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アベノミクス(その20)「働き方改革」6(「働き方改革」はセーフティネットの議論を置き去りにしている、「働き方改革」のズレまくりな議論にモノ申す) [経済政策]

アベノミクス(その20)「働き方改革」については、3月30日に取上げたが、今日は、「働き方改革」7(「働き方改革」はセーフティネットの議論を置き去りにしている、「働き方改革」のズレまくりな議論にモノ申す) である。

先ずは、財務省出身で中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員の森信茂樹氏が4月26日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「働き方改革」はセーフティネットの議論を置き去りにしている」を紹介しよう(▽は小見出し、◇は指摘する問題)。
・いつの間にか、安倍政権の一丁目一番地は「働き方改革」になった。 これまで、アベノミクスとして、「三本の矢」、「新三本の矢」と打ってきたのだが、どれも的に的中したものはない。仕掛中に次の新しいアジェンダに移っていく。国民から見れば、「いつも新たなことに挑戦し、汗をかく内閣だ」と好感度は高く、これが高支持率を維持し続けている原因のようだ。だが「やっている感」は出しても議論が上滑りしていないか。筆者の関心は、「働き方改革」にスポッと抜け落ちている、セーフティーネット、つまり社会保障や税制の議論である。その部分が後回しにされれば、「働き方改革」もその分遅れてしまう。「解決が容易ではないから」と後回しにすれば全体がうまくいかないだろう。
▽雇用の形で違う税や社会保障 公平化の議論は先送りされた
・働き方改革の目玉は、「同一労働・同一賃金」だ。この前提があって多様な働き方ができるのだが、正社員(無限定社員)の既得権益にどこまで切り込むことができるのか、必要かつ重要な改革だが容易ではない。雇用の安定という日本型資本主義のメリットを維持しつつ、賃金体系にまで踏み込む改革がどこまで実行できるのだろうか。
・3月28日に、働き方改革実現会議で「働き方改革実行計画」(以下、「計画」)が決定・公表された。これを筆者なりに要約しながら、「抜け落ちた部分」を指摘してみたい。
・「計画」は、柔軟な働き方の重要性を指摘している。時間や空間の制約にとらわれることなく働くことができるテレワークは、子育て、介護と仕事の両立、多様な人材の能力発揮が可能となり、副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段や第2の人生の準備として有効である、という認識だ。  その上で、事業者と雇用契約を結んだ場合を「雇用型テレワーク」、請負契約で働く場合を「非雇用型テレワーク」と区分し、後者について、インターネットを通じて不特定多数に業務を委託するクラウドソーシングの拡大により、仕事の機会が増加している、と述べている。
・だが一方で、「非雇用型テレワーク」は、過重労働や不当に低い報酬、支払いの・遅延など様々なトラブルに直面している、と指摘しながら、法的保護を徹底させることについては、「今後有識者会議を設置し中長期的課題として検討する」と先送りしている。
・また、複数の事業所で働く「マルチジョブワーカー」についても、「雇用保険及び社会保険の公平な制度の在り方、労働時間管理 及び健康管理の在り方、労災保険給付の在り方について、検討を進める。」と、すべて先送りした。
・ましてや、「雇用型テレワーク」と「非雇用型テレワーク」との間の税制上の取り扱いについては、全く触れられていない。このような政府の取組みは、先進諸外国と比較して、驚くほど遅れている。 「非雇用型テレワーク」、「マルチジョブワーカー」といえば目新しい働き方でかっこよく聞こえるが、その実態は、欧米で「ギグ・エコノミー」と呼ばれるもので、ネットを通じて仕事を請け負う受注者は、非正規労働で単発で仕事をするので、安定した処遇が得られず労働者保護の仕組みがないといった問題がある。 これは第127回「Uber運転手の税や社会保険は?追いつかない現行制度」として本欄でも取り上げた問題である。
▽失業給付や年金の縦割り 「マルチジョブワーカー」の壁に
・「マルチジョブワーカー」の社会保障の問題としては、例えば以下のような問題があげられる。
 ◇そもそも働く人は、雇用者なのか、事業者なのか。  多様な働き方は、自営業者と正規雇用者を区分けしている社会保障・保険制度を根底から崩す可能性がある。
 ◇個人事業者ということになれば、事業主負担分がなくなり個人負担が2倍になる一方、定額負担なので負担の逆進性が生じるという問題がでてくる。
 ◇複数の職場で働く場合、1つの会社だけでは勤務時間の要件から厚生年金の適用にならないが、複数の場合では適用になることをどうするのか。 その際の源泉徴収は誰がどのように行うのか、1つの職場での雇用契約が残っておれば失業給付が出ないことをどう考えるか、などの問題がある。
 ◇また日本の医療・介護保険は、年齢によって加入する制度負担や給付の内容が異なっているが、高齢者も働く改革を目指すのであれば、それを見直す必要はないか。
・上記のことは早急に検討をすべき課題である。
▽サラリーマンと個人事業者 納税事務の負担や経費控除で違い
・税の問題としては、以下の3つが考えられる。 第1は、所得区分の見直し、第2に、格差是正の問題、第3に、所得の把握など執行上の課題と税収確保の問題である。
・まずは、個人事業者と給与所得者の区別である。 日本の所得税は、給与所得と事業所得・雑所得を明確に区別している。 前者には、源泉徴収、年末調整、給与所得控除という経費の概算控除を導入し、後者には、自己申告、経費の実額控除、源泉徴収制度はなく、予定納税制度が導入されている。 ただし、税理士、弁護士、司法書士などに支払う報酬などには、源泉徴収が行われる。
・また、事業所得は、青色申告をすれば、給与所得など他の所得との損益通算や、損失の繰越し控除ができるが、雑所得であれば、損失はないものとみなされる。 課税方法が異なるため、どの所得区分に当たるかにより、税負担の重い軽いや、有利・不利、納税事務の手間の有無が生じてしまう。とりわけ経費については、一般的に、給与所得者の控除の方が、実額で控除される経費より手厚いので、給与所得に分類される方が有利(税負担が少ない)という問題が生じる。
・給与所得とは、日本での判例によると「従属的・非独立的な労務提供の対価」とされており、雇用契約を結んでいるから給与所得、とは必ずしもなっていない。雇用契約を結んでなくても、給与所得になる例も数多い。このあたりのガイドラインを整理する必要がある。
・また、給与所得とされる方が有利という税制自体が問われるべきだ。米国をはじめ多くの先進諸国では、米国70万円程度、ドイツ11万円程度、フランス140万円程度と概算控除(経費控除)額は低く、それを超える場合には実額による経費を申告することになっている。
・これに対し日本の給与所得控除額は、ここ3年で上限が設けられ、さらに引き下げられてきたが、いまだ諸外国と比べて高水準にある。例えば、1000万円(上限)の給与収入がある場合には220万円(収入の22%)の概算経費が認められており、これが大きいので、給与所得として受取る方が有利となっている。
▽副業が当たり前になるには マイナンバー活用し、所得把握を適正に
・そもそも副業・兼業が認められる時代に、給与所得、事業所得、雑所得という区分がどこまで正当性があるのか、所得区分の見直しなど、所得税制全体の見直しが必要になる。 消費税についても、給与所得にはかからないが、事業所得・雑所得には課税される(申告義務が発生する)という問題がある。
・最大の課題は、どうやって副業やマルチジョブワーカーの所得を把握するのかという税務執行上の問題である。「正直者が損をする」ことになるような不公平な制度は避けるべきだ。 事務コストをかけずに行う方法として、マイナンバーの活用が考えられるが、まずは支払調書(資料情報制度)に記述することが義務つけられる範囲を広げて、執行上の公平性を高めていく必要があろう。 「働き方改革」には、それを裏打ちする社会保障と税制の見直しが必須といえる。
http://diamond.jp/articles/-/126005

次に、千葉商科大学 専任講師、働き方評論家の常見 陽平氏を中心に参議院で開いた集会の模様を5月2日付け東洋経済オンラインが掲載した「「働き方改革」のズレまくりな議論にモノ申す 誰のために何のためにやっているのか」を紹介しよう(▽は小見出し、+は段落)。
・「国を挙げた最大のチャレンジ」である「働き方改革」。ところが、その中身は問題だらけだ。3月28日、参議院議員会館で「働き方改革に物申す」院内集会を開き、約100人の参加者を前に赤木智弘、おおたとしまさ、中川淳一郎の3人と働き方改革の疑問点、問題点を共有し合った。その模様をお届けしたい。
・常見陽平(以下、常見):皆さんにまず問いかけたいことがあります。「働き方改革」にわくわくしていますでしょうか? (場内シーン、一部苦笑)
▽生活が楽しくなるイメージは浮かばない
・常見:この空気感がすべてを物語っているように思います。 安倍晋三政権は働き方改革を「国を挙げた最大のチャレンジ」と位置づけました。しかし、今行われている議論は、当初、掲げていたこととズレているのではないかと感じます。 当初は「ワーク・ライフ・バランス」の充実などが掲げられ、働きながら育児や社会活動のような「ライフ」の充実を可能にできる社会を目指していたはずです。しかし、電通過労自死事件が明るみに出たのをきっかけに、議論の方向性が変わっていきました。
+今(3月28日現在)議論されているのは、残業時間に規制をかけるとして「100時間以上か未満か」「過労死ラインの80時間を容認するか」といった、「生きるか死ぬか」という意味の「ライフ」についてです。職場で人が死なない社会を実現することは大事であることは間違いありません。ただ、このまま「働き方改革」が進んだところで、われわれの生活が楽しくなって、わくわくするイメージはほとんど浮かびません。
+そもそも、単に労働時間を短くしてすべて解決するのでしょうか。『平成28年版過労死等防止対策白書』においても、残業が発生する理由として仕事の絶対量の問題が指摘されています。根本的な問題を改善せずに、単に労働時間を短くしてうまくいくのか疑問です。サービス残業が誘発されるのは目に見えています。
・おおたとしまさ(以下、おおた):教育ジャーナリストのおおたとしまさです。育児や教育を専門にしています。私は大きな批判を浴びたゆとり教育と、働き方改革に共通点を見いだしています。 ゆとり教育はいまや「脱ゆとり」の方向性が鮮明になっているように、「失敗」として扱われています。しかし、ゆとり教育のもともとの趣旨は「目先の点数を追うのではなく、可視化できない生きる力を伸ばしていこう」というものだったはずです。
+新しい取り組みを行えば、トレードオフがあるのは当たり前で、副作用もあります。目先の点数を追わないのであれば、目先の点数は下がってしまいますよね。 それでも、20年後、30年後の社会に伸びしろの大きい大人たちがたくさんいるような社会を目指して、ゆとり教育の導入を決めたわけです。ですが、社会の中でそのコンセンサスが十分に取れていなかったため、学力の国際比較調査PISAの点数が落ちた途端、「ヤバい!」と方向転換することになってしまいました。
+私からみると、働き方改革もゆとり教育と同じ轍を踏んでしまう可能性を感じます。長時間労働是正に反対する人は誰もいません。でも、長時間労働をやめたら、業績は一時的に落ちる可能性が高い。副作用が出たときに「GDPが落ちたじゃないか、やはり長時間労働が必要だ」と、揺り戻しが起こってしまうかもしれない。それは、同一労働同一賃金でも同様で、何かを取り入れると弊害は必ず起きます。
+ネガティブな部分のコンセンサスも取らないと、ゆとり教育と同じ状況に陥ってしまうのではないか。それが、僕の懸念です。ネガティブな部分に勇気をもって向き合うことが、改革の歩を進める一歩になるのではないでしょうか。
▽10年経って変わったこと
・赤木智弘(以下、赤木):フリーライターの赤木智弘です。私は自分自身がフリーターとして、いわゆる1990年代後半から2000年代前半に社会に出た就職氷河期の「ロスジェネ世代」、その中でも非正規雇用に甘んじるしかない人たちを追ってきました。この10年でなにが変わったのか。明確に変わったのは、10年という時間が過ぎたことです。なんの冗談で言っているわけでもなく、10年過ぎたということは、10年、歳を取ったということです。当時31歳だった僕は41歳になった。僕もそうだから、当然周りの人もそうです。
+つまり、なにが言いたいのか。当時、就職氷河期に社会に出た人は30代だったのが、40代になった。仕事をして普通にまっとうな人として生きていくことを考えたときに、本来は30歳前後でロスタイムに入っていたはずです。でも、そこからさらに10年が過ぎてしまった。
+一方で変わってないのは何か? すべてです。すべてが変わっていないから、10年経っても非正規の人がいまだにいる。彼らを今から仕事によって救うことは不可能です。職歴のない彼らがいくところは、土木や介護の現場です。土木は昔ながら低所得者の人が多く、介護も高齢者が増えていく中で人手不足になっています。
+では、介護の現場に、僕らのように苦労させられてきた人たちが入ると何が起こるのか。おじいちゃんやおばあちゃんが「俺たちの若い頃は何もなくて、ただ仕事を一生懸命やってきた。お前らみたいな若い頃に恵まれてきた人たちが……」と愚痴を言うわけですよ。彼らにとっては、軽口かもしれませんが、僕たちからするとふざけるなという話です。
+今、日本は「人手不足」といわれています。しかし、就職氷河期世代は無視されている。企業が欲しがっているのは、これからの新卒学生です。われわれ就職氷河期の世代は、後ろから横取りされたような感覚でいる。
+「働き方改革」が進んでいますが、率直なところ「これって何?」という印象です。残業規制はあくまで正社員の話でしょう。フリーターが自分の生活のために、ダブルワーク、トリプルワークをやっているようなとき、残業規制の話は出てこない。 まったく関係がないわけです。8時間、16時間働こうが、フリーターだとそれは残業でもなんでもない。
+「ワーク・ライフ・バランス」や、「多様な働き方」というのであれば、正社員じゃなければ生活できない現状を考えていかなければいけない。そのためにはどうした支援が必要なのか、自分の生活をどう成り立たせていくのかが議論されていない。だから、今回の働き方改革について、僕には意味があるとは思えません。
・常見:「世の中から『非正規』という言葉をなくす」と安倍首相は言っていますが、「非正規」という言葉がなくなったとしても、働き方はなくなりません。働き方改革実現会議も大手企業の正社員を中心とした話ばかりです。日本の多くを占める中小企業や、日本的雇用の外にいる非正規、あるいはフリーランスの方に対する配慮が今まで足りない現状がありました。
▽問題の根本には「お客様は神様だ」思想
・中川淳一郎(以下、中川): ネットニュース編集者の中川淳一郎です。元博報堂の社員でした。広告業界の問題の根っこには「お客様は神様だ」思想があります。最近、とあるファミリーレストランが注文をしないで勉強ばかりをしている学生に対して、実際は丁寧な文面でしたが、趣旨としては「勉強をやめろ、ほかのお客さんが入れない」と書面で注意をしたのですが、「俺たちは客だ」と学生は反発したようです。店にとって彼らは「迷惑なお客」なわけで追い出す権利があるのに、「お客様は神様」という思想のもとに彼らを受け入れないといけない。
+広告代理店の仕事も似ていると思います。電通で女性社員の過労自死事件がありましたが、残業時間による過労や、モラハラ以前に、目の前のクライアントからの怒りのメールや電話が怖い。夕方の6時になっていきなり「修正してください」と連絡がくる。
・中川:さらにデジタル化によって、広告代理店の残業はより激化しています。彼女も電通のデジタル部門にいたわけです。これまで主力だった、テレビや新聞、雑誌の広告枠は伝統的に腹芸ができて、あうんの呼吸で媒体社とやり取りができました。しかしデジタル局は、相手がグーグルだったりする。アルゴリズムに基づいて広告を買っているわけだから、自分じゃ何もできないし、人情もない。そんな中で、デジタル広告代理店がどんどん強くなっていき、新入社員を慌ててデジタル部門に入れ、まだ能力もないのに働かせすぎたのではないか。
+デジタルの問題は修正がきくことです。紙や新聞広告は、入稿して印刷所に持っていき、輪転機が回ったらおしまいなんです。ですがデジタルは、「ちょっと直してほしい」といきなりクライアントの思いつきで電話がきても直すことが可能です。そうなると、労働時間がどんどん増えていきます。その根底にあるのが、お客様第一主義の結果だと考えています。
・僕は、会社に入って5年目に、アマゾン日本上陸の際に行われた記者会見を担当しました。16日間のうちに家に帰れたのは4回で合計5時間。なぜならアメリカの始業時間に合わせて英語の書類のチェックをしなければいけないからです。ゆとりある働き方もなにもないんです。「なんでまだ資料がないんですか」とガンガン電話がくる。
+広告代理店の人間からすると、三六協定なんて「ケッ」といったものなんです。そして忘れてはいけないのは、広告代理店は自分が直接手を動かさない案が多く、下請けを巻き込んでいます。実際にいちばん疲弊しているのは発注を受けている下請けです。
▽お客様は何を言ってもいいという意味ではない
・常見:重要な論点が2つあると感じました。 1つ目に「お客様は神様だ」思想ともいえるもの。「お客様は神様です」という言葉は非常に誤解されていて、三波春夫さん本人がホームページで釈明しています(三波春夫オフィシャルサイト:「お客様は神様です」について)。もともとは「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(げい)をお見せすることはできない」という意味なんですね。
+お客様は何を言ってもいいという意味ではない。しかし、「お客様は神様だ」につけ込んで起こっているのは過剰なサービスの連鎖です。本来ならば人を救ってくれるはずのデジタル化が、このような思想と結び付くことで、現場が疲弊しているのかもしれません。
・常見:2つ目は日本的雇用の問題。労働政策研究・研修機構主席統括研究員の濱口桂一郎氏が論じるように、日本的雇用は「空白の石版」モデルで、業務内容が明確ではなく、それもどんどん書き換えられていきます。次から次へと仕事が変わり、増えていきます。これもまた労働時間の増加を誘発している。
▽労働生産性とは何か?――補足として
・常見:ここまでの議論を踏まえ、僕からもひとつ補足したいことがあります。それは「労働生産性」という言葉の勘違いです。この手の議論をする際に、よく「日本の労働生産性は低い」「だから変わらなくてはならない」という話になります。
+その理由として「労働生産性が悪いのは労働者が効率的に働いていないから」と思っている方が多いのではないでしょうか。しかし、これは大きな間違いです。労働生産性とは生み出した付加価値を労働投入量で割ったものです。儲からない産業で働いていれば、個人がいかに頑張っても労働生産性の上昇は微々たるものです。産業構造、人口などが関係します。労働者が勤勉か、無駄がないかどうかだけでなく、効率化のためにたとえばITに投資しているのかどうかなどが問われます。
・おおた:時間当たりの労働生産性で上位に入っているノルウェーには油田があります。何もしなくても油を売れば儲かるわけです。日本からは掘っても温泉しか出てこない(笑)。どんぐりが落ちている国と、宝石が落ちている国では、同じ作業をしていても、自分の生活を成り立たせる労働時間は違うわけです。暴論を言うと、リーズナブルでおいしい料理を出す居酒屋よりも、ぼったくりバーのほうが労働生産性は高い。
・常見:コピーを減らそう、無駄な会議を減らそうと、企業や労働者個人の創意工夫、努力の話になりがちですが、本来ならば国や企業が儲かる仕組みを作っていかなければなりません。今の議論では、単に労働者に効率性を求めているだけですので、より苦しい状況に追い込まれてしまうのではと懸念があります。
▽なぜ労働時間は増えるのか?
・常見:中川さんの『電通と博報堂はなにをしているのか』(星海社新書)を読みました。博報堂出身で今も博報堂と仕事をしている中川さんだから書けた本だと思います。ひとつ質問したいのは、働きすぎについて大手広告会社の組織風土に原因を求めています。では、なぜそのような組織風土が生まれていったのでしょうか?
・中川:「見えない敵」と戦うからです。ほかの代理店と競合コンペをやるときに、どんな隠し玉を彼らは出してくるのかとつねにおびえている。じゃあこっちは考える時間を2倍にしてやつらを超えようと考える。食品メーカーの場合だと、ビタミンCの配合を増やしてくるだろうな、といったような想像がつくのかもしれませんが、広告代理店の場合は相手がどんな手に出るのかわからない。もしかしたら、バラク・オバマ元大統領を使うかもしれない。わけのわからない情報戦が繰り広げられていて、しかも代理店のスパイがいて裏で余計な情報を流し合っている。その結果、見えない敵を恐れて、残業が延びてしまう。
・常見:「お客様は神様だ」思考と結び付いて、より労働時間が長くなっているのですね。このマインドは、どうすれば改善するのでしょうか。
・中川:今の日本は、100点を取ることが求められる社会です。たとえば78点を取れば許す社会になればいい。広告業界はそれでだいぶ改善すると思います。100点の広告と78点の広告とで売り上げがどれくらい変わるのか。実際ほぼ変わらなかったりするんです。
・常見:日本はミスを極端に恐れますよね。アメリカでは配達ミスを減らすのではなく、ミスをしたらすごい速さで届けるという発想です。ミスありきの制度設計になっていますよね。 大手代理店に限らず、今まで日本企業は「社員の頑張り」のような精神論でいろんなことを乗り切ってしまったんじゃないか。働き方改革を見ていても、その根底に「もっと生産性上げて頑張れ」と個人に責任を押し付ける思想があるように思えるんです。先ほどの生産性の議論でも触れましたが、所得を上げたり、経済を成長させるような国の努力なしには、生産性は上がりません。
・おおた:従業員側にも「頑張る」以外の意識改革が必要です。日本の社会では、出勤日や休みは会社が設定するものとして認識されています。特に正社員は自分で休みを取ろうとしていない。日本の祝日の数は多いと聞きますが、それは西洋諸国のようにバカンスを自分で取らないから、国が休みを設定してあげないと休まない。今、プレミアムフライデーのようなことをしていますけど……。自分の人生をすべて会社に明け渡していて、そこに安心感があることも問題なんじゃないか。
+正社員の約16%が年次有給休暇を1日も取得していない。週労働時間が 60 時間以上の労働者では 27.7%が年次有給休暇を1日も取得していない。
・赤木:過激なことを言うようですが、僕は労働時間の制限はしなくていいと思います。365日、24時間働き放題にして、自分で休みを取らないと死んじゃうよ、としたほうがいいんじゃないかな。
・おおた:死者出ますけどね。
・赤木:今はあまりに休みを取ることを意識しなすぎる。自分がどういうふうに働きたいか。ちゃんと子どものPTA活動のために仕事を休めるような、会社と交渉できる大人であってほしいと思っています。
・おおた:長時間労働問題って本来は業務過多問題であるはずなんですよね。一人ひとりの労働をどう減らすのか、仕事は資源なので、どうやってうまく配分するのかを考えたほうがいい。
・赤木:仕事は貴重な資源ですから、残業の時間分を正社員の人から取り上げて非正規に回せば、非正規の人は仕事につけますよね。
・常見:残業する人ありきで社会が設計されていますよね。赤木さんがおっしゃるように仕事を分かち合う発想はヒントになるかもしれません。
▽働き方改革にはびこる「老害の論理」
・中川:幸福の科学に出家した清水富美加さんの月給が5万円だという話が出たときに、芸能界の「老害」たちが「私は3万円だった」「そんなの当たり前だ」と言い出しました。これって、成功した人たちが途端に若者をいじめ出す構図ですよね。その背景には金持ちになれる可能性があるんだから、今の苦しさに甘んじろという「老害論」があると思うんですよ。働き方改革にも同様の老害論がはびこっていると思います。
・常見:そもそも芸能人のような芸を磨く世界と、会社で平日働いて年間数百万円稼ぐ世界は全然違います。「昔は無給で頑張った」みたいな話を彼らにされても仕方ない。それは置いといても、働き方改革にも「老害の論理」が政治家と経団連に見られますよね。若者はおカネがないし、フリーターの人たちが働こうとしても求人は飲食業が中心で、自分のしたい仕事が選択できる状況にない。老害たちがそんな環境の変化に無頓着です。
・赤木:フリーターに飲食の仕事しかないのはそのとおりです。みんな無頓着に「探せば仕事はある」と言いますが、うそくさく思います。東京の飲食の仕事の時給は1000円前後ですよね。一生懸命頑張っても、時給がすごく上がるわけでもなく、スキルアップにもつながりません。それって「仕事」なんでしょうか。僕は仕事じゃないと思っています。正社員のように働いても手取り12万円程度しかもらえず、生活が成り立たないんだから。
▽正規雇用の働き方も変化している
・常見:非正規だけではなく、正規の働き方も変わっていますよね。家族の中でお父さん1人が会社で9時間くらい働けば、子ども2人を大学に行かせられて、一軒家くらい買えるモデルはもうありません。
・おおた:今までは企業に属しているかぎり、多少窓際族になっても「普通」の生活が用意されていた。ほかの国であれば行政がやるような福祉的なセーフティネットの代わりを企業が担ってきたわけです。 でも、今は1人が9時間働くだけでは足りず、女性も働くことになりました。じゃあ、1人4.5時間働けばいいのか? 何時間働く社会を目指すんだっけ?というのが、「ワーク・ライフ・バランス」を目指す働き方改革のそもそもの議論だと思うんです。それは専門家や政治家が言っても決まらないことで、国民のコンセンサスでしかありません。それを話し合うのが働き方改革実現会議だったはずなのに、論点が早々に三六協定になってしまい、結果「残業100時間未満かどうか」の議論になってしまう。生きるか死ぬかと、生活を豊かにする「ライフ」は次元が違う。そこが混合されて議論されたのが今回の不幸なことだと思います。
・常見:「働き方改革」といっているのに、「労働時間100時間未満だ!」と昭和の春闘みたいな話をしていますよね。これからの働き方でもなんでもない。天皇の生前退位の話が出て、平成のスターSMAPすら解散したのに、なぜ昭和にしがみついているのか。
・おおた:働き方改革も、昭和的な経済成長を目指すところに無意識のうちにいっていたんじゃないかな。
・赤木:おおたさんに伺いたいのですが、そんなにみんな家事や育児をしたいのでしょうか。仕事をして長時間労働をしているほうが会社にも認められるし、メリットがありますよね。ですが、家で育児をやったって大したメリットはありません。やりたがっているのであれば、改革もうまくいくと思うのですが、望んでいないのであればうまくいかないんじゃないかな。
・おおた:僕の周りには、家事や育児をしたいお父さんが沢山いるので、バイアスはあるでしょうね。実際に、残業禁止にしたら育児や家事をやるのか? より家事に協力して、妻の負担を減らそうとする人もいるでしょうし、飲みに行ってしまう人もいるかもしれません。それって突き詰めると個々人の夫婦関係のような気がしますね。そのあたりも踏まえて、国民が何を望むのか考えるのが「働き方改革」の本来の議論であると思います。
▽成功事例を疑え!
・おおた:長時間労働を禁止すると、生産性が上がった!というような成功事例がよく見られますよね。そのうまくいった企業が人材派遣業であったりする。そこが儲かっているということは、非正規がまだ多いことの表れで、世の中全体ではうまくいってないことの証左なんじゃないか、それってものすごく皮肉なブラックジョークじゃないか……と感じてしまう。
・常見:成功事例を疑うことも必要ですね。「残業が減ったら業績が上がりました」と紹介されるが本当なのか。因果関係、相関関係が怪しいのです。
・中川:いま電通はコンプライアンスを重視しているので、22時に電気が消えます。でも裏でクライアントは「電通のやつらは使えない」と言っている。競合プレゼンで負けまくっていると社内のモチベーションも下がる。目の前の売り上げを確保しようとすると、彼女の自殺の話を忘れる時期まで乗り切ろうとか、そういったマインドになっていくでしょうね。労働時間を減らしただけでは問題解決にはならない。
・常見:ほかの会社はもっと深刻かもしれません。電通の場合は働き方改革のために70億円もの投資をすることが認められましたが、ほかの会社はそこで株主に説明できるのか。
・中川:普通に考えると、株価は下がりますよね。
・常見:「働き方改革」といったところで、株主がOKしなかったらどうしょうもないんですよ。私たちは勝てないゲームの中で踊らされていて、そこで「働き方改革」とついても仕方ないんじゃないか。
・赤木:労働って自分だけのものではなく、人のものなんですよね。自分の労働は会社のもので、会社は顧客や株主のものである。誰しも自分の仕事を自分のものにできずにいる。本来はそれをどうにかしなければいけないけど、触れられないですよね。
・おおた:「労働時間を減らしました、でも生産量はそのまま」なんてマジックはありえませんからね。長時間労働を減らすのであれば、社会として一時的にはダウントレンドを飲み込む必要がある。多少GDPは下がるかもしれないけれど、1日6時間働き、みんなが今より幸せに過ごせる社会が来るかもしれない。少子化で労働力人口は減るかもしれないけれど、ピンチはチャンスだと思って課題先進国としてやっていく。そういう発展的な議論をする必要があると思います。
+それって、1年や2年で簡単に答えは出ないものです。長いスパンをかけて答えのない問いに挑み続けましょうという形でコンセンサスにたどり着くのが、大きな1歩になると思います。
http://toyokeizai.net/articles/-/169640

森信氏はさすが財務省出身だけあって、指摘が鋭い。 『これまで、アベノミクスとして、「三本の矢」、「新三本の矢」と打ってきたのだが、どれも的に的中したものはない。仕掛中に次の新しいアジェンダに移っていく』、日本のマスコミもこの程度の批判はしてほしいものだ。 『雇用の形で違う税や社会保障 公平化の議論は先送りされた』、肝心の問題であるのも拘らず、議論し出せば時間ばかりかかるとして、先送りしたのであれば、実効性は期待できない。 『「働き方改革」には、それを裏打ちする社会保障と税制の見直しが必須といえる』、はその通りだ。
第二の記事では、 『当初は「ワーク・ライフ・バランス」の充実などが掲げられ・・・議論されているのは、残業時間に規制をかけるとして「100時間以上か未満か」「過労死ラインの80時間を容認するか」といった、「生きるか死ぬか」という意味の「ライフ」についてです』、と大きく変質してしまったようだ。 『三波春夫さん本人がホームページで釈明しています(三波春夫オフィシャルサイト:「お客様は神様です」について)。もともとは「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(げい)をお見せすることはできない」という意味』、というのは初めて知った。 おおた氏が指摘する 『働き方改革もゆとり教育と同じ轍を踏んでしまう可能性を感じます』、はその通りなのかも知れない。赤木氏の 『過激なことを言うようですが、僕は労働時間の制限はしなくていいと思います』、というのはやはり暴論以外の何物でもない。 『働き方改革にはびこる「老害の論理」』、 『成功事例を疑え!』、などは正論だと思う。
なお、明日7日から9日まで更新を休むので、10日にご期待を!
タグ:アベノミクス (その20) 「働き方改革」6(「働き方改革」はセーフティネットの議論を置き去りにしている、「働き方改革」のズレまくりな議論にモノ申す) 森信茂樹 ダイヤモンド・オンライン 「「働き方改革」はセーフティネットの議論を置き去りにしている 、アベノミクスとして、「三本の矢」、「新三本の矢」と打ってきたのだが、どれも的に的中したものはない。仕掛中に次の新しいアジェンダに移っていく。国民から見れば、「いつも新たなことに挑戦し、汗をかく内閣だ」と好感度は高く、これが高支持率を維持し続けている原因のようだ。だが「やっている感」は出しても議論が上滑りしていないか 、「働き方改革」にスポッと抜け落ちている、セーフティーネット、つまり社会保障や税制の議論である。その部分が後回しにされれば、「働き方改革」もその分遅れてしまう 雇用の形で違う税や社会保障 公平化の議論は先送りされた 、「非雇用型テレワーク」は、過重労働や不当に低い報酬、支払いの・遅延など様々なトラブルに直面している、と指摘しながら、法的保護を徹底させることについては、「今後有識者会議を設置し中長期的課題として検討する」と先送りしている 複数の事業所で働く「マルチジョブワーカー」についても、「雇用保険及び社会保険の公平な制度の在り方、労働時間管理 及び健康管理の在り方、労災保険給付の在り方について、検討を進める。」と、すべて先送りした 、「雇用型テレワーク」と「非雇用型テレワーク」との間の税制上の取り扱いについては、全く触れられていない 失業給付や年金の縦割り 「マルチジョブワーカー」の壁に サラリーマンと個人事業者 納税事務の負担や経費控除で違い 副業が当たり前になるには マイナンバー活用し、所得把握を適正に 「働き方改革」には、それを裏打ちする社会保障と税制の見直しが必須といえる 常見 陽平 参議院議員会館で「働き方改革に物申す」院内集会 赤木智弘 おおたとしまさ 中川淳一郎 生活が楽しくなるイメージは浮かばない 当初は「ワーク・ライフ・バランス」の充実などが掲げられ、働きながら育児や社会活動のような「ライフ」の充実を可能にできる社会を目指していたはずです 現在)議論されているのは、残業時間に規制をかけるとして「100時間以上か未満か」「過労死ラインの80時間を容認するか」といった、「生きるか死ぬか」という意味の「ライフ」についてです 残業が発生する理由として仕事の絶対量の問題が指摘されています。根本的な問題を改善せずに、単に労働時間を短くしてうまくいくのか疑問です 働き方改革もゆとり教育と同じ轍を踏んでしまう可能性を感じます 就職氷河期の「ロスジェネ世代」 10年経っても非正規の人がいまだにいる。彼らを今から仕事によって救うことは不可能です。職歴のない彼らがいくところは、土木や介護の現場です 残業規制はあくまで正社員の話でしょう。フリーターが自分の生活のために、ダブルワーク、トリプルワークをやっているようなとき、残業規制の話は出てこない。 まったく関係がないわけです 問題の根本には「お客様は神様だ」思想 。「お客様は神様です」という言葉は非常に誤解されていて、三波春夫さん本人がホームページで釈明しています(三波春夫オフィシャルサイト:「お客様は神様です」について)。もともとは「歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払って澄み切った心にならなければ完璧な藝(げい)をお見せすることはできない」という意味なんですね 働き方改革にはびこる「老害の論理」 成功事例を疑え!
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