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高齢化社会(その8)(中年になったら勉強してはならない 知識の加工と応用で脳を刺激せよ、“金八先生”の脚本家 60歳で海外ボランティアを始めた理由、定年男性の新形態 パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる) [社会]

高齢化社会については、昨年8月1日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その8)(中年になったら勉強してはならない 知識の加工と応用で脳を刺激せよ、“金八先生”の脚本家 60歳で海外ボランティアを始めた理由、定年男性の新形態 パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる)である。

先ずは、受験アドバイザー、評論家(教育・医療、政治・経済)、精神科医の和田 秀樹氏が昨年11月19日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「中年になったら勉強してはならない 知識の加工と応用で脳を刺激せよ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/report/16/122600095/111500041/?P=1
・『私の尊敬する英文学者、外山滋比古先生の名著『思考の整理学』が再び注目され、3万部以上の増刷になったという。文武両道で知られる、中日ドラゴンズに入団が決まった根尾昂選手の愛読書として紹介されたからだそうだ。 この本は、既存の知識に頼らず、自分で考えることの大切さを書いた名著で、東京大学の生協でも10年間で7回も文庫売り上げ1位に輝いている。実際、この本に書かれたような形で頭を使うことで脳が若返るようで、外山先生は、90歳をすぎても矍鑠(かくしゃく)としておられる。 実は、この外山先生と『文藝春秋』誌の対談でお話をさせていただくことがあった。「定年後の勉強法」というのがテーマで、対談が始まるなりいきなり外山先生は「定年後になってまで勉強してはいけない」と仰ったのには面食らった。 その対談で外山先生の考え方をそれなりに理解し、著書も読ませていただいた。その後も私なりに旧来型の勉強をしないで、頭がよくなる方法を考えてみた。そして、中年以降は、その方が大切だと思えるようになった。 今回は、私が考えた「勉強しない勉強法」について話してみたい』、現在は高齢者の勉強がブームだが、「定年後になってまで勉強してはいけない」というのには私も「面食らった」。
・『中年以降は通常の勉強をしてはいけない  この対談の中で、外山先生は次のように仰っていた。 「受験勉強のように目標のあるものは励みやすいが、机上の知識より、その先に何をするかこそが知的生活」「子どもが文字を覚えるならいざ知らず、いまごろになって知識をインプットしてもそんなに楽しいものでない」「文字の方が優れていると思いがちだが、話し言葉の方が刺激的。相手の反応がある。人に聞いてもらえるように話すことで頭を使う」「自分の経験から新しい知恵を生み出し、嫌な目に遭ったらぱっと忘れて前を向く。こうして脳の新陳代謝を活発にする」(『文藝春秋』2011年6月号から抜粋要約) 要するに、知識注入型の勉強からアウトプットへ移行し、知識や経験を加工・応用して新しい知恵を生み出せということだ。 これはいろいろな意味で至言である。 一つは時代の変化である。 スマートフォンを持ち歩いて、どんな言葉でも概念でも検索できるのであれば、知識をいちいち覚える意味が大幅に低下する。知識をそのまま披露しても、その相手がスマホでもっと深い情報を検索してしまうこともある。Wikipedia以上にわかりやすかったり、面白いものでないと聞いてももらえない。 昔は米国などに留学したり、読書で知識を仕入れたりし、人並み以上の知識を持つことができれば、十分社会で通用したし、テレビのコメンテーターや大学の教授にすらなれた。今は、知識の価値が相対的に落ちたのは間違いない』、言わんとすることが、「知識注入型の勉強からアウトプットへ移行し、知識や経験を加工・応用して新しい知恵を生み出せ」というのであれば、強く同意できる。
・『前頭葉の萎縮は40代から  二つ目は、脳の老化予防という観点である。 人間の脳では記憶を司る海馬の老化よりずっと早い40代くらいから前頭葉の萎縮が目立ち始める。 難しい本を読んでも通常は側頭葉しか刺激されず、難解な数学の問題やパズルに取り組んでも頭頂葉しか鍛えられないとされている。ただ、この側頭葉や頭頂葉の機能は高齢になっても意外に保たれ(だから年をとっても難しい本は読める)、ルーティンワークは知的専門職でも続けられるし、知能テストの点数は案外維持できる。認知症でも初期には、ほとんどこれらの機能が落ちないのだ。 それに対して、前頭葉というのは、クリエーティブなことに取り組んだり、想定外のことに対応する際に用いられる。 知識を詰め込むより、これまでに経験したことのないような体験をしたり、既存の知識を用いてクリエーティブなことをしたり、自分の考えをアウトプットして意外な反応を受けるなどした方がはるかに前頭葉の老化予防になるはずだ。 三つ目は記憶への悪影響だ。 現代の脳科学では、記憶は忘れるのでなく、書き込まれているが引き出せなくなっているという考え方が有力だ。だから、10年ぶりにある場所を訪ねてみて、行ったことのある場所を見ると、「あ、この店まだやっているんだ」と思い出す。これは忘れているのではなく、脳にその記憶が書き込まれているのに、その場に再び行くまで引き出すことができないために生じる現象と言っていいだろう。 だとすると、余計な上書きをすればするほどかえって肝心なことが思い出せなくなることを意味する。これまでの書き込みが多いのだから、歳を取れば取るほど引き出す努力をした方が、使える(引き出せる)知識が増えることになる。 ということで私は外山先生の意見を支持したい。要するに旧来型の勉強をすることでかえって脳に悪く、頭が悪くなってしまうのだ』、その通りなのかも知れないが、「人間の脳では記憶を司る海馬の老化よりずっと早い40代くらいから前頭葉の萎縮が目立ち始める」ということで、前頭葉に焦点が当たったようだ。しかし、「海馬」についても、「歳を取れば取るほど」ちょっと前にしたことを忘れるといった短期的な記憶力だけでなく、人の名前が出てこなくなるという長期的な記憶力も衰えてくるのも大きな問題で、これに触れてないのが残念だ。
・『大学が教えないトレーニングを  知識のアウトプット以上に重要なのは、知識の応用や加工、あるいは知識を疑う姿勢である。 これを持たない人が多いから、日本だと偉い人の言った学説やマスコミが流す言辞を素直に信じる人が多いという印象がある。 これは日本の大学以降の教育に問題があるからだと私は考えている。 確かに欧米の教育では、初等中等教育で、プレゼンテーションが盛んだし、ディスカッション型の考える教育も行われるが、やはり原則は、知識を教え込んだり、計算練習などをさせるのが基本だ。むしろ80年代に日本が台頭してきた時期に、米国や英国などでは日本型の教育を見習う方に舵が切られたくらいだ。 ただ、大学教育は日本と違う。これまで習ってきた知識を疑ったり、それを加工応用するようなトレーニングが盛んだ。 ある事柄について偉い学者の解説を受けた時に、欧米では、初等中等教育しか受けていない人は「そうだったのか」と反応するが、大学以上の高等教育を受けている人は「そうとは限らない」「ほかの考えもあり得る」とディスカッションを仕掛けてくるはずだ。日本では、大卒以上でも「そうだったのか」になってしまうのが問題なのである。 実際、前述のように日本の高校までの教育は、多くの国が教育改革のモデルにしたが、大学教育のモデルを日本にしたという話はほとんど聞かない。アジアなどの優秀な留学生も、はるかに授業料が高い(その上、学生のビザではアルバイトもできない)のに米国に流れることが多い。 要するに大学で先進国とかけ離れた知識習得型の教育を受けさせられた人が珍しくないために、日本人は知識を疑ったり、加工したりという習慣を持つ人が少ない。逆に勉強というと、読書や資格試験対策のように知識習得型だったり、定説を信じ込むようなものをイメージする人が多い。 そして、クイズ番組で強いような知識の豊富な人間を頭がいいように思いがちだ。認知心理学における思考力というのは、知識を用いて推論する能力と考えられるが、知識が豊富でも推論がきちんとできなければ、通常は頭のいい人間とみなされない。 たとえば知識が豊富な芸人が、それを加工して面白い漫才ができないのであれば、決して頭がいいとはされないのだ。 物知りの割に話がウケない自覚のある人は要注意だ。 ただ、この手の能力は、意識して、トレーニングしていれば年をとってからも身に着けられる。逆にいうとそれができない人が多いので、できるだけで相当に頭がいいとみなされる。 東大では知識を疑い、加工する方法を教えることが少ないから、外山先生の本が東大で売れるのだろう。大学で教えてくれないなら、その手の本を読んで、「思考」の習慣をつけている。あるいは、外山先生も実践しておられるように知的な人と、知識のひけらかし合いでない建設的な会話ができれば、知識を疑ったり、加工して新たなものを生み出す能力は高まるはずだ』、日本の大学教育のお粗末さやそれに伴う悪弊はその通りだ。私も大学で教えていた時には、なんとか双方向の授業にしょうと悪戦苦闘したが、学生からの質問・意見の少なさには心底がっかりした。
・『勉強しないで脳の老化を予防する  このように、読書をすることや資格をとることで満足するのでなく、自分の知識や体験を上手にアウトプットしたり、それを加工することが、中高年以降の重要な勉強だと私は信じるようになった。 みんなが知っていることより、人とは違うかもしれないが、自分自身の考えを持ったり、ただ、知識を入力するのでなく、人に話せるレベルにまで知識を理解し、かみくだくようにするというようなことだ。 読書自体は否定しないが、新しいことを知れたとか、定説を知れたということで満足するのでなく、知識の幅を広げることで思考の幅が広がる、つまり一つの説だけで満足するのでなく、いろいろな説を読んで、世の中には多様な考え方があるし、先々どう答えが変わるかわからないというようなスタンスを持ちたい。 特に要注意なのは、特定の著者や学説のファンになって、それしか読まなくなることだ。気分はいいだろうし、知識も増えた気がするかもしれないが、これでは前頭葉は恐らく活性化しない。右派の考えを持つ人なら左寄りの本を、左の人なら右の雑誌をという形で、いろいろと反論が思いつくような読書をした方がよほど前頭葉には刺激的だ。 このように前頭葉を刺激するような、勉強しない勉強、つまり知識を入れるより、自分の知識を加工、応用する勉強をすることは、前頭葉の老化予防になるだけでなく、その機能水準も上げていくはずだ。日本人の場合、大学で前頭葉を使う教育をろくにせず、企業でも前例踏襲が珍しくないので、元々の前頭葉機能が低い人が少なくないように思われる。ただ脳の予備力を考えると、トレーニングですぐ上がるはずだ。 前頭葉機能が向上すると、意欲が高まる。前頭葉を若く保つことが体や脳のほかの部分を若く保つことにつながる。 アウトプットについては、現在の方がはるかに有利だ。昔は自費出版で一冊の本を出すのも費用も含めて大変だったが、今は自分の言いたいことや、経験や知識をわかりやすくまとめてアウトプットするのに、インターネット空間はいくらでも使える(うつ病の体験をまとめてブログにしてサラリーマン時代の年収の3倍になった人もいるという)。賢い仲間を探すSNS(ソーシャルメディア)も豊富だ。 炎上を怖がる人が多いが、私の見るところ、自分の偏見や自分の学んだ知識に凝り固まった人、つまり前頭葉機能の低い人が批判の声を上げているようだ。むしろ、そういう人の感情を刺激するほど自分の考えが斬新だったと誇っていい。 この手の勉強しない勉強のテクニックについては、拙著『60歳からの勉強法』(勉強しない勉強法というタイトルで出したかったが出版社が脳の老化予防を強調してこのタイトルに変えられてしまった)を参照されたい』、「日本人の場合、大学で前頭葉を使う教育をろくにせず、企業でも前例踏襲が珍しくないので、元々の前頭葉機能が低い人が少なくないように思われる。ただ脳の予備力を考えると、トレーニングですぐ上がるはずだ」というのは心強い。このブログもいささかなりとも「脳の老化予防」に役立ってくれてほしいものだ。

次に、12月25日付け日刊ゲンダイ「“金八先生”の脚本家 60歳で海外ボランティアを始めた理由」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは小山内美江子氏の回答)。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/244157
・還暦後 ヨルダンの難民キャンプへ飛んだ  人生100年時代といわれる昨今だが、「終活なんてまだまだ早い!人生は還暦から!」(ヨシモトブックス)という本を上梓した著者・小山内美江子さんは88歳。「3年B組金八先生」のシナリオライターとして広く知られているが、60歳の時に海外でボランティア活動を開始。11月にもカンボジアに行くなど意気軒高だ。さまざまなニュースに触れるたびに、今の日本に「待った」をかけたくなることもしばしばある、という。その思いを聞いた。 Q:「還暦後の生き方を本気で考えてみる必要があるのでは」と本の中で書かれていますが、60歳でボランティア活動を始めたきっかけは何だったのですか。 A:還暦を迎えた1990年に介護をしていた母を亡くしました。息子はすでに独立。私の第二の人生は「自分の時間とお金は自分のために使う」と決めました。この先、今までやれなかったことをやろうと。その矢先に湾岸戦争が起こり、イラクから命からがら逃げてきた人々が集まるヨルダンの難民キャンプのことを知って現地に飛び、それが海外ボランティアの第一歩でした』、母親の介護から解放されて、海外ボランティアに飛び込むとは驚くべき行動力だ。
・『Q:湾岸戦争では130億ドル(約1兆7000億円)の巨額の資金を出したのに、「日本はカネは出すが血も汗も流さない」「日本人の顔が見えない」とバッシングされました。 A:日本は憲法で、武器を持ち、海外に出て戦うことを禁じられている。代わりに資金面で貢献した。それでもバッシングを浴び、「誰の血も流すのはイヤだが、汗なら流せる」「日本人の顔を見てもらいたい」という気持ちでヨルダンへ行ったのです。 Q:それが88歳になってもカンボジアやネパールなどで学校をつくる活動につながっているわけですね。 A:代表理事を務める「JHP・学校をつくる会」は今年で節目の25周年を迎えました。学生ボランティアなどと一緒にカンボジアやネパールなどで約400校の学校をつくりました。そうした活動が人生を豊かにしてくれています。芸能界にもどんどん支援の輪が広がり、25周年記念の集まりには女優の藤原紀香さんやバイオリニストの天満敦子さんも参加してくれました』、「25周年を迎え・・・カンボジアやネパールなどで約400校の学校をつくりました」というのには頭が下がる。
・『新しいチャレンジに年齢は関係ない  Q:いろいろな方の支援、協力があるわけですね。 A:60歳の時に1部上場企業の社長をキッパリと辞めて退職された方が会の理事を務めています。夫婦2人が食べられればいいと、それからずっと無給で会の活動を手伝っています。76歳ですが、我が道を行くという感じです。年齢は関係ない。人はいくつになっても学ぶこと、得ることはたくさんあります。新しいチャレンジを恐れることはありません』、海外ボランティア活動には、寄付金募集能力だけでなく、実務能力も必要になる筈だが、「会の理事」にはうってつけの人が協力してくれているようだ。
・『Q:戦争を経験され、海外でボランティア活動をされている小山内さんの目には、今の日本はどう映っていますか? 安倍内閣になってから集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、日米合同で離島上陸訓練も行われている。特に最近は憲法改正が盛んに取り沙汰されていますが……。 A:戦争が終わって新しい憲法ができたときに本当に感動しました。二度と戦争をしなくていい、人を殺さなくていい、殺されなくていいのだと。それが今は世の中が戦争に向かっています。私の兄も2年前に亡くなりましたが、(戦争を知る)私たちの世代もいずれは死んでいく。だからこそ私たち生きている人間が言わなければいけない。生きていれば、アンネ・フランクや沖縄戦で亡くなったひめゆりの塔の女子学生は私と同じ年齢です。過去を将来に生かせるのは人間だけです。 Q:戦争放棄した「憲法9条を世界遺産に」ということも書かれていますね。 A:それはスペインの方からそう言われました。ヨルダンでもボランティア活動をしたときには、現地の中尉の方が「日本国憲法は9条を持っていることが素晴らしい」と力説していました。日本国憲法は海外からも高く評価されています。9条は絶対に改正してはいけません』、戦中派の「過去を将来に生かせるのは人間だけです」との熱い思いが行動の原点のようだ。
・『憲法前文は素晴らしい文章 だからドラマで生徒に読ませた  Q:「3年B組金八先生」のドラマの中で中学生に憲法前文を読ませるシーンがありました。 A:20年くらい前ですね。憲法前文は素晴らしい文章です。小学校から教えたらいいと思う。金八先生の中で生徒に読ませたのも同じ理由です。ドラマの中で憲法の前文を生徒に読ませるなんて前代未聞のこと。放送後、視聴者からどんな反応があるのかとディレクターなどが局に残って電話を取った。でも、抗議は3件だけだったそうです。 Q:国会の前でプラカードを掲げてデモもしたそうですね。 A:4、5年前の11月だったでしょうかね。憲法改正反対が一番の目的でした。霞が関の外務省の角のところにいたのですが、地下鉄からどんどん人が降りてきた。こんなに熱い人たちがいるのだと思いましたね。 Q:そうした思いは憲法改正に前のめりになっている安倍首相には伝わっていないようですね。世論調査でも9条改正反対の意見が多いのですが……。 A:本来なら憲法を守り、憲法を一番大事にしないといけないのは日本の首相の安倍さんのはずです。昨年、「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」がノーベル平和賞を受賞。事務局長が来日。安倍さんに面会を求めましたが、安倍さんは会わなかった。なぜ会わないのか。唯一の戦争被爆国なのに、日本は国連の核兵器禁止条約にも署名していない。安倍さんはトランプ大統領と仲良くしている。それはいいのですが、モミ手ですり寄っていいヤツだと思われている。だから武器を押し売りされて、次から次へと戦闘機や武器を買っている。そのお金は税金です。国民にきちんと説明しているのかと思います』、安倍首相がICAN事務局長と面会しなかった理由を「日本が核の傘の下にあるから」と説明したが、「核の傘の下」にあっても核兵器廃絶を願ってもいい筈で、苦しい言い訳だ。
・『安倍首相には父晋太郎さんにあった涙がありません  Q:国民に説明しないということでは防衛省や財務省の公文書隠蔽問題が起きました。 A:昨年、稲田防衛大臣(当時)が南スーダンのPKO(国連平和維持活動)の自衛隊の日報の中で「戦闘」という表現があるのに、「戦闘ではない。武力衝突である」と国会で答弁しました。PKO派遣条件のひとつが「非戦闘地域」であることから、そう言ったのでしょう。かつて同じようなことがカンボジアでもありました。1993年、日本で初めて本格的に参加したPKOで、文民警察官の高田晴行さんが銃撃で亡くなったが、その経緯の詳細は分からない。公開されていないのです。これでは都合の悪いことは隠す、ごまかすという戦争中と同じです。 Q:自民党の杉田水脈衆院議員が、LGBTのカップルは子供をつくらないから生産性がないなどと寄稿。批判を浴びました。 A:戦争中は国が国民に産めよ、増やせよと言っていました。それと考え方は同じです。政治家といえば麻生財務相もひどいです。食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているヤツの医療費を俺たちが払っている。無性に腹が立つみたいな発言を先日もしていました。とんでもないことです。病気になりたくてなる人はいないし、誰でもいつ病気になるか分からない。だから国民皆保険で支え合う。アメリカでもオバマ前大統領が国民皆保険制度をつくりました。糖尿病も最近は貧困層ほどかかる率が高いという研究も多数あると聞きますよ。 Q:人を思いやる気持ちに欠ける政治家が増えたということでしょうか。 A:1984年から85年にかけて干ばつでエチオピアが大飢饉に見舞われました。約100万人が亡くなったそうです。当時、外務大臣だった安倍首相の父親の安倍晋太郎さん(故人)は84年の11月にエチオピアを訪問。救援キャンプ3カ所を視察して回りました。現地の状況をつぶさに見た晋太郎さんは「人はこんなにもか細くなるのか。今こそ国際社会が救済に立ち上がらなければ」と言葉を詰まらせ、涙を流した。帰国して国会でも演説し、さらなる援助につなげました。安倍首相には父・晋太郎さんにあった「涙」がありません』、「文民警察官の高田晴行さんが銃撃で亡くなった」経緯の詳細は未だに未公開という隠蔽体質には呆れ果てる。「安倍首相には父・晋太郎さんにあった「涙」がありません」というのは言い得て妙だ。

第三に、家族問題評論家・エッセイストの宮本まき子氏が2月14日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「定年男性の新形態、パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/193864
・『「団塊の世代」の男子らが定年を迎え、高齢者となった。彼らはかつての定年男性のように、熟年離婚を迎えたり、「お座敷豚」や「粗大ごみ」「濡れ落ち葉」となって妻や家族から嫌がられるようなヘタは打たない。その代わり、パソコンの前での「お地蔵さん」現象という「新形態」へと進化して、顰蹙(ひんしゅく)を買いつつある』、私も毎日の1万歩の散歩やたまに友人と飲む以外は、基本的には「パソコンの前での「お地蔵さん」」になっているので、身につまされる。
・『定年男性の「外歩き派」が減り「家庭回帰」が始まった  戦後生まれの元祖ニューファミリー、「団塊世代」が2007年以降に順次定年となって10年が過ぎた。欧米文化に憧れ、新しい物好きで自由を謳歌(おうか)した世代760万人がどっと高齢者市場(シニアマーケット)に繰り出したのである。 退職金や貯金で派手に消費して低迷しがちな景気を牽引してくれる、スポーツに趣味にと積極的に参加して従来の「高齢者」のイメージを一転させるとの期待は中途半端に終わった。一時的に旅行や家のリフォーム、新築などで消費が増えた後は、盛り上がりに欠けたからである。 2017年の日本総研のデータによれば、食料や自動車関連、インターネットや携帯電話の通信費などの生活費は増加したが、旅行や教養娯楽、交際費などの「余暇を楽しむ支出」は減少しているという。 一方、健康維持のための医療費、サプリ代、ジム等の会費は「孫経費」と並んで惜しまず出費されているから、「長生きして家族団らんを保ちたい」という欲求はある。70歳以上の世帯の8割が年金が主たる収入で、不足分は貯蓄を切り崩して生活しているという現状では、派手に余暇を楽しめないのかもしれない。 「粗大ゴミ」だの「濡れ落ち葉」だのと陰口をきかれた先輩たちの二の舞にならないよう、団塊世代のリタイアは注意深くソフトランディングしたようである。 ちなみに「粗大ゴミ」とは家にいてすることもなく退屈し、存在を主張して居間を占拠して居座る夫を揶揄(やゆ)する言葉。「濡れ落ち葉」とは孤独が嫌で妻の行く先々にベッタリとひっついてくるのを比喩した流行語で、現役時代と異なる夫の退行現象に幻滅する妻の嘆きでもあった。 妻の変化に無頓着で自己チューな「ガラパゴス世代」と違い、団塊世代男子は男女平等を教え込まれ、人数の多さゆえに他者との共同生活や距離感の取り方に長けているタイプが多い。 彼らはまずリタイア後の居場所を見つけ、趣味、旅行、スポーツ、社会人向け公開講座、ボランティア活動、公民館講座、パートタイムジョブ、起業とフットワークがよく動き回っていた。 しかし、ここにきて遊び飽きたか、息切れしたか、男性72歳の健康寿命通りか、はたまた資金が尽きたか、理由は不明だが「外歩き派」が減って「家庭回帰」が始まったのである。 もちろん四六時中近くにいられてハッピーでラブラブという熟年夫婦もいるが、中には「地雷を踏むまい」と緊張感が漂う夫婦もいるから居宅対策は必須だ。 例えば、夫婦のおのおののスケジュール表を玄関に貼っておき、「どこに行く?何時に帰る?」など、いちいち聞くようなプレシャーをかけない。 夫用、妻用の鍵のかかる個室で寝起きし、掃除、洗濯、朝食、昼食、は各自で済ませ、夕食で合流するまでは原則自由行動とする。 狭いマンションでは生活音に要注意。トイレやシャワー、キッチンは相手の留守時を狙ったり、時間差で使う配慮もする。自炊を覚え、総菜弁当などの中食やコスパのいい外食を探し、「俺のメシは?」等の虎の尾を踏むまねをしない。 このように、老後貧乏へまっしぐらの熟年離婚より「卒婚」というシェアハウス状態を選んだという話もチラホラ聞く』、「卒婚」とは、2000年代以降の日本における夫婦生活の新しい形態の一つで、婚姻状態にある夫婦が互いに干渉することなく個々の人生を歩んでいくという生活形態のこと(Wikipedia)のようだ。私もそれに近い。
・『定年男性の「新形態」「パソコンの前のお地蔵さん」現象  男のメンツよりストレス回避を、花より実をとった団塊世代定年男子はおかげでテレビの前の「お座敷豚」にもソファの上の「粗大ゴミ」にもならずに済んだのだが、ここで定年男性の「新形態」が発生している。 それは「パソコンの前のお地蔵さん」現象である。 この「パソコンの前のお地蔵さん」は、自他共に想定外だったのではないだろうか? 思えば壮年期に手書き→ワープロ→パソコンと早いテンポで切り替わり、過渡期の順応に四苦八苦した世代である。その反動でリタイア直後は額に汗して動くアナログな世界に浸った人が多い。そして10年後にひっそりと自室に戻って「仕事抜き」でパソコンと再会したらハマってしまったらしい。 例えば、団塊の世代の男性らは定年後にこぞってFacebookを積極的に始めた。もともとFacebookは若者たちが同世代のコミュニケーションで盛り上がっていたのが、リタイア組が大量流入した後は中高年のグルメや旅の記事があふれた。その量の多さにしらけたか、若者たちは退散しつつあり、SNSの主流はインスタグラムに移行しているとか。 そんな異変にもお構いなく、オジさんらは相変わらずFacebookで知人、元同僚らを見つけては「自分が孤立していない」ことを証明するための記事や情報を流し続ける。 合間に新聞や雑誌のオンラインサイトをのぞけば、図書館で新聞や週刊誌の取り合いをすることもない。大型の液晶ディスプレーなら音楽、映画、テレビ番組もイヤホンをつけて楽しめるし、家族とテレビのチャンネル争いもしないで済む。 ネットサーフィンやり放題、無料のゲームにも熱中する。もっとおもしろいことを追求できるのではと、時間を忘れてパソコンに向き合ううちに、「石のお地蔵さん」のようにパソコンの前で動かなくなってしまったのである』、確かにFacebookには友人たちのくだらない寄稿が多く、辟易気味だ。会員の脱退も考慮中である。
・『はたから見たら「引きこもり」  はたから見たら「引きこもり」なのだが、問題は本人も家族もこの「省エネ」状態には、悩んでも困ってもいないことだろう。 社会生活や人間関係を未経験の若者の引きこもりは長引くと深刻で、心身や家族関係に表れるが、定年男子はもろもろ経験済みの後の「自主的引きこもり」。 ある意味、「ご隠居の道楽」である。「どこが悪いか?」と開き直られれば返答に窮してしまう。妻たちにすれば初めのうちこそ自室にこもってくれて手もかからず、出費もネット等の通信費だけで済むと安易に考えていたふしある。 だが「お地蔵さん」は見えないところで変身していたのである。 毎日の日課となった長時間のパソコン操作や多数の見えない相手とのやりとりは、仕事に復帰したような錯覚を起こさせるし、おびただしいネット検索を繰り返すうちに、自分は知識豊富で有能で、人を思い通りに動かせると思い込む「万能感」を育てた可能性もある。 最近、高齢者ケアの関係者が最も警戒するのが、「預けた親の介護生活を隅々までチェックして、クレームをつける定年男子」だという。メディアやネットを駆使して、「自分の親」だけに最高にして最良のケアを要求する詳細な資料を次々に出してくる。 やんわり断れば労働の効率化やカイゼン案、はては経営方針の転換まで、まるで仕事相手に対するように迫るらしい。多くはネットからのコピペだが、時間がたっぷりあるから対応する方も大変で、「その時間と熱意を親との会話やスキンシップに使う方が親孝行では」とぼやきたくなるそうである。 もし定年男子が「パソコン万能感」で理論武装し、家庭内で管理職手腕を発揮して、妻に効率化やカイゼンを迫ったらたまったものではない。 元来、日々の暮らしはあやふやで予定通りいかない超アナログなものである。目標を立てて完遂を目指すより、日常の場面でコミュニケーションし、感情を交わすことに意味があるのは「勝敗にこだわるより参加することに意義がある」五輪精神に似通う。 「人生百年」時代の団塊世代の妻たちにとって、まだまだ続く夫との生活を「パソコン命」で振り回されるのはごめんである』、「預けた親の介護生活を隅々までチェックして、クレームをつける定年男子」は確かに困ったことだ。「その時間と熱意を親との会話やスキンシップに使う方が親孝行では」というのも頷ける。
・『夫の居宅対策の見直しは「逆濡れ落ち葉」作戦  そこで夫の居宅対策の見直しに、「逆濡れ落ち葉」作戦をしてみよう。 データによれば団塊の世代が敏感に反応するのは「健康」と「グルメ」である。 「エコノミー症候群の予防にプールで泳ごう」とか、「夜のウオーキングに用心棒でついてきて」とか、「おいしいランチの店に連れてって」とか「食材の買い出しに行くから荷物を持って」とか言いくるめて、ともかくパソコンの前から引き離そう。 キーボードから離れた指と手をつないで歩こう。シニア割引の映画館でいっしょに泣いたり笑ったりしよう。孫育てに引き込んで「すてきなイクジイ」と褒めそやそう。 そうやってディスプレーから出てこない五感をフルに使わせれば、いずれ「笠地蔵」のように歩きだしてお礼を言われるかもしれない。くれぐれも地蔵化防止の時機を逸しないようにすることが肝心である』、確かにその通りだ。私なりの「地蔵化防止」策を考えていきたい。
タグ:Facebook 高齢化社会 外山滋比古 日刊ゲンダイ 湾岸戦争 日経ビジネスオンライン 小山内美江子 ダイヤモンド・オンライン 時代の変化 和田 秀樹 (その8)(中年になったら勉強してはならない 知識の加工と応用で脳を刺激せよ、“金八先生”の脚本家 60歳で海外ボランティアを始めた理由、定年男性の新形態 パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる) 「中年になったら勉強してはならない 知識の加工と応用で脳を刺激せよ」 名著『思考の整理学』 外山先生と『文藝春秋』誌の対談 「定年後の勉強法」 「定年後になってまで勉強してはいけない」 中年以降は通常の勉強をしてはいけない 自分の経験から新しい知恵を生み出し、嫌な目に遭ったらぱっと忘れて前を向く。こうして脳の新陳代謝を活発にする 知識注入型の勉強からアウトプットへ移行し、知識や経験を加工・応用して新しい知恵を生み出せということだ 今は、知識の価値が相対的に落ちたのは間違いない 前頭葉の萎縮は40代から 人間の脳では記憶を司る海馬の老化よりずっと早い40代くらいから前頭葉の萎縮が目立ち始める 前頭葉というのは、クリエーティブなことに取り組んだり、想定外のことに対応する際に用いられる 知識を詰め込むより、これまでに経験したことのないような体験をしたり、既存の知識を用いてクリエーティブなことをしたり、自分の考えをアウトプットして意外な反応を受けるなどした方がはるかに前頭葉の老化予防になるはずだ 三つ目は記憶への悪影響 大学が教えないトレーニングを 知識のアウトプット以上に重要なのは、知識の応用や加工、あるいは知識を疑う姿勢である 大学で先進国とかけ離れた知識習得型の教育を受けさせられた人が珍しくないために、日本人は知識を疑ったり、加工したりという習慣を持つ人が少ない 勉強しないで脳の老化を予防する 前頭葉を刺激するような、勉強しない勉強、つまり知識を入れるより、自分の知識を加工、応用する勉強をすることは、前頭葉の老化予防になるだけでなく、その機能水準も上げていくはずだ “金八先生”の脚本家 60歳で海外ボランティアを始めた理由」 60歳の時に海外でボランティア活動を開始 イラクから命からがら逃げてきた人々が集まるヨルダンの難民キャンプのことを知って現地に飛び、それが海外ボランティアの第一歩 代表理事を務める「JHP・学校をつくる会」は今年で節目の25周年を迎えました 学生ボランティアなどと一緒にカンボジアやネパールなどで約400校の学校をつくりました 新しいチャレンジに年齢は関係ない 私たちの世代もいずれは死んでいく。だからこそ私たち生きている人間が言わなければいけない 過去を将来に生かせるのは人間だけです 日本国憲法は海外からも高く評価されています。9条は絶対に改正してはいけません 憲法前文は素晴らしい文章 だからドラマで生徒に読ませた ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」がノーベル平和賞を受賞。事務局長が来日。安倍さんに面会を求めましたが、安倍さんは会わなかった 安倍首相には父晋太郎さんにあった涙がありません 宮本まき子 「定年男性の新形態、パソコン前で「お地蔵さん」現象はなぜ起こる」 「団塊の世代」の男子らが定年を迎え、高齢者 熟年離婚を迎えたり、「お座敷豚」や「粗大ごみ」「濡れ落ち葉」となって妻や家族から嫌がられるようなヘタは打たない その代わり、パソコンの前での「お地蔵さん」現象という「新形態」へと進化して、顰蹙(ひんしゅく)を買いつつある 定年男性の「外歩き派」が減り「家庭回帰」が始まった 食料や自動車関連、インターネットや携帯電話の通信費などの生活費は増加したが、旅行や教養娯楽、交際費などの「余暇を楽しむ支出」は減少 健康維持のための医療費、サプリ代、ジム等の会費は「孫経費」と並んで惜しまず出費されている 先輩たちの二の舞にならないよう、団塊世代のリタイアは注意深くソフトランディングした まずリタイア後の居場所を見つけ、趣味、旅行、スポーツ、社会人向け公開講座、ボランティア活動、公民館講座、パートタイムジョブ、起業とフットワークがよく動き回っていた ここにきて遊び飽きたか、息切れしたか、男性72歳の健康寿命通りか、はたまた資金が尽きたか、理由は不明だが「外歩き派」が減って「家庭回帰」が始まった 定年男性の「新形態」「パソコンの前のお地蔵さん」現象 はたから見たら「引きこもり」 定年男子はもろもろ経験済みの後の「自主的引きこもり」 夫の居宅対策の見直しは「逆濡れ落ち葉」作戦 地蔵化防止
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