イシバノミクス(その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか) [国内政治]
イシバノミクスについては、余りに評判が悪いので、長持ちするとは思えないが、今日は取り敢えず、(その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか)である。
先ずは、10月9日付けデイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090556/?all=1
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、「恐ろしく忙しい」』、興味深そうだ。
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 石破氏は慶大時代、妻・佳子さんにひとめぼれしたという 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、 「恐ろしく忙しい」 と言いながらもご本人が振り返ってくれた。 「これまでの総裁選とは支えてくれる人たちの熱量が違ったかな。今までは、安倍(晋三元首相)さんとやった時も、菅(義偉元首相)さんや岸田(文雄前首相)さんとやった時も、『違う選択肢も自民党にありますよ』と示す意味があった。今度は、選択肢を示すという選挙じゃなかったからな。『最後の戦い』だからね」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。
・『「オヤジが喜んでいるだろうなぁ」と涙 今回、石破氏の陣営には彼のことを古くから知る人物も入っていた。田中角栄元首相の秘書を長く務めた朝賀昭氏だ。 「今回の選挙でもずいぶん助けてもらった朝賀先輩は『オヤジが喜んでいるだろうなぁ』と言って泣いていた。角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」(同) 朝賀氏に聞くと、 「総裁選投開票日の夜中に丁寧なお礼の電話をいただきました。“お世話になりました”と石破が言って、私が“これでオヤジに報告できるね”と返したら、彼は“本来はお参りしてご報告をしたいんですが、今すぐというわけにはいかないので、心の中でオヤジに手を合わせて、おかげさまで頂上まで上り詰めることができました、と伝えました”と言っていました」 石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている』、「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。
・『「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ」 石破氏の父親、鳥取県知事や自治大臣を務めた石破二朗氏は“田中のためなら死んでもいい”というほど田中元首相に心酔していた。いまわの際(きわ)の二朗氏から「葬儀委員長をやってくれ」と頼まれた田中元首相は彼の死後、東京で盛大な「田中派葬」を催し、 「石破君、きみとの約束を俺は今日、こうして果たしているぞ」 葬儀委員長として泣きながら弔辞を読んだという。 この葬儀のお礼を言うために東京・目白の角栄邸を訪ねた石破氏は、父の跡を継いで政治家になるよう田中元首相に言われる。逡巡する石破氏に対し、 「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ、分かったか!」 と迫った田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになったのだ』、「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。
・『“辻立ち5万回、個別訪問3万回”の教え 石破氏は1957年2月4日、東京・千代田区で生まれている。翌58年、父親が鳥取県知事に就任したため鳥取県に転居し、鳥取大学附属小学校、中学校に通った後、慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する。 「田中派はどんどん選挙の手伝いに行かせる事務所だったから、石破を含めた皆が田中流選挙を学んだ。オヤジは“辻立ち5万回、個別訪問3万回”とか皆に言っていて、石破もそのオヤジの言葉は今でも覚えていると思います」 大学の同級生だった佳子さんと結婚したのは田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月、中曽根康弘政権下で行われた衆参同日選挙だった』、「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。
・『「学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目」 「石破くんとは当選1回目から俺が落選して辞めるまでずっと一緒だよ。俺が初当選した時は50歳で、当時最年少で当選した彼とは20歳以上離れていた」 と話すのは、笹川堯(たかし)元科学技術政策担当相(89)。 「彼は田中派に入りたかったんだけど、鳥取県には田中派の平林鴻三さんがいた。中選挙区制の当時、同じ選挙区に同派閥の人間が二人というわけにいかず、彼は渡辺美智雄先生のところに預けられた。彼とは議員会館の部屋が隣同士だったので、渡辺先生からは“隣にしたから面倒みてやってくれ”と言われていました」 出会った頃の印象は、 「とにかくクソ真面目。学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目だった。まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」(同)』、「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。
・『「あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もない」 そんな石破氏に「オタク」の一面があることはよく知られている。 「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」 90年2月、2回目の衆院選は鳥取県全県区でトップ当選を果たした石破氏。93年6月には宮澤喜一内閣不信任決議案に与党の一員でありながら賛成票を投じ、後に自民党を離党。小沢一郎氏や羽田孜氏が率いる新生党に合流した』、「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。
・『「親離れができていないということ」 新生党や新進党で共に活動した平野貞夫元参院議員が述懐する。 「彼は私より20歳くらい下でしたが、新生党時代は小沢・羽田ラインの政策理念などについて私を質問攻めにしてきましたよ。よく彼から新橋の小料理屋に呼び出されて、二人で飲み食いしながら、政治改革のこと、これからの日本のことをもう連日のように話しましたね。私は小沢さんのブレーンとして知られていましたから、何とか私から話を引っ張り出そうとしていました」 石破氏が平野氏に問うてきたのは政策の話ばかりではなかった。印象に残っているのは、父・二朗氏について語る姿だという。 「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという』、「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。
・『「質的な問題で決断ができない」 「親の偉大さの中にいるだけでは自立した人間にはなれません。親の良いところ、悪いところを峻別していくことで、子供は親から離れるんです。親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」 後編【「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」】では、元石破派の人物らにインタビュー。石破首相になかなか仲間ができない真の理由について報じている』、「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。
次に、10月9日付けデイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090557/?all=1
・『「永田町の常識を学んでいない」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の後編】 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じた。...) 1997年3月に自民党に復党した石破氏は2002年、小泉純一郎政権下で防衛庁長官として初入閣。政策通として頭角を現す一方、「人付き合いが悪い」「子分の面倒を見ない」といった評が付きまとった。 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」 ジャーナリストの鈴木哲夫氏はそう語る』、「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。
・『「中学時代に友達が離れていった経験が」 「あとは本人の性格だと思います。彼は人と群れたりするより、やっぱり正論をきっちりとぶつけるタイプなのです。さかのぼれば中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです」 09年7月、当時の麻生太郎首相に退陣を迫った件により、今も麻生元首相との間の遺恨は癒えていない。また、「安倍一強時代」にもさまざまな問題に堂々と苦言を呈し、「後ろから鉄砲を撃っている」と揶揄された。そうした行動様式の萌芽は、すでに中学時代に見られていたわけだ。 「政策面でも、永田町ではある程度議論をしたら集約する。しかし石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」(同)』、「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。
・『「去って行った人たちのことを少しは……」 計4度の総裁選への挑戦を経て、自ら立ち上げた派閥「水月会」(石破派)は空中分解。5度目の「最後の戦い」で彼を総裁の座に押し上げたのは、紛れもなくその「世論」であった。 また、石破氏が決選投票前の演説で、 「多くの足らざるところがあり、多くの方々の気持ちを傷つけた」 そう述べた上で、 「心からおわびを申し上げる」 と謝罪したことも土壇場での逆転勝利につながったとみられている。 あの演説の“傷つけた人”というのは、石破さんを首相にするために支えながら、最終的には離れていってしまった人たちのことも指すのだと思います」 そう語るのは「水月会」に所属していた石崎徹元衆院議員である。 「石破先生は総裁選を5回戦いました。戦国時代に例えると、関ヶ原の戦いを5回やっているようなものですよ。4回の戦いで討ち死にした屍の山の上に、今回の勝利があったわけです。偉そうな言い方にはなってしまいますが、首相になられた今だからこそ、去って行ってしまった人たちのことを少しは思い返してほしいと思います」 「飲むと気さくで、嫌なところもない」 18年、当時の安倍首相との一騎打ちとなった総裁選の際、石崎氏は石破氏について全国を回った。 「私としてはあの総裁選は、鉄砲玉のような気持ちで戦ったつもりでした。そして、最強の軍隊に戦いを挑んでボロ負けした。その時、何十万人もいる選挙区の方々のことを考えると、非主流派として何度も戦争するのはちょっとキツいな、と。結果的に19年、石破派から抜けることになりました」 石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」(同)』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。
・『「元々、政治家には向いていない人」 この点、やはり一時「水月会」に所属していた元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝元衆院議員も、 「石破さんは謙虚ですし、水月会の勉強会でも同僚議員の話に耳をよく傾けていた。早押しクイズができるスナックに数人で行った時、キャンディーズとか河合奈保子等の曲の出だしが演奏されると、石破さんはすぐに曲名を当てて勝ち続け、めっぽう強かったです」 ただし、「政治家・石破茂」の評価を問うと、 「元々、政治家には向いていない人だと思っています。人としての素晴らしい資質は持っているし、仕事に必要な知識も豊富です。しかし典型的な政治家タイプではない。むしろ政治家には向かず、いわんや総理になる資質にはそもそも欠けていたと思います」 そう指摘するのだ。 「主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」(同) 「チームが作れていない」 かくて実力・実績のある参謀不在のまま首相の座に上り詰めた石破氏について、政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」 仲間不在の包容力なき雄弁家。そこからの変貌なくして長期政権は望めまい。 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じている』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。
第三に、10月9日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351803
・『「ブレブレ批判」で船出した石破政権 実は前代未聞の大目標に挑んでいる 石破新政権の船出は、所信表明演説の冒頭から野党の「うそつき〜」「裏金〜」「ブレブレ」など下品な怒号が飛び交い、首相の声が聞こえないほどのドタバタなスタートとなりました。 石破首相からは、「解散は急がない」「政権の考えを理解してもらう」「日米地位条約の改定」「横田空域の見直し」「アジア版NATO」といった総裁選での構想が全然国会では出てこないので、メディアでも「早くも党内情勢に気配りして刷新感もない、選挙のためだけの顔のすげ替え内閣」という論調が目立ちます。またいつもの揚げ足取り論争が始まったと、私はガッカリしています。 今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです。 さて、ここでナマな打ち明け話をします。私は若いころ、軍事オタクに大人気だった石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います。) 吉村氏は早稲田大学在学中の1996年に国の政策秘書試験に受かった秀才です。当時は戦闘機に憧れるとても珍しい女性だった彼女は、政策秘書試験に受かったものの、どの事務所を受けても電話で女性だとわかった途端に門前払いをされ、石破事務所だけが面接をしてくれて、合格しました。「小さいし、運動神経もない」と自称する女性が、予備自衛官の資格まで持ちました。まさに、石破氏のための政策秘書のような人物です。 彼女はマキャベリを相当深く研究し、いい中味の原稿ができ上がりましたが、私は心配になって尋ねました。「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした』、「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。
・『マキャベリが嫌いでも今回は「性悪説」でいくのでは? 実は、もう原稿も残っていない未完の作品の中身や、彼女の政治の話を思い出しながら石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです。 そしてメディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです』、「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。
・『石破首相の行動から見えるマキャベリズムの片鱗とは たとえば、マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです。 (1)決断力のない君主は、多くの場合、当面の危険を回避して中立を選ぶ。そして大方の君主はそれで滅ぶ 岸田元首相は「ドリームチームをつくってほしい」などと言っていましたが、今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました。一番やりたいことは日米同盟などの防衛・軍事だから、防衛大臣経験者を4人も閣僚にしました。「友達がいないから防衛族の友人ばかりを処遇した」と言われますが、これは防衛省の実態を知らないゆえの批判です。 長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです』、「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。
・『(2)自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません』、「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。
・『(3)好機というものは、すぐさま捕えないと逃げ去ってしまうものである 野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます。 たとえば、安倍元首相の絡む醜聞のすべてにおいて名前が上がった萩生田光一氏や森喜朗元首相側近の高木毅氏らを公認しなかったのも、安倍派や次回の政権を狙う高市氏にとっては痛い処分であり、世論の反応もいいでしょう。これで党内は引き締まります。) また、完全な政敵となった麻生太郎氏には、野党の選挙協力の様子を見ながら保守系無所属を立候補させて保守票を分裂させ、落選させるのも一つの手です。(80歳を越えると重複立候補できないので、小選挙区で落ちれば政界から去らなければいけなくなります)。保守系候補者は、麻生氏と同派閥で同じ九州出身でありながら犬猿の仲だった古賀誠氏が、引退してからも有力な地方議員を多数知っているので、彼の協力を得る手もあります』、「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。
・『(4)大いなる意欲のあるところには、大いなる困難はない 政治記者は、日米地位協定改定や横田空域の取り戻しなどは不可能だとすぐに言います。しかし、まだ日本の首相で誰も米国にこの議論を持ち出した人がいないだけで、それは不可能ではないと思います。たとえば、敗戦国であるドイツもイタリアも米国の地位協定を改定させました。またフィリピンは、一度決めた地位協定の破棄を撤回しました。米国にとってフィリピンが対中国のためにどうしても必要になったからです。 このように各国は、米国に対して戦略的に動いています。日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです。 「バイデン大統領との最初の会談で日米地位協定についての話が出なかった」と批判した記事もありましたが、次の大統領が決まる直前に重大事を打ち明ける必要がないのは当然です』、「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。
・『(5)変革は必ず新たな変革を呼ぶ 金融政策面でも、石破首相がフラフラしているから株価が下落すると大騒ぎです。が、選挙が終わり安倍派を壊滅(落選だけでなく次回の閣僚の一本釣りなど)させてから、アベノミクスに猛反対していた優秀な金融マンに後始末を任せればいいのです。その気になれば、首相はなんでもできます。アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です』、「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。
・『盟友の女性秘書が明かす石破氏の本当の魅力とは とにかく、石破氏の掲げる公約は最初から時間がかかることばかり。もし石破氏が「マキャベリ作戦」に失敗しても、政権交代が起こるだけです。これはこれで、日本の宿痾である世襲議員制度を立憲民主党の野田代表が一掃してくれるのですから、私は今回の選挙は大変楽しみにしています。 ちなみに、吉村さんに「石破氏にはどんな魅力があるのか」と聞いたら、「私は普通のサラリーマンの家でしたが、石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」という言葉が返ってきました。 実に印象的な言葉でした』、「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。
第四に、10月30日付けYahooニュースが転載した現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」を紹介しよう。
・『10月27日に行われた衆院選は、与党の自民党と公明党が過半数に達しないという衝撃的な結果に終わった。野党の立憲民主党や国民民主党は大幅に議席を伸ばした。この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか』、「この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか」、興味深そうだ。
・『予想以上の自民党大敗 獲得議席数は、自民党が191(-58)、公明党が24(-8)で、合計215(-66)、立憲民主党が148(+50)、日本維新の会が38(-6)、共産党が8(-2)、国民民主党が28(+21)、れいわ新選組が9(+6)、社民党が1(±0)、参政党が3(+2)、保守党が3、無所属他が12(-10)である。 投票率は53.85%と低かった。その原因の一つとして、自民党支持者で棄権する者が多かったことが考えられる。 自民党が苦戦した最大の理由は、派閥の裏金問題である。岸田政権の失敗は、この問題に対して、一気に、そして大胆に改革を断行するのではなく、小出しに解決案を少しずつ示すという「戦力の逐次的動員」を行ったことである。ある改革を提案し、それに批判が強まると、また少し上乗せした案を示すという繰り返しで、かえって国民の反感を買ってしまった。 しかも、非公認候補にも、自民党本部から、公認候補と同額の2千万円の活動費が支給されたことが選挙期間中に明らかになったことが、火に油を注ぐことになってしまった。 自民党では、「裏金議員」と批判された46人の議員のうち、28人が議席を失った。下村博文、武田良太、高木毅といった大物議員が落選し、丸川珠代、衛藤征士郎、鈴木淳司らも議席を失った。一方、萩生田光一、西村康稔、松野博一、世耕弘成、平沢勝栄は当選した。 現職閣僚も牧原秀樹法相と小里泰弘農林水産相が当選できなかった。 また、公明党は11選挙区で4勝しかできず、代表の石井啓一代表も落選した。とくに牙城であった大阪の4選挙区で全敗した。自民党と連立を組んでいることに加えて、裏金問題で自民党から非公認とされた候補を推薦したことが、大きなイメージダウンとなったようだ。 一方、立憲民主党は50議席も増やしたし、国民民主党は議席を4倍に増やしている。自民党批判票の受け皿となった形である。特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである。 メディアの出口調査を見ると、無党派層の比例選への投票先は、自民党よりも立憲民主党のほうが多い。維新は、大阪では全勝したものの、全国レベルへの政党へと躍進することはできなかった。 れいわ新選組は、議席を3倍伸ばしたが、若者へのアピールが功を奏したようである』、「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。
・『連立政権か、部分連合か… 11月7日に招集される特別国会で首班指名が行われるが、自公だけでは過半数の議席を持たないので、何が起こるかわからない。自民党の石破と立憲民主党の野田の決選投票となる可能性がある。そのときは、政党間の合従連衡で、結果がどうなるかは分からない。 特別国会は、総選挙の日から30日以内に召集されることになっている。これから水面下の交渉が行われるであろうが、それで一定の妥協が成立するまでは、特別国会は開かれないであろう。 首相指名で石破が首相になっても、さらに、その後は、国会で法案が成立しないという難題を抱えることになる。 2007年夏の参議院選で自民党は惨敗した。その直後に安倍政権の厚労大臣となったが、衆議院は自民党・公明党、参議院は民主党が過半数を制する「ねじれ国会」となってしまった。したがって、衆議院で法案が通っても、参議院では拒否されるという事態になった。閣僚として大変苦労したが、今回も石破政権は同じような苦境に立たされることになる。 まさに悪夢の再現であるが、そのような事態を避けるためには、まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう。もし、それができれば、安定した連立政権となる。 もう一つは政策ごとに、賛成する党派を取り込む「部分連合」という方法もある。これは、連立政権ほどの安定性はないが、少数与党という事態を乗り切るには、この方法しかない』、「まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう」、なるほど。
・選挙に勝つためなら何でもする 今回の選挙結果を受けて、小泉進次郎選対委員長が辞任した。森山裕幹事長や石破総裁の責任が問われるのは当然である。とくに、苦杯をなめた旧安倍派では、岸田、石破政権に対する怨念がある。 石破のライバルである高市早苗は、多くの同志を失い、数の上では勢いを殺がれたが、反石破感情を抱く議員たちの期待を集めることになる。 全ては、石破首相のこれからの政治運営によるが、国会がデッドロックに乗り上げるようなことになれば、退陣論が噴出するのは必然である。とくに、来年度予算案を成立させるだけの多数派の形成に失敗すれば、もう救いようがない。 来年夏には参議院選挙がある。私の脳裏をかすめるのは、2007年の参議院選挙、そして2009年の総選挙での政権交代である。 来年の参院選で大敗し、参議院まで与党が多数派を維持できなくなると、もはや国会は機能しなくなる。先述したように、その「ねじれ国会」を乗り切るのは容易ではなかった。 2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、「2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、なるほど。
・『重複立候補の問題点 今回の衆院選では、「裏金議員」は重複立候補が党本部から認められず、早々と落選が決まった。小選挙区制では、これが正常なはずである。有権者が落としたはずの議員がゾンビのように当選するのは異常だということを再認識させられた人が多いのではないか。 今の小選挙区比例代表並立制は、1996年の総選挙から実施されたが、小選挙区と比例の重複が認められる。比例当選の優先順位は、小選挙区での落選者の惜敗率による。 残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである』、「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
先ずは、10月9日付けデイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090556/?all=1
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、「恐ろしく忙しい」』、興味深そうだ。
・『「恐ろしく忙しい」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の前編】 石破氏は慶大時代、妻・佳子さんにひとめぼれしたという 後世に残る激闘を制して自民党総裁の座を勝ち取り、今月1日召集の臨時国会で第102代総理大臣に選出された石破茂氏。総裁選が終わった翌日、 「恐ろしく忙しい」 と言いながらもご本人が振り返ってくれた。 「これまでの総裁選とは支えてくれる人たちの熱量が違ったかな。今までは、安倍(晋三元首相)さんとやった時も、菅(義偉元首相)さんや岸田(文雄前首相)さんとやった時も、『違う選択肢も自民党にありますよ』と示す意味があった。今度は、選択肢を示すという選挙じゃなかったからな。『最後の戦い』だからね」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。
・『「オヤジが喜んでいるだろうなぁ」と涙 今回、石破氏の陣営には彼のことを古くから知る人物も入っていた。田中角栄元首相の秘書を長く務めた朝賀昭氏だ。 「今回の選挙でもずいぶん助けてもらった朝賀先輩は『オヤジが喜んでいるだろうなぁ』と言って泣いていた。角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」(同) 朝賀氏に聞くと、 「総裁選投開票日の夜中に丁寧なお礼の電話をいただきました。“お世話になりました”と石破が言って、私が“これでオヤジに報告できるね”と返したら、彼は“本来はお参りしてご報告をしたいんですが、今すぐというわけにはいかないので、心の中でオヤジに手を合わせて、おかげさまで頂上まで上り詰めることができました、と伝えました”と言っていました」 石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている』、「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。
・『「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ」 石破氏の父親、鳥取県知事や自治大臣を務めた石破二朗氏は“田中のためなら死んでもいい”というほど田中元首相に心酔していた。いまわの際(きわ)の二朗氏から「葬儀委員長をやってくれ」と頼まれた田中元首相は彼の死後、東京で盛大な「田中派葬」を催し、 「石破君、きみとの約束を俺は今日、こうして果たしているぞ」 葬儀委員長として泣きながら弔辞を読んだという。 この葬儀のお礼を言うために東京・目白の角栄邸を訪ねた石破氏は、父の跡を継いで政治家になるよう田中元首相に言われる。逡巡する石破氏に対し、 「日本で起こることは全てこの目白で決めるんだ、分かったか!」 と迫った田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになったのだ』、「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。
・『“辻立ち5万回、個別訪問3万回”の教え 石破氏は1957年2月4日、東京・千代田区で生まれている。翌58年、父親が鳥取県知事に就任したため鳥取県に転居し、鳥取大学附属小学校、中学校に通った後、慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する。 「田中派はどんどん選挙の手伝いに行かせる事務所だったから、石破を含めた皆が田中流選挙を学んだ。オヤジは“辻立ち5万回、個別訪問3万回”とか皆に言っていて、石破もそのオヤジの言葉は今でも覚えていると思います」 大学の同級生だった佳子さんと結婚したのは田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月、中曽根康弘政権下で行われた衆参同日選挙だった』、「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。
・『「学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目」 「石破くんとは当選1回目から俺が落選して辞めるまでずっと一緒だよ。俺が初当選した時は50歳で、当時最年少で当選した彼とは20歳以上離れていた」 と話すのは、笹川堯(たかし)元科学技術政策担当相(89)。 「彼は田中派に入りたかったんだけど、鳥取県には田中派の平林鴻三さんがいた。中選挙区制の当時、同じ選挙区に同派閥の人間が二人というわけにいかず、彼は渡辺美智雄先生のところに預けられた。彼とは議員会館の部屋が隣同士だったので、渡辺先生からは“隣にしたから面倒みてやってくれ”と言われていました」 出会った頃の印象は、 「とにかくクソ真面目。学校の先生の方が合ってるんじゃないかってくらい真面目だった。まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」(同)』、「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。
・『「あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もない」 そんな石破氏に「オタク」の一面があることはよく知られている。 「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」 90年2月、2回目の衆院選は鳥取県全県区でトップ当選を果たした石破氏。93年6月には宮澤喜一内閣不信任決議案に与党の一員でありながら賛成票を投じ、後に自民党を離党。小沢一郎氏や羽田孜氏が率いる新生党に合流した』、「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。
・『「親離れができていないということ」 新生党や新進党で共に活動した平野貞夫元参院議員が述懐する。 「彼は私より20歳くらい下でしたが、新生党時代は小沢・羽田ラインの政策理念などについて私を質問攻めにしてきましたよ。よく彼から新橋の小料理屋に呼び出されて、二人で飲み食いしながら、政治改革のこと、これからの日本のことをもう連日のように話しましたね。私は小沢さんのブレーンとして知られていましたから、何とか私から話を引っ張り出そうとしていました」 石破氏が平野氏に問うてきたのは政策の話ばかりではなかった。印象に残っているのは、父・二朗氏について語る姿だという。 「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという』、「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。
・『「質的な問題で決断ができない」 「親の偉大さの中にいるだけでは自立した人間にはなれません。親の良いところ、悪いところを峻別していくことで、子供は親から離れるんです。親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」 後編【「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」】では、元石破派の人物らにインタビュー。石破首相になかなか仲間ができない真の理由について報じている』、「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。
次に、10月9日付けデイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」を紹介しよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/10090557/?all=1
・『「永田町の常識を学んでいない」 「5度目の正直」でついに自民党総裁選に勝利し、頂点まで上り詰めた石破茂新首相(67)。鳥取県知事の息子として幼少期を過ごし、田中角栄元首相の薫陶を受けて政界入り。永田町で嫌われ、立ち上げた派閥が瓦解しても挑戦を諦めなかった「政治家・石破茂」の全て。【前後編の後編】 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じた。...) 1997年3月に自民党に復党した石破氏は2002年、小泉純一郎政権下で防衛庁長官として初入閣。政策通として頭角を現す一方、「人付き合いが悪い」「子分の面倒を見ない」といった評が付きまとった。 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」 ジャーナリストの鈴木哲夫氏はそう語る』、「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。
・『「中学時代に友達が離れていった経験が」 「あとは本人の性格だと思います。彼は人と群れたりするより、やっぱり正論をきっちりとぶつけるタイプなのです。さかのぼれば中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです」 09年7月、当時の麻生太郎首相に退陣を迫った件により、今も麻生元首相との間の遺恨は癒えていない。また、「安倍一強時代」にもさまざまな問題に堂々と苦言を呈し、「後ろから鉄砲を撃っている」と揶揄された。そうした行動様式の萌芽は、すでに中学時代に見られていたわけだ。 「政策面でも、永田町ではある程度議論をしたら集約する。しかし石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」(同)』、「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。
・『「去って行った人たちのことを少しは……」 計4度の総裁選への挑戦を経て、自ら立ち上げた派閥「水月会」(石破派)は空中分解。5度目の「最後の戦い」で彼を総裁の座に押し上げたのは、紛れもなくその「世論」であった。 また、石破氏が決選投票前の演説で、 「多くの足らざるところがあり、多くの方々の気持ちを傷つけた」 そう述べた上で、 「心からおわびを申し上げる」 と謝罪したことも土壇場での逆転勝利につながったとみられている。 あの演説の“傷つけた人”というのは、石破さんを首相にするために支えながら、最終的には離れていってしまった人たちのことも指すのだと思います」 そう語るのは「水月会」に所属していた石崎徹元衆院議員である。 「石破先生は総裁選を5回戦いました。戦国時代に例えると、関ヶ原の戦いを5回やっているようなものですよ。4回の戦いで討ち死にした屍の山の上に、今回の勝利があったわけです。偉そうな言い方にはなってしまいますが、首相になられた今だからこそ、去って行ってしまった人たちのことを少しは思い返してほしいと思います」 「飲むと気さくで、嫌なところもない」 18年、当時の安倍首相との一騎打ちとなった総裁選の際、石崎氏は石破氏について全国を回った。 「私としてはあの総裁選は、鉄砲玉のような気持ちで戦ったつもりでした。そして、最強の軍隊に戦いを挑んでボロ負けした。その時、何十万人もいる選挙区の方々のことを考えると、非主流派として何度も戦争するのはちょっとキツいな、と。結果的に19年、石破派から抜けることになりました」 石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」(同)』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。
・『「元々、政治家には向いていない人」 この点、やはり一時「水月会」に所属していた元東京地検特捜部副部長で弁護士の若狭勝元衆院議員も、 「石破さんは謙虚ですし、水月会の勉強会でも同僚議員の話に耳をよく傾けていた。早押しクイズができるスナックに数人で行った時、キャンディーズとか河合奈保子等の曲の出だしが演奏されると、石破さんはすぐに曲名を当てて勝ち続け、めっぽう強かったです」 ただし、「政治家・石破茂」の評価を問うと、 「元々、政治家には向いていない人だと思っています。人としての素晴らしい資質は持っているし、仕事に必要な知識も豊富です。しかし典型的な政治家タイプではない。むしろ政治家には向かず、いわんや総理になる資質にはそもそも欠けていたと思います」 そう指摘するのだ。 「主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」(同) 「チームが作れていない」 かくて実力・実績のある参謀不在のまま首相の座に上り詰めた石破氏について、政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」 仲間不在の包容力なき雄弁家。そこからの変貌なくして長期政権は望めまい。 前編【「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘】では、石破首相を長く見てきた人物だからこそ分かる、彼の欠点について報じている』、「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。
第三に、10月9日付けダイヤモンド・オンラインが掲載した元週刊文春・月刊文藝春秋編集長の木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/351803
・『「ブレブレ批判」で船出した石破政権 実は前代未聞の大目標に挑んでいる 石破新政権の船出は、所信表明演説の冒頭から野党の「うそつき〜」「裏金〜」「ブレブレ」など下品な怒号が飛び交い、首相の声が聞こえないほどのドタバタなスタートとなりました。 石破首相からは、「解散は急がない」「政権の考えを理解してもらう」「日米地位条約の改定」「横田空域の見直し」「アジア版NATO」といった総裁選での構想が全然国会では出てこないので、メディアでも「早くも党内情勢に気配りして刷新感もない、選挙のためだけの顔のすげ替え内閣」という論調が目立ちます。またいつもの揚げ足取り論争が始まったと、私はガッカリしています。 今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです。 さて、ここでナマな打ち明け話をします。私は若いころ、軍事オタクに大人気だった石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います。) 吉村氏は早稲田大学在学中の1996年に国の政策秘書試験に受かった秀才です。当時は戦闘機に憧れるとても珍しい女性だった彼女は、政策秘書試験に受かったものの、どの事務所を受けても電話で女性だとわかった途端に門前払いをされ、石破事務所だけが面接をしてくれて、合格しました。「小さいし、運動神経もない」と自称する女性が、予備自衛官の資格まで持ちました。まさに、石破氏のための政策秘書のような人物です。 彼女はマキャベリを相当深く研究し、いい中味の原稿ができ上がりましたが、私は心配になって尋ねました。「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした』、「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があります。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。
・『マキャベリが嫌いでも今回は「性悪説」でいくのでは? 実は、もう原稿も残っていない未完の作品の中身や、彼女の政治の話を思い出しながら石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです。 そしてメディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです』、「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。
・『石破首相の行動から見えるマキャベリズムの片鱗とは たとえば、マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです。 (1)決断力のない君主は、多くの場合、当面の危険を回避して中立を選ぶ。そして大方の君主はそれで滅ぶ 岸田元首相は「ドリームチームをつくってほしい」などと言っていましたが、今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました。一番やりたいことは日米同盟などの防衛・軍事だから、防衛大臣経験者を4人も閣僚にしました。「友達がいないから防衛族の友人ばかりを処遇した」と言われますが、これは防衛省の実態を知らないゆえの批判です。 長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです』、「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。
・『(2)自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません』、「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。
・『(3)好機というものは、すぐさま捕えないと逃げ去ってしまうものである 野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます。 たとえば、安倍元首相の絡む醜聞のすべてにおいて名前が上がった萩生田光一氏や森喜朗元首相側近の高木毅氏らを公認しなかったのも、安倍派や次回の政権を狙う高市氏にとっては痛い処分であり、世論の反応もいいでしょう。これで党内は引き締まります。) また、完全な政敵となった麻生太郎氏には、野党の選挙協力の様子を見ながら保守系無所属を立候補させて保守票を分裂させ、落選させるのも一つの手です。(80歳を越えると重複立候補できないので、小選挙区で落ちれば政界から去らなければいけなくなります)。保守系候補者は、麻生氏と同派閥で同じ九州出身でありながら犬猿の仲だった古賀誠氏が、引退してからも有力な地方議員を多数知っているので、彼の協力を得る手もあります』、「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。
・『(4)大いなる意欲のあるところには、大いなる困難はない 政治記者は、日米地位協定改定や横田空域の取り戻しなどは不可能だとすぐに言います。しかし、まだ日本の首相で誰も米国にこの議論を持ち出した人がいないだけで、それは不可能ではないと思います。たとえば、敗戦国であるドイツもイタリアも米国の地位協定を改定させました。またフィリピンは、一度決めた地位協定の破棄を撤回しました。米国にとってフィリピンが対中国のためにどうしても必要になったからです。 このように各国は、米国に対して戦略的に動いています。日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです。 「バイデン大統領との最初の会談で日米地位協定についての話が出なかった」と批判した記事もありましたが、次の大統領が決まる直前に重大事を打ち明ける必要がないのは当然です』、「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。
・『(5)変革は必ず新たな変革を呼ぶ 金融政策面でも、石破首相がフラフラしているから株価が下落すると大騒ぎです。が、選挙が終わり安倍派を壊滅(落選だけでなく次回の閣僚の一本釣りなど)させてから、アベノミクスに猛反対していた優秀な金融マンに後始末を任せればいいのです。その気になれば、首相はなんでもできます。アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です』、「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。
・『盟友の女性秘書が明かす石破氏の本当の魅力とは とにかく、石破氏の掲げる公約は最初から時間がかかることばかり。もし石破氏が「マキャベリ作戦」に失敗しても、政権交代が起こるだけです。これはこれで、日本の宿痾である世襲議員制度を立憲民主党の野田代表が一掃してくれるのですから、私は今回の選挙は大変楽しみにしています。 ちなみに、吉村さんに「石破氏にはどんな魅力があるのか」と聞いたら、「私は普通のサラリーマンの家でしたが、石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」という言葉が返ってきました。 実に印象的な言葉でした』、「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。
第四に、10月30日付けYahooニュースが転載した現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」を紹介しよう。
・『10月27日に行われた衆院選は、与党の自民党と公明党が過半数に達しないという衝撃的な結果に終わった。野党の立憲民主党や国民民主党は大幅に議席を伸ばした。この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか』、「この変化の原因は何なのか。また、今後の日本の政治はどのように展開するのか」、興味深そうだ。
・『予想以上の自民党大敗 獲得議席数は、自民党が191(-58)、公明党が24(-8)で、合計215(-66)、立憲民主党が148(+50)、日本維新の会が38(-6)、共産党が8(-2)、国民民主党が28(+21)、れいわ新選組が9(+6)、社民党が1(±0)、参政党が3(+2)、保守党が3、無所属他が12(-10)である。 投票率は53.85%と低かった。その原因の一つとして、自民党支持者で棄権する者が多かったことが考えられる。 自民党が苦戦した最大の理由は、派閥の裏金問題である。岸田政権の失敗は、この問題に対して、一気に、そして大胆に改革を断行するのではなく、小出しに解決案を少しずつ示すという「戦力の逐次的動員」を行ったことである。ある改革を提案し、それに批判が強まると、また少し上乗せした案を示すという繰り返しで、かえって国民の反感を買ってしまった。 しかも、非公認候補にも、自民党本部から、公認候補と同額の2千万円の活動費が支給されたことが選挙期間中に明らかになったことが、火に油を注ぐことになってしまった。 自民党では、「裏金議員」と批判された46人の議員のうち、28人が議席を失った。下村博文、武田良太、高木毅といった大物議員が落選し、丸川珠代、衛藤征士郎、鈴木淳司らも議席を失った。一方、萩生田光一、西村康稔、松野博一、世耕弘成、平沢勝栄は当選した。 現職閣僚も牧原秀樹法相と小里泰弘農林水産相が当選できなかった。 また、公明党は11選挙区で4勝しかできず、代表の石井啓一代表も落選した。とくに牙城であった大阪の4選挙区で全敗した。自民党と連立を組んでいることに加えて、裏金問題で自民党から非公認とされた候補を推薦したことが、大きなイメージダウンとなったようだ。 一方、立憲民主党は50議席も増やしたし、国民民主党は議席を4倍に増やしている。自民党批判票の受け皿となった形である。特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである。 メディアの出口調査を見ると、無党派層の比例選への投票先は、自民党よりも立憲民主党のほうが多い。維新は、大阪では全勝したものの、全国レベルへの政党へと躍進することはできなかった。 れいわ新選組は、議席を3倍伸ばしたが、若者へのアピールが功を奏したようである』、「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。
・『連立政権か、部分連合か… 11月7日に招集される特別国会で首班指名が行われるが、自公だけでは過半数の議席を持たないので、何が起こるかわからない。自民党の石破と立憲民主党の野田の決選投票となる可能性がある。そのときは、政党間の合従連衡で、結果がどうなるかは分からない。 特別国会は、総選挙の日から30日以内に召集されることになっている。これから水面下の交渉が行われるであろうが、それで一定の妥協が成立するまでは、特別国会は開かれないであろう。 首相指名で石破が首相になっても、さらに、その後は、国会で法案が成立しないという難題を抱えることになる。 2007年夏の参議院選で自民党は惨敗した。その直後に安倍政権の厚労大臣となったが、衆議院は自民党・公明党、参議院は民主党が過半数を制する「ねじれ国会」となってしまった。したがって、衆議院で法案が通っても、参議院では拒否されるという事態になった。閣僚として大変苦労したが、今回も石破政権は同じような苦境に立たされることになる。 まさに悪夢の再現であるが、そのような事態を避けるためには、まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう。もし、それができれば、安定した連立政権となる。 もう一つは政策ごとに、賛成する党派を取り込む「部分連合」という方法もある。これは、連立政権ほどの安定性はないが、少数与党という事態を乗り切るには、この方法しかない』、「まずは、自民党非公認で当選した議員や無党派議員を自民党に入党させることによって、自民党の議席数を増やす方法がある。 しかし、それでも、自公で過半数を制するには18議席必要で、それだけの数には到達しないであろう。 そこで、国民民主党や維新などを連立政権に取り込むという手がある。しかし、そのためには政策の一致が必要であり、今の段階では容易ではないだろう」、なるほど。
・選挙に勝つためなら何でもする 今回の選挙結果を受けて、小泉進次郎選対委員長が辞任した。森山裕幹事長や石破総裁の責任が問われるのは当然である。とくに、苦杯をなめた旧安倍派では、岸田、石破政権に対する怨念がある。 石破のライバルである高市早苗は、多くの同志を失い、数の上では勢いを殺がれたが、反石破感情を抱く議員たちの期待を集めることになる。 全ては、石破首相のこれからの政治運営によるが、国会がデッドロックに乗り上げるようなことになれば、退陣論が噴出するのは必然である。とくに、来年度予算案を成立させるだけの多数派の形成に失敗すれば、もう救いようがない。 来年夏には参議院選挙がある。私の脳裏をかすめるのは、2007年の参議院選挙、そして2009年の総選挙での政権交代である。 来年の参院選で大敗し、参議院まで与党が多数派を維持できなくなると、もはや国会は機能しなくなる。先述したように、その「ねじれ国会」を乗り切るのは容易ではなかった。 2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、「2025年の参議院選の次の総選挙では、政権交代になるという可能性が現実味を帯びてくる。したがって、何としても、自民党は来年の参議院選挙で負けるわけにはいかないのである。 トップが石破なら、選挙は勝てないということになれば、石破は退陣せざるをえないであろう。選挙に勝つためなら何でもするのが自民党である』、なるほど。
・『重複立候補の問題点 今回の衆院選では、「裏金議員」は重複立候補が党本部から認められず、早々と落選が決まった。小選挙区制では、これが正常なはずである。有権者が落としたはずの議員がゾンビのように当選するのは異常だということを再認識させられた人が多いのではないか。 今の小選挙区比例代表並立制は、1996年の総選挙から実施されたが、小選挙区と比例の重複が認められる。比例当選の優先順位は、小選挙区での落選者の惜敗率による。 残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである』、「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
タグ:イシバノミクス (その1)(「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘、「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」、【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕 覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは、安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか) デイリー新潮「「親離れができていない」「たくさん助けたけど一方通行」 石破首相の「決定的な欠陥」を恩人らが指摘」 1回目の投票では高市早苗前経済安保相に次ぐ2位となったが、決選投票で逆転して勝利した。 「今までとは全く逆のパターンでね。議員票でひっくり返すというのは初めてやったから。いろんな人がいろんなことを考えたんだろう」(同)』、自らの派閥はなくなっても、「5度目の正直」とはよくぞここまで粘ったものだ。 「角栄先生には俺、2回言われたからね、一対一で。『お前な、大臣1回は努力すればなれる。大臣2回はすんごく努力すればなれる。党三役はものすごーく努力すればなれる。でも総理は努力だけじゃなれんぞ』と」、自民党主要役員の格付のようなものなのだ。「石破氏ご本人は、 「角栄先生なかりせば今の自分はない」 と言うが、実際、石破氏は田中元首相の導きによって政界入りしている」、なるほど。 「田中元首相に押し切られる形で政界入りすることになった」、なるほど。 「慶應義塾高校から慶應義塾大学法学部に進み、当時の三井銀行に就職。田中元首相の勧めに従って同行を退職、田中派(木曜クラブ)の事務員になったのは石破氏が26歳の時のことだった。 「当時の彼は、銀行員上がりの真面目な青年、そのままの印象です。トラブルも全くない、優等生でした」 朝賀氏がそう述懐する・・・田中派の事務員になった約6カ月後の83年9月。衆議院選挙に初出馬、初当選を果たしたのは86年7月」、「三井銀行員」だったとは初めて知った。 「まだ彼が若かった時、彼の選挙の応援に行ったら、あいつ山の中での演説で北朝鮮や韓国とか38度線の話を熱く語っていてね。“こんなところで38度線の話なんかしても票にならないぞ”と忠告したことがある。ちょっとズレているんだけど、それくらいクソ真面目で一生懸命なんだね」、なるほど。 「「彼は電車が好きだから鳥取から東京まで飛行機じゃなくわざわざ電車に乗って帰るんだ。俺も鳥取まで選挙の応援に行った帰りに一緒に夜行列車に乗りましたよ。ゴトゴト揺れるもんだから俺はあんまり眠れず、“あいつはよく寝られるな”と思ったよ」 そう振り返る笹川氏が不思議に思っていたことがある。それは、 「俺はあいつの選挙をかなり応援したんだけど、あいつが俺の選挙区で応援したことは一度もないんだ。それを指摘すると、“先生、来いって言わないじゃないですか”と言うんだ。 つまり、“来い”って言わないと来ない。たくさん助けたけど一方通行。真面目というか何というか……」、政治家には珍しくドライなようだ。 「「私も彼の親父さんのことを知っていますが、頭が良いだけではなく、人間が立派な人だった。彼は親父さんが素晴らしい人だってことを私に話し、彼自身の立ち位置をどうするかということで悩んでいた。その時に私が感じたのは、彼は父親へのコンプレックスを持っているな、ということ。つまり、親離れができていないということです」 それこそが石破氏の「欠陥」なのではないか――そう考えたという」、なるほど。 「親離れができなければ、指導者として量的な判断はできても質的な問題で決断ができないんです」 と、平野氏は言う。 「彼は勉強熱心な読書家でさまざまな知識を持っていて、それを整理する能力もあるけれど、自分が責任者になった時に、これをやる、これはやらない、と決められない。だからこそ彼が立ち上げた派閥もうまくいかなかったのでしょう」、なるほど。 デイリー新潮「「元々、政治家に向いていない」「中学時代に友達が離れていった過去」 元石破派が明かす、「石破首相に仲間ができない理由」」 「彼が友達を作らないとか、マイペースだというのは、政治家としての来歴に原因があります。彼は親父さんが亡くなってから急に政界入りすることになったので、永田町の常識を学んでいないのです」、なるほど。 「中学2年の時、生活委員、いわゆる風紀委員をやることになった彼は、“生徒会規則第何条によればあなたの行為は許されない”などとビシバシやってどんどん友達が離れていったらしい。いくら嫌われてもちゃんと注意するのが筋、というのが彼の考え方なのです・・・石破さんは議論の中で論理的に煮詰まっていないところがあると許せないので徹底的に追及する。だから余計に永田町で面倒くさがられるわけです。しかし、永田町の論理に染まってこなかったからこそ、彼は常に世論を感じることができたのだと思います」、なるほど。 「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです」、なるほど。 「石破氏は月に1回は派閥に所属するメンバーと酒席を共にしていたという。 「人付き合いが悪い、と世間では言われますが、飲むと結構気さくですし、嫌なところもありません。若手メンバーと赤坂の焼肉屋で飲食した後、そのまま生放送のテレビ番組に出たこともある。それくらいお酒に強くて、飲んでも顔色を変えずに理路整然と話すことができるのです・・・主義主張やリーダーシップが強いことは政治家としての父性にあたりますが、大成するためには細やかな思いやりや包容力によって自然と仲間が集い同志が作れる、母性が必要です。 石破さんにはその政治家的母性がないから皆離れていってしまいます。引っ張っていく力が弱いという意味では、父性も足らない」、「政治アナリストの伊藤惇夫氏はこう評する。 「総理大臣の仕事は一人ではできません。内閣・党執行部のチームで臨まなければなりませんが、“石破のためならば”というチームが作れていない。そこは政権のウィークポイントになるかもしれません」、なるほど。 ダイヤモンド・オンライン 木俣正剛氏による「【衆院解散】「ブレブレ石破首相」の本当は恐ろしい手腕、覚悟を感じる“マキャベリズム”の片鱗とは」 「今回の衆院解散総選挙は、日本の100年後の方向性までをも決めかねない重大な選挙だと私は思います。石破自民党が外交で主張している「日米地位協定と横田空域の問題」「アジア版NATO構想」、内政で主張する「アベノミクスの修正」「新自由主義経済ではなく中流社会をつくる」といった目標は、前代未聞の大目標です。一方、立憲民主党の野田佳彦代表は、「世襲政治の廃止」「野党共闘による政権交替」と、これまた与党に大改革を迫る大目標を掲げています。 今までの総選挙で、これほど日本の未来にとって重要なテーマが争点になったことなど、ほとんどありません。どのテーマも、戦後日本と安倍・菅10年長期政権が残した負の遺産を撤去するという、共通点を含んでいます。 しかるにこの国の政治記者は、政治や外交、内政、財政がどうあるべきかという重大問題より、政局ばかりに気が向いています。権力争いと手続き論で批判する術しか知らないため、こんなドタバタ劇しか国民に伝えることができないのです・・・石破議員の政策秘書・吉村真央さんの著作を出版すべく、彼女と長期間話し合った時期があり ます。その会話の中で、彼女の見る石破茂像がよくわかりました。首相となって発言が後退したりブレたりする度に、吉村さんとの本づくりと、「マキャベリズムをどう捉えるか」についての石破氏と彼女の議論を思い出します。 マキャベリズムとは、15~16世紀の政治思想家ニッコロ・マキャベリの著書『君主論』に由来し、どんな手段や非道徳的な行為でも、結果として国家の利益につながるのであれば許されるという考え方です。今回は、マキャベリズムと石破首相について、語ってみたいと思います・・・「吉村さんの本といっても、読者にとっては、 どうしても石破さんの主張を代弁しているように見えます。それでも大丈夫ですか」と。 吉村氏はそのリスクに初めて気がついたようで「考えていませんでした。石破先生とマキャベリの話はしますが、彼はマキャベリのような性悪説の政治は嫌いですから、この本が出るとクビになるので、出版中止にしてください(笑)」。このように、ちょっと親しみやすいところがある人でした」、なるほど。 「石破氏の行動を振り返ってみると、マキャベリが嫌いでも、今回限りは「性悪説」でいくと割り切った感があることがわかります。 石破氏はずっと安倍政権に挑戦し、徹底的に干されました。もはや派閥も解散した男が、どうしても政治家としてやりたいことをやるにはマキャベリズムを行使するしかない、そう考えるのは当然です。今回の総裁選、そして総選挙は、安倍政治の総括が目的ですから、「安倍的なものを潰すなら何をやってもいい」と石破氏は考えているはずです・・・メディアこそ、この選挙の争点が国の分岐点となりうる重要性を持つことを、 国民に知らせる義務があるはずです。マスコミや野党は石破首相の発言の後退を厳しく責めますが、そもそも与野党共に簡単に解決できるような課題をテーマにしていないので、これらすべての論点を実現することなどできるわけがありません。 以上のような前提で、私は今回、石破氏が本来嫌いな「性悪説」に立つマキャベリズムで政局に対応しているのではないかと睨んでいます。それは空想だけではなく、彼に近しい吉村さんからその人間像を聞いているからこそ感じることです」、なるほど。 「マキャベリの言葉に照らして石破首相の行動を見て行くと、それがよくわかります。メディアに批判される「ブレ」も、実は計算の内ではないかと思えるフシもあるのです・・・今回の選挙で安倍派を壊滅させないと、石破氏のやりたい政策はできません。それは前任者の岸田氏が安倍元首相の顔色ばかりうかがって結局尻拭いで終わり、独自性を出せなかった様子を見てきたからでしょう。 応援してくれた岸田氏の助言に反して、高市早苗氏も小林鷹之氏もわざと閑職に誘い、自分から断らせるという手を使いました。中立は選ばず、政敵を葬る策に出ました・ ・・長年米国に守られて自主防衛能力を持つ気概のないこの組織は、多くの幹部が防衛産業に天下りして、日本に米国の兵器を買わせるよう圧力をかけています。こうしたOBの力を抑えるためには、自衛隊内部のことを深く知る大臣が絶対に必要なのです」、なるほど。 「自ら実力を持たない権力者の名声ほど、あてにならないものはない 一匹狼の宰相である以上、とにかくこの選挙に勝つ。これが使命だから、最初は総裁選に勝つために「じっくり議論する」と野党も国民も騙し、一機に総選挙に持っていく。野党の選挙準備が整わないうちに勝って自公連立を維持できれば、自分のやりたいことができます。 もともと解散が近いことは、野党もわかっていたはず。今になって「嘘つき」などと批判しても、国民の「政権奪取の気概のない野党」という見方を助長する効果しかありません」、その通りだ。 「野党に選挙協力の時間を与えず、とりあえず過半数をとりに行く一方で、「裏金議員」を非公認とし、重複立候補を禁じました。これも最初は党内の意見に負けた形で「全員公認の方針」と報じられていましたが、世間の非難の盛り上がりをうまく使って、自分が恨まれないように方針転換しました。 選挙が始まってからでも、不祥事が発覚すれば公認を外し、重複立候補もさせないという処分はできます。「裏金」という爆弾を抱える安倍派を中心とする議員たちが、常に石破氏のご機嫌をとらないと不安で仕方がないという状況を作り出し、選挙後は一機に「 石破チルドレン」を作ってしまうことができます」、誠に上手いやり方だ。 「日本列島は海洋国家の米国にとって、どうしても大事な場所ですから、安倍流の「ポチ戦術」ではなく対等の同盟を目指すことは「大いなる意欲」であり、記者が「不可能だ」と騒ぐ方がおかしいのです」、その通りだ。 「アベノミクスの負の側面の始末をすれば、自ずと円安や株問題も片づいてきます。本格的な中流社会に日本を戻すのは、その後の課題です」、その通りだ。 「石破さんは父親が内務省出身で戦後知事になった人だから……夜は読書しながらワインとクラシック。ああ、保守本流とはこういうことなんだと感じ入った」、同感である。 yahooニュース 現代ビジネス「舛添 要一国際政治学者:安倍元首相が「悪夢」と嘆いた政局へ突入…石破自民「来年夏の参院選」大敗は必然、その時何が起こるのか」 「特に、立民よりも保守的な国民民主党は、今回は自民党への投票を止めた自民党支持者の票を獲得したようである」、ただ玉木だ表が調子に乗り過ぎている印象まる。 「残念ながら、「小選挙区で負けても比例で復活すれば良い」という風潮が広まってしまった。それはおかしいというのを、今回の裏金議員の処遇で明らかになった。 これを機会に、単純な小選挙区制にするなどの抜本的改革を断行すべきである。小党が乱立するのも比例制の欠陥である。単純小選挙区制ならば、野党も一本化せざるをえないであろう。 2009年の政権交代時には、民主党が一つの大きな塊になっていた。民主党は、「反自民、非共産」を旗印に、「政権交代」という4文字のスローガンで歴史的大勝をした。 そのことを想起すれば、野党が大同団結すべきなのだが、それは、今の状況では容易ではない。選挙制度の改革によって、そのきっかけをつくるのも一つのアイデアである」、同感である。
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