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日本型経営・組織の問題点(その10)(日本企業で出世する人たち じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!、コロナ危機を乗り切れる? 日本企業の成長を妨げる「7大問題」とは、日本的経営の「永遠の課題」を克服すれば 経済復活への道が開ける) [経済政治動向]

日本型経営・組織の問題点については、2月23日に取上げた。今日は、(その10)(日本企業で出世する人たち じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!、コロナ危機を乗り切れる? 日本企業の成長を妨げる「7大問題」とは、日本的経営の「永遠の課題」を克服すれば 経済復活への道が開ける)である。

先ずは、5月10日付け現代ビジネスが掲載した作家の小野 一起氏と経営共創基盤代表取締役CEOの 冨山 和彦氏による対談「日本企業で出世する人たち、じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/71570?imp=0
・『かつては世界から称賛された「日本的経営」だが、もはや時代遅れの産物と化している。それにもかかわらず、多くの経営者はいまだ過去の成功体験にすがりつき、大きく会社を変化させることをできずにいる。日本企業はいまや世界の時価総額トップランキングに入れないほどに凋落したが、その原因は会社の上層部で決断できずにいる「だらしない」トップたち、社長や役員など幹部たちにあると指摘する声は多い。 いま日本のトップ層たちが直面している本質的な問題とはなにか。では、日本企業はいま本当はどんな改革に踏み出すべきなのか――。 今回、経営共創基盤代表取締役CEO(最高経営責任者)として様々な企業の再生や成長支援に取り組む日本を代表する経営コンサルタントで、新著『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』を上梓したばかりの冨山和彦氏と、新作小説『よこどり 小説メガバンク人事抗争』でメガバンクの未来や組織の在りようなどを独自の視点で描き出した作家の小野一起氏が緊急対談を敢行。日本企業に蔓延する「偉い人たちのおかしさ」について語り尽くした』、「日本企業に蔓延する「偉い人たちのおかしさ」」とは興味深そうだ。
・『「時代劇化」した日本企業  小野 日本的経営での成功体験がアダになって、バブル崩壊とともに経営危機が顕在化した代表例がカネボウやダイエーですね。冨山さんは、政府系の産業再生機構のCOO(最高執行責任者)として、日本的な経営の無残な失敗とリアルに向き合うことになりました。 冨山 特にカネボウは最も強固な日本的経営の会社で、日本的経営をつくった原型のひとつでもあるわけです。運命共同体みたいに日本型経営を信じていたので、新しい時代には不適合な会社だったわけです。 しかし、もっとも強烈に変革の波にさらされたのは三種の神器(白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機)や3C(自動車、カラーテレビ、クーラー)でかつて成功体験を味わったエレクトロニクス産業でしょう。半導体で日本が世界を席巻したのも成功体験になっていると思いますが、せいぜい1990年代の話です。もう時代劇の世界ですよ。 小野 そうした危機に直面したエレクトロニクス産業の中には変革の波に乗れないところも出てきていますが、一方、日立製作所などは中西宏明会長らのイニシアディブで強烈な改革が始まっていますね。中西さんは冨山さんとの共著『社長の条件』の中で日立の人事改革に言及されていますが、典型的な日本的大企業と思われていた日立で大胆な組織改革がここまで進んでいたのかと驚きました。 グローバル化に対応するために年功序列を廃止し、トップの選定も社外取締役が主導して、30代を含む50人近い候補者とやり取りしながら選定作業をしているという話は刺激的でした。 逆に言えば、日立のような企業でもこのくらいの改革に取り組まなければ生き残れないということですね』、確かに「日立」での「大胆な組織改革」は、これまでの「日本的経営」との決別だ。
・『社長が「次の社長」を決めるというムラ社  冨山 遅ればせながら、だと思います。こうした日本的経営の問題点については気づく人は気づき、分かっている人は分かっていました。たとえばスタンフォード大学名誉教授の故・青木昌彦さんは、以前から課題を指摘していた。それなのに、たとえばカネボウの経営が傾いたときなど、日本の経済界では「あれは変な経営者がいたからだ」と説明してしまう人が大半だったんです。 小野 日本的な経営が構造的な問題を抱えているとは考えずに、カネボウが個別に経営問題を抱えていると説明されてしまった。 冨山 日本的経営の普遍的な病理について経済界全体が認め始めたのは、本当にごく最近のことです。安倍晋三政権になってからようやく企業統治(コーポレート・ガバナンス)改革が本格的に始まりましたが、それまではすべて人のせいにしていた。 そもそも日本企業の低迷は、世界の時価総額ランキングをみると明らかです。平成元年はかなりの数の日本企業が上位50社に入っていました。でも平成の終わりには、せいぜいトヨタ自動車ぐらいじゃないですか。この平成の大敗北で、さすがに自覚が生まれた。 小野 「平成最後の時価総額ランキング。日本と世界その差を生んだ30年とは?」(https://media.startup-db.com/research/marketcap-global)によると平成元年(1989年)は、世界の時価総額ランキングで、トップ50の中に、日本企業は32社入っていて、トップはNTTでした。しかし、平成31年4月(2019年4月)になると、トップ50に入った日本企業はトヨタ自動車のみです。トップ3は、アップル、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コムというデジタル革命の勝ち組のアメリカ企業ですね。 こうした危機感に直面してやっと、日本企業の中からコーポレートガバナンス改革で独立社会取締役を導入する企業も出てきました。そして社外取締役で構成される指名委員会でトップを決める仕組みにした会社も出始めています。これは、社長が次の社長を決めるというムラ社会の掟の心臓部を変える改革です。ただ、こうした制度を入れている大企業は、まだ少数ですね。 冨山 一桁パーセントでしょうね』、「カネボウの経営が傾いたときなど、日本の経済界では「あれは変な経営者がいたからだ」と説明してしまう人が大半だった」、最近にって「危機感に直面してやっと・・・社長が次の社長を決めるというムラ社会の掟の心臓部を変える改革です。ただ、こうした制度を入れている大企業は、まだ少数ですね」、やはり変化には時間を要するようだ。
・『日本のリーダーが「おかしな」理由  小野 日本企業にとって「社外取締役の導入」や「指名委員会の設置」が進むことは重要な動きですが、ここからはきちんと定着することが大切になってくるのだと思います。その点、せっかく仕組みを取り入れたにもかかわらず、きちんと機能していない企業も多いようです。 よくよく聞いてみると、社外取締役がみなさん社長の「お友達」みたいなケースがありますよね。形式は整っているけど、魂が入っていない。導入した企業の中にはそういう企業が多い印象があります。 冨山 最初は仕方がないでしょうね。まずは形式を先行させて、実質を整えていく。長い目で見れば実質が変わった会社だけが生き残り、実質が変わらない会社は消えていくということでしょう。 そもそもリーダーシップが必要というのは、いまや大半の経営者が口にしています。しかし、本質的に問題となるのはリーダーシップの中身であり、リーダーの在りようでしょう。古き良き日本のリーダー像ってありますよね。人望があって、みんなの気持ちがよくわかって、それで現場の状況を理解して……という良き上司像です。もちろんいまでもそうした上司像は否定されませんが、それだけで良いのか、ということが問われているわけです。 小野 日本企業のリーダーシップについて、ほかに冨山さんが問題だと思っていることはなんでしょうか。 冨山 日本の経営者がよく使う言葉に「現場主義」というのがありますが、これが本当の意味での現場主義でなく、「現場迎合主義」になっていることが多い。 たとえばある業界で破壊的イノベーションがやってくるとします。テレビを作っていればこれまで儲かっていたエレクトロニクス産業で、もはや新興国企業が台頭してきてテレビを組み立てていても儲からなくなるというようなケースです。その時に、テレビの製造現場の人たちに「テレビの組み立てを止めようか」と聞いたら、誰も「そうですね、止めましょう」とは言いませんよね。紙の新聞が売れないからと言って、「紙の新聞を止めるか」と言っても、紙の新聞を作っている人は誰も止めようとは言わないでしょう。こういう現場の声を重視する経営者は、現場主義とは言いません、単なる現場迎合主義です。 小野 苦しくても、現場の反対があっても、より収益の高いところに戦略的に事業をシフトしていく判断をするのが経営者。それができないのならば、会社は消滅へと向かいます。 冨山 そうです。しかし、日本企業にはそういう決断ができない経営者が多い。現場というのは、言い換えると競争の最前線です。最前線で何が起きているかをリアルに認識することが大事なのは当たり前です。それと現場の思いに引きずられて決断ができないことはまったく違う』、現場出身の「日本の経営者」が・・・「現場迎合主義」に陥ってしまうのは、必然でもあるが、より高いリターンを要求する機関投資家の姿勢がまだ弱いことも一因だろう。
・『「一億総玉砕」しないために  冨山 たとえば戦場を見に行って、海戦の状況を確認して、飛行機を導入すれば勝てると考えるのは現場主義です。一方で長年苦労している水夫さん、一生懸命に機銃操作している兵士の気持ちになって作戦を継続するのが現場迎合主義です。これは本当の現場主義ではありません。「現場主義」と「現場迎合主義」を混同している経営者が日本的大企業には、やたらと多いんですよ。 小野 終身雇用と年功序列を前提にすると、経営者は現場にいるひとの人生を背負っている気分になりますよね。現場迎合主義では、その瞬間はいい上司のようにふるまえるかもしれませんが、長期的には雇用を守ることはできません。 冨山 ずっと苦労して頑張っていることを知っているわけですから尚更なんでしょうね。現場の人たちの貢献で日露戦争に勝った、現場の人たちのおかげで高度成長に貢献した……。その思いはわかりますよ。成功体験があるので、それを支えた現場の気持ちに寄り添ってしまう。ただ、ビジネスという戦争の現実はもっと厳しい。そういう現場の情念を合理が超えていくのです。 中途半端に現場の情念に寄り添うと悲劇が起こります。だから、戦局が変われば水兵さんたちを船から降ろしてあげればいいわけでしょう。やる気と能力がある人には、パイロットになれよって言ってあげればいいわけです。 いま多くの日本企業がこうした課題に直面しているわけですが、まだおカネに余裕がある段階で早く組織転換をしたほうがいいと思います。改革しようとすると、その瞬間はすごく現場にストレスがかかります。しかし、それを恐れていては手遅れになってしまうのだから、タイミングは早ければ早いほうがいい。心を鬼にして、むしろ早すぎるくらいのタイミングで転換を図れるようなリーダーじゃないと、結果的により多くの人を失業に追い込んでしまう。最後は絶対に一億総玉砕になりますから。 実は日本企業はそんな一億億総玉砕を何度も繰り返しているんです。「半導体玉砕」、「液晶玉砕」、「テレビ玉砕」……。さすがに、これ以上は無理でしょう。 小野 確かにそうですね。例えば東芝は半導体と原子力で玉砕しています。日立が、必死になるのは当然とも言えます』、「「現場主義」と「現場迎合主義」を混同している経営者が日本的大企業には、やたらと多い」、「心を鬼にして、むしろ早すぎるくらいのタイミングで転換を図れるようなリーダーじゃないと、結果的により多くの人を失業に追い込んでしまう。最後は絶対に一億総玉砕になりますから。 実は日本企業はそんな一億億総玉砕を何度も繰り返しているんです」、同感だ。
・『「本当の学力」が評価されないニッポン  冨山 リーダーシップのモデルが、高度成長期からガラリと変わっているんです。いまは大きな変革期ですから、リーダーは「自分が言ったこと」を「やってもらわない」といけない。つまり、いまのリーダーは社員への影響力が重要なんです。 しかも、人事権を振りかざす、いわゆる「ハードパワー」だけでは組織は動きません。ソフトパワーとしての人望や人間性もまたとても大切です。そのソフトパワー的なものと、合理性をどう両立させるかがポイントです。 リーダーは必要な時は合理的で冷徹な決断をできなければいけない。ただ、人望がないと「この野郎!」って恨まれて、本能寺の変で暗殺されちゃう。だから、人望も必要です。この両立ができないといまの時代のリーダー務まらない。要は組織の中でリーダーをどう育成するか、どう選ぶかが重要になってくるわけです。 小野 リーダーの育成は、高等教育とセットで考える必要がありますよね。現状では「学歴主義」というより「学校名主義」になっています。 冨山 そうですね。合格歴ですよね。濁点が違っています。「高学歴」じゃなくて「合格歴主義」(笑)。 小野 社会学者の小熊英二さんは『日本社会のしくみ』という本の中で、学歴について非常に興味深い指摘をしています。いわく、日本的経営は「学歴抑制効果」が働いている、と。 本来なら高学歴といえば、博士号や修士号を取得していることです。日本の場合、特に文系だと修士号や博士号を取得していると、逆に出世できなくなるケースすらある。ムラ社会だと修士号や博士号を持っていると「異端」に位置づけられて、「本流」から外されてしまうわけです。 欧米の場合、経営者を目指す人には必要な学位を求めますよね。修士号とか博士号です。そこで培われた知識やスキルが、仕事に必要だと考えられているからです。東大卒や京大卒という学校歴、合格歴が求められることはありません。 一方で、日本の終身雇用、年功序列だと、まずはムラ社会のメンバーに入ることが重要。経営陣を目指す人も、みな現場のオペレーショナルな業務から入って、少しずつステップアップしていくしか道がない』、「日本的経営は「学歴抑制効果」が働いている」、言い得て妙だ。
・『早慶卒、体育会系出身が「最強」という現実  小野 日本企業で求められるのは潜在力を担保する有名大学の合格歴になるわけです。余計な知的な能力は必要ない。ムラの中で必要な知識や掟は、ムラに入ってから叩き込んでやるというわけです(笑)。 だから今のムラから別のムラに移る転職も難しく、会社が傾くと総玉砕に向かってしまうのではないでしょうか。 冨山 そうですね。この話は結局、全部つながっていますよ。産業の構造が比較的固定的で、オペレーションの優劣で業績の優劣が決まる時はそれで良かった。極論を言えば、一つの工場の中で、ずっとその仕事のオペレーションを高度化して合理化していくことが企業全体の競争力に直結していたわけです。一本のネジの完成度を高め、作業工程を一つずつ見直して合理化することが大切だったのです。 ただ、いまは産業構造がガラガラ変わる、競争構造もガラガラ変わる。要するに産業や社会がダイナミックに変化するようになればなるほど、特定の業務の中で作られるノウハウはすぐ陳腐化するのです。 日本の歴史を振り返ると、様々な組織の中で似たようなことが起こりやすい。 たとえば軍です。日本の軍隊というのは非常にスペシャリスト化、専門家していますが、わりと初期の段階ではみなジェネラリストで、何でも屋さんだったんです。まだ明治維新の名残があった明治期は特にそうでした。それが、どんどん機能特化していき、機能特化で技能を磨いていく人たちがそのまま偉くなっちゃう。そういう仕組みを日本人は作りやすい。 大学ということでいえば、典型的に就職に強かったのは体育会でしょ。早稲田、慶応に入れるだけの能力がありました。その上、「ラグビー部です」「野球部です」と言えば、日本的経営の企業であればどこでも内定がもらえるわけです。要するに地頭いい、体力がある、これが要件。それに加えて、上下の秩序にちゃんと従って行動できる。最高じゃないですか。オペレーショナルな業務を磨く、ムラ社会の一員としては……ということになるわけです。 小野 有名大学の体育会系の人材は、終身雇用、年功序列のムラ社会に、もっとも都合の良い人材と認められるわけですね。 冨山 そういう人材の良さをすべて否定するわけではありませんが、そういう人材有名大学の体育会系の人材は、終身雇用、年功序列のムラ社会に、もっとも都合の良い人材と認められるわけですね。 冨山 そういう人材の良さをすべて否定するわけではありませんが、そういう人材だけで構成されている組織は極めて脆いですよ。ちょうど平成に入ったころに、ベルリンの壁が壊れ、完全なグローバルな世界に突入しました。インターネットの普及で、デジタル革命も始まって、産業の変化のスピードが爆発的に変化した。オペレーショナルな業務を磨くだけのムラ社会型の会社では、変化に対応できなくなったのです』、「有名大学の体育会系の人材・・・そういう人材だけで構成されている組織は極めて脆いですよ」、「インターネットの普及で、デジタル革命も始まって、産業の変化のスピードが爆発的に変化した。オペレーショナルな業務を磨くだけのムラ社会型の会社では、変化に対応できなくなった」、その通りだ。
・『国際的に驚くほど「低学歴」な日本企業の経営陣たち  冨山 有名企業の経営者など経済界の人たちが集まる宴会で、大学時代の話になると、みな不思議なくらい自分がいかに勉強をしなかったかという自慢話になるわけです(笑)。俺は大学に行かずに麻雀ばかりやっていかとか、運動しかしていなかったとか、みな滔々と語るわけです。それでいて「最近の若い連中は、勉強していない」とか上から目線で言うから意味不明です(笑)。 ただ、そういう人材育成モデルがある段階まで機能して、実際に有名企業の経営陣まで登れたので成功モデルになってしまったのでしょうね。 残念ながら、日本社会の構造がこうした変化に対応できない経営者を生み出したといえるでしょう。なので、日本の政治家も官僚も経済人も、国際的にみると驚くほど低学歴になったしまったわけです。 小野 学力のピークが有名大学に合格した18歳というような人たちが、日本の政治や経済をリードしているわけですね(笑)。 冨山 いろんな組み換えや変化が起きる時、大事なことはものごとの中で何が一般、普遍的原理原則を持つか、何が普遍性を持たないかを区別することなのです。これがちゃんと自分の頭の中で整理できないと、急激な変化に対応できません。 つまり、自分が積み上げてきた個別的な体験だけで経営のかじ取りをしようとすると失敗します。少なくとも自分の経験の中で、普遍的に通用するものと通用しないものぐらいは仕分けできないと経営者失格です。 飛行機の性能にたとえれば、早く飛びたいのか、それともクルクルと回るのがいいのか。それともパイロットの命を守ることが最優先なのか。それを判断できないといけません。つまり、物事を一般化、抽象化して普遍の原理原則から演繹する思考法が、訓練されてないと、変化に対応できません。だからこそ、高い学歴が価値を持つのです。18歳の時に答えを丸暗記して対応できる試験に合格した、そのアプローチだけでは通用しなくなっている。高校までは、それでいいんです。日本は、そこまではむしろ教育がうまく機能している。 問題は、大学からです。一般原理原則から、新しく発生したできごとを演繹して考える。あるいは、いろいろな物事を組み合わせて創造する。そういう思考訓練をきちんとできないといけない。いま危ないと思うのは、そういう思考力を評価する仕組みが日本社会全体にないことです』、「一般原理原則から、新しく発生したできごとを演繹して考える。あるいは、いろいろな物事を組み合わせて創造する。そういう思考訓練をきちんとできないといけない。いま危ないと思うのは、そういう思考力を評価する仕組みが日本社会全体にないことです」、同感である。
・『「徹夜で麻雀できる人」が出世する社会  小野 実際に某メガバンクで、土日に頑張って論文を書いて博士号を取得して、そのことを人事部に報告した直後から昇進が止まったという話を聞いたことがあります(笑)。 冨山 結局、自分の頭で考える人はめんどくさい、と思われているんですよ。部下として使いにくい、と。 変化の時代に対応するために思考力を評価して、エリートを選抜しようとすると、それに見合った学力を付けなければいけない。これが、年功序列の仕組みと矛盾するわけです。 これまでの日本型経営のモデルでは、みんな一緒に横一線で競争する建前になっています。少なくとも正社員は、組織内の階級的格差なしで競争して、ちょっとした差でだんだん選抜をしていくのが、基本です。これが、組織全体のモチベーション維持にもうまく作用していた。 こうした組織に、高学歴の人が活躍できる舞台をつくるのは難しい。だから、だいたいアメリカの大学院で学んだことなんて、すべて捨てろ、忘れろ、経営陣から言われるわけです。それで徹夜で麻雀に付き合えと。そうしないと本当に出世できなかったわけです(笑)。(この後の、小野一起氏による『よこどり 小説メガバンク人事抗争』のPRは省略)』、「某メガバンクで、土日に頑張って論文を書いて博士号を取得して、そのことを人事部に報告した直後から昇進が止まったという話を聞いたことがあります」、大いにありそうな話だ。「アメリカの大学院で学んだことなんて、すべて捨てろ、忘れろ、経営陣から言われるわけです。それで徹夜で麻雀に付き合えと。そうしないと本当に出世できなかったわけです」、なんとも無駄な出世競争を繰り広げさせられたものだ。

第二に、7月22日付けNewsweek日本版が掲載した経済評論家の加谷珪一氏による「コロナ危機を乗り切れる? 日本企業の成長を妨げる「7大問題」とは」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/07/post-94021_1.php
・『<日本企業が何年も放置してきた課題がコロナ禍で顕在化──今こそ生産性向上と復活を果たすべきときだ。本誌「コロナで変わる 日本的経営」特集より> ※日本的経営の7つの課題を指摘する加谷珪一氏によるコラムを2回に分けて掲載します。 新型コロナウイルス危機は、いわゆる日本的経営が抱える問題点を浮き彫りにした。バブル崩壊以降、30年にわたって世界で日本だけが成長から取り残されてしまったが、最大の理由は、安価な工業製品を大量生産する昭和型モデルから脱却できず、ビジネスのIT化やオープン化といったパラダイムシフトに対応できなかったことにある。 ペストやスペイン風邪の歴史からも分かるように、感染症の流行は変化のスピードを加速させる作用を持っており、コロナ危機によって、10年かかると思われていた変化が3~4年で実現する可能性も指摘されている。このタイミングで日本が変われなければ、諸外国との格差は致命的なものとなるだろう。 日本の労働生産性は先進諸外国の中では常に最下位だったが、特にその差が顕著になったのは90年代以降のことである。この時代は全世界的に産業のIT化が本格化するとともに、中国をはじめとする新興国への製造業シフトが一気に進んだ。ところが日本は一連の変化にうまく対応できず、諸外国との格差を広げてしまった。 コロナ危機をきっかけに、日本の企業社会には変化が求められているが、一斉出社や長時間残業、ハンコに代表されるIT化の遅れ、過当競争など、議論されているテーマのほとんどは、変化の必要性が叫ばれていたものばかりである。以下では日本企業が乗り越えるべき課題について主に7つの観点から議論していく』、「感染症の流行は変化のスピードを加速させる作用を持っており、コロナ危機によって、10年かかると思われていた変化が3~4年で実現する可能性も指摘」、興味深そうだ。
・『1. 需要変化への対応  新型コロナウイルスをきっかけとした「新しい生活」によって消費者の行動変化が予想されており、多くの業界においてビジネスモデルの転換が必須となっている。外食産業では店内のレイアウトを変更したり、店舗網を縮小するといった動きが活発になっているが、一連の変化は基本的に売上高の減少を伴う。最終的に高付加価値モデルにシフトできなければ、新しい時代を生き抜くことはできないだろう。 日本の外食産業は市場規模に対して店舗が過剰となっており、過当競争に陥っていると指摘されてきた。日本人の実質賃金が下がっていることから、値下げ競争が常態化しており、これが企業の低収益と従業員の過重労働の原因となっている。外食産業に限らず、過当競争からの脱却は時代の必然であり、コロナはきっかけにすぎないと解釈すべきだ』、「外食産業に限らず、過当競争からの脱却は時代の必然であり、コロナはきっかけにすぎないと解釈すべきだ」、そうなればいいが、筆者の願望に過ぎない可能性もある。
・『2. デジタルシフト  需要変化の多くはデジタルシフトを伴う。外食産業は店舗網の縮小と同時にデリバリーシフトが進んでいるが、この動きはコロナ前から顕著であった。アメリカでは数年前から外食のデリバリー化が進み、レストランの廃業が相次いだが、背景となっているのは業務のIT化である。 スマートフォンが普及したことで業務のIT化とパーソナル化が加速。皆で連れ立ってランチやディナーに行く回数が減ったことがデリバリーの利用を後押しした。つまり、デリバリーシフトは構造的なものであり、コロナ危機が終息すれば元に戻るという話ではないのだ。 日本企業におけるハンコ文化が無意味であることは、以前から指摘されてきたが、テレワークの拡大によってようやくその弊害の大きさが認知されるようになった。先進諸外国と比較して日本企業のIT化が遅れているのは事実であり、コロナはこれを変えるきっかけとなるだろう』、「デリバリーシフトは構造的なもの」は確かだろう。「ハンコ文化・・・テレワークの拡大によってようやくその弊害の大きさが認知されるようになった」、「ハンコ文化」がこれを機に変われば望ましいことだ。
・『3. ムラ社会的組織の終焉  IT化が進んだ企業の業務プロセスと、ムラ社会的な組織運営は相性が悪い。日本企業はチーム全員が一斉に出社し、お互いの様子を見ながら「あうん」の呼吸で業務を進めるという組織文化だった。責任の所在を事前に明確化する必要がなく、突発的な事態にも対応できるというメリットがあるが、こうした曖昧な業務プロセスはITシステムに移管しにくい。日本企業がIT化を進められないことには、こうした組織文化が深く関係している。 ムラ社会的な組織を維持するためには同質性が強く求められるので、メンバーも画一化する必要がある。新卒一括採用や年功序列といった日本型雇用はその結果として生まれたものと見なせるし、逆に日本型雇用が一連の硬直化した組織の原因と考えることも可能だ。 日本企業は1970年代以降、ひたすら管理職比率を増大させてきたが、管理職が肥大化した組織がうまく機能しないのは自明の理である。日本の企業社会には、会社に勤務していながら実質的に仕事がないという、いわゆる社内失業者が400万人も存在しているが、コロナによるテレワークへのシフトは、実質的に仕事をしていない社員をあぶり出す結果となってしまった』、「IT化が進んだ企業の業務プロセスと、ムラ社会的な組織運営は相性が悪い」、「コロナによるテレワークへのシフトは、実質的に仕事をしていない社員をあぶり出す結果となってしまった」、その通りなのかも知れない。
・『4. 下請けと中抜き  企業の組織形態と産業構造には密接な関係があり、ムラ社会的な組織運営を行う企業が多いと、産業全体の合理化も進まない。統計の取り方にもよるが、日本における人口当たりの企業数はアメリカよりも多く、全体的に経営規模が小さいという特徴が見られる。中小企業が多いのはドイツも同じだが、問題なのは日本の中小企業の収益性が著しく低いことである。 重層的な下請け構造や薄利多売のビジネスモデル、IT化の遅れなど複数の要因が考えられるが、最も影響が大きいのは下請け構造による中抜きだろう。 各種給付金などコロナ対策の政府事業を受託した組織が、外部企業に業務を丸投げするという「再委託」が問題となっているが、政府案件に限らず、日本の産業界にはこうした丸投げと中抜きという商習慣が蔓延している。中抜きされる企業が生み出す付加価値は低く、当然、そこで働く従業員の賃金は安くならざるを得ない。本来であれば、その労働力は別の生産に投入されるべきものであり、日本全体のGDPにもマイナスの影響を与えている』、ただ、「下請けと中抜き」がこれまで存続したのには、相応の理由があった筈で、それがどう変わるかを見る必要がありそうだ。

第三に、この続きを、7月23日付けNewsweek日本版「日本的経営の「永遠の課題」を克服すれば、経済復活への道が開ける」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2020/07/post-94026_1.php
・『<日本企業が克服すべき課題、そしてその先にある日本経済の復活への道筋とは。本誌「コロナで変わる 日本的経営」特集より> 
・『5. 不十分な設備投資  一連の非効率な産業構造は生産性を引き下げ、最終的にはマクロ経済の成長鈍化という形で顕在化してくる。過去20年で日本の名目GDPは約6%しか増えていないが、GDPの2割を占める政府支出は約30%も増加するなど税金からの支出に依存する状況が続く。本来は企業の設備投資が経済を牽引し、消費を伸ばしていく必要があるが、企業の設備投資が成長に結び付いていない。 日本の輸出がGDPに占める割合はドイツと比べると圧倒的に低く、日本はもはや輸出立国ではない。だが産業構造は輸出主導型のままであり、国内需要を拡大させるための設備投資が十分に行われているとは言い難い。 国内向けの設備投資が不十分というのは企業の側にも自覚があるようで、あえて投資を絞っていると考えられる。その証拠に、実質金利の低下を通じて設備投資を増やす政策だった量的緩和策に対して企業は全く無反応であった。設備投資を有効活用するためには、産業構造の転換が不可欠であり、企業自身の体質転換が進まなければ、投資を増やすことはできない』、安部政権は企業減税をしたが、それは「設備投資」増加につながらず、内部留保の増加だけに終わったようだ。
・『6. サプライチェーンの縮小  産業の合理化が進み、企業の生産性が高まると、同じ付加価値を得るために必要な労働者数が減少する。余剰となった労働力を新しい製品やサービスの生産に振り向ければGDPの絶対値を増やすことができる。 今回のコロナ危機では、各企業のサプライチェーンが寸断され、一部では物資の調達が滞るという事態が発生した。企業は拡大したサプライチェーンの縮小を検討しており、一部製品の製造を国内に回帰させる可能性がある。国内で生産するには追加の労働力が必要となり、高いコストを負担するためには消費者の購買力を増やさなければならない(つまり賃金上昇)。産業合理化による労働力の捻出と賃金上昇を実現できなければ、国内回帰は机上の空論となってしまうだろう』、「サプライチェーン」の再編は、かなり時間をかけて行われる可能性がある。
・『7. 「異常な」住宅政策  コロナ後の社会はサプライチェーンが縮小し、全世界的に地産地消化が進むと考えられる。こうした時代において持続的な成長を実現するには、日本国内で製品やサービスを開発し、日本人自身の需要でこれらを消費するという内需型経済への転換が必須となる。 内需経済のカギを握るのは住宅の整備であり、内需経済が活発な国はほぼ例外なく住宅政策が充実している。日本はこれまで建設業界などからの強い要望もあり、新築物件の建設を最優先する政策を続けてきた。このため安価で粗悪な新築物件が大量供給され、造っては壊すという資源の浪費を繰り返す結果となった。日本は本格的な人口減少が始まっているにもかかわらず、流通する住宅の8割以上が新築物件という異常な市場環境である。 在宅勤務するビジネスパーソンが増えたことから、住環境の問題が改めて認識されているが、家の環境というのは政策でいくらでも変えることができる。内需で経済を回すためには、良質な中古住宅の流通を増やすと同時に、一生涯賃貸でも問題のないよう、都市部を中心に優良賃貸物件の整備を積極的に進める必要があるだろう』、「日本はこれまで建設業界などからの強い要望もあり、新築物件の建設を最優先する政策を続けてきた。このため安価で粗悪な新築物件が大量供給され、造っては壊すという資源の浪費を繰り返す結果となった」、「新築物件の建設を最優先」は必ずしも「建設業界などからの強い要望」に基づいたものではなく、「建設業界」にとっても儲かる筈だったからだ。「良質な中古住宅の流通を増やす」、「優良賃貸物件の整備を積極的に進める」、などは放っておいても、業界自らが取り組むだろう。
・『一連の課題が解決されれば、日本経済はどのような姿になるのか。組織の合理化やIT化が進めば、企業の生産性が向上するので、より少ない社員数で同じ付加価値を得られる。人員の再配置は必要だろうが、余剰となった社員が新しい製品やサービスの生産に従事することで付加価値の絶対額が増え、最終的には賃金の上昇につながる。これは実質GDPの増大を伴う賃金上昇なので、労働者の購買力を拡大させる結果となるだろう(つまり生活が豊かになる)。 企業における社員の評価も労働時間ではなく成果が基準となるので、社員が提供した職務に対して対価を支払うという、いわゆるジョブ型の組織形態へシフトする。採用された時期や採用形態によって、同じ職務でも賃金が異なるというアンフェアな状況は改善される可能性が高い。組織に忠誠を示す必要がなくなるので、強制転勤や単身赴任といった慣習も消滅するだろう。 生活にゆとりが生じ、家にいる時間も相対的に長くなるため、自分と向き合う時間や家族との時間が増える。結果として住設機器や家具、家庭用品、趣味、デジタルコンテンツといった消費が拡大し、これが新しい時代における成長の原動力となる。 もっともジョブ型の組織形態は、終身雇用、年功序列、新卒一括採用に代表される、いわゆる日本型雇用制度とは相いれない。ジョブ型の組織形態に移行するということは、日本型雇用との決別を意味していると考えるべきだろう。 一部の人は不安に思うかもしれないが、従来は一つの会社にしがみつくしか人生の選択肢がなく、こうした硬直的な制度の存在がプライベートな生活を犠牲にし、豊かな消費社会の形成を阻害してきた。一定のスキルさえ身に付ければ、自身のライフスタイルに合わせていくらでも勤務先を変えられるほうが、総合的な満足度は高いのではないだろうか。 今、日本が向かおうとしている新しい社会は、いわゆるグローバルスタンダードそのものである。日本では英語を話したり、外国で活躍することをグローバルスタンダードと見なす雰囲気があるが、それはグローバル社会のごく一面を切り取ったものにすぎない。長時間労働しなくても一定の賃金を稼ぐことができ、相応の豊かな生活を送れることこそが、本当の意味でのグローバルスタンダードであり、これは決して特別なことではないのだ』、「ジョブ型の組織形態に移行」、は時代の流れなのだろうが、日本の労働組合が弱すぎ、チェック役を果たせるのか、いささか心もとないのが心配だ。
タグ:対談 現代ビジネス 冨山 和彦 Newsweek日本版 加谷珪一 日本型経営・組織の問題点 (その10)(日本企業で出世する人たち じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!、コロナ危機を乗り切れる? 日本企業の成長を妨げる「7大問題」とは、日本的経営の「永遠の課題」を克服すれば 経済復活への道が開ける) 小野 一起 「日本企業で出世する人たち、じつは「超低学歴」ばかりになっていた…!」 日本企業に蔓延する「偉い人たちのおかしさ」 「時代劇化」した日本企業 社長が「次の社長」を決めるというムラ社 社長が次の社長を決めるというムラ社会の掟の心臓部を変える改革です。ただ、こうした制度を入れている大企業は、まだ少数ですね 日本のリーダーが「おかしな」理由 「現場迎合主義」に陥ってしまう 「一億総玉砕」しないために 日本企業はそんな一億億総玉砕を何度も繰り返しているんです。「半導体玉砕」、「液晶玉砕」、「テレビ玉砕」 「現場主義」と「現場迎合主義」を混同している経営者が日本的大企業には、やたらと多い 心を鬼にして、むしろ早すぎるくらいのタイミングで転換を図れるようなリーダーじゃないと、結果的により多くの人を失業に追い込んでしまう。最後は絶対に一億総玉砕になりますから 「本当の学力」が評価されないニッポン 日本的経営は「学歴抑制効果」が働いている 早慶卒、体育会系出身が「最強」という現実 インターネットの普及で、デジタル革命も始まって、産業の変化のスピードが爆発的に変化した。オペレーショナルな業務を磨くだけのムラ社会型の会社では、変化に対応できなくなった 国際的に驚くほど「低学歴」な日本企業の経営陣たち 一般原理原則から、新しく発生したできごとを演繹して考える。あるいは、いろいろな物事を組み合わせて創造する。そういう思考訓練をきちんとできないといけない。いま危ないと思うのは、そういう思考力を評価する仕組みが日本社会全体にないことです 「徹夜で麻雀できる人」が出世する社会 アメリカの大学院で学んだことなんて、すべて捨てろ、忘れろ、経営陣から言われるわけです。それで徹夜で麻雀に付き合えと。そうしないと本当に出世できなかったわけです 「コロナ危機を乗り切れる? 日本企業の成長を妨げる「7大問題」とは」 感染症の流行は変化のスピードを加速させる作用を持っており、コロナ危機によって、10年かかると思われていた変化が3~4年で実現する可能性も指摘 1. 需要変化への対応 2. デジタルシフト 3. ムラ社会的組織の終焉 4. 下請けと中抜き 「日本的経営の「永遠の課題」を克服すれば、経済復活への道が開ける」 5. 不十分な設備投資 6. サプライチェーンの縮小 7. 「異常な」住宅政策 ジョブ型の組織形態に移行 日本の労働組合が弱すぎ、チェック役を果たせるのか、いささか心もとないのが心配だ
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