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幸福(その1)(「インスタ映え」の対極、デンマーク人の人生観に癒される人多数、なぜ日本人の幸福度は低いのか?その背景にある「身分制社会」、「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論 「環境との相互作用」を忘れている) [社会]

今日は、幸福(その1)(「インスタ映え」の対極、デンマーク人の人生観に癒される人多数、なぜ日本人の幸福度は低いのか?その背景にある「身分制社会」、「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論 「環境との相互作用」を忘れている)を取上げよう。

先ずは、芳子ビューエル氏の著作の一部を藤野ゆり氏が3月10日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「「インスタ映え」の対極、デンマーク人の人生観に癒される人多数」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/162909
・『「世界一幸福な国」と言われるデンマークの人々の幸福の秘訣といわれるヒュッゲは、流行の「インスタ映え」とは対極的な意味を持つ価値観である・・・「ヒュッゲとはデンマーク独特の言葉で、デンマーク人のライフスタイルそのものを表現しています。例えばデンマーク人はピクニックが大好きなのですが、インスタ映えするような、お洒落な小道具を並べた形式的なピクニックは行いません。バスケットにパンや水筒、必要なものだけをボンボン詰め込んで、見た目にこだわらないピクニックを行うことが、最高にヒュッゲなのです」 こう語るのは『世界一幸せな国、北欧デンマークのシンプルで豊かな暮らし』の著者で、北欧流ワークライフデザイナーの芳子ビューエル氏。ビューエル氏の解釈では「ヒュッゲ」とは、日本語でいう「ほっこり」に近いものだという。例えば、キャンドルの明かりのそばでココアを飲むこと、海辺で日が沈む様子を眺めながら波の音に耳を澄ますこと、大好きな人たちと一緒に過ごすひと時…。これらは全て「なんてヒュッゲなの!」と評される』、なるほど。
・『デンマーク人は、自然体で暖かい人との触れ合いを尊重している。インスタ映えばかりを考えてスマホに気をとられ、目の前の自然が奏でる音や海の匂いの心地よさに気づけないような野暮さは、ヒュッゲではないわけだ。 「デンマーク人はプレゼントもヒュッゲです。いただいたなかで特に記憶に残っているのは、バタフライプランツという蝶が寄ってくる植物。もらった時はなにそれ?と思いましたが(笑)、その木には本当に蝶が寄ってきて、ふとした日常のなかで癒されるんですよね。物質ではなく心の豊かさみたいなものを、デンマーク人は大事にしているんです」 デンマークではホームパーティーに招かれても、日本のように大仰な手土産を持ってくる人は少ないという。持ち寄るのは、ハンドメイドのクッキーやワインなど、ナチュラルで飾らないアイテムだ』、概念がようやく解ってきた。
・『老後破産とは無縁!ヒュッゲを生んだ土壌とは・・・そもそもデンマークとは、一体どのような国なのか。「デンマークといえば、『世界幸福度報告書』で何度も第1位になった“世界一幸せな国”として有名です。この調査は、経済的な豊かさや社会の寛容性、人生選択の自由度、政治への信頼など様々なポイントを世論調査で集計し、それをランキング化したもので、国民の主観的判断に委ねられる部分が大きいものです」 つまり、デンマーク人は「自分たちは幸せだ」と強く感じている人たちなのだ。最新の2017年の発表でも、ノルウェーに次いで第2位である。一方、日本は150以上の国や地域の中で51位、先進国としては低いランクに位置している。日本人は、自身のことを「幸せ」だと実感できていない人が多いのである。 では、なぜ日本人と違ってデンマーク人は胸を張って幸せだ、と言えるのだろうか。そこにはヒュッゲを重んじる国民性と、デンマークの社会保障制度の充実があるようだ。「デンマークの社会保障の素晴らしさは群を抜いています。医療費も教育費も介護費も無料。出産費用だって負担してくれるので、税金さえ納めていれば将来への不安がほとんどありません」 費用面のみならず、育児支援制度や高齢者のための福祉サービスも非常に充実している。ただし、その代わりに税金が高すぎるというデメリットも存在する』、デンマークは高福祉・高負担の典型だ。
・『「所得税はほぼ50%で消費税も25パーセント。自動車の登録税なんて150%ですから、高級車に乗っている人はほとんど見かけません。日々の移動は基本、自転車です。消費税が高すぎるため、必然的に買い物をする際は吟味して、本当に気に入ったものしか買わなくなりますし、ブランド物にもなかなか手が出せません」 日本社会に蔓延しているような、子育て不安や老後破産とは無縁な一方、ジャンジャン消費を楽しむことは難しいデンマーク人。こうした社会環境から、ミニマリストで、シンプルな生活を楽しむ感性が生まれたのかもしれない。 派手な色合いのドレスなどで着飾ってパーティーに参加している人を見ると「あの人、きっとアメリカ人よ」と皮肉られることがあるほど、デンマーク人は黒・グレーなどのベーシックな色合いを好み、そこに控えめにアクセサリーを用いるというのが定番だという。 一方で日本は、アメリカ式の華美でゴージャスな文化に慣れ親しんだ結果、生活に求めるハードルが上がってしまっているのではないかとビューエルさんは分析する。「日本人は暮らしに求める基準が高すぎるから、不満も溜まりやすい気がします。誰かにいいね!を押してもらいたいと思えば思うほど、素の自分から離れていってしまうし、ナチュラルな状態ではいられなくなる。自然体で着飾らない自分でいることの素晴らしさが、”いいね!社会”では、どんどん失われていく気がします」』、最後の部分は、その通りで、実に味わい深い分析だ。
・『毎日を慎ましく丁寧に、シンプルに重ねていくデンマークのライフスタイルは、昔の日本の生活様式に共通する部分があるとも言えそうだ。 「デンマークの人々は、とにかくファイアープレイスに集まるのが大好き。暖炉の周りに集まったり、たくさんのキャンドルを灯して、その中で大勢で食事を楽しみます。日本も昔はこたつや囲炉裏に自然と家族が集まって、そこで暖をとりながらコミュニケーションを図っていた。日本の伝統美である“こたつにみかん”こそ、最も日本的なヒュッゲと言えるでしょう」 こたつにみかん、そして家族との団欒。決して「インスタ映え」しない風景である。しかし素朴な日常とその温かみこそが、私たちの人生、そして幸せに必要だということを、「ヒュッゲ」は教えてくれているのかもしれない』、今さら日本人に「こたつにみかん」に戻れといっても無理だろうが、将来、高負担になれば、自ずとデンマーク風にならざるを得ないのかも知れない。
・なお、本題とは関係ないが、デンマークでも押し寄せる中東難民に対し、一定額を超える財産を没収するなど、難民に冷たいムードが高まっている。

次に、7月13日付けAERAdot.が作家の橘玲の著作の一部を掲載した「なぜ日本人の幸福度は低いのか?その背景にある「身分制社会」」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2018071100017.html?page=1
・『日本経済のいちばんの問題は労働生産性が低いことで、OECD35カ国中21位、先進7カ国のなかではずっと最下位だ。日本人は過労死するほど働いているが、一人あたりの労働者が生み出す利益(付加価値)は8万1777ドル(約834万円)で、アメリカの労働者(12万2986ドル)の7割以下しかない。 そればかりか、世界の労働者のエンゲージメント(会社や仕事に対するかかわり方)の度合いを調べると日本のサラリーマンは最低レベルで、もっともやる気がない。それもひとつの調査ではなく、OECDを含む10の機関でほぼ同じ結果が出ている。 これを手短に要約すると、「日本のサラリーマンは過労死するほど長時間働いているが、生産性がものすごく低く、世界でいちばん会社を憎んでいる」ということになる』、エンゲージメントまで最低レベルとは驚いた。
・『家庭に目を転じると、日本では若い女性の3割が「将来は専業主婦になりたい」と思っており、専業主婦世帯は約4割と先進国では際立って高い。しかし不思議なことに、家庭生活に満足している女性の割合を国際比較すると、共働きが当たり前のアメリカやイギリスでは7割が「満足」と答えるのに、日本の女性は4割ちょっとしかない。専業主婦になりたくて、実際に専業主婦になったにもかかわらず、彼女たちの幸福度はものすごく低い。 なぜこんなヒドいことになっているのだろうか。じつは、この問題はコインの裏表だ。専業主婦の家庭には、家事育児を妻に丸投げして会社に滅私奉公する夫がいる。 日本では、男は会社という「イエ」に、女は家庭という「イエ」に所属する。女性が出産を機に会社から排除されるのは、会社と家庭という2つのイエに同時に属することができないからだ。総合職でも子育て中は「マミートラック」という“ママ向け”の仕事をあてがわれることが、女性管理職がきわめて少ない理由になっている』、「専業主婦になりたくて、実際に専業主婦になったにもかかわらず、彼女たちの幸福度はものすごく低い」というのも驚きだが、あり得る話だ。
・『男女のジェンダーギャップだけでなく、正規/非正規、親会社/子会社、本社採用/現地採用など、日本的雇用制度ではあらゆるところに「身分」が顔を出す。日本は先進国のふりをしているが、その実態は江戸時代の身分制社会に近い。日本人同士が出会うと、まず相手の所属=身分を確認し、尊敬語や謙譲語で上下関係を示そうとするが、こんな「風習」は欧米ではもはや存在しない。 近代の理想は、自由な個人が自らの可能性を社会の中で最大化できることだ。こうした価値観は日本人も共有しているが、実際には男は会社、女は家庭というイエに押し込められて身動きがとれなくなってしまう。理想と現実のこのとてつもない落差が、日本人の幸福度を大きく引き下げているのだろう』、説得力がある説明だ。

第三に、健康社会学者の河合 薫氏が7月17日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論 「環境との相互作用」を忘れている」を紹介しよう。
https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/071300169/
・『持てる者と持たざる者といいますか。モヤモヤする出来事が、新聞で、テレビで、リアル世界で相次ぎ、暗たんたる気持ちになってしまったのだ。 以下、もろもろ“連打”しますので、皆さんも一緒にお考えいただけば幸いです。 ●6月25日付で「低所得者世帯の乳児発育不全リスク 高所得者世帯の1.3倍」との見出しで・・・所得が下位4分の1(平均279万円)の世帯の乳児は、所得が上位4分の1(平均924万円)の世帯の乳児と比べ、体重の増加不良になる割合が1.3倍となった(01年、10年ともに)。 ●6月26日付で「低所得ほど長時間 老老介護 支援の情報届きにくく」との見出しで・・・1日平均で10時間以上(週72時間以上)の介護をしなければならないリスクは、「318万円以上」を1とすると……、 •「200―318万円未満」では1.63倍、「130-200万円未満」では1.86倍、「生活保護受給者」では2.68倍となり、所得が低いほど介護する時間が長くなる傾向が見られた・・・在宅介護時間が長いと介護者の心身にも悪影響が出る。収入が低くなると有効な情報が入りづらくなったり、頼れる他者がおらず孤立している可能性がある。 また、筑波大などの研究チームが滋賀県内に住む65歳以上の8434人を11年から6年間追跡したところ、「経済的に困窮」「近所づきあいがない」「独居」「ボランティアなど社会参加していない」の4項目のうち2つ以上が該当する人は、全く当てはまらない人より1.7倍、要介護・死亡リスクが高いこともわかっている。 ●6月28日付で「成績・進学期待 収入に比例」との見出しで・・・全国学力テストを受けた小6と中3の保護者約12万2000人を対象に調査し、両親の収入や学歴(SES)で「上位層」「中上位層」「中下位層」「下位層」の4群に分割したところ、 •層が上がるほど学力調査の平均正答率が高く、中3の数学Aは「上位層」77.1%に対して「下位層」は52.8%。 •層が上がるほど子供への進学期待が高く、「大学」と答える人は、小6の「上位層」で80.8%に対し「下位層」33.2%、中3の「上位層」で81%に対し「下位層」は29.3%』、格差が様々な面でここまで広がっていることを、再認識させられた。
・『奇しくも時を同じくして、自民党の二階俊博幹事長の「子どもを産まない方が幸せに送れるとは勝手な考え」発言が物議を醸していたので、余計末期的な気分になった。 すでに忘れてしまった方のためにおさらいしておくと、二階氏の講演会で、参加者から「自民党と政府が一体になって、早く結婚して早く子どもを産むように促進してもらいたい」と言われると、二階氏は戦時中の話をした上で、「この頃はね、『子どもを産まない方が幸せに送れるんじゃないか』と勝手なことを自分で考えてね」と発言・・・個人的には“その後”の発言の方が納得いかなかった。 二階氏曰く、「食べるのに困る家は実際はない。今晩、飯を炊くのにお米が用意できないという家は日本中にない。こんな素晴らしいというか、幸せな国はない」と断言していたのだ。 ご存知の通り、日本の相対的貧困率は世界的に見ても高く、「ひとり親世帯」(就労者)は50.8%で、経済協力開発機構(OECD)の調査でも主要国で最悪レベルだ。特に子供の「相対的貧困率」は社会問題で、最新の調査では7人に1人の子どもが「相対的貧困状態」にある。「相対的貧困」とは、普通の生活水準と比較して下回っている状態のこと。具体的には世帯1人あたりの手取り収入の中央値を基準とし、その半分未満。金額にすると1人世帯では年収122万円程度で、両親と子ども2人では244万円が基準となり、4人家族であれば月収およそ20万円以下であれば貧困状態だ。 冒頭の「所得が下位4分の1(平均279万円)世帯」「130万~200万未満世帯」は、相対的貧困層に入る可能性の高い世帯である。「月収で20万円あるんだったら、二階氏の言う通りじゃん。それだけあれば今晩の飯を炊くお米が用意できない』ってことはないでしょ?」そう思う人もいるかもしれない。これこそが「見えない貧困」と言われるゆえんだ』、食べるのに困る家はないから、こんな素晴らしいというか、幸せな国はない、という二階発言は確かに問題だ。
・『機会略奪のスパイラル 貧困の最大の問題は「普通だったら経験できることができない」という、機会の略奪。とりわけ幼少期の「機会奪略」はその後の人生の選択にも大きな影響を与える。教育を受ける機会、仲間と学ぶ機会、友達と遊ぶ機会、知識を広げる機会、スポーツや余暇に関わる機会、家族の思い出を作る機会、親と接する機会……etc.etc。 私たちは幼少期にこういった様々な経験を積む中で、80年以上の人生を生き抜く「リソース」を獲得する。 ところが低所得世帯の子どもはそういった機会を経験できず、進学する機会、仕事に就く機会、結婚する機会など、「機会略奪のスパイラル」に入り込む』、機会略奪のスパイラルとは上手い表現だ。
・『子どもの貧困率が増えた背景には、シングルマザーの増加や、非正規雇用の低賃金が存在していることがわかっているので、その機会略奪が「貧困の連鎖」を拡大させる大きなリスクになってしまうのだ。 それだけではない。若干古いデータになるが、2011年~2014年までに自殺した国公私立の小中高校、特別支援学校の児童生徒約500人について実態を調査したところ、経済的困難で将来を悲観した自殺が5%と、いじめの2%を上回っていることが明らかになっている(文科省調べ)。 つまり、今回のテーマを「リソースの欠損」とした理由がここにある。 少々専門的な話になるが、リソースは、専門用語ではGRRs(Generalized Resistance Resources=汎抵抗資源)と呼ばれ、世の中にあまねく存在するストレッサー(ストレスの原因)の回避、処理に役立つもののこと。ウェルビーイング(個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態)を高める役目を担っている・・・平たく言い換えれば、「いくつもの豊富なリソースを持ち、首尾よく獲得していくことが重要」となる。 リソースは、遺伝や免疫などといった生物学的なものに始まり、カネ、体力、住居、衣類、食事、権力、地位、サービスの利用可能性、あるいは、知識や知性、知力。特に人間関係は重要なリソースで、社会や地域とのかかわり、友人・知人・家族などからのサポートも有力なリソースである。 一方、リソースの欠損は「目に見えない貧困」であり、それは「慢性的なストレッサー」となる』、リソースの欠損は「目に見えない貧困」とは初耳だが、言われてみればその通りだ。
・『お金がないこと、知識のないこと、情報のないこと、サポートしてくれる人がいない、相談できる人がいない、気兼ねなく話せる人がいないなどなど、すでにお気づきの通り、「カネ」の欠損状態が、様々なその他のリソースを複合的に欠損させてしまうのだ。 それを調査によって明らかにしたのが冒頭の3つの調査だ。 たとえ「今晩、飯を炊くのにお米が用意できないという家は日本中にない」としても、「カネ」が欠損していることで、普通(欠損していない状態)だったら経験できることが経験できなかったり、普通だったら何気に手にしてるものが手に入れられなかったりする「人」たちがいる。 慢性的なストレッサーは確実に心身を蝕み、死亡リスクまでをも高めてしまうことが大きな問題であり、社会的損失なのだ。 要するにあれだ。政治家が「こんな素晴らしいというか、幸せな国はない」というトンデモ発言は完全にアウトだ。 が、世間はあまりこの部分には反応しなかった。 と言うか、ここ最近の「上位層」に位置する人たちは、大学への進学、大企業への就職、正社員か非正規という事にいたるまで、「個人の努力が足りない」「個人の責任」だと考える人が増えた』、「慢性的なストレッサーは確実に心身を蝕み、死亡リスクまでをも高めてしまうことが大きな問題であり、社会的損失なのだ」というのは、初めて知ったが、確かに重大な問題だ。
・『正社員と非正規は努力の違い?? いや、違う。実際には昔からいたけど、堂々と口にする人は少なかった。 ところが最近は、みんなの前で平気で言う。そうなのだ。ここ数カ月の間に、幾度となくリアル世界でそういう人たちと遭遇し、なんとも言えない薄気味悪さを感じている。 つい先日も講演会でこんな質問を受けた。「私は正社員と非正規は賃金格差ではなく、努力の違いだと思っているんです。正社員になるにはそれなりの努力が必要です。河合さんは、個人の努力ということについて、どう評価しているのか教えてください」と・・・「働き方改革になんか不満を感じています。多様な働き方って言いますけど、なんでも会社のせいばかりにして、個人の努力の多寡がないがしろにされてませんか?」と憤る人も……。 繰り返すがこういった発言は全て「上位層」の人たちによるものである』、浅薄な自己責任論が強まっているのは嘆かわしい話だ。詳しくは以下で説明される。
・『自分のリソースではどうにもならないことがある・・・人生には「ストレッサー」はあまねく存在しており、とどのつまり日々の生活も人生もすべてストレッサーででき上がっている。言い換えれば「生きる」ということは、ストレッサーを処理することを連続的に行うことでもある。 そこで必要なのがリソースとなるわけだが、残念なことにそれは個人の努力だけでどうなるものではない。常に人は環境との相互作用で生きているため、たとえどんなに恵まれた星の元に生まれた人であっても、自分のリソースではどうにもならないことがあるし、リソースがないことで土砂降りの雨にびしょ濡れになる。 そんな時、リソース(傘)となってくれるような他者がいればなんとかなる。ところが、そのリソースを豊富に持つ体力ある人たちが、「いやいや、それは自己責任。努力が足りない」と傘を貸すことを厭う。 社会でも、会社という小さな社会でも、「人は環境との相互作用で生きている」ことを忘れてしまっている「持てる人たち」がじわじわと増えているのではあるまいか。 確かに、自分が必死で頑張って、頑張って、頑張って、権力やカネ、地位など物理的、社会的なリソースを手に入れれば、「俺は頑張った。親が貧困だろうと関係ない」「今の所得に不満なら自分ががんばって自分の価値をあげればいい」……そう思いたくなる気持ちもわかる。 が、その壁を超えられたのは果たして「自分だけ」の力だったのだろうか? そっとリソースを提供してくれる環境があったのではないのか? 自己責任論が世間に蔓延するようになって久しい。 が、最近のそれは、たまたま「持てる者」になった人が、その「たまたま」という偶然を自分のプライドとして、自分のテリトリー外の人を石ころのように扱っている気がして……』、特に最後の部分は、自己責任論への痛烈な批判である。
・『ああ。これじゃあ、過労死も過労自殺もなくならないなぁと。そんな景色が「リソースの窓」から見えて残念で仕方がないのである。 そして、何よりも厄介なのは、「自己責任論」を訴える人が、人間的に嫌な人でもなければ、問題のある人でもないってこと。どちらかといえば、優しい普通の人ってことだ』、確かに厄介で嘆かわしいことだ。
タグ:幸福 橘玲 リソース 芳子ビューエル ストレッサー 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 河合 薫 (その1)(「インスタ映え」の対極、デンマーク人の人生観に癒される人多数、なぜ日本人の幸福度は低いのか?その背景にある「身分制社会」、「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論 「環境との相互作用」を忘れている) 「「インスタ映え」の対極、デンマーク人の人生観に癒される人多数」 世界一幸福な国 デンマークの人々の幸福の秘訣といわれるヒュッゲ ヒュッゲとはデンマーク独特の言葉で、デンマーク人のライフスタイルそのものを表現しています 自然体で暖かい人との触れ合いを尊重 日本は150以上の国や地域の中で51位、先進国としては低いランクに位置 そこにはヒュッゲを重んじる国民性と、デンマークの社会保障制度の充実があるようだ 社会保障の素晴らしさは群を抜いています。医療費も教育費も介護費も無料。出産費用だって負担してくれるので、税金さえ納めていれば将来への不安がほとんどありません 高福祉・高負担 所得税はほぼ50%で消費税も25パーセント。自動車の登録税なんて150% 買い物をする際は吟味して、本当に気に入ったものしか買わなくなりますし、ブランド物にもなかなか手が出せません 子育て不安や老後破産とは無縁な一方、ジャンジャン消費を楽しむことは難しいデンマーク人 日本は、アメリカ式の華美でゴージャスな文化に慣れ親しんだ結果、生活に求めるハードルが上がってしまっているのではないか 毎日を慎ましく丁寧に、シンプルに重ねていくデンマークのライフスタイル 昔の日本の生活様式に共通する部分がある こたつにみかん、そして家族との団欒 AERAdot. 「なぜ日本人の幸福度は低いのか?その背景にある「身分制社会」」 『朝日ぎらい~よりよい世界のためのリベラル進化論~』(朝日新聞出版) 日本人は過労死するほど働いているが、一人あたりの労働者が生み出す利益(付加価値)は8万1777ドル(約834万円)で、アメリカの労働者(12万2986ドル)の7割以下しかない 世界の労働者のエンゲージメント(会社や仕事に対するかかわり方)の度合いを調べると日本のサラリーマンは最低レベルで、もっともやる気がない 日本のサラリーマンは過労死するほど長時間働いているが、生産性がものすごく低く、世界でいちばん会社を憎んでいる 日本では若い女性の3割が「将来は専業主婦になりたい」と思っており、専業主婦世帯は約4割と先進国では際立って高い。しかし不思議なことに、家庭生活に満足している女性の割合を国際比較すると、共働きが当たり前のアメリカやイギリスでは7割が「満足」と答えるのに、日本の女性は4割ちょっとしかない 専業主婦の家庭には、家事育児を妻に丸投げして会社に滅私奉公する夫がいる 日本的雇用制度ではあらゆるところに「身分」が顔を出す 日本は先進国のふりをしているが、その実態は江戸時代の身分制社会に近い 近代の理想は、自由な個人が自らの可能性を社会の中で最大化できることだ 実際には男は会社、女は家庭というイエに押し込められて身動きがとれなくなってしまう。理想と現実のこのとてつもない落差が、日本人の幸福度を大きく引き下げているのだろう 「「幸せな国」発言と持てる者の自己責任論 「環境との相互作用」を忘れている」 低所得者世帯の乳児発育不全リスク 高所得者世帯の1.3倍 低所得ほど長時間 老老介護 支援の情報届きにくく 成績・進学期待 収入に比例 自民党の二階俊博幹事長 子どもを産まない方が幸せに送れるとは勝手な考え 、「食べるのに困る家は実際はない。今晩、飯を炊くのにお米が用意できないという家は日本中にない。こんな素晴らしいというか、幸せな国はない」 貧困の最大の問題は「普通だったら経験できることができない」という、機会の略奪 機会略奪のスパイラル 機会略奪が「貧困の連鎖」を拡大させる大きなリスクになってしまうのだ リソースは、遺伝や免疫などといった生物学的なものに始まり、カネ、体力、住居、衣類、食事、権力、地位、サービスの利用可能性、あるいは、知識や知性、知力。特に人間関係は重要なリソースで、社会や地域とのかかわり、友人・知人・家族などからのサポートも有力なリソースである リソースの欠損は「目に見えない貧困」 ここ最近の「上位層」に位置する人たちは、大学への進学、大企業への就職、正社員か非正規という事にいたるまで、「個人の努力が足りない」「個人の責任」だと考える人が増えた 自分のリソースではどうにもならないことがある 最近のそれは、たまたま「持てる者」になった人が、その「たまたま」という偶然を自分のプライドとして、自分のテリトリー外の人を石ころのように扱っている気がして 何よりも厄介なのは、「自己責任論」を訴える人が、人間的に嫌な人でもなければ、問題のある人でもないってこと。どちらかといえば、優しい普通の人ってことだ
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