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働き方改革(その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?) [経済政策]

働き方改革については、7月28日に取上げた。今日は、(その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?)である。

先ずは、8月20日付け東洋経済オンライン「ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/369924
・『コロナ禍でデジタルトランスフォーメーション(DX)需要が高まり、追い風を受けるIT・ネット大手。中でもZホールディングス(ZHD)は、2020年4~6月の決算で前年同期比4割増の営業利益をたたき出す好調ぶり。中核企業のヤフーは、ネット広告事業では広告主の出稿意欲低下の影響を受けた一方、傘下のZOZO、アスクルを含むネット通販(EC)事業が大きく拡大したほか、100億円単位の全社的なコスト抑制も効いた。 ヤフーはこの間、通常のサービス開発とは別で70以上の「対コロナ」のサービスや機能をリリースしている。混雑情報、教育系コンテンツなど、種類もさまざまだ。また、「無制限リモートワーク」と称す新しい勤務体制への移行も実施、副業人材を今後100人単位で受け入れることも打ち出した。反響は大きく、すでに日本全国、さらに世界から4500人以上の応募を得ているという。 世界に目を転じれば、米中間ではテック企業を巡る摩擦が加速度的に高まっている。LINEとの経営統合で「東アジアにテック業界の“第三極”を作る」と目標を掲げるZHDは、未来をどう描くのか。川邊健太郎社長に聞いた(Qは聞き手の質問、Aは川邊社長の回答』、「副業人材を今後100人単位で受け入れる」のに対し、「4500人以上の応募を得ている」とはさすがだ。
・『下は15歳から上は80歳までが応募  Q:7月に行った副業人材の募集には、大きな反響があったそうですね。 A:すでに4500人以上の応募があった。「100人採用」と大々的に打ち出したので、当然ある程度の反応はあると思っていたけど、想像以上だ。応募は全都道府県、海外からも来ており、職種も大手企業の要職経験者、フリーランス、学生、市長さんなどさまざまだ。年齢も、下は15歳から上は80歳まで幅広い。 Q:なぜこのタイミングで募集に踏み切ったのでしょう。 A:実は社外からの副業受け入れの前に、ヤフー社員に対して「うちは副業を許可しているので、この制度をもっと活用してほしい」と呼びかけた。新型コロナでここ数カ月、期せずしてリモートワーク前提の勤務体制としてきたが、ヤフーでは社員のパフォーマンスが非常に上がっている。通常サービスの開発に遅れが出なかったのに加え、コロナ対応のサービスや機能を70以上世に出せたことからも明らかだ。 通勤時間を削減でき、余裕を持って働ける社員が増えているのなら、もちろんそのパワーをヤフーのために使ってもらうのもいい。だけど、自分自身の成長のために他社の仕事にもチャレンジしたいなら、それも素晴らしいこと。こういうニーズはほかの会社で働く人たちにも生まれているのではないかと思い、今回の募集につながっている。 Q:「戦略アドバイザー」「事業プランアドバイザー」という職種での募集ですが、具体的にどんな仕事を依頼する想定ですか。 A:ヤフーが手がけるのは消費者向けサービスなので、いろいろな立場や考え方の人が寄ってたかって意見を言ってくださるほうが魅力を高められる。 オープンイノベーションを意識した開発は従前から行っていて、オフィス内に設置したコラボレーションスペース「LODGE(ロッジ)」がその役割を担っていた。今は感染防止のために閉鎖してしまっているので、それをオンラインに「引っ越し」させたいとの思いもある。 実際の業務内容は各人と話しながら決めていきたいが、CSO(最高戦略責任者)の安宅(和人氏)やCOO(最高執行責任者)の小澤(隆生氏)のもとで、新しいサービスや企画の立案、既存サービスへの改善提案などに携わってもらいたいと思っている。 Q:社内では「無制限リモートワーク」という新しい勤務体制を推進されています。 前提としてヤフーの働き方改革の経緯を話すと、宮坂(学)前社長体制の時から、人事評価を「ペイ・フォー・タイム」ではなく「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた。パフォーマンスを評価するのであれば、働く場所は関係ない。社内では「どこでもオフィス」という、月間5日までオフィス外での勤務をOKとする制度も運用してきた。 ただ、8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう。 コロナ感染者が多く発生している今だけでなく、今後の災害対応力や創造性を高める意味でも、社員にはマインドを変えてもらいたい。そういう思いで、リモートワークの回数制限撤廃、コアタイムの廃止、通勤定期券代の支給停止(実費支給)などを打ち出した』、「社外からの副業受け入れの前に、ヤフー社員に対して「うちは副業を許可しているので、この制度をもっと活用してほしい」と呼びかけた。新型コロナでここ数カ月、期せずしてリモートワーク前提の勤務体制としてきたが、ヤフーでは社員のパフォーマンスが非常に上がっている」、さすがだ。「人事評価を・・・「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた・・・社内では「どこでもオフィス」という、月間5日までオフィス外での勤務をOKとする制度も運用してきた」、「8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう」、やはり「ヤフー社員」でも「「どこでも化」が進まない」、というのは、興味深い。
・『機動的に組織を組み替えた  Q:コロナ対応で70以上の新サービス・機能をリリースしたとのことですが、どのように進めてきたのでしょうか。 A:ヤフーではこれまでも地震、台風などの自然災害が起こった時、被災した方々の役に立つような情報やサービスの提供を積極的に行ってきた。 ヤフーニュース内には新型コロナ関連の生活情報をまとめた特設ページを用意している(出所:ヤフーニュース) ただ今回は局所的な災害と違い、全国的、全世界的に広がっている感染症で、誰が被害に遭うかわからない状態。落ち着いて対応するためには社員の安全確保が必要なので、まずはフルリモートでしっかり業務を行える環境を整備し、そこからあらゆるサービス作りに着手した。 災害時のニーズは日々刻々と変わっていく。東日本大震災の時には、被災状況の把握から、計画停電について、放射能汚染についてへと関心が移っていった。こういう変化はヤフー検索のデータに如実に現れる。これにヤフーニュースのアクセス動向なども掛け合わせてニーズを読み取り、優先順位の高いものを判断して機能開発を進めた。 Q:具体的に、今回のケースでは? A:最初は衛生物資の不足が問題になったので、EC部隊を中心に商品情報の面などで対応した。その後は憶測やフェイク情報の拡散が深刻化したため、提携媒体とともに正確な情報提供を行うページ作りに腐心した。 そうこうしているうちに、今度はステイホーム期間が長くなりそうということで、教育系コンテンツなどを拡充していった。その後は「新しい生活様式」の助けになるよう、混雑予測などのサービスに注力している。 ヤフートラベルのように需要が蒸発してしまったサービスもあるので、そこに携わっていたエンジニアを引っこ抜いて忙しい部門の開発に当たってもらうなど、機動的に組織を組み替えながら現在に至っている』、「ヤフー」のような「検索」中心のポータルサイトは、ニーズの変化が把握し易いので、人的資源の振り分けを弾力的に変更できるのは、大きな強味のようだ。

次に、8月28日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏による「コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける、修羅の道」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/247113
・『コロナ禍でにわかに高まる「日本型雇用」の見直し機運  今年の春闘で経団連の会長が「日本型雇用制度を見直す」と提言した流れで、この夏、日本企業が次々とジョブ型雇用の導入を発表したことに、注目が集まっています。具体的には日立製作所、富士通、KDDIなどの企業が、ジョブ型雇用の導入を表明しています。 もともとは、働き方改革を進めなければいけないという理念から提言された日本型雇用制度の見直しですが、その中でジョブ型雇用への移行が注目される背景には、コロナ禍によるリモートワークの普及が一因として存在します。 そもそも旧来の日本型雇用は「メンバーシップ型雇用」と呼ばれていて、「うちの会社の社員になれ」と言われて雇用された従業員が、「君は営業、君は開発、君は企画」というように、就職した後に配属が決まる仕組みでした。 その後もキャリア形成の途中で、「そろそろ君も他の職種を経験したほうがいい」と言われて、社内の全然違う部署に異動するような人事が、当たり前のように行われてきました。日本型の雇用とは、その会社のことをよく理解しているジェネラリストを育成する仕組みでした。 一方で今注目を浴びているジョブ型雇用は、欧米の企業で多く見られる採用方法で、最初から営業、開発、企画といった職種(ジョブ)ごとに雇用を行い、専門家として育成する仕組みです。 これは、働く側の若い人材にとっては合理的な制度です。自分が何の専門家になるのかが社会人になった当初から明確なので、何を学び、何を磨けばいいのかがはっきりします。ジョブディスクリプションといって、その仕事が何をしなければいけないのかが明確になっていることから、自分が仕事で貢献できているかどうかもよくわかります。 メンバーシップ型の会社では、特に若いうちは色々な雑用を頼まれます。「あの会議、代わりに出ておいてくれ」「出荷の仕事が遅れているから、今日は職場全員で残業して」といった話が当然のようにあるのですが、ジョブ型の会社では「担当ではないので」「私の本来の仕事が遅れてしまいますから」などと断ることができるようになります。結果として、ワークライフバランスもとりやすくなるわけです。 利点をまとめるといいことに思えるこのジョブ型雇用への移行ですが、「なぜこのタイミングで推進するのか」を考えると、どうも「光」だけではなく「影」の事情がそこにあるように思えて、仕方ありません。 要するに、経団連が打ち出しているのは日本型雇用の見直しなのですが、その文脈でジョブ型を取り上げると、「使えない中高年社員のリストラにつながるのではないか」という懸念が、当然のように持ち上がるのです』、「ジョブ型雇用」に必要な「ジョブディスクリプション」は、実際には難しい作業で、どこまで仕上がっているのかも疑問だ。
・『仕事がなくなったらあぶれた社員は会社に残れない?  たとえば、こういうことです。今後大企業では、これまで当たり前のようにあった仕事がなくなるケースが出てきます。大きなレベルでいえば、「工場がアジアに移転するので閉鎖される」「不振の外食部門から撤退する」「営業をより営業力のある外部の販売会社に委託する」いったケースがあります。もっと小さなレベルでは、「業務を見直したらこの仕事は3人で十分だとわかった」といったケースもあります。 メンバーシップ型の雇用の場合は、社員に仕事を割り当てるので、このように仕事がなくなっても、あぶれた社員を他の仕事にあてることになります。しかしジョブ型雇用の場合は、本来的には仕事に必要な専門スキルを持った社員をあてる仕組みなので、仕事がなくなれば、必然的にそのなくなった仕事を専門とする社員はあぶれます。 もちろん、日本の法律では、大企業がジョブ型に移行したからといって、仕事がなくなった社員を簡単に解雇することはできません。ただ法律論的には、ジョブ型が定着した企業で、その担当するジョブ自体がなくなった場合は解雇が適法だ、という判決が下される可能性が出てくるそうです。 ジョブ型雇用におけるジョブディスクリプションは、通常は部門、職種、キャリアレベルというように、いくつかの切り口で細分化されます。通信機部門の営業の中堅社員に求められるジョブは、半導体部門の営業の新卒社員に求められるものとは内容が違います。 大企業の中では、ジョブは最終的には2万種くらいに細分化されて、それぞれ何を達成しなければいけないかが明文化されていきます。どのように明文化するかは企業次第ですが、問題はそこに書かれるスキルの難易度になると思われます。 その内容次第で、仕事がなくなった中高年社員が「別のジョブに掲げられているスキルを自分は持っていない」「自分にもできる他のジョブは、給料レベルが格段に下がってしまう」といった事態が起きかねません。 日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます。組合員ではなくかつ中高年が多い管理職から制度を導入するということなので、会社によって社員側は、制度が悪用されないかどうか、どうしても不安になるわけです』、「日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます」、しかし、「使えない中高年社員のリストラにつながる」ような動きがあれば、その後の一般社員への展開は難しくなる可能性があるだろう。
・『評価を気にする中高年社員がサービス残業を抱え込んで自滅  2017年に国会で大議論の末に廃案となり、2018年の国会で復活した「高度プロフェッショナル制度」でも懸念された話ですが、ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます。 これは、もともとジョブ型雇用になっている公立学校の教師において、どんどんジョブの内容が増え、労働時間が青天井になっているのと仕組みは同じです。 しかし、メンバーシップ型の雇用なら問題がないのかというと、そうでもありません。むしろ、従来型の日本式雇用でも色々と試行錯誤したうえで、やるところまでやってきたという感じなのです。 たとえば西暦2000年頃、メンバーシップ型の日本の大企業では、仕事がなくなってあぶれた社員を配置転換するケースがよくありました。間接部門の仕事が大幅に見直された大企業で、あぶれた社員がすべて営業に異動させられるケース、ハードウェアの開発技術者が大量に不要となり、ソフトウェアエンジニアに配転させられたケースなどです。 同じホワイトカラーだから内勤から営業への配転でも大丈夫だろう、同じ技術者だから回路設計からソフトウェア開発に仕事が変わっても大丈夫だろうというのは、本当は無理な話です。これらの会社では、営業のノルマがきつくて辞めたり、ソフトウェア技術を一から学ぶことを断念して辞めたりする中高年の社員が続出しました。違うジョブへの配転は、20年前にリストラの手法としてすでに試されてきたのです』、「ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます」、大いに警戒すべきだろう。
・『大企業に透けて見える「狙い」 待ち受けるのは修羅の道か  そういうことを試行してきた大企業が、今度はジョブ型雇用に移行するという新しいキーワードを出してきた。そうした「影の狙い」が、どうしても透けて見えてしまうのです。 ジョブ型雇用に移行すると、どうしても考慮しなければいけないのが、ジョブによって給料が異なるという事実です。これは、ジョブ型雇用のメリットの1つである「他の企業への転職がしやすくなる」ということの裏返しなのです。 たとえば、マーケティングの専門家というジョブの給料に、自分の会社と競合他社で大きな差があれば、社員が辞めてしまうことになる。なので、高度に専門的なジョブの給料は市場価格に合わせる必要が出てきます。 昨今の例でいえば、一流大学の大学院でAIのエンジニアとして学んできた新卒は、1000万円を超える報酬を用意しなければ採用できない、といった話につながります。 一方で、ジョブ型に移行すれば同一労働同一賃金も実現しなければいけません。このように、ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになるのです。 ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかるものです。そして、その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです』、「ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになる」、「ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかる・・・その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです」、同感である。

第三に、8月21日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「君、最近休みをとったのはいつだね?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00081/?P=1
・『夏休みを含めて4週連続でお休みをとりました。 なので、当欄への登場は約一ヶ月ぶりということになる。 これほど長い間原稿を書く作業から遠ざかったのは、久しぶりのことだ。 休みについては、読者の皆様の中にも、新型コロナウイルス騒動がはじまってからこっち、不本意ながらの休業や、余儀ない形での自宅待機も含めて、あらためて考える機会を持った方も少なくないはずだ。 そこで、今回は、仕事と休養についてあれこれ思うところを書いておくことにする。 このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ。コロナの影響にポジティブな面があるのだとしたら、おそらくその点だけだろう。 われわれは、予期せぬなりゆきで、自分たちの働きぶりと休み方について、あらためて自省する機会を与えられている。別の言い方をすれば、走っている時には決して思い浮かべることのできないタイプのアイディアを、結実させるための時間を獲得したわけだ。 こじつけに聞こえるかもしれないが、その点を気に病む必要はない。アイディアというのは、そもそもこじつけなのだ。 まず私自身の話をする。 私は、元来、忙しい男ではない。 レギュラーの働き方からすると、執筆に充てる日は、週のうちの3日ほどに限られる。残りの日はぶらぶらしている。 このスケジュールは、30年来変わっていない。 20代の一番忙しかった頃は、主に税金を支払うために設立していた会社を回すために、ひと夏泊まり込みで働いたこともあったが、それ以外では、週に4日以上働いた経験は持っていないと申し上げて良いかと思う。 毎度残念に思うのは、他人にこの話(働くのは週に3日ですねというお話)をすると、ほぼ必ず 「良いご身分ですね」という感じの反応が返ってくることだ。 なんというのか、自慢話をカマしたと思われてしまうらしいのだ。 なるほど。 なので、そういう人たちに向けては、あらためて、 「でもまあ、フリーランスの仕事には、休みなんてありませんよ」 という方向の話し方で軌道修正をすることにしている。 これも、言葉どおりの意味ではないものの、あながちウソでもない。 執筆日のみを働いた日として算入すると、たしかに労働に充てる日は週に3日ということになる。しかし、あれこれと原稿のネタを考える作業もまた原稿執筆には不可欠な時間であることを考慮に入れれば、完全な休養日は一年のうちに何日もないという計算の仕方も可能になる。 要するに「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまうということだ』、「このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ」、鋭い指摘だ。「「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまう」、その通りだろう。
・『そのこととは別に、この場を借りてぜひ強調しておきたいのは、原稿を書く仕事をはじめてからこっちの約40年間、私にとって経済的不安を感じなかった日々がほとんど存在しなかったということだ。 原稿を書く仕事に限らず、フリーランスで働いている人間はおおむね似たようなものだと思う。われわれには、忙しい時期もあれば、ヒマな時期もある。で、どの稼業でも同じことだが、ヒマな時は収入途絶の不安にさいなまれるし、忙しい時期には神経が摩耗することになっている。どっちにしても優雅なご身分というには程遠い境地だ。 興味深いのは、今回のコロナ禍による全世界的な経済の停滞が、結果として、勤め人と呼ばれる人々の労働観を、かなり根本的な次元で変容させてしまっていることだ。 思うに、アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている。 東京を含む全都道府県に緊急事態宣言が発出されていた4月から5月に至るひと月半ほどの間、ツイッター上には、 「満員電車に乗らずに済む生活がこれほど快適だったとは」「オレ、宣言が解除されても、またあの電車に詰め込まれて会社に行く自信ないなあ」「さんざんテレワークでの会議を経験してわかったことは、会議の時間のうちの半分は無駄だったということと、会議に参加しているメンバーのうちの半分は不要だったということだな」「出勤という所作が慣性の法則によって達成されている、等速直線運動であることがよくわかった」「働きたくないという自分の内なる声の正しさを知った」 という感じの感慨があふれ返ることになった。 で、私は、5月11日のツイッターに 《「出勤したくない気持ち」をネタにした自虐ツイートを「大人のユーモア」だと思いこんでいるアカウントが散見されますが、コロナ下の収入減に苦しむ多くの日本人には、その種のボヤキは出勤しなくても月々の定額の給料が保証されている一流企業の正規雇用者が特権を謳歌しているようにしか見えません。 午前10:41 - 2020年5月29日》《まあ、一種の王朝文学なのだろうね 午前11:05 - 2020年5月29日》 というスレッドを書き込んだ次第なのだが、実際、この時点では、半月やそこら休んでも給料の目減りを心配せずに済む一流企業の正規雇用者と、今日の収入の途絶がそのまま明日の暮らしの逼迫につながる日銭商売の人間との間に、巨大な格差が露呈しているように見えた』、「アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている」、面白い指摘だ。
・『で、5月時点のタイムラインには、思わぬ「休暇」の到来を寿いでいるお気楽な殿上人の感慨と、今日のコメの算段に苦しむ底辺民の悲鳴が交錯する事態を迎えていた次第なのだが、この状態もそれほど長続きしたわけではなかった。 というのも、棚ぼたの「休暇」に浮かれる気分は、ほんの二週間ほどで雲散霧消して、ほどなく、ほとんどの日本人が、先行きへの不安に思いを馳せはじめる重苦しい日々が到来することになったからだ。 いったいにわれわれはバカンスを楽しむようには設計されていない。 というよりも、平均的な日本人は、一週間以上の「休暇」には、不安を抱くべく条件付けられている。つまり、われら21世紀の日本人は、それほどまでに勤勉の呪いに深く囚われた人々なのである。 もっとも、いま私が言っている「日本人は勤勉だ」という定説も、昨今では、どうやらそのまま無邪気に押し通せるひとつ話ではなくなってきている。 5年ほど前だったか、主要な職業生活のうちの十数年をアメリカのいくつかの州で過ごした知り合いが、こんな話をしてくれたことがある。 「勤勉の呪いというのは、別に日本人に限った話じゃないぞ」「そうか?」「うん。オレの知る限りでは、アメリカのエリートは日本の平均的なサラリーマンなんかよりずっと猛烈に働いてるぞ」「うーん。オレの予断とずいぶん印象が違うんだが」「っていうか、日本人の不思議なところは、たいして出世してるわけでもない並レベルの勤め人が、わりとムキになって働いてるところだと思う」「並レベル?」「うん。アメリカだと年収5万ドル以下の勤労者はスキあらば怠けようとしてる印象だったな」 なるほど。 アメリカのエリートと非エリートがどんなふうに働いているものなのかはともかくとして、私の観察範囲では、うちの国の勤労者たちは、そろそろアンダーコロナの働き方に不安をおぼえはじめている。「業種とか職種にもよるんだろうけど、テレワークって、格差拡大の口実になると思うな」 「というよりもテレワーク下の成果主義は、経営側に有利な形でしか解釈されないってことだよ」 「それもあるけど、ちょっと長い目で見ると、地域の経済と関係のないグローバル企業だけが生き残る結果にならないか?」 「どっちにしても現場軽視てなことにはなるだろうな」 ひとつ注意を促しておかねばならないのは、私が話を聞いている範囲の人間は、ほぼ私と同世代の勤め人に限られるということだ。 つまり、私の耳にはいってくる情報は、「勝ち逃げ」組(役員待遇もしくは、退職金を満額もらって悠々自適)発のお話にしても、そうでない組(起業、子会社出向、転職などなど)のご発言にしても、今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨だということだ。その意味で、われわれの話は、どの角度から評価しても、そんなに深刻な話にはならないものなのかもしれない。 おそらく、40代から50代にかけての働き盛りの勤労者は、このたびのコロナ禍を、もう少しきびしい試練として受けとめているはずだ。 20代の就活世代にとっては、さらに憂鬱な話題に属する話なのかもしれない』、「今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨」、私もこの部類だが、若い世代は大変だろうと同情している。
・『いずれにせよ、世界中の人間が、働き方と暮らし方を見直さなければならない局面で、考えこんでしまっている。 私自身、いまだに答えを見いだせずにいる。 ただ、これまでと同じようには行かないのだろうなということを、噛み締めているばかりだ。 ネット上では、8月の17日に、安倍晋三首相が慶応大学病院で日帰り検診を受けたことについて、麻生太郎副総理が記者団に対して 「147 日間休まず連続で働いたら、普通だったら体調おかしくなるんじゃないの」「あなたも147日間、休まず働いてみたことありますか。140日休まないで働いたことないだろう。140日働いたこともない人が、働いた人のこと言ったって分かんないわけですよ」などと発言したことに反発の声があがっている。 いちいちツッコむのも面倒なのだが、麻生さんの発言は、その横柄さもさることながら、以下の点から批判されて当然の物言いだったと思う。 特定の経験を踏んでいない人間による批判を封じたら、たとえば政治家への批判は政治家にしか許されないことになる。 そもそも147連勤の数え方が恣意的すぎる。たった30分の執務を一日の勤務と数えることが可能なら、300連勤を超える勤労者も珍しくない。
総理の働きぶりが日数として足りていないことを批判している人間はほとんどいない。多くの批判は、国会を召集しないことに集中している。 動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった。実際、記者団は、借りてきた猫みたいにおとなしく、麻生さんの言葉に耳を傾けている。 発言の後、誰も一言たりとも抗弁をしていない。 「にゃあ」と鳴いた記者が、あるいは何人かいたかもしれない。 こんな人たちを記者と呼んで良いものなのだろうか。 私の基準では、彼らは「働いて」いなかった。 あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない。 彼らは働いていない。ただ出勤しているだけだ。 テレワークの反対。出勤怠業。英語ではどう言うのだろう』、「動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった」、「あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない」、全く同感である。
・『どこかで読んだ話だったのか、あるいは誰かに聞いた話だったのか、出典を忘れてしまったのだが、「とある大富豪が体調を崩して入院した時の話」というのを思い出したので、以下、ご紹介する。記憶から引用する話なので、正確なところは必ずしもはっきりしないのだが、おおむねこんな話だった。 富豪は、特別室を訪れた主治医にこう尋ねた。 「君、最近休みをとったのはいつだね?」 一人目の医師は、「二ヶ月前です」と答えて、その場で担当を外された。 二人目の医師は、「昨日までバカンスをとっていました」と答えた。富豪はにっこりして握手を求めた。 「よろしい、君に執刀してもらおう」 この富豪のエピソードを踏まえて話をするなら、私は、はじめから 「仮に147日間にわたって一日たりとも休暇をとっていない政治家がいるのだとしたら、私はその愚かな政治家の判断を金輪際信用しないだろう」という原稿を書くべきだったのかもしれない。 実際、適切な休暇を自分に与えることすらできない人間が、適切な仕事をこなせるはずはないのだし、適切な判断を下せる道理もないからだ。 なんというのか、政権中枢に近い人たちがこの数日繰り返している 「こんなに働いているのだから多少体調を崩すのは当然だ」「こんなに休んでいない首相をもっと評価してくれ」「これほど苦しい体調の中で、これほどまでに頑張っている安倍さんをもっと尊敬しても良いのではないか」という感じのアピールのあまりといえばあまりのバカバカしさに、私は静かにがっかりしている。うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか。 誰も睡眠不足の医師に執刀してほしいとは思わない。 同様にして、私は、休暇をとる判断さえ下せないリーダーにお国の舵取りを任せたいとは考えない。 私自身は、自分が仕事をこなせる状態にないと判断したら、その時は、迷わずに休むことにしている。 疲れている人間の仕事の質は、より勤勉に働くことによってではなく、休みをとることによって回復する。当たり前の話だが、このことをきちんと自分の働き方に適用できる人間は思いのほか少ない。これができないとフリーランスで仕事を続けることはできない。 最後に、蛇足として、総理には衷心から休暇の取得を進言しておきたい。 副総理には、私から特段にお伝えする言葉はない。 お好きになさってください。ではまた来週』、「うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか」、安部ヨイショ論への小気味いい痛烈な批判だ。安部首相も後継がほぼ菅氏に固まり、旧悪を暴かれずに済むので、一安心だろう。
タグ:東洋経済オンライン 鈴木貴博 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 働き方改革 小田嶋 隆 (その29)(ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入、コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける 修羅の道、小田嶋氏:君、最近休みをとったのはいつだね?) 「ヤフーの副業募集に「4500人殺到」の舞台裏 「フル在宅」でコロナ対応機能を70以上投入」 「副業人材を今後100人単位で受け入れる」のに対し、「4500人以上の応募を得ている」 下は15歳から上は80歳までが応募 「ペイ・フォー・パフォーマンス」にしていこうと動いてきた 8年くらいこの制度を運用する中で感じたのは、放っておくと皆会社に来てしまって全然「どこでも化」が進まないということ。結局、オフィスがいちばん生産性高く仕事できると思うからだろう 機動的に組織を組み替えた 「コロナ禍に乗じた「ジョブ型雇用」礼賛を待ち受ける、修羅の道」 コロナ禍でにわかに高まる「日本型雇用」の見直し機運 仕事がなくなったらあぶれた社員は会社に残れない? 日本の大企業では、ジョブ型への移行をまず管理職から始めるケースが目立ちます 使えない中高年社員のリストラにつながる」ような動きがあれば、その後の一般社員への展開は難しくなる可能性 評価を気にする中高年社員がサービス残業を抱え込んで自滅 ジョブ型雇用になると「ジョブディスクリプションで求められているジョブが達成できていない」と評価されることを恐れた中高年が、実質的に青天井のサービス残業を抱え込んで自滅するようなケースも危惧されます 大企業に透けて見える「狙い」 待ち受けるのは修羅の道か ジョブ型雇用への移行を礼賛していると、結局のところ日本型雇用のさまざまなひずみが表面に出てくることになる ジョブ型雇用を宣言した企業が、実際にその仕組みをつくり上げ、運用に移行するまでには、だいたい4~5年はかかる その行きつくところ、つまり2025年頃に向かって雇用改革が辿る道は、社員にとっても経営にとっても「修羅の道」なのです 「君、最近休みをとったのはいつだね?」 このたびのコロナ禍は、政府ならびに労使双方の団体が企図していた「働き方改革」を、強力に推し進める触媒になるはずだ 「働く」という言葉の定義次第で、勤務日なり休日なりの日数は、かなり大幅に変わってしまう アンダーコロナのテレワークを機に、日本の勤め人の労働観は、「ヒマならヒマで不安だし、忙しいなら忙しいで神経がもたない」という、われらフリーランスの労働哲学に限りなく近似してきている 今回のコロナによる経済の停滞をどことなく他人事として見ている引退老人の感慨 動画を見て私が驚愕したのは、麻生さんの発言のバカバカしさそのものよりも、それに反論した記者が一人もいないことに対してだった あんな話の聞き方をしている記者を、私は勤労に従事する人間として認める気持ちにはなれない。あたりまえだ。あんなものは御用聞きに過ぎない うちの国では、頂点のそのまたトップに位置する人間からして 「いっしょうけんめいにがんばっている」みたいな中学生じみた弁解から外に出られずにいる。 なんとバカな国ではあるまいか
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