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ミャンマー(その2)(スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか、ミャンマー軍事政権と中国の「急接近」はあるか?宮本雄二・元中国大使に聞く 宮本雄二/ミャンマー・中国元大使に聞く)  [世界情勢]

ミャンマーについては、2018年6月9日に取り上げた。今日は、(その2)(スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか、ミャンマー軍事政権と中国の「急接近」はあるか?宮本雄二・元中国大使に聞く 宮本雄二/ミャンマー・中国元大使に聞く)である。

先ずは、本年 2月10日付け東洋経済オンラインが掲載したジャーナリストで元毎日新聞編集委員の春日 孝之氏による「スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/410827
・『ミャンマーで起きたクーデターは、この国のウォッチャーを「まさか」と絶句させる出来事だった。なぜ、あのミン・アウン・フライン国軍最高司令官が……。そんな反応である。 彼は民主化プロセスに前向きで、穏健派と目されていたからだ。「総選挙での不正」が、クーデター正当化の理由となりえるのか。民主政権を転覆させるという暴力的手段が、これまでの改革を後退させ、国民の猛反発を招いて、取り戻しかけた国軍の権威を失墜させかねないとは考えなかったのだろうか』、「国軍」の発砲によるデモ参加者の死亡事件も相次ぎ、様相は緊迫の度を高めている。
・『クーデターの大義とは対極にありそうな私的事情  ともかく、ミン・アウン・フラインはルビコン川を渡ると心を決め、実行に移した。ここでは「クーデターの大義」とは対極にありそうな彼の「個人的な理由(都合)」に絞り、その心中を推し量ってみた。 私は2015年6月にミン・アウン・フラインにインタビューをした際、生年月日を聞いた。「1956年」としか公表されていなかったからだ。返ってきたのは「59歳です。60歳に向かっているところです」との曖昧な言葉だった。この国では、政権幹部や高級軍人の誕生日は国家の「最高機密」である。占星術や呪術が盛んなお国柄で、「黒魔術で呪詛される」と本気で信じているからだ。 ミャンマーの政治と占星術、呪術の深いつながりについては拙著『黒魔術がひそむ国ミャンマー政治の舞台裏』で紹介しているので、ここでは詳細を省くが、ミン・アウン・フラインは当時、翌年に定年を迎えて退役するはずだった。 しかし、インタビューから半年後に実施された2015年総選挙でアウン・サン・スー・チー率いる当時の最大野党「国民民主連盟」(NLD)が大勝。NLD政権の誕生が確実となり、ミン・アウン・フラインは定年を延長して最高司令官の地位にとどまる。政権交代で軍出身のテイン・セイン大統領が退くことになり、スー・チー新政権の「目付」を自らが担うという判断もあったと思う。 今回のクーデターの個人的理由として、ミン・アウン・フラインの「大統領への野心」が指摘される。可能性はあった。スー・チー政権の行政、政治能力、つまり政権運営能力は客観的に見てもレベルは低い。「自分がタクトを振るえば……」という自負心があったとしても不思議ではない。 同時に、今度は避けて通れそうにない「65歳の定年」を前に、どうしても「最高権力者でなければまずい」と考えたであろう事情を斟酌したい。 今回SNS上では、2020年総選挙に際して、ミン・アウン・フラインがあるシナリオを描いていたとのうわさが飛び交った。軍系政党が一定議席を獲得して自らが大統領になる「プランA」。大敗した場合はクーデターを敢行するという「プランB」。やむなく「プランB」を実行に移した、というものだ。 プランの真偽は別にして、選挙結果次第で大統領になるチャンスはあった。大統領選出の仕組みはこうだ。選挙を受けて国会の上院と下院の民選議員からそれぞれ1人、両院の4分の1を占める最高司令官指名の軍人議員団から1人の計3人を副大統領に選ぶ。この中から全員投票で大統領を選ぶのだ。 つまり、ミン・アウン・フラインはまず軍人議員団の推挙で副大統領となる。軍系政党とその友党が改選議席の4分の1を獲得していれば、国会議席の過半数を占めて大統領に選出される。ハードルはそんなに高くなかったが、軍系政党は惨敗した。 冒頭で「選挙不正」がクーデター正当化の理由になりえるのか、と提起したが、スー・チー政権を誕生させた2015年総選挙でもスー・チー側が「不正」を訴えて大騒ぎになった。軍系政党の票の買収疑惑に加え、今回と同様に有権者名簿の不備に起因するものもだ。名簿に欠落や重複があまりにも多く、NLDは、選挙前に修正版を発表した選挙管理委員会に「依然3~8割が誤りだ」と猛反発した。結局はNLDが大勝。当時のテイン・セイン政権の選管は異議申し立てを受け付け、まがりなりにも調査を行って騒ぎは収束した。 今回はスー・チー政権の選管だ。「不備」は予測できる。調査要求を一切拒否したというなら民主主義のプロセスを無視したことになり、ミン・アウン・フラインの主張にも「一理」はある(とは言えクーデター正当化の理由にはならないと思うが)』、なるほど。
・『見逃せないロヒンギャ問題  ミン・アウン・フラインが最高権力者の地位にこだわった個人的理由の1つとして、ロヒンギャ問題は見逃せない。国軍は、ロヒンギャ武装組織への掃討作戦に対し、国連や米欧から「民族浄化だ」と厳しい非難を浴びてきた。作戦は、武装組織による治安部隊への同時多発テロが引き金となったが、国際司法の場でミン・アウン・フラインら国軍幹部は訴追の対象だ。権力を手放せば、2期目に入ったスー・チー政権が国際的な圧力に屈し、拘束などのリスクにさらされる可能性が生じる。 スー・チーは、オランダでの国際司法裁判所の審理に出廷し、国軍の作戦に「行きすぎ」を認めたが「ジェノサイド(集団虐殺)の意図」は否定した。スー・チーも国際的な非難を浴びて「堕ちた偶像」とまでこき下ろされた。 これに対しSNS上では当時、こんなうわさが駆け巡った。スー・チーはミン・アウン・フラインにこう告げる。「次の審理にはあなたが出廷しなさい。あなたの指揮した作戦ですから」。これがクーデターの伏線になったというわけだ。スー・チーはロヒンギャ問題で自国の立場を主張せず、沈黙してきた。彼はそんなスー・チーへの苛立ちを募らせていたと。 2人の確執の深さは、スー・チーが最高権力を手中にした経緯を知ることで容易に想像できる。 スー・チーのNLDは2015年総選挙で大勝、国会議席の過半数を占めた。NLDが出す副大統領が大統領に選出されることになった。大統領は憲法上、国家元首である。スー・チーは自分がなりたかったが、憲法の国籍条項が阻んでいた。息子が外国籍だからだ。 そこで彼女は「大統領の上に立つ」と宣言し、ミン・アウン・フラインと水面下で攻防を繰り広げた。私は当時ヤンゴンで、NLD法律顧問で最高裁の法廷弁護士だった人物からその推移をフォローしていた。スー・チーは国籍条項の一時凍結案を国会で通して「正式な大統領」になるウルトラC案を突き付ける。しかし「憲法の守護者」を任じるミン・アウン・フラインの抵抗は強く、最終的にスー・チーは「国家顧問」という超法規的ポストを創設、「大統領の上」に君臨する最高指導者となった。「憲法が禁止していないから問題ない」という驚くべきレトリックだった。 ミン・アウン・フラインが地団駄を踏んで悔しがったことは、その後の彼の発言からも明らかだ。こうした妙案をひねり出したとみられる先の弁護士はその後、何者かに暗殺される』、「最終的にスー・チーは「国家顧問」という超法規的ポストを創設、「大統領の上」に君臨する最高指導者となった。「憲法が禁止していないから問題ない」という驚くべきレトリックだった」、「スー・チー」氏もなかなかしたたかなようだ。
・『最後の交渉は「メンツとメンツのぶつかり合い」  今回のクーデターを前に前日、国軍とスー・チーの両サイドで「最後の交渉」が行われたことが明らかになっている。選挙不正への対応をめぐるもので、交渉内容を知りうる筋は「メンツとメンツのぶつかり合いだった」と明かす。 この国の憲法は、国家非常時には最高司令官が全権を掌握できるシステムになっている。「クーデター容認条項」があるのだ。そうした憲法上の実質的な最高権力者ミン・アウン・フラインと、憲法を超越した最高権力者スー・チー。2人は互いに妥協を拒み、従来からのスー・チーへの不満に加え、義憤にかられたミン・アウン・フラインは最後の一線を越える決意をした……。 もちろんクーデターの理由が1つ、というのは考えにくい。ロヒンギャ問題で国際的非難を浴びる中での国軍内の守旧派の巻き返し、ミャンマーでの「失地回復」を試みる中国の利害や利権、米中対立といった国際情勢などさまざまな要素が思い浮かぶ。 それらは別の機会に触れるとして、クーデターはミャンマー民主化の流れにも国際的な政治潮流にも逆行する大それた行動である。ミン・アウン・フラインに、クーデターという挙に駆り立てた、いや「支え」となった何かが存在したのではないか。表向きには出てこない、占いや呪術的な要素の介在だ。クーデター決行の決断や実行の日時、新軍政発足の日時についても、この国では必ず「お抱え占星術師」が重要な役割を担う。私は、クーデターの背後にひそむ「ミャンマー政治の舞台裏」に思いをはせている』、「「お抱え占星術師」など「クーデターの背後にひそむ「ミャンマー政治の舞台裏」に思いをはせている」、とは我々の想像を超えた世界のようだ。

次に、2月19日付けダイヤモンド・オンライン「ミャンマー軍事政権と中国の「急接近」はあるか?宮本雄二・元中国大使に聞く 宮本雄二/ミャンマー・中国元大使に聞く」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/263
・『国軍、NLDの勢いに危機感 だが「軍政回帰」は疑問  Q:今回の国軍のクーデターをどう受け止ますか。 A:2011年に民政移管後、15年と昨年11月の2回の選挙でアウンサンスーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)が大勝し、国軍側に影響力がどんどん弱まる危機感が強かった。 国軍側は憲法で国会に議員数の4分の1の「軍人枠」を設け、民政移管後も影響力を維持する仕掛けを施してきたが、それでもNLDが勢い増す一方のなかで焦りがあったことは確かだろう。 ただ歴史的に見ても、独立した当初からミャンマー(当時はビルマ)は民主主義体制を志向してきた。国軍が権力を掌握した時もあったが、派閥争いや汚職で民政が機能しなくなったときに暫定的に統治するというものだ。その意識は国軍自身も今も持っているはずだ。それが他国の軍事政権とは違う点で、国民もそういうことで軍事政権を認めてきた。 だから今回も軍政回帰に一直線に向かうとは思えない』、「ミャンマー・中国元大使」、とはまさに最適任者だ。
・『民主化ロードマップ」は転換点 もはや後戻りできない  Q:しかし過去2回のクーデターの際も、軍事政権は長期化し独裁的な体制が続きました。 A:最初の62年のクーデターで政権を作ったネウィン将軍は、日本軍に訓練された「ビルマ独立軍」の創設メンバーだった。当時、全体の統括をスーチー氏の父親のアンサウン将軍がやり、軍事面の統括をネウィン氏がやって、ビルマの独立を達成したが、独立運動の目的はビルマに民主的な政府を作ることにあった。 だからクーデター後もネウィン氏は民主的な政府に(権力を)返す必要があると常に思っていた。 ただもともと軍人だし、軍は社会を安定化させることができるが経済を発展させる能力がない。以前はタイより豊かな国だったが、ネウィン政権の最後の頃、87年には国連の最貧国に指定されて、援助をもらうだけの国になってしまった。 誇り高いミャンマーの人には屈辱的なことだった。そこで学生らを中心に大規模な民主化運動が起き、結局、その混乱を88年に軍が無血クーデターで収束することになる。 Q:その時もソウマウン将軍を議長に新政府が作られ、90年には選挙が行われましたが、NLDが圧勝したのに政権移譲は行われませんでした。 A:国軍が政権について得たさまざまな既得権益を守ろうとしたことにあったと思う。私が大使でいた時、現地の華僑の人から、ミャンマーには、表のミャンマー経済と同じサイズで裏のミャンマー経済があるといわれた。 軍事政権がいろんなものを輸入禁止にするのだが、その裏で密輸でもうける。そういう闇の経済の利益の半分は華僑が、半分は軍事政権が手にしているということだった。 だがスーチー氏の登場以降、国際社会は軍事政権に厳しくなり、制裁を受けたこともあって経済は一向によくならない。97年にASEANに入ったが、ASEANからは経済自由化など、欧米とはまた違う圧力を受けることになった。 それで軍事政権も耳を傾けざるを得なくなって、2003年に「11年に民政移管を完了する」という「民主化への7段階のロードマップ」を発表した。 行き当たりばったりで何をやってもうまくいかず、袋小路に追い込まれて考え出されたのが民主化ロードマップだった。民主化をすれば国際社会が認めてくれるし、外資も入ってくる。そうすることでミャンマーの次の一歩を踏み出せると、当時のキンニュン首相が打ち出したわけだ。 軍事政権もそれを守り、11年3月にテインセイン大統領の下での民政移管が実現した。軍政には後戻りできないという意味で民主化ロードマップでというのは、ミャンマーの歴史的な転換点だった』、歴史的にみると、「軍政」の期間が長かったことに改めて驚かされる。
・『スーチー氏にも責任がある 民政を守る努力、双方が不十分  Q:そうした歴史があるにもかかわらず軍はなぜ今回、実力行使に出たのですか。 A:ミャンマーでは国をまとめて一つの方向にもっていける政治指導者がなかなか出てこない。アウンサン将軍は別格の政治指導者でもあったが、ネウィン将軍以降は、基本的に軍人だ。将来の民主化に戻すことを見据えた統治を実現するためには新たな政治指導者が必要だ。 その点ではテインセイン大統領は軍人出身だったが、スーチー氏の立場に配慮して意識的にスーチー氏やNLDとの関係もうまく作り、経済改革も進めて外国企業の進出も増えた。それで2015年に選挙をしてNLDが勝った。ここまではテインセイン氏にとっても予定通りだったと思う。 だが16年に、NLD政権ができてスーチー氏は国家顧問兼外相という形で実権を握るのだが、スーチー氏も本当の政治家ではないから国をまとめるということではうまくやれていなかった。 実質的な大統領なのだから、今度はスーチー氏が軍のメンツを立てながらやらないといけなかった。軍との関係をうまくやって進めていけば、民主主義の体制は徐々にだが、本当に根付いていくと思う。 もちろん軍部にも責任があったが、スーチー氏も責任を負わないといけない。NLDと国軍の間で常に対立があった状況を克服し、民政を守っていく努力が双方ともに不十分だった。今回のクーデターの根源的な原因はそれだと思う。 Q:具体的には何が問題だったのでしょうか。 A:国軍からすれば、スーチー氏が国軍の力を弱めようとする動きをずっとするわけだ。国軍枠の議席を保障した憲法の修正提案をずっとやって、選挙で選ばれた政府が名実ともに統治できるようにする方向で動くから、NLD政権は軍の既得権益を脅かそうとしているというふうに軍は考える。 一方でスーチー氏から見れば国軍との関係が大事ということで、ロヒンギャ弾圧で国際社会から非難されながら国軍を擁護してきた。これほど犠牲を払っているのに、という思いがある。 だが国軍にはスーチー氏は我々に敬意を示さないという思いがあるし、昨年の選挙で不正があったと言っているのに一顧だにしない。メンツが著しく損なわれたと受け止めたのだろう。メンツは彼らにとってはべらぼうに大事な価値観だ。 ただ、国民にクーデターが支持されているかといえばそうではない』、今回は公務員もクーデターへの抗議デモに参加しているようだ。
・『軍は「一枚岩」ではない可能性 クーデターの正当性は弱い  Q:それはどうしてですか。 A:一つは国軍クーデターの正当性が著しく弱いことがある。 これまでは、軍事政権は国が混乱したときの暫定だということでクーデターの正当性は国民も理解したし、軍人もそう思っていたと思う。 だが、民主化ロードマップも軍事政権の時に作られ、軍自身がそれを実現してきたことを考えると、選挙に不正があったという名目だけでクーデターをするのに値するのか、という疑問が軍の中にもあると思う。 現地の関係者に聞いた話だが、テインセイン氏は16年に退任したが、昨秋の選挙結果を受け入れるように軍幹部には言っていたようだ。軍幹部の中にもそう思っている人がいて一定の勢力があるということだと思う。軍が一枚岩ではない可能性がある。 それに国民の意識も違っている。 民政移管後のこの10年でミャンマーの人々が経済発展の果実を得て豊かな生活を体験した。軍政に戻るということはこれを放棄して、経済もうまくいかず、前と同じ貧しい生活に戻るということになる。それを納得するのかどうかだ。 今の抗議デモはNLDの支持者が中心だと思われるが、今後、経済がうまくいかなくなると、一般大衆が立ち上がる。そうなると、おそらく軍も相当に手を焼くと思う』、既に「一般大衆が立ち上がる」段階に入ったような気がする。
・『インド洋へのルート確保や「一帯一路」 中国には軍事、経済で死活的利益  Q:米国は軍事政権に対して制裁で動いていますが、中国はいまのところ静観の構えです。中国はどう動くのでしょうか。 A:中国にとってミャンマーは、軍事安全保障の面でも経済の面でも重要な国であることは間違いない。 ミャンマーを経由してインド洋に抜けるというルートは中国には戦略的なポイントだ。台湾有事などの際に米国第7艦隊がマラッカ海峡を封鎖すれば、エネルギー資源の入手経路が直ちに遮断され、死活問題となる。 南シナ海での基地建設に邁進しているのも同じ理由だ。ミャンマーやパキスタン経由でインド洋に出るルートを確保して米国の勢力圏にない拠点をインド洋に沿岸に設けることは安全保障上、必須のことだ。 この地政学的な要因に加え、ミャンマーは日本の1.8倍の国土に5000万人を超える人口を持っている。市場としてもASEANの最後のフロンティアだ。「一帯一路」構想でもここにとっかかりを持つことが中国の対外戦略の重要な利害に関わる。 今回も国際社会が経済制裁などで軍事政権を追い詰めることになれば、中国がミャンマーへの関与を強める可能性がある』、「ミャンマーを経由してインド洋に抜けるというルートは中国には戦略的なポイント」、「「一帯一路」構想でもここにとっかかりを持つことが中国の対外戦略の重要な利害に関わる」、となれば、「今回も国際社会が経済制裁などで軍事政権を追い詰めることになれば、中国がミャンマーへの関与を強める可能性がある」、難しいところだ。
・『西側の経済制裁実施の陰で最大の援助国として影響力  Q:西側諸国が経済制裁を強めれば、逆に中国は軍事政権を支えるということですか。 A:88年のクーデターの時も軍事政権が選挙で負けても政権移譲をせず、西側諸国が経済制裁をしたが、それを機に中国はあっと言う間に援助ナンバー1の国になった。 私がミャンマー大使でいた2000年代初めには、中国は圧倒的な援助のドナーで、ミャンマー政権も非常に気を使っていた。我々はミャンマーの要人となかなか会う機会がなかったが、中国大使はよく会っていて非常に気軽に口を利いていた。 なんとか接触をしようと、キンニュン首相が学校などを視察するときには必ず同行するようにして、チャンスを見ては立ち話をした。ただ政権トップだったタンシュエ議長らには3年の在任中、1回しか会えなかった。中国はしょっちゅう本国の共産党幹部ら要人が来ていたから、中国大使はタンシュエ氏らともよく会っていた。 それが当時の実情だが、ただそんなに心配しなくてもいいと思ったのは、ミャンマーの国民感情は日本に対してのほうが圧倒的に良くて中国には悪かったからだ。 当時、ミャンマーとタイ、ラオスの国境はゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)といわれて、麻薬栽培やカジノで稼いだ中国系ミャンマー人がミャンマー国内に下りてきてたくさんの中国人が生活するようになったが、高飛車な振る舞いで一般のミャンマー人に悪い印象を与えていた。 当時は日本政府は援助額としては大したことはできていなかったが、第二次大戦中、ミャンマーの人たちに命を助けられた旧日本兵やその家族が、慰霊団とか、感謝のための訪問を続け、学校を作り、井戸掘りをやっていた。政府も赤ちゃん用のワクチンを援助していて、現地の人はそれを知っている。 中国の援助は発電所などの大がかりなもので、政府は感謝するが、国民のほうは、金額は少ないけれど日本のほうが自分たちの生活のために支援してくれているということで心情的には日本支持だった』、「88年のクーデターの時も軍事政権が選挙で負けても政権移譲をせず、西側諸国が経済制裁をしたが、それを機に中国はあっと言う間に援助ナンバー1の国になった」、「政権トップだったタンシュエ議長らには3年の在任中、1回しか会えなかった。中国はしょっちゅう本国の共産党幹部ら要人が来ていたから、中国大使はタンシュエ氏らともよく会っていた」、「日本」と「中国」への対応の差はこんなにも大きいとは・・・。
・『ラオスやカンボジアにはならない? 支配の歴史に対する抵抗感強い  Q:援助を武器にした「南進政策」でラオスやカンボジアは事実上、中国に支配されているかのような状況です。ミャンマーはそうなりませんか。 A:ミャンマー人をずっと見ていて一番強く感じるのは、誇り高い人たちであり、抑えつけられることに対して強く反発することだ。 英国に植民地支配され、その後は日本軍の統治に抑えつけられた歴史がある。戦後、日本はミャンマーを支援してきたから、そのことには感謝してくれてはいるが、ミャンマーの独立を支援した点を除き、戦争中の日本に対しては感謝はない。 その国民性を考えると、中国に簡単に抑えられるとはまったく思わない。 ラオス、カンボジアは内心はまた別だと思うが、現状では中国の言うことを聞くという選択肢しかないが、ミャンマーはラオスやカンボジアのようにはならないと思う。 軍事政権も同じだ。国軍が一番、血を流した相手はビルマ共産党軍だ。国軍はビルマ共産党軍を抑え込んで国の統一を維持した。ビルマ共産党は、中国共産党、人民解放軍に直接支援されていたわけで、ビルマ共産党軍との戦いの歴史は国軍の中で間違いなく教育され、受け継がれている。 軍事政権は便宜的に中国と仲良くしていろんな支援を得ようとすることはあったとしても、心を許すことは本当にあり得ない。 そういう意味で中国にとってもかじ取りは非常に難しい。いわゆるゲーム理論に従えば千載一遇のチャンスで、西側諸国がミャンマーに対して厳しい態度を取れば取るほど自分たちが近づいていこうということになるが、ミャンマーはそもそも中国が抑えつけるには大き過ぎる。 日本なども全面的に協力しているし、タイなどの資本もどんどん入っているから、簡単に中国の言う通りにはいかない。) ただ今後、米中対立、とりわけ経済関係の成り行きいかんで、いわゆるセクターごとのデカップリング(中国分離)は起こり得るし、今回のコロナショックで起きたサプライチェーンの断絶の教訓から、そういった事態に備えなければいけないと、中国の共産党や政府の幹部の一部の人は考え始めていると思う。 それが現実になればなるほど、中国のアジアシフトは明確にならざるを得ない。昨年署名されたRCEP(ASEAN加盟10カ国と日中韓豪ニュージーランドの地域的な包括経済連携協定)はその基盤になり得るわけだ。 一方でミャンマーの軍事政権も中国に近づくことが利益だと考えたら接近するだろう。中国とミャンマーは状況によって、距離を置いたり逆に接近したりという戦術的な関係になる可能性がある』、「国軍はビルマ共産党軍を抑え込んで国の統一を維持した」、こんな歴史があったとは初めて知った。確かに「中国とミャンマーは状況によって、距離を置いたり逆に接近したりという戦術的な関係になる可能性がある」、のかも知れない。
・『国際的な孤立深まれば対中接近も 「選挙やり直し」で軍のメンツも立つ?  Q:ミャンマーの今後ですが、軍が一枚岩でないという状況でどういう展開を予想しますか。 A:一番心配しているのは、軍事政権はきちんとした情勢分析をせずにその時の雰囲気や流れでやってしまうことが多いことだ。だから、国際社会はあまり性急に追い詰めるようなことはしないほうがいい。 国軍のミンアウンフライン最高司令官が中国にどこまで近づくかというのは、軍事政権が国際社会でどれだけ孤立するか、による。またミンアウンフライン氏自身にとっても、軍が曲がりなりにも一体化している限りは中国にすり寄る必要はないが、軍の中の対立が相当、厳しいものになってくれば、中国にすり寄って助けてもらうという選択肢を取る可能性は出てくる。 国際社会、とりわけ西側諸国はこれらの要素を十分に考慮しながら軍事政権にはこれまでの民主化の軌道に戻るように働きかけることだ。 Q:国軍は「1年以内に選挙をやる」と言っていますが、そうなるのでしょうか。 A:選挙はやると思う。軍事政権にとってそれ以外に混乱を収拾する方法がない。国軍が主張するように選挙違反があったのかどうかはわからないが、ミャンマーではこれまで軍事政権の下でも選挙はきちんと行われてきた。 軍人だから、票をどう増やすかという選挙戦術などは知らないし、もともと軍は選挙には干渉しない。それで軍人やその家族が多数を占める地域でもNLDが勝つということが起きる。現地の関係者に聞いたら、昨年の選挙でも軍は本当に選挙に勝つと信じていたという。 もちろん、その前に前回選挙で不正があったという物語は作り上げると思う。勝つと思ってやって負けてしまい、選挙をやろうと主導した人の責任問題を回避するために不正があったと言うしかないということかもしれない。だが、選挙自体はきちんとやる。やり直し選挙をしてやはり負けたということになっても、一応、軍内部でも説明がつくわけだ。 そしてやり直し選挙ではNLDがまた勝つと思うし、軍はその結果を受け入れると思う』、「やり直し選挙ではNLDがまた勝つと思うし、軍はその結果を受け入れると思う」、分かり難い国だ。
・『性急に追い込むのはリスク 日本は米国へのブレーキ役に  Q:経済制裁などは性急にはしないほうがいいということですか。 A:まずはスーチー氏を釈放させ、選挙をやるというのなら実施させて、その代わりに結果には絶対に従うのだぞということを軍事政権に約束させ、徐々にクーデター前の状況に戻していくことが一案としては考えられる。 振り返ってみると、ミャンマーが民政移管を進めた際には、国連の安保理でミャンマー問題が議論され、それが軍事政権には相当のプレッシャーになっていた。 だから今回も安保理で議論することは圧力をかけるいい方法だが、このカードをあまり早く使い切らないほうがいい。すぐに結論を出して何かをやるというよりも、軍事政権を揺さぶる材料として、状況に応じて安保理で議論をする。それで揺さぶって、それでも動かなかったら、そのときには厳しい措置を取ればいい。 成り行きいかんでは、安保理で拒否権を持つ中国の重要性がさらに増す結果にもなり得るが、安保理カードが使えるというのは前回の経験で学んでいる。大事に取っておく必要がある。 Q:日本は伝統的にミャンマーとは良好な関係を維持してきましたが、ミャンマー問題で米中が対立するようなことになれば、米国からは連携強化を求められる可能性があり、政府も約400社の日本の進出企業も対応が難しくなります。 A:軍事政権とNLD双方に話ができるのが、日本が現在置かれた立場だ。そのためにこれまで外交努力を続けてきた。しがたって日本としては双方と話をし、さらに米国と相談しながら、どういうところに落とし込んでいけば各方面の打撃が少ないのか、妥協点を探る役割を担う必要がある。 軍事政権には一番大きな代償を払ってもらうことにならざるを得ないが、ただすべて軍事政権の責任というのでは、彼らを追い込んでしまう。反発して内にこもってしまうことにならないようにこちら側に引っ張ってきて、みんなである程度の出口を作るようにしないといけない。 米国が制裁でどう動くか、それから米国の人権団体の動向も注意する必要がある。米国が性急な措置を取ることへのブレーキ役になることも大事だ。 私が大使をしていた時もそうだったが、人権団体が日本は非人道的な軍事政権と付き合っていると難癖をつけて、進出している日本企業の不買運動を呼びかけたりした。他の日本企業も米国市場でのビジネスに影響が及ぶのを恐れてミャンマーに投資をしなくなった。 また米国政府がミャンマーで生産して米国に輸出をする企業を制裁対象にする可能性もある。今はミャンマーやアジア自体の市場が大きくなってきているので、ミャンマーへの進出企業の多くはミャンマー国内やASEANで利益を得るために出ている。米国市場以外を市場としているような企業であれば、そう心配することはないと思うが、メイド・イン・ミャンマーで米国に輸出をしている企業はリスクを抱える。 米国がそういう状況にならないように、日本政府もミャンマーの軍事政権に民主主義体制を全面的に否定しているのではないことを示させないといけないが、米国世論が人権を否定したという結論を持ったときには、人権団体が騒ぎ出すという構図があることは注意しておかないといけない』、確かに「ミャンマー」への対応は、一筋縄ではいかないようだ。
タグ:ミャンマー 東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン (その2)(スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか、ミャンマー軍事政権と中国の「急接近」はあるか?宮本雄二・元中国大使に聞く 宮本雄二/ミャンマー・中国元大使に聞く) 春日 孝之 「スーチー氏拘束を率いた司令官の切迫した事情 クーデターの支えに一体何が存在しているのか」 クーデターの大義とは対極にありそうな私的事情 見逃せないロヒンギャ問題 「最終的にスー・チーは「国家顧問」という超法規的ポストを創設、「大統領の上」に君臨する最高指導者となった。「憲法が禁止していないから問題ない」という驚くべきレトリックだった」、「スー・チー」氏もなかなかしたたかなようだ 最後の交渉は「メンツとメンツのぶつかり合い」 「「お抱え占星術師」など「クーデターの背後にひそむ「ミャンマー政治の舞台裏」に思いをはせている」、とは我々の想像を超えた世界のようだ 「ミャンマー軍事政権と中国の「急接近」はあるか?宮本雄二・元中国大使に聞く 宮本雄二/ミャンマー・中国元大使に聞く」 国軍、NLDの勢いに危機感 だが「軍政回帰」は疑問 「ミャンマー・中国元大使」、とはまさに最適任者だ。 民主化ロードマップ」は転換点 もはや後戻りできない スーチー氏にも責任がある 民政を守る努力、双方が不十分 今回は公務員もクーデターへの抗議デモに参加しているようだ 軍は「一枚岩」ではない可能性 クーデターの正当性は弱い 既に「一般大衆が立ち上がる」段階に入ったような気がする インド洋へのルート確保や「一帯一路」 中国には軍事、経済で死活的利益 「ミャンマーを経由してインド洋に抜けるというルートは中国には戦略的なポイント」、「「一帯一路」構想でもここにとっかかりを持つことが中国の対外戦略の重要な利害に関わる」、となれば、「今回も国際社会が経済制裁などで軍事政権を追い詰めることになれば、中国がミャンマーへの関与を強める可能性がある」、難しいところだ 西側の経済制裁実施の陰で最大の援助国として影響力 88年のクーデターの時も軍事政権が選挙で負けても政権移譲をせず、西側諸国が経済制裁をしたが、それを機に中国はあっと言う間に援助ナンバー1の国になった」 「政権トップだったタンシュエ議長らには3年の在任中、1回しか会えなかった。中国はしょっちゅう本国の共産党幹部ら要人が来ていたから、中国大使はタンシュエ氏らともよく会っていた」、「日本」と「中国」への対応の差はこんなにも大きいとは・・・ ラオスやカンボジアにはならない? 支配の歴史に対する抵抗感強い 「国軍はビルマ共産党軍を抑え込んで国の統一を維持した」、こんな歴史があったとは初めて知った。確かに「中国とミャンマーは状況によって、距離を置いたり逆に接近したりという戦術的な関係になる可能性がある」、のかも知れない 国際的な孤立深まれば対中接近も 「選挙やり直し」で軍のメンツも立つ? 確かに「ミャンマー」への対応は、一筋縄ではいかないようだ
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