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教育(その19)(「みんな仲良く」が子どもの苦しみを増やすワケ 心と行動は切り分けるべき、寺脇・前川両氏「子どもたちをよろしく」で描く社会の闇、「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々 突然の休校措置が切り拓く未来の教育とは) [社会]

教育については、昨年11月21日に取上げた。今日は、(その19)(「みんな仲良く」が子どもの苦しみを増やすワケ 心と行動は切り分けるべき、寺脇・前川両氏「子どもたちをよろしく」で描く社会の闇、「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々 突然の休校措置が切り拓く未来の教育とは)である。

先ずは、千代田区立麹町中学校長の工藤 勇一氏が昨年12月11日付けPRESIDENT Onlineに掲載した「「みんな仲良く」が子どもの苦しみを増やすワケ 心と行動は切り分けるべき」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/31200
・『「自分には嫌いな子がいる」と悩む子に、どんな声をかければいいだろうか。麹町中学校の工藤勇一校長は「『みんな仲良く」という理想論を押し付けるより、心と行動は切り分けて行動をすることを伝えるべきだ」という——。 本稿は、工藤勇一『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『「みんな仲良く」が子どもを苦しめる  息子が幼稚園に通っていた頃、彼が「自分には嫌いな子がいる」と悩んでいることがありました。息子からすれば、大好きな母親はみんなと仲良くしているのに、同じようにみんなと仲良くできない自分が苦しかったのでしょう。 さらに、幼稚園では「みんな仲良く」と日常的に言われていたようですから「嫌いな子がいる自分は、だめな人間だ」と悩んだようなのです。幼稚園に行きたくないとまで言っていました。 そこで私は、五味太郎さんの『じょうぶな頭とかしこい体になるために』(ブロンズ新社)という本を使いながら、「お父さんにも嫌いな人がいるよ。お母さんにだって、嫌いな人がいるんだよ」と伝えたのです。 息子は目を大きく見開き絶句していました。私と話したあとに妻にも「お母さんにも嫌いな人がいるって本当?」と、確認しに行ったほどです。最初は信じられないという感じでしたが、そのうち安心できたようで、元気に幼稚園に通えるようになりました。 こんな小さな子でも「立派でいなければならない」という思いを背負って生きているということが、私には衝撃的でした。 この出来事以降、教師としてもこのような思いを生徒に背負わせてはいけないと改めて肝に銘じ、接し方がずいぶん変わりました。「こうでなくてはならない」ということが伝わってしまうような言葉は、使わないようにしたのです』、息子に諭す際に、適切な本をつかうとはさすがプロ教育者だ。「「みんな仲良く」が子どもを苦しめる」、確かにその通りなのかも知れない。
・『気持ちと行動を切り離す  普段から使う言葉を少し注意するだけで、子どもに伝わるメッセージは変わります。 たとえば「みんな仲良く」という言葉も「みんな仲良くしなければならない」ではなく、「人と仲良くすることは難しいものだけど、仲良くできたら素敵すてきだね」という言葉なら、子どもたちが受け取るメッセージはまったく違うはずです。 ちなみに、息子が悩んでいたとき、こんなことを付け加えました。「お父さんにも嫌いな人がいるけれど、だからといってその人に意地悪はしないよ。きちんと挨拶もするし、本人に嫌いだと言ったりはしないよ」 心と行動を切り分けることは大事なことだと、きちんと伝えておきたかったのです。 人は、差別をする心は消せないかもしれません。私だって聖人君子ではないですから、誰かを差別しそうな考え方が頭をよぎることもあれば、息子にも伝えたように嫌いな人だっています。 ただ、たとえそんな心は消せなくても、どんな言動が差別になるのかを知ることさえできれば、差別しない行動を取ったり、嫌いな人ともうまく人間関係を築いたりすることはできます。 脳科学の知見から考えてみると、人の「無意識」は同じ行動を繰り返すことによってつくられます。たとえ一度固定化された無意識(それが「心」と言えるでしょう)であっても、別の行動を繰り返すことによって書き換えられることがわかっています。 「みんな仲良く」という理想論を子どもに押し付けて苦しませるよりは、「心と行動は切り分けられる」ということ、そしてだからこそよい行動をするのだということを、伝えたいものです。▼まとめ 心と行動は切り分けて、「よい行動」をする』、「心と行動は切り分けて、「よい行動」をする」、大人の知恵のようなものだが、「子ども」にも理解してもらうのは、「理想論を子どもに押し付けて苦しませるよりは」、遥かによさそうだ。
・『嘘も大切なコミュニケーションスキル  子どもたちの周りには、心の教育に関する言葉があふれています。前述した「みんな仲良く」もそうですが、「心をひとつに」「嘘うそをつかない」など、挙げればキリがありません。そして、これらの言葉にとらわれている方が、とても多いと感じています。 子どもが小さいうちはたしかに心の教育も大切ですが、それを言葉で教えるのはなかなか難しいのではないかというのが私の実感です。そしてその言葉の中身についても、少し疑う必要があるのではないかと思うのです。 たとえば「思いやりを持ちなさい」という言葉。 この「思いやり」とは一体なんなのでしょうか。どのような行動のことを言うのか、とても曖昧な言葉です。 私は高校生くらいの頃から哲学が好きで、周りの友人とディスカッションをして夜を明かすことも少なくありませんでした。「思いやり」という言葉にも引っかかりがあり、自分なりにずいぶん考えてみましたが、考えれば考えるほど簡単には使えない言葉だと感じます。そして「嘘をつかない」という言葉。これは本当に大切なことでしょうか? たとえば、あなたが誰かからお土産をもらったとしましょう。それがあまり好きなものではなかったとき。あなたは「ああ、これ嫌いなんだよね」と言うでしょうか? また、誰かの家で夕飯をごちそうになり、あまり口にあわなかったときに「おいしくないです」と言いますか? そう考えると、嘘をつくことで人を幸せにすることもあるのではないでしょうか。 進んで子どもたちに伝えたことはありませんが、嘘をつくことも、コミュニケーションスキルの一つと言えると思います』、これは、「嘘も方便」との言葉があるように、その通りだ。
・『大人の理想論を押し付けない  「自分に嘘をつかないことが大切!」という言葉もよくわかりません。そもそも「自分」がどういう人間なのかもよくわからないですし、自分の欲求や気持ちに正直になることはそんなにいいことなのか疑問です。 少し辛つらいときや疲れているときに周りの人から「辛そうだけど大丈夫?」と聞かれ、「大丈夫」と自分に嘘をつくことは、大事な社会的な要素なのではないかと思うのです(もちろん、無理をしなさいということではなく、体調の変化には気を付けるべきです)。 嘘をついて人の物を盗ったり、自分のなかにある良心に背いたりするというのはほめられたことではありません。ただ、心の在り方よりも、実際にどんな行動をするかのほうが大切だということは、子どもたちに伝えていかなければなりません。 「困っている人を助けたいけれど、勇気がなくて実行できない人」と、「ずるい気持ちがきっかけかもしれないけれど、困っている人を助けた人」がいたら、私は後者のほうが価値があると思うのです。 ドラマやアニメの世界のなかのような、理想的すぎるほどの価値観を子どもに押し付ける大人は少なくありません。こういった価値観からくる言葉は、子どもにとっていいものだと思われるからでしょうか(大人だって、守れないのに……)。 そんな言葉を鵜呑うのみにして、苦しんでいる子どもがたくさんいます。耳障りのいい言葉こそ、それが子どもにどんな影響を与えるか考えてみる必要があるでしょう。▼まとめ ドラマやアニメの価値観はしょせん綺麗事』、大人の場合は、現実世界では理想論を棚に上げて、行動することに何ら躊躇しないが、子どもの場合はそうした使い分けが出来ないので、「大人の理想論を押し付けない」、のは確かに重要なようだ。
・『偽善者かどうか考えても無駄  人は、ときに自分の行動が周りからどう思われるかを気にします。中高生くらいだと、とくにその傾向が強く、よい行いをした生徒に対して周囲の人間が「偽善者」と揶揄やゆすることがあります。 しかし私はいつも「偽善者かどうかを考えることこそ無駄。そもそも、人によく思われたいって素敵なことでしょ」と伝えています。この「偽善」という言葉を紐解ひもといていくと、人間が「心の在り方」にいかにこだわっているかがわかります。 ここでまったく正反対の「偽悪」という言葉をご紹介します。この言葉は私が大学時代に読んだ絵本、『きつねのざんげ』(安野光雅・著/岩崎書店)のあとがきで知った言葉です。偽善と偽悪。一見、相反するように見えるこの2つの言葉ですが、実はまったく同じものなのではないかと私は思ったのです。 「偽善」というのは簡単に言えば「いい子ぶる」というようなイメージで、周りによく思われたくて善行をすることを意味します。それが周りから見たときに、その人の「本当の姿」と乖離かいりがあるために、「偽善者だ」と揶揄されるわけです。 「偽悪」は簡単に言えば悪ぶること。周り(とくに身近な仲間)に「いい子ぶってる人間だ」と思われたくないために、わざと悪いことをすることを言います』、確かに「中高生くらい」の頃には、「偽悪」ぶるのが恰好いいと思ったりするものだ。
・『大切なのはどんな行動をするか  いい子ぶるのも悪ぶるのも、中高生にはよく見られる行動ですが、どちらも自分の周りによく思われたいと思っているからに他なりません。 人からよく思われたくていいことをする「偽善」も、仲間から一目置かれたくて悪いことをする「偽悪」も、行動の中身は違いますが構図は同じです。「周りからどう思われるか」という他人の心のうちが気になり、行動ができなくなることは、誰にでも少なからず経験があるでしょう。 しかしこういった言葉に振り回されてはいけません。大切なことはどんな行動をするかです。人は行動の積み重ねでこそ評価されていくものだからです。最近はあまり使われなくなりましたが「お天道様は見ています」という言葉があります。 近くに誰もいなくてもお天道様は見ているのだから、どんなときも悪いことをしてはいけないということを言い聞かせるための言葉ですが、「自らを律して、しっかり生きていきなさい」という素敵なメッセージが込められています。子どもたちには、自分の心のなかの「お天道様」を意識し、歩んでほしいものです。▼まとめ 「人によく思われたい」は素敵なこと』、「お天道様は見ています」があまり使われなくなったのは、残念だが、首相が平然とウソをつくのが日常化したなかでは、無理もないことなのだろう。「子どもたちには、自分の心のなかの「お天道様」を意識し、歩んでほしいものです」、全く同感である。
・『「いじめ撲滅」がいじめを生み出す  「誰にでも優しくしなさい」という言葉はたしかに理想的な言葉かもしれませんが、人との距離感を教えるには妨げになってしまう気がします。子どもが人間関係の壁にぶつかるのは当たり前のことです。この壁にぶつかりながら、さまざまな経験を通して、人との距離感を学んでいくものだと思います。 いじめ撲滅の標語でよく使われている「いじめを絶対に許さない」という言葉について、みなさんはどう思われますか。一見、聞こえのいい言葉に感じるかもしれませんが、私はこの言葉は人に対してとても冷たい言葉のように感じます。 「いじめは絶対に許さない」ということは、謝っても許されない、反省しても許さないという言葉に聞こえてしまいます。そもそもいじめを起こさないために使われるようになった言葉ではありますが、こう言われる環境で育っている子どもたちからすると、はたして正直に「私、あの子をいじめてしまいました」と言えるでしょうか。 何が人を傷つける言動かということは、大人でも気が付かないことがあります。子どもだったらなおさらです。 言葉で「みんな仲良く」や「いじめを許さない」「いじめをゼロにする」などと言っても、いじめはなくなりません。ましてや、この多様性を排除する言葉がいじめを生み出す原因になったり、いじめを解決できなくする原因になったりするように、私は感じています。▼まとめ 多様性を認めることが、いじめのない社会への第一歩』、「いじめは絶対に許さない」が自白にブレーキになる副作用がある、というのは言われてみればその通りだ。「多様性を認めることが、いじめのない社会への第一歩」、同感だ。最後の頁の下に出ている筆者の工藤氏の略歴を見て驚いた。なんと東京理科大学理学部応用数学科卒業とは、教員には珍しい経歴だ。本質を突く姿勢が生まれた所以なのだろうか。

次に、本年2月21日付け日刊ゲンダイ「寺脇・前川両氏「子どもたちをよろしく」で描く社会の闇」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/269376
・『ギャンブル依存症の父と極貧生活を送る孤独な少年、男に依存する母、DVの継父、デリヘル嬢の姉と暮らす少年……地方都市の2つの家庭を交差させながらイジメ、貧困、性暴力、自殺など子どもたちを取り巻く現代社会の闇を鋭く描いた映画「子どもたちをよろしく」(隅田靖監督)が29日から公開される。企画、プロデュースは前川喜平元文科省事務次官と文科省官僚出身の寺脇研氏。映画評論家としても長く活躍する寺脇氏に話を聞いた。 高校生の時に雑誌「キネマ旬報」に投稿して採用されたのが映画評論家になるきっかけでした。文部省(現文科省)に入省した後も役人の傍ら映画評論を続けてきて50年近くになります。 私から見れば最近の日本映画は口当たりだけが良く、軽くチャラチャラ浮ついた映画が多くなったように思います。歯ごたえのある映画がなくなった。それは小泉元首相の新自由主義が喧伝された時代から顕著になったようです。 1960~70年代の日本映画は時に救いようのない現実を描き、「暗い」「汚い」「(映画館のトイレが)臭い」の「3K」といわれました』、「寺脇研」氏は文科省時代にはゆとり教育の広報を担当。現在は、京都造形芸術大学教授や映画評論家として活躍中。「最近の日本映画は口当たりだけが良く、軽くチャラチャラ浮ついた映画が多くなったように思います。歯ごたえのある映画がなくなった」、その通りなのだろう。
・『でも、それは日本の社会をそのまま反映したものであって、今のように不都合な現実を直視することをせず、見せかけの繁栄を謳歌するような映画とは違って、ずっしりと心に響いてきた。私が愛した日本映画はいったいどこへ行ったのか。 そんな思いから7年前に、戦争に翻弄された一組の男女の姿を「性」を通して描いた「戦争と一人の女」という映画をプロデュースしました。そのあと、斜陽のピンク映画界を描いた「バット・オンリー・ラヴ」、そして今回の映画で3本目です。 この作品は試写を見た人のほとんどが「救いがない」と言う。確かにハッピーエンドで終わる物語ではない。でも、大ヒットした「新聞記者」だって、きっちり現実と切り結びながら割り切れない痛みを伴うエンディングでしたよね。 子どもたちのいじめや自殺がどうすればなくなるのかを映画を通して問い直したい。映画・落語評論家、そして文科省官僚として子どもたちの教育に携わってきた私の人生の集大成だと思っています。ぜひ映画館へ足をお運びください。 「子どもたちをよろしく」は2月29日から渋谷のユーロスペース、横浜シネマ・ジャック&ベティなど全国順次上映』、「子どもたちのいじめや自殺がどうすればなくなるのかを映画を通して問い直したい」、2人が「企画、プロデュース」したのであれば、きっと観ごたえのある作品なのだろう。

第三に、フリーライターの吉岡 名保恵氏が3月26日付け東洋経済オンラインに掲載した「「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々 突然の休校措置が切り拓く未来の教育とは」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/339136
・『突然始まった休校に合わせ、家で過ごす子どもたちのため、良質なオンライン教材や動画、書籍の電子版などが官民問わず、さまざまな形で無料開放された。しかし子ども自身が喜んで利用するかどうかは個人差が大きく、SNSでは子どもが「やらない」「取り組まない」「興味を示さない」という保護者の悩みも目に付いた。 「学力を低下させたくない」「せっかくの休みを有効に使ってほしい」――。そんな親の願いどおりにはなかなかいかないものだ。では今回のような緊急時、子どもの学びを止めない方法はあるだろうか。「双方向」のコミュニケーションをキーワードに探ってみた』、興味深そうだ。
・『いつもの学校、いつもの先生  3月17日、午前9時。児童たちの姿がない休校中の校内で、あちこちから「おはようございます」の声が聞こえてくる。 埼玉県さいたま市、私立さとえ学園小学校。休校が始まった3月2日から私立さとえ学園小学校。 この日はZoom生活10日目。ガランとした教室でタブレットやノートパソコンに話しかける教員と、自宅にいる児童たちがオンラインでつながり、出欠を取ったり、日課の黙想をしたり。画面越しの児童たちは制服か体操服を着用し、普段と同じルーティーンで「朝の会」が開かれている。 同校では2018年から児童全員がiPadを所持し、学校や自宅での学習、連絡に活用。自宅にWi-Fi環境がなくても利用できるようセルラーモデル(注1)を導入しており、児童らは学校生活の中で当たり前にiPadを使っている。 休校要請が出された日の夜、Googleのメッセンジャーアプリ「ハングアウト」(注2)の教員グループに小野田正範校長がメッセージを発信した。それは、今後起こりうる課題は何かを洗い出そう、という呼びかけ。すでに21時を過ぎていたが、ICT部メンバーの教員らが即座にタスク管理ツール「Trello(トレロ)」でプロジェクトを立ち上げた。 普段から教員同士のコミュニケーションにはハングアウトを使っているが、過労働にならないよう勤務時間外には使用していない。しかし今回は緊急事態。帰宅していた教員たちがオンラインでつながり、夜のうちに課題検討が進んだ。 その中で新しい試みとして出てきたアイデアがZoomの利用だった。「最初は児童の顔を見て、健康観察ができれば、というぐらいの気持ち」(小野田校長)で、まずは9時からの朝の会と11時からの終わりの会をZoomで実施。午前中ずっとZoomを使うのではなく、各自で自宅学習に取り組むことを基本とした。 一方、教員それぞれが試行錯誤を重ねた結果、次第にZoomを使ってオンライン授業ができるようになっていく。子どもたちも操作に慣れ、挙手機能やチャットを使いこなせるようになった。 体育の授業で体操したり、生活科の授業で学校内の植物を撮影して観察したり。子どもたちにとっては画面越しであっても、いつもの学校、いつもの先生、いつもの友達と出会えることが何よりうれしかったのではないだろうか』、「教員それぞれが試行錯誤を重ねた結果、次第にZoomを使ってオンライン授業ができるようになっていく」、とは大したものだ。
(注1)セルラーモデルとは、SIMカードを挿して、3Gや4G、LTEの電波を使ってデータ通信ができるものです。 これがあればWi-Fiがない場所でもインターネットや電話を利用することが可能です。
(注2)ハングアウト:Googleが提供する統合メッセージングサービスである(Wikipedia)
・『公立でも取り入れられる仕組みづくり  家庭でWi-Fi環境が整っていないなど、Zoomへの接続が困難な場合もある。そのため朝の会や終わりの会も参加は強制ではなく、普段どおり連絡事項はGoogle Classroomで共有。オンライン授業は録画して専用サイトから閲覧できるようにするなど、フォロー体制も整えられた。 またZoomの利用について保護者からはオンラインでアンケートを回収。「朝の会の開始に合わせて規則正しい生活ができた」や、「最初は落ち込んでいた子どもも、友達の顔を見ると表情が明るくなった」など好意的な意見が多く聞かれた。 さとえ学園小学校の取り組みについて、「校内に水族館やプラネタリウムまである私立小だからできるんでしょう?」、そう揶揄する人もいるかもしれない。しかし意外にもICT化の方針は「公立校のモデルになるような取り組み」。そう語るのは、ICT・AL(アクティブラーニング)教育担当の山中昭岳先生だ。 山中先生は約20年前、和歌山県の旧熊野川町(現在の新宮市)で教員となり、山間部の小さい公立小でありながら当時、パソコン教室に1人1台を実現するなどIT化の指揮を執っていた。この経験から、ICTツールが子どもたちの可能性を大きく広げることを実感。そしてそのメリットは一部の子どものものではなく、すべての子どもが平等に享受できるものでなければ社会は変わらない、という信念を持ったという。 一方、さとえ学園小学校は体験型教育や複合型教育を重視し、学校の設備は非常に充実している。しかし山中先生が着任した数年前までは校内に十分なパソコンがなく、ICT化は出遅れていた。潤沢な予算もない中、一からICT化を整備するなら公立校のモデルになる取り組みにしようと教員間で意識を共有。 そのため教材費と同水準でiPadを導入できるようにし、基本的には無料で、学校外でも使えるアプリやツールを多用した。またICTリテラシーやスキルに応じてiPadの機能やアプリに制限をかける、独自の「レベルアップ型ルール」を考案。小学生でも自分自身をコントロールし、適切かつ効果的にiPadを使いこなせるようにした。 小中で児童生徒1人1台コンピューターを2023年度までに実現させるという政府の「GIGAスクール構想」は、今回の休校措置によって、今後さらに加速していくだろう。 「学校教育が充実していなければ、社会は衰退します。誰もが平等にICTツールを使えれば、すべての子どもたちが自分の学び、可能性を広げていけるようになるでしょう。今回の事態がいいきっかけになって教育のアップデートが進むことを願い、私たちのノウハウを広く伝えていきたい」(山中先生)』、「山間部の小さい公立小でありながら当時、パソコン教室に1人1台を実現するなどIT化の指揮を執っていた」「山中先生」の存在は、「さとえ学園小学校」でも大きいようだ。
・『学校ではない居場所もオンラインで  一方、学校外でも子どもの支援に取り組む企業や団体があった。このうち、政府から休校要請が出された翌日、急きょオンライン講座の立ち上げを宣言したのがミライLABO(東京都渋谷区)。普段は渋谷を拠点に認可外保育園のほか、主に小学生を対象にサードプレイス(学校でも塾でもない第三の居場所)として「コドモクリエイターズインク」を運営している。 このうち「コドモクリエイターズインク」は、小学生のための起業家教育として企業とコラボレーションしたり、さまざまな企画で多様性に触れる学びを実践したりしている。学校や塾ではできない体験、学びができる場としてニーズがあり、渋谷以外での開設希望が多く寄せられていた。 そのため4月から全国の誰でも参加できるオンライン講座(有料)の開設を目指し、準備を進めていたところ、突如、休校要請が出された。それならばと、3月に10日間、希望者20人に無料でオンライン講座を受けてもらえるよう計画を前倒し。SNSなどで参加者の募集情報は広がり、瞬く間に希望枠は埋まった。 反響の大きさに応えるため、その後、各日の参加者を100人にまで拡大。講座実施日も5日分、追加し、計15日間で開講した。 オンライン講座はZoomを使い、午前10時から午後3時まで日替わりで「言葉とオノマトペ」「SDGs」「宇宙」などさまざまなテーマで展開。プライバシーに配慮し、顔出しNGの場合はビデオオフで参加できる。画面に表示する名前も本名ではなく、ニックネームや下の名前だけにした。 期間中を通して講師を務めたのは、ミライLABO経営企画室の新居真由香さん。ほかにもSNSで講師を募集したところ、趣旨に賛同したアーティストや専門家の参加が実現した』、「小学生のための起業家教育」とは面白そうだ。
・『不登校の子どももビデオオフで参加  取材で訪れた日の講義は、「アート」がテーマ。午前中は新居さんが進行し、絵を見て物語を想像する課題に取り組んでいた。 最後は数人ずつのグループに分かれて、物語を発表。自分で描いた絵に物語をつける子もいて、実際に絵を見せ合いながらコミュニケーションが取れていた。引き続き、午後からは“楽描きエーター44”こと野上義史さんが講師を務め、「1人1人がアーティストになる」というテーマで作品づくりに取り組んだ。 双方向のコミュニケーションは子ども自身の参加意識を高めるとともに、講師の進行によって新しい知のキャッチアップにつながりやすい。ほかの日には企業とのコラボ企画も複数行われ、子どもたちの感性や表現力を養った。 講義中は講師や発言者以外、マイクをミュートにしているが、お昼休みや休憩時間はマイクをオンにして自由な会話を許可。連続して受講している子ども同士が仲良くなり、他愛もない話をしている姿も見られたという。 新居さんもオンラインのままお昼ご飯を食べるなどしつつ、子どもとおしゃべり。子どもを留守番させなければいけなかった家庭や、保護者が在宅していてもリモートワークや家事で忙しかった家庭にとっては、大きな助けとなったのではないだろうか。 また普段、学校に行けていないという子どもがビデオオフで参加し、楽しく取り組めたという例や、学校では発言が苦手だけれどオンライン講義なら発表できた、という声も寄せられた。新居さんは学校でも塾でもない、第三の「子どもの居場所」がオンラインでも作れることを実感したという。 「私たちのオンライン講義を通じて笑顔になってくれたお子さんが少しでもいてくれたのなら、本当にやってよかった」(新居さん) 外出が制限される緊急時でも、子どもたちの学びを止めない。そんな社会の実現に向け、試行錯誤が始まっている。先行きの見えない日々だが、この先にはどんな未来が待っているのか。今こそ、子どもたちの教育に希望を見いだしたい』、「コドモクリエイターズインク」はまだ緒についたばかりで、「学校ではない居場所」のほんの一例に過ぎない。ただ、こうした新たな取り組みが広がって、学校教育以外の選択肢が増えていくのは望ましいことだ。
タグ:教育 東洋経済オンライン 日刊ゲンダイ PRESIDENT ONLINE 工藤 勇一 (その19)(「みんな仲良く」が子どもの苦しみを増やすワケ 心と行動は切り分けるべき、寺脇・前川両氏「子どもたちをよろしく」で描く社会の闇、「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々 突然の休校措置が切り拓く未来の教育とは) 「「みんな仲良く」が子どもの苦しみを増やすワケ 心と行動は切り分けるべき」 『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』(かんき出版) 「みんな仲良く」が子どもを苦しめる 「こうでなくてはならない」ということが伝わってしまうような言葉は、使わないようにしたのです 気持ちと行動を切り離す 心と行動は切り分けて、「よい行動」をする 理想論を子どもに押し付けて苦しませる 嘘も大切なコミュニケーションスキル 大人の理想論を押し付けない 偽善者かどうか考えても無駄 偽善と偽悪。一見、相反するように見えるこの2つの言葉ですが、実はまったく同じものなのではないかと私は思った 大切なのはどんな行動をするか 「人によく思われたい」は素敵なこと 「お天道様は見ています」 「いじめ撲滅」がいじめを生み出す 「いじめは絶対に許さない」ということは、謝っても許されない、反省しても許さないという言葉に聞こえてしまいます 多様性を認めることが、いじめのない社会への第一歩 「寺脇・前川両氏「子どもたちをよろしく」で描く社会の闇」 前川喜平元文科省事務次官 文科省官僚出身の寺脇研 最近の日本映画は口当たりだけが良く、軽くチャラチャラ浮ついた映画が多くなったように思います。歯ごたえのある映画がなくなった 「戦争と一人の女」という映画をプロデュース 「バット・オンリー・ラヴ」 今回の映画で3本目 「子どもたちをよろしく」 吉岡 名保恵 「「オンラインで授業」先生たちの試行錯誤の日々 突然の休校措置が切り拓く未来の教育とは」 いつもの学校、いつもの先生 私立さとえ学園小学校 自宅にWi-Fi環境がなくても利用できるようセルラーモデル(注1)を導入 Googleのメッセンジャーアプリ「ハングアウト」(注2)の教員グループに小野田正範校長がメッセージを発信 教員それぞれが試行錯誤を重ねた結果、次第にZoomを使ってオンライン授業ができるようになっていく。子どもたちも操作に慣れ、挙手機能やチャットを使いこなせるようになった 公立でも取り入れられる仕組みづくり 山中昭岳先生 山間部の小さい公立小でありながら当時、パソコン教室に1人1台を実現するなどIT化の指揮を執っていた 教材費と同水準でiPadを導入できるようにし、基本的には無料で、学校外でも使えるアプリやツールを多用した 学校ではない居場所もオンラインで ミライLABO 「コドモクリエイターズインク」は、小学生のための起業家教育として企業とコラボレーションしたり、さまざまな企画で多様性に触れる学びを実践 不登校の子どももビデオオフで参加
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