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日本のスポーツ界(その16)(結局 大学ブランド戦争の激化が「日大の悲劇」をもたらした「悪質タックル問題」が問いかけるもの、日大問題 第三者委報告書に格付け委がメス「責任、詳述していない」 田中理事長の更迭必要との意見も、山根会長 田中理事長…「強面のドン」たちが五輪に群がる理由、腐敗進むアマスポーツ界 日本に五輪開催する資格あるのか) [社会]

昨日に続いて、日本のスポーツ界(その16)(結局 大学ブランド戦争の激化が「日大の悲劇」をもたらした「悪質タックル問題」が問いかけるもの、日大問題 第三者委報告書に格付け委がメス「責任、詳述していない」 田中理事長の更迭必要との意見も、山根会長 田中理事長…「強面のドン」たちが五輪に群がる理由、腐敗進むアマスポーツ界 日本に五輪開催する資格あるのか)を取上げよう。特に、3番目は面白い見方で、必読である。

先ずは、同志社大学教授の佐伯 順子氏が7月14日付け現代ビジネスに寄稿した「結局、大学ブランド戦争の激化が「日大の悲劇」をもたらした「悪質タックル問題」が問いかけるもの」を紹介しよう。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56378
・『「悪質タックル」問題は、狭義のスポーツという枠組みをこえ、広汎な社会的関心をよんでいる。 学生スポーツを抱える関西私学の一教員としても、日本の私立大学、ひいては大学全体の教育やガバナンスを考える上で看過できない問題としてうけとめている。 あれから2ヵ月が経つ。いまだ語られない論点からこの問題を考えてみたい』、どんな新たな論点を出すのだろうか。
・『「メディア・イベント」と化した学生スポーツ 今回の件が投げかける社会的問題は多様である。 まず、学生スポーツとはそもそも何のためにあるのかという、本来の原点に返っての議論が必要である。 大学のスポーツ活動がプロ・スポーツと一線を画すのは、勝利至上主義ではなく、心身の鍛錬、知・徳・体の備わった文武両道の社会人を養成するという点にあろう。 ところが、近年著しいのは、この原点を見失った勝利至上主義、なりふりかまわなくていいから、"勝ってなんぼ"という発想である。その背景には、大学間競争の激化がある。 大学全入時代といわれ、少子化時代にいかに安定的に学生を獲得するかは、全国の大学の課題となってきた』、大学のスポーツ活動の変質は、その通りだが、いまや常軌を逸した段階にありそうだ。
・『大学という教育機関においてもブランド・イメージを強固なものとし、いかによい学生を集めるかが死活問題としてとらえられている。 そんな時代に、「スポーツの日大」が試合に負けることは許されず、全国の若者に向けて魅力ある私学であることをアピールするためには、関西のブランド大学に負けるわけにはいかない、何としても勝たねば、という思いが背後にあったと思われる。 箱根駅伝の常勝校となった青山学院大学のように、スポーツでブランド・イメージをあげた成功例もあり、箱根駅伝自体、大学スポーツという枠組みをこえて、新年の国民的な「メディア・イベント」と化している。 駅伝も・・・いまや予選までがニュース・バリューを認められる全国区のスポーツ・イベントとなり、アナウンサーにとっての憧れの仕事とも言われるまで、メディア業界でも存在感をまして今日に至っている。 スポンサー企業とともにドル箱スポーツ・イベントといってもよい商業効果が期待される箱根駅伝は、同時に、新年に自校ののぼりをたてて全国放送してもらえる、大学の認知度をあげる絶好のPRイベントとも化している』、駅伝がアナウンサーにとっての憧れの仕事になったというのは初耳だが、ありそうな話だ。商業主義化がもたらす大学のガバナンスの歪み(ブランド力という用語が端的に示すように、商業化の波にさらされた大学が営利機関のようになってしまえば、ガバナンスの面でも、教員よりは実務経験のある職員が優位に立つ結果を招く。 "世間知らず"で"学者馬鹿"の研究者ではなく・・・職員、特に、現場経験のある職員に経営を任せないと、大学がつぶれる――そんな危機意識が一部の大学をして、職員主導へと舵を切らせてしまう。 しかし、その結果、"学問の府"であるはずの組織において、研究には素人の職員が意思決定のトップにたつという状況がエスカレートし、本来はあくまでも"学"が主であり、副次的活動であったはずのスポーツが、位置づけを逆転させ、スポーツのために大学に入るかのような本末転倒が生じる。 結果として、教育の場としての大学の社会的信用は失われ、自らの首をしめることになる。 日本の大学教育において、私立大学と国公立大学は、それぞれの特質を有することで、若者に多様な教育の選択肢を与え、特に私立大学はそれぞれの"建学の精神"を打ち出すことで個性をうたってきた。 だが、近年はそれが、前述のようにコマーシャリズムと融合し、なりふりかまわぬ宣伝戦略に大学人をはしらせ、"聖職"であるはずの教育という本来業務がなおざりにされる危険性がある』、未だに教育を"聖職"と捉える見方は、余りに学者サイド偏重の見方なのではなかろうか。
・『私立大学にとってスポーツチームの強化は大学のポジティブな社会的イメージの構築という意味で、経営戦略にとっても不可欠な要素と化しており、実質プロというべき若者を、奨学金等で海外から獲得する傾向は、アメリカン・フットボールに類似したコンタクト・スポーツであるラグビーでも指摘される』、確かにテレビ中継では、外国人留学生が目立つようになった。
・『学生スポーツにおけるアマチュアリズムの精神が希薄化し、勝利によるメディア露出がもたらす"宣伝効果"が期待されるのは、ひとり日本大学のみならず、日本の私立大学全体が直面している問題なのである。 かつて平尾誠二選手を擁した同志社ラグビーが、いまや勝ちあぐねているのは、学業優先、"文武両道"を堅持しようとする学生スポーツが、勝利至上主義においてはどうしても不利になってしまう現状の明らかな反映である。 アマチュアリズムを堅持している一部の大学と、実質プロレベルという次元の違う戦いとなりがちである現代の大学スポーツにおいて、今回の出来事はいつどこの大学でもおきかねない事態だったともいえる。 この事件が、少子化時代における私立大学の苛烈な生き残り戦略という社会的背景の産物であることを正確に理解したうえで、日本の大学スポーツ全体が、本来のアマチュアリズムの精神や"文武両道"の原点に立ち返らなければ、類似の出来事が再発する危険性は決して否定できない・・・日大学長の最初の会見においては、系列校の全国展開、学生、生徒数の多さを暗に誇るかのような発言が含まれ、キャンパスの大きさや学生数においては比較的小規模な関西私学に対する"物量作戦"によるマウンティングがうかがえた。謝罪の機会さえ、関学をけん制し、自学宣伝に利用するしたたかさがにじみでていた。 熾烈な首都圏の私立大学間競争のなかで、「スポーツの日大」のブランド力を堅持するために、勝利が至上命題となってしまった結果、いわば学生が"犠牲者"となったのが今回の案件である』、関西の私学のやっかみ的発言を別にすれば、その通りだ。ただ、アマチュアリズムを見直す必要もありそうだ。
・『商業主義化がもたらす大学のガバナンスの歪み ブランド力という用語が端的に示すように、商業化の波にさらされた大学が営利機関のようになってしまえば、ガバナンスの面でも、教員よりは実務経験のある職員が優位に立つ結果を招く。 "世間知らず"で"学者馬鹿"の研究者ではなく・・・職員、特に、現場経験のある職員に経営を任せないと、大学がつぶれる――そんな危機意識が一部の大学をして、職員主導へと舵を切らせてしまう。 しかし、その結果、"学問の府"であるはずの組織において、研究には素人の職員が意思決定のトップにたつという状況がエスカレートし、本来はあくまでも"学"が主であり、副次的活動であったはずのスポーツが、位置づけを逆転させ、スポーツのために大学に入るかのような本末転倒が生じる。 結果として、教育の場としての大学の社会的信用は失われ、自らの首をしめることになる』、これは長い目で学生や企業の選択に委ねていく他ない課題だ。
・『そもそも、スポーツマンといわれる人々は、皆が皆本当に潔く、清廉潔白なのか――そんなものは幻想にすぎないという事実が、今回の件で明白になった・・・相撲出身の理事長、アメフットのコーチの言い逃れは、そうしたステレオタイプが欺瞞にすぎないことを白日の下にさらした。  スポーツ経験があろうがなかろうが、根性があり、思いやりある人物は存在するのであり、逆に、学生の体育会やスポーツ業界こそが、上意下達、権力主義的なメンタリティー養成の温床になっているという意見もある。 スポーツ経験者が就職に有利といわれるのは、根性や協調性が期待される面もあろうが、「俺の言うことがきけないのか」といった昭和的な日本企業の体質に適応しやすいという含みもあり、監督に全面服従的なコーチの態度はそうした権力関係の如実な表れにみえた。 そろそろ、そうした日本の組織、社会の保守的体質からして、根本的に見直す時期にきているのではないか・・・体と体が激しくぶつかりあうコンタクト・スポーツにおいては、暴力に対して鈍感になる負の影響があるのではないかと危惧される。 スポーツマンを気取る人物が卑怯な言い訳をしたり、自己保身に走って逃げ隠れしたりするケースは現実には珍しくなく、"自分はスポーツ経験者"という誤ったナルシシズムに由来する過大な自己評価や自己顕示欲が肥大した人物は、むしろ社会の迷惑であることが今回の件で露呈した。 "スポーツマン"の化けの皮をはがしたという意味では、悪質スポーツ経験者・・・に騙されてはならないというよい社会的教訓になったといえる。 大学間競争の激化の弊害、それがもたらす大学ガバナンスの歪み、メディア状況の変容、スポーツマン・イメージのステレオタイプの欺瞞と、多くの問題を社会になげかけた今回の悪質タックル事件が、被害者の立場を尊重しながら、せめては今後の教訓として再発防止につながることを願ってやまない』、その通りだ、特に、「日本の組織、社会の保守的体質からして、根本的に見直す時期にきているのではないか」には、大賛成である。

次に、8月6日付けZAKZAK「日大問題、第三者委報告書に格付け委がメス「責任、詳述していない」 田中理事長の更迭必要との意見も」を紹介しよう。
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180806/soc1808060004-n1.html
・『日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題を調査し、最終報告書を作成した第三者委員会・・・に対し、ガバナンス(組織統治)に詳しい弁護士らが批判を突きつけた。報告が大学トップの田中英寿理事長の責任を詳述していないことを問題視したのだ。改革のため、田中氏の更迭を含めた組織改革が必要との意見も飛び出した。「(最終報告では)日大という組織のデタラメなガバナンス体制にメスが入り、理事会や常務理事の存在、理事長が一体何をしてきたのかが俎上に載ると思っていた。ところが、書いてあるのはせいぜい、説明責任を怠ったという話で、ガバナンスについてはほとんど触れていない」・・・これまで神戸製鋼所や日産自動車、朝日新聞社などの第三者委報告書を格付けしてきた「格付け委員会」。日大第三者委の報告書について、8委員のうち7人が、「ぎりぎり合格」に相当するD評価と判断した。だが、田中氏の責任に詳しく触れていない点について、委員らの評価は厳しい』、第三者委報告書も格付けされるので、いい加減な報告書は批判される。ただ、総合評価が「ぎりぎり合格」とは甘い気もしないでもない。
・『個別評価で、田中氏の更迭を含めた人事改革や監査・監察組織新設などの必要性を記した久保利氏は「前常務理事の内田氏より偉い人は理事長しかいない。そう考えると、全体の構造は田中氏がつくったと考えられる。だとすると、理事長を替えないと(改革が)まず始まらない」と指摘した。 日大アメフト部の問題に続き、今度は日本ボクシング連盟でもトップの山根明会長の「私物化」が批判の対象となっている。両者の相似点について聞くと、久保利氏はこう話した。「(ボクシングでは)今回の問題を投げかけた人たちがいる。意見があること自体、日大よりは少し希望が持てるかもしれない」 日大の闇は深そうだ』、しかし、日大はいまのところ「音無しの構え」で、このまま逃げ切りを図ろうとしているのだとすれば、マスコミも含めた世間も甘く見られたものだ。

第三に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が8月9日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「山根会長、田中理事長…「強面のドン」たちが五輪に群がる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/176874
・『「アマチュアボクシング界のドン」こと山根明終身会長が、ついに辞任を表明した・・・ただ、この方がアマチュアボクシング界に多大な貢献をしてきたのも事実である。なぜ誰もが認める功労者が、周囲から腫れ物扱いされる「老害」となってしまったのか。 この問題については、メディアや有識者はこれまでの以下のような指摘をしてきた。「レスリング協会や日大アメフト部にも通じる上意下達の体育会カルチャーが原因では」「本人も悪いが、増長させた取り巻きも同罪」 「自分で“カリスマ山根”などと言ってしまう、自己愛の強さが異常だ」 いずれも「ドンの老害化」を考えるうえで、きわめて重要な視点だと思う一方で、個人的にはもうひとつ大事なポイントが抜けている気がする。』、誰もが認める功労者とあるが、どんな功労があるのか例示しないのは不親切だ。
・『日大田中理事長、森喜朗氏…五輪周辺に巣食う「お騒がせドン」たち  筆者が指摘したいのは、「五輪に関わるドンにスキャンダルが続出している」という近年のトレンドとの関連性だ。  山根会長の前に世間を騒がせた「ドン」といえば・・・やはり「日大のドン」こと田中英寿理事長であろう。 田中理事長といえば、JOC(日本オリンピック委員会)の副会長。実は2014年には、米メディアが広域暴力団トップとのツーショット写真を報じ、この人のせいで、東京五輪は「ヤクザ・オリンピック」になるかもなんて揶揄された過去があるのだ。 田中理事長より前の「お騒がせドン」といえば・・・「五輪のドン」こと、森喜朗氏の顔が思い浮かぶ。 もともと「文教族のドン」として知られた森氏は、国内競技団体の総元締めである日本体育協会会長を長く務め、「日本のスポーツ団体のドン」として君臨。その流れで、五輪組織委員会の会長にもなったわけだが、新国立競技場建設や競技会場のドタバタで批判を浴びたのはご存じのとおりだ』、なるほど。
・『山根氏を巡っても、「五輪」にまつわるスキャンダルがボロボロ出てきている。 ロンドン五輪で村田諒太選手が金メダルを獲得した際、実績のない自分の息子をセコンドにねじこんだことを指摘されると・・・いかにも五輪に「山根判定」があったかのような爆弾発言をして、物議を醸したのはご存じの通りだ。また、五輪を目指す選手たちに必要不可欠な「公認グローブ」を独占販売したのではという疑惑も持ち上がっている。 ここで要点を整理しよう。「五輪」というものに何かしらの形で関与している「ドン」たちに、ことごとくスキャンダルが発覚している。ということは、「ドンの老害化」という問題を読み解く鍵が、「五輪」にあるということではないのか』、これまでの説明では、「五輪」とのつながりがあと1つ見えないが、これから出てくるのだろう。
・『「ドン」の3つの条件が なぜ五輪に必要なのか? さまざまな世界の「ドン」たちが、「ドン」と呼ばれる所以を整理していくと、だいたい以下の3つの条件を満たしていることに気づく。 <1>「逆らったらこの世界では生きていけない」という強面イメージ <2>所属する組織・業界の発展に、疑いようのない実績がある <3>配下や仲間が納得できるよう「利権」を分配・調整する親分肌』、なるほど。
・『<1>は・・・説明の必要がないだろう。 <2>に関しては、「読売のドン」や「球界のドン」として君臨しているナベツネこと、渡邊恒雄氏を思い浮かべていただきたい。独裁者としてヒール的なイメージが強いが、若かりし頃はスクープ連発のスター記者で、経営者となってからも取材で培った人脈と押しの強さで、1000万部という、共産主義国家でしかあり得ないような世界一の発行部数を実現するなど、「ドン」の名に恥じぬ立派な実績があるのだ。 <3>は「食肉業界のドン」といわれた浅田満氏が分かりやすい。自身が会長をつとめたハンナンだけではなく、同和系列の食肉業者の利権も守っていた。自分だけが潤えばいいという人間は、「ドン」になる前に潰される。配下や仲間にも甘い汁を吸わせてくれる親分的な要素がなければ、「ドン」として仰がれないのだ』、確かに「ドン」は圧倒的な力を持っているようだ。
・『さて、このような「ドン」の条件がわかると、なぜ「五輪」というものに「ドン」と呼ばれる人たちが引き寄せられるのかという理由が、なんとなく見えてくる。 東京五輪は、海外メディアなどから「選手だけでなく観客も、極度の蒸し暑さによる熱射病で死亡する」という危険が指摘されているにもかかわらず、開催時期を動かすことはできない。 既に莫大な放映権料が動いてしまっているからだ。この事実からも分かるように、オリンピックが「アマチュアスポーツの祭典」というのはあくまで建前で、現実は「利権の祭典」となっている』、開催時期変更に放映権料が関係しているとはなるほど。
・『招致するだけでも巨額の裏金が動き、招致が成功したら巨大なハコものの建設や、スポンサーの協賛金など、莫大なカネが駆け巡る。 このような巨大利権を「ヨーイ、ドン!」の自由競争で奪い合うとなると、醜い足の引っ張り合いが横行して、最悪、殺し合いが始まってしまう。また、争いに敗れた者がちゃぶ台返しで、ドロドロの舞台裏を世間にぶちまける、なんてリスクもなくはない。誰も得をしないのだ。 では、巨大利権を「平和」に分かち合うためにはどうすればいいかといえば、圧倒的な強権を誇るリーダーをつくればいい。 誰もが文句を言えないような実績があり、逆らった人間は永久追放するくらいの威圧感を兼ね備え、巨大利権をつつがなく仲間内に分配・調整するような親分肌の強いリーダーだ。 ここまで言えばもうお分かりだろう。そう、それこそが「ドン」である。 ホニャララのドンというと、なにやら悪の独裁者のようなイメージがあるかもしれないが、実はもともとは、巨大利権を巡る仲間内での無益なつぶし合いを避け、その世界の人間たちが平和的に利権を分配するために生み出されたシステムなのだ』、利害関係者にとっては合理的なようだ。
・『「ドン」は「利権調整者」であるのと同時に、ルールに従わない者に報復を与える「秩序の番人」の役割を担ってきた。だから、「ドン」と呼ばれる方たちの多くが山根氏のように強面で、「裏社会」とのつながりが囁かれている。「ドン」がナメられてはガバナンスが崩壊してしまう。「逆らったら消される」という恐怖が、裏切り者や内部告発者を出さない抑止力になってきたのである。 だが、このような「ドン」はもはや絶滅危惧種になりつつある』、どんな変化があったのだろう。
・『「ドン」の立ち位置を大きく変えた島田紳介氏引退事件 今の日本で、仲間内で分配・調整するような「巨大利権」と呼べるようなものがなくなってきていることもあるが、何よりもドンの「威厳」の源泉となってきた「裏社会」に対する価値観が変わったことが大きい。 個人的には、暴力団排除条例が施行され、芸能界で絶大な影響力を誇っていた島田紳助氏が、暴力団幹部との交際で芸能界から引退した一件で、潮目が大きく変わったと感じている。 それまでは何やかんや言っても、芸能人だけではなく、一部上場企業の経営者や政治家なども、裏社会の人々をトラブルシューターとして活用していた。何か困りごとが起きると組関係者との関係を誇示して、物事を有利に進めることもたくさんあった。 それがもはや通用しない、ということを、これ以上ないほど分かりやすい形で世間に知らしめたのが、紳助氏だったのだ。 このように「ドン」の弱体化の原因がわかれば、「老害化」の本質も見えてくる。 残念ながら、裏社会とのパイプを誇示して、秩序を維持するという時代ではない。ということは、厳しい言い方だが、もはや「ドン」の存在意義はなくなりつつあるのだ』、恥ずかしながら、島田紳介氏引退の真相を初めて知った。確かに、企業の株主総会も総会屋は出る幕がなくなったり、反社会的勢力に対する風当たりは厳しくなった。
・『その真理に気づいた「ドン」たちは潔く身を引くが、中にはなかなかその事実を受け入れられないどころか、「夢をもう一度」と言わんばかりに、老体にムチ打ってハッスルしてしまう方たちがいる。 なぜ、そんな愚かな勘違いをしてしまうのかというと、「五輪」のせいだ。1964年の東京五輪と、その後の高度経済成長を20〜30代として謳歌した「ドン」たちからすれば、「五輪」は特別な思い入れがある。そんな彼らが、ケタ外れの巨大利権を前にヤンチャな若者のように大はしゃぎをして、「最後にひと花」と山っ気を抑えられないのも無理はないのだ。 平成の世にマッチしない時代錯誤的な「恐怖」や「恫喝」をふりかざせば、反感を持たれるのも当然だ。昭和の時代には抑えられたはずの裏切り者も出るし、内部告発も次から次へと飛び出してくる。 これが「五輪」のまわりの「ドン」たちが、ことごく「老害化」して、スキャンダルが噴出している構図なのではないだろうか。 いずれにせよ、山根会長のような「2020年にはもうひと花」と目論む「ドン」は、さまざまな業界で、時代遅れの強権を振りかざす「老害」として周囲を困惑させている。その中で最も意気軒昂なのが、現在「五輪のドン」として、安倍政権にサマータイム導入を猛プッシュしている森喜朗氏であることは言うまでもない。 アスリートや観客が熱中症でバタバタ倒れたり、「五輪シフト」のムチャ振りで日本中が大混乱になったりと、不安しかない東京2020。さまざまな団体のおじいちゃんたちだけが血色良くて大ハッスルみたいな、「ドンの祭典」にならないことを心から祈りたい』、興味深い見方だ。最後の部分は全く同感である。

第四に、8月11日付け日刊ゲンダイ「腐敗進むアマスポーツ界 日本に五輪開催する資格あるのか」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/235144/1
・『ボクシング連盟の腐敗がよくもここまでバレなかったものだ。「それは、アマチュアボクシングがマイナー競技だからです」というのは、元産経新聞運動部長の津田俊樹氏(国士舘大政経学部非常勤講師)だ。「卓球やバドミントン、水泳といった競技は国内ではメジャー競技ですから、記者もよく取材をするし、内部事情にも詳しい。しかし、アマボクシングは五輪の時以外はほとんど記事にならない。選手強化の助成金にしても、交付したら、『後はお好きにどうぞ』というような状態でチェック機能が働いていない。文科省やスポーツ庁、JOC(日本オリンピック委員会)などは、競技団体が適正に運営されているかもほとんど関与しない。ボクシングに関しては、国際協会の八百長疑惑や協会幹部が犯罪組織との関連を疑われるなどして、東京五輪から除外される危機にある。監督官庁は、『国内のボクシング団体は大丈夫か?』と、誰かしら疑問を持ってもおかしくなかったはずです」・・・ 「7年以上も同じ人間が会長職に居座れば、独裁につながり、不正の温床になるであろうことは容易に察しがつく」と、スポーツライターの工藤健策氏がこう続ける。「連盟会長の任期は公になっている。山根会長が7年目もトップにいること、定款にない終身会長という勝手な肩書で活動していたことは、日本スポーツ協会(旧日本体育協会)やスポーツ庁、JOCも知っていたはずです。監督、監視を怠っていたことが山根会長の独裁、ボクシング連盟の腐敗体制を許してきたと言っても過言ではない。このような事件が起きた以上、競技団体の金銭の出入りや運営体制などの監視を強めるべきです」』、確かに文科省やスポーツ庁、JOCの責任も大きそうだ。
・『今回のボクシング連盟の醜聞以外にも、今年はレスリング協会強化本部長によるパワハラ問題と日大アメフト部の監督、コーチが指示した殺人タックル事件などが起きている。これらに共通しているのが、選手(代表)選考を行う人物が騒動の「主犯」になっていることだ。 「オレの言うことを聞かなければ試合に出さない」「日本代表にも選ばない」 この「脅し文句」は選手はもちろん、選手が所属するチームの指導者に対して最も効果がある。「選考権」を一手に握り、物が言えない体制をつくり上げ、権力基盤を盤石なものにしていくのが、彼らのやり方だ』、「選考権」が権力の背景とはもっともらしいが、選考基準が明確で透明になっていれば、問題ないとも思えるが・・・。やはり裁量の余地が大きいのだろうか。
・『今はアマスポーツの選手でも卓球、水泳、バドミントン、陸上など、人気競技は大会で賞金を稼げる。五輪はプロの参加も認めているので、もはやアマチュアスポーツの祭典ではない。「ところが日本人は、今も五輪は『カネじゃない。清く、正しく、美しく、勝利を求める舞台』と思っている。少なくとも、そういう純粋さを求めているわけですが、それは幻想です。近年はプロよりアマチュアの役員の方が利権やカネで私腹を肥やしている。ボクシングの山根元会長は勝手に終身会長になっていたのですから、もう漫画の世界です。東京五輪が近づいてくれば、代表選びが熾烈になってくる。母国開催の五輪ですから、代表になりたい気持ちはこれまで、これから先の大会とは比べものになりません。また何かしらのスキャンダルが出てくるでしょう。こんな国に五輪を開催する資格はありませんよ」(前出の津田氏)  東京五輪は酷暑ばかりが懸念されているが、それ以上に大きな問題がある』、選考基準の明確化・透明化がますます重要になるようだ。
タグ:駅伝 日刊ゲンダイ ブランド・イメージ ZAKZAK ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 現代ビジネス 同志社ラグビー 日本のスポーツ界(その16)(結局 大学ブランド戦争の激化が「日大の悲劇」をもたらした「悪質タックル問題」が問いかけるもの、日大問題 第三者委報告書に格付け委がメス「責任、詳述していない」 田中理事長の更迭必要との意見も、山根会長 田中理事長…「強面のドン」たちが五輪に群がる理由、腐敗進むアマスポーツ界 日本に五輪開催する資格あるのか) 佐伯 順子 「結局、大学ブランド戦争の激化が「日大の悲劇」をもたらした「悪質タックル問題」が問いかけるもの」 大学全体の教育やガバナンスを考える上で看過できない問題 大学のスポーツ活動 心身の鍛錬、知・徳・体の備わった文武両道の社会人を養成するという点 近年著しいのは、この原点を見失った勝利至上主義、なりふりかまわなくていいから、"勝ってなんぼ"という発想である 大学間競争の激化 スポーツの日大 箱根駅伝の常勝校となった青山学院大学 全国区のスポーツ・イベント アナウンサーにとっての憧れの仕事 大学の認知度をあげる絶好のPRイベント 商業化の波にさらされた大学が営利機関のようになってしまえば、ガバナンスの面でも、教員よりは実務経験のある職員が優位に立つ結果を招く 職員主導 研究には素人の職員が意思決定のトップにたつという状況がエスカレート スポーツのために大学に入るかのような本末転倒が生じる 教育の場としての大学の社会的信用は失われ、自らの首をしめることになる 聖職"であるはずの教育 経営戦略にとっても不可欠な要素 実質プロというべき若者を、奨学金等で海外から獲得する傾向 学業優先、"文武両道"を堅持しようとする学生スポーツが、勝利至上主義においてはどうしても不利になってしまう 商業主義化がもたらす大学のガバナンスの歪み そもそも、スポーツマンといわれる人々は、皆が皆本当に潔く、清廉潔白なのか――そんなものは幻想にすぎない スポーツ経験者が就職に有利 、「俺の言うことがきけないのか」といった昭和的な日本企業の体質に適応しやすいという含みも 、"自分はスポーツ経験者"という誤ったナルシシズムに由来する過大な自己評価や自己顕示欲が肥大した人物は、むしろ社会の迷惑であることが今回の件で露呈した 「日大問題、第三者委報告書に格付け委がメス「責任、詳述していない」 田中理事長の更迭必要との意見も」 ガバナンス(組織統治)に詳しい弁護士らが批判を突きつけた。報告が大学トップの田中英寿理事長の責任を詳述していないことを問題視 「格付け委員会」 、「ぎりぎり合格」に相当するD評価と判断 田中氏の責任に詳しく触れていない点について、委員らの評価は厳しい 久保利氏 全体の構造は田中氏がつくったと考えられる。だとすると、理事長を替えないと(改革が)まず始まらない 「山根会長、田中理事長…「強面のドン」たちが五輪に群がる理由」 山根明終身会長が、ついに辞任を表明 「ドンの老害化」 、「五輪に関わるドンにスキャンダルが続出している」という近年のトレンドとの関連性 「日大のドン」こと田中英寿理事長 「五輪のドン」こと、森喜朗氏 山根氏を巡っても、「五輪」にまつわるスキャンダルがボロボロ出てきている 「公認グローブ」を独占販売 。「五輪」というものに何かしらの形で関与している「ドン」たちに、ことごとくスキャンダルが発覚している さまざまな世界の「ドン」たちが、「ドン」と呼ばれる所以を整理していくと、だいたい以下の3つの条件 <1>「逆らったらこの世界では生きていけない」という強面イメージ <2>所属する組織・業界の発展に、疑いようのない実績がある <3>配下や仲間が納得できるよう「利権」を分配・調整する親分肌 オリンピックが「アマチュアスポーツの祭典」というのはあくまで建前で、現実は「利権の祭典」となっている 招致するだけでも巨額の裏金が動き、招致が成功したら巨大なハコものの建設や、スポンサーの協賛金など、莫大なカネが駆け巡る。 このような巨大利権を「ヨーイ、ドン!」の自由競争で奪い合うとなると、醜い足の引っ張り合いが横行して、最悪、殺し合いが始まってしまう。また、争いに敗れた者がちゃぶ台返しで、ドロドロの舞台裏を世間にぶちまける、なんてリスクもなくはない。誰も得をしないのだ 巨大利権を「平和」に分かち合うためにはどうすればいいかといえば、圧倒的な強権を誇るリーダーをつくればいい。 誰もが文句を言えないような実績があり、逆らった人間は永久追放するくらいの威圧感を兼ね備え、巨大利権をつつがなく仲間内に分配・調整するような親分肌の強いリーダーだ それこそが「ドン」である 巨大利権を巡る仲間内での無益なつぶし合いを避け、その世界の人間たちが平和的に利権を分配するために生み出されたシステムなのだ 『「ドン」は「利権調整者」であるのと同時に、ルールに従わない者に報復を与える「秩序の番人」の役割を担ってきた。だから、「ドン」と呼ばれる方たちの多くが山根氏のように強面で、「裏社会」とのつながりが囁かれている ドン」の立ち位置を大きく変えた島田紳介氏引退事件 暴力団排除条例が施行 それまでは何やかんや言っても、芸能人だけではなく、一部上場企業の経営者や政治家なども、裏社会の人々をトラブルシューターとして活用していた それがもはや通用しない、ということを、これ以上ないほど分かりやすい形で世間に知らしめたのが、紳助氏だったのだ もはや「ドン」の存在意義はなくなりつつあるのだ その真理に気づいた「ドン」たちは潔く身を引くが、中にはなかなかその事実を受け入れられないどころか、「夢をもう一度」と言わんばかりに、老体にムチ打ってハッスルしてしまう方たちがいる 1964年の東京五輪と、その後の高度経済成長を20〜30代として謳歌した「ドン」たちからすれば、「五輪」は特別な思い入れがある。そんな彼らが、ケタ外れの巨大利権を前にヤンチャな若者のように大はしゃぎをして、「最後にひと花」と山っ気を抑えられないのも無理はないのだ 「五輪」のまわりの「ドン」たちが、ことごく「老害化」して、スキャンダルが噴出している構図なのではないだろうか 山根会長のような「2020年にはもうひと花」と目論む「ドン」は、さまざまな業界で、時代遅れの強権を振りかざす「老害」として周囲を困惑させている 最も意気軒昂なのが、現在「五輪のドン」として、安倍政権にサマータイム導入を猛プッシュしている森喜朗氏 「腐敗進むアマスポーツ界 日本に五輪開催する資格あるのか」 アマボクシングは五輪の時以外はほとんど記事にならない。選手強化の助成金にしても、交付したら、『後はお好きにどうぞ』というような状態でチェック機能が働いていない。文科省やスポーツ庁、JOC(日本オリンピック委員会)などは、競技団体が適正に運営されているかもほとんど関与しない 連盟会長の任期は公になっている。山根会長が7年目もトップにいること、定款にない終身会長という勝手な肩書で活動していたことは、日本スポーツ協会(旧日本体育協会)やスポーツ庁、JOCも知っていたはずです。監督、監視を怠っていたことが山根会長の独裁、ボクシング連盟の腐敗体制を許してきたと言っても過言ではない。このような事件が起きた以上、競技団体の金銭の出入りや運営体制などの監視を強めるべきです レスリング協会強化本部長によるパワハラ問題 日大アメフト部の監督、コーチが指示した殺人タックル事件 これらに共通しているのが、選手(代表)選考を行う人物が騒動の「主犯」になっていることだ 選考権」 五輪はプロの参加も認めているので、もはやアマチュアスポーツの祭典ではない。「ところが日本人は、今も五輪は『カネじゃない。清く、正しく、美しく、勝利を求める舞台』と思っている また何かしらのスキャンダルが出てくるでしょう。こんな国に五輪を開催する資格はありませんよ
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