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相次ぐ警察の重大ミス(その7)(「地下鉄サリン事件」神奈川県警に重大疑惑 無差別テロの元凶は捜査ミスだった、再び被告の逃走許した大阪地検 収容時の不手際が相次ぐ意外な理由、中央署内で“金庫破り”8572万円 問われる広島県警の捜査力、相模原障害者施設殺傷事件で死刑となった被告の「犯行理由が解明されていない」のはなぜか?) [社会]

相次ぐ警察の重大ミスについては、昨年7月21日に取り上げた。今日は、(その7)(「地下鉄サリン事件」神奈川県警に重大疑惑 無差別テロの元凶は捜査ミスだった、再び被告の逃走許した大阪地検 収容時の不手際が相次ぐ意外な理由、中央署内で“金庫破り”8572万円 問われる広島県警の捜査力、相模原障害者施設殺傷事件で死刑となった被告の「犯行理由が解明されていない」のはなぜか?)である。

先ずは、文藝春秋 前社長の松井 清人氏が昨年8月26日付けPRESIDENT Onlineに掲載した「「地下鉄サリン事件」神奈川県警に重大疑惑 無差別テロの元凶は捜査ミスだった」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/29736
・『1995年、オウム真理教は東京の地下鉄に猛毒サリンを撒いた。乗客や駅員ら13人が死亡、約6300人が負傷するという凶悪事件の背景には、なにがあったのか。当時、『週刊文春』編集部は、その元凶に神奈川県警の捜査ミスがあったことをつかんでいた——。 ※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第1章「『オウムの狂気』に挑んだ6年」の一部を再編集したものです』、「その元凶に神奈川県警の捜査ミスがあった」、とはどういうことだろう。
・『龍彦ちゃんが眠っている  「まだ極秘なんですけど、これを見てください」 江川紹子さんは、『週刊文春』編集部の小さな会議室で私と向かい合うと、一枚の紙を広げた。1990(平成2)年2月20日ごろのことだった。 それは手書きの地図で、こんな手紙が添えられていた。 「龍彦ちゃんが眠っている。誰かが起こして、龍彦ちゃんを煙にしようとしている。早く助けてあげないと! 2月17日の夜、煙にされてしまうかも、早くお願い、助けて!」 金くぎ流の文字からは、筆跡を隠そうという意図が見て取れた。地図には、断面図のような絵が添えられていた。一本の木が描かれ、傍に×印がつけてある。縦に掘った穴からさらに横穴があり、そこに子どもが横たわっている。 横に掘った穴に、妙なリアリティーを感じたのを覚えている。 地図入りの手紙は、神奈川県横浜市の磯子警察署と横浜法律事務所に送られてきたという。差出人の名前はない。封筒は新潟県高田市の消印で、日付は2月16日となっていた。 横浜法律事務所には、妻の都子さん(29)、一人息子の龍彦ちゃん(1歳2カ月)と共に、3カ月前から行方不明になっている坂本堤弁護士(33)が所属している。事件を捜査しているのが、神奈川県警の磯子署だった』、「横に掘った穴に、妙なリアリティーを感じたのを覚えている」、こうした第六感はやはり大切にすべきもののようだ。
・『いたずらだと思うんだけど……  地図が示しているのは、長野県大町市山中の具体的な場所だ。 しかしなぜ、龍彦ちゃんだけなのか。「誰かが起こして、煙にしようとしている」とは何を意味しているのか。消印翌日に当たる「2月17日の夜」も、何を指すのかわからない。 「いたずらだと思うんですけど……。何か気になって」 江川さんもしきりに首を傾げていた。 「とにかく長野県警が捜索することになったんで、お伝えしておきます。いたずらだと思うんだけど……」 「何かあったら、すぐ記事にするよ。その態勢だけは整えておく」私は、そう返すしかなかった。 神奈川県警は2月21日、長野県警の協力を得て、地図に示された場所の捜索を行った。しかし、現場には雪が60センチも積もっていて、捜索は難航。45人体制で、積雪を搔き分けて地面を掘り起こしたが、何の手がかりも得られないまま、捜索はわずか半日で打ち切られてしまう。いまひとつ真剣さに欠けたのは、両県警にも「いたずらだろう」という思いがあったのかもしれない』、「雪が60センチも積もって」いたにせよ、「捜索はわずか半日で打ち切られてしまう」、かえすがえすも残念だ。
・『麻原彰晃が認めた男  前年の1989(平成元)年11月3日の深夜、オウム真理教の岡崎一明、早川紀代秀、新實智光、中川智正、端本悟の各元死刑囚と故・村井秀夫幹部の6人が、横浜市磯子区の坂本弁護士の自宅アパートに侵入した。 寝ている3人をその場で殺害したのち、布団にくるんで運び出し、別々の山中に埋めてしまう。都子さんの「子どもだけは……お願い……」という最期の懇願も、教祖・麻原彰晃から「家族ともども殺るしかない」と指示を受けていた信徒たちには通じなかった。 後述するように、当初からオウム真理教による犯行が疑われたが、解決の糸口もつかめないまま、早くも3カ月が過ぎていた。 手紙の送り主は、犯行グループの一人、岡崎一明だったことが、のちに明らかになる。岡崎は麻原教祖の側近中の側近で、専用リムジンも運転していた古参信徒だ。麻原から修行の成就者と認められ、麻原の「尊師」に次ぐ「大師」の地位を、教団で二番目に得ている。ちなみに一人目の「大師」は、麻原の愛人の一人で、教団が省庁制を採用したのち大蔵省大臣となった女性信徒だ』、「岡崎は麻原教祖の側近中の側近」、が「坂本弁護士」襲撃に加わっていたとは、襲撃を「麻原」が重視していた表れだろう。
・『「Mがずれていてよかった  岡崎が匿名の手紙を出したのは、麻原以下25人が、「真理党」から衆議院選挙に立候補していた時期だった。1990(平成2)年2月3日公示で、18日が投票日。岡崎も東京11区の候補者だったが、選挙戦さなかの2月10日、オウムから脱走を図る。 その際、2億2000万円の現金と8000万円の預金通帳を持ち逃げしようとしたが、これは幹部の早川に阻止されてしまう。 そこで岡崎は、麻原に対して、退職金名目の「口止め料」を要求。麻原がなかなか応じないので、自分の本気さを示す目的で手紙を送ったのだという。坂本弁護士と都子さんの遺体遺棄現場を示した手紙も投函したが、ようやく麻原が830万円の支払いを了承したため、郵便局に出向いて回収している。 両県警の捜索にもかかわらず、龍彦ちゃんの遺体が見つからなかったことをニュースで知った岡崎は、麻原に電話をかけた。麻原は、「Mがずれていてよかった」と喜んだという。「M」は「メートル」を意味する。 神奈川県警は、それから半年以上たった同年9月になって、手紙を書いたのが岡崎だと知り、当時住んでいた山口県宇部市へ出向いて、3日間にわたる事情聴取を行う。ポリグラフも使われた』、「岡崎は、麻原に対して、退職金名目の「口止め料」を要求・・・麻原が830万円の支払いを了承」、「岡崎」はなかなかしたたかだったようだ。だからこそ、「3日間にわたる事情聴取」もしのいだのだろう。
・『千慮の一失  岡崎は、自分が手紙を投函したこと、麻原から金を受け取ったことは認めたものの、頑として坂本事件への関与を否定。こう言ってはぐらかした。 〈「教祖に金を無心したところ、教団には選挙の自由妨害や住民票の不正移動で警察の捜査が入るおそれがあるので、その矛先をそらすため、子どもの遺体でも何でもいいからウソの投書をして、捜査を攪乱してくれ。そうしたら金を出すと言われた」〉(『オウム法廷』④) この供述を、捜査員は信用してしまう。しばらくして、横浜法律事務所に神奈川県警から連絡が入る。 「例の手紙ですが、差出人がわかりました。悪質ないたずらだと、厳しく説教しておきましたから」 千慮の一失。 連絡を受けた弁護士は、いたずらの主が誰なのか聞き返さなかった。 3人の遺体が見つかったのは、6年近くあとのこと。地下鉄サリン事件をきっかけに、オウム真理教に対して大規模な強制捜査が行われ、岡崎がようやく自供を始めてからだ。 龍彦ちゃんの遺体は、地図が示した場所のすぐ近くから発見された。地図が正確なのも当然で、岡崎は、そこに龍彦ちゃんを埋めた張本人だったからだ。しかも手紙を送るに際し、山口県宇部市から長野県大町市の現場を再度訪れて確かめ、ビデオや写真まで撮っていたことも明らかになる』、道理で「手紙」が「妙なリアリティーを感じた」ものになった筈だ。
・『神奈川県警の最大の手抜かり  雪の中の捜索が時間をかけて丹念に行われていたら、神奈川県警の捜査員が岡崎を厳しく尋問していたら、もっと早く見つけることができたに違いない。江川さんは、この手紙の処理を、初動捜査における神奈川県警の「最大の手抜かりだった」と、著書に記している。 その江川さん自身も悔やんでいた。あとになって、私にこう述懐したことがある。 「ひたすら坂本さん一家の生存を願っていたから、手紙はいたずらであってほしいという思いがありました。私にも、同僚の弁護士たちにも。警察の捜索はたしかに物足りなかったけど、見つからなくてホッとしたのも事実。いたずらでよかったという、気持ちのゆるみがあったんですね」 手紙の一件に限らず、捜査本部の初動捜査は滅茶苦茶だった。 坂本事件の発生直後に、神奈川県警が真剣に捜査に取り組んでいれば、間違いなくもっと早期に解決していただろう。すべての証拠が、オウムの犯行を示唆していたからだ。 そして、坂本事件で麻原教祖を検挙していれば、その後の教団の拡大や武装化を防ぐこともできた。松本サリン事件や地下鉄サリン事件は起こらずに済み、多くの人命や、数え切れない人々の平穏な生活が失われずに済んだ。龍彦ちゃんの捜索を半日で打ち切るなど、まったくやる気のない神奈川県警の姿勢を目の当たりにし、自分の身辺に捜査は及ぶまいと甘く見たからこそ、麻原彰晃は際限なく増長していったのだ。 神奈川県警の罪は、あまりにも重い』、「神奈川県警」の他にも、公安警察も秘かにかなり実態を把握していたが、公安・刑事部門間の壁で生かせなかったとの指摘もある。「江川さん」や「同僚の弁護士たち」にも「いたずらでよかったという、気持ちのゆるみがあった」のも事実だが、やはり警察のミスの罪は深い。

次に、事件ジャーナリストの戸田一法氏が11月12日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「再び被告の逃走許した大阪地検、収容時の不手際が相次ぐ意外な理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/220257
・『大阪地検が、また被告人の逃走を許した。9日未明、覚せい剤取締法違反罪などで起訴されていた大植良太郎被告(42)が護送車から脱走。11日午後2時ごろ、大阪市内で身柄が確保されたが、2日半にわたり逃走していた。10月30日には、無免許運転とひき逃げの罪で公判中の野口公栄被告(49)に逃走されたばかりだった。8日付で着任した田辺泰弘検事正が同日の記者会見で、野口被告の事件について「遺憾であり、住民を不安にさせたことは重く受け止めている」と発言した翌日の失態。市民からは「またか。ええ加減にせえよ」と憤りの声が聞かれた』、謝罪会見の「翌日の失態」には、「またか。ええ加減にせえよ」との憤りも当然だ。なお、本件は「警察」ではなく「検察」だが、司法機関を「警察」が代表しているとして、取上げた次第だ。
・『右手に手錠のまま逃走  大植被告は9日午前4時ごろ、大阪府東大阪市新町の路上で、大阪地検の事務官3人が護送していたワゴン車から逃走した。 全国紙社会部デスクによると、3列シートの3列目に乗っていた大植被告が「手錠がきつい」と話したため、事務官が緩めようとして左手の手錠を外したところ暴れだした。 ワゴン車は走行中で、大植被告が2列目のスライドドアを開けて半開きの状態になったため、運転していた女性事務官が危険だと判断して停車。大植被告はそのまま開いたドアから逃走したという。 大植被告は慎重171センチのやせ型で、頭は丸刈り。逃走時は紺色のシャツ、迷彩柄のズボンを着用。靴は履いておらず、はだしだった。 右手は手錠が付いたままの状態だったとみられる。 大植被告は覚せい剤取締法違反罪(使用・所持)と大麻取締法違反罪(所持)で起訴されていたが、大阪地裁岸和田支部の判決公判に3回連続で出頭せず、7日に保釈が取り消されていた。 大阪府警の河内署員が東大阪市で大植被告を発見。事務官が同署で手続きし、収容先の枚岡署に護送する途中だった。 大阪地検は発生直後に110番。約2時間半後の午前6時半ごろ、東大阪市役所に連絡した。 現場は先日までラグビーワールドカップの熱戦が繰り広げられていた花園ラグビー場から数百メートルの場所で、町工場や倉庫が多い国道170号沿い。 近くに住む男性は電話に「なんや、えらいパトカーのサイレン聞こえるな思うてたら、ニュースで『また逃げられた』って。何やっとんねんいう感じやな」と呆(あき)れ果てていた』、「大植被告は・・・判決公判に3回連続で出頭せず、7日に保釈が取り消されていた」、札付きのワルなのに、「護送していた」「事務官」の緊張感のなさには呆れるばかりだ。
・『公表5時間後、市には連絡せず  10月30日にも同じ大阪地検が、保釈が取り消され収容予定だった野口公栄被告(事件時49)=自動車運転処罰法違反(無免許過失傷害)と道路交通法違反(ひき逃げ)の罪で起訴=の逃走を許していた。 逃走劇があったのは午前10時50分ごろ。大阪府岸和田市上野町東の地検岸和田支部前の路上で、息子の仁容疑者(事件時30)=傷害と公務執行妨害容疑で逮捕=が運転手する軽乗用車の助手席に乗り込んで逃げていた。 野口被告は2月12日、無免許運転で8歳の児童をはねてけがをさせた上、逃げたとして起訴された。3月20日に保釈が決定。5月15日の初公判に出頭し、起訴内容を認めていた。 しかし、9月9日の第2回公判、10月10日の第3回公判にいずれも出頭せず、同15日に保釈が取り消された。 そして呼び出しを受けた同30日に収容の手続きについて説明を受けている際、事務官に「荷物を取りに行きたい」と告げ、事務官4人の付き添いで仁容疑者が軽乗用車を止めていた支部前の路上に向かった。 野口被告は軽乗用車の助手席に乗り込み、仁容疑者がそのまま急発進。制止しようとした男性事務官がはねられ、軽傷を負った。 野口被告は岸和田支部から約6キロ離れた和泉市にある市営団地の知人に匿(かくま)われており、翌々日の11月1日、身柄を確保された。 この事件を巡っては、大阪地検が野口被告の逃走を公表したのは発生から5時間後で、岸和田市には連絡していなかったことが問題視された。 大阪地検は「事実関係の正確な把握と確認に時間を要した」と説明したが、吉村洋文大阪府知事は「府民にすぐ情報を伝えることで、危険が及ばないように対策が取れる。速やかに情報を提供すべきだ」と対応を批判していた』、「大阪地検が野口被告の逃走を公表したのは発生から5時間後で、岸和田市には連絡していなかった」、とは問題外だ。
・『倍増する収容業務に疲弊  実は今年に入り、大阪以外にも検察事務官が許した逃走劇がある。 6月19日、窃盗や傷害、覚せい剤取締法違反の罪で実刑が確定していた小林誠元被告(事件時43)を収監しようと、横浜地検の事務官が神奈川県愛川町の自宅アパートを訪問した際、小林元被告が刃物を振り回して車で逃走した事件だ。 小林元被告は4日間にわたって逃走を続け、23日に約50キロ離れた同県横須賀市で身柄を確保されたが、この時も検察が地元の愛川町に連絡したのが3時間後だった。 翌24日、横浜地検の中原亮一検事正が神奈川県庁を訪れ、黒岩祐治知事に「こういう事案を発生させ痛恨の極み。誠に申し訳ありません」と謝罪した。 一方で、愛川町の小野沢豊町長と厚木市の小林常良市長は25日、地検からの連絡が遅かったとして、当時の山下貴司法相と中原検事正に対し、迅速に情報が共有できる仕組みづくりを求める要望書を提出していた。 ところで、なぜ収容時の逃走が立て続いたのか。 結論から言えば「検察の緩み」になってしまうのだが、ほかに被告の権利擁護の流れが背景にあるとの指摘もある。 というのは、司法統計によると、被告が保釈されたケースは昨年が30.7%と3分の1近くに上ったが、10年前の08年からほぼ倍増(15.8%)しているのだ。 これは、被告と弁護人が公判に備え打ち合わせる時間を確保すべきだとする考え方や、逮捕や起訴で勾留を続ける「人質司法」を解消しようとする考え方が広まっているためとみられている。 しかし、検察事務官は増えていないのに、収容業務は単純にここ10年で負担が倍に増えたわけだ。 前述の全国紙社会部デスクが検察OBの弁護士から聞いたところによると、後輩の現職検察官が「弁護士は申請するだけ、裁判官は許可するだけだが、しわ寄せはこっちに来る」とぼやいていたという。 被告には推定無罪の原則があり、権利は擁護されるべきだ。 しかし、検察事務官は警察官のように柔剣道や逮捕術などの訓練を受けているわけではないので、屈強な被告が暴れたら制止できない場合も十分にあり得る。 実際にこうして逃走劇が相次いでいる以上、裁判官は逃げないだろうという「性善説」に寄りかかるのではなく、保釈に関しては適正な見極めも必要だろう。 大植被告の逃走により、現場周辺の博物館や図書館、体育館などが休館となり、中止になったイベントもあった。 迷惑するのはほかでもない、無関係の住民なのだから…』、「被告が保釈されたケースは・・・10年前の08年からほぼ倍増」、という事情はやむを得ないので、「検察事務官」の「護送」のあり方を抜本的に見直すべきだろう。

第三に、本年2月15日付け日刊ゲンダイ「中央署内で“金庫破り”8572万円 問われる広島県警の捜査力」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/269109
・『最後まで吐かせることができなかった――。 警察署内で起きた前代未聞の「金庫破り事件」は事件発覚から約2年10カ月が経ち、「一応の決着」をみた。 広島県警は14日、事件後に死亡した元広島中央署生活安全課の警部補の男(36=当時)が事件に関わった疑いが強いと判断し、容疑者死亡のまま、窃盗などの疑いで書類送検した』、「事件発覚から約2年10カ月が経ち、「一応の決着」」、時間がかかり過ぎだ。
・『お粗末な管理体制  2017年5月8日、広島中央署の金庫に保管されていた現金8572万円が忽然と消え去った。現金は、生活安全課が2月に押収した特殊詐欺事件の証拠品だった。捜査員が最後に確認したのは3月15日。以降、事件が発覚するまでの約2カ月間、一度も現金を確認していなかった。そのため現金が盗まれた時期すら断定できず、捜査対象者は大幅に膨らんだ。さらに金庫が置かれていた会計課やその出入り口に防犯カメラが設置されておらず、お粗末な管理体制が明らかになった。 捜査の結果、現場付近から署員、職員以外の指紋や足跡が見つからなかったことから、県警は内部の犯行と断定。約600人の関係者を事情聴取し、約6万件の金融機関の口座を照会。延べ2万8000人の捜査員を動員した。そんな中、同年9月に警部補が自宅で死亡。遺書はなく、死因は依然、不明のままだ。 「警部補は事件後、競馬などのギャンブルで同僚らから借りていた数千万円の借金を返済しています。事件前の3月まで生活安全課で特殊詐欺事件に関わり、金庫に多額の金があるのを知っていた。金庫は差し込み式の鍵とダイヤル式ロックの二重施錠になっていて、警部補はダイヤル番号を知る立場にあった」(捜査事情通) 広島中央署には署員職員合わせて約350人が勤務していたが、生活安全課と会計課に限れば数十人しかおらず、さらに金庫周辺から警部補の指紋が検出された。県警は任意で警部補を事情聴取し、ウソ発見器にかけたものの一貫して関与を否定。捜査令状を取って自宅を調べたが、証拠を見つけることも口を割らすこともできなかった。警察の威信にかけて早期解決を目指したにもかかわらず、これだけの「状況証拠」がありながら身内の逮捕に至らなかったのだから、捜査力のレベルを露呈したことになる。 盗まれた現金はいまだ見つかっておらず、県幹部や職員互助会から資金を集め、詐欺被害の救済に充てるという。いっそのこと最初から、他府県の警察に捜査を任せた方がよかったのかもしれない』、「お粗末な管理体制」も問題だが、「これだけの「状況証拠」がありながら身内の逮捕に至らなかったのだから、捜査力のレベルを露呈」、「身内」への甘さはそれ以上に問題だ。

第四に、作家の橘玲氏が4月6日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「相模原障害者施設殺傷事件で死刑となった被告の「犯行理由が解明されていない」のはなぜか?【橘玲の日々刻々】」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/233977
・『神奈川県の知的障がい者施設で入所者ら45人が襲われ、19人が刺殺されるという衝撃的な事件の裁判(横浜地裁)で、元職員(30歳)の被告に求刑どおり死刑が言い渡されました。 新型肺炎のニュースに隠れてしまったものの、この裁判はマスコミ各社によって大きく扱われました。その報道には、はっきりとした共通性があります。それは、「犯行の理由が解明されていない」です。 このような結論に至るには、当然のことながら、「正しく裁判すれば被告の動機がわかるはずだ」との前提があります。しかし、これはほんとうなのでしょうか。すなわち、「ひとは自分の行動を合理的に説明できるのか?」という問題でもあります。 ルール違反をした子どもに対して、親や教師は「なんでそんなことをしたの!?」と問い詰めます。ちゃんと説明できる子もいれば、できない子もいるでしょう。なんと答えていいかわからず黙り込んでしまう子どもは、いつまでも許されずに、居残りとか外出禁止の罰を受けるかもしれません。 誰もが経験したことで当たり前と思うかもしれませんが、これは「自分の行動を合理的に説明できる子ども」と「合理的に説明できない子ども」がいるということです。しかし、ある子どもは意図的にルール違反をし、別の子どもはよくわからずにルールを破っているとしたら、罰せられるのは「合理的な理由でルール違反した」子どもであるべきです』、「子ども」に引き直して説明するとはさすがだ。
・『こんな奇妙なことになるのは、「行動には意図があるはずだ」という最初の前提がまちがっているからです。子どもたちはたいした理由もなくルールを破り、それが見つかって怒られたときに、自分の行動を言語化(説明)できる子どもとできない子どもがいるだけなのです。 ひとは本能的に、理解できないものを恐れます。「なんでそんなことをしたの!?」は教育やしつけのためではなく、「あなたの行動を理解できるように説明して私を安心させなさい」という命令です。だからこそ、言外の意味を的確に把握し、大人が納得する説明ができる言語的知能の高い子どもが許されるのです。 大量殺人事件の犯人に対しても、世間は同じように「合理的な説明」を求めます。なぜなら、そのような異常な行動を理由もなくする人間がいるという不安に、ほとんどのひとは耐えられないから。 そのような強い圧力にさらされれば、加害者はなんとかして「説明」を考え出そうするでしょう。それと同時に、すべての人間は自分の行動を正当化したいという強固なバイアスをもっています。とりわけ今回のような取り返しのつかない事件を起こしたなら、それが間違っていたことを認めるのは自分の「生きている意味」を全否定することになってしまうので、正当化の誘因はさらに強いものになるでしょう。 そのように考えれば、裁判での被告の態度はきわめて「合理的」です。どれほど問い詰めたところで、ひとびとが納得するような合理的な理由などそもそもないのですから』、「「なんでそんなことをしたの!?」は教育やしつけのためではなく、「あなたの行動を理解できるように説明して私を安心させなさい」という命令です」、言われてみればその通りなのかも知れない。ただ、「裁判での被告の態度はきわめて「合理的」です。どれほど問い詰めたところで、ひとびとが納得するような合理的な理由などそもそもないのですから」、さしずめ「言語化(説明)・・・できない子ども」と同じなのだろう。我々は理由を知ることをあきらめるしかないようだ。
タグ:相次ぐ警察の重大ミス (その7)(「地下鉄サリン事件」神奈川県警に重大疑惑 無差別テロの元凶は捜査ミスだった、再び被告の逃走許した大阪地検 収容時の不手際が相次ぐ意外な理由、中央署内で“金庫破り”8572万円 問われる広島県警の捜査力、相模原障害者施設殺傷事件で死刑となった被告の「犯行理由が解明されていない」のはなぜか?) 松井 清人 PRESIDENT ONLINE 「「地下鉄サリン事件」神奈川県警に重大疑惑 無差別テロの元凶は捜査ミスだった」 松井清人『異端者たちが時代をつくる』 第1章「『オウムの狂気』に挑んだ6年」の一部 龍彦ちゃんが眠っている 江川紹子 地図には、断面図のような絵が添えられていた。一本の木が描かれ、傍に×印がつけてある。縦に掘った穴からさらに横穴があり、そこに子どもが横たわっている 横に掘った穴に、妙なリアリティーを感じたのを覚えている いたずらだと思うんだけど…… 神奈川県警は2月21日、長野県警の協力を得て、地図に示された場所の捜索を行った 雪が60センチも積もっていて、捜索は難航。45人体制で、積雪を搔き分けて地面を掘り起こしたが、何の手がかりも得られないまま、捜索はわずか半日で打ち切られてしまう 麻原彰晃が認めた男 岡崎は麻原教祖の側近中の側近 「Mがずれていてよかった 岡崎は、麻原に対して、退職金名目の「口止め料」を要求 麻原が830万円の支払いを了承 3日間にわたる事情聴取を行う。ポリグラフも使われた 千慮の一失 で警察の捜査が入るおそれがあるので、その矛先をそらすため、子どもの遺体でも何でもいいからウソの投書をして、捜査を攪乱してくれ。そうしたら金を出すと言われた 神奈川県警の最大の手抜かり 公安警察 戸田一法 ダイヤモンド・オンライン 「再び被告の逃走許した大阪地検、収容時の不手際が相次ぐ意外な理由」 大阪地検が、また被告人の逃走を許した 「またか。ええ加減にせえよ」と憤りの声 右手に手錠のまま逃走 公表5時間後、市には連絡せず 大阪地検が野口被告の逃走を公表したのは発生から5時間後で、岸和田市には連絡していなかった 倍増する収容業務に疲弊 日刊ゲンダイ 「中央署内で“金庫破り”8572万円 問われる広島県警の捜査力」 警察署内で起きた前代未聞の「金庫破り事件」 事件発覚から約2年10カ月が経ち、「一応の決着」 お粗末な管理体制 金庫に保管されていた現金8572万円が忽然と消え去った 警部補が自宅で死亡。遺書はなく、死因は依然、不明のままだ 事件後、競馬などのギャンブルで同僚らから借りていた数千万円の借金を返済 生活安全課と会計課に限れば数十人しかおらず、さらに金庫周辺から警部補の指紋が検出 盗まれた現金はいまだ見つかっておらず、県幹部や職員互助会から資金を集め、詐欺被害の救済に充てる これだけの「状況証拠」がありながら身内の逮捕に至らなかったのだから、捜査力のレベルを露呈 橘玲 「相模原障害者施設殺傷事件で死刑となった被告の「犯行理由が解明されていない」のはなぜか?【橘玲の日々刻々】」 「行動には意図があるはずだ」という最初の前提がまちがっているから ひとは本能的に、理解できないものを恐れます。「なんでそんなことをしたの!?」は教育やしつけのためではなく、「あなたの行動を理解できるように説明して私を安心させなさい」という命令です 正当化の誘因はさらに強いものになる 裁判での被告の態度はきわめて「合理的」です。どれほど問い詰めたところで、ひとびとが納得するような合理的な理由などそもそもないのですから
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