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医療問題(その27)(「多すぎる病院」が コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由、医療体制は根本的な立て直しが急務 今こそ動くべき「自民党厚労族」) [生活]

医療問題については、昨年12月15日に取り上げた。今日は、(その27)(「多すぎる病院」が コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由、医療体制は根本的な立て直しが急務 今こそ動くべき「自民党厚労族」)である。

先ずは、昨年12月24日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「「多すぎる病院」が、コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/258104
・『現実味を帯びる医療崩壊 内情はどうなっているのか  連日のように「医療崩壊の危機」が叫ばれている。 日本医師会などは「医療の緊急事態」を宣言、日本看護協会も春の第1波の際に看護師が離職した医療機関が15.4%にのぼったという調査結果を明らかにするとともに、現在看護職員の心身の疲労がピークを迎えており、「限界に近づいている」と述べている。 かねてより懸念されていた医療崩壊がいよいよ現実味を帯びてきたことを受けて、「指定感染症の2類相当措置の見直し」(注)を主張する人も増えてきた。インフルエンザと同じような対応にすれば、医療崩壊は避けられるというのだ。 マスコミがそうした騒ぎ方をしていることで、感染症で高齢者が亡くなることがすっかり「コロナの恐ろしさを象徴する悲劇」ということになってしまったが、実は日本ではインフルエンザでコロナよりも多く人が亡くなっている。昨日、「コロナで亡くなった人が3000人を突破した」とマスコミが報じていたが、昨年インフルで亡くなった方は3575人もいるのだ。 ワクチンや治療薬があるのになぜこんなにも「助けられない命」が出てしまうのかというと、社会のあちこちでクラスターが発生して、高齢者や基礎疾患のある方が感染し、重症化するからだ。 皆さんも、昨年の今頃は少し熱っぽくても、満員電車に乗って会社へ行ってゴホゴホやっていたはずだ。日本全国の小学校や中学校も同じで、軽症の子どもたちがウイルスを広め、学級閉鎖が起きていた。こんな調子で、実はインフルエンザは年間1000万人もの感染者が出ている。 ただ、これだけ凄まじい数の感染者と重症者・死者が出ているにもかかわらず、毎年冬になるたびに「医療崩壊の危機」は叫ばれていない。その理由は明快で、季節性インフルエンザは5類感染症だからだ。 コロナのように、重症患者は指定感染症医療機関でしか受け入れてはいけない、軽症や無症状でも隔離しなさい、検査結果をすべて報告しなさい、といった縛りがない。つまり、1000万人もの感染者が出ても、医療現場の負担は極端には重くならないので、対応できているというわけだ。 実際、医療専門サイト「m3.com」が9月に医療従事者を対象に意識調査を行なったところ、7割弱の医師が「2類相当の見直しが必要」と回答したという。 これには個人的にはまったく同感だ。しかし、一方でもし仮に「2類相当の見直し」がなされたところで、そこまで状況は改善されないのではないかという気も少々している。日本の「医療崩壊の危機」を引き起こしている根本的な問題が、解決されていないからだ。 それを放置したままで、インフル相当の対応にしても、医療現場は疲弊していく一方である。よしんば今回はどうにかしのいだとしても、新たなウイルスが登場したらひとたまりもない』、「2類相当の見直し」は確かに小手先の対応といった印象だ。
(注)「指定感染症の2類相当措置の見直し」:感染症には1類から5類まである。全国保健所長会が2類相当の扱いを緩めることで、保健所の逼迫状況を解消してほしい旨を厚労省に申し入れた。
・『急性期病院が多すぎることの何が問題なのか  では、それは何かというと、「急性期病院が多すぎる」という問題だ。 「急性期病院」というのは、地域の重症患者の治療などを24時間体制で行なっている大きな病院のことだ。今回、コロナの重症患者を受け入れて、現場がひっ迫しているのはほとんどこの急性期病院だ。 というと、「日本はそういう大きな病院がたくさんあるおかげで、まだなんとか医療崩壊をしないで済んでいるんだろう」と感じる方も多いだろう。「うちの近所にはそういう大きな病院がない!多いどころか足りていないじゃないか!」と怒りの声をあげる方もいらっしゃるかもしれない。そう、われわれ日本人にとって、「病院がたくさんある=医療が充実している」というのは、小学生でもわかる「常識」だ。 これまで、筆者もそう思っていた。が、800以上の急性期病院のビッグデータをもとにして病院の経営改善支援をおこなっている、グローバルヘルスコンサルティングジャパン(以下、GHC)の分析を見ると、それは「思い込み」に近いものだった、という厳しい現実を突きつけられる。 結論から先に言ってしまうと、地域の医師や看護師といった医療従事者の数に対して、急性期病院が多すぎるため、結果として、一つひとつの急性期病院の医療体制を脆弱にして「崩壊の危機」を招いている、というなんとも皮肉な現象が起きているのだ。 GHCの会長で、スタンフォード大学で医療政策部を設立した国際医療経済学者のアキよしかわ氏と、GHC代表取締役社長の渡辺さちこ氏によって、今月23日に世に出された『医療崩壊の真実』(エムディエヌコーポレーション刊)には、「多すぎる急性期病院」という問題がコロナ医療をひっ迫させていることを示す、客観的なビッグデータが多く掲載されている。 たとえばわかりやすいのが、「集中治療」に関するデータだ。 コロナ患者が重症化した場合、集中治療ができるかどうかということが、患者の生死を分けることになるのは言うまでないだろう。もちろん、それは集中治療室があればいいという単純な話ではなく、ECMOや人工呼吸器などを用いての治療となるため、専門的な知識や経験のある「集中治療専門医」や「救命救急医」がいなくてはいけない』、「急性期病院が多すぎるため、結果として、一つひとつの急性期病院の医療体制を脆弱にして「崩壊の危機」を招いている、というなんとも皮肉な現象が起きている」、このブログの1月11日付け「パンデミック(経済社会的視点)(その12)」でも指摘した問題である。
・『「人が足りない」では片付けられない問題とは  では、日本のコロナ重症患者たちはそのような適切な治療を受けているのかというと、必ずしもそうとは言い難い現実がある。 今年の2~6月にコロナ患者を受け入れた341の病院を対象にGHCが調査をしたところ、集中治療専門医、救命救急専門医がいた病院は193病院(57%)にとどまり、これらの専門医がいない病院が4割強に上っているのだ。 日本の専門医が不足していることは事実だが、実はこれには「人が足りない」で片付けられない構造的な問題もある。コロナ患者を受け入れていない266の病院では、35病院(15%)で集中治療専門医や救命救急専門医が常勤し、89病院(39%)には呼吸器内科専門医がいた。 コロナ重症患者が押し寄せて、死ぬか生きるかという戦いをしている病院に、その鍵を握る専門医がおらず、コロナ患者が1人もこないような病院に、コロナ治療に必要不可欠な専門知識や技術を有する医師がいる。需要と供給が噛み合わないミスマッチが生じてしまっているのだ。GHCはこの問題について、以下のように分析をしている。 《ここで、「問題の本質」はというと、集中治療専門医が全国で1955人(救急科専門医は約5000人、いずれも日本救急医学会HPより)と、それでなくとも十分ではない中、日本のこの状況は、“多すぎる急性期病院数”が「専門医の分散」に拍車をかけているという実態があるということなのです》』、「コロナ重症患者が押し寄せて、死ぬか生きるかという戦いをしている病院に、その鍵を握る専門医がおらず、コロナ患者が1人もこないような病院に、コロナ治療に必要不可欠な専門知識や技術を有する医師がいる。需要と供給が噛み合わないミスマッチが生じてしまっているのだ」、なんともバカバカしい「ミスマッチ」だ。
・『OECD加盟国平均よりも多い日本の病床数が物語ること  そう聞くと、「ミスマッチが起きていることはわかったが、それを病院の数に結びつけるのは暴論だ!」「病院が多いことで救われる命もたくさんあるはずだ!」という意見も多く出そうだ。「病院がたくさんある=医療が充実している」という常識を持つ日本人にとって、受け入れ難い結論だろう。 ただ、残念ながらこれも客観的なデータが物語っている。同じく『医療崩壊の真実』の中に掲載されているが、日本の人口1000人あたりの病床数は13.1。OECD加盟国平均は4.7なので、それと比べて桁違いにベッドの数が多いのだ。それはつまり、病院の数もかなり多いということである。 もちろん、これは国民皆保険という日本独自の制度ゆえの多さだ。どこでも誰でも気軽に医療にアクセスできるようにする保険制度なのだから、いたるところに病院がなくては意味がない。そのような意味では、日本にこれほど病院が多いことは決して悪いことではなく、むしろ素晴らしいことだ。 乳幼児や子どももすぐに医療にかかることができるし、お年寄りや体の弱い人もアクセスしやすい。どこかの国のように、隣町の病院へ行く途中に亡くなってしまうといった悲劇も少ない。病院が圧倒的に多いことが日本人の健康や命を守ってきという事実からも、筆者は「病院が多い」ことを批難するようなつもりはまったくない。 ただ、我々患者がその素晴らしい医療の恩恵を受けることができているのは、「医療従事者の重い負担」という犠牲の上に成り立っているという現実がある、という現実を指摘したいだけだ。 人口1000人あたりの医師数は、OECD平均が3.5人のところ、日本は2.4人しかないのである。看護師も先進国の中では、多くもなく少なくもなくという感じだ。 医療従事者の人口あたりの数は、諸外国と比べてそれほど変わりがないか、むしろ平均以下のこの国において、病院が諸外国と比べてこれほど多かったら、どんな悲劇が起きるかは明らかだろう。 まず、医療現場ではブラック労働が常態化する。圧倒的に多い病院に、ただでさえ少ない医療従事者が振り分けられるので、1人あたりの負担が重くなることは容易に想像できよう。その中でも、諸外国と比べて仕事量が増えるのが看護師だ。 「第9回医師の働き方改革に関する検討会」(2018年9月3日)で配布された「諸外国の状況について」という資料の中に、諸外国の医療体制を比較した一覧がある。その「病床百床あたり臨床看護職員数」を見ると、アメリカは394.5、イギリスが302.7、ドイツが164.1、フランスが161.8であるのに対して、日本はどうかというと、83と断トツに少ない。 これだけ負担が重いと、当然心身を壊す。日本医療労働連合会の「看護職員の労働実態調査」(2017年調査)では、「慢性疲労」を訴える看護師は7割を超え、「仕事を辞めたいと思う」が74.9%にも達していた。その理由は「人手不足で仕事がきつい」が47.7%と最も多く、その次が36.6%で「賃金が安い」だった』、「看護師」の業務はまさにブラック職場そのものだ。
・『医療現場はコロナ禍前から「崩壊」の危機に瀕していた  マスコミは「コロナ感染拡大によって医療現場がひっ迫しています!」「看護師の心身が限界です!」と大騒ぎをしているが、コロナのはるか昔から、医療現場はとっくに「崩壊の危機」にさらされていたというわけだ。 それが崩壊せずにどうにか持ちこたえていたのは、現場の医療従事者たちの「頑張り」以外の何物でもない。それが今回のコロナ危機で、いよいよ限界を迎えているのだ。 日本の医療崩壊危機は、医療従事者数に対して圧倒的に病院数が多いという「歪んだ構造」によるところが大きい。この根本的な問題を解決しないことには、「指定感染症2類相当措置の見直し」などで現場の負担を軽減しても焼け石に水だ。インフル相当にすれば当然、市中感染が広がるので、地域の急性期病院に重症患者が集中する。そうれなれば結局、医療のひっ迫は繰り返されるだろう。 もし何かしらの要因で、感染者数が減少に転じるなどして運よく乗り切っても、新手のウイルスが来たらまた同じ問題が起きる。また、高い確率で起きると予想される首都直下型地震や南海トラフ地震で多数の怪我人が出た際にも、今のまま医療従事者が「分散」していると、地域医療は機能不全に陥ってしまう恐れもある。 本当に医療従事者の負担を減らして日本の医療を守りたいのなら、「医療従事者のためにも出歩くな」「我慢だ」「GoToを止めるのが遅いのが悪い」といった感情的な議論をしているだけでは、いつまでたっても問題は解決できない。 なぜこんなにも、医療従事者が疲弊しているのか。なぜ世界一というほど医療インフラが整備されているのに、崩壊寸前になっているのか。今こそ、医療が抱える構造的な問題に目を向けて、客観的なデータに基づいた分析が必要なのではないか』、「現場の医療従事者たちの「頑張り」で」「持ちこたえていた」のが、「今回のコロナ危機で、いよいよ限界を迎えている」、「今こそ、医療が抱える構造的な問題に目を向けて、客観的なデータに基づいた分析が必要」、同意したい。

次に、1月13日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏による「医療体制は根本的な立て直しが急務、今こそ動くべき「自民党厚労族」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/259401
・『新型コロナの感染拡大が止まらない。欧米に比べ感染者は圧倒的に少ない日本だが、なぜ医療崩壊が起きているのか。複雑に問題が絡み合う医療体制の本質的な問題解決のために、「自民党厚労族」がもっと動くべきではないだろうか』、「族議員」に何を期待するのだろうか。
・『医療崩壊の本質的な原因は何か  菅義偉政権は、新型コロナウイルス感染拡大が止まらない東京都と埼玉、千葉、神奈川の3県を対象に緊急事態宣言を再び発令した。経済への悪影響を考慮して、宣言に基づく措置は前回より絞られたものとなった。 筆者は、「緊急事態宣言」の発令以前に政治がやるべき対策があったと思う。菅首相の対応が厳しく批判されているが、むしろ「自民党厚労族」がより前面に出て、医療体制の複雑な問題を、解きほぐして対策を立てていくべきだったと思う。 また、緊急事態宣言の再発令については、違和感がないわけではない。 欧米の新型コロナ感染者数は日本の約100倍を超えるなど、圧倒的に多い。一方、日本は感染者数が欧米に比べると少なく、人口当たりの病床数が群を抜いて世界で一番多い国だ。それにもかかわらず、医療逼迫(ひっぱく)や医療崩壊の危機が騒がれている。 つまり、緊急事態宣言まで出して、国民の行動をさらに制限しようとしているが、国民の行動そのものが医療崩壊の危機の原因というよりも、むしろ、日本の医療体制、医療行政により本質的な問題があると思う。そこに手を付けるのが難しいので、国民により一層の努力を求めているのである』、確かに「本質的な問題」には「手を付け」ずに、「国民により一層の努力を求めている」、余りに安易だ。
・『重症者対策は大病院に集中させるべきだ  この連載では、昨年夏、新型コロナの「第2波」が収まりつつあった時に、大学病院に対する重症者の病床確保の依頼を交渉してまとめておき、「第3波」を待ち構えておくべきだったと指摘した(第262回・p2)。 特に、今回、緊急事態宣言が再発令された東京都では、最初からコロナ患者を受け入れている東京医科歯科大学をはじめ、受け入れを少しずつ増やしてはいる。だが、その数はまだまだ十分とはいえない。 現状は、重症者向けの設備が整わない中規模病院が中症者等を受け入れて疲弊している一方で、重症者への対応が可能な規模と最先端の設備を持つ大学病院など大病院の多くのコロナ患者受け入れが十分ではなく、その結果、重症者向け病床が逼迫しているということだ。 逆に言えば、やはり大学病院など設備の整った大病院に、新型コロナの治療の経験を積み、ある程度治療法を理解した人を集約化して、集中的に治療に専念する体制を組むほうが、重症者の救命率を上げることができるということではないだろうか。 例えば、新型コロナの死亡率には、地域差があることが指摘されている(共同通信)。新型コロナ感染後に死亡する人の割合は、東京が1.1%にとどまるのに対して、岩手、富山、石川の3県では5%を超えるなど、地域によって違う。死亡率が高い地域は、病院や高齢者施設のクラスターの発生が多く、感染者の平均年齢が高いようだ。 それについて、筆者の知人で米国での勤務経験がある臨床医に聞くと、地方では集中治療室(ICU)や専門医が少ないからだと指摘する。一方、東京は感染者数が多いにもかかわらず死亡率が低いのは、感染が若者中心であることに加えて、これまでの治療や感染対策の経験が生かされているからだという。 要するに、やみくもに感染者を治療するよりも、ある程度経験があり治療法がわかった医師を集めて、治療にあたったほうがいいということがいえるのではないか。 これから1カ月間の緊急事態宣言でなんとか感染者数を減らし、一息つけるような状況になることを願う。そして、その間に大学病院など大病院に経験のある医師、施設を集約させて、重症者対策を充実させるべきだと、あらためて主張したい』、同感である。
・『重症者対策を集約できない理由  大学病院など大病院に新型コロナの重症者対策を集約できないのには、さまざまな理由があると考えられる(第262回・p3)。新型コロナ用の病床を増やすことで、心臓移植、肺移植など高度な医療設備を使った治療や手術ができなくなる懸念がある。 また、大学の教授会や病院内の「政治力」の問題もあると考えられる。要は、感染症関連の医師の政治力が弱いからだ。政治力を持つのは、「七大生活習慣病」の関連科である。 新型コロナの重症者を受け入れると教授会や理事会で提起しても、「七大生活習慣病」の医師から、院内感染でクラスターが発生したら、ほかの疾病の高度治療や研究に支障が出るという意見が出たら、それに抵抗するのが難しいことは容易に想像できる。 さらに、医師不足が問題となっているが、新型コロナに対応する病院に、医師を集められない現状があるという。筆者の知人の臨床医によれば、比較的忙しくないクリニックの勤務医で、新型コロナ対応を手伝いたい医師は少なくないようだ。 ところが、昨年4月の緊急事態宣言発令時に、「手伝いたい」彼らは保健所や医師会に連絡したが、手伝うことができなかったという。行けるところがあれば行きたかったというが、これまでその機会はなかった。看護師の募集はたくさん出ているが、医師のスポット勤務の募集がほとんどないのだそうだ。 彼らは、重症者対応は経験を積んだ優秀な医師が集中的に行い、外来の対応などはスポット勤務の医師で対応できると指摘している。それでも、新型コロナ対応の医師のスポット勤務の募集が出ない理由は、おそらく労災など補償の問題が生じるからだと推察される。スポット勤務した医師が、新型コロナに感染した場合、2週間隔離となる。本来の勤務先のクリニックに出勤できなくなるので、その間の金銭的な補償をどうするかという問題が発生するのだ』、「大学の教授会や病院内の「政治力」の問題もある。要は、感染症関連の医師の政治力が弱い」、これはなかなか難しい問題だ。「新型コロナ対応の医師のスポット勤務」も「感染した場合」の「2週間隔離」があるのであれば、難しそうだ。
・『医療体制立て直しのために動くべきは政治家だが  結局、医療逼迫、医療崩壊を回避するためには、このような医療体制の複雑な問題をどう解決するかが重要となる。だが、それを医師の間で行えというのは無理だろう。医師は本質的に「専門家」であり「現場の人」だ。いきなり専門分野を超えて、制度設計を考え、必要な改革を実行する行動は難しい。 それでは、医療行政に携わる厚労省の技官はどうか。官僚は基本的に、現行のルールの範囲内で何を行うかを考える人たちだ。ルールの変更は基本的に考えず、今できることを守ろうとする。むしろ、ルールの変更には徹底して抵抗する。 医療崩壊の危機の元凶ともいわれ、現場の医師の7割が訴えているとされる新型コロナの感染症2類相当の指定の変更を、かたくなに拒んでいるのが象徴的だ(第248回・p5)。官僚にも、医療体制の柔軟な運用はできない。 結局、現行法の改正や、補償金の決定などによる医療体制の変更は、政治家しかできないのだ。 しかし、これまで、新型コロナ対策にかかわってきた官邸の政治家は、加藤勝信官房長官(前・厚労相)や西村康稔経済再生相である。彼らは、安倍政権期から「世論対策担当」を担ってきた政治家だ(第163回・p3)。これについてまず考えたい。) 例えば、加藤官房長官は、かつて「働き方改革担当相」「一億総活躍担当相」「女性活躍担当相」「再チャレンジ担当相」「拉致問題担当相」「国土強靱化担当相」「内閣府特命担当相(少子化対策男女共同参画)」と、実に7つの閣僚職を兼務していた。これらは、まるで一貫性がなさそうだが、全て「国民の支持を受けやすい課題」だという共通点があった。 つまり、加藤氏はいわば「支持率調整担当相」であり、首相官邸に陣取って、支持率が下がりそうになったらタイミングよく国民に受ける政治課題を出していくのが真の役割だった。 また、安倍政権期から新型コロナ対策担当となったのが、西村経済再生相だ。経済再生と、基本的に経済活動を抑制して感染症の広がりを防ぐという、まるでアクセルとブレーキを同時に踏むような正反対の役割を1人で担ってきた。そのことが、官邸が仕切る新型コロナ対策の本質を象徴的に示しているのだ。 振り返ってみれば、新型コロナ対策で官僚と専門家会議が「クラスター対策」など日本独自の戦略を編み出し、一定の成果を上げた一方で、突如として科学的な根拠のない「アベノマスク」「Go Toトラベル」のような、一見「国民の受けがよさそうな対策」が突如出てきた。これは、加藤氏や西村氏という「支持率調整担当」の政治家が、官邸の意思決定にかかわってきたからにほかならない(第237回)。 そして、官邸が新型コロナ対策のために注視してきたことは、単純な感染者数の増減である。国民が、感染者数の増減にしか関心がないと思っているからだ。感染者数が増えれば恐怖し、減れば安堵する。そして、ワイドショーなどのメディアがその恐怖をあおる。それは、政権の支持率の変動に直結する。だから、新型コロナ対策は、単純な感染者数で決められていくことになる。 支持率重視で対策を決めるようになると、対策そのものが後手に回るのは、ある意味当然だ。そういう世論調整のようなやり方は、平時にはうまくいったかもしれないが、コロナ禍という「有事」には通用しないと厳しく批判したい』、「厚労省の技官はどうか。官僚は基本的に、現行のルールの範囲内で何を行うかを考える人たちだ。ルールの変更は基本的に考えず、今できることを守ろうとする。むしろ、ルールの変更には徹底して抵抗する」、それを使いきれないのは、官邸の弱さもあるのではなかろうか。「支持率重視で対策を決めるようになると、対策そのものが後手に回る」、もっとあるべき姿を実現するための対策、を考えてゆくべきだろう。
・『「自民党厚労族」が今こそ動くべきだ  新型コロナの特徴を理解し、適切な対策を決めることや、複雑な事情が絡み合った医療体制の問題を解きほぐして医療逼迫を防ぐことができるのは、日常的に医療行政に接して法律の制定や改正にかかわり、予算分捕りなどカネの流れにも精通しているはずの、自民党の厚労族議員なのではないか。 ところが、新型コロナ対策に関して、厚労族は静かなのである。むしろ、官邸の意思決定を混乱させないようにするためか、現場の医師からの声を受け止めながら、それが官邸に届かないようにしている節すらある(第242回・p8)。例えば、現場の医師からの要望が非常に強い、新型コロナの指定感染症2類の見直しを、厚労族の重鎮である田村憲久厚労相が行わないとしているのだ。 世界的に、ロックダウンという新型コロナ対策は、単に感染拡大を先送りするだけで効果がそれほどないことが明らかになっている。日本でも緊急事態宣言で、感染者数が一時的に減ったとしても、それで安堵するだけでは、問題の本質的な解決にはならない。  繰り返すが、欧米の約100分の1の感染者数にとどまりながら、欧米では起きていない医療逼迫、医療崩壊の危機に陥ってしまっているということが、日本の新型コロナ対策の本質的な問題だ。それは、世論の推移に右往左往する官邸ではなく、自民党厚労族が複雑な医療体制の問題を丁寧に解いていくことで、解決すべきなのではないだろうか』、「自民党厚労族」に「複雑な医療体制の問題を丁寧に解いていく」、といった芸当を期待するのは甘いようだ。もっと主体的な解決策を期待したい。
タグ:医療問題 ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 上久保誠人 (その27)(「多すぎる病院」が コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由、医療体制は根本的な立て直しが急務 今こそ動くべき「自民党厚労族」) 「「多すぎる病院」が、コロナ禍で医療現場の危機を招きかねない理由」 現実味を帯びる医療崩壊 内情はどうなっているのか 「2類相当の見直し」は確かに小手先の対応といった印象だ 急性期病院が多すぎることの何が問題なのか 急性期病院が多すぎるため、結果として、一つひとつの急性期病院の医療体制を脆弱にして「崩壊の危機」を招いている、というなんとも皮肉な現象が起きている」、このブログの1月11日付け「パンデミック(経済社会的視点)(その12)」でも指摘した問題で 「人が足りない」では片付けられない問題とは コロナ重症患者が押し寄せて、死ぬか生きるかという戦いをしている病院に、その鍵を握る専門医がおらず、コロナ患者が1人もこないような病院に、コロナ治療に必要不可欠な専門知識や技術を有する医師がいる。需要と供給が噛み合わないミスマッチが生じてしまっているのだ」、なんともバカバカしい「ミスマッチ」だ OECD加盟国平均よりも多い日本の病床数が物語ること 「看護師」の業務はまさにブラック職場そのものだ 医療現場はコロナ禍前から「崩壊」の危機に瀕していた 現場の医療従事者たちの「頑張り」で」「持ちこたえていた」のが、「今回のコロナ危機で、いよいよ限界を迎えている」 今こそ、医療が抱える構造的な問題に目を向けて、客観的なデータに基づいた分析が必要」 「医療体制は根本的な立て直しが急務、今こそ動くべき「自民党厚労族」」 医療崩壊の本質的な原因は何か 確かに「本質的な問題」には「手を付け」ずに、「国民により一層の努力を求めている」、余りに安易だ 重症者対策は大病院に集中させるべきだ これから1カ月間の緊急事態宣言でなんとか感染者数を減らし、一息つけるような状況になることを願う。そして、その間に大学病院など大病院に経験のある医師、施設を集約させて、重症者対策を充実させるべきだと、あらためて主張したい 重症者対策を集約できない理由 感染症関連の医師の政治力が弱い 新型コロナに対応する病院に、医師を集められない現状がある 新型コロナ対応の医師のスポット勤務」も「感染した場合」の「2週間隔離」があるのであれば、難しそうだ 医療体制立て直しのために動くべきは政治家だが 厚労省の技官はどうか。官僚は基本的に、現行のルールの範囲内で何を行うかを考える人たちだ。ルールの変更は基本的に考えず、今できることを守ろうとする。むしろ、ルールの変更には徹底して抵抗する」、それを使いきれないのは、官邸の弱さもあるのではなかろうか 「支持率重視で対策を決めるようになると、対策そのものが後手に回る」、もっとあるべき姿を実現するための対策、を考えてゆくべきだろう 「自民党厚労族」が今こそ動くべきだ 「自民党厚労族」に「複雑な医療体制の問題を丁寧に解いていく」、といった芸当を期待するのは甘いようだ。もっと主体的な解決策を期待したい
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