SSブログ

英国EU離脱問題(その16)(英 EU市場アクセス縮小なら格下げも S&Pとムーディーズが警告、EU離脱の英国が描く「経済的繁栄」の現実性 成長力低下の見方が大半、EU離脱の原点ーー「イギリス版ファシズム」という黒い歴史 労働者階級「反乱」の系譜) [世界情勢]

英国EU離脱問題については、昨年12月18日に取上げた。今日は、(その16)(英 EU市場アクセス縮小なら格下げも S&Pとムーディーズが警告、EU離脱の英国が描く「経済的繁栄」の現実性 成長力低下の見方が大半、EU離脱の原点ーー「イギリス版ファシズム」という黒い歴史 労働者階級「反乱」の系譜)である。

先ずは、本年1月31日付けロイター「英、EU市場アクセス縮小なら格下げも S&Pとムーディーズが警告」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/brexit-sp-moodys-idJPKBN1ZT2EM
・『格付会社のS&Pグローバル・レーティングとムーディーズは30日、英国のソブリン格付けについて、欧州連合(EU)離脱後の貿易協定で英国のEU市場へのアクセスが大幅に縮小された場合、現在の格付けは脅威にさらされると警告した。 S&Pの英格付けは現在「AA」。格付け見通しは「安定的」としている。以前は最高級の「AAA」だったが、EU離脱支持派が多数を占めた2016年の国民投票直後に2段階引き下げた。 S&Pは「現在の英格付けにはEU市場アクセスの急速な悪化は反映されていない。この仮定通りにならなかった場合、英国のソブリン格付けに対する下向き圧力が増大する可能性がある」とした。 その上で、包括的、恒常的な通商合意が得られなければ、企業が英国で大規模な投資を実施することに消極的になる状況は続くと警告。「投資減退は英国の経済成長率が1.8%を下回るトレンドが継続することを意味する」とした。 ムーディーズの英格付けは「Aa2」と、S&Pと同水準。ただ格付け見通しは「ネガティブ」としている。 ムーディーズは「経済関係が緩くなれば、英国の経済ファンダメンタルズは構造的に弱くなる。度合いは低いがEUも同様の状況になる。 こうした構造的な弱さは英国のソブリン格付け、および英国に関連する発行体の格付けに対する明らかなマイナス要因となる」と指摘。「英経済の中期的な成長見通しはEUとの将来的な関係がどのようなものになるかに大きく左右される」とした。 欧州議会は29日、英国のEU離脱協定案を正式に承認。これを受け、英国は31日2300GMT(日本時間2月1日午前8時)にEUを離脱する。離脱後は年末までの「移行期間」に入り、EUと貿易や安全保障などに関する新たな関係について交渉を行う』、「2016年の国民投票直後に2段階引き下げた。 S&Pは「現在の英格付けにはEU市場アクセスの急速な悪化は反映されていない。この仮定通りにならなかった場合、英国のソブリン格付けに対する下向き圧力が増大する可能性」、今後の「包括的、恒常的な通商」交渉も、英国政府が目指している完全離脱では、格下げ必至のようだ。

次に、2月18日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したみずほ総合研究所欧米調査部 上席主任エコノミストの吉田健一郎氏による「EU離脱の英国が描く「経済的繁栄」の現実性、成長力低下の見方が大半」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/229058
・『EUとの新経済貿易協定締結に向けた交渉が始まる 2020年1月31日、英国は欧州連合(EU)から離脱した。 2016年6月の国民投票から3年半がたち、この間、英国では2度の首相交代と2度の総選挙が行われた。国民は「ブレグジット疲れ(Brexit fatigue)」に陥り、英議会は機能不全に陥った。 ボリス・ジョンソン首相のもとで、まずは英・EUの新しい関係性を定めた包括的な経済貿易協定締結に向けた交渉が始まるが、関税撤廃のほかにも、政府の補助金や法人向け課税、環境基準、漁業権などの問題で隔たりがある。 2020年12月末の移行期間までに協定締結にこぎつけるのは難しそうだ。 また将来、EUとのFTAが結ばれたとしても、EU残留の場合より英国経済の潜在GDPは低下するとの見方が大半だ。 英国はどこへ向かうのか、新たな“実験”になる』、今後の交渉のポイントを把握する上で、参考になりそうだ。
・『短過ぎる「11カ月」の移行期間 期間延長の可能性が強い  今後のEUとの協議の主な予定は図表1(リンク先参照)に示されるとおりだ。 欧州委員会は、2月に新協定交渉の権限を欧州委員会に与えるための交渉指令草案を発表した。 交渉指令草案は2月25日に開催されるEU一般閣僚理事会で採択される予定で、これにより交渉が正式に始まる。 新協定は、「自由貿易協定(FTA)を核とした、刑事司法、外交や治安、国防などを含む貿易と経済協力に関する野心的、広範、柔軟なパートナシップ」とされる。 モデルになるのが、カナダ・EU間で2017年9月に暫定発効した包括的経済貿易協定(CETA)と言われるが、実際はCETAよりも幅広く深い協定が目指されており、「カナダ・プラス」などと呼ばれている。 離脱後は、2020年12月末までの移行期間に入る。 移行期間は新協定を協議するために設けられたものであり、これまで同様、人や財、資本やサービスなどの自由な移動が可能である。 移行期間中、英国はEUの意思決定には参加できないが、日本や米国など第三国との経済協定締結に向けた交渉を開始することが可能だが、移行期間が過ぎると、これらの自由移動は制限される。 問題となるのは、移行期間が約11カ月と短すぎることだ。 上述のCETAでは、交渉開始から暫定発効まで8年かかった。日本との経済連携協定(EPA)でも、2013年4月の交渉開始から、2017年2月の大筋合意まで約4年、2019年2月の発効まで6年かかった。 英国、EUが新協定で大筋合意した後も、EU加盟の27カ国語に合意文書を翻訳するなどの手間があり、新協定を2020年末までに合意・発効させることはかなり難しい。 移行期間は1年または2年の延長を行うことが可能だが、延長の意思決定は2020年6月末までに行わねばならない。 ジョンソン首相は、移行期間中は、英国はEUの意思決定には参加できないがルールには従わねばならないことに対して、「EUに隷属するもの」と、不満を示し移行期間の延長を強く否定している。 EU側は、交渉の難しさを踏まえて、移行期間延長の可能性を排除していない。筆者はどこかの時点で、英国は移行期間の延長に合意せざるを得ないと考えている』、もともと「移行期間」を「11カ月」と短く設定したのは、その方が交渉に有利と考えた「ジョンソン首相」だ。「延長」も現段階で否定するのは当然だろう。
・『規制の調整で交渉は難航? EU側はEU規制順守求める  とはいえ、ジョンソン首相の強硬姿勢を踏まえると、英国はまずは2020年末までの新協定発効を目指して交渉を進めていくだろうし、交渉は重要度の高い分野に的を絞って行われるとみられる。 具体的には、英、EU間で方向性としては合意されている関税撤廃の実現に向けて各種の規制を調整することやEUが重視する漁業協定が対象になる公算が大きい(図表2:リンク先参照)。 英国とEUは関税を撤廃するという方向では同意しているが、その実現は簡単ではない。 英国と新協定交渉を行う欧州委員会は、関税撤廃の条件として公平な競争環境(Level Playing Field:LPF)の維持とそのために必要なEU規制の順守を英国に求めている。 一方で英国はEU規制からの離脱による自由競争の推進を目指しており、両者の考え方には距離がある。 欧州委員会が2月に発表した交渉指令草案では、補助金や法人課税、労働者の権利保護、環境基準、気候変動などの分野がLPF交渉上のポイントとして掲げられている。 2月11日に欧州議会本会議で英国の離脱後初の演説を行ったウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長は、かつてない独自の英国との通商関係を目指すとしつつも、LPFの維持がEU市場へのアクセスの条件であることを改めて強調した』、EUにとっては、「LPFの維持」は譲れないところだろうが、英国側には受け入れ難いところだろう。
・『産業補助金や漁業権、環境基準まで 幅広い分野で調整が必要  英国とEUの交渉の焦点になるのは、例えば、国家補助金の分野では、補助の許認可プロセスだ。 EU内では特定産業への補助金支給については、国家補助ルールに基づいて事前に欧州委員会の承認を得ることが必要だが、鉄鋼産業など欧州域内の供給が多い産業は、欧州委員会の許可が下りにくい。 2019年に英大手鉄鋼企業が破綻の危機に瀕した際、EUの国家補助ルールのために、英国では、雇用やサプライチェーンの面で波及が大きかったにもかかわらず、英政府が十分な対応が取れなかったのではという批判が起きた。 こうしたこともあって、英国は産業補助の規制を緩め、効果的に重点産業を育成・保護したいと考えている。 法人課税の分野については、EUは、英国が過度な法人減税に動かないよう、EUの行動規範や、経済協力開発機構(OECD)で議論されている国際協調ルールを順守することを英国に要求すると考えられる。 かつて2018年11月にテリーザ・メイ前政権とEUが合意した離脱協定の中では、1997年にEUが閣僚理事会で合意した「法人課税にかかる行動規範」の順守の再確認が明記されていたが、2019年10月にジョンソン首相がEUと合意した新たな離脱協定の中では、この条項は削除された。 欧州委員会は、交渉指令草案の中で、この「法人課税にかかる行動規範」について英国と「再確認を行うべきだ」としている。EUは課税ベースを奪い合うような「有害な租税競争」を避けたいと考えており、共通の法人課税ベース構築を目指している。 しかし、例えば企業誘致のための法人税率引き下げがどこまで「有害」かについては、EU内でも意見の相違がある。英国は予定していた法人税率の引き下げを凍結しているが、EUの行動規範に従う必要はないと考えている。 水や大気、廃棄物、野生動物などの環境基準についても、英国が一部の基準を緩和するのではないかという懸念がEU側にはあるようだ。 現時点で、英国、EUともに高い環境基準を維持している。ただし、法人課税のケースと同様、メイ前政権と欧州委が合意した離脱協定の中では合意されていた「環境基準の非後退原則」に関する条文が、ジョンソン首相が締結した離脱協定の中では削除された。) 環境基準維持を監視する規制当局の独立性にも疑問が生じている。 英国は、現在審議されている環境法案の中で、新たに自前の環境規制当局である環境保護局(The Office for Environmental Protection: OEP)を新設する予定だ。 しかし、英国内では、独立機関であるはずのOEPが英政府の影響下から逃れられないのではないかとの見方が一部にある。 欧州委員会としても、OEPが適切な監督機能を発揮できるかや、OEPとの紛争調停をどのように行うのかといった点を問題視しているとみられる。 将来にわたって英、EUの規制との調和を担保する仕組みを導入するかということも争点になっている。 FTAで何らかの規制が決められた際に、将来、EU側の規制が厳しくなった場合でもその変化に自動的に英国側の規制を連動させるような「動的な調和(Dynamic Alignment)」を導入するかという問題だ。 欧州議会などEUの中でも強硬なグループは、動的な調和の導入に前向きとされるが、当然ながら英国は導入に反対することが予想される。 さらに、LPF上の紛争調停をどこが最終的に行うのかという問題もある。 EUとしてはLPFをEU規制に合わせようとしている以上、欧州司法裁判所(ECJ)が紛争処理にあたるべきだと考えているが、英国はECJの支配下に入ることには強く反対している。 この他、EUは、これまでEU共通漁業政策(CFP)の下で維持されてきた英国の排他的経済水域でのEU漁業従事者の漁業継続も関税撤廃の条件として要求している。 特にフランスの漁業従事者にとって英国南岸での漁業継続は死活問題と言われる。 しかし、英国の漁業従事者は、EUに漁場を奪われたと考えており、こうした問題は、移民に仕事を奪われるなど、EU離脱を支持する国民の不満の典型例であり、英政府はその主張を無視できないだろう』、これだけ両者の主張の食い違いがあると、合意はやはり容易ではなさそうだ。
・『英経済の「将来」、大半は潜在GDPの低下を予想  そもそもブレグジットが英国経済にとってプラスになるのかどうか。 この点について、政府や研究機関、エコノミストの多くは、仮に英国とEUがFTAを締結したとしても、英国の潜在GDP(国民総生産)は、EU残留の場合と比べて、中央値で3.5%程度、押し下げられると考えている(図表3:リンク先参照)。 EU市場へのアクセスが制限され、通関手続きなど非関税障壁が発生したり、人材の行き来が細ったりすることが、成長力低下を予想する理由だ。 他方で数は少ないが、全く逆の推計結果を出すグループもある。 離脱を支持するエコノミストからなるEconomists for Free Trade(以下EFT)は、英国がEU単一市場を離脱してEUとFTAを結んだ場合、中期的に英国のGDPはEUの一員であった場合と比較して4.0%押し上げられると推計している。 筆者は昨年11月に渡英し、離脱派のエコノミストと意見交換を行った。 想定やモデルが同一ではないため、すべての推計結果を同列に比較することはできないが、同じモデルでの比較が可能な英政府の推計と、離脱派のEFTの推計結果に大きな差をもたらしている要因は、2つある。 (1)英・EU間に非関税障壁が生まれることのGDPへのマイナスの影響をどう見るかと、(2)英国の第三国とのFTAによるプラスの影響をどのように見るのかという点だ』、「離脱派のEFTの推計結果」は、「離脱」を正当化する政治的なもののようだ。
・『EUとの非関税障壁は生まれるか 第三国とのFTAの効果は?  非関税障壁の影響について、EFTはマイナスの影響はゼロと推計している。 EUと英国の製品規制に現状は違いがなく、将来、EU規制に変更があったとしても、英国の事業者はEU規制に対応し、規制に即した製品を生産・輸出するため、中期的な英国の生産力には影響しないと考えていることが理由だ。 他方で、メイ前政権の時の英政府の推計は、非関税障壁が英国のGDPを中期的に5.1%程度押し下げるとしている。 第三国とのFTAについて、EFTは第三国とのFTAの効果だけで英GDPを4.0%押し上げると推計している。 英国内市場の開放による競争促進や価格低下がGDPの中期的な増加をもたらすと考えているためだ。 一般的にFTAのメリットとしては、自由化による輸出先市場の開放が挙げられることが多いが、ここではそのメリットを大きく見ている訳ではない。むしろ他国との広範なFTA締結により、競争推進を通じて国内経済が活性化され、潜在的な成長力が高まると考えている。 中期的にみて、離脱派のエコノミストが考えるように「自由で開放的なビジネスの場」として英経済が拡大していくという保証はない。 しかし、少なくとも保守党の政治家たちは、市場開放による新自由主義的な政策と、財政拡張政策をセットにしながら経済成長を実現しようとしており、保守党政権が続く限り、今後の政策もそうした方向性に沿ったものになるだろう。 FTA締結相手の優先順位ではEUが筆頭に来るが、ジョンソン首相は「(EU以外の)FTAでは米国、日本、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国に注力」と述べている』、「メイ前政権の時の英政府の推計は、非関税障壁が英国のGDPを中期的に5.1%程度押し下げるとしている」、これは中立的な推計だが、「EFTはマイナスの影響はゼロと推計」、やはり「EFT」の推計は政治的なようだ。
・『シティーの地位は揺るがず 人材や金融機関の集積が強み  中期的なブレグジットの成功を占ううえでは、国際金融センターとしてのロンドンの地位がどうなるのかも重要なポイントになる。 現在、ロンドンはニューヨークと並ぶ国際金融センターとしての地位を得ているが、ブレグジットによりEUとの経済関係が薄れユーロ取引の流出などにより、その地位が揺らぐのではと懸念する声もある。 しかし、国際金融センターとしてのロンドンの強みは、ユーロ取引だけではない。 人材が集まっていると同時に解雇もしやすい雇用環境や、法律事務所や会計事務所といった周辺産業の充実、ケンブリッジやオックスフォード大学といった研究機関、英語という言語環境、金融機関の集積、多数の空港やホテルといった200年を超える歴史の中で積み上げてきた強みはすぐには崩れないだろう。 筆者は、フィンテックなどイノベーションの中心であり続け、新興国も含めたグローバルな資金フローの結節点であり続けられるかどうかが、最終的にはロンドンの国際金融センターとしての地位を決めるのではないかと考えている』、「シティーの地位は揺るがず」、同感だ。

第三に、4月19日付け現代ビジネスが掲載した専修大学教授の河野 真太郎氏による「EU離脱の原点ーー「イギリス版ファシズム」という黒い歴史 労働者階級「反乱」の系譜」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71952
・『ブレグジットと排外主義  2020年1月31日、イギリスは正式にEUから離脱した。この離脱を問う国民投票が行われたのが2016年6月23日。実に3年半の紆余曲折を経て国民投票の結論は実行に移された。 この投票結果について、当時から現在までずっと繰り返されている説明の「型」がある。それは、EUからの移民労働力によって自分たちが職を脅かされていると考えた「排外主義的な労働者階級」が、移民排斥の意図をもって離脱を支持した、というものである。そしてそれに対し、リベラルで排外主義的ではない「多文化主義的な中流階級」は、EU残留に票を投じた、と。 この説明にはある程度の説得力があるし、数字もそれを裏付けているように見える。例えば、マーケティング・リサーチ企業イプソスによる調査結果を見てみよう。念のため、国民投票全体の結果はEUからの残留支持が約48%、離脱支持が約52%であった(投票率は72%)。イプソスによれば、社会階級別の投票割合は下図の通りであった(リンク先参照)。 (https://www.ipsos.com/ipsos-mori/en-uk/how-britain-voted-2016-eu-referendumより) イプソスによる社会階級の分類は、下記の通りである。括弧内は2009年時点での人口に占める割合である。 A: 高級管理・経営・専門職(4%) B: 中級管理・経営・専門職(23%) C1: 監督、事務、下級管理・経営・専門職(29%) C2: 熟練肉体労働者(21%) D: 半熟練または非熟練肉体労働者(15%) E: 年金受給者、臨時雇いもしくは最低級労働者、公的失業保険のみを受給する失業者(8%) (https://www.ipsos.com/sites/default/files/publication/6800-03/MediaCT_thoughtpiece_Social_Grade_July09_V3_WEB.pdfより) イプソスはAとB、DとEはひとまとめにしているが、要するに中流階級と労働者階級の分かれ目はC1とC2の間にある。そして、残留・離脱の支持率はそこできれいに逆転しているのである』、「E」で「 年金受給者:が、「臨時雇いもしくは最低級労働者、公的失業保険のみを受給する失業者」、と同じくくりになっているのには違和感もあるが、総じて結論は常識的だ。
・『離脱すなわち排外主義?  もちろんこの見方には反論がある。上記のイプソスの調査結果の全体を見ていただくだけでも、例えば年齢による差異は階級による差異よりも重要であると簡単に言うこともできるし、そもそもイプソスが採用している中流と労働者階級の区分が問題だという指摘もできる。現在のイギリスにおいては、「圧迫された中流階級」は自分たちを労働者階級とみなす傾向にあり、そう見ると、離脱の投票はその「圧迫された中流階級」の仕業だ、という見方も出されている(https://blogs.lse.ac.uk/politicsandpolicy/brexit-and-the-squeezed-middle/)。 またもちろん、この量的なデータだけから、質的な側面、つまり労働者階級の投票の動機──排外主義?──まで説明することはできない。 だが、それにもかかわらず、最初に述べた説明の「型」──つまり、排外主義的な労働者階級と多文化主義的な中流階級──は、説得力を失うことがない。おそらくこの「型」は、ブレグジットの説明として語り継がれていくだろう。 もちろんこのような説明、物語は暴力的なものだ。単純な話、例えばカテゴリーC2のうち62%が離脱に投票したとして、それをもって労働者階級が排外主義に流れた、と言ってしまったら、残る38%の経験や感情はどうなってしまうのか? 今回は、このEU離脱問題をめぐってせり出してきたように見える、「排外主義的な労働者階級に対する、リベラルで多文化主義的な中流階級」という典型を解毒し、2つのからまりあった事実を明らかにしていきたい。 ひとつには、イギリス労働者階級には確実に、排外主義に対抗する伝統が存在すること。そして現在のイギリスの多文化主義の部分的な出所は一九八〇年代の新自由主義であり、EU離脱の感情には、単なる反多文化主義だけではなく、同時に反新自由主義の感情もある、という事実である。 そのためにまずは、イギリスの階級と排外主義についての歴史をふり返って、そのような典型がいかなる歴史から生じているのかを論じていきたい』、労働党が「離脱」に明確な賛否を示さなかったのも頷ける。
・『イギリスのファシズム? モーズリーのBUF  中庸を好み、極端を嫌うように思えるイギリス国民。その歴史には、ドイツ、イタリア、日本のようなファシズム・全体主義は存在しなかったと思われるだろうか? じつはそうではない。イギリスのファシズム運動といえばまず、1932年にオズワルド・モーズリーが結成したイギリスファシズム同盟(the British Union of Fascists/BUF)がある。 サー・オズワルド・モーズリーは、第一次世界大戦後、1920年代のあいだは、最初は保守党員として、そして後に労働党員として国会議員を務めた人物である。彼は1931年にムッソリーニを訪問し、その影響のもとに総選挙で「新党(the New Party)」で打って出て敗北した後、BUFを結成した。ムッソリーニの国家ファシスト党にならって黒シャツ隊を組織。一時期は5万人の党員を獲得したという。 (ちなみに、モーズリーのBUFは、カズオ・イシグロの『日の名残り』でも非常に重要な役割を果たす。映画版よりも、原作を読んでいただくとよく分かるかもしれない。 BUFは1930年代後半に反ユダヤ主義の旗幟を鮮明にする。優生学的な思想と人種排斥が結びついた思想である。(これについては中山[参考文献]を参照。)この「イギリス版ファシズム」に人びとはどう応答しただろうか。それを表現する事件が、1936年10月4日の「ケーブル・ストリートの戦い」である。ケーブル・ストリートとはロンドンはイースト・エンドの通りの名前で、当時はユダヤ系と労働者の多く住む町であった。 そのような町でモーズリー率いるBUFの黒シャツ隊がデモ行進をするというので、7万7千筆の反対署名が内務大臣に届けられたが、それにもかかわらず、デモは認められた。警官隊に守られたBUFのデモ行進をユダヤ系、社会主義者、共産主義者の多数の抗議者たちが通りをブロックして迎え撃った。抗議者と警官隊との暴力をともなう衝突が生じ、モーズリーは2千人ほどのデモ隊を解散させざるを得なくなった。 この「戦い」は、1930年代イギリスにおける、労働者階級組織による反ファシズム・反排外主義を語るにあたって、スペイン内戦(1936〜39年)とならんで一種の神話的な出来事として語り継がれることになる。現在、ケーブル・ストリートのタウン・ホールの壁面には、画家デイヴ・ピニントンによる、ケーブル・ストリートの戦いの巨大な壁画が描かれている。 この後、1939年にはBUFの党員は2万人までに減り、1940年5月にBUFは非合法化され、モーズリーらは第二次大戦の間は逮捕拘禁されることになる。(以上のBUFについての記述はThurlowを参照。)』、「ケーブル・ストリート」の衝突で、「労働者階級組織による反ファシズム・反排外主義」運動があったとは、初めて知った。
・『ロック・アゲインスト・レイシズム─国民戦線との闘い  BUFの次に出現する排外主義的な政党・政治団体といえば国民戦線(the National Front)である。 4月3日に公開された(4月17日よりネット配信で公開中)ドキュメンタリー映画『白い暴動』の背景になっているのが、この国民戦線を中心とする、1960年代から70年代に出現した新たな排外主義だ。 『白い暴動』は、当時過激化していた排外主義、人種差別に対抗するミュージシャンたちが立ち上げた、「ロック・アゲインスト・レイシズム」というキャンペーンを当時の映像と関係者インタビューで再現するものである。その中でもまず印象的なのは、人種差別に抗議するミュージシャンたちより前に、あからさまで暴力的な差別的言辞をまきちらすスキンヘッドたちの映像だ。 この年代の排外主義を理解するためには、大戦後イギリスの「多民族国家化」を理解する必要があるだろう。画期は1948年の国籍法である。この法律は、イギリス連邦(コモンウェルス)の人びと(つまり、旧植民地も含めた世界の8億の人びと)に市民権を与え、イギリスへの移入を認めたものである。 この法制に促された移民の増加を象徴するのが、1948年6月、ジャマイカから500名弱の移民を乗せてテムズ川下流のティルベリー港に到着したエンパイア・ウィンドラッシュ号だ。 移民労働者の増加は摩擦を引き起こした。その象徴は1958年9月のノッティング・ヒル人種暴動だ。これは、カリブ系住民(当時イギリス全体で12万人いた)に対して白人暴徒が暴行を加えたことに端を発するものだった。現在も8月の終わりに開催されるノッティング・ヒル・カーニバルといえば、レゲエなどの音楽と踊りの陽気なカーニバルだが、実のところ起源はこの人種暴動なのである。 58年の暴動のあとにも繰り返された人種暴動に対して、トリニダード・トバゴ出身の活動家クラウディア・ジョーンズらは、カーニバルを組織し、文化的連帯によってそのような暴力に対抗したのである。 こうした努力にもかかわらず、60年代イギリスでは移民に対する排外的な動きが顕著になっていく。それを象徴するのが、1968年4月、保守党政治家のイーノック・パウエルが行った、通称「血の川演説」である。この演説は、コモンウェルスからの移民増加に警鐘を鳴らし、移民を制限する新たな人種関係法を提案するものだった。 「血の川」という表現は直接は出てこないが、ヴェルギリウスの『アエーネイス』から引用し、このまま移民が抑制されなければ古代ローマ人のように「ティベレ川がたくさんの血で泡立つ」のを見るだろう(そのような悪い予感がする、ということ)とパウエルが述べたところから、「血の川演説」と呼ばれる。 国民戦線は、BUF出身のA. K. チェスタトンによって1967年に結成された。イーノック・パウエルがこれに直接関わったわけではないが、「血の川演説」が表現し、それが認可を与えた排外主義的な時代の空気の産物だったと言えるだろう。 そのような空気に乗せられ、またその空気を作りだしたミュージシャンもいた。エリック・クラプトンやデイヴィッド・ボウイはパウエルを支持し、イギリスの多民族化への懸念を表明した。それに対抗して立ち上がったのが、ザ・クラッシュやトム・ロビンソンといった白人のパンク・ミュージシャンたち、有色系からはレゲエのマトゥンビやパンクのX・レイ・スペックスなどだった。 『白い暴動』は、これらのミュージシャンによる10万人コンサートを感動的に描き出す。このコンサートが可能になった背景には、ケーブル・ストリートの戦いやノッティング・ヒル・カーニバルといったイギリスの反差別の文化的伝統があっただろう』、「1948年の国籍法」は英連邦の植民地が相次いで独立するなかで、英国の手先になっていた人々を救済する(植民地支配への贖罪的な)意味もあった。
・『UKIPと「エスタブリッシュメント」批判  そこから、ブレグジットへはどのように歴史がつながるのだろうか。これは非常に難しい問題であり、ここで私が述べるのはあくまでひとつの仮説だ。 ブレグジットは、ここまで述べたような極右と排外主義の系譜だけでは理解不可能である。ブレグジットの台風の目となったUKIP(the UK Independence Party; 英国独立党)を考えてみよう。UKIPの前身である反連邦同盟(the Anti-Federalist League)が設立されたのは1991年である(1993年にUKIPに改名)。 当初、UKIPはイギリスのEU脱退のみを訴える「シングル・イシュー」政党だと考えられて、それほどの人気を得ることはなかった。 風向きが変わったのは、2006年にナイジェル・ファラージが党首となり、白人労働者階級をターゲットに移民問題を強調し始めてからである。とりわけ2014年の、イギリスでのEU議会選挙で24議席を取って躍進し、2015年のイギリス総選挙では議席は1議席にとどまったものの、得票率では12.6%を獲得し、保守党と労働党についで第三位となって衝撃を与えた。2016年に国民投票が行われたのは、人気を獲得したUKIPの圧力によるところが大きかったのである。(UKIPの歴史についてはFord & Goodwinを参照。) ナイジェル・ファラージのレトリックにおいて重要な言葉のひとつは、「エスタブリッシュメント」であった。エスタブリッシュメントとは、訳せば「支配階級」ということになるが、イギリス文化においては独特の階級的含意のある言葉だ(オーウェン・ジョーンズ『エスタブリッシュメント』を参照)。 かつての、労働者階級がより大きく、自意識的な組織であった時代においては、「われわれとやつら」つまり労働者階級と中・上流階級という対立の意識が力をもった。その際の後者、「やつら」がエスタブリッシュメントである。 ファラージとUKIPにとっての「やつら」とは、EUそのものであり、EUとの結びつきを保とうとするイギリス国内の勢力である。ファラージが人気を得たのは、この「やつら」への敵愾心への共感が集まったためだと考えられる。我々の苦しい生活はやつら(=EUと移民と、その背後にいる「エスタブリッシュメント」)のせいだ、と。 UKIPの右派ポピュリズムと言われるものの内実はこれである。そしてこのポピュリズムにおいては、かつての労働者階級的な、「やつら=エスタブリッシュメント」に対抗する感情が、時代の変化に乗って流用・盗用されたのではないかと考えられる。 では具体的にその時代の変化とは、流用・盗用とは何だっただろうか』、「ファラージとUKIPにとっての「やつら」とは、EUそのものであり、EUとの結びつきを保とうとするイギリス国内の勢力である。ファラージが人気を得たのは、この「やつら」への敵愾心への共感が集まったためだと考えられる」、「ファラージ」の立ち回り方は誠に巧みだ。
・『中流階級と多文化主義  UKIPが利用した反エスタブリッシュメント感情の重要な一部には、中流階級への反感とからまりあった、反・多文化主義の感情があると思われる。このからまりあいを現在みごとに記述してみせてくれている書き手といえば、ブレイディみかこであろう。昨年出版され、早くも(私の中では)オールタイム名著となった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』で、ブレイディは「多様性格差」という巧みな表現を使っている。 昨今の英国の田舎の町には、「多様性格差」と呼ぶしかないような状況が生まれている。人種の多様性があるのは優秀でリッチな学校、という奇妙な構図ができあがってしまっていて、元底辺中学校のようなところは見渡す限り白人英国人だらけだ。 「元底辺中学校」とは、ブレイディの息子が通うことになった、基本的には労働者階級の子供が通う中学校である。イギリスではサッチャーによる教育改革以来、学校を評価してお互いに競争させるような制度が定着しており、その結果学校のあいだの「格差」が生じている。「元底辺中学校」は、この学校ランキングの底辺にいたのだが、最近の経営努力で最底辺から離脱しようとしている学校なのだ。それにしても、この学校にはいまだにあからさまな人種差別をしてしまうような「意識の低い」労働者階級の子供たちがいる。 じつは筆者もここでブレイディが述べている「多様性格差」に近い経験をした。私は2015年から2016年まで、つまり問題の国民投票があった時期に、家族を連れてイギリスで暮らしていた。私が住んでいたのは、スウォンジーというウェールズ第二の都市であった。 私は向こうの大学の同僚の勧めにも従う形で、町の西側の地域に家を見つけて住んだ。住んでみて分かったのだが、町の西の方は基本的に中流階級的な地域であり、東の方に行くと町並みひとつを取っても明らかな労働者階級地域だった。(そして実際、国民投票の際には町の西と東で残留/離脱に割れたという。) 私には小学生の双子の子供がいたが、現地には日本人学校などないので、住んだ学区の小学校に入学させた。英語もそこそこに放りこんだのでどうなることかと不安だったが(本人たちの方がもっと不安だっただろうが)、蓋を開けてみると、日本から双子のお友達がやってきたということで、先生も同級生もなにくれとなく世話をして仲良くしてくれた。目の届く範囲で、人種差別にあった形跡はない。学校だけでなく近所でもそうであった。 私は当時、これを当地の住人の善良さのおかげであると思っていたし、部分的にはその通りだったのだと思う。しかしその後様々な事例を聞いたり読んだりするにしたがって、私が住んでいた学区が中流階級学区であったことは、子供たちの幸福な学校生活と無関係ではなかったのだろうと思い始めた。 おそらく、子供の友達たちの家庭にとって、日本から来た英語もよくわからない子供たちと仲良くなることは、子供の教育にとって「良いこと」だったのだろう、と(そんな穿った見方をするのは申し訳ないと思いつつも)私は気づいたのである。ちょっと悪い言い方だが、私の子供たちは多文化主義の格好の「教材」になったのかもしれない。 さて、多文化主義や他者への寛容が、中流階級にとって「意識の高い」、良いものとなったのはいつからなのだろうか。もちろん、こういった価値観の歴史は多重のものであり、唯一の起源を言い当てることは不可能だ。ただ、21世紀イギリスの多文化主義の理論と政策の屋台骨となったのは、インド出身の政治学者・政治家のビク・パレクが委員長をつとめた「多民族イギリスの未来についての委員会」(1998〜2000年)と、その報告書『多民族イギリスの未来』(通称パレク報告、2000年)である。 この報告書の中身について詳しく述べることはできないが、これによって多文化主義は当時の労働党政権下のイギリスの公式的なイデオロギーとなったのである。そして、ブレイディも『ぼくはイエローで……』の中で触れているシティズンシップ教育がナショナル・カリキュラム(日本であれば学習指導要領)に組み込まれるのは2002年なのだが、このシティズンシップ教育の大きな柱となるのが、多文化主義だったのである。 これによって、悪意のある言い方になるが、多文化主義は「いい子」のイデオロギーとなったといっていいだろう。そこから生じていったのが、ブレイディの言う「多様性格差」である。勉強のできる中流の子は多様性を身につけ、そこから取り残される下層階級はそうではない、という形で、多文化主義・多様性と階級が相関していったのだ。 そして、そこから生じたのが、冒頭で述べたような「型」であり「典型」だ。多文化主義的で多様性に開かれた中流と、排外主義的な労働者階級という「型」である。UKIPはそのような分断につけこんだ』、「21世紀イギリスの多文化主義の理論と政策の屋台骨となったのは、インド出身の政治学者・政治家のビク・パレクが委員長をつとめた「多民族イギリスの未来についての委員会」(1998〜2000年)と、その報告書『多民族イギリスの未来』(通称パレク報告、2000年)である」、「インド出身」の学者が「委員長」とは、まさにタイトルにふさわしい。日本でもつまらぬ道徳教育をするヒマがあったら、「シティズンシップ教育」も是非やるべきだ。
・『新自由主義と多様性  だが、そのような多様性礼賛はパレク報告から、またブレア労働党政権だけから生まれた訳ではない。それにつながる系譜はさらに遡ることができる。ここで言っているのは、マーガレット・サッチャーとその新自由主義である。 普通、サッチャーといえば強硬な保守主義者であり、したがって移民に対しては不寛容だったのではないかというイメージがあるかもしれないし、ある面ではその通りだ。 例えば、『白い暴動』で描かれるロック・アゲインスト・レイシズムの意義を否定するつもりはないが、彼らがレイシズムに対抗した1970年代後半にすでに、国民戦線は勢力を失っていたとも言われる。『イギリスのファシズム』を書いたリチャード・サーロウはその原因について、重要な指摘をしている。 つまり、サッチャーの台頭である。国民戦線的な極右は、イーノック・パウエルやBUFと同様に、保守党でさえも包摂しきれないほどに「極右的」であった。しかし、サーロウの説明が正しいなら、サッチャー政権は部分的にそのような極右的傾向も政権支持層に取りこんでいったのである。 だが、それとまったく矛盾するように見える傾向もあった。彼女の打ち出す新自由主義と、後に多文化主義と名づけられるものとの親和性である。 これを見事に描き出した映画が、スティーヴン・フリアーズ監督の『マイ・ビューティフル・ランドレット』(1985年)である。 この映画では、パキスタン系の青年オマルが、かつては極右排外主義に染まっていた白人労働者階級のジョニーを雇用してコイン・ランドリーを経営する。オマルの叔父ナーセルは、チャンスをつかみ取る者には富を与えてくれるサッチャリズムを肯定する実業家だ。 ここに表現されているのは、70年代の国民戦線的な排外主義(ジョニー)が、サッチャリズムのメリトクラシーに飲みこまれる様だ。企業家精神と進取の精神にあふれる者であれば人種の差別はしない新自由主義的なメリトクラシーは、オマルにとって解放的なのだ。 駆け足になるが、このような新自由主義のイデオロギーは、矛盾することなく2000年代の多文化主義に接続することができるだろう。それが純然たる人権問題というよりは、新たなグローバル時代において勝ち組になるためのスキルとしての多文化主義である限りにおいて。 そして、新自由主義がグローバリゼーションの国内政治における表れであるとするなら、後にUKIPとファラージが訴えることになる、〈EUというエスタブリッシュメント=グローバリゼーションの手先=多文化主義と寛容=中流階級的なもの〉に対する反感が、いかなる歴史を経て醸成されていったかが分かる。 さて、そのように系譜を遡行した上で、ではそのような内実をもつ右派ポピュリズムをどうやって超えることができるだろうか。実のところ、本稿ではすでにそのひとつの道を指し示したつもりだ。 つまり、UKIPの右派ポピュリズムの核心にあるエスタブリッシュメントへの反感とは、新自由主義による「反転」を経たとはいえ、かつてBUFを通りから追い出した人びと、国民戦線のレイシズムにNOをつきつけたロック・アゲインスト・レイシズムのミュージシャンたちと観客たちの、単に労働者階級としての利益を追い求めるのではなく、弱者に対する差別は許さないという連帯の感情をその系譜にもっているのだし、そういった感情はどれだけ残滓的でも残っている。ブレイディみかこの著作が常に見すえるのはそのような、残滓的、とはいっても現在においても活発に作用する残滓としての、反エスタブリッシュメント感情なのである。 ここまで示したのは、イギリス労働者階級は、ブレグジットにおいて確かに排外主義的な身振りを示す部分はあったけれども、それはサッチャリズムからの系譜を持つ反エスタブリッシュメント的な機運が、反多文化主義という表現を得てしまった部分もあり、そこだけに目を奪われることは、排外主義や人種主義に対抗してきた伝統を見失ってしまうだろうということだった。 そのような伝統が可能だったのは、本連載で強調してきたように、イギリス労働者階級が単なる経済的カテゴリーではなく、コミュニティであったためだろう。この場合のコミュニティは、排他的にもなり得るが、必ず排他的になるわけではない。それを、イギリス労働者階級の伝統の一部は示してくれている。 ひるがえって、イギリスとはまた違った形で、2000年代以降に新たなポピュリズムと排外主義が台頭してきた日本には、イギリスのような労働者階級の伝統と残滓はない。またそもそも、多文化主義が階級的なものとからまりあう形で優勢になったこともない。とすれば、わたしたちはどのようなリソースに頼ってそれに対抗していけるのだろうか。この問いを開くことで、本稿を締めくくりたい』、「サッチャー・・・の打ち出す新自由主義と、後に多文化主義と名づけられるものとの親和性」、言われてみればその通りなのかも知れない。「2000年代以降に新たなポピュリズムと排外主義が台頭してきた日本」は「どのようなリソースに頼ってそれに対抗していけるのだろうか」、難しい問いだが、よく考えてみたい。
タグ:ロイター ムーディーズ ダイヤモンド・オンライン 吉田健一郎 S&P 現代ビジネス 英国EU離脱問題 (その16)(英 EU市場アクセス縮小なら格下げも S&Pとムーディーズが警告、EU離脱の英国が描く「経済的繁栄」の現実性 成長力低下の見方が大半、EU離脱の原点ーー「イギリス版ファシズム」という黒い歴史 労働者階級「反乱」の系譜) 「英、EU市場アクセス縮小なら格下げも S&Pとムーディーズが警告」 英国のソブリン格付け (EU)離脱後の貿易協定で英国のEU市場へのアクセスが大幅に縮小された場合、現在の格付けは脅威にさらされると警告 以前は最高級の「AAA」だったが、EU離脱支持派が多数を占めた2016年の国民投票直後に2段階引き下げた 「EU離脱の英国が描く「経済的繁栄」の現実性、成長力低下の見方が大半」 短過ぎる「11カ月」の移行期間 期間延長の可能性が強い 規制の調整で交渉は難航? EU側はEU規制順守求める LPFの維持がEU市場へのアクセスの条件であることを改めて強調 産業補助金や漁業権、環境基準まで 幅広い分野で調整が必要 英経済の「将来」、大半は潜在GDPの低下を予想 EUとの非関税障壁は生まれるか 第三国とのFTAの効果は? シティーの地位は揺るがず 人材や金融機関の集積が強み 河野 真太郎 「EU離脱の原点ーー「イギリス版ファシズム」という黒い歴史 労働者階級「反乱」の系譜」 ブレグジットと排外主義 離脱すなわち排外主義? イギリスのファシズム? モーズリーのBUF ロック・アゲインスト・レイシズム─国民戦線との闘い UKIPと「エスタブリッシュメント」批判 「われわれとやつら」 ファラージとUKIPにとっての「やつら」とは、EUそのものであり、EUとの結びつきを保とうとするイギリス国内の勢力である。ファラージが人気を得たのは、この「やつら」への敵愾心への共感が集まったためだと考えられる 中流階級と多文化主義 シティズンシップ教育 新自由主義と多様性 の打ち出す新自由主義と、後に多文化主義と名づけられるものとの親和性 2000年代以降に新たなポピュリズムと排外主義が台頭してきた日本 どのようなリソースに頼ってそれに対抗していけるのだろうか
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。