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安倍政権の教育改革(その12)(茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇、共通テスト 検討会議の英語の専門家はたった1人 テスト開発の専門家集団の組織化が不可欠〈AERA〉、「本が読めない人」を育てる日本 2022年度から始まる衝撃の国語教育) [国内政治]

安倍政権の教育改革については、昨年12月21日に取上げた。今日は、(その12)(茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇、共通テスト 検討会議の英語の専門家はたった1人 テスト開発の専門家集団の組織化が不可欠〈AERA〉、「本が読めない人」を育てる日本 2022年度から始まる衝撃の国語教育)である。

先ずは、本年2月10日付け日刊ゲンダイが掲載したソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員の茂木健一郎氏による「茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/268715
・『英語民間試験や記述式問題の導入が頓挫し、大学入試改革に赤信号がともっている。安倍政権が進める教育再生の先には、どんな社会が待っているのか――。世界の教育事情を知る脳科学者の茂木健一郎氏(57)が小手先の教育改革をぶった斬る(Qは聞き手の質問、Aは茂木氏の回答)』、「茂木氏」はどんな形で「ぶった斬る」のだろう。
・『生ぬるく甘ったるい“個性重視”  Q:大学入試改革の迷走をどう見ていますか。 A:今回の政府の入試改革案は、日本の将来を託す子供たちを育てるという意味においては、まったく話になりません。あんな小手先の改革で済むと思っている時点で、文科省には当事者能力がないんだなと強く感じました。例えば、導入が見送られた記述式問題。受験生は10枚、100枚とたっぷり記述し、採点する教師の側も自らの価値観が表に出る。主観と主観のぶつかり合いが記述式です。入試改革では、ちょっと書かせて「記述式」だと称しているだけ。大学も選考に対する自信や眼力がないのでしょう。とても根は深い。 Q:小手先の改革は安倍政権らしい。理念や哲学がない。 A:安倍首相の最大の特徴は縁故主義。これが最も残念なところです。お仲間優先が強すぎて、日本国内のベスト・アンド・ブライテストを集めていない気がします。必ずしも安倍首相の思想に共感しない人や考え方が違う人も、オールジャパンやワンチームで教育改革をするという雰囲気があれば、世界的な水準と比べてもう少しマトモな教育改革ができているはず。世界の教育についての知識や洞察力のない方々が政策を担っているのは、非常に悲劇的なことです。 Q:世界の教育はどう違うのでしょう。 A:僕は象徴的に「ハーバード大学はFランクの大学だ」と言っています。偏差値で見れば、低い人でも入れるし、高いから必ず入れるわけでもない。この学生を入学させたらハーバードが発展するのかどうか、必死になって個性を見極める。そういう入試を実践しています』、「安倍首相の」「縁故主義」で、「世界の教育についての知識や洞察力のない方々が政策を担っているのは、非常に悲劇的なことです」、手厳しい批判だ。
・『Q:ハーバードはどういう学生が欲しいのですか。  A:選考プロセスが公開されていませんが、情報はある。例えば、理想的な志願者の一例として、ゴツゴツした路面で一輪車に乗る競技を自分で思いついて、小学校の時からずーっとその記録を取っている。“ゴツゴツ一輪車乗り”の記録の履歴を示して、「年齢を重ねるに連れてこんなに伸びました」というリポートを書いてくるような学生をハーバード大学は欲しい。自分で開発しちゃうような学生です。だけど、次の年、ゴツゴツ一輪車乗りをやって合格するかというと、もう駄目なんだよね。 Q:とても難しい選考方法ですね。 A:日本は戦国時代、それをやっていた。織田、豊臣、徳川。誰についていくべきか。自分の出世どころか、一族郎党の命が決まってしまうわけですから、必死になって、個性を見極めていたのです。  Q:安倍政権の教育改革も個性重視をうたっている。 A:日本でいう個性はほんとに生ぬるいというか、甘ったるいというか、人間の存在の幅が狭すぎる。狭い幅の中で、「あの子は思いやりがあって、やさしい子だ」「やる気があって目が輝いている」みたいなレベルで言っている。そんなもの何の役にも立たないですよね。 Q:英語、国数記述式の民間導入は頓挫しましたが、民間の「eポートフォリオ」導入が検討されています。高校生活全期間の活動を記録させ、入試の評価につなげるという構想です。 A:終わってますね。eポートフォリオでボランティア活動などを点数化するなんてくだらない。eポートフォリオに書けるようなものは個性じゃない。標準化というものが根本的に違うんですよ。原則自由で標準化しないというのが多様性を担保するのには大事なことなのです』、「eポートフォリオでボランティア活動などを点数化するなんてくだらない。eポートフォリオに書けるようなものは個性じゃない。標準化というものが根本的に違うんですよ。原則自由で標準化しないというのが多様性を担保するのには大事なことなのです」、こんな問題だらけの「改革」を検討しているとは、飛んでもないことだ。
・『若者のリアリズムに希望  Q:若者と話す機会が多いようですね。 A:今は、子供から学ぶ時代ですね。中高生としゃべっていると、アニメやゲームは彼らの方がはるかに進んでいるので、常識が通用しないんですよ。大人たちが持っている価値のヒエラルキーとは全く違うところで子供たちのリアリティーがある。しかも、アニメとか漫画はグローバルにつながっているから、グローバルカルチャー。日本は、アニメや漫画のコンテンツを作る力は、中国などに比べてまだまだ強い。子供たちの世代は日本も期待できるところがあると思う。でも、大人がクールジャパンとか言い出すと、結局ムダ金を使って、台無しにしてしまう。 Q:若者は大人をどう見ているのですか。 A:中央省庁がシュレッダーで公文書を破棄したと言っているような国です。政治家など偉そうにして大人たちは威張っているけど、どうせ次の世代は自分たちの持ってるリアリティーが世界の中心になるということを知っている。無駄な軋轢を起こさないというのが若い世代の特徴である気がします。そういう子供たちを拾えるような体制になっていたら、日本はもう少し発展する機会が増えるんじゃないかと思う。 Q:“古い大人”は何も言わない方がいいですね。 A:日本の課題や、やるべきことをリアルに見る時代が来ていると思う。明治維新はよかったと言っているフェーズは終わった感じがします。リアリズムから見たら、日本の教育、高齢化、少子化対策は待ったなしです。少子化対策について、諸外国を見ると、古い家族制度にこだわっていると、子供は増えないというのがほぼエビデンスで示されている。一部の方が夫婦別姓に反対したり、従来からの家族観に固執して家族を限定的にとらえるのは、もはやファンタジーなんでしょう。リアリズムで、いかにシングルマザーの人を支えるかとか、いろいろな家族形態を認めるか考えた方がいいですよ』、「日本は、アニメや漫画のコンテンツを作る力は、中国などに比べてまだまだ強い。子供たちの世代は日本も期待できるところがあると思う。でも、大人がクールジャパンとか言い出すと、結局ムダ金を使って、台無しにしてしまう」、「クールジャパン」のような税金の無駄遣いは止めるべきだ。「明治維新はよかったと言っているフェーズは終わった感じがします。リアリズムから見たら、日本の教育、高齢化、少子化対策は待ったなしです。少子化対策について、諸外国を見ると、古い家族制度にこだわっていると、子供は増えないというのがほぼエビデンスで示されている・・・いろいろな家族形態を認めるか考えた方がいい」、同感である。
・『いろいろな出会いの組み合わせが天才を生む  Q:外国ではリアリズムで語られているのですか。 A:ある有名な文化人がゲイカップルに育てられた。お父さんが2人。米国でも収入の男女格差があるので、父―母より、父―父の世帯の方が所得が高くなり、有利だという議論があります。父―母がいて家族だというのがファンタジーだとしたら、ゲイカップルの方が経済的に実は有利だというのがリアリズムの議論です。日本で、そういう議論は一部ではあるのでしょうが、永田町や特に自民党では全く行われていないように思う。その辺が時代に合わなくなっている気がします。政権交代の可能性が常にあるという状況でなければ、政治家は堕落するし、油断する。仲間内でいろいろやろうとしちゃうんじゃないですか。それでいいと思っている日本人は大丈夫なのかというのが実感です。 Q:天才を誕生させるのは、後天的に教育で脳を発達させることが重要なのか、それとも遺伝的な要素で先天的に決まってしまうのか。脳科学の観点からどうですか。) 天才は遺伝しない。アインシュタインの息子も研究者になりましたが、「ウィキペディア」には、要するに「いい人だった」と書いてある。モーツァルトの息子も2世として売ろうとしたが、ダメだった。逆に、アインシュタインのお父さんは平凡な人だったし、モーツァルトのお父さんも普通の音楽教師。天才は凡人から生まれ、子供をまた凡人に変える。IQ(知能指数)は50%、身長は70%遺伝しますが、天才は遺伝しないのです。個人の資質と時代が出会った時に、天才という事象が生まれる。偏差値で輪切りにして、この大学に行きなさいみたいなやり方が一番最悪です。現状の日本は、成績がいい人が東大に行くとか、行き先が狭く定まっている。こういう融通のない社会は、いろいろな出会いの組み合わせが起こらない。いろいろな人が、いろいろなことを試すことができるというのは、結局、組み合わせを通しての天才が誕生するきっかけになっていくんだろうと思います。だからハーバード大学は、勉強のできない子も入学させるんですよ。ペーパーテストができない人もいるから、多様な出会いができて、いろいろと試すきっかけになるのです』、「天才は遺伝しないのです。個人の資質と時代が出会った時に、天才という事象が生まれる」、「偏差値で輪切りにして、この大学に行きなさいみたいなやり方が一番最悪です。現状の日本は、成績がいい人が東大に行くとか、行き先が狭く定まっている。こういう融通のない社会は、いろいろな出会いの組み合わせが起こらない。いろいろな人が、いろいろなことを試すことができるというのは、結局、組み合わせを通しての天才が誕生するきっかけになっていくんだろうと思います」、「いろいろな人が、いろいろなことを試すことができる」ような柔軟な社会を作り上げてゆくことが、「天才が誕生するきっかけに」もなってゆくようだ。

次に、3月18日付けAERAdot「共通テスト、検討会議の英語の専門家はたった1人 テスト開発の専門家集団の組織化が不可欠〈AERA〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/aera/2020031700058.html?page=1
・『来年1月から実施される大学入学共通テストでは、「英語民間試験」「国語・数学の記述式問題」の2本柱の導入が昨年土壇場になって見送られた。今後の新テストのあり方を議論する検討会議が今年1月から1年間の予定で始まったが、18人の委員のうち英語の専門家はただひとり。日本言語テスト学会会長を務める、上智大学の渡部良典教授(外国語教育)だ。第4回の検討会議が19日に開かれるのを前に、専門家として共通テストの英語についてどう考えているかを聞いた。 「大学入試のあり方に関する検討会議」では、最初に二つのことを伝えました。第一に、入試に英語の4技能試験を導入することと民間試験を活用することはイコールではないこと。第二に、テストには大きく分けて2種類あることです。将来の課題に対処する能力を測る「熟達度テスト」と、学んだことがどれだけ身についているかを測る「到達度テスト」です。前者が将来を見据えたテストなのに対し、後者は過去を見るテストです。例えば民間試験のうち、TOEFL iBTやIELTSなど留学のためのテストは熟達度テストで、英検やGTECなどは到達度テストです。同じ民間試験でも意味が全く違うのに、大学入学共通テストではこれらが区別されることなく一緒に導入されようとしていました。専門の立場から見ると、テスト研究の基本的な知識が欠如していると言わざるを得ません。 私が会長を務める日本言語テスト学会では2017年1月、共通テストへの民間試験導入の方針が打ち出されて間もない時期に提言書を日本語と英語で公にしました。当時の文部科学大臣にも提出しました。地域・経済格差など想定される課題の提示に加え、学会として専門的な見地から協力する旨も伝えました。ところが、文部科学省からはなんの反応もなく、実施に向けどんどん進み、結局、昨年11月の見送りの騒ぎです。 提言には「テストを変えるだけでは教育は変わらない」ことも伝えていました。ところが今回の入試改革では、「入試を変えることで、教育を変える」という考えが強固に貫かれました。1990年代から日本を含めた世界各国で、大規模なテストの波及効果に関する研究が行われてきました。しかし、そのどれもがテストを変えることによって得られる教育効果は極めて限定的であることを示しています。高校でクリエイティブ・ライティングの指導を促進するため入試に導入したところ、実際には生徒は受験対策としてパターンを暗記して準備するようになったという報告もあります』、「18人の委員のうち英語の専門家はただひとり」、余りに偏った人選だ。「日本言語テスト学会では2017年1月、・・・提言書を・・・当時の文部科学大臣にも提出しました。・・・文部科学省からはなんの反応もなく、実施に向けどんどん進み、結局、昨年11月の見送りの騒ぎです。 提言には「テストを変えるだけでは教育は変わらない」ことも伝えていました。ところが今回の入試改革では、「入試を変えることで、教育を変える」という考えが強固に貫かれました」、文科省の専門家軽視の姿勢は目に余る。
・『改革では、他の国の例から学んだ形跡がないのも気になります。韓国では10年ほど前、入試に英語の4技能試験の導入を計画。波及効果が注目されましたが、実現せず頓挫しました。いま中国でも大規模な入試改革が進んでいますが、スピーキングを入れるという話は聞きません。 今回の入試改革で、とりわけ重きがおかれているのがスピーキング・テストの導入です。その前提となっているのは、スピーキングのテストを入れることによって、日本人が英語を流暢に話せるようになるという期待です。しかし、テストを変えたくらいで流暢に話せるようになるわけがありません。そもそも、薄っぺらな内容を話すことに意味がありません。とつとつとしたしゃべり方でも、内容がきちんと伝わることのほうがよほど大事であり、実現可能で意味のある学校教育の目標です。 また、「話せるだけの英語力」などというものもありません。聞いたり、読んだりして理解できているのに、全く話せない、全く書けないなんてありえないのです。全く話せないのだとしたら、読んだり聞いたりの理解ができていない可能性が高いと判断すべきです。 英語の4技能は、それぞれ切り分けられるものでなく互いに関連しています。読んだ文章の内容理解を測るために、要約させたり、言い換えをさせたりすることがありますが、応答を口頭で行えばスピーキング・テストになりますし、筆記にすればライティング・テストになります。大事なのは「話す」「書く」といった便宜上の区別にとらわれるのではなく、「何を測りたいのか」。まずは、その目的を明確にしたうえでテストを設計することです。 スピーキングの能力は、対話の能力、理解して発表する能力、発話の能力などが複合して成り立っています。民間試験には、試験官や受験生同士が対話する形があれば、コンピューターに吹き込む形式もあります。測る内容も、音読して内容に関する質問に答えさせたり、読んで聞いた内容を統合して話す力や対話の力を試したりと、実に多様です。 そう考えれば、50万人にスピーキング・テストを一律に課すことがいかに無理の多いことか、おわかりいただけるかと思います。必要だと思う大学が、必要だと思う適切なスピーキングの力を個別に測るのが妥当だというべきです。 それでも、一律に課すことが必要ならば、大学入試センターがシステムを開発し、実施するのが適正です。リスニング・テストは公平性を担保できるまで実験を重ね、構想から実現まで何年もの時間をかけました。スピーキング・テストの開発にはもっと時間がかかることを覚悟したうえ、基礎研究から始め、我が国独自のテストを開発することには大きな意味があります。入試の大前提となるのは、実行可能性、公平性、信頼性の三つです。これらは絶対に外せない条件です。リスニング・テストはICプレーヤーの登場によって実現しましたが、スピーキングではAIが鍵を握るのではないかと思います。 多くの受験生が受けることになったであろう、民間試験のスピーキング・テストを見ると、コンピューターを使った音読とわずか数問の質問に対する短文の回答です。この程度の内容であれば、授業でも既に行われており、受験生に余計な負担をかけてまで受けさせる必要があるのか疑問です。高校に卒業試験を導入し、必要に応じてその証明を大学に提出するのもひとつの方法かもしれません。 教育は百年の計ですから、1年で結論を出し見切り発車すべきでありません。文部科学省の主導で、実施運営などの政策に関わる専門家集団と、国家規模のテストを開発する専門家集団を組織し、協力関係を保ちながら進める必要があります。今回はまたとない貴重な機会になるはずです。 本気でスピーキング力を上げたいのであれば、入試よりも必要なリソースを割いた授業改革のほうが先に着手すべき課題だと私は思っています。加えて、今回の高大接続の教育改革では、大学に進学しない生徒たちのことが全く考慮されておらず、私には大いに不満です。 検討会議は、昨年までの議論や経緯を見直し、いったん白紙に戻す前提で始まっています。将来を見据えた新たな出発点にすべきだと考えています』、説得力溢れる主張で、同感である。

第三に、8月10日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した心理学博士でMP人間科学研究所代表の榎本博明氏による「「本が読めない人」を育てる日本、2022年度から始まる衝撃の国語教育」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/245339
・『今、教育の現場では、あらゆる学習において、社会に出てからの実用性を重視する実学志向が強まっている。だが、基礎知識や教養、物事を深く考える習慣を身につけさせないのであれば、先の読めない変化の激しい時代を柔軟に生きることは困難だ。『教育現場は困ってる――薄っぺらな大人をつくる実学志向』(平凡社新書)の著者・榎本博明氏は、学校教育の在り方に警鐘を鳴らす。今回はシリーズ5回目で、「実学重視に走る教育の危うさ」について問題提起する』、興味深そうだ。
・『小説・評論から実用文にシフトする国語教育  学校の勉強は社会に出てから何の役にも立たない、もっと役に立つ内容を教えるべきだ。そんな声が強まり、学校教育が実用性を重視する方向にどこまでも進んでいくことに対して、榎本氏は教育の危機を感じるとしている。 このような教育改革の動きに対して、2019年1月、榎本氏も加盟している日本文藝家協会により、「高校・大学接続『国語』改革についての声明」が出された。これは、2022年度から施行される新学習指導要領による国語科の大幅な改定に対する危機感の表明である。 簡単に説明すると、「大学入試および高等学校指導要領の『国語』改革」において、高校で文学の勉強をせずに、もっぱら実用文に重きを置いた教育をすることになったのである。 日本文藝家協会の出久根達郎理事長は、「文科省は本気でそのような教科書を作るようなので、今のうちに大きな反対ののろしをあげなければいけない。駐車場の契約書などの実用文が正しく読める教育が必要で文学は無駄であるという考えのようだ」と懸念を示している。さらに「まだマスコミでも大きくは取り上げておらず、一般には周知されていないと思われるが、文部科学省の方針に大反対をしていこうと考えている」(文藝家協会ニュース2019年1月号)としている。 この声明が出されてからすでに1年以上が経過したが、このような文科省主導の教育改革の動きについては、いまだにメディアでほとんど取り上げられることがなく、多くの国民は何も知らないのではないだろうか』、こんな「『国語』改革」が進んでいるとは、恥ずかしながら全く知らなかった。「マスコミ」もこんな重要なことを取上げないとは、センスを疑う。
・『「国語」改革に、教育現場からも驚きの声  国語の授業で実用文の学習に重きを置くといっても、具体的にどういうことなのかわからないという人が多いかもしれないので、もう少し説明しておきたい。 2021年から「大学入学共通テスト」が実施され、それに合わせて高校の国語の改革も行われることになった。そして、この新しい大学入学共通テストのモデル問題が2017年に示された。そこでは、国語に関しては、生徒会の規約、自治体の広報、駐車場の契約書が問題文として出題されたのである。たとえば、架空の高校の生徒会規約を生徒たちが話し合う会話文を読ませるような問題が出題された。これには教育現場にいる教員たちから驚きの声が上がった。 2022年度からは、このような問題を解けるようにするための国語の授業を全国の高校で行うようになるわけである。これまで指導要領をいくらいじっても高校も教科書会社も動かなかったため、文科省は大学入試を変えることで、高校の授業や教科書を無理やり変えざるを得なくするという手段をとったのだ。 こうした動きに関して、日本文藝家協会による「高校・大学接続『国語』改革についての表明」では、次のように懸念が表明されている。  「あたかも実用文を読み、情報処理の正確さ、速さを競うための設問といった印象も受けます。この点に関しても、複数の識者たちから疑問の声が出されています。 このように、とくに高校と大学と接続した教育現場でこの数年で起きることはおそらく戦後最大といってもいい大改革であり、日本の将来にとって大変に重要な問題をはらんだ喫緊の課題です」(文藝家協会ニュース2019年1月号) この改革により実用文中心の教科書が作成されることになる。手元にある現行の「現代文」の教科書には夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治、中島敦など文豪の作品が載っているが、「現代文」が「論理国語」(実用文中心)と「文学国語」(文学中心)に分かれ、そのいずれかを学ぶことになる。そうした文豪たちの作品は当然のことながら「文学国語」に入るはずだ。入試動向に合わせて多くの学校は「論理国語」を選ばざるを得ないだろう。その結果、多くの学校の生徒たちは、文学でなく実用文中心の国語の教科書で学ぶことになる(形式上、文学を含む教科書も残るが、現実には入試対策の必要上、その教科書を採用する学校は少なくなることが推測される)。 これに関して、作家の三田誠広氏は、ある会議において、学力問題と絡めながら、次のように懸念を示している。 「(前略)大学入試の共通試験の問題例が出た。駐車場の契約書、レポート、統計グラフ、取扱説明書が読めるようになることが、文部科学省が考えている国語力だ」(文藝家協会ニュース2019年11月号) 「小説を読むと地頭がよくなると、進学校はみなわかっている。私立の進学校は大量の読書をさせて、議論をさせる。ところが文部科学省が考えているのは中から下、二人に一人が大学に進学する時代になり、簡単なレポートも書けない大学生がいるので、ちゃんと実用的な論理国語を学ばせる方針だ」(同)』、大学入試の問題まで、「文学国語」よりも「論理国語」が中心になるのだろうか。大学入試は「大学」の判断になるので、安易に「論理国語」中心の問題にする筈はないのではなかろうか。ただ、受験生集めに苦労するような大学は、「論理国語」中心になるのかも知れない。
・『危惧される教養人と非教養人との二極化  国語の授業で、駐車場の契約書や会議の議事録の読み方、商品の取扱説明書の読み方を学ぶ――。そんな時代がやって来るとは思いもしなかったと榎本氏は述べるが、2022年度から現実にそうなることになっている。 今の中学生や高校生、あるいは大学生の読解力が悲惨な状況にあり、かつてなら、容易に読めたであろう簡単な説明文の理解ができない者があまりに多いことは、榎本氏の著書の中で示されている。だから実用文を学ばせるといった発想になっているのだろうが、それはわざわざ中学や高校の授業でやるべきことなのだろうか。 進学校の生徒たちは本をよく読み、読解力を身につけているため、実用文の勉強など改めてやる必要はないし、新しい学習指導要領に切り替わっても、私立進学校の生徒たちは、国語の授業や自分自身の趣味あるいは学習として小説も評論も積極的に読むだろう。 一方で、もともと本を読まず、読解力の乏しい生徒たちは、国語の授業で実用文の読み方を学ぶようになる。先述のように現行の「現代文」から「論理国語」へという移行により、これまでは教科書で著名な小説や評論といった実用文でない文章に触れることができたのだが、今後は文学作品に触れることがほとんどない生徒たちが大量に出てくることが予想される。 これにより、文学や評論に親しむ教養人と実用文しか読まない非教養人の二極化が進むに違いない。知的階層形成を公教育においても進めていこうとする政策に、平等な扱いを好む日本国民は果たして納得できるのだろうか。このように大きな問題をはらむ教育改革に国民はしっかりと目を向け、その妥当性について本気で考えてみるべきではないだろうか。これは、今後の子どもや若者の人生を大きく左右するような出来事なのである。 訂正 記事初出時からの訂正の説明は省略』、「文学や評論に親しむ教養人と実用文しか読まない非教養人の二極化が進む」、こんな弊害がある「国語改革」には強く反対したい。
タグ:日刊ゲンダイ 榎本博明 ダイヤモンド・オンライン 安倍政権の教育改革 AERAdot (その12)(茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇、共通テスト 検討会議の英語の専門家はたった1人 テスト開発の専門家集団の組織化が不可欠〈AERA〉、「本が読めない人」を育てる日本 2022年度から始まる衝撃の国語教育) 茂木健一郎氏 知識や洞察力のない人による教育改革は悲劇 生ぬるく甘ったるい“個性重視” 安倍首相の最大の特徴は縁故主義 世界の教育についての知識や洞察力のない方々が政策を担っているのは、非常に悲劇的なことです 民間の「eポートフォリオ」導入が検討 eポートフォリオでボランティア活動などを点数化するなんてくだらない。eポートフォリオに書けるようなものは個性じゃない。標準化というものが根本的に違うんですよ。原則自由で標準化しないというのが多様性を担保するのには大事なことなのです 若者のリアリズムに希望 アニメや漫画のコンテンツを作る力は、中国などに比べてまだまだ強い。子供たちの世代は日本も期待できるところがあると思う。でも、大人がクールジャパンとか言い出すと、結局ムダ金を使って、台無しにしてしまう 明治維新はよかったと言っているフェーズは終わった感じがします。リアリズムから見たら、日本の教育、高齢化、少子化対策は待ったなしです。少子化対策について、諸外国を見ると、古い家族制度にこだわっていると、子供は増えないというのがほぼエビデンスで示されている いろいろな家族形態を認めるか考えた方がいい いろいろな出会いの組み合わせが天才を生む 天才は遺伝しないのです。個人の資質と時代が出会った時に、天才という事象が生まれる 偏差値で輪切りにして、この大学に行きなさいみたいなやり方が一番最悪です。現状の日本は、成績がいい人が東大に行くとか、行き先が狭く定まっている。こういう融通のない社会は、いろいろな出会いの組み合わせが起こらない。いろいろな人が、いろいろなことを試すことができるというのは、結局、組み合わせを通しての天才が誕生するきっかけになっていくんだろうと思います 「共通テスト、検討会議の英語の専門家はたった1人 テスト開発の専門家集団の組織化が不可欠〈AERA〉」 18人の委員のうち英語の専門家はただひとり 日本言語テスト学会会長を務める、上智大学の渡部良典教授(外国語教育)だ 日本言語テスト学会では2017年1月 提言書を 当時の文部科学大臣にも提出しました 文部科学省からはなんの反応もなく、実施に向けどんどん進み、結局、昨年11月の見送りの騒ぎです。 提言には「テストを変えるだけでは教育は変わらない」ことも伝えていました。ところが今回の入試改革では、「入試を変えることで、教育を変える」という考えが強固に貫かれました 他の国の例から学んだ形跡がないのも気になります 教育は百年の計ですから、1年で結論を出し見切り発車すべきでありません 「「本が読めない人」を育てる日本、2022年度から始まる衝撃の国語教育」 社会に出てからの実用性を重視する実学志向が強まっている 『教育現場は困ってる――薄っぺらな大人をつくる実学志向』(平凡社新書) 小説・評論から実用文にシフトする国語教育 「国語」改革に、教育現場からも驚きの声 「論理国語」(実用文中心) 「文学国語」(文学中心) 大学入試の共通試験の問題例が出た。駐車場の契約書、レポート、統計グラフ、取扱説明書が読めるようになることが、文部科学省が考えている国語力だ 危惧される教養人と非教養人との二極化
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