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トランプ新大統領誕生(その12)(冷泉彰彦、小田嶋隆両氏の見方) [世界情勢]

昨日に続いて、トランプ新大統領誕生(その12)(小田嶋隆、冷泉彰彦両氏の見方) を取上げよう。

先ずは、在米作家の冷泉彰彦氏が2月4日付けのメールマガジンJMMに寄稿した「トランプ時代という不透明感」 from911/USAレポートを紹介しよう。
・2017年1月20日、「オンリー・アメリカ・ファースト」という異常な宣言と共にドナルド・トランプ氏が第45代合衆国大統領に就任してから2週間。日に日に世相は不透明感を増しています。不透明感といっても、株が下落して底が見えないというような「真っ暗な恐怖」というのではありません。例えば株は高いですし、2月3日に発表された1月の雇用統計は非常に好調でした。ですから、漠然とした好況感というのはあるのです。 そうではあるのですが、何とも言えない不透明な感じ、つまり先行きへの不安感のようなものが重苦しく漂っているのは確かです。3つの問題があるように思います。
・1つ目は、正にそのトランプ大統領自身が主張している「アメリカ・ファースト」という考え方です。スローガンとして掲げるというのだけなら、分からないでもないのですが、既にこの「大統領」は態度として示し続けているわけで、これは大変に問題です。
・典型的なのは豪州のマルコム・ターンブル首相との電話会議でのトラブルです。これは、1月28日に起きた「事件」ですが、要するに電話の中で、豪州が収容している難民について、以前から米国との間で合意しているアメリカでの受け入れについて、突然怒り出し「オーストラリアはアメリカに第二のボストン爆弾魔を送る気か?」などと言い出したというのです。ターンブル首相も一国の総理大臣であり、国を代表して会話している中では、そのような一方的な「ブチ切れ」を甘受するわけには行かず、電話はそこで終わったというのです。
・話としてはそれだけですが、異常なのは、このニュースがこの一週間何度も何度も取り上げられているということです。勿論、メディアが「トランプ攻撃」の材料とするのは当然として、何が異常なのかというと、政権側が居直るばかりで「事態の収拾に努力をしていない」ということです。
・例えば、ホワイトハウスのケリアン・コンウェイ顧問は、この件での追及に対して「難民の中から乱射事件が起きた」と居直っています。どうも、イラクからの移民が乱射事件を起こしたということが言いたいらしいのですが、そんな事実はなく、事実はないということへの訂正もありません。
・その一方で、オーストラリアからの難民移送に関しては、大統領が怒ったとかいうこととは無関係に、協定どおりに今でも進んでいるという話もあり、何ともチンプンカンプンというところです。 これはいわゆる「オルタナ・ファクト(オルタナ・トルース)」という種類のもので、要するに支持者受けするようなパフォーマンスが大事であって、そのパフォーマンスの中で言及されている事実は、感情論をうまく表現できていれば、それで良く、事実であるかどうかは関係ないという「政権周辺が就任以来多用してきている」手法の一つだということも言えます。
・もう一つイヤな印象を与えるのは、オーストラリアという米国の南太平洋における軍事・外交上の緊密なパートナーに対して、こうした非礼を平気で行うということです。今回の政権には、「同盟国と言われている相手に対してこそ、米国のカネを一方的に垂れ流す関係がある」というような「理論」があり、だからこそ「同盟関係の損得を見直すのがアメリカ・ファースト」だという姿勢があるわけですが、今回の電話「ブチ切れ事件」は、それが現実のものとなった中で、非常な恐怖感があるわけです。
・つまり、具体的にはNATOへの冷淡な姿勢など、世界の軍事外交バランスを激変させてしまうような危険性もあるわけで、そんな中で、各メディアは、豪州との問題を「不透明感の象徴」としてズルズルと引きずっているような感覚があります。
・2つ目は、大統領が「怒りのパフォーマンス」を続けている一方で、クラシックな共和党的な施策がどんどん進行しているという点です。例えば、最高裁判事候補には保守派のニール・ゴーサッチ判事を指名するとか、オバマ大統領時代に進められたビジネスに関する様々な規制を一方的に解除するといった動きです。
・何が問題なのかというと、こうした「共和党的な施策」とういうのは、コアのトランプ支持者、つまり中西部の「忘れられた白人たち」の利害には必ずしも一致しないということが、まずあります。特に投資銀行に対する規制などは、2008年のリーマンショックを受けて「大きすぎて潰せない」ような金融機関に対しては、万が一の場合には公的資金注入の可能性があるのだから、反対にそのような危機に陥る危険性を増大するようなリスキーな取引を規制するという思想で導入されたものです。
・こうした規制を、バブル経済が拡大しつつある中で解除するというのは、よく考えれば富裕層の利害しか代表しない措置であるとも言えるのですが、とりあえず何の議論もないままに、「オバマがやったことは全てひっくり返せ」というモメンタムの中で、規制緩和が進行中です。一番の問題は、そこに「大局観」がないということです。
・小さな政府、小さな規制という思想で行こう、その上で国民の一人ひとりが自営業を起業するような気概で、経済を拡大していこう、例えばブッシュ時代には(必ずしも成功したわけではありませんが)そのような「オーナーシップ社会」というビジョンがありました。では、今回のトランプ時代には、同じものがあるのかというと、それはないわけです。
・メキシコが、あるいは中国や日本が雇用を奪ったから奪い返せ、という話はあります。では、額に汗して働く中流層の職業倫理を深化させようとしているのかといえば、大統領自身が、派手なリゾートやゴルフコースの経営を生業として来た人物であり、堅実な製造業労働者のカルチャーを持っているわけではありません。
・にも関わらず、現状の中では「忘れ去られている」とか「見下されている」という彼らの劣等感や怨念に「つけ込んで」その感情論を政治的な求心力にしているわけですが、その中身は実はないわけです。つまり、経済という意味でも、社会という意味でも、どのような「アメリカ」を作っていくのかというと、要するにオバマの手法の陰画でしかないわけです。
・そんな中で、小さな政府論や規制緩和が、「オバマの政策のちゃぶ台返し」として、ドサクサに紛れて「大局観」なしに進められている、そこには危機感を覚えます。その先にあるのは、実体経済から乖離したバブルの膨張という危険な経済水域に入っていく可能性を感じるからです。
・軍事外交に関しても、「トランプ流のメチャクチャ」な対応と、「クラシックな共和党」的な方針が混在しているように見えます。例えば、ウクライナでのロシア系による紛争発生に関しては、ニッキ・ヘイリー国連大使はロシアに対して強い非難を加えています。これだけ見れば、オバマや共和党本流のように「対ロシア警戒路線」というのが残っているように見えますが、一方で、これと前後して正式就任したティラーソン国務長官は、明らかに対ロ関係改善を志向しているようでもあり、どうにも不透明です。
・第3の問題は、いわゆる左右対立です。これは、特に1月27日に突然発令された「7カ国の国籍者への90日間の入国禁止、難民の120日間入国禁止」によって、抜きさし難いものとなりました。全国的に、空港などでの抗議行動は断続的に続いていますし、カリフォルニア州のUCバークレーで起きた反対デモは激しく警官隊と衝突する中で、大統領は同校への「連邦予算の補助金停止」を示唆するなど、対立は激しさを増しています。
・ただ、反対派の方も「顔の見えるリーダー」がいるわけではありません。強いて言えば、議会上院の「少数党院内総務」であるチャック・シューマー議員(民主、NY州選出)が野党の代表として、政権批判を続けているわけですが、特にカリスマ性のあるキャラクターでもないので、反対運動の求心力になっているわけではありません。
・例えば、駐日大使として3年間強の任期を終えて帰任したキャロライン・ケネディ氏については、2月3日(金)朝のNBCに出演していましたが、「民主党の中ではスキャンダル・フリー」だということで、国政選挙への待望論が一気に出てきています。2018年の上院という話は、相当の頻度で出てきますし、中には2020年の大統領選に担ぐ声も既に出ています。
・一方で、本選で敗北したヒラリー・クリントン氏に関しては、NY市長選への待望論が出ています。理由は簡単で、2017年に行われる著名な公職の選挙としては、これがほぼ唯一だということ、そして、上院議員に2期連続で圧勝して以来の「基礎票」があるというのですが、現職のデブラシオ市長(民主)が二期目を目指している以上は無理筋という意見もあります。
・2016年の選挙ということでは、トランプ、ヒラリーに次いで存在感を見せた、バーニー・サンダース氏は、依然として「無所属の上院議員」として現役であり、トランプ批判の論客として活躍していますが、依然として左派ポピュリズムの受け皿としての自分について自覚的であるようです。
・そんなわけで、民主党の側が反対の論陣を張るにしても、どう考えてもバラバラというのが現状です。これでは、政治的に大統領に対抗するパワーとはなり得ていない、そう言われても仕方がありません。
・そんな中、世論の関心は2月5日(日)に迫ったスーパーボウルに集まっています。開催地はヒューストンのNRGスタジアム。「本来」であれば、ニューイングランド・ペトリオッツ(レギュラーシーズン14勝2敗)と「地元」であるダラス・カーボーイズ(13勝3敗)が激突するという期待があったわけで、ダラスが負けてしまったことで、テキサスの人々の興味は今ひとつということになりましたが、依然としてペトリオッツという超人気チームが出るということで話題を呼んでいます。
・このスーパーボウルでは、30秒6億円という「広告合戦」がもう一つの話題を提供するわけですが、今年は、バドワイザー社が「我々の伝統を作ったのは移民たち」だというコンセプト、つまり考えようによっては「アンチ・トランプ」のメッセージを潜ませた広告を制作したとして既に話題になっています。 また、ハーフタイムショーはレディ・ガガが担当するということで、「何かアンチ・トランプのメッセージ発信をするのでは?」という噂もありますが、こちらの方は、本人が「アメリカ人全員に届くようなメッセージにする」としているので、期待薄という説もあります。いずれにしても、トランプ現象を「忘れる」にしても「何らかの批判をしたい」にしても、このスーパーボウルという場が話題になる、それもまた、この2017年2月の世相なのかもしれません。
・そんな中で、ニューヨーク市では1月10日に60歳で亡くなった警官に関心が集まっています。その警官というのは、スチーブン・マクドナルド氏という人で、1986年にセントラルパークをパトロール中に、職務質問をした相手の15歳の少年にいきなり3発の銃弾を打ち込まれて一命はとりとめたものの、半身不随になってしまっていました。
・ですが、このマクドナルドという人は、加害者を「赦す」ということを生涯のテーマとして説き続けたのです。その父の生き方に共感した息子さんもNYPDの警官になっているのですが、それはともかく、半身不随となっても職務を継続したマクドナルド氏は、心臓発作のために1月に亡くなっています。その葬儀はNYPDを挙げての盛大なものであったそうですが、それから約1ケ月を経た2月の第一週には、改めて全国ニュースとしてマクドナルド氏の葬儀の様子が紹介されています。
・余りにも「利己」を前面に出したトランプ政権のカルチャーに対して、「赦し」の思想を訴え続けたマクドナルド氏の生涯に「一服の清涼剤」を感じる人が多いということなのでしょうか。
・そのトランプ大統領に関しては、各種の世論調査結果が「就任直後の支持率」を出し始めていますが、2月3日にCNN・ORC(ORCインターナショナルという世論調査機関)の調査結果として、支持44%、不支持53%という数字が出ています。 CNNは戦後の大統領の中で、就任直後の支持率としては「断トツに低い」という論評をしていますが、感覚としては「まあこんなもの」であり、直ちに罷免とか辞任につながるような危険水域でもないわけです。
・とにかく、「これからも劇場型パフォーマンスが続く」ということは、想定内にしても、実際の経済や外交に悪い影響が出るのか、出ないのか、不透明な世相は当分続きそうです。

次に、コラムニストの小田嶋隆氏が2月3日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「クラッシャー上司」が米国を率いる」を紹介しよう。
・トランプ新大統領が就任して、2週間弱が経過した。 この10日間ほどのうちに、これまでの米国の常識からは考えられなかった大統領令が矢継ぎ早に発令され、そのうちのいくつかは、米国のみならず世界中に混乱を引き起こしている。
・その大統領令のひとつに異議を唱えた政権首脳の一人が、いきなり更迭された。 中東・アフリカ7カ国からの渡航を制限するトランプ氏の大統領令について、従う必要はないとの考えを司法省に伝えていたサリー・イェーツ司法長官代理が解任されたのだ。 報道によれば、イェーツ氏は、オバマ前政権下で司法副長官を務め、トランプ政権になっても政権側の意向で長官代行を務めていた。彼女は、1月30日に今回の大統領令が合法であるとの確信が持てないとし、司法省は擁護しないとの見解を明らかにした。で、自身の見解を明らかにしたその1時間後に解任された。
・なんと電撃的な人事であろうか。 まるでテレビ用演劇プロレスの人事往来シナリオそのものではないか。  ホワイトハウスは、解任にあたって発表したステートメントの中で「米国市民を守るための法令執行を拒否し、司法省を裏切った(英語では"betrayed")」と非難し、同氏の行動は政治的なものだと説明している。さらに「イェーツ氏は、国境警備に弱腰で不法移民問題にも非常に疎かったオバマ前大統領に指名された」旨も付記している(こちら)。
・政府の最高機関であるホワイトハウスが、その公式な声明文の中で、職を離れる人間に対して、このような罵倒に近い表現で言及した例が過去にあったものなのかどうか、私は詳しい事情を知る者ではないのだが、いずれにせよ、こんな言い方で解任を言い渡すケースが極めて異例であることは確かだと思う。 解任の意図なり意味なりは、職を解いたという事実を通して、既に、これ以上ない形で端的に、本人にも世間にも広く周知されている。
・とすれば、ホワイトハウスが、その公式ステートメントを通して、既に職を辞して一般人となった人間の背中に向けて、追い討ちをかけるようにして非難の言葉を投げかけなければならなかったのはいったいなぜなのだろうか。
・答えは、トランプ大統領その人の心の中にしか求めようがない。 要するに、この声明文の中にある非難の文言は、トランプ大統領が一連の人事を 「ムカついたから」 という14歳の子供みたいな感情に基づいて執行したことを示唆するとともに、大統領自身が、そのこと(自分が感情的な判断を下す人間であること)を隠そうともしていないことを意味している。 大統領が怒りの感情にかられて人事の判断をしたのだとすれば、それはそれでかなり恐ろしいことだ。 が、より恐ろしいのは、彼が怒りの感情を隠そうとしていないことだ。
・私自身、犯罪を犯したわけでもない個人に向かって「betrayed」という言葉を使って非難する政権のやりざまに、不吉なものを感じないわけにはいかなかった。 というのも、権力者というのは、怒りの感情をほのめかすだけで、その権力の及ぶ範囲のすべての人間に恐怖を感じさせることができる存在であり、その意味で、自身の悪感情を隠さない人間が米大統領の座に就いたことは、ホワイトハウスがまるごと、もっと言えば、世界中が、この先、恐怖の中で暮らさなければならなくなったことを意味しているからだ。
・おおげさなことを言っているように聞こえるかもしれない。 が、怒りというのは、それほど破壊的な作用をもたらすものなのだ。 つい最近『クラッシャー上司 --平気で部下を追い詰める人たち--』(松崎一葉著 PHP新書)という本を読んだのだが、その中に、部下を鬱病や退職に追い込む(つまり部下を「潰す」)上司の典型例がいくつか出てくる。
・怒鳴り散らして恫喝する上司もいれば、冷静な言葉で外堀から埋めるみたいにして部下の一挙手一投足を論破して行くタイプの上司もいて、潰すに至る手法は様々なのだが、共通しているのは、それらの「クラッシャー上司」と名づけられた中間権力者が、「恐怖」によって他人をコントロールする点だ。 読んでいて興味深かったのは、著者が、部下を鬱病に追いやる共感性を欠いた独善的な上司の人格モデルと、粉飾決算を通じて倒産の危機に至っている東芝の経営陣に蔓延していたと思われるパワハラ体質に、共通するモデルを見出している部分だった。
・たしかに、「反論を許さない上司」の下で働く部下がいずれ潰れることと、「反論できない空気」をその内部にかかえた組織が最終的に狂った集団に変貌して行くことには、不気味な相似がある。 パワハラが顕在化するのは、上司と部下の一対一関係においてではある。 が、実のところ、パワハラはひとつの組織の中に「体質」として宿っているものなのかもしれない。
・その意味で、女優のメリル・ストリープさんが、ゴールデングローブ賞の授賞式のスピーチの中で述べた内容は、非常に重要なポイントを指摘している。 彼女は、 《--略-- このような衝動的に人を侮辱するパフォーマンスを、公の舞台に立つ人間、権力のある人間が演じれば、あらゆる人たちの生活に影響が及び、他の人たちも同じことをしてもいいという、ある種の許可証を与えることになるのです。軽蔑は軽蔑を招きます。暴力は暴力を駆り立てます。権力者が弱い者いじめをするために自分の立場を利用すると、私たちは全員負けてしまいます。--略--》 と言っている。
・彼女が示唆している通り、権力者のマナーは、彼の権力の及ぶすべての範囲でのデフォルト設定のコミュニケーション作法になる。 会社でも部課でもそうだが、日常的にパワハラを発動するリーダーが率いる組織では、誰もがサル山のサル的な人間として振る舞うようになる。 上下関係に敏感で、権力関係に忠実な、軍隊ライクな組織は、ある場面では強みを発揮するのかもしれないが、居心地が良いかどうかについて言えば、明らかに寒々しい場所になる。
・逆に、上司に度量のある部署の部員は、誰もがのびのびとふるまうようになる。 監督交代を経たプロ野球の球団やサッカーの代表チームが、監督の人となりやチーム編成方針を反映して、驚くほど短期間に生まれ変わるのも、チームの中にいる人間が、基本的にはボスのマナーをコピーすることでチーム内の関係を構築しなおす性質を持っているからだ。 そういう意味で、リーダーが怒りを隠さないことは、組織全体を恐怖と恫喝で動く集団に変える結果をもたらす。
・もうひとつ考えなければならない問題がある。 それは、トランプさんの「怒り」が、演技なのか本物なのかどうかについてだ。 検討してみる。 まず、トランプさんの怒りが本物だった場合、結果から見て、彼は自身の怒りの感情を適正に制御できなかったということになる。でなくても、怒りにかられて感情的な人事を断行するリーダーは、人間として未熟であると評価せざるを得ない。
・この結論は、大変にまずい。 世界一の権力者が、中二病のガキ同然のメンタリティーの持ち主なのであるとしたら、クソガキに核のボタン(実際には日替わりの暗証番号なのだそうですが)を委ねているわれわれの世界の安全は、まさに累卵の危うきにある。
・もう一方の可能性は、さらにまずいかもしれない。 トランプさんの「怒り」がニセモノだった場合、トランプさんは、自分の本当の感情はともかくとして、自分が感情的にふるまうことの効果を知悉した上で、戦略的な判断として怒りを表明してみせたことになる。 とすると、彼はかなりの程度邪悪なリーダーということになる。
・というのも、トランプ氏は、部下に 「この人はいつブチ切れるかわからないぞ」 「ボスは怒らせると突発的な行動をとるからなあ」 「とにかく、ボスの虫の居所には常に注意を払っておくに越したことはない」 と思わせておくことで人々をコントロールするタイプの上司であるわけで、これは、まさにクラッシャー上司のマナーそのものだからだ。
・米国ではかつて「マッカーシズム」と呼ばれる社会運動が猛威をふるったことがある。 この時代に書かれた書物を読むと、ハリウッドの映画人やジャーナリストたちが、互いに疑心暗鬼を抱き、自分の仕事を自己査定しては不安に陥り、右顧左眄しながら、次第に活力を失っていった様子がよくわかる。 いわれのない疑いゆえに追放された人々の被害は言うに及ばず、不安に駆られた人々の「自粛」と「忖度」によって、社会がこうむった自由と創造性の萎縮は、その大きさを計算することさえできない。
・反共運動を先導したジョセフ・マッカーシー自身は、大酒飲みの大言家で、個人としては取るに足らない人物だった。その情緒不安定な一介の上院議員が、結果としてあれだけの恐怖の連鎖を引き起こしたことを考えると、突発的な怒りで他人をコントロールする大統領の影響力には、最大限の警戒心を持つべきだろう。
・この10日ほどの間に、私は、世界がすっかり変わってしまったような感慨を抱いている。 画面に流れてくるニュースをぼんやりと眺めているだけでも、「風雲急を告げる」という感じで、時代が急速に変転して行く勢いに圧倒される気持ちだ。
・普通に考えれば、こういう時こそ、冷静さが大切なのであろう。 実際、そう言っている人は多い。 というよりも、多くの有識者は、事実上 「落ち着け」 ということしか言っていない。 言いたいことの主旨はわかる。事態が急転している時にあわてふためいた反応を示すことで状況が好転するようなことはあんまりないはずだからだ。
・とはいえ、 「あわてるな」 「論理的に考えろ」 「感情に流されるな」 みたいなことを言っている人たちの記事を読んでみると、実のところ、ほとんどまったく意味のある内容が書かれていなかったりする。 はじめから最後まで 「過剰反応するな」 「複数のレイヤーから総合的に評価するべきだ」 「常に自分の予測に反する事態を想定しておく注意をおこたらないことだ」 みたいな決まり文句が並べられているばかりで、現実にいま現在起こっているトランプ現象そのものについては、 「理念的に考えるべきではない」 「イデオロギーに偏った見方は差し控えた方が良い」 「事態を慎重に見極めるべきだ」 「短兵急な判断は墓穴を掘ることにつながる」 ぐらいな教訓を垂れて、それでおしまいにしている。
・私はこういう時(つまり非常時)に冷静さを訴えてばかりいる書き手を信用しない。 というのも、理性であるとか冷静さであるとか言った言葉は、われわれが事態を傍観する時の弁解として採用しがちなお題目だからだ。臆病な人間は、いつでも理性という言葉の後ろに隠れて自分の恐怖心を隠蔽しにかかる。そういうものなのだ。
・びっくりした時に感情が動くことは人間として自然な反応だ。 自分が大切にしている理念や理想が裏切られたり傷つけられていると感じた時、人は憤ったり悲しんだりするものだ。それは少しも不自然なことではない。  だから、自分が憤っていることや悲しんでいることを「感情的になっている」からという理由で恥じる必要はない。
・あるタイプの論者は、「起こっている事実をあるがままに評価することができない人間は、つまるところ現実から目をそらしているのだ」という言い方で、世界の変貌を嘆く人々や、失われつつある正義に憤る人々を嘲笑する。 ところが、実際に彼らがやっていることを見ると、当人が「あるがままに」評価していると思っている、感情を切り離したその彼らの見方は、単に現状を追認しているだけだったりする。
・であるから、 「難民に対して門戸を閉ざすという選択は、一見冷酷な施策であるように見えますが、これもまたアメリカの安全という別の理想を実現に近づけるための現実的なステップの一段階なのです」 てな調子の冷静ぶった説明を、私は信じない。
・トランプ大統領の就任に反対するデモ(Women's March)が大きく報じられていた1月22日の午後、元大阪市長の橋下徹氏が、こんなツイートを投稿した。 《(トランプ大統領)いわゆるセレブの反トランプデモ。それをやるなら自分の収入の大半を経済的困窮者に寄附してよ。自称インテリが一銭も金を出さずに文楽を守れ!と口だけでカッコつけてたのとよく似てる。空の言葉より行動を、のトランプワードが身に染みる。》(こちら)
・これに対して、私は、氏のツイートを引用した上で、以下のようにつぶやいている。 《(1)「セレブのデモ」という言い方は印象操作だよ (2)寄付とデモは二項対立の行動ではない (3)誰が「インテリ」を「自称」しているのか (4)文楽協会への補助金見直しへの反発と反トランプデモは別の話 (5)デモという「行動」をツイッター上の「言葉」で叩いているのは誰か》(こちら)
・政治の手が届かない貧困を、寄付で集められた金銭が救っている事実に目をつぶろうとは言わない。 しかし、社会の中にある困難や不正に対して、民間の寄付の恩恵によってではなく、政治の力で立ち向かうのが政治家の役目であることを思えば、デモの隊列の中にいる人々に向かって、デモをやめて寄付をすることを求めることは、筋違いであるのみならず失礼でもある。
・このツイートを引用したのは、橋下徹氏を非難したいからではない。 彼の声を紹介したのは、トランプ大統領の登場を歓迎している人々が日本人の中にも少なくないことを知ってもらいたいと思ったからだ。
・日本に伝わってくるメディアの報道を見ていると、トランプ大統領が打ち出している大統領令は、どれもこれも無茶な話で、米国の前提をひっくり返す暴挙であるように思える。 が、実際には、世界中から批判を浴びているあの大統領令は、国民におおむね支持されている。
・ロイター通信が全米50州で実施した世論調査によれば、トランプ米大統領による中東・アフリカ7カ国からの一時入国禁止や難民受け入れ停止をした大統領令の是非に関して、49%の国民が賛成している。この数字は、反対の41%を上回っている(こちら)。 トランプ大統領がはじめた変革は、無視できない数の支持を受けている。 というよりも、米国には、これまでの米国に満足していない人たちが、それだけたくさんいるということだ。
・日本にも、トランプ大統領を支持する人たちがたくさんいる。 これは私の臆断に過ぎないのだが、日本のトランプ支持層の大きな部分は、トランプ氏の登場を嘆き悲しんでいる人たちを嫌っている人々によって占められている。 まわりくどい言い方をしてしまったが、簡単に言えば、トランプ支持者は、必ずしもトランプ氏の人物や政策を支持しているのではないということだ。 彼らの中では、まずトランプ氏の登場にダメージを受けている人々が嫌いだということが先にあって、だからこそ、自分の嫌いなタイプの人間たちを悲しませたり憤らせているトランプさんに喝采を送るという順序で、支持が形成されているわけだ。って、簡単な言い方になっていなかったかもしれない。
・ヒントは、橋下徹氏のツイートの中にある。 「セレブ」 「自称インテリ」 「口だけ」 「文楽」 「カッコつけ」 というキーワードが、たった140文字の中にきれいに揃っている。  トランプ大統領を支持する人たちは、 +現場を知らず、自分のカラダを動かさず、机上の空論と口先だけのきれいごとで収入を得ている人間  +大学教授、新聞記者、評論家、役人など、いい大学を出て、その資格だけで食っている人々  +文化や芸術に親しんでいる気取り屋のセレブ が嫌いな人たちだということが、おわかりいただけるだろうか。
・と、ちょうどそんなことを考えている時に、興味深いツイートが流れてきたのでご紹介しておく。 《米ホロコースト記念博物館にある「ファシズムの初期段階における危険な兆候」 +強く継続的な国家主義 +人権軽視 +国民を統一するための敵国認識 +セクシズムの蔓延 +メディア統制 +国家安全保障への執着 +知性と美術の軽視 +政教一致  アメリカだけじゃなく、日本にも当てはまります。》(こちら)
・この言葉の原文や出典の確認はできていないので注意が必要だが、なんともいやな感じの符合だ。 トランプ大統領に関しては、あまりにも言いたいことがたくさんありすぎるからなのか、現状ではまだ自分の中でうまく話をまとめることができずにいる。
・ひとつだけはっきりしているのは、トランプ現象のような直感的に「ヤバい」と思える事態に直面したら、ある程度感情的に動かないといけないと私が思い始めていることだ。
・マッカーシズムも、ナチズムも、戦前の日本の好戦的な空気も、ごく初期段階のおかしな兆候をアタマの良い人々が傍観しているうちに、巨大化して手がつけられなくなったものだ。 こういう流れに対して、果たして理性的に立ち向かったものか、それとも感情的に訴えるべきなのか、私は、この10日ほど考え込んでしまっている。
・理性的に傍観する態度が良くないことだけはわりとはっきりしているのだが。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/020200080/?P=1

冷泉氏が指摘する  『これはいわゆる「オルタナ・ファクト(オルタナ・トルース)」という種類のもので、要するに支持者受けするようなパフォーマンスが大事であって、そのパフォーマンスの中で言及されている事実は、感情論をうまく表現できていれば、それで良く、事実であるかどうかは関係ないという「政権周辺が就任以来多用してきている」手法の一つだということも言えます』、ということであれば、それを正しく伝えるマスコミの役割はこれまで以上に重要になっているといえよう。日本の「腰抜け」マスコミと違って、米国のはもう少し骨がありそうなので、期待できるのではないだろうか。 『小さな政府論や規制緩和が、「オバマの政策のちゃぶ台返し」として、ドサクサに紛れて「大局観」なしに進められている、そこには危機感を覚えます。その先にあるのは、実体経済から乖離したバブルの膨張という危険な経済水域に入っていく可能性を感じるからです』、 『「これからも劇場型パフォーマンスが続く」ということは、想定内にしても、実際の経済や外交に悪い影響が出るのか、出ないのか、不透明な世相は当分続きそうです』、ということらしいので、我々も心の準備だけはしておく必要がありそうだ。
小田嶋氏の記事にある 『自身の悪感情を隠さない人間が米大統領の座に就いたことは、ホワイトハウスがまるごと、もっと言えば、世界中が、この先、恐怖の中で暮らさなければならなくなったことを意味しているからだ』
、 『権力者のマナーは、彼の権力の及ぶすべての範囲でのデフォルト設定のコミュニケーション作法になる。 会社でも部課でもそうだが、日常的にパワハラを発動するリーダーが率いる組織では、誰もがサル山のサル的な人間として振る舞うようになる。 上下関係に敏感で、権力関係に忠実な、軍隊ライクな組織は、ある場面では強みを発揮するのかもしれないが、居心地が良いかどうかについて言えば、明らかに寒々しい場所になる』、などの指摘は恐ろく息詰まる世界の到来を意味している。それにしても、女優のメリル・ストリープの挨拶は、風刺が効いた素晴らしい出来だ。 『マッカーシズムも、ナチズムも、戦前の日本の好戦的な空気も、ごく初期段階のおかしな兆候をアタマの良い人々が傍観しているうちに、巨大化して手がつけられなくなったものだ』、というのはその通りだ。小田嶋氏が彼なりの対処法を思いつき、そのうちコラムに書いてくれることを願う。
今夜のテレビニュースでは、安全保障担当のフリン補佐官が早くも辞任に追い込まれたようだ。出だしからトランプ政権は躓いた形だ。政権がいつまでもつか、がこれから話題になるかも知れない。
タグ:マッカーシズムも、ナチズムも、戦前の日本の好戦的な空気も、ごく初期段階のおかしな兆候をアタマの良い人々が傍観しているうちに、巨大化して手がつけられなくなったものだ トランプ支持者は、必ずしもトランプ氏の人物や政策を支持しているのではないということだ。 彼らの中では、まずトランプ氏の登場にダメージを受けている人々が嫌いだということが先にあって、だからこそ、自分の嫌いなタイプの人間たちを悲しませたり憤らせているトランプさんに喝采を送るという順序で、支持が形成されているわけだ (その12)(冷泉彰彦、小田嶋隆両氏の見方) 「反論を許さない上司」の下で働く部下がいずれ潰れることと、「反論できない空気」をその内部にかかえた組織が最終的に狂った集団に変貌して行くことには、不気味な相似 橋下徹 マッカーシズム クラッシャー上司のマナーそのもの トランプ新大統領誕生 松崎一葉著 クラッシャー上司 --平気で部下を追い詰める人たち-- フリン補佐官が早くも辞任 左右対立 トランプさんの「怒り」がニセモノだった場合 自身の悪感情を隠さない人間が米大統領の座に就いたことは、ホワイトハウスがまるごと、もっと言えば、世界中が、この先、恐怖の中で暮らさなければならなくなったことを意味 より恐ろしいのは、彼が怒りの感情を隠そうとしていないことだ とりあえず何の議論もないままに、「オバマがやったことは全てひっくり返せ」というモメンタムの中で、規制緩和が進行中です。一番の問題は、そこに「大局観」がないということです 怒りのパフォーマンス 世界一の権力者が、中二病のガキ同然のメンタリティーの持ち主なのであるとしたら、クソガキに核のボタン(実際には日替わりの暗証番号なのだそうですが)を委ねているわれわれの世界の安全は、まさに累卵の危うきにある 極めて異例 会社でも部課でもそうだが、日常的にパワハラを発動するリーダーが率いる組織では、誰もがサル山のサル的な人間として振る舞うようになる。 上下関係に敏感で、権力関係に忠実な、軍隊ライクな組織は、ある場面では強みを発揮するのかもしれないが、居心地が良いかどうかについて言えば、明らかに寒々しい場所になる ホワイトハウスが、その公式な声明文の中で、職を離れる人間に対して、このような罵倒に近い表現で言及 「同盟国と言われている相手に対してこそ、米国のカネを一方的に垂れ流す関係がある」というような「理論」があり、だからこそ「同盟関係の損得を見直すのがアメリカ・ファースト」だという姿勢 「オルタナ・ファクト(オルタナ・トルース)」という種類のもので、要するに支持者受けするようなパフォーマンスが大事であって、そのパフォーマンスの中で言及されている事実は、感情論をうまく表現できていれば、それで良く、事実であるかどうかは関係ないという「政権周辺が就任以来多用してきている」手法の一つだということも言えます 豪州のマルコム・ターンブル首相との電話会議でのトラブル 先行きへの不安感のようなものが重苦しく漂っている 第45代合衆国大統領 権力者のマナーは、彼の権力の及ぶすべての範囲でのデフォルト設定のコミュニケーション作法になる サリー・イェーツ司法長官代理が解任 ドナルド・トランプ 軽蔑は軽蔑を招きます。暴力は暴力を駆り立てます。権力者が弱い者いじめをするために自分の立場を利用すると、私たちは全員負けてしまいます 「クラッシャー上司」が米国を率いる オンリー・アメリカ・ファースト ゴールデングローブ賞の授賞式のスピーチ 日経ビジネスオンライン トランプ時代という不透明感 メリル・ストリープ 小田嶋隆 JMM 「これからも劇場型パフォーマンスが続く」ということは、想定内にしても、実際の経済や外交に悪い影響が出るのか、出ないのか、不透明な世相は当分続きそうです 冷泉彰彦 安全保障担当 小さな政府論や規制緩和が、「オバマの政策のちゃぶ台返し」として、ドサクサに紛れて「大局観」なしに進められている、そこには危機感を覚えます。その先にあるのは、実体経済から乖離したバブルの膨張という危険な経済水域に入っていく可能性を感じるからです
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