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医療問題(その29)(森元首相も受ける人工透析 日本で増え続けるのはなぜ?、コロナ禍の今 日本医療の特徴を考えてみる この国の医療の形はどのように生まれたのか、ソフトバンクがオンライン診療に勝算見込む訳 孫正義氏が巨額を投じた中国企業と合弁設立、養老孟司「生死をさまよい 娑婆に戻ってきた」病院嫌いが心筋梗塞になって考えたこと 健康診断も医療も避け続けた理由) [生活]

医療問題については、3月18日に取上げた。今日は、(その29)(森元首相も受ける人工透析 日本で増え続けるのはなぜ?、コロナ禍の今 日本医療の特徴を考えてみる この国の医療の形はどのように生まれたのか、ソフトバンクがオンライン診療に勝算見込む訳 孫正義氏が巨額を投じた中国企業と合弁設立、養老孟司「生死をさまよい 娑婆に戻ってきた」病院嫌いが心筋梗塞になって考えたこと 健康診断も医療も避け続けた理由)である。

先ずは、3月8日付け読売新聞のyomiDr「森元首相も受ける人工透析 日本で増え続けるのはなぜ?」を紹介しよう。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210301-OYTET50023/
・先日、「女性 蔑視べっし 発言」が原因で森喜朗・元首相(83)が東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長を辞任しました。この騒動は約2週間続きましたが、私が驚いたのは、騒動そのものではありませんでした。この間、森氏が元気で、言動に乱れがなく、かくしゃくとされていたことです。「逆ギレ会見」と言われた会見では、森氏は1人で立ったまま30分以上も記者の質問に答えていました。あの姿を見て私は、正直、とても透析患者とは言えないと思ったのです』、確かに元気そうだ。
・『前立腺がん、肺がん、透析…それでも働いた  森氏ががんを患ってきたのは、これまでの報道により、よく知られています。最初は前立腺がんで、これは2000年に見つかりました。当初、森氏は手術をせずにホルモン療法を中心に治療し、その後に摘出手術をされたと聞きます。 そして2015年には、今度は肺がんが見つかり、このときは手術を受けた後、当時、実用化されたばかりの抗がん剤「オプジーボ」による治療を受けています。副作用で肺に水がたまり、呼吸が苦しかったと本人が述べています。 そして、2019年2月から、森氏は人工透析を受けるようになりました。このことは、本人が新聞インタビューで公表し、週3回、透析のために病院に通っていると話しています。 森氏の人工透析が、がんの副作用なのかどうかはわかりませんが、腎機能が低下していることは確かです。腎機能は年を取るとともに低下するもので、ある限度を超えると人工透析が必要になります。糖尿病が悪化した場合も同じです。ただし、人工透析というのは、一種の「延命治療」です。なぜなら、いったん始めたらやめられないからです。止めれば、患者さんは確実に死亡します』、「2019年2月から、森氏は人工透析を受けるようになりました」、初めて知った。
・『人工透析は患者にとって非常につらいもの  しかも、人工透析は、患者さんにとって非常につらいものです。腕などに、動脈と静脈をつなげるシャント手術を行い、この手術で太くなった静脈に針を刺し、そこから1分間に200cc程度の血液を抜きます。その血液を、老廃物を取り除くダイアライザーという機械を通して透析し、再び体の中に戻します。これを週3回、1回3~5時間行います。 患者さんによっては、かなり強い血管痛や頭痛を起こします。また、心不全や感染症のリスクも高まります。いずれにしても、いったん始めれば、もうそれまでの日常生活には戻れないのです』、「感染症」は当然としても、「心不全」のリスクも高まるとは意外だ。「いったん始めれば、もうそれまでの日常生活には戻れない」、というのもつらい選択だろう。
・『腎不全の危険がある糖尿病だが、透析は受けないと決めた  私は現在、73歳で糖尿病を患い、血糖値を下げる薬を服用し、食事療法も行っています。いずれ腎臓の機能が低下する時が間違いなく来ると覚悟をしています。問題はそれがいつ来るのかですが、平均寿命を超えるような高齢で来たのなら、私はその時を自分の寿命と考える、つまり人工透析はやらないと決めています。 若い時は別として、透析が苦痛になって途中でやめると、さらに苦しんで死を迎えるからです。水分が一気にたまり、全身に痛みが回り、のたうち回ったりします』、「透析が苦痛になって途中でやめると」、「水分が一気にたまり、全身に痛みが回り、のたうち回ったりします」、悲惨なようだ。「糖尿病を患」っている筆者が「透析は受けないと決めた」、内情に通じた「医師」ならではの決断だ。
・『透析を拒否した先輩医師の死  私の先輩に、断固、透析を拒否した方がいます。87歳で亡くなられましたが、進行がゆっくりだったため、穏やかな死に方でした。腎機能の指標であるクレアチニン値が限界を超えたとき、家族から、なんとか説得して透析を受けさせてくださいと頼まれましたが、私はできませんでした。本人の意思が固かったからです。 様々な延命治療を続けると、最終的に体は水ぶくれで太っていき、ご遺体は丸太のように膨らみます。そういうことにならず、きれいなご遺体だったと聞きました。 私も担当医も本人の意思を尊重したのです』、「様々な延命治療を続けると、最終的に体は水ぶくれで太っていき、ご遺体は丸太のように膨らみます」、ぞっとする。
・『人工透析は病院の安定収入源  話はややそれますが、腎不全で人工透析が必要になった場合、それを積極的に勧めるのは、日本の医者だけです。日本の人工透析患者は年々増加していて、現在、33万人を超えています。患者に医療費があまりかからない制度があるからです。医療費としては月40万円ほどかかる高額な治療なのですが、患者負担は1万~2万円で済みます。また、身体障害者1級を申請すれば、様々なサポートがあります。一方、医療機関から言えば、透析患者がいれば逃げることのない安定収入が確保できるのです。 しかし、人工透析は腎不全に対する最良の治療法ではありません。欧米では透析は腎臓移植へのつなぎ医療という位置付けです。日本では、ドナーが少なく、多くが家族からの生体腎移植なので移植が広がらず、透析患者が増える一方なのです』、「腎不全で人工透析が必要になった場合、それを積極的に勧めるのは、日本の医者だけ」、「欧米では透析は腎臓移植へのつなぎ医療という位置付け」、「医師」を儲けさせる手段になっているとは、困ったことだ。
・『受けるかどうか、本人が納得の上で決める  日本透析医学会はガイドラインを定めています。医者は、透析をした場合としなかった場合どうなるかを患者さんと家族に詳しく説明するよう示しています。そうして、本人が納得した上で行うことになっています。「する」のか「しない」のか、医者に詳しい説明を求めてから決めるべきです。 ただ、終末期になると、多くの医者は自動的に透析を行います。とくに患者さんが認知症を発症している場合は、本人の意思を確かめようがありませんから、人工透析も含めた延命治療は家族が止めない限り延々と続くのです。今は、延命治療に関して、「人生会議」で本人、ご家族と医者が、事前に十分話し合うことが勧められているので、透析を行うかどうかは、最終的に本人の意思次第です(医師 富家孝)』、「医師」にとっては儲ける手段になっているのでは、「患者」に「人工透析」のデメリットを詳しく説明することはしないだろう。メリット、デメリットを詳しく解説したパンフレットに基づいて、「医師」から説明を受けるようにすべきだろう。

次に、3月12日付け東洋経済オンラインが掲載した慶應義塾大学商学部教授の権丈 善一氏による「コロナ禍の今、日本医療の特徴を考えてみる この国の医療の形はどのように生まれたのか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/416258
・『日本の医療をほかの国々と比べた特徴が、新型コロナウイルスの影響の下で注目を浴びている。日本の医療提供体制については、目下、改革が進められている。ここ数年展開されていた提供体制の改革の青写真が描かれていた『社会保障制度改革国民会議』(2013年)の報告書には、「医療問題の日本的特徴」という項目があり、次のように書かれている』、興味深そうだ。
・『公的所有主体の欧米、私的所有主体の日本  日本の医療政策の難しさは、これが西欧や北欧のように国立や自治体立の病院等(公的所有)が中心であるのとは異なり、医師が医療法人を設立し、病院等を民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきた歴史的経緯から生まれている。公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革ができ、現に欧州のいくつかの国では医療ニーズの変化に伴う改革をそうして実現してきた。 医療提供体制について、実のところ日本ほど規制緩和された市場依存型の先進国はなく、日本の場合、国や自治体などの公立の医療施設は全体のわずか14%、病床で22%しかない。ゆえに他国のように病院などが公的所有であれば体系的にできることが、日本ではなかなかできなかったのである(『社会保障制度改革国民会議』22ページ)。 この種の話では、アメリカにおいても、公的病院、および公益的な民間非営利病院は総病院数のおよそ80%、全病床数の約85%を占めているということを言うと、けっこう驚かれる。 また、2001年の総合規制改革会議における、当時、厚生労働省大臣官房審議官(医政局・保険局担当)であった中村秀一氏の「株式会社の病院というのは、世界の医療提供体制の中でごく例外的、ヨーロッパではほとんどネグリジブルでありますし、多いと言われているアメリカでも、全体の25%ということで、われわれ自身、株式会社を入れるということが、それほど医療改革につながるふうには思っておりません」という言葉も歴史に残しておきたい言葉である。官僚が忖度なく正論を言えた時代の記録でもある。 どうして日本は、医師が非営利の医療法人を設立し、病院などを民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきたのか?そして、コロナ禍で注目されるようになったことだが、なぜ民間の病院は中小規模なのか? 新型コロナの感染拡大の下、医療と経済、どちらを優先するかという問いかけがなされる中、こうした問いについて、いくつかの考える材料を準備できればと思う。ただし、文字数の制限もあるので、歴史的事実を淡々と論じるにとどめておこうと思う。 日本の医療は、江戸時代に築かれた自由開業医制を基盤としてきたと評されてきた。明治に入り1887年の「医制」を機に漢方から西洋医学への転換が図られたが、それは従来医業に携わっていた人たちにも医師免許を付与して医師の総数を維持しながらという漸進的な方法で行われたために、自由開業医制の伝統は継承されていった。 明治以降に登場した日本の病院については、官立、特に公立の病院を軸に整備が進められていた。だが、松方デフレ後の財政再建を背景とする1887年の勅令により、公立病院への地方税の投入が禁じられて以降、提供体制は民間中心になっていった。しかし、第2次大戦直後の占領期から、病院を公的病院中心に再編成する動きも生まれた。戦後のそのあたりの話からはじめよう』、なるほど。
・『占領期にGHQが与えた影響  行政学者ワンデル博士を団長とする6名のアメリカ社会保障調査団が、ワンデル勧告と呼ばれる報告書を、日本政府に渡したのは、1948年7月である。ワンデル勧告は、医療は公的責任において提供すべきものであり、病院については、国・公立や公的な機関を中心にすべきであって、「公的財源による病院建設」が勧告されていた。 一方、ワンデル勧告を見たアメリカ医師会は、歴代3期に及ぶ医師会会長ら自らが日本を訪れ、アメリカ医師会の指向する医師の「自主性と企業性」を確保することを主張し、医療の提供面において医師会が主導的な役割を果たすことを強調した報告書をGHQに提出している。 つまり、戦後日本には、GHQを通じた提供体制のあり方に対する提言が、2つあったことになる。 日本が戦後継承していったのは、ワンデル勧告の流れである。 ワンデル勧告を受けて1949年に設置された社会保障制度審議会は、同年末に、「社会保障制度確立のための覚え書」を出し、「医療組織については、総合的計画の下に公的医療施設の整備拡充を図るとともに、開業医の協力しうる体制を整え、また公衆衛生活動の強化を図る必要がある」と論じていた。 社会保障制度審議会は、1950年に「社会保障制度に関する勧告」を出す。そこには、「人口2000の診療圏において、公私の医療機関のない場合には、少なくとも一診療所を有するように配置することを目標とし、都道府県は、無医地域を解消するため、自らその設置運営をなすものとする」と提言している。今の言葉で言えば、都道府県による提供体制の整備が勧告されていたわけである。 こうした動きと並行して、社会保障制度審議会の1956年勧告では、「いやしくも公的資金により開設設置される病院については、(中略)医療機関網の計画的見地から、強力に、その地理的配置、規模、設備、機能などについての規制を行うべきである」「医学、医術の進歩に伴い、精密かつ複雑な治療設備や検査設備も必要とするのであるから、その施設は単に当該病院の専有物にせず、医療機関相互の利用を認め、その有機的な連携をはかるとともに、施設設備に対する重複な投資を避けさせしめることが望ましい」との方針が提示されていた。 1948年、GHQの指示で「医療法」が制定されていた。この医療法は、20人以上の患者を入院させるための施設を病院として、病院と診療所を区分し、病院を尊重する立場に立っていた。GHQは、国・公立病院を中心に据えるワンデル勧告を考慮して、医療法で、国が自治体病院に国庫補助金を拠出できるようにした。 一方、1948年当時、日本の病院数の7割強が私的病院という戦前の状況とは大きく変わっていない現実があった。私的病院には、免税や国庫補助金のような支援制度はなく、自治体一般会計からの繰り入れもない。そして納税の義務があった。 この頃の国家財政は、1949年2月にドッジによって勧告されたドッジ・ライン下の均衡予算であることから、政府には、公的病院を拡充するための資金の余裕はなかった。そこで、医療法施行から2年後の1950年に法改正を行い、「医療法人制度」を導入している。大著『日本病院史』の著者である福永肇氏は、「このアイデアは、個人の資金を民間医療機関に出資させようとする世界に類を見ない日本独自のユニークな制度」と論じている。 民間医療機関に法人格を付することにより、銀行からの資金調達が容易になるとともに、法人であるゆえに相続税問題から解放され、私人とは異なる税の軽減などもあり、法人に対する各種の公的補助金や税制上の優遇も享受できた。これらの理由があり、医療法人は急速に普及していった』、「社会保障制度審議会の1956年勧告では、「いやしくも公的資金により開設設置される病院については・・・その施設は単に当該病院の専有物にせず、医療機関相互の利用を認め、その有機的な連携をはかるとともに、施設設備に対する重複な投資を避けさせしめることが望ましい」との方針が提示されていた」、無駄な投資抑制に向けた画期的な考え方だが、今はどうなっているのだろう。
・『独立後、高度成長期の医療政策はどうなったか  1951年9月8日、GHQによる占領が終了する。前年、1950年からの朝鮮特需で持ち直しはじめていた日本経済は、徐々に、欧米先進国の背中を見ながらキャッチアップ軌道に乗り始めていく。 高度経済成長期を迎えると、産業界の資金需要は活発となっていった。銀行は高い金利で融資を行うことができる大企業を私的病院よりも優先していくのは当然で、そうした中、1960年に、民間の診療所・病院に対して公的資金を超低利・超長期の条件で貸し付けを行う医療金融公庫が設立される。 医療金融公庫の主な資金源は、郵便貯金、簡易保険、公的年金であり、これらが国の財政投融資を通じて投入された。ただし、大蔵省資金運用部(当時)から医療金融公庫に回される資金にも制限があり、かつ、民間金融機関からは民業圧迫との声もあったため、病院は医療金融公庫から所要資金の全額を借り入れることはできない規定が設けられていた。それゆえ、一部自己資金ないしは銀行借り入れが必要であり、それが病院による規模拡張への投資の制約条件となっていく。 こうした環境の中で、1962年に医療法改正により、公的病院病床規制が導入される。目的は、都市部の病床過剰地域における公的病院の新設・増床を規制するというものであった。ちなみに、民間病院への病床規制は、23年後の1985年の第1次医療法改正により導入されることになる。 戦後は、医療の需要面を社会化する公的医療保険が整備されていき、1970年代に入ると医療費の9割弱を税・社会保険料という公的資金が占めるようになるのであるが、一方で供給面では、自由開業医制を基礎に置く民間経営の私的提供体制という日本の医療保障制度ができあがっていった』、「病床規制」「導入」は、「公的病院」先で、「民間病院」は「23年後」、どうして格差が生じたのだろう。
・『歴史的経緯が作っていった日本の医療のかたち  NHKの朝ドラで「梅ちゃん先生」が放映されていた2012年頃、このドラマの話をしながら、日本の医療の特徴の説明をしていた。第2次世界大戦末期の空襲により焦土となった東京の蒲田を物語の出発点とし、主人公が開業医として成長していく物語である。 日本では、梅ちゃん先生のようにスタートした診療所が、1961年施行の国民皆保険による患者の増加の中で、少しスペースを広げて病床を持ち、その病床もしばらくすると20床を超えて病院となって、民間中小病院へと成長していった。欧米では病院とは基本的に入院施設であって、外来部門を持たない病院も多いが、日本のほとんどの病院は大きな外来部門を持っている。日本の病院にとって、多くの標榜科を備えた外来部門は、入院患者への窓口として機能することになる。 医療金融公庫があったとはいえ、「医療法」により非営利であることが規定されているために、民間病院は借り入れによる資金調達しか許されていなかった。そうした資金面からの制約によって、病院規模は中小規模でとどまってきた。先述の福永氏によれば、「今日、300床未満の病院が日本の病院数の8割強を占めている状況は、以上の戦後の病院発展におけるファイナンス面での歴史的背景の結果である」ということになる』、「病院規模は中小規模でとどまってきた」、効率性での問題点の指摘はなかったのだろうか。
・『取り組まれている医療提供体制の改革  株式を通じた資本の供給は、医療においてはできるだけ避けておきたいという国際的にも広範囲な合意がある。ほかの先進諸国は、歴史的に、公的および慈善・宗教団体などの非営利の団体により医療提供体制が整備されてきており、医療が近代化した後も、それらが提供体制を支えてきた。 しかし日本は、非営利という条件の下に民間主体の提供体制の整備が進められた。医療法人制度、医療金融公庫という税の優遇や金利の優遇はあったが、資金は借り入れが主体となり、しかも低利借り入れの医療金融公庫には借り入れ上限もあって、大規模の病院に発展できたのはまれであった。したがって、日本では、民間の中小病院が主体の提供体制ができあがっていった。 公的医療保険と私的医療提供体制の組み合わせからなる日本では、長らく、医療改革が社会保障政策の中での最優先課題であった。繰り返し政局の混乱を引き起こしていた年金よりもはるかに重要な課題と認識されていた(「日本の医療は高齢社会向きでないという事実――『医療提供体制改革』を知っていますか?」<2018年4月21日>を参照)。 そして今の日本では、地域医療構想と地域包括ケアは「車の両輪」であるとか、地域医療構想・医療従事者の働き方改革・医師偏在対策を加えて「三位一体改革」であると言われている。 「車の両輪」、「三位一体改革」のいずれにも入る地域医療構想とは、高齢化・人口減少に伴う医療ニーズの質・量の変化や労働力人口の減少を見据えて、質の高い医療を効率的に提供できる体制を構築するために、医療機関の機能分化・連携を行っていく改革のことである。地域包括ケアとは、自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供されるネットワークのことである。 いわばこれらは、ニーズに見合った医療を提供し、医療の質を高めるための改革であり、この国が歴史的に形成してきた日本医療の特徴へのチャレンジであるともいえる。三位一体改革の中の医師偏在対策にしても、この国の医療政策の歴史上、ずっと手付かずのままでいた医師養成のあり方に対する大きな試みである(「日本の大学の医学部教育は何が問題なのか?――医療介護の一体改革に立ちはだかる大きな壁」<2018年12月27日>を参照)  この一連の取り組みには、地域の中での広範囲であり、かつ人口減少社会における患者減を見越した中・長期的な構想に基づいて既存の病院の選択と集中を図り、相互の連携を通じて、地域医療全体、高度急性期から在宅、さらには看取りまでのチーム医療、医療と介護を一体化した、多職種の連携による地域完結型の医療を目指そうとするビジョンがベースにある。 そうしたビジョンは、戦後形成されてきた個々の病院内で完結していた「治す医療」から、地域全体で「治し支える医療」への転換であるとも言われている。さらには、いくつもの中小の病院が競合していたのでは対応が難しい医療をそれぞれの地域で強化していく必要もある。かつての患者数、病院数の拡張期とは異なり、競争よりも協調が謳われる時代になっているのである。 今という時代は、歴史という経路に依存して形成されているものではある。歴史過程における今という時代において、根気強く継続する改革の意思が求められるゆえんでもある。だが今は、目の前の感染拡大の防止に集中しておくことが最優先されるべきなのであろう』、「地域医療構想と地域包括ケアは「車の両輪」であるとか、地域医療構想・医療従事者の働き方改革・医師偏在対策を加えて「三位一体改革」、などを着実に推進してほしいものだ。

第三に、4月12日付け東洋経済オンライン「ソフトバンクがオンライン診療に勝算見込む訳 孫正義氏が巨額を投じた中国企業と合弁設立」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/422294
・『コロナ禍で広がりつつあるオンライン診療で、新規参入が相次いでいる。通信大手のソフトバンクが2021年度上半期中にオンライン診療事業を始めることがわかった。手がけるのは、医療サービス子会社のヘルスケアテクノロジーズだ。 同社は昨年7月に健康医療相談アプリ「HELPO(ヘルポ)」の提供を開始。現在は診察ではなく一般的な医療情報をチャット相談の形式で提供しており、自社で採用した数十名規模の医師や看護師、薬剤師が24時間対応する。ユーザーが相談を書き込むと、30秒以内に返信が来る仕組みだ。 4月12日発売の『週刊東洋経済』は「沸騰!医療テックベンチャー」を特集。投資額が10年前の5倍に膨らみ、米中のIT大手なども参入する医療テックベンチャーの最前線を追っている。 「病院に行くほどではないが、グーグルで検索しても的確な答えが見つからないということはよくある。何でも相談を投げ込んでもらって、医療従事者の知見とノウハウを提供するのが狙いだ」。ヘルスケアテクノロジーズの大石怜史社長はそう話す』、興味深いサービスだ。
・『医薬品の即日配達も  ドラッグストアで購入できる一般用医薬品のネット販売や病院検索機能も提供し、相談内容に応じて薬の購入や病院での診察を促す。薬の配達地域は東京23区内のみだが、物流ベンチャーと提携し、夕方17時までに注文すればその日の夜21時までに届く。病院検索では「女性の医師がいる」「クレジットカード決済ができる」といった項目でフィルタリングが可能だ。また、ソフトバンクグループ内の検査会社と連携し、新型コロナウイルスのPCR検査も提供している。 現在は法人や自治体を顧客とし、法人では従業員の福利厚生の一環として、自治体では国民健康保険の加入者への健康指導などとして使われている。サービス開始前にはソフトバンクの社員に実証実験を行い、7割が継続的な利用意向を示した。現在のヘルポの利用者数は非公開だが、2021年度中には数十万人規模を目指すという。「将来的には一般消費者への提供も計画している」(大石怜史社長)。 今後展開するオンライン診療の事業は、独自にビデオ通話などのツールを開発するのではなく、医療機関に導入済みのシステムに接続する形になる計画だ。大石氏は、「クリニックごとにオンライン診療アプリを入れるのは不便。患者がヘルポのアプリを開けばワンストップで診察を受けられるようにしたい」と説明する。事前のチャット相談の内容を問診票として医療機関と共有し、診察時間を予測して予約を取りやすくするシステムも開発を進めている。) コロナ禍での特例措置として、昨年4月に「初診」でのオンライン診療が解禁されてから1年が経過した。初めての診察や新たな症状・疾患の診察の場合、従来は対面が原則だった。だが新型コロナウイルスの院内感染などを防ぐため、厚生労働省は時限措置として規制緩和に踏み切った。コロナ禍でデジタル政策が加速したことを受け、厚労省は初診からのオンライン診療の恒久化に向けた検討を進めており、今秋の指針改定を目指す。これを商機とみる企業は増えている。 実はヘルスケアテクノロジーズは、ソフトバンクグループの孫正義社長率いるソフトバンク・ビジョン・ファンドが400億円超を出資していた中国のヘルスケア企業、平安好医生(ピンアン・グッド・ドクター)との合弁事業だ。 中国ではオンライン診療や薬のネット販売が急速に広がっている。「平安はヘルスケアのテック企業としてパイオニア。事業のノウハウ面で協力を得ている」(大石氏)。ちなみにへルポのデータはすべて日本国内のサーバーに保管され、平安側がアクセスできない体制を取っているという』、「へルポのデータはすべて日本国内のサーバーに保管され、平安側がアクセスできない体制を取っているという」、のであれば、合弁先の「平安好医生」の影響は遮断されているようだ。
・『さまざまな企業との提携で事業拡大へ  将来的には健康診断のデータを活用した生活習慣病の予測や、ウェアラブル機器との連携、フィットネス動画の配信なども計画する。「すべてを自分たちではやらない。ベンチャーも含めてさまざまなソリューションを持つ企業と共創したい」と大石氏は話す。 ソフトバンクは2017年に新規事業開発を担う「デジタルトランスフォーメーション本部」という部門を設立。ヘルスケアテクノロジーズもこの中から生まれた新規事業の1つだ。河西慎太郎本部長は組織の狙いについて、「ソフトバンクにとって次の柱になるものを育てたい。単にベンチャー投資をやるということではなく、パートナー企業を探して社会課題を解決できるような事業を一緒に作っていく」と説明する。 「社内のハイパフォーマーを集めた」(河西氏)という本部のメンバーは、発足時に120人だったのが直近で240人まで増えた。そのうち半分がエンジニア、もう半分が事業企画やバックオフィスの人員が占めるという。ヘルスケア以外にも、物流やスマートシティなどの分野で事業提携や合弁設立などを進めている。 データやテクノロジーの力で医療やヘルスケアが大きく変わろうとしている。激しい競争の中でソフトバンクはどこまで存在感を示せるか』、「ソフトバンク」にとって、実業に近い部分で「次の柱」に育つとすれば、安定的基盤を若干なりとも強化することにつながるだろう。

第四に、4月18日付けPRESIDENT Onlineが掲載した東京大学名誉教授の養老 孟司氏による「養老孟司「生死をさまよい、娑婆に戻ってきた」病院嫌いが心筋梗塞になって考えたこと 健康診断も医療も避け続けた理由」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/45071
・『447万部の大ベストセラー『バカの壁』の著者として知られる解剖学者・養老孟司氏が、82歳で心筋梗塞に。長年健康診断も一切受けず、かねて避けてきた現代医療。しかし25年ぶりに東大病院にかかり入院することに……。そして考えた、医療との関わり方、人生と死への向き合い方。体験をもとに、教え子であり主治医の中川恵一医師とまとめた『養老先生、病院へ行く』を上梓。同書より第1章を2回に分けて特別公開する──。(第1回/全2回) ※本稿は、養老孟司、中川恵一『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです』、興味深そうだ。
・『病気はコロナだけじゃなかった  2020年2月後半、新型コロナウイルス(以下「新型コロナ」や「コロナ」とも表記)の感染者が急増してから、外出できなくなってしまい、鎌倉の自宅に缶詰状態になってしまいました。 取材や打ち合わせは鎌倉の家に来てもらって行うので、外出するのは自転車に乗ってタバコを買いに行くくらい。公衆衛生の観点でいうと、感染症は人にうつさないことが基本ですから、自分なりに人との接触は避けていました。 それでも感染するのは仕方のないことです。感染症は感染するかしないかのどちらかですから。感染しないつもりでいても、感染するときはします。高齢者ですから、重症化して亡くなることもあるでしょう。 同年3月26日に、このたび刊行した『養老先生、病院へ行く』の共著者で東京大学の後輩でもある医師の中川恵一さんと「猫的視点でがんについて考える」(『医者にがんと言われたら最初に読む本』所収)という対談を行ったときも、そんなお話しをしたのを覚えています。 ところが、病気はコロナだけではありませんでした。6月に入ってから、私自身が別の病気で倒れてしまったのです』、医者の不養生の典型の「養老」氏では何が飛び出しても驚かない。
・『「身体の声」に背中を押されて…  私はよっぽどのことがなければ、自分から病院に行くことはありません。ただ家内が心配するので、仕方なしに病院に行くことはあります。自分だけで生きているわけではないので、家族に無用な心配をかけるわけにはいきません。 ところが今回は様子がかなり違っていました。6月4日の「虫の日」に、北鎌倉の建長寺で虫塚法要を終えるまでは何でもなかったのが、10日くらいから体調が悪いと感じるようになりました。 在宅生活が続いたことによる「コロナうつ」かとも思いましたが、「身体の声」は病院に行くことを勧めているようでした。 身体の声というのは、自分の身体から発せられるメッセージのことです。例えば、昼に何か食べて、その日の夜、あるいは次の日の朝でも、「なんだか調子が悪いな」と思ったら、昼食に食べたものが悪いとわかります。このとき自分の身体は、いつもの状態と違う何かを伝えていると考えています』、さすが、解剖学の大家ならではの感覚だ。
・『現代の医療システムに巻き込まれたくない  家内も早く病院に行きなさいと催促しています。長年、健康診断の類いは一切受けていなかったこともあり、仕方なしに病院に行って検査してもらおうと決心したのです。 なぜ病院に行くのに決心がいるのかというと、現代の医療システムに巻き込まれたくないからです。このシステムに巻き込まれたら最後、タバコをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、自分の行動が制限されてしまいます。コロナで自粛しているのに、さらなる自粛が「強制」されるようなものです。 なぜ医療システムに巻き込まれることにこれほど悩むのかについては、『養老先生、病院へ行く』の中で詳しく述べましたが、そのことで家内と対立するのも大人げないので、病院に行くことを決心したのです。 いったん医療システムに巻き込まれることになったら、つまり病院に行ったら、あとは「俎まないたの鯉こい」です。すべてを委ゆだねるしかありません。それは覚悟していました』、「現代の医療システムに巻き込まれたくないからです。このシステムに巻き込まれたら最後、タバコをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、自分の行動が制限されてしまいます。コロナで自粛しているのに、さらなる自粛が「強制」されるようなものです」、なるほど理解できた。
・『25年ぶりに東大病院を受診する  受診の相談をしたのは、中川恵一さんです。東京大学医学部附属病院勤務で、がんの放射線治療が専門ですが、終末医療の造詣ぞうけいも深く、『自分を生きる 日本のがん治療と死生観』という本を一緒に書いたこともあります。 82歳の年寄りですから、重大な病気があれば、そのまま終末医療に入れるかもしれません。それはそれで好都合です。 また、中川さんは私のような「医療界の変人」への対処法もよくわかっています。その安心感もありました。そこで6月12日、中川さんに連絡を入れてみることにしたのです。 そのときの私の症状は、1年間で約15kgの体重減少、あとはなんだか調子が悪い、元気がない、やる気が出ないといった不定愁訴ふていしゅうそだけです。体重がなぜ10kg以上も減ったのか、理由はわかりません。 6月中は何かと忙しく、そのときは緊急性があると思っていなかったので、少し暇ができる7月に入ってから受診できるかどうか相談しました。 ところが、その直後、7月以降の予定がいくつも入ってしまい、身動きがとれなくなってしまったのです。そこで、6月20日過ぎに改めて受診の調整をしてもらい、6月26日に東大病院で中川医師の予約をとりました。東大病院を受診するのは25年ぶりのことでした。 今から思うと、この日に診てもらわなければ、自力で病院にたどり着くことは不可能だったかもしれません。というのは、受診日の直前3日間はやたらと眠くて、猫のようにほとんど寝てばかりだったからです』、眠気と心臓病は関係あるのだろうか。
・『まさかの心筋梗塞  6月26日、友人の運転で鎌倉から本郷の東大病院まで連れていってもらいました。中川医師の指示で心電図と血液検査を受けました。心電図をとってくれた検査技師は、特に何も言わず、表情も変えていないので、特に心臓に異変はないのだろうと、そのときは思っていました。 それから中川医師の部屋に行き、問診を受けました。血液検査は糖尿病の数値が高かったくらいだったので、次の受診の予約をとり、家内や秘書らとともに病院の待合室で待機していました。 東大病院のある本郷から近いので、御茶ノ水の山の上ホテルにある老舗天ぷら屋(てんぷらと和食 山の上)に行って、食事をしようかなどと話していたくらいで、今日はそのまま帰れると思っていたのです。 そこへ、中川医師が急ぎ足でやってきました。「養老先生、心筋梗塞です。循環器内科の医師にもう声をかけてありますから、ここを動かないでください」と言われ、そのまま心臓カテーテル治療を受けることになりました。その前後のことは、半分寝ているようだったのでよく覚えていません』、「心筋梗塞」で緊急手術とは、よほど切迫した病状だったのだろう。
・『生死をさまよい、娑婆に戻ってきた  カテーテル治療後は、ICU(集中治療室)で2日ほど過ごし、循環器内科の一般病棟に移りました。カテーテル治療の前後やICUにいたときは、意識がぼんやりしていて、お地蔵さんのような幻覚も見えました。お地蔵さんは、阿弥陀あみだ様だったのかもしれません。 病院から出るには2つの出口があります。1つは阿弥陀様から「お迎え」が来て、他界へと抜け出ます。もう1つは、娑婆しゃばに戻ります。現在の病院は後者の機能が大きくなっています。前者はホスピスと呼ばれる終末医療です。昔の病院がお寺や教会に属していたのは、この機能が大きかったからでしょう。 しかし、阿弥陀様には見放されたらしく、とりあえず私が出たのは娑婆の出口のほうでした。 成人してから2週間も入院したのはこれが初めてです。子どもの頃、赤痢(赤痢菌による感染症)で入院したことがあります。終戦の前でしたが、その頃、神奈川県津久井郡中野町(現在は相模原市緑区)に住んでいました。 そこは母の実家で、祖父母と叔母がいました。実家は山の中腹にあり、水道がないので山から水を引いていました。そのため、赤痢が流行し祖父母も叔母も赤痢で亡くなりました。 そのとき私も一緒に赤痢にかかり、鎌倉に戻って母の知り合いの女医さんの病院に1人で入院して、生き延びました。小さい頃から、感染症があたりまえの環境で暮らしていたのです。 退院したのがいつだったかはっきり覚えていませんが、昭和19年(1944年)の春だったと思います』、「病院から出るには2つの出口があります。1つは阿弥陀様から「お迎え」が来て、他界へと抜け出ます。もう1つは、娑婆しゃばに戻ります。現在の病院は後者の機能が大きくなっています」、面白い表現だ。
・『いつ死んでもおかしくなかった  赤痢で入院していたことを考えると、いつ死んでもおかしくないと思っています。今回、主治医の中川さんは、15kgやせたと聞いて糖尿病かがんを疑ったようです。検査の結果、体重減少の原因は糖尿病のようで、全身をくまなく調べても、がんは見つかりませんでした。 がんは年齢とともに発症率が高くなる病気です。今までがん検診を受けたことがありませんから、82歳ならがんの2つや3つあっても不思議はありません。 でも検査を受けなければ、病院に行かなければ、がんがあるかどうかはわかりません。中川さんは私よりずっと若いのに、膀胱ぼうこうがんが判明して大きなショックを受けたと言っています。だから私のような病院嫌いは、検査を受けないほうがいいと思っていたのです。 もしも、がんが見つかっていたら、それはそれで面倒なことになります。今回の入院で、いろんな検査をしましたが、大腸内視鏡検査では大腸ポリープが見つかりました。がん化する可能性があると言われましたが、放置することにしました』、「今までがん検診を受けたことがありませんから、82歳ならがんの2つや3つあっても不思議はありません」、医学的なことは全て承知している患者というのは、医師や看護士も騙すことができないので、やり難いのだろうか。
・『医者選びの基準は「相性」  がんであれば、家族は放置を認めないでしょうから、放射線治療くらいはやるかもしれません。手術はストレスが大きいので選ばないでしょう。抗がん剤もストレスが強ければやらないと思います。 だから、担当の医者が「がんは取れる限り取りましょう」というタイプだと困ってしまいます。もちろん、患者には治療法を選ぶ権利がありますが、主治医と患者で意見がずれてしまうと、ただでさえ楽ではない治療に余計なストレスがかかります。ですから、医者選びは大事なのです。 医者選びの基準は「相性」です。現在の医療は標準化が進んでいますから、基本的に誰が主治医になっても同じ治療が行われます。 一方、人には好き嫌いがあるので、相性が重要です。夫婦や、教師と生徒の関係にも似ています。 もう1つ、医者選びは自分と価値観が似ているかどうかも重要です。例えば、もう延命は望まないと思っているのに、主治医が延命を勧めたら、ストレスになってしまいます。 もう治療はここまでという私に対し、じゃあこのくらいにして、あとは様子を見ましょう、と言ってくれる医者でなくてはいけないのです。 こんな私と相性や価値観の似た医者というのはあまりいないのですが、中川さんはその期待に応えてくれたと思います。大変、お世話になりました』、「養老」氏と「相性や価値観の似た医者というのはあまりいない」。しかし。「養老」氏の強味は教え子のなかからよりどりに選べることだ。
・『医療のIT化が進むことで失われるもの  相性のよい中川さんに診てもらったことで、大きなストレスを抱えることなく、病院にいることができました。また中川さん以外の医師や看護師の対応もよかったと思います。 しかし、できることなら病院に行きたくないという思いは変わりません。中川さんに対しては意地悪な言い方になるかもしれませんが、先述したように、現代医療を受けるということは、現代医療のシステム全体に組み込まざるをえないからです。 現代医療は統計が支配する世界です。例えば、がんの5年生存率という言い方があります。5年生存率は、がんが治ったと見なされる数字です。患者さんから集められたこうした数字をデータとして集め、情報化するのが現代医療です。いわゆる医療のIT(インフォメーション・テクノロジー)化、そして目指すのは医療のAI(人工知能)化でしょう。 私が東大医学部にいた頃は、そうではなかったので、医療は経験に頼らざるをえませんでした。だから聴診器で胸の音を聴いたり、顔色を見たりすることが重要だったわけです。 その時代の医療から、情報化された医療に変わってきたのは、1970年代あたりからではないかと思っています。 医療のIT化が進むことによって失われるものがあります。患者の生き物としての身体よりも、医療データのほうが重視されるようになることです。それを突き進めると、われわれの身体がぜんぶ管理されてしまうことになります。そんなことを、私は25年くらい前に東大で講義した記憶があります』、「医療のIT化が進むことによって失われるものがあります。患者の生き物としての身体よりも、医療データのほうが重視されるようになることです」、確かにその通りだろう。
・『現代医療が扱うのは人工身体  その講義で話した通り、医療の情報化はどんどん進んできました。す。今の医者はパソコンの画面しか見ないとか言う人もいますが、それは当然なのです。データ化されていない、胸の音とか顔色がどうとかいうのは診療の邪魔になりま 逆にいえば、人間の観察力を信用していないということです。それでいて、数字に基づく理屈を信用しているのが不思議です。その理屈も人間の頭が考えているのですから。 医学や生物学を始め、いろんな学問は、私がやっていた解剖学の手法がベースになっています。その元になったのは何かというと、「物を見る」ということです。具体的に物を見るというのはいったいどういうことなのでしょうか? 情報化される前の医学は、ヒトそのものを見ることが重要視されていました。それで思い出したのが、東大病院で学生に口述試験を行ったときのことです。 頭の骨を2個、机の上に置いて、学生に「この2つの骨の違いを言いなさい」というのが試験内容でした。 するとある学生が、1分ぐらい黙って考えた末に、「先生、こっちの骨のほうが大きいです」と答えたのです。 ヒトの骨は1つとして同じものはありません。その学生には、大きさ以外の差は目に入っていなかったというか、目の前にある物を見て考える習慣がゼロだったということです。当時であれば、医者の資質に欠けているといっても過言ではありません。しかし、現在では、こういう学生も医者になれるのかもしれません』、「医学や生物学を始め、いろんな学問は、私がやっていた解剖学の手法がベースになっています。その元になったのは何かというと、「物を見る」ということです」、初耳だが、言われてみればそんな気もする。
・『現代医療が切り捨てる、生身の生き物の「ノイズ」  以前の医療が扱っていたのは現実の身体でしたが、今の医療が扱うのは人工身体です。現実の身体はもともとあるものです。これに対して、「人工」というのは頭の中で組み立てたものです。人工身体ばかりを見ていると、現実の身体というのはノイズだらけに見えてきます。 医療のIT化が進むと、ノイズは徹底的に排除され、統計的なデータに基づく確率に支配されていきます。病名を特定するときは、より確率の高いものから調べていきますし、治療法もより確率の高い治療法を選びます。 今回、病院に行ったときも、中川さんはまず15kgの体重減少という症状から、糖尿病かがんを疑いました。心筋梗塞が見つかったのは念のためにとった心電図の異常な波形を見たからだそうです。心筋梗塞は普通、激しい胸の痛みがあるのに、私はまったく痛みを感じませんでした。もしかしたら見逃されていた可能性があります。 このように、統計的データを重視する医療は、確率の低いケースを、ないものと見なすことにもつながっていくのです』、「医療のIT化が進むと、ノイズは徹底的に排除され、統計的なデータに基づく確率に支配されていきます。病名を特定するときは、より確率の高いものから調べていきますし、治療法もより確率の高い治療法を選びます」、ここまでくると医学というより、統計的処理の進歩で、何となく味気ない。
タグ:医療問題 東洋経済オンライン 養老 孟司 PRESIDENT ONLINE 権丈 善一 (その29)(森元首相も受ける人工透析 日本で増え続けるのはなぜ?、コロナ禍の今 日本医療の特徴を考えてみる この国の医療の形はどのように生まれたのか、ソフトバンクがオンライン診療に勝算見込む訳 孫正義氏が巨額を投じた中国企業と合弁設立、養老孟司「生死をさまよい 娑婆に戻ってきた」病院嫌いが心筋梗塞になって考えたこと 健康診断も医療も避け続けた理由) 読売新聞のyomiDr 「森元首相も受ける人工透析 日本で増え続けるのはなぜ?」 「2019年2月から、森氏は人工透析を受けるようになりました」、初めて知った。 「感染症」は当然としても、「心不全」のリスクも高まるとは意外だ。「いったん始めれば、もうそれまでの日常生活には戻れない」、というのもつらい選択だろう。 腎不全の危険がある糖尿病だが、透析は受けないと決めた 「透析が苦痛になって途中でやめると」、「水分が一気にたまり、全身に痛みが回り、のたうち回ったりします」、悲惨なようだ。「糖尿病を患」っている筆者が「透析は受けないと決めた」、内情に通じた「医師」ならではの決断だ 「様々な延命治療を続けると、最終的に体は水ぶくれで太っていき、ご遺体は丸太のように膨らみます」、ぞっとする 「腎不全で人工透析が必要になった場合、それを積極的に勧めるのは、日本の医者だけ」、「欧米では透析は腎臓移植へのつなぎ医療という位置付け」、「医師」を儲けさせる手段になっているとは、困ったことだ 「医師」にとっては儲ける手段になっているのでは、「患者」に「人工透析」のデメリットを詳しく説明することはしないだろう。メリット、デメリットを詳しく解説したパンフレットに基づいて、「医師」から説明を受けるようにすべきだろう 「コロナ禍の今、日本医療の特徴を考えてみる この国の医療の形はどのように生まれたのか」 『社会保障制度改革国民会議』(2013年)の報告書には、「医療問題の日本的特徴」という項目 公的所有主体の欧米、私的所有主体の日本 占領期にGHQが与えた影響 「社会保障制度審議会の1956年勧告では、「いやしくも公的資金により開設設置される病院については その施設は単に当該病院の専有物にせず、医療機関相互の利用を認め、その有機的な連携をはかるとともに、施設設備に対する重複な投資を避けさせしめることが望ましい」との方針が提示されていた」、無駄な投資抑制に向けた画期的な考え方だが、今はどうなっているのだろう 「病床規制」「導入」は、「公的病院」先で、「民間病院」は「23年後」、どうして格差が生じたのだろう 歴史的経緯が作っていった日本の医療のかたち 「病院規模は中小規模でとどまってきた」、効率性での問題点の指摘はなかったのだろうか。 「地域医療構想と地域包括ケアは「車の両輪」であるとか、地域医療構想・医療従事者の働き方改革・医師偏在対策を加えて「三位一体改革」、などを着実に推進してほしいものだ。 「ソフトバンクがオンライン診療に勝算見込む訳 孫正義氏が巨額を投じた中国企業と合弁設立」 「へルポのデータはすべて日本国内のサーバーに保管され、平安側がアクセスできない体制を取っているという」、のであれば、合弁先の「平安好医生」の影響は遮断されているようだ。 「ソフトバンク」にとって、実業に近い部分で「次の柱」に育つとすれば、安定的基盤を若干なりとも強化することにつながるだろう 養老孟司「生死をさまよい、娑婆に戻ってきた」病院嫌いが心筋梗塞になって考えたこと 健康診断も医療も避け続けた理由」 養老孟司、中川恵一『養老先生、病院へ行く』 医者の不養生の典型の「養老」氏では何が飛び出しても驚かない。 さすが、解剖学の大家ならではの感覚だ。 「現代の医療システムに巻き込まれたくないからです。このシステムに巻き込まれたら最後、タバコをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、自分の行動が制限されてしまいます。コロナで自粛しているのに、さらなる自粛が「強制」されるようなものです」、なるほど理解できた。 眠気と心臓病は関係あるのだろうか。 「心筋梗塞」で緊急手術とは、よほど切迫した病状だったのだろう。 生死をさまよい、娑婆に戻ってきた 「病院から出るには2つの出口があります。1つは阿弥陀様から「お迎え」が来て、他界へと抜け出ます。もう1つは、娑婆しゃばに戻ります。現在の病院は後者の機能が大きくなっています」、面白い表現だ 「今までがん検診を受けたことがありませんから、82歳ならがんの2つや3つあっても不思議はありません」、医学的なことは全て承知している患者というのは、医師や看護士も騙すことができないので、やり難いのだろうか 「養老」氏と「相性や価値観の似た医者というのはあまりいない」。しかし。「養老」氏の強味は教え子のなかからよりどりに選べることだ。 「医療のIT化が進むことによって失われるものがあります。患者の生き物としての身体よりも、医療データのほうが重視されるようになることです」、確かにその通りだろう。 「医学や生物学を始め、いろんな学問は、私がやっていた解剖学の手法がベースになっています。その元になったのは何かというと、「物を見る」ということです」、初耳だが、言われてみればそんな気もする 「医療のIT化が進むと、ノイズは徹底的に排除され、統計的なデータに基づく確率に支配されていきます。病名を特定するときは、より確率の高いものから調べていきますし、治療法もより確率の高い治療法を選びます」、ここまでくると医学というより、統計的処理の進歩で、何となく味気ない。
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