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パンデミック(経済社会的視点)(その14)(緊急時に司令塔があいまいな菅政権…分科会メンバーが指摘する “第3波で痛感した日本型組織の弱点”、ワクチン確保計画は破綻寸前!? 河野ワクチン担当大臣周辺や各省庁の不協和音、小田嶋氏:宣言解除に神風は吹くのだろうか) [パンデミック]

パンデミック(経済社会的視点)については、1月29日に取上げた。今日は、(その14)(緊急時に司令塔があいまいな菅政権…分科会メンバーが指摘する “第3波で痛感した日本型組織の弱点”、ワクチン確保計画は破綻寸前!? 河野ワクチン担当大臣周辺や各省庁の不協和音、小田嶋氏:宣言解除に神風は吹くのだろうか)である。

先ずは、2月13日付け文春オンラインが掲載した東京財団政策研究所研究主幹の小林慶一郎氏による「緊急時に司令塔があいまいな菅政権…分科会メンバーが指摘する “第3波で痛感した日本型組織の弱点”」を紹介しよう。
https://bunshun.jp/articles/-/43451
・『「文藝春秋」3月号に寄稿した「 コロナ第3波『失敗の本質』 」では、コロナ対策に深くかかわるメインプレイヤーとして、菅義偉首相、分科会、厚生労働省、都道府県知事、世論(国民)の5者を挙げ、緊急事態宣言の再発出に至るコロナ対策の意思決定について、何が失敗だったのか、今後の対策においてどのような点に注意すべきか、問題提起をしています。 分科会メンバーの一人である私がなぜこのような記事を書いたのか。それはコロナ対策の政策決定に関わる問題点を広く一般国民に知ってもらうべきだと考えたからです。コロナ対策の中心は「国民の行動変容」ですが、それは、全国民の協力がなければできません。国民一人一人の納得と協力を得る上で、コロナ対策の政策決定のプロセスがどうなっているのか、意思決定システムの問題点は何か、広く知ってもらうことは極めて重要だと考えました』、「分科会メンバーの」「小林氏」の主張とは興味深そうだ。
・『コロナ禍でも“平時の仕組み”を変えられなかった  第3波を経験する中で、何より痛感したのは、コロナ禍という、政治家のトップダウンが必要な有事において、平時のボトムアップの意思決定の仕組みを変えられなかったことが問題の本質なのではないかということです。感染拡大の危機に直面しても、なかなか政策転換できなかった理由の一つは、政策決定する政治家と、彼らに進言する役人や学者の関係が平時と変わらなかったためと思われます。コロナ禍においては、専門家の意見は参考にしつつも、それに依存せず、国家国民の視点で即断即決する政治が必要とされているのです。 この記事ではいくつか問題点を指摘しましたが、その後、さまざまな動きが起きています。緊急事態宣言は3月7日まで延長されることになりました。記事では、「分科会は医療行政や医療界への遠慮があるためか、医療提供体制について意見を言わない」と書きましたが、宣言延長が決まった2月2日の分科会提言には、医療提供体制の拡充について多くの内容が盛り込まれました。同日、政府から水際対策の強化も発表されました。 変異種の侵入を少しでも減らすためには水際対策をさらに強化するべきだと思い、原稿でもその問題点を指摘しましたが、一歩前進ではあります。一方、接触確認アプリCOCOAがアンドロイドのスマホでは9月から機能していなかった、という政府の本気度に首を傾げたくなる事案も発覚しました』、「政治家のトップダウンが必要な有事において、平時のボトムアップの意思決定の仕組みを変えられなかったことが問題の本質」、とはさすが的確な指摘だ。
・『拙速な緊急事態宣言解除は危ない  記事の目的は、菅首相や厚生労働省など特定の個人や組織を貶めることではありません。長丁場が予想されるコロナ対策をどのような体制で進めて行ったらいいのか。今後、意思決定の見直しが重要です。 たとえば、分科会には医療施設の管理や災害時の医療体制についての専門家が入るべきかもしれません。また、変異種に対する水際対策などに関しては、今のところ感染症専門家が主導していますが、国内に侵入する前に感染拡大を水際で止めるためには、安全保障や危機管理の専門家が主導すべきかもしれません。 ワクチンについても、いま重要な意思決定の問題があります。ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発したワクチンは、接種は1回だけでよく、何か月も通常の冷蔵庫で保存できます。運搬や管理が圧倒的に楽で「プロジェクトX」のような困難なしに接種ができるはずですが、このワクチンの採用を日本政府は積極的に検討しているように見えません。スムーズなワクチン接種がもたらす大きな経済社会的利益を考えるならば、政治がリーダーシップを発揮して、このワクチンの確保を検討すべきではないでしょうか。 コロナとの戦いが始まってから1年がたちました。第3波の山は少しずつ収まりつつありますが、拙速に緊急事態宣言を解除すれば再び感染が拡大して3度目の緊急事態宣言を発出することになりかねません。 いまは行動制限で感染拡大を抑えこみ、その後は高齢者施設や繁華街で頻繁なPCR検査を行ってリバウンドを防ぎ、最終的にはワクチンの普及でコロナを収束させる……これが政府の目論見ですが、今後も未知の事態に襲われることも十分あり得ますし、コロナとの戦いに収束の目途が立ったとは言えません。今回の私の寄稿が、今後の戦いに少しでも役立つことを心から願っています。 ◆ ◆ ◆ 司令塔があいまいな日本政府、危機が高まるほど「村社会」化する各組織、現場からの情報を汲み取らなかった厚労省、時間のコストを軽視した菅首相……新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーである小林氏(東京財団政策研究所研究主幹)の寄稿「 コロナ第3波『失敗の本質』 」(「文藝春秋」3月号および「文藝春秋digital」)には、過去の歴史でも繰り返された日本的な失敗についてくわしい分析がなされている。日本型組織の研究としても読まれるべき論考だ』、「PCR検査」についてはあれほど重要性が指摘されていながら、いまだに実施数が本格化しないのは、厚労省のサボタージュのような気がする。

次に、2月19日付けAERAdot「ワクチン確保計画は破綻寸前!? 河野ワクチン担当大臣周辺や各省庁の不協和音〈週刊朝日〉」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/wa/2021021600057.html?page=1
・『コロナ対策の「切り札」とされるワクチン。海外から第1便の約20万人分が届き、ようやく希望が見えたかと思いきや、実は、6月末までに全国民に必要な数量のワクチンを確保するという政府の目標の達成が見通せなくなっているという、衝撃的な情報が飛び込んできた。日本が結んだ契約に、政府が目標とする「6月末まで」の記載がないというのだ。省庁間の連携も滞り、確保計画は「破綻寸前」との指摘も。 なぜこんな事態になっているのか。背景には各国がしのぎを削るワクチン争奪戦がある。欧州連合(EU)は1月末、域外へのワクチンの輸出規制を導入。出荷のたびに加盟国政府やEU当局の承認が必要とされるようになった。米国でもバイデン大統領が、国外への輸出を禁じるトランプ政権の方針を支持している。 こうした状況下で、日本政府の交渉も難航している。政府が昨年7月に米ファイザー社とワクチン供給について基本合意した際は「21年6月末までに1億2千万回分(6千万人分)」という条件だった。ところが、1月20日にファイザーと最終合意して結んだ契約は、「年内に1億4400万回分(7200万人分)」と、数は増えたが時期が半年も後ろ倒しされてしまった。厚労省の関係者は内情をこう語る。 「契約時期が変わったのはファイザーから『厳しい』と言われたから。それでも必死で交渉し、なんとか『年内』という言葉を入れた。イスラエルのように相場より高く買ったり患者のデータを提供したりと交渉の余地はあったはずだが、承認手続きや薬害、副反応のリスクを考えてどうしてもおよび腰になり、最終判断が遅れた。ファイザーはなかなか決断できない日本を横目に、他国にワクチンを回すようになってしまった」 ワクチンを思うように確保できない状況にしびれを切らした菅義偉首相は1月、官邸主導で打開しようと、河野太郎行政改革相をワクチン担当大臣に指名。河野氏の「突破力」に期待した形だが、就任早々ひと悶着があった。 1月21日に坂井学官房副長官が会見でワクチンについて「6月までに接種対象となる全ての国民に必要な数量の確保は見込んでいる」と語ったが、河野氏が翌22日、「修正させて頂く」「まだ供給スケジュールは決まっていない」などと噛みついた。両者は結局、「6月に確保することを目指す」という表現で着地したが、この騒動も契約内容の解釈を巡って勃発したという』、「承認手続きや薬害、副反応のリスクを考えてどうしてもおよび腰になり、最終判断が遅れた。ファイザーはなかなか決断できない日本を横目に、他国にワクチンを回すようになってしまった」、ワクチン入手では手痛い失敗である。
・『内情に詳しい政府関係者は、ワクチン契約をめぐる情報が行政内部でも十分に共有されていないと指摘する。 「河野氏は「『情報管理』や『機密保持』を徹底するあまり、製薬会社との交渉を担う厚労省や、輸出規制を導入したEUとの窓口になる外務省にさえ情報を伝えていない。中でもワクチンの供給契約の詳しい情報は『最高機密』で、一部の人間しか知らない。交渉にも支障が出ており、省庁間の関係もぎくしゃくしています」 自民党新型コロナウイルスに関するワクチン対策プロジェクトチームの役員会でも「契約の詳細がわからないのでEUと交渉ができない」という外務省の不満も取り上げられた。メンバーの佐藤正久参院議員が振り返る。 「厚労省の説明では、外務省の交渉担当者とは情報を共有していると言っていましたが、一部の担当者に限られるようです。相手方(製薬会社)との関係もありますし、(情報を共有する職員は)非常に限定されているのでしょう」 情報共有が十分でないことからくる不協和音は、いまや関係する各省庁に広がっている。 河野氏が担当大臣となる以前、ワクチン確保を所管していたのは和泉洋人首相補佐官や、和泉氏と「コネクティングルーム不倫疑惑」が報じられたこともある厚労省の大坪寛子審議官らを中心としたチーム。コロナ対策を担当する西村康稔経済再生担当相や田村憲久厚労相も関わり、外務省や総務省の存在も大きい。 だが、こうした厚労省を中心とした体制での契約交渉が順調だったとは言い難く、事態を打開するために河野氏が送りこまれた経緯がある。 「河野氏はこれまでワクチン確保の中心となってきた和泉氏、厚労省に代わって主導権を握り、自身に情報を一手に集めている。しかし、専門のブレーンがいないのに、外交ルートを有する外務省や製薬会社とパイプのある厚労省を遠ざけて、うまくいくのか危惧されている。いまやワクチン確保のための体制は破綻寸前の状態です」(前出の政府関係者) 各自治体が実施するワクチン接種をとりまとめる総務省の担当者も困惑しているという。) 「自治体ではいま、厚労省が示したスケジュールに間に合わせるため、医師や看護師の手配や会場の確保に追われています。各自治体の担当者から『ワクチンがどれだけ確保できるかがわからなければ準備を進められない』と突き上げられています。我々も最新データを知りたいと厚労省に再三伝えているのですが、『国内の承認を得られるまでは教えられない』の一点張り。少しの情報でもいいから提供してほしい」(地域政策課) 国際医療福祉大学医学部(公衆衛生学)の和田耕治教授は、こうした状況にこう警鐘を鳴らす。 「ワクチンの接種で重要なのは、ワクチンの『供給速度』です。世界的な争奪戦の中、いつ、どのくらいの数量を確保できるかが大事。ワクチンの必要量と供給量にギャップができれば、混乱が生じます。例えば、同じ医療従事者といっても、国内で感染者が多い地域もあれば、少ない地域もあり、優先順位を考える必要が出てくる。供給速度がわからなければ、こうした優先づけを行うのも難しく、接種のための人員や場所の用意も進められません。政府と国民の信頼関係にも響きます」 どこかの段階で、ワクチン供給のスケジュールが大幅に遅れることが判明すれば、国民は大きな衝撃や失望を受けることになる。 「現状では、国民の不安や怒りを噴出させないという意味において情報コントロールが成功してしまっているのかもしれません。ただ、ワクチンにかける期待感が失速した瞬間に、政権が国民に期待感のみを抱かせ、実体が伴っていなかったことに気付かされるでしょう」(前出の政府関係者) 河野氏にワクチンの供給契約の詳しい内容や確保の見通し、情報開示が消極的な理由などを尋ねたが、期限内の回答は「時間を取る余裕がない」とのことだった。厚労省も「契約の内容はお答えできない」と言うのみだった。 河野氏は2月16日の会見で、「政府の基本的な対処方針は令和3年前半までに国民に必要な数量のワクチンの確保を目指すということで変わっていない」とした。一方、「確保を目指すと語っているわけで、接種の時期について申し上げたわけではありません」とも語った。 また、東京五輪の開催前までに国民への接種が間に合わなかった場合について問われると、「五輪については橋本(聖子)大臣にお尋ねをいただきたいと思います」。希望する全国民が接種を追える時期については「現時点では定かではありません」とした』、「ワクチン確保を所管していたのは和泉洋人首相補佐官や、和泉氏と「コネクティングルーム不倫疑惑」が報じられたこともある厚労省の大坪寛子審議官らを中心としたチーム」、「不倫」騒動でワクチン入手交渉が放置されたとまでは思わないが、政府の無責任ぶりを如実に示している。「河野大臣」の守秘と情報公開のバランスをなどの手際の悪さには、失望した。

第三に、3月19日付け日経ビジネスオンラインが掲載したコラムニストの小田嶋 隆氏による「宣言解除に神風は吹くのだろうか」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00112/
・『東京でも桜が咲き始めた。 毎年、この時期はせわしない気持ちになる。 ただ、今年は少し風向きが違う。首都圏の1都3県に、新型コロナウイルス対策の特別措置法に基づく緊急事態宣言が発令されているからだ。 とはいえ、時期が来れば桜は咲く。 そして、花が一斉に咲き始めると、私たちは、必ずや落ち着きを失うことになっている。 今回は、日本人の季節感を振り返りつつ、そのわれわれの季節感の特別さと新型コロナウイルス対策の関係について、いささか勝手な見立てをご紹介するつもりでいる。 菅義偉首相は、17日の夜、記者団に向けて、首都圏の1都3県に出されている緊急事態宣言を、再延長後の期限通り、3月21日限りで解除する方針を明らかにした。 むずかしい政治判断であったことは想像がつく。 首都圏の飲食店や観光業者は、先の見えない営業自粛に食い扶持を召し上げられている格好だ。こんな状態をいつまでものんべんだらりと続けていて良いはずはない。政府の首脳が、どこかの時点で見切りをつけるべきだと考えたことは、十分に理解できる。 しかしながら、新型コロナウイルスの感染拡大は収束していない。 むしろこの10日ほどは、緊急事態宣言の期間を延長しているにもかかわらず、感染者数は微増のトレンドで推移している。 してみると、いまここで宣言を解除してしまうことは、相応のリスクを伴う決断になる。政府はこの時期にあえて宣言を解除する理由を、どんな言葉で説明しているのだろうか。 報道をチェックすると 《閣僚の一人は16日、「宣言の効果が薄れている。解除で一度、仕切り直さないといけない」と述べた。》《「感染者数や病床の使用率といった数字が解除の方向に入っているということだ」(菅総理)》《また、政府関係者は、「みな、疲弊しており、このままでは次の波が来た時に頑張れない」と述べ、これ以上宣言を延長しても、自粛疲れなどで十分な効果が見込めないという認識を示しました。》 と、談話レベルの話は伝わってくるものの、然るべきチャンネルを通じて、決定的な理由が明らかにされているわけではない。 というよりも、メディアを介して伝えられている情報を総合すると 「あきらめた」「投げ出した」というニュアンスすら感じ取れる。 これはこの種の施策を告知するやり方として、とてもよろしくないと思う。 少なくとも私は「成績の上がらない中学生が勉強をやめる時の言い草そのものじゃないか」と、思った。 仮に宣言を解除して、これまでとは違う、新たな感染防止対策を打ち出すことになるのだとしても、国民に向けたアナウンスの仕方は、もっと工夫しないといけないはずだ。 「効果が上がらなくなった」(←これまでの施策は無意味だった)「自粛疲れが出ている」(←もう無理だよね)「ゆるみが出ている」(←国民の努力不足にばかり責任を求めてもねえ) みたいな言い方は、ストレートな自己否定に聞こえる点でよろしくない。 政府の側にそういう意図が無いのだとしても、上からの発表を 「われわれは、これまで無駄な我慢をしていました」という告白として受け止める国民は、必ずや一定数あらわれる』、「この時期にあえて宣言を解除」した「決定的な理由が明らかにされているわけではない」、いつもの説明責任を放棄した政府のやり方だ。
・『特に「コロナなんてただの風邪だ」「あんなウイルスは雑魚キャラだ」などと、早い時期から利いたふうなマッチョなご意見を開陳しつつ引っ込みがつかなくなっていた冷徹業界のみなさんは、わが意を得たりとばかりに 「ほら、オレが前から言っていた通りじゃないか」「自粛なんて、しょせん過剰反応だったってことだよ」てなことを言い始めるはずだ。 私はその種のバカな反動が再び力を得る近未来の到来を憂慮している。 なぜというに、この種の事情通ぶった逆張りの言説は、これまでにわれわれが積み上げてきた地道なコロナ対策の努力と成果を、土台の部分から無効化してしまう「呪い」だからだ。 私個人は、緊急事態宣言が効果を発揮していなかったとは思っていない。この10日ほど、リバウンドの兆候があらわれていたのは、宣言が「無駄」(あるいは「効果ゼロ」)だったからではなくて、「効力を発揮しにくくなってきた」からだと考えるのが普通だろう。 だとすれば、何が足りなかったのかを検討して、その分の対策をあらためて追加するのが正しい話の筋道であるはずだ。 ここで、ヤケを起こして 「宣言は無駄だった」「自粛一辺倒の対策は経済を殺しただけだった」 みたいな極論に走ってしまったら、これまで、宣言下で押し下げられていた感染拡大のカーブを、いよいよ破滅的なパンデミックに向けて再上昇させる結果を招く。 ある程度勉強をしたことのある人なら誰でも知っていることだが、努力と成果は必ずしも正比例しない。 平たく言えば、「勉強したからといってすぐに成績が上がるわけではない」ということだ。 実際、スポーツでも同じことだが、コツコツ練習しているのに記録が伸び悩む時期というのは必ずやってくる。 そこで、成績が上がらないからという理由で、トレーニングをやめてしまったら、その時点で間違いなく実力は停滞する。 だからこそ、目先の結果に一喜一憂せず、近視眼的な結果にまどわされることなく、その時点で積み重ねることのできる努力を続けることが重要なのだ。 なんだか意識の低い中学生に向かって説教を垂れているみたいな話で、自分ながら居心地が良くないのだが、現実問題として、政府が出来の悪い中学生みたいな態度をキメてきているのだから仕方がない。ここは国民の側が説教をしてあげないとダメだ。 宣言解除の可能性が噂にのぼり始めた3月14日の午後、私は、ツイッターに以下のツイートを連投した。 《3月21日をもって緊急事態宣言を解除する理由は下記のうちから選べ 1.GOTOの予算費消期限から逆算 2.五輪開催へのGOサインから逆算 3.今年こそ卒業式、入学式を開催したい学校関係者からの突き上げ 4.歓送迎会での売り上げを見込んだ飲食店関係者によるロビイング 5.自棄を起こしました 午後5:13 - 2021年3月14日》』、「政府が出来の悪い中学生みたいな態度をキメてきているのだから仕方がない。ここは国民の側が説教をしてあげないとダメだ」、面白い見方でその通りだ。
・『《6.花見の宴会を切望する酔漢に媚びました 7.国民に自己責任を思い知らせる良い機会だと思いました 8.小池知事にまたしてもおいしいところを持っていかれるのが不快なので 9.河野太郎ワクチン担当相を早めに失脚させたいと思っているので 午後5:17 - 2021年3月14日》 無論、これらは底意地の悪い冗談以上のものではない。ただ、私自身は、ここに並べた解答案のうちのいくつかは、そんなにハズれてもいないだろうと考えている。 というのも、政府は、感染爆発の可能性を含みおいた上で、それでも何らかの「期限切れ」を意識して、その「期限」に追われるようにして、宣言解除に踏み切ったはずだからだ。 もうひとつ見逃せないのは、政府の人々が、何かを「空頼み」している可能性だ。 これは、昔からわが国のリーダーが窮地に陥ると非常に高い確率で陥るトラップで、なんというのか、われわれは 「超自然的な僥倖」や「神風」を期待して、そこに賭けてしまいがちな人々なのである。 あるいはこれは、日本人に限った話ではないのかもしれない。 世界中どこの国でも、特定の民族の中に含まれている一定数の愚かな人々は、誰もが同じように、最後には 「神なる偶然」だったり 「海が割れる奇跡」だったりする超自然の力にすがるようになるものなのかもしれない。 ここで、話は冒頭に戻るわけなのだが、「桜」だ。 私は、今回の宣言解除は、桜の開花と無縁ではないと考えている。 なぜというに、桜の花が咲いているこの限られた一時期、われら日本人の多くは、なぜなのか、平常心を保てなくなるからだ。 しかも、われわれは、桜の花に誘われて酔狂な振る舞いに及ぶことを、恥だと考えない。むしろ、落花狼藉の狂態を誇ってさえいる。 このあたりの機微については、もう少しくわしい説明が必要だろう。 というのも、桜を愛でる日本人の感覚がいかに異常であるのかについて常日頃私が考えている内容は、普通の日本人から見れば「偏見」以外のナニモノでもないはずだからだ。それゆえ、私自身、自分のこの「偏見」については、どれほど丁寧に説明を試みたところで、2割程度の人にしかわかってもらえないだろうと、あらかじめあきらめてもいる』、「政府の人々が、何かを「空頼み」している可能性だ。 これは、昔からわが国のリーダーが窮地に陥ると非常に高い確率で陥るトラップで、なんというのか、われわれは 「超自然的な僥倖」や「神風」を期待して、そこに賭けてしまいがちな人々なのである」、情けない話だ。「桜を愛でる日本人の感覚がいかに異常であるのかについて常日頃私が考えている内容は、普通の日本人から見れば「偏見」以外のナニモノでもないはずだからだ」、どういうことだろう。
・『以下、一応説明をするだけしてみる。 私が桜に強い印象を抱くようになったきっかけは、20代の頃にアルバイトをしていたラジオ局でいくつか話を聞かされたからだ。 その話というのは、「上野で花見をしている人たちはどうかしている」という、ごく当たり前のエピソードだった。 普通なら 「知ってました」と答えてそれでおしまいになる話だ。 しかし、話はそこで終わらなかった。 「でもなオダジマ。おまえはわかってないぞ」と、その私より3歳ほど年長の、ベテランのキャスタードライバーだった女性は強い調子で断言した。 「上野で花見をしている男たちが、どれほどアタマがおかしいのかは、その場でその狂った人間たちに囲まれた女じゃないとわからないんだよ」と彼女は言った。 大柄で、ふだんはこわいものなどひとつもなさそうに見える彼女が、「本当にこわかった」と振り返った現場は、後にも先にも上野の花見中継以外に存在しない。 彼女以外にも、ラジオのナマ放送で花見の現場中継をこなしたことのある女性リポーターは異口同音に花見客の異常さを訴えたものだった。 「地獄だよ。あそこは」と。 1週間も前から新入社員に場所取りのための野宿をさせることで上野の一等地に花見の宴の席を確保するタイプのオフィスには、やはりそれなりに狂った社員さんたちが集まるものらしく、彼らの飲みっぷりと暴れっぷりとセクハラっぷりは、およそ言語を絶するものだったというのだ。 もちろん、令和の時代の花見風俗は、1980年代前半の上野の花見ほどの狂態ではないのだろう。 でも、基本は変わっていない。 桜は、われら日本人を「花は桜木男は◯◯」式の、集団主義的な花びらの一片に変えてしまうことのできる植物だ。であるから、桜が咲いている時期、われわれは、忙しく散っていく花びらに思いをはせながら、極めて刹那的な人生観の中で暮らすことになる。 だからこそ、桜は、「宴会」や「同期の桜」や「散らばもろともえいままよ」式の、自棄っぱちなフレーズを召喚しつつ、その枝の下で酒を飲む男たちを同期の桜という極めて刹那的な絆で紐帯してやまないのである。 以前、何かの(たぶんテレビ番組の)アンケートで視聴者に 「日本が好きな理由」を尋ねたところ 「四季があるから」という回答が、かなり高い順位(たぶん2位か3位)だったことに驚かされたことがある』、「桜が咲いている時期、われわれは、忙しく散っていく花びらに思いをはせながら、極めて刹那的な人生観の中で暮らすことになる。 だからこそ、桜は、「宴会」や「同期の桜」や「散らばもろともえいままよ」式の、自棄っぱちなフレーズを召喚しつつ、その枝の下で酒を飲む男たちを同期の桜という極めて刹那的な絆で紐帯してやまないのである」、確かに「桜」には特別な意味があるのかも知れない。
・『私は、第一感で 「四季ならどこにだってあるだろ」「4つに分けるのかどうかはともかく、地球上で人間が居住している地域であれば、当然、固有の季節的な気候変動はあるよな」と思ったものなのだが、落ち着いて考えてみれば、この回答のキモは、 「日本に四季があること」そのものや「日本の四季が美しいこと」にあるのではない。 むしろ、人々が日本を愛する理由として「四季があること」を挙げたのは、彼らが、「四季の変化を繊細に感じ取るわたくしども日本人の感覚の特別さ」を強く意識していることの反映と考えるべきだ。 つまり、桜や紅葉や四季折々の風物の話をする時、われら日本人は、自分たちを世界に類を見ない繊細な感覚の持ち主として特別視するモードの中にいるわけなのである。 それゆえ、あるタイプの文芸愛好家は歳時記を暗記することで、自分の感覚がいよいよ研ぎ澄まされると思い込んでいたりするわけなのだが、それはそれとして、「季節」は、日本人に、「特権意識」を醸成せずにおかない。 どういうことなのかというと、「季節感」は私たちの中に 「これほどまでに季節の変化に敏感で繊細で上品でセンスの良い特別な私たちであれば、諸外国の野蛮な人たちとは別次元の何かを達成できるはずだ」 という夜郎自大を育てるのである。 昨年の6月、わが国の新型コロナウイルス感染による死亡者が、国際水準から見て異例に低い水準にあった当時、麻生太郎副総理がその理由について 「国民の民度のレベルが違う」と発言したことがあった。 さらに、麻生副総理は、この時に「民度」発言を批判されたことを根に持っていたらしく11月に再び同じ言葉を持ち出して日本人の「民度」を誇っている。 個人的には、一国の政治家が「民度」という言葉を使うこと自体、不見識極まりない態度だと思う。ついでに言えば、メディアは「民度」なる概念の差別性について、きちんとした見解を示すべきだとも考えている。 とはいえ、麻生副総理による二度にわたる「民度発言」が、それほど大きな問題にならず、結果としてスルーされたことは、やはり軽視できない。 どうして、スルーされたのだろうか。 答えは簡単。 スルーされた理由は、麻生さんがあらわにした他民族へのあからさまな偏見が、国民の間に広く共有されている国民的偏見だったからだ。 私はそう思っている。 どんなにひどい偏見であっても、国民の多数派が同じ偏見を抱いているのであれば、それは「偏見」として扱われない。 けしからぬ「偏見」として血祭りに上げられるのは、少数派の人間が抱いている少数の「偏見」だけなのだ。 つまり、麻生さんが思っている(そして口に出して言ってしまってもいる) 「日本人は民度が高い」という偏見(←これは、諸外国の国民は民度が低いという偏見とセットになっている)は、われら日本人の共通認識なのである。 そして、その日本人の民度の高さを証拠立てるひとつの傍証が、 「日本人の季節感の繊細さ」「桜を愛でる日本人の心根の潔さ」だったりするのだね』、「「日本人は民度が高い」という偏見・・・は、われら日本人の共通認識なのである」、私は「日本人は民度が高い」とは思わない少数派のようだ。
・『今回のコロナ禍についても、少なからぬ日本人が 「日本人なら大丈夫じゃないかな」という思い込みを抱いている。 しかもその思い込みを支えているのは 「繊細で賢明で上品な日本人なら、適切に感染を防ぎつつなおかつ経済も回すみたいな微妙な舵取りもできるのではなかろうか」「お上があえて明示的な指示を出さなくても、一人ひとりが高い意識を持っている民度の高いわれら日本人なら、きっとコロナを克服できるだろう」 といったあたりの無根拠な妄想だったりする。 事態は、非常にマズい段階に到達している。 国民の大多数がこういう思い込みを抱くにいたっているということは、われわれがそれだけ追い詰められているということだ。 私は、先の大戦の経過の中で、「神風」という言葉が使われ始めたのが、いつ頃からのことだったのかを、よく知らないのだが、現時点で多くの人々がそれを待望していることは、肌で感じている。 ついでに言っておくと、私は神風は吹かないと思っている』、「現時点で多くの人々が」「神風」「を待望している」、のが真実であれば、恐ろしいことだが、私はそこまでは至ってないと思う。
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