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原発問題(その13)(「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発、原発「運転停止」判決の裁判官に襲いかかる「ハラスメント」の数々 「変わり者」「偏向している」…、苦しむ廃炉作業 福島第1原発ルポ) [国内政治]

原発問題については、昨年11月26日に取上げた。今日は、(その13)(「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発、原発「運転停止」判決の裁判官に襲いかかる「ハラスメント」の数々 「変わり者」「偏向している」…、苦しむ廃炉作業 福島第1原発ルポ)である。

先ずは、昨年9月25日付け文春オンライン「「福島第一原発は津波が来る前に壊れていた」元東電社員“炉心専門家”が決意の実名告発――文藝春秋特選記事 事故検証結果は「津波が原因」。しかし、それは間違っていた……」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/14271
・『福島第一原発事故から8年。 大事故を受けて、一時は「稼働中の原発はゼロ」という状態にもなったが、新しい安全基準(「新規制基準」)が定められ、現在、国内で7基の原発が稼働中だ(玄海原発4号機、川内原発1・2号機、大飯原発4号機、高浜原発3・4号機、伊方原発3号機)。 2013年に定められた「新規制基準」について、電気事業連合会はこう説明している。 「東京電力(株)福島第一原子力発電所の事故では地震の後に襲来した津波の影響により、非常用ディーゼル発電機・配電盤・バッテリーなど重要な設備が被害を受け、非常用を含めたすべての電源が使用できなくなり、原子炉を冷却する機能を喪失しました。この結果、炉心溶融とそれに続く水素爆発による原子炉建屋の破損などにつながり、環境への重大な放射性物質の放出に至りました。こうした事故の検証を通じて得られた教訓が、新規制基準に反映されています」』、こうした津波原因説を信じ込まされてきたが、これが嘘だとすると、話は全く変わってくる。
・『元東電社員が突き止めた本当の事故原因  要するに、「津波で電源を喪失し、冷却機能を失ってメルトダウンが起こり、重大事故が発生した」ということだ。 この点に関して、津波の規模が「予見可能だったか、想定外だったか」という議論がなされてきた。しかし双方とも「津波が事故原因」という点では一致し、多くの国民もそう理解している。 ところが、「津波が原因」ではなかったのだ。 福島第一原発は、津波の襲来前に、地震動で壊れたのであって、事故原因は「津波」ではなく「地震」だった――“執念”とも言える莫大な労力を費やして、そのことを明らかにしたのは、元東電「炉心専門家」の木村俊雄氏(55)だ。 木村氏は、東電学園高校を卒業後、1983年に東電に入社、最初の配属先が福島第一原発だった。新潟原子力建設所、柏崎刈羽原発を経て、1989年から再び福島第一原発へ。2000年に退社するまで、燃料管理班として原子炉の設計・管理業務を担当してきた“炉心屋”である。 東電社内でも数少ない炉心のエキスパートだった木村氏は、東電に未公開だった「炉心流量(炉心内の水の流れ)」に関するデータの開示を求め、膨大な関連データや資料を読み込み、事故原因は「津波」ではなく「地震」だったことを突き止めた。 「津波が来る前から、福島第一原発は危機的状況に陥っていた」「事故を受けて、『国会事故調』『政府事故調』『民間事故調』『東電事故調』と4つもの事故調査委員会が設置され、それぞれ報告書を出しましたが、いずれも『事故原因の究明』として不十分なものでした。メルトダウンのような事故を検証するには、『炉心の状態』を示すデータが不可欠となるのに、4つの事故調は、いずれもこうしたデータにもとづいた検証を行っていないのです。 ただ、それもそのはず。そもそも東電が調査委員会に、そうしたデータを開示していなかったからです。そこで私は東電にデータの開示を求めました。これを分析して、驚きました。実は『津波』が来る前からすでに、『地震動』により福島第一原発の原子炉は危機的状況に陥っていたことが分かったのです」 7基もの原発が稼働中の現在、このことは重大な意味をもつ。「津波が原因」なら、「津波対策を施せば、安全に再稼働できる」ことになるが、そうではないのだ。 木村俊雄氏が事故原因を徹底究明した「福島第一原発は津波の前に壊れた」の全文は、「文藝春秋」9月号に掲載されている』、「実は『津波』が来る前からすでに、『地震動』により福島第一原発の原子炉は危機的状況に陥っていた」、というのは衝撃の事実だ。これでは、「再稼働」は直ちに止めなければならないことになる。「4つの事故調は、いずれもこうしたデータにもとづいた検証を行っていないのです。 ただ、それもそのはず。そもそも東電が調査委員会に、そうしたデータを開示していなかったから」、「4つの事故調」揃って開示を要求しなかったとは考え難いので、やはり東電が隠蔽したとしか考えられない。ただ、「『炉心の状態』を示すデータ」を、OBの「木村氏」に開示したとは、一貫性を欠く対応だ。OBだから気を許したのか、うっかり開示してしまったのか、真相は不明だ。本来、「「文藝春秋」9月号に掲載」されれば、他のマスコミが後追い報道するものだが、「原子力村」の圧力で自粛しているのだろうか。真相はどうなのだろう。

次に、ジャーナリストの岩瀬 達哉氏が2月8日付け現代ビジネスに掲載した「原発「運転停止」判決の裁判官に襲いかかる「ハラスメント」の数々 「変わり者」「偏向している」…」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70256
・『死刑宣告に悩んだかと思えば、原発再稼働の可否を決定し、さらに「一票の格差」の判断まで下す。それが裁判官の「重責」だ。彼らの生身の感情とは何だろうか? 徹底的に掘り下げた本が話題だ。発売中の『週刊現代』が特集する』、伺い知ることができない「裁判官」の実情とは興味深い。
・『2人の裁判長の命運  原発の運転禁止と稼働容認の異なる決定が、先月、広島高裁と大阪高裁で相次いで言い渡された。 広島高裁の森一岳裁判長は、1月17日、四国電力の伊方原発3号機への運転禁止を言い渡した。かたや大阪高裁の山下郁夫裁判長は、同30日、住民側の運転差し止め申請を却下。関西電力大飯原発3、4号機の稼働を容認した。 ふたつの決定は、原発の安全技術や設備、地震リスクなどへの裁判長の評価の違いによるものだが、審理にあたって、どの判断枠組みを使ったかの違いでもある。 森裁判長は、原発の安全性を裁判官が独自に審査して運転禁止を言い渡したのに対し、山下裁判長は福島第一原発の事故後、最高裁が示した原発訴訟の事実上の「ガイドライン」を用いて稼働を容認した。 この違いについて、自らも原発訴訟を担当したことのある元裁判官は、こう解説する。 「民事訴訟の基本原則からすると、訴えを起こした側が原発の危険性を証明する必要がある。しかし住民側が、膨大なデータを保有する電力会社と争い、その危険性を証明するのは困難を極めます。 そこで森裁判長は、電力会社側に対し、原発が安全であり運転しても何ら問題ないことを立証させる『立証責任の転換』と呼ばれる審理方針を採用したのです」 同元裁判官の話が続く。「これに対し山下裁判長は、行政側の安全審査基準が正当かどうか、その審査過程で大きな手続き上の欠落がないかを見極める判断枠組みを使っている。 専門知識を持たない裁判官が、原発の安全性を見極めるのは難しいことから、安全性の独自審査には自制的であるべきとした最高裁方針に従ったものです」 過去の原発訴訟を見てみても、どちらの判断枠組みを裁判長が採用したかで、運転禁止か稼働容認かの判断が導かれていることがわかる。同時に、不思議な法則性があることにも気づかされる。 前者の判断枠組みを採用して運転禁止を言い渡した裁判長は、裁判実務一筋に歩んできた人が多いのに対し、後者を使って稼働を容認した審理は、最高裁事務総局に勤務経験のあるエリート裁判官によるものがほとんどと言っていい。 実際、運転禁止の森裁判長は、大阪地裁を振り出しに岡山地裁、東京高裁などで裁判実務を積み重ね、「事実をどう捉え、どう評価するかの判断センスに優れた裁判官」と言われている。 稼働容認の山下裁判長は、任官7年目で最高裁事務総局に「局付判事補」として勤務し、さらにその後「最高裁調査官」を務めたトップエリートである。 一般論として原発の稼働容認は、電力会社を支持基盤とする与党や、原子力発電を「重要なベースロード電源」と位置付ける政府方針と一致する。 それだけに稼働を認めた裁判長には、やがて裁判所内での望ましい処遇が巡ってくると言われている』、『立証責任の転換』「を採用して運転禁止を言い渡した裁判長は、裁判実務一筋に歩んできた人が多いのに対し、後者(最高裁・・・「ガイドライン」)を使って稼働を容認した審理は、最高裁事務総局に勤務経験のあるエリート裁判官によるものがほとんど」、やはり裁判官の世界も階層社会のようだ。
・『原発を停めた「変わり者」  では、原発を停めた裁判官には、どんな組織の返礼が待っているのか。 日本の裁判史上、はじめて稼働中の原発を停めたのは、金沢地裁の裁判長だった井戸謙一氏だ。2006年3月、北陸電力の志賀原発2号機を運転禁止とした。福島第一原発が過酷事故を起こす5年前のことである。 当時を振り返りながら、井戸氏は淡々と語った。 「あの時点で僕は、原発がなかったら日本の社会は成り立たないと思ってましたし、原発訴訟は住民側の全敗でしたから、まあ、同じような判決を書くんだろうなぐらいのイメージだった。 でも、いろいろ審理していくと、電力会社の姿勢に危惧される面があった。さすがにこれだけ危険なものを扱うのに、この姿勢ではダメだろう。 やる以上は、もっと耐震性を高めてから稼働させるべきというのが、あの判決の趣旨なんです」 そしてこう続けた。「審理方針は、住民側の疑問に対し、電力会社側に安全であることを立証してもらい、それが出来ないかぎり原発を停止させるというものでした」 「立証責任の転換」という判断枠組みは、井戸氏によって原発訴訟に導入されていたのだ。 しかし、政府方針に逆らった井戸氏には、その後、「変わり者の裁判官」というレッテルが貼られることになる。 金沢地裁から京都地裁に異動した時には、同僚の部総括(裁判長)から「どんな人が来るのかと思っていたら、けっこう普通の人でした」と言われたという。 またその後、大阪高裁のある部総括からは、こんな内緒話を聞かされた。 「あなたについては、高裁の事務局から、変わり者の裁判官なので、ご苦労されるかもしれないと言われていた」と―。 要するに原発を停めると裁判所内で孤立させられ、同僚から白眼視され、有形無形の「追い出し圧力」に晒されることになるわけだ。 現職のベテラン裁判長も、こう言った。 「だから、良心に従って原発を停められるのは、定年退官か依願退官かは別にして裁判官を辞めると決めた時なんです。でないと原発を停めた途端、裁判所での居場所をなくしてしまいますから」 伊方原発3号機を停めた森裁判長もまた、1月末で定年退官した。 義務教育で教わる三権分立のトライアングルにおいて、裁判所の機能と役割は、立法府と行政府の権力の乱用を牽制し、国民の基本的人権を守り、その自由を擁護することにある。 そのため「裁判官の独立」が憲法に謳われている。だが現実の裁判所は、国民の側に立つことよりも国の統治権行使の一機関として、公権力の利益を優先する傾向にあると言っていい』、「「立証責任の転換」という判断枠組みは、井戸氏によって原発訴訟に導入されていた」、原発事故前に日本の裁判史上、はじめて稼働中の原発を停めた井戸氏は、本当に勇気ある裁判官だ。「良心に従って原発を停められるのは、定年退官か依願退官かは別にして裁判官を辞めると決めた時なんです。でないと原発を停めた途端、裁判所での居場所をなくしてしまいますから」、「現実の裁判所は、国民の側に立つことよりも国の統治権行使の一機関として、公権力の利益を優先する傾向にある」、多少は信じていた裁判の公正さを、やはり望むべくもないのは、残念なことだ。
・『評価を落としたくない  第11代最高裁長官を務めた矢口洪一氏も、自身の「オーラル・ヒストリー」の中で国家と裁判所の関係について、こう述べている。 「三権分立は、立法・司法・行政ではなくて、立法・裁判・行政なんです。司法は、行政の一部ということです」 裁判部門は独立していても、全国の裁判所を統轄し、裁判官を人事管理する最高裁の司法行政部門は「行政の一部」として、政府と協調関係にある。また、そうでなければ、国を安定的に運営していけないと言っているのである。 一皮むけば、さまざまな矛盾を抱え持つ「裁判官村」という閉ざされた世界のなかで、裁判官たちは、いったいどんな思いで日々の法廷に臨んでいるのか。そして裁判所はどのような組織風土と論理のもと運営されているものなのか―。 私は、足かけ4年にわたり、のべ100人を超える現職裁判官や元裁判官を全国に訪ね歩き、このたび『裁判官も人である 良心と組織の狭間で』(講談社刊)を上梓した。 そこから見えてきた裁判官たちの日常は、一般のサラリーマンや行政官僚とさして変わらない厳しい管理下に置かれ、窮屈な職場で多忙を極めているという姿だった。 ベテラン裁判官のひとりは、忸怩たる思いを嚙みしめるように語った。「裁判所というところは、恐ろしく保守的で、誰彼かまわず足を引っ張るのに長けた組織なんです。 若手裁判官に限らず、ベテラン裁判官であっても、上司である部総括に向かってあれこれ意見を言ったりすると、うるさい奴だとか協調性がないといってマイナス評価されてしまう。それを怖れるあまり、皆、萎縮してしまっている」 幼稚園の頃からとびきりよくできると誉めそやされ、優等生として走り続けてきた彼らは挫折を知らず、下積み経験もない。プライドは高く、世俗的な欲望とも無縁ではない』、司法試験に上位で合格する裁判官は、「幼稚園の頃からとびきりよくできると誉めそやされ、優等生として走り続けてきた彼らは挫折を知らず、下積み経験もない。プライドは高く、世俗的な欲望とも無縁ではない」、のであれば、「萎縮」するのも無理からぬところだろう。
・『「だから大半の裁判官は上目づかいで上司に嫌われないよう、無難な判決を書くわけです」 こう前置きして、裁判官の心理を解説してくれたのは元民事裁判官だ。 「われわれは、普通、20代半ばで裁判官になって定年まで勤めるので、約40年という時間を裁判所という閉鎖された社会で過ごすわけです。 その社会の中で生きていくわけだから、順調に昇進し、気持ちよく仕事をしたい。 原発訴訟に限らず、住民訴訟で国を負けさせたりすると、偏向していると批判され、挙げ句、同期より処遇で遅れるというのはさすがに辛い。 しかも遠くの裁判所に飛ばされるかもしれない。家族を連れていけないとなると、単身赴任なわけですから、それはかなわんわけです」 憲法で保障されているはずの「裁判官の独立」は、外部からの干渉には強くても、内部を支配する組織の論理の前では、ほとんど意味をなしていないと言えそうだ。彼らもまた、弱さを抱え持つ生身の人間なのである。 刑事裁判官が判決文を起案する際、胸中に去来するのは、正義の実践をなしえたかといった自問ではなく、上級審でひっくり返され、人事評価が落ちることへの不安だという。 元東京高裁刑事部の裁判長は、そんな刑事裁判官の行動原理についてこう語った。 「無罪判決を書いて検察官と対立するよりは、無罪が確実なのであれば、この先の上級審で無罪にしてくれるだろうから、とりあえず有罪にしておこう。そうすれば(検察側に)控訴されることもない。 検察官に控訴されると、7割の確率で一審判決が破棄されるため、検察官の主張を無批判に受け入れがちになるのです」 一般に真実探求の場であると考えられている裁判所と、裁判所の実態では大きな隔たりがあるのである』、「「無罪判決を書いて検察官と対立するよりは、無罪が確実なのであれば、この先の上級審で無罪にしてくれるだろうから、とりあえず有罪にしておこう。そうすれば(検察側に)控訴されることもない」、恐ろしく無責任な態度だ。 「検察官に控訴されると、7割の確率で一審判決が破棄されるため、検察官の主張を無批判に受け入れがちになるのです」、検察は圧倒的な強さを持っているようだ。
・『今年1月16日に行われた新人判事補の辞令交付式で、最高裁の大谷直人長官は、人を裁くことへの「畏れと危うさの感覚を持ち、畏れの自覚を判断の中に反映させることが重要だ」と訓示した。 しかし裁判所の現状は、司法行政による締め付けによって「畏れと危うさの感覚」を多くの裁判官から奪い取っている。その改善に取り組むことなく、抽象的理念を説いても意味をなさないはずだ。 いま一度、すべての裁判官は、人が人を裁くことの特別の責務と、自らの裁く姿勢を見直す必要があろう。裁く者も、やがて国民の道義的信頼と歴史によって裁かれるからである。 発売中の『週刊現代』ではこのほかにも、民事裁判での事例や、定年退官が近づいた裁判官の声などを紹介しながら、特集『裁判官も人である』を掲載している』、「司法行政により締め付けられた「裁判官」のなかにも、極く少数ながら、勇気ある判決を下す人間がいることが、せめてもの救いだ。

第三に、3月6日付け日経ビジネスオンライン「苦しむ廃炉作業、福島第1原発ルポ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00123/030300001/?P=1
・『2011年3月11日に発生した東日本大震災から10年目に入る。福島第1原子力発電所は廃炉に向けた必死の作業が続くが、汚染水や廃棄物の処理など重い難題が立ちふさがる。その現場に2月半ばに入った。 入所前から物々しい検査が行われた。身分証明書を提示し、写真と筆者を照合し、指紋も採取する。わずか10メートル先だが建屋の入り口にさしかかると再び指紋を使い、本人確認をしてようやく中に入れた。 厳しい検査態勢は、テロ対策なのだろう。張り詰めた緊張感が伝わる。 11年3月11日。東京電力(現・東京電力ホールディングス)福島第1原発に6基ある原子炉のうち1~3号機は核燃料が溶け出す炉心溶融を起こし、大量の放射性物質を広い範囲にまき散らした。海側に並ぶ建屋の一部は今も鉄骨がむき出しになり、ひずんだ配管が垂れ下がる。事故から間もなく10年目に入る現場には傷痕がまだ生々しく残っていた。 敷地内はトラックが時折通り過ぎる他は意外なほど静かだ。月平均4070人が廃炉作業に取り組んでいるという。事故の影響が大きかった1~4号機と周辺を除くと敷地の96%は平服で作業できるまでに放射線量は下がっている。毎月数千人の人たちが黙々と、着実に作業を進めてきた結果だが、行く手に目を向けてみれば廃炉作業にはむしろこれから本当の難路が待っているようだ』、「入所前」の検査が2回、というのには驚かされた。
・『廃炉工程表は5回目の書き直し  廃炉は文字通り原発の廃止措置。老朽化し、事故後に厳しくなった安全基準やテロ対策のための大型投資をしても回収できない原発などの廃炉が増え、国内60基のうち24基が廃止を決めている。事故炉である福島第1原発は他とは取り組みが異なり、11年から約30~40年かかるとしている工程は3つに分かれる。 第1期は4号機の建屋内から使用済み核燃料の取り出しを始めた13年11月ごろまで。4号機は水素爆発は発生したが、事故時は定期検査中で炉内に燃料棒がなく、炉心溶融は起きなかったため、最初に取り出しができた。 第2期は事故から10年目あたりまでで、炉内で燃料棒が溶け出した溶融燃料(デブリ)の取り出しに着手できるまでの期間としている。今はこの時期に当たる。それ以後は、デブリの搬出をはじめとする難作業が待ち構える。これが第3期で41~51年に終了することになるという。 だが、これまで計画は変更を重ねてきた。昨年末、工程表は5度目の改訂となり、「(前回分から)1~5年繰り下げになった」(八木秀樹・東電ホールディングス原子力・立地本部長代理)。デブリについては2号機から21年に取り出し始めることを初めて明記したものの、1、2号機の建屋内にある使用済み核燃料を含めて取り出しをそれぞれ遅らせた。 背景にあるのは、廃炉を福島の復興と両立させるために徹底して慎重に進めようとする政府の思惑と見られる。敷地の他の部分と違い、高い放射線量が記録される1~3号機での取り出し作業で万一、放射線が飛散することがあれば、ようやく広がり始めた周辺住民の帰還に影響を及ぼしかねない。正念場にさしかかって、時間的な余裕をもう一度取ったというところだ。21年に始めるとしたデブリの取り出し技術もまだ確立されておらず、技術開発を続けながら進める他ないのが実情でもある。 先を見通せば、課題はさらに山積している』、「工程表は5度目の改訂」、予想されたこととはいえ、「絵に描いた餅」の宿命といえよう。
・『1350トンの液体を収容するタンクが約1000基  原子炉建屋の西、なだらかに高くなっている丘に1基1350トンの液体を収容する大型タンクが約1000基、隙間もなくびっしりと立て連ねてある。ここに毎日、放射性物質の汚染水がたまり続けているのである。 事故で破壊された建屋には地下水や雨水が入り込み、放射性物質が溶け込む。これをくみ出し、途中、放射性物質の除去装置を経てその大部分を取り除き、パイプでタンクにため込んでいるのだ。これが日量170トン(18年平均)。既に計118万トンに達し、「22年夏にはタンク全体が一杯になる」(東電HD)という。 タンク内に入っているのは、除去装置を使っても取り切れない放射性物質の1つ、トリチウムなどの残った汚染水。汚染水処理を始めた初期にはトリチウム以外の放射性物質の処理が完全にできず、一部が残っているとされる。それを含めて再処理するにはさらに時間がかかる。タンク容量の限界は刻々と迫るが、今のところ対策はないのである。 仮にトリチウムだけを残して浄化しても、その処理にも難題がある。トリチウムを含む汚染水は基準以下に薄めれば海洋放出することが国際的にも認められている。今年1月末にはこの問題を議論する経済産業省のALPS小委員会が「復興との両立」を求めながら、海洋放出を有力視する提言をまとめた。だが、地元双葉町、大熊町など4町で作る福島県原子力発電所所在町協議会は即座に「環境や風評への影響を慎重に議論すべきだ」との要望書を東電に出している』、「トリチウム」の除去方法が開発されるのではとの期待もあったが、やはり難しいようだ。「海洋放出することが国際的にも認められている」とはいえ、やはり地元の反対は考慮せざるを得ないようだ。
・『汚染水だけではない。廃炉の際には放射性廃棄物も出てくる。福島第1では今のところ状況を把握した上で、その対応を決めることになっている。しかし、他の廃炉原発(予定含む)と同様、処分場の確保は極めて難しい。 廃棄物は汚染度の高い順にL1~3の3段階に分かれている。建屋の周辺設備のコンクリート、金属など放射能レベルの極めて低いL3、原子炉に関わる廃液、フィルターなど比較的低いL2、そして原子炉内の制御棒や炉内構造物などのL1である。 このうち、例えばL1は地下70メートルより深い場所に10万年埋めておく必要があるとされるが、規制基準もまだ明確になっていない。その他も長期にわたって地下などの保管が必要になるが、処分場のメドは全く立っていない。だが、その処分責任は電力会社が負うこととされている。 一方で技術開発の難しさや長期化から廃炉コストは上昇を続けている。東電は福島第1原発の後、昨年夏には福島第2原発の廃炉も決めたが、そのコストは当初2800億円と見積もっていたものを決定時には4100億円に引き上げている。廃棄物処理にかかる重いコスト負担は東電に限らず、廃炉原発を抱える電力会社に共通するものでもある。東電はその中で最も厳しい環境にあるといえるだろう。重荷を抱えても進む他ないのだが』、こうした「廃棄物」処理コストを度外視して、原発は低コストと建設を推進したツケだ。ただ、少なくとも「L1」保存の「規制基準」は早目に決めておくべきだろう。
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