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経済学(その6)(【ギリシャ元財務大臣が解説する】「なぜ経済を学ぶ必要があるのか?」に対する納得の回答、「高額紙幣の廃止」で犯罪撲滅を図った国の末路 インドと北朝鮮がやらかした壮大な経済失策、ノーベル経済学賞バーナンキ氏 実証と実行が後の理論を先導) [経済政治動向]

経済学については、5月3日に取上げた。今日は、(その6)(【ギリシャ元財務大臣が解説する】「なぜ経済を学ぶ必要があるのか?」に対する納得の回答、「高額紙幣の廃止」で犯罪撲滅を図った国の末路 インドと北朝鮮がやらかした壮大な経済失策、ノーベル経済学賞バーナンキ氏 実証と実行が後の理論を先導)である。

先ずは、9月13日付けダイヤモンド・オンライン「【ギリシャ元財務大臣が解説する】「なぜ経済を学ぶ必要があるのか?」に対する納得の回答」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/309147
・『混沌を極める世界情勢のなかで、将来に不安を感じている人が多いのではないだろうか。世界で起きていることを理解するには、経済を正しく学ぶことが重要だ。とはいえ、経済を学ぶのは難しい印象があるかもしれない。そこでお薦めするのが、2015年のギリシャ財政危機のときに財務大臣を務めたヤニス・バルファキス氏の著書『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』だ。本書は、これからの時代を生きていくために必要な「知識・考え方・価値観」をわかりやすいたとえを織り交ぜて、経済の本質について丁寧にひも解いてくれる。2022年8月放送のNHK『100分de名著 for ティーンズ』も大きな話題となった。本稿では本書の内容から、なぜ経済を学ばなければならないのかという理由を伝えていく』、「バルファキス氏」の解説は平易で分かり易い。
・『「格差」はどんどん広がっている  「どうして世の中にはこんなに『格差』があるのか?」と疑問に思ったことはないだろうか。 世界には一国の国家予算よりも大きな富を持つ金持ちがいる。反面、食べるものが手に入らず、今日1日生き延びるのが精一杯なほど貧しい人がいる。この格差は年々広がっているとすら言われている。 大金持ちと貧しい人との格差がなければ、誰もがあくせく働かなくても豊かな生活を楽しめるようになるかもしれない。 みんな最初は裸一貫で生まれてくるのだから本来平等であるはず。だから、嫉妬も争いもない良い社会が築けると信じて疑わない人もいる。 いずれにせよ、格差があることに怒っている人は多そうだ』、「格差があることに怒っている人は多そうだ」、その通りだ。
・『みんなが経済を学ぶことでより良い社会ができる  世界の格差は、経済的な理由によるものである。「なぜ格差が生まれるのか」を理解することは、良い社会をつくる第一歩。 それには経済をきちんと学び、みずから考え、意見を言うことが重要になる。 誰もが経済についてしっかりと意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件だ。(P.2)』、「誰もが経済についてしっかりと意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件だ」、その通りだ。
・『経済は意外なところから生まれた  経済について学ぶにあたって、経済の誕生から振り返ってみよう。 歴史をひもといてみると、経済が生まれたのは1万2000年前に人類が農耕をはじめたことに由来する。 人々が農耕をはじめたのは、食糧が底をついて多くの人が飢えて死にそうになったから。生き延びるために必死に土地を耕して、作物を育てるしかなかった。 人類が農耕を「発明」したことは、本当に歴史的な事件だった。1万2000年経った今、振り返ってみるとその大切さがよくわかる。それは、人類が自然の恵みだけに頼らずに生きていけるようになった瞬間だったからだ。(P.27) その後、試行錯誤を繰り返し、農耕の技術は洗練されていく。おかげで効率的に大量の穀物を収穫できるようになり、人々は飢えから解放された。 そして、農耕技術が発展により効率的に農作物を収穫できるようになると、余剰が生まれるようになった。 この「余剰」が経済の基本になる。農耕の発展により農作物の余剰が生まれ、余剰を増やしていく過程で経済が大きく動き出していく』、「農耕の発展により農作物の余剰が生まれ、余剰を増やしていく過程で経済が大きく動き出していく」、言われてみれば、確かに「余剰」がなければ、「経済」は成長しない。
・『余剰が通貨を生み、余剰が国家を生んだ  人類が農耕をするようになると、最初のうちは食べる分と来年植える種以外のものが余剰だった。そのうち計画的に余剰を増やし、別の地域と別の種類の食糧と交換するようになる。 そのやりとりは物々交換だったが、次第に通貨を使ってやり取りすることでグローバルな規模で貿易ができるようになる。 通貨を使うにあたって、数字や文字、債務という便利なものも人類は使うようになり、経済は高度になっていく。 さらに農作物の余剰を守るために軍隊が配備され、国家という概念が生まれた。農耕で余剰が生まれたからこそ、国家が生まれたといえる。 このように、経済とは農作物の余剰を守るところからはじまっている』、「計画的に余剰を増やし、別の地域と別の種類の食糧と交換するようになる。 そのやりとりは物々交換だったが、次第に通貨を使ってやり取りすることでグローバルな規模で貿易ができるようになる。 通貨を使うにあたって、数字や文字、債務という便利なものも人類は使うようになり、経済は高度になっていく。 さらに農作物の余剰を守るために軍隊が配備され、国家という概念が生まれた」、「経済とは農作物の余剰を守るところからはじまっている」、「余剰」がここまで経済発展の源になっているとは、感心させられた。
・『「当たり前」を疑うことが大切  経済を学ぶ際に重要なことは「当たり前」を疑うこと。 アフリカの飢餓に苦しむ人々の映像を見て憐れむと同時に、その理不尽な状況に怒りを感じることもあるだろう。 しかし、彼らが安い賃金で栽培してくれた綿花の洋服を、私たちは当たり前のように着ているかもしれない。 知らない間に彼らから搾取して、豊かな生活をしていることに気づいていない可能性がある。人は自分が持っているものを当たり前だと思い込む傾向があるからだ。 「当たり前」の裏には格差の種が潜んでいるかもしれない。なぜ格差があるのかを理解して、自分はどうすべきかを考えて行動することが重要だ。 今の怒りをそのまま持ち続けてほしい。でも、賢く、戦略的に怒り続けてほしい。機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために。(P.43) そのためにも経済の本質を学ばなければならない』、「賢く、戦略的に怒り続けてほしい。機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために」、「必要な行動」とは投票行動なのだろうか。
・『経済を自分の問題として捉える――訳者より  本書は、ギリシャで財務大臣を務めたヤニス・バルファキスが、十代半ばの娘に向けて、「経済についてきちんと話すことができるように」という想いから、できるだけ専門用語を使わず、地に足のついた、血の通った言葉で経済について語ったものです。 本書を原書で読み、「圧倒された」というブレイディみかこさんは、「優しく、易しく、そして面白く資本主義について語った愛と叡智の書」と評しています。 その語りは、娘からの「なぜ格差が存在するのか」という問いに、著者なりの答えを出していくかたちで進んでいきます。その過程で、経済がどのように生まれたかにさかのぼり、金融の役割や資本主義の歴史と功罪について、小説やSF映画などの例を挙げながら平易な言葉で説いていきます。 原書の評判は経済を論じた本らしくなく、「一気読みしてしまった」「読むのを止められない」といった声が多数あがっていますが、実際、本書はまるで小説のように章を追うごとに話が深まっていき、ついついページをめくり続けてしまうみごとな構成になっています。 バルファキスは本書で、「誰もが経済についてしっかりと意見を言えること」が「真の民主主義の前提」であり、「専門家に経済をゆだねることは、自分にとって大切な判断をすべて他人にまかせてしまうこと」だと言っています。 大切な判断を他人まかせにしないためには、経済とは何か、資本主義がどのように生まれ、どんな歴史を経ていまの経済の枠組みが存在するようになったのかを、自分の頭で理解する必要があるのです。 本書のバルファキスのこの言葉を、私も若い人たちに贈りたいと思います。 「君には、いまの怒りをそのまま持ち続けてほしい。でも賢く、戦略的に怒り続けてほしい。そして、機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために」』、「大切な判断を他人まかせにしないためには、経済とは何か、資本主義がどのように生まれ、どんな歴史を経ていまの経済の枠組みが存在するようになったのかを、自分の頭で理解する必要がある」、その通りだ。

次に、9月19日付け東洋経済オンラインが掲載したSWIFT社 元CEOのゴットフリート・レイブラント氏、 SWIFT社 元コーポレートアフェアーズ部門責任者の ナターシャ・デ・テラン氏による「「高額紙幣の廃止」で犯罪撲滅を図った国の末路 インドと北朝鮮がやらかした壮大な経済失策」を紹介しよう。
・『現金は追跡が困難であることから、百ドル札などの高額紙幣は、日常生活ではそれほど頻繁に使われず、むしろ犯罪など地下経済で重宝されている。であれば、高額紙幣を廃止すれば犯罪を減らせると考えることは自然だが、事はそう簡単ではない。決済オタクであり、SWIFT(国際銀行間通信協会)の元CEOでもあるゴットフリート・レイブラント氏の新刊『教養としての決済』(ナターシャ・デ・テランとの共著)から、高額紙幣を廃止して国内で混乱を巻き起こした事例を紹介する』、「高額紙幣を廃止して国内で混乱を巻き起こした事例」とは興味深そうだ。
・『犯罪者にとって都合がいい高額紙幣  高額紙幣の量と使用状況のデータに基づいた試算の中には、アメリカのような先進国においてさえ、地下経済の規模はGDPの25%にまでおよぶとするものもある。そこには脱税のほか、麻薬や人身売買などの犯罪行為もふくまれる。 アメリカの麻薬経済の規模は年間1000億~1500億ドルと推定され、そのほとんどは現金で支払われており、そのうちの大部分が高額紙幣であると考えられる。ところが興味深いことに、アメリカの紙幣の90%にコカインの形跡が残っているのに対して、百ドル札ではその割合が著しく低い。 高額紙幣が麻薬の支払いに用いられる一方で、小額紙幣にはまったく異なる用途があるらしい。 経済学者たちは、各国政府がマネーロンダリングに対して厳しい体制を敷いている一方で、 高額紙幣を刷っていることの本質的な矛盾について長らく指摘してきた。 高額紙幣は明らかに、犯罪者にとって都合がいい。100万ドルを一ドル札で用意すれば重さが1トン以上、体積が1立方メートル以上になるが、百ドル札で用意すればおよそ10キログラム(22ポンド)になり、ブリーフケースひとつにきれいにおさまる。 さらに高額な五百ユーロ札の場合は、同じ100万ドルが、重さはたったの2キロになり、小さいバッグ──あるいは大きな胃袋──におさまるようになる。実際、2004年に不運な「ユーロ運び屋」がコロンビアへの道中で捕まったが、彼は胃袋の中に20万ユーロ分の五百ユーロ札をおさめていた。) とはいえ、犯罪者なら誰しも高額紙幣にこだわるというわけではない。コロンビアの運び屋が400枚の五百ユーロ札を飲み込む20年前、よく知られているように、オランダの醸造王フレディ・ハイネケンが誘拐された。ハイネケンはオフィスを出て家に帰る途中、お抱えの運転手とともにさらわれた。オランダの中央銀行からわずか200メートルの場所での出来事であった。 誘拐犯たちは、追跡されやすく交換が難しいのではないかという懸念から、千ギルダー札(500ドル超の価値)を敬遠した。代わりに、かれらは前代未聞の3500万オランダ・ギルダー(およそ2000万ドル)の身代金を、4つの通貨の中位の額の紙幣で支払うように要求した。不運にも、この選択もまた、身代金を扱いにくくするものだった。身代金が、約400キロもの重さになったからだ。 実にオランダ人らしく自転車で逃走することにしたこの一味は、アムステルダム郊外の林に戦利品を埋めるはめになり、ほんの4分の1ほどを回収したところで、散歩中の人に隠し場所を発見されてしまった。まちがいなく恐ろしい経験をしたであろうにもかかわらず、ハイネケンは21日間の監禁生活を生きのび、話し上手としての名声すら保った。 というのも、彼は後にこの経験についてこう語ったのだ。「犯人たちは私を拷問した……カールスバーグを飲まされたんだ!」』、「アメリカの麻薬経済の規模は年間1000億~1500億ドルと推定され、そのほとんどは現金で支払われており、そのうちの大部分が高額紙幣」、「アメリカの紙幣の90%にコカインの形跡が残っているのに対して、百ドル札ではその割合が著しく低い」、「高額紙幣は明らかに、犯罪者にとって都合がいい。100万ドルを一ドル札で用意すれば重さが1トン以上、体積が1立方メートル以上になるが、百ドル札で用意すればおよそ10キログラム(22ポンド)になり、ブリーフケースひとつにきれいにおさまる」、確かに「高額紙幣は明らかに、犯罪者にとって都合がいい」。「ハイネケンは21日間の監禁生活を生きのび」、「彼は後にこの経験についてこう語ったのだ。「犯人たちは私を拷問した……カールスバーグを飲まされたんだ!」商売敵の「カールスバーグ」を飲まされたとは、「ハイネケン」氏にとっては「拷問」」なのだろう。
・『なぜ政府は手をこまねいているのか?  スタンダードチャータード銀行の元最高経営責任者ピーター・サンズは、『悪者たちにより困難に』(Making it Harder for the Bad Guys)の中で、状況を簡潔に要約してみせた。彼は高額紙幣を「現代経済における時代錯誤」と形容し、「正規の経済活動ではほとんど役割を果たしていないが、地下経済においては重要な働きをしている。皮肉なことに、犯罪者たちが利用するそのような紙幣は、国家が用意しているのだ」と述べた。 では、なぜ一部の国々では、かつてないほど厳格なマネーロンダリング防止規制を銀行に課しながら、自国の高額紙幣が脱税、犯罪、テロ、汚職に使われることには目をつぶっているのだろうか?) たしかに、高額紙幣を見直そうとしている政府もある。しかし、現金──ないしあらゆる類の決済──を廃止することは、口で言うほど簡単なことではない。感情は昂り、愛着は強く、慣習はびくともしないように見える。そしてロジスティクスも容易ではない。 カナダは2000年に千カナダ・ドル札の発行を、シンガポールは2014年に一万シンガポール・ドル札の発行を終了したが、ユーロ圏ではそう簡単に物事は進まなかった』、「彼は高額紙幣を「現代経済における時代錯誤」と形容し、「正規の経済活動ではほとんど役割を果たしていないが、地下経済においては重要な働きをしている。皮肉なことに、犯罪者たちが利用するそのような紙幣は、国家が用意しているのだ」と述べた」、「カナダは2000年に千カナダ・ドル札の発行を、シンガポールは2014年に一万シンガポール・ドル札の発行を終了したが、ユーロ圏ではそう簡単に物事は進まなかった」、「ユーロ圏」では現金志向が強いのだろうか。
・『紙幣に対する信頼が揺らぐ  同年、ユーロ圏の19の中央銀行のうち17行が悪名高き五百ユーロ札の印刷を終了した。現金の利用が盛んなドイツとオーストリアも、抗議がなかったわけではないが、2019年にこれに続いた。 当時、ドイツ連邦銀行総裁のイェンス・ヴァイトマンは、この紙幣を段階的に廃止することは「犯罪対策にはほとんどならず、ユーロに対する信用を傷つけるだけだ」として異議を唱えた。五百ユーロ札はもはやほかのユーロ圏の国々(およびイギリス)では通用せず、交換もできないものの、ドイツとオーストリアではいまだ法定通貨となっており、商業銀行での交換や再流通が可能である。この2つのドイツ語圏の中央銀行が新しい五百ユーロ札の発行を停止したため、理論的には五百ユーロ札はやがて姿を消すことになる。 このような妥協によって問題が一挙に解決されることはないかもしれないが、もっとひどい結果──現金に対する信頼を損なうこと──を回避することはできる。これがヴァイトマンの主張の要であった。 すなわち、五百ユーロ札を受理しなくなることで、ほかの紙幣にも同様の措置が適用されるのではないかと人々を不安にさせる可能性がある、ということだ。その不安から、人々は二百ユーロ札、ひいては百ユーロ札さえも使うのを拒否するようになるかもしれない。 何より、これはとくにドイツ語圏の国々において、現金に対する絶対的な信頼を維持することが中央銀行にとって重要であることを示している』、「五百ユーロ札は」「ドイツとオーストリアではいまだ法定通貨となっており、商業銀行での交換や再流通が可能である。この2つのドイツ語圏の中央銀行が新しい五百ユーロ札の発行を停止したため、理論的には五百ユーロ札はやがて姿を消すことになる」、「五百ユーロ札を受理しなくなることで、ほかの紙幣にも同様の措置が適用されるのではないかと人々を不安にさせる可能性がある、ということだ。その不安から、人々は二百ユーロ札、ひいては百ユーロ札さえも使うのを拒否するようになるかもしれない」、これはとってつけたようなヘリクツのような印象を受ける。
・『比較的高額な紙幣に対してもっと大胆な行動をとった場合には、すさまじい混乱が生じることがある。 2016年、インド政府は「グレーマネー」を表に駆り出すことを目的として、流通している紙幣のうち最も高額な2つ──五百インドルピー(7.5ドル)と千インドルピー(15ドル)──の通用を廃止した。当時、この2つの紙幣が現金通貨の86%を占めていたが、実際には残りの14%を占める小額紙幣が、日常的な仕事の大半を担っていた。 その年の11月8日、ナレンドラ・モディ首相は、この厄介者の紙幣を午前零時──すなわち、わずか4時間後──に使用禁止にすることをテレビの生放送で発表し、国中を震撼させた。通用が廃止された紙幣を銀行で新紙幣に交換するために数週間の猶予が与えられたが、新紙幣の印刷は間に合っていなかった。 結果として貨幣危機が発生し、何千万ものインド人が、現金がない状態に陥るか、あるいはすこしの現金を手に入れるために毎日何時間も列に並ぶはめになった。事態が落ち着くまでには数週間を要し、GDPにもかなりの悪影響が及んだ。 その間、インドで通貨の代替品として好まれている金の価格は、20~30%上昇した。この施策の最終的な成功は、きわめて限定的なものであった』、「インド」での「五百インドルピー」と「千インドルピー」「の通用を廃止」は、準備不足などやり方が余りにお粗末だ。
・『グレーマネーは撲滅できたのか?  紙幣の追放の根拠となった考えは、現金の出所を正当化できる人々だけが旧紙幣を新紙幣に交換することになるので、グレーマネーの保有者の手元には無価値の紙幣だけが残るはずだ、というものであった。 しかし2年にわたる徹底した会計検査の後、インド準備銀行は、廃止された紙幣の実に99.3%が、追放されることなく銀行システムに戻ってきたと報告した。グレーマネーはモディが想定していたよりもすくなかったのか、あるいはインドのマネーロンダリングのしくみは、紙幣を追放するしくみよりも有能なのであろう。) そして、北朝鮮である。この「隠者の王国」の政府がポジティブな国内向けニュースを流すことに特化している一方で、同国にまつわるネガティブなニュースを伝えることに力を注ぐ海外勢力もある。 どちらのニュースも慎重に受け止める必要があるが、それでもなお、同国の直近の通貨切り下げに関する報道を見る限り北朝鮮が悲惨な状況にあることはまちがいない』、「インド」では「廃止された紙幣の実に99.3%が、追放されることなく銀行システムに戻ってきた」、「グレーマネーはモディが想定していたよりもすくなかったのか、あるいはインドのマネーロンダリングのしくみは、紙幣を追放するしくみよりも有能なのであろう」、なるほど。
・『突然の北朝鮮ウォンの切り下げ  現在の最高指導者の父、金正日は、2009年11月、北朝鮮ウォンの切り下げを突然命じた。政府はただちに紙幣からゼロを2つ切り落とし、旧紙幣を法定通貨からはずし、新紙幣に交換できる旧紙幣の量を制限した。 これによって巨額の貯蓄が失われただけでなく、新紙幣が流通する1週間前に旧紙幣が引き揚げられたため、その間、経済の大部分が停止するにいたった。この動きは、窮地に陥ったウォンを強化するどころか、政府が発行する貨幣に対する国民の信頼を失わせ、人々が外貨の保有に殺到するという事態を引き起こした。結果としてめったに起きない国内の反乱が生じ、1ドル30ウォンから約8500ウォンへと通貨が劇的に暴落した。 2013年には、同国の215億ドルの経済圏のなかで推定20億ドルのアメリカドル紙幣が流通していた。アンクル・サム〔アメリカ〕にとっては好都合だが、金一家にとってはそうでもない』、「北朝鮮ウォンの切り下げ」は、「政府が発行する貨幣に対する国民の信頼を失わせ、人々が外貨の保有に殺到するという事態を引き起こした。結果としてめったに起きない国内の反乱が生じ、1ドル30ウォンから約8500ウォンへと通貨が劇的に暴落した。 2013年には、同国の215億ドルの経済圏のなかで推定20億ドルのアメリカドル紙幣が流通していた。アンクル・サム〔アメリカ〕にとっては好都合だが、金一家にとってはそうでもない」、これも余りにお粗末な事例の1つだ。

第三に、10月21日付け日経ビジネスオンラインが掲載した東京大学大学院経済学研究科教授の青木 浩介氏による「ノーベル経済学賞バーナンキ氏、実証と実行が後の理論を先導」を紹介しよう。
・『2022年のノーベル経済学賞は「銀行と金融危機に関する研究」に対してベン・バーナンキ、ダグラス・ダイヤモンド、フィリップ・ディビッグの3氏に授与された。 ダイヤモンド氏とディビッグ氏は銀行に関する標準理論モデル「ダイヤモンド・ディビッグ・モデル」を構築したことが評価された。銀行が資金の「満期変換機能」を果たしていることをこのモデルは理論的に示している。 満期変換機能とは、銀行が預金者からいつでも引き出せる「要求払い預金」を集め、それを使って企業の長期投資に資金を融通することをいう。また、その機能を果たしているが故に銀行は不安定な存在であり、取り付け騒ぎのリスクにさらされることを示した。一方、バーナンキ氏は、20世紀初頭の大恐慌における銀行危機の役割を解明したことが評価された。 大恐慌が歴史上まれに見るほど深刻な不況になったのは、多くの銀行が倒産したからだということを実証的に示した。 本稿はバーナンキ氏に関するものである。ダイヤモンドとディビッグ両氏に関しては、本シリーズ2022年10月17日掲載の植田健一教授の寄稿をご参照いただきたい。また、バーナンキ氏は2006年から2014年までは米連邦準備理事会(FRB)議長を務めた。2009年に発生した世界金融危機時に米国金融政策のかじ取りをしたことを、多くの読者がご存じだろう。 しかし、本稿ではバーナンキ氏の政策担当者としての側面ではなく、授賞理由となった学術研究の解説をする。最後に、バーナンキ氏が米プリンストン大学教授だったときに、筆者は大学院生として講義を受け、博士論文の審査委員も引き受けていただいた(指導教員は、現在は米コロンビア大学のマイケル・ウッドフォード教授であった)。その時のエピソードも紹介したい』、「プリンストン大学教授だったとき」を中心に「紹介」してくれるとは、興味深そうだ。
・『銀行危機により恐慌が長く深刻に  世界大恐慌は、1920年代終わりから30年代に発生した、非常に深刻かつ世界的な景気後退である。多くの経済学者が大恐慌を理解すべく努力してきた。マクロ経済学の生みの親ジョン・メイナード・ケインズの代表作は36年刊行の『雇用・利子および貨幣の一般理論』(翻訳書は岩波文庫)であるが、これも大恐慌に強い影響を受けている。 バーナンキ氏自身、「大恐慌はマクロ経済学における聖杯である」と述べている(参考文献1)。聖杯(the holy grail)とは「非常に探すのが難しいもの」、「非常に高い目標」という意味だ。 バーナンキ氏は、銀行危機の発生こそが大恐慌を深刻かつ長い不況にしたということを明らかにした。銀行危機により経済の金融仲介が損なわれ、特に農家、中小企業や家計といった銀行への依存度が高い経済主体の消費・投資支出が大きく減少したことを実証的に示した。 現在の視点では、それは当たり前ではないかと思うかもしれない。読者が当たり前と思うという事実こそ、バーナンキ氏の研究成果が直接的、間接的に、広く人々の間に知られていることの証左だと思う。 授賞理由の主要業績に挙げられているバーナンキ氏の1983年の論文は「Nonmonetary effects of the financial crisis in the propagation of the Great Depression」(参考文献2)という題名である。この「Nonmonetary effects(非貨幣的な効果)」という部分にバーナンキ氏の新規性がある。 バーナンキ氏の論文以前の主流な仮説はミルトン・フリードマン氏とアンナ・シュワルツ氏のものである。両氏の研究は、大恐慌時における貨幣量の急激な減少に注目した。標準的なマクロ経済理論によれば、貨幣量が減少すると消費や投資などの総需要が減少し、物価が下落する。両氏によれば、貨幣量が急激に減少し、それに対して当時の連邦準備銀行が有効な政策を実行しなかったから大恐慌が深刻化した。 フリードマン、シュワルツ両氏も銀行危機の影響に注目しているが、バーナンキ氏の視点は異なる。フリードマン、シュワルツ両氏によれば、銀行危機とそれに伴う預金流出が急激な貨幣量の減少につながったとされる。注目しているのは貨幣量減少の効果、すなわち「Monetary effects」である。 一方、バーナンキ氏は銀行危機がもたらした金融仲介機能の毀損こそが、大恐慌を深刻なものにしたと考えた。金融仲介とは、貯蓄をする家計から資金を集め、必要とする企業へ資金を貸し付けることである。企業へ資金を提供する際には、企業の投資案件の審査や企業のモニタリングが必要であり、通常はそれを銀行が効率的に担っている。 そこで、銀行危機により、ある企業と通常取引している銀行が倒産したとしよう。その企業は倒産した銀行の代わりに資金を貸してくれる銀行を探すか、代替的な資金調達手段を探さなければならなくなる。代わりの銀行が見つかったとしても、普段取引をしていなかった銀行なので貸出金利が高くなるかもしれない。もしくは、借り入れそのものができなくなったりするかもしれない』、「バーナンキ氏は銀行危機がもたらした金融仲介機能の毀損こそが、大恐慌を深刻なものにしたと考えた」、なるほど。
・『金融部門と実体経済の連関を実証  この効果は資金調達を銀行に大きく依存している中小企業や家計で顕著になる。また、一度損なわれた銀行と借り手の関係は修復するのに時間がかかる。その結果、不況の回復も時間がかかる。これらのことが、バーナンキ氏の言う「Nonmonetary effects」である。氏はこれらを歴史資料と計量経済学を使って、厳密に実証した。 より広い見方をすると、バーナンキ氏の研究は、経済変動において金融市場が持つ役割についての我々の考え方を変えた。従来は、金融部門は実体経済を単に反映したものであり、金融部門の問題が実体経済の停滞に波及しているわけではないという考え方が根強くあった。例えば、貸出量が減少しているのは、生産量や投資量が減少した結果、資金需要が減少したからだという考え方である。 それに対するバーナンキ氏の考え方は、金融部門と実体経済は相互に連関しているというものである。さらに、金融部門の問題は実体経済の変動を増幅する効果があるとされる。これらは、「フィナンシャル・アクセレラレーター」もしくは「クレジット・チャネル」と呼ばれており、金融政策の波及経路の研究にも取り入れられている。バーナンキ氏の研究はこれらの考え方の先駆的なものとして認識されている。 ▽「マクロ経済学では色々な分野の勉強を」(バーナンキ氏は、79年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学の博士号(Ph.D.)を取得後、85年に米プリンストン大学経済学部教授に就任。2002年にFRB理事として転出する前は学部長も務めていた。 筆者がプリンストン大学大学院に入学した時、1年目のマクロ経済学の講義をバーナンキ氏とウッドフォード教授が担当しており、初回講義はバーナンキ氏が担当だった。彼は冒頭、マクロ経済学がどのような学問であるかについて説明した。彼が次のように話したことをよく記憶している。 「マクロ経済学は色々な分野の応用なので、色々な分野を勉強しなければならない。失業を研究したいならば労働経済学を勉強する必要がある、インフレーションを研究したいならば貨幣経済学、経済成長ならば経済発展論、マクロ経済政策ならば公共経済学……景気循環は、マクロ経済学固有の研究課題だが、経済史とつながっている」。ここで、経済史を学ぶことの重要性を学生に説いていたことが非常に印象に残っている。 大恐慌の研究を現代経済の理解と後々の金融政策運営に生かしたバーナンキ氏のこだわりが、この冒頭講義に表れていると思う。講義では黒板に数式を多く書くことはあまりなかった。むしろ、経済理論や実証方法を直観的な言葉で説明していくスタイルだった。) バーナンキ氏は学生に対しては大変親身になって指導していた。論文の草稿を渡すとわずか2、3日のうちに詳細なコメントが返ってくるのには、大変ありがたく思ったと同時に「いつ自分の研究をしているのだろう?」と驚いた』、「バーナンキ氏が」、「次のように話したことをよく記憶している。 「マクロ経済学は色々な分野の応用なので、色々な分野を勉強しなければならない。失業を研究したいならば労働経済学を勉強する必要がある、インフレーションを研究したいならば貨幣経済学、経済成長ならば経済発展論、マクロ経済政策ならば公共経済学……景気循環は、マクロ経済学固有の研究課題だが、経済史とつながっている」。ここで、経済史を学ぶことの重要性を学生に説いていたことが非常に印象に残っている」、「マクロ経済学は色々な分野の応用なので、色々な分野を勉強しなければならない」、とは大変だ。
・『日本の金融政策にも独自の見解  博士論文の口述試験の日のこともよく覚えている。00年初夏のことである。口述試験が終わり、バーナンキ氏の研究室にお礼の挨拶に行った。そこで、「日本の金融政策はどうすればよいと思いますか?」と質問した。当時日本はすでに名目金利がゼロ下限に達しており、利下げの余地はもはやなかった。筆者の質問に対して氏は「いくらでもすることはあるよ。色々な資産を買えばよいのだ」と答えた。 当時主流となりつつあった「ニューケインジアン経済学」の理論は、名目金利が下限に達したときの金融政策として、人々の将来利子率に関する予想への働きかけを重視していた。今の言葉で言うと「フォワードガイダンス(先行き指針)」である。その一方で、資産購入政策の有効性については懐疑的な見方をする理論だった。 バーナンキ氏自身、ニューケインジアン経済学の分野でも重要な学術的貢献をしている。そのニューケインジアン経済学の分野で博士論文を完成させたばかりの当時の筆者は、恥を忍んで告白すると、「習った理論と違うことをおっしゃるなあ」と感じたことを覚えている。 世界金融危機が発生したとき、バーナンキ氏が連邦準備銀行議長として様々な資産購入政策を導入したことは周知の通りである。後日、「量的緩和の問題は、実際には効くのですが理論的には効かないということなのですよ」という言葉を残している(参考文献3)』、「量的緩和の問題は、実際には効くのですが理論的には効かないということなのですよ」、難し過ぎて、理解不能だ。
・『理論・事実・経験の絶妙なバランス  しかし、その言葉の後、彼は実際には日本の経験や大恐慌から学んだこと、フリードマン、シュワルツ、ウッドフォード、ポール・クルーグマンなどの研究者の名前を挙げながら、金融政策立案は学術研究の蓄積にも依存していることを強調している。同時に、金融政策は学会と政策当局が互恵関係にある典型的な例であるとしている。 1983年の論文が発表された当時、銀行理論はまさに開発されつつあった段階で、それを組み込んだマクロ経済モデルはほとんどなかった。同様に、世界金融危機の後になって、中央銀行の資産購入政策を分析する理論枠組みが本格的に開発され、ニューケインジアンモデルに組み込まれていった。 これらのことを考えると、バーナンキ氏は、その時々に支配的な理論の枠組みだけにとらわれることなく、理論、実証的事実、経験の全てにバランスをとりながら柔軟に物事を考える学者だったと思う。そのことによって、研究者時代は新たな領域を切り拓き、政策当局者としてその学術的知見をいかしながら新たな政策を立案した、まれな人物と言えよう』、「バーナンキ氏は、その時々に支配的な理論の枠組みだけ にとらわれることなく、理論、実証的事実、経験の全てにバランスをとりながら柔軟に物事を考える学者だったと思う」、お弟子さんが書いたとはいえ、やはり偉大な人物のようだ。 
タグ:「「高額紙幣の廃止」で犯罪撲滅を図った国の末路 インドと北朝鮮がやらかした壮大な経済失策」 「プリンストン大学教授だったとき」を中心に「紹介」してくれるとは、興味深そうだ。 青木 浩介氏による「ノーベル経済学賞バーナンキ氏、実証と実行が後の理論を先導」 「バルファキス氏」の解説は平易で分かり易い。 日経ビジネスオンライン 「北朝鮮ウォンの切り下げ」は、「政府が発行する貨幣に対する国民の信頼を失わせ、人々が外貨の保有に殺到するという事態を引き起こした。結果としてめったに起きない国内の反乱が生じ、1ドル30ウォンから約8500ウォンへと通貨が劇的に暴落した。 2013年には、同国の215億ドルの経済圏のなかで推定20億ドルのアメリカドル紙幣が流通していた。アンクル・サム〔アメリカ〕にとっては好都合だが、金一家にとってはそうでもない」、これも余りにお粗末な事例の1つだ。 「インド」では「廃止された紙幣の実に99.3%が、追放されることなく銀行システムに戻ってきた」、「グレーマネーはモディが想定していたよりもすくなかったのか、あるいはインドのマネーロンダリングのしくみは、紙幣を追放するしくみよりも有能なのであろう」、なるほど。 「誰もが経済についてしっかりと意見を言えることこそ、いい社会の必須条件であり、真の民主主義の前提条件だ」、その通りだ。 (その6)(【ギリシャ元財務大臣が解説する】「なぜ経済を学ぶ必要があるのか?」に対する納得の回答、「高額紙幣の廃止」で犯罪撲滅を図った国の末路 インドと北朝鮮がやらかした壮大な経済失策、ノーベル経済学賞バーナンキ氏 実証と実行が後の理論を先導) 経済学 「格差があることに怒っている人は多そうだ」、その通りだ。 「彼は高額紙幣を「現代経済における時代錯誤」と形容し、「正規の経済活動ではほとんど役割を果たしていないが、地下経済においては重要な働きをしている。皮肉なことに、犯罪者たちが利用するそのような紙幣は、国家が用意しているのだ」と述べた」、「カナダは2000年に千カナダ・ドル札の発行を、シンガポールは2014年に一万シンガポール・ドル札の発行を終了したが、ユーロ圏ではそう簡単に物事は進まなかった」、「ユーロ圏」では現金志向が強いのだろうか。 確かに「高額紙幣は明らかに、犯罪者にとって都合がいい」。「ハイネケンは21日間の監禁生活を生きのび」、「彼は後にこの経験についてこう語ったのだ。「犯人たちは私を拷問した……カールスバーグを飲まされたんだ!」商売敵の「カールスバーグ」を飲まされたとは、「ハイネケン」氏にとっては「拷問」」なのだろう。 ナターシャ・デ・テラン ゴットフリート・レイブラント 東洋経済オンライン 「大切な判断を他人まかせにしないためには、経済とは何か、資本主義がどのように生まれ、どんな歴史を経ていまの経済の枠組みが存在するようになったのかを、自分の頭で理解する必要がある」、その通りだ。 「賢く、戦略的に怒り続けてほしい。機が熟したらそのときに、必要な行動をとってほしい。この世界を本当に公正で理にかなった、あるべき姿にするために」、「必要な行動」とは投票行動なのだろうか。 「計画的に余剰を増やし、別の地域と別の種類の食糧と交換するようになる。 そのやりとりは物々交換だったが、次第に通貨を使ってやり取りすることでグローバルな規模で貿易ができるようになる。 通貨を使うにあたって、数字や文字、債務という便利なものも人類は使うようになり、経済は高度になっていく。 さらに農作物の余剰を守るために軍隊が配備され、国家という概念が生まれた」、「経済とは農作物の余剰を守るところからはじまっている」、「余剰」がここまで経済発展の源になっているとは、感心させられた。 「農耕の発展により農作物の余剰が生まれ、余剰を増やしていく過程で経済が大きく動き出していく」、言われてみれば、確かに「余剰」がなければ、「経済」は成長しない。 「インド」での「五百インドルピー」と「千インドルピー」「の通用を廃止」は、準備不足などやり方が余りにお粗末だ。 「アメリカの麻薬経済の規模は年間1000億~1500億ドルと推定され、そのほとんどは現金で支払われており、そのうちの大部分が高額紙幣」、「アメリカの紙幣の90%にコカインの形跡が残っているのに対して、百ドル札ではその割合が著しく低い」、「高額紙幣は明らかに、犯罪者にとって都合がいい。100万ドルを一ドル札で用意すれば重さが1トン以上、体積が1立方メートル以上になるが、百ドル札で用意すればおよそ10キログラム(22ポンド)になり、ブリーフケースひとつにきれいにおさまる」、 「高額紙幣を廃止して国内で混乱を巻き起こした事例」とは興味深そうだ。 「バーナンキ氏は、その時々に支配的な理論の枠組みだけ にとらわれることなく、理論、実証的事実、経験の全てにバランスをとりながら柔軟に物事を考える学者だったと思う」、お弟子さんが書いたとはいえ、やはり偉大な人物のようだ。 「量的緩和の問題は、実際には効くのですが理論的には効かないということなのですよ」、難し過ぎて、理解不能だ。 その不安から、人々は二百ユーロ札、ひいては百ユーロ札さえも使うのを拒否するようになるかもしれない」、これはとってつけたようなヘリクツのような印象を受ける。 「五百ユーロ札は」「ドイツとオーストリアではいまだ法定通貨となっており、商業銀行での交換や再流通が可能である。この2つのドイツ語圏の中央銀行が新しい五百ユーロ札の発行を停止したため、理論的には五百ユーロ札はやがて姿を消すことになる」、「五百ユーロ札を受理しなくなることで、ほかの紙幣にも同様の措置が適用されるのではないかと人々を不安にさせる可能性がある、ということだ。 ここで、経済史を学ぶことの重要性を学生に説いていたことが非常に印象に残っている」、「マクロ経済学は色々な分野の応用なので、色々な分野を勉強しなければならない」、とは大変だ。 「バーナンキ氏が」、「次のように話したことをよく記憶している。 「マクロ経済学は色々な分野の応用なので、色々な分野を勉強しなければならない。失業を研究したいならば労働経済学を勉強する必要がある、インフレーションを研究したいならば貨幣経済学、経済成長ならば経済発展論、マクロ経済政策ならば公共経済学……景気循環は、マクロ経済学固有の研究課題だが、経済史とつながっている」。 「バーナンキ氏は銀行危機がもたらした金融仲介機能の毀損こそが、大恐慌を深刻なものにしたと考えた」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン「【ギリシャ元財務大臣が解説する】「なぜ経済を学ぶ必要があるのか?」に対する納得の回答」
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