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日本の構造問題(その24)(「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”、日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない 自ら危機意識を持って脱却する必要がある、日本が亡国の道を突き進む元凶 「やったふり」「先送り」キャリア形成の弊害) [経済政治動向]

日本の構造問題については、昨年12月1日に取上げた。今日は、(その24)(「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”、日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない 自ら危機意識を持って脱却する必要がある、日本が亡国の道を突き進む元凶 「やったふり」「先送り」キャリア形成の弊害)である。

先ずは、12月16日付けダイヤモンド・オンラインが掲載したノンフィクションライターの窪田順生氏による「「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/290778
・『「日本は絶対に負けない!」と叫ぶほど負ける  最近、中国や台湾、さらには韓国にまで、日本が“負けた系ニュース”をやたらと多く見かけないだろうか。例えば、ざっと目についただけでもこんな調子だ。 ・『日本は「急速に力を失った」…韓国、台湾、中国に負ける“唯一最大の恐しい原因”』(幻冬舎ゴールドオンライン11月27日) ・『王者だった「ニッポン半導体」が負けた訳』(東洋経済オンライン12月1日) ・『日本は20年後に経済規模で韓国に追い抜かれる-その残念な理由とは』(現代ビジネス12月12日) ・『管理職の日韓給与比較」どの職種も大きく水をあけられ大敗北という現実』(プレジデントオンライン12月14日) 愛国心あふれる方たちからすれば、このような記事は「日本をおとしめたい反日マスゴミのデマ」ということなのだろうが、残念ながら、日本の経済力、技術力が衰退していることは、さまざまな客観的データが物語っている。 もちろん、世の中には「日本の賃金は安くない!中国や韓国からもたくさん労働者が来ているのがその証拠だ!」とか「労働生産性なんてのは欧米がつくった数字のトリックだ!」とか「中国や韓国の方が商売上手なだけで日本の技術は今も世界一だ!」なんて感じで、これらのデータ自体が捏造・デマだと主張される方たちもいらっしゃる。 人は自分が信じたいものを信じる。なので、このような考え方をされるのも自由だし、他人がとやかく言うことではない。が、「日本の国益」という視点では、「ジャパン・アズ・ナンバーワンだ!」というような考え方はあまりよろしくないのではないか。 歴史を振り返ると、日本という国はこれまで、自分たちに都合の悪い客観的なデータを否定して、「日本は絶対に負けない!」と叫べば叫ぶほど事態を悪化させるという「負けパターン」を繰り返してきたからだ』、「「日本は絶対に負けない!」と叫べば叫ぶほど事態を悪化させるという「負けパターン」を繰り返してきた」、困った悪弊だ。
・『10年前「自動車産業は負けない」と叫んでいた人たちと、今の現実  「日本は負けない!」と喉を枯らせば枯らすほど、現実逃避や問題先送りがおこなわれて大惨敗という皮肉な結果を招いてしまうというのが、日本のお決まりのパターンだ。 例えばわかりやすいのが、自動車産業である。実は今から10年ほど前、リーマンショックを受けた世界的な自動車販売台数の落ち込みや、中国など海外への生産・販売の依存が極端に高まってきたというデータを根拠に、一部のメディアから、そう遠くない未来、日本の自動車メーカーや関連産業はかなり厳しい環境に追いやられるのではないか、という悲観論が相次いだ。 しかし、愛国心あふれる方たちは、「マスコミってのは、日本がダメになるというストーリーが大好物で、不安ばかりをあおるバカだな」と鼻で笑った。ある研究者の方はネットメディアで「日本の自動車部品は絶対に負けない」と宣言し、世界的に、自動車産業は生産縮小を余儀なくされたとしも、高品質の日系部品メーカーには仕事がたくさん流れてきて、これから日本の大躍進の時代が来るとまで言い切った。 では、それから10年でどうなったか。 世界的な電気自動車(EV)シフトに加えて、中国など新興国でも国産自動車メーカーが着々と成長していることで、日本のお家芸だった自動車産業は窮地に追いやられている。特に深い傷を負っているのが、かつて「絶対負けない」と言われた自動車部品だ。EVシフトによる部品数減少で収益が悪化していたところにコロナ禍が直撃、「歴史ある2次サプライヤーが倒産、自動車部品業界の淘汰が加速か」(日刊自動車新聞20年9月15日)という動きも目立ってきている。10年前に「不安をあおるバカ」と罵られた側の警鐘が現実となりつつあるのだ』、「10年前に「不安をあおるバカ」と罵られた側の警鐘が現実となりつつある」、なるほど。
・『日本が誇る「白物家電」も、気づけば買収されていく有様  かつて世界一と言われた、「白物家電」もほぼ同じパターンだ。 2000年代前半、ハイアールなど中国の白物家電メーカーが海外進出を始めた時、日本の家電業界では、「日本が負けるわけがない」という“日本不敗論”が大多数を占めいていた。 一部の消費者は「中国製?まともに動くわけないじゃん?」と冷笑し、ジャーナリストたちも「日本メーカーのパクリ」などと完全に雑魚扱いしていた。 ところが、売り上げなどのデータで中国メーカーが成長していることが明確になったことで、一部からは「そろそろやばいんじゃない?」という不安の声が上がった。しかし、それでも日本の「不敗神話」が揺らぐことはなかった。 当時はまだ中国や韓国のブランドであっても、それらの家電の基幹部品は日本メーカーのものを使っていることも多かった、という実情もあって油断していたのだろう。肝心の技術の部分はこちらが握っているので、いくら「器」が売れたところで、「メイド・イン・ジャパン」の優位性が脅かされることはない、と高をくくっていたのである。 そして、評論家が「日本は技術力はすごいものがありますが、いかんせん売り方が下手なのです」なんて、のんきな解説をしている間に、海の向こうでは中国メーカーが完全に勝利して、ついに日本やアメリカのメーカーを買収できるようになってしまった。 2012年には、パナソニックがハイアールに三洋電機の洗濯機・冷蔵庫事業を売却。2016年には、東芝が白物家電事業をマイディア(中国)に売却、ハイアールが米・ゼネラル・エレクトリック(GE)の家電事業を買収した。また2018年には、東芝がテレビなど映像事業をハイセンス(中国)に売却した。 このような「負けパターン」は例を挙げればキリがない。鉄鋼、造船、映画、そして最近ではアニメなどもそうだが今、大慌てで国が支援をしている半導体などの場合、かなり早くから「日本の負け」が予見されていた』、「肝心の技術の部分はこちらが握っているので、いくら「器」が売れたところで、「メイド・イン・ジャパン」の優位性が脅かされることはない、と高をくくっていた」、こうした思い上がりは日本人の悪弊だ。
・『「日本の半導体は負ける」という28年前の警鐘をスルーしてきた  80年代、技術・売り上げともに世界一だった「日の丸半導体」は90年に入ると、インテルなど海外メーカーに抜かれていく。日本社会ではまだ「アメリカもやるじゃん」くらいだったが、半導体業界の良識ある人は「終わりのはじまり」を予感していた。93年には、名門・東芝の半導体技術研究システムLSI技術開発部の部長はこう述べている。 「日本企業は一度注文をもらったら製品は安定して供給することには秀でているが、独自の製品の開発は苦手だ。それでは生き残れない」(日経産業新聞1993年3月29日) 90年代初頭、現場の最前線にいた人には明確に「このままでは日本の半導体は惨敗だ」という悪い予感があった。しかし、そこで国も企業も何も効果的な手を打たなかった。 インテルなど海外勢が復活してきたとはいえ、まだ日本の世界シェアは40%もあったし、技術力にも自信があったからだ。「日本は負けない!」という大合唱が、先の部長のような警鐘をかき消して、「いたずらに不安をあおる人々」にしてしまったのだ。 だが、そこからの衰退はご存じの通りだ。現在、日の丸半導体の世界シェアは一桁台に落ち込み、2020年には東芝はLSI事業から撤退。政府は慌てて世界最大手「TSMC」に媚を売って、4000億円の税金を渡して熊本に工場を建設させているが、ここで開発される半導体は10年前の技術。台湾企業のグローバル戦略に利用されているだけで、「日の丸半導体復活」にはほとんど寄与しない。つまり、28年前に東芝の部長が「予言」していた通りのことが進行しているのだ』、「「日本は負けない!」という大合唱が、先の部長のような警鐘をかき消して、「いたずらに不安をあおる人々」にしてしまったのだ」、こうした楽観バイアスはやはり恐ろしいものだ。
・『「わかりきっている負け」に突っ込んだ日本  実は日本の組織には、こういう「負けパターン」が異様に多い。データなどから客観的に分析をすると、どうやっても「負け」が見えている場合、避けるためには、過去の成功体験をリセットして、従来の方法論や従来の組織をガラリと変えなくてはいけない。 しかし、そういう議論を始めるとどこからともなく、「待て!そんなことをしなくても日本が負けるわけがない!」という絶叫が聞こえてくる。従来の手法や組織を変えるということは、これまで投入してきた人やカネがすべて「ムダ」だったということを認めざるを得ないということだ。そんな屈辱を絶対に受け入れられない勢力との争いが勃発して、組織が機能不全に陥る。結局、何も決められず、何も変えられず、進退極まって「わかりきっていた負け」へと突っ込んでいく。 その代表が、ちょうど80年前の今頃起きている。そう、1941年12月7日にはじまった太平洋戦争だ。 ご存じのように、この戦争は始まるかなり前の段階から「日本の負け」はわかりきっていた。当時、アメリカの石油生産能力は日本の700倍、陸軍の「戦争経済研究班」も「対英米との経済戦力の差は20:1」と報告している。この国と戦争をしてもボロ負けする、というのは海軍、陸軍、内閣、そして天皇陛下まで共通の認識だった。 1941年4月、当時日本の若手エリート官僚などを集めた「総力戦研究所」で、データに基づいて客観的かつ科学的に分析しても「日本必敗」という結論は変わらなかった。しかも、「緒戦は優勢ながら、徐々に米国との産業力、物量の差が顕在化し、やがてソ連が参戦して、開戦から3〜4年で日本が敗れる」とほぼ現実通りの敗戦シナリオまで読めていた。 しかし、この8カ月後、日本は戦争を始める。そこでよく言われるのは、アジアの白人支配をもくろむ英米の謀略で、ABCD包囲網やハルノートという理不尽な要求を突きつけられたせいで、日本は戦争に突入させられた、という「日本、ハメられた説」だ。しかし、戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏が、「太平洋戦争は本当に避けることができなかったのか」で指摘しているように、歴史を客観的に検証すれば、それはかなりご都合主義的な解釈だ。 日本政府と軍上層部が消極的に開戦に流れたのは、「これまでやってきたことの否定」を最後まで嫌がり、その責任を押し付けあっているうち機能不全に陥ったからだ』、「日本政府と軍上層部が消極的に開戦に流れた」様子は、腹が立つ。
・『社会全体の「日本は負けない!」の絶叫で戦争へ  アメリカ側が日本に要求していた、「中国からの完全撤兵」は陸軍としては絶対にのめなかった。日中戦争で約20万人の兵士を失い、国家予算の7割を注ぎ込んできたのに「手ぶら」で撤退すれば、陸軍内の責任問題に発展するだけではなく、陸軍そのものの存在も危ぶまれる大失態だ。そこに加えて、撤退という決断を下してしまうと、「戦争を望む国民」から政府や軍の幹部は壮絶な吊し上げにあって、本人や家族の命の危険もあった。 よくドラマなどで、太平洋戦争の開戦が描かれると、「軍靴の音が聞こえる」的な暗い世相で、ヒロインなどは軍国主義に翻弄されながら嫌々戦争に巻き込まれていくようなストーリーも多い。しかし、これはこの時代の「常識」と大きくかけ離れている。 当時、東京・四谷で生まれたばかりの赤ちゃんを育てていた女性は、真珠湾攻撃が成功したというニュースを受けて、個人の日記にこうつづっている。 『血わき、肉躍る思いに胸がいっぱいになる。この感激!一生忘れ得ぬだろう今日この日!爆弾など当たらないという気でいっぱいだ』(NHKスペシャル 新・ドキュメント太平洋戦争 1941 第1回 開戦(前編)) この人は国粋主義者でもなんでもなく、当時のきわめてノーマルな国民感覚を持っている。実は多くの国民はこの当時、「アメリカに目にもの見せてやれ!」「なぜ戦争をしない!」と弱腰の政府や軍に不満を感じていた。そんな社会のムードを受けて、若い軍人たちもとにかく天皇陛下に早く開戦を決断していただきたいと「下」から突き上げていた。戦争の回避を主張することは「反日」であり、「国賊」だったのだ。 政府や軍の幹部、そしてエリートたちが国力や資源という客観的データをもとに分析をした「日本は負ける」という結論が、社会全体の「日本は負けない!」の絶叫によって見事にかき消されてしまった結果が、対米戦争の開戦なのだ』、「戦争の回避を主張することは「反日」であり、「国賊」だったのだ」、「政府や軍の幹部、そしてエリートたちが国力や資源という客観的データをもとに分析をした「日本は負ける」という結論が、社会全体の「日本は負けない!」の絶叫によって見事にかき消されてしまった結果が、対米戦争の開戦なのだ」、「社会全体の「日本は負けない!」の絶叫」を煽ったのはマスコミだ。
・『現場の危機意識を大事に…80年前に学ぶべき  これは他の「負けパターン」にも見事に共通する。先ほどの東芝の部長もそうだが、自動車産業でも白物家電メーカーでも、鉄鋼でも造船でも、現場の最前線で指揮を執っているようなリーダーたちは早くから「このままでは日本は負ける」という危機意識を抱くケースが多い。 しかし、いつの間にか沈黙をする。現場から離れたところにいる、専門家、評論家、そしてジャーナリストなどが、「日本は負けない」などと叫び始める。愛国心を刺激する主張なので、世論も支持しやすい。そして気がつけば、「負け」を口にするものは売国奴となって、「客観的なデータ」はないがしろにされ、数多の問題を先送りにしたまま「負け戦」に突っ込んでいく。こういうことを80年間繰り返してきた結果が、今の日本だ。 冒頭で触れたようなニュースが多いからかもしれないが最近やたらと、「日本は負けない!」的な主張が増えてきた。今こそ80年前の「負けパターン」に学ぶべき時ではないか』、「今こそ80年前の「負けパターン」に学ぶべき時ではないか」、同感である。

次に、1月10日付け東洋経済オンラインが掲載した大蔵省出身で一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏による「日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない 自ら危機意識を持って脱却する必要がある」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/500552
:中国の工業化に対処するため、日本は「安売り戦略」を志向し、円を著しく減価させた。その結果、輸出は増えたが、貿易収支は悪化した。また、賃金も上昇せず、企業も成長しなかった。 昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第60回。 韓国や台湾は、通貨を増価させた結果、貿易黒字が拡大した。それにより、経済成長率が高まり、賃金が上昇した。また、企業が成長した』、興味深そうだ。
・『中国工業化への対応:「安売り」か、「差別化」か  いま、韓国や台湾の賃金や1人あたりGDPが、日本に近づき、あるいは日本を追い越そうとしている。20年以上にわたる日本経済の停滞と、韓国・台湾の顕著な経済成長が、この結果をもたらすことになった。 なぜこうしたことが生じたのだろうか? それは中国の工業化への対処の違いによると考えられる。 1980年頃から始まった中国の工業化が、1990年代に本格化した。安い労働力を使って、それまで先進国の製造業が作っていた製品を、はるかに安い価格で作り、輸出を増大させた。 これによって、先進国の製造業は極めて大きな打撃を受けた。 中国の工業化に対応するのに、2つの方策がある。 第1は、輸出品の価格を切り下げて、中国の低価格製品に対抗することだ。これを「安売り戦略」と呼ぶことにしよう。 第2は、中国が作れないもの、あるいは中国製品より品質が高いものを輸出することだ。これを「差別化戦略」と呼ぼう』、なるほど。
・『日本は安売り戦略  日本は2000年頃以降、「安売り戦略」をとった。 国内の賃金を円ベースで固定し、かつ円安にする。これに「よって、ドル表示での輸出価格を低下させて、輸出を増大させようとした。) 十分に円安にすれば、輸出が増えるだけでなく、企業の利益を増やすことができる。 「ボリュームゾーン」と呼ばれた政策は、「安売り戦略」の典型だ。これは、新興国の中間層を対象に、安価な製品を大量に販売しようとするものだ。 この考えは、1996年度の『ものづくり白書』で取り上げられた。そして、2000年頃から顕著な円安政策が始まり、また、1990年代前半までは上昇していた賃金が頭打ちになった』、「日本」が「安売り戦略」を選択したのは、誤りで残念だ。「賃金が頭打ちに」なるのも当然だ。
・『韓国と台湾は、技術を高度化  この間に、韓国、台湾では国内の賃金が上昇した。また、為替レートが傾向的に減価することもなかった。 これは、少なくとも結果的に言えば、「差別化戦略」がとられたことを意味する。品質を向上させ、あるいは中国が生産できないものを輸出するか、新しいビジネスモデルを開発したのだ。 実際、下記の図に見られるように、韓国の場合、製造業輸出品に占めるハイテク製品の比率は、30%程度であり、最近では35%程度に上昇している。それに対して、日本の場合には20%程度であり、最近では低下している。 (外部配信先では図表や画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください) 台湾では、鴻海が、中国の安い賃金を活用して、電子製品の組み立てを行うビジネスモデルを開発した。また、TSMC(台湾積体電路製造)は、最先端の半導体製造技術を切り開いた』、「日本」は「安売り戦略」で、「韓国と台湾は、技術を高度化」、とは本来の立場からすると逆であるべきだ。
・『日本では貿易黒字が減少し、貿易赤字に  以上の政策がとられた結果、何が起こったか? 日本では、2000年頃から輸出が増えた。しかし、輸入額も増大した。 輸入品の中には、原油など、価格弾力性の低いものがある。これらは、輸入価格が上昇しても輸入量を減らすことができないため、通貨が安くなれば、輸入額がさらに増える。 このため、貿易黒字は減少する。 実際、日本の貿易黒字は2005年頃から減少に転じ、さらに貿易収支が赤字化した。 貿易収支悪化は、リーマンショック後に顕著になった。2012年頃の原油価格高騰期には、とくにそうだった。 日本ではサービス収支が恒常的に赤字なので、貿易サービス収支が悪化する(2011年以降、2016、2017、2018年を除けば、赤字)。これを所得収支(対外資産からの収益)で賄う形になった。 これは、家計で言えば、退職後の人々と同じパターンだ。給料を得られないので、それまで蓄積した資産の収益で生活を支えるパターンとなる。) 韓国、台湾では、輸出の増加が輸入増加を超えたので、貿易収支の黒字が拡大した。 もともと韓国、台湾では、輸出に対する依存度が大きいので、この拡大は経済に大きな影響を与えたと考えられる。 なお、2000~2007年頃、アメリカの輸入が増加し、アメリカの経常収支赤字が拡大した。これは、アメリカ国内で消費が増加したためだ。これも、日本や韓国などの輸出増大に寄与した。 しかし、リーマンショックによって、このメカニズムが崩壊した。その後、日本も韓国も、輸出の伸び率は低下している。 ただし、日本の輸出が2007年頃以降ほとんど停滞してしまったのに対して、韓国、台湾の輸出は増加を続けた。 そして、日本の貿易収支が2011年後以降2015年まで赤字化したのに、韓国の貿易収支は黒字を続けた』、「韓国の貿易収支は黒字を続けた」、競争力が強かったためだろう。
・『韓国では、企業の時価総額が増加  韓国企業の成長は、時価総額の増加に現れている。 下図は、日本と韓国の国内企業の時価総額合計額の推移を示す。 2000年から2020年の間に、日本では、3.157兆ドルから6.718兆ドルに、2.13倍になっただけだ。 これに対して、韓国企業の時価総額合計額は、同期間中に、0.171兆ドルから2.176兆ドルへと、実に12.7倍になった。 この期間に、韓国企業の利益が顕著に増加したことを示している』、韓国の競争力の強さは、「企業の時価総額合計額」の急増にも表れている。
・『韓国と台湾に登場した巨大時価総額企業:サムスンとTSMC  韓国や台湾には、時価総額が巨大な企業が登場している。 韓国のサムスンの時価総額は、現在、4419億ドルで、世界ランキング第16位だ。 台湾のTSMCは、6239億ドルで、世界ランキング第10位だ。 これらはいずれも、日本で時価総額トップの企業であるトヨタの時価総額(2567億ドル、世界第41位)より大きい。 2010年頃に、日本の電機メーカーから、「打倒サムスン」の声が起きた。 しかし、実際には、打倒されてしまったのは、日本のメーカーだった。) 当時の日本を代表する総合電機メーカーの現在の時価総額は、次の通りだ。 ソニー:1567億ドル、日立:516億ドル、富士通:340億ドル、三菱電機:271億ドル、東芝:178億ドル、NEC:126億ドル、パナソニック:110億ドル。 これらすべてを合わせても3108億ドルで、サムスンの7割にしかならない。 これらすべてにトヨタを加えても、TSMCに及ばない。 半導体も、かつては、DRAMの分野で、日本メーカーが世界を制覇した。 いまは、台湾のTSMCが、世界のどのメーカーも追随できない製品を作っている。 日本政府は先頃、工場建設費の6割を負担してこの工場を日本に誘致することを決めた。 確実でない。 とりわけ、米中貿易戦争の影響は大きいだろう。 実際、韓国の貿易収支黒字は、2018年ごろから頭打ちになっている。これによって、経済成長も頭打ち気味だ。 また、TSMCの急成長も、半導体不足という短期的現象で増幅されている面がある(TSMCの時価総額は、2000年からわずか2年間で3倍以上になった)』、「サムスンとTSMC」の「時価総額」は一時的要因の押し上げはあるとしても、日本の電機メーカーに比べ圧倒的大きさだ。
・『通貨安に対する民族記憶がある韓国と、ない日本  韓国が通貨安政策を求めず、通貨高を実現させたのは、1990年代末のアジア通貨危機の影響と思われる。 この時、韓国は、ウォンの暴落で国が破綻する瀬戸際まで追い詰められた。この時の経験が民族的な記憶となって、通貨政策に反映しているのであろう。 これに対して日本では、そのような経験がない。 しかし、それが以上で見たような、「亡国の円安」の進行を許す結果となった。 いま、異常なまでの円安が進んでいるにもかかわらず、国民が危機意識を持たないのは、日本は韓国のような経験をしていないためだ。 この状況から、何とかして脱却する必要がある』、日本には異常なまでの円高恐怖症があることも大きな要因だ。

第三に、1月11日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏による「日本が亡国の道を突き進む元凶、「やったふり」「先送り」キャリア形成の弊害」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/292753
・『昨年は、コロナ禍によって「デジタル化の遅れ」をはじめ、日本社会のこれまであまり明らかになっていなかった問題が噴出した年だった。今後さらに新型コロナが感染拡大した場合、今の医療体制ではひとたまりもないことは明らかだが、政府は抜本的な医療改革には手をつけない。この日本の停滞の根源には、子どもの「受験」から始まる古いキャリア形成にあると考える』、興味深そうだ。
・『何事も動き出しが遅い日本はキャリアシステムに問題あり?  日本は政策が「Too Little(少なすぎる)」「Too Late(遅すぎる)」「Too Old(古すぎる)」だ(本連載第290回・p6)。  「コロナ禍」への対応では、感染拡大期に何度も医療崩壊の危機に陥った(第282回)。ワクチンについても、世界最先端の情報を得られず、諸外国に比べて確保も接種も初動が遅れてしまった(第279回・p3)。 後に、菅義偉首相(当時)の強い指揮でワクチン接種の遅れを取り戻し、感染者数・重症者数・死亡者数においては、欧米などと比べて低く抑えられている。だが、国民の政府のコロナ対策への評価は高くない。かろうじて医療崩壊を避けられても、今後強毒性の感染症のパンデミックが起こったら、今の医療体制ではひとたまりもないことは明らかだ。 だが政府は、抜本的な医療体制の改革には手を付けない。一体なぜなのか。 今回は、日本社会の「受験」「就職活動」から「年功序列」「終身雇用」の「日本型雇用システム」という、日本独特のキャリア形成のシステムに焦点を当てる』、「キャリア形成のシステム」がどのように問題を引き起こしているのだろう。
・『「学校では、塾通いを隠し、やったふりをしろ」が問題の原点  日本を動かしている政治家、官僚、財界人は、今の日本のキャリアシステムの頂点に君臨している人たちだ。 例えば、岸田文雄首相は「開成閥」とされている。開成高校の同窓である官僚、財界人が首相の脇を固めているというのだ。また、世襲議員や官界・財界の「麻布閥」が存在するともいわれてきた。 だが、このキャリアシステムが生み出したものは、「誰も結果を出そうとしない」社会だ。結果には「責任」が伴うが、それを嫌がり、誰も責任を取らない社会となっている。 まず、「受験」から考えてみたい。中学・高校・大学の「受験」は、学校の外部にある「塾」に通わなければ合格が難しい。学校で学ぶだけでは、難解な入試問題が解けないのだ。 私は子どもがいるので実際にみたことだが、親が子どもに「塾のことを学校でしゃべるな」という。学校の学びは塾より遅れていることが多く、子どもはすでに塾で学んだことを隠して、学校で勉強を「やったふり」をする。 運動会、学芸会などの学校行事も、受験勉強の妨げにならないように「やったふり」をする。親が、子どもをビデオ撮影する「思い出作り」の場となる。 学校では、塾通いを隠し、やったふりをしろ」という親の教えは、子どもに相当な悪影響がある。これが、「出るくいは打たれる」のを避けて、黙って静かに時が過ぎるのを待つ日本社会の風潮の原点になっていると思うのだ(第56回)。 これは、学校が「次のステップのためにいる場所」でしかないということを意味している。小学校は中学校の、中学校は高校の、高校は大学のためのステップだ。 大学も、就職のためのステップでしかない。あくまで「文系」の話と断っておくが、大学入学という「学歴」を得たら、1年生から就活(就職活動)の準備をするという学生が少なくない。 今の学生は、ゼミも、サークル活動も、ボランティアなど課外活動も、短期留学も、すべて就活のため、「履歴書」に記載するためだけにやっているように感じる。 私は大学で教員をしているが、ゼミやサークルでは「副リーダー」になりたがる学生がいる。履歴書に記載でき、実質的には何の責任がない役をやりたがるのだ。サークルは、4年間活動に没頭するよりも、就活に有利なところに籍を置くことを重視する。海外留学も「履歴書」でアピールできるものだ。短期のものが人気だが、それでは語学力がつかず、異文化も理解できない』、「ゼミも、サークル活動も、ボランティアなど課外活動も、短期留学も、すべて就活のため、「履歴書」に記載するためだけにやっているように感じる」、情けないが仕方ないのだろう。
・『無難に就職、無難な配属を選んで無難に「やったふり」  次に「就職活動」を考える。 自ら起業する学生が増えているというが、それは一握りにすぎない。結局、大多数の学生が「年功序列」「終身雇用」の会社に入社する。同じ会社に勤め続ければ、同期と横並びで出世していくシステムの中で、ローテーションでさまざまな業務を数年ずつ経験しながら、キャリアアップしていくことになる。 このシステムの特徴は、少なくとも表面的には、同期入社の出世は横並びということだ。ゆえに、何か問題が起きて、横並びの出世コースから外れると、元に戻るのが難しい。 だから、自分の担当部署が無難であることが何より重要になる。自分が担当の間、何か問題が起きても、それを解決するより、その問題をできるだけ隠して「先送り」し、別の部署に異動するときに、後任に渡そうとすることになる。 逆に、問題をわざわざ表沙汰にして、解決しようとしても評価されない。「先送り」をしてきた先人にとって都合が悪い。だから、そういう人は煙たがられる。組織の人事評価は、周囲と調和していく「穏健な人」が高く評価され、出世していく傾向になる。 要するに、学校から企業などに入社し、無事に定年退職まで勤め上げる間、成果を上げようとはしなくなる。静かに事を荒立てず、無難に「やったふり」をするのが出世の道なのだ』、「学校から企業などに入社し、無事に定年退職まで勤め上げる間、成果を上げようとはしなくなる。静かに事を荒立てず、無難に「やったふり」をするのが出世の道なのだ」、日本企業の生産性の低さにも大きく影響している筈だ。
・『海外では「公募」が基本、「やったふり」では生きられない  ところが、日本以外の社会では、「年功序列」「終身雇用」というシステムは基本的に存在しない。欧米だけではない。私の勤務校の大学院にはアジアの国々の公務員が留学しているが、彼らの国の制度では、公務員資格を持ち、さまざまな役所を渡り歩きながら、出世していくそうだ。 海外では、組織を移籍する時は、基本的に「公募」を使う。経営者でさえ「公募」で決まる。日本でいう「プロ経営者」だ。部長や課長なども、公募で決まる。内部昇格はあるが、「公募」を必ず行う。外部から応募してきた人材と比べて最適と審査された時のみ、内部昇格できる。要するに、役職に適合する人を組織内外に幅広く募り、最適な「専門家」を採用するのだ。 そういう社会で出世するには、「やったふり」で静かに待っているだけではいけない。「業績」を出し続けねばならないのだ。それを履歴書に載せて、次のポジションを求めて公募にチャレンジする。その繰り返しでキャリアアップしていくのだ。 日本と欧米の組織の違いを、官僚組織を事例に具体的に説明してみよう。 日本では、キャリア官僚は省庁で新卒一括採用される。「年功序列」「終身雇用」で、同じ省庁で退官するまで勤め続ける。その間、さまざまな部署をローテーションで経験し、ジェネラリストになっていく。 「政策」は、省庁内で対応可能な範囲内で立案されることになる。現在ある組織を前提にして、その枠を超える政策は作られない。他の省庁との協力も拒否する。複雑な問題は、「先送り」することになる(第183回)。 その端的な事例が、待機児童問題の解決策だった「幼保一体化」だ。厚生労働省の管轄する保育園と、文部科学省が管轄する幼稚園を一体化しようとしたが、厚労省と文科省の「縦割り」を打破することができず、待機児童問題の解決は「先送り」され続けている(第128回)。日本の行政では、適切な政策の実現よりも、各省庁の組織防衛が優先されるということだ。 一方、海外の官僚組織では、組織防衛よりも「政策」が優先される。既存の省庁で対応できない新しい政策課題は、新しい役所を設置し、専門的な人材を集めて政策立案をするのだ(第156回・p3)。 例えば、英国が2016年に「EU離脱」を決定した時、テリーザ・メイ首相が就任直後に、「EU離脱省」という新たな役所の設置を決断して、EUとの離脱交渉に臨むことにした。EU離脱によって生じる複雑な課題を、既存の省庁が個別に交渉するのではなく、新しい役所を設置し、専門家を新たに雇用して対応したのだ』、「既存の省庁が個別に交渉するのではなく、新しい役所を設置」、わざわざ新設までするかの是非は慎重に検討する必要がある。
・『コロナ禍で明らかになった日本の遅れ、根本に「先送り」  現在の、コロナ禍で明らかになった「デジタル化の遅れ」などの問題も、省庁、民間企業、政界で問題に真剣に取り組まず「やったふり」をして、解決を「先送り」し続けた結果ではないだろうか。 「デジタル庁」がようやく発足し、自民党は胸を張っているが、デジタル化は欧米から20年は遅れているのが現実だ(第202回)。 コロナ対策も問題だらけである。基本的に、コロナ対策を動かしているのは厚労省だ。政府の専門家会議、厚労省のアドバイザリーボードなど「審議会」に招集された御用学者は、省庁が決めた政策に「お墨付き」を与える存在でしかない。 だから、御用学者とは、現在世界の最先端の研究に取り組む若手ではない。すでに、第一線から引退状態の重鎮だ。彼らが「権威」として審議会に呼ばれ、政策に「お墨付き」を与え、省庁は政策の「正当性」を得る。 御用学者も、厚労省の官僚も、「学歴社会」「年功序列」「終身雇用」の日本社会の頂点に君臨する存在だ。その結果、コロナ対策は、「やったふり」「先送り」「縦割り」「組織防衛」ばかりの混乱状態となり、国民を不安に陥れた。 まず、ワクチンの入手・接種の遅れだ。専門家は、世界のワクチン開発の進捗を読み誤り、日本のワクチン入手は諸外国と比べて大幅に遅れた(第277回)。また、国内のワクチン利権を守ることが、ワクチン入手の障害になったという指摘もあった(選択12月号 『<<日本のサンクチュアリ>>国産ワクチンの「巨大利権」』)。 次に、何度も「緊急事態宣言」の発出を繰り返すことになった「医療体制崩壊の危機」だ。病床を確保するための議論は、専門家会議でほとんどなされなかった(第277回・p2)。それは、専門家会議に、感染症の専門家しかいなかったからだ。 彼らは感染症の予防・治療が専門でも、医療体制の確保は専門ではなかった。病床の確保は、他の疾病、糖尿病、心臓病、がん、脳卒中等の病床を分けてもらうしかない。だが、それらの疾病の専門家は会議にいないのだから、病床の確保の議論ができるわけがなかった。要するに、病床の確保は、医学界全体で取り組むべき課題だったが、医学界の「縦割り」が問題解決を妨げたのだ(第262回)。 結局、厚労省は「縦割り」「既得権」に手を付けないようにして、ひたすら国民に行動制限を求める対策に終始してしまったのではないだろうか。 私は、「受験」「就活」「年功序列」「終身雇用」の日本型のキャリアシステムそのものを変えていかなければ、今後も日本が直面するさまざまな課題について、その解決に正面から取り組まず、「やったふり」「先送り」が続くことになると考える。 日本の政界・官界・財界を動かす人たちは、このシステムの頂点にいるので、自らそれを変えることは難しい。彼らが組織内の論理で「やったふり」「結果を出さない」出世争いを続ける間に、世界は、日本を置き去りにして先に進んでいく。それは「亡国の道」である』、「日本の政界・官界・財界を動かす人たちは、このシステムの頂点にいるので、自らそれを変えることは難しい。彼らが組織内の論理で「やったふり」「結果を出さない」出世争いを続ける間に、世界は、日本を置き去りにして先に進んでいく」、外資系企業経営者、学者やジャーナリストなど、「このシステム」の周辺部にいる「人たち」が中心になって世界にキャッチアップしていく努力をするべきだ。
タグ:日本の構造問題 (その24)(「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”、日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない 自ら危機意識を持って脱却する必要がある、日本が亡国の道を突き進む元凶 「やったふり」「先送り」キャリア形成の弊害) ダイヤモンド・オンライン 窪田順生 「「日本は負けた」系ニュースが急増しても事実を認めない人々の“負けパターン”」 「「日本は絶対に負けない!」と叫べば叫ぶほど事態を悪化させるという「負けパターン」を繰り返してきた」、困った悪弊だ。 「10年前に「不安をあおるバカ」と罵られた側の警鐘が現実となりつつある」、なるほど。 「肝心の技術の部分はこちらが握っているので、いくら「器」が売れたところで、「メイド・イン・ジャパン」の優位性が脅かされることはない、と高をくくっていた」、こうした思い上がりは日本人の悪弊だ。 「「日本は負けない!」という大合唱が、先の部長のような警鐘をかき消して、「いたずらに不安をあおる人々」にしてしまったのだ」、こうした楽観バイアスはやはり恐ろしいものだ。 「日本政府と軍上層部が消極的に開戦に流れた」様子は、腹が立つ。 「戦争の回避を主張することは「反日」であり、「国賊」だったのだ」、「政府や軍の幹部、そしてエリートたちが国力や資源という客観的データをもとに分析をした「日本は負ける」という結論が、社会全体の「日本は負けない!」の絶叫によって見事にかき消されてしまった結果が、対米戦争の開戦なのだ」、「社会全体の「日本は負けない!」の絶叫」を煽ったのはマスコミだ。 「今こそ80年前の「負けパターン」に学ぶべき時ではないか」、同感である。 東洋経済オンライン 野口悠紀雄 「日本人は「円安」がもたらした惨状をわかってない 自ら危機意識を持って脱却する必要がある」 「日本」が「安売り戦略」を選択したのは、誤りで残念だ。「賃金が頭打ちに」なるのも当然だ。 「日本」は「安売り戦略」で、「韓国と台湾は、技術を高度化」、とは本来の立場からすると逆であるべきだ。 「韓国の貿易収支は黒字を続けた」、競争力が強かったためだろう。 韓国の競争力の強さは、「企業の時価総額合計額」の急増にも表れている。 「サムスンとTSMC」の「時価総額」は一時的要因の押し上げはあるとしても、日本の電機メーカーに比べ圧倒的大きさだ。 日本には異常なまでの円高恐怖症があることも大きな要因だ。 上久保誠人 「日本が亡国の道を突き進む元凶、「やったふり」「先送り」キャリア形成の弊害」 「キャリア形成のシステム」がどのように問題を引き起こしているのだろう。 「ゼミも、サークル活動も、ボランティアなど課外活動も、短期留学も、すべて就活のため、「履歴書」に記載するためだけにやっているように感じる」、情けないが仕方ないのだろう。 「学校から企業などに入社し、無事に定年退職まで勤め上げる間、成果を上げようとはしなくなる。静かに事を荒立てず、無難に「やったふり」をするのが出世の道なのだ」、日本企業の生産性の低さにも大きく影響している筈だ。 「既存の省庁が個別に交渉するのではなく、新しい役所を設置」、わざわざ新設までするかの是非は慎重に検討する必要がある。 「日本の政界・官界・財界を動かす人たちは、このシステムの頂点にいるので、自らそれを変えることは難しい。彼らが組織内の論理で「やったふり」「結果を出さない」出世争いを続ける間に、世界は、日本を置き去りにして先に進んでいく」、外資系企業経営者、学者やジャーナリストなど、「このシステム」の周辺部にいる「人たち」が中心になって世界にキャッチアップしていく努力をするべきだ。
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