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原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) [国内政治]

昨日に続いて、原発問題(その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証)を取上げよう。

先ずは、3月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元原発事故収束担当大臣の細野豪志氏による「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/264432
・『東京電力福島第一原発の事故から10年。原発事故収束担当大臣として指揮した細野豪志氏が、改めて当時の関係者たちを取材し、3.11からの10年を検証した『東電福島原発事故 自己調査報告』を上梓した。政策形成の中枢に関わった人たちの注目すべき発言や、これからの課題などについて、細野氏が緊急寄稿した』、興味深そうだ。
・『福島県浜通りの忘れがたい三つの場所  福島県浜通りには、私にとって忘れがたい場所が三つある。 第一に、東京電力福島第一原発(以下、「いちえふ」と称す)への前線基地となったJヴィレッジだ。装甲車や消防車で埋め尽くされ、自衛隊によって管理されていたあの場所が、10年後にサッカー場として若者の集う場所としてよみがえる姿を当時は想像できなかった。 第二に、原発のある大熊町だ。閣僚として「いちえふ」を訪れる度に、人の住まない大熊町の荒涼たる姿に胸が痛んだ。事故後すぐに「大川原地区を再生の拠点としたい」と言い切った渡辺利綱大熊町長の静かだがドスンと腹に響く言葉に、私を含めた政府関係者の中で自信をもってうなずけた者が何人いただろうか。今や大川原地区は、原発事故収束の拠点として再生している。 第三に、原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園だ。学園が設立された6年前、果たして浜通りの新設校に生徒が集まるのかという疑問の声が上がったが、今や地域課題に取り組む「未来創造探究」が定着し、全国の教育関係者が視察に訪れる学園に成長している。卒業生の中から、間もなく福島の未来を担う傑出した人材が出てくるだろう。あの原発事故から10年、福島はよくここまで来たと思う。 他方、福島には残された重大な問題があるのもまた事実である。総理補佐官として東電本店で原発事故に対応し、閣僚となってからは多くの政策決定に関わった政治家として、過去の政策判断の検証から逃げることは許されない。過日、『東電福島原発事故 自己調査報告』(徳間書店)を出版したのは、残された課題の解決策を示すためだ。本稿では、拙著で対談した関係者の発言を引用しながら原発事故を検証し、残された課題を明らかにする』、「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ。
https://futabamiraigakuen-h.fcs.ed.jp/
・『原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 ≪田中俊一初代原子力規制委員会委員長≫  厳しい言い方ですけど、やっぱり科学的な裏付けについては専門家がもっときちっとしたことを言わなきゃいけないと思うし、当時も私は、保健物理学会とか原子力学会が大事な時に何も言わない、役目を果たさないことに随分文句を言ったんです。やっぱり、いざという時に科学者が社会的責任を果たせないようじゃダメですよ。 ≪近藤駿介原子力委員会元委員長≫ 総理官邸に呼ばれて、菅総理から「最悪のシナリオ」を作成できないかと言われた(中略)。私は反射的に、「今起きていることが最悪ですよ」と申し上げたんですが、当時起きていたこと以外にも心配なことがなかったわけではないし、(中略)「一週間くださるならやってみましょう」と申し上げて退出したのです』、「2人の委員長」のことは以下のように評価しているようだ。
・『今なお残された課題  原発事故の対応にあたった専門家の中で、いち早く原発の専門家として国民に謝罪し自ら除染に取り組んだ田中俊一氏と、リスクを取って原発事故による「最悪のシナリオ」を作成した近藤駿介氏のリーダーシップは突出していた。危機管理において登用されるべき専門家には、虚栄心がなく重要な判断から逃げない胆力、そして行政組織を動かすマネージメント能力が欠かせない。わが国は新型コロナウイルスという新たな危機に直面している。危機管理に対応できる専門家の育成は、今なお残る国家的課題だ』、なるほど。
・『原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた ≪磯部晃一第37代東部方面総監/陸将≫ (細野)原発事故でものすごく大きなダメージではあったんだけれども、日本として事故に対応できたからよかったのであって、本当にできていなければ、国家として半ば崩壊していた…。 (磯部)原発がコントロールできていないとすると、瀬戸際だったかもしれませんね。 (細野)そうすると米国は次に様々なことを考えた可能性はありますね。 (磯部)当然考えていたと思います。 (細野)考えざるを得なかったと言えるかもしれない。 (磯部)米軍は常に最悪のことを全て考えるということでいたと思います』、日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう。
・『今なお残された課題  わが国外交の基軸は日米同盟だ。原発事故という国家的危機にあって同盟国である米国は手厚い支援の手を差し伸べてくれた。しかし、国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった。この状況を改善すべく開催された『日米合同調整会議』で私は日本側の代表を務めた。政府の各部局が集まる中で自衛隊を代表してこの会議に参加した磯部晃一氏は、当時を振り返り「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」というド・ゴールの言葉を引用して当時を振り返った。あの時、日米同盟は瀬戸際に立たされていたことを我々は決して忘れてはならない』、「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか。「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ。
・『除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も  ≪佐藤雄平前福島県知事≫ (佐藤)(除染の1mSvの目標について)あのときは本当に悪いけど、県民の安全と安心をとにかく全力で守るためなら、これは本当に無理だなと思うことまで含め全部言わせていただいた。今まさに非常事態に苦しんでいる県民の不安や障害、強く要望されたことを、きっちりと政府に伝える責務が県にはある。あとになってからなら何とでも言えるかもしれないが、当時は違う。それが必要とされるような世論であり、状況だった。県がそういう姿勢を尽くすことが、当時の多くの県民の安心にもつながったんだよ。 (細野)やっぱり子どもの存在は大きかったですか。 (佐藤)大きい。なんていったって子どもらが大事だから。 ≪竜田一人『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』作者≫ こういっちゃうとあれですけど、「線量1ミリ(追加被曝線量を年間1mSv)まで下げる」っていう当初の約束は、あれって正直言いすぎたと思ってらっしゃるんじゃないですか』、「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。
・『今なお残された課題  「あの時、1mSvという除染目標を明示しない方法はなかったか」 これまで何度も自問自答してきた。除染目標1mSvは、私の意に反して帰還の基準や安全基準と混同され、ひとり歩きすることになってしまった。目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった。福島県の強い要請や汚染者負担原則など、年間1mSvを決めた理由を挙げることはできるが、あの時の判断が結果として浜通りの復興を遅らせたのではないかとの思いは捨てきれない。しかし、時計の針を戻すことはできない。あの時、果たすことのできなかった責任を全うするために、福島のこれからのために政治家として全力を尽くす覚悟だ』、「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ。
・『福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり  ≪渡辺利綱前大熊町長≫ 相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた。千年の歴史の中でお互い協力しあった積み重ねがあって初めて文化が栄えるわけなんですよ。そんなに簡単に「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど。 ≪遠藤雄幸川内村村長≫(被災者の意識をどう自立の意識に変えていくかです。やはり自分の人生設計の中で、いつまでも被災者だという不幸に甘んじるわけにはいかない。どこかでやはり震災前のような生活、自分で判断して行動できるような、そういう生活パターンをきちんと確立していかなければいけないんだろうと思います。 ≪遠藤秀文(株)ふたば代表取締役社長≫  ここ(中間貯蔵施設)は東京から2時間ちょっとで来られて、あれだけ広大なフィールドもあるわけです。周辺にまだ住民がいない状況もありますが、視点を変えれば、「騒音などの影響をある程度軽減できるフィールド」という利点にも変わります。日本の基幹産業として育てるべき宇宙航空産業のフィールドとしての活用というのはあるかな』、「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」、「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ。
・『今なお残された課題  福島の最大の課題は浜通りの市町村のこれからのまちづくりだ。他の地域で生活基盤が確立した人の多くは、故郷への思いを残していたとしても、これから住民として戻ってくることは考えにくい。やがては震災・原子力災害対応の予算も減少し、地元自治体の自立的な財政運営が求められる時代が来る。積み重ねてきた歴史を大切にしながら、以前の街を取り戻すという発想ではなく、新たなまちのかたちを明確にしていくことが求められる。次の10年は、浜通りで始まっているイノベーションコースト構想や中間貯蔵施設の将来構想に地元の企業の参加を募り、具体的なプロジェクトを推進することで自立的な地域づくりを目指すべきだ』、なるほど。
・『事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査  ≪大川勝正大川魚店社長  福島の漁業関係、水産関係の方はみんな(処理水を)流してほしくないと言っています。僕もそうですね。それは自分たちの立場からすればデメリットばかりで何のメリットもないですから、流してほしくはない。原発事故後からここまで、皆さん何とか積み上げてきた10年があるので、それを壊してほしくないと思うんです。ただ、例えば原発の廃炉を進めるにあたって、やっぱり水は何とか処理しなきゃいけないっていうところはあります。 ≪緑川早苗元福島県立医科大学内分泌代謝専門医≫  過剰診断は非常に大きな不利益だと思います。実際、福島の子どもたちも手術をすれば一律に「がん患者」扱いとされてしまいますので、生命保険やがん保険の加入に大きな不利が生じますし、残念ながら将来の進路選択に影響することもあり得ます。また、本当はあってはならないのですが、結婚や就職の際にがんサバイバーの人たちが経験するような不利益を、本当は治療どころか見つける必要すらなかった病気によって受ける可能性があることは、皆さんに知っていただき真剣に考えていただく必要がある大きな問題だと思っています』、「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。
・『新たな10年、福島が前に進むために  「いちえふ」にたまり続ける処理水、福島県内で学齢期の若者については(対象をすべて検査する)悉皆(しっかい)検査に近い形で行われている甲状腺検査など、10年が経過する中で決断が求められている問題はほかにもある。新型コロナウイルスで社会が騒然とする中で、今こそ福島を国民に問うべきだと信じ、拙著を世に送り出すことにした。手に取ってくださった皆さんが、一つでも福島のためにできることを見つけてくだされば望外の喜びである』、立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ。

次に、3月14日付け文春オンラインが掲載したジャーナリストの船橋 洋一氏による「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/43933
・『フクシマとコロナの2つの危機は私たちに同じことを告げている。 日本は国民の安全と健康に重大な危害を及ぼす脅威に対する「備え」に真正面から向かい合っていない、そして政府はそのリスクの存在を認識していながら、備えに真剣に取り組んでいない、という点である。 福島第一原発事故の最大の教訓は、全交流電源喪失(SBO)などの原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった。実際、東京電力が地震と津波、なかでも津波に対する備えを怠ったことが命取りになった。 新型コロナウイルス感染症の場合も備えは不十分だった。検査体制も医療体制も増加する感染者の対応に追いつかなかったし、いまも追いついていない。それらの必要性は、2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1)の後、設置された対策総括会議の報告書で指摘されていたにもかかわらず、政府はその後10年、それを放置した。 いずれの場合も、備え(prepared-ness)が不十分だったことが、危機の際の対応(response)の選択肢の幅を狭めた。有事の備えに対する政府の不作為、というその一点で両者は共通する。 コロナ危機において、私たちは再び、フクシマを戦っている。コロナの戦いの中でいまなお『フクシマ戦記』が繰り広げられている』、「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ。
・『訓練を見ると本気度がわかる  私は、福島第一原発事故の後、事故と危機の検証を行い、その後10年、当事者と関係者への取材を続けてきた。このほど刊行した『フクシマ戦記 10年後の「カウントダウン・メルトダウン」』(文藝春秋)がその報告だが、この間、何度もぶち当たったのが、なぜ日本は危機管理がこうも苦手なのか、どうして有事の備えに正面から取り組むことができないのか、というテーマだった。 たとえば、原子力災害に備えての訓練の本気度の欠如である。 福島原発危機の中で吉田昌郎所長が最も衝撃を受けた瞬間は、3号機建屋が爆発した後、総務班から「40人以上が安否不明」という報告を受けたときだった(後にそれは誤報だと知る)。「腹を切ろうと思っていた」と吉田は政府事故調の聴取で述べているが、ここで多くの死傷者が出た場合、その後の現場の対応はまったく異なる展開となっていただろう。 この点を質したところ、東電の幹部はこんな風に言った。 「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね。仲間を失った時でも平静を保てる訓練をしなければいけない。その部門は人を大幅に入れ替えなきゃいけないかもしれないし……」 福島の事故対応では、警察、消防、自衛隊がファーストリスポンダーとして現地に赴き、3号機の使用済み燃料プールへの放水作業を行った。政府が全力を挙げてプラント内で危機対応をしたことの意味は大きかったが、吉田所長が、自衛隊の放水を「セミの小便」と形容したように、実際、それらの放水作業の効果は疑問であった(もっとも、これらの放水の効果についての検証は行われていない)。ファーストリスポンダーのオンサイトでの作業の下準備や道案内のため1時間、2時間と現地で作業した東電の社員のほとんどが年間の緊急時線量上限の100ミリシーベルト以上被ばくした。放射性被ばくの法定限度に従えば、彼らはその後、現場で働けなくなってしまう。 福島原発事故から3年ほどしたころのことだが、新たに設置された原子力規制庁の幹部は、原発の事業者(電力会社)は「猫も杓子も電源喪失シナリオの下で訓練を行っている。想像力というものをまるで感じられない」と語ったものである。たしかに、電力会社は電源車にしてもバッテリーにしても防潮堤にしてもハード面では過剰なほど備えの手当をしてきた。しかし、「40人以上の仲間の死」に見舞われたときや線量過多で従業員が戦線を離脱しなければならないとき、のシナリオが訓練に組み込まれたという話は聞かない。危機のさなか、原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難してしまったし、保安院はそれを黙認した。このような戦線離脱があったことも覚えておく必要がある』、「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ。「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ。
・『避難計画を再稼働の要件にせず  そもそも日本では、重大事故の際の住民避難をはじめ住民の安全確保のあり方(防災計画)について「政府一丸」と「社会一丸」で臨む態勢がいまなおできていない。原子力規制委員会は発足した後、「原子力災害対策指針」をまとめ、半径5キロ圏内を「予防的防護措置準備区域」(PAZ)、それより外側の半径30キロ圏内を「緊急時防護措置準備区域」(UPZ)とし、30キロ圏内の自治体には避難計画の策定を義務付けた。 実は、2012年6月に参議院環境委員会で原子力規制委員会設置法が可決された際、避難計画については「妥当性、実効可能性を確認する仕組みを検討すること」とする付帯決議がつけられた。これは「原発を動かすには、安全に逃げることのできる避難計画が必要だ。自治体に丸投げする仕組みでいいのか」との疑念を議員たちが抱いていたことを物語っている。 福島第一原発事故の教訓の一つは、直接の被ばくによる死でなく住民避難と防災の不整備による関連死が多かったことである。それだけに避難計画の「妥当性、実効可能性」を真摯に検討しなければならないはずなのだが、その双方とも心もとない。政府は「しっかりした避難計画が作れない中で再稼働を進めることはない」(菅義偉首相、衆院予算委員会=2020年11月4日)との立場を強調するが、法的には避難計画は再稼働の要件とされていない』、「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない。
・『「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」  原子力規制委員会は「原子力災害対策指針」で30キロ圏の自治体に「地域防災計画」を策定するように義務付けたが、地方自治体は規制委員会が避難計画を再稼働の要件にしないことを“責任逃れ”と見て、不信感を表明した。政府は最終的に、発電所の事故対応(オンサイト対応)と避難対応(オフサイト対応)を分離させ、オンサイトは原子力規制庁が所掌し、オフサイトは内閣府原子力防災が調整することとした。この背景には、原子力規制委員会と規制庁が各省の総合調整を果たすのは難しいという判断があった。そこで内閣府原子力防災担当(大臣)を設置し、原子力防災の総合調整を担わせることにしたのである。 しかし、「実際問題として、あそこ(内閣府)では警察、消防、自衛隊を動員する執行力がないため、イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」(政府幹部)のが実態である。安倍政権から菅義偉政権を通じて内閣官房副長官を務め、“危機管理の鬼”と言われる杉田和博官房副長官のことである。要するに、有事の際は法律通りには動かないだろうことを政府中枢が半ば認めているも同然なのである』、「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。

第三に、3月15日付けFNNプライムオンライン「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」を紹介しよう。
https://www.fnn.jp/articles/-/155407
・『未曾有の被害を出した東日本大震災、そして福島第1原発の事故から丸10年が過ぎた。東北全体の復興が進む中、福島県の東部ではいまだ帰還困難区域を解除する目処が立たず、原発の事故処理も大幅に遅れている。 放送3000回という節目を迎えた今回は、当時の菅直人元首相、全村避難を余儀なくされた前福島県飯舘村長の菅野典雄氏、福島原発事故10年検証委員会の座長として最終報告書を取りまとめた鈴木一人氏を迎え、当時の危機管理を再検証した上で日本の政治や社会が学ぶべき教訓を議論した』、「菅直人元首相」も出るとは興味深そうだ。
・『原発事故を食い止める何度もの機会を逸した  福島第1原発事故の発生から最初の7日間に何が起きたのか。3月11日に津波で福島第1原発の電源が喪失。翌12日早朝、菅直人首相が自衛隊のヘリで福島第1原発を視察。午後、格納容器の減圧に成功したものの水素爆発が発生し建屋が破損。14日には菅首相が東電本店へ直接出向き政府と東電の統合対策本部設置が決定。 鈴木さん、改めて当時の政府や省庁の初動をどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:まず準備がなかったことが一番の問題。事故の展開を止められるチャンスがいろんなところにありながら、そのために必要なモノや措置がなかった。もうひとつは情報の伝達。何が起きているのかが官邸に届かず適切な指示ができなかった。これを解決したのが15日の統合対策本部の設置だが、こうした超法規的措置を取らざるを得なかった。 反町理キャスター:時系列上ではどこに止めるチャンスがあり、なぜ逃したのか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:最初の電源喪失が最大の痛手。電源が地下になければ水没せず、この危機は回避できた。ベントを行う判断も遅かった。そして12日の朝に菅総理が現場に行ったこと。現場が対応に時間を取られた。 反町理キャスター:ご指摘は最初の11日〜13日の話。一方、英断とされる統合対策本部の設置は15日。短期間に政府の学習効果が見られたと言ってよいか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:はい。15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断。問題解決に向かって進めるようになった。 長野美郷キャスター:菅野さんは、当時の政府や省庁の初動についてどう振り返られますか。 菅野典雄 前福島県飯館村長菅野典雄 前福島県飯館村長:ほとんど情報が入ってこなかった。入ってくるのはマスコミを通じてのみ。住民から説明を求められても答えようがなかった。マイクロシーベルト、ベクレルといった単位がどういうものなのか、当時はわからない。「正しく怖がる」ということができない』、「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ。
・『文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず  長野美郷キャスター:SPEEDIは、放射性物質の拡散範囲を推定しどの地域の住民に避難が必要かという指標となるはずのもの。後に実際に計測された値と比べると、被害範囲や方向などはほぼ正確に計算されていた。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった。 反町理キャスター:SPEEDIの情報提供の点でどういう問題があったか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:文科省が間違っているかもしれない試算値は出さないという判断をした結果、首相にも飯館村にも情報が行かなかった。最終的な数字が地図の形で出てきたのが4月になってから。 菅野典雄 前福島県飯館村長:発表になるまではSPEEDIのデータは全く知りませんでした。ただ、遅れたことでこの避難の準備時間ができたということもあった。首相官邸から岐阜や長野など提示された避難先をお断りし、村民の暮らしのため、村から車で1時間以内のところに避難先を独自に探した。 反町理キャスター:不幸中の幸いというにはあまりにもひどい話と見えるが……。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:日本の危機管理の大きな特徴は現場がすごく頑張ること。国レベルできちんと機能しなくても村レベルできちんと機能する』、「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ。
・『菅直人元首相「福島視察は東電本店から情報が来なかったため」  反町理キャスター:準備不足、想定の甘さの話はいつも語られるが、では時の政権には何ができたのか、何をしなかったかという検証をしたい。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:準備については、ハード面ではなくソフト面も悪かった。原子力の安全規制を行っていたのは原子力安全・保安院。原発を推進する経済産業省の外局、資源エネルギー庁の中にある機関。そのトップを原発の専門家でない人が務めていた。そうした準備の不足を事故後初日から感じた。 反町理キャスター:それが翌日の福島視察につながっている? 電話で済ませられなかった? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電本店から情報が来なかったため。東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた。電源がなく人力で行わねばならず、決死隊を作ってでもやるという吉田所長の説明により理解できたし、その後の統合対策本部設置につながった点もよかった。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:東電に乗り込み統合対策本部を作った15日の判断は、言い方は変だが結果オーライと言わざるを得ない』、「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない。
・『政府は非常事態に死を覚悟すべき命令をできるのか  長野美郷キャスター:吉田所長からの「決死隊を作ってでも」という話もあった。深刻な非常事態に際して死を覚悟しなければならない命令を下すことについて、政府はどのような形で責任を取るべきとお考えですか。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:非常に難しい問題。自衛隊や消防や警察はある程度のリスクを前提とするが、命を落とすことがほぼ確実な状況での命令というものはない。 ただ当時、15日に東電本店に行って話したときに私が考えたのは、もし東電が全部撤退したら、4つの原発が全部メルトダウンして日本の少なくとも半分は人が住めない状況になる。そうならないために、危険なことはわかっているが何とかギリギリ頑張ってもらいたいという要請。命令はできませんが。 反町理キャスター:「つぶれるぞ」って言いました? 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:東電がつぶれるぞとはもちろん言ったが、それどころではなく日本が国家としてダメになるぞと。 反町理キャスター:そうすると是非論は別として、要請よりは強いですよね。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:総理大臣は、もちろん一人ひとりの方のことも考えなければならないが、日本という国が成り立つかどうかを考えなければ。 反町理キャスター:この場合における時の総理の一私企業への「要請」。鈴木さんはどうご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:原発の事故に関しては一義的には電力会社、事業者の責任。ただ手に負えない状況になった場合のことは当時も準備ができていなかったし、10年経った現在もそれを議論する場がない。最終的に自衛隊が国家維持のため国民の負託に応えるという政治判断もあり得る。ならばその準備も必要。 危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要』、「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ。
・『原発事故の教訓はコロナ対策に生かされず  長野美郷キャスター:現在のコロナ禍で、政治は原発事故から学んだ教訓を生かせているとご覧になりますか。 鈴木一人 東京大学公共政策大学院 教授:なかなか生かせていない。PCR検査が、保健所の数が足りないといった準備不足が共通している。原発事故でいう原子力安全・保安院のような、本来動かなければならない内閣官房の新型インフルエンザ等対策室(当時)も最初のうち動かなかった。平時の仕組みがそのまま非常時にスライドすることでうまくいかなくなる。 ただコロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは。 反町理キャスター:原発事故の後、菅首相から野田首相になったが、以来民主党・立憲民主党は政権から離れっぱなし。原発事故以降、民主党政権に対する信頼は非常に大きくダウンしたことは支持率にも表れていたが。 菅直人 元首相 立憲民主党最高顧問:今の立憲民主党の枝野代表は、原発事故でナンバー2だった当時の官房長官。ナンバー3の官房副長官だったのは福山幹事長。経験がある。現在の菅首相からは、最悪の事態を想定してその対応をする話が全く聞こえない。次の選挙で枝野政権が選ばれうると思っています。 BSフジLIVE「プライムニュース」3月11日放送』、「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ。
タグ:Jヴィレッジ ダイヤモンド・オンライン 原発問題 文春オンライン FNNプライムオンライン (その16)(細野豪志氏が緊急寄稿 「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題、日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理、原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う 震災・原発事故後10年の検証) 「細野豪志氏が緊急寄稿、「震災10年目の証言」による福島復興の本当の課題」 福島県浜通りの忘れがたい三つの場所 大熊町だ 原発事故後に広野町に設立されたふたば未来学園 「ふたば未来学園」、については初めて知ったが、県立の中高一貫校で今後の成長が楽しみなようだ 原発事故に対応した専門家の中でリーダーシップを発揮した2人の委員長 今なお残された課題 原発事故という国家的危機で日米同盟は瀬戸際に立たされた 日本側はその場の対応に追われて、「最悪のこと」を考える余裕もなかったのだろう 「国家としての軸足の定まらなかった最初の数日、米国が我々に投げかけてきた視線は厳しかった」、やはりそうだったのか 「同盟国は行動を共にしてくれるが、運命は共にはしてくれない」との「ド・ゴールの言葉」は言い得て妙だ 除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も 「除染目標を明示したことが復興を遅らせた可能性も」、難しい問題だ。 「目標を明示しなければ福島との合意はできず、除染の開始も遅れることになった」、やむを得なかったようだ 福島の最大の課題は浜通りの新たなまちづくり 「相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた」 「「人が一緒に住めば町ですよ」っていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど」、確かに町・村づくりは一朝一夕に出来ることではなさそうだ 事故10年で決断が求められる福島の若者への甲状腺検査 「甲状腺検査」が「過剰診断」との立場にあるようだが、これについては、見方が分かれる。 新たな10年、福島が前に進むために 立場上、ことさら楽観的な考え方になっている可能性がありそうだ 船橋 洋一 「日本の敗戦「フクシマ」と「コロナ」 走り出したら止まれない“この国の病理”」 「原発の重大事故に対する備えをすること自体が住民に「不必要な不安と誤解を与える」という倒錯した論理の下、東京電力も原子力規制当局もそのリスクを「想定外」に棚上げし、備えを空洞化させた「絶対安全神話の罠」だった」、適格な指摘だ 「自衛隊の放水を「セミの小便」」、確かにテレビ画面でも効果は乏しそうだった。 「「私たちは兵士じゃないですから、隣でついさっきまで鉄砲を撃っていたやつがぱたっと倒れるという経験をしていません。そういう状況に置かれたときには激しく動揺しますよね」、確かにその通りだ 「原子力安全・保安院の検査官たちは福島第一からオフサイトセンターに一方的に避難」、いまだに腹が立つ 避難計画を再稼働の要件にせず 「法的には避難計画は再稼働の要件」、としたら「再稼働」できる原発は1つも出てこない 「イザというときは杉田副長官にお願いすることを考えている」 「杉田和博官房副長官」であれば可能なのだろうが、退任した場合はどうするかを考えておくべきだ。 「原発視察は必要だったしよかった…菅直人元首相に問う、震災・原発事故後10年の検証」 原発事故を食い止める何度もの機会を逸した 「15日に菅総理が東電に乗り込みどれだけの情報があるかわかった。それまで不明だったこと自体が異常だが、ともかく統合対策本部の設置は英断」、その通りだ 文科省”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず 「菅直人 元首相」が「私が菅野元村長に非常に申し訳なく思っているのが、SPEEDIという存在の認識が遅かったこと。文科省が持っていたが、存在を知らなかった」、「文科省」が「”試算値は出さない”判断で、首相にも現場にもSPEEDI届かず」、いまだに「文科省」の姿勢には腹が立つ 「東電から来ている原子力の専門家で副社長を経験した方にベントが進まない理由を尋ねてもわからない。直接現場の人の話を聞く必要があると考えた」、「東電」の社内連絡体制が事実上機能しなくなっているのであれば、「福島視察」は当然だ。これを批判したマスコミは「菅氏」の失脚を狙ったのかも知れない 「危機管理において行政のリーダーシップには覚悟が必要だが、それだけではなく、法律や電源車などのモノ、リソースが必要」、その通りだ 「コロナ危機では、国民への情報開示やコミュニケーションは原発事故時に比べうまくいっているのでは」、およそ「原発事故時」と比べることに無理がある。「発事故時に比べうまくいっている」のは当然である。さすが現政権に近いフジTVらしい捉え方だ
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