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ロケット・衛星打上げ(その1)(X線観測衛星喪失から浮かび上がる問題) [科学技術]

今日は、やや古い話題だが、ロケット・衛星打上げ(その1)(X線観測衛星喪失から浮かび上がる問題) を取上げよう。内容はかなり専門的なものも含むが、日本のこの分野での立ち遅れという由々しい問題を考える上で、有益と思われるので、取上げた次第である。

先ずは、昨年8月8日付け日経ビジネスオンライン「310億円の事故と「会議室の大きさ」の関係 X線観測衛星喪失から考える組織文化と体制改革(その1)」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・2016年3月26日に、異常回転から分解事故を起こした宇宙航空研究開発機構(JAXA)・宇宙科学研究所(ISAS)のX線天文衛星「ひとみ」の事故調査は、6月14日に、文部科学省・宇宙開発利用部会に「X線天文衛星ASTRO-H『ひとみ』 異常事象調査報告書 」(リンク先はpdfファイル) を提出し終了した。現在は同報告書に基づき、JAXA内の体制改革を議論している段階にある。詳細は、来年度の予算要求が出そろう8月半ばまでには公開されることになるだろう。
・開発・打ち上げ費310億円が失われた今回の事故。調査報告では、ひとみの事故原因を「プロジェクトの計画管理体制の不備」とみており、現在JAXA内の議論は計画管理体制の強化の方向で進んでいる。具体的には、きれいに整理された計画管理体制を持つ筑波宇宙センターの管理方式を、相模原のISASに導入するというやりかただ。
・が、ひとみの事故の底に潜む問題は、単なる計画管理体制の強化で済むものではない。日本の宇宙技術の研究開発体制と、宇宙関連人材育成――つまり技術とヒトと継続性に関係してくる、大変重大なものだ。 現在進行中のこの問題を考えることは、企業や研究所の組織文化が持つ光と闇を具体的に知る手がかりにもなるだろう。今回から2回に分けて、ひとみ事故の“根”を解説していく。
▽属人的、コンパクト、高速の「宇宙研方式」
・ひとみ分解事故の、具体的な経緯と原因については、本連載の「JAXA、X線観測衛星『ひとみ』の復旧を断念」(2016年5月2日掲載)と、「かなり“攻めている”『ひとみ』事故報告書」(2016年5月27日掲載)にまとめた。ごく簡単に書くと、衛星姿勢を検出するスタートラッカー(STT)と慣性基準装置(IRU)の判断基準に問題があり、衛星が「自分は回転している」と誤認。これを停めようとして、逆に必要の無い回転を始めてしまった。
・最終的にスラスター(姿勢制御を行う小さなロケットエンジン)噴射で、「セーフホールドモード」というもっとも安全な姿勢に入ろうとしたところ、コンピューターに記憶させてあった噴射パターンが間違っていたために、高速回転状態に陥ってしまい、太陽電池パドルと、センサーを積んだ伸展式光学ベンチ(EOB)がちぎれて、衛星機能を喪失してしまったのだった。事故調査報告では、そうなるに至った開発時の意思決定の問題点や、内部の情報流通の悪さが指摘されている。
・JAXAから宇宙開発利用部会に6月14日に提出された事故調査報告では、事故の根本にある問題を、以下の図のようにまとめている。 ここで注目すべきは、「ISASプロジェクトに関わる実施要領、管理方法は、すべてJAXAで定めた全社プロジェクト関連規則、規程類に準拠することを徹底する。」という文章だ。
・ということは、ISASのプロジェクト管理はJAXAの定めた方式ではなかったのか。その通り。ISASはその前身である東京大学・宇宙航空研究所の時代から積み上げた独自の計画管理方式を持っていた。通称「宇宙研方式」という。 JAXAは、2003年に特殊法人の宇宙開発事業団(NASDA)、国公立大学の共同利用機関の宇宙科学研究所(ISAS)、国の研究機関の航空宇宙技術研究所(NAL)が統合されて発足した。
・このうち、NASDAは米国からの技術導入に伴い、米国がアポロ計画のために開発した「フェーズド・プロジェクト・プランニング(PPP)」という計画管理方式を導入した。プロジェクトを企画段階から運用段階に至る4つの時期(フェーズ)に分け、各フェーズ毎に厳密な審査会を実施して事前に事故原因を洗い出す。また、計画に関するすべての情報を文書で記録し、整理しておく。宇宙で事故が起きた場合に、文書を追跡するだけでもある程度の調査を可能にするためだ。現在は、筑波宇宙センターが開発した、PPPをさらに明確化、厳密化した計画管理手法が、JAXA主流の計画管理方式となっている。
▽がっちり厳密なPPP、高速な宇宙研方式
・やるべきことが厳密でかっちりと決まっている旧NASDAの計画管理手法に対して、宇宙研方式は、属人的でコンパクト、かつ意思決定が高速という特徴を持つ。 衛星計画のリーダーは、宇宙研教授が務める。理学系衛星なら理学系の教授がリーダーとなり工学系の教授が補佐に入る。工学系の衛星なら逆だ。すべての情報はリーダーとなる理・工の2人の教授に集められ、彼らがすべての責任を負う。
・フェーズ毎の審査会の代わりになるのが設計会議だ。設計会議は衛星・探査機全体から、搭載機器や運用方法に至るまでの様々な階層、様々な規模で頻繁に開催され、トップの教授からメーカーの担当者に至るまで、少しでも関係がある者はすべて参加する。それどころか、直接は関係ないが議題に興味を持った宇宙研関係者や、関係研究室に所属する学生も参加可能だ。
・旧NASDAが導入したPPPでは、審査会は発注したNASDA(JAXA)と受注したメーカーが相互に仮想敵となり、JAXA側がメーカーのプロポーザルに潜む問題点を指摘していく。つまり、参加者は発注者と受注者に明確に分かれている。 それに対して宇宙研方式の設計会議では、宇宙研もメーカーも、さらには学生も一体になって同じ方向を向き、「よりよい方法は何か」と知恵を出し合う。
▽工学系は宇宙研方式の“お目付役”だった
・宇宙研方式において、設計に潜む危険を指摘し、事前に潰す役割は、設計会議に参加する宇宙研の工学関係者が担っている。 設計会議には事実上誰でも参加できるので、当該衛星計画とは直接関係がない、構造、電気、制御、熱などを専門とする宇宙研工学研究者も顔を出す。このことを宇宙研では「衛星・探査機計画の縦糸と、研究者の専門分野別の横糸を織る」と形容したり、「縦横のマトリクス」と呼んだりしている。
・彼らは基本的に学生時代から宇宙研で学び、そのまま宇宙研に就職している。このため自分の専門分野で実物の衛星の開発に何度も参加した経験を持つことになり、その知見と経験を通して、計画中の衛星・探査機の問題点を「これはあぶない」と指摘する。これにより衛星・探査機の安全性が確保されていた。
▽宇宙研方式が生まれた背景
・宇宙研方式は、そもそもISASが大学組織にルーツを持つことから発展した方式だ。 理工系の研究室では教授の設定したテーマに沿って、学生も参加しつつ実験装置を開発するのが当たり前だ。つまり衛星も探査機も「大学の実験装置」であるから、教授が独裁的に計画管理を行う方式が発達したわけである。
・衛星・探査機を「実験装置」と考える宇宙研方式は、新しい技術の研究開発に向いている。旧NASDAのPPPでは、発注側と受注側は審査会で対立する。というより、積極的に対立することで、計画の安全を確保するわけだ。この場合、新技術は発注者が要求するか、受注者が提案するものであり、両者が協力して作り上げるものではない。
・一方、宇宙研方式では、設計会議において発注側も受注側も、基本姿勢は「やる」方向で、同じ目標に向かって議論する。「できる限り多くの人が協力して課題解決に努力する」方式なので、新規技術の研究や開発に相性がいいことは自明だ。 こう書くと、いかにも「いい話」めいて聞こえるかもしれないが、「新しい技術を研究してこそ、自分の業績となる論文を書くことができる」という大学の宇宙工学系講座の性格を反映したもの、というのが本当のところだろう。また、教育面では、学生を実際の衛星・探査機開発の場に参加させることで、効果的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を実施できるという意義も大きい。とにもかくにも、理工系大学の文化発祥なのである。
▽「1サイクル5年体制」の崩壊
・このように見ていくと、宇宙研方式で作られたひとみに重大事故が起こったのは、危険な設計を潰すための「工学関係者による横糸」が弱体化していたため、という推論が成り立つ。 では、なぜ宇宙研工学系は弱体化したのか。 前回の「かなり“攻めている”『ひとみ』事故報告書」(2016年5月27日掲載)で、私は「M-Vロケットの廃止」を原因のひとつとして挙げた。が、原因はそれだけではない。
・まず、研究所内における理学系と工学系の力関係の変化がある。 宇宙研は東京大学・生産技術研究所の糸川英夫教授によるロケット研究にルーツを持つ。当初は工学系の研究組織だったわけだ。そこに「ロケットを使って宇宙を研究したい」理学系が合流して、研究所の骨格が形成された。最初は、電離層の研究を行う高層大気・プラズマ物理学の研究者が、次にX線で遠い宇宙を観測するX線天文学のグループ、さらには太陽を研究する研究者達が加わった。
・研究が進展するにつれて、「宇宙で観測を行いたい」と合流してくる理学系の研究者は増えていった。宇宙を電波で観測する電波天文学者、月・惑星を研究する惑星科学者のグループ、赤外線で星々を観測する赤外線天文学の関係者――こうして、宇宙研内の理学系研究室は増えていったが、その一方で工学系の研究分野はそれほど広がらなかった。
・その状況の中で、1997年から大型のM-Vロケットの運用が始まった。M-V以前の宇宙研は、1サイクル5年のリズムで動いていた。それが、M-Vの登場で崩れた。 1サイクル5年というのは、「1種類のロケットを毎年1機打ち上げて、5機上げたら次の新型ロケットに移行する」という工学側の研究ペースに基づいたものだった。新型ロケットの初号機には、工学系が主導する試験衛星を搭載し、残る4機を理学系の研究分野が受け持つ仕組みだ。
・同時に、「大学院2年と博士課程3年の5年を宇宙研で勉強すれば、理学でも工学でも、必ず自分の分野の衛星・ロケットの開発にまるまる1サイクル参加できる」という、人材育成の機会提供という意味合いも大きかった。
・ところが、M-Vにより大型化した衛星・探査機は、より巨額の予算を必要とする。しかし宇宙研の予算は増えなかったために、宇宙研は年1機ペースの打ち上げを維持できなくなった。衛星・探査機の開発期間も長期化し、例えばひとみは開発に7年間かかっている。
・その結果、「次のチャンスがいつ巡ってくるかわからないから」と、衛星に可能な限りの高性能を求めるようになり、衛星はどんどん複雑化するようになった。複雑な衛星は、事故を起こしやすくなる。ひとみ分解事故の遠因のひとつである。
・その一方で、理学系の研究分野が増えたために、5年間に「工学系はロケット開発と工学試験衛星1機」「理学系は衛星4機」という割り振りでは回らなくなった。 つまり、M-V以前は「最大5年待てば確実に自分の分野の衛星が打ち上げられる」状態だったのが、「いつ自分の分野の衛星が上げられるかわからない」となってしまったのだ。こうなると所内で次の打ち上げ機会を巡る争いが発生する。公正に解決できれば良いが、所内の影響力は理学系のほうが大きくなっている。
▽複雑化、ぶっつけ本番の道へ
・結果、宇宙研の工学系による試験衛星は、2003年の小惑星探査機「はやぶさ」(MUSES-C)で途切れてしまった。 はやぶさ後継機の「はやぶさ2 」(2105年打ち上げ)は、理学系の目的が中心で、かつ当時JAXA内に存在した宇宙探査を任務とする月惑星探査プログラムグループ(JSPEC)の管轄で開発されている(その後JSPECは2015年の改組により消滅し、はやぶさ2はISASの管轄となった)。次のISASによる工学系の衛星は月着陸実験機「SLIM」(2019年打ち上げ予定)だ。
・はやぶさとSLIMの間には小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」(2010年打ち上げ)の大成功が挟まるが、IKAROSも管轄はJSPECだった。かつ開発経費15億円と、通常よりも1桁少ない低予算でゲリラ的に立ち上げたプロジェクトである。
・JSPECという組織についても短く触れておく必要があるだろう。2007年のJSPECの設立から2015年の終焉に至るまでには複雑な事情が存在する。JSPECはISASの相模原キャンパス内に置かれ、かつJSPEC主要メンバーはかなりの部分が宇宙研工学系と併任だった。実際問題として、衛星・探査機も上がらずロケット開発も途切れてしまった宇宙研工学系の「別働隊」という役割があったことは間違いない(詳細は、私が日経テクノロジーオンラインで連載した「小惑星探査機『はやぶさ2 』の挑戦」の「工学と科学、ニーズ先行とシーズ先行 川口淳一郎・JAXA宇宙科学研究所教授インタビュー(その2)」と「JSPECを設立した理由、そして宇宙探査の未来 樋口清司・JAXA副理事長インタビュー」を読んでもらいたい)。
・「工学系の試験衛星が上がらない。糸川教授以来延々と開発してきたロケットもM-Vで廃止になる」となれば、当然ISAS工学系は弱体化する。宇宙探査を梃子として工学研究の弱体化を回避することはJSPECの目的のひとつだったわけだ。が、併任が多くともJSPECはISASそのものではなかった。本格的なISAS工学系の衛星としては、はやぶさからSLIMまで、実に16年も間が空いてしまった。
・衛星・探査機が上げられない工学系は、自分達の研究テーマを、理学系の衛星・探査機で搭載してもらう努力もした。金星探査機「あかつき」の、セラミックを用いた軌道変更用エンジンはそのひとつだ。ところが、2010年12月の金星周回軌道投入時に破損事故を起こし、あかつきの金星周回軌道投入が5年遅れる原因となった。  工学系試験衛星を継続して打ち上げることができていれば、セラミック製エンジンも事前に軌道上で実証することができ、あかつきの事故は回避できた可能性がある。
▽「会議室に入りきれる人数」が重要
・お目付役としての工学系の弱体化と並行して、宇宙研方式そのものが抱えていた問題点も直視しなくてはならない。 宇宙研方式の計画管理は、すべての情報がトップの教授に集約される一方で、書類化はあまり重視されない。つまり「すべては教授の頭の中にある」という状態になりやすい。また、顔つき合わせての設計会議で物事を回していくので、計画参加人数が増えて、直接顔を合わすことが難しくなると、スムーズに機能しなくなる。
・実際、ISASにおいては、「一番大きな会議室に計画全関係者が入りきらなくなると、宇宙研方式ではやっていけなくなる」などと言われていた。大学研究室の実験装置を開発する手順から始まった計画管理手法なので、小さな計画を高速で動かすことに向いているが、大型計画を遺漏なく進めるための手法ではないのだ。
・事実、衛星・探査機が大型化したM-V運用開始以降から、宇宙研の衛星・探査機は事故が目立つようになっていく。M-V3号機で1998年に打ち上げた火星探査機「のぞみ」はトラブルから火星周回軌道に到達できなかった。6号機で2005年に打ち上げたX線天文衛星「すざく」は打ち上げ直後に、観測装置を冷やすための液体ヘリウムが急速に蒸発してしまい、一部観測が不可能になった。関係者の中には「M-Vで打ち上げる衛星・探査機が、宇宙研方式で開発できるかできないか、ぎりぎりの大きさだった」と指摘する者もいる。
・2.7tもある大型のひとみは、計画開始当初から「これだけ大きいと、宇宙研方式では計画管理しきれなくなる」という声が、所内からも聞こえていた。このため、ひとみの計画管理ではPPPの審査会方式が取り入れられた。
・その一方、意思決定の面では理学系の高橋忠幸教授をプロジェクト・マネージャーとする基本的にそれまで通りの仕組みで開発が推進された。しかも、高橋教授と同等の立場で助言が可能な工学系の研究者は配置されなかった。 ここまで読んでいただければ、その危うさはお分かりいただけると思う。しかし事故調査報告は、その辺りの事情については記述していない。
▽計画管理の厳正化だけではかえってトラブルも
・事故調査報告にある「ISASプロジェクトに関わる実施要領、管理方法は、すべてJAXAで定めた全社プロジェクト関連規則、規程類に準拠することを徹底する。」「PMおよびPIのそれぞれの役割、責任をJAXAの全社規程である「プロジェクトマネージメント規程」に明記する。」(ともに事故調査報告より)というような、旧NASDA系のPPPに基づく計画管理手法を導入するだけでは、事態は改善しないと私は考える。組織の歴史的な背景を無視して、全く馴染まない方法論を持ち込むのでは、むしろトラブルを呼び込みかねない。
・最初に悪影響が出るのは、おそらく予算と開発スケジュールだ。PPPに基づく厳密な計画管理には、かなりのコストがかかるのである。ところが、現在、宇宙政策委員会により、宇宙科学分野の予算には枠がかけられてしまっている(「官僚文書の『座敷牢』入り? 宇宙科学・探査」(2015年2月18日掲載)を参照のこと)。予算不足と、慣れない管理方法で、計画遅延が発生するだろう。
・では、厳密な計画管理導入と当時にISAS予算を増額すれば、それでいいのか。そうはいかない。 宇宙研方式には「新たな技術の研究開発に向いている」という特徴と、「1サイクル5年のペースで、OJTで人材を育成する」という役割があった。この2つをどうするのか――これは、ISASのみならず、日本の宇宙開発の未来に関係してくる重大な問題である。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/217467/080300024/?P=1

次に、上記記事の続きである8月10日付け日経ビジネスオンライン「310億円が宇宙に消えた歴史的背景 X線観測衛星喪失から考える組織文化と体制改革(その2)」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・前回、宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)が、その前身の文部省・宇宙科学研究所(ISAS)の時代から、通称「宇宙研方式」という独自の計画管理手法を発達させてきたことを解説した。その上で、X線天文衛星「ひとみ」分解事故の背後には、ISASの工学系が弱体化したことにより宇宙研方式がうまく機能しなくなっていたこと、本質的に宇宙研方式が、ひとみのような大きな衛星を開発するのに向いていないことを指摘した。
・しかし、宇宙研方式には、単なる衛星・探査機の計画管理手法という以上の大きな意義があった。実は、宇宙研方式というプロジェクトマネジメントのやり方は、日本の技術開発と人材育成を根底から支えてきた。 このため、ひとみの事故対策として、宇宙研方式を廃し、より厳密な方式に置き換えるだけでは、「技術開発と人材育成」を今後どうするのかという、一層やっかいな問題が発生する。
▽ISASで泣いてNASDAで売り上げを立てる技術開発
・ISASは、諸外国と比べるとずっと低コストで衛星・探査機を開発し、打ち上げ、成果を挙げることで世界的に有名だった。 低コストの理由のひとつは、宇宙研方式の効率的な計画管理手法であることは間違いない。米国流の、山のように書類を積み上げるフェーズド・プロジェクト・プランニング(PPP、前回参照)に基づく計画管理では、書類の作成、オーソライズ、保管に多額のコストと時間がかかるのだ。
・が、それだけが低コストの理由ではなかった。JAXAになる前、1990年代から2000年代初頭にかけてISASを取材していると、「そこはメーカーに泣いてもらって」という言葉がぽろっと出ることがあった。赤字承知でメーカーに機器を発注し、それをメーカーも受けたというわけだ。しかし、営利企業が赤字で仕事をしていては、事業が立ち行かなくなる。
・この疑問をあるメーカーの事業部長クラスにぶつけたことがある。答えは「赤字でもISASの仕事は受ける価値がある」というものだった。 ISASのロケットや衛星は、研究室のいわば“実験器具”である。ISASの宇宙工学系は、自分達が論文を書くために世界最先端レベルの技術研究に取り組み、開発し、打ち上げていた。そこに参加すれば、最先端の技術が手に入るというのだ。 が、それだけでは赤字は解消出来ない。 「ISASの研究に参加することで手に入れた技術を、宇宙開発事業団(NASDA)に持っていくと、売れるんですよ。このことを役所や政治は知らないでしょう。メーカーだけが知っている技術の流れです」
・これを聞いた時には本当にびっくりした。なぜなら建前上は、ISASは宇宙科学の研究所であり、NASDAは実利用のための技術開発を行う特殊法人だったからだ。裏で、「ISAS発、メーカー経由、NASDA行き」という研究開発の流れが、おそらくは自然発生的に出来上がっているのは、想像外だった。
・実際、ISASが日本ではじめて手を付けて、その後NASDAが展開し、実用化した宇宙技術はいくつもある。もっとも顕著な例が、液体水素を使うロケット技術だろう。 我が国での、水素の燃焼を扱う技術については、第二次世界大戦前の海軍工廠での検討や、戦後の防衛庁での実験などがあったが、現在に続くルーツは1971年にISAS前身の東京大学・宇宙航空研究所が開始した水素液化の研究から。研究結果はメーカー経由で、科学技術庁・航空宇宙技術研究所(NAL)やNASDAに拡がり、やがて1986年初打ち上げのH-Iロケット第2段エンジン「LE-5」として結実した。その後、H-II/H-IIAロケット第1段エンジンの「LE-7/7A」、そして現在開発中の「H3」ロケットのための「LE-9」エンジンまでつながっている。
▽売り上げが立たねば、メーカーだって付き合いきれない
・ISASの工学系は、日本の宇宙技術の最初の種を宿す場所でもあったわけだ。 そして種を苗に育てるにあたっては、「研究者もメーカー技術者も学生も分け隔てなく、一致して問題解決に取り組む」宇宙研方式の計画管理が大きな意味を持っていた。 今回のひとみ分解事故で、私は関係者から「もう少しメーカーがきちんと対応してくれていれば」という声も聞いた。
・確かに、かつてならば宇宙研方式の設計会議で教授レベルと立ち入った本音の議論を繰り返したメーカー技術者が、「ひょっとするとここは危ない」と進言したり、自主的に危険回避策を実行することもあった。だがそれは「ISASと仕事をすると新しい技術が手に入る」「それをNASDAに持っていけば、売り上げが立つ」という背景があったからこそ成立した関係だった。
・そのような環境がなくなれば、メーカーの対応はどうしても「払ってくれる金次第」となる。これまで研究者と一体となって仕事をしてきたメーカー技術者も、経営側から「売り上げが立たないようなところまで手を突っ込むな」と掣肘されるようになる。
▽“技術のゆりかご”が崩壊しつつある
・2008年の宇宙基本法制定以降、日本の宇宙開発は政府による実利用を前面に押し出し、それまでの主軸であった技術開発は「自己目的化した技術開発」と否定され、宇宙科学は「一定の予算内で着実に行うべき」という扱いになった。 当初年間5000億円に増やすはずだった予算は増えず、情報収集衛星(IGS)や純天頂衛星システム(QZSS)などの実利用政府ミッションが予算に食い込んだ分、技術開発と宇宙科学の予算はやせ細った。
・以来8年が過ぎ、今、日本の宇宙技術は世界からの立ち後れが顕著になりつつある。 世界のトレンドである、推進系に電気推進を使用する完全電化静止衛星技術も、米スペースXとブルー・オリジンが競って急速に進歩したロケット垂直着陸技術も、日本は持っていない。中国がすでに手に入れた重力天体への着陸技術もこれから開発するところだ。より周波数が高く高速情報伝送が可能になる50GHz以上のVバンドの電波を使った宇宙通信にも手が付いていない。中国はもちろんのこと、米民間ベンチャーやインドが開発を進め、さらにはイランも検討を開始した独自有人宇宙船についても、日本は「やる、やらない」の方針すら明らかにできていない。
・この8年間の「今ある技術を有効に使う」という実利用への傾倒が明らかにしたのは、宇宙基本法以前の日本の宇宙開発は「自己目的化した技術開発」をしていたのではなく、少ない予算を技術開発と宇宙科学に集中することで、かろうじて世界の最先端に引っかかっていた、という事実だ。 そして今や、将来技術の最初の種を育み、苗レベルまで育てる場所であった宇宙研方式によるISAS衛星・探査機の開発が、ひとみ分解事故により、風前の灯火となっているのである。
▽分け隔てないオープンな環境が人を育てる
・“技術の最初の種”に加えて、宇宙研方式によるISAS衛星・探査機の開発現場は、効率的な人材育成の場でもあった。前回と重複するが、宇宙三機関統合前の文部省・宇宙科学研究所は、「国公立大学の共同利用機関」という位置付けで、修士課程と博士課程の教育機関としての役割を担っていたからだ。
・学生は、修士・博士の5年間で、前回説明した「1サイクル5年」の衛星・ロケット開発を、待ったなしの開発の現場で、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)で体験することになる。大学の研究室の実験装置の延長として衛星・探査機やロケットを開発・運用してきたISASでは、そこに学生が参加するのは当たり前のことだった。いや、学生の参加を前提として、宇宙研方式が構築されたといっていいだろう。
・いきなり、設計会議から各種試験、それどころかロケット打ち上げのオペレーションや、打ち上げ後の衛星運用の現場に放り込まれ、様々な研究者や豊富な経験を持つメーカー技術者と、対等に扱われ揉まれるのである。宇宙を志す学生にとって、これ以上の環境はないといっても良いほどだった。
・ISASで育った人材は、宇宙機関と関連メーカーに散っていき、日本の宇宙開発を支えて来た。宇宙研方式の計画管理は、ISASの人材育成機能と一体かつ不可分だったのである。 しかし宇宙三機関統合後、ISASは、研究開発法人の中の一セクションとなり、教育機能はJAXAと東京大学、あるいは国立研究法人・総合研究大学院大学との連携という形になった。統合後しばらくは、従来と同じ運用が続いてきたが、ここにきてセキュリティ強化を理由とした、開発と運用の現場から学生を締め出す動きが起きている(この問題は、理学も工学も分け隔てなく宇宙を学ぶ環境の崩壊として、「あかつき」成功を支えた教育機能が弱体化(2015年12月9日掲載)で論じている)。
・人材育成は、技術開発にも増して深刻な問題だ。 次世代の人材が育たなくては、技術開発も実利用も吹き飛んでしまう。 現在、各地の大学で1~数十kg級の超小型衛星開発や、小型ロケットエンジンの研究を通じた人材育成が進んでいるが、学生のうちにより大きく、かつ最先端の衛星・探査機の開発に参加できる場はISASだけである。
・ISASに厳密な計画管理を持ち込めば、宇宙研方式のような良い意味でのオープンさを保つことはできないだろう。セキュリティを名目として、情報はクラス分けされ、会議への出席や文書へのアクセスは厳密に管理されることになる。そうなればISAS流の「誰が誰に対して意見を言っても良い」という組織文化は失われ、学生が現場で揉まれつつ育つ場は完全に失われることになる。
▽2つの計画管理方式の併用を
・ここまで見てくれば、問題は明白だ。 宇宙研方式の計画管理を苗床として、新しい技術の最初の種を宿し、次世代の人材を育成してきたISASの宇宙工学系は、栄養分を奪われ、発言力も低下し、弱体化している。ひとみの事故の原因もそこに求められる。
・では、今後はどこに、「技術と技術者を育成する場所」の機能を持たせるのか。これが問われている。 宇宙研方式に対するこうした認識を持って、ひとみの事故調査報告書を読むと、「現在のやり方に問題がある」という意識が先行しすぎているように思えてくる。
・実際には、ISASの体制が間違っていたというよりも、重量2.7tという大型衛星の開発に宇宙研方式は向いていなかったというのが正しい認識だろう。同時に、宇宙三機関統合以前ならうまく回っていた仕組みが、統合後の環境の変化でうまく機能しなくなっているということも意識する必要がある。
・ISAS衛星の計画管理をPPPに基づく厳密な方式に刷新するだけでは、これまでISASが担ってきた「新しい技術の最初の種を仕込み、苗段階まで育成する」「実物の衛星・探査機の開発現場の中で、次世代の人材をOJTで育成する」という、日本の宇宙開発を根幹から支えて来た機能が、完全に失われることになる。
・では、どうすればいいのか。 まず、組織文化を統一することは、多様性の喪失でもあり、脆弱性を増すことだということを理解する必要がある。日本の宇宙開発が、米国から導入・発展させたPPPに基づく計画管理手法と、大学からボトムアップ的に発生した宇宙研方式の計画管理手法の2つを持つことは、欠点ではなく、逆に大きな利点なのだ。
・行うべきは、2つの計画管理手法を併用する体制の整備だ。幸いにも現在、宇宙基本計画において宇宙科学はイプシロンロケットで打ち上げる「公募型小型」(2年に1機)、H-IIA(あるいは後継のH3)で打ち上げる「戦略的中型」(10年に3機)の2つのシリーズが走っている。小さい計画を効率的かつ高速に動かすことができる宇宙研方式を、この「公募型小型」に適用し、より厳密な計画管理を「戦略的中型」で採用するのが一番簡単だろう。
・PPPに基づく計画管理はコストがかかるので、これだけでも戦略的中型の予算を増額する必要がでてくる。  これと同時に、公募型小型計画において宇宙研方式が効率的に機能する環境を整備する必要がある。コンプライアンスを重視するあまり、複雑な事務手続きを構築すれば宇宙研方式は機能しなくなる。権限はトップに立つ教授クラスに集中する必要があるし、契約や支出に関する事務手続きは徹底して簡素化し、かつ事務にきちんと人的リソースを投入して、研究者の人的リソースが書類仕事に吸い取られないよう配慮せねばならないだろう。そしてなによりも、「公募型小型」の規模を、宇宙研方式で計画管理できる範囲内に収める規定が必要になる。
・人材育成のために学生が計画の様々な局面で参加できるようにすることも必須だ。もちろん探査機設計の安全性を増すために、設計会議におけるISAS工学系研究者の役割を明文化し、“彼らがダメといったらダメ”というルールを作る必要もあるだろう。 宇宙研方式では、日頃からISASの研究者相互、さらにはメーカーの技術者が頻繁に顔を合わせて公式、非公式を問わず議論することが前提になる。そのために、所内の人の動線の設計や、入退場管理システムによるゾーニングのやり直しも行うべきだろう。自由な発想には、「廊下でばったり会ったら議論になった」というぐらいの適度な組織のユルさが必須なのである。
▽工学試験衛星シリーズは独立させるべき
・ここから先は、JAXAだけではなく、宇宙政策委員会、さらには政治が動くことが必要となる。 まず、新規技術の芽を育てる場として、ISAS工学系の試験衛星・探査機を「公募型小型」のサイズで構わないので、宇宙基本計画において理学系衛星からは独立した、3~5年に1機のシリーズとして確立する必要があるだろう。「技術開発なら、ISASを優遇しなくとも可能だ」という反論が出るだろうが、先鋭的な技術開発の現場が、学生も参加する宇宙研方式で回るということが、決定的に重要なのだ。待ったなしの現場で経験を積んだ学生は、数年のうちに現役の研究者や技術者となり、その後数十年間は現役で活躍することになるのだから。
・その上で工学試験衛星・探査機のシリーズには技術開発のための予算を十分につけ、メーカーが赤字受注するというようなことがないようにしなくてはいけない。赤字でISASの仕事をして、得られた技術でNASDAから仕事を取るというやり方ができなくなった以上、きちんとひとつひとつの仕事で、メーカーが利益がでるようにするべきだ。
▽理学系が「次があるさ」と思える環境が必要
・次に、理学系研究者が「いつ次の衛星を上げられるか分からないから、今度の衛星に可能な限りの高性能と積めるだけの観測機器を積む」ようなことをしなくても済む制度設計が必要だ。ひとみ分解事故では、高い科学的成果を狙ってぎりぎりまで理学系研究者が粘ることが、結果的に衛星の設計と運用の両面で安全性を損なうことにつながった。この粘りは、今年度打ち上げ予定のジオスペース探査衛星「ERG」では、予算超過と計画遅延の原因のひとつともなった。
・これは「そのようなことをしてはいけない」と禁止しても有害無益だ。というのも、理学系研究者が、諸外国の研究者と熾烈な競争を展開している結果が、「ぎりぎりまで粘る」という行動になって現れているからだ。「ぎりぎりまで粘るな」ということは「世界一線級の科学的成果を出すな」といっているのと同じことになってしまう。それは理学系研究者の存在意義を否定することになる。
・解決法は2つある。 ひとつは、理学系研究者が「この衛星でダメでも、次の衛星がある」と思える状況を作る。具体的には宇宙基本計画に記載する科学衛星・探査機の数を増やすことだ。現在は10年間で中型3機、小型5機の合計8機となっているが、これを最低でも、かつての文部省・宇宙科学研究所時代と同じ、平均年1機の「10年間に10機」に戻すべきだろう。そのためには、JAXAの内部改革だけではすまず、宇宙政策委員会や政治が動くことが必要になる。
・おそらく「ひとみの事故で、宇宙科学は焼け太りを狙うつもりか」という反対意見が出るだろうが、実態は全く異なる。 現在、実用分野に予算を持って行かれた結果、日本の宇宙科学の予算は全く足りていない。例えば米国の惑星探査を担当するジェット推進研究所の年間予算規模は15億ドル(1ドル100円として、1500億円)。これは日本の宇宙科学予算の10倍近い。しかも米国で宇宙科学を担当する組織はJPLだけではない。
・この絶望的なまでの予算格差がある状態で「世界第一線級の成果」を出すことを求められ、期待に応えるために粘りに粘った結果が、最終的にひとみの分解事故へとつながった。今回の事故は、そう考えるべきなのである。
・もうひとつは、一定以上の予算超過や計画遅延があった場合、その分野の研究コミュニティに例えば次の衛星案の公募に参加できなくなるというようなペナルティが科せられるという制度の整備だ。これは、「粘るだけ粘って、予算超過を認めさせた者勝ち」になるのを防ぐためであり、また事前検討が不十分で未成熟な衛星案が公募において、「科学者コミュニティ間の政治的取り引き」で採択されるのを防ぐためでもある。
▽1998年以来の積み木崩しを直視しなくてはならない
・ここまでの流れを、時間を遡る形で追ってみよう。 X線天文衛星「ひとみ」の分解事故の背景には、少ない予算と限られた打ち上げ機会を使って、世界の第一線級の成果を挙げようとする理学系研究者の粘りに対して、衛星システムを担当する工学系研究者からの安全優先の歯止めが十分に効かなかったことがあった。
・歯止めが効かなかった理由は、ISAS工学系の弱体化があり、弱体化の根本には工学系研究の基礎となる工学試験衛星とロケットが途切れてしまったことがあった。 工学試験衛星とロケットが途切れた背景には、2003年の宇宙三機関統合による予算減少があり、宇宙三機関が統合された背景には、2001年の中央官庁統合で、文部省と科学技術庁が統合されて文部科学省となったことがあった。別々の官庁が別の宇宙組織を持っていたものが、同一の官庁となったことで「統合して効率化の成果を示さねばならない」ということになったのである。そこには、「どのような組織体制が日本の宇宙開発にとって最適なのか」という本質の議論はなかった。
・中央官庁統合の議論の中で、科学技術庁は「科学技術省」に昇格する可能性が十分にあった。それが、1995年の高速増殖炉「もんじゅ」ナトリウム漏洩事故、1998年のH-II5号機打ち上げ失敗、1999年のH-II8号機打ち上げ失敗とトラブルが相次ぎ、政治からの懲罰的圧力により文部省との統合ということになったのだった。そこには、「科学技術を振興するにあたって、日本はどのような官僚組織を持つべきか」という本質の議論はやはり、なかった。
・さらに予算減少の直接原因としては、1998年から始まった情報収集衛星(IGS)計画があった。IGSの経費は、既存宇宙開発予算に食い込む形で予算化され、これまでの18年間、年間600億円から700億円を費やす日本最大の宇宙計画となっている。2008年の宇宙基本法成立の後、日本の宇宙関連予算を現行の年間3000億円規模から5000億円規模に増やすという議論があったが、財政逼迫を理由に見送りとなった(ちなみに日本が対GDP比で米国と同等の宇宙関連予算を支出した場合、ほぼ年間1兆円規模となる)。
・つまり、日本は1998年以降の18年あまりの間、予算は増やさない一方でやることを増やし、「日本はどうあるべきか」の議論を抜きに組織を統合した。そして、無理矢理「統合の成果を作る」ために、じわじわと宇宙科学を追い詰めてきたのである。それは「これぐらいならいいだろう」「これぐらいなら大丈夫」と、積み木崩しで積み木を抜いていく様子に似ている。
・X線天文衛星「ひとみ」の分解事故が、ISASの計画管理体制の不備で起きたことは間違いない。が、同時にその背後には政治と行政が1998年以来18年以上の積み木崩しで、1980年代から90年代にかけて「黄金時代」と形容されるほどの成果を挙げた日本の宇宙科学をじわじわと追い詰めてきた事情があることを、我々は直視する必要がある。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/217467/080800026/?P=1

日本のロケット・衛星打上げ打上げ技術は、予算は少なくても世界一流とのマスコミの「よいしょ」記事に毒されていた私にとって、この2つの記事は衝撃だった。JAXAのアメリカ流の厳密な計画管理方式(PPP)と、ISASの日本的な宇宙研方式の2つが並立、しかも後者には工学系と理学系があるというのも、初めて知った。何でも文書化して役割分担も明確なPPP方式と対照的に、宇宙研方式では、『すべての情報がトップの教授に集約される一方で、書類化はあまり重視されない。つまり「すべては教授の頭の中にある」という状態になりやすい。また、顔つき合わせての設計会議で物事を回していくので、計画参加人数が増えて、直接顔を合わすことが難しくなると、スムーズに機能しなくなる』、『「一番大きな会議室に計画全関係者が入りきらなくなると、宇宙研方式ではやっていけなくなる」』、他方で 『「大学院2年と博士課程3年の5年を宇宙研で勉強すれば、理学でも工学でも、必ず自分の分野の衛星・ロケットの開発にまるまる1サイクル参加できる」という、人材育成の機会提供という意味合いも大きかった』、というのも興味深い。確かに、宇宙研方式にも意味はあるが、大規模化すると制約も出てこざるを得ないようだ。
次の記事にある 『当初年間5000億円に増やすはずだった予算は増えず、情報収集衛星(IGS)や純天頂衛星システム(QZSS)などの実利用政府ミッションが予算に食い込んだ分、技術開発と宇宙科学の予算はやせ細った。以来8年が過ぎ、今、日本の宇宙技術は世界からの立ち後れが顕著になりつつある。 世界のトレンドである、推進系に電気推進を使用する完全電化静止衛星技術も、米スペースXとブルー・オリジンが競って急速に進歩したロケット垂直着陸技術も、日本は持っていない。中国がすでに手に入れた重力天体への着陸技術もこれから開発するところだ。より周波数が高く高速情報伝送が可能になる50GHz以上のVバンドの電波を使った宇宙通信にも手が付いていない。中国はもちろんのこと、米民間ベンチャーやインドが開発を進め、さらにはイランも検討を開始した独自有人宇宙船についても、日本は「やる、やらない」の方針すら明らかにできていない』、『日本は1998年以降の18年あまりの間、予算は増やさない一方でやることを増やし、「日本はどうあるべきか」の議論を抜きに組織を統合した。そして、無理矢理「統合の成果を作る」ために、じわじわと宇宙科学を追い詰めてきたのである。それは「これぐらいならいいだろう」「これぐらいなら大丈夫」と、積み木崩しで積み木を抜いていく様子に似ている』、にある日本の大幅な立ち遅れは由々しい事態だ。筆者が提言するような抜本的立て直しが必要だ。
タグ:フェーズド・プロジェクト・プランニング(PPP)」という計画管理方式を導入 小さい計画を効率的かつ高速に動かすことができる宇宙研方式を、この「公募型小型」に適用し、より厳密な計画管理を「戦略的中型」で採用するのが一番簡単だろう 設計会議は衛星・探査機全体から、搭載機器や運用方法に至るまでの様々な階層、様々な規模で頻繁に開催され、トップの教授からメーカーの担当者に至るまで、少しでも関係がある者はすべて参加 ロケット・衛星打上げ 宇宙研方式は、属人的でコンパクト、かつ意思決定が高速という特徴 宇宙研方式では、設計会議において発注側も受注側も、基本姿勢は「やる」方向で、同じ目標に向かって議論する。「できる限り多くの人が協力して課題解決に努力する」方式なので、新規技術の研究や開発に相性がいいことは自明だ 日経ビジネスオンライン 宇宙研方式の設計会議では、宇宙研もメーカーも、さらには学生も一体になって同じ方向を向き、「よりよい方法は何か」と知恵を出し合う JAXA)と受注したメーカーが相互に仮想敵となり、JAXA側がメーカーのプロポーザルに潜む問題点を指摘 大型化した衛星・探査機は、より巨額の予算を必要とする。しかし宇宙研の予算は増えなかったために、宇宙研は年1機ペースの打ち上げを維持できなくなった。衛星・探査機の開発期間も長期化し、例えばひとみは開発に7年間かかっている 大学院2年と博士課程3年の5年を宇宙研で勉強すれば、理学でも工学でも、必ず自分の分野の衛星・ロケットの開発にまるまる1サイクル参加できる」という、人材育成の機会提供という意味合いも大きかった ISASはその前身である東京大学・宇宙航空研究所の時代から積み上げた独自の計画管理方式を持っていた 効果的なOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を実施できるという意義も大きい 工学試験衛星シリーズは独立させるべき 2つの計画管理方式の併用を 宇宙研方式の計画管理は、ISASの人材育成機能と一体かつ不可分だったのである 分け隔てないオープンな環境が人を育てる 計画に関するすべての情報を文書で記録し、整理 “技術のゆりかご”が崩壊しつつある 「ISAS発、メーカー経由、NASDA行き」という研究開発の流れが、おそらくは自然発生的に出来上がっている ISASで泣いてNASDAで売り上げを立てる技術開発 JAXA主流の計画管理方式 日本は1998年以降の18年あまりの間、予算は増やさない一方でやることを増やし、「日本はどうあるべきか」の議論を抜きに組織を統合した。そして、無理矢理「統合の成果を作る」ために、じわじわと宇宙科学を追い詰めてきたのである 宇宙研方式を廃し、より厳密な方式に置き換えるだけでは、「技術開発と人材育成」を今後どうするのかという、一層やっかいな問題が発生 310億円が宇宙に消えた歴史的背景 X線観測衛星喪失から考える組織文化と体制改革(その2) 計画管理の厳正化だけではかえってトラブルも 「会議室に入りきれる人数」が重要 本格的なISAS工学系の衛星としては、はやぶさからSLIMまで、実に16年も間が空いてしまった 複雑化、ぶっつけ本番の道へ 宇宙研方式が生まれた背景 (その1)(X線観測衛星喪失から浮かび上がる問題) NASDA 属人的、コンパクト、高速の「宇宙研方式」 310億円の事故と「会議室の大きさ」の関係 X線観測衛星喪失から考える組織文化と体制改革(その1) X線天文衛星ASTRO-H『ひとみ』 異常事象調査報告書 故の底に潜む問題は、単なる計画管理体制の強化で済むものではない 開発・打ち上げ費310億円が失われた今回の事故 X線天文衛星「ひとみ」の事故調査 それは「これぐらいならいいだろう」「これぐらいなら大丈夫」と、積み木崩しで積み木を抜いていく様子に似ている
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