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トランプ大統領(その40)(米国のINF条約離脱とドイツの核武装をめぐる議論 欧州と米国を割く亀裂の象徴、トランプの「非常事態宣言」は憂慮すべき問題だ 社会の2極化の中 肥大化する大統領権限) [世界情勢]

トランプ大統領については、1月14日に取上げた。モラー特別検察官によるロシア疑惑報告書の提出を待っていたのだが、先延ばしが続き、提出されても司法長官が公表するかも不透明になったため、取り敢えずこれは公表後に取上げるとして、今日は、(その40)(米国のINF条約離脱とドイツの核武装をめぐる議論 欧州と米国を割く亀裂の象徴、トランプの「非常事態宣言」は憂慮すべき問題だ 社会の2極化の中 肥大化する大統領権限)である。

先ずは、在独ジャーナリストの熊谷 徹氏が2月12日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「米国のINF条約離脱とドイツの核武装をめぐる議論 欧州と米国を割く亀裂の象徴」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/020800012/?P=1
・『米国が2月1日に中距離核戦力廃棄条約(INF条約)からの離脱をロシアに通告した。この発表は、80年代に作られた欧州の安全保障に関する枠組みが崩され、東西間の緊張が高まりつつあることの表れだ。欧州の地政学的リスクの高まりは、ドイツの核武装に関する議論が2018年夏以来、起きていることにも表れている』、この問題は難しい割には、新聞報道があっさりしているため分かり難かったので、格好の記事だ。
・『中距離核はロシアに脅迫手段を与える  米ソが1987年に調印したINF条約は、射程500~5500kmの地上発射型の核弾頭付きミサイルの保有を禁じている。米国はすでに2014年、つまりオバマ政権の時代に「ロシアは射程2500kmの地上発射型巡航ミサイル・9M729(西側のコードネームはSSC-8)の実験を行った」と発表し、INF条約違反の可能性を指摘していた。国防総省は「ロシアは2018年に9M729ミサイルを、ウラル山脈に近いエカテリンブルクや南部のヴォルゴグラード近郊に配備した」と主張する。 これに対しロシア側は「9M729ミサイルの射程は480kmであり、INF条約には違反していない」と反論している。さらにロシア国防省は「米国がルーマニアに設置した迎撃ミサイルの発射施設『イージス・アショア』はソフトウエアや配線を変更すれば、トマホーク型巡航ミサイル(射程2500km)を発射できる。これはINF条約に違反する」と主張している。 通常は米国に対して批判的なドイツやフランスなど西欧諸国も、今回は珍しくトランプ政権の判断を支持している。北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国の政府は、米国の諜報機関が入手した情報を基に「ロシア側が条約に違反した」と判断している模様だ。 NATOは、ロシアが2014年にクリミア半島を強制併合し、ウクライナ内戦に介入し始めて以来、同国が対外戦略を変更し、攻撃的な性格を大幅に強めたと見ている。特に脅威にさらされているのが、冷戦時代にソ連に編入されていたバルト3国だ。これらの国々では、ロシアが国境付近で大規模な軍事演習を繰り返していることから、不安感を強めている。このためNATOは、バルト3国に小規模の戦闘部隊を配備している。バルト3国への脅威については、2017年7月に「迫るロシアの脅威、バルト3国の悲劇再来を防げ」で詳細にご報告した。 中距離核ミサイルの配備はロシアにどのような利点を与えるのか。仮にロシアがバルト3国に侵攻した場合、NATOはポーランド経由で増援部隊を送ることになる。この時、ロシアはNATO加盟国に対し「バルト3国に増援部隊を送ったら、中距離核ミサイルでベルリンやパリを攻撃する」と脅迫することができる。ドイツやフランスは「バルト3国のために、首都への核攻撃を許容するべきか否か」という苦渋の判断を迫られることになる。つまり中距離核ミサイルは、NATOの動きを封じる重要な抑止力なのだ』、NATOにとっての中距離核ミサイルの意味の重大さは理解できたが、それを米国が持ち出した意味は何なのだろう。
・『INF条約の政治的重要性  1980年代後半の米国にとって、INF条約は政治的に極めて重要な意味を持っていた。1985年にソ連共産党の書記長に就任したミヒャエル・ゴルバチョフ氏は、西側に対して軍縮と緊張緩和のシグナルを送り続けていた。米国のレーガン政権は、ゴルバチョフ書記長の核軍縮のシグナルがジェスチャーではなく、実体を伴ったものであるかどうかを試すために、INF条約に調印したのだ。 つまりこの条約をめぐる交渉は、ソ連が真剣に軍縮を望んでいるかどうかを探るための試金石だった。米国と西欧諸国は、ロシアが条約に調印しただけではなく、中距離核ミサイルSS―20の廃棄に踏み切ったため、ゴルバチョフの緊張緩和への意志が本物であることを理解した』、なるほど。
・『抜け穴が多かったINF条約  一方、欧米の軍事関係者の間からは、「調印から32年が経過して、INF条約の軍事的な意義は低下している。この条約に固執すると、軍事バランスの現実を見誤る」という意見が出ている。確かに、この条約には1980年代の米ソ間の雪解けの象徴という歴史的な意味があったが、核軍縮の実体面では抜け穴が多かった。 最大の抜け穴は、INF条約が潜水艦や航空機から発射される巡航ミサイルを対象としていないことだ。つまり地上発射式のミサイルは禁止しているのに、空や海から発射される中距離核ミサイルは禁止していない。 たとえばロシア軍は2015年のシリア内戦で、カスピ海の艦艇から発射した巡航ミサイルによって、1600km離れた目標を破壊した経験を持っている。米国も中東紛争でにおいて、時々、艦艇からトマホーク型巡航ミサイルをイラクやシリアの目標に向けて発射している。これも地上発射型ではないので、INF条約は禁止していない。 艦船や航空機が搭載する巡航ミサイルは、地上発射型の巡航ミサイルに比べて、機動性が高い。特に潜水艦が搭載する巡航ミサイルは、敵に発見されにくいという利点がある。 さらにロシアは、INF条約の対象外のミサイルの配備を着々と進めている。たとえばロシア軍は2018年1月、バルト海に面したカリーニングラードに地対地弾道ミサイル「イスカンデル(SS―26)」を配備した。核弾頭も搭載できるものだ。このミサイルはベルリンに到達する能力を備えるが、射程が500km未満なのでINF条約の適用外となっている。INF条約があるにもかかわらず、この種のミサイルによって西欧への脅威は増加しているのだから、INF条約に固執する意味はないというのが、米国の立場だ。 もう一つ米国にとって不都合な点は、中国がINF条約の締結国ではないことだ。1980年代後半には、中国の脅威がアジアにおいて今日ほど高まるとは想定していなかった。中国が地上発射型の中距離核ミサイルを配備できるのに、米国が手を縛られているのは不利とトランプ政権は判断したのだろう。 キール大学安全保障研究所のヨアヒム・クラウゼ所長はドイツの保守系有力紙フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)に寄稿し「1987年とは異なり、現在、プーチン大統領は、ゴルバチョフ氏が進めた政策を後戻りさせようとしている。こうした時代に、INF条約が欧州の安全を守っていると信じるのは、幻想だ」と述べている』、巡航ミサイルは条約締結当時にはなかった兵器だし、中国が入ってないなど確かに抜け穴が多いようだ。
・『東西冷戦の再来  抜け穴の多い条約とはいえ、米国がINF条約を離脱することが示す政治的なシグナルは大きい。1980年代にレーガン大統領(当時)は、「欧州では限定的な核戦争があり得る」と発言して西ドイツ市民に強い衝撃を与えたが、INF条約が消滅すれば、欧州の時計の針がその時代に戻ることを示す。 さらに2021年には、米ロが2011年に調印した新戦略兵器削減条約(通称・新START)の期限が切れる。米国がINF条約を離脱することで、ロシアが新STARTの延長を拒否する可能性が生じる。この場合、米ロは1960年代以来初めて、核兵器の廃棄や削減に関する条約を全く持たない状態となる。東西冷戦の再来という言葉は決して大袈裟ではない』、抜け穴が多いからといって、米国が先鞭を切って離脱することで、「米ロは1960年代以来初めて、核兵器の廃棄や削減に関する条約を全く持たない状態となる」というのは、深刻な事態だ。アメリカ・ファーストもいい加減にしてもらいたい。
・『ドイツの政治学者が核武装を提案  ドイツのハイコ・マース外務大臣は2月1日「ロシアがINF条約を守らないため、米国はこの条約から離脱する方針だ。INF条約の消滅は、欧州の安全を低下させる。我々は軍備拡大ではなく、より包括的な軍縮のための枠組みについて議論するべきだ」と語った。 マース氏が軍拡に反対する発言を行ったのは、欧州に核の傘を提供してきた米国でNATOに批判的なトランプ政権が誕生し、欧米間の連帯に亀裂が広がりつつある中、ドイツの核武装に関する議論が起きているからだ。 特に注目されたのは、ドイツの政治学者クリスティアン・ハッケ教授が2018年7月にドイツの月刊誌「キケロ」と保守系日刊紙「ヴェルト」に掲載した論文だ。ハッケ氏は「トランプ大統領はEUやNATOを批判する一方で、北朝鮮、ロシアなどの強権的指導者たちに接近するという、歴代の米国大統領には全く見られなかった異常な態度を示している」と述べ、米国の対外政策が根本的に変わったと指摘。 しかも教授は「トランプが将来、大統領の座から降りれば、全て元通りになると考えるのは甘すぎる」と警告する。米国は17年間に及ぶ対テロ戦争に疲弊しているので、将来別の人物が大統領になっても、欧州の防衛へのコミットメントを減らすと言うのだ。 「米国が欧州に提供する核抑止力が大幅に低下している」と考えるハッケ教授は、「ドイツは自国と欧州の安全保障を強化するために、独自に核兵器を持つことを検討するべきだ」と提案している。 ハッケ氏によると欧州では現在、ドイツが英国とフランスと核兵器を共同保有する可能性についても密かに議論が行われている。つまりドイツが英仏の核戦力の維持、研究開発のために資金を供与し、ロシアの脅威に対する抑止力にするという考え方だ。 だがハッケ氏はフランスのシャルル・ドゴール元大統領の「核兵器を国家間で共有するのは難しい」という言葉を引用して、英仏との核兵器の共同保有は現実的でないと主張している。確かにドイツにロシアの脅威が迫った時に、フランスがドイツを守るために核兵器を使うという保証はない。フランスがロシアの核による報復を受ける可能性があるからだ。 ハッケ教授は、「ドイツでは核武装についての論議はタブーとなっており、大半の政治家は『見ざる、言わざる、聞かざる』を決め込んでいる。だが米国の核の傘が消滅する可能性が強まりつつある中、ドイツは将来起こり得る危機に備えて、新たな軍事ドクトリンを持たなくてはならない」と主張している』、ドイツで部分的とはいえ、核武装論が出てきたとは驚かされた。
・『トランプ政権に強く失望  ハッケ教授は、米国と欧州の安全保障問題を専門としており、ハンブルクのドイツ連邦軍大学とボン大学で教鞭を取った経験を持つ。ドイツには冷戦時代から、NATOを柱とする防衛体制こそが欧州の安定の要だと考えて、米国との関係を重視する政治学者が多い。大西洋主義者(アトランチスト)と呼ばれる彼らは、いわばドイツの国際政治学界のメインストリームだ。ハッケ氏もその1人である。 彼の論文には、トランプ大統領がアトランチストたちの知る米国像を破壊しつつあることへの、強い絶望と怒りが表われている。ハッケ氏は他のインタビューでも「トランプ氏は出来るだけ早く大統領の座から降りなくてはならない」と発言している』、「彼の論文には、トランプ大統領がアトランチストたちの知る米国像を破壊しつつあることへの、強い絶望と怒りが表われている」、とトランプも罪作りなことをしたものだ。
・『ハッケ氏の核武装論について、政治学者の間からも反論が出ている。たとえばドイツ安全保障アカデミーのルドルフ・アーダム元会長は「キケロ」に投稿し、「ドイツが核兵器を保有したら、周辺国から激しい突き上げを食うだろう。ドイツが核拡散防止条約(NPT)から脱退したら、核兵器を持とうとする国が増えるに違いない。その意味でドイツの核武装は愚かで危険な選択だ」と述べてハッケ教授の主張に反駁した。アーダム氏は、ドイツが核兵器を持つことが、欧州での軍拡競争というパンドラの箱を開けることになると危惧しているのだ』、まだドイツの政治学者には健全な良識派もいるようだ。
・『ドイツに根強い反核思想  確かにハッケ氏の主張は、現実性に欠ける。たとえば東西ドイツ統一をめぐって米英仏ソの旧連合国が1990年にドイツと結んだ基本条約「2プラス4条約」は、東西ドイツが核兵器、生物兵器、化学兵器を保有することを禁じている。したがってドイツが核兵器を持つには、旧連合国と2プラス4条約の変更について交渉しなくてはならない。 さらにドイツは2011年に原子力法を改正して、2022年末までに原子力発電所を全廃すると決定している。核兵器を保有するためには、脱原子力政策を変更しなくてはならない。脱原子力については、右翼政党「ドイツのための選択肢(AfD)」を除く全ての政党が賛成しており、大多数の国民が支持している。ドイツではチェルノブイリ原発事故、福島事故によって、市民の原子力への不信感が増幅された。 1980年代にソ連が中距離核ミサイルSS-20、米国がパーシングIIを配備した時、当時の西ドイツで激しい反核運動が燃え上がった。現在ドイツでは環境政党・緑の党の支持率が20%に達し、社会民主党(15%)を上回っている。緑の党が1980年に結党された最大の動機は、欧州での核軍縮と脱原子力だった。つまりこの国の原子力に対する反感の根底には、核戦争への不安もある。 この国の市民を相手に、ドイツの核武装を提案する政党が議会で過半数を取ることができるとは思えない。シビリアン・コントロール(文民統制)を重視するドイツは、軍を連邦議会の強力な監視の下に置いている。現在の議会が、欧州における核軍備競争の引き金になりかねないドイツの核武装を承認するとは考えにくい。 AfDのように脱原子力政策の見直しを要求する過激な政党が過半数を取る事態は、今のところ想像しにくい。またドイツの核武装はロシアに敵対する行為だ。プーチン政権に好意的な党員を多く抱えるAfDの中で、ドイツの核武装に反対する勢力が現れるだろう』、ドイツの核武装には、旧連合国と2プラス4条約や国民の強い反核意識などの障害があるので、当面は非現実的と知って一安心した。
・『核武装論は欧米間の亀裂を浮き彫り  このようにハッケ教授の意見は、少なくとも今日のドイツでは少数派である。議論は政治学者やジャーナリストの間に留まっており、メルケル政権の高官たちも全く論評していない。 ただしこれまでタブーだったドイツの核武装論が論壇に浮上した事実は、ドイツの知識人の間で米国に対する不信感がいかに高まっているかをはっきり示している。NATOは一発の砲弾も撃つことなく、ソ連に勝った。その軍事同盟の主軸である米国が、欧州の安全保障体制の要を自ら揺るがしたことは、多くの欧州人たちが持っていた座標軸を急激に変えつつあるのだ。米国と欧州の離反は世界にとって危険な兆候である。ハッケ論文に価値があるとしたら、NATOが漂流する危険性を改めて世界に示したことだ。 メルケル首相自身、「我々は他者に頼らず、自分の運命を自分でコントロールしなくてはならない」と言ったことがある。もはや安全保障について、米国に頼ることはできないという意味を含んでいる。核武装という極端な道に走らなくても、EU諸国が自分の手で安全保障体制を構築しなくてはならないことは、事実である。EUの28の加盟国が、武器や弾薬の調達、新兵器の開発までバラバラに行っている現状を考えると、「欧州軍」の創設は夢のまた夢である。 欧州人たちが体験しつつある苦悩は、我々日本人にとっても対岸の火事ではない。我々はアジアでの安全保障についても過去の常識は通用しないことを強く認識するべきだ・・・』、「NATOが漂流する危険性」とは困ったことだ。トランプも、アメリカ・ファーストだけでなく、政策の波及効果も考えてもらいたいものだ。「EU諸国が自分の手で安全保障体制を構築」するのを見守りたい。

次に、米州住友商事会社ワシントン事務所 シニアアナリストの渡辺 亮司氏が2月25日付け東洋経済オンラインに寄稿した「トランプの「非常事態宣言」は憂慮すべき問題だ 社会の2極化の中、肥大化する大統領権限」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/267529
・『「大統領は国王のように振る舞ってはならない」。2019年2月18日、ニューメキシコ州のヘクター・バルデラス司法長官(民主党)は、トランプ大統領の非常事態宣言を権力の乱用であると批判した。ニューメキシコ州を含め民主党の司法長官のいる16州が同宣言に対し集団提訴を行っている(メリーランド州以外は州知事も民主党)。 ねじれ議会で政治がこう着状態に陥っていたオバマ前政権下でも、さまざまな政策が大統領令で実行されていたことから、当時、共和党はオバマ大統領を「オバマ王」と揶揄していた。そのときの状況にやや似ている。今日、同様にねじれ議会に直面しているトランプ大統領は選挙公約の「壁建設」を実現するために、非常事態宣言で追加費用の捻出を試みた。 建国の父が築いた3権分立において、非常事態宣言は、これまでも大統領による権力乱用の抜け穴となってきた。行政権が拡大しすぎることについて批判しているのは、専門家に限らない。社会の2極化が進む中、同宣言をトランプ大統領があからさまに政治利用したことで、2020年大統領選に向けて大統領の権力に対する懸念はますます議論の的になるだろう』、大統領の「伝家の宝刀」非常事態宣言についての貴重な解説だ。
・『「大統領」は君主制への批判から生まれた  アメリカ大統領の住居兼事務所であるホワイトハウスは「庶民の家(People’s House)」とも呼ばれる。地元連邦議員やホワイトハウス職員を通じて事前に予約すれば、外国人も含め誰でもセキュリティチェックを経た後にホワイトハウスを訪問することが可能だ。夕方になれば大統領や大統領の家族、ホワイトハウス職員が寛ぐ部屋などを、見学者は日中に歩き回ることができ、大統領を身近に感じられる。建国当初から、ホワイトハウスは国王が統治する宮殿ではなく、国民の所有物であり、国民が認める期間のみの大統領の仮住まいとして位置づけられているのだ。 君主制に反対したアメリカ建国の父は、3権分立制度を確立し、立法府、行政府、司法府に権限を分割し、均衡と抑制でお互いをけん制し合う仕組みを導入した。つまり、本来、大統領職は絶対的な権限を保持する役職として位置づけられていない。 大統領(President)の語源は、「前に着席している」という意味の“Praesidere”であり、“決定者(Decider)”ではない。1780年代、建国の父は憲法執筆の際、行政府の長の肩書きについて「国王(King)」とは呼ばないことは明確であったが、どのように呼ぶべきか悩んだという。目を引くものの、過度な権力を保持するものではないという意味の肩書きとして最終的に考え付いたのが「President」だったという』、「君主制に反対したアメリカ建国の父は、3権分立制度を確立し、立法府、行政府、司法府に権限を分割し、均衡と抑制でお互いをけん制し合う仕組みを導入した」とは、まさに民主主義の原点だ。大統領の語源は、ラテン語で「議長をするもの」、「統轄するもの」などで、確かに“決定者”ではないようだ。
・『2019年2月15日、トランプ大統領はメキシコとの国境の壁建設費用を計約80億ドル(議会承認の約13億8000万ドル含む)確保するため、非常事態を宣言した。民主党議員、一部の共和党議員、そして比較的リベラルな左寄りの米メディア各社などは相次いでトランプ大統領の行為を批判した。 非常事態宣言は国家非常事態法(NEA)で規定されている。大統領は同宣言を行うと、通常は議会が保有する権限や予算を利用することが可能となる。ニューヨーク大学法科大学院ブレナン司法研究所の調査によると、非常事態宣言によって大統領は法律に記載の123項目にものぼる新たな権限を得られるのだという。 アメリカが民主主義国家として始動した独立宣言からちょうど200年後の1976年、NEAは制定された。ウォーターゲート事件でリチャード・ニクソン元大統領(任期:1969~74年)が辞任した後であった。そもそもNEAはニクソン元大統領の非常事態宣言の利用について懸念を示した議会が、制定に動いたもので、本来は大統領権限を制限する意図があった。 だが、同法では大統領が非常事態宣言を行うこと自体には厳しい制限を設けなかった。その結果、NEA制定後も歴代大統領は不明瞭な大統領権限を利用し、さまざまな場面で議会承認を経ずに政策を実行してきた経緯がある。こうした中、議会も合意が難しい国内政策や責任を負いたくない外交政策などで、大統領に権限を事実上委譲してきた。ねじれ議会でトランプ大統領は今後ますます、外交や通商政策でその権限を行使するに違いない』、NEAは「本来は大統領権限を制限する意図があった」のに、「大統領が非常事態宣言を行うこと自体には厳しい制限を設けなかった」ために濫用気味になったとは、皮肉なものだ。
・『3権分立を蝕むアメリカ社会の2極化  アメリカ政治では予算権限は議会にある。「金力(Power of the Purse:財布の力)」と呼ばれる予算権限は3権分立において議会が保有する最重要任務だ。予算は議員が作成する法案に基づき議会が審議し、上下両院で可決後に大統領が署名して成立する。大統領は予算教書で方針を示す法律制定の勧告権はあるものの、法案を提出することはできず、予算教書は議会にとってあくまでも参考情報にすぎない。 議会が超党派で合意し、2月15日の大統領署名で成立に至った2019会計年度歳出法では、大統領がメキシコとの国境に「テキサス州の指定地域で約55マイルの杭のフェンス」を導入する約13億8000万ドルの予算のみ認めた。つまり、トランプ大統領が当初計画していたコンクリートの壁を議会は実質的に認めなかった。 トランプ大統領が非常事態宣言によって、議会が認めなかった障壁を独自に建設することは、議会の予算権限をないがしろにする行為と捉えられている。議会が配賦した軍隊向け予算が壁建設費に転用されることについて、タミー・ダックワース上院議員(民主党)は「大統領は軍隊から盗んでいる」と批判した。 2月22日、ホアキン・カストロ下院議員(民主党)をはじめ220人を超える下院議員が連名で非常事態宣言の不承認決議案を提出した。今後、下院に続き、上院でも過半数の支持を得て不承認が決議されると見込まれる。民主党が過半数を占める下院だけでなく、上院でも一部の共和党議員から大統領の権力乱用との不満が噴出しているからだ。2月15日、マイク・リー上院議員(共和党)は、「この機会に(議会は大統領に与えた)権力を取り戻し始めるべき」との声明を発表した。 だが、不承認決議に対し、大統領が拒否権を発動することは確実だ。その後、上下両院で大統領の拒否権を覆す試みがみられるかもしれないが、覆すために必要となる3分の2には達しないことが予想される。 上院では47人の民主党議員に加え、20人の共和党議員の協力が必要となるが、現時点、共和党議員で非常事態宣言に反対を表明しているのは8人にすぎない。さらに下院(欠員3人のため現在432人)では235人の民主党議員に加え、53人の共和党議員の協力が必要となるが、2016年大統領選の目玉公約であった壁建設に関わる非常事態宣言で、共和党内から大統領に反旗を翻す議員は、これほど多くはいないと思われる』、大統領の拒否権を覆すには、上下両院で3分の2が必要とは、確かに壁は高いようだ。
・『議会が拒否権無効で合意できず、司法判断へ  3権分立における議会の予算権限を保持するためには大統領の拒否権無効に合意するのが、議員にとって当然の行為と思われる。建国の父も、各府がそれぞれの権力を維持するために均衡と抑制を働かせることを、想定していた。 だが、多くの共和党議員が拒否権無効に賛成票を投じないのには、今日の社会の2極化が影響している。仮に現職議員が賛成票を投じた場合、落選リスクを高める自殺行為となりかねない。次回選挙の予備選で同じ共和党内から、もっとトランプ大統領寄りの対抗馬が登場することが予想されるからだ。つまり、各議員が自らの再選のためにはアメリカ憲法の根幹にある3権分立の精神に背くインセンティブが働くといった矛盾に直面している。 既にトランプ大統領の非常事態宣言に対し、各方面から訴訟が起きている。非常事態宣言を行う根拠となる緊急性に欠ける点や予算の利用方法などが追及されている。トランプ大統領自らが記者会見で「(非常事態宣言は)しなくてもよかった」と認めた。メキシコ国境を超える不法移民の人数は過去約40年の最低レベルまで下がっている。 そもそも非常事態を宣言するのにためらい、時間を要していたことからも緊急性に欠けることは明らかだ。大統領は議会が壁建設費用を捻出するのを待っていたというが、本来、議会を待つ時間がない場合に大統領は非常事態を宣言するものだ。 だが、前述のようにNEAは非常事態を宣言する絶対的な決定権を大統領に付与しているうえ、同法には「非常事態」の定義、そしてそれを満たす要件の記載がない。したがって、大統領が非常事態と決定すれば、裁判所はそれを尊重する傾向がある。今回のように明らかに緊急性に欠ける状況であったとしても、裁判所は大統領の判断に任せる可能性が大いにある。 2018年6月、イスラム教徒が国民の多数を占める国々からの人の入国を禁止するトランプ大統領の命令について、安全保障を理由に最高裁は合法との判決を下した。同様に、非常事態宣言についても司法判断は拡大解釈する可能性があって、どちらに転ぶか不透明だ』、NEAに「「非常事態」の定義、そしてそれを満たす要件の記載がない」以上、「裁判所は大統領の判断に任せる可能性が大いにある」というのはやむを得ないだろう。
・『大統領の権力拡大を考え直す機運も  「(トランプ大統領は)原因ではなく、症状だ」。オバマ前大統領は今日の政治環境について2018年9月、このように語った。トランプ大統領の非常事態宣言は、大統領権限が拡大しているアメリカ政治の問題を浮き彫りにしたとも言える。非常事態とは考えられない状況で、大統領が拡大解釈をして同宣言を行うことは、これまでも、特に外交政策の分野では、頻繁にあった。 ハーバード大学法科大学院のジャック・ゴールドスミス教授はその例として、次の2つを挙げる。キューバ空軍機が公海上空で米国の反カストロ派「救出に向かう兄弟たち」の飛行機を撃墜した事件をめぐって、1996年にクリントン大統領の行った非常事態宣言。そして、東アフリカのブルンジの政情不安をめぐる2015年のオバマ大統領の非常事態宣言だ。 前述のブレナン司法研究所によると1976年のNEA制定以降、7人の大統領が非常事態を計59件ほど宣言している(カーター:2件、レーガン:6件、ブッシュ<父>:5件、クリントン:17件、ブッシュ〈子〉:13件、オバマ:12件、トランプ:4件)。うち32件は現在も有効となっている。最も古い非常事態宣言は1979年のジミー・カーター大統領によるイラン人質事件をめぐるイラン制裁だ。だが、現在も有効な非常事態32件の中には、今や非常事態とはいえない案件もある』、「7人の大統領が非常事態を計59件ほど宣言している」、「うち32件は現在も有効となっている」、などには驚かされた。
・『以上のように歴代大統領も政治的に非常事態宣言を利用してきたものの、今回のトランプ大統領のように自らの政治基盤を満足させるためにあからさまに利用した前例はない。また、政治環境も最悪のタイミングであった。壁建設費をめぐる意見対立で米国史上最長の政府閉鎖を終えたばかりで、議会が認めなかったのに、非常事態宣言を利用するといったことは物議を醸している。 アメリカ社会の2極化が進む中、議会で法案を可決することはますます難しくなってきている。予備選で大統領候補は右寄りあるいは左寄りの選挙公約を余儀なくされる可能性が高い。政権発足後にそれを忠実に守ろうとするために、議会で真正面から政策の合意形成が難しければ、今後も非常事態宣言で安易に政策実行を試みることは大いにありうる。 つまり共和党にとって明日は我が身となる可能性がある。将来、民主党大統領が政治的理由で銃規制、気候変動、妊娠中絶、医療政策、移民政策などで非常事態を宣言するかもしれない。トランプ大統領はパンドラの箱を開けたかもしれないのである。壁建設は引き続き2020年大統領選の争点となる。今回の非常事態宣言をきっかけに、ニクソン政権後と同様に大統領の権力拡大にメスを入れる機運が高まる可能性もあろう』、「今回のトランプ大統領のように自らの政治基盤を満足させるためにあからさまに利用した前例はない」とはいっても、トランプ大統領に首根っこを抑えられた共和党議員たちが、「大統領の権力拡大にメスを入れる」とは考え難いとみるべきではなかろうか。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン トランプ大統領 熊谷 徹 (その40)(米国のINF条約離脱とドイツの核武装をめぐる議論 欧州と米国を割く亀裂の象徴、トランプの「非常事態宣言」は憂慮すべき問題だ 社会の2極化の中 肥大化する大統領権限) 「米国のINF条約離脱とドイツの核武装をめぐる議論 欧州と米国を割く亀裂の象徴」 中距離核戦力廃棄条約(INF条約) 中距離核はロシアに脅迫手段を与える 中距離核ミサイルは、NATOの動きを封じる重要な抑止力なのだ INF条約の政治的重要性 抜け穴が多かったINF条約 INF条約が潜水艦や航空機から発射される巡航ミサイルを対象としていない 中国がINF条約の締結国ではない 東西冷戦の再来 INF条約が消滅すれば、欧州の時計の針がその時代に戻ることを示す 2021年には、米ロが2011年に調印した新戦略兵器削減条約(通称・新START)の期限が切れる 米ロは1960年代以来初めて、核兵器の廃棄や削減に関する条約を全く持たない状態となる ドイツの政治学者が核武装を提案 クリスティアン・ハッケ教授 「米国が欧州に提供する核抑止力が大幅に低下している」と考えるハッケ教授は、「ドイツは自国と欧州の安全保障を強化するために、独自に核兵器を持つことを検討するべきだ」と提案 トランプ政権に強く失望 ドイツには冷戦時代から、NATOを柱とする防衛体制こそが欧州の安定の要だと考えて、米国との関係を重視する政治学者が多い。大西洋主義者(アトランチスト) ドイツの国際政治学界のメインストリーム 彼の論文には、トランプ大統領がアトランチストたちの知る米国像を破壊しつつあることへの、強い絶望と怒りが表われている ハッケ氏の核武装論について、政治学者の間からも反論 ドイツに根強い反核思想 東西ドイツ統一をめぐって米英仏ソの旧連合国が1990年にドイツと結んだ基本条約「2プラス4条約」は、東西ドイツが核兵器、生物兵器、化学兵器を保有することを禁じている 核武装論は欧米間の亀裂を浮き彫り 渡辺 亮司 「トランプの「非常事態宣言」は憂慮すべき問題だ 社会の2極化の中、肥大化する大統領権限」 3権分立において、非常事態宣言は、これまでも大統領による権力乱用の抜け穴となってきた 「大統領」は君主制への批判から生まれた 大統領(President)の語源 “Praesidere 君主制に反対したアメリカ建国の父は、3権分立制度を確立し、立法府、行政府、司法府に権限を分割し、均衡と抑制でお互いをけん制し合う仕組みを導入した メキシコとの国境の壁建設費用を計約80億ドル(議会承認の約13億8000万ドル含む)確保するため、非常事態を宣言 非常事態宣言は国家非常事態法(NEA)で規定 NEAはニクソン元大統領の非常事態宣言の利用について懸念を示した議会が、制定に動いたもので、本来は大統領権限を制限する意図があった 大統領が非常事態宣言を行うこと自体には厳しい制限を設けなかった その結果、NEA制定後も歴代大統領は不明瞭な大統領権限を利用し、さまざまな場面で議会承認を経ずに政策を実行してきた経緯 3権分立を蝕むアメリカ社会の2極化 不承認決議に対し、大統領が拒否権を発動することは確実 上下両院で大統領の拒否権を覆す試みがみられるかもしれないが、覆すために必要となる3分の2には達しないことが予想される 議会が拒否権無効で合意できず、司法判断へ 法には「非常事態」の定義、そしてそれを満たす要件の記載がない 大統領が非常事態と決定すれば、裁判所はそれを尊重する傾向 大統領の権力拡大を考え直す機運も NEA制定以降、7人の大統領が非常事態を計59件ほど宣言 うち32件は現在も有効 今回のトランプ大統領のように自らの政治基盤を満足させるためにあからさまに利用した前例はない
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