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日本の構造問題(その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由) [経済]

日本の構造問題については、10月22日に取上げた。今日は、(その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由)である。

先ずは、慶應義塾大学商学部教授の権丈 善一氏が10月31日付け東洋経済オンラインに掲載した「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/311074
・『マイケル・ムーア監督の『華氏119』が、ネット配信されるようになって数カ月、ちょっと時間ができたので眺めてみた。噂どおり、この映画は、現大統領への批判とは違い、なぜ、現大統領のような人が選ばれるのかを問う、一種の「民主主義論」として作られていた』、この書き出しがどのようにタイトルのテーマにつながるのだろう。
・『日本の経済パフォーマンス(『華氏119』で、アメリカの人たちの日々の生活への不満の様子を見ながら、どうしても頭をよぎるグラフがあった。 これは、BIS (国際決済銀行)が作ってくれている、日本とアメリカの経済パフォーマンスの比較図である。青と緑はアメリカ、赤とオレンジは日本、そして実線は1人当たり実質GDP(国内総生産)、破線は生産年齢人口1人当たり実質GDPを示している。 福澤諭吉は『文明論之概略』の中で、政府は、「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」と書いて、政治は「現在」、当面の問題を処理することと論じているが、「学者は、前後に注意して未来を謀り」と書いているように、学者の視界のタイムスパンは、政治よりも長い……いや実際、随分と長い。 そして、図のようにかなり長いタイムスパンである1980年から今までの、人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える。 生産年齢人口1人当たり実質GDPのほうが1人当たり実質GDPよりもがんばっているように見えるのは、生産年齢人口の減少幅が総人口よりも大きいからである。次を見てもらいたい――生産年齢人口は国際標準(15~64歳)ではなく20~64歳でとっている。) この国の総人口と20~64歳人口は、ともに減少している。しかし、20~64歳人口のほうが減少のテンポがかなり速く、2010年代に入ると100万人規模で減少している。 人口100万というと、47都道府県で人口(2019年6月1日推計)の多いほうから37位の富山県で104万人、38位の秋田県で97万人であり、こうした人口規模に等しい20~64歳人口が、2012年から14年にかけて1年ごとに消えていた――ちなみに、46位の島根県は68万人、47位の鳥取県は56万人でしかない』、「人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える」、普通は名目GDPで見るので、物価下落を反映して日本は伸び悩んでいると指摘されるが、確かに物価変動を除いた「実質ベース」では確かに景色が全く変わってしまうようだ。「20~64歳人口」が年間「100万人規模で減少」、とは確かにショッキングな数字だ。
・『人口減少社会における経済パフォーマンス指標とは  2015年に大流行したピケティの『21世紀の資本』は、過去200年ほどを対象としていたためGDPの比較は1人当たりGDPで統一されている。人口に大きな変動がある社会で、総GDPを眺めてみても意味がないからである。 総人口が今大きく変化している日本の場合も、経済の健康診断を行うべき体温計は、人口変動を調整したGDPで測るのは自然である。そして先ほどの図を見ればわかるように、人口1人当たり実質GDPの伸びは、アメリカと比べても遜色がなく、生産年齢人口1人当たりではアメリカを凌いできた。 そうした事実が記された文章として、次のようなものがある。 人口減少社会が進む中でも、近年のわが国の1?当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない。(「令和時代の財政再建に関する共通基本認識」自由民主党財政再建推進本部<2019年5月16日>) 日本の1 人当たりGDP の伸びは、他の先進諸国と比べて遜色のない伸びを示してきた。(「社会保障と国民経済――序章医療政策会議における基本認識」日本医師会・医療政策会議報告書<2018年4月>) 「近年のわが国の1人当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない」、のみならず、生産年齢人口1人当たりで見れば、ほかの国よりもがんばっているわけであるが、労働市場の様子はどうであろうか。 生産年齢人口の大幅な減少を受けて、今や、あの懐かしいバブル景気の時よりも、有効求人倍率は高くなっていて、労働市場は非常に逼迫している。さて、日本の経済の健康診断としては、どのような結果を出せばよいか。 人口調整をした経済のパフォーマンスは、ほかの先進諸国よりもよい。総GDPのパフォーマンスが他国よりも見劣りするのは、人口が大幅に減少しているのであるから当たり前で、そもそも人口減少社会の経済指標として総GDPを見るほうがおかしい。加えて、労働市場は、完全雇用に近い状態にあると考えられる。 この国では、長らく、デフレは悪で、これを脱却することが絶対正義であるかのように言われていたのであるが、日本の1人当たりGDPの伸びを眺めてみると、はたして、デフレ=不況というムードの中で日本の経済政策が考えられてきたのは正しかったのか?とも思えてしまう。 もっとも、こうした話をすると、いやいや、日本の経済は、経済政策次第でかつての高度成長期のようなパフォーマンスを上げることができるのだ、当時のようにことが進んでいないのは成長戦略が足りないからだと言う人もでてくるのが、世の中の多様性を実感させてくれる、なかなかおもしろいところでもある。ということで、ここでクイズをひとつ。 まず、ピケティの『21 世紀の資本』にある次の文章中の○にあてはまる国はどこだと思う? 特に○は「栄光の30 年」なるもの、つまり1940 年代末から1970 年代末の30 年間について、かなりノスタルジーを抱いてきた。この30 年は、経済成長が異様に高かった。1970 年代末から、かくも低い成長率という呪いをかけたのがどんな悪霊なのやら、人々はいまだに理解しかねている。今日ですら、多くの人々は過去30 年の「惨めな時代」がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている。 ○の国は、もちろん日本だろう!と思う人がしばしばいるのであるが、そうではなく、○に入る国は、ピケティの祖国フランスである。日本人が「物事は以前のような状態に戻る」と考えているようなことを、実は世界中の高度経済成長を過去に経験したことのある先進国の人たちが考えているというわけである』、「フランス」も日本と似た状況にあるようだ。
・『過去の高成長はなぜ?――模倣と創造の違い  たしかに、西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験している。それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され、その間、アメリカは順調にマイペースで成長を遂げていた。したがって、戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による。知識や技術、そして消費生活がアメリカに追いついたら、西欧も日本も経済成長は、アメリカと同様のペースに落ち着いていき、多少の違いを見せるだけになる。 キャッチアップという本質的には知識や技術の「模倣」でしかないことと、「創造」というものは根本的に違うわけで、その違いが、日本でも、模倣ゆえに、所得倍増計画を派手に達成できた高度経済成長と、創造ゆえに地道となってしまう安定成長の違いをもたらしたと考えられる。 日本の人口調整済み実質GDP は、欧米先進諸国と比べて、そこそこ伸びている。日本の完全失業率は、生産年齢人口の急減の影響もあって、目下、バブル景気(1986年12月~1991年2月)、いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)と比べて低い水準にある。 ところが、日本人は、先のピケティの言葉を用いれば、「この30 年は、経済成長が異様に低かった。(中略)多くの人々は過去30年の『惨めな時代』がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている」ようなのである。そしてそう信じているのは、日本人だけでなく、フランス人も、そして多くの先進国の人たちもであろう。しかし、過去200 年以上のデータに基づいてピケティが言っているように、 (1人当たり産出量は)通常は年率1~1.5%程度の成長でしかなかったのだ。それよりも目に見えて急速な、年率3~4% の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に急速に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。(中略)重要な点は、世界の技術的な最前線にいる国で、1 人当たり産出成長率が長期にわたり年率1.5% を上回った国の歴史的事例はひとつもない、ということだ。 ここで1人当たり1%程度の成長というと、「以前のような状態に戻る」と考えている人たちはバカにするのだろうが、ピケティも強調しているように、世代が入れ代わるのに要する30 年ほどの間に、1%で伸びると複利で計算すれば35%ぐらい増える。1.5%だと50%以上増える。 生活実感として、明らかに30 年前よりも生活は便利になり、質も随分と上がっている。30 年前にはスマートフォンはもちろん、携帯電話やカーナビなどもほとんど普及していなかった。もちろん、テレビはデジタルではなかったし、SuicaもETCもなく、ウォシュレットも1992年ごろには普及率20%くらいだったようである』、「西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験・・・それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され・・・戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による」、その通りだ。日本の高度成長を日本人の勤勉さに結び付けたりする議論もあったが、こうした冷静な見方こそ参考になる。
・『民間消費が飽和した成熟社会  ポール・クルーグマン(米ニューヨーク市立大学大学院センター教授)という、リフレ政策をせっせとやって日本の経済にカツを入れろと言ってきた人も、ある頃から日本の人口が減っていることを視野に入れはじめて、彼が書いた2015 年の文章には、「日本の生産年齢人口1 人当たりの生産高は、2000 年ごろからアメリカよりも速く成長しており、過去25 年を見てもアメリカとほとんど同じである(日本はヨーロッパよりもよかった)」と、今では日本経済を評価してくれている。 私がよく言うのが、ビックカメラやヨドバシカメラの最上階から地下まで、各フロアを回ってみて、「どうしても月賦で買いたいというものはありますか?」と問うと、高度経済成長期を経験したことがある今の大人たちはみんな、「う?ん、ないなぁ。月賦かぁ、懐かしい言葉だ」と言う。 そうした、多くの人たちの購買意欲がとても弱い社会、いや、適切な表現をすれば、ある程度、民間での消費が飽和している社会が、高度経済成長期のようなパフォーマンスを上げることができるとは思えない。 一方、アメリカでは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字をとったGAFAなどが注目されるのであるが、1人当たり実質GDPの推移を見れば、どうも、GAFAの元気のよさは、アメリカ国民全般の生活水準の上昇にはつながっていないようである。 いわば、GAFAというプラットフォームは、一種の搾取システムとして機能しているともいえ、彼の国では、「富める者が富めば、やがて貧しい者にも富が滴り落ちる」という「トリクルダウン理論」――理論というには歴史上一度も実現していない理論――は実現していないのであろう。 だからこそ、映画『華氏119』に登場する、不満と怒りに満ちたアメリカ人が大勢いて、この映画で描かれているように、社会は分断され、民主主義が極度におかしくなっているのだろうというのが映画への感想であった。 先に福澤諭吉が学者の視野は政治家よりも長いと論じたことを紹介した。その観点を貫き、次に実質個人消費支出の長期トレンドを見ながら、今年1月19日に『読売新聞』のインタビューで話したことを紹介しておこう。 GDPの実質個人消費は、2014年の消費増税で一時的に落ちたものの、前後をならせば伸び続けてきた。減少している生産年齢人口を考慮して、その1人当たりで見れば、日本経済は過去も今もそんなに病んでいない。 1997年4月の消費税増税後も、駆け込み消費の前後と1997年7月以降のアジア金融危機前後をならせば、順調に伸びている。そして、リーマンショックの後には消費を政策的に喚起したため、消費支出は過去のトレンドよりも急角度で増加した。そこに2014年4月の消費税増税があったのであるが、2009年の後に急角度で個人消費が伸びた時期が特殊であって、長い目で見れば、順調に消費支出は伸びてきた。 この国は消費税の増税で、カタストロフィックな経済の崩壊など、経験したことはなかったのではないだろうか。そして、日本経済は、今を生きる大人たちの多くが信じているほど、過去も今もそんなに病んではいない。 しばしば、財政の健全化を図ることは、景気回復の芽を摘む摘芽型財政政策と呼ばれたり、増税によって「ドカ貧」になればもともこもないと言われたりすることがあるが、日本の歴史はそうした事実を記録していない。デフレ下では成長は起こらないという命題についても、日本の経験をはじめ、世界の歴史がさほど強いエビデンスを持っているわけでもない。 加えて、2015年版『労働経済白書』の言葉も紹介しておこう。 ユーロ圏およびアメリカでは実質労働生産性が上昇する局面において、若干の水準のギャップは見られるものの実質賃金も上昇を続けている。一方、わが国においては、実質労働生産性は継続的に上昇しており、その伸び幅もユーロ圏と比較するとそれほど遜色ないといえるが、実質賃金の伸びはそれに追いついていない状況が見られ、両者のギャップはユーロ圏およびアメリカよりも大きい』、「デフレ下では成長は起こらないという命題」は現在の異次元緩和の大きな根拠になっているが、もともとこの「命題」が間違っていたようだ。
・『要するに成長ではなく、「分配」の問題だ  1 人当たり生産性は伸びているのに賃金が伸びない。問題は、労働分配率の低下傾向、さらには、所得分配の格差のあり方にあることは言うまでもない。つまり、この国の経済が抱えているのは、「成長」問題よりも、「分配」問題なのである。 そうは言っても成長というのは政治の七難を隠すと言われている。いや、成長を口にしておけば政治自らの七難を隠すことができるというほうが正確だろうか。だから、成長戦略という言葉は、いつの時代も政治的魅力を持ち続けてきた。  10年前の民主党政権下でも、野党の自民党が、与党・民主党には成長戦略がないと責めれば、にわかに「新成長戦略」が菅直人総理の下で作り上げられたりして大いに盛り上がっていた。そして当然と言えば当然なのだが、菅元総理は、「成長戦略は十数本作ったが全部失敗している」と発言し、「成長戦略」を政策の柱に掲げる自民党を批判していた。 なお、菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について、菅内閣時に民間から内閣官房国家戦略室に審議官として出向していた水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評しているし、私もそう思う。 このあたり、経済成長の主因である全要素生産性(TFP、成長率から資本と労働の寄与を除いた残差)に対して不可知論、つまり全要素生産性を向上させる方法はよくわからないと公言した、成長論のパイオニアであるロバート・ソロー(米マサチューセッツ工科大学経済学部教授)は、なかなか立派な学者だと思っている。 彼は、経済成長の主因たる全要素生産性を「無知の計量化」と呼び、これを左右する原因を論じようとすると、「素人社会学の炎上」に陥ってしまうのがオチと評していた。 先述したクルーグマンなどは、アメリカ経済の停滞期に書いた本の中で、アメリカの生産性は「なぜ停滞したの?どうすれば回復するの?答えはどっちも同じで、『わかりませーん』なのだ」と、経済学者としての見解を正直に語っていた。 成長の理由がよくわからないのだから、政策を打ちようがない。だからクルーグマンは、「生産性成長は、アメリカの経済的なよしあしを左右する唯一最大の要因である。でもそれについてぼくたちは何をするつもりもない以上、それは政策課題にはならない」とも語っていた。 もちろん成長を起こすのはイノベーションではある。だが、これを言った経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883~1950年)は、イノベーションの起こし方には生涯触れていない。強いて言えば、歌を歌う能力同様に経済上の創意にも分布があり、「最上位の4分の1のもの」がイノベーションを起こしうるとは論じていたが、だから何?の話である。 しかし、日本の民間企業は絶えず、トライアル・アンド・エラーを繰り返しながらイノベーションを起こす努力をしており、その成果も出ているのである』、「菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について・・・水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評している」、「菅元総理」がそんな的を得た発言をしたとは初めて知った。
・『「やった振り」のなんちゃって政策で終わったりして  成長がなぜ起こるのか、成長の主因であるTFPはいかなる要因によって上下するのかの問に答えることができないとすれば、成長はコントロール可能な政策対象になりようがない。 これに類する話として、目下、成長戦略と並んで日本の政策の柱になっているものに、「予防で医療費削減」に代表される健康・予防政策というものがある(『中央公論』2019年1月号「喫緊の課題『医療介護の一体改革』とは-忍び寄る『ポピュリズム医療政策』を見分ける」を参照)。たしかに、日本老年学会・日本老年医学会は、「現在の高齢者においては10~20 年前と比較して加齢に伴う身体・心理機能の変化の出現が5~10 年遅延しており 「若返り(rejuvenation)」 現象がみられている」ことが明らかになり、「高齢者の定義再検討」として、65~74歳を準高齢者、75歳以上を高齢者とするべきであると提言はしている。 しかしながら、両学会は、「若返り」 現象の原因については一切触れておらず、「若返り」そのものが、健康・予防政策として政策対象とされることには慎重な姿勢を示している。彼らは健康寿命という科学的に計測することもできない曖昧な言葉を使うことの危険性も認識しており、客観指標としてフレイル指標の開発も進めている。 ところが主導する経済産業省の手の込んだプレゼンのおかげなのか、成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない。 七難隠す成長も、念ずれば通ずるものならばよいのであるが、今はやりの政策は本当は、財政と現業に責任を持つ財務省と厚労省が求める政策をブロックするための門番・経産省の方便となっていないかという仮説も成立したりする。 後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思うのだが、さてさてどうなることやら……仮説の検証は歴史に委ねよう。そして、そうした観点から、社会保障の行く末も眺めておこう』、「成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない・・・後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思う」、説得力溢れた主張である。大変、参考になった。

次に、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏が12月5日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「賃金が上がらない国になった、日本を待ち受ける「修羅場」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222495
・『アベノミクスが始まった2013年以降、法人企業の従業員1人当たり付加価値は順調に増加した。とりわけ規模の大きな企業で、この傾向は顕著だった。 しかし、この間に賃金はほとんど上がっておらず、増加した付加価値はほとんど企業の利益に回された。 なぜこのような現象が起きているのだろうか? それは、大企業で非正規従業者が増えているからだ。 「1人当たり付加価値が増えても賃金が上がらない」というこのメカニズムが、いまの日本経済で最大の問題だ』、安倍政権が賃上げで旗をいくら振り、企業減税をしても、一向に賃金が上がらない理由をデータに基づいて分析してくれたようだ。
・『従業員当たりの付加価値は増えるのに、賃金は上がらない  前回の本コラム「日本経済は『長期的な縮小過程』に入った可能性が高い理由」(2019年11月28日付)で、「就業者1人当たりの実質GDPが2018年に低下した」と指摘した。 法人企業統計で見ると、どうだろうか?) 従業員1人当たり付加価値の長期的な推移は、図表1のとおりだ。 全規模で見ると、00年代に徐々に落ち込み、リーマンショックでかなり落ち込んだ。その後、徐々に取り戻して、17年に1996年頃の水準まで戻った。 このように、2012年以降の期間では、従業員1人当たりの付加価値は顕著に増加した。 ところが、後で見るように、この期間に、従業員1人当たりの給与(賃金)は増えていないのだ。 付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか?』、確かに、ギャップは大きい。
・『大規模企業で顕著な利益増と給与のギャップ  従業員1人当たり付加価値の状況は、企業規模で違いがある。 以下では、資本金5000万円以上の企業を「大中企業」、資本金5000万円未満の企業を「小企業」と呼ぶことにし、これらを比較する。 大中企業の状況は、図表2に示すとおりだ。 1990年代の半ば以降、ほとんど一定だったが、リーマンショックで2008、09年に減少した。 その後、13年頃から増加し、最近までその傾向が続いている。 ただし、水準からいうと、リーマンショックで落ち込んだ分を取り戻して、最近の年度でやっとリーマンショック前に戻ったにすぎない。 他方で、小企業の状況は、図表3に示すとおりだ。 1990年代の半ばから傾向的に減少した。リーマンショックの影響は、大中企業ほど顕著ではなかった。 2008年以降、傾向的に増加していたが、18年には落ち込んでいる。 つぎに、給与水準の動向を見よう。 大中企業の状況は、図表4に示すとおりだ。2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ。 上で見たように従業員1人当たり付加価値はこの期間に増加しているのだが、増加分は利益に取られてしまったわけだ。 これは、後で見るように、非正規就業者を増やして、賃金を抑制しているからだ。 賃金を抑制することによって利益が増えたのである。 他方、小企業の状況は、図表5に示すとおりだ。給与水準は、若干、上昇している。とくに2017年頃まではそうだ』、「大中企業の」「給与水準」は「2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ」、データで示されると、改めて賃上げ抑制の実態に驚かされる。
・『大中企業で非正規就業者が増えた 増加した従業員の8割を占める  大中企業で従業員1人当たり付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか? それは、小企業から大中企業への就業者の移動があり、また、新しく非正規になった人が大中企業に雇われたからだ。 この現象を、「『大企業の零細企業化』が賃金下落や経済停滞の“真の原因”」(2019年11月21日付)で、「大企業の零細企業化」と名付けた。 その状況を詳しく見よう。 まず、大中企業の人員の推移を見ると、図表6のとおりだ。顕著な増加傾向が見られる。2013年には1750万人程度だったものが、18年には2000万人を超えており、この間に250万人以上増加している。 他方で、小企業の人員の推移を見ると、図表7のとおりだ。 13年には1700万人を超えていたのが、18年には1600万人程度となっており、この間に100万~150万人程度減っている。 これらの人々は、大中企業の非正規従業員になったと推測される。 他方で、13年から18年の間の日本全体の就業者の変化を労働力統計によって見ると、つぎのとおりだ。 就業者は6318万人から6655万人へと337万人(5.3%)増加した。 役員を除く雇用者は、5213万人から5596万人へと383万人(7.3%)増加した。 このうち、正規従業員は3302万人から3476万人へと174万人(5.3%)増加した。また、非正規従業員は1910万人から2120万人へと210万人(11.0%)増えた。これは、役員を除く雇用者の増加のうちの55%を占める。 この数字を参照すると、1つの可能性として、上で見た大中企業の人員増250万人のうち、非正規従業員がつぎの数だけいたと考えることができる。 (1)小企業から流入した150万人 (2)それ以外に増加した従業者(100万人)のうちの55%である55万人 そうであれば、大中企業で増加した従業員250万人のうち、205万人が非正規従業員だったことになる。つまり、増加した従業員の約82%が非正規従業員だった。 これが、「大企業の零細企業化」と言ったことの内容だ』、「大中企業で増加した従業員」「の約82%が非正規従業員」、非正規化がここまで進展しているとは驚かされた。
・『今後も賃金が上がらなければ、どうなるか?  今後、製造業の業績悪化で売り上げが減少すると、利益は大幅に落ち込むだろう。 この結果、1人当たり付加価値は減少に転じる可能性が強い。 他方で、小企業から大中企業への従業員の移動は、今後も続くだろう。とくに、消費税でインボイスが施行されると、この動きが加速されるだろう。つまり、「大企業の零細化」は、さらに進むだろう。 働き方改革における「同一労働・同一賃金」によって正規職員の諸手当が減額されている。 また残業規制によって残業手当がなくなる半面で、仕事量は変わらないので、就業時間外に会社の外で仕事をせざるを得なくなっているとも言われる。 これらは、正規従業員の実質的な賃金切り下げと言うべきものだ。 こうなると、「正規従業員の非正規化」と言える状況が進行するかもしれない。 総じて、賃金が伸びない状況は、今後も続くだろう。 今後、賃金が上がらないとすると、社会保険の保険料も増えない。 公的年金の収支バランスを確認する「財政検証」のケースⅠでは、名目賃金が年率2%上昇するとされている。しかし、このようなことは到底達成できないだろう。 それに加えて被保険者(保険の負担者)数が減少するので、保険料の総額が減るだろう。 こうして、公的年金制度が破綻することが予想される。 同様の問題が、医療保険や介護保険でも発生し、社会保障制度の維持は極めて困難になるだろう。 日本の賃金水準が国際的に見て低水準になってしまうことは、長期的な経済発展の観点からも由々しき問題だ。 高度な技術者や研究者のジョブマーケットは国際的なので、海外から優秀な人材を呼び寄せられないのはもちろんのこと、日本からの人材流出が起きることになる。 韓国の賃金水準はすでに日本の4分の3程度になっており、最低賃金は韓国のほうが高い。 日本人非正規就業者のドルベースの賃金と新興国の平均賃金が接近してくると、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」といったことが十分に考えられる』、「今後も賃金が上がらなければ・・・」、「社会保障制度の維持は極めて困難に」、「日本からの人材流出が起きる」、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」、破局に至る前にどこかで非正規化に歯止めがかかる可能性もあるが、とき既に遅しなのかも知れない。

第三に、上記の続き、12月12日付けダイヤモンド・オンライン「日本の国力がアジアで低下、このままでは韓国にも追い抜かれる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222919
・『世界経済が成長する中で、日本の生産性が低下している。このため、日本の相対的地位が低下する。 シンガポールと香港が、1人当たりGDP(国民総生産)ですでに日本より高い値だ。近い将来に、韓国と日本の関係も逆転する。 生産性向上の基礎となるべき高等教育の分野で、日本の落ち込みが著しい。 経済力が落ちるから教育・研究が進まず、開発力が落ちる。そのため経済力が落ちる、という悪循環に陥っている』、日本は深刻な病にかかっているようだ。
・『韓国や台湾が、1人当たりGDPで日本に迫る  アジア諸国地域の1人当たりGDPを、日本を100とする指数で見ると、シンガポールと香港は、2000年代の初めには日本の6割程度だったが、シンガポールは00年代の中頃に日本を抜いた。現在では、日本の1.5倍を超えている。 香港は14年に日本を抜き、現在では日本の1.2倍を超えている。 ただし、どちらも都市国家(地域)であり、人口が少ないので、特殊なケースだと考えられるかもしれない。 しかし、最近、新しい現象が生じている。それは、韓国や台湾が1人当たりGDPで日本に迫っていることだ(図表1、一部は、IMFによる推計)。 これがとくに明瞭な形で現れているのが、韓国だ。 韓国の1人当たりGDPは、00年代初めには日本の3割程度でしかなかったが、00年代の半ばには50%を超えた。その後、08年には、リーマンショックの影響で、日本との格差が開いた。 しかし、12年頃から、韓国の1人当たりGDPは再び日本に近づいている。18年に8割をこえた。 IMF(国際通貨基金)の推計では、23年には日本の85%になる。 韓国の最低賃金は、すでに日本より高くなっている』、「韓国の最低賃金」は革新系の現政権が思い切って大幅に引き上げた結果で、これには韓国内で批判もあるようだ。
・『2040年には韓国が日本より豊かな国になる  1人当たりGDPで、韓国は日本との差を縮めつつあるので、いずれ日本より高くなることが予想される。 図表2に示すOECDの推計によると、日本の1人当たりGDPは、2020年の3万9666ドルから、40年には5万4308ドルと1.4倍になり、60年には7万7242ドルと1.9倍になる(Dataset: Economic Outlook No 103 - July 2018 - Long-term baseline projections)。 しかし、40年には、韓国が5万9338ドルとなって、日本を追い越すのだ。 60年には、韓国は8万3300ドルとなり、日本より7.8%ほど高い水準になる。) この予測は、多くの日本人が認めたくないものだろう。 日本では、韓国の問題点がよく報道される。確かに問題が多い。 とくに文在寅政権の対日政策は、基本的に誤っていると考えざるを得ない。 しかし、それとは別に、韓国の経済が成長していることも事実なのである。これは率直に認めなければならない。 例えば、韓国では次世代通信である5Gの商用サービスがすでに開始されているし、それに対応したスマートフォンでも、サムスン電子やLG電子の製品が大きなシェアを占めている。 大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている。 1人当たりGDPで日本との差を縮めつつあるのは、韓国だけではない。 中国の1人当たりGDPは、00年には日本の3%でしかなかった。しかし、20年には、すでに日本の27%になっている。IMFの予測だと、22年に日本の3分の1程度になる。 前述のOECDの推計によると、中国の1人当たりGDPは、40年には3万3421ドルとなって、その時点の日本の61.5%になる。60年には4万9360ドルとなって、日本の63.9%になるのだ。 日本はアジアで最初に工業化した国であり、1980年代には世界経済における地位が著しく向上した。その状況がいまでも続いていると考えている人が、日本には多い。 しかし、現実の世界は、すでに大きく変わってしまっているのだ。 韓国、台湾、シンガポール、香港は、70年代以降急速な工業化と高い経済成長率を達成した諸国・地域で、かつてはNIES(新興工業経済地域)と呼ばれた。それらの国や地域が、日本に追いつき、追い抜いていく時代になったのだ』、「大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている」、確かに日本にとっては脅威だ。
・『「大学の実力」で大きな差 清華大が世界一、東大は134位  日本の1人当たりGDPが伸びないのは、生産性が向上しないからだ。 そして、生産性が向上しないのは、技術開発能力が落ちているからだ。 そこで、技術開発能力の基礎となる高等教育の状況を見ておこう。 イギリスの高等教育専門誌THE(Times Higher Education)は、2019年9月、20年の「THE世界大学ランキング」を発表した。 それによると、アジアのトップは中国の清華大学(世界23位)、第2位は北京大学(世界24位)、第3位はシンガポール国立大学(世界25位)、第4位が香港大学(世界35位)だ。 やっとアジア第5位に、東京大学(世界36位)が登場する。 そして、第6位の香港科学技術大学(世界第47位)、第7位の南洋理工大学(世界48位)と続く。アジアの大学で世界50位以内は、ここまでだ。 日本第2位の「京都大学」は世界65位となっている。 世界の上位200校に入る大学数は、中国が7校、韓国が6校、香港が5校、シンガポールが2校となっている。 それに対して、日本は、東京大学と京都大学の2校のみだ。 このように、大学の実力は、すでに、中国、韓国、香港、シンガポールに追い抜かれている。 先端的な分野について見ると、日本の立ち後れは、さらに顕著だ。 コンピュータサイエンスの大学院について、U.S. News & World Report誌がランキングを作成している(Best Global Universities for Computer Science)。 それによると、世界第1位は清華大学だ。以下、第2位が南洋理工大学、第4位がシンガポール国立大学、第6位が東南大学(Southeast University)、第7位が上海交通大学、第8位が華中科技大学(Huazhong University of Science and Technology)となっている。 このように、アジアの大学院が、世界トップ10位のうち6校も占めているのだ。 ところが、それらはすべて中国とシンガポールの大学である。 日本のトップは東京大学だが、世界のランキングは134位だ。 まるで比較にならない状態だ』、日本の大学の「世界のランキング」の低さは本当に恥ずかしいことだ。
・『ノーベル賞は「過去」を そして大学が「未来」を表わす  「今世紀に入ってからのノーベル賞の受賞者数が、アメリカに次いで世界第2位になった」と報道された。 これと、上で見た大学・大学院の状況は、あまりに乖離している。なぜだろうか?  それは、ノーベル賞は、過去の研究成果に対して与えられるものだからだ。 日本の研究レベルは、1980年頃には、世界のトップレベルにあったのだ。 大学の給与で見ても、80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった。 アメリカ人の学者が、「日本に来たいが、生活費が高くて来られない」と言っていた。そして、日本の学者は、アメリカの大学から招聘されても、給与が大幅に下がるので、行きたがらなかった。 ノーベル賞に表れているのは、この頃の事情なのだ。 ところが、給与の状況は、現在ではまったく逆転している。 日本経済新聞(2018年12月23日付)によれば、東京大学教授の平均給与は2017年度で約1200万円だ。 ところが、カリフォルニア大学バークレー校の経済学部教授の平均給与は約35万ドル(約3900万円)で、東大の3倍超だ。中には58万ドルを得た准教授もいる。 アジアでも、香港の給与は日本の約2倍であり、シンガポールはさらに高いと言われる。 これでは、学者が日本に集まるはずはない。優秀な人材は海外に行く。 ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである』、「ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである」、言い得て妙だ。「80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった」、これには円高も影響しているのかも知れない。
・『日本の給与水準では、高度専門家を集められず悪循環に  日本の給与が低いという問題は、大学に限られたものではない。 2年前のことだが、グーグルは、自動運転車を開発しているあるエンジニアに対して、1億2000万ドル(133億円)ものボーナスを与えた。 これは極端な例としても、自動運転などの最先端分野の専門家は、極めて高い報酬を得ている。 世界がこうした状態では、日本国内では有能な専門家や研究者を集められない。トヨタが自動運転の研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートをアメリカ西海岸のシリコンバレーに作ったのは当然のことだ。 最近では、中国の最先端企業が、高度IT人材を高い給与で雇っている。 中国の通信機器メーカーのファーウェイは、博士号を持つ新卒者に対し、最大約200万元(約3100万円)の年俸を提示した(日本経済新聞、7月25日付)。 朝日新聞(2019年11月30日付)によると、今年、ロシアの学生を年1500万ルーブル(約2600万円)で採用した。 CIO(最高情報責任者)の年収は、日本が1700万~2500万円であるのに対して、中国では2330万~4660万円となっている。 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている。 これは、科学技術政策や学術政策に限定された問題ではない。日本経済全体の問題である。 この状態に、一刻も早く歯止めをかけなければならない』、説得力溢れた主張で、全面的に同意できる。
タグ:野口悠紀雄 東洋経済オンライン 福澤諭吉 ダイヤモンド・オンライン 日本の構造問題 権丈 善一 (その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由) 「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」 日本とアメリカの経済パフォーマンスの比較図 「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」と書いて、政治は「現在」、当面の問題を処理することと論じているが、「学者は、前後に注意して未来を謀り」と書いているように、学者の視界のタイムスパンは、政治よりも長い 1980年から今までの、人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える 人口減少社会における経済パフォーマンス指標とは 日本の1 人当たりGDP の伸びは、他の先進諸国と比べて遜色のない伸びを示してきた この国では、長らく、デフレは悪で、これを脱却することが絶対正義であるかのように言われていたのであるが、日本の1人当たりGDPの伸びを眺めてみると、はたして、デフレ=不況というムードの中で日本の経済政策が考えられてきたのは正しかったのか?とも思えてしまう 過去の高成長はなぜ?――模倣と創造の違い 西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験している。それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され、その間、アメリカは順調にマイペースで成長を遂げていた。したがって、戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による 民間消費が飽和した成熟社会 GAFAの元気のよさは、アメリカ国民全般の生活水準の上昇にはつながっていないようである。 いわば、GAFAというプラットフォームは、一種の搾取システムとして機能しているともいえ 要するに成長ではなく、「分配」の問題だ 菅元総理は、「成長戦略は十数本作ったが全部失敗している」と発言し、「成長戦略」を政策の柱に掲げる自民党を批判 菅内閣時に民間から内閣官房国家戦略室に審議官として出向していた水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評している 「やった振り」のなんちゃって政策で終わったりして 「賃金が上がらない国になった、日本を待ち受ける「修羅場」」 この間に賃金はほとんど上がっておらず、増加した付加価値はほとんど企業の利益に回された 従業員当たりの付加価値は増えるのに、賃金は上がらない 大規模企業で顕著な利益増と給与のギャップ 大中企業で非正規就業者が増えた 増加した従業員の8割を占める 今後も賃金が上がらなければ、どうなるか? 公的年金制度が破綻 医療保険や介護保険でも発生し、社会保障制度の維持は極めて困難になるだろう 日本からの人材流出が起きる 外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない 「日本の国力がアジアで低下、このままでは韓国にも追い抜かれる理由」 シンガポールと香港が、1人当たりGDP(国民総生産)ですでに日本より高い 経済力が落ちるから教育・研究が進まず、開発力が落ちる。そのため経済力が落ちる、という悪循環に陥っている 韓国や台湾が、1人当たりGDPで日本に迫る 2040年には韓国が日本より豊かな国になる 「大学の実力」で大きな差 清華大が世界一、東大は134位 ノーベル賞は「過去」を そして大学が「未来」を表わす 日本の給与水準では、高度専門家を集められず悪循環に 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている
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