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日本の構造問題(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) [経済]

日本の構造問題については、1月22日に取上げた。今日は、(その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める)である。

先ずは、2月21日付け日経ビジネスオンライン「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00015/021200001/?P=1
・『「団塊の世代」など時代を切り取る数多くのキーワードを生み出した作家の堺屋太一さんが2月8日、亡くなりました。83歳でした。堺屋さんは1960年に旧通商産業省(現経済産業省)に入省後、大阪万博や沖縄海洋博の企画などに関わりました。経済企画庁長官も務め、戦後経済のプランナーとして活躍しました。 日経ビジネスは戦後70年の特別企画として2014年12月29日号の特集「遺言 日本の未来へ」で、戦後のリーダーたちが次代に遺す言葉を集めました。その中で堺屋さんは“遺言”として、「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」というメッセージを託してくれました。 インタビューで堺屋さんは戦後日本を振り返り、「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」と分析していました。 堺屋さんをしのび、当時の記事を再掲載します。堺屋さんは、「3度目の日本」を目指そうと私たちに語りかけています。 ご冥福をお祈りいたします』、時代を風靡した堺屋氏の遺言とあれば、必読だ。
・『私は戦時中、大阪偕行社小学校という、陸軍の将校クラブ「偕行社」の附属小学校に通っていました。当然、その学校は軍隊教育が売り物で、体罰を交えながら帝国不敗という信念を叩き込まれました。陸軍の退役少将だった校長は、「我が大和民族は極東尚武の民であり、帝国軍人は忠勇無双である。よって我が陸海軍は無敵、不敗」と生徒たちに教え込んでいました。「我が1個師団は、米英の3個師団に対抗できる」――。そういう訓示を朝礼のたびにしておりました。 私は昭和17年の4月に入学したものですから、毎日のように『軍艦マーチ』が鳴って、戦果とどろく臨時ニュースが入ってきていました。当然、日本が勝っている、と私たちは思っていました。 ところが、だんだんと戦場が日本に近づいてくる。入学した時には南太平洋のはるかかなた、ガダルカナルで戦っていたのが、やがてラバウルになり、ソロモン諸島になり。ひょっとしたら日本は負けているのではないかと、小学校2年生の時にはそんな感じを持つようになっていました』、小学校2年生ながら、主戦場の変化で負けに気付くとは、さすがだ。
・『やがて空襲警報が鳴るようになって、昭和20年の2月1日だったんですが、奈良県御所市に古い実家があったので、そこに疎開しようと考えている、と親父に連れられて校長先生に言いに行きました。そうしたら校長先生は、「おたくは8連隊の近所で帝国陸軍に守られているから大丈夫だ」と言うのです。それでも父は疎開させました。結局、6月1日の空襲で丸焼けになっちゃったんです。それでもしばらく焼けなかった間に、大八車で荷物を運べたのは有難かったと思います。 終戦は疎開先の奈良県御所市の旧宅で迎えました』、軍人あがりの校長の助言を無視して疎開させた父親の判断もさすがだ。
・『「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた  終戦間際のことで、今でも記憶に鮮明に残っているのは、私の知る限り、大阪市内では反戦運動や停戦を求めるような動きは全くなかったということです。勝っている時にもちょうちん行列や旗行列もあった、という記憶はありません。 大阪市民は冷めていたのかもしれませんね。もしくは、まあ、いい加減だったんでしょう。 昭和19年、つまり敗戦の前年の11月か12月、学校で教えられた通りに町で出会った陸海軍の将校に挙手の敬礼をしていた時のことです。初めの頃は「行儀がいい」とか、「かわいい」とか言う声があったのに、その頃には「あの子ら何をやっているんね。アホやな。兵隊はアホやで」と、聞こえよがしに語る人が増えていました。 だから、少なくとも大阪の中心街では、既に昭和19年の年末にはそういう雰囲気が漂っていたのです。負け戦を感じ始めていて、その感情を抑えきれなくなっていたのでしょう』、「大阪の中心街では、既に昭和19年の年末には・・・負け戦を感じ始めていて」、空襲が始まる前から既にそんな雰囲気になっていたとは初めて知った。
・『その当時とはどんな時代だったかというと、B29が時々10機ほどの小編隊で、近所にあった砲兵工廠に爆弾を投下していました。まだ絨毯爆撃は始まっていませんでしたが、物資はどんどんなくなって食糧難になりかけていました。徴兵検査で不合格になった人まで徴兵されるような時代で、町では「贅沢は敵だ」ということで防空演習が盛んに行われていました。 それで年が明けた3月、東京大空襲は3月1日ですが、大阪は13日に大空襲がありました。その頃からしゃかりきになって一億玉砕という人が出たんですが、私は疎開前の昭和20年1月、先生が「一億玉砕」ということを言い出したことを覚えています。私は一瞬考えて、「日本国民一億が玉砕したら、この戦争は負けではありませんか」と先生に聞いて、ぽかぽか殴られた記憶があります』、勇気ある鋭い質問をしたとは、さすが堺屋少年だ。
・『官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった  私がこうした戦争中の経験から今に思うのは、なぜ一億玉砕が言い出されたのか。これが官僚システムの恐ろしいところだ、ということです。官僚というのは、消去法で可能性のある道だけを探る。要するに、この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた。小学校の先生まで同じことを言い触れていた。 誰が考えても、一億玉砕したら日本は負けだということは分かっていたはずです。しかし、そういうことを言うと殴られる。それが、今の日本と非常によく似ている』、「官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった」とは言い得て妙だ。「今の日本と非常によく似ている」とは不気味だが、正論が押しつぶされる社会という意味であれば、理解できる。
・『官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている。要するに、日本は降参しないということですね。それで勝てないとなったら、玉砕という選択しか残らない。それを当たり前のように吹聴して、それ以外のものを異端分子としてみんなで弾圧する。それを普通の官僚がみんなやるという官僚システムの恐ろしさを、子供心に思ったんですね』、これは多分に後付けの理屈だとは思うが、「官僚システムの恐ろしさ」を的確に指摘している。
・『そういう私も大学を卒業すると官僚になりました。1960年のことです。その当時は成長一途でしたから、官僚の方針と日本の国益は一致していました。この状態が1980年まで続きます。私は幸いにも、その頃の日本の大事件にほとんど主体的に関わりました。 大阪万国博覧会、沖縄復帰、石油ショック、阪神大震災の復興。小渕恵三内閣で経済企画庁長官をしていた時の大不況。戦後の大事件の多くに傍観者としてではなくて主体的に関われたことは、非常に幸せだったと思います。そして、私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端でした。例えば、万国博覧会を提唱するなんていうのは、大異端だったわけです』、異端の仕事をこなしてきたからこそ堺屋氏も成長したのだろう。
・『佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った  印象深かったことの1つに、沖縄復帰があります。私は沖縄復帰の日に、沖縄開発庁那覇事務所に通商産業部企画調整課長という肩書きで行き、そこで観光開発をやることになりました。 1972年4月の初め、佐藤栄作さんに総理公邸でお目にかかった時に、「総理が取り返された沖縄はどうなったら成功なんですか」と、訊ねました。それに対して佐藤さんは、「人口を減らすな」とお答えになりました。 当時、沖縄の人口は96万人でしたが、復帰後の15年間で約4割まで減少するだろうと言われていました。それは、地域コミュニティーがほとんど崩壊することを意味します。だから「沖縄復帰は悲劇である」というような論調もありました。 それに対して佐藤さんは、人口さえ減らなければ、それは喜んで住んでいることを意味するんだ。だから人口を減らすな。こういう話でした。 それで沖縄へ行って、どうやって人口を保つかを考えました。その時、気がついたんです。戦後日本というのは、官僚が東京一極集中政策を猛烈な勢いでやっていたんですね。それで特に全国規模の頭脳活動、つまり、経済産業の中枢管理機能と情報発信と文化創造活動の3つは東京以外でしちゃいけない、ということになっていた』、「沖縄の人口を減らすな」と言った」佐藤元首相の指示は、ずいぶん重い課題だったようだ。
・『官僚が進めた東京一極集中の弊害  だから金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと。つまり、沖縄での頭脳活動は一切ダメというわけですよ。地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ。つまり、農業や製造業、建設業の現場になれ、というわけです。その代わりに東京はお米を高く買い、建設補助金をばら撒き、公共事業を盛んにするという仕掛けにしていたんですね。 そんな官僚が作った規制から外れているのは、観光業しかありません。それで沖縄で観光開発を打ち出し、海洋博覧会を契機に沖縄を訪れる観光客の数を10倍にしようという話を作ったんです』、東京一極集中自体は、命令ではなく、行政が大きな裁量を持っているので、ここに働きかけるには、「業界団体の本部事務局は東京」に自ずから集中したということだろう。
・『その時にお目にかかったのが、世界的な観光プロデューサーと言われたアラン・フォーバスというアメリカ人です。この人は、当時の日本で行われていた観光開発は全部間違っている、と言うんです。道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではないと。 じゃあ、観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス”だと言うんです。それは6つの種類がある。ヒストリー、フィクション、リズム&テイスト、ガール&ギャンブル、サイトシーン、そしてショッピングだと。この6つの要素のうち3つそろえろと言うんですね』、さすが「世界的な観光プロデューサー」だが、こうした意見を聞く耳を持った堺屋氏の度量の大きさもにも感心させられた。
・『沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった  それで結局、沖縄の観光開発では歴史にはあえて目をつむろうと考えました。当時、沖縄へ来る観光客のほとんどは「ひめゆりの塔」とか、「摩文仁の丘」とか、つまり戦争の悲しい歴史だった。それよりも、風光明媚を売ろうと。それで篠山紀信さんに撮影を頼んで、南沙織さんという若い歌手をモデルにして『美しき沖縄』という写真集を撮ったり、あるいはあえて批判精神に溢れる加藤登紀子さんや田端義夫さんに『西武門節』や『十九の春』という沖縄民謡を歌ってもらったり。そして最後に、沖縄は健康ランドというフィクションを流行らせた。プロ野球のキャンプは、その目玉です。 それで、沖縄に来る観光客の数は復帰前年には24万人だったんですが、それを10年間で10倍の240万人、1000万泊にすることを目標に掲げた。結局、14年かかりましたが、その後も観光客は増え続けています。 しかし、沖縄観光が成功する一方で、日本の青春もそこで終わったんです』、沖縄観光を成功させた功績は確かに大きいようだ。
・『「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず  そして石油ショックが来て、これで日本の青春が終わります。その後の10年を私は「紫雨の季節」と呼んでいるんです。温度は高いけれども、ロッキード事件が起こるなど何となく気色悪い。そんな時代が10年も続いたわけです。 この間に日本は、新しい産業、経済社会体制を作るべきだった。だけど、その時はまだイケイケどんどんの香りが高かったから、政治的にはロッキード事件など気色悪いことがあったけれども、経済的にはみんなまっしぐらに規格大量生産を追求していました。 日本万国博覧会の頃に、吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました。それを私は、「団塊の世代」と名付けたんですが、吉田さんは終戦直後に膨れ上がった人口がだんだんと年を取り重荷になるので、その時に備えなくてはならないとおっしゃっていた。しかし、それは当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた。 従って、海浜や沼沢を干拓し、離島や山間に道路を造って、いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです。人口過剰に対応するために、何としても土地を作らないといけない。このためには公共事業をばんばんやるべきだというような考え方です。田中角栄さんはその代表でしょう。それが、その後のバブルに繋がっていくんですね。 そもそも敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わっていました。戦争に負けたのは、アメリカの物量に負けたのだと。それが規格大量生産で高度成長を引っ張る原動力になっていました』、「団塊の世代」の契機が厚労技官の警鐘だったとは初耳だったが、それを聞き流して従来型の公共事業などを推進した政策ミスは、今にしてみれば重大だ。
・『規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった  実際、大阪万博は、日本が規格大量生産社会を実現したことを世界に知らしめた行事でした。1970年代は世界中がそうでした。しかし、その一方で70年代に世界の文明は転換します。きっかけは、ベトナム戦争でした。ベトナムで規格大量生産の武器で完全武装した米軍が、サンダルと腰弁当のベトコンに勝てなかった。なぜだということが盛んに議論されたんですね。その結論がまさに、規格大量生産の限界でした。アメリカで草の根運動や反戦運動が盛んになったのは、そうした文明の転換が背景にありました。 20世紀の技術というのは、大型化と大量化と高速化、この3つだけを目指していたんです。それでジャンボジェット機ができて、50万トンのタンカー船ができて、5000立米の溶鉱炉ができた。まさに、あらゆる分野で最高速度、最大規模の製品が生まれたのが、70年代でした。そこが限界だったんです。 それから以後、ジャンボジェットより大きな飛行機は、最近のエアバスの超大型機ぐらいまでありませんでしたし、50万トンのタンカーなんてもう造らなくなった。溶鉱炉も石油コンビナートも大きくなくなり、多様化の時代に文明が一気に変わったのです。 ところが日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた。アメリカやヨーロッパが文明を転換をしている間に、日本はひたすら規格大量生産を続けた。だがら、その間の80年代に輸出が猛烈に伸びたわけです。欧米と日本の文明のズレが、一時の繁栄をもたらしたんです。これが1つの日本の頂点、戦後の頂点ですが、それでそれが行き過ぎてバブルになって大崩壊した』、「大型化と大量化と高速化」が世界では終わっていたのに、日本が気づくのが遅れたというのは、その通りで、バブルとその大崩壊という大きな代償を払わせられたのは残念だ。
・『役人が国民の人生を決めてきた  私は最近、「3度目の日本」ということを言っているんですよ。1度目の日本は明治日本。明治維新で誕生した、軍人と官僚が専制した日本です。この日本は、ただひたすら「強い日本」を目指していました。 2度目の日本というのは、戦後日本。これは「豊かな日本」を目指しました。規格大量生産で、官僚主導で東京一極集中、終身雇用、年功賃金。社会は核家族で住宅は小住宅・多部屋式。生まれたらすぐに教育を受けさせ、教育が終わったら直ちに就職。就職したら蓄財をして、その後で結婚して子供を産んで、家を買って、老後に備えるために年金を掛けろと。 官僚が個人の人生設計まで全てを決めていました。それに従っていれば、それなりの中流になれた。いわゆるジャパニーズドリームですね。逆に、官僚が敷いたルートから外れると、とことん損をした。役人の言う通りに生きるのが良い国民で、それに反するのは悪い国民だと。だからニートとか、パラサイトとか、もう散々悪く言われるんですよ。 官僚が作った人生設計に従うと、教育年限が延びるに従って結婚が遅くなるわけですよね。その結果、人口減少がものすごく速くなった。今、日本はなぜ人口が減少しているかというと、24歳以下の女性で子供を産む人が非常に少ない。アメリカは1000人の女性のうちで140人が24歳以下で子供を産むのに、日本は40人しか産まない。この差が今の日本の人口減少の最大の理由なんです。これはもう、全部役人が決めたんですね。 頭脳活動に関わりたい人は、東京に住まなきゃいけない。地方では住めない。例えばマスコミであるとか、貿易関係であるとか、国際関係だとか、これは必ず東京へ来いというような、官僚の思うがままの日本をつくったわけです。一人ひとりの官僚はそんな大げさなことをしているつもりじゃないんだけど、全体としてはそういう官僚の意志が働いている。いわゆる、「大いなる凡庸」という状態になっている』、この部分についてはやや誇張もある気もするが、興味深い指摘ではある。
・『「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ  だから、今、日本がやらなきゃいけないのは、この官僚システムを壊すことです。 官僚は皆、ものすごい正義感を持っている。ちょうど戦争中の軍人が中国に侵略することも、真珠湾を不意打ちすることも、正義感を持ってやっていたのと同じように。この官僚の制度を破壊するというのが、3度目の日本です。 3度目の日本。それは、官僚制度ではなしに、本当の主権在民を実現する「楽しい日本」です。今、日本は「安全な日本」なんですよ。安全という意味では世界一安全です。だけど全然楽しくない。 例えばお祭りをやろうとしても、リオのカーニバルなんかでは何人も死ぬんですよ。そんな行事がいっぱいある。アメリカの自動車レース「デイトナ500」なんかもそうでしょう。楽しみと安全とを天秤にかけて、多少は危険だけどこの楽しさは捨てられない、というのが外国にはあるんですよ。 ところが日本は、どんなに楽しくても、少しでも危険があったらやめておけ、やめておけと、官僚が統制してしまう。それがマスコミや世間でも通っているんですよ。 安全だけでいいなら、監獄に入ればいい。それでもみんな入りたがらないのは、監獄には幸福を追求する選択性がないからです。その意味で、今の日本はまるで監獄国家とも言えるほどです。その監獄国家から、幸福の追求ができる選択国家にしなきゃいけない。そうすると、ベンチャーを起こす冒険心も復活する。この官僚主導からいかにして逃れるかが、これからの2020年までの最大の問題なんですね』、「今の日本はまるで監獄国家」とは言い得て妙だ。「官僚主導からいかにして逃れるか」が「最大の問題」というのには完全に同意する。ただ、私としては、官僚は狭義の官僚というより、民間企業にも根強く存在する官僚主義も含めた広義で捉えたい。

次に、元外資系アナリストで小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が3月8日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/269653
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。退職後も日本経済の研究を続け、『新・観光立国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行ってきた彼が、ついにたどり着いた日本の生存戦略をまとめた『日本人の勝算』が刊行された。 人口減少と高齢化という未曾有の危機を前に、日本人はどう戦えばいいのか。本連載では、アトキンソン氏の分析を紹介していく』、アトキンソン氏の主張は、鋭く深いので、このブログでもたびたび紹介してきたが、今回はさらに面白そうだ。
・『経営を「サイエンス」に変えよう  日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです。 日本以外の先進国ではこの30年間、できる限り経営をアートからサイエンスに変えていくべく、ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました。私がアナリストとして駆け出しだった1990年ごろと比べて今の時代は、データの種類は非常に多く、データの入手も簡単です。高度な分析も、パソコンで簡単にできるようになりました。 データそれ自体には、価値はありません。ただ単にデータを集めるだけではなく、仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります。 このような検証重視の動きは民間企業だけではなく、国の政策立案にも及んでいます。データに基づき仮説検証を行ったうえで政策を立案する方法は、evidence based policy makingといいます。 その方法は、とりあえずの仮説をデータで検証したうえで、シナリオ分析をし、客観性を強化していくというものです。人の感覚はデータを解釈するときや、データや分析をどう展開していくべきかを決めるときのみに使うことが基本となっています。データの結果を人間が見る、人の感覚をデータで確認する、この2つが重要だと思います。 一方、日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです。「俺はそう思わないから」という根拠のない理由で、物事を判断する経営者がまだまだいます。国にいたっては、evidence based policy makingに必要不可欠な統計があのような状況です。最近になるまで統計の誤りに気づくことができないほど、データを大切にしてこなかったのでしょう。 アートという言葉は「芸術」と訳されることが多いので、なんだかすばらしいことのように感じるかもしれませんが、データを無視した感覚だよりなので、こと現代の企業経営にはそぐわない古い考え方なのです。 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代でした。アートでもなんでもよかったのです。その成功体験を引きずって、「時代の幸運」を自分の経営手腕だと勘違いしている社長が多いと感じます。 しかし人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです』、私が知る限り、evidence based policy makingをしてきた日本人経営者は、セブン・イレブン会長だった鈴木敏文氏ぐらいで、彼我の差は誠に大きい。
・『意見を言う前に、データに当たろう  『日本人の勝算』を書きながら、海外と国内の分析・調査・検証のレベルの違いを改めて認識しました。118人のエコノミストの書いた論文やリポートに目を通したのですが、海外では経済の動向や経済政策が徹底的に検証されていることを痛感したのです。 例えば、最低賃金に関する論文を探して検索すると、腐るほどの数の論文が発表されていることがわかります。加えて、最低賃金を分析した一つひとつの論文を集めて、コンセンサスや分析の偏重をさらに分析したメタ分析もされています。 それに比べて、日本では最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます。 しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます。 本来であれば、最低賃金をいくらあげたら、何パーセントの労働者に影響が出て、どのくらいの数の企業が、どういう影響を受けるかを分析し、議論するべきところです。しかし、極論、感情論、感覚的な反論が多いので、議論が一向に建設的になりません。 一般の方がこういう反論をしてくる分には気にもなりませんが、経営者や社会的に影響力の大きい人が、この程度の低レベルの議論しかできないとしたら、それは大問題です。 こういう状況を目の当たりにし続けているので、私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言しているのです。 もちろん、データの裏付けもあります。世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません。一方、統計的な分析に長けているIMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位でした』、最低賃金引上げ論を主張している筆者には、日本人の反応がよほど腹に据えかねたのだろう。それにしても「日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言」、というのには完全に同意する。
・『書籍や本連載でも繰り返し強調しているように、日本のような大幅な人口減少問題を抱えている先進国はほかにありません。日本はまさに世界のどの国も経験したことのない、未知の世界に突入するのです。 このように先が見通せない時代では、経営者の果たすべき役割は大きくなり、同時に責任は非常に重くなります。人口が増加するという経営者にとっての追い風は一切期待できない状況が訪れるので、個々の経営者のスキルアップが不可欠です。 なぜならば、生産性を上げないといけないこれからの時代は、逆に、生産性が上げづらくなる逆風が吹き始めるからです。 国際通貨基金(IMF)がまとめている論文には衝撃的な事実が映し出されています。IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果が出ています。 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります。 40代の減少という逆風が吹き始めているので、生産性向上はそう簡単に進まなくなります。だからこそ、経営者の改革が必要で、彼らを突き動かす力強い政策が不可欠なのです』、「40代の減少という逆風が吹き始めている」というのは初めて知ったが、確かに深刻だ。
・『日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか  日本が今どんな状況に置かれているのかご理解いただいたところで、次に日本の経営戦略のどこに問題があるのかを検証したいと思います。 IMFがまとめた、1990年から2007年までの各国の生産性を見ると、1990年には世界10位だった日本の生産性は、それ以降低迷し、ほかの先進国と差が拡大してしまいました。つまり、この研究の分析期間がちょうど、日本の低迷が始まった時期と重なっているのです。 この研究は、生産性の向上の中身を分析しています。生産性は3つの要素に分解することができます。 1つは人的資本です。これは人間の数、働く日数、時間の投入などで計算することができます。 2つ目は物的資本です。簡単に言うと、設備投資、機械などへの投資です。1人の社員に対して、どのくらいの資本を設備投資などに使っているかを指します。 3つ目は全要素生産性です。全要素生産性は、人間と機械の使い方だけでは説明がつかない要素のことで、簡単に言うと生産性を計算して先の2つの要素を引いた残りです。 全要素生産性は説明が難しいのですが、技術、ブランド、デザイン、工夫、教育などだと捉えてください。工夫とは、人と資本の組み合わせを変えたり、ビジネスモデルをいじったり、ビッグデータを使ったりすることを意味しています。 同期間のG7のGDP成長率は2.1%でした。そのうち、人的資本によるものが0.5%、物的資本によるものが0.9%でした。 2.1%の生産性向上の中で人的資本と物的資本では説明がつかない0.8%が、全要素生産性による生産性の向上で、全体の4割弱を占めます。 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4%です。物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8%です。 ではなぜ、日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位です』、確かに全要素生産性の伸びが「G7の中で最下位」とは深刻だ。
・『日本で全要素生産性が伸びない2つの原因  日本で全要素生産性が伸びない原因は2つ考えられます。 原因1:高齢化  1つ目は、環境の問題です。同じIMFの研究では、高齢化の影響があるのではないかという仮説を示しています。 生産年齢人口に対する高齢者人口の比率と、全要素生産性の向上率との間に、強い相関関係が見られるようになりつつあると指摘しています(ただし、データがそろっておらず、まだ十分な検証はできていないので、あくまでも仮説だとされています)。 私は、この説はかなり的を射ているように感じます。高齢になればなるほど、若い頃のように工夫ができなくなるのは、どの国でも共通している傾向です。以前の記事でも指摘したように、高齢者はデフレを好み、若い人はインフレを好む傾向があるという分析結果とも合致しています。また年齢が高くなればなるほど保守的になり、若い人のように変化を好まなくなるものです』、「高齢化の影響」とは大いにありそうだ。
・『原因2:そもそも「苦手分野」だった  もう1つの原因が、そもそも日本では全要素生産性が相対的に低かったということです。このことを分析した研究も存在します。 日本の経営者は人を雇う、機械を買うなど、管理型の経営はうまいと思いますが、調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます。 とくに「日本人が大好きな『安すぎる外食』が国を滅ぼす」で紹介した「いいものを、安く、たくさん」のように、コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません。 つまり日本の経営戦略は優秀な人を多く、安く使う、機械を使うという単純な管理の領域を超えていないとも言えるのです。わかりやすく言うと、いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い。人的・物的生産性はいいのですが、デザイン性やブランド力が伴わなければ、全体の生産性は低いままになってしまいます』、松下幸之助の「水道哲学」がいまだに大手を振るっているように、日本人にはデザイン性やブランド力は苦手のようだ。
・『一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない  ここ数年、日本で生まれた商品が、かつてのウォークマンのような世界的なヒットになることはほとんどなくなってしまいました。一方、日本企業はすばらしい部品を作っていて、iPhoneなどでも盛んに使われています。そういうすばらしい部品を手に入れやすい状況にあるにもかかわらず、世界的にヒットする最終商品を作れていないというのは、まさに人的・物的な生産性が高く、全要素生産性が低い最たる証拠です。 人口減少が加速する日本では、今後一部の企業だけが頑張っても、どうにもなりません。日本全国、津々浦々の企業に生産性向上への貢献をしてもらわないと、年金や社会保障費の捻出ができなくなります。それには、最も難しいと思われる全要素生産性の向上が不可欠になります。 先ほども説明したとおり、アベノミクスは40代の人口構成比が増えるという、誰も気がついていなかった追い風が吹く中で進められてきました。結果として、一定の成果を収めてきたのは事実です。しかし、これからは全面的に逆風が吹きます。正に正念場を迎えつつあるので、経営者改革は待ったなしです。 もちろん、いくら「経営者を改革すべし」と訴えても、政策が伴わなければ「お題目」にすぎません。だから私は、継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張しているのです。この政策は、日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策なのです』、説得力溢れた主張で、諸手を挙げて賛成したい。
タグ:東洋経済オンライン 万国博覧会 日経ビジネスオンライン デービッド・アトキンソン 日本の構造問題 『日本人の勝算』 (その11)(堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」、「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める) 「堺屋太一氏の遺言「2020年までに3度目の日本をつくれるか」」 「団塊の世代」 戦後経済のプランナー 「遺言 日本の未来へ」 「官僚主導の日本を壊し、『楽しい日本』をつくろう」 「敗戦で日本人のメンタリティーは、物量崇拝と経済効率礼賛に180度変わった」 「欧米が文明を転換している間に、日本はひたすら規格大量生産を続け、それが一時の繁栄をもたらし、バブルとなって大崩壊した」 「兵隊はアホやで」と大阪市民は冷めていた 官僚システムの行き着いた先が「一億玉砕」だった この戦争は勝てない。しかし、日本は降参しない。そうすると玉砕よりほかはない。だから悪人でもアホでもない軍人や官僚が、真剣に一億玉砕だと言っていた 官僚システムというのは、自分の官僚としての権限、立場、既定の方針などが変わらないことを前提としている 私がやった仕事の多くは、官僚機構としては異端 佐藤栄作総理は「沖縄の人口を減らすな」と言った 官僚が進めた東京一極集中の弊害 金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと 地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ 世界的な観光プロデューサー アラン・フォーバス 道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではない 観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス” 沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった 「団塊の世代」の警鐘、聞き入れられず 吉田寿三郎さんという厚労技官が来られて、戦後ベビーブーマーの問題が大変なことになると警鐘を鳴らされました 当時の厚生労働省では完全に少数意見で、むしろ日本の最大の問題は人口過剰にあるという見方がまかり通っていた いかにして可住地を広げるか、これが最大の課題だと言っていたわけです 規格大量生産時代が終焉。しかし日本は変わらなかった 日本は、その後もまだ高速化、大型化を志向し続けた 役人が国民の人生を決めてきた 「3度目の日本」 「楽しい日本」を目指し官僚システムを壊せ 「「データ苦手な人」には経営者になる資格がない これから「生産性向上」には逆風が吹き始める」 経営を「サイエンス」に変えよう 日本経済がこれほどまで長きにわたって低迷し続けている最大の理由は、経営戦略が間違っているからです ビッグデータの活用をはじめ、調査分析能力の向上に努めてきました 仮説を立て、分析・検証をしたうえで戦略を立案・実行するという経営スタイルがすでに一般的になりつつあります evidence based policy making 日本ではいまだに多くの経営者にとって、経営は「アート」のままです 人口が激増している時代は、管理さえしっかりとやれば、誰が経営者になっても成功する可能性が高い時代 人口減少時代には、もっと高度な経営が求められているのです 意見を言う前に、データに当たろう 最低賃金の引き上げを提案すると、「最低賃金を上げたら、韓国のようになるぞ」とか、数パーセントの従業員にしか影響しないのにもかかわらず、「中小企業の大量倒産が起きるぞ」といった、実に幼稚な反論が返ってきます しかも、こういう幼稚な反論が、経営者や社会的に影響力の大きい人からも上がってくるので、いつもびっくりさせられます 私は日本の生産性が異常に低い問題の原因は、労働者ではなく、経営者をはじめとした指導者にあると断言 世界経済フォーラム(WEF)の分析によると、労働者の人材評価は世界第4位なので、労働者に問題はありません IMDによる「IMD World Talent Ranking 2017」によると、日本の経営者ランキングは、機敏性が63カ国中第57位、分析能力が第59位、経営教育を受けたことがある割合が第53位、海外経験が第63位 IMFの分析では、年代別に見ると40代の社員の生産性が最も高く、労働人口に占めるこの世代の割合が高くなればなるほど、その国の生産性が高くなるという結果 日本では、2015年までこの世代の割合が増えていたので、ちょうど第二次安倍政権が始まったころから、生産性が上がりやすい状況にありました。しかし、これからはこの世代の占める割合が減るので、状況はマイナスに変わります 日本の経営戦略の問題点はどこにあるのか 日本も、人的資本では他国に負けているわけではありません。とくに労働市場への参加率を高めてきたことによって、生産年齢人口が減っても、労働人口は増えています。G7の平均成長率0.5%に比べ、日本は0.4% 物的資本の増加率もG7平均の0.9%に比べ、あまり変わらない0.8% 日本の生産性が先進国最低になってしまったのか。その原因は全要素生産性にあります。G7平均の0.8%に比べて、日本はたった0.2%で、G7の中で最下位 日本で全要素生産性が伸びない2つの原因 高齢化の影響 そもそも「苦手分野」だった 調査や分析に基づき、企業のあり方などに自ら進んで変化を起こすことが、とくに1964年以降あまりうまくなかったように見受けられます コストを下げることは上手であっても、付加価値を高めることに関しては、これまでの歴史を紐解いても、芳しい実績はあまり見つかりません いいものを安くは作れるけれど、ダサいのです。機能性を重視するあまり、デザイン性、ブランド力が弱い 一部の企業が頑張るだけでは、日本はもたない 継続的に最低賃金を上げていくべきだと主張 日本全国津々浦々の経営者に生産性を上げさせる「プレッシャー」をかけて、彼らを動かすことができる、唯一の政策
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