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北朝鮮問題(金正男暗殺事件)(その2)小田嶋氏の見解 [世界情勢]

昨日に続いて、北朝鮮問題(金正男暗殺事件)(その2)小田嶋氏の見解 を取上げよう。

コラムニストの小田嶋隆氏が2月17日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「独裁の果てに兄は果つ」を紹介しよう。
・金正男(キム・ジョンナム)氏が殺害された。 事件の背景には、不明な点が数多く残されている。とはいえ、氏がマレーシア・クアラルンプールの空港で倒れて死亡したことははっきりしている。今のところ、複数の北朝鮮関係者による毒殺とされているようだ。
・日本経済新聞が韓国の情報機関、国家情報院(国情院)の当局者の話として伝えているところによれば、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長が、マレーシアで殺害されたとみられる異母兄、金正男氏について「嫌いだ。除去しろ」と述べ、殺害の実行命令を下したのだそうだ(こちら)。
・なんと。 本当にこんなことが起こるとは。 あまりに荒唐無稽でいまだに信じられない。 まるでデキの悪い80年代の香港映画の中の、笑わせる意図で作られながら描写が残酷過ぎて誰も笑わない一場面みたいな、どうにも粗雑な殺人事件だ。
・とはいえ、ぞんざいで無意味だからこそ、今回のこのむごたらしい措置のもたらす衝撃は、この何年か恒例化しているかに見えるミサイル発射実験よりもずっと深刻だといえる。 事実、私は北朝鮮に対する考えを改めつつある。 同じ気持ちを抱いている日本人は少なくないはずだ。
・国際政治の成り行きは、核弾頭の数や、ジェーン年鑑に載る火器その他の総数で決まるだけのものではない。 外交の大きな部分は、それを眺めるわれら一般国民の感情を反映する形で動いている。 その意味で、このたびのこのいかにも無造作な殺人のもたらす影響は無視できない。
・死んだ人間の数は一人だ。過去に多くの人々があの国の独裁体制維持のために殺されてきたはずだ。だが、人々に「非業の死」を身近に感じさせた点で、よく知られた人物が公然と殺されたことの意味は小さくない。 隣国がどんな軍備を持っているのであれ、武器や軍隊そのものだけではいきなり脅威にはならない。 たとえばの話、隣家の人間が刀剣マニアだったのだとしても、そのこと自体がこちらの生活をおびやかすわけではない。
・おそろしいのは、武器そのものよりも、それを持っている人間だ。真に人々を慄然とさせるのは、武器を手にした人間がその身の内に備えている人間性の闇の深さだと言っても良い。 北朝鮮が複数の核弾頭を所有していることや、その核弾頭を送り届ける各種のミサイルを装備していることは、なるほどたしかに恐ろしい前提条件ではあるものの、それでもなお我々をして、日々の仕事や生活の際の折々に思い出すほどの、差し迫った脅威ではない、と感じられてきた。
・これは「砂に頭をつっこむダチョウ」的な、見るべき脅威から目を逸らす、臆病者の台詞だと言われるかもしれない。しかし、軍事オタクでもなければ外交通でもない市井の一ニュース視聴者にとって、ミサイルの飛距離や核弾頭の数は、関心の外にある。
・より正確に言うなら、ミサイルや核のようなハードコアなアイテムは、素人の理解を超えていて、仮に分析してみたところでどうせ間違った解答しか導き出せないということだ。 と、素人の我々は、どうしても核のボタンを持つ人間を見て判断したくなる。
・ミサイル実験が、本当に外交カードとして機能するものなのかどうか、私はその効果を大いに疑う者だが、それはともかく、ミサイル実験をやらかしている当の本人が、あくまでも外交上のブラフのつもりで、それをやっているのであれば、大きな心配は要らない。 「子供っぽい外交カードだなあ」 と、なまあたたかく観察していれば良い。 実際、私は、これまで、金正恩委員長が、ときどき思い出したように誇示してくる「外交カード」をマジメに恐れたことは一度もない。観光地の土産物屋で買ってきた木刀を振り回してみせる中学生を見るみたいな気持ちで、私は、金正恩氏の示威行為を観察してきた。
・ああいう緊張感を欠いた体型と表情を備えた、なんというか、ある意味育ちの良さそうな若者は、わがままで扱いにくいのではあるのだろうが、最終的にわれわれに対してそうそう大したこともできまい、と、そのような順序でものを考えて、私は北朝鮮の脅威を軽視していた次第だ。 この、あまりに呑気と言えば呑気な見立ての背景には、同じ一族に金正男氏がいたことと無縁ではなかった、と、亡くなった今にして思う。
・北朝鮮を建国した独裁者、金日成(キム・イルソン)氏の孫、という生まれでありながら、日陰の身となり、役職に就かず、そのおっさんくさい、はっきりいえばオタクの雰囲気の、ある意味親しみの持てる容姿を持ち、真偽は分からないが彼のフェイスブックのアカウントには「好きな歌手は五木ひろし」と書いてあったという。  こっそり東京ディズニーランドに行くためにわが国に密入国を繰り返し、とうとう成田空港で拘束されたりする。その気ままさとずっこけぶりには、「異母弟に疎まれて、居場所がない兄」という哀愁を感じさせる。デキのいい異母妹の「さくら」と、人はいいが普通の暮らしに適合できない兄、フーテンの寅の組み合わせをそこはかとなく感じさせるではないか。
・いや、葛飾・柴又の町工場の話をしたいわけではない。 無茶な例えだとは承知している。 金正男氏がいかに呑気そうな風体であろうが、あの国の暗部にまったく触れていないとは考えられない。金正恩氏がおぼっちゃま風に見えたとしても、権力闘争の過程でいくつもの血を流してきたことははっきりしている。
・ローマ帝国でも漢帝国でもブルボン王朝でも良いが、王朝の中にいる人間は、仮に本人が正常でも狂った行動をとることになる。絶対権力は絶対的に腐敗する、という言葉があるが、チェック&バランスの機能をその身内に備えていない権力は、腐敗に至る前の段階で、必ず狂気に陥る。
・独裁国家は、「敵を殺さなければ、自分が殺される可能性を否定できない」という恐怖と先制攻撃の構造をシステム内にインストールしている。だって、他人の生殺与奪の権を握った人間が、その権力(他人の生殺与奪の権を握っているということ)を維持し続けるためには、実際に他人を殺し続けるほかにどうしようもないからだ。  そう考えてみると、北朝鮮のような国のトップに就いた人間は、どう避けようとしても、人を殺さないわけにはいかなくなるのだと思う。
・歴史を見れば明らかな通り、独裁的な権力を世襲によって受け継ぐ設定で動いている王朝は、ほぼ必ず、権力の後継をめぐって内紛をかかえることになっている。しかもその内紛は、多くの場合、現行の権力後継者から見て兄弟にあたる人間を物理的に殺害することで解決される。
・いまだに人気の高い「三国志」の中にも、血を分けた兄弟が相争って互いを殺そうとするエピソードが繰り返し登場する。 中でも有名なのは、三国のひとつ魏の王である曹操の長男曹丕と、三男曹植をめぐるお話だ。 以下、ざっと内容を紹介する。参考になると思うので。
・曹丕は、曹操の長男であり、血統から言えば正統な後継者だ。 一方、三男の曹植は、幼少よりその才華の高さで人々を惹きつけた人物であり、特に詩の才能は天下に隠れのないものだった。ために父である曹操もその才能を特に愛したと言われている。 やがて、配下の将軍の中に曹植をひいきにする武将が現れはじめる。先を読んで、曹植の才に自らの将来を託する計算を働かせる役人も出てくる。
・こうなると、曹植派は、ひとつの派閥というのか、一大勢力を形成せずにおかない。 曹丕としては、もともと曹植の才を妬む気持ちを抱いていたところへ持ってきて、その曹植が現実に自分の権力継承を妨げる異分子として存在感を増してきたわけだから、当然、これを取り除かなければ自分の安全も無いという気持ちになる。 で、ある日、曹丕は曹植を捕らえる。 そして、彼の詩作が部下による代作である旨の疑惑を突きつけ、七歩歩くうちに詩を作らなければ死刑にするという無茶な裁定を下す。
・これに対して、曹植がその場で作った即興の詩が、名高い七歩の詩だ。 煮豆燃豆萁 豆在釜中泣 本是同根生 相煎何太急 というのがその名高い「七歩の詩」(「しちほのし」と読むのだそうです)で、書き下しは以下のようになる。 豆を煮る豆の豆がらを燃く 豆は釜中にあって泣く 本是同根より生ずるを 相煎るなんぞはなはだ急なる  現代語訳については、「七歩の詩」で検索してみてください。
・ちなみに、三国志の中では、この詩のみごとさに涙を流した曹丕は、曹植を殺めることを断念したということになっている。  曹植は、詩の中で、異母兄弟である自分と曹丕を豆と豆がらにたとえて、豆を煮るのにその火種として豆がらを燃やすことの悲しさをうたっている。 実話なのだとしたら、見事な機転だと思う。 実話でないのだとしても、詩は、寓話で語られるにふさわしい兄弟の相克を見事に象徴している。
・いずれにせよ、王朝において、兄弟は殺し合うことになっていたわけだ。 映画「ゴッドファーザー」シリーズの中にもよく似たエピソードがある。 「ゴッドファーザー パート2」の中で、マフィアであるコルレオーネファミリーのドンの座に就いた、三男のマイケルは、ラスベガスのマフィアと通じて組織を裏切った次男のフレドを殺害する。
・で、そのフレドの死を伝える部下の耳打ちにこたえるマイケルの顔のアップで、パート2の画面は幕を閉じる。結局あの映画は、ひとつのマフィアのファミリーの興亡の歴史を描いているわけだが、マイケルという一人の人間に絞って言うなら、快活で無邪気だったはずの一人の青年が、組織の仕事に従事する中で、いつしか冷徹な殺人者に変貌して行く姿を追った物語だということもできる。
・金正恩委員長本人は、冷酷に敵を殺す自分に酔い、成長したくらいに思っているかもしれないが、われわれから見れば、海外での白昼堂々の暗殺など狂気そのものだ。 もちろん、北朝鮮だけが特別なわけではない。 「常在北朝鮮」ということわざもある。 無いかもしれないが、そういう時は作れば良い。 どこの国の企業であれ政党であれ、独裁化が進んでいる人間の集団では、他人の見解や人生を踏みにじることをなんとも思わないリーダーが権力を握ることになる。この傾向に例外は無い。独裁化の進んだ組織では、人間の尊厳はどこまでも軽視される。
・リーダーが独裁的な人間だから組織が独裁化するのではない。 むしろ、組織から適正な権力分散のシステムが失われていく過程の中で、リーダーがライバルや不満分子を粛清するという手順を身につけ、独裁化へのストーリーが進むことになっている。そして、それだけが統制を維持する手段になっていく。今回、国外での暗殺にまで踏み切ったのは、やはりそれほどに、あの国の内部がばらばらになってきたということなのだろう。
・で、リーダーはいつしか粛清と恫喝でしかものを言わないようになり、ある段階から後は、粛清を避けること(できれば他人に押し付けること)が、組織の全員の目的になる。 ひどい話になってしまった。 国の指導者を狙える立場にありながら、そこから逃れようと七転八倒していたと思しき金正男氏が、哀れでもあり、かつ、人間として当然の反応だったようにも見える。
・それゆえに、彼の暗殺は北朝鮮の、独裁体制の狂いっぷりを嫌というほどわれわれに見せつけた。 詩を編む時間も無く殺された彼が最後に見たのは何だったのか。誠に不謹慎だが、ディズニーランドが天国にもあれば、と、ほんの少しだけ思う。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/021600082/?rt=nocnt 

金正男をフーテンの寅、金正男を「さくら」に見立て、さらに 『「三国志」の中にも、・・・魏の王である曹操の長男曹丕と、三男曹植をめぐるお話』、を引用するところなど、小田嶋氏ならではである。さらに、一般化して、『どこの国の企業であれ政党であれ、独裁化が進んでいる人間の集団では、他人の見解や人生を踏みにじることをなんとも思わないリーダーが権力を握ることになる。この傾向に例外は無い。独裁化の進んだ組織では、人間の尊厳はどこまでも軽視される』、というのは東芝や電通を思い起させた。政治だけでなく、企業などの一般組織でも、「独裁」は組織を弱体化させてゆく。「安倍一強」体制も、『絶対権力は絶対的に腐敗する、という言葉があるが、チェック&バランスの機能をその身内に備えていない権力は、腐敗に至る前の段階で、必ず狂気に陥る』、の例えが当らずとも遠からじなのかも知れない。
タグ:どこの国の企業であれ政党であれ、独裁化が進んでいる人間の集団では、他人の見解や人生を踏みにじることをなんとも思わないリーダーが権力を握ることになる。この傾向に例外は無い。独裁化の進んだ組織では、人間の尊厳はどこまでも軽視される むしろ、組織から適正な権力分散のシステムが失われていく過程の中で、リーダーがライバルや不満分子を粛清するという手順を身につけ、独裁化へのストーリーが進むことになっている リーダーが独裁的な人間だから組織が独裁化するのではない コルレオーネファミリーのドンの座に就いた、三男のマイケルは、ラスベガスのマフィアと通じて組織を裏切った次男のフレドを殺害 「ゴッドファーザー パート2」 「三国志」の中にも、血を分けた兄弟が相争って互いを殺そうとするエピソードが繰り返し登場する。 中でも有名なのは、三国のひとつ魏の王である曹操の長男曹丕と、三男曹植をめぐるお話 チェック&バランスの機能をその身内に備えていない権力は、腐敗に至る前の段階で、必ず狂気に陥る 絶対権力は絶対的に腐敗する その気ままさとずっこけぶりには、「異母弟に疎まれて、居場所がない兄」という哀愁を感じさせる。デキのいい異母妹の「さくら」と、人はいいが普通の暮らしに適合できない兄、フーテンの寅の組み合わせをそこはかとなく感じさせるではないか ああいう緊張感を欠いた体型と表情を備えた、なんというか、ある意味育ちの良さそうな若者 真に人々を慄然とさせるのは、武器を手にした人間がその身の内に備えている人間性の闇の深さだと言っても良い おそろしいのは、武器そのものよりも、それを持っている人間だ この何年か恒例化しているかに見えるミサイル発射実験よりもずっと深刻 金正恩(キム・ジョンウン)委員長が、マレーシアで殺害されたとみられる異母兄、金正男氏について「嫌いだ。除去しろ」と述べ、殺害の実行命令を下したのだそうだ 国家情報院(国情院)の当局者の話 複数の北朝鮮関係者による毒殺 金正男 独裁の果てに兄は果つ 日経ビジネスオンライン 小田嶋隆 (その2)小田嶋氏の見解 金正男暗殺事件 北朝鮮問題
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