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黒川検事長問題(その3)(黒川氏の甘い処分巡るスクープ 官邸が怯える“リーク元”、“賭けマージャン”なぜ大甘処分になったのか 黒川弘務氏と検察が恐れる審査会、イトマン事件を指揮した元検事総長が黒川氏退職金問題を喝「法相とは口もきかない」〈週刊朝日〉、30年前にもあった「黒川検事長事件」 政治と検察の癒着の実態) [国内政治]

黒川検事長問題については、5月22日に取上げた。今日は、(その3)(黒川氏の甘い処分巡るスクープ 官邸が怯える“リーク元”、“賭けマージャン”なぜ大甘処分になったのか 黒川弘務氏と検察が恐れる審査会、イトマン事件を指揮した元検事総長が黒川氏退職金問題を喝「法相とは口もきかない」〈週刊朝日〉、30年前にもあった「黒川検事長事件」 政治と検察の癒着の実態)である。

先ずは、6月1日付けNEWSポストセブン「黒川氏の甘い処分巡るスクープ 官邸が怯える“リーク元”」を紹介しよう。
https://www.news-postseven.com/archives/20200601_1567428.html?DETAIL
・『首相官邸が霞が関の《クーデター》に怯えている。黒川弘務・前東京高検検事長の麻雀賭博報道は政権に打撃を与えたが、安倍首相と官邸の側近官僚たちが「文春砲」以上に肝を冷やしたのは黒川氏への大甘処分をめぐる共同通信の報道だった。 首相が新型コロナの緊急事態宣言の全面解除を決定した5月25日、その出鼻をくじくように共同通信がスクープ記事を配信した。 〈首相官邸に報告した法務省は、国家公務員法に基づく懲戒が相当と判断していたが、官邸が懲戒にはしないと結論付け、法務省の内規に基づく「訓告」となったことが24日、分かった。複数の法務・検察関係者が共同通信の取材に証言した〉 この記事は東京新聞が朝刊1面で取り上げたほか、ブロック紙と地方紙が一斉に報じている。安倍首相の「稲田伸夫検事総長が事案の内容、諸般の事情を考慮し処分を行なった」という国会での説明と食い違う内容で、官邸が黒川氏の処分についても“手心”を加えたと大きな批判を巻き起こしている。 官邸が重大視しているのは、情報のリーク元が「法務・検察上層部」と見られるからだ。 「特捜部の現場検事が捜査情報をリークするのは日常茶飯事だが、黒川処分をめぐる官邸とのやりとりの経緯は法務省と最高検の首脳部のごく一部しか知り得ないトップシークレットだ。官邸のお目付け役だった黒川が辞任した途端に、法務検察首脳部が官邸に弓を引いてきた」(官邸の安倍側近) 追い討ちをかけるように、法務検察トップの稲田検事総長がTBS(JNN)の単独インタビューで、「法務省側から訓告相当と言われ、『懲戒処分ではないのだな』と思った。法務省と内閣の間でどのようなやり取りがなされたかはわからない」と処分内容への自身の関与を否定した。検事総長が異例の単独インタビューに応じ、“私が決めた処分ではない”と首相答弁をひっくり返したのだから前代未聞のことだろう。元東京地検検事で、政府の年金業務監視委員長や総務省コンプライアンス室長などを歴任した郷原信郎・弁護士が語る。 「安倍政権が盤石な間は、官僚機構は官邸を怖がっていた。政権が無理なことや間違ったことをしても何も言えなかった。ところが、コロナ対策や検察庁法改正の失態で政権のガバナンスが低下すると、今まで従っていた官僚機構は見切りをつけ、圧力を恐れず告発に動き出すようになる。黒川前検事長の処分をめぐる法務検察関係者の証言は、その動きの一つでしょう」 政権にとって緊急事態と言っていい』、「共同通信」の「スクープ記事」を掲載した主要紙が「東京新聞」だけというのは、情けない。「政権のガバナンスが低下すると、今まで従っていた官僚機構は見切りをつけ、圧力を恐れず告発に動き出すようになる」、との「郷原信郎・弁護士」の指摘は、今後の「告発」にも期待できそうだ。
・『厚労官僚からもリークから  そしてコロナ対策でも官僚の造反が始まった。安倍首相は新型コロナ治療薬の有力候補とされる富士フイルム富山化学の「アビガン」について、5月4日の記者会見で「今月中の承認を目指したい」とスピード承認に前のめりになっていた。それにストップをかけたのも共同通信のスクープだ。 〈(アビガンについて)国の承認審査にデータを活用できると期待された臨床研究で、明確な有効性が示されていないことが、分かった。複数の関係者が共同通信に明らかにした〉(5月20日付配信) 報道後、加藤勝信・厚労相は、「現状においては独立評価委員会から科学的に評価することは時期尚早との考え方が示された」と5月中の承認を断念することを発表した。 しかし、この独立評価委員会は厳重な秘密保持義務があり、結果を外部に漏らすことはないとされる。「リークしたのは評価内容を知りうる厚労省以外にありえない」というのが官邸サイドの見方だ。それというのも、感染症対策や医薬品行政を所管する厚労省医薬・生活衛生局では首相のアビガン早期承認方針に反発が強いからだ。同省職員が語る。 「アビガンには催奇性(注)など強い副作用があることが知られている。安倍総理は無責任に早く承認しろというが、十分な治験と安全性の確認がないまま新型コロナの治療薬として承認し、健康被害が出た場合に責任を負わされるのは官僚です。過去には薬害エイズ事件で当時の生物製剤課長の有罪が確定した。安倍さんは何かあっても刑事責任は負わなくてすむ。そんな人の言葉には従えない」 暴露と造反の連鎖は止まらない。安倍首相が「有力な選択肢の一つであると考えている」と導入を推進した学校の9月入学問題では、早期導入に慎重とされる文科省が家計負担が3.9兆円にのぼるという試算を発表すると、PTAや教育学会などから批判が相次いで自民党ワーキングチームも見送りを提言した。役所が安倍首相の意に反する情報やデータを示したことで方針は次々に覆されている』、「健康被害が出た場合に責任を負わされるのは官僚です。過去には薬害エイズ事件で当時の生物製剤課長の有罪が確定した。安倍さんは何かあっても刑事責任は負わなくてすむ。そんな人の言葉には従えない」、当然だろう。「9月入学問題」など、「役所が安倍首相の意に反する情報やデータを示したことで方針は次々に覆されている」、今後もどんな造反が出てくるのか、楽しみだ。
(注)催奇性:奇形を生じさせる性質。催奇形性ともいう(goo辞書)

次に、7月20日付け文春オンライン「“賭けマージャン”なぜ大甘処分になったのか 黒川弘務氏と検察が恐れる審査会」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/39030
・『検事総長人事にも波及した前代未聞の身内の不祥事に、検察組織が出した結論は“大甘”なものだった。 コロナ禍の緊急事態宣言中に賭けマージャンをしていたという「週刊文春」(5月28日号)報道を受け、東京高検検事長を辞任した黒川弘務氏(63)。その後、常習賭博、単純賭博、収賄容疑で刑事告発されたが、東京地検は7月10日、単純賭博について犯罪行為を認めた上で罪に問わない「起訴猶予」とした。 司法記者が解説する。 「地検は黒川氏らが4月13日~5月13日に計4回、新聞記者ら3人と、1000点を100円に換算する『テンピン』のレートで賭けマージャンをしたことについて、賭博罪は成立すると判断。しかし、『賭け金は多額ではない』『処分を受けて辞職している』などとして不起訴にした。通常、検察は不起訴理由を詳しく説明しないが、今回はわざわざ記者会見を開いて不十分ながら説明をしました。こうした対応は、森友問題で佐川宣寿・元国税庁長官らを不起訴にした時以来で、後ろめたさがあったのでしょう」 不起訴が報じられると、「検察幹部の犯罪なのに、悪質性が低いわけがない」「テンピンを不起訴にするなら、違法な賭けマージャンを堂々とできてしまう」などの非難の声が上がった。 法曹関係者は「黒川氏は約3年前から月1~2回、賭けマージャンをしていたと認定されており、その常習性からも略式起訴して罰金刑という選択もあった。それをしなかったのは、黒川氏が今後、弁護士登録がしやすくなるよう、前科をつけないようにしたと思われても仕方がない」と話す』、「弁護士登録がしやすくなるよう、前科をつけないようにした」、身内に対しては実に温情溢れる処分だ。
・『市民団体が検察審査会に申し立て――黒川氏はどうなる?  また、このタイミングでの発表については、 「7月中に検事総長が稲田伸夫氏から林眞琴・東京高検検事長に交代するので、不祥事を新体制に持ち越さないよう、稲田氏が泥をかぶったという構図が見え見えです」(前出・司法記者) 加えて東京地検は6月25日、秘書が有権者に香典を配ったなどとして公職選挙法違反容疑で告発された自民党の菅原一秀・前経産相(58)も同じく不起訴処分(起訴猶予)としている。 「身内や国会議員の相次ぐ不起訴に『上級国民へのひいき』『強きを助け、弱きをくじく』との声が高まりつつある」(前出・法曹関係者) ただ、黒川氏の問題はこれで幕引きではない。 「13日、市民団体が不起訴処分について検察審査会に審査を申し立てました。一般市民によって構成される審査会が2度『起訴相当』と判断すれば、黒川氏は強制起訴されて法廷で裁かれることになる。検察はそれを警戒している」(同前) 国民は誰も「甘い判断」に納得していないはずだ』、「検察審査会」の人選が公正に行われ、『起訴相当』の判断が出ることを期待したい。

第三に、6月17日付けAERAdot「イトマン事件を指揮した元検事総長が黒川氏退職金問題を喝「法相とは口もきかない」〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2020061700057.html?page=1
・『元東京高検検事長の黒川弘務氏が、賭けマージャンで辞任に追い込まれて1か月。法務省は黒川氏に退職金、5900万円を今週にも支払うことを国会で明らかにした。 賭けマージャンが週刊文春に報じられた後、自己都合で退職したことで、退職金は一部が減額されたという。国民民主党・原口一博衆院議員はこう指摘する。 「賭けマージャンを認めて、内規の訓告処分を受けている黒川氏は、本来なら懲戒処分相当だ。それに賭けマージャンの全容がはっきりしておらず、さらに調査が必要だ。まだ問題は終わっていないのに、巨額の退職金を受け取ることに、違和感がある」 “官邸の守護神”と言われた、黒川氏。今後、安倍政権への批判にもつながりかねない。 「黒川は脇甘い、自覚が足りん。東京高検の検事長、次に検事総長という立場にいながら賭けマージャンやから、なおさらやな」 こう怒るのは、元検事総長の土肥孝治弁護士だ。 黒川氏の「賭けマージャン」「政治との深い関係」など一連の問題について、本誌のインタビューに応じた。 土肥氏は大阪地検特捜部時代にタクシー汚職事件で現職の国会議員を逮捕した経験を持つ。大阪地検検事正時代には戦後最大の経済事件と呼ばれた、イトマン事件などを手がけた。検事総長時代には、旧住専問題にメスを入れた。検事総長経験者では、数少ない現場派だ。 一方、黒川氏は法務省事務次官の座に5年間など、法務官僚としての手腕を買われて出世してきた「赤れんが」派だった。 「検事から法務省に出る、現場で頑張る検事、どちらも心の持ち方。検事としては、政治と近づきすぎてはいけない。政治家と特別、仲良くなってはいけない。そういうことが評判になることも、避けなければいけないのが検事の鉄則だ。定年延長を迎え、検事総長なるかと言われた黒川。結果的に官邸側、政治に寄っていたという気がする」(土肥氏) 土肥氏が検事総長就任間もない1996年――。検事総長の部屋と法務大臣の部屋は、同じフロアにあったそうだ。 「検事総長になって、間もなく、『そっちには行かないでください』と事務方から言う。なぜかと聞くと、『仕切りの向こうに法務大臣の部屋がありますので、それを超えないように』とぴしゃり。今も鮮明に覚えている。検事総長をとりまく検事や事務方も、それくらい政治との距離、関係について神経をとがらせていた。会合などで法務大臣と一緒になるときもあったが、挨拶程度しかしなかった。後は、知らん顔でしたね。写真撮られる時もニコニコせんと怖い顔していましたよ。仲良くなると、万が一、何か頼まれたりすると、断りにくい。法務大臣から頼まれるということは、指揮権発動にもつながりかねない」 メディアや政治家から、何を突っ込まれても、問題がないようにと自分を律し、常に緊張感を持っていたという。土肥氏はバッサリと黒川氏をこう斬った。 「黒川には律するという姿勢がなかったのか。次期検事総長が確実視され、普通の検事ではない、特別な存在という思いがなかったのか不思議でならんね。そういう気構えがないから、賭けマージャンに手を出してしまうんだ。要は、検事総長、トップにつく資質がなかったということだろう」 土肥氏が同じく現場派の吉永祐介氏から引き継ぎ、検事総長になった当時、検事らの大半が東京高検検事長で赤れんが派の根来泰周氏が次期検事総長の最有力候補とみていた。根来氏も3年以上、法務事務次官を経験。とりわけ、自民党の梶山静六元官房長官と親しいとされた。政治との距離が近すぎることが危惧され、検事総長への道が閉ざされたなどと当時は報道された。今回の黒川氏と根来氏は非常に似た状況だった。 「確かに、根来氏が黒川と同じような立場で、政治とのことはやっていたような感じでしたね、当時は。政治家と親しくなり、いろいろ相談されると法務省や検察に一言、言いたくなるもの。それが捜査などに悪影響、予断、忖度を与えてはいけません。だから、政治とは距離を置かねばならない。私は検事総長になってからは、会食があっても2次会には絶対に出席しませんでした。どこで誰が見ているかわかりませんし、政治家と鉢合わせすることも考えられますから」 土肥氏は賭けマージャンはしなかったという。 「やったのは若いころ、仲間内で一時期だったかな」 最後に河井前法務相夫妻ら政治家への捜査などに従事する後輩へこうメッセージを送る。 「検察とは何か、政治との関係はどうあるべきか。信頼回復には、もう一度、検察の原点に立ち返ることが、最も大切だ」』、「検事総長の部屋と法務大臣の部屋は、同じフロアにあったそうだ。 「検事総長になって、間もなく、『そっちには行かないでください』と事務方から言う・・・検事総長をとりまく検事や事務方も、それくらい政治との距離、関係について神経をとがらせていた。会合などで法務大臣と一緒になるときもあったが、挨拶程度しかしなかった。後は、知らん顔でしたね」、「政治家と親しくなり、いろいろ相談されると法務省や検察に一言、言いたくなるもの。それが捜査などに悪影響、予断、忖度を与えてはいけません。だから、政治とは距離を置かねばならない」、「土肥氏」時代の検察にあった厳しい矜持はどこへ行ってしまったのだろう。

第四に、7月14日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文芸春秋編集長の木俣正剛氏による「30年前にもあった「黒川検事長事件」、政治と検察の癒着の実態」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/242965
・『黒川事件だけではない検察人事に影響与える政治の動き  新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言中に、賭け麻雀の発覚で辞職に追い込まれた黒川弘務・東京高検検事長。黒川氏とメディアの記者たちとの癒着を暴いた『週刊文春』のスクープは、見事でした。元週刊文春編集長の私としては、後輩たちを誇りに思います。しかし黒川氏がいなくなっても、今後も「事件」は続くでしょう。 実際、検察人事に「政治」が影響力を持とうという動きは、過去に何度もありました。 「ミスター検察」といえば、故・吉永祐介検事総長です。ロッキード事件での田中角栄逮捕、リクルート事件の捜査指揮、佐川急便事件での金丸信逮捕と輝かしい「経歴」を持つ吉永氏にさえ、彼を検察トップにすることに反対する勢力が大勢いました。 リクルート事件の捜査が終結し、大量の逮捕者を出した自民党政権は、今回の黒川検事長とそっくりの事件を起こしました。標的は「エース」の吉永祐介。リ事件のあとの1991年3月、東京地検検事正だった彼は、広島高検の検事長に着任しました。この人事は、大阪高検検事長で検事人生が終わるということを意味し、特捜検察の象徴である吉永氏を検事総長にしないという思惑が絡んだ人事です。 そして、鬼のいぬ間になんとやら、「事件もみ消し」が多発しました。特に自民党の金丸信副総裁が5億円もの政治資金を佐川急便から入手していたにもかかわらず、微罪である政治資金規正法でしか立件できないことになり、国民の怒りが爆発しました。「検察庁」と大きな文字が刻まれた大理石に怒った市民が黄色いペンキをかけるなど、検察批判は強まるばかり。 当時は宮沢内閣。後藤田正晴氏が「吉永くんはどこにいるのだ」と発言したことが話題になり、作家・山崎豊子さんや立花隆さんも立ち上がり、文春で「吉永を中央に」という論陣を張りました。 こうして1993年、世論が吉永検事総長を実現させ、金丸信逮捕など再び強い検察が復活します。しかしそれでも、政治家は諦めません。 政界側が検察トップに据えたかったのは、根来泰周法務次官。今回の黒川氏のケースとは逆で、根来氏のほうが早く定年を迎えるため、吉永氏が総長になるとき任期半ばで引退して根来氏に渡す、という密約を提案したのです』、「政界側」が自らに都合の良い「検事総長」を指名しようとするのは、そんな昔にもあったとは初めて知った。
・『「ミスター検察」吉永祐介氏を守れ メディアが協力してキャンペーン展開  もちろん、そんなことはあってはならないこと。当時の検察記者は各社ともエース級でしたが、NHKの小俣一平記者、朝日新聞の松本正記者が中心となって、文春に詳細な情報を提供してくれます。文春は、根来氏と梶山幹事長の親密な関係を書き立てました。検察と永田町の間にNK(根来・梶山)ラインがあり、事件を潰しているというキャンペーンです。そして最終的には、週刊文春がとどめを刺しました。 当時、話題になっていたのは皇民党という右翼・民族派団体による「ほめ殺し事件」でした。全国で、この団体が街宣車を使って竹下・金丸コンビのことを褒め称える運動をしたのです。右翼に褒められることは、政治家にとって決していいことではありません。皇民党に対して、政治家側から何億もの「沈黙料」が提示されていたことも判明しています。 ところがそのさなか、根来法務次官が皇民党の名付けの親といわれる右翼の理論家、畑時夫氏に「お詫びの手紙」を書いていたことが発覚しました。ほとんど全文が週刊文春にスッパ抜かれ、国会で根来氏は問題にされます。これで検事総長の声は消えました。 黒川問題では、マスコミと検察の癒着も問題視されています。しかし、賭け麻雀をしている事実や日程を文春に教えたのもたぶん、メディアの人間でしょう。私の経験上も「検事が自分の趣味に記者を同行させるのは、普通のこと。新聞記事で黒川氏の趣味がカジノと麻雀だと知ったときから、必ず番記者と賭け麻雀をしているだろうなあ、なぜ文春は追っかけないのかなあ」と思っていただけに、見事に期待に応えてくれました。 さて、ミスター検察「吉永祐介」とはどんな人物なのでしょうか。 検事総長就任後、私が文春時代に人事異動で着任した新雑誌にインタビューで登場していただいたことがあります。雑誌発売後に謝礼をお支払いすると、「編集部で食事でもしてください」と手紙付きで全額返金してこられました。 そして私は、吉永氏とその家族の話が大好きです。 まだ、男女雇用機会均等法のない時代、大卒の女性の職場は限られていて、「親のコネがなければ教員か公務員」という時代でした。吉永氏の娘さんが「お父さんには、どこか頼めるところはないの?」と何気なく聞いたところ、「私は、そういうことをしてはいけない職にある」――そう言ったものの、娘には悪くて仏間にずっとこもっていたというのです。検事総長という立場は、それほど、責任と使命感が必要です。 黒川検事長の賭け麻雀は論外ですが、そんな責任感のない人物ほど、永田町から見れば安全な人物。国民は常に警戒すべきなのです』、「当時の検察記者は各社ともエース級でしたが、NHKの小俣一平記者、朝日新聞の松本正記者が中心となって、文春に詳細な情報を提供してくれます」、現在の安部政権べったりの記者クラブとは大違いだ。「吉永氏の娘さんが「お父さんには、どこか頼めるところはないの?」と何気なく聞いたところ、「私は、そういうことをしてはいけない職にある」――そう言ったものの、娘には悪くて仏間にずっとこもっていた」、素晴らしい「責任と使命感」だ。
・『冬の時代を迎えた検察 捜査を潰し続けた政治の思惑  現在は「安倍一強」政権と言われます。かつてはロッキード事件で逮捕されながら、田中角栄の派閥が膨張し続け、行政府としての法務省に圧力をかけ続けていました。この時期を、「検察、冬の時代」という人たちもいました。 そんな実態を初めて明らかにしたのが、1987年12月。『文藝春秋』に掲載されたノンフィクション作家、真神博氏のレポート「特捜検事はなぜ辞めたのか」でした。辞めた検事とは、のちに許栄中との関係により石橋産業事件で逮捕・起訴され、有罪となる田中森一氏です。 1986年、大阪地検特捜部から東京地検特捜部に異動。最初に注目を浴びたのが撚糸工連事件で、贈賄側の理事長を取り調べ、政治家との繋がりを自供させて、東京でも注目されるようになります。 しかし、その後の検察はまた沈滞します。田中氏が内偵捜査をしていたのは、三菱重工CB債権事件。三菱が転換社債(CB)を発行、1000億円の社債のうち100億円を発売前に政治家に販売し、その後社債価格は2倍になり、政治家たちは懐を潤します。後のリクルート事件とまったく同じ構図だったのに、捜査の手が及ぶことはありませんでした。 検察幹部が、法律系雑誌に「法的に逮捕は難しい」という論文を書くなど、大阪特捜育ちの田中氏は、「政治家の影がチラつくと『天の声』が降りてきて捜査ができなくなる」と愚痴を言っていました。 そして決定的だったのが、福岡県苅田町の税金横領事件でした。国会議員になった元町長が、「町の金庫から税金8000万円を横領し、自分の選挙資金に使ったのでは」という疑惑が持たれ、捜査が進められていました。 ところが「東京から遠い福岡の事件だから」と突然事件を福岡地検に移管し、その後事件は雲散霧消してしまいました。 田中検事には耐え難いことだったと思います。当時の社会部・検察担当記者たちも、「こんなことはあってはならない」と憤慨していました。今回の「麻雀記者」たちとは、わけが違っていたのです。 立ち上がったのは、前述のNHK小俣一平記者でした。私たちに、検察の情けない現状を教えてくれたのです。すぐに、田中森一検事に雑誌記者として接触を図りますが、当時の検事がそれほど簡単に文春の取材に応じてくれるわけではありません。雑誌が検事に直接取材できるなどあり得ない時代でした。 何度か通いますが、居留守を使われたり、門前払いをされたり――。 しかし、記者たちは諦めません。小俣氏だけでなく、他のメディアの検察記者たちの多くが動き出してくれたのです』、「雑誌が検事に直接取材できるなどあり得ない時代」に「NHK小俣一平記者」をはじめとする「検察記者たち」が、検察と文春の仲立ちをしてくれたようだ。
・『検察内部の劣化を白日の下に 田中森一氏と共闘した週刊文春  わかっているだけでも、朝日新聞の松本正記者、東京新聞の村串栄一記者らが、次々と取材メモを私たちに提供してくれました(もちろん、当時は彼らがウラで全員協力してくれているとは知りませんでした)。最終的には、小俣氏が各社の夜回りでの取材メモをまとめて、編集部に提供してくれます。 編集部は、それをまた、誰が書いたかわからないようにワープロで打ち直して、田中森一検事のところに持参します。 「あなたがしゃべらなくても、これだけのことを私たちは知っています。検察幹部がどんなことをしゃべっているかも知っている」 メモを見た田中氏は仰天して、「文春は恐ろしい情報網だ」と言いつつ、「我々のメモのこの部分は認める」といったやりとりができるようになりました。結果、特捜内部から見ても文句のつけようがないレポートができ上がりました。 もちろん検察の内部の話は、一般人にあまり興味のある話ではありません。しかし、プロにとっては恐るべき情報漏れが起こったと思ったはずです。検察内部の劣化が初めて白日の下に晒されたのは、メディアの志ある検察記者たちの協力によるものだったことは、お話ししておきたいと思います』、「検察内部の劣化が初めて白日の下に晒されたのは、メディアの志ある検察記者たちの協力によるものだった」、現在の検察記者クラブの記者たちはどう考えているのだろう。
・『今も問い続ける課題 「政治家に強い検察」を取り戻せるか  結局、田中森一氏は自分を取り巻く状況に限界を感じ、87年12月に検事を辞職します。それを機に、「政治家に強い検察を取り戻すべきだ」という議論が出始めました。いや、検察の役割を理解し、愛していた記者たちが文春を使って動き出したのです。 それは、検察が事件を潰したらそれを文春が報じ、政治家の汚職を正すには、ロッキード事件を指揮した吉永祐介氏を中央に戻すしかないというキャンペーンでした。前述の吉永氏は、84年に東京地検から宇都宮地検へと異動しており、リクルート事件に携わる前にも地方にいたのです。 そして、宇都宮地検検事正だった吉永祐介氏が最高検公判部長として戻ってきました。さらに翌88年6月、リクルート事件が発覚します。88年12月、吉永氏が東京地検検事正に着任し、田中角栄逮捕に続く戦後最大級の疑獄、リクルート事件の捜査が一気に加速しました。 このとき、文藝春秋に前代未聞の記事が出ました。それは、リクルート事件の捜査体制、検事たち全員のリストです。これを見れば、特捜部の総力を上げた捜査であることが誰しもかわるというものでした(その中には、次期検事総長といわれる若き日の林真琴氏も入っています)。 協力してくれた記者と相談して、わざと1人、名前を間違えて掲載しました。情報漏洩の調査があっても、記者なら絶対間違わないという言い訳をつくるためにです。取材源を守りながら、しかし大きな観点からメディア全体が協力し合う。今はその構造が崩れかけていることを痛感します』、「わざと1人、名前を間違えて掲載」、とは芸が細かくさすがだ。「取材源を守りながら、しかし大きな観点からメディア全体が協力し合う。今はその構造が崩れかけていることを痛感します」、誠に残念なことだ。司法担当記者たちの猛省を促したい。
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