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台湾(その1)(高雄市長解職であらわになった台湾社会の分断 リコール支持者にみる政治的対立の現実、台湾「デジタル大臣」が生んだ政治の新スタイル タン氏が提唱する「官民連携」の新たな姿とは、さらば李登輝 台湾に「静かなる革命」を起こした男) [世界情勢]

今日は、台湾(その1)(高雄市長解職であらわになった台湾社会の分断 リコール支持者にみる政治的対立の現実、台湾「デジタル大臣」が生んだ政治の新スタイル タン氏が提唱する「官民連携」の新たな姿とは、さらば李登輝 台湾に「静かなる革命」を起こした男)を取上げよう。

先ずは、6月12日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストの高橋 正成氏による「高雄市長解職であらわになった台湾社会の分断 リコール支持者にみる政治的対立の現実」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/355951
・『6月6日、台湾政治史上初の事件が起こった。 直轄市である高雄市で韓国瑜市長(62)の罷免(リコール)を問う住民投票が行われ、成立要件だった有権者総数(約230万人)の4分の1を大きく上回る、約94万票が賛成し、市長の罷免が成立した。 韓氏は2018年の高雄市長選挙で中国国民党の候補者として立候補し、約89万票で当選した。今回リコールが成立したことにより、7日以内に解職されることになった』、「リコール」の「成立要件」が「有権者総数・・・の4分の1」、とは少な過ぎる気もする。日本の場合、解職を求める住民投票の請求は3分の1で成立、解職を求める住民投票は2分の1以上で成立する。ただ、もともとの「リコール」の理由はよくわからない。
・『目立つ韓氏支持者の「異常な行動」  親中派の韓氏は2018年の市長選以来、「韓粉」と呼ばれる熱狂的な支持者に支えられていた。中国と一定の協力関係を構築したいが、世論を完全にくみ取れずに選挙で苦戦続きの国民党にとって、韓氏は票が読める数少ない政治家であり、無視できない存在となっていた。 しかし、韓氏のメディア露出が増えるとともに、意見が違う者への嫌がらせを行う韓粉の行動も目立つようになってきた。今回の住民投票でもカメラで投票行動を監視するような韓粉の異常な様子が明らかになるなど、台湾社会の分断ぶりがしばしば指摘されるようになった。そして、それは国民党と与党である民主進歩党の間の分断だけにとどまらない。 この分断はどこまで進んでしまっているのだろうか。高雄市の住民投票の最中、韓氏のリコールを呼び掛ける団体は演説で必ず、「結果がどうであれ、投票が終わった後、私たちは団結して進めなければならない」という言葉を呼びかけていた。 これは単に韓粉との怨讐を超えて、団結することを呼びかけているものではない。それは台湾人1人ひとりにとって身近な存在、すなわち家族にも向けられている。というのも、リコール支持者の家族の中で、実際に一種の分断が起きている例があったためだ。 今回の住民投票で、台北に生活の基盤を置く子どもが投票のために高雄に戻ろうとしたところ、親から「戻って来るな、戻るなら親子の縁を切る」とまで言われた人がいる。子どもはリコール賛成だが、親はリコール反対。今の台湾には政治が家族を引き裂いている現実があるのだ。 戒厳令が1987年に解除され、民主化が本格的に進む1996年ごろまで、台湾では中国をベースとする教育が施されていた。高校の国語の授業は中国の古典が大部分を占め、副読本で中国文学や史学の概説を教えるものが使用されていた。 歴史や地理は中華民国時代の中国の歴史や地理が教えられ、中華民国の根本思想である「三民主義」が必修科目として存在していた。 一方、経済では「アジア四小龍」「NIES」と呼ばれるほど台湾は大きく飛躍し、この頃に学生や社会人だった世代は台湾を知る機会が少ないが、経済成長を日々実感できる時代環境にあった』、「戻って来るな、戻るなら親子の縁を切る」、政治が日本よりは身近なようなのは、ある意味で羨ましい。
・『親子で政治スタンスに違い  たとえ熱狂的な韓粉でなくても、韓氏を支持していた層の多くは、実はこういった時期を過ごした世代が多い。かつての経済成長を感じたい、戒厳令下の安全な社会や政争が少ない政治の時代に戻りたいと願っている中高年世代が多い。韓氏の訴えもこの世代に響くものが多かった。 しかし、経済成長はいつまでも続くわけではない。民主化や台湾化が深化する一方で、経済成長は緩やかになり、少子高齢化が急速に進む中で社会のさまざまな構造改革を進めなければならなくなった。 一方、彼らの子どもの世代は、高度成長の時代を過ごしてきたわけではない。民主主義が深化し、かつてとは想像もできないほど多様な価値観を大切にする台湾で育った。現在の民進党などは、こうした若い世代の意見を多く取り入れており、親子で政治的スタンスが違う家庭が多いのだ。 日本人が友人同士や歓談の場であまり宗教の話をしないように、台湾社会でも親しい同士が政治の話をすることは少ない。台湾では長きにわたって戒厳令が存在したため、政治思想について厳しい取り締まりがあった。 人々は普段は政治から一定の距離を置いているが、意見の相違が明らかになると、それまでぐっと堪えていたエネルギーが爆発し、場合によっては激しい衝突を招く恐れがあったからである。 日本では台湾政治における民主化の成熟度ばかりに目が行きがちだ。だがその一方で、台湾人自身は政治によって分断された家庭や社会を、どのようにしようとしているのか。台湾の人々の努力と模索を知っておいたほうがいいだろう』、「台湾」でも「政治によって分断された家庭や社会」の「修復し前進」、が課題になっているとは、初めて知った。注目したい。

次に、7月30日付け東洋経済オンラインが台湾『今周刊』を転載した「台湾「デジタル大臣」が生んだ政治の新スタイル タン氏が提唱する「官民連携」の新たな姿とは」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/365638
・『台湾の唐鳳(オードリー・タン)デジタル担当大臣。彼女には、必ず「天才」という呼び名がつきまとう。 台湾政府の中でも特殊な存在であるというタン氏だが、彼女は自身が英雄になることを望んでいない。タン氏が求める道は、市民と意見を交わし、ともに社会へ貢献していくことだ。日本でも話題となった「マスクマップ」(注)はその一例だ。では、この天才はどんな信念をもって台湾の政治に新しい風を吹かせたのか』、(注)マスクマップ:マスクの在庫を国が管理し実名での購入制を1か月前から導入。番号での購入可能日の区分やアプリでの在庫表示を行っている。
・『台湾政治に新スタイルをもたらした  タン氏は2016年、当時の林全・行政院長(首相に相当)の要請を受け、デジタル政務委員(大臣)として入閣した。林院長はタン氏の持つ「異質な遺伝子」を内閣に取り入れたいと考えていた。政策づくりに才能ある民間人を積極的に登用し、異なる視点や意見から刺激を与えることで、政治に革新を起こそうと試みたのである。 タン氏本人も民間と官庁をつなぐパイプ役になりたいと希望し、彼女が長年関わってきた世界のオープンコミュニティの経験を政府と共有したいと考えていたところだった。 林氏が辞任しても、タン氏は続く2人の行政院長の期待を裏切ることはなかった。その代表例が、2020年の新型コロナウイルス流行時に発表されたマスクマップである。これはタン氏らと民間の技術者が協力して作り上げたものだ。マスクマップは海外でも話題となり、日本や韓国で同様のサービスが展開された。その成功はタン氏が長年提唱してきた官民連携の有効性を証明し、台湾の政治に新しいスタイルをもたらした。 マスクマップをはじめ、デジタルツールを駆使して世界的な注目を浴びたタン氏。ここで彼女が強調するのは、「マスクマップは決して特定の個人が作ったものではなく、ソーシャル・イノベーションの結果」ということだ。 タン氏は「簡単に言えば、『みんなのことを、みんなで助け合う』ということ。政府が何をしようとしているかに関係なく、1人ひとりがより良い方法を考え、思いついたらやってみる。マスクマップは、みんなが良いアイディアだと思ったから、みんなで作った」と強調する。 では、社会にイノベーションが起きるとき、政府が果たすべき役割は何か。タン氏はイノベーションにおける政府の役割を政府が市民を全力で支持することだと考えている。 「過去によく聞かれた『シビック・エンゲージメント(市民の社会参画)』というものは、政府がテーマを設定して、市民に意見を求めるというものだった。しかし、ソーシャル・イノベーションは市民がテーマを決め、政府が協力して完成するもの。政府は決して主体ではなく、方向性をコントロールする存在でもない」』、「タン氏の持つ「異質な遺伝子」を内閣に取り入れたいと考えていた。政策づくりに才能ある民間人を積極的に登用し、異なる視点や意見から刺激を与えることで、政治に革新を起こそうと試みた」、その試みは成功しているようだ。「ソーシャル・イノベーションは市民がテーマを決め、政府が協力して完成するもの。政府は決して主体ではなく、方向性をコントロールする存在でもない」、画期的な考え方だ。
・『イノベーションのために新設された職務  タン氏がこれまで強く信じていたのは、「1つの意義のある任務を完成させるには、多くの人の知恵が必要だ」ということだ。タン氏は個人による試行錯誤よりも、大衆の知恵を出し合うことのほうがはるかに効率がよいと考えている。 また、どんな公共政策でも、その影響を受ける市民の数に対し、政策決定する政治家の数は極めて少ない。もし実際に影響を受ける市民らが政策のテーマを設定すれば、その討論の中には多くの意見が取り入れられる。つまり、市民の声を反映した政策は、一部の政府関係者が無理に推進した政策より優れたものになるはずだとタン氏は考えている。 イノベーションを実現させるために、台湾では「パブリック・デジタル・イノベーション・スペース」(PDIS)と「パーティシペーション・オフィサー」(PO / 開放政府連絡人)という2つの職務が創設された。 POに就くのは行政院所属の各機関と独立機関からの出向者で、その役割はメディアや政府のスポークスマンのようなものだ。また、POには自身の所属機関の業務を熟知し、かつ市民にわかる言葉で対外的な説明ができる能力を求められる。同時に市民の意見を内部に伝え、必要であれば会議を開く。PO間でも定例会議があり、各機関を横断する議題について話し合う。 2017年に始まったPOによる成果のうち、タン氏が最も誇らしく思うのは、2017年5月の納税時期に起きた電子納税システム炎上事件だ。きっかけは市民によるFacebookへの書き込みだった。当時、財政部(財務省に相当)が提供していた電子納税用のアプリケーションは使い勝手が悪く、Mac OSにも対応していなかった。 ある市民がMacユーザーはどう納税すればよいのか問い合わせたところ、財務部は「Windowsがインストールされているパソコンを借りて納税してほしい」と回答した。事の次第をネット上に書き込むと、同じ不満を持つネットユーザーから財政部への批判が殺到し、炎上した』、「創設された」「PDIS」と「PO」の2つの「職務」も面白そうだ。日本のE-TAXは「Windows」、しかもInternet Exploare限定だ。「台湾」の爪の垢でも煎じて飲ませたい。
・『成功例の積み重ねでイノベーション強化  炎上するや否や、財務部のPOはすぐに書き込みにコメントした。そして、不満の声を上げたネットユーザーらを招き、対策会議を開いた。その会議の意見を基に、財政部と共に電子納税システムの改善が図られた。 タン氏は「財政部からのPOがコメントした途端、流れが変わった。80%のネットユーザーが(システム改善のための)具体的な提案を出し、残る20%のユーザーは財政部長(大臣に相当)の退任を求めたが、そんな意見は見向きはされなかった。最初の書き込みをした人は単なる財務部批判ではなく、アイデアがあった。伝統的な市民参画のスタイルを打ち破り、完成した電子納税システムの満足度は90%以上だ」と振り返る。 「自身の意見が政策に反映できる」と多くの市民が実感できれば、民間発のアイディアは尽きることなく湧いてくるはずだとタン氏は考える。延べ2000万人以上が利用したマスクマップも同じで、これらの成功例を積み重ね、台湾は市民の手による公共政策イノベーションの力をさらに強めることになるだろう。 中学2年生で学校を離れて自主学習を始めて以来、タン氏はある1つのテーマを研究し続けてきた。それは、2人の間で行われるインタラクティブな対話をいかにして20人、200人、1000人、1万人単位へと広げていくかということだ。これを重んじるタン氏は、大臣に就任後も学校での講演をすべて受けている。すでに100回以上になる。 講演を取り仕切るPDISメンバーの黄子維氏は「タン氏の思いはとてもシンプルで、若い人にもっと政府の運営や実務について知る機会をもってほしいと願っている。もし彼らが(タン氏との)交流の中で政府に興味を持ってくれたら、それはイノベーションの種を未来へまいたことになる」と話す。 公務員といえば「保守的」「慎重」というイメージが強いが、タン氏が提唱する作業を通じて、彼らもイノベーションへの想像力を発揮するようになってきた。 公務員には「他者の成功体験に学び、模倣することに長ける」という特性があり、政府によるイノベーションが最初から大規模になることはない。言い方を変えれば、前例があればスムーズに事が運ぶということだ。市民の意見を取り入れ、大幅に改善された電子納税システムの成功例は、政府機関が民間と協力するためのハードルを下げたと言える。 その一方、タン氏は「私が出会う公務員は、誰もがイノベーションに積極的だ。私たちのところに来るのはチャンスを待っていた人たちなのだ。革新的でない人には会ったことはない」とも語る』、「「自身の意見が政策に反映できる」と多くの市民が実感できれば、民間発のアイディアは尽きることなく湧いてくるはずだとタン氏は考える・・・台湾は市民の手による公共政策イノベーションの力をさらに強めることになるだろう」、日本の官僚のやり方とは正反対で、「イノベーション」を起こす方法として大いに注目される。
・『道を変えても目的地は変わらない  PDISの運営において、タン氏は「市民の知恵こそが至上である」という原則を守り続けている。PDIS内に階級はなく、1人ひとりが異なる専門性を持つプロとして全員が平等に扱われる。 誰か1人に決定権があるわけではなく、何をするにしてもタン氏はまず全員の意見を聞く。そして、大まかな方針のみを決め、細かい手順は随時修正していくやり方でさまざまなプロジェクトを進めている。 このPDIS方式は、従来の公共政策で使われがちな「1つひとつの手順を踏んで事を進め、その進度を厳しくチェックする」という方法から見ると、まったく正反対の考え方だと言える。そのため、「朝礼暮改」「リーダーシップに欠ける」などという批判を受けることも多かった。 これに対し、タン氏は「朝令暮改とは、車の運転に例えるとバックさせたり、外出自体をキャンセルするようなもの。しかし私たちのやり方は『前方の渋滞に気づいたら、別のルートに切り替える』ということだ。道を変えるだけで目的地は変わらない」と反論する。 この新しいやり方で台湾は未来に前進しようとしている。だが、タン氏が退任したら、台湾の政治はこの方向性を維持できるのだろうか。この問いに対し、タン氏は「(オープンガバメントと官民連携は)すでに浸透している。PO制度も公共政策参加プラットフォームも、核心部分はすでに出来上がっていて、あとはそこを押さえてみんなが実践するだけ」と答える。そして、オープンイノベーションが定着していけば、「私という個人がここにいるかどうかは、重要なことではない」と言う。 神童、天才と言われながらも、自身の考えが他人より優れていると考えたことはないというタン氏。彼女の望みは、すべての人が自分の意見や知識を惜しみなくシェアし、誠実に話し合いのできるプラットフォームを作ること。誰もが認める天才がもっとも忌避するのは、孤独なのである。〈台湾『今周刊』2020年7月8日〉』、日本のお粗末なIT担当大臣とは違って、「台湾」は凄い大臣が、「オープンガバメントと官民連携」の旗を振っているとは羨ましい限りだ。今後の展開を注目したい。

第三に、8月1日付けNewsweek日本版が掲載した元朝日新聞記者でフリージャーナリストの野嶋 剛氏による「さらば李登輝、台湾に「静かなる革命」を起こした男」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/nojima/2020/08/post-11.php
・『<元台湾総統の李登輝が97歳で死去した。民主化+台湾化という「静かなる革命」によって、中国に対抗できる台湾に変革した元総統の大きすぎる功績を振り返る> 李登輝のことを「民主先生(ミスターデモクラシー)」であったと称する記述が、その死去を報じる各メディアの報道で散見された。これは、もともと1990年代半ばにニューズウィークが彼を評した言葉が台湾に逆輸入されたものだ。李登輝が台湾の民主化を推進したことは確かだが、彼の功績を逆に限定してしまう言葉になる気がして、私はあまり好きにはなれない。 李登輝にはそれよりも「ミスター台湾」という称号がふさわしい。なぜなら、今日私たちが目にする台湾は、李登輝によって敷かれた道の上を走っているからだ。そのことは現在、対中関係をめぐる台湾の政治的対立軸によく表れている。 与党・民進党はしばしば「独立志向」と呼ばれるが、実際の政治的立場は中華民国体制を維持しつつ、中国と一定の距離を半永久的に保ち続けていく漸進主義だ。これは2000年以降の李登輝が期待した路線である。 一方、いま野党の立場にある国民党は、やはり中華民国体制は堅持しつつ、対中融和を掲げて中国との接近や交流は積極的に進める考え方だ。こちらは李登輝が国民党トップそして台湾総統であった2000年以前に示していた路線である』、「李登輝にはそれよりも「ミスター台湾」という称号がふさわしい」、同感である。
・『目指したのは独立路線でなく自立路線  2000年総統選で民進党の陳水扁が国民党の連戦を破って政権交代が起きたとき、李登輝は事実上敗北の責を問われて国民党から追放されたようなものだった。彼は自らの政治勢力を立ち上げて民進党と共闘し、国民党の対抗勢力となったが、本人が「私は一度も独立を主張したことはない」と述べていたように、李登輝路線とは終始一貫して、台湾の自立路線であり、独立路線ではなかった。 李登輝は台湾の自立を守るため、民主主義を徹底的に利用しようとした。当時の国民党内の慎重論を押し切って総統選挙を96年に実施し自ら当選したことに象徴されるが、総統のみならず立法委員から市町村に至るまで、選挙のない年はないほど台湾社会の隅々に民主制度が行き渡った。 台湾が堅実に選挙を続けたことの効果は絶大だった。 中国は軍事的・経済的な「ハードパワー」において台湾を圧倒するようになった。 その中国に対抗する上で、民主主義やそこから育まれた多様性・先進性を重視する社会の価値観に代表される「ソフトパワー」によって、台湾は国際社会の支持や同情を集めることに成功した。民主主義や言論の自由を拒み続ける中国との対比は日々鮮明となり、今年1月の総統選の投票率が75%という高い政治参加と相まって、国際的評価を高めている』、「目指したのは独立路線でなく自立路線」、「台湾の自立を守るため、民主主義を徹底的に利用しようとした」、優れた政治的判断だ。ただ、「国際的評価」では、中国の猛烈な攻勢によって、「台湾」承認国が減っていることも事実だ。
・『中国歴代トップが屈した深謀遠慮  選挙実施によるもう1つの効果は、台湾における「中国性」を段階的に打ち消し、「台湾化」と呼ばれる現象を社会に広げた点にある。 大陸から渡ってきた国民党は台湾を反抗拠点とし、(植民地としての)「日本人」から「中国人」への民族転換を推し進めた。そこでは中国人教育が行われ、台湾を本土(故郷)と見なす台湾人の心情は抑え込まれた。そのフタを李登輝は台湾人が自分のリーダーを選ぶ社会へ変えることでこじ開け、日本でも中国でもない台湾化へ向けて社会を変貌させていった。 李登輝が賢明だったのは、これらの重大な変革を、数十年単位という時間軸で起こしたことにある。その進みようがあまりに静かで外部からは分かりにくかったため、台湾問題を「核心的利益」とする対岸の中国ですら、李登輝の思惑にうまく反応できず、もはや後戻りのできないほど「脱中国」が進んでしまった。 もし短期的で劇的な変化であれば、中国は放っておかず、国際社会も制止に動いただろう。だが、選挙を平和的に行うだけで人々の意識を徐々に変えていくことに、明確な介入の理由を見いだすことは難しい。それが、李登輝の企図した「静かなる革命」の本意であったと私は考える。 今日、「台湾は中国ではなく、自分たちは台湾人であり、中国人ではない」という台湾アイデンティティーが、台湾社会の支配的価値観になった。中国は李登輝を台湾独立の策謀者として「千古の罪人」と呼んでいる。だが江沢民から胡錦濤、習近平に至る中国の歴代トップが、日本教育を受けて自らを「22歳まで日本人だった」と称する農業経済の専門家の深謀遠慮に屈したことは明らかである』、「選挙を平和的に行うだけで人々の意識を徐々に変えていくことに、明確な介入の理由を見いだすことは難しい。それが、李登輝の企図した「静かなる革命」の本意であった」、「江沢民から胡錦濤、習近平に至る中国の歴代トップが、日本教育を受けて自らを「22歳まで日本人だった」と称する農業経済の専門家の深謀遠慮に屈したことは明らか」、明快な指摘だ。
・『見事な人生、見事な退場に万感の賛辞を  現職の蔡英文総統が李登輝の死去に対して寄せたコメントで「権威主義の反動と民主主義の理想のはざまで、台湾は静かなる革命を起こし、台湾を台湾人の台湾にしてくれた」と述べたのは、こうした経緯からすれば、非常に得心のいくものだった。 李登輝政治の両輪ともいえる民主化と台湾化によって、歴史上初めて、台湾本島と離島の島々を含んだ土地は「台湾」という共同体となった。台湾はなお国際的に未承認国家のままであるが、もはや「統一か独立か」という問題で国論を二分することはなくなり、「台湾としていかに生き残っていくか」に集中して向き合えるようになった。これは台湾内部の統一支持を広げて分断工作を進めたい中国にとって大きな痛手である。 2020年は台湾にとって大きな歴史的転換点となった。李登輝路線の担い手となった民進党が1月の総統選・立法委員選で圧勝。優れたリーダーシップと国民参加によって世界最高レベルの新型コロナウイルス抑え込みを実現させた。さらに李登輝の死去によって、台湾が真の意味でポスト李登輝の時代に入ったことが劇的に印象付けられた。 李登輝死去のニュースが流れた7月30日夜、台湾に関わる人々の間に形容し難い強い喪失感が共有された。それは、「台湾を台湾人の台湾」にしていく李登輝の時代が名実共に幕を閉じたからだ。 中台関係の駆け引きで李登輝は勝利を収めたが、今後の台湾を導く者が習近平の圧力をしのぎ切れるとは限らない。その意味で、2020年は台湾の新たな試練の始まりの年でもあるかもしれない。 ただ、まずは自らの変革の成功を見届けた上での97歳の大往生に対し、見事な人生、見事な退場であると、万感の賛辞を送りたい。<本誌2020年8月11・18日合併号掲載>』、「台湾を台湾人の台湾」にした「李登輝」はやはり偉大な政治家だったようだ。
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