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原発問題(その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由) [国内政治]

原発問題については、3月15日に取上げた。今日は、(その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由)である。

先ずは、本年4月5日付けPRESIDENT Onlineが掲載したイギリスの科学・経済啓蒙家で貴族院議員(子爵)のマット・リドレー氏による「原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/44699
・『かつて夢の技術といわれた原子力発電は、いまや斜陽産業だ。発電所の新設より閉鎖のほうが多く、出力電力は減っている。科学啓蒙家のマット・リドレー氏は「原子力発電は試行錯誤が許されない。『やってみて学習する』というイノベーション実践の決定的要素に合わないテクノロジーだ。だからテクノロジーとして失速してしまった」という――。 ※本稿は、マット・リドレー『人類とイノベーション 世界は「自由」と「失敗」で進化する』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです』、マット・リドレー氏の略歴は、1958年、英国生まれ。オックスフォード大学で動物学の博士号を取得。「エコノミスト」誌の科学記者を経て、英国国際生命センター所長、コールド・スプリング・ハーバー研究所客員教授を歴任。オックスフォード大学モードリン・カレッジ名誉フェロー。
・『原子力の民間開発は応用科学の勝利だった  20世紀に現れた革新的なエネルギー源はただひとつ、「原子力」だ(風力と太陽光もはるかに改良され、将来的に有望だが、まだ世界的なエネルギー源としての割合は2%に満たない)。 エネルギー密度の点からすると、原子力に並ぶものはない。スーツケースサイズの物体が、適切に配管されれば、ひとつの町や空母にほぼ永久に電力を供給できる。 原子力の民間開発は応用科学の勝利だった。その道は核分裂とその連鎖反応の発見から始まり、マンハッタン計画によって理論から爆弾になり、制御された核分裂反応とそれを水の沸騰に応用する段階的な工学設計へとつながった。 1933年に早くもレオ・シラードが連鎖反応の将来性に気づいたこと、レズリー・グローヴズ中将が1940代にマンハッタン計画の指揮をとったこと、あるいはハイマン・リッコーヴァー海軍大将が1950年代に最初の原子炉を開発し、それを潜水艦や空母に合わせて改良したことを除けば、この物語で目立つ個人はいない。 しかしこれらの名前から明らかなように、それは軍事産業と国家事業に民間業者を加えた「チームの努力」であり、1960年代までについに、少量の濃縮ウランを使って膨大な量の水を確実に、継続的に、安全に沸騰させる設備を、世界中に建設する巨大計画ができあがった』、「原子炉」は確かに超小型の「エネルギー源」だ。
・『「実験する機会の不足」で進化が止まった  それでも現在の状況は、新しい発電所が開かれるより古いものが閉鎖されるペースのほうが速いために、出力電力が減っている斜陽産業であり、時機をすぎたイノベーション、あるいは失速したテクノロジーだ。 その理由は「アイデア不足」ではまったくない。「実験する機会の不足」だ。 原子力の物語は、イノベーションは「進化」できなければいかに行きづまるか、そして後もどりさえするか、その教訓である』、研究用の原子炉もあるが、やはり本番用では「実験」は不可能で、これが「進化」の障害になっているようだ。
・『安全規制強化によるコストの高騰  問題はコストの膨張だ。原子力発電所は数十年にわたって、容赦ないコストの高騰を経験している。そのおもな理由は、安全性への警戒が高まっていることにある。そしてこの産業はいまだに、確実にコストを下げるプロセス、つまり「試行錯誤」とまったく無縁である。 原子力の場合、錯誤は影響があまりに甚大になるおそれがあるうえ、試行にはとんでもなくコストがかかるので、試行錯誤を再始動させることができない。そのため私たちは、加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり、原発反対運動に反応して不安がる人たちのために働く規制機関の要求によって、そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある。 しかも、きちんと準備ができる前に政府によって世間に押しつけられるテクノロジーは、もう少しゆっくり進行することを許されたなら、もっとうまくやっていたかもしれないところで、つまずく場合もある。アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している。原子力がこれほど急がず、軍事用の副産物ではないかたちで開発されていたら、もっとうまくいっていたかもしれないと考えずにはいられない』、「アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している」、初めて知った。「加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり・・・そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある」、困ったことだ
・『従来の軽水炉とは異なるアイデアもあった  1990年に出版された『私はなぜ原子力を選択するか』(邦訳:ERC出版)のなかで、原子物理学者のバーナード・コーエンは、1980年代に原発の建設がほとんどの西側諸国で中止された理由は、事故や放射能漏れ、あるいは核廃棄物急増への不安ではなく、規制強化による止まらないコストの高騰だった、と述べている。その後、彼のこの分析はさらに真実味を帯びている。 これは新式の原子力のアイデアが足りないせいではない。エンジニアのパワーポイントによるプレゼンには、核分裂原子炉の異なる設計が盛りだくさんで、なかには過去に実用レベルの試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある。 大別すると「液体金属原子炉」と「溶融塩原子炉」のふたつだ。後者はトリウムまたはフッ化ウランの塩を、おそらくリチウム、ベリリウム、ジルコニウム、ナトリウムのようなほかの元素と一緒に使って機能する』、「新式の原子」炉では「試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある」、惜しいことをしたものだ。
・『原理的にメルトダウンしない溶融塩原子炉  その設計のおもな利点は、燃料が固体の棒ではなく液体で入るため、冷却が均一で、廃棄物の除去が容易なことだ。高圧で稼働させる必要がないので、リスクが減る。溶融塩は燃料であるだけでなく冷却剤でもあり、熱くなると反応速度が落ちるというすぐれた特性があるため、メルトダウンは不可能になる。 加えて、その設計には一定温度以上で溶けるプラグが含まれ、燃料が区切られた室に排出され、そこで分裂を止めるという第2の安全装置もある。たとえばチェルノブイリとくらべると、こちらのほうがはるかに安全だ。 トリウムはウランより豊富で、ウラン233を生成することによって、事実上ほぼ無限に増殖できる。同じ量の燃料から約100倍の発電をすることが可能で、核分裂性プルトニウムを生まず、半減期が短くて廃棄物が少ない』、この「溶融塩原子炉」は、確かに安全で素晴らしいアイデアだったようだ。
・『最大の欠点は「試行錯誤」ができないこと  ところが、1950年代にナトリウム冷却剤を積んだ潜水艦が進水し、1960年代に2基の実験的なトリウム溶融塩原子炉がアメリカで建設されたにもかかわらず、資金、教育、そして関心がすべて軽水ウラン炉の設計に注がれたため、プロジェクトはやがて終了した。さまざまな国がこの決定を覆す方法を検討しているが、実際に思いきって実行する国はまだない。 たとえそうしたとしても、1960年代に言われた「原子力はいずれ、メーターがいらないほど安価になる」という、よく知られた見通しが実現することはなさそうだ。問題は単純で、原子力はイノベーション実践の決定的要素に合わないテクノロジーである。 その要素とは「やってみて学習する」だ。 発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない。 このやり方ではどんなテクノロジーであれ、コストを下げて性能を上げることはできない。コンピュータチップも1960年の段階に置き去りにされるだろう。原発はエジプトのピラミッドのように、単発プロジェクトとして建設されるのだ』、「発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない」、これでは確かに試行錯誤は困難だ。
・『福島原発事故の根本的な原因はなにか  1979年のスリーマイル島および1986年のチェルノブイリの事故のあと、活動家と市民はより厳しい安全基準を要求した。そして手に入れた。 ある推定によると、電力1単位につき、石炭は原子力のほぼ2000倍の死者を出すという。バイオ燃料は50倍、ガスは40倍、水力は15倍、太陽光は5倍(パネルを設置するときに屋根から落ちる人がいる)、そして風力でも原子力の2倍の死者を出す。この数字にはチェルノブイリと福島の事故も入っている。追加の安全要件は原子力をごくごく安全なシステムから、ごくごくごく安全なシステムにしただけだ。 あるいは、ひょっとすると安全性を低下させたのかもしれない。 2011年の福島の大惨事を考えてみよう。福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ。もっと新しい設計では繰り返されそうもない、単純な設計ミスだ。 それは古い原子炉であり、もし日本がまだ新しい原子炉を建設していたら、ずっと前に廃止されていただろう。コストの高い過剰規制によって核の普及とイノベーションが抑制されていたせいで、福島原発は稼働時間が長すぎたために、システムの安全性が低下したのだ』、「福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ」、電力のプロがこんな基本的な設計ミスを見逃すとは、ヒューマンエラーはやはり不可避なようだ。
・『必要以上の安全性は高くつく  規制機関が要求する必要以上の安全性は高くつく。原発建設に携わる労働者は大幅に増えているが、とくに書類にサインするホワイトカラーの仕事が膨大だ。 ある研究によると、1970年代、新しい規制のせいでメガワットあたりの鋼鉄の量は41%、コンクリートは27%、配管は50%、電線は36%増加したという。 実際、規制の歯止めが強まると、プロジェクトでは、されることさえないルール変更を予想して機能を加え始めた。きわめて重要なことだが、この規制環境のせいで原発の建設業者は、規制の修正につながることを心配して、予想外の問題を解決するための現場イノベーションの実践をやめるしかなく、それがさらにコストを押し上げた。 解決法はもちろん、原子力発電をモジュラーシステムにすることだ。工場組み立ての小さな原子炉ユニットを大量に生産ラインで生産し、各発電所の現場で、木箱に卵を詰めるように設置する。これならフォード社の「モデルT」と同じようにコストを削減できる。 問題は、新しい原子炉の設計を認可するのに3年かかり、小型だからといって抜け道はほとんど、またはまったくないので、小型の設計には認可の費用がより重くのしかかることだ』、なるほど。
・『核融合では同じ失敗を避けるべきだ  一方、核融合、すなわち水素原子の融合からエネルギーを放出させてヘリウム原子を生成するプロセスは、ようやく約束を果たし、これから数十年以内に、ほぼ無限のエネルギーを供給するようになる可能性が高い。 いわゆる高温超伝導体の発見と、いわゆる球状トカマクの設計でようやく、核融合発電は30年先だという、30年言われ続けた古いジョークがジョークでなくなったかもしれない。核融合発電は1基につきおそらく400メガワットを発電する比較的小さな原子炉がたくさんというかたちで、商業ベースで結実するかもしれない。 爆発やメルトダウンのリスクがほぼゼロ、放射性廃棄物は非常に少なく、兵器の材料を提供する心配もないテクノロジーだ。燃料はおもに水素であり、水から自分の電気で生成できるので、地球環境への悪影響は小さいだろう。 それでも核融合が解決しなくてはならない大きな問題は、核分裂と同じように、原子炉の大量生産によってコストを下げる方法だ。そしてコスト削減の教訓を得るためには、試行錯誤が許され、途中で設計し直すことができなくてはならない』、「核融合」炉については、2025年の運転開始を目指し、日本を含む各国が協力して国際熱核融合実験炉ITERのフランスでの建設に向けて関連技術を開発中(Wikipedia)。ただ、「2025年の運転開始を目指し」という割には具体的な進捗の報道はまだ余りないようだ。

次に、4月16日付け現代ビジネスが掲載した筑波大学教授の原田 隆之氏による「麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82293?imp=0
・『麻生大臣の発言  定期的に問題発言を繰り返す麻生大臣が、今回は福島原発の処理水海洋放出をめぐって物議を醸す発言をした。 「科学的根拠に基づいて、もうちょっと早くやったらと思っていた。飲んでも何てことはないそうだ」というのが、その発言の要旨である。 最初に断っておくが、私が本稿で述べたいのは、処理水の海洋放出の是非についてではなく、「科学的根拠」についての理解のあり方についてである』、興味深そうだ。
・『科学的根拠に基づくとはどういうことか  今回の発言だけでなく、最近は新型コロナウイルス感染症対策をめぐっても、「科学的根拠」「エビデンス」という言葉が広く使われるようになった。 もともと、医療などヒューマンサービスに携わる研究者や実務家の専門用語であったこれらの用語が、広く一般にも使われるようになったのは喜ばしいことである。ただ、麻生大臣の発言は、科学的根拠(エビデンス)の使い方に重大な問題がある。 エビデンスという用語が広く用いられるようになったのは、1991年にカナダの疫学者ゴードン・ガイヤットが、その論文のなかで「エビデンスに基づく医療」(Evidence-Based Medicine: EBM)という用語を用いてからである。医療現場の意思決定は、それまで科学的な根拠よりも、ともすれば経験、印象、直観、権威などの主観的なものに基づいてなされることが少なくなかった。 たとえば、ある薬を使うかどうかというときに、「過去に何例かの患者に処方して効果があったから」(経験)、「効果がありそうだから」(印象、直観)、「有名な医師が勧めていたから」(権威)などに基づいて、その薬を使うという意思決定をすることが少なくなかったのである。 それで思い出すのは、昨年のアビガンをめぐる論争である。テレビによく出てくる専門家は「とにかく早くアビガンを使って」と連呼し、ノーベル賞受賞者までもが治験前であるにもかかわらずアビガンを特例承認することを当時の首相に直談判していた。 たしかに何人かの患者にアビガンが効いたという事例はあったかもしれないが、それは科学的根拠ではなく、臨床経験にすぎず、それを根拠とするのは危険である。なぜなら、その患者に固有の理由(体質や症状の程度など)で効いたのかもしれないし、アビガン服用とは関係なく、もう治癒するところであったのかもしれない。さらに、効果にばかり目が行きがちだが、副作用などの害があるかもしれない。 したがって、このような主観的なものに頼らず、厳密な研究によって得られた科学的データ、すなわちエビデンスに基づいて薬を投与するなどの意思決定をしようというのがEBMである。薬の例であれば、治験の結果がエビデンスということになる』、確かに「アビガン」をめぐっては、様々な雑音があったが、これに屈しなかった厚労省は大したものだ。
・『EBMの3要素  EBMというとき、ともすればエビデンスばかりが前面に出るが、実はEBMには3つの重要な要素がある。それは、「エビデンス」「患者の背景」「臨床技能」である。この3つの交わったところにEBMがある。 まずエビデンスであるが、これは最新最善のエビデンスであることが重要だ。科学的データであれば何でもエビデンスになるわけではない。質の低い研究からは、質の低いエビデンスしか出てこない。それはバイアスに汚染されているリスクが大きく、結果そのエビデンスを用いても判断がゆがめられてしまう。現在のところ、ランダム化比較試験のメタアナリシスが最も質の高いエビデンスであると言われている(詳しくは「コロナ薬『アビガンの安全性・効果のデータはそろっている』は本当か」参照)。 患者の背景というのは、患者側の体質、症状、価値観、好みなどのことを指す。よく誤解されるが、EBMとは、エビデンスがあれば有無を言わさずそれを適用しようというものではない。それはEBMからは最も乖離した態度であり、こういう態度を「エビデンスで殴る」という。 そうではなく、エビデンスと患者の背景の融合したところにEBMがある。つまり、エビデンスのある治療法や薬があれば、それを個々の患者に適用してもよいものかどうかよく吟味するだけでなく、患者にも誠実かつ丁寧に説明して同意を得たうえで最終的な意思決定をすべきなのである。たとえば、手術か投薬かという選択肢があるときに、患者の重症度によってどれを適用すべきかは異なってくるし、患者の価値観や希望によっても異なってくる。医療提供者側は、エビデンスに基づいて最適な方法を丁寧に説明して推奨するべきだが、それでも患者側が拒否すれば次善の策を取るということになるだろう。 最後の「臨床技能」は、純粋に医療提供者側の問題である。どれだけ良い治療法があっても、それを実践する技能がなければならないし、論文を読みこなす技能、患者に説明する技能なども求められる。 このように医療の分野で誕生したEBMであるが、現在は他の多くの領域にも浸透している。医療以外の分野で、物事の意思決定をするときに、エビデンスに基づいて意思決定をすること、そしてそれに基づいて実践をすることをエビデンスに基づいた実践(エビデンス・ベイスト・プラクティス)(Evidence-based Practice: EBP)という。その1つが政策決定の分野である。今回のように汚染水を海洋放出するかどうかという政策決定においても、エビデンスが重視されたことは間違いないし、その点に限ればそれは望ましいことである』、「EBP」は、日本政府が最も不得手とするものだ。
・『麻生発言の何が問題か  さて、ここまで読んでいただいた方は、麻生発言の何が問題かがもうお分かりいただいたのではないかと思う。 あの発言は、たしかにエビデンスを重視しており、一見EBPを実践しているように見える。しかし、実はEBPとは最も乖離した態度であり、まさに「エビデンスで殴る」ような発言なのである。 この場合、殴られたのは福島の人々、漁業関係者、そして不安を抱く一般の国民などである。科学的根拠に基づけば、たしかに処理水は安全なレベルなのだろう。国際原子力機関(IAEA)もそのことは強調しており、今回の日本政府の意思決定を支持している。また、海洋放出に強く反対している韓国や中国も、実は同レベル以上の原発処理水を海洋放出している。しかし、何も問題は発生していない。 だからといって、エビデンスを錦の御旗のように振りかざし、関係者の気持ちや不安に対して聞く耳を持たないような態度は決して許容されるべきものではない。科学的にはどれだけ安全であっても、風評被害が生じれば漁業は甚大な打撃を受けるだろう。風評被害というのは、まさにその名のとおり、実害はなくても人間の不安な心理に基づく被害である。エビデンスだけでは物事は解決しないのだ。 だとすると、やはりエビデンスは重要であるが、それだけを振りかざすのではなく、不安を抱える人々に丁寧に説明を繰り返し、その気持ちを汲み取ったうえで最終的な意思決定をする必要があるだろう。つまり、そこで問われるのは「臨床技能」である。政治家で言えば、国民と誠実に対話したり、説明したりするコミュニケーションの技能が求められる』、「そこで問われるのは「臨床技能」である」、その通りだ。
・『復興庁のゆるキャラに批判集中  麻生発言と同時期にトリチウムのゆるキャラも問題になった。これは、復興庁が処理水の安全性などをPRするポスターや動画に用いられたものである。 復興庁はゆるキャラを作ったことについて、「放射線やトリチウムというテーマは専門性が高く、分かりづらいため、できるだけ多くの方に関心を持ってもらうことが必要です。それと正しい情報を知っていただくことを合わせて全体的にイラストを用いてわかりやすく解説しました」とその理由を述べている。 ここにも関係者の心情や背景を軽視した独善的で一方的な態度が指摘できる。当然の前提として、人々が処理水に不安を抱き、脅威を感じているということへの共感がない。それがあれば、不安の対象であるトリチウムをゆるキャラ化しようという発想はまず浮かばないはずだ。 ゆるキャラ化したところで、脅威であることは変わらないし、そんなことで不安が払しょくされると考えていたのであれば、人々をバカにしているのもいいところだ。これは麻生発言の「飲んでも何てことはない」という表現に通じるところがある。 批判が集中したのを受けて、復興庁はゆるキャラを用いたポスターの配布をとりやめ、PR方法を再検討するようだが、数百万かけたという税金をドブに捨てることになるのだろう。 麻生発言もゆるキャラ問題も、その根っこは同じである。いずれもエビデンスに基づいているところはたしかかもしれない。しかし、それを伝えるときに、エビデンスを振りかざしたり、子どもだましのゆるキャラを用いたりするところに、人々の価値観や心情を著しく軽視していたというところが共通しているのである。これを一言で言えば、「心がない」ということに尽きる。 エビデンスというものは、それさえ用いれば難題をいとも簡単に解決してくれる魔法の杖ではない。エビデンスという科学の力に頼るときにこそ、丁寧なコミュニケーションやきめ細やかな対応など、人間的な心配りが必要なのである』、「批判が集中したのを受けて、復興庁はゆるキャラを用いたポスターの配布をとりやめ、PR方法を再検討するようだが、数百万かけたという税金をドブに捨てることになるのだろう」、何にでも「ゆるキャラを用い」ようとする「復興庁」の姿勢には、呆れ果てた。「エビデンスという科学の力に頼るときにこそ、丁寧なコミュニケーションやきめ細やかな対応など、人間的な心配りが必要なのである」、同感である。

第三に、4月30日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したジャーナリストの姫田小夏氏による「中国はなぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか、専門家が指摘する5つの理由」を紹介しよう。なお、本文中の付注は省略。
・『日本政府が4月13日に発表した「処理水の海洋放出」の決定は、中国にも波紋が広がった。中国の専門家らも反発の声を上げているが、中国の原発も放射性物質を排出している。それでも、なぜ日本の対応は不安視されているのか。複数のレポートから客観的にその不安の原因を探った』、興味深そうだ。
・『中国の専門家らも批判する5つの根拠  福島第一原発におけるデブリの冷却などで発生した放射性物質を含む汚染水を処理し、2年後をめどに海洋放出するという決定を日本政府が発表した。これに、中国の一般市民から強い反対の声が上がった。 中国の原発も環境中にトリチウムを放出している。にもかかわらず、日本政府の決定には、中国の政策提言にも関わる専門家や技術者も声を上げた。その主な理由として、下記の要因を挙げている。 (1)10年前(2011年3月)の福島第一原発事故が、チェルノブイリ原発事故(1986年4月)に相当する「レベル7」の事故であること (2)排出される処理水が、通常の稼働下で排出される冷却水とは質が異なること (3)事故の翌年(2012年)に導入した多核種除去設備(ALPS)が万全ではなかったこと (4)日本政府と東京電力が情報やデータの公開が不十分であること (5)国内外の反対にもかかわらず、近隣諸国や国際社会と十分な協議もなく一方的に処分を決定したこと  さらに、復旦大学の国際政治学者である沈逸教授はネット配信番組で、国際原子力機関(IAEA)が公表した2020年4月の報告書を取り上げた。 報告書によると、IAEAの評価チームは「『多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(ALPS小委員会)』の報告は、十分に包括的な分析と科学的および技術的根拠に基づいていると考えている」としている。しかし、同教授は「それだけで、IAEAが処理水の海洋放出に対して“通行証”を与えたわけではない」とし、この報告書に記載されている次の点について注目した。) 「IAEAの評価チームは、ALPS処理水の処分の実施は、数十年にわたる独特で複雑な事例であり、継続的な注意と安全性に対する再評価、規制監督、強力なコミュニケーションによって支持され、またすべての利害関係者との適切な関与が必要であると考えている」(同レポート6ページ) つまりIAEAは、ALPS技術が理論上は基準をクリアしていたとしても、実践となれば「独特で複雑な事例」なので、しっかりとこれを監督し、“すべての利害関係者”との調整が必要だとしている。IAEAは原子力技術の平和的利用の促進を目的とする機関であり、「原発推進の立場で、日本とも仲がいい」(環境問題に詳しい専門家)という側面を持つものの、今回の海洋放出を「複雑なケース」として捉えているのだ。 同教授は「果たして日本は、中国を含む周辺国と強力なコミュニケーションができるのだろうか」と不安を抱く。 他方、日本の政府関係者は取材に対し、「あくまで個人的な考え」としながら、「中国のネット世論は以前から過激な部分もあるが、処理水の海洋放出について疑義が持たれるのは自然なこと」と一定の理解を示した』、なるほど。
・『放射性物質の総量は依然不明のまま  今回の処理水放出の発表をめぐっては、日本政府の説明もメディアの報道も、トリチウムの安全性に焦点を当てたものが多かった。東京電力はトリチウムについて「主に水として存在し、自然界や水道水のほか、私たちの体内にも存在する」という説明を行っている。 原子力問題に取り組む認定NPO・原子力資料情報室の共同代表の伴英幸氏は、取材に対し「トリチウムの健康への影響がないとも、海洋放出が安全ともいえない」とコメントしている。その理由として、海洋放出した場合に環境中で生物体の中でトリチウムの蓄積が起き、さらに食物連鎖によって濃縮が起きる可能性があること、仮にトリチウムがDNAに取り込まれ、DNAが損傷した場合、将来的にがん細胞に進展する恐れがあること、潮の流れが複雑なため放出しても均一に拡散するとは限らないこと、などを挙げている。 ちなみに中国でも「人体に取り込まれたトリチウムがDNAを断裂させ、遺伝子変異を引き起こす」(国家衛生健康委員会が主管する専門媒体「中国放射能衛生」の掲載論文)ため、環境放射能モニタリングの重要な対象となっている。 国際的な環境NGOのFoE Japanで事務局長を務める満田夏花さんは「トリチウムは規制の対象となる放射性物質であるにもかかわらず、日本政府は『ゆるキャラ』まで登場させ、処理水に対する議論を単純化させてしまいました」と語る。同時に、「私たちが最も気にするべきは『処理水には何がどれだけ含まれているか』であり、この部分の議論をもっと発展させるべき」だと指摘する。 「ALPS処理水には、除去しきれないまま残留している長寿命の放射性物質がある」とスクープしたのは共同通信社(2018年8月19日)だった。これは、東京電力が従来説明してきた「トリチウム以外の放射性物質は除去し、基準を下回る」との説明を覆すものとなった。 このスクープを受けて東京電力は「セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90、ヨウ素129などの放射性物質が残留し、タンク貯留水の約7割で告示濃度比総和1を上回っている」と修正し、「二次処理して、基準以下にする」という計画を打ち出した。 現在、東京電力のホームページには、トリチウム以外の放射性物質が示されているものの、公開データはタンクごとに測定した濃度(中には1万9909倍の濃度を示すタンクもある)にとどまり、いったいどれだけの量があるのかについては不明、わかっているのは「トリチウムが860兆ベクレルある」ということだけだ』、「共同通信社」の「スクープ」で、「ALPS処理水」の実態が漸く明らかになるといった「東京電力」や「政府」の隠蔽体質が事態を一層混乱させているようだ。
・『海洋放出以外の代替案が選ばれなかった理由  一方、海洋放出以外の代替案には、(1)地層注入、(2)海洋放出、(3)水蒸気放出、(4)水素放出、(5)地下埋設、の5案が検討されていた。ALPS小委員会の報告書(2020年2月10日)は、それぞれが必要とする期間とコストを次のように説明している。 (1)地層注入  期間:104+20nカ月(n=実際の注入期間)+912カ月(減衰するまでの監視期間) コスト:180億円+6.5n億円(n=実際の注入期間) (2)海洋放出  期間:91カ月 コスト:34億円  (3)水蒸気放出  期間:120カ月 コスト:349億円  (4)水素放出  期間:106カ月 コスト:1000億円  (5)地下埋設 期間:98カ月+912カ月(減衰するまでの監視期間) コスト:2431億円  上記からは、(2)の「海洋放出」が最も短時間かつ低コストであることが見て取れる。これ以外にも、原子力市民委員会やFoE Japanが、原則として環境中に放出しないというスタンスで、「大型タンク貯留案」や「モルタル固化処分案」の代替案を提案していた。 これについてALPS小委員会に直接尋ねると「タンクが大容量になっても、容量効率は大差がない」との立場を示し、原子力市民委員会やFoE Japanの「タンクが大型化すれば、単位面積当たりの貯蔵量は上がるはず」とする主張と食い違いを見せた。この2つの代替案は事実上ALPS小委員会の検討対象から除外され、(2)の「海洋放出」の一択に絞られた』、「海洋放出」が「コスト:34億円」、と桁外れに易いのが採択された理由だろう。
・『日中の国民の利害は共通 環境問題と中国問題は切り離して  対立する米中が気候変動でも協力姿勢を見せたこともあるのか、今回の取材では「中国に脅威を感じているが、海洋放出をめぐっては日本の国民と中国の国民は利害が共通する」という日本の市民の声も聞かれた。 実は中国側も同じ意識を持っている。海洋放出について、中国の国家核安全局の責任者は「日本政府は自国民や国際社会に対して責任ある態度で調査と実証を行うべき」とメディアにコメントしていることから、中国側が“日本の国民と国際社会は利害が共通するステークホルダー”とみなしていることがうかがえる。 原子力市民委員会の座長代理も務める満田氏は、「海洋放出についての中韓の反応に注意が向き、論点がナショナリスティックかつイデオロギー的なものに傾斜していますが、もっと冷静な議論が必要です」と呼びかけている。 そのためには、国民と国際社会が共有できる自由で開かれた議論の場が必要だ。日本政府と東京電力にはよりいっそう丁寧な対応が求められている』、同感である。
タグ:原発問題 マット・リドレー PRESIDENT ONLINE 現代ビジネス 原田 隆之 (その17)(原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ、麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの、なぜ原発処理水の海洋放出に反対するのか 専門家が指摘する5つの理由) 「原子力発電所の中央制御室が「時代遅れのメーター」ばかりである根本的理由 ITを導入したくでもできないワケ」 『人類とイノベーション 世界は「自由」と「失敗」で進化する』(NewsPicksパブリッシング) 原子力の民間開発は応用科学の勝利だった 「原子炉」は確かに超小型の「エネルギー源」だ 研究用の原子炉もあるが、やはり本番用では「実験」は不可能で、これが「進化」の障害になっているようだ。 「アメリカの大陸横断鉄道はすべて失敗し、個人出資の1例をのぞいて結果的に破産している」、初めて知った 「加圧水型原子炉という未熟で効率の悪いテクノロジーで行きづまり・・・そのテクノロジーさえしだいに抑制されつつある」、困ったことだ 「新式の原子」炉では「試作機の設計までたどり着き、従来の軽水炉と同じくらいの財政支援があれば、さらに先に進めたと思われるものもある」、惜しいことをしたものだ。 この「溶融塩原子炉」は、確かに安全で素晴らしいアイデアだったようだ。 「発電所はあまりにも大きくて費用がかかるので、実験でコストを下げるのは不可能だとわかっている。建設前に設計を通さなくてはならない複雑な規制が膨大にあるため、建設途中で設計を変更することも不可能だ。物事をあらかじめ設計し、その設計に忠実にやるか、振り出しにもどるかしなくてはならない」、これでは確かに試行錯誤は困難だ 「福島原発の設計には安全性に大きな欠陥があった。ポンプが高波で浸水しやすい地下にあったのだ」、電力のプロがこんな基本的な設計ミスを見逃すとは、ヒューマンエラーはやはり不可避なようだ。 核融合では同じ失敗を避けるべきだ 「核融合」炉については、2025年の運転開始を目指し、日本を含む各国が協力して国際熱核融合実験炉ITERのフランスでの建設に向けて関連技術を開発中(Wikipedia)。ただ、「2025年の運転開始を目指し」という割には具体的な進捗の報道はまだ余りないようだ。 「麻生大臣の原発処理水「飲んでも何てことはない」発言に決定的に欠けていたもの」
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