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日本の構造問題(その16)(「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質 「今」を考察する力はなぜ失われたのか、コロナで露呈した「日本経済の脆弱性」の根因 「危機への対応」でも中小企業の弱さが目立つ、コロナ危機の日本に見る「前例主義」の病理 旧日本軍の失敗を繰り返すか) [経済政治動向]

日本の構造問題については、3月20日に取上げた。今日は、(その16)(「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質 「今」を考察する力はなぜ失われたのか、コロナで露呈した「日本経済の脆弱性」の根因 「危機への対応」でも中小企業の弱さが目立つ、コロナ危機の日本に見る「前例主義」の病理 旧日本軍の失敗を繰り返すか)である。

先ずは、3月29日付け東洋経済オンラインが掲載した思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授 の内田 樹氏による「「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質 「今」を考察する力はなぜ失われたのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/337483
・『日本社会が“サル化”している――。新著『サル化する世界』でそう鋭く指摘するのは思想家の内田樹氏だ。内田氏が言う「サル化」とは何か。コロナ危機に際して考えるべきこととは。編集部からの質問に回答してもらった。(Qは聞き手の質問、Aは内田氏の回答) Q:「サル化する世界」という挑発的なタイトル:に込めた思いを教えてください。 A:「サル」というのは「朝三暮四」(注)のサルのことです。サルが今の自分さえよければそれでよくて、未来の自分にツケを回しても気にならないのは、ある程度以上の時間の長さにわたっては、自己同一性を保持できないからです。 過去・現在・未来にわたる広々とした時間流の中に自分を位置づけることができない人間には確率、蓋然性、矛盾律、因果といった概念がありません』、「日本社会が“サル化”している」とはショッキングな小見出しだが、大いに興味をそそられた。「サルが今の自分さえよければそれでよくて、未来の自分にツケを回しても気にならないのは、ある程度以上の時間の長さにわたっては、自己同一性を保持できないから」、なるほど、ダイエットやウォーキングなどをするヒトはやはり高度な存在のようだ。
(注)朝三暮四:「列士」に収録。「目先の利益に目がいってしまい、結果的には利益が同じであることに気づかない」、または「言葉の上でうまく人をだますこと」などを意味(manapedia)
・『「文明史的危機」に際会している  「矛盾」も「守株待兎」も「刻舟求剣」も「鼓腹撃壌」も、いずれも時間意識が痩せ細った愚者についての物語ですが、おそらく、春秋戦国時代には「そういう人」が身の回りに実際にいたのでしょう。だから、荘子や韓非ら賢者たちは「長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できること」を未開からのテイクオフの条件として人々に教えようとした。 それから2000年ほど経って、気がついたら、現代人は再びサルに退化し始めていた。この「文明史的危機」に際会して、警鐘を乱打しようと思って、このような挑発的なタイトルを選びました。 Q:過去と未来をふくんだ視点で「今」を考察する力は、なぜ急激に失われてしまったのでしょうか。 A:最大の原因は基幹産業が農業から製造業、さらにはより高次の産業に遷移したことだと思います。農業の場合でしたら、人間は植物的な時間に準拠して暮らしていました。農夫は種子をまいている自分と、風水害や病虫害を防いで働いている自分と、収穫している自分が同一の自己であるという確信がないと日々の苦役には耐えられません。 でも、いま、最下層の賃労働者は今月の給与をもらっている自分より先の自分には、同一性を持つことができません。だって、1カ月後に自分がどうなっているかさえ予測がつかないから。 それは富裕層も同じです。株の取引はマイクロセコンド単位で行われている。それ以上タイムスパンを広げても意味がない。企業だってそうです。今から10年前にGoogleやAmazonが「こんなふう」になると予測した人はほとんどいなかった。10年後にどうなるかもわからない。長い時間の流れの中に自分を置いて、何が最善の選択なのかを熟慮するという習慣を現代人は失って久しい。 Q:近年、日本社会のどんな面に特にサル化の兆候は表れていると思いますか。 A:一番わかりやすいのは「うそをつくことについて罪の意識がなくなった」ということです。「Honesty pays in the long run」ということわざがありますけれど、「正直は長い目で見れば引き合う」というのは、「うそをつく方が短期的には引き合う」ということです。短期的な損得だけを考えれば、多くの場合、うそをつくほうが利益が大きい』、「荘子や韓非ら賢者たちは「長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できること」を未開からのテイクオフの条件とし」た。「それから2000年ほど経って、気がついたら、現代人は再びサルに退化し始めていた。この「文明史的危機」に際会して、警鐘を乱打しようと思って、このような挑発的なタイトルを選びました」、なるほど。「長い時間の流れの中に自分を置いて、何が最善の選択なのかを熟慮するという習慣を現代人は失って久しい」、その通りなのだろう。「うそをつくことについて罪の意識がなくなった」、首相が自らその先頭にいるようだ。
・『その場その場の自己利益を優先  政治家や官僚たちがすぐばれるうそをつき、前後矛盾することを平気で言い、その矛盾を指摘されても別に困惑する様子もないのは、彼らが「矛盾」の武器商人と同じレベルにまで退化しているからです。 その場その場において自己利益が最大化することを優先させて、おのれの言明をできるだけ長く維持することには特段の意味を感じない。「約束を守る、一言を重んじる」を英語では「keep one’s word」といいますが、keepする時間の幅がこれほど短縮されるとは、このことわざを考えた人も想像していなかったことでしょう。 Q:いま一連のコロナ騒動を見ていると、後手後手に場当たり的な対応をする政府から、不足物資を買い占めに走る人々の狂騒まで、まさに“サル化”する日本です。そこにはなにか日本特有の構造的要因もあるのでしょうか。 A:日本固有の現象ではないと思います。無能な政府であれば、どこでも対策は後手に回るでしょうし、トイレットペーパーの買い占めも世界のどこでも起きていますから。サル化しているのは日本人だけではないよと言われて安心されても困りますが。 Q:危機管理に真に必要な知性とは何でしょうか。 A:長いタイムスパンの中で、ものごとの理非や適否を判断する習慣のことだと思います。歴史的にものを見る習慣があれば、「危機だ」と騒がれる出来事の多くが「過去に何度も繰り返されていることの新版」であることがわかるはずです。それなら浮足立つ必要はない。どういう文脈で起きて、どう展開するか、だいたいわかるから。 そうやって「よくある危機」をスクリーニングしておかないと、本当の前代未聞の危機に遭遇したときに、適切に驚くことができません。 Q:失われた20年のあと、アベノミクスで株価こそ浮上したもの、一向に景況はよくなりません。日本人の労働生産性は、「1人当たり」「時間当たり」ともに先進7カ国中の最下位という状態が続いていますが、日本の組織を活性化するには何が必要だと思われますか。 A:管理部門に過大な資源を配分しないことです。今の日本の組織は「価値あるものを創り出すセクター」よりも「人がちゃんと働いているかどうか監視するセクター」のほうに権限も情報も資源も集積しています。労働者よりも監督のほうが多い現場とか、兵士よりも督戦隊(前線から逃げて来た兵士を射殺する後方部隊)が多い戦場のようなものです。それでは生産性が上がるはずがない。 「管理を最低限にする」「現場に自己裁量権を与える」「成果の短期的な査定をやめる」くらいで日本の組織は一気に活性化します。でも、管理部門の人たちはそう言われても「管理部門の肥大化を適正規模に抑制するための管理部門の増設」くらいしか思いつかないでしょうけど。 Q:”サル化した人間”にとって代わってAIが社会の中枢を担う日はくると思いますか?AI時代に人が学ぶ意味とは何でしょうか。 A:AI時代は「前代未聞」の事態ですから、「こうすれば何とかなる」という正解を知っている人はいません。「こうすれば救われる」と言い立てる人がいても、あまり信用しないほうがいいです。生き延び方は、各自で考えてください』、「今の日本の組織は「価値あるものを創り出すセクター」よりも「人がちゃんと働いているかどうか監視するセクター」のほうに権限も情報も資源も集積しています・・・それでは生産性が上がるはずがない」、面白い比喩だが、よくよく考えると、産業の高度化に伴い不可避的に「監視するセクター」が大きくなったと考えるべきではなかろうか。
・『イエスマンだけで固められた組織  Q:消費増税の影響もあり、新年度の「国民負担率」は44.6%と過去最高になる見通しです。国民は高い税負担を強いられながらも、人口減少、貧困問題をはじめ、医療・介護・年金といった分野が危機的状況にあるのはなぜだと思われますか。 A:平たく言えば、政策を起案し、実施する人たちが「あまり頭がよくない」からです。 この四半世紀ほど、日本のキャリアパスは「上位者に対する忠誠心」を「業務能力」よりも高く評価することで、円滑な組織マネジメントを実現してきました。お金が潤沢にあるときは、それでよかったのです。組織が「円滑に回る」ことをイノベーションやブレークスルーよりも優先させても、何とかなった。 でも、こういうイエスマンだけで固められた組織には前例主義と事大主義と事なかれ主義が瀰漫(びまん)しますから、お金がなくなったり、前代未聞の事態に直面すると、「フリーズ」してしまう。 医療、介護、年金さまざまな制度については「頭のいい人」が画期的な制度改革の提言をこれまでも繰り返ししてきていますけれど、日本の役所はまったく相手にしませんでした。上位者におもねらない人の意見は日本では採用されないんです。 Q:人口減少社会において、国民的資源を守り、日本人が共同体として生き残るためには何が必要でしょうか。 A:とにかく大人の頭数を増やすことですね。最低でも国民の15人に1人くらいが「他の人はどれほど利己的でも、自分1人くらいは公共に配慮しないと……」と思って暮らせば、ずいぶん世の中住みやすくなります。とりあえず道ばたに落ちてる空き缶を拾うとか、妊婦に席を譲ってあげるとかから始めたらいかがでしょうか』、「イエスマンだけで固められた組織には前例主義と事大主義と事なかれ主義が瀰漫(びまん)しますから、お金がなくなったり、前代未聞の事態に直面すると、「フリーズ」してしまう」、その通りだろう。 「画期的な制度改革の提言」を「日本の役所」が聞くようにするには、メディアにももっと頑張ってもらう必要がある。

次に、4月16日付け東洋経済オンラインが掲載した元外資系アナリストで 小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏による「コロナで露呈した「日本経済の脆弱性」の根因 「危機への対応」でも中小企業の弱さが目立つ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/344358
・『オックスフォード大学で日本学を専攻、ゴールドマン・サックスで日本経済の「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏。 退職後も日本経済の研究を続け、日本を救う数々の提言を行ってきた彼は、このままでは「①人口減少によって年金と医療は崩壊する」「②100万社単位の中小企業が破綻する」という危機意識から、新刊『日本企業の勝算』で、日本企業が抱える「問題の本質」を徹底的に分析している。 日本企業の「生産性が低い」問題の根源は「規模が小さい企業が多すぎる」産業構造にあることを明らかにしてきたこれまでの連載に続き、今回はコロナ問題で露呈した日本の産業構造の脆弱性を解説してもらった』、「アトキンソン氏」は忖度することなく、辛口の主張をするだけに、私も注目している。
・『小さい企業ほど「テレワーク導入」ができない  コロナウイルスの蔓延により、多くの日本企業が窮地に陥っています。特に中小企業の経営は厳しく、今後多くの中小企業が経営破綻することが危惧されています。 当然ですが、このような危機への対応力は一般に企業規模が大きいほど強く、小さいほど弱くなります。国全体で見ても同様に、企業の平均規模が大きいほど危機に強く、小さいほど危機に弱くなります。 また、このような有事の際には、「企業さえ潰れなければいい」というわけではありません。そこで働く従業員の命や健康を守ることも大切です。実はこの面で見ても、規模が小さい企業ほど従業員を危険に晒しやすい可能性があります。 東京商工会議所が2020年3月に実施した調査によると、テレワーク導入率は従業員数300人以上の企業が57.1%だったのに対して、50人以上300人未満の企業では28.2%、50人未満の企業では14.4%にとどまっていました。 50人未満の企業の経営者も、悪意をもって導入を先送りしているわけではないでしょう。規模が小さすぎて、時間的にも金銭的にも人員的にも余裕がなく、導入できないのだと推察できます。こういった企業が多い国ほど、当然、テレワークの導入率は構造的に低下しますので、「Stay at home」に悪影響を及ぼします。 さらに、小規模事業者が増えれば増えるほど、その国の生産性が低くなるので、財政が圧迫されます。すると、小規模事業者が多い分だけダメージが大きいのに、それに対応するための予算が限られてしまうのです。 このように見ていくと、「中小企業は国の宝だ」という日本の「常識」が本当に正しいのか、疑問に思えてきます。私は、今回のコロナ危機で日本の産業構造の弱さが露呈したと考えており、その原因は中小企業にあると見ています。 今回は、かつて「日本の宝」だった中小企業が、なぜ産業構造の弱さの原因といえるのかを解説していきます』、「中小企業は国の宝だ」というのは、政治家の単なるリップサービスだが、「産業構造の弱さの原因」とはどういうことだろう。
・『中小企業の価値は「人をムダに使う」ことにある  日本では、中小企業がやたらと大事にされています。「中小企業は国の宝だ」「日本の技術を守っているのは中小企業だ」という声を聞くことも少なくありません。 確かに、そういう一面もないことはないでしょう。一般的に、中小企業は大企業より顧客との距離感が近く、また、意思決定が早く、身動きがとりやすいのは確かです。 一方、中小企業は規模が小さくなるほど、人力に頼る傾向が強くなります。従業員が少なく、分業ができないので、専門性が高まらず、機械化もなかなか進みません。その結果、効率化が進まないので、その分、余計に労働力が必要になるのです。だからこそ、生産性が低いのです。 人口が増加し、労働力があふれている時代には、中小企業の存在は貴重です。なぜならば、中小企業は人間により多く依存する「労働集約型」で、ある意味、人をムダにたくさん使ってくれるからです。 中小企業自体の労働生産性が低くても、これらの企業が雇用を増やし、就業率が高まれば、国の全体の生産性も高まります。その意味では、中小企業の存在も生産性の向上に貢献していたと言えるのです。 生産性とは、GDPを総人口で割ったものです(生産性=GDP/総人口)。また、労働生産性とはGDPを就労人数で割ったものです(労働生産性=GDP/就労人数)。ここから、生産性は労働生産性に労働参加率をかけた値であることがわかります。 生産性=GDP/総人口=(GDP/就労人数)×(就労人数/総人口)​=労働生産性×労働参加率  この式からは、生産性を高めるためには「労働生産性」を高めるか、「労働参加率」を高めればいいことがわかります。 例えばある国の労働生産性が1000万円で、労働参加率が50%であれば、国全体の生産性は500万円です。この国で中小企業がたくさん生まれ、それらの企業が雇用を増やした結果、労働参加率が60%まで高まったとしましょう。すると、労働生産性がまったく伸びなかったとしても、生産性は500万円から600万円に上がるのです。) 人口が増加していた時代においては、中小企業は「労働参加率」を高める役割を果たしていました。その意味で、「国の宝」と言えないこともありませんでした。 しかし、日本はすでに人口減少の時代に突入し、この傾向は今後数十年にわたって続きます。人をムダに多く雇う中小企業の存在は、強みではなくなり、逆に弱みに変わります。 なぜならば、企。業というものは規模が小さければ小さいほど、労働生産性が低いからです。日本企業の99.7%は中小企業ですから、日本の生産性が低いという事実は、日本の中小企業の労働生産性が低いことをそのまま反映しているのです』、「日本はすでに人口減少の時代に突入・・・人をムダに多く雇う中小企業の存在は、強みではなくなり、逆に弱みに変わります」、その通りだ。
・『日本の中小企業の真の姿  中小企業庁によると、2016年時点で日本には357万社の中小企業があります。さきほども述べたとおり、全企業の99.7%を中小企業が占めています。 このように数多ある中小企業を一括りにして「中小企業は日本の宝だ」と考えるのは、そもそも乱暴すぎます。 もちろん357万社もあれば、玉石混淆なのは当たり前です。中には「玉=宝」もあるでしょうが、そうではない「石」もたくさん混じっているはずです。 確かに、日本の中小企業の中にも、宝といっていい企業も含まれているかもしれません。しかし、平均値で見ると日本の中小企業はあまりにも生産性が低く、払っている給料も極端に低いのです。仮に宝が含まれているとしても、全体としては、中小企業はとても宝だと評価するには当たらないのです。 「いやいや、私の知っている町工場は凄い技術を持っているんだよ。まさに宝だよ」 こういう、自分の知っている特殊事例を取り上げ、一般化して、それがあたかも日本の中小企業全体に当てはまるような物言いをする声も耳にしますが、まずは日本の中小企業全体の実態、エビデンスを直視すべきです。 先ほども紹介したように、日本には357万社の中小企業があります。 日本の中小企業のうち、中堅企業は53万社で、小規模事業者は305万社でした。平均従業員数は中堅企業が41.1人だったのに対し、小規模事業者はたったの3.4人です。驚くべきことに、1000万人もの労働者がこの豆粒のような小規模事業者で働いているのです。 実は、50%強の日本企業の売上は、1億円にも達していません。こういった企業は当然、経営に余裕がありませんから、有事のときにはすぐ経営が困難になります。 中小企業を「日本の宝」と言う人が想像しているのは、今紹介したような企業群とは異なる会社ではないかと推察します。おそらくは中堅企業を想定しているのではないでしょうか』、「小規模事業者はたったの3.4人・・・1000万人もの労働者が・・・働いている」、「3.4人」には経営者も含むが、このクラスでは労働者でもある。
・『小さい企業が多いとさまざまな弊害が起こる  従業員が3.4人しかいない小規模事業者では、到底輸出などできません。ドイツの学者の調査によると、継続的に海外に輸出をするには、従業員数158人の規模が必要であるとされています。 従業員数が3.4人の会社には、最先端技術も、キャッシュレス化も、ビッグデータも、イノベーションも、ほとんど無縁です。小さい企業ほど緊急時のテレワーク導入率が低いのは、この記事の冒頭で見たとおりです。日本だけではなく、世界的に見ても、企業の規模が小さくなるほど、最先端技術の普及率が低下することが報告されています。 また、企業の平均従業員数が少なくなるほど、有給休暇取得率が低下します。企業の規模が小さいほど、1人ひとりの社員にかかる負荷が重く、休みを取る余裕がなくなるからです。 同じ理由で、中小企業の占める割合が大きく、企業の平均規模が小さい国ほど、女性の活躍も進んでいません。これは世界中で確認できる傾向です。 人口減少と高齢化によって増加する現役世代の負担を緩和するためには、女性活躍の推進が極めて大切です。しかし、日本では女性活躍を進めたくても、小さい企業ばかりの産業構造になってしまっているため、なかなか進めることができないのです。 企業の規模が小さくなると、労働者の専門性が低下します。企業数が増えれば増えるほど、国全体の設備投資の重複が増えて、生産性が低下します。結果として、支払える給料も減ってしまうのです。 小規模事業者が多い国ほど財政が悪化して、少子化が進んでしまうこともわかっています(この点については、この連載のなかで改めてご説明します)。 このように、「中小企業は国の宝」というには、中小企業が多いことの弊害が多すぎます。失業者が増えないように統合・合併を促進し、企業規模を拡大させる政策に舵を切ることが求められます』、「企業の規模が小さくなると、労働者の専門性が低下します」、「企業数が増えれば増えるほど、国全体の設備投資の重複が増えて、生産性が低下します」、その通りだ。現在は、後継者難で事業承継のM&Aも増えているようだが、こうした形で「企業規模を拡大」が進んで欲しいものだ。

第三に、4月22日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したエッセンシャル・マネジメント・スクール代表の西條剛央氏による「コロナ危機の日本に見る「前例主義」の病理、旧日本軍の失敗を繰り返すか」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/235369
・『コロナ危機で見えた「プラン」変更の課題  危機に際しては、機能しない方法に固執することは即致命傷になり得ます。 感染防止対策の専門家である岩田健太郎氏は、4月初旬の段階で、感染経路がわからない人がこれだけ増えて市中感染が増えていると考えられる状況を踏まえれば、クラスター対策では追いつかず、検査数を増やして、優先順位をつけながらも疑いのある人は検査できるようにしたほうが良いと述べています(ただし、これは誰でも彼でも不安のある人をすべて検査すべきということではありません)。 その後、少しずつ検査数は増えているようですが、いまだに検査体制は整わず十分な検査は行われていません。岩田氏が指摘するように、日本の組織は「プランA」が機能しなくなったときの、「プランB」への移行が極めて苦手であり、次の戦略的フェーズへの移行は進んでいないのです。 これは組織行動の観点で見ると、日本の組織が「前例踏襲主義」に陥りがちなこととも関係していると考えられます。 もともと、真面目な国民性ゆえに方法が自己目的化(その方法を実行すること自体が目的にすり替わってしまうこと)しやすいこと、各省庁や暗黙裏に無謬主義(間違いをなかったことにするマネジメント)に立脚していること、そして責任回避バイアスが強いことなどがその傾向を強めていると思われます』、「日本の組織は「プランA」が機能しなくなったときの、「プランB」への移行が極めて苦手」、その背景に「前例踏襲主義」や「無謬主義」、「責任回避バイアスが強いこと」、などがあるとの指摘は、一考に値しよう。
・『埋没コストにとらわれ被害を拡大させた太平洋戦争下の日本軍  方針変更ができない今の日本は、かつての日本軍が陥った“失敗の本質”そのものであり、第二次世界大戦末期の戦局の悪化に伴って戦略プランを変更できずに、被害を拡大させた姿とも重なっています。 たとえば、日本軍は水際で敵を撃滅する「水際作戦」を採用していました。もちろん上陸させないに越したことはありませんし、また戦力的に勝っているならば可能でした。 しかし、太平洋戦争では、圧倒的な戦力を擁するアメリカ軍と戦うなかで、水際に配置した兵力は圧倒的な火力による爆撃、艦砲射撃によって作戦初期段階で失われていきました。しかし、大本営は「断固として上陸を阻止せよ」と水際作戦を継続させ、さらに被害を拡大させ、貴重な兵力をいたずらに損耗させていきました。 なぜそうした不条理が起きたのでしょうか。埋没コスト(プランの変更、中止をしたときに取り返せないとされる費用)の観点からいえば、ここで方針を切り替えたら、今までの戦略が間違っていたと非を認めることになり、その作戦により死んでいった兵を無駄死にさせたことになってしまう、つまり埋没コストにしてしまうと考えたためと、考えられます。そのための責任を取ることは避けたいという、という「責任回避バイアス」も働いていた可能性があります。 それに対して異論を持つ人もいましたが、上司を説得するための「取引コスト」は膨大になり、しかも聞き入れてもらえる可能性はほぼゼロです。相手の機嫌を損ねればこれまで軍で積み上げてきた信頼も実績も失われる(埋没コスト化する)状況で、進言できる人はほとんどいませんでした。まれにいたとしても、そうした人は部下ごと激戦の最前線に送られることで、まっとうに進言できる人から組織にいなくなるという“逆淘汰”が起こり、膨大な数の命が無駄に失われていくという不条理が継続されてしまったのです。 しかし、例外もあります。太平洋戦争の戦況が悪化するばかりの1944年、本土防衛の最後ともいうべき硫黄島の戦いが始まります。小笠原方面最高指揮官、栗林忠道陸軍中将は、大本営の指令に従わず、水際作戦を内地持久戦による徹底抗戦に変更し、アメリカ軍を迎え撃つべくトンネルを掘り巡らせ、ゲリラ戦を展開しました。これによって絶望的な兵力差から5日間で終わるとみられていた硫黄島の戦いは、圧倒的な戦力を持つアメリカ兵のほうが日本兵の死傷者数を上回るという戦果をあげたのです。 この連載の第2回で紹介した「方法の原理」――方法の有効性は目的と状況によって変わる――に沿っていえば、栗林中将は、圧倒的な戦力差があるという「状況」を踏まえたときに、本土防衛という「目的」を達成するために、前例や大本営の指令に従うのではなく、状況と目的にかなった新たな方法を考案、実施したのです』、「埋没コストにとらわれ被害を拡大させた太平洋戦争下の日本軍」、例外的な「栗林忠道陸軍中将」が「硫黄島の戦いは、圧倒的な戦力を持つアメリカ兵のほうが日本兵の死傷者数を上回るという戦果をあげた」、確かに「埋没コスト」に着目した筆者の見方は面白い。
・『「前例主義」が84人死亡の惨事につながった  9年前の東日本大震災でも、前例主義によりもたらされた悲劇は各所でみられました。 児童や教員の計84人が津波で亡くなった宮城県石巻市立大川小学校では、3月11日、校長が不在のなか、教頭が意思決定をする立場にありました。 震災の2日前、宮城県では震度5弱の地震があり、津波注意報が出ました。そのときには、校庭への一時避難はしたものの高台への二次避難はしませんでした(生存児童へのインタビューでは、そのまま「休み時間」のようになったと表現していました)。 つまり、津波注意報が出たときの校長の判断は校庭待機だったのです。そして、これが津波警報発令時の「前例」となりました。 さらに大川小には、津波警報が発令されたときにどうするか指針となるマニュアルも存在していませんでした。あったのは通常の地震のマニュアルをコピペしたもので、津波のときの二次避難先は「近所の空き地や公園」となっており、高台に避難するという方針は共有されていなかったのです。 教頭のほか、教務主任、安全担任といったトップ3の先生は「山に逃げたほうが良いのでは」と言っていたという証言があり、山はダメだといった教員は1人だけでした。スクールバスの運転手は、バスで逃げたほうが良いと主張していました。児童も保護者も山に逃げようと訴えていました。 しかし、2日前の校長が示した前例は校庭待機でした。また、避難方針はありませんでした。そうしたなかでさまざまな主張の板挟みとなり、1分で逃げられる裏山を目の前にしながら校庭待機を続け、50分の時間があったにもかかわらず、津波が目前に迫るまで動き出すことができず、結果84人が亡くなる惨事となってしまったのです。 前例に沿っていれば失敗しても「前例に沿っただけです」といえますが、前例にないことをやるときや、プラン(方針)変更をする際には責任が生じます。教頭にとってみれば、校長不在のなか、校庭待機の前例を覆し、裏山へ登らせて誰かが転んでけがをしたら自分の責任になってしまう。そういった「責任回避バイアス」が意思決定の停滞を招いた1つの要因にあったと考えられています。 即座の決断が求められる危機のマネジメントにおいては、前例に囚われることで、文字通り致命的な結果を招くことにもなるのです』、「2日前の校長が示した前例は校庭待機」に囚われたとは、「教頭」らの致命的な判断ミスは本来、刑事事件化して責任を問うべきだった。
・『新型コロナウイルスに日本の「前例主義」は通用しない  新型コロナウイルスの感染防止対策は、清潔好きで衛生環境が良く、高い協調性を備えた日本人には有利と考えられています。実際、法的な強制力がないにもかかわらず、ここまでなんとか感染爆発を抑えられているのは、この日本人の特性が大きいといえるでしょう。 ところが、日本の組織は、先に述べたように、官僚組織を筆頭に、前例主義、無謬主義、そして責任回避バイアスが強いことから、状況の変化に合わせて機能する方法に迅速に切り替えることが苦手なのです。 たとえば、西村康稔経済再生相は、4月13日の参院決算委員会で、「諸外国の例を見ても、事業者に対する休業補償はやっている例が見当たらない」と述べました。また、「諸外国でも見当たらず、我々としてやる考えは採っていない」とも発言。このことから、前例主義を根拠として休業補償をしないという議論を展開していたことがわかります(本当は海外にいくらでも前例もあったのですが)。 ここでの論点は、「前例がない」と言われると「それなら仕方がないか」と納得してしまう、日本人の前例主義バイアスが問題だということです。だからこそ、政府は前例がないということを説得のための論拠として言い出すのです。 しかし実際は、各国とも前例のない未曽有の事態に対して、前例のない施策を繰り出しているのですから、前例がないことは、日本が抜本的な施策をやらない根拠にはなり得ません。 新型コロナウイルスからすれば、こうした日本の「前例」にとらわれることで、迅速に思いきった施策を打ち出せない姿勢は、新型コロナウイルスに対する日本の「大きな弱点」となっています。日本の組織が得意とする手続主義、前例主義、忖度主義、形式主義が最も通用しない相手が、新型コロナウイルスという事象なのです』、「西村康稔経済再生相」の発言は、「前例主義」そのものではなく、初めから「休業補償をしない」という結論があって、「前例主義」を根拠付けに使ったと考えるべきだろう。
・『プラン変更への抵抗を小さくするには  ではスムーズなプラン変更のためにはどうすれば良いのでしょうか? まず先に述べたように、絶対に正しい方法はなく、状況と目的に応じて有効な方法は変わるという「方法の原理」を共有することです。そのうえで、最初からプランAが機能しなかった、あるいは状況が変わって機能しなくなった場合のプランB、プランC、プランDもあらかじめ準備しておき、それらをセットで作戦を立案しておくのです。 そして、状況aで機能していたプランAが、状況がbになったときに機能しなくなったならば、その状況で機能するプランBに移行すればよいのです。方法の原理によれば、状況と目的に応じて方法の有効性は変わるのですから、プランAや前任者を否定する必要がなく、プランAにつぎ込んだコスト(労力、費用、時間)が埋没コスト化することがありません。「状況が変わったためプランBに移行しましょう」というだけのことです。 そうすることで、プランAがうまくいかなくなったときの各所との「調整コスト」が最小化され、状況の変化を見定めながら迅速にさらに有効な方法にシフトしやすくなります。 このようにプランAのみでなく、様々な状況や進展に応じた、プランB、プランC、プランDと、ワーストシナリオを含めた事態を想定しあらかじめ用意しておけば、状況が変わったときには、「方法を変える」だけでよいのです。前任者や前のプランの否定という形になりにくく、またプランAにかけてきたコストを無駄にしてしまうという「埋没コスト」にとらわれたプラン変更への抵抗も生じにくくなります。 ただし、現象は常に想定を超えてくる可能性があるため、BもCもDも機能しないときは、あくまでも方法の有効性は状況によって変わるという方法の原理を軸として、その状況を打開する新たな方法を生み出して、対応していく必要があります。 危機のマネジメントでは、限られた時間の中でいかに適切な意思決定を重ねていけるかが鍵になります。方法の原理に沿った、しなやかで速やかな方法の選択、創出、実施こそが、危機のマネジメントに求められるのです』、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
タグ:東洋経済オンライン 朝三暮四 ダイヤモンド・オンライン 内田 樹 西條剛央 宮城県石巻市立大川小学校 デービッド・アトキンソン 日本の構造問題 (その16)(「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質 「今」を考察する力はなぜ失われたのか、コロナで露呈した「日本経済の脆弱性」の根因 「危機への対応」でも中小企業の弱さが目立つ、コロナ危機の日本に見る「前例主義」の病理 旧日本軍の失敗を繰り返すか) 「「サル化する日本人」が見抜けない危機の本質 「今」を考察する力はなぜ失われたのか」 日本社会が“サル化”している 『サル化する世界』 サルが今の自分さえよければそれでよくて、未来の自分にツケを回しても気にならないのは、ある程度以上の時間の長さにわたっては、自己同一性を保持できないから 「文明史的危機」に際会している 荘子や韓非ら賢者たちは「長いタイムスパンの中でものごとの適否を判断できること」を未開からのテイクオフの条件とし」た 気がついたら、現代人は再びサルに退化し始めていた 長い時間の流れの中に自分を置いて、何が最善の選択なのかを熟慮するという習慣を現代人は失って久しい うそをつくことについて罪の意識がなくなった その場その場の自己利益を優先 今の日本の組織は「価値あるものを創り出すセクター」よりも「人がちゃんと働いているかどうか監視するセクター」のほうに権限も情報も資源も集積しています それでは生産性が上がるはずがない イエスマンだけで固められた組織 イエスマンだけで固められた組織には前例主義と事大主義と事なかれ主義が瀰漫(びまん)しますから、お金がなくなったり、前代未聞の事態に直面すると、「フリーズ」してしまう 「コロナで露呈した「日本経済の脆弱性」の根因 「危機への対応」でも中小企業の弱さが目立つ」 小さい企業ほど「テレワーク導入」ができない 「中小企業は国の宝だ」 中小企業の価値は「人をムダに使う」ことにある 生産性を高めるためには「労働生産性」を高めるか、「労働参加率」を高めればいい 日本はすでに人口減少の時代に突入し 人をムダに多く雇う中小企業の存在は、強みではなくなり、逆に弱みに変わります 日本の中小企業の真の姿 小規模事業者はたったの3.4人 小さい企業が多いとさまざまな弊害が起こる 企業の規模が小さくなると、労働者の専門性が低下 業数が増えれば増えるほど、国全体の設備投資の重複が増えて、生産性が低下 「企業規模を拡大」 「コロナ危機の日本に見る「前例主義」の病理、旧日本軍の失敗を繰り返すか」 コロナ危機で見えた「プラン」変更の課題 クラスター対策では追いつかず、検査数を増やして、優先順位をつけながらも疑いのある人は検査できるようにしたほうが良い 日本の組織は「プランA」が機能しなくなったときの、「プランB」への移行が極めて苦手であり、次の戦略的フェーズへの移行は進んでいない 「前例踏襲主義」 「無謬主義」 「責任回避バイアスが強いこと」 埋没コストにとらわれ被害を拡大させた太平洋戦争下の日本軍 栗林忠道陸軍中将 大本営の指令に従わず、水際作戦を内地持久戦による徹底抗戦に変更 圧倒的な戦力を持つアメリカ兵のほうが日本兵の死傷者数を上回るという戦果をあげた 「前例主義」が84人死亡の惨事につながった 津波注意報が出たときの校長の判断は校庭待機だったのです。そして、これが津波警報発令時の「前例」となりました 1分で逃げられる裏山を目の前にしながら校庭待機を続け、50分の時間があったにもかかわらず、津波が目前に迫るまで動き出すことができず、結果84人が亡くなる惨事となってしまった 新型コロナウイルスに日本の「前例主義」は通用しない 西村康稔経済再生相 「諸外国の例を見ても、事業者に対する休業補償はやっている例が見当たらない」 前例主義を根拠として休業補償をしない プラン変更への抵抗を小さくするには
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