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諜報活動(スパイ)(その1)(CIAが採用している「スパイたちの意外な前職」とは、「アラビアのロレンス」より中東で活躍したジャック・フィルビーと スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレをつなぐ線、【追悼】元スパイ作家ル・カレに元CIA工作員から愛を込めて) [世界情勢]

今日は、諜報活動(スパイ)(その1)(CIAが採用している「スパイたちの意外な前職」とは、「アラビアのロレンス」より中東で活躍したジャック・フィルビーと スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレをつなぐ線、【追悼】元スパイ作家ル・カレに元CIA工作員から愛を込めて)を紹介しよう。

先ずは、11月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジェイソン・ハンソン氏(翻訳家: 栗木 さつき氏)による「CIAが採用している「スパイたちの意外な前職」とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/254194
・『スパイのスキルは「ビジネススキルの宝庫」だった!すばらしい実績を残したCIA諜報員におくられる賞を約10年の在職中に2度も受賞した著者が、訓練で身につけたそのスキルの中から、ビジネスでも使える実践的な技を教える『超一流の諜報員が教えるCIA式 極秘心理術』がついに発売。 佐藤優氏が「競争に勝つための表技と裏技が盛り込まれた、強いビジネスマンになるための必読書」と絶賛する同書より特別に一部公開します』、「佐藤優氏」が「絶賛」するとはどんな内容なのだろう。
・『あらゆる職業や階級の人、さまざまな学歴の人が採用されている  起業家となってもっとも胸躍る体験のひとつは、さまざまな経歴をもつビジネスマンと知りあえることだ。これまでにも、功成り名遂げたそうそうたるビジネスマンと面識を得てきたが、昔はコメディアンだった、弁護士だった、サーカスの曲芸師だったという人もいた。 諜報の世界も似たようなものだ―それはもう多様なバックグラウンドがあって、興味が尽きないような経歴の持ち主もいる。 それに、成功した起業家の大半がMBAなど取得してはいないように、世間がどう想像していようと、名門大学が未来のスパイを輩出しているわけではない。 たしかに諜報員は私の知るなかでもとびきり頭のキレる人間ばかりだが、CIAはさまざまな経歴をもつ人の価値を認め、尊重している。 映画「アルゴ」に登場するCIA職員のモデルとなったトニー・メンデスは、大学で美術を学んだ。彼はグラフィックデザイナーの求人に応募し、最終的にCIAに雇われた。また高名なシェフで、料理本の著書もあるジュリア・チャイルドは、ニューヨーク市の広告代理店でコピーライターとして働いたあと、OSS(戦略諜報局。CIAの前身)にタイピストとして入局した。そして、ついには国家機密のリサーチを任されるまでの信頼を獲得した。 またCIAの諜報員の多くが、高校卒業時には大学進学より軍隊への入隊を選んでいた(私自身は警官としてキャリアを始めた)。 スパイの一団と同席する機会があれば、これまでに一風変わった仕事をした経験はおありですかと、尋ねてみるといい。まちがいなく、意外な答えが返ってくるはずだ。 花屋の店員でした、タクシーの運転手をしていましたよ……。なかにはカウボーイだったという男もいるほどだ。CIAは当人が名門大学出身かどうかよりも、総合的な知能があるかどうか、そしてすばやく問題を解決する能力があるかどうかを重視する。 こうした知能と能力は、ビジネスの世界でも重視されるようになっている。ニュース専門放送局CNBCの先日の調査によれば、スモールビジネス経営者の大半は四年制大学の学位をもっていない。大学に通った経験のない経営者の数は、性別や年齢を問わず、大学に通った経験がある経営者の数より多い。 たしかに教育を受ける機会があるのはすばらしいことだが、卒業証書1枚あれば、経営者として成功できるわけではないのだ。(本原稿は『超一流の諜報員が教えるCIA式 極秘心理術』ジェイソン・ハンソン著、栗木さつき訳の抜粋です)』、「CIAは当人が名門大学出身かどうかよりも、総合的な知能があるかどうか、そしてすばやく問題を解決する能力があるかどうかを重視」、「こうした知能と能力は、ビジネスの世界でも重視されるようになっている」、確かにそんな「知能と能力」を持っていれば、「ビジネスの世界」でも通用しそうだ。
・『「スパイスキル」は「最高のビジネススキル」ーはじめにより  諜報員は、訓練初日から「世界一のセールスパーソン」になる方法を叩き込まれる。ただし、いわゆる商品を売るわけではない。売ろうとしているのは「国家に対する裏切り」だ。この商談成立に失敗すれば、諜報員は殺害されたり、異国の刑務所で余生を送る末路をたどりかねない。 国家を裏切ったことが発覚すれば、反逆罪に問われる。それを相手に売りつけようというのだから一筋縄ではいかない。おまけに反逆が発覚すれば、当人は容赦のない懲罰を受ける。 しかし諜報員は、そのリスクを冒すように仕向ける特別な訓練を受ける。おまけに相手には、自分の意志でそうしたと思わせるのだ。 諜報員は訓練を受け、次のような能力を身に付ける。 + どれほど奇妙で突拍子もない要請をしようと、きわめて短期のうちに、相手に応じさせる自信をもつ。 + 心から信頼できる友だちのように思わせる。秘密、心配事、胸の奥底にある恐怖心などを打ち明けられる、心の拠り所のように思わせる。 + ターゲットのふるまいをさりげなく真似て、同じことに関心をもっているように思わせる。 + 共感し、ターゲットのことを心から案じているように思わせ、信頼を獲得する。 + 大量の情報を分析し、任務遂行の「役に立つもの」と「足を引っ張るもの」の手がかりを得る。 + 厳しい鍛錬を続ける。几帳面で、仕事熱心で、献身的。身体をベストの状態にキープする努力を怠らない。 + 順応性があり、チームに協力する。計画の実行には不測の事態が付き物だが、だからといってミッションを失敗に終わらせることはない。 本書で指南するノウハウを活用すれば、製品、ブランド、会社、アイディアなど、あなたが売りたいものの売り方を変えられる。「一般の人たち」がもっていないスパイの特質は、自信をもって行動し、反応し、順応する能力だ。 CIAの諜報員として訓練を受けてきた私の知見はビジネスの世界でも大いに活用できるうえ、みなさんの日々の生活も改善できると確信している。 これだけはお約束する。巷には「これで自信がもてるようになる!」とか、「自信をもてば、もっと成果をあげられる!」といった謳い文句の自己啓発書があふれている。だが私としては、そうした月並みな本の山に新たな一冊を加えるつもりは毛頭ない。 本書では、あらゆる諜報員が隠しもっている秘密兵器を明かしていく。 それはほかでもない、諜報員の心得(マインドセット)だ。 諜報員のマインドセットとは、好感がもてる雰囲気、共感、自信、知性といった多様な特質の組み合わせだ。このマインドセットを獲得すれば、なんでも楽々とこなせるようになる。 さらに、諜報員のマインドセットにはもうひとつ大きな特徴がある。 「有能なセールスパーソン」として最強の手腕も発揮できるのだ。 あなたがどんな仕事に就いているにせよ、もっと大きな成果をあげ、その成功を継続させるために、ぜひ本書を活用してもらいたい』、「売ろうとしているのは「国家に対する裏切り」だ。この商談成立に失敗すれば、諜報員は殺害されたり、異国の刑務所で余生を送る末路をたどりかねない」、有力なスパイは、捕まっても、相手国とスパイ交換で利用されることもある。「諜報員のマインドセット」を備えていれば、「有能なセールスパーソン」になれそうだ。
・『実用的なノウハウが満載!(本の紹介はリンク先参照)』、私は英国のスパイ小説ファンだが、」最近は東西冷戦の終了で、代わりにテロものなどに移ったようだ。ただ、やはりスケールが小さくなったようだ。

次に、12月25日付けNewsweek日本版が掲載した日本エネルギー経済研究所中東センターの理事・センター長の保坂修司氏による「「アラビアのロレンス」より中東で活躍したジャック・フィルビーと、スパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレをつなぐ線」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/hosaka/2020/12/post-38_1.php
・『<ル・カレの小説には、実在した英ソの二重スパイ、キム・フィルビーからのインスピレーションがみられた。だが、話はそこで終わらない。日本で知る人は少ないが、20世紀初頭の中東にはある英国人がおり、サウジが石油王国になるきっかけもその人物だったと言えるかもしれない>  12月12日、英国の小説家、ジョン・ル・カレが亡くなった。89歳だった。個人的には熱烈なファンというわけではないが、自宅の書棚にも『寒い国から帰ってきたスパイ』『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』『スクールボーイ閣下』など何冊も文庫本があった。どれも学生時代に読んだものだ。 ル・カレの本のすぐそばにグレアム・グリーンとかブライアン・フリーマントルなど英国作家が並んでいるところをみると、何となく当時の読書傾向がうかがえる。 いうまでもないが、3人ともスパイ小説の名人であり、しかも、彼らの小説で重要な役回りを果たす登場人物の多くは、イアン・フレミングのジェームズ・ボンドやトム・クランシーのジャック・ライアンのような超人的なスパイと異なり、中年や初老の地味で、さえない連中である。ル・カレのジョージ・スマイリー、グリーンのモーリス・カースル、そしてフリーマントルのチャーリー・マフィン、しかりだ。 3人の英国の著名な小説家に共通するのは、とくに彼らのスパイ小説のなかに、多かれ少なかれ、実在する英国の諜報機関で対外諜報活動を統括するMI6の幹部だったキム・フィルビーから得たインスピレーションの跡がうかがえることだ。 キム・フィルビーは1912年、インドで生まれ、名門パブリック・スクールのウェストミンスター校を経てケンブリッジ大学を卒業した。大学時代にすでに共産主義に傾倒し、ソ連の諜報機関にスパイとしてスカウトされ、ジャーナリストを経験したのち、MI6に入っている。 つまり、フィルビーは英国のスパイであると同時に、ソ連のスパイでもあった。いわゆる二重スパイ、ル・カレの使った用語では「もぐら」である。 当時、ケンブリッジやオックスフォードなど英国の名門大学では共産主義の影響が顕著で、彼らの多くがのちに政府やジャーナリズムなどで主要なポジションを得て、ときにはスパイとしてソ連に情報を提供していた。 フィルビーは、同窓で、外交官のドナルド・マクリーンやガイ・バージェス、美術史家のアンソニー・ブラントらとともに「ケンブリッジ・ファイブ」と呼ばれた。 フィルビーは何度かソ連のスパイではないかと疑われたが、1963年に英国を逃亡し、ソ連に亡命した。ソ連ではKGBで働き、1970年には名誉称号勲章、1980年にはレーニン勲章を授与された。 1988年5月11日、フィルビーはモスクワで亡くなった。キム・フィルビーが忠誠を誓ったソ連は、すでにアフガニスタンへの軍事介入などで屋台骨がガタガタになっており、彼が死んだ数日後に、尾羽うちからしてそのアフガニスタンから撤退を開始した。ソ連の崩壊はその2年半後である』、「キム・フィルビー」も若い頃夢見ていた「ソ連」の実態を見てどう思ったのだろうか。「ル・カレのジョージ・スマイリー、グリーンのモーリス・カースル、そしてフリーマントルのチャーリー・マフィン」、いずれも、私のお気に入りの主人公だ。
・『英国から離れ、後のサウジ初代国王の顧問となった父ジャック  さて、中東ともイスラームとも関係ない話を書いたが、ここからが本題である。 キム・フィルビーがインドで生まれたのは上に述べたが、それは、彼の父親であるジャック・フィルビー(ジャックは通称、本名はハリー・セントジョン〔シンジョン〕・フィルビー)が植民地官僚としてインドに赴任していたからである。 父ジャックも実は1885年にスリランカで生まれ、ウェストミンスター校、ケンブリッジ大学で学んでいる。ケンブリッジでは有名なイラン研究者、エドワード・G・ブラウンのもとでペルシア語等を学び、その後、英国の植民地省に入り、イラクの首都バグダード等に赴任した。 ちなみに、息子のケースと同様、当時の英国のエリート植民地官僚はほとんどが名門パブリック・スクールからオックスフォード・ケンブリッジのコースを辿っており(しかも場合によってはフリーメーソンでもあった)、こうした学閥・人間関係が、ある種、秘密結社的に機能しており、就職や役所等の人事に影響を及ぼしていたといわれている。 20世紀はじめの時代、英国は、オスマン帝国に対するアラブ諸国の反乱を組織しており、彼もその工作の一端に従事しており、アラブ圏を広く回っていた。 当時の英国の中東政策といえば、アラブ人やユダヤ人に矛盾する約束をした、悪名高い三枚舌政策(バルフォア宣言、フセイン・マクマホン書簡、サイクス・ピコ協定)が知られているが、ジャック・フィルビーたちもそれに否応なく巻き込まれていたのである。 しかし、当時の英国は同時に優れた専門家・植民地官僚を数多く輩出しており、ジャックは彼らとの交流を通じて、アラブ世界、とくにアラビア半島やペルシア湾情勢について学んでいった。クウェートやアラビア半島についていくつかの著作を残したハロルド・ディクソンや「砂漠の女王」とも称されたガートルード・ベルなどがそうだ。 とくに、ベルは、年下のジャックをかわいがり、姉が弟に教えるように、アラブ諸国のさまざまな情報やその入手法について教えていた。そして、ジャックはベルに敬意を示した。のちに、ジャックは、サウジアラビアの大砂漠ルブゥルハーリーを横断する大冒険を行うが、これは、ガートルード・ベルのアラビア半島横断に触発されたものといえるだろう。 しかし、英国の対中東政策に不満をもったジャックは英国政府から離れ、当時、急速に領土と影響力を拡大していたサウード家のアブドゥルアジーズ(のちサウジアラビアの初代国王)の顧問となり、ムスリムに改宗している。 実際、彼は1910年代からアブドゥルアジーズと接触、その能力を高く評価し、アラブの統一を成し遂げられるのは彼だと信じるようになっていた。このことも、彼が、ハーシム家(現ヨルダン王室)を支持する英国政府を見限る主たる原因となった。 のちの歴史が語るとおり、結果的にはジャックの主張が正しいことが証明されたわけだ(少なくともハーシム家よりもサウード家により大きな力があるという点では)』、「ジャックは英国政府から離れ、当時、急速に領土と影響力を拡大していたサウード家のアブドゥルアジーズ(のちサウジアラビアの初代国王)の顧問となり、ムスリムに改宗」、「改宗」までしたとは徹底している。英国は「ハーシム家(現ヨルダン王室)を支持」、「サウード家」に食い込めなかったのは手痛い失敗だ。
・『ソ連のスパイであった息子を気にかけ、ベイルートのキムを訪ねた  20世紀初頭の中東で活躍した英国人としてジャック・フィルビーを知る人は、少なくとも日本では一部の専門家を除けば、ほとんどいないはずだ。 しかし、実際にはサウジアラビアがアラビア半島の多くの地域を占領するうえで、彼は重要な役割を果たしており、さらにサウジアラビアが石油大国になるきっかけも彼だったといえるかもしれない。 米国のスタンダード石油カリフォルニア(通称ソーカル、現在のシェブロン)がサウジアラビアで石油利権を獲得するうえで、アブドゥルアジーズとのあいだを取り持ったのがフィルビーであった。1936年、ソーカルは米テキサコ社と組んで、アラビアン・アメリカン石油会社を設立した。現在、世界最大の石油会社であるサウジアラムコである。 日本では映画などで有名になった「アラビアのロレンス」こと、T.E.ロレンスが圧倒的に有名で、少女マンガの主人公にもなっているが、歴史的な重要度でいえば、フィルビーの足元にもおよばない。 ソ連のスパイであった息子のキムのことは当然、気にかけていたであろう。キムはスパイ容疑では何とか逮捕は免れたものの、MI6を退職し、特派員としてレバノンの首都ベイルートで働くようになった(そして二重スパイとしての活動も再開)。このときは当然、父の中東におけるコネが役立ったであろう。 1960年9月、ジャックはベイルートのキムを訪ねていた。連日のパーティー三昧で、楽しい日々を過ごしていた。そこではジャックは、若者たちに囲まれ、上機嫌であった。ある夜も、家に戻る途中にナイトクラブにいくといってきかなかったという。だが、翌日、突然苦しみだした。キムは父を緊急入院させたが、すぐに昏睡状態になってしまった。 ジャックは、一度だけ目を覚ましたものの、一言「退屈だ」といってふたたび意識を失い、二度と目を開けることはなかった。ジャック・フィルビー----アラブ世界ではシェイフ・アブダッラーとして知られる----は1960年9月30日、とても退屈とは思えない波乱の人生に幕を閉じた。 ジャックはベイルートで埋葬され、キムは、父の墓碑に「最高のアラビア探検家」と刻んだという』、「ジャック」、「キム」とも、並外れた人物だったようだ。
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