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体罰・しつけ(その1)(「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由 うつ病や依存症になるリスクが高くなる、小学生バレーボール体罰 父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇、「法律で体罰禁止」に納得できない日本の親 世界の常識との深刻なズレ) [社会]

今日は、体罰・しつけ(その1)(「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由 うつ病や依存症になるリスクが高くなる、小学生バレーボール体罰 父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇、「法律で体罰禁止」に納得できない日本の親 世界の常識との深刻なズレ)を取上げよう。

先ずは、児童精神科医・臨床心理士の姜 昌勲氏が6月10日付け東洋経済オンラインに掲載した「「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由 うつ病や依存症になるリスクが高くなる」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/282403
・『最近は教育現場などで体罰が行われると、批難されるようになってきた。だが、「体罰が子どものしつけに適切ではない理由」を明確に語れる人は少ないだろう。そこで今回は、児童精神科医・臨床心理士の姜昌勲(きょう まさのり)氏が「体罰を子どもに与えてはいけない理由」について詳しく解説する。 残念ながら、家庭や教育現場での体罰や虐待に関する悲しいニュースを目にすることが多々あります。たいていの加害者は「しつけ」や「教育」のためであると話しているようです。 こういう痛ましいニュースが話題になるたびに、インターネット上では「体罰は絶対にいけない」「多少の体罰はしつけや教育のために必要」という両方の意見が書き込まれます。この問題については、まず先に結論から言います。体罰は絶対にダメです。体罰には、次のようなたくさんのデメリットがあるからです。 1つは、体罰と虐待の区別はつけられないこと。どこまでを教育やしつけの一部とするか、どこからを虐待とするか、線引きすることは不可能です。ルールを決めるときは、できる限り「曖昧さ」を排除する必要があります。曖昧なルールは、運用する側の都合のいいように、恣意的に利用される恐れがあるからです。 例えば、体罰を肯定する人は「よい体罰と悪い体罰がある」などと言いますが、誰がどう判断するのでしょうか?ひとたび「よい体罰」が容認されてしまえば、その境界線はどんどん拡大される危険性があります』、幼児虐待も「しつけ」を大義名分に行われており、「体罰」全般を禁止すべきだ。
・『体罰は「エスカレート」するもの  また、体罰はするほうもされるほうも慣れてしまうので、エスカレートしがちです。つまり、体罰を繰り返すうちに、より強度の高い体罰が必要になってしまうため、場合によっては子どもの健康や命にもかかわります。 そして、体罰を受けた人は、そのときの体の傷だけではなく心にも傷が残り、後々まで影響を受けることが知られているのです。体罰を受けた人は、成人後に不安障害やうつ病、依存症などの精神疾患に罹患しやすいという研究データもあります(※1National Epidemiologic Survey on Alcohol and Related Conditions)。 さらに体罰を受けた人は、自分が親や指導者になったときに体罰を繰り返してしまうという「体罰の連鎖」が起こりやすいのも問題でしょう。これは「虐待の連鎖」と同じことです』、「体罰の連鎖」とは恐ろしく、由々しい社会病理だ。
・『なお、「体への罰」だけでなく、言葉による傷つけ、暴言、いきすぎた叱咤激励も、子どもの心にダメージを残すことが知られています。親の暴言が子どもの知能指数を下げるという研究データも、アメリカや韓国などで出されているのです(※2Violence exposure, trauma, and IQ and/or reading deficits among urban children. Arch Pediatr Adolesc Med. 2002 Mar; 156 (3): 280?5. Delaney-Black V)。 臨床心理士の奥田健次氏の著書『メリットの法則』には、褒めて伸ばす指導を「アメ」、叱責や体罰を与える指導を「ムチ」に例えた場合の、ムチの副作用について以下のように書かれています(大意)。 ① 行動自体を減らしてしまう ② 何も新しいことを教えたことにならない ③ 一時的に効果があるが持続しない ④ 体罰をする側は罰的な関わりがエスカレートしがちになる ⑤ 体罰を受けた側にネガティブな情緒反応を引き起こす ⑥ 力関係次第で他人に同じことをしてしまう可能性を高める それでも体罰を肯定したい人たちは、次のように言うかもしれません。 「両親や部活動の顧問や先輩から体罰を受けたことがあるが、深い愛情を感じた。体罰によって自分を戒め、スキルアップできたと思う」「褒めて伸ばす指導をしたこともあるが、結果がついてこなかった。やはり効率よく効果を上げるには、体罰に勝る指導はないと感じた」「校内暴力や学級崩壊などの力による反抗に対しては、指導者側も力を使ってでも立ち向かっていくべきだ」』、「ムチ」には「副作用」があっても、「体罰を肯定したい人たち」がいるのは事実だ。彼らの肯定論の誤りを知りたいものだ。
・『教師の体罰は「指導力不足」なだけ  このような主張をされると、もしかしたら納得してしまう人もいるかもしれません。でも、裏を返せば、体罰よりも効果が高くて効率がよく、かつ子どもの体や心を傷つけることなく指導する方法を知らなかったというだけの話です。 学級崩壊、生徒の教師への暴力の解決策は、教師が報復的に体罰をすることではありません。警察や保護者や教育委員会、ソーシャルワーカー、スクールカウンセラーなどをはじめとした第三者の介入が必要です。余裕のない状況は思考的視野狭窄を起こすので、こじれた問題を当事者同士だけで解決しようとすることはおすすめできません。思考的視野狭窄は、判断力を低下させ、通常ならありえない意思決定を招く要因になります。 では、子どもに何かを教えるとき、体罰ではなく、どのような手段をとるといいでしょうか。 発達障害のある子どもを持つご両親向けの指導法に「ペアレント・トレーニング」というものがあります。これは「養育者が子どもにとって最高の指導者になる」との考え方から、養育者に子どもへの接し方や指導法のトレーニングをしてもらうというものです。本来は全10回のプログラムを隔週で、レクチャーと家庭での課題を段階的に半年かけて行います。 ペアレント・トレーニングについては、UCLAで行われたプログラムを、岩坂英己医師が日本向けに導入したもので、レクチャーする側を養成するプログラムなどもあり、各自治体で一般向けの講座とともに広まっています。 その中で、役に立つ考え方があるので紹介しましょう。行動のタイプ分けです。 まずは、子どもの行動を「好ましい行動」「好ましくない行動」「絶対によくない行動」の3つに分けます。子どもが自発的に明日の学校の準備を始めたなど、「好ましい(増やしたい)行動」をとったときは、すかさず注目して褒めます。ご褒美をあげてもいいのですが、一つひとつの行動に与えるのではなく、できれば行動がいくつか積み重なってからあげたほうがいいでしょう。子どもの「待つ力」を育むためです。 具体的には、子どもがよい行動をしたら「トークンシステム」というポイント表にシールを貼ったり、丸印をつけたりしてポイントを貯めていき、一定のポイントになったらご褒美と交換する方法がおすすめです。なお、トークンシステムは原則として加算のみで、悪い行動をしたときに減点しないほうがいいと思います。減点や罰は、取り扱いが非常に難しいからです』、「教師の体罰は「指導力不足」なだけ」、手厳しいがその通りなのかも知れない。ただ、褒めて育てるというのは、子どもの教育のみならず、職場での指導でも実際にはなかなか難しいことも事実だ。
・『子どもを「無視」したほうがいいとき  一方、「好ましくない(増やしたくない)行動」をとったときは、無視します。「無視」というと、悪いことのように聞こえるかもしれませんが、「無駄な注目をしない」ということです。子どもの存在自体を無視するのではなく、好ましくない言動を無視します。それでも、子どもによっては、好ましくない行動をエスカレートさせることがあるかもしれません。 その場合は「何をしたらいいのか」を短く具体的にわかりやすく指示してから無視するといいでしょう。そして、適切な行動を起こしたら、「無視」をやめて、すかさず褒めてください。 さて、「絶対によくない行動」をとった場合は、どのようにするのがよいでしょうか?いろいろな方法がありますが、代表的な方法の1つに「タイムアウト」があげられます。) タイムアウトとは、子どもをその場からいったん離して、1人にさせる時間をとる方法です。あまり長時間になると、罰ではないのに「罰を受けている」というネガティブな感情を惹起させることになるので数分程度にしましょう。 例えば、ほかの子どもに暴力を振るうというのは、「好ましくない行動」ではなく「絶対によくない行動」です。このような行動をとった場合、タイムアウトを宣告したうえで、あらかじめ決めた場所に連れて行き、1人で冷静になる時間をとらせます。タイムアウトは「シンキングタイム」とも表現されることがあります。興奮状態に陥っているような場合には、何を言っても頭に入らないので、とにかく冷静になるまで待つということも必要なのです』、「タイムアウト」で「冷静になるまで待つ」、というのは、子どもだけでなく、親にとっても必要なことは確かだ。
・『親子ともに達成感を得るには  ただ、事前にルールをわかりやすく説明しておいても、子どもがあらかじめ決めた場所に行かないこともあると思います。タイムアウトは罰ではなく、子どもはもちろん親のほうも冷静になることが目的なので、場所にこだわりすぎないことも大切でしょう。親が別室に移動するのも1つの対応ですが、子どもが「見捨てられた」と感じないよう予告してから行ったほうがいいと思います。 そして冷静になったら、なぜそのような行動を起こしたのか(子どもには子どもなりの理由があります)、次に同じことが起きたらどう振る舞うべきか、シミュレーションします。ときには「ロールプレイ」として、保護者や教師が相手役をして同じようなシチュエーションを再現し、子どもに「とるべきであった適切な行動」を練習してもらうのです。もちろん、きちんとできたらしっかり褒めましょう。 体罰は、「好ましくない行動」と「絶対によくない行動」を罰によって減らすという方法ですが、このペアレント・トレーニングの「行動のタイプ分け」は好ましい行動を褒めることによって増やすという方法です。人間が1日に行える行動は限られています。「好ましい行動」が増えれば、必然的に「好ましくない行動」「絶対によくない行動」は減っていくというわけです。しかも、体罰での指導よりも、指導する側もされる側も効果を実感でき、親と子どもの双方が達成感を得られるでしょう。 発達障害の子どもだけでなく、すべての子どもへの指導に使えるので、ぜひ参考にして日々の子育てや教育に取り入れてみてくださいね』、職場での指導にも上司「トレーニング」などが普及してほしいものだ。

次に、作家・スポーツライターの小林信也氏が11月28日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「小学生バレーボール体罰、父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/221800
・『小学生の女子バレーボールチームで体罰が発覚した。広く知られたきっかけは毎日新聞の報道だった。毎日新聞では次のように報じている。 <全国大会に出場経験がある大分県日出(ひじ)町の小学校女子バレーボールチームで、50代の男性監督が女児に体罰を加えた問題で、暴力の有無を調べた県小学生バレーボール連盟(県小連)が、被害女児や保護者から事情を聴かず、監督やコーチらの話を基に「体罰なし」と結論付けていたことが分かった。>(毎日新聞2019年11月21日付朝刊) さらにFNNテレビ大分の続報によれば、「50代の男性監督が、今年6月、練習中に『やる気が見られない』として、女子児童2人に対しグラウンドを走らせた上で2人の頭を平手で叩くなど体罰をしていたことが分かった」という』、「県小学生バレーボール連盟」の対応も、とんでもないとはいえ、実際にはありそうなことだ。
・『想像を超える小学生バレーの過熱ぶり 競合チームのレベルの高さに驚嘆  この出来事を理解するには、小学生バレーボールの過熱ぶりを先に紹介すべきだろう。 小学生とはいっても、毎年夏休みに行われる全国大会出場、そして優勝を目指して全国のチームがシノギを削っている。 今年で39回を迎えた「全日本バレーボール小学生大会」の予選には、全国で4690ものチームが参加している。うち3177チームが女子。小学生バレーボールの分野で、特に女子の熱が高いことがうかがえる。 ネットで大会の模様を見ることができる。一見して、そのレベルの高さに驚嘆する。小学生だから身体は小さい。だが、プレーの質や技術の高さは想像をはるかに上回る。男子はジャンピング・サービス当たり前、バックアタックも珍しくない。このレベルに達するために、強豪チームは相当な練習量を、かなりの気合の入れようでこなしている日常が容易に目に浮かぶ。将来は「春高バレーに」、そして「オリンピックに」わが子が出場する夢をふくらませ、父母たちの応援も過熱して不思議ではない。 また一方、日本のバレーボール界には、根強い体罰指導の習慣があったことも頭に入れておく必要がある。そのような指導がすべてとは言わないが、約10年前、中学高校バレーボール部活動に特化した雑誌編集を引き受け、取材を重ねて驚いた経験がある。その際、強豪私立高校の女子バレーボール部では、「監督に髪をつかまれ、床をひきずり回された」「ハサミで髪を切られた」といった証言と次々に出合ったからだ。「強くなるために」「他に心を向けないために」などの高圧的な指導がはびこっていた。 残念ながら、そういうタイプの監督たちが全国大会で結果を出すものだから、多くの指導者がそれを模範にし、中学校や小学校のレベルにも同様の指導が広がる。日本スポーツのあしき連鎖はバレーボールだけでなく、野球やその他のスポーツにも通じる悪弊だった。 ここ数年は真剣な見直しが進められ、ある有名高校監督が「指導方針を変えた」と、体罰や支配的な指導をやめたことを公言し、話題になったりもした。 元日本代表の益子直美さんは、5年前から「監督が怒らないバレーボール大会」を福岡県宗像市で主催し、賛同の輪を広げている。これも裏を返せば、いまも監督が怒る指導が主流だという逆証といえるだろう』、「全日本バレーボール小学生大会」、というのにまず驚かされた。かつては全国大会があるのは中学校以上だった筈だが、小学生でも「今年で39回を迎えた」とは・・・。しかも、小学生の頃は、様々なスポーツをやるべきなのに、専門的にやっているのは行き過ぎな気もするが、これが現実なのだろう。「日本スポーツのあしき連鎖はバレーボールだけでなく、野球やその他のスポーツにも通じる悪弊だった」が、「ここ数年は真剣な見直しが進められ」、というのはいいことだ。
・『父母たちの対応は意外なものばかり「ある程度の体罰は当たり前」  今回の出来事は単に体罰問題にとどまらなかった。さらに深刻なのは、父母たちの対応だ。毎日新聞はこう伝えている。<男性保護者「連盟に報告する意味があるのか。チームの存続が危うくなるし、監督が職を追われるということになりかねない」 別の男性保護者「全国大会に行くために練習してるんやろ」 女性保護者「一致団結せんと」 男性保護者「学校だったら横社会だけど、社会体育は縦社会。下が上に教わるとか、社会に出るための第一歩を教わるのが社会体育だ」>(毎日新聞2019年11月22日付WEB版) こうして読むと、隠ぺいを当然とする一部父母たちの強制的な発言は「異常だ」と感じられるだろう。だが、私がこの原稿を書き、伝えたいのは、こうした空気が実は日本中にあり、子どものスポーツを応援し始めると、「多くの父母たちが陥る、ありがちな感情だ」という揺るぎない事実だ。 私自身もそんな気持ちに支配された時期がある。おかしさに気づいて、少年野球監督の体罰未遂をとがめたことがあった。しかし、非難を浴びたのは私のほうだった。 「勝つためなら、ある程度の体罰は当たり前」「監督に任せた以上、コーチや父母は従うべきだ」 コーチが監督をかばうならまだしも、父母のほとんど全員が監督の体罰を容認した。それは、熱心にボランティアで指導してくれる人間味のある監督への感謝と厚意でもあるだろう。だが、体罰や支配的な指導は許されるべきではない。いくら社会でそう叫ばれても、日本中の父母やスポーツ応援者の心の中はまだ変わっていないのだ。 体罰の是非を論じる以前に、根底には、「たたけば伸びる」「耐えれば強くなる」という勝手な思い込みがある。「スポーツは大人が教えてうまくなる」、それが大人たちの間違った自己満足である、という戒めを強く自分に突きつける必要がある。 子どもはもともと才能を持っている。その才能を伸ばすのは、子ども自身の気づきであり、目覚めであり、主体的な意欲と行動だ。大人たちは、子どもに環境を与え、サポートしてあげるのが主な役目。上から目線で「教えてやる」と考えている指導者は即刻退場すべきだ。 そんな当たり前の本質に日本のスポーツ指導者、スポーツファンたちはまだ気づいていない。根強く信じられている間違った必勝法を改めてリセットする切実な必要性をこの出来事が物語っている』、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。

第三に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が12月12日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「「法律で体罰禁止」に納得できない日本の親、世界の常識との深刻なズレ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223163
・『厚生労働省が「体罰」に関する指針案を発表したところ、日本の親たちから非難が続出している。要は「ときに厳しく体罰でしつけないと甘ったれになる」ということなのだが、これは世界的なトレンドからは大きく逆行した考え方だ。世界では今、親の裁量に任せると命を落とす子どもが後を絶たないということで、法律で禁止する国が急増しているのだ』、「しつけ」を大義名分にした幼児虐待がこれほど相次いでいるのに、「指針案を発表」だけで「非難が続出」とは、どうかしている。
・『体罰禁止の厚労省指針案に親たちから非難が殺到  今月3日、厚生労働省が「体罰」に関する指針案を発表した。来年施行される改正児童虐待防止法に先立って、何をしたら体罰で、どこまでがセーフなのかということを示すため、以下のように「アウト」の具体例を提示したのである。 (1)口で3回注意したが言うことを聞かないので、頬を叩く (2)大切なものにいたずらをしたので長時間正座させる (3)友達を殴ってケガをさせたので、同じように殴る (4)他人の物を盗んだので、罰として尻を叩く (5)宿題をしなかったので、夕ご飯を与えない これに対して、世の親たちから批判が殺到しているという。中には、ここまで厳しく体罰禁止をされたら、親になりたくないという人も増えるのではないか、なんて意見もある。彼らがそこまで「体罰禁止」に反対する理由はザックリ分類すると、以下のような2本柱に集約される。 +単なる罰で叩くのはいけないが、愛情を込めて叩くのは問題ない +「これは本当に悪いことなんだ」と子どもに理解させるには、ある程度の「痛み」が必要 「その通り!こんなバカな法律はすぐにやめるべきだ」と大きく頷いていらっしゃる方も多いことだろう。この国では長らく、「ワガママで甘ったれたガキは鉄拳制裁で更生させる」というのが、理想の教育とされてきたからだ。 わかりやすいのが、40年前に放映が開始された「機動戦士ガンダム」だ。戦うことをゴネる主人公アムロ・レイが指揮官であるブライトに頬を打たれ、「親父にもぶたれたことないのに!」と怒った際に、ブライトが放ったこのセリフだ。 「それが甘ったれなんだ!殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか!」 令和の今も愛される国民的アニメのやりとりからもわかるように、日本では子ども、特に男の子が親に殴られることはむしろ必要で、“大人の階段を上る通過儀礼”のように捉えられてきたのだ』、「“大人の階段を上る通過儀礼”」とは言い得て妙だ。
・『体罰を禁止しても非行に走る子どもは増えない  そのような意味では、「体罰禁止」に反対される方たちの戸惑いや憤りはよくわかる。我が子をアムロのような「甘ったれ」にしたくない、という親心がそうさせているのだろう。 しかし、そこまでの心配には及ばないのではないか。「体罰禁止」になっても、ほとんどの子どもは人の道を外れることなくスクスクと育つ。体罰でしつけられないがゆえに、人を傷つけたり万引きを繰り返したりというような問題行動を起こす子どもがドカンと増えるなんてことはないはずだ。 なぜそんなことが断言できるのかというと、「体罰の法的全面禁止」は既に世界58カ国で支持されており、それらの国では、日本の親たちが心配するような問題は起きていないからだ。 日本では「体罰禁止」と聞くと、「理想論だ」とか「親の大変さをわかっていない」などとボロカスだが、世界には親から体罰を受けることなく、育てられて立派な大人になった人たちがたくさんいる。 もちろん、ハナからそうだったわけではない。 先ほど「日本では」という言い方をしたが、「悪い子どもに手をあげてこそ良い親」という考え方は、多かれ少なかれ、どの国にも存在していた。しかし、今の日本のように、「しつけ」名目で我が子を血祭りにあげる親が後を絶たないということで、法制化に乗り出したのである。 口火を切ったのは、「やはり」というか北欧・スウェーデンだ。日本では親に殴られたことのないアムロが「甘ったれ」だと視聴者をイラつかせていたまさにその頃、以下のような「子どもと親法6章1条」が制定されたのである。 「子どもはケア、安全および良質な養育に対する権利を有する。子どもは、その人格および個性を尊重して扱われ、体罰または他のいかなる屈辱的な扱いも受けない」(NPO法人 子どもすこやかサポートネットHPより) これをきっかけに、同国では「体罰をする親」が劇的に減った。スウェーデン児童福祉基金およびカールスタット大学の調査では、1960年代に体罰を行う親は90%以上だったが、80年代には30%強、2000年代になると10%程度まで減少している。 このスウェーデンの世界初の取り組みは、当初はそこまで国際社会で注目を集めなかったが、2000年代に入ると欧州へ広がり、2010年代に導入する国が急増。アフリカ諸国、ニュージーランド、南アメリカ、モンゴル、ネパールなども加わって、2019年についに58カ国になった』、「スウェーデン」で「1960年代に体罰を行う親は90%以上だったが、80年代には30%強、2000年代になると10%程度まで減少」、画期的な減少だ。
・『体罰を野放しにすると命を落とす子が続出  では、なぜ日本の親たちが「愚策」と切り捨てる「体罰全面禁止」を受け入れる国がここにきて急増しているのか。 この国際的なトレンドを否定的に見る人は、「そんなもん、プラスチックストロー廃止とかと一緒で、環境やら人権やらに対して意識の高い国だってアピールができるからでしょ」と、一種のパフォーマンスのように受け取っているかもしれないが、そうではない。 親の「良心」に任せてこの問題を放置していると、凄まじい勢いで子どもが殺されていくため、藁にもすがるような思いで導入しているのだ。その代表がフランスである。実はあまりそのようなイメージがないかもしれないが、かの国も、日本に負けず劣らずの「児童虐待大国」なのだ。 フランス政府が2018年に発表した統計によれば、1週間に1人から2人の子どもが親の虐待で命を落としている計算になるほどで、虐待の通報窓口にかかってくる電話の数は、なんと年間約46万6000件。1日平均だと1300件近くに上るという。 ちなみに、日本全国212カ所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数は15万9850件(平成30年度の速報値)。過去最多を記録したが、フランスは日本の約3倍である。一概に比較できるものではないが、フランスでもかなり深刻な社会問題だということがうかがえよう。 なぜこうなってしまったのか。NHKの「BS1ワールドウオッチング」の「深刻化する児童虐待 試行錯誤するフランス」(2019年4月5日)によれば、こんな理由があるという。《もともとフランスは、児童虐待の取り組み自体は歴史がある国で、100年以上前から法整備が進められてきた。その一方で、子どもへの体罰に関しては、教育やしつけという意識があり、なかなか議論が進まなかった》 「海外では子どもの体罰が禁止されている」という話を聞くと、「ここは日本だ!日本には日本人ならではの教育方法がある!」とかキレる人たちが必ず出てくるが、似たような考えから「体罰」を容認してきたのは、日本に限ったことではないということだ。 どの国もそれぞれの文化に合わせた教育方法を持っており、程度の差はあるものの「言うことを聞かない子どもには暴力でお仕置きを」という思想があって、それをつい最近まで子育ての現場で受け継いできたのである。 しかし、そういう伝統だ、教育だ、と悠長なことを言ってられないほど、「しつけという名の虐待」が増えてきたという現実がある。このまま親に「愛情のある暴力」を恣意的に運用させる自由を与えていたら、屍の山ができるだけだということで、すがる思いで「体罰全面禁止」に舵を切るのだ』、「「体罰全面禁止」を受け入れる国がここにきて急増している」のは、「体罰を野放しにすると命を落とす子が続出」、海外でもそうだったのかと納得した。特に、「フランス」では「1週間に1人から2人の子どもが親の虐待で命を落としている」、というのは衝撃的な数字だ。
・『職場で蔓延するパワハラやいじめも減らすことができる  実際、フランスも今年、民法第371-1条を改正し、「日常にある教育上の暴力の禁止」の中に「親の権威は、いかなる身体的または心理的暴力も用いることなく行使される」(NPO法人 子どもすこやかサポートネットHPより)という文章が加えられている。 日本人はどうしても「日本は他の国と異なる特別な国」という思いが強いが、殺人、強姦、窃盗など、異なる国や文化の中で共通する普遍的な社会病理というものがある。「児童虐待」もその中の1つだ。そう考えれば、世界58カ国が支持している「体罰全面禁止」という普遍的な解決策を日本も採用するというのは、それほど「愚策」だとは思えない。 最初は確かに戸惑うかもしれないが、子どもを叩かない子育てが当たり前になっていくことで、犠牲者の減少などのメリットも増えていくはずなのだ。 そこに加えて、「体罰全面禁止」を法制化することは、日本社会を悩ませているさらに大きな問題の解決につながる可能性もあるのだ。 それは「パワハラ・職場いじめ」だ。 いじめ相談をしていた小学校教師が、同僚をよってたかったいじめたり、日本を代表する大企業で「死ね」とか「殺すぞ」という恫喝によって、自殺する若者が後を絶たないことからもわかるように、「パワハラ・職場いじめ」というのも、日本が克服できない「病」のひとつである。 実際、厚労省の「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況 」によれば、職場でのいじめや嫌がらせは8万2797件と過去最多になっているという。 しかし、これも日本に限った話ではない。どんな世界にもいじめは存在しており、スウェーデンなど幸福度の高い国でも、深刻な「職場いじめ」が報告されている。 では、この人類普遍的な問題を、世界はどう解決しようとしているのかというと、ここでも「法制化」である。要するに、パワハラや職場いじめの全面禁止を法的に明文化しているのだ』、「「職場いじめ」・・・この人類普遍的な問題を、世界はどう解決しようとしているのかというと、ここでも「法制化」である。要するに、パワハラや職場いじめの全面禁止を法的に明文化しているのだ」、このままでは、日本も世界の潮流から取り残されてしまう。
・『職場のハラスメント行為を禁止しない日本の「言い分」  そのトレンドを象徴するのが今年6月、国際労働機関(ILO)で採択された条約だ。これは、職場でのハラスメント全般を禁止しているのだ。 「そんなことくらい日本でもやっているだろ」と思う方もいるかもしれないが、日本で今年5月に成立した「女性活躍・ハラスメント規制法」はそこまで立ち入っていない。 ハラスメント行為自体を禁止する規定はなく、相談窓口設置など防止対策を企業に義務付ける内容にとどまっているのだ。 なぜこんな骨抜きになったのかというと、「体罰」とまったく同じだ。「体罰を禁止にされたら育児ができない」と主張する一部の親のように、「ハラスメントを禁止されたら、上司が安心して部下を指導できない、この法律のせいで会社の業績が悪くなったらどうしてくれるんだ」という経済界からの批判に対して配慮をしたのである。 ちなみに、このような「労働者をあまり手厚く保護したら景気が悪くなる」というのは、経営者が大好きな思想で、「最低賃金を引き上げたら、中小企業がバタバタ倒れて日本はおしまいだ」という主張のベースにもなっている。 この手のものを法制化することの最大のメリットは、先ほどのスウェーデンの例のように、国民の意識を大きく変えることができる点にある。体罰を法律で禁止すれば、一部のアウトロー的な親以外は体罰を控える。ハラスメントが法律で禁止されれば、「俺のはパワハラじゃなくて愛のあるイジりだから」なんてのたまう勘違い上司も我が身を振り返る。 そのようなマインドチェンジが、実は体罰やハラスメントを「禁止」と法律に明記する最大のメリットなのだ。 そういう観点から世界ではバタバタと法制化が進んでいるわけだが、日本は頑なにその流れに背を向けてきた。 「体罰か虐待かという線引きは、親の判断に任せるべきだ」「ハラスメントか厳しい指導かというのは上司の判断に任せるべきだ」という感じで、ルールをつくることを頑なに避けて、個人の自主性に委ねてきたのである。日本社会は差別がなく平等だとか言いながら、「子供」や「労働者」に対してはかなり厳しく、いまだに親や経営者の「所有物」であるかのように扱ってきたのだ。 しかし、その結果が今である。定期的に壮絶な虐待を受けて亡くなる子どものニュースが出てくる。おそらく、またしばらくすればワイドショーを賑わすはずだ。パワハラやイジメ、体罰も同様である。 いたましい事件が起きて瞬間風速的に議論が盛り上がってウヤムヤにされる、そしてまた次の犠牲者がーー。そろそろ、この救いようのないエンドレスリピートの本質的な原因を直視すべきではないのか』、「体罰を法律で禁止すれば、一部のアウトロー的な親以外は体罰を控える。ハラスメントが法律で禁止されれば、「俺のはパワハラじゃなくて愛のあるイジりだから」なんてのたまう勘違い上司も我が身を振り返る。 そのようなマインドチェンジが、実は体罰やハラスメントを「禁止」と法律に明記する最大のメリットなのだ」、その通りだ。筆者の説得力溢れた主張には、全面的に賛成である。
タグ:東洋経済オンライン 小林信也 ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 体罰・しつけ (その1)(「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由 うつ病や依存症になるリスクが高くなる、小学生バレーボール体罰 父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇、「法律で体罰禁止」に納得できない日本の親 世界の常識との深刻なズレ) 姜 昌勲 「「体罰で子供しつける」が許されない納得の理由 うつ病や依存症になるリスクが高くなる」 体罰には、次のようなたくさんのデメリットがある 1つは、体罰と虐待の区別はつけられないこと 体罰は「エスカレート」するもの 体罰を受けた人は、自分が親や指導者になったときに体罰を繰り返してしまうという「体罰の連鎖」が起こりやすいのも問題 言葉による傷つけ、暴言、いきすぎた叱咤激励も、子どもの心にダメージを残す 親の暴言が子どもの知能指数を下げる ムチの副作用に ① 行動自体を減らしてしまう ② 何も新しいことを教えたことにならない ③ 一時的に効果があるが持続しない ④ 体罰をする側は罰的な関わりがエスカレートしがちになる ⑤ 体罰を受けた側にネガティブな情緒反応を引き起こす ⑥ 力関係次第で他人に同じことをしてしまう可能性を高める 教師の体罰は「指導力不足」なだけ 思考的視野狭窄は、判断力を低下させ、通常ならありえない意思決定を招く要因になります 「ペアレント・トレーニング」 子どもの行動を「好ましい行動」「好ましくない行動」「絶対によくない行動」の3つに分けます 子どもを「無視」したほうがいいとき 「絶対によくない行動」です。このような行動をとった場合、タイムアウトを宣告したうえで、あらかじめ決めた場所に連れて行き、1人で冷静になる時間をとらせます 「シンキングタイム」 親子ともに達成感を得るには 「小学生バレーボール体罰、父母さえ隠ぺいに走らせる「スポ根」発想の闇」 想像を超える小学生バレーの過熱ぶり 競合チームのレベルの高さに驚嘆 父母たちの対応は意外なものばかり「ある程度の体罰は当たり前」 体罰の是非を論じる以前に、根底には、「たたけば伸びる」「耐えれば強くなる」という勝手な思い込みがある 子どもはもともと才能を持っている。その才能を伸ばすのは、子ども自身の気づきであり、目覚めであり、主体的な意欲と行動だ。大人たちは、子どもに環境を与え、サポートしてあげるのが主な役目 「「法律で体罰禁止」に納得できない日本の親、世界の常識との深刻なズレ」 厚生労働省が「体罰」に関する指針案を発表したところ、日本の親たちから非難が続出 日本では子ども、特に男の子が親に殴られることはむしろ必要で、“大人の階段を上る通過儀礼”のように捉えられてきたのだ 体罰を禁止しても非行に走る子どもは増えない 「体罰の法的全面禁止」は既に世界58カ国で支持されており、それらの国では、日本の親たちが心配するような問題は起きていない 「悪い子どもに手をあげてこそ良い親」という考え方は、多かれ少なかれ、どの国にも存在していた。しかし、今の日本のように、「しつけ」名目で我が子を血祭りにあげる親が後を絶たないということで、法制化に乗り出したのである 口火を切ったのは、「やはり」というか北欧・スウェーデン スウェーデン 1960年代に体罰を行う親は90%以上だったが、80年代には30%強、2000年代になると10%程度まで減少 体罰を野放しにすると命を落とす子が続出 親の「良心」に任せてこの問題を放置していると、凄まじい勢いで子どもが殺されていくため、藁にもすがるような思いで導入しているのだ。その代表がフランス 1週間に1人から2人の子どもが親の虐待で命を落としている い子どもには暴力でお仕置きを」という思想があって、それをつい最近まで子育ての現場で受け継いできたのである。 しかし、そういう伝統だ、教育だ、と悠長なことを言ってられないほど、「しつけという名の虐待」が増えてきたという現実がある。このまま親に「愛情のある暴力」を恣意的に運用させる自由を与えていたら、屍の山ができるだけだということで、すがる思いで「体罰全面禁止」に舵を切るのだ 職場で蔓延するパワハラやいじめも減らすことができる どんな世界にもいじめは存在しており、スウェーデンなど幸福度の高い国でも、深刻な「職場いじめ」が報告 この人類普遍的な問題を、世界はどう解決しようとしているのかというと、ここでも「法制化」である。要するに、パワハラや職場いじめの全面禁止を法的に明文化しているのだ 職場のハラスメント行為を禁止しない日本の「言い分」 「女性活躍・ハラスメント規制法」 ハラスメント行為自体を禁止する規定はなく、相談窓口設置など防止対策を企業に義務付ける内容にとどまっている この手のものを法制化することの最大のメリットは、先ほどのスウェーデンの例のように、国民の意識を大きく変えることができる点にある。体罰を法律で禁止すれば、一部のアウトロー的な親以外は体罰を控える。ハラスメントが法律で禁止されれば、「俺のはパワハラじゃなくて愛のあるイジりだから」なんてのたまう勘違い上司も我が身を振り返る。 そのようなマインドチェンジが、実は体罰やハラスメントを「禁止」と法律に明記する最大のメリットなのだ そろそろ、この救いようのないエンドレスリピートの本質的な原因を直視すべきではないのか
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