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大学(その4)(リベラルアーツは「社会人としての教養」ではない、全国の大学で「農学部」が次々新設されるワケ、完全飽和の私大600校を襲う大淘汰の幕開け、私大への助成金で歪められる日本の教育現場) [社会]

大学については、昨年10月9日に取上げた。今日は、(その4)(リベラルアーツは「社会人としての教養」ではない、全国の大学で「農学部」が次々新設されるワケ、完全飽和の私大600校を襲う大淘汰の幕開け、私大への助成金で歪められる日本の教育現場)である。

先ずは、組織開発・人材育成コンサルタントの山口 周氏が1月9日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「リベラルアーツは「社会人としての教養」、ではない」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/150352
・『昨今ブームとなっている教養の学び直し。だが、教養=リベラルアーツではない。リベラルアーツとは「自由の技術」のこと。常識として通用している前提や枠組みを「問う」「疑う」ための技術がリベラルアーツの真髄だ。MBAを取らずに独学で外資系コンサルタントになった山口周氏が、知識を手足のように使いこなすための最強の独学システムを1冊に体系化した『知的戦闘力を高める 独学の技法』から、内容の一部を特別公開する』、「独学で外資系コンサルタントになった」とは大したものだ。
・『リベラルアーツは、イノベーションを起こす武器となる  まず読者の皆さんに一つ質問をしてみましょう。その質問とは「金利はなぜプラスなのか?」というものです。 恐らく、多くの読者はこの質問に対する明確な答えを持っていないでしょう。しかし、それはなにも皆さんに限ったことではありません。私を含め、現代に生きる我々のほとんどは無条件に「金利はプラスだ」と信じて疑っていません。 ところが、これは現代の、それも実質的な西欧社会に生きている我々だけのあいだに通用する常識であって、歴史を振り返れば、あるいは地域を変えてみれば、それが一時的かつ局所的な常識であることがすぐにわかります。 たとえば、中世ヨーロッパや古代エジプトではマイナス金利の経済システムが採用されていました。マイナス金利ということはつまり、銀行にお金を預けるとどんどん価値が目減りしてしまうことを意味しています。 したがって、こういう社会では現金を持ち続けていることは損になります。当然のことながら、現金は入ってくると同時になるべく他のものと交換しようという誘因が働くことになります。 では、どのようなものと変えるのがいいでしょうか。食べ物?いや、食べ物は難しい。一度に食べられる量には限りがありますから、保存が必要になります。しかし当時は冷蔵庫もない時代で、保存できる量にはおのずと限りがあります。 では、モノにするべきでしょうか?モノなら何がいいでしょうか?こうやって考えていくと、やがて誰もが同じ結論に至ることになります。そう、長いこと富を生み出す施設やインフラにお金を使おうという結論です。 このような考え方に則って進められたのがピラミッドの建築に代表されるナイル川の灌漑事業であり、中世ヨーロッパでの大聖堂の建築でした。この投資が、前者は肥沃なナイル川一帯の耕作につながってエジプト文明の発展を支え、後者は世界中からの巡礼者を集めて欧州全体の経済活性化や道路インフラの整備につながっていったのです。 リベラルアーツを、社会人として身につけるべき教養、といった薄っぺらいニュアンスで捉えている人がいますが、これはとてももったいない。リベラルアーツのリベラルとは自由という意味です。アートとは技術のことです。つまり「リベラルアーツ」というのは、「自由の技術」ということです。 では、ここでいう「自由」とは何なのか?元々の語源は新約聖書のヨハネ福音書の第8章31節にあるイエスの言葉、「真理はあなたを自由にする」から来ています。「真理」とは読んで字の通りで「真の理(=ことわり)」のことです。 時間を経ても、場所が変わっても変わらない、普遍的で永続的な理(=ことわり)が「真理」であり、それを知ることによって人々は、その時その場所だけで支配的な物事を見る枠組みから自由になれる、といっているわけです。 その時その場所だけで支配的な物事を見る枠組み、それはたとえば「金利はプラスである」という思い込みのようなものです。 つまり、目の前の世界において常識として通用して誰もが疑問を感じることなく信じ切っている前提や枠組みを、一度引いた立場で相対化してみる、つまり「問う」「疑う」ための技術がリベラルアーツの真髄だということになるわけです。 そして、あらゆる知的生産は、「問う」「疑う」ことから始まります。この点については『知的戦闘力を高める 独学の技法』で繰り返し指摘していますが、質の良い「問い」「疑い」のないところには、質の良い「インプット」は生まれません。つまりリベラルアーツというのは、知的戦闘力の基礎体力を高める役割を担うわけです』、「「問う」「疑う」ための技術がリベラルアーツの真髄」とは本質を突いた指摘だ。
・『この「問う」「疑う」という行為は、ビジネスの世界においても強力な武器となります。たとえば、イノベーションというのは「常識を疑う」ことで初めて駆動されます。過去のイノベーションを並べてみると、そこに何らかのかたちで、それまでに当たり前だと思っていた前提や枠組みが取り払われて成り立っていることに気づくと思います。
 +パソコンの販売では店頭シェアがカギだ、という前提が支配する中で、その前提にこだわって破綻したコンパックと、その前提から離れてダイレクト販売というモデルを確立して業界を支配したデル +モノを一番早く運ぶのは最短経路だ、という前提が支配する中で、その前提にこだわって消えていった多くの零細運送事業者と、ハブ&スポークという物流システムを確立して成長したFedEx
 +パソコンには入力機器と記録媒体が必要だ、という前提にこだわって価格競争の泥沼で苦しんでいる多くのPCメーカーと、その前提から離れてiPadを開発したアップル
 イノベーションというのは常に「それまでは当たり前だと思っていたことが、ある瞬間から当たり前でなくなる」という側面を含んでいます。つまりイノベーターには「当たり前」を疑うスキルが必要だということです』、言われてみればその通りなのかも知れない。
・『リベラルアーツは、領域横断の武器となる  リベラルアーツはまた、専門領域の分断化が進む現代社会の中で、それらの領域をつないで全体性を回復させるための武器ともなります。現在の社会はテクノロジーの進化に引きずられるようにして変化を余儀なくされていますが、テクノロジーの進化は必然的に専門分野の細分化を要請します。 このとき、特定領域における科学知識の深化とリベラルアーツを二項対立するものとして置けば、リベラルアーツに出る幕はありません。 しかし一方で、どんどん専門分化する科学知識をつないでいくものとしてリベラルアーツを捉えればどうか。本書の冒頭で指摘した通り、いま足りないのは領域の専門家ではなく、そこを越境していけるクロスオーバー人材です。そして、この要請はますます強まっています。 なぜなら、専門化が進めば進むほどに、個別専門の領域を超えて動くことのできる「自由な人」が求められるからです。そしてこの「自由さ」を与えてくれる唯一のものが、リベラルアーツだということです』、専門家を育てるのは難しくはないが、リベラルアーツを駆使できる人材の育成は日本では難しそうだ。
・『領域を超えるというのは、リーダーにとって必須の要件と言えますよね。なぜなら領域の専門家でい続ければリーダーになることはできないからです。リーダーとしての器を大きくしていくということは、そのまま「非専門家」になっていくということでもあります。 企業の管理職の中で、もっとも「専門外の領域」について責任を取らなければならないポジションにあるのが「社長」だということを考えてみてください。出世するということは、ある意味ではどんどん「非専門家」になっていくということでもあるわけです。 リーダーの仕事は、異なる専門領域のあいだを行き来し、その領域の中でヤドカリのように閉じこもっている領域専門家を共通の目的のために駆動させることです。 仕事の場において、「自分はその道の専門家ではない」という引け目から、「なにか変だな」と思っているにもかかわらず領域専門家に口出しすることを躊躇してしまうことは誰にでもあるでしょう。 しかし、専門領域について口出ししないという、このごく当たり前の遠慮が、世界全体の進歩を大きく阻害していることを我々は決して忘れてはなりません。 東海道新幹線を開発する際、「時速200キロで走る鉄道を造ることは原理的に不可能である」と主張し、頑なに新幹線の可能性を否定したのは、国鉄の古参エンジニアでした。 そして、その古参の鉄道エンジニアが長いこと解決できなかった車台振動の問題を解決したのは、その道のシロウトであった航空機のエンジニアだったのです。このとき「自分は専門家ではないから」と遠慮して、解決策のアイデアを提案していなかったらどうなっていたでしょうか。 世界の進歩の多くが、領域外のシロウトによるアイデアによってなされています。米国の科学史家でパラダイムシフトという言葉の生みの親になったトーマス・クーンはその著書『科学革命の構造』の中で、パラダイムシフトは多くの場合「その領域に入って日が浅いか、あるいはとても若いか」のどちらかであると指摘しています。 領域を横断して、必ずしも該博な知識がない問題についても、全体性の観点に立って考えるべきことを考え、言うべきことを言うための武器として、リベラルアーツは必須のものと言えます』、新幹線開発でそんなエピソードがあったのは初めて知った。領域外のシロウトによるアイデアには確かに価値がありそうだ。

次に、農業ジャーナリストの山田 優氏が9月29日付け東洋経済オンラインに寄稿した「全国の大学で「農学部」が次々新設されるワケ キャンパスに「ノケジョ」が闊歩する」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/239658
・『今、大学で農学系の学部新設が相次いでいる。若い人、特に女性の間で食や農、環境に対する関心が高まり、農学部キャンパスではノケジョ(農学系女子)が大手を振って闊歩する。景気に左右されにくい食品産業への就職に、農学部卒が有利なことも人気を支える。 農学部に対する「偏見」が薄れてきた  「若い人たちの間では農業に対する偏見がなくなってきた。大学に限らず、農業高校でも農家出身以外の子どもたちが、意欲を持って入学するようになっている」と説明するのは、福島大学で農学部開設を進める生源寺眞一教授だ。かつて「農業をするのは農家の長男」「農学部での勉強は時代遅れ」というイメージがつきまとった。だが、今や農学は身近な課題やグローバルな問題に立ち向かう斬新な学問と受け止められるようになった。 農学部の新設ラッシュは、ここ10年ぐらい続いている。国立の山梨、徳島、福島、私立の吉備国際、龍谷、立命館などの大学で設置されるなど全国に広がる。今年4月には私立の新潟食料農業大学が新たに設立された。 大阪府の私立摂南大学は、2020年4月の農学部開設に向け準備を進めている。「高齢化や自給率低下が進む半面、企業参入やロボット・ICT活用などの変化もある。直面する課題に取り組める人材育成を目指す」と新学部開設担当課の国分房之輔課長は話す。 このほか、構想段階で農学部新設を進める大学が、複数あると言われている。 学部新設にまでは至らなくても、農学部以外の学部に農業を学ぶ学科を設ける大学が少なくない。文科省の調査によると農学系学科に所属する学生数は増加傾向にある。大学界で農学はブームなのだ。 新設農学部はいずれも地域社会や食品産業との連携を掲げている。山梨大学は地場産業であるワイン研究を掲げ、福島大学は、東京電力福島第一原発事故からの再生・復興への貢献を打ち出している。新潟食料農業大学は、食料産業ビジネスとの密接な関係を目指す。 従来の農学教育や研究は、伝統的に小規模農業と農家経営に軸足を置いていた。しかし、新設農学部では農業専門から領域を大きく広げたのが特徴だ』、農学がブームになってきたというのは初耳だが、喜ばしいことだ。
・『文科省の要請を受け、大学学士課程の基準を検討した日本学術会議は2015年、農学を「実践的な価値追求の学問と、幅広い生命科学全般の総合科学の学問」と定義し公表した。従来のコアな農業教育研究に加えて「現代的課題に対応するため、それぞれ発展するだけではなく、連携、融合することで新たな発展を遂げ、新しい領域も生まれている」とした。 食料生産を学ぶ農学の歴史は古いが、近年は加工・流通、安全性の確保、生命にかかわる基礎科学、地球環境への対処に欠かせない幅広い学問であると同会議は位置づけた』、さすが上手い定義だ。
・『背景に若者の意識変化  都市生活に満足できず田園回帰の動きが出るなど、農村へのあこがれが、若者たちを農学に引き寄せているように見える。内閣府の調査(2014年)では、20歳代男性で農村定住の意欲が高いことが明らかになっている。地方移住をテーマにしたセミナーや相談会への参加者も増加傾向だ。「大都市に住んで普通の会社に勤めるのが当たり前」という価値観が薄れ、地域に自ら出向き、グローバル課題に挑戦できる農学に関心が集まるようになった。 もう1つ学生人気の背景にあるのが食品産業の伸長だ。食品産業の国内生産額は平成に入った1989年に79兆円だったが、2016年には99兆円まで拡大した。特筆できるのはその安定ぶりだ。10年前のリーマンショック後の2009年、国内産業全体の生産額は景気後退で前年に比べて11%減少したが、食品産業に限れば横ばいで持ちこたえた(農林水産省「農業・食料関連産業の経済計算」)。「産業は業種によって浮沈が伴う。しかし、食べ物に関した産業は浮き沈みが小さい。将来のキャリアを考える若者たちにとって、食品産業の魅力が高まっている。農学部に学生が集まるのは、就職に有利という現実的な理由もあるだろう」と生源寺教授は解説する。 農学部の変化で注目すべきなのは、女子学生ノケジョの増加だ。文科省の調査では2017年の女子学生比率は45%と半数近い。筆者は40年以上前に農学部に在籍した。当時はクラスに一握りしか女子学生はいなかった。8年前から首都圏にある大学の農学部で兼任講師として教えているが、確かにキャンパスの光景は様変わりだ。 この間の変化は学生数だけではない。教室で前の席に座るのは女子学生。手を挙げるのも女子学生。成績が上位なのも女子学生のような気がする。とにかく元気なノケジョが目立つ。時折「頑張れ男子学生」と叫びたくなるほどだ。 龍谷大学農学部教務課の糸井照彦さんは「国家資格の管理栄養士を目指す食品栄養学科の場合、女子学生の比率は7割以上。農学部というと第1次産業というイメージがあったが、食ビジネスにまで対象が広がり、女子学生にも魅力的になった。これは全国のトレンドではないか」と話す。獣医師系の学科でも女子学生比率は高い。農学部が男の世界という時代は、完全に過ぎ去ったと言えるだろう』、「元気なノケジョ」とは頼もしい限りだ。
・『広がる新しい挑戦  相次ぐ新参勢力の台頭に刺激を受け、既存の農学部でも変革の動きが広がっている。9月18日、奈良市の近畿大学農学部で、農業知的財産に関する新講座の第1回講義が開かれた。 農水省と連携し、農林水産分野の知財に詳しい人材を育てるのが目的。農水省の杉中淳予算課長(前知財課長)が、2年生を前に制度の解説や国際的な動きを講義した。正規の授業として15回行われる予定だ。「日本の大学としては初めての試みだ」と近畿大学農学部の伊藤博樹事務長は言う。 同大学は養殖マグロなど独創的な研究で注目されているが、「農業を取り巻く幅広い分野で、多角的に学べる強みを発揮したい」(伊藤事務長)と力説する。 日本全国の農学部で、新しい挑戦が始まっているようだ』、確かに中国で日本の農業知的財産を盗用するケースが相次いでいるなかでは、こうした取り組みも理解できる。

第三に、2月6日付け東洋経済オンライン「完全飽和の私大600校を襲う大淘汰の幕開け 18歳人口の減少が2018年から再び加速」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/207441
・『全国に600校余りある私立大学に、「2018年問題」という大波が押し寄せようとしている。 大学の「主要顧客」である18歳人口は、ピーク時の1992年に200万人を超えていたが、その後減少に転じ、2017年のそれは120万人へ4割減少した。2000年代後半に減少ペースはいったん鈍ったが、2031年には100万人を切る。「2018年問題」とは、18歳人口の減少スピードが2018年に再び加速することにより、私立大学の経営を大きく直撃するという問題を指す・・・子どもの数は減り続けているのに、大学数は右肩上がり。1980年に446校だった大学は2016年には約1.7倍の777校へ増加、学部の新増設は毎年のように続く。大学と学生の需給バランスがこれほど悪化しているのに、経営破綻した大学数は意外と少ないといえるが、「予備軍」は着々と増えている』、少子化はかなり以前から分かっていたのに、学部の新増設が続くというのは、理解に苦しむ現象だ。「2018年問題」というのは、一旦、緩んでいた18歳人口の減少スピードが元のトレンドよりやや緩やかなものに戻るだけで、大騒ぎするほどでもないと思える。
・『「レッドゾーンは21法人、イエローゾーンは91法人」  2017年末、こんな衝撃的な見出しが新聞紙上に踊った。私立大学の経営を指導している日本私立学校振興・共済事業団が、私立の大学・短期大学を経営する全国660の学校法人の2016年度までのデータを調べたところ、自力再生が極めて困難な「レッドゾーン」、経営困難状態である「イエローゾーン」の法人合計で全体の2割弱に上ることがわかった。 同事業団の野田文克・私学情報室長は「過大な設備投資をした年は運用資産が減るため、経営状態が一気に悪化する。(上記のシミュレーションは)あくまで大ざっぱなもので、赤字だから即破綻ということではない」と指摘する。 ただ、私立大の本業である教育研究活動のキャッシュフローでみると、過去2期赤字の私立大は週刊東洋経済2月5日号で編集部が試算した限りでも約50法人に及ぶ。企業と異なって巨額の有利子負債を抱える法人は少ないが、教育研究活動の収入に対するキャッシュフロー赤字の割合が数十%に上る法人もいくつか存在する・・・私立大学の典型的な収支構造は、半分強の学生等納付金、1割程度の補助金、残り大半が事業収入という収入構成に対し、人件費が5割、教育研究経費が3割強、管理経費は1割を占めている。 収入のうち、財政難の国からの補助金は、これ以上の増額が見込めない。収入の柱である学納金を増やすには、学生数が減るなら単価である授業料を値上げするしかない。ただ、「米国の大学と比べて日本の私大の学費は安いが、デフレ下の日本で学費値上げを本当に打ち出せるのか」(大手私大幹部)と、難色を示す私大が多い。一方、費用の5割を占める教職員人件費を削るのは企業のリストラほど簡単にはいかない。「入」も「出」も、にっちもさっちもいかない状態にあるのが今の私立大学の財務状況だ。 文部科学省の私大担当者の頭をよぎるのは、数年前の苦い記憶だ。群馬県高崎市で創造学園大を経営していた堀越学園が、理事長のワンマン経営による拡大路線の末に経営破綻。2013年に文部科学省が異例の解散命令を出す事態に至った。在学中の学生そっちのけの混乱が繰り広げられ、私立大の経営破綻時の処理が真剣に検討される、1つのきっかけとなった。 文科省は2016年から2017年にかけて、有識者を集めて「私立大学等の振興に関する検討会議」を開催。経営困難に陥る私立大が続出することを想定し、大学間の相互扶助や学生の転学支援を検討する必要がある、と提言した。その後、中央教育審議会の将来構想部会において、国公私立大の枠を超えた、さまざまな大学間連携・統合のあり方も議論されている』、大学収入の1割が補助金であれば、文科省がもっと経営内容をチェックすれば、堀越学園破綻のような事態は避けられた筈だ。それをわざわざ中央教育審議会で審議するとは、責任逃れなのではなかろうか。
・『大学の淘汰時代の幕開け  「早慶GMARCH」のように、在学する学生数が8000人を超える大規模私立大(58校)と、4000人以下の小規模私立大(456校)との経営、体力格差はますます広がっている(学校数は私学事業団、2016年度)。 「『東京大学が滑り止め』という優秀な(日本人の)高校生が登場し、アジアで欧米大学との獲得競争も起きている」(法政大の田中優子総長)とし、大学経営の視点をグローバルに広げようとしている上位私大と、国内でいかに生き残りを図るか、四苦八苦している下位私大を同じ枠組みで議論するのはなかなか難しい。 私大の再編や譲渡で企業と異なる点は、学生という特殊なステークホルダーの存在だ。私大同士の合併も、カリキュラムや学生の質が異なることが多く簡単ではない。 経営の苦しくなった地方の私大を自治体が引き取って公立大学化する動きも出ている。長野県の諏訪東京理科大学のほか、新潟県柏崎市の新潟産業大学が公立大学法人化を検討している。私大より授業料が安いため、公立化した大学は学生の人気を集めているが、赤字を税金で付け替えているともいえ、一時しのぎにすぎない。 定員割れ大学が私大全体の4割を占めるようになって久しい。完全に飽和した状態で教育無償化に関する詳細な制度設計の議論がスタートする中、この2018年はもう避けられない大淘汰時代の幕開けとなる』、個人的には大学教育の無償化には反対だ。「経営の苦しくなった地方の私大を自治体が引き取って公立大学化する動き」も、自治体にとっては大学がなくなってしまうよりは、引き取ってしまおうと判断なのだろうが、余りに安易すぎる。財政負担が増すだけだ。
 
第四に、経済ジャーナリストの岩崎 博充氏が6月28日付け東洋経済オンラインに寄稿した「私大への助成金で歪められる日本の教育現場 18歳人口の大幅な減少に耐えられるのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/226083
・『日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題でクローズアップされた話題の1つに、政府から交付される学校法人への補助金がある。私立大学助成金、いわゆる「私学助成金」だ。 「私学助成金」とは  私学助成金は、私立の大学や短期大学、高等専門学校に各学校の教職員数や学生の数などによって毎年交付される。その総額は2017年度で3168億円にも達する。いわば学校を運営する際に必要な経費に対して補助されるもので、学部の新設とか新たに大学を立ち上げる、といった時の補助金とはまた異なる。 私学助成金などの教育機関に対する補助金はどんな仕組みになっているのか。また、その交付基準とはなにか。 現在、日本にはざっと780校(2017年度)の大学がある。そのうち私立大学は604校。その大半は政府から私学助成金=「私立大学等経常費補助金」を交付されている。この経常費補助金は、施設整備費補助、研究設備整備費等補助、教育研究活性化設備整備費補助といった名目だが、大きく分けて「一般補助」と「特別補助」の2種類になる。 2017年度の交付学校数は、短期大学や高等専門学校なども合わせると873校(出所:日本私立学校振興・共済事業団、以下同)で、一般補助=2688億円、特別補助=479億円。1校あたりの平均は大学で5億1371万円、短期大学は7426万円、高等専門学校1億4220万円となる。 これを1人当たりの平均に換算すると大学が15万5000円、短期大学18万3000円、高等専門学校19万6000円となる。私立大学に通っている人は、毎年平均で15万円程度の補助金を受けて学生生活を送っている・・・私学助成金そのものは、このところ継続して一定の伸び率にとどまっており、今では大学の経費に対する補助割合は全体で10%程度に留まっている。かつては3割近かったのだが、いまや大学の収入の1割が補助金という状態になっている』、なるほど。 
・『経営のトップが出てこない背景には…  一連の日大アメフト部の問題において、当該選手だけでなく監督やコーチ、学長までが会見を開いたが、最後まで会見に姿を見せていないのは日大の田中英壽理事長だ。学校をビジネスと考えれば、経営のトップ=理事長が出てこないのは、やはり違和感がある。 その背景には巨額の助成金=補助金があるように思えてならない。確かに、日大の危機管理のなさは目立ったが、その一方で90億円を超える私学助成金を受け取っている日大としては、そうそう軽々しく自分の非を認めるわけにはいかない事情がありそうだ。 たとえば、私学助成金を受け取るには一定の条件がある。「法令違反等」や「財政状況」によっては補助金甲府が打ち切りになる、あるいは減額されるケースがあるからだ。こうした背景をメディアがきちんと伝えたかどうかはやや疑問が残る。 たとえば、学校法人の財産の不正使用や財産目録、貸借対照表、収支計算書、事業報告書といった公文書への虚偽記載などが対象になるのだが、次のようなケースでも補助金の打ち切りや減額があるとされている。
 +学校経営にかかわる刑事事件により役員または教職員が逮捕及び起訴された場合
 +役員もしくは教職員などに訴訟や紛争があり、教育研究その他の学校運営が著しく阻害されて、その機能の全部若しくは一部が休止している状態の場合
 +理事会または評議会が長期間開催されず、教育研究や学校運営が正常に行われていない場合
日大アメフト部の事件では、悪質反則は内田正人前監督と前コーチの指示だったとされているが、内田前監督は日本大学全体の理事=役員だったために、仮に今回の事件が刑事事件に発達した場合、補助金の減額、打ち切りになる可能性が出てくる。 ここに、日大が自校の役員の不祥事をあっさりと認められない事情がある。私立学校振興助成法にも役員の責任などは明記されている』、日大としては、その政治力を駆使して刑事事件にならないよう手を尽くしているのだろう。
・『私立大学に押し寄せる「2018年問題」  全国に600校余りある私立大学には、「2018年問題」という大波が押し寄せようとしている。 大学の「主要顧客」である18歳人口は、ピーク時の1992年に200万人を超えていたが、その後減少に転じ、2017年のそれは120万人へ4割減少した。2000年代後半に減少ペースはいったん鈍ったが、2031年には100万人を切る。「2018年問題」とは、18歳人口の減少スピードが2018年に再び加速することにより、私立大学の経営を大きく直撃するという問題を指す。 実際に大学や大学院の将来像を議論する中央教育審議会、いわゆる「中教審」もこの秋を目処に、国立大学法人が複数の大学を経営できる仕組みなど、少子化の進展に対応するための将来構想を文部大臣に答申すると言われる。 その中には経営悪化の私立大学に対して、早期の撤退を促す目的で学部や学科単位の「譲渡」を可能にする、あるいは他の大学や企業、自治体と密接な連携ができる体制を作るなど、大学や大学院の在り方について議論が交わされている。 そんな議論に関連して、最近になってクローズアップされているのが、大学の定員割れの問題だ。 補助金を受けている私立大学の40%は、5年連続で定員割れに陥っていると言われている。2018年度からは、定員割れしている私立大学に対して補助金を減額する方向に動いており、場合によっては補助金の打ち切りも検討するとされている。大学ビジネスも、いよいよ人口減少の影響をまともに受けつつある、ということだ。 実際に、大学教員の平均年齢は学校教員統計調査によると、2016年度現在で平均年齢49.1歳。過去最高でこの数字は年々上昇している。若手の教員が育っていないことを物語っているのだが、教員不足から定年延長した大学が多く、そのぶん教員の賃金の低迷につながっているとも言われる。 ちなみに2017年秋に、東京23区の大学の定員を抑制する文部科学省告示が交付されたが、地方大学の定員割れを防ぐために、人が集まりやすい東京の大学の定員数を制限するのは、あまりに安直な政策と言わざるをえない。定員割れの大学の活性化に繋がるとは到底思えない』、「若手の教員が育っていない」というのには違和感がある。むしろ定年延長に伴うポスト不足の反映なのではないだろうか。
・『大学を減らす仕組みを作るほうが建設的だ  人気のない大学を減らす仕組みを作ることのほうが、今後の人口減少社会を考えたとき、はるかに建設的と言える。 そもそも、私立大学という私的な組織に多額の税金が使われていることには、以前から憲法89条の「税金を私的企業や団体に交付することを禁止する規定」に違反しているのではないかという指摘があった。教育機関だから特別扱いすることで、これまでスルーされてきたのだが、国際的に低いランクに甘んじている日本の大学の現状を考えると、助成金制度が功を奏しているとも思えない』、「大学を減らす仕組みを作るほうが建設的」というのは大いに同意したいが、教育無償化はこれに逆行する愚策なのではなかろうか。
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