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歴史問題(7)(いま明かされる 戦中日本軍の「あまりに愚かな」逸話の数々【特別対談】戦争と歴史を辿る、10万人死亡「東京大空襲」の翌朝 政府が何と言ったかご存じですか 国民を守ろうとはしなかった…、アメリカの属国として戦後レジームの完成を目指す安倍政権) [国内政治]

昨日に続いて、歴史問題(7)(いま明かされる 戦中日本軍の「あまりに愚かな」逸話の数々【特別対談】戦争と歴史を辿る、10万人死亡「東京大空襲」の翌朝 政府が何と言ったかご存じですか 国民を守ろうとはしなかった…、アメリカの属国として戦後レジームの完成を目指す安倍政権)を取上げよう。

先ずは、3月1日付け現代ビジネスが掲載した学習院大学学長の井上寿一氏と作家・演出家の鴻上尚史氏の対談「いま明かされる、戦中日本軍の「あまりに愚かな」逸話の数々【特別対談】戦争と歴史を辿る」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54631
・『2017年11月に同時刊行した講談社現代新書、井上寿一『戦争調査会幻の政府文書を読み解く』と鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』。多くの人に知られていない文書に光をあてた前著は7刷、後著は10刷と版を重ねています。10万部を突破した『不死身の特攻兵』では、「必ず死んでこい!」と命令されながら、9回生還した特攻兵に迫り、合理性を欠いた日本軍について考察しました。敗戦へと突き進んでしまったのは何故だったのか。今回は、著者お二人が、太平洋戦争当時の日本のあり方や、歴史を語り継ぐ意義について対談しました』、面白そうだ。
・『鴻上:井上先生が今回の著作のテーマに選んだ「戦争調査会」は、終戦間もない頃、幣原喜重郎首相の強い意向によって、日本が敗戦に至った理由を調査するために設置された機関なんですね。
井上:ええ、東京裁判が連合国による戦争責任追及の場であったとするならば、戦争調査会は日本人自らの手で、開戦から敗戦に至る経緯を調査・研究する場でした。ところが、GHQにより1年弱で廃止されてしまい、プロジェクトは未完のまま終わってしまいました。
鴻上:井上先生は長らく眠っていた当時の資料に光を当て、内容を詳細に分析して『戦争調査会』にまとめられた。ここでは、なぜ日本があの戦争に向かっていったのかが実証的に著されていて面白いのですが、その反面、読んでいくと腹が立ってくるんですね。というのも、戦争を回避するチャンスは幾度となくあったのに結局軍部は勝てる見込みのない戦争に突っ込んでいった。なぜこんな愚かな決断ばかりしたのかと……』、確かに『戦争調査会』は興味深い本だ。
井上:社会の構造的な変動によって、戦争が避けがたくなっていきました。戦争への道には実は分岐点がいくつもあって、そこで違う決断をしていれば回避できる可能性はあった。一つひとつの決断の積み重ねとして戦争になっていくのです。一つの判断は、わずかな結果の差異しか生みませんが、それがいくつも重なることで最終的な結果が大きく変わってしまったのですね。
鴻上:単純に「東条英機が悪かった」というように、分かりやすい個人に責任を帰すということではないということですね』、歴史は社会の流れの中で理解すべきことのようだ。
・『井上:ええ。例えば東条一人に責任があるというなら話は簡単ですが、その背景には東条を支持した国民の存在もありました。なにしろ東条自身は、必ずしも開戦に積極的ではなかったのですから。戦争が避けられない状況になっても、陸軍出身の東条は責任を海軍に押し付けようとしていました。「陸軍はやりたくてやっているわけじゃない。海軍はこういうときのために軍拡していたんだろう? 開戦したなら頑張れよ」という流れに持っていった。 海軍も、合理的に判断すれば戦争をしたら負けるということは分かっている。しかし10年くらい軍拡を続けているのに、いざというときに「戦えません」とは言えない。彼らは自分たちの組織を守るために「じゃあ、やります」と言わざるを得なかったのですね』、「東条自身は必ずしも開戦に積極的ではなかった」というのは初めて知った。海軍は軍拡してきたので、拒否できなかったというのも興味深い。
・『井上:・・・東条は、開戦を決断せず、ぐずぐずしているときには「なんで開戦しないんだ」と世論から叩かれていたのですが、いざ開戦してみたら、国民から激励の電話や電報がジャンジャン入ってくる。そうしたら彼も気持ちよくなりますよね。戦況が有利なところで講和に持ち込むのが常道だったけれど、その判断もできなくなっていったのです』、国民が東条を煽ったとは確かにありそうで、怖い話だ。
・『鴻上:本の中で井上先生が「主観的でない歴史は存在しない」と書かれていて興味深かったんですが、世の中には「客観的な歴史が存在する」と考える人もいますよね。
井上:歴史って教科書に書いてあることを暗記すればいいというのではないですよね。いま生きている自分が直面している問題を考えたい、解決したいというとき、過去に遡って何かしらつながりを求めたくなる。そこに歴史を学ぶ意味があると思うのです。 もちろん過去に遡れば、そこに事実というものは無数にありますが、それをすべて再現することは不可能だし、する必要もないと思うのです。それよりも、いま生きている自分が「過去のどういうところから学びたいのか」という意識をもって過去に遡っていくことが大切だと思いますね』、なるほど。
・『井上:『戦争調査会』を書くにあたって、広く知られた存在ではありませんが、東京帝大教授の渡辺銕蔵や陸軍の岡田菊三郎という魅力的な人物を再発見しました。大学教授であり財界人であり政治家でもあった渡辺は、戦前から軍部や右翼を批判し、戦時中は戦局批判で投獄されている。 彼は戦後、戦争調査会の調査に対して、「日本とアメリカとは戦争をする理由なんて全然なかったんだ」と言っています。日本が中国に進出したこと自体は日米開戦の原因にならない。満州事変を拡大させない方針を固めて、例えば小満州に独立政権を作り、形式的に主権は中国にあるという妥協点を作り出せば、中国ともギリギリで折り合えた。「だから最後まで戦争回避の可能性はあったんだ」と渡辺は言っています。現代の外交史研究ではそれが定説になっていますが、渡辺がそれを敗戦直後から言っているという先見性は驚嘆に値します。 一方の岡田は陸軍の戦備課長でありながら、日本軍の仏印進駐に反対していた。忘れられているこの人たちを現在に蘇らせたい。当時、こんなことを考え、発言していた人がいたんだよ、と今の人たちに伝えたい。そういう気持ちが根底にあります』、「最後まで戦争回避の可能性はあったんだ」というのは興味深い。
・『鴻上:・・・私の本には、美濃部正さんという海軍少佐が登場します。1945年(昭和20年)2月下旬、作戦会議の席上で「全軍特攻化」の方針の下、「赤トンボ」と呼ばれた練習機も特攻に駆り出す方針が発表されると、席次が最も下だった美濃部少佐は猛然と反対するわけですね。敵機のグラマンの最大時速が600キロ、それに対する布張り複葉機の赤トンボは200キロ。とても太刀打ちできない。特攻兵の命と練習機を無駄にするようなものだと。 とたんに参謀から「必死尽忠の士が空をおおって進撃するとき、何者がこれをさえぎるか!」と一喝され、美濃部少佐はすぐ反論しました。「私は箱根の上空で(零戦)一機で待っています。ここにおられる方のうち、50人が赤トンボに乗って来て下さい。私が一人で全部たたき落として見せましょう」と。これでみな黙ってしまったそうです。 観念や精神論がまかり通った軍部の中にも、「ダメなものはダメなんだ」と、リアルな、実証的なものの見方を貫いた人も少数派ながらいたんですよね』、最下位ながら50人の上官に向かって反論し、黙らせた美濃部少佐のような人物がいたのには驚かされた。『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』も読んでみたい。
・『井上:レーダー研究は日本が英米に先行している部分が多かったのです。ところが日本は、八木秀次が持っていたレーダー技術の特許を期限切れにしてしまった。八木秀次とは、戦時中技術院総裁で、八木アンテナの発明で知られる研究者です。 お陰で米英は八木の技術を最大限生かして研究開発のアクセルを踏み込んで、日本よりも先に実戦配備したのですね。これで戦局に大きな影響が出ました・・・実は海軍の担当者による八木氏への嫌がらせなのです。「レーダー開発は海軍がやる。お前の特許は必要ないんだ」というわけです。もっと言うなら、「海軍が開発をしているのに、お前に特許を独り占めされたくない。お前の許しを得ないとレーダーが開発できないんじゃ困るんだ」ということなのです。 同時に陸軍も開発に乗り出しているのですけど、互いに情報交換もしないで、それぞれがやっている。こんな合理性を欠くことをしているうちに、英米に先を越されてしまったのです』、仮に特許を更新していたとしても、戦時下で欧米の開発を差し止めることは無理だったろうが、陸海軍の縄張り争いまであったとは、確かにが抜けるほどの愚かさである。
・『井上:東京裁判を巡っては、いまも賛否両論があります。「文明の裁き」として肯定的に受けとる意見と、「勝者の裁き」であるとして否定的に受けとる意見です。だけど私は、日本人自らが戦争の原因を追究してこなかったことが最大の問題だと思うのです。戦争調査会は、不十分ながら、それが試みられた組織でした。その存在は以前から知られてはいましたが、バラバラに存在していた資料が2015~16年に15巻の書物にまとめられたのです。そこで、この際、系統的に読んでみようと思ったのが始まりでした。 ところが、これは予想以上に難しい作業でした。当初は、「どのページを見ても初めて知るような事実がザクザク書いてあるのだろうな」と期待していたのですが、全然違いました。長野県の一地方における戦時中の中小企業の運営状況や統制状況を調べていたりする・・・それをじっくり読んでいると、東京裁判のような犯人探しをしているのではなく、戦時経済の状況を含めて、なぜ日本が戦争に向かっていったのかを構造的に解き明かそうという試みがなされているのだなと気づきました。だから地方の中小企業の実態まで調べる必要があったのだろうなと思います』、『鴻上:私も『戦争調査会』を読み砕くのに時間がかかりました。戦争が起こる構造というのはそれだけ複雑なことなんだと思うんですけど、この複雑な構造の本がこれだけ売れるというのは、この国も捨てたもんじゃないなと思いましたよ』、「戦争が起こる構造というのはそれだけ複雑なこと」というのはその通りだろう。
・『井上:『不死身の特攻兵』を読ませていただいて、ちょっと他の人とは違った感じ方をしました。というのは9度の特攻出撃から生還した佐々木友次さんという人が並外れた精神力と飛行技術の持ち主であることに異論はないのですが、あの戦時の極限状況で、こんな奇跡的なことはどんなに超人的な人であっても個人の力だけでは無理だったのではないかなと思うのです。 それを可能にしたのは、本来は爆弾を切り離せなくなっていた飛行機に手を加え、爆弾を切り離せるようにしてくれた整備兵や、不時着したときに襲うどころか、逆に現地の日本軍の基地まで送り届けてくれたフィリピンの人たち、あるいはマラリアに罹って治療していたときに出撃を促しに来た上官に反対してくれた軍医などの存在だと思うのです。 佐々木さんという個人の強さだけではなく、それをいろんな形で支えた人たちが存在していたというところに、大きな可能性を感じます。 何でもかんでも自己決定権で、自分一人でできると、自分で自分のことは責任を取る、というのは無理な話で、自分が何かを成し遂げることができるのは、他人の少しずつの善意の結果なのではないかなと思うのです。鴻上さんの本を読ませてもらって、それを強く感じました』、「自分が何かを成し遂げることができるのは、他人の少しずつの善意の結果なのではないかなと思うのです」は正論だ。
・『鴻上:近現代史を扱う本を書くものの宿命かもしれませんが、ある程度本が売れてくると、ほとんど読んでいない人からの批判がくるようになりませんか。
井上:あります、あります。
鴻上:まあSNSで批判してくる人のアカウントを見ると、フォロワーも数人だったりするので気にしないようにしていますが、自分が読みたい言説だけを読み、それに沿わない論者にはあたりかまわず?みついてくるという人がネットを舞台に増殖しているような気がします。
井上:研究者の中にはそういう人たちに関わりたくないから、ほとんど誰も読まないような学術論文で、先行研究にほんのちょっとだけ独自性があるようなものを書いて満足している人もいます。しかしそれは研究者としての社会的責任を何も果たしていないし、そんな「研究」は単なる趣味でしかないですよね、って言いたいのです。 私が自著の出版のときに新書の形式にこだわるのも同じ理由です。新書ならなんと言っても1万部くらいは刷ってもらえるので、研究のフロントラインをできるだけ分かりやすく世の中に提示することができる。それが研究者の仕事だと思っているからです』、いい心がけだ。
・『鴻上:大事なことですよね。アカデミズムが大衆から逃げたり大衆を馬鹿にしたりして一歩引いてしまったことが、リアリズムと実証主義に基づかない無知で無責任な言説が大手を振ってまかり通る現状を生んでしまった原因であることは間違いないと思うんです。 僕はずっと演劇という、アカデミズムではない普通の人たちにものを提示する仕事をしてきたから、時には面と向かって批判されることもあるわけですが、アカデミズムにもある程度そういう覚悟は必要だと思う。一般の人がアクセスしやすい形で、自分の考えを打ち出していくのはアカデミズムのある種の責務だと思うんです。 井上先生は今回それを見事にやってくださった。これからのお仕事も注目させてもらいます』、「アカデミズムが大衆から逃げたり大衆を馬鹿にしたりして一歩引いてしまったことが、リアリズムと実証主義に基づかない無知で無責任な言説が大手を振ってまかり通る現状を生んでしまった原因」とはその通りだろう。井上氏のような考え方がアカデミズムに広がってもらいたいものだ。

次に、弁護士の大前 治氏が3月10日付け現代ビジネスに寄稿した「10万人死亡「東京大空襲」の翌朝、政府が何と言ったかご存じですか 国民を守ろうとはしなかった…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54614
・『「東京大空襲」・・・一夜で10万人が死亡し、罹災家屋は27万戸にのぼった。 この大惨事を受けて、さすがの日本政府も「逃げずに火を消せ」の方針を変更するかと思いきや、そうならなかった。空襲の直後、西尾壽造・東京都長官(現在の知事にあたる)と坂信弥・警視総監も、都民にむけた告諭で次のように呼びかけた。 【東京都長官と警視総監の連名による告諭】 ・罹災者の救護には万全を期している。 ・都民は空襲を恐れることなく、ますます一致団結して奮って皇都庇護の大任を全うせよ。 「恐れるな」など無理な話だ。しかし、空襲による悲惨な被害実態はラジオや新聞で報道されず、「被害は僅少」という大本営発表が報じられたので、それを信じる国民も多かったはずである。  さらに、この日の午後7時20分、小磯國昭首相はラジオ演説で次のように国民へ呼呼びかけた。 【小磯首相のラジオ演説】・敵は、今後ますます空襲を激化してくると考えます。敢然として空襲に耐えることこそ勝利の近道であります。 ・断じて一時の不幸に屈することなく、国民が聖戦目的の達成に邁進することを切望する。  家族と自宅を失って慟哭する国民に対し、「空襲に耐えろ」「一時の不幸に屈するな」と呼びかけている。これ以上どうやって耐えればよいのか、その方策は示されていない。 2日後には名古屋、その翌日には大阪が大空襲の被害を受けた。いずれも約280機の爆撃機が襲来して猛烈な被害を生じた。 3月15日付の読売報知には、陸軍当局が示した大空襲の教訓として「やはり初期防火の徹底である」という勇ましい呼びかけを掲載。同日の朝日新聞は、「初期防火と延焼防止 最後まで頑張れ 焼夷攻撃に怯まず敢闘」と一面に掲載した』、酷い話だが、これが日本政府やマスコミの体質だったのだろう。
・『防空対策を担当する内務省が発した命令がある。 残念ながら、「避難せよ、身を守れ」という布告ではなく、科学的見地から「このように消火せよ」という指示でもない。空襲予告ビラを所持するなという命令であった。 空襲予告ビラとは、全国各地で上空から米軍機が散布したものである・・・1945年7月に散布されたものは、このように攻撃対象都市を列挙していた。 なお、ここに書かれた12都市は、1945年7月から8月にかけて予告通りに空襲を受けている・・・予告ビラが初めて散布されたのは、東京大空襲の1ヵ月前、1945年2月17日であった。関東から東海地方までの広範囲で、落ちたビラを恐る恐る拾ったという体験談が多く残っている。 この空襲予告を国民が真に受けると、不安や動揺が広がり、都市から大勢が逃げ出す事態が起きたり、政府批判・戦争批判の世論が高まりかねない。 そこで、憲兵司令部は火消しに走った。 「(ビラは)荒唐無稽だ」「敵の宣伝を流布してはならない」「発見したら直ちに憲兵隊や警察に届け出よ。一枚たりとも国土に存在させぬように」と発表し、それが新聞各紙にも掲載された。 ところが1ヵ月後の東京大空襲では、空襲予告ビラに書かれたとおり甚大な被害が出た。今後も空襲予告ビラの散布は繰り返されるだろう。政府としては「次はこの街が攻撃される」という動揺が広がるのを何としても避けたい。 そこで、東京大空襲の日に、「敵のビラを届け出ずに所持した者は最大で懲役2ヵ月に処する」という命令を定めてしまった・・・避難施設や消火機材の整備は遅々として進まないのに、こうした国民統制は迅速に進むのである。 本来は、空襲予告ビラが撒かれたら、それを隠すのではなく、むしろ周知して「この街から逃げてください」と知らせるべきではないか。そうすれば多数の生命が助けられたのではないか。悔やまれてならない』、「避難施設や消火機材の整備は遅々として進まないのに、こうした国民統制は迅速に進むのである」というのも酷い話だが、これが戦争の実態なのだろう。
・東京大空襲の翌日(3月11日)、午前10時9分から貴族院本会議、午後3時9分からは衆議院本会議が始まった。議事堂の周囲は・・・焦土と化していた。 貴族院では小磯首相が演説した。空襲で傷ついた国民にムチを打つように、「職場に、防衛に、輸送に、国民ことごとく戦列につき、断じて我が国体と我が国土とを護り抜かんこと」を要望した。 各議員からの質問は、国際情勢や本土決戦をめぐり政府を礼賛する内容が多かったが、最後に登壇した大河内輝耕(おおこうち・きこう)の質問は様相が違った。次のように政府の空襲対策を批判したのである。政府のやることが全て後手に回っている。例えば防空の問題。疎開の必要性を我々は主張していたが政府は一向に聞かない。それどころか「疎開する者は非国民だ」とまで言いだした。ぐずぐずしているうちに、昨日の被害、死傷者が出た。 学童以外の疎開を制限してきた政府方針を真っ向から批判する。空襲の翌日、焼け跡の異臭が漂うなかで、1人の人間として政府の方針を批判せずにはいられなかったのであろう。 大河内議員は、3月14日にも貴族院本会議で登壇した。大達茂雄内務大臣が3月10日の東京大空襲の被害状況を淡々と報告したのに対し、「簡単に質問をいたします」と立ち上がり、次のように迫った。私の質問は、「人貴きか、物貴きか」と、こういう質問なんであります。 防空施設を整えるという話もあるが、私はこうなっては間に合わないと思う。大都会が焦土化するのは時間の問題だと思います。次は東京が全部やられるかも知れない。その場合に、人を助けるか物を助けるか、どっちを助けるかを伺いたい。私は、人を助ける方がよいと思う。 消防などは二の次でよいから、身をもって逃げるということが一番よいと思う。 内務大臣から隣組長などに、「火は消さなくてもよいから逃げろ」と言っていただきたい。 避難を禁止して消火義務を負わせる防空体制を根本から否定している。この大河内議員は、東条英機首相による選挙干渉を議会で批判するなど、時流に流されない立ち位置を維持してきた稀有な議員であった。 これに対し、内務大臣は「焼夷弾に対して市民が果敢に健闘いたしております」「初めから逃げてしまうということは、これはどうかと思うのであります」と答弁。 東京大空襲の惨状をみても、国民を守るための軌道修正をしようという姿勢は皆無であった・・・それから敗戦までの5ヵ月間、全国の地方都市も空襲を受けていくが、政府は「逃げずに火を消せ」という防空法による方針を変更しなかった。 広島・長崎の惨事をみた後には「原子爆弾には初期消火をせよ」という指示まで発していた』、僅か1人でもこうした議員がいたとは、せめてもの救いだ。「原子爆弾には初期消火をせよ」という指示にはあきれてものも言えない。
・『日本が「我が国の権益を守るための自衛戦争だ」という名目で始めた戦争だったが、最終的には、国民が命を捨てて国を守るよう命じられた。 たとえ自衛戦争だったとしても、国民を守るのではなく、国民が犠牲となって国家を守るという意味での「自衛」だったように思う。 こうした過去の事実は、現代の私たちにも示唆を与える。 憲法改正や自衛権行使のあり方が問い直されているが、もし将来、国家の自衛のために国民が愛国心をもって「国を守る義務」を負わされるとすれば、それは過去の歴史の繰り返しになってしまう。 自民党が2012年4月に発表した憲法改正案は、国民は誇りと気概をもって自ら国を守るものだと明記している。それが道徳となり空気となることが恐ろしい。 かつて日本政府は「戦争には必ず勝てる」「空襲の被害は軽微だ」という嘘を重ねた。それが国民総動員の原動力となった。 今の政府は、同じような過ちを繰り返さないだろうか。 ニュースをみれば、資料の廃棄(南スーダン自衛隊派遣、加計学園問題)や、不適切な比較資料(裁量労働問題)など、不都合な事実を隠蔽しているのではないかと疑わしい事態が繰り返されている。 こうした体質の政府が「非常事態だから自衛のため武力行使をする」というとき、国民に向けて正しい情報と判断材料を提供するだろうか。もし疑問をもっても、特定秘密保護法が壁となって事実を知ったり知らせたりすることは困難なのではないか。 あらためて、戦争は国民に何をもたらすのか。政府は国民を守るのか。過去の事実から学ぶべきことは多いように思える』、説得力に富んだ結びで、その通りだ。

第三に、スタイリストで有名ブロガーのきっこ氏が8月16日付けの同氏のブログに掲載した「アメリカの属国として戦後レジームの完成を目指す安倍政権」を紹介しよう。
http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/2018/08/post-450b.html
・『「ポツダム宣言」だけど、これは、ドイツのポツダムにおいてアメリカと中国とイギリスが日本に対して発した共同宣言で、ぜんぶで13の項目に分かれている。でも、13の項目をすべて説明するのはメンドクサイヤ人なので、全体の内容をザックリとまとめると、次のようになる。 「我々、アメリカ、中国、イギリスの連合国軍は、日本政府に対して無条件降伏を要求する。もしも拒否すれば、我々連合国軍は徹底攻撃で日本を殲滅する。我々の陸海空軍は絶大な力を持っており、日本が抵抗するのであれば日本を簡単に焦土と化すことができる。今、日本は決断の時を迎えている。このまま自己中心的な軍国主義者たちの言いなりになって破滅の道へ進むのか、それとも理性的な道を選ぶのか。無責任な軍国主義者たちが日本国民を騙して世界征服を企てたことは許されないし、そのような軍国主義者たちは日本から排除しなければならない。そうしなければ日本に平和や安全といった秩序を確立することが不可能だからだ。そのため、日本が無条件降伏するのであれば、日本から戦争遂行能力が完全に消滅したと確認できるまで、我々連合国軍が日本領土内の拠点を占領する。そして、日本国民の自由意思で平和的かつ責任ある政府が樹立されれば、我々連合国軍は直ちに日本より撤退する。」 こんな感じで、あとは「日本の軍隊が完全に武装解除した時点で平和で生産的な生活を営む機会を与える」とか「我々は日本人を人種差別したり奴隷にするつもりはない。しかし、我々の捕虜を虐待した軍部の戦争犯罪者に対しては厳しい処罰を行なう」とか「日本政府は民主主義を推進し、日本国民に対して言論、宗教、思想の自由を認め、基本的人権の尊重を保障しなければならない」とか、日本がこの「ポツダム宣言」を受諾した場合のことが具体的に書かれている。 ま、全文でも日本語訳で1000文字程度、原稿用紙2枚ちょいの文字数しかないので、10分もあれば読むことができるし、口語訳なら小学校の高学年くらいでも理解することができる。そんな「ポツダム宣言」なので、興味のある人は外務省のHPなどで和訳された全文を読んでみてほしいけど、この「ポツダム宣言」について、現在の日本の総理大臣である安倍晋三は、かつて、呆れ返るほどトンチンカンなことをノタマッていたのだ。』、なるほど。
・『文藝春秋社の月刊オピニオン雑誌『諸君!』の2005年7月号に、安倍晋三を始めとした複数の自称「保守派」の論客の対談が掲載されている。その中で、当時の小泉純一郎首相の靖国参拝について、国会で野党から「首相の靖国参拝は日本が軍国主義化に向かっているという象徴であり、ポツダム宣言にも反している」と批判された問題が取り上げられている。そして、この「ポツダム宣言にも反している」という点について、安倍晋三は、次のように反論しているのだ。「ポツダム宣言というのは、アメリカが原子爆弾を2発も落として日本に大変な惨状を与えたあと『どうだ』とばかりに叩き付けてきたものです。そんなものを持ち出して、あたかも自分自身が戦勝国であるかのような態度で日本の総理を責め上げるのはいかがなものか?」 はぁ?何言ってんの、この人?‥‥ってなワケで、あたしは久しぶりに開いた口からエクトプラズムが流れ出て幽体離脱しちゃいそうなほど呆れ返ってしまった。だって、小学生でも知っているように、広島に原爆が投下されたのが1945年8月6日で、長崎に原爆が投下されたのが3日後の8月9日だ。そして、連合国軍が日本に対して降伏を促す「ポツダム宣言」を提示したのは、それより10日以上も前の7月26日だからだ。 時系列で説明すると、まず、連合国軍が7月26日に日本に対して「ポツダム宣言」を提示したんだけど、日本は全国各地を空襲された上に沖縄戦でもボコボコにやられていて敗戦は時間の問題だった。それなのに日本軍は「ポツダム宣言」を受託せず、白旗を上げずに国民を犠牲にしながら悪あがきを続けていたため、8月6日と9日に原爆を投下されてしまった。そして、8月14日になって、ようやく「ポツダム宣言」を受諾して無条件降伏を表明したってワケだ。 だから、安倍晋三が『諸君!』で公言した「ポツダム宣言というのは、アメリカが原子爆弾を2発も落として日本に大変な惨状を与えたあと『どうだ』とばかりに叩き付けてきたものです」という説明は、時系列が真逆なトンチンカンな説明ということになる。さらに言えば、7月26日に「ポツダム宣言」を提示された時点で、日本がすぐに受諾していれば、広島にも長崎にも原爆など投下されなかったのだ』、安倍の「ポツダム宣言」への誤った理解のお粗末さを、再認識させられた。
・『アメリカによる日本への原爆投下は、どんな説明をしようが絶対に許されるものじゃないし、大量虐殺、ジェノウサイドであり、完全なる戦争犯罪だ。だけど、何の前触れもなく、突然、原爆が投下されたワケじゃなくて、連合国軍は10日以上も前に「無条件降伏しろ。そうしなければ日本を焦土と化す」という内容の「ポツダム宣言」を提示していたのだ。そして、日本政府が「ポツダム宣言」をすぐに受託せず、最後まで悪あがきを続けていたため、原爆が投下されてしまったのだ。こんな言い方には語弊があるかもしれないけど、日本への原爆投下は、「加害者がアメリカ、被害者が日本」ではなく、「加害者がアメリカと日本政府、被害者が日本国民」なのだ』、原爆は「加害者がアメリカと日本政府、被害者が日本国民」とは言い得て妙だ。
・『こうした当時の「実際の状況」を踏まえれば、この安倍晋三のトンチンカンな説明は、ただ単に安倍晋三の無知無能ぶりを全世界に知らしめたというだけでは終わらない。安倍晋三の、この無責任なデマ発言は、歴史的事実を捻じ曲げ、当時の日本政府の戦争責任を棚の上に上げてしまっているのだ。そして、このデマ発言が故意でなかったとすれば、安倍晋三は国会議員のクセに「ポツダム宣言」も読んでいない無知で無能で無教養で無責任な大バカ野郎ということになる。仮にも日本の現職の与党議員が「ポツダム宣言」も読んでいなかった上に、デタラメなデマを月刊誌の誌面で流布するなんて、あまりにも酷すぎる。そして、そんな大バカ野郎が、今では日本の総理大臣になってしまったのだ。 故意であれ無知であれ、どちらにしても、口をひらけばバカのひとつ覚えのように「戦後レジームからの脱却」と連呼して、日本が世界に誇る平和憲法を踏みにじろうとしているブンザイで、その「戦後レジーム」の根本である「ポツダム宣言」も読んでいなかっただなんて、呆れ果てて言葉も出てこない。いまだかつて、これほど愚かで無責任で恥ずかしい総理大臣がいただろうか?』、漢字が読めなかった麻生よりも、はるかに愚かで無責任で恥ずかしい総理大臣だ。
・『現在の第2次安倍政権がスタートして2年目の2015年5月20日、国会での党首討論で、日本共産党の志位和夫委員長は「過去の日本の戦争は間違った戦争であるという認識はありますか?」と、安倍晋三を厳しく問いただした。そして、次のようなやり取りをした。 志位委員長「ポツダム宣言は日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で間違った戦争だという認識を明確に示しております。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?」  安倍首相「このポツダム宣言を我々は受諾し、そして敗戦となったわけです。そして今、私もつまびらかに承知をしているわけではございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国の理解、例えば日本が世界征服を企んでいたということ等を今ご紹介になられました。私はまだその部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちにそれに対して論評することは差し控えたいと思いますが、いずれにせよですね、まさに先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけでありまして、我々はそのことは忘れてはならないと思います」 おいおいおいおいおーーーい!とうとう日本の総理大臣が「ポツダム宣言はちゃんと読んでいませんでした」って自分で認めちゃったよ!つーか、「ポツダム宣言」って、さっきも言ったように、原稿用紙2枚ほどの短い文書で、どんなに丁寧に読んだって10分もあれば読めるものだし、小学生でも理解できる口語訳もあるのに、仮にも日本の総理大臣が「私はまだその部分をつまびらかに読んでおりませんので」って、何だそれ?ぜんぶで13項目しかないのに、その中の第6項と第8項を読んでいないってことは、ようするに「まったく読んでいないし、全体でどれくらいの長さの文書なのかも把握していない」ってことじゃん! 結局、この党首討論では、安倍晋三は志位委員長の「過去の日本の戦争は間違った戦争であるという認識はありますか?」という質疑にはマトモに答弁することができず、お得意の「質疑と無関係なことをダラダラとしゃべってはぐらかす」という作戦で逃げ続けるしかなかった。今でもYOU TUBEなどで当時の映像を観ることができるけど、終始シドロモドロの安倍晋三は、まるで宿題を忘れた小学生が先生に叱られてバレバレの嘘の言い訳をしているようで、観ているこちらが恥ずかしくなるほど情けない姿を晒している』、党首討論であれば、事前に質問事項は届けられている筈だが、にも拘わらずこの体たらくとは・・・。
・『そんなワケで、敗戦国の総理大臣が、それも「戦後レジームからの脱却」を掲げて改憲を進めようとしている総理大臣が、その「戦後レジーム」の根幹である「ポツダム宣言」を読んでいなかっただなんて、この信じがたいニュースはネット上を駆け廻り、トレンドの1位に「ポツダム宣言」が躍り出るほど盛り上がってしまった。 だけど、皆さんご存知のように、安倍晋三には「恥」という概念がない。この時、安倍晋三が真っ先にやったことは、いつものように「権力によるゴマカシ」だった。この党首討論から約2週間後の6月2日、イエスマンの閣僚たちを集めた安倍晋三は、こともあろうに「安倍首相はポツダム宣言を当然読んでいる」という答弁書を閣議決定したのだ!アホか? ・・・何なんだよ?この「安倍首相はポツダム宣言を当然読んでいる」という閣議決定って?バカを通り越して、マジでどうかしちゃってるよ、この人‥‥』、こんなのが閣議決定に馴染むとは到底思えないが、全くの茶番劇だ。
・『日本の政治家であれば読んでいて当たり前の文書をこれまで一度も読んだことがなく、志位委員長の簡単な質疑にも答えられなかったのだから、普通なら自分の不勉強を恥じ、すぐに「ポツダム宣言」を読み、党首討論の場で「差し控えた」自分の考えを後日でもキチンと述べるのが国民の代表である志位委員長に対する義務であり、それこそが総理大臣としての真摯な態度と言うもの。それなのに、この人と来たら、一事が万事、いつでも自分のミスや不勉強をゴマカシて、嘘と詭弁で取り繕うことばかり繰り返してきた。 たとえば、2016年5月16日の衆議院予算委員会で、「行政府の長」である安倍晋三が「私は立法府の長であります」と述べて、「おいおい!日本の総理大臣が三権分立も知らないのかよ?」と全国の中学生を呆れさせた時も、普通なら自分の不勉強を恥じ、すぐに謝罪と訂正をするのが筋なのに、安倍晋三が何をしたかと言えば、コッソリと衆議院の議事録からその部分を消し、ちゃんと「行政府の長であります」と言っていたことに書き直させたのだ。自分に都合の悪い文書は、国会の議事録でさえも改竄させる。安倍晋三の十八番の「文書改竄」は今に始まったことじゃないのだ。 百歩ゆずって、一度であれば「言い間違い」という言い訳も通用するけど、安倍晋三が国会で自分のことを「立法府の長」と言ったのは少なくとも二度目なのだ。つまり、この人は根本的に三権分立を理解しておらず、普段から自分のことを「立法府の長」だと思い込んでいたことになる。「ポツダム宣言」は読んでいないし、「三権分立」は理解していないって、こんなのが日本の総理大臣だとは、一国民としてこれほど恥ずかしいことはない。そして、それを「恥」だと思っていないところが、この人の本当に恥ずかしい部分なのだ』、国会議事録を改竄するとは悪質だ。どうしても訂正する必要がある場合は、議院運営委員会などで謝罪し、野党の了解を取った上で、訂正させるようにするべきだ。
・『8月8日に67歳で亡くなった沖縄県の翁長雄志知事は、生前、「安倍首相はいったいどこを向いて政治をやっているのか?日本の総理大臣なのに、どうして日本のためでなくアメリカのための政策ばかり進めているのか?安倍首相が目指しているのは『戦後レジームからの脱却』ではなく『戦後レジームの完成』ではないのか?」と指摘し、日米地位協定ひとつも正常化できないアメリカ従属の弱腰姿勢を厳しく批判していた。日本が世界に誇る平和憲法を「アメリカから押し付けられた恥ずかしい憲法」と揶揄するのなら、その前に日本人を苦しめ続けている日米地位協定を正常化するのが日本の首相としての最優先課題だと思うし、日本人のための福祉や社会保障の予算を削ってまでアメリカの言い値で欠陥機オスプレイや役立たずのイージスアショアなどを次から次へとお買上げするのだっておかしな話だからだ。結局、自民党総裁の任期を3期に延長してまで安倍晋三が成し遂げたいことは、日本を完全なる「アメリカの属国」にすることであり、翁長知事の指摘の通り「戦後レジームの完成」こそが「安倍政権の目指しているゴール」なのだということが良く分かった。だから、今日は最後にハッキリと言わせてもらうけど、日本を愛する保守派の皆さん!右翼の皆さん!思想の左右に関係なく「日本が大好き」なすべての愛国者の皆さん!このまま今の安倍政権が続いたら、日本はケツの毛までアメリカにむしられてしまい、完全にアメリカの属国に成り果ててしまうから、今すぐに安倍晋三という稀代の売国奴を権力の座から引きずり降ろすために力を結集してほしい!‥‥って、マジでそう思った今日この頃なのだ』、完全に同意できる。いつもながら、きっこ氏の鋭い指摘には感心させられる。
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