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介護(その4)(複雑化する「老老介護」と90歳認知症医師の孤独、「私の家でない」改造が裏目に認知症介護の苦悩 認知症の人ための「住宅リフォーム」を考える、89歳の要介護女性がヤマトの荷物運ぶ深い理由 「要介護者に活動の場を」大牟田市の挑戦) [社会]

介護については、昨年10月23日に取上げた。今日は、(その4)(複雑化する「老老介護」と90歳認知症医師の孤独、「私の家でない」改造が裏目に認知症介護の苦悩 認知症の人ための「住宅リフォーム」を考える、89歳の要介護女性がヤマトの荷物運ぶ深い理由 「要介護者に活動の場を」大牟田市の挑戦)である。

先ずは、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が本年1月21日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「複雑化する「老老介護」と90歳認知症医師の孤独」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00059/?P=1
・『なんとも痛ましい事件が、また起きてしまった。 88歳の母親が寝たきり状態の70歳の娘を刃物で刺し、無理心中を図った。パーキンソン病の娘を母親が介護する「逆・老老介護」。88歳の母親は、70歳の娘の車いすを押し、おむつ替えや着替えなどの身の回りの世話をしていた。 親子は「サービス付き高齢者向け住宅」で暮らし、母親は周囲に「このまま介護を続けていくにはどうしたらいいのか。お金も大丈夫かしら」と、事件の1カ月ほど前から、漏らすようになったと報じられている。 親子が暮らしていたサービス付き高齢者向け住宅は、「自立して生活できる高齢者」が安心して暮らせることを目的に、「地域包括ケアシステム」拡充の施策として2011年に創設された。立地場所や、サービス内容によって家賃は大きく異なり5万~30万円超。安否確認や生活相談はあるけど、介護サービスを受けるには外部の在宅介護サービスを利用する必要がある。 ただ、24時間介護してくれる公共の特別養護老人ホームが、常に満員で入れない状況があるため、手厚い介護が必要な高齢者が、低家賃のサービス付き高齢者向け住宅に入居する場合がある。 88歳の親子がどういった経緯で高齢者向け住宅に住んでいたかは不明だが、サービス付き高齢者向け住宅では2015年1月から1年半の間に、死亡や骨折など少なくとも3000件以上の事故が報告されている』、この母娘が「サービス付き高齢者向け住宅」に入居せざるを得なかったところから、無理があったようだ。
・『超高齢化社会が進み複雑化する介護問題  また、「逆・老老介護」という言葉について、介護関係者に聞いたところ「ここ最近使うことが増えた」とのこと。引きこもり状態にある50代が80代の親とともに暮らす「8050問題」が注目されているが、「引きこもりの子供が病気がちだったり、体が弱かったりすることが少なくない。80歳を超えた親が、50歳の子供の身の回りの世話をしているケースはある」と話してくれた。 「逆・老老介護」を夫婦間の介護について使う場合もあり、「90歳を過ぎた高齢者が80歳前後の配偶者を介護する例はこの数年で急激に増えた」(介護関係者)。 厚生労働省の国民生活基礎調査でも、同居の主な介護者が80歳以上というケースは、2001年の6%から20016年は16%に増加している。2018年に公開されて話題となったドキュメンタリー映画「ぼけますから、よろしくお願いします。」でも、認知症の90歳の妻を介護するのは、98歳の夫だった。 寿命が延び、90歳を過ぎても元気な高齢者が珍しくない一方で、パーキンソン病は50歳過ぎ、アルツハイマー病では65歳を過ぎると発症する人が増える。超高齢化社会では介護問題は喫緊の課題なのに、問題解決する間もなく新たな問題が生まれ、状況はさらに複雑になっている。 88歳の母親の日々を想像するだけで、胸が詰まる……。介護は元気な中年でも精神的にも、肉体的にも負担が大きいし、はたからはどんなに元気で、しっかりしているように見える人でも、年齢には勝てない。老いには個人差があるが、誰もが例外なく老いる。それは「昨日までできていたことができなくなる」というリアルだ。 これまでも介護問題については、さまざまな角度から取り上げてきたけれど、「老いる」ということへの理解の乏しさを痛感させられる出来事が増えた。 つい先日も、スーパーでおばあさんが支払いに時間がかかっていると、後ろの男性が「チッ、早くしろよ!」と声を荒らげていた。こういった光景は以前からあったので、私はレジに並ぶときは高齢者の後ろに並ぶようにしていたのだが、声を荒らげたのは私の後ろにいた人。ついにらんでしまったら、男性はバツが悪そうに貧乏ゆすりをし……、ちょっと怖かった。 デパートや駅のエスカレーターでは、いまだに左側に寄ってないことにいら立つ人がいる。「そんなに急いでいるなら階段を使え!!」と思うのだが、エスカレーターに乗っている人に接触する勢いで駆け下りていくのは本当に危険だ。 間違えて子供用の切符を買ってしまったおばあさんに、ひたすら「手数料がかかるけどいいですか?」と迫る駅員を見たときには怒りすら覚えた。 おばあさんと駅員の会話によれば、孫を連れていたおばあさんは間違えて子ども用のボタンで2枚分買ってしまったらしい。 で、それを「大人用に変えてほしい」とおばあさんが言っているのに対し、駅員さんは「一度買った切符は変えられない。手数料がかかる」の一点張り。 おばあさんはちょっと押し間違えただけなので、なぜ、手数料がかかるのかが理解できない。おばあさんに分かるように、ゆっくり丁寧に言えばいいのに、駅員はどんどんと高圧的になり、おばあさんは「ごめんなさい。押し間違えちゃって」と謝り続けた。 見かねた通りすがりの男性が、「押し間違えただけなのに、手数料がかかるんですか?」と駅員に尋ねると「はい。規則なんで」。その態度は悲しくなるほど機械的で。「なんでこんなに高齢者に冷たいんだ」と私の脳内のサルは大騒ぎだった』、「同居の主な介護者が80歳以上というケースは、2001年の6%から20016年は16%に増加」、「逆・老老介護」がここまで増えているとは改めて考えさせられた。「駅員」の「機械的」対応は、自動化が進んだ鉄道会社の問題だ。
・『認知機能低下は老いれば普通のこと  老いる──。年を取っていく親と日常頻繁に接していると、「年を取るって、大変なことなんだなぁ」とつくづく思う。 視力一つ取ってみても、視野が狭くなる、色の識別が難しくなる、明るいところから暗いところに入ると見えなくなるといった自然な老いに加え、緑内障になると視野の一部が欠けるため、足元が見えづらくなったりもする。 聴力の低下というと、単純に「耳が聞こえない」状態をイメージするかもしれないけれど、通常の聴力がある高齢者でも「初めて話す人」の話や、外出して緊張していると聞こえづらくなる。「転ばないようにしなきゃ!」と歩くことに集中するあまり、車の音さえ耳に入らなくなる。 どんなに気持ちが元気な高齢者でも、体力と認知機能の低下から逃れるのはムリ。ちょっとでも疲れると、ますます認知機能は低下するし、高齢になると思い込みも激しくなる。周りがせかすと焦り、余計にできなくなったりすることもある。 つまるところ、「見えづらい、聞こえづらい、忘れやすい、勘違いしやすい、覚えられない、思い込みが激しくなる」という現実の繰り返しが老いることだ。 ところが、高齢者のこういった言動は、すぐ「認知症」に直結させられてしまう。この短絡的な解釈が、どれだけ高齢者やその家族を生きづらくしていることか。高齢の親と接する機会が多い人には、私が何を言いわんとしているかが分かると思う。 そもそも「認知症=病気」ではない。「認知症=何もできない」わけでもない。 認知症とは、「物忘れや認知機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたしている状態」である。 例えば、頭痛がさまざまな病気で引き起こされるように、認知機能の低下にも多種多様の原因がある。アルツハイマー病やレビー小体症などが認知症につながるとされているけど、その原因はすべて数えると70種類以上にもなる。原因が特定できない場合もある。さらに障害の種類や重さ、症状は個人差があり千差万別だ。 しかも、たとえ認知症につながる病気になっても、症状の進行度合いは人によって違うし、生活に支障がない範囲であれば「認知症」とは診断されないのだ。 2019年、認知症対策を強化するための「数値目標」なるものが、政府の有識者会議で提示され、物議をかもしたのを覚えているだろうか。批判がやまなかったことから最終的に取り下げられたが、当初は「6年間で6%減」という数値目標を掲げていた。 70代の発症を10年間で1歳遅らせると、70代の認知症の人の割合を約1割減少させることができるという試算に基づき、2025年までの6年間で70代人口に占める認知症の人の割合を6%減らすとしていたのである』、「そもそも「認知症=病気」ではない・・・認知機能の低下にも多種多様の原因がある・・・その原因はすべて数えると70種類以上にもなる。原因が特定できない場合もある。さらに障害の種類や重さ、症状は個人差があり千差万別だ」、「認知症」の奥の深さを再認識させられた。
・『「老い」に絶対的な予防法はない  数値目標が掲げられた背景には、超高齢化社会で増え続ける社会保障費の問題があるわけだが、認知症は生活習慣病のように生活習慣を改めれば改善できるものでもなければ、ましてや、科学的根拠のある治療法や予防法が確立されているものでもない。 もちろん「運動習慣のある人の方がなりづらい」「健康的な食生活をしている人の方がなりづらい」「浴槽につかる習慣のある人の方がなりづらい」「おしゃべりな人の方がなりづらい」といった調査結果はある。 しかしながら、あくまでも「確率」の問題であり、絶対的な予防法ではない。「これをやっていれば大丈夫!」というわけでもない。 誤解のないように断っておくが、予防に努めるのはとても有意義だし、大切なこと。国が積極的に取り組むことで、多くの自治体が高齢者に無料で体操教室を開催したり、食事教育を行ったり、多くの高齢者が楽しむ「場」が増えたりすることには大賛成だ。 私の母も近くの高齢者交流館に、「それ体操教室だ!」「それコーラスだ!」と毎日楽しそうに通っているし、それは家族にとっても本当に有り難いことだ。 しかしながら、「認知症」という言葉をまるで病名のように使い、「予防すれば認知症にならない」というイメージを助長するような取り組みは、高齢者を逆に追い詰める。 「迷惑をかけてしまって申し訳ない」「なんでこんなバカになってしまったのか」「一生懸命努力しているんだけどね……」「こんなになってしまって恥ずかしい」「認知症になって子に恥をかかせたくない」etc.etc. これらは年を取り、「今までできていたことができなくなった」高齢者が、こぼす言葉だ。 しかも、たとえどんなに予防に積極的に取り組んでいても、「喪失体験」がつきまとう高齢者の日常では、ある出来事をきっかけに認知症になってしまうことがある。 配偶者が亡くなったり、病気になり入院生活を余儀なくされたり。あるいは子供と同居するために引っ越しをするなど、生活環境が変化するだけでも認知機能は著しく低下する』、「「認知症」という言葉をまるで病名のように使い、「予防すれば認知症にならない」というイメージを助長するような取り組みは、高齢者を逆に追い詰める」、健常者が大いに気を付けるべきことだろう。
・『老いの表れ方は一様ではない  繰り返すが認知症は「物忘れや認知機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたしている状態」であって病気ではない。であるからして、生活環境の変化に起因する「認知症」は、時間の経過や、また、笑いや喜びのある生活によって、おしゃべりできる友人ができたり、一緒に楽しめるコミュニティができたりすると、治る。そう、治る場合があるのだ。 ただし、「老いている」ことに変わりはないので、「ん?」と思う言動がなくなるわけじゃない。 つまり、それが「老いる」ということ。中年期でも調子のいい時と悪い時、さえている時とさえない時があるのと同じだ。その度合いが高齢期になると強まり、環境の影響も大きくなり、個人差も目立つというだけだ。 認知症の判断基準になっている「長谷川式認知症スケール」を作成し、2018年に自らも認知症であることを告白した精神科医の長谷川和夫先生(90歳)は、「認知症にならないのは1割しかいない。超エリートなんだよ」と常々話していた。 ご自身が嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症になってからは、「認知症になって人が変わるわけではない。『いつもの自分だ。大丈夫だ』と思えるときがある。認知症になっても、すべてなくなるわけじゃない。認知症は変動する。これほどまでにいい時があるとは、自分がなるまで分からなかった」とおっしゃっていた。 医師として、患者として、経験を一人でも多くの人に伝えたいという思いから、今も講演活動を続けている。その様子を、先日NHKがドキュメンタリーで報じていたが、私は娘さんの気持ちが自分とクロスして、涙が止まらなかった。 私も高齢者向けのプログラムを開発したり、講演をしたりすることがあるが、研究者の端くれとして「どんな雨も自分が降られてみないと、その雨の冷たさは分からない」のだなぁと痛感させられた。 認知症が、徐々に、そして確実に進行する長谷川先生のケアをする、81歳の奥さんの負担は日に日に増し、長谷川先生は奥さんの負担軽減のためにトライアル的にグループホームに宿泊することを決意。予定では2泊3日だった。ところが1泊で帰ってきてしまったのだ』、「生活環境の変化に起因する「認知症」は、時間の経過や、また、笑いや喜びのある生活によって、おしゃべりできる友人ができたり、一緒に楽しめるコミュニティができたりすると、治る。そう、治る場合がある」、なるほど。「長谷川先生」の「NHKドキュメンタリー」は私も観たが、いい番組で、特にケアをしている娘さんには感心した。
・『「老い」は一人ひとり違う  「何をしたいのか?と聞いてほしかった。あそこにいくと自分は孤独だった」──。 こう話す長谷川先生は、自分が考案したグループホームで全く楽しめなかった。 グループホームは長谷川先生が認知症の研究をする中で、「認知症になった高齢者がみんなと楽しく笑えるように」という思いから、1980年代にスタートしたものだった。 にもかかわらず、実際に自分が認知症になり参加したグループホームで長谷川先生は「孤独」だった。カメラに映し出される長谷川先生のまなざしは、悲しくて、つまらなくて、さみしそうで。みんなで歌ったり、輪投げをしたりするときの表情は気の毒なほどだった。 1日早く帰宅し、まっしぐらに自分の書斎に向かった長谷川先生。書斎は何十年も、認知症になってからも、毎日、自分がそこで学び、仕事をした場所だ。私の父も、最後の最後まで自分の書斎にいる時間を、何もしない、何もできない状況になっても「手放さなかった」。 私たちがそうであるように、年をとっても認知症になっても、誰もが「私」でいたい。「高齢者」とか「認知症」とか、ひとくくりにされたくない。「人」として向き合って欲しいのだ。 「君が認知症になって、初めて君の認知症研究は完結する」と長谷川先生は、先輩の医師に言われたそうだが、まさにその通りだったのである。 先の政府の指針には「尊厳を守り共生する」ことが掲げられている。……実に美しい言葉だ。 「共生」とは、スタンダードを変えること。階段の手すり、大きな文字、大きなスイッチ、見分けやすい色などのハード面に加え、私たちのマインド、つまりソフト面のスタンダードも高齢化社会に合わせることだ。 以前、日経ビジネス電子版で取り上げられていた記事「認知症対策、イオン、ヨーカ堂が育てた『大規模サポーター』の効果」のような取り組みをする企業や社会が当たり前になればいいなと心から思う。できれば「認知症サポーター」ではなく、「高齢者サポーター」にしていただきたいけど』、「「君が認知症になって、初めて君の認知症研究は完結する」と長谷川先生は、先輩の医師に言われた」、「先輩の医師」の洞察力の深さには、頭が下がるほかない。

次に、ノンフィクション作家の奥野 修司氏が2月10日付け東洋経済オンラインに掲載した「「私の家でない」改造が裏目に認知症介護の苦悩 認知症の人ための「住宅リフォーム」を考える」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/327632
・『高齢化がますます進み、近い将来、5人に1人が認知症になる時代がやってくる。家族の将来を考えてバリアフリー化などリフォームを考える人は多いが、実は間違ったリフォームはかえって症状を悪くする可能性がある。例えば、あらゆる段差をなくし、ケガをしないように「バリア」のない住居にする。一見、いいことに思えるが、自宅のバリアフリー化は元気なうちから先回りしすぎると逆効果になるという。日常的に接するバリアが身体を鍛え、健康を維持するのに役立つという側面があるからだ。またリフォームの内容やタイミングによっては、慣れ親しんだ家が自宅に思えなくなる可能性もあるという。 ノンフィクション作家の奥野修司氏は、これまで多くの認知症当事者や家族を取材することで、リアルな実情、そして問題点を見つめてきた。家族がよかれと思ってした選択が、結果的に当事者や家族を不幸にしてしまう例もある。今回は、リフォームの問題点について、最新の著書『なぜか笑顔になれる認知症介護』より抜粋して紹介する。当然のことながら個別の事情や症状によっても異なるのであくまで一例として参考にしていただきたい』、「日常的に接するバリアが身体を鍛え、健康を維持するのに役立つという側面がある」、「慣れ親しんだ家が自宅に思えなくなる可能性もある」、言われてみればその通りで、ハウスメーカーやリフォーム業者が宣伝する「バリアフリー化」の落とし穴に気づかせてくれた。
・『リフォームは当事者の目線で!  「認知症の母の将来を考えてリフォームしたのに、なぜか『家に帰りたい、家に帰りたい』とばかり言う。こんなことならリフォームなんてしなければよかった」「せっかくバリアフリーにしたのに、認知症の父は歩きにくそう。どうして?」 リフォームに関してこんな悩みを聞くことがある。間違ったリフォームのためにかえって症状を悪くする場合があるというが、どういった点に気をつければいいのだろうか。認知症当事者の平みきさんと、デイサービス「DAYS BLG!」を運営する前田隆行さんに伺ってみた。 一口にリフォームといっても、内容以前に時期も重要な要素である。例えば、(1)認知症ではない時期 (2)軽度の認知症と診断された時期 (3)症状が進行し始めた時期 などが考えられるが、(3)は冒頭で紹介した「家に帰りたい」ケースで、「ある程度早い段階でリフォームするのはいいが、認知機能が落ちてからリフォームすると、症状がさらに進みます。やるべきではない」と平さんは言う。 都会に住んでいた娘が、認知症になった母親を引き取ったら、逆に認知機能が下がってしまったというケースもある。また、親が認知症になったのでリフォームしたら、「ここは俺の家ではない」と言い張るので困っているという方もいた。リフォームなどで環境が大きく変わると、住環境の連続性が断たれてしまう。よかれと思ってしたことが、裏目に出ることもあるのだ。 考えられるのは(1)認知症ではない時期と(2)軽度の認知症と診断された時期だが、まだ元気なうちにリフォームするにはどこに気をつけたらいいのか、平さんに尋ねてみた。 「リフォームのポイントはいくつかありますが、まず玄関は車いすが入れられる広さにし、廊下も広めに取ることです。手すりは両側に取り付けたほうが楽です。トイレ、風呂、脱衣所も介助者が一緒に入れる広さがあったほうが使い勝手がいい。脱衣所は狭いとだめです。風呂場は内開きのドアより、引き戸のほうが移動は楽です。毎日使うところはできるだけ動線を広く取ること。階段はなるべく直線ではなく、曲がってもいいから傾斜を緩やかにしてください」』、「都会に住んでいた娘が、認知症になった母親を引き取ったら、逆に認知機能が下がってしまった」、田舎の人付き合いが切れてしまったのも原因かも知れない。
・『全自動トイレはNG?  もし4LDKの一軒家があったとすると、3LDKにして風呂、トイレ、廊下は広くしたほうがいいという。 「最近はトイレも全自動になっていますが、これはやめたほうがいいです。トイレっていろんな種類があるんです。トイレによっては水を流す位置も違うし、機能も違います。全自動で全部流すことが習慣になると、認知症になったときに外でトイレを使っても流さなくなることが多いんです」 実際に全自動のトイレで生活していた女性が認知症になった際に、旅館のトイレで大便をしたままお尻も拭かずに出てきたことがあった。トイレを使う手続き記憶(経験の繰り返しによって獲得された記憶)から、お尻を拭いて流すという記憶が欠落してしまったからだろう。こんな失敗が続くと、本人も家族も外出を敬遠する。日常生活の楽しみである外出がなくなると、ストレスが溜まる一方だろう。やがて爆発しないとも限らない。 平さんは、バリアフリーも考えものだという。 「完全なバリアフリーは、足を上げるという機能をなくしてしまいます。段差があるという認識がなくなり、ちょっとした段差でもつまずいてしまうんです。相当に症状が進んだ人でなければ、普段から足を上げることを認識させれば、バリアフリーにしなくても大丈夫です。不安なら、階段のところに白いテープを貼って『段差だよ』と教えてあげればいいのです。そうすれば段差とわかるし、絶対に学習します。転んだら痛いですから」 症状が軽い段階なら、段差でつまずかないように足を鍛えればいい。人に頼らない生活を望むなら、本人も努力するしかないのだ。 前田さんが運営するBLGの建物も典型的な非バリアフリーで段差だらけだ。それでも段差につまずいて倒れた利用者はいないという。 「バリアフリーにすると安全だと思うでしょう?実は転ぶんです。段差があるほうが転ばないんです。視空間認識に障害が出た人は、床板の継ぎ目の黒い線でも段差に見えることがあります。普段、家の中に段差がない生活をしていると、急に段差があらわれたら足が動かず、バランスを崩して転びます。普段から段差がある生活だと、段差が見えてもさっと跨ぐなりして体をうまく動かせるんです」 視空間認識に障害があると、暗い部分が落ち込み、明るい部分との境目が段差に見える。市松模様や縞模様がデコボコに見え、慌ててバランスを崩すことも。完全なバリアフリーより、段差に見えない工夫のほうが先決かもしれない。 前田さんは、元気なときのリフォームは別として、認知症になったら大幅なリフォームはしないほうがいいと言う。 「段差が危ないからバリアフリーにするというのは、家族の考えなんです。何十年もその家で生活してきた人には頭の中に地図があって、それに基づいて体が動くから、段差があっても体は動きます。それが前に記憶していた部屋と違うと、体がついていけないこともあるんです。 認知症の症状はその人によってさまざまです。途中で変わることもあるのに、先に先にとリフォームすると、体がついていきません。そのうえ、玄関が移動したり、部屋が変わったりしたとき、 前に記憶していた部屋と違うと認識すれば、自分の居場所じゃないと感じることもあります」』、「全自動のトイレ」は私でも途中で水が流れ、腹が立つことがあり、嫌いだ。「何十年もその家で生活してきた人には頭の中に地図があって、それに基づいて体が動くから、段差があっても体は動きます。それが前に記憶していた部屋と違うと、体がついていけないこともあるんです」、慣れとはずいぶん体に染みついているもののようだ。
・『介護用ベッドを借りる人が多いが……  認知症になって介護保険サービスが受けられると、介護用ベッドを借りるケースが多いが、これも本人の状態に応じて借りるべきだという。 「今まで畳で寝起きしていた人が介護保険を利用すると、ケアマネは介護用ベッドを勧めます。すると起き上がる力が奪われ、夜間にトイレで目が覚めたとき、逆に転んでしまうことがあります。畳で寝起きしていたのなら、何もベッドに替えなくても畳で寝起きしたらいいんです。介護用具を勧めるのは、認知症の人に利用してもらえばもらうほど、ケアマネと福祉業者が儲かるからです」 認知症と診断されたらリフォームと考えるのは、認知症に対する誤解があるからではないか。前田さんは言う。 「将来を考えて、最新型の設備を備えたい気持ちはわからなくもありませんが、本人が描くイメージに合わせて環境を変えるなら、頭も体もついていきますが、家族が勝手に先手を打ってリフォームすると、本人はついていけません。部分的なリフォームは症状が現れてから考えればいいのです」 そのときはもちろん間取りなどは変えないこと。ドアが壁と一体化して見えにくいなら、リフォームしなくても、ドアの周囲に白いテープを張っただけでドアだと認識できる。大柄の模様が入ったカーテンは誤認される可能性があって避けるべきだとされるが、誤認しない人も結構いる。 前田さんが「リフォームは、家族が先手を打ってやると必ず失敗します」というのは、家族の目線ではなく、認知症になった本人の目線で考えろということだ。これは平さんも同じ意見だろう。個別の事情や症状によっても変わってくるが、健康なときならいざ知らず、認知症と診断されてからのリフォームは、最小限にとどめたほうがいいのかもしれない』、「介護用具を勧めるのは、認知症の人に利用してもらえばもらうほど、ケアマネと福祉業者が儲かるからです」、介護保険の仕組みにもこんな落とし穴があったとは、驚かされた。

第三に、フリーライター・エディターの佐々木 恵美氏が昨年12月10日付け東洋経済オンラインに掲載した「89歳の要介護女性がヤマトの荷物運ぶ深い理由 「要介護者に活動の場を」大牟田市の挑戦」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/318162
・『11月のよく晴れた昼下がり、福岡県大牟田市の介護施設「てつお」を訪れると、ヤマト運輸のゼッケンを着てリビングで談笑する内田アケ子さん(89歳)の姿があった。 「てつお」施設管理者の浦幸寛さんが「内田さん、行きましょうか」と声をかけると、ほかの利用者やスタッフから「行ってらっしゃい」「頑張って」と励まされ、うれしそうに玄関へ。1時間ほどかけて、近所の病院や個人宅などに荷物を届けてまわる。 「メール便はポストに入れればいいけど、内田さんの顔を知ってもらうためにできるだけ手渡しするようにしています」と浦さん。 内田さんは元気に歩きながら、「次はどこかな」「あのお宅は最近行ってないね」などと浦さんに話しかける。道では多くの人から「お疲れさま」「頑張ってますね」と声をかけられ、笑顔で応じる内田さん。 「外を歩くと風景が変わって、人にも会えるから楽しいですよ。ずっと続けていきたい」と満面の笑みで語る』、こんな「高齢者」活用があるとは、初めて知って驚かされた。ただ、付き添う「施設管理者」には負担だろう。
・『ヤマト運輸のDMを高齢者が配達し手当を支給  ヤマト運輸(東京都)と大牟田市の介護施設「てつお」は業務委託契約を結び、2019年2月から施設の利用者がダイレクトメールの配達を始めた。施設に週1回通う内田さんは、長く美容師をしていたが、高次脳機能障害で認知機能が低下しており、自宅から外出して何度か行方不明になったこともある。 「内田さんはいつも笑顔で明るく外出が好きなので、配達にピッタリだと思い声をかけました」と浦さん。約20通のダイレクトメールを職員と一緒に歩いて近所に届ける。 1通当たりの単価が設定されており、月1000~2000円の手当はすべて内田さんに入る仕組みだ。 人手不足のヤマト運輸にとっては貴重な働き手で、住宅街を歩いて届けてもらうことで車事故の心配がなく環境にも優しい。 福祉事業者としては、利用者の自立支援につながり、認知症の方を地域で知ってもらう機会になる。 浦さんはこう話す。「配達がリハビリになり、内田さんのやりがいにもなっています。地域の人と顔見知りになれば、内田さんが一人で外出したときも見守ってもらえます。 内田さんに触発されたのか、ほかの利用者さんが施設にエプロンを持ってきて手伝ってくれたり、自宅で家事を始めて『家にいてもらうと助かる』と家族に喜ばれたり、要介護度が下がった人もいるんですよ。 介護されるようになっても、人の役に立つことは心身に大きな効果があるのだと思います。利用者さん一人ひとりがやりたいことを一緒に見つけていきたい」 荷物の配達だけでなく、大牟田市では要介護の高齢者が市内の企業や事業所で働くという取り組みが広がっている。業務内容は、カーディーラーでの洗車、コインランドリーの清掃、農家の手伝いなどさまざまだ』、「介護されるようになっても、人の役に立つことは心身に大きな効果がある」、その通りだろう。「大牟田市」の意欲的な取り組みは、大したものだ。他の自治体も見習ってほしい。
・『企業と介護施設連携の仕掛け人  企業と介護施設の連携を実現すべく、奮闘する人がいる。社会福祉士・介護支援専門員の猿渡進平さん(38歳)。大牟田市で生まれ育ち、患者の平均年齢86歳の白川病院で地域連携室長を務めつつ、大牟田市のよろず相談員という顔も持つ。 猿渡さんは、誰もが地域で暮らし続けられるように、さまざまな組織の設立や運営などに尽力。要介護高齢者が働くことに賛同してくれる介護事業者と企業を探すために60件以上を訪問してきた。 「前例がない」「フォローする人手が足りない」などの理由で断られても、「誰かが突破しなければ」と粘り強く探してきた。ヤマト運輸にとって介護事業者との連携は初の試みだったが、今では市内いくつかの事業者に広がっている。 ホンダカーズ大牟田北手鎌店では、デイサービスの利用者が展示車の洗車を担当する。「親の介護を経験した社長が賛同してくれて、主に車好きな高齢者が働いています。60代の男性は、妻に迷惑をかけてきたからと洗車の賃金でジャムパンを買って帰ったところ、『私がジャムパンを好きって覚えててくれたの?ありがとう』と感激されたそうです。働くことは、賃金以上の価値を生みますよね」と猿渡さん。 断られ続けても、猿渡さんが精力的に行動する原動力は何だろう。 「僕が高校生のとき、同居の祖母が認知症になり、必死に介護していた母が体調を崩して入院したため、祖母は施設に入りました。施設に行くと、高齢者がみんな何もせずボーッと過ごしていて、強い違和感があった。祖母はいつも『帰りたい』と嘆き、僕も帰ってきてほしかったけれど、自宅では介護できないので、祖母は施設で最期を迎えました。本当は自宅で生活させてあげたかった……その思いがずっと心の奥にあります」 かつて炭鉱の町として栄えた大牟田市。 1960年には約21万人が暮らしていたが、現在11万人まで減少。そのうち高齢者は5万人弱で、全世帯のうち高齢者のいる世帯が54.1%、高齢者の一人暮らし世帯が25.8%に上る。 「高齢化が進む日本の20年先の姿」とされる大牟田市は、認知症に関する取り組みにいち早く着手。 2002年に市を事務局とする官民共同の「認知症ケアコミュニティ推進事業」を始め、「地域全体で認知症の理解を深め、認知症になっても誰もが安心して暮らし続けられるまちをつくろう」と多様な活動を進めてきた』、「大牟田市」の活動には、推進した「猿渡さん」というスーパーマンに支えられた部分が大きそうだ。「原動力」は、高校生時代の「同居の祖母が認知症」とはさすがだ。
・『高齢者が増える日本がどんな社会であってほしいのか  2004年から毎年続けている「認知症SOSネットワーク模擬訓練」は認知症の人が行方不明になったという設定のもと、住民と行政、警察などが連携して探し保護する訓練で、近年は3000人以上が参加している。もともと「徘徊SOS~」だった名称を変更したのは「本人にとっては徘徊ではなく、目的があって出かけているから」という。 模擬訓練は小学校区ごとに行われ、校区の実情や課題に応じた取り組みへと発展。白川校区ではNPO法人「しらかわの会」を設立し、買い物運送バスやサロンの運営、外国人への日本語教室、障害児の登下校支援など、誰でも安心して住めるまちづくりを進めている。 人は誰しもいつか高齢者になり、自身や家族が認知症になるかもしれない。認知症は決してひとごとではないのだ。そんなとき、どんな社会であってほしいのか。大牟田市は理想のモデルを模索し挑戦を続けている』、「猿渡さん」に支えられているとはいえ、「大牟田市」の取り組みを今後も注目したい。
タグ:介護 東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン 原動力 長谷川式認知症スケール 河合 薫 サービス付き高齢者向け住宅 長谷川和夫先生 (その4)(複雑化する「老老介護」と90歳認知症医師の孤独、「私の家でない」改造が裏目に認知症介護の苦悩 認知症の人ための「住宅リフォーム」を考える、89歳の要介護女性がヤマトの荷物運ぶ深い理由 「要介護者に活動の場を」大牟田市の挑戦) 「複雑化する「老老介護」と90歳認知症医師の孤独」 88歳の母親が寝たきり状態の70歳の娘を刃物で刺し、無理心中を図った。パーキンソン病の娘を母親が介護する「逆・老老介護」 超高齢化社会が進み複雑化する介護問題 同居の主な介護者が80歳以上というケースは、2001年の6%から20016年は16%に増加 認知機能低下は老いれば普通のこと そもそも「認知症=病気」ではない 認知症とは、「物忘れや認知機能の低下が起こり、日常生活に支障をきたしている状態」 認知機能の低下にも多種多様の原因 その原因はすべて数えると70種類以上 原因が特定できない場合もある さらに障害の種類や重さ、症状は個人差があり千差万別だ 「老い」に絶対的な予防法はない 認知症は生活習慣病のように生活習慣を改めれば改善できるものでもなければ、ましてや、科学的根拠のある治療法や予防法が確立されているものでもない 予防すれば認知症にならない」というイメージを助長するような取り組みは、高齢者を逆に追い詰める 老いの表れ方は一様ではない 「認知症にならないのは1割しかいない。超エリートなんだよ」 NHKがドキュメンタリー 生活環境の変化に起因する「認知症」は、時間の経過や、また、笑いや喜びのある生活によって、おしゃべりできる友人ができたり、一緒に楽しめるコミュニティができたりすると、治る。そう、治る場合がある 「老い」は一人ひとり違う グループホームで長谷川先生は「孤独」だった 「君が認知症になって、初めて君の認知症研究は完結する」と長谷川先生は、先輩の医師に言われた 奥野 修司 「「私の家でない」改造が裏目に認知症介護の苦悩 認知症の人ための「住宅リフォーム」を考える」 間違ったリフォームはかえって症状を悪くする可能性 自宅のバリアフリー化は元気なうちから先回りしすぎると逆効果に 日常的に接するバリアが身体を鍛え、健康を維持するのに役立つという側面があるからだ 慣れ親しんだ家が自宅に思えなくなる可能性もある なぜか笑顔になれる認知症介護』 リフォームは当事者の目線で! 認知症ではない時期 軽度の認知症と診断された時期 症状が進行し始めた時期 よかれと思ってしたことが、裏目に出ることもあるのだ 都会に住んでいた娘が、認知症になった母親を引き取ったら、逆に認知機能が下がってしまった 全自動トイレはNG? 介護用ベッドを借りる人が多いが…… 介護用具を勧めるのは、認知症の人に利用してもらえばもらうほど、ケアマネと福祉業者が儲かるからです 佐々木 恵美 「89歳の要介護女性がヤマトの荷物運ぶ深い理由 「要介護者に活動の場を」大牟田市の挑戦」 ヤマト運輸のDMを高齢者が配達し手当を支給 ヤマト運輸(東京都)と大牟田市の介護施設「てつお」は業務委託契約 施設の利用者がダイレクトメールの配達 職員と一緒に歩いて近所に届ける 月1000~2000円の手当 介護されるようになっても、人の役に立つことは心身に大きな効果がある 大牟田市では要介護の高齢者が市内の企業や事業所で働くという取り組みが広がっている。業務内容は、カーディーラーでの洗車、コインランドリーの清掃、農家の手伝いなどさまざまだ 企業と介護施設連携の仕掛け人 社会福祉士・介護支援専門員の猿渡進平さん 要介護高齢者が働くことに賛同してくれる介護事業者と企業を探すために60件以上を訪問 僕が高校生のとき、同居の祖母が認知症になり、必死に介護していた母が体調を崩して入院したため、祖母は施設に入りました。施設に行くと、高齢者がみんな何もせずボーッと過ごしていて、強い違和感があった 「認知症ケアコミュニティ推進事業」 高齢者が増える日本がどんな社会であってほしいのか 大牟田市は理想のモデルを模索し挑戦を続けている
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