰金と損害賠償金
・VWの肩にのしかかるのは、自動車のリコール費用だけではない。同社は今後深刻な法務リスクに直面する。まず米国のEPAが科す罰金。米国のクリーン・エア法によると、EPAは法律違反のためにリコールされた車1台につき、最高3万7500ドル(約440万円)の罰金を科すことができる。VWが米国で48万台の車をリコールした場合、罰金の総額は約180億ドル(約2兆1800億円)に達する
・VWは、今後米国で長く複雑な法廷闘争を強いられる。EPAは、法律に違反した企業に厳しい態度で臨むことで知られている
・同社が今回のスキャンダルに関する米国での弁護を、米国の法律事務所カークランド・アンド・エリスに一任したことは、同社が今回の事態をいかに深刻に見ているかを示している。この事務所は、2010年にメキシコ湾で起きた海底油田掘削施設「ディープ・ウォーター・ホライゾン」の爆発事故をめぐり、石油会社BPが米国で訴えられた時に、弁護を担当した。環境関連訴訟では、米国で最も経験が豊富な弁護士事務所だ。BPは、米国のクリーン・ウォーター法に基づいて、55億ドル(約6600億円)の罰金の支払いを命じられた。BPが負担した環境汚染の除去費用や弁護士費用などの合計は、550億ドル(約6兆6000億円)に達すると見られている
・さらに、市民からの民事訴訟も待っている。米国では、今回の不祥事によってマイカーの価値が下がったことをめぐり、すでに損害賠償訴訟が提起。米国にはクラスアクション(集団訴訟)という制度があり、1人の原告が同じ被害を受けた市民全員を代表して訴訟を起こすことができるので、賠償金や和解金の額が、日本やドイツでは想像もできない金額に達することがある
・またVWは、2014年の末に米国で50万台のディーゼル車のリコールを行ったのに、不正を公表しなかった。このことは、同社に高いツケとなって返ってくるかもしれない。米国には、懲罰賠償(punitive damage)という制度がある。陪審員と裁判官が被告の行為を「悪意のある行為」と認定した場合、一種の制裁として、被告に対し通常の損害賠償金額を大幅に上回る賠償金の支払いを命じることができる。当局に指摘されたにもかかわらず、違法な行為を直ちに是正しなかったことは、「悪意ある行為」と見なされかねない。VWがこうした危険を承知の上で、ディーゼル車をリコールした時に、なぜ不正を公表しなかったのかは、大きな謎である
・さらに、多くの投資家が株価の暴落によって経済損害を被った。すでに米国やドイツでは、VWの取締役たちに対して損害賠償を請求するための、株主代表訴訟が提起されつつある
・ただしドイツの自動車専門家らの間では、「VWは多額の罰金や損害賠償金の支払いを命じられても、対応できるだけの財務力がある」という意見が強い。同社の2014年の売上高は2015億ユーロ(約28兆円)。営業利益は128億4000万ユーロ(約1兆8000億円)、自己資本の額は900億ユーロ(約12兆6000億円)に達する
・もちろん、同社の業績が一時的に悪化する可能性は高い。最悪の場合、資金を作るために、VWグループに属する自動車メーカーを売却する可能性もある。ドイツの財務相、ヴォルフガング・ショイブレは、「この不祥事によって、数年後のVWは、今とは似ても似つかぬ企業になっているだろう」と述べている。今後の展開によっては、世界の自動車業界に大きな変化が生まれる可能性もある
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/219486/100500006/?P=1

次に、10月7日付けの「(中編)VW不正とピエヒ会長失脚が続いたのは偶然か?」のポイントを紹介しよう(▽は小見出し)。
・さてVWの排ガス不正が発覚したのは米国だが、本当に事態が深刻なのは、欧州である。米国や日本と異なり、欧州ではディーゼル車の人気が非常に高く、乗用車の約56%がディーゼルエンジンを積んでいるからだ
・ドイツでもディーゼル比率は48%に達する。ドイツではディーゼル用の燃料がガソリンよりも安く、多くの市民が「ディーゼル車の方がガソリン車よりも長持ちする」という一種の「ディーゼル信仰」を持っている。ディーゼル車をこまめに整備しながら、40万キロメートルも乗るカーマニアは珍しくない
▽乗用車の半数がディーゼル
・米環境保護局(EPA)によると、不正ソフトが搭載されているフォルクスワーゲン(VW)車の台数は、米国だけで48万2000台。これに対しVWは、9月29日に「約500万台の車をリコールする」と発表している。本稿を執筆している10月2日の時点では、VWはその内訳を発表していない
・各国政府の発表などを総合すると、リコール台数はドイツで280万台、フランスで95万台、スペインで70万台、ベルギーで40万台、オーストリアで36万台に達するものと推定
・同社は今後、問題のソフトが搭載されている車の所有者1人1人に手紙を送り、修理工場で改善措置を施さなくてはならない。VWは不正発覚後、65億ユーロ(約9100億円)の資金を用意したことを明らかにしたが、これはリコールにかかる費用だけである
・現在監査役会が行っている調査の焦点は、「誰が不正ソフトの搭載を決めたのか」「(CEOだった)マルティン・ヴィンターコーンなど経営陣は、不正ソフトの使用を知っていたのか」という点である。 社内調査委員会は、監査役会に9月30日に提出した中間報告書の中で、「EA189型ディーゼルエンジンに不正ソフトを搭載する決定は、2005年から2006年に、VWのヴォルフスブルク本社で行われた」という見方を明らかにしている
・現在その中で注目されているのが、2011年に同社のエンジン開発部長となり、2013年から取締役となったハインツ・ヤーコブ・ノイサーである。彼は他のメーカーでもエンジン開発を担当した、有能なエンジニアだ。VWはノイサーら数人の幹部社員を自宅待機処分にし、事情聴取を行っている
・ドイツの公共放送局NDRなど複数のメディアは、「2011年にVWのエンジニアがノイサーに対して、不正ソフトについて指摘したが、ノイサーは真剣に対応しなかった。エンジニアは、この事実を調査委員会に報告している」と報じた。だがノイサーが内務告発をもみ消したのか、彼が不正ソフトの搭載に関わっていたかどうかは、まだ確認されていない
・またドイツの経済紙「ハンデルスブラット」など複数のメディアは、「問題のソフトウエアは、大手の自動車部品メーカー、ボッシュが2007年にVWに供与した。しかしボッシュは、VWに対して、このソフトはテストだけに使うべきもので、実際に販売される製品への搭載は違法だと警告していた」と報じている。ボッシュは、ディーゼル技術に関する自動車部品では、世界有数のメーカー。VWに対する守秘義務を理由に、この記事に対するコメントを拒否。加えて、ボッシュは、ドイツのメディアの報道に対し、排ガス不正への関与を全面的に否定
▽CEOは知らなかった?
・VWは、ドイツの他の大企業と同じく、コンプライアンス(法令順守)や企業の社会的責任(CSR)を極めて重視する企業だった。VWの社員数は、世界中で約60万人。そのうち、約4万人が技術開発に携わっている。彼らの間から、長年にわたって本格的な内部告発が行われず、不正ソフトが使われていたのは、驚くべきことである
・9月23日にCEOの座を退いたヴィンターコーンは、監査役会に対して、「不正ソフトについては、EPAから指摘されるまで全く知らなかった」と主張。 この発言については、ドイツの報道機関の間で「にわかには信じ難い」という声が出ている。その理由は、たたき上げのエンジニアであるヴィンターコーンが、細部にこだわるCEOだったからだ
・彼は、VW社内で「マイクロ・マネジャー」「コントロール・フリーク」として知られていた。ヴィンターコーンの細部へのこだわりを示す、有名なビデオ映像がある。撮影された場所は、2011年にフランクフルトで開かれた国際自動車見本市(IAA)である。ダブルのスーツに身を包んだヴィンターコーンは、部下たちを引き連れて、韓国の現代自動車の展示スペースを訪れた
・CEOは、現代自動車の乗用車の後部のドアを開くと、懐中電灯まで使って、細部を子細に点検。運転席に座ると、ハンドルの高さを変えるためのレバーを操作した。彼は「ビショッフ!」と技術部長を呼びつけ、「レバーを操作しても、全然ガタガタしない。現代自動車にできるのに、なぜ我が社はできないのか?」と詰問した。技術部長は蚊の鳴くような声で「我が社でも可能なのですが、値段が高くなりすぎるのです」と弁解した。ヴィンターコーンはそれでも納得せず、「なぜ現代自動車には、これが可能なんだ!」と父親が子どもを叱るような口調で部下をなじった。  ヴィンターコーンは、自社の車のトランクが閉まる音にまでこだわったという逸話が伝わっている
・これほどディテール(細部)にこだわるCEOが、自社の製品に不正ソフトが使われていたことを知らなかったというのは、驚くべきことである
・VWの監査役会が9月23日に、報道機関の目を避けるために、ブラウンシュヴァイクの空港の会議室で緊急会議を開いた時、ヴィンターコーンは1時間半にわたり、不正ソフト使用の事実を知らなかったことを強調。CEOの座に残って、全容を解明したいと訴えた。だが監査役会のメンバーたちは、旧体制のままでは同社の創業以来最大の不祥事を解明することは難しいと考え、ヴィンターコーンのCEOとしての契約を延長する気がないことを明らかにした。孤立無援となったヴィンターコーンは、いやいやCEOの座を明け渡したのである。2014年に1590万ユーロ(約22億円)の年収を稼ぎ、ドイツ企業の経営者の中で最も多額の報酬を受け取っていたヴィンターコーンは、一挙に奈落の底に突き落とされた
▽米国市場でのシェア拡大を計画
・今回のスキャンダルについては、いくつか大きな謎が残っている。たとえば、「世界で最も多額の資金を研究開発に投入している」とされるVWが、なぜ不正ソフトを使わなければ、米国の排ガス規制をクリアできなかったのかという点だ。VWの技術陣は、世界各国で排ガス規制が強化される中、ディーゼルエンジンが排出する有害物質を抑制する機能の開発で、壁に突き当たっていたのだろうか
・違法なソフトウエアは、VWが2007年から2015年までに製造した、EA189と呼ばれる、2リッターのディーゼルエンジンに組み込まれた
・ディーゼルエンジンでは、燃費を良くすると窒素酸化物の排出量が増えるというジレンマがある。窒素酸化物を減らすには、AdBlueと呼ばれる尿素溶液を混入すればよいが、この方法はコストを増やす上に、ユーザーが定期的に尿素を足さなくてはならないので面倒だ。EA189型エンジンが尿素を混ぜなくても規制当局のテストに合格していたのは、違法なソフトウエアのためだったのだ
・2007年と言えば、ヴィンターコーンがCEOに就任した年である。この時、米国市場でのVWのシェアは3%未満だった。ヴィンターコーンは、ディーゼル車によって米国市場でのシェアを2015年までに15%に増やす目標を掲げた
・しかし、ディーゼルエンジン車の販売は今日に至るまで、米国では低調だ。2008年のロサンゼルス自動車見本市では、VWのディーゼル車であるジェッタTDIが、「グリーン・カー・オブ・ザ・イヤー」つまり、環境への負荷が最も少ない車に選ばれた。米国でディーゼル車が、最も環境にやさしい車として賞を受けたのは、この時が初めてである。この車には、不正ソフトを使ったエンジンEA189が搭載されていたと見られている。  だが米国の消費者には、ディーゼル車は相変わらず不評だった。2014年に米国で販売された乗用車の中でディーゼルエンジンを使っている車は、わずか3%にすぎない。これはドイツの48%に比べるとはるかに低い数字だ
・2013年に米国で販売された新車の台数で見ると、VWのマーケットシェアは、わずか2.6%。GM(17.9%)、トヨタ(12.2%)の足元にも及ばない。2013年12月のVWの米国での1カ月間の販売台数は、前年の12月に比べて23%も減った。ヴィンターコーンは、2014年にデトロイトで開かれた自動車見本市の場で、「米国は世界で最も難しい自動車市場だ」と語っていた
・デュイスブルク・エッセン大学の、自動車研究センターのフェルディナンド・ドゥーデンホーファー教授は、「米国ではVWは個性を欠いており、他のメーカーの車に簡単に取って代わられる」と指摘する。特にVWの欠点は、米国市場の他のメーカーに比べてモデルチェンジが遅いことだった。米国では、消費者に対して常に新しいモデルを提供することが極めて重要である。VWは、そのことを長い間理解できなかった
・VWは、2013年12月に米国支社の社長を米国人のジョナサン・ブラウニングからドイツ人のミヒャエル・ホルンに交代させた。その理由の1つは、フォードや現代自動車が実現していた「プラグ・イン・ハイブリッド」の技術を米国での実用化するのが遅れたためとされる。この時も、ヴィンターコーンは居並ぶ米国の幹部社員の前で激怒したという。新社長ホルンは、「VWはもっと迅速に新しいモデルとイノベーションを市場で紹介しなくてはならない」と述べていた
・2014年の同社の販売台数を地域別に比べると、欧州の43.3%、アジアの40%に対し、北米は8.8%と大幅に低くなっている(LINK先にはグラフあり)
▽中央集権的な巨大企業
・ドイツの報道機関の間では、「VWが米国で伸び悩んだ原因の1つは、その企業体質にある」という意見が出ている
・VWは、中央集権的な性格が極めて強い企業だ。細部にこだわるCEOの命令は絶対であり、その経営手法は家父長的ですらあった。社員の中には、「VWには、上司の言うことは絶対であり、反論してはならないという、“不安に満ちた空気(Klima der Angst)”があった」と語る者もいる。同社の社員から、EA189型エンジンが規制当局のテストに合格するからくりについて、本格的な内部告発を行う者がいなかった背景には、こうした空気があったのかもしれない
・ドイツの市場関係者の間では、「米国の厳しい規制に合格するために、排ガス関連システムを大幅に改善するには、多額のコストがかかる。一部のエンジニアたちは、そのような提案を上層部に行って叱責されるよりは、不正ソフトによって規制当局のテストに合格する道を選んだのではないか」という憶測が流れている
・ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」のアルミン・マーラー記者は、9月26日号の巻頭言で「ドイツの大企業の幹部の間では、自分は絶対に間違わないと思い込む者が多い。目標を達成するためには、どのような手段も正当化する。ヴィンターコーンは、トヨタを追い抜いて世界の自動車市場のナンバーワンになることを最大の目標とした」と指摘する
・つまりヴィンターコーンはトヨタを追い抜くという目標のために視野がせばまり、社内の不正行為に気づかなかったというのだ。つまり「木を見て森を見ず」の状態に陥った。マーラー記者は、今後のVWは、大企業が陥りがちな傲慢さと自惚れを捨てるべきだと述べている
・ちなみに近年ドイツのいくつかの大企業は、似たような病に苦しんでいる。ドイツ最大の銀行であるドイツ銀行は利子率の操作をめぐるスキャンダルで米国の監視当局から巨額の罰金の支払いを命じられ、業績の悪化に苦しんでいる。大手電力会社のRWEとエーオンは、福島での原発事故が発生した後も、再生可能エネルギーへの転換に迅速に踏み切らなかったため、業績が悪化し、株価が下落している
・マーラー記者は、これらの企業に共通するのは、傲慢さと自惚れのために、市場の急激な変化に気づくのが遅れたことだと指摘する
・英国の投資アナリストの間にも、「VWの中央集権的な体質は、時代遅れ。傘下のグループ企業に決定権と行動の自由を与えるべきだ。同社が必要とする発想の転換を実現するには、上層部の入れ替えは絶対に必要だ」という指摘が出ている
・「ウォールストリート・ジャーナル」によると、アップルは2019年に自動走行カーを発売する予定だ。ドイツでは、「排ガス不正に揺れるVWはアップルやグーグルに後れを取ることなく、自動車ビジネスのデジタル化を実現できるだろうか」と危ぶむ声が出ている。VWが創業以来最大のスキャンダルに苦しんでいる間に、アップルやグーグルが新しいテクノロジーを使った車で、市場を席巻する可能性がある
▽なぜピエヒはヴィンターコーンと訣別したのか
・さてVWの前近代的な経営体質は、ヴィンターコーンが始めたものではない。1993年から2002年までVWグループの社長を務め、2002年から2015年4月まで監査役会長を務めたフェルディナンド・ピエヒから引き継いだものである。ピエヒは、VWグループの株式の32.4%を保有するポルシェ社の大株主として、欧州最大の自動車メーカーの経営について、隠然たる影響力を持ってきた
・ピエヒは、2015年4月に突然「私はヴィンターコーンと距離を置くことにした」とニュース週刊誌とのインタビューで発言。米国でのビジネスが不調であることを理由に、ヴィンターコーンをCEOの座から引きずり下ろすことを画策した。しかし監査役会の他のメンバーや、労働組合関係者らに反対されて失敗。ピエヒはグループ内で厳しい批判にさらされ、監査役会長を辞任した。「フォルクスワーゲンのキングメーカー」として君臨していたピエヒは、生まれて初めての屈辱を体験し、自動車業界の表舞台から姿を消した
・監査役会の他のメンバーがヴィンターコーンを擁護した理由の一つは、彼がめざましい業績を生んでいたことだ。2005年には524万台だった全世界の販売台数を2014年には949万台に増やした。収益性も改善させている。現在VWは中国に18の工場を持つ。中国での自動車製造を積極的に拡大したのも、ヴィンターコーンだった
・つまりヴィンターコーンは、VW創設以来、最も苛烈な権力闘争に勝ったばかりだった。ピエヒはヴィンターコーンをVWグループの総帥の地位に引き上げた「父親」だった。ピエヒが今年4月に監査役会から追われたことは、VWで、ある時代が終わったことを意味していた。同社にとっては、革命的な事態だった
・しかしVWの「父親」とも言うべきピエヒが取締役会を去った直後に、排ガス不正の発覚という災厄がVWを襲った。このことは、何を意味しているのだろうか。ピエヒの失脚と、排ガス不正の発覚が同じ年に起きたことは、単なる偶然なのだろうか
・ VWの監査役会は不正が発覚する前、2015年9月23日の会合で、ヴィンターコーンのCEOとしての雇用契約を延長することを予定していた。米国で排ガス不正が発覚したのは、その直前の9月18日。ヴィンターコーンの運命は、CEO契約の更新を目前に一転した。ピエヒにとっては、自分が画策しながら失敗した「ヴィンターコーン降ろし」が、わずか5か月後に実現したことになる
・このため、「今回のスキャンダルは、ヴィンターコーンに復讐するために、ピエヒが仕組んだものではないか」という「陰謀説」もドイツでは流れている。VW社内でも、従業員たちの間で「権謀術数にたけたピエヒが、おとなしく隠居生活に入るとは思えない」という声が出ている。しかし、国際クリーン交通協議会(ICCT)がドイツ車の排ガスに関する研究プロジェクトへの参加団体を募集したのが2012年であり、通常の走行時の有害物質の排出量と、テスト時の排出量に大きな違いがあるという事実が公表されたのが2014年4月だったことを考えると、この「陰謀説」には無理がある
・さらに、今回のスキャンダルはヴィンターコーンだけではなく、ピエヒが築き上げたフォルクスワーゲン王国そのものの名声を傷つけるものでもある。その意味では、ピエヒ自身の威信にも傷がついたといえる
・それとも、ピエヒは社内に張り巡らした情報網によって、2015年中に米国から大津波が押し寄せることを知っていたのだろうか。そのために、2015年4月に突然ヴィンターコーンとの間に距離を置いたのだろうか。彼が米国ビジネスの不振をヴィンターコーン降ろしの理由に挙げていたことは興味深い
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/219486/100500006/?P=1

問題の深刻さは、このブログで取上げた東芝やソニーとは比較にならないほど、はるかに深刻で広がりがある。
ドイツの政財界が、難民問題に今回の問題が加わり、「茫然自失の状態」にあるとは、ただただ、「お気の毒さま」というほかない。「環境保護の先進国」の面目も丸潰れであろう。「メイド・イン・ジャーマニー」のブランドへのダメージが最少で済むよう願うばかりだ。
VWだけでなく、ドイツの大手企業が、銀行、大手電力会社などもVWと似た病に苦しんでおり、「傲慢さと自惚れ」が「市場の急激な変化に気づくのを遅らせた」との指摘は、さすがドイツ在住ならではの視野の広さだ。
2014年にドイツ企業の経営者の中で最も多額の報酬を受け取っていたヴィンターコーン前CEOは、VWの「父親」とも言うべきピエヒ前々CEOとの権力闘争に勝ったばかりのところで、今回の事件で一挙に奈落の底に落とされたとは、この世の中の「はかなさ」さえ感じさせられた。
明日は、後篇を紹介する予定である。
タグ:VW(フォルクスワーゲン)排ガス試験不正問題 熊谷徹 日経ビジネスオンライン 欧州産業史上、最悪のスキャンダルがもたらす余波 VW不正の莫大なコスト~リコール、訴訟、販売の減退 1100万台 defeat device 路上では検査場での測定結果を数十倍上回る量の窒素酸化物を排出 政財界は、今、茫然自失の状態 難民流入 最悪の経済スキャンダル ダブルパンチ トヨタ打倒の夢が崩壊 環境保護の先進国 環境保護技術を世界に拡大 大きな疑問符 メイド・イン・ジャーマニー 全容解明には少なくとも数カ月かかる 第三者による調査 ジョーンズディー法律事務所に調査を依頼 最初に発覚したのは米国 環境NGO「国際クリーン交通協議会(ICCT)」 2014年5月にこのデータを公表 環境保護局(EPA) 引き金 がこの問題を9カ月にわたって放置 ディーゼル・エンジンを積んだVWの新車の米国での販売を全く認可しない」と通告 ヴィンターコーンの耳に入った 巨額の罰金と損害賠償金 罰金の総額は約180億ドル 法律事務所カークランド・アンド・エリス 市民からの民事訴訟 株主代表訴訟 対応できるだけの財務力がある VW不正とピエヒ会長失脚が続いたのは偶然か? 本当に事態が深刻なのは、欧州 乗用車の半数がディーゼル 誰が不正ソフトの搭載を決めたのか エンジン開発部長 ハインツ・ヤーコブ・ノイサー ボッシュ このソフトはテストだけに使うべき 細部にこだわるCEO コントロール・フリーク EA189型エンジンが尿素を混ぜなくても規制当局のテストに合格していたのは、違法なソフトウエアのためだったのだ 米国市場でのシェア拡大を計画 米国では、消費者に対して常に新しいモデルを提供することが極めて重要 VWは、そのことを長い間理解できなかった 中央集権的な巨大企業 トヨタを追い抜くという目標のために視野がせばまり、社内の不正行為に気づかなかった 傲慢さと自惚れ 近年ドイツのいくつかの大企業は、似たような病に苦しんでいる ドイツ銀行 大手電力会社のRWEとエーオン 市場の急激な変化に気づくのが遅れた 中央集権的な体質は、時代遅れ フェルディナンド・ピエヒ VWの「父親」とも言うべきピエヒが取締役会を去った直後に、排ガス不正の発覚
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