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”右傾化”(その12)(「謝礼もらっている保守論客いる」百田尚樹氏のツイートが波紋、絶望感しかない日本の若者が「保守化」せざるを得ない理由、「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす 日本会議「草の根の凄み」 戦前・戦中が静かに甦る、新型コロナ問題と東京五輪延期で見えた「保守ブームの終わり」) [国内政治]

”右傾化”については、1月9日に取上げた。今日は、(その12)(「謝礼もらっている保守論客いる」百田尚樹氏のツイートが波紋、絶望感しかない日本の若者が「保守化」せざるを得ない理由、「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす 日本会議「草の根の凄み」 戦前・戦中が静かに甦る、新型コロナ問題と東京五輪延期で見えた「保守ブームの終わり」)である。

先ずは、2月24日付けYahooニュースが転載した女性自身「「謝礼もらっている保守論客いる」百田尚樹氏のツイートが波紋」を紹介しよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200224-00010015-jisin-soci
・『《保守論客の中には、官邸から仕事をもらったり、選挙のたびに応援演説に行き少なくない謝礼をもらったりしている人がいる。まあ、それは許そう。しかし、そういう恩義で今回の官邸の対応を擁護しているとしたら、最低だと思う》 作家の百田尚樹氏(64)のツイートが波紋を広げている。過去には安倍晋三首相(65)との対談本を出版したこともあった百田氏。しかし、新型コロナウイルス対策については安倍官邸を厳しく批判してきた。 《私は個人的に安倍総理は好きだ。しかしそれ以上に、日本が好きだ。 日本のためにならない政策に対しては、厳しく批判する!》 そう表明した百田氏は、政権内の楽観論や、政府が早急に中国からの入国制限を行わなかったことを新型コロナウイルスの存在が発覚した直後から厳しく批判してきた。だが、一方で、“応援団”と意見が対立し、議論となることもあった。そして飛び出したのが、冒頭のツイートだ。 さらにこのツイートの直後、《まあ、あれだけ謝礼をもらえたら、官邸の悪口は言えんわな。選挙のたびに金が入るんやから》ともツイートしている。 ちなみに、選挙の応援演説で謝礼を払うことも受け取ることも、公職選挙法違反に問われる可能性がある。実際に、2016年の参議院議員通常選挙では、応援演説の見返りに現金を受け取ったとされるタレントのテレンス・リー氏(55)(注)が逮捕されている。 《はい。 金は腐るほどあるんで、買収されません》という百田氏。謝礼を貰ったという保守論客の名前も、渡した側の政治家の名前も明かしてはいないが、このツイートはまだまだ波紋を呼びそうだ』、「百田氏」も「新型コロナウイルス対策については安倍官邸を厳しく批判」、してきたのはいいとしても、「保守論客」についてのとんだ内幕ばらしだ。
(注)テレンス・リー氏(元傭兵で軍事評論家、本名は加藤 善照。参院選でトクマ候補の応援演説で金を受け取ったとして有罪判決(Wikipedia)

次に、2月29日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した関東学院大学経営学部教授の中西新太郎氏へのインタビュー「絶望感しかない日本の若者が「保守化」せざるを得ない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/229951
・『右肩上がりの経済成長が望めない日本社会。その社会情勢のなかで、「そこまでお金がなくても最低限の生活ができればいい」と考える保守的な若者が増えているといわれている。いまの若者がなぜ保守化してしまったのか、若者の意識の変化について、関東学院大学経営学部教授で、著書『若者保守化のリアル』(花伝社)がある中西新太郎氏に詳しい話を聞いた』、興味深そうだ。
・『若者を世代で一くくりにできない現代社会  一口に若者といっても、どうくくっていいのか意外と難しい。人によって若者像はそれぞれ異なり、大学生までと考える人から、社会人になっても若者だとイメージする人もいるからだ。 特に現代社会において、世代で分けることは簡単ではないと中西氏は語る。 「国際的に若者の定義は21歳までとしていますが、たとえば日本の行政では、34歳までとなっています。以前は高校や大学を卒業後、社会人となった場合、大人として扱われていましたが、いまでは就職できたとしても、低賃金で生きていくことに精いっぱいなため、一人前とはいえなくなっている。そのような社会背景があることから、より一層、若者と大人の境目がわかりづらくなっているといえます」(中西氏、以下同) 職に就き、親元を離れて独立するのが一般的だった傾向が崩れてきたのは、バブル経済崩壊以降の1990年代後半である。 その時期は就職氷河期といわれ、これまで当たり前であった就職ができない若者たちがあふれ、のちに経済白書で97年はフリーター元年と命名されるほどだった。 「いまの若者は積極性がない」といわれるようになったのも、その時期にあたると、中西氏は指摘する。「簡単に言いますが、戦後最大ともいえるような不景気による社会環境の影響があまりに大きかったのも確か。就職氷河期を経験していない上の世代が、若者たちの気質のせいだと、責任を押し付けるような見方をしていました。フリーターだけでなく、ニートや引きこもりの問題も出てきて、若者が消極的になってきたというイメージが定着し始めたといえます」』、「若者の定義は・・・日本の行政では、34歳までとなっています」、勤労青少年福祉法では「おおむね35歳未満」となっているようだが、実際には法令により様々なようだ。ただ、「職に就き、親元を離れて独立するのが一般的だった傾向が崩れてきた」、のは事実としても、30歳台にもなって「若者」とは違和感がある。
https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h22honpenpdf/pdf/sanko_03.pdf
・『自由よりもルールに縛られることを望む若者たち  若者の消極化の文脈でいえば「いまの若者は上昇志向がない、現状に満足している」などといった、若者の保守化も指摘されている。 いまの若者の考え方として、自由に価値を置かなくなってきていることも特徴的だと中西氏は指摘する。 「たとえば、80年代までは、中学や高校の制服はないほうがいいという声が多かったのですが、いまはむしろ毎日違う服装にするのが面倒くさいといった理由で、制服を望む子が大半。大学でも、もちろん学業が本業なので当然なのですが、昔と違って真面目に授業に出席する学生が多い。加えて、親からの仕送りが期待できない学生の場合、アルバイトもしないといけないほど忙しい。となると、なかなか要領良く生活する余裕もないのが現状。なので、そういう意味でも、自由よりもちゃんとルールを設けて守るほうが楽でいいと考える若者が多数派になってきています」 中西氏によると、恋愛面でも若者たちは自分が勝手に決めつけたルールに縛られ、面倒くさいものだと敬遠しているのだという。 「先ほど言ったように、いまの大学生は授業やアルバイトに忙しく、趣味や恋愛に時間を使っている暇がないのが現状。さらに『毎日連絡を取らないといけない』『毎日一緒に帰らないといけない』などといったルールがあるものだと思い込み、わざわざ付き合おうとしない。恋人がいる学生に『クリスマスをどう彼女と過ごせばいいのか、おすすめのコースを教えてください』と聞かれたこともあります。それほど型にハマった思考に縛られた若者が増えているといえます」』、「昔と違って真面目に授業に出席する学生が多い」、「自由よりもちゃんとルールを設けて守るほうが楽でいいと考える若者が多数派になってきています」、高校生の延長のようで、嘆かわしい限りだ。
・『理解不能な事件が起こる絶望の日本社会  アベノミクスで景気が上向いても、賃金水準は上がらないまま。いまの若者世代は、好景気を一度も味わったことがない世代だ。 日本最大の匿名掲示板「2ちゃんねる」の創設者である西村博之氏は著書『このままだと、日本に未来はないよね。』(洋泉社)で、日本経済が右肩下がりになる可能性が高いと指摘した上で、「10年以内に日本の若者が暴動を始める」のではないかと予測している。 中西氏は、デモのようなわかりやすい形というよりも、突発的に起きる事件が増えるのではないかと、推測する。 「2018年11月から12月にかけて、日本財団が18歳~22歳の男女3126人を対象にした調査によれば、『本気で自殺したいと考えたことがある』と答えた割合は全体で30%。男女別だと男性26%、女性が34%となるほど、約3割の若者が人生に絶望しているのです。一方、2008年の秋葉原通り魔事件や、2019年の京都アニメーション放火殺人事件に象徴されるような、はた目からは動機や目的が理解できない日本独特の事件がポツポツと出てきています」 「そう見ていくと、すでに行き場のない若者が行動に移しているともいえる。目に見える暴動よりも、どこで何が起こるのかわからない、というほうが、社会として問題です」 ギリギリの生活を強いられ、希望の持ちようがない日本社会で生きる若者たち。決して満足できる状況ではないにもかかわらず現状維持を望むほど、彼らは疲弊しきっている。一見従順に見えて、内面にはやり場のない怒りを抱えている…。これが日本の若者の「リアル」なのだ』、「決して満足できる状況ではないにもかかわらず現状維持を望むほど、彼らは疲弊しきっている。一見従順に見えて、内面にはやり場のない怒りを抱えている…」、突発的な「事件」につながらないことを祈るばかりだ。

第三に、作家の佐藤 優氏が4月7日付け現代ビジネスに掲載した「「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす、日本会議「草の根の凄み」 戦前・戦中が静かに甦る」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71596
・『保守主義者になった原点  『国策不捜査 「森友事件」の全貌』は政界を揺るがした森友学園の補助金不正受給に関連して詐欺容疑で2017年7月31日に逮捕、起訴され、'20年2月19日に大阪地方裁判所で懲役5年の実刑判決を言い渡された籠池泰典氏の回想録だ。 籠池氏は判決を不服として大阪高等裁判所に控訴した。事件に関する籠池氏の主張が記述の大半を占めるが、評者にとって興味深かったのは別の点だ。それは、地方で自民党を支える「草の根の保守」の内在的論理がわかりやすく示されていることだ。 〈自分が保守主義者になった原点は(中略)、父の「国運の発展、国力の増強のために寄与せよ」という言葉である。 奈良県庁に勤めたことも結果的に大きかったと思う。県庁がある場所は、目の前に興福寺があり、東大寺や春日大社といった由緒正しい神社仏閣も間近に位置し、この国の伝統文化の息吹を日々感じることができた〉 籠池氏の神社仏閣に伝統文化の息吹を感じるという認識が重要だ。籠池氏においては、神仏が融合して神々となっている。このような宗教混淆は神道の特徴だ。 籠池氏は、神道と日本文化を同一視している。保守派、リベラル派の政治的区別にかかわらず、このような認識を共有する日本人は少なからずいると思う。 実はここに「神道は日本人の習俗である」という神社非宗教という言説で、事実上、国家神道を国教にしてきた戦前・戦中の宗教観との連続性がある。神社非宗教という論理に立てば、キリスト教徒でも仏教徒でも、日本人であれば習俗として神社を参拝せよという結論になる。 籠池氏は、さらにこう述べる。 〈「宗教法人 生長の家」の教えもまた、自分の考え方の核になっていると思う。(中略)森友学園では以前から行事ごとでの国旗の掲揚、国歌の斉唱を行っていた。 ボクが先代から引き継いで運営側に回ってからは、祝日にも校門前に国旗を掲揚するようになった。 ところが、とにかくこれが盗まれるのである。思想的に日の丸を嫌う人がやっているのだろうか。 こちらも意地になって新しいものを買っては掲げるのだが、(中略)何度、日の丸を買い直したことか、数え切れないくらいだ〉 「生長の家」から日本会議メンバーを含む右派の活動派が多数生み出されていることが本書を読むとよくわかる』、「神仏が融合して神々となっている。このような宗教混淆は神道の特徴だ。 籠池氏は、神道と日本文化を同一視している。保守派、リベラル派の政治的区別にかかわらず、このような認識を共有する日本人は少なからずいると思う」、「リベラル派」にもそんな「認識を共有する」人がいるとは信じ難い。
・『園児たちに一緒に考えてほしかった  幼稚園教育に教育勅語を取り入れた理由について籠池氏はこう述べる。 〈教育勅語の暗唱を始めたのは'05年10月ころから。幼児期から古典に親しむため、前年より月1回、年長組の園児を対象に論語を教えていた。すると、すぐに覚えてしまうのでビックリした。 教育勅語の暗唱もその一環である。 ただし、復古的な世界を目指すべく、政治的な意図をもって教育勅語を選んだのではない。 それまでも、ボーイスカウトの綱領など、子どもたちにわかりやすく行動原理を伝えられる「言葉」がないかと探していた。 そんな中、ようやく見つけたのが教育勅語だったのだ。 ボクとしては「12の徳目」(「孝行」「謙遜」「義勇」など)の内容について園児たちに一緒に考えてほしかっただけで、何も押しつける気持ちは毛頭なかった。 規律に従う盲目的な人間を育てるため、園児に暗唱させたのではない。 古い日本語のイントネーションを身体に刻みつけ、美しい言葉を話せるようになって欲しいと思っていたのだ。 戦時中など過去の歴史を振り返れば、教育勅語が国の隅々まで軍国主義を行き渡らせるため、一つの重要なツールになった点は認識していた。 だが、「だからといっていい部分はあるんだから、全否定しなくてもいいんじゃないの」くらいに思っていた。 「教育勅語の文言そのものが、現行憲法で謳われる国民主権の考えと並立できない」という批判もあった。それに対しては、ボク自身が絶対天皇主義者であるがゆえ、極めて鈍感だった〉 籠池氏は、教育勅語を子どもたちにわかりやすく行動原理を伝えられる「言葉」と位置付けた上で、〈ボクとしては「12の徳目」(「孝行」「謙遜」「義勇」など)の内容について園児たちに一緒に考えてほしかった〉と強調する。 極端に右翼的な思想を抱く人でなく、保守派の大多数がこのような言説を支持すると思う。この言説の背景にあるのも、天皇による教育勅語で示された道徳指針は、日本人の習俗であるという認識だ。 これも国家神道の価値観だ。自民党の地方組織では、このような思想を持つ草の根からの保守層が無視できない影響力を持っている。 そして、その一部が日本会議に組織されている。籠池氏自身が日本会議の活動家だったので、この運動の特徴を熟知している。 〈日本会議の凄みは他にもある。それは、ものすごく長期的なスパンで小さなことからコツコツと積み上げていくところである。 具体的に何をするのかというと、請願、投書、苦情の電話、抗議活動など、地味なものばかり。 ボクも事務局の人と一緒になってよく地方議員のもとを回ったものだ。 そしてこちらが求める議題について、議会で決議を取ってもらう。そういうものが積み重なって国会での法案に繋げていく。地道な活動を厭わず、極めて真っ当な正攻法で世の中を変えていこうとする団体なのである〉 日本会議は少数精鋭で目的合理的に活動する組織だ。 〈日本会議大阪の事務局次長を務める丸山公紀さんが、ボクにおもしろい話をしてくれたことがある。 「籠池さん、日本会議というタマネギの皮を剥いていくと最後に何が残ると思います? 芯にあるのは神社なんです」(中略) ボクにはこのフレーズだけが不思議と印象に残った〉。 国家神道が静かに甦りある現実が本書を読んでよくわかった』、「園児たちに一緒に考えてほしかっただけで、何も押しつける気持ちは毛頭なかった」、言い訳だろう。暗記させれば、「押しつけ」なくても、自然に徳目に従うようになる筈だ。「日本会議」が「ものすごく長期的なスパンで小さなことからコツコツと積み上げていく」、良し悪しは別として、そのエネルギーは大したものだ。「国家神道が静かに甦りある現実」、には「リベラル派」は大いに気を付けるべきだろう。

第四に、4月13日付けYahooニュースが週プレNEWSを転載した「新型コロナ問題と東京五輪延期で見えた「保守ブームの終わり」」を紹介しよう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200413-01110950-playboyz-pol&p=1
・『『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが「保守ブームの終わり」について語る。 新型コロナの感染拡大による安倍政権の対応、そして東京五輪の延期決定までの混乱ぶりを見ると、ここ数年の「保守ブーム」が終焉(しゅうえん)を迎えることになるような気がしています。 これまで安倍首相は"強いリーダー"を演出し続けてきましたが、実際にそこにあったのは強い意志ではなく、「なんとなく」さまざまな周囲のステークホルダーや"仲間"の都合を優先しつつ、「なんとなく」理想的な日本像とされるものに向けて共同幻想を形づくり、「なんとなく」進んでいただけだったのではないか。そのように感じられるのです。 本当は東京五輪を成功させたところで、日本が抱える諸課題が解決されることはない(一時的な盛り上がりや関連事業のバブルはあったとしても)。にもかかわらず、五輪成功の先には輝かしい憲法改正があり、それによってジャパン・アズ・ナンバーワンの時代を取り戻せる――安倍政権はそんなムードを醸成しようとしてきました。 トランプ米大統領にとって「MAGA(Make America Great Again)」というフレーズが"万能薬"だったのだとすれば、安倍首相にとってのそれは東京五輪の成功だったのでしょう。 安倍首相はトランプ大統領のように、明らかな差別発言やヘイトスピーチをリツイートしたり、本人が露骨に差別意識をにおわせたりはしません。 「日本人」が緩く連携し合うイメージ、心情的に「愛国」に傾くようなムードづくりをしつつ、平気で差別発言をするような"安倍応援団"的な右派論客らの存在を黙認することで利用してきたというのが実態に近いでしょう。 これが安倍政権がつくり出した「右派のエコシステム」だったのです。本来であれば安倍首相本人なり、自民党の気概ある議員なりが、「こんなことを言う人々は本当の保守とは言えない」「保守にパラサイト(寄生)している人たちの意見が大きくなると日本は衆愚化する」くらいのことを言うべき場面は何度もあったと思いますが、そんなことは一切ありませんでした』、「ここ数年の「保守ブーム」が終焉を迎えることになるような気がしています」、安部人気が剥げつつあるのは事実だが、「「保守ブーム」が終焉」、は気が早すぎるのではなかろうか。「安倍政権がつくり出した「右派のエコシステム」」、とは言い得て妙だ。
・『その一方で、連立相手は数合わせの宗教政党。グローバリズムの規制緩和に乗り、見せかけの景気回復を実現させるも、実質賃金は上がらず格差は開くばかり。課題に対する本質的な議論は先送り......。そうした矛盾を全部解決してくれる"最後のおまじない"が五輪だったのです。 安倍政権周辺の五輪に対する執着が、どれほど新型コロナ問題に影響を与えたかはまだわかりません。ただ、当初から思い切った策を打ち出すことなく、学校休校やイベント自粛要請をいったん2週間程度で緩和するかのような様子をうかがわせたことが、その後の感染拡大に負の影響を与えたとの見方が強くなれば、逆風はますます強まるでしょう。 今思えば、東京五輪組織委員会の森喜朗会長の「私はマスクをしないで最後まで頑張ろうと思っている」というコメントは、日本の保守層の「なんとなくのロマン」を端的に表していたと思います。五輪に限らず、リニア、万博、カジノ......といったものも同じかもしれない。 それを実現することでさまざまな問題が解決するかのような"スピン"が止まったとき、何が起きるのか。コロナ問題がなければ東京五輪後に見るはずだったものを今、われわれは見ているのかもしれません。(モーリー・ロバートソン氏の略歴はリンク先参照)』、「五輪に限らず、リニア、万博、カジノ......といったものも同じかもしれない。 それを実現することでさまざまな問題が解決するかのような"スピン"が止まったとき、何が起きるのか。コロナ問題がなければ東京五輪後に見るはずだったものを今、われわれは見ているのかもしれません」、なかなか面白い捉え方だ。でも、本当のところ「何が起きるのか」、思いつくのは、経済の落ち込み激化、安部下ろしとその後の政治的混乱、程度だ。現実にはどうなるのだろうか。
タグ:女性自身 yahooニュース 就職氷河期 西村博之 12の徳目 右傾化 モーリー・ロバートソン テレンス・リー 日本会議 ダイヤモンド・オンライン 中西新太郎 週プレNEWS 佐藤 優 現代ビジネス (その12)(「謝礼もらっている保守論客いる」百田尚樹氏のツイートが波紋、絶望感しかない日本の若者が「保守化」せざるを得ない理由、「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす 日本会議「草の根の凄み」 戦前・戦中が静かに甦る、新型コロナ問題と東京五輪延期で見えた「保守ブームの終わり」) 「「謝礼もらっている保守論客いる」百田尚樹氏のツイートが波紋」 保守論客の中には、官邸から仕事をもらったり、選挙のたびに応援演説に行き少なくない謝礼をもらったりしている人がいる 新型コロナウイルス対策については安倍官邸を厳しく批判 政権内の楽観論や、政府が早急に中国からの入国制限を行わなかったことを新型コロナウイルスの存在が発覚した直後から厳しく批判 選挙の応援演説で謝礼を払うことも受け取ることも、公職選挙法違反に問われる可能性 「絶望感しかない日本の若者が「保守化」せざるを得ない理由」 関東学院大学経営学部教授 著書『若者保守化のリアル』(花伝社) 若者を世代で一くくりにできない現代社会 職に就き、親元を離れて独立するのが一般的だった傾向が崩れてきたのは、バブル経済崩壊以降の1990年代後半 若者の定義 日本の行政では、34歳まで 勤労青少年福祉法 自由よりもルールに縛られることを望む若者たち 毎日違う服装にするのが面倒くさいといった理由で、制服を望む子が大半 真面目に授業に出席する学生が多い 恋愛面でも若者たちは自分が勝手に決めつけたルールに縛られ、面倒くさいものだと敬遠 理解不能な事件が起こる絶望の日本社会 『このままだと、日本に未来はないよね。』(洋泉社) 「10年以内に日本の若者が暴動を始める」のではないかと予測 、2008年の秋葉原通り魔事件や、2019年の京都アニメーション放火殺人事件に象徴されるような、はた目からは動機や目的が理解できない日本独特の事件がポツポツと出てきています でに行き場のない若者が行動に移しているともいえる。目に見える暴動よりも、どこで何が起こるのかわからない、というほうが、社会として問題です 一見従順に見えて、内面にはやり場のない怒りを抱えている…。これが日本の若者の「リアル」なのだ 「「森友事件」の籠池泰典がはじめて明かす、日本会議「草の根の凄み」 戦前・戦中が静かに甦る」 保守主義者になった原点 『国策不捜査 「森友事件」の全貌』 宗教混淆は神道の特徴だ。 籠池氏は、神道と日本文化を同一視している。保守派、リベラル派の政治的区別にかかわらず、このような認識を共有する日本人は少なからずいると思う 園児たちに一緒に考えてほしかった 何も押しつける気持ちは毛頭なかった。 規律に従う盲目的な人間を育てるため、園児に暗唱させたのではない 保守派の大多数がこのような言説を支持すると思う 天皇による教育勅語で示された道徳指針は、日本人の習俗であるという認識 請願、投書、苦情の電話、抗議活動など、地味なものばかり ものすごく長期的なスパンで小さなことからコツコツと積み上げていく 国家神道が静かに甦りある現実 「新型コロナ問題と東京五輪延期で見えた「保守ブームの終わり」」 ここ数年の「保守ブーム」が終焉(しゅうえん)を迎えることになるような気がしています 「なんとなく」さまざまな周囲のステークホルダーや"仲間"の都合を優先しつつ、「なんとなく」理想的な日本像とされるものに向けて共同幻想を形づくり、「なんとなく」進んでいただけだったのではないか 東京五輪を成功させたところで、日本が抱える諸課題が解決されることはない 五輪成功の先には輝かしい憲法改正があり、それによってジャパン・アズ・ナンバーワンの時代を取り戻せる――安倍政権はそんなムードを醸成しようとしてきました 「日本人」が緩く連携し合うイメージ、心情的に「愛国」に傾くようなムードづくりをしつつ 平気で差別発言をするような"安倍応援団"的な右派論客らの存在を黙認することで利用してきたというのが実態に近い 「右派のエコシステム」 矛盾を全部解決してくれる"最後のおまじない"が五輪だった 五輪に限らず、リニア、万博、カジノ......といったものも同じかもしれない。 それを実現することでさまざまな問題が解決するかのような"スピン"が止まったとき、何が起きるのか。コロナ問題がなければ東京五輪後に見るはずだったものを今、われわれは見ているのかもしれません
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