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パンデミック(経済社会的視点)(その12)(医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう 戦時中と変わらぬ日本の姿、「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」。「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり) [パンデミック]

昨日に続いて、パンデミック(経済社会的視点)(その12)(医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう 戦時中と変わらぬ日本の姿、「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」。「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり)を紹介しよう。

先ずは、1月7日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう、戦時中と変わらぬ日本の姿」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/259102
・『緊急事態宣言の再発令で疲弊する医療機関にトドメか  いよいよまた、緊急事態宣言が発出される。 「再び全国で緊急事態宣言を出すべきだ」という声が世論調査などで6割を超え、専門家などからも「遅すぎだ」「もっと早く出すべきだった」という声があふれる中で、こんなことを言うと「非国民」扱いされてしまうかもしれないが、筆者は今回の緊急事態宣言には反対だ。 まず、よく言われることだが、大した休業補償がない中で8時以降の営業をやめさせるというのは、飲食業などの人々への負担があまりに大きい。前回の緊急事態宣言後に廃業や失業が相次いで、コロナの死者数を上回るほどの自殺者が出たことを踏まえると、社会へのダメージが大きすぎる。 また、ただでさえ疲弊する医療機関にトドメを刺す恐れもある。 昨年末、『医療崩壊の真実』(エムディエヌコーポレーション)を上梓した、全国800以上の急性期病院のビッグデータを有するグローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの分析でも、緊急事態宣言を境に多くの病院の経営が急速に悪化していることが明らかになっている。外出自粛で新規感染者数は減ったが、同時に感染を恐れてコロナ以外の患者も病院に近づかなくなったことで、通常の医療をしている病院の収入がブツリと途絶えてしまったからだ。 人の流れを止めれば、確かに感染者数は減る。が、それは「カネ」の流れを止めることでもあるので、多くの人々が「経済死」する。医療は商売ではないが、医療費で運営されている以上、この構造はそれほど変わらない。つまり、緊急事態宣言の乱発は回り回って、疲弊する医療従事者の皆さんの「経済死」を招くことになり、医療体制をこれまで以上にシビアなものにするだけなのだ。 という話をすると、「これだけ感染者が出ているのに、経済死だなんだと言っているような場合ではない!」と怒る方たちがたくさんいらっしゃると思うが、筆者からすれば、いくらコロナを恐れるからといって、それはあまりにも「経済死する人」の命を軽視している』、「筆者は今回の緊急事態宣言には反対だ」、私とは正反対だが、「疲弊する医療従事者の皆さんの「経済死」を招く」との見方を紹介するため取上げた。
・『国民に「経済死」を強いる政府がまだ手を尽くしていないこと  本来、国家が国民に「経済死」を強いるなどということは、最後の最後にやる奥の手だ。しかし、今の日本政府はまだ手を尽くしたとは言い難い。 その最たるものが、コロナ医療資源の「偏在」の解消である。 今回の問題の本質は、1400万人という世界有数の大都市であり、医師が4万人以上、看護師が10万人以上もいる東京が、コロナ重症患者100人たらずで「崩壊」してしまったように、日本の医療資源のポテンシャルを活かしていない「戦略ミス」にあることは明白だ。 前回の「『多すぎる病院』が、コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由」の中でも触れたが、世界一病院も病床も多い日本で、諸外国と比べてケタ違いに数が少ない感染者、重症者によって医療がパンクをしてしまっているのは、よく言われる「2類相当の指定感染症」という非効率な対応方針もさることながら、コロナ治療に投入する医療資源が偏りすぎていることが大きい。 わかりやすく言えば、一部の病院だけに重症患者が集中して「野戦病院」のようになっている一方で、コロナ患者を受け入れることなく、いつも通りにのんびりとした診療を行っている病院も山ほどあるのだ。 この「偏在」の問題を解消したうえで、それでもなお持ちこたえられないというのなら、営業自粛でもロックダウンでもなんでもやればいい。というか、躊躇なくやるべきだ。 しかし、今のコロナ医療はまだ見直すべきところが山ほどある。にもかかわらず、早々に「国民のがんばり」に依存するのは、あまりにもご都合主義というか、筋が違うのではないかと申し上げたいのだ。 「コロナの専門家でもないくせに、わかったような口を叩いて、医療従事者にすまないと思わないのか!」というお叱りを受けるだろうが、国民の一致団結が求められるムードの中であえてこんなことを言わせていただいたのは、これが日本の陥りやすい「負けパターン」だからだ。 「無策」を放置して、「国民一丸となって頑張るぞ」と突き進むと、結局最前線で戦っている人たちや国民に、多数の犠牲者が出る。そんな悲劇が過去にもあった。そう、先の太平洋戦争だ。 いろいろな分析がなされているが、日本が戦争に敗れてしまった原因の1つに「無策」があったということに、賛同する方は少なくないのではないか。 その象徴が、一説には140万人とも言われる日本軍の膨大な餓死者だ。自身も復員経験のある歴史学者の藤原彰氏の『餓死した英霊たち』(ちくま学芸文庫)によれば、日中戦争以降の軍人・軍属の戦没者数約230万人のうち、140万人(全体の61%)は餓死、もしくは栄養失調による病死だと推察されるという』、「一部の病院だけに重症患者が集中して「野戦病院」のようになっている一方で、コロナ患者を受け入れることなく、いつも通りにのんびりとした診療を行っている病院も山ほどあるのだ。 この「偏在」の問題を解消したうえで、それでもなお持ちこたえられないというのなら、営業自粛でもロックダウンでもなんでもやればいい。というか、躊躇なくやるべきだ」、「「無策」を放置して、「国民一丸となって頑張るぞ」と突き進むと、結局最前線で戦っている人たちや国民に、多数の犠牲者が出る。そんな悲劇が過去にもあった。そう、先の太平洋戦争だ」、同感である。
・『「国民のがんばり」に頼って大量の犠牲者を出した戦時中の教訓  なぜこんなことが起きたのかは、専門家によって意見もさまざまだ。「兵站」を軽視していたという人もいれば、「いや、日本軍のインフラは当時でも世界トップレベルだった。能力以上に戦場を広げすぎたことが敗因だ」という人もいる。 いずれにせよ、「お国のために1人でも多くの鬼畜米英を殺して来い!」と送り出され、時に玉砕まで命じられた日本の若者たちの多くは、戦闘ではなく飢えや病で亡くなっているのだ。「無策」のツケを「国民のがんばり」で払うという意味では、これほどわかりやすく、これほど残酷なケースはない。 もちろん、この構造は戦地の兵士だけではなく、国民にも当てはまった。「欲しがりません勝つまでは」などというスローガンのもとで、「贅沢は慎め」と自粛ムードが社会を支配する中で、国民一丸となって頑張った。飛行機をつくる鉄が足りないと鍋や釜を差し出して、食料も取り上げられて「経済死」をする人もたくさんいたが、「戦地で戦う兵隊さんのため」と文句を言わずに歯を食いしばった。 しかし、戦地で140万人の餓死者が出たことからもわかるように、この「国民のがんばり」は意味がなかった。戦争に負けたのは、日本人の「がんばり」が足りなかったからではなく、もっと根本的な国家の方針や、戦争のやり方が間違っていたからだ。 つまり足りなかったのは、世の中のムードに流されず、「この方向で突き進んだらやばいかも」と立ち止まる勇気や、自分たちが置かれた状況を客観的に分析する、冷静な視点だったのである。 そんな戦時下のムードと、昨年1年間の日本のムードは妙に重なる。 「コロナに負けるな」「みんなでステイホーム」などのスローガンのもと、自粛ムードが支配する社会において、国民一丸となって頑張った。営業自粛を強いられて「経済死」をする人もたくさんいたが、「現場で戦う医療従事者のため」と文句を言わずに歯を食いしばった。責任感の強い人たちは、自粛をしない人たちを探し出して注意もした。感染拡大地域のナンバーをつけた自動車に石を投げる人もいた。やっていることは、戦時中の「非国民狩り」と変わらなかった。 しかし、そんな国民の血のにじむような努力も、最前線の医療従事者を救うことはできなかった。日本看護協会が昨年、コロナ感染者を受け入れた病院の21%で看護師が離職したことを明らかにしたことからもわかるように、「第1波」時程度の感染者数であっても、コロナ医療の現場は日本軍のガタルカナル島の戦いのように、厳しい消耗戦を強いられたのだ。 戦時中の国民の自粛が最前線の兵士にとって何の役にも立たなかったように、「国民のがんばり」がコロナ医療の現場に届いていないのである』、「足りなかったのは、世の中のムードに流されず、「この方向で突き進んだらやばいかも」と立ち止まる勇気や、自分たちが置かれた状況を客観的に分析する、冷静な視点だった」、「責任感の強い人たちは、自粛をしない人たちを探し出して注意もした。感染拡大地域のナンバーをつけた自動車に石を投げる人もいた。やっていることは、戦時中の「非国民狩り」と変わらなかった。 しかし、そんな国民の血のにじむような努力も、最前線の医療従事者を救うことはできなかった」、その通りだ。
・『政府が後ろ向きな緊急事態宣言を自ら求める日本人の「自粛意識」  ただ、このような共通点もさることながら、筆者が今の日本と戦時中の日本のムードが丸かぶりだと感じるのは、政府が後ろ向きな「緊急事態宣言の発出」を多くの国民が望んでいるという点だ。要するに、国民の「自粛意識」が政府のそれを飛び越えてしまっているのだ。 実は、戦時中もそうだった。わかりやすいのが娯楽規制だ。 戦争中の映画、ラジオ、演劇、落語などの大衆娯楽は軍部が厳しく弾圧したというイメージが定着しているが、最近の研究ではそうではなく、軍は国民の「自粛ムード」に突き動かされていたことがわかっている。 金子龍司氏の『「民意」による検閲―「あゝそれなのに」から見る流行歌統制の実態』(日本歴史 2014年7月号)によれば、ラジオの選曲が西洋風だと「日本精神に反する」と怒りのクレームを寄せる「投書階級」と呼ばれる人々がたくさんいた。投書は年間2万4000件にものぼり、番組編成や検閲当局にも影響を与えていたという。言論統制や娯楽統制を強く求めたのは、軍ではなく実は「民意」だったのだ。 当時の日本には、このようなポピュリズムが蔓延していた。『戦前日本のポピュリズム』(筒井清忠著 中公新書)でも、大衆を支持基盤とする近衛文麿とポピュリズム外交をしていた松岡洋右が、日本の開戦を引き返せないところまでもっていったとして、日米開戦を引き起こしたのはポピュリズムだったと考察している』、「国民の「自粛意識」が政府のそれを飛び越えてしまっているのだ。 実は、戦時中もそうだった」、それは確かだが、「国民」には「自粛」以外に打つ手がないのも事実だ。「日米開戦を引き起こしたのはポピュリズムだった」、同感だ。
・『令和日本のポピュリズムが「コロナ敗戦」を招く  令和日本にもそんなポピュリズムの匂いが漂う。菅義偉首相は緊急事態宣言に対してずっと消極的な姿勢を貫いていた。しかし、世論調査で支持率が急落して世間から叩かれ始めた途端、あっさりとその信念を覆した。ニコニコ生放送で「どうも、ガースーです」などと柄にもないことを口走ったように、菅首相もポピュリズムに傾倒しつつあるのだ。 ということは、令和日本も太平洋戦争時の日本と同じ道を辿る恐れがあるということでもある。つまり、最前線で戦う人々が援軍もないまま次々と倒れているのに、「戦略ミス」を認めず、ただひたすら国民に「自粛」を呼びかける。根本的な問題が解決されないので、犠牲者はどんどん増えていくのだ。 ちなみに今問題になっている、政治家が国民に自己犠牲と我慢を呼びかける裏で、実は優雅な会食やパーティをして叩かれるという現象は、太平洋戦争時にもあった。時代背景は違うが、社会のムードは驚くほど酷似している。 今回の「戦争」の犠牲者は、前回と異なって「経済死」や「自殺」なのでわかりづらいが、今のまま「国民のがんばり」で押し切ろうとすれば、甚大な被害を招くはずだ。ましてや数カ月先には、100人程度の重症患者で医療崩壊している東京で、世界中からアスリートを招いて五輪を開催するという「無謀な作戦」も控えている。 「コロナ敗戦」という言葉が頭にちらつくのは、筆者だけだろうか』、「今回の「戦争」の犠牲者は、前回と異なって「経済死」や「自殺」なのでわかりづらいが、今のまま「国民のがんばり」で押し切ろうとすれば、甚大な被害を招くはずだ」、そうなれば、「五輪」開催は中止すべきだろう。

次に、1月8日付けPRESIDENT Onlineが掲載した経済ジャーナリストの磯山 友幸氏による「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」」を紹介しよう。
・『感染者が減らなければ、期限はズルズルと延びる  政府は1月7日、「非常事態宣言」を再度発出した。前回の2020年4~5月時とは違い、今回は東京都と神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県だけとし、全面的な休業要請ではなく、飲食店など業種を絞っての午後8時までの時短要請など“限定的”な対策に留めた。期限は2月7日までの1カ月としたが、これで新型コロナウイルスを封じ込めて感染者を減らすことができなければ、期限がズルズルと延びていくことになりかねない。 西村康稔担当相は前回とは違って“限定的”な対策に留めたことについて「エビデンス(証拠)がある」と強調した。1年近い新型コロナとの闘いの中で、「学んできた」と胸を張ったわけだ。つまり、昨年4月のように完全に人の動きを止めなくても、新型コロナは封じ込められるとしているわけだ。 だが、本当だろうか。さっそく厳しい予測が出されている。 西浦博・京都大教授(感染症疫学)は試算を公表し、昨年4~5月の宣言時に近い厳しい対策を想定しても、東京の1日当たりの新規感染者数が100人以下に減るまで約2カ月が必要だとした。さらに今回の飲食店の時短営業など“限定的”な対策では、2月末になっても新規感染者数は1300人と、現状と横ばいになると予測している。つまり、現状の対策では「生ぬるい」と言っているわけだ』、「西浦博・京都大教授」の「試算」では、「今回の飲食店の時短営業など“限定的”な対策では、2月末になっても新規感染者数は1300人と、現状と横ばいになると予測」、気休めでしかないようだ。
・『第1波では経済への打撃を小さくできたが…  いったい政府は昨年の緊急事態宣言から何を学んだのだろうか。 明らかなのは、緊急事態宣言で完全に人の動きを止めようとすると、経済が大打撃を被るということだ。2020年4~6月期のGDPは1~3月に比べて年率換算で29.2%の減少と、戦後最悪の結果になった。7~9月はその反動で前の3カ月に比べれば22.9%増になったが、実態は「回復」と呼べるものではなく、前年同期比では5.7%の減少が続いている。 例えば4月の全国百貨店売上高は、日本百貨店協会の集計によると前年同月比72.8%減、5月も65.6%減となった。全日本空輸(ANAホールディングス)の4~6月期の国内線旅客は88.2%も減っている。大幅な赤字に転落する企業も続出。パートやアルバイトを中心に非正規雇用も大幅に減少した。 この経済の「猛烈な縮小」から人々の生活を守るために、特別定額給付金や持続化給付金などを支給し、雇用調整助成金の特例を導入して企業に雇用を維持させるなど対策を講じた。結果、第1波は諸外国に比べて影響を小さいまま封じ込めることができた』、「第1波」の「影響を小さいまま封じ込めることができた」のは確かだ。
・『ブレーキとアクセルを踏み続けた菅政権  ところが、それ以降、政府の対応は「経済優先」へと大きくシフトしていく。安倍晋三首相の辞任を受けて就任した菅義偉首相は「Go Toトラベル」の継続にこだわり続け、新規感染者が増え始めてもブレーキを踏むことに躊躇した。 「Go Toトラベルで感染が拡大したというエビデンスはない」と言い続け、11月後半の3連休などは新型コロナ流行前を上回る人出が繰り出した。感染者が増えても「検査件数を増やしていることが一因」とし、「重症者は少ない」としたことで、国民の間から危機感が失せていった。 自粛を要請するなどブレーキをかける一方で、Go Toトラベルなどアクセルも踏み続けた結果が、12月以降の「感染爆発」につながったのは明らかだろう。“限定的”な緊急事態宣言というのは、まさにブレーキとアクセルを両方踏む「過去の失敗」の延長線上にある』、「“限定的”な緊急事態宣言というのは、まさにブレーキとアクセルを両方踏む「過去の失敗」の延長線上にある」、その通りだ。
・『封じ込めに有効なのは「短期決戦」のはず  1月7日に東京都が発表した感染確認者は2447人と過去最多を記録したが、全体の7割が「感染経路が不明」という。どこの誰からどうやってうつったか、ほとんど分からないわけで、酒を伴う会食が原因とするにはエビデンスが十分ではない。 もちろん、可能性がある以上、会食を制限するのは対策としては正しい。だが、午後8時までに営業を短縮すれば感染者が増えない、という話にはならない。欧米のようにレストランなどは一斉に休業要請するのが、新型コロナを封じ込めるには取るべき手だろう。 酒の提供は19時までとなると、居酒屋などは事実上、営業できていないのも同然だ。店舗に補償金が支払われるといっても人件費などを考えれば経営を成り立たせるのは不可能に近い。感染拡大のためのブレーキとしては不十分な上に、経営も危機に瀕するとなれば、極めて中途半端な対策ということになる。 4~5月の教訓は、思い切って経済を犠牲にすれば、感染拡大は食い止められるということだ。1カ月耐えれば、その先に明かりが見えるということなら、経営者も従業員も辛抱できる。「短期決戦」で思い切った経済停止を行うことこそ、新型コロナ封じ込めには有効なはずだ』、同感である。
・『迅速に助成金を届ける仕組みもできていない  本来、経済を止める一方で、人々の生活を守る術を考える必要があるのだが、結局、政府の動きは鈍いままだ。昨年4月には国民1人当たり10万円の特別定額給付金の支給を決めた。全員に一律とすることで短期間に支給できるという話だったが、実際は、支払いに膨大な手間と時間を要した。 行政のデジタル化が進んでいないことが原因とされ、菅首相は「デジタル庁の新設」を指示したが、実際にデジタル庁ができるのは早くて今年9月。データベースの整理やシステム構築などを考えれば、実際にシステムが稼働するのは3年から5年はかかる。つまり、昨年の教訓から学んでいれば、本当に支援が必要な人に迅速に助成金を届ける仕組みを真っ先に整備すべきなのに、一向にそれは整っていない。 米国は年末の12月21日に、総額9000億ドル(約90兆円)に及ぶ新型コロナ対策を盛り込んだ法案を可決した。そこには2度目となる現金給付も盛り込まれている。成人・未成人ともに1人当たり600ドルが支給される。ただし、今回は全員に給付するのではなく、2019会計年度の年収が7万5000ドル超の場合、原則100ドルを超過するごとに5ドルずつ減額され、年収9万9000ドル以上の成人には支給されない。 つまり、本当に困窮している人に支給する仕組みとしているのだ。失業保険についても、1週間当たり300ドルを追加で給付することを決めた』、米国は手回しがいいが、日本では官僚のサボタージュと思いたくなるほど、何も進んでいないようだ。
・『冬の感染爆発は「想定内」だったはずだ  もしかしたら冬になれば感染爆発が起きるということは、菅内閣が発足した時から「想定内」だったはずだ。危機管理は最悪の事態を想定することが基本である。営業停止を求めることになれば、営業補償だけでなく、失業したり給与が激減する人が急増することも分かっていたはずだ。そのために、個人に助成金をどう届けるか、とりあえずの方法を構築しておく必要があった。 今回の新型コロナに伴う経済危機の特徴は、飲食業や宿泊業の現場で働く弱者を直撃していることだ。今回の緊急事態宣言による対策で事態はさらに深刻化する。1カ月の「緩い」対策の結果、感染者が減らなかった場合に時短措置が延長されるようなことになれば、現場での解雇や雇い止め、廃業、倒産が激増することになるだろう。そうした現場の弱者を救う日本のセーフティーネットがあまりにも貧弱であることが露呈することになりかねない。 1月7日の夜に会見した菅首相の言葉は、どこか他人事のようで、国民の心に響くものとは言えなかった。給与も賞与もほとんどカットされていない政治家や高級官僚には、現場でとたんの苦しみを味わっている弱者の気持ちは分からないのだろうか。過去から謙虚に学び、将来のリスクへの対策を講じる。危機を想定できない政府が国の存亡を危うくする』、完全に同感である。

第三に、1月8日付け現代ビジネスが掲載したジャーナリストの長谷川 幸洋氏による「「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/79102?imp=0
・『入院できない感染者が3000人  新型コロナの感染拡大を受けて、2度目の緊急事態宣言が発令される中、衝撃的な数字が発表された。東京都で「入院や療養先が決まらない人が3000人を超えた」という。もはや完全な医療崩壊である。宣言より先に、現実はとっくに緊急事態に突入していたのだ。 1月7日付各紙は政府の緊急事態宣言絡みの話を大きく扱った。たとえば、読売新聞1面トップの大見出しは「緊急事態 来月7日まで」である。だが、私は、その横の縦3段見出し「都内『自宅待機』週3000人」に目を奪われた(https://www.yomiuri.co.jp/medical/20210106-OYT1T50215/)。 記事は「東京都で新型コロナに感染したが、入院先や療養先が決まらず『調整中』となっている人が12月27日から1月2日までの週で3000人を超えた」と伝えている。ようするに「感染しているのに、病院やホテルに入れない人が3000人もいる」というのである。 医療崩壊の定義はいろいろあるかもしれないが、私はこれこそ「医療崩壊」と思う。厚生労働省の資料を探してみたら、10分ほどで見つかった。「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」の会合に添付された「東京都内の陽性者の調整状況(週別)」という資料である(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000715529.pdf)。東京都内の陽性者の調整状況(厚生労働省ホームページより) これを見ると、12月20〜26日の週は「入院・療養等調整中」が1700人超くらいだったが、27〜1月2日の翌週は一挙に3000人を超えた(青い棒グラフ)。「調整中」は11月29〜12月5日の週の700人超から徐々に増えていたが、ここへきて突然、急増したのは明らかだ。 これとは別に「東京都内の陽性者の調整状況(処遇別)」というグラフもある。処遇が「自宅療養」と決まった場合は「自宅療養」として記載されている。調整中は処遇が決まらず「宙ぶらりん」の状態にある人だ。ほとんどが「自宅待機」だろう。 この事態について、同じ会合の別資料はこう記している(https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000715536.pdf)。 〈入院調整に困難をきたす事例や通常の医療を行う病床の転用が求められる事例など通常医療への影響も見られており、各地で迅速な発生時対応や新型コロナの診療と通常の医療との両立が困難な状況の拡大が懸念される。また、入院調整が難しい中で、高齢者施設等でのクラスターの発生に伴い、施設内で入院の待機を余儀なくされるケースも生じている〉 後段にある「高齢者施設内で待機を余儀なくされるケース」は、とりわけ深刻だ。施設でクラスターが発生しているのに「入院先が見つからないから、やむを得ず、そのまま施設にとどまっている」という状態である』、「感染しているのに、病院やホテルに入れない人が3000人もいる」、「これこそ「医療崩壊」」、その通りだ。
・『医師の治療すら受けられない  これが現状だとすると、東京では「これから新型コロナに感染しても、入院できない」と覚悟しなければならない。となれば、自宅にとどまらざるを得ないが、そうなると当然、家族に感染する可能性が高くなる。 だからといって、自宅で家族と完全に分かれて暮らすのは、難しい。トイレも風呂も別にするなど不可能だ。もはや感染は本人の話だけではない。「自分が感染したら、家族にも感染させてしまう」と考えなければならない。これが一点。) 医師と看護師による治療も受けられない。6日には「昨年3〜12月で全国の変死事案で新型コロナに感染していた人が122人いた」というニュースも報じられた(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG061OU0W1A100C2000000)。とくに、12月は56人と急増した。これは「自宅待機」が増えた話と裏腹だろう。話が東京だけにとどまらないのは、このニュースで分かる。 自宅待機あるいは自宅療養が続いて、十分な治療が受けられなかったので、死亡してしまったのだ。今後、こうしたケースが続発する可能性は極めて高い。こうなってしまったからには、とにかく感染しないように、当面は自主防衛するしかない。 ここまで書いたところで、7日の東京都の新規感染者が過去最多の2447人に達した、というニュースが入ってきた。中には、自宅療養する人もいるだろうが、入院ないし宿泊療養が必要な人は当分、受け入れ先が見つからない。明日以降もこの状態が続くのだ。 以上を踏まえれば、1月7日に発令された「緊急事態宣言はやはり遅かった」と言わざるを得ない。本来であれば、医療崩壊を避けるための宣言であるはずなのに、現実は「医療崩壊が始まってからの宣言」になってしまった』、「本来であれば、医療崩壊を避けるための宣言であるはずなのに、現実は「医療崩壊が始まってからの宣言」になってしまった」、菅政権の優柔不断さの結果だ。
・『後手に回った菅政権の残念さ  宣言発令までのプロセスも残念だった。菅義偉内閣は小池百合子東京都知事らの発令要請を受けて、仕方なく発令したような印象がある。小池氏ら1都3県の知事が西村康稔経済再生担当相と会談し、発令を要請したのは1月2日、政府が発令を検討すると表明したのは2日後の4日だった。 政府が宣言発令を想定していなかったのか、と言えば、そんなことはない。たとえば、西村氏は昨年12月30日、ツイッターで「感染拡大が続けば、国民の命を守るために、緊急事態宣言も視野に入ってくる」と発信している。大臣がこう言うからには、当然「いずれ発令もあり得る」と考えていたはずだ。 同僚コラムニストで内閣官房参与を務めている高橋洋一さんは1月6日に収録した「長谷川幸洋と高橋洋一のNEWSチャンネル」で「第3次補正予算をあれだけ大きな規模で組んだのだから、12月の段階で当然、頭に入れていた」と語っている。 だが、そんな政府の姿勢はまったく国民に伝わっていない。決定的だったのは、昨年12月31日の大晦日である。この日、東京都の新規感染者が1337人というショッキングな数字が出た。これを受けて、菅首相は官邸で即席会見に応じた。記者が「緊急事態宣言について、どう考えているか」と質問すると、首相は宣言には触れず「いまの医療体制をしっかり確保し、感染拡大に全力を挙げる」と答えた。記者が重ねて問うても、首相は「いま申し上げた通りです」と語っただけで、後ろを向いて歩き去ってしまった。これで、菅首相が発令に消極的な姿勢が鮮明になった。 こういう経緯があるから「宣言に慎重だった菅政権が4知事の要請を受けて、しぶしぶ発令した」という印象が強まるのだ。政府の実情を知る高橋さんが後で「実は政府も検討していた」と解説しても、普通の国民に政権内部の様子は分からない。報道で知るだけだ。) 「いま何を、どのように検討しているか」を国民に伝えるのは、政権の重要な仕事である。「決定前には話せない」としても、そこを微妙なニュアンスで伝えるのが広報の役割だ。政府と国民のコミュニケーションとは、そういうものだ。 たとえば、首相は「1337人という数字には、私も衝撃を受けている」くらいは言うべきだった。そう言えば、国民も共感する。深読みする記者なら「もしかしたら宣言を出すかも」とピンと来て「政府が宣言、検討」と報じたかもしれない。首相の言葉次第なのだ。 それがないから「あたかも、小池氏らに押し込まれて出した」という話になってしまう。ずばり言えば、これは「広報の失敗」である。このままでは「菅政権のコロナ対策は後手後手だ」という批判を避けられない。菅政権は早急に広報体制を立て直す必要がある』、「菅政権」には共同通信の論説副委員長だった柿崎明二氏を総理補佐官に就任させたが、まだ機能してないのだろうか。まあ、「総理補佐官」の問題ではなく、「総理」自身の問題なのだろうが・・・。 
タグ:パンデミック ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 PRESIDENT ONLINE 現代ビジネス 磯山 友幸 (経済社会的視点) (その12)(医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう 戦時中と変わらぬ日本の姿、「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」。「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり) 「医療危機に「国民のがんばり」で立ち向かう、戦時中と変わらぬ日本の姿」 緊急事態宣言の再発令で疲弊する医療機関にトドメか 筆者は今回の緊急事態宣言には反対 社会へのダメージが大きすぎる ただでさえ疲弊する医療機関にトドメを刺す恐れもある 疲弊する医療従事者の皆さんの「経済死」を招く 国民に「経済死」を強いる政府がまだ手を尽くしていないこと 一部の病院だけに重症患者が集中して「野戦病院」のようになっている一方で、コロナ患者を受け入れることなく、いつも通りにのんびりとした診療を行っている病院も山ほどあるのだ。 この「偏在」の問題を解消したうえで、それでもなお持ちこたえられないというのなら、営業自粛でもロックダウンでもなんでもやればいい。というか、躊躇なくやるべきだ 「「無策」を放置して、「国民一丸となって頑張るぞ」と突き進むと、結局最前線で戦っている人たちや国民に、多数の犠牲者が出る。そんな悲劇が過去にもあった。そう、先の太平洋戦争だ」、同感である 「国民のがんばり」に頼って大量の犠牲者を出した戦時中の教訓 足りなかったのは、世の中のムードに流されず、「この方向で突き進んだらやばいかも」と立ち止まる勇気や、自分たちが置かれた状況を客観的に分析する、冷静な視点だった 責任感の強い人たちは、自粛をしない人たちを探し出して注意もした。感染拡大地域のナンバーをつけた自動車に石を投げる人もいた。やっていることは、戦時中の「非国民狩り」と変わらなかった。 しかし、そんな国民の血のにじむような努力も、最前線の医療従事者を救うことはできなかった」、その通りだ 政府が後ろ向きな緊急事態宣言を自ら求める日本人の「自粛意識」 「国民の「自粛意識」が政府のそれを飛び越えてしまっているのだ。 実は、戦時中もそうだった」、それは確かだが、「国民」には「自粛」以外に打つ手がないのも事実だ。「日米開戦を引き起こしたのはポピュリズムだった」、同感だ 令和日本のポピュリズムが「コロナ敗戦」を招く 今回の「戦争」の犠牲者は、前回と異なって「経済死」や「自殺」なのでわかりづらいが、今のまま「国民のがんばり」で押し切ろうとすれば、甚大な被害を招くはずだ」、そうなれば、「五輪」開催は中止すべきだろう 「本当に1カ月で解除できるのか」中途半端な緊急事態宣言にある巨大リスク 「政府はこの1年何をしていたのか」」 感染者が減らなければ、期限はズルズルと延びる 「西浦博・京都大教授」の「試算」では、「今回の飲食店の時短営業など“限定的”な対策では、2月末になっても新規感染者数は1300人と、現状と横ばいになると予測」、気休めでしかないようだ 第1波では経済への打撃を小さくできたが… ブレーキとアクセルを踏み続けた菅政権 「“限定的”な緊急事態宣言というのは、まさにブレーキとアクセルを両方踏む「過去の失敗」の延長線上にある」、その通りだ 封じ込めに有効なのは「短期決戦」のはず 「短期決戦」で思い切った経済停止を行うことこそ、新型コロナ封じ込めには有効なはずだ』、同感である 迅速に助成金を届ける仕組みもできていない 米国は手回しがいいが、日本では官僚のサボタージュと思いたくなるほど、何も進んでいないようだ。 冬の感染爆発は「想定内」だったはずだ 給与も賞与もほとんどカットされていない政治家や高級官僚には、現場でとたんの苦しみを味わっている弱者の気持ちは分からないのだろうか。過去から謙虚に学び、将来のリスクへの対策を講じる。危機を想定できない政府が国の存亡を危うくする 長谷川 幸洋 「「医療崩壊」はもう起きている…遅すぎた宣言発令で見えた菅政権のお粗末ぶり」 入院できない感染者が3000人 「感染しているのに、病院やホテルに入れない人が3000人もいる」、「これこそ「医療崩壊」」、その通りだ 医師の治療すら受けられない 「菅政権」には共同通信の論説副委員長だった柿崎明二氏を総理補佐官に就任させたが、まだ機能してないのだろうか。まあ、「総理補佐官」の問題ではなく、「総理」自身の問題なのだろうが・・・
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