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沖縄問題(その10)(「越境する勇気を描く」『宝島』で直木賞 真藤順丈の沖縄への思い 社会派青春小説はこうして生まれた、沖縄県民投票は反対7割 補選・参院選への影響に注目、住民投票にはわが国の最高法である憲法上の拘束力がある) [国内政治]

昨日に続いて、沖縄問題(その10)(「越境する勇気を描く」『宝島』で直木賞 真藤順丈の沖縄への思い 社会派青春小説はこうして生まれた、沖縄県民投票は反対7割 補選・参院選への影響に注目、住民投票にはわが国の最高法である憲法上の拘束力がある)を取上げよう。

先ずは、ノンフィクションライターの石戸 諭氏が1月25日付け現代ビジネスに掲載した「「越境する勇気を描く」『宝島』で直木賞、真藤順丈の沖縄への思い 社会派青春小説はこうして生まれた」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59516
・『第160回直木賞に決まった真藤順丈『宝島』――。舞台は1952年から1972年、沖縄戦直後に始まる米軍統治時代から日本復帰まで激動の沖縄だ。真藤は主人公たちの成長という大きな主題に、「予定にない戦果」という物語を貫く大きな謎、ある人物の正体といった伏線を複雑な歴史と重ね合わせ、極上のエンターテイメント小説に仕上げた。 真藤自身は1977年、東京生まれであり、沖縄にルーツもなければ、深い縁もない。現代につながる沖縄の歴史を語る上ではまったくの「第三者」である。それなのに、なぜ沖縄を舞台にしたのか。描くときに抱えた葛藤とはなにか』、興味深そうだ。
・『「戦果アギヤー」との決定的な出会い  《(この作品を書き続けられるか否かで)ずっと足踏みしていた自分がいたのですが、ルーツがないということを理由に、断絶や境界を越えていく構えをとらないというのは、これまでの戦後史のなかで島の外の人間が沖縄に向けてきた無理解や無関心、腫れ物に触るような及び腰の態度と変わらないと考えました。 僕は小説家であり、これまでの作品で書いてきた青春小説、冒険小説、成長小説、ミステリといったあらゆるアプローチの総力戦で、全身全霊を投じて「戦果アギヤー」の物語を仕上げる。それしかないのではないかと。》 受賞発表翌日(1月17日)である。朝からインタビュー、対談をこなし、さらに夜の会食まで。直木賞作家の予定はびっしりと埋まっていた。発表が決まった日の晩は「興奮で寝付けなかった」という。 構想7年、執筆に3年をかけて「今、自分が持っているものを全て注ぎ込んだ」原稿用紙960枚の大作である。ネタバレにならない程度にあらすじを紹介しておこう』、「構想7年、執筆に3年」とは「大作」にふさわしい力の入れようだが、「第三者」でありながら、よくぞ根気が続いたものと心底感心させられた。
・『「鉄の暴風」が吹き荒れた凄惨な沖縄戦直後から始まった米軍統治時代……。1952年の沖縄で今日を、明日を生きるために米軍基地に忍び込み、基地から物資を奪う「戦果アギヤー」がいた。 伝説と呼ばれ、みんなの英雄だったのが、孤児たち4人組グループのリーダーだったオンちゃんだ。基地から奪った薬を住民たちの手に渡り命を守り、盗み出した木材は小学校になった。 極東最大の軍事基地「キャンプ・カデナ」に忍び込んだ夜、米軍に追われたオンちゃんは突如として失踪してしまった。残された3人——親友のグスクは警官に、弟のレイはアンダーグラウンドを転々とする危険人物に、オンちゃんに好意を寄せていたヤマコは教員として社会運動にも深く関わりながら歴史を生きる。 あの夜、オンちゃんが探し当ててしまった「予定にない戦果」とは一体なにか。伝説のオンちゃんはどうして姿を消してしまったのか。彼らはそれぞれに謎を解き明かそうとし、物語は動き出す』、こんな痛快な「戦果アギヤー」が実在したのか、真藤氏の想像上の話なのかも知りたいところだが、下を読むとどうやら実在した話のようだ。
・『瀬長亀次郎――米軍への抵抗運動で知られる戦後沖縄を代表する政治家――、コザ暴動――1970年、コザ(現沖縄市)中心部で起きた数千人の市民による米軍車両焼き討ち事件――など実在の人物、歴史的事実と主人公たちの活躍、そしてたどり着くあっと驚くラストまで。 疾走感に溢れ、熱量がこもった文体で描かれる。 《一番最初は、琉球警察というアメリカによる沖縄統治時代に20年だけ存在した警察を舞台にした警察ミステリの枠組みで始めようと思っていました。 米軍や住民との関係も含めて、他の時代や土地ではありえない警察体制ですよね。そこから見えてくる事件や犯罪、組織の軋轢、世界の動きを描こうと思っていました。 警察小説には事件が必要なので、戦果アギヤーという米軍基地から物資を盗んでいた人々を登場させようとリサーチを開始しました。でも、調べているうちに、だんだんと警察よりもむしろ戦果アギヤーのほうに重心が移っていった。 彼らを中心に据えれば、僕が小説で描きたかった多くのものが表現できると思ったんです。 作家としてのひとつの強い志向として、時代の動きを追いながら、人が生まれて、成長するまでを大河ドラマとして描きたいというものがある。 戦後の沖縄という激しく鮮烈な時代を、市井の人々の息遣いや躍動を伝えながら語っていきたかったんです》』、警察小説からの方向転換は大正解だ。
・『歴史からこぼれ落ちてしまう人たちの物語  主人公になったオンちゃんたち戦果アギヤーは、みんなが沖縄戦という悲劇を経験している。 主人公の一人、「戦果アギヤー」から琉球警察の警察官になったお調子者のグスクは、沖縄戦を12歳で経験した。逃げたガマ(洞窟)のなかで、両親は家族そろっての自決を望んだ。 恐怖の中、グスクは一人で逃げ出す。誰にも語っていない、いや、語ることができない原体験だ。 しかし彼らは強かに、時に挫折も失敗もしながら、今をしのぎ、明日をたくましく生きることを選ぶ。 《最初から構想していたのは、登場人物の人生と歴史を重ねていく青春小説でした。1952年から1972年というのは戦後の日本、沖縄の歴史で言えばまだ若い青春時代です。 時代が大きく揺れ動いた時でもあります。では、どんな登場人物がいいんだろうというときに、戦果アギヤーがぴったりとはまったんです。 彼らは過去にとてつもない体験をしながら、もともと自分たちのものであった資源や土地を、奪われたものを奪い返すために、無謀に走りつづける。 そこにはしなやかさや荒々しさ、抑圧への抵抗、困難を越えていく生命力、タフさや人間臭さ、それから生きて還ってきて宴会をするという若気のきらめきがあふれている。 そういったところに僕が思い描く青春の輝きがつまっていた。彼らの存在は、表の歴史、教科書や歴史書からはこぼれ落ちてしまうものです。 真正面から取り上げられることは考えにくい。でも小説はそうした正史や、史実の羅列からこぼれ落ちてしまう人たちの物語を伝えることができる。 僕はそれこそが小説の仕事だと思っています。》』、素晴らしい眼の付けどころだ。
・『腹を括らなければならなかった  だからと言ってすべてが簡単に書けるものではない。エンタメ小説とはいえ、扱うテーマは今の政治とも非常に密接に関わるし、言葉の選び方一つで不必要な議論を呼びかねないものだ。 《沖縄への関心はずっとありましたが、これはかなりセンシティブな問題になるというのはわかっていました。沖縄の歴史はすべてが現在につながっています。これは覚悟を決めて臨まないといけないと思っていました。 うちの父は若いころから沖縄に関心を持ち続けていて、沖縄の写真集や書籍がたくさん家にありました。返還のちょっと前に青年交流というかたちで沖縄に渡航して、その船の上で母と出逢ったとも聞いています。 返還前のさまざまな実在団体、復帰協や教職員会がどのように旗を振っていたか、そのときの島の熱気であったり、冷笑する側の態度であったり、金網の前の睨みあいであったり、そうしたディテールは、父がその目で見たり、伝え聞いたりしたことを教えてもらって、描写の参考にしています。》』真藤氏の沖縄への強い関心は、父親の影響だったとは、謎の一部が解けた気がする。父親がご存命かは分からないが、生きていれば受賞を大喜びしたことだろう。
・『しかし、冒頭に語っているように執筆は止まった。基地問題を真正面から扱う。歴史的な問題も扱う。 中途半端に手を出せば、ルーツもない東京生まれ、東京暮らし、文学賞を何度も受賞した作家が沖縄を「ネタ」として扱っているだけ。そう批判される可能性も大いにあった。 《中断の理由の一つには、そういう面もあったと思います。十二分に熟慮をしたうえで準備を始めたつもりだったんですが、今から考えれば、この題材と向き合うのがどういうことなのか頭ではわかっているつもりでも、体にまで染みこんでいなかった。 沖縄の人間ではない僕が、沖縄の言葉を使って、統治下を生き抜いた人たちを描くとなるとこれは他の外国を題材にしてきた時のような覚悟では足りない、書き手として、もっと根本的に腹を括らなくてはならない。 現地の言葉も出てくるし、複数いると思われる語り手が入れる合いの手やエクスキューズも島の言葉を基調としています。この小説の語り手は「われら語り部(ゆんたー)」としていて、これは神の視点でも、著者のナレーションでもない。言うなれば土地の声です。 そういう語り部を据えるということは、まずは沖縄の声をすくい集めて、そこに同化して書くということでした。 他にもアプローチの手段はいくつかありました。例えば、東京の人物を統治下の沖縄に行かせて、彼の目や耳を媒介して傍観者視点で書くとかね。 だけどそれでは、深いところにあるものを揺り起こすことはできない。土地のナラティブというアプローチは、過去作でも何度かやってきたことだし、語り手はおしゃべりな「ゆんたー」に設定して、主要な登場人物も全員がウチナンチュ(沖縄の人)にしたかった。 土地に入っていく部外者の視点から書いても、僕がたどりつきたいと思ったところにはたどりつけない。構想したものとはまったく読み味の異なる小説になるし、深層まではたどりつけないと思ったんです。》』、東京出身者がここまでやろうとすれば、確かに長い年月が必要なのだろう。
・『現地取材も重ねた。緻密に繊細に、そして土地の空気に触れるなかで小説の世界観を構築するために。 《そのためのリサーチも足りていなかった。沖縄には取材で計3回行ってます。郷土資料館で向こうでしか手に入らない文献を渉猟したり、舞台になる土地をうろつきまわったり……。 お金がなかったから、レンタカーのなかで寝袋で寝て、ホテル代を節約したこともありました。決して褒められたことではないですし、お勧めできるやりかたではないですが。 自分でもどうしてだかわからないんですが、現地に足を運ぶといっきに物語が生まれることがある。とりわけ沖縄のフィールドワークでは、登場人物たちが「いま、ここを走りそうだな」とか「このあたりでこんな暮らしをしていたのかもな」と思い浮かぶことがありました。》』、現地取材が僅か「3回」とは、「お金がなかった」にせよ、驚かされたが、事前に周到に準備して行ったのだろう。「レンタカーのなかで寝袋で寝て」というのも、涙ぐましい努力だ。
・『人生観が変わるくらいの没入  真藤は自分の中にもあった「潜在的な差別感情」に気がつく。「腫れ物に触るな」「批判されるかもしれない」という意識で、沖縄について結果的に何も書かないということは、無関心であることと態度としては変わらない。 本当に必要だったのは「没入」だった。異質である自分を認め、他者を知ろうとどこまでも接近し、対象になりきって書き進める。そのための没入である。 苦しんでいる時期を知る旧知の編集者の言葉――。「心配してなかったですよ。だって真藤さんはイタコ型だから。登場人物が憑依するんです」 《ずっと足踏みしていた自分がいたのですが、ルーツがないということを理由に、断絶や境界を乗り越えていく構えをとらないというのは、これまでの戦後史のなかで島の外の人間が沖縄に向けてきた無理解・無関心、腫れ物に触るような及び腰の態度と変わらないと考えました。 僕は小説家であり、これまでの作品で書いてきた青春小説、冒険小説、成長小説、ミステリといったあらゆるアプローチの総力戦で、全身全霊を投じて「戦果アギヤー」の物語を仕上げる。それしかないのではないかと。 そのうえで小説の中であつかった題材に対して、違和感やあやまちを指摘されたり、批判が出てきたりするようなことがあったら、表立ってそれらの矢面に立って、『宝島』の書き手としての見解を示していこうと覚悟を決めたわけです。 対岸の出来事としてぞんざいに距離を置いていては、とてもとてもこの小説は書き上げられませんから。 小説は本来、どこの国のどんな時代の人が書いてもいいものです。ただし、書くためには最大限の努力を払って、できるかぎりのことを知りつくすような覚悟で接近しないといけない。そうでないと「書く資格」は得られないと思いました。 とことん能動的になって、何度も土地も歩きまわって、今までにないくらいの勉強をしたり、沖縄出身の先達が書いた小説を読んだり、沖縄の言葉を学ぶために辞書も通読したり……。 何より僕自身が書く前と書いた後では人生観が変わるくらいの没入をしないといけない。そこまで決めて、やっと執筆を再開することができたんです。》』、「真藤さんはイタコ型だから。登場人物が憑依するんです」との編集者の言葉は的確なようだ。ここまで深く「没入」し、「覚悟」したとは、並大抵のことではない。「凄い」と驚く他ない。
・『結果的に書きあがった小説は、現在の沖縄が抱える問題にも通じていくものになった。とりわけ、軽視されがちな「歴史」のうねりであり、流れを体感できるような小説に仕上がった。 《沖縄の話は常に現在進行形ですよね。例えば辺野古新基地の建設だって、反対する意見にはそこに歴史的な背景がある。 小説のなかでも登場人物の多くが主張していることですが、どうして海や土地を奪い、その土地を好きにあつかうのか、という沖縄を取り巻く世界への痛憤があふれている。 物語の終盤で語られるコザ暴動にしたって、「暴動」というのは体制の目線に立った言葉遣いで、アメリカや日本の支配の帰結として起こった出来事であって、作中人物の一人は「この世界で生きていける場所を奪い返そうとする、戦果アギヤーの魂の発露だ」と言っています。ある種の民族のレジスタンスであり、時代や国が違えば、「市民革命」のようなものとして記録されたかもしれない。 そういう可能性を、魂を揺さぶる物語のかたちで、実際の事件を知らなかった人たちにも体感してほしいと思ったんです。》』、どうやら沖縄の問題を深く理解する上で、必読書のようだ。
・『どうしようもない悲劇も描かなくてはならない  『宝島』の登場人物たちは米軍、そして日本政府が引き起こした事件に対して、怒り、悲しみ、そして現実と向き合う。 小説に描かれている感情は、SNSに蔓延しているような、一時の感情の表出ではない。パッと広がって、すぐ収まるポーズのような感情ではない。 作家は感情を揺さぶらせようと意図するのではなく、彼らはなぜ怒るのか、どうして行動するのかを徹底的に考え、心の襞を描き切る。 ポイントは「多」であることだ。主人公たちの独白、市井を生きる名もなき登場人物の声、そして時にポップに、時に優しくツッコミを入れる「われら語り部(ゆんたー)」の声——。多くの「声」が渾然一体となり、物語の世界は多層的になっていく』、こんな小説に私はまだ出合ったことがない。ますます読んでみたくなった。
・『《歴史を描くということは、どうすることもできない悲劇も描かないといけないということです。 例えば、二十代なかばに教員になったヤマコ。物語中盤の大きな場面が、彼女の勤務する小学校に墜落する事故です。 目を覆いたくなるような悲惨な事故ですが、避けては通れないところだった。この事故は沖縄の歴史にとっても大きな転換点で、日本への復帰運動や反基地闘争が活発になるきっかけとなったものです。 物語のなかでは彼女自身の転換点にも重なっていく。小さな教え子が目の前で亡くなるのを目の当たりにして、ヤマコはずっと抱き続けたオンちゃんへの思いを断ち切り、復帰運動など社会にこれまで以上に関わっていこうとする。 言うなれば、みずからがオンちゃんの代わりに「英雄」になろうとするのです。子供たちが成長することのできない世界を認めることはできないと。これほど劇的な成長を果たす女性キャラクターを僕は書いたことがなかった。 降ってくる理不尽な悲劇の積み重ねが、声を上げるという行動に結びつくというその大きな心の動きを、読者に肌で感じてもらえると思います。 そういうのはもう、イデオロギーとは関係なところで、とても人間臭い心の動きで、わたしたちもそういうときがあったな、これからあるかもなと自分に寄せて感じてもらえるのではないかと。》』、「わたしたちもそういうときがあったな、これからあるかもな」というのが、私にはまるでなさそうなのは誠に残念だ。
・『ヤマコが感じた「痛み」は沖縄に残り続ける「痛み」につながってくる。《米軍機の墜落事故は、最近で言えば普天間基地近くの小学校(宜野湾市立普天間第二小学校)に、米軍ヘリの窓枠が落下した事故と重なると思います。 規模は違うにせよ、子供たちの頭上を米軍機やヘリが「訓練」として飛んでいるのは変わらないですよね。 現在の世界中で起きているさまざまな問題に対して、拡散的にフィードバックできるように書いたつもりですが、それを諭したり、説きふせたりするように語るお説教小説になっていってもよくない。 まずは小説の面白さを最大限に味わってもらって、青春時代に失ったものへの哀惜とか、社会に対して声を上げることとか、困難を越えていってあらたな自分の姿を模索するとか、だけどおれは海辺でぼーっとしてたいよ、という偽らざる真情とか、そういう世界中の誰にでも共通する普遍的な思いやテーマ、どの世界のどんな時代を生きる人にも通じる物語の力を通して、読み終わったあとになにか琴線にふれる、心に響くものが残るというものになったらいいなと思っています。》 ぐっと重たくなる話を和らげるのが「ゆんたー」の存在だった。《助けられたのは「ゆんたー」ですね。とりわけ中盤からは、重々しく感傷的になる場面が連続するところもあるけれど、神でもない、人でもない、陽気なねえちゃん兄ちゃんにがやがやと喋ってもらっているような「語り」がある種の緩衝や中和の役割を果たしてくれる。 風通しの良いユーモアで、物語を進める力をくれる。 うるさいと感じる読者もいるかもしれませんが、「ゆんたく(おしゃべり)」好きな語り部につかまったということでそこはお付き合いいただいて。実際、書いていて僕も、この「語り」に何度も救われました。》』、筆力の凄さには感心する他ない。肩ひじ張らずに読めそうなのは、楽しみだ。
・『「生きて帰ってこい」  もう一つ、この小説を特徴付けているのが「生」を徹底的に肯定する姿勢だ。抵抗による「死」に美学を見出すという姿勢はない。どんなことがあっても生き抜くこと。 戦果アギヤーたちは危ないときは逃げてもいい、いつだって生きることを考えている。《いま話しながら、僕自身も戦果アギヤーに自分を投影しているところがあったかもしれないなと思いました。 彼らが立ち向かう対象は世界一の軍隊である米軍で、僕が立ち向かうのは沖縄を舞台にした青春大河小説。対象は違うけれど、身のほどを超えた大きなものに立ち向かうところは同じだと。 複数の新人賞をもらって、デビューは華々しかったけれど、商業作家としての厳しい時期が続いた。これといったヒット作もなく、仕事の注文は来なくなり、自分が望んだような評価も得られない時期が長かった。 でも、一部の編集者はまだ僕を信じて賭けてくれた。僕も戦果アギヤーのように、勝負をしてフェンスを越えて向こう側に行きたい。 僕にとっての「越境」というのがまさに沖縄人になりきって書くことだった。そうしてなにか、大きな戦果をつかんで還ってきたいと思っていたのかもしれないなと。 戦果アギヤーのポイントは「生還」です。ボーダーを越える勇気を持ち、かつ戦果を掴んで生きて帰ってくる。越えたさきで討ち死にしては元も子もないんです。》』、「討ち死に」を美しいとする伝統的な日本人の美学に対して、それとは対極にある「生還」をぶつけてきたというのも、興味深い。
・『これから読む読者、特に若い読者に対してメッセージがあるという。《フェンスを越えろ、ボーダーを越えろ――というところですかね。 何かをやらかしたくて、ずっとうずうずしている。そういう人に特に読んでほしいです。そこにある壁はそんなに高くないし、僕たちは自分が思っているほど無力でもない。 「宝」はすでに僕たちの内側で身を縮こまらせているかもしれない。だからそれぞれの境界や障壁を越えて、そして生きて帰ってこい――そんな感じですかね。》』、身の周りの壁の高さに恐れおののいている若い世代には、確かにいい薬になりそうだ。
・『沖縄の男性に言われた「存分にやりなさい」  圧倒的な物語が描き出したのは、単なる歴史的記述を越えて、この社会だと言っていいだろう。「第三者」であっても、対象に接近したいという思いがあれば、普遍的な物語を描けるということを真藤は示したのではないか。 戦果アギヤーのように、沖縄に対して感じていたボーダーを乗り越えて、掴み取った直木賞である。 彼が取材で出会った沖縄の男性は、彼にこんな言葉をかけている。「存分にやりなさい。直木賞を取ってきなさい」 約束を果たしたことで、真藤は自身にとっての「予定にない戦果」を手に入れた。正確には手に入れる資格を得た、だろうか。 本書を手に取った読者から寄せられる「声」はこれからも増え続け、小説の世界をより多層的に、豊かにしていくのだから。 地元紙のニュースによると、受賞発表直後から、『宝島』は沖縄の書店で異例の売れ行きを記録しているという』、繰り返しにはなるが、私も是非読んでみたい。

次に、2月25日付けロイター「アングル:沖縄県民投票は反対7割、補選・参院選への影響に注目」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/okinawa-henoko-idJPKCN1QE0N1
・『沖縄県民投票が24日投開票され、政府が進める米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、辺野古沖の埋め立てに対して「反対」票が7割超の43万票超となった。 沖縄県知事が結果を尊重し、安倍晋三首相やトランプ米大統領に結果を通知すると定められた投票資格者総数の4分の1(28万8398票)を大幅に超えた。 県民投票に法的拘束力はなく、政府は埋め立て工事を継続する方針で、国と沖縄県の対立は一段と鮮明になりそうだ。また、今年4月の衆院補選やその先の参院選にどのような影響が及ぶのか、早くとも与野党間での「神経戦」が始まった。 県民投票条例は、3択のうち最も多かった選択肢の票数が投票資格者総数の4分の1以上となった場合に、知事に結果の尊重義務を課しており、玉城デニー知事は安倍首相とトランプ米大統領に速やかに結果を通知する方針。共同通信によると、沖縄県側は3月1日に安倍首相に会って結果を伝達したいという意向を持っているという』、「票数が投票資格者総数の4分の1以上」にどのような意味があるのか、記事では説明不足でよく分からないが、東京新聞などによれば、目安として、投票率が50%を超え、選択肢の票数が50%を超えで、4分の1以上としたようだ。
・『菅義偉官房長官は25日の会見で「知事から要望があれば、しっかりと対応したい」と述べ、首相と知事の会談が行われる方向となっている。 だが、沖縄県と政府との間に存在する「辺野古移設」をめぐる見解の差は、全く埋まっていないと見た方がよさそうだ。 安倍首相は25日、記者団に対して「沖縄に基地が集中している現状は、到底容認できない。沖縄の基地負担軽減は政府の大きな責任だ。今回の結果を真摯に受け止め、これからも基地負担の軽減に向けて全力で取り組んでいく」と述べ、工事継続のスタンスを明確にした。 また、ここに来て辺野古沖の海底が軟弱地盤で、埋め立て工事の期間が長期化し、工費が大幅に増額される可能性が沖縄県から指摘され、工事反対派のトーンが一段と強まっている。 沖縄県は、移設コストが最大2兆5500億円と当初予算の10倍に膨らむと試算している。 これに対し、岩屋毅防衛相は「地盤改良でコストが増える可能性はあるが、そこまではかからないと考えている」と表明。政府高官は25日、住民投票が「移設工事前ならば意味はあった」と述べ、辺野古沖の埋め立て工事を粛々と継続する姿勢を示した』、政府側の「これからも基地負担の軽減に向けて全力で取り組んでいく」というのは論点のすり替えだ。「移設コストが最大2兆5500億円と当初予算の10倍に膨らむと試算」に対し、「そこまではかからない」と工事を強行するようだが、少なくとも移設コストを現時点で見直し、国民に示すべきだろう。
・『野党側、衆院補選に追い風の思惑  一方、今回の投票結果が、今年4月の衆院沖縄3区の補欠選挙や夏の参院選に波及するのかどうか、与野党間で早くも様々な思惑が出ている。 昨年9月の沖縄県知事選では「移設反対」の玉城氏が圧勝。今回の住民投票で、反対票が玉城氏の獲得した約39万7000票を上回る43万4273票に達し、野党側のボルテージが上がった。 補選は、玉城氏の知事選出馬によって行われるため、統一候補を立てている野党側は、今回の住民投票の結果が、かなりの追い風になるとの見方を強めている。 ただ、夏の参院選に向け、野党側が弾みをつけたかといえば、そうとも言えない面もある。立憲民主党関係者のひとりは、立憲民主党と国民民主党の主導権争いが継続し「参院選の1人区以外での共闘は難しい」と話す。 また、政府・与党内では、基地を抱える沖縄県の反基地感情は同県特有で、安倍内閣の政権運営に大きな影響は出ない、と言い切る関係者が多い。 しかし、4月の衆院沖縄3区の補選で野党側が勝利すれば、32ある1人区で与野党対決ムードが醸成され、与党が大幅に議席を減らすリスクを懸念する関係者もいる。 統一地方選と参院選が重なる12年に1度の「選挙の年」が、どのような結末になるのか、早くも永田町では様々な「予想」が交錯し始めた』、4月の衆院沖縄3区の補選では、野党側も共闘して勝利してもらいたいものだ。

第三に、慶応大名誉教授の小林節氏が2月27日付け日刊ゲンダイに寄稿した「住民投票にはわが国の最高法である憲法上の拘束力がある」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/248285
・『在日米軍普天間飛行場の辺野古移設の是非を問う沖縄県民投票の結果は、「反対」が実に72%を超えた。 それでも、安倍政権はそれを無視して移設工事を続行する構えを崩していない。その背景に「県民投票には法的拘束力がない」という認識と「安全保障は国の専権事項だ」という認識があることは確かである。 しかし、県民投票には、わが国の最高法である憲法上の拘束力があることを忘れてはいないだろうか。 憲法95条は「ひとつの地方自治体のみに適用される国の法律は、その自治体の住民投票で過半数の同意を得なければならない」(つまり、自治体住民には拒否権がある)と定めている。つまり、それが国策として必要だと国会が判断しても、その負担を一方的に負わされる特定の自治体の住民には拒否権があるという、極めて自然で当然な原則である。 もちろん、辺野古への米軍基地の移設は形式上は「法律」ではない。それは、条約上の義務を履行しようとする内閣による「行政処分」である。しかし、それは形式論で、要するに、「国の都合で過剰な負担をひとつの地方自治体に押し付けてはならない」という規範が憲法95条の法意であり、それは、人間として自然で当然な普遍的常理に基づいている』、「憲法95条」については、恥ずかしながら初耳だった。確かに、政府の勝手を許さない、意味がある条項だ。一般のマスコミも報道すべきだ。
・『アメリカ独立宣言を引用するまでもなく、国家も地方自治体も、そこに生活する個々の人間の幸福追求を支援するためのサービス機関にすぎない。そして、国家として一律に保障すべき行政事務と地域の特性に合わせたきめ細かな行政事務をそれぞれに提供するために、両者は役割を分担しているのである。 そこで、改めて今回の問題を分析してみると次のようになろう。まず、わが国の安全保障を確実にするために日米安保条約が不可欠だという前提は争わないでおこう。しかし、だからといって、そのための負担を下から4番目に小さな県に7割以上も押し付けていていいはずはない。そこに住民が反発して当然である。だから、政府としては、憲法の趣旨に従って、「少なくとも県外への移設」を追求すべき憲法上の義務があるのだ』、説得力溢れた主張で、全面的に賛成である。
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