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人生論(その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)) [人生]

人生論については、昨年8月23日に取上げた。今日は、(その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編))である。

先ずは、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が昨年8月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00036/
・『今回のテーマは「同窓会」。 同窓会に、あなたは行く派? 行かない派? それとも、行きたくてもいけない派? あるいはホントは行きたくないけど行く派? …さて、どの“派”だろうか? かくいう私は「5人以上の飲み会は苦手」という社交性の低さから、めったに同窓会には参加してこなかった。 が、数年前「一緒に行こうよ!」と半ば強制的に高校の同窓会に参加したところ……、ものすごく楽しくて。「ウブな青春時代を3年間同じ場所で過ごしたってだけで、こんなにも心地いいものなんだ?」と至極感動した経験がある。 残念ながらその後は再び同窓会から遠ざかっているが、「同級生っていいじゃん」という確固たる観念は今も変わりなく続いている。 ところが、男性の場合、少々事情が違うらしい。 「同級生はみんな大企業のエリートばっかりなんで…」「活躍する同級生を目の当たりにすると落ち込むんで…」と複雑な感情を話してくれたり、 「『うちの会社が?』だの『うちの息子が?』だの自慢話ばっかでつまらない」「成功している同級生に嫉妬して色々という奴がいるから、気分が悪い」と吐き捨てたり、 「同窓会なんて行く意味はない。ノスタルジーに浸るか、病気の話をするか、人を妬んでグダグダ酒を飲むだけ」と、積極的不参加を訴える人もいた。 年齢、役職、職位、職種など、あらゆる上下関係を基盤とした会社組織で長年過ごしたことが関係しているのか? はたまた「1年上の先輩と給料が1万円違っていても気にならないけど、同期より100円少ないだけで、ものすごく落ち込んだりするのがサラリーマン」という、会社員ならでは習性によるものなのか? 行くも行かぬも個人の勝手と言ってしまえばそれまでだが、先日、60代の男性にインタビューをしたときに、流れで同窓会の話になり、それが実に興味深く、「60過ぎの同窓会」についてあれこれ考えてみようと思った次第だ。 というわけで、たかが同窓会。されど同窓会。 お盆休み明けの今回は、60歳で定年を迎え、再雇用で働く63歳の男性の話からお聞きください。 「50歳を過ぎた頃からですかね。定期的に高校の同級生と飲み会をやるようになりましてね。毎回集まっているのは10人くらいだと思います。あとは僕も含めて20人くらいに連絡はしてるはずです。最初の頃、何度か僕も参加しました。同級生の中には役職定年になってやる気をなくしている奴もいるし、孫がかわいくてしょうがない奴もいる。 それはそれでいいんだけど、なんだか爺(じい)さんのぼやきを聞いてるようでね。僕自身は忙しいというのもあったので、ほとんど参加しなくなっていました。ところが先日、常連出席組の1人から『たまには来いよ』と連絡が来て、久しぶりに行ってきました。 そうね。7、8年ぶりですかね。みんなもう定年になっていて、来ていたのは雇用延長組がほとんどでした。ただ、常連組の1人はがんで闘病中、1人は親の介護で実家に戻って再就職、1人は奥さんの具合が悪くて参加できなくなったみたいで。 それは悲しいことではあるけど、なんか妙にリアルで。60過ぎるとそういった変化は多かれ少なかれ誰にでもあるので、近い将来に備える上でも同級生の動向を知るのは意味があるし、みんなと話していると『ああ、自分だけじゃないんだなぁ』となんかホッとした側面もあったように思います」』、河合氏が「5人以上の飲み会は苦手」とは意外だ。私は、大学の学科の同期会はほ毎回参加しているが、高校の同期会は1回おきに参加している。
・『職場も住む場所も違う仲間との会話が貴重な機会に  「60歳まではなんやかんやいって、どんな会社にいるか?とか、役員になれるとかなれないとか、会社という枠での違いをお互いに気にしてしまうけど、60歳過ぎると大企業で出世した人も、小さな会社でやってきた人も、横を一線になる。 みんな一緒。学生時代にリセットされるんです。 勝ち組だろうと負け組だろうと、多く稼いでるとか、見た目が若いとか関係なく、健康や家族の問題は全員の共通の関心ごとです。年のせいなのか何なのかわかりませんが、自分でも驚くくらい、そういった問題に頭も心も縛られるようになる。 そんなとき同級生と、損得勘定なしで、かっこつけずに話せるのはすごくいいと思いました。 同じ会社でもない、近所に住んでいるわけでもない。恥も外聞もなく色々と話せる。60過ぎたら同窓会って、そういう貴重な機会になるんじゃないでしょうか。男って、あまり個人的なこと話さないですから……。 僕は同窓会に毎回顔を出すほど積極的にはなれないけど、『どうせ来ないよ』と愛想尽かされて連絡が途絶えないように、たまには出席するつもりです」 ……さて、いかがだろうか?) 私は40歳の時、50代の知人たちが「50過ぎると人生の逆算が始まるっていうのかな。もう、あれもこれもやってしまえ!と、やぶれかぶれな気分になるんだよ」だの、「50を過ぎるとさ、イチかバチかって気分になるんだよ」だの言っているのを聞いても、今ひとつ理解できなかった。 だが、実際に自分が50代になると……、実によく分かる。理屈じゃない。最近の私は結構、やぶれかぶれだし、以前にも増してイチかバチかって気分になることがある。 しかも、50歳を過ぎた途端「親が老いる」事態に直面し、同級生の「おまえもか。お互い大変だな」という言葉に何度も救われた。 少々大げさに思うかもしれないけど、「この世に同じ問題を抱えている人がいる。ストレスが一切かからず話せる人、共感してくれる人がいる」と肌で感じられたのは、何物にも代え難いものだった。 であるからして、あの時と同じように私も60歳を過ぎると「健康とか家族の問題」に翻弄される気持ちや、それを話せる仲間がいることの価値をもっとリアルに理解できると確信している』、同感だ。
・『定年、再雇用後はゆとり重視へ仕事観が変わる  実際、60歳以上の男女を対象に内閣府が行った調査では、60代前半では70.9%、後半の71.1%が、日常生活の不安事項のトップに「自分や配偶者の健康や病気」を挙げ、それに続くのが「自分や配偶者が寝たきりや身体が不自由になり介護が必要になること」(60代前半:61.8%、60代後半:62.1%)だった。 同様の不安はきっと50代でもあるかもしれない。だが、仕事の悩み、部下の悩みは日々尽きないし、働くことの忙しさが、そういった「仕事外の問題」を忘れさせてくれることも多い。 くしくも男性は、自分が驚くほどそういった問題に「頭も心も縛られがち」と語っていたけど、その背後には、60歳後の「会社との距離感の変化」も関係する。 労働政策研究・研修機構が定年退職で再雇用(雇用延長含む)になった人たちを対象に行った調査で、「定年退職した直後」の自分について8割の人が「人並みにはやってるし、寂しくなどなかった」と自己イメージを肯定的に捉え、6割以上が「合理的に働くという気持ちはなかった」と回答した。 ところが、実際に働き始めると半数以上が「仕事への考え方が変わった」とし、「自分に負担がかからないよう上手に仕事を選んでやっていこう」「不慣れな仕事はしないようにしよう」「業績にとわられず、ゆとりを持って仕事をしよう」といった具合に、コスパにあった合理的な働き方に心情が揺らぐ実態が明らかになったのである(「定年退職後の働き方の選択に関する調査研究結果」)。 定年直後は「自分のスキルを生かして頑張ろう!」と思っても、実際に働いてみるとその気持ちが萎える。「期待されないこと」「遠ざかる責任」「賃金の安さ」を目の当たりにし、“片思い”だったことを身をもって知り、やる気がうせる。 まだまだ体も頭も動くし、やる気もある。なのに会社は自分をちっとも認めてくれない。自分の努力ではどうにもならない「年齢」という壁にぶつかり、自ら会社との距離、仕事との距離を遠ざけていくのだ。 つまるところ、若い時にいい企業に入り、出世街道を歩み、大会社の役員になっても、定年になれば「ただの人」。会社の階層の階段の上がり方、到達点、そこまでのプロセスや経験、見てきた景色は異なれど、定年になればば全員「ただの人」になる。 そんな心の空虚感が余計に、健康や家族の問題に悩むスキを与えてしまうのだろう。 会社には自分の存在意義や生きる力を高める実によくできた仕組みがあり、その1つがルーティンである。定年前までは自分で意識的に努力しなくても、会社に所属するだけで、日常=ルーティンが自然と存在した』、確かに「日常=ルーティン」に身を委ねていると楽ではあるが、進歩はない場合が多い。
・『毎日の決まった行動パターンに救われている  ルーティンには、 ・ 決まった時間に起きる ・ 決まった朝食を取る ・ 決まった順序で家を出る準備をする などの1人完結型と、 ・ 食事はできる限り、家族あるいはパートナーと決まった時間に食べる ・ 家を出る時に必ず「行ってきます」と言う(家族などがいる場合) ・ 出社する時間が決まっている ・ 日々やるべき仕事が決まっている ・ 退社する時間が決まっている ・ 家に帰った時には必ず「ただいま」と言い、家族が「おかえり」と言う ・ 余暇はリビングなどで、家族でテレビを見たり世間話をしたりする といった2人以上のメンバーの間で繰り返されるルーティンがある。 毎日通う職場、そこで行う仕事は、メンバー型ルーティンの典型である。 毎週のチーム打ち合わせや管理職会議、アフターファイブの「ちょいと一杯」などもルーティンだし、理不尽な上司のむちゃぶりや突然の異動や出張もルーティンの変形型で、ある意味日常のスパイスになる。 リアルタイムではしんどいルーティンも、消えると妙に寂しくなりがちである。けったいなことに、つらい思い出ほど懐かしくてたまらないのだ。 とにもかくにも定年後は予期せぬ喪失の連続である。その度に心に穴があき、それと呼応するようにプライベートの心配事は増え、決して人には言えない寂しさだけが増していく。 おまけに肩書というやっかいな代物があると、おのずと肩書に惑わされ、似たような立場の人たちとつながりがちだ。だが、定年になれば肩書は消え、人間関係もリセットされる。それなりの地位にいるときは、いつか、どこかで、その力を借りることがあるかもしれないからと付き合ってくれる人は多いが、肩書が消えればあっさりと去る人も同じくらい多い。 もちろん定年前から肩書きとは全く関係ない人間関係を持っている人もいるが、問題がプライベートなことであればあるほど身近な人には言えないというケースもある。そんなとき「遠距離付き合い」の友人がいればどんなに心強いか。同窓会の誘いがあったときにその場に行き、恥も外聞もなく話せる人がいれば救われることは多いはずだ。 私の友人のお母さんは70歳を過ぎてから「誘われたら断らない」と決めたそうだ。 きっとその真意は、自分が70歳を過ぎたときにこそ分かるのだと思う』、「定年になれば肩書は消え、人間関係もリセットされる」、付き合いの幅がかなり絞られたのは確かだ。
・『人間関係の広さと質は健康にも影響している  最後に、非常に優れたネットワーク分析に関する調査結果を紹介しておく。 論文のタイトルは“Social relationships and physiological determinants of longevity across the human life span”。調査を行ったのは、米ノースカロライナ大学チャペルヒル校社会学科研究グループで、この研究の売りは「大規模な異なる年齢層(若年、壮年、中年、老年)の縦断データ」を用い、「社会的つながり」と「心臓病や脳卒中、がんのリスク」の因果関係を明らかにした点だ。 ※分析に用いたサンプルは、Add Health(7889人)、MIDUS(863人)、HRS(4323人)、NSHAP(1571人)の4つで、それぞれ2時点の縦断データ。健康度の測定項目は、「血圧、ボディ‐マス指数(BMI)、ウエスト周囲径、炎症の測定指標となる特定のタンパク質(CRP)」で、これらはいずれも心臓病や脳卒中、がんの発症に高い関連性を持つ。 調査では、「社会的つながり」を、「広さ=社会的統合」と「質=社会的サポート」に分けて質問を設定。 ▼「広さ」については、結婚の有無や、家族、親戚、友人との関わり合い、地域活動、ボランティア活動、教会への参加などについて「接触する頻度」「一緒にいて楽しいか」「居場所があるか」を問う質問項目 ▼「質」については、おのおのと「互いに支え合う関係にあるか」「互いのことを分かり合えているか」「自分の本心を出せるか」など「心の距離感の近さ」を問う質問項目 について回答してもらい、得点化している。 その結果、人間関係の「広さ」は、若年期(10代~20代)と老年期(60代後半以上)の人たちの健康に、人間関係の「質」は、壮年期(30代~40代前半)から中年期(40代後半から60代前半)の人たちの健康に、高い影響を及ぼすことが分かった。 具体的には、 ・若年期の社会からの孤立は、運動をしないのと同じくらいCRPによる炎症リスクを上昇させていた。 ・老年期の社会からの孤立は、高血圧のリスクに大きく関連した。その度合いは、糖尿病患者が高血圧になるリスクを上回った。 ・中年期の社会的なサポートは、腹部肥満とBMIを低下させていた。 ・中年期の社会的なサポートがない人は、CRPによる炎症リスクが高かった。 これらを大ざっぱにまとめると、「若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ」ってことになる。 ふむ。たかが同窓会。されど同窓会。60歳過ぎたら参加できるよう関係をつなぎとめておこう……』、「若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ」、確かにその通りなのだろう。

次に、3月16日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏、元電通の岡氏らの対談「2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/031100008/?P=1
・『3月16日、「人生の諸問題」の語り手のお一人、コラムニスト小田嶋隆さんの新刊、その名も『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が刊行されました。前作『超・反知性主義入門』から5年、2015年から現在までの間に日経ビジネスオンライン/電子版に毎週執筆したコラムをえり抜いた、まさに現代日本のクロニクル。 でも刊行記念とはいえ、こんなタイミングで座談会なんて、無理かな? と思ったら、なんと、岡、小田嶋、清野に加え、その他関係者まで意気軒高に会場に集まってくださいました。 コロナ騒動真っ最中の対談敢行です。本日は岡さん、小田嶋さん、編集Yさん、東京工業大学のヤナセ先生、コーディネーター清野とフルメンバーが集まりました。権威筋の推奨通り、みんな、1メートル離れて座りましょう(Qは進行役である清野氏の発言)』、このブログの前回、昨年8月23日にも座談会を紹介したが、今回も興味深そうだ。
・『岡:だから、もう全然、できなくなっちゃったんだよね、今。 Q:やっぱり仕事に影響が出ていますか。 岡:いや、仕事じゃなくて。 小田嶋:そう、確かにマージャンは、とても近くに座って、牌も手でばんばん触るというもんで、結構よくないですよね。 Q:あ、しょっぱなからマージャンの話ですか。 岡:そう、雀荘、やばいでしょう。 Q:でしたらeゲームみたいに楽しめばいかがですか。 岡:そうか。そうすれば、家でできるか。それだったらメンツが簡単に集まるよね。 小田嶋:ただ、eマージャンにすると、普通のルールでしかできなくなるでしょう。ローカルルール満載のリアルマージャンのスリルがなくなる。 岡:プログラミングに詳しい人がいたら、できるんじゃない? ということは、一番詳しいのは小田嶋なんだから、小田嶋がプログラムをどうにかしてくれればいいんだよ。 小田嶋:そうだね。ちょっと研究してみよう』、マージャンは確かにウイルスが伝染するにはもってこいの場のようだ。
・『ハイリスク役満世代  Q:小田嶋さんは、待ち合わせをよく忘れていますが、こういうことになると、パパッと話が決まるんですね。(*こういうこと、ああいうことは、『人生の諸問題 五十路越え』など好評既刊でどうぞ) 岡:ネットでマージャンができるなら、話は早い。でも、やっぱ、なんかねえ。 Q:結局、おじさんは、うだうだ集まりたい、と。 岡:そうなんだよ、集まって、顔突き合わせてやりたいんですよ。だいたいコロナウイルスって、今のところの致死率でいえば、インフルエンザぐらいでしょう。ちょっとこの騒ぎ方は、ヒステリックじゃないですかね。 Q:今現在、正体不明であること、感染力が強いこと、治療法が分かっていないことなど複合的な不安要因があって、大きな注意が必要とされています。また、トイレットペーパーや抗菌、除菌グッズの買い占めは、日本だけでなく世界中で起こっています。 小田嶋:それでいうと、俺なんかはハイリスクというのに、もろに当てはまる人物像なんですよ。60歳以上、高血圧、糖尿病、既往症で服薬中って、どんどん役満に近づいていく。 岡:60歳以上って、そこはリスクに入らないんじゃないの? 亡くなっているのは、70歳とか80歳以上だよ。(*この認識は正確ではありません。岡さんの願望であることをお断りしておきます。) 小田嶋:一応、60歳以上がハイリスクらしいけど、75歳以上のいわゆる後期高齢者と呼ばれるところの人たちが、本当は危ないゾーンだと思いますけどね。 岡:だいたいさ、後期高齢者って、この言葉は間違っているというか、ひどくない? 小田嶋:ひどいよね。後期って何だよ、じゃあ、末期ってのもあるのかよ、みたいな。 Q:自分たちが近づいていくと、他人事じゃないですよね。 岡:まあ、コロナは驚いたけど、日本って何かこう、一致団結といえばそうだけど、ものすごい勢いで一つのことを騒いでいくというのは相変わらずで……。 小田嶋:特にメディアがそうだよね。ところで、そのメディアから足を洗って、アカデミアに行かれたヤナセ先生とは、お久しぶりですね(*ヤナセ先生は2018年に、日経BPのあやしいプロデューサーから東京工業大学教授へ転身されました)。今日は大学の方はいいんですか。今年の入試とかは大変だったでしょう。 ヤナセ:大学自体はすでに春休みなんですが、その前に入試は何とか無事に終わりました。万が一のため大学も受験生に配るマスクを用意して、試験のときは、基本的に受験生にはマスクをして受けてもらうということで』、「日本って何かこう、一致団結といえばそうだけど、ものすごい勢いで一つのことを騒いでいくというのは相変わらずで……・・・特にメディアがそうだよね」、同調圧力の強さは並大抵ではない。
・『オダジマの入試時期は風疹が大流行  岡:異様な光景だよね。 ヤナセ:おかげさまでトラブルもなく二次試験も合格発表も終わりましたが、卒業式は大幅縮小、入学式は中止です。 小田嶋:それでいうと、俺たちのときに風疹、流行ったよね。大学の入試中に風疹のやつは結構いたのよ。 岡:流行った、流行った。 小田嶋:俺は入学してから罹ったんだけど、すごい大変だったのよ。科目登録のときになっても、まだ風疹で死んでいたからさ、岡が代わりにやってくれたんだよね。 岡:そういえば、そうだったね。 小田嶋:お前が俺の科目登録をしたというのが運の尽きで、これがひどい登録だった。 小田嶋:だって、フランス語と英語を同じ時間にダブルで登録しているんだよ。病から復活して、新学期をはじめたら、これはどういうことなのか? と。 Q:早速、どちらかの単位を落とす、という話になっちゃったんですね。 小田嶋:昔はe登録とか、そういうのがまるっきりなかったから、ダブりのチェック機能もなく、いい加減で。 岡:僕が理解している小田嶋隆というものから、適切な科目を推理して登録した。単位を取るのが楽だとか、試験がない先生だとか、出欠を取らないとか、そういうのは一切考慮していない。 小田嶋:何だか知らないけど、こいつの趣味で西洋史とか取らされたんだよ、俺は。 岡:でも、優しいと思わない? 小田嶋と僕って、学部も違うんだよ。それで教育学部の科目登録は、いろいろな条件があってすごく面倒くさいわけですよ。だから、まあ、間違っちゃったけど。 小田嶋:そう、面倒くさかったね。 岡:ね、優しいでしょう。 Q:ご自分の登録に重複はなかったんですか? 岡:僕、その辺は抜かりがないですから。 全員:(出た……。) 小田嶋:ところで、今日は話題って、用意してあるんですか?』、岡氏が「風疹で死んでいた」小田嶋氏に代わって「科目登録」をしたとは腐れ縁の典型だ。
・『5年間の「空気」はどう変わったのか  編集Y:はい、それはもう、小田嶋さんの新刊本について、ということで。3月16日に、弊サイト連載「ア・ピース・オブ・警句」の集大成、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が書店の棚を飾ります。 岡:(まだ印刷済みの本ができていなかったので、カバー見本を見つつ)「アベさんと日本の5年間」――って、これ、サブタイトルなの? すばらしいね。 編集Y:あ! ……それは見本用の仮のもので、最終的には改題しました。で、巻末には過去5年分、2015年から19年の、小田嶋さんのコラムの掲載履歴を付けさせていただいています……ううっ。 ヤナセ:どうしたの? 編集Y:これを見ていたら、ちょっと泣けてきました。小田嶋さんは、なんてマメに、倦まずたゆまず淡々と毎週毎週、書き続けてくださったんだろう、と……。 Q:その前に、私は担当の編集Yの苦労を思って、泣けてきましたけど。 岡:そうだよねえ。本来は。 小田嶋:編集Yさん、大変でしたよ。いつも締め切りと筆者の筆進みの板挟みで。 Q:あんたが言うんかい! まあ、そこで今回は、この5年間をお二人に振り返っていただこうかな、というわけです。 岡:確かにこの5年間ということでいえば、小田嶋には災難がたくさん降り掛かってきた年月だった。 小田嶋:自転車で転んで、足、折ってから、糖尿病でしょう、膝の大手術でしょう、脳梗塞でしょう。 Q:ちなみに皇居前、小雨の竹橋で自転車ごと転がって救急車で運ばれたのが、2015年。詳細は『人生の諸問題 五十路越え』(日経BP刊)に譲りますが、小田嶋さんの入院先にこのメンバーで押しかけて、そこでも対談を敢行しましたね。 小田嶋:そうね、そこから始まって、5年の間に入退院を繰り返しましたが、まあ、年を取ることのいいことは、そういうことがあっても別にどうってことない、ってことでしたね。 編集Y:え。 Q:それって、本当? 岡:だったら、それほど貴重な5年間じゃなかった、ということになるぞ。 小田嶋:そう。同じことが30代、40代で起こったら、結構ショックを受けていたはずだけど。 岡:そうだよ、25歳から30歳でそうなっていたら、人生が別のモノになる。 小田嶋:足を折って走れなくなったというのが30代だったら、俺にしても、「ああ、私の人生は半分終わった……」とおそらく思うよね。けれども、今だとたいして残念じゃない。というのはある。 岡:もう陸上部じゃないしね。 小田嶋:日常でそれほど走ってないしな、って。そもそも、走れないしな、というのもあるけど。 Q:だんだん、悟りへの道が開けてきました。 岡:だいたい、2015年って何があった年?』、高齢者になってからの入院は、「30代」ほど「残念じゃない」、というのはその通りなのかも知れない。
・『空気を読まない舛添さん、オリンピック予算に猛反発  小田嶋:その年は舛添さん(要一・前東京都知事)に、人生の諸問題がいろいろ発生した年だった。オリンピックの開催が決まって、国立競技場の設計が進んだら、すごく予算が膨張して、当時都知事だった舛添さんがそれに対して怒って。 岡:今考えると、たいへんまっとうな怒りだよ。 (前略)舛添都知事は、さる連載コラムで《新国立競技場の建設について、誰が最終的に責任を持つのか!?》《根拠不明な都の拠出額「500億円」 文科省は新国立競技場問題に誠実な回答を!》という寄稿をしている。  一読する限り、私の目には、舛添都知事の言い分は極めてまっとうに見える。 (中略)早い時期から予算オーバーが懸念され、工期の遅れが心配され、施工の困難が予想されていた状況をものともせずに、計画は奇妙な具合いに見直されたり手直しされたりしながらも、全体としてじりじりと前に進み、解体への反対運動が起こっていた旧国立競技場も、あっさりと破壊されてしまった。 で、ここへ来て、いよいよどうにも間に合わなくなった時点で、はじめていきなりお手上げのポーズをしてみせる形で、関係者が、各方面にバカな説明を繰り返し始めた次第だ。で、何をどうトチ狂ったのか、当事者以外の何者でもない文部科学大臣自らが、予算オーバーの尻を持って行く相手に向けて、当事者意識を持てだのという驚天動地の説教を 垂れているわけです。 こんなバカな話があるだろうか。舛添都知事は次のように述べている。 「新国立競技場建設の責任者に能力、責任意識、危機感がないことは驚くべきことであり、大日本帝国陸軍を彷彿とさせる。日本を戦争、そして敗北と破滅に導いたこの組織の特色は、壮大な無責任体制になる」「東京裁判の記録を読めばよく分かるが、政策決定について誰も責任をとらないし、正確な情報、不利な情報は上にあげない。新国立競技場建設について、安倍首相には楽観的な情報しか上がっていなかった。これは、各戦線での敗北をひた隠し、『勝利』と偽って国民を騙してきた戦前の陸軍と同じである」 まさにご指摘の通り、新国立競技場建設をめぐる物語は、意見の集約のされ方や、現状認識のあり方、決断のされ方やその受け継がれ方に至るまで、旧日本軍の無責任体制そのものだ。 この度、建設費をめぐって、舛添さんと下村さんの間で論争が起こったことは、幸運なめぐりあわせだったと私は考えている。もし現職の都知事が、猪瀬さんのままだったら、580億円の追加支出は都の臨時予算としてすんなり計上され、文科相と都知事が握手する絵柄の写真付きで、 「都民の夢のために、580億円を快諾」とか、そういう記事が配信されていたのかもしれない。 それどころか、工期が遅れていることや予算がショートしていること自体、報道されていなかったかもしれない。うちの国の巨大組織は、誰も責任を取らないで済むタイプの決断を好む。というよりも、われわれは責任を分散させるために会議を催している。(以上、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』より引用) 小田嶋:ところが当の本人に公私混同話がずるずる出てきて、結局、翌年にぐずぐずで都知事を辞職することになって。 岡:そうそう、16年に都知事選があったよ。 小田嶋:そういうことがあったけど、その意味でいえば、15年はわれわれがはっきりと自覚する時代の区切り目ってわけではなかった。 岡:時代の区切り目といったら、それは、震災でしょう。 編集Y:あの……販促企画上、2015年以降の話題で……。 岡:東日本大震災から、もう10年か……(と、スルー)。 Q:9年です(しかも、間違っている)。 岡:そう、9年がたっているでしょう。でも、その後に大きな区切り目って、あんまりない気がするんですよね。 Q:昨年は平成から令和への改元がありました。 小田嶋:ああ、令和ってやつ、あったね。 Q:(ガクッ) 岡:まあ、でも、東日本大震災と、阪神大震災の二つの震災が日本社会に与えた影響は大きかった。 小田嶋:阪神大震災の年は、オウム真理教の大事件もあった。その意味で1995年は、一つの節目だった気がする。 Q:「失われた10年」が「20年」にならんとするころに、リーマン・ショックによる金融崩壊があり、09年、10年あたりに、その影響がボディブローのように日本に来て、11年に東日本大震災です。 岡:リーマン・ショックっていつだっけ?  Q:(ガクッ) 小田嶋:2008年ですよ。俺にとって不思議だったのは、第2次安倍政権に対する、いろいろな人たちの評価の違いの中で、大学の関係者がわりと安倍政権に好意的なことだったのね。そういう人たちがそこそこ多いのはなぜか、というと就職がよかったからなんだよね。 岡:なるほどね。 小田嶋:大卒の就職だけを取り上げると、非正規が増えたりとか問題はいろいろあるんだけど、新卒に限れば震災以降に就職状況が立ち直って、好調が続いた。 岡:失業率も低いしね。 小田嶋:大学の学生を直接見ている人たちに限れば、安倍政権で世の中が明るくなったような感じを持っている。それで、新卒の就職とは微妙に違うけど、俺がこの数年、患者目線で詳しくなった医療現場でいうと、女性医師の比率が上がっているな、と。 Q:もう一つの職業的な変化がそれですか。 岡:その患者目線で実感した、というのは、ちょっと避けたい事態だけどね』、「第2次安倍政権に対する・・・大学の関係者がわりと安倍政権に好意的なことだったのね・・・就職がよかったから」、「大学の関係者」の評価がここまで表面的要因で左右されるとは、驚かされた。
・『高齢男性のコミュニケーション問題  小田嶋:あくまで個人的な実感だけど、女性医師の方が全然優秀。腕とか医学的知識とかは、こっちからは正確に評価できないけど、何しろコミュ力がまるで違う。 岡:男の医者で患者の目を見ないという人は、結構いる(笑)。 小田嶋:男の医者って、俺からしても、この先生、大丈夫かなって思う人が結構いるんですよ。病気についてちゃんと説明ができて、患者とコミュニケーションが取れる人が、あんまりいないのよ。 Q:それを小田嶋さんに言われるのは、とてもまずいことだと思います。 小田嶋:いや、これ、本当よ。俺が接した女性のお医者さんは、あなたは今、こういう状況で、治療はこうでこうで、というコミュニケーションがちゃんと取れるんですよ。医大が入試で女性の受験生に露骨な差別を行っていたけど、医者ってむしろ女性向けの仕事ではなかろうか、と思います。 岡:ただ一方で、患者サイドのコミュ力という問題もあるだろう。はたから見ていても、どうしようもない患者って、いるじゃないか、病院には。 小田嶋:その問題を集約すると、おそらく、じいさんのコミュ力のなさということに整理される。 岡:それはおおいにあるな。 小田嶋:すごいですよ、じいさんって。俺は自分の入院回数が、もうよく分からなくなっているぐらい、ひんぱんに病院にお世話になったけど、おかげで入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね。 Q:あくまで小田嶋さん個人の感想です。 小田嶋:じじいって本当、ひどいよ。 岡:そんなにひどい? 小田嶋:うん。全然、話にならない。一般社会でいえば、電車の中で怒っているのも、たいていがじいさんでしょう。病院でもそう。ナースさんに理不尽に文句を付けているとか、意味なく怒っているとか、オレを誰だと思っているとすぐ言うとかは、たいがいがじいさん。 岡:NHKの番組を見ていたら、認知症の第一人者である聖マリアンナ医大の先生がいて、その先生が認知症になった話を放映していました。彼はデイサービスというものを日本で提唱してきた人なんだよ。デイサービスなどのケアが充実すれば、介護をする家族の負担は減るし、本人も仲間がいた方がいいですよ、といって推進したんだけど。 小田嶋:まっとうな主張ですよね。 岡:そうでしょう。でも、自分が認知症になったでしょう。それでデイサービスに行くでしょう。そうすると、自分自身に、まったく笑顔が出ないんだって。 全員:……。 岡:それで、その先生は1週間も持たずに、家族に「(通所を)やめさせてくれ、耐えられない」と。 Q:せっかく自分がよかれとつくった仕組みなのに。 岡:そうなんだよ、自分でつくって、拒否するのはなぜなんだ、と。その先生がいうには「あそこでは孤独すぎる」っていう話なわけ。 全員:うわ……(身につまされています)。 Q:おうちには奥さまがおられますよね。 岡:上品でやさしい奥さんがいて、娘さんが「おばあちゃんが大変だから、デイサービスに行ってあげて」と諭しても、「でも、しょうがないだろう、行きたくないんだから」なんていっちゃっているわけです。 Q:それ、岡さんと小田嶋さんが、折に触れて使ってきたいい分ですね。 岡:いや、だから、そういう当事者の、しかも仕組みをつくってきた人ですら、我が身になると、話はまた別になってきちゃうんだよ』、「入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね」、その通りなのだろう。「NHKの番組」は私も岡氏と同じ驚きを感じた。
・『ジャイアンシステムによる「上から適応」  小田嶋:病院では、おばさんとか、おばあさんたちは、ナースさんともすぐ仲良くなるし、おばあさん同士も仲良くなるんだけど、じいさん同士は仲良くならない。 岡:ああ、無理、無理。僕は絶対、無理ですね。 小田嶋:岡は、そういう共同生活みたいなところは、俺よりもあり得ないでしょう。 岡:僕は、小田嶋に比べると社会に適応している風じゃない? サラリーマンも意外と長くやったし。 Q:小田嶋さんの8ケ月に対して、岡さんは19年ですから、そこは圧勝です。しかし、みずからおっしゃる通り、あくまでも「適応している『風』」ですけど。 岡:それは僕に社会適応能力があったわけじゃなくて、周りが僕に対する適応能力が高かっただけだ、と。いや、自覚していますよ、我ながら。 小田嶋:俺は岡にすごく適応してきた感じがあるぞ。だから、岡は「上から目線」じゃなくて、「上から適応」なんだよ。自分が環境に合わせているんじゃなくて、環境を岡にフィットさせるようにつくりかえていってしまう。 岡:ということは、やっぱり僕はデイサービスも老人ホームも、まるでだめじゃない? Q:岡さんがみずから、上から適応の、老人ホームの新ビジネスモデルをつくってはどうでしょうか。 小田嶋:ジャイアンシステムみたいなのをつくるといいよ。あいつとは合わないって、避けていくやつは消えていって、気が付くと、介護してくれる人も、仲間も、自然に自分とフィットする人間しかいなくなっている仕組み。そこで、岡はビールの空き箱をひっくり返して、上に乗って歌っていればいいじゃん。 岡:なんか、ばかみたいだけど、仲間を間違えなければいい。 Q:というか、「人生の諸問題」を語るこの場も、結局、岡さんの上から適応でここまで回ってきたともいえなくもありません。 小田嶋:まさしくジャイアンシステムね。 岡:本当だ。のび太、スネ夫、しずかちゃんもいる。ちなみに、のび太は編集Yさんね。 Q:それで、スネ夫は、もちろん小田嶋さんね。 岡:ところが僕は小田嶋に、「お前はジャイアンの外見で中身がスネ夫だ」っていわれてきた。ということは、僕は結構、最低の人間ということになるじゃないか。めちゃくちゃだよね。 Q:力×知恵という意味なら最高じゃないですか。 岡:でも、横暴×セコさだったら、最低だね。年を取ると、そっちの悲しい末路の方にリアリティがある。 小田嶋:これ、大切な問題ですけど、じいさんはじいさんが嫌い。 岡:そう、じいさんはじいさんが嫌いです。 Q:はい。ばあさんもじいさんが嫌いです。 岡:それで、じいさんは意外とばあさんが好きなんだよ(笑)。 編集Y:あの……新刊……。 小田嶋:そこでまた、いろいろ問題が起きていくんだけど、一つ確かなのは、じいさんは誰からも愛されない、ということ。じいさんは本当に孤独なんですよ。 Q:……その「じいさん」を語る小田嶋さん自身が、ほかならぬ「じいさん」なのではないか。話をうかがっているうちに、心理学でいう同属嫌悪を私は感じるのですが。 小田嶋:う。 岡:いや、話を変えよう。それを認めるのは、辛すぎる。 (辛すぎるお年ごろ、ということで、後編に続きます)』、「一つ確かなのは、じいさんは誰からも愛されない、ということ。じいさんは本当に孤独なんですよ・・・心理学でいう同属嫌悪を私は感じる」、いまから覚悟しておく必要がありそうだ。

第三に、この続きである3月26日付け日経ビジネスオンライン「「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00077/032300009/?P=1
・『「人生の諸問題」の語り手のお一人、コラムニスト小田嶋隆さんの新刊、『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』が刊行されました。前作『超・反知性主義入門』から5年、2015年から19年までの間に、日経ビジネスオンライン/電子版に毎週執筆したコラムをえり抜いた、まさに現代日本のクロニクル。 なんとか販売促進のため、座談の話題を引っ張りたい担当編集Y。しかし、そんな“忖度”をオカ&オダジマコンビがするわけもなく、新型コロナ騒動にも触れず、語り始めた話題は……(Qは進行役である清野氏の発言)。 Q:この2月に野村克也さんの逝去がありましたが、お二人はどう受け取られましたか。 編集Y:ああ! 話題を『ア・ピース・オブ・警句  5年間の「空気の研究」』に戻していただきたかったのに、キヨノさんまで、全然違う前振りを……(泣)。 岡:野村さんですね。すごく悲しいです。 小田嶋:同感。(編集Yの意図をまるで汲まない人たち) Q:星野仙一さんのときは、それほど思い入れはないです、ということでしたが、野村監督は違うんですね。 岡:星野さんにはなぜか感情移入できなかったけど、野村さんは違います。野村監督によって、プロ野球はいろいろなことが変わりましたからね。 例えば、ピッチャーがセットポジションで左足を上げないで投げる「クイックモーション」を洗練させたのは野村監督です。ほとんど足を上げない「すり足クイック」だから、ピッチャーが投げる時間が短縮される。よって、盗塁ができない。あれは発明でしたよ。 小田嶋:ノムさんが始めた革命的戦法はたくさんあるよね。 岡:投手分業制、ギャンブルスタート、ささやき戦術、ID野球、あと、小早川毅彦みたいに自由契約になったベテランをチームに入れて大活躍させた「野村再生工場」とか。 小田嶋:俺が昔、TBSラジオで働いていたとき、プロ野球のスコアを付ける係みたいなことをやっていたんだよ。その時代に、後楽園球場で野村さんが解説を務める現場に行きあたることがあった。 そのとき、野村さんが付けていたスコアブックというのが、我々が付けている普通のスコアブックどころじゃなくて、ストライクゾーンが9つに分かれているような、すごい詳細なもので。 岡:「野村スコープ」だよ。 小田嶋:俺らのようなアルバイトもどきは、ただのボールとストライクしか付けないんだけど、野村さんはボールでも、内角か、外角か、どっちに外れたボールなのか、またはストレートなのか、変化球なのか、落ちる球なのか、スライダーなのか、と、全部分けて、自分の記号で記録を付けながら解説していました。 岡:今はどのチームもやっているけど、ストップウオッチを野球のベンチに持ち込んだのも、野村監督が最初なんです。あのキャッチャーは二塁まで何秒で投げるんだろうと、時間を計った。 小田嶋:それまでは野球というものは、非常に大ざっぱな人たちが身体能力だけでやっていたスポーツだったけど、野村さんのおかげで、はじめて日本の野球に理屈らしいものが付きましたね。 岡:野村さんが亡くなったことは、悲しいな……。彼の記録って、生涯ホームラン、生涯打点って、ほとんどが2位なんですよね。何しろ、王、張本、長嶋がいた時代に行きあたってしまったもんだから。 野村さんが戦後初の三冠王を取ったとき、彼は翌日の新聞を楽しみにしていた。戦後初の三冠王なんて、すごい快挙、すごいニュースだよ。それでも野球ニュースの筆頭は、長嶋が二塁打を打ったことだった。 小田嶋:ああ……。 岡:戦後初の三冠王なのに、それでも一面を飾れないって、それってどうなのよ。しかも、彼はキャッチャーなんだよ。 小田嶋:彼が選手、監督として在籍していた南海ホークスをメジャーにしたのは、皮肉な話、王貞治ですからね。 岡:不思議だよね。これが人の持っている、何というの、運、めぐりあわせというものなのかね。 Q:会話が白熱しています。ただ、オダジマさんの新刊本に、まったく近づいていませんが……。 小田嶋:野村さんについては、沙知代さんという、いろいろ問題があるところの夫婦関係も話題だった。(さらに編集Yの意図から遠くなる) 岡:そっちもね。 小田嶋:俺はある雑誌の仕事で、あの人のことを調べたことがあったんだけど、ほとんどの経歴がウソなのよ。だけど、野村さんはそれを知っていて、世間から「ウソじゃないですか?」と問われたときに、「そうやってまで自分と一緒になりたかったんだから、ありがたい話じゃないか」と言っていたというのが、エラいというか、よく分からないことだよね。 岡:野村さんが南海ホークスで選手兼監督をしていたときに、沙知代さんが野村さんと付き合いだして、「あの選手は使うな」とかチーム運営にも口を出すようになった。選手からしたら、冗談じゃないよね。「あの人をなんとかしてください」ということで、主力選手たちが球団に訴えて、めちゃめちゃにもめた。で、後見人の高僧まで出てきて、「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人……といわれているんですよ。 Q:うーむ、ハタから見て、不思議な関係です。 小田嶋:並の人間には理解できないですよ。驚くべきことですよ。野村沙知代さんという人は、沙知代という名前からはじまって、自称した学歴も、経歴もウソなこともさることながら、あらゆるところでトラブルメーカーであり、少年野球チームでも、親から集めたお金を私腹に入れた疑惑で、訴訟を起こされかねないといった、ひどい話がいくつもあったでしょう。 岡:脱税で拘留もされているものね(2002年)。 小田嶋:そういう人と生涯添い遂げたというのも、偉かったよね。自分にはマネできない、ということで。 岡:野村さんにしてみれば、野球のこと以外は、全部命令されている方が楽だったんじゃないの。 小田嶋:それはあるかも。仕事のことしか考えたくないという人間は、それ以外のことは全部嫁さんに丸投げにしたい、というのが、ちょっとあるんじゃないかな。「あなた、今日の晩ご飯、何になさる?」じゃなくて、「あなた、今日は唐揚げを食べるのよ」と決めつけられた方が楽だ、と。これは落合博満さんにもちょっと似た雰囲気を感じない? 岡:似ている! 小田嶋:俺なんかはときどき沙知代さんと落合氏の奥さんがごっちゃになっていた。あれぐらい強烈な人じゃないと無理だということでしょう。面白いのは、野村さん、落合さんは、日本の野球の2大知性だったということで。 岡:そうなんだよ。落合がYouTubeで野球についてしゃべっているのを見たりすると、論理も分析も見事ですからね。 小田嶋:落合という人もしゃべらせると本当に頭がいい。 岡:ただ、暗いんだけどね(笑)。 小田嶋:そう、どちらも暗いの。だからボヤキ芸が成立したんだけど。 Q:この対談にちょっと似ていますね。 岡・小田嶋: ……まあ、そうね』、「「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人」、とのエピソードは初耳だが、ありそうな話だ。
・『岡:話を変えよう。この間さ、血液の検査をしたんだよ。そうしたら、僕はテストステロンの値が同世代の平均の半分しかないということが分かって。 Q:逆じゃないんですか? 「上から適応」のジャイアンのキャラ(前回参照)らしくないですね。 岡:でしょう? それで僕も、「これは間違いだから、2週間後にもう1回測ってください」とお願いして、もう1回測ってもらったら、やっぱり半分しかなかった。 小田嶋:あら、本当。 岡:このままいくと、すごくおとなしいおじいさんになっちゃう。外見とは別に、僕はもう極めておとなしい人みたいなの、血液的には(笑)。 小田嶋:昔の値は高かったんじゃないの? 岡:高いかどうかは知らないけれど、昔はあったと思うよ。だって、それがなきゃ電通を辞めたりしないし、既存の枠組みと戦ったりできないじゃないか。でも、この話をタグボート内でしたら、「そういえばこの何年間、岡さんが怒っているのを見たことないですね」っていわれて、ますますまずいな、と思って。 小田嶋:だったら、もういいじゃない? Q:いやいや。 岡:そうだよ、そう簡単にあきらめられないでしょう。 小田嶋:もう怒るあれでもないでしょう。 岡:だけど怒らないとだめじゃない、人間。 小田嶋:ハネ満、振ってもおとなしくしているという(笑)。 岡:そうそう。だから僕、弱くなっているでしょう、マージャンも。 Q:十何年か前、JALのファーストクラスだか、ビジネスクラスだかで座席がリクライニングしなかったといって、岡さんは超怒ってらっしゃいましたよね。 岡:それは怒るでしょう!! そのクラスで席がリクライニングしなかったら、俺、何のために高い料金を払っているんだ、って。 Q:今だったら、怒らないですか。 岡:いや、いや、エコノミーだって怒るでしょう。でも、その前にエコノミークラス症候群になっちゃうかもしれないけど(笑)。 小田嶋:俺は先日、ツイッター上に流れてきたヘンな広告のポスターを見て、怒ったわけではなくて、思わずリアクションを流しちゃったんだけど。その広告というのが、たぶん20年前だったらあり得ない話で、アフロヘアの黒人モデルの横に付いているコピーが「さらっさらのつやつやになりたい」とか何とかいう文言。これ、見るからに人種差別だろうよ、と。 岡:いや、その表現はあり得ない。通常はチェックを通らないですよ。というか、チェックの前の企画出しの段階で、ハネられますよ。 小田嶋:そのツイートは、そういうポスターが美容室とかに貼ってあるということだったんだよ。こんなのが通っちゃうんだ、と驚いてさ。 岡:通らない、通らない。ただ、BtoBだとそういうチェックがないのかな。 小田嶋:たぶん、そういう事情があるのだろうけど。それで、俺が大ざっぱな感想として抱いたのは、この20年ぐらいで、広告制作という仕事が、あこがれの仕事でなくなってしまった、ということではないだろうか、と。 岡:残念ながら、それはあるかもしれないね。 小田嶋:今の若い人たちは、広告をただ商品を売るための道具だと思っているのかもしれないけど、20世紀後半、広告が一番輝いていたころは、そこに才能のある人が集まって、すてきな広告が世の中に打ち出されていたんだよ、ということは歴史的事実として、言い残しておきたいと思ったんだよね。 Q:この話題は、「人生の諸問題」対談が始まった2007年から、折にふれて、ずっと話題にされてきたことでもあります。 岡:ゼロ年代にインターネットが定着したころから、広告表現の衰退は目に見えていたんだけど、特にこの5年間は、それがまた最悪なんです。 Q:ということは、SNSの流行と、もろ同時進行ですね。 小田嶋:テレビの昼間の時間帯の広告の安っぽさは、ゼロ年代からすごかったけれど、今はさらにすごいことになっているよね。俺が今、一番気持ち悪いのは、ほうれい線(を消す商品)の広告。ネットのニュース広告まわりで、しょっちゅう出てくるんだよ。 岡:気持ち悪いね。 小田嶋:ツイッターのタイムラインとか、ヤフーのニュースにプッシュされてくるけど、ひどい。醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっているでしょう。 岡:そうなんだよ。 小田嶋:あとは、入れ歯だとか、何かそんなのばっかりだよね。盛り上がらないの、なんのって。かつて広告がビューティフルな人たちや、何らかの美を最大限に見せる場だった、ということが、完全になくなっている。 Q:コンプレックス広告が前面に出るようになって、表現がまったく反転しましたね。 小田嶋:肥満だったり、老化だったり、しわだったり、何かそんな暗い、げっそりするイメージのものばかりになっている。 岡:どうしちゃったの、これ、ね。 Q:どうしてなのか、広告制作のプロである岡さんに教えてもらいましょう。 岡:まず制作費の問題がありますよね。ネットメディアは媒体費が安い。で、それがオールドメディア(テレビ、新聞、雑誌、ラジオ)の10分の1だとしたら、制作費も10分の1になるんですよ。そして、10分の1でもやりますよ、という人たちが引き受けることになる。そうなると、腕の立つカメラマンや照明マンは、当然のことながら使えません。企画を立案する人だって、プロフェッショナルは10分の1では引き受けない。 万が一の確率で、センスがよくて、やる気のある企画者が現れて、ほうれい線をあからさまに出さなくても、なるほど、ほうれい線のことをいっているのね、みたいなアイデアを持っていたとしたって、カメラと照明がだめだったら、結局、いい映像にはならない。そうなったら、ビューティフルをテーマにすることは、絶対できないですね。 小田嶋:これが1980年代、90年代だったら、どうでもいい商品に結構金のかかった広告が作られていたじゃない? それを思い出して、あ、あのころは俺たち、豊かだったんだな、と。 岡:本当にそうですよ。そのころ、三菱鉛筆の消しゴムのおまけに、たこ焼きスタンプ消しゴムというのがあったんだけど、その広告を3000万円かけて作りましたよ(笑)。 小田嶋:90年代の香りがするね。 岡:たこ焼きの形をしたスタンプが、消しゴムになっているわけで、オリエンテーションのときも、なんか座が脱力せざるを得ない。それが制作費3000万円で、テレビのスポット媒体費が3億円でしょう。今じゃ考えられないですね。 ※懐かしい!という方、なんだそれは?という方は、三菱鉛筆さんの公式ページをどうぞ。他にも「えっ」となるおまけが続々と(こちら)』、「醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっている」、確かに耐え難い酷さだ。
・『小田嶋:たこ焼きスタンプ消しゴムは置いておくにしても、テレビCMで映像もアイデアもがっつりと豪華なものは、たくさんありましたよ。だから、当時はテレビを見ていて、いいところでCMが入ってきても、そんなに腹が立たなかった。でも、今は間のCMが長いと……。 岡:ふざけるな、と。 岡:悲しいことに、今、日本の映画も力がなくなっているんだよ。 小田嶋:興行収入は悪くない、だけど、韓国と日本の映画界はどうしてこんなに差がついたんだ問題、というのがときどき語られているね。あれはやっぱりお金の問題もあると思うけど、一説によれば、韓国は自国の市場がそんなに大きくないから、やむを得ず海外に出ていかないとやっていけない、という時代があった、と。 岡:今は韓国の映画人口も増えて、むしろ日本よりも余計に見ているから、1人当たりでいうと、日本と韓国の市場規模は、そんなに差がないそうだけどね。 小田嶋:ただ90年代とかは、韓国国内だけじゃ映画は無理だということで、国策として若い映画人をハリウッドに修業に出したんだって。映画のまわりの、編集だったり、メーキャップだったり、あらゆる種類の仕事を、その修業の人たちがタダで引き受けて、それで彼らが膨大なノウハウを持って自国に帰ってきた。そうやって、カメラマンとか編集とか、ハリウッドレベルで訓練を受けたすごい人たちが韓国映画界に蓄えられた、というのが一つ。 もう一つは、国が補助金を出して、海外向けの作品を作ろうということを、ずっとやっているということで、そもそもターゲットを世界に置いている。 岡:それだと、日本はかなわないよ。 小田嶋:日本は市場規模の点で、日本国内でなんとかなっちゃうからというので、キャスティングはジャニーズ任せだったりとか、何かそういうところに落ちていってしまう。 岡:数だけはある、ということで、ジャニーズかAKBがキャスティングされないと、客が入らないということにされてしまっている。それでいうと、韓国映画は役者たちもうまいんですよ。そんな美男美女じゃないんだけど、とにかく演技が力強い。役者のレベルが、日本と全然違います。 小田嶋:韓国にはレベルの高いアクターズスクールみたいなのがあると聞きましたよ。ハリウッドもそうだけど、俳優になる人って、そうやって専門に演技の勉強をするわけだよね。でも日本だと、演技力うんぬんの前に、タレントとして知名度があるから配役されました、みたいなことになっているから、レベル以前でキャストが決まる、と言えば言えるんだよね。 岡:端的にいうと、キャストから作っていたら映画そのものがだめになるんですよ。「パラサイト 半地下の家族」(ポン・ジュノ監督)には、もう圧倒されちゃいましたから。舞台は韓国だけで、そんなに制作費はかかっていないですよ。それでも、ここまでできるのか、と感動した。 小田嶋:町山智浩さんから聞いたんだけど、あの映画のカメラマンは、ハリウッドの一流映画を撮った人なんだってね。だから、ぱっととらえた映像に安っぽさが全然ない、と彼は言っていて、なるほどと思いましたね。 岡:カメラワークもそうだけど、でも、ホン(脚本)も違うね。まあ、韓国みたいに貧富の差が明らかすぎるほど明らかという社会だったら、それがドラマとして成り立つんだろうけど、日本はそこまで顕在化していないからね。ドラマを作りにくいというのはあるのかもしれない。そうすると、日本で世界に出すことができるのは、アニメと是枝さん(是枝裕和監督作品)しかなくなっちゃう、という。 Q:でも、かつての日本には黒澤明監督や、小津安二郎監督がいらっしゃいました。 岡:そうなんですよ。「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね。 小田嶋:事前に市場を調査して、その市場に間違いのない商品を出す、なんてことで作っている限りは、そこから抜け出せないよね。 岡:だいたい黒澤監督のころって、マーケティング、なかったでしょう。黒澤さんが作りたいものを作ってくださいと、そういうことだったでしょう。 Q:究極の「プロダクトアウト」ですね。 岡:小津監督だってそうでしょう。マーケティングなんてもんじゃ、まったくない。 小田嶋:そこにあるのは、クリエーターのエゴだよね。 岡:映画会社と大げんかをしながら、自分の映画を作ったわけだよね。それで、その作品だって、決して明るいものじゃないんだよ。「麦秋」だって、「東京物語」だって、人間のどうしようもない悲しさ、はかなさを扱っている。だけど、それらが今にいたるまで、世界で絶大な人気を誇っているわけでしょう。ハリウッドをはじめ、後世の大監督たちに影響を与えて』、「「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね」、日本映画の地盤沈下は自ら撒いた種ゆえのようだ。。
・『小田嶋:メディア表現の劣化で続けると、ネットニュースでは、新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっているんだよ。 岡:マッシュアップって、何? 小田嶋:IT業界では既存のコンテンツを混ぜ合わせて、新しいサービスを作り出す、ぐらいの意味で使われている用語なんだけど、とにかく文脈の違うものを混ぜて、耳目を集める、みたいな手法。新聞見出しのマッシュアップでいうと、例えば東武東上線の「ときわ台」駅で、踏切事故がありました、と。そういうときの新聞の見出しというのは、「ときわ台駅で踏切事故、23歳の巡査死亡」みたいなやつが通例で、その見出しだけで記事の内容が分かるように作るでしょう。つまり、記事の一番短い要約が見出しになっている。 岡:それが見出しの前提だもんな。 小田嶋:長いこと、そういうことになっていた。だから新聞って、記事全部を読まなくても、見出しだけをさーっと斜めに見ただけで、なんとなく中身が分かったじゃないか。でも、今、ネットニュースの見出しって、釣り広告みたいになっていて、「え? これどういうこと?」って、思わずクリックするように作ってあるわけだよ。 岡:例えばどんな感じ? 小田嶋:例えば、ときわ台の事故の見出しは、「危ない、そのとき巡査は飛び込んだ」という具合になる。 Q:東スポ化しているんですね。 小田嶋:そう、それが全国紙に及んでいる。こっちは、「危ない、そのとき巡査は」という文字を読んで、その後、巡査はどうしたんだろうと、謎に負けて、ついクリックしてしまう。 岡:ただ、紙の新聞は、普通のちゃんとした見出しになっているだろう、いくらなんでも。 小田嶋:使い分けられている。俺は以前に毎日新聞の紙面批評を1カ月やったことがあって、そのときにネット版と紙版の見出しが違うことを発見したんだよ。ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいているんだよね。 岡:よくないよね。 小田嶋:新聞をすごく斜め読みしにくくしていますよ。 Q:そこかい! 小田嶋:いや、長い目で見ると、よくないです、はい』、「新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっている・・・ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいている」、品位もへったくれもないようだ。
・『岡:それにしても東京でオリンピック・パラリンピックはどうなるのだろうか。社会的な混乱だけでなく、経済の方面でも、新型コロナショックの影響が甚大になっているし。(……と、対談中は思っていたのですが、3月24日に延期が決定しました) 小田嶋:今のところの政権って、導火線に火が付いている爆弾を、みんなにパスしまくって、最後に誰が持っているか、という話になっているじゃない。 岡:立憲民主党だって、共産党だって、逆にみんな、政権は今、持ちたくないよね(笑)。 小田嶋:まあ、俺らは、休校で売り先が減ってしまった牛乳を、粛々と飲むことぐらいしか、やることがないけど。何か乳牛ってやつは、乳を出し続けていないと、体がだめになるらしいですね。 岡:そうなんだ。どうでもいいけど。 小田嶋:いや、だから、コラムニストと一緒なんですよ(笑)。やめると、詰まっちゃう。だから、だらだらと吐き出してないとだめだという。牛とあんまり変わらない仕事なんですね。 Q:ついに自分を牛に例える境地にいたった小田嶋さんですが、そんなコラムニストの新刊本、みなさん、よろしくお願いいたします。ほら、編集Yさん、本の宣伝に着地しましたよ! 編集Y:あああ(涙)。 延々と続く無責任体制の空気はいつから始まった? 現状肯定の圧力に抗して5年間 「これはおかしい」と、声を上げ続けたコラムの集大成 ア・ピース・オブ・警句2015-2019 5年間の「空気の研究」 同じタイプの出来事が酔っぱらいのデジャブみたいに反復してきたこの5年の間に、自分が、五輪と政権に関しての細かいあれこれを、それこそ空気のようにほとんどすべて忘れている。 私たちはあまりにもよく似た事件の再起動の繰り返しに慣らされて、感覚を鈍麻させられてきた。 それが日本の私たちの、この5年間だった。 まとめて読んでみて、そのことがはじめてわかる。 別の言い方をすれば、私たちは、自分たちがいかに狂っていたのかを、その狂気の勤勉な記録者であったこの5年間のオダジマに教えてもらうという、得難い経験を本書から得ることになるわけだ。 ぜひ、読んで、ご自身の記憶の消えっぷりを確認してみてほしい。(まえがきより) 人気連載「ア・ピース・オブ・警句」の5年間の集大成『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』3月16日、満を持して刊行。 3月20日にはミシマ社さんから『小田嶋隆のコラムの切り口』も刊行されます』、「乳牛」の喩は微笑んでしまった。このブログでも、殆どを紹介している筈だが、「5年間の集大成」として一読してみる価値はありそうだ。
タグ:人生論 日経ビジネスオンライン ルーティン 河合 薫 小田嶋 隆 (その4)(勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」、小田嶋氏対談2題:2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)、「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)) 「勝ち組が威張る同窓会も60過ぎたら「ただの人」」 職場も住む場所も違う仲間との会話が貴重な機会に 定年、再雇用後はゆとり重視へ仕事観が変わる 毎日の決まった行動パターンに救われている 人間関係の広さと質は健康にも影響している 人間関係の「広さ」は、若年期(10代~20代)と老年期(60代後半以上)の人たちの健康に、人間関係の「質」は、壮年期(30代~40代前半)から中年期(40代後半から60代前半)の人たちの健康に、高い影響を及ぼす 若い時はあっちこっちに顔を出してネットワークを広げればいいけど、健康不安が高まるミドルになったら、健康な食事や運動と同じくらい信頼できる(親密な)友人は大切だよ。でもね、60歳過ぎたらいろんなところに行って、いろんな人と会った方が健康でいられるよ 「2015年、舛添都知事はオリンピック肥大化に猛反発していた 『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(前編)」 ハイリスク役満世代 オダジマの入試時期は風疹が大流行 5年間の「空気」はどう変わったのか 空気を読まない舛添さん、オリンピック予算に猛反発 うちの国の巨大組織は、誰も責任を取らないで済むタイプの決断を好む。というよりも、われわれは責任を分散させるために会議を催している 高齢男性のコミュニケーション問題 入院しているおばあさんたちのコミュ力の高さと、じいさんのだめさ加減、看護師さんへの迷惑のかけ方のひどさっていうのを、いやというほど見ましたね ジャイアンシステムによる「上から適応」 「「美」から「コンプレックス」へ広告がシフトした理由『ア・ピース・オブ・警句 5年間の「空気の研究」』刊行記念鼎談(後編)」 「沙知代さんと、野球のどっちを取るのか」と、さとされたら、「はい、分かりました」といって、沙知代さんを取った人 醜いじじいと、醜いばばあが出てきて、ほうれい線だの、しみだのと、コンプレックス広告だらけになっている 「マーケットイン」だか何だかという、製造業のマーケティングを映画製作に導入してから、ジャニーズとAKB+何か、というタコつぼに、どんどん入っていくようになりましたよね 新聞の見出しが今、マッシュアップみたいになっている ネットの方がすごく扇情的にできているんだけど、実は全体的に紙の見出しも、そっちに近づいている
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