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高齢化社会(その6)(75歳以上「後期高齢者」のコストは削減可能だ、橘玲が語る「残酷すぎる“お金の真実”」、認知症になり介護を受ける前にやるべきことは?) [社会]

高齢化社会については、昨年10月24日に取上げた。今日は、(その6)(75歳以上「後期高齢者」のコストは削減可能だ、橘玲が語る「残酷すぎる“お金の真実”」、認知症になり介護を受ける前にやるべきことは?)である。

先ずは、慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏が2月5日付け東洋経済オンラインに寄稿した「75歳以上「後期高齢者」のコストは削減可能だ 社会保障費は人口変動を踏まえて決めるべし」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・1月23日に開催された経済財政諮問会議で、内閣府が「中長期の経済財政に関する試算」(以下、「中長期試算」)の更新版を公表した。これは2018年度予算案が決まったことを受け、わが国の経済財政の今後について、一定の仮定を置いて試算するもので、毎年1~2月と7~8月に2度公表している。
・今年の「中長期試算」が示す値の焦点は、今夏にも取りまとめる予定の「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下、「骨太方針2018」)で定めることとなっている、基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化の達成時期とそれを実現する具体策だ。特に、消費税率を10%超に上げないことを前提とした財政健全化を検討するなら、歳出の効率化、無駄な支出の削減を積極的に進めていくしかない。
・第2次安倍内閣以降でも、歳出改革には取り組んできた。2015年6月に閣議決定された「骨太方針2015」の中では、「経済・財政再生計画」として、2018年度予算までの財政運営について定めた。2016~2018年度を集中改革期間と位置付け、第2次安倍内閣以降の当初3年間で、国の一般歳出の総額の実質的な増加が1.6兆円程度となっていること、うち社会保障関係費の実質的な増加が高齢化による増加分に相当する伸び(1.5兆円程度)となっていることを踏まえて、その基調を2018年度まで継続させていくこととした。これらの金額(一般歳出で1.6兆円、社会保障関係費で1.5兆円)は、「歳出改革の目安」と呼ばれた。
▽「3年間で1.5兆円増」の目安は守るが…
・「歳出改革の目安」は、2020年度の国と地方の基礎的財政収支黒字化という、財政健全化目標の達成を目指すために設けられた。特に、社会保障関係費の実質的な増加を「3年間で1.5兆円」とすることが、2016~2018年度の予算編成で主要な攻防となっていた。この「3年間で1.5兆円」は、「自然増を年5000億円に抑える」とも解釈されていた。
・そして、昨年末に閣議決定された2018年度予算政府案では、その歳出改革の目安を達成することができた。与党内ではいろいろな意見が出されたものの、最終的には安倍内閣として”目安を守る”ことで、規律を維持したのである。
・ただし、歳出改革の目安は達成したものの、2016年6月に消費税率の10%への引き上げを2019年10月へ延期すると決めたことと、2017年9月に2019年10月の消費増税時に使途を変更し歳出を拡大すると安倍晋三首相が表明したことによって、2020年度の基礎的財政収支黒字化は達成が困難となってしまった。
・これを受けての今夏の「骨太方針2018」である。本連載の拙稿「『年収850万円超の人は増税』がなぜ妥当か」で詳述したように、12月8日に「新しい経済政策パッケージ」として、基礎的財政収支黒字化を目指すという目標自体はしっかり堅持すること、そしてその達成時期と実現するための具体策を「骨太方針2018」に盛り込むことについて、閣議決定がなされた。だから、安倍内閣として基礎的財政収支黒字化を財政健全化目標とするのをやめることはできないし、それを実現するための議論を怠るわけにはいかないのだ。
・では具体策の内容をどうするか。もちろん、これからの半年弱で、2020年代にまたがる社会保障をはじめとする諸改革の仔細を事細かく決めることは難しい。そうなると、消費税率を10%超とはしないなら、前掲した「歳出改革の目安」のように、どの程度に歳出を抑制できれば財政健全化目標が順調に達成できるかについて、メドをつけなければならない。
・その歳出抑制の要は、やはり社会保障費にならざるを得ない。政策的経費である一般歳出の半分以上を社会保障費が占めており、社会保障費で何もできなければ、歳出抑制は実効性を失うからだ。 ならば、2016~2018年度に「3年間で1.5兆円」という目安を達成できたのだから、今後も「3年間で1.5兆円」、つまり「自然増を年5000億円に抑える」という目安で、社会保障関係費を抑制しようという話になるのだろうか。
・「自然増を年5000億円に抑える」のは、かなり困難だという見方がある。というのは、団塊世代が2022年度から順に75歳以上の”後期高齢者”となり、社会保障費がますます増えると予想されているからだ。2025年度に団塊世代は全員75歳以上となる。75歳以上人口の増加率は、2022~2024年度にかけて、年率約4%と近年にない高い水準となる。
▽75歳以上の医療費は64歳以下の5倍!
・75歳以上となると、1人当たりの医療費も介護費も、それより若い年齢層より格段に多く必要となってくる。年間の1人当たり医療費(2014年度)は、64歳以下で平均約18万円なのに対し、75歳以上は平均約91万円と約5倍。年間の1人当たり介護費(2014年度)は、介護サービスが受けられる65歳以上74歳以下で平均約5.5万円なのに対して、75歳以上は平均約53.2万円と約10倍だ。このように、75歳以上人口が増えると、社会保障費が増大することが予想される。
・2022年度からは、団塊世代が順に75歳以上となる時期と、財政健全化を図る時期とが重なる。これでは社会保障費を抑制できないのではないか。そんな時期に「自然増を年5000億円に抑える」という目安を社会保障費で置くのは乱暴だ。そんな見方がある。
・が、確かに2022~2024年度はその通りだが、直前の2020~2021年度は、むしろかつてないほど、高齢者人口の増加率が小さくなる時期でもあるのだ。全体の人口が減る中、高齢者がほぼ増えないなら、社会保障費はほぼ増えない。2020年度と2021年度は、医療や介護の単価(診療報酬や介護報酬の単価)が同じならば、高齢者人口もほぼ同じだから、逆に「自然増を年5000億円」も必要としない、可能性が高い。
・何せ、2016~2018年度で「3年間で1.5兆円」を達成したが、そのときでさえ、75歳以上人口の増加率は年平均3.31%と、それなりに高い増加率だったのである。また65歳以上人口の増加率も、低下傾向だったとはいえ、年平均で約1.7%だった。それだけ高齢者人口が増えて、それに伴い社会保障費も増えて不思議ではないのに、「3年間で1.5兆円」としても、医療や介護の体制を根底から崩壊させるようなことを起こさずに乗り切ってきたのだ。
・これには、介護や医療で人材不足なのに、処遇改善ができなかったのは、「予算をケチったからだ」との見方もあるが、国民が増税に応じるならまだしも、そうでない以上、給付と負担のバランスを何とか取りながらうまく維持してきた、といってよい。
・確かに、2022~2024年度に「3年間で1.5兆円」という社会保障費の抑制の目安を立てるのは、医療や介護で無理を強いることになりかねないが、65歳以上人口や75歳以上人口の増加率がかなり下がり、高齢者人口の増加率が一服する2020~2021年度には、高齢者人口が増えない分、社会保障費も増えないという実態をしっかりと反映した、予算編成が必要である。2020~2021年度には、社会保障費をこれまで以上に抑制しても、高齢者人口が増えない分、抑制が可能になる時期なのである。
▽65歳以上は2020年代に実はほとんど増えず
・おまけに、65歳以上人口は2000年代に年率約3%で増えていたが、2020年代には小数第1位を四捨五入すれば0%になる。つまり、ほとんど増えないといってよい。65歳以上人口がほとんど増えないということは、医療や介護ではなく、65歳から基礎年金を受け取るという前提に立てば、年金の給付費が(物価や賃金に連動する分を除き)ほとんど増えないということだ。これも社会保障費の自然増が少なくて済む要因になる。
・今夏の「骨太方針2018」に盛り込まれる財政健全化目標を達成するため、具体的かつ実効性の高い計画として、社会保障分野では、こうした人口変動の”機微”をしっかり踏まえたものにしてもらわなければならない。
http://toyokeizai.net/articles/-/207174

次に、会社員出身の作家、橘 玲氏が2月13日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「橘玲が語る「残酷すぎる“お金の真実”」 「老後資金は、定年退職後も使ってはいけない」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)の著者として知られる覆面ベストセラー作家の橘玲さんは、お金をテーマにした著書が多い。最近では『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス)や『国家破産はこわくない』(講談社+α文庫)といった著書を上梓。こうした著書を通して世に問う鋭い指摘は、いつも世間で反響を呼ぶ。 ビジネスパーソンはお金とどう向き合うべきか。かつての自身の会社員生活や、1年間のうち数カ月を過ごす海外各国で起きている世界的なトレンドも踏まえて、自説を披露する。
▽「定年後は退職金と年金で悠々自適」は過去の話
・世の中には、老後を見据えた退職時の必要貯蓄残高にまつわる俗説が多く出回っています。誰もが関心を持つのでしょうが、一番大事な視点が欠けています。 そもそもなぜ、仕事を「60歳で卒業」しなければならないのでしょうか。「老後資金は60歳までに貯めないといけない」などというルールはありません。世界に先駆けて超高齢社会に突入した日本では、「定年退職まで頑張って働き、退職金と年金を元手にして夫婦で悠々自適の老後を送る」という人生設計は確実に過去のものに。いつまでもそんな夢にしがみついていると、「老後破産」の運命が待っているだけです。
・私が厳しいことをお伝えするのは、相応の根拠があるからです。今、世界では大きなパラダイムシフトが起きていて、生き方・働き方の劇的な転換を迫られていますが、この状況を本当に理解しているビジネスパーソンは少ない。
・「大変化」の原因の1つは、先進国で進む長寿化。日本はもちろん、欧米でも100歳まで生きることが珍しくなくなりました。すると当然、仕事を辞めた後の「長すぎる老後」が問題になります。60歳で退職すると、老後は40年間も残されているわけですから。現役時代に働いて貯めたお金で、残りの40年間、夫婦が安心して暮らしていくことが可能かどうかは、少し考えれば誰でも分かるはずです。
・「人生100年時代」が突きつける現実に、欧米はもう気づき始めています。米国では1990年代まで、どのライフプランニング本にも「マイホームを買い、地方なら50万ドル、都市部なら100万ドル貯めてアーリーリタイアメントしよう」と書いてありました。しかし今では、早期リタイアを勧める本はありません。
▽一生働かないと“差別”される
・世界が「生涯現役」に向かっていくのは、高齢化とは別の視点からも説明できます。欧米のリベラルな社会では、「人はそれぞれ自分だけの可能性を持って生まれてきた」という前提に立ち、「自分の可能性を100%生かして働ける社会が理想」と見なされるようになりました。ジェンダーギャップ(男女の社会的性差)が問題になるのも、「女性として生まれたことで自分の可能性をあきらめなくてはならないのは理不尽だ」と思うようになったからです。
・スウェーデンやデンマークはあらゆる指標で「世界で最も幸福な国」とされていますが、「社会に何らかの貢献をしている市民だけが社会から恩恵を受けられる」という発想が徹底された国でもあります。「社会への貢献」で最も分かりやすいのが「働いて税金を納めること」で、裏返せば「働かないと“差別”される社会」でもあります。80歳になって「さすがに現役を引退」となっても、「今後は福祉施設でボランティアしたい」と説明しないと皆が納得しない雰囲気ですから。
・「自由と自己責任」という北欧発の価値観は、近隣の欧州諸国や米国にじわじわと浸透しています。趣味嗜好や考え方が多様な「豊かな社会」では、これ以外に誰もが納得できる最大公約数的な社会通念はないからでしょう。日本は例によって世界のトレンドから半周以上遅れていますが、今後、欧米に倣う形で価値観が変化していくのは間違いありません。
▽国に「家1軒分」を納税する現実
・今後、「生涯現役」が当たり前の社会がやってくるのですが、その必然性をお金の面からも説明しておきます。「老後資金には最低でも3000万円必要。豊かな暮らしを望むなら5000万円、1億円が目標」と言われますが、普通の会社員が家を買い、子供を育てながら、60歳までにそんな金額を貯められるはずはありません。
・私もかつては会社勤めをしていて、その後、独立して個人事業主になって分かったことがあります。税負担を合法的に大きく軽減できる自営業者や中小企業のオーナー社長と違って、税と社会保障費を給与から天引きされる会社員が老後資金を効率的に貯めるのはものすごく難しい。大卒会社員の生涯収入は一般に3億円から4億円とされていますが、税・社会保障費の実質負担率は2割にも上り、国にトータルで6000万円から8000万円も納めているのですから。
・株式や不動産に投資して資金を増やす方法があるものの、こうした投資は「若いうちから長期でコツコツ増やしていく」のが鉄則。始める時期が遅くなるほど、元金を減らすリスクを取らざるを得なくなります。 かといって年金制度には頼れません。現在の社会保障制度を、団塊世代が後期高齢者になる2025年以降も維持できると考える専門家はいない。65歳の支給開始年齢基準が大きく引き上げられるか、受給額がかなり減額されるか、あるいは「インフレ税」によって国の借金がチャラになるか。「何らかの調整はある」と覚悟しておくべきです。60歳の時点で手元にある金融資産は、「国家破産」による経済的混乱やケガ・病気など不測の事態に備えた“保険”と考えておくべきでしょう。
・貯金(金融資本)を保険と割り切るなら、肝心の老後資金は、働いてお金を稼ぐ力(人的資本)を60歳以降も労働市場に投資して獲得するしかありません。老後の暮らしを支える富の源泉を金融資本に頼るのではなく、「いかに長く働いて、老後を短くするか」という発想に切り替えるのです。
・当たり前の話ですが、生涯で得る収入は長く働くほど増え、同時に老後が短くなります。これで、「長すぎる老後」問題はシンプルかつ確実に解決します。
▽「稼げる自分になる」は難しいが、「長く働く」はできる
・世帯(家庭)の人的資本を最大化するには、配偶者にも働いてもらうのが最も経済合理的な選択肢です。配偶者が現在働いていない場合、年収100万円、200万円の家計所得増は容易に達成できます。大したことない金額だと思うかもしれませんが、10年間働けば1000万円、2000万円です。「生涯共働き」を超える最強の人生設計はありません。
・ところが、日本の会社では子供を育てながら働くのが難しいため、働く女性10人のうち5人は専業主婦になってせっかくの人的資本を放棄している。『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス)を書いたのは、この状況があまりにももったいないと思ったからです。
・人的資本を最大化する戦略には、「長く働く」「世帯内の働き手を増やす」のほかに、「もっと稼げる自分になる」というアプローチもあります。これが自己啓発で、自分に投資して500万円、600万円レベルの年収が1000万円、2000万円になれば素晴らしい。その努力を否定しませんが、「頑張れば誰でも成功できる」わけではないのも確か。
・一方、「長く働く」と「世帯内の働き手を増やす」は、誰でもできて確実に収入を増やせる戦略です。余剰資金を年100万円でも株式などで積み立てれば複利で増えていくから、30年後、40年後にはさらに大きな違いが生じます。
▽クビになる年齢を教えてくれる「定年退職」
・「80歳まで現役」という考えにシフトできれば、定年退職以外の選択肢が広がります。例えば40歳のビジネスパーソンなら「3年後に辞めて起業する」「副業をいくつか試してみる」といった未来が開かれるわけです。考えてみれば、終身雇用における定年退職は、「超長期雇用下での“強制解雇”制度」。会社が生涯の面倒を見てくれるわけではない。ならば、対策は早く立てるに越したことはありません。
・こうした話をすると、「私はどうすればいいですか」と聞かれるのですが、一人ひとり置かれた状況や価値観が違っているから、誰にでも当てはまる万能のアドバイスはありません。酷な言い方かもしれませんが、それぞれが自分で見つけるしかないのです。
・ただ、長く働くためには心と体の健康寿命を伸ばすことが大前提です。うつ病は日本の「風土病」とも言われていますが、その原因は人間関係によることが多い。買い物や食べ物、着る物など何でも自由に選べる現代社会において、人間関係だけは選ぶことが難しい。会社の嫌な上司は典型でしょう。これは米国も同じで、組織に属さず、人間関係を選択できるフリーエージェント化が急速に進んでいます。「好きな人とだけつき合う」贅沢はできなくても、「嫌いな人とは無理につき合う必要はない」というスタンスでいられれば、人生の幸福度は大きく上がります。
・今後はますます専門的な知識に高い価値が認められ、知識社会化が進む。だからニッチな領域で構わないので、自分の好きなこと、得意なことにフォーカスして専門性を磨くことが重要です。生涯現役社会では、「仕事は苦役」のマインドではやっていけません。好きなことならばどれだけ頑張っても苦にならないし、人的資本のすべてを投資できる。ただし、一つの会社の中でしか評価されない知識やスキルの習得はムダ。「今の会社を離れても価値を持つ専門性」の習得が重要です。
▽「何も特技がない」とあきらめることはない
・クラシック音楽が趣味だった知人は上司と折り合いが悪くなって50代で退職し、小さな音楽ホールに雑用係として就職しました。そして、わずか数年で都内の大きな音楽ホールのプログラムを組むポジションに就いています。音楽の専門性に加えて、会社勤めの間に培った組織のマネジメント力が評価されたのです。
・「何も特技がない」とあきらめることはありません。「人生100年」だと考えれば何歳からでも遅くはないのですから、マネタイズできる「自分探し」をポジティブに始めてみてください。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/090600161/020900025/?P=1

第三に、精神科医の和田 秀樹氏が1月31日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「認知症になり介護を受ける前にやるべきことは? 老人ホーム・後見人の選定、夫婦問題に盲点が…」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・何回か触れたことがあると思うが、私の本業は高齢者向けの精神科医である。 認知症については、現在の医学では治療ができないので、どちらかというと問題行動などの治療(もちろんできるものとできないものがあるが)を行い、介護について、家族の相談なども受けている。
・ただし、本来は家族の相談には医療保険が適用されない。そこで、川崎の病院では20年近く、患者を持つ家族を集めて対策について話し合う「家族会」(医者が定期的に参加する家族会はまだほとんどない)をやっているし、青山の山王メディカルセンターでは、どちらかというと富裕層対象に、保険外で介護相談などを行っている。レーガンやサッチャーが認知症になったことでも分かるように、どんなに社会的地位の高い人でもなる病気だが、それ故の悩みもあるからだ。
・認知症を防ぐ医学が可能なのか、可能であったとしてそれがいつくらいに実用化されるのかは不明だが、私の見るところ、今の50代は将来自分がボケることは覚悟しておいたほうがいい。テストの結果だけでの判断であるが、85歳まで生きると約半数が認知症になってしまうからだ。
・そこであまり嬉しくないことかもしれないが、私の経験から、自分がボケたり、寝たきりになったときのサバイバル術で知っておいてほしいことを書かせていただく。
▽入るホームなどを事前に調査
・57歳の私くらいの世代、あるいは親の介護で苦労した60代の人に話を聞くと、子どもに負担をかけたくないという人がかなり多い。子どもに残す財産が多少減っても有料老人ホームに入るとか、夫婦で介護をするが限界が来たら特別養護老人ホームやグループホームに入るということを考えているのだ。
・この発想はきわめて健全なものだと私は考える。せっかくキャリア形成がうまくいき、管理職なり、なんらかのリーダー的な役割を担っている50代くらいの女性が親の介護のために離職する(これは介護離職といわれる)のはあまりにもったいない。子どもを教育した親の立場から見ると、自分の教育がうまくいったのに、自分のためにそれを捨てさせることになり、それは忸怩(じくじ)たる思いだろう。
・最近は終活ブームで、生前に墓を買う人も増えたし、自分の葬儀の希望やプランニングなどをかなり早い時期に決めておく人もいる。また、将来の延命を望むかどうかを、中高年のうちから意思表示をすることも珍しくなくなった。
・介護については、漠然とホームに入るという人はいるのだが、親のためならともかく、自分の将来のために老人ホームがどんなところであるか、どこがいいのか、どのくらいの金がかかるのかを具体的に知るために見学などに行く人は非常に少ない印象を受ける。
・お金の問題がある場合、地方に行けば安くて良質なサービスを提供してくれるところも珍しくない。私の患者さんでも1000人では利かないくらいの数の人が最終的に施設介護を選んだ。20年以上にわたって、とある有料老人ホームのコンサルタント医をしているが、日本の場合はホームの質がピンからキリまであるし、例えば介護者の文化がホームによって違う。経営者の理念が大きいのだろうが、リーダーの優秀なナースや介護士が醸成していった文化が引き継がれることも多い。要するに入居金や月々の支払いが高ければ、建物や食事はその分いいかもしれないが、介護自体については高ければいいとは限らない。だから見学をマメにやっておいたほうがいいのだ。
・介護保険で受けられるサービスや、どのように申請するのかも知っておいたほうがいい。40歳以上は給料から介護保険料が天引きされているのに、親が要介護になってから慌てることが多いが、事前の知識は多いに越したことはない。日本の福祉サービスはそんなに悪くないが、みんなが使うと財政が破綻すると考えているのか、行政の側からサービス内容を公示することはない(パンフレットはあるが)。知らないと損なのが公的な介護サービスなのだ。
▽認知症になる前に後見人を決めておく
・さて、自分がボケた場合、ホームに入ることを事前に決めていても、その意思がボケた人の意思ということで認められないことがある。 有料老人ホームの多くが償却制や家賃の前払いの形を取っていて、入居時に一括して払ったお金が5年とか10年で返って来なくなる。そのために子どもの相続財産が減るので、かなりの資産家であっても、この手の高級有料老人ホームに子どもが入れたがらないことが現実に起きているし、私の患者さんでも何人か経験している。
・親と同居している子どもは、施設のほうが親もいろいろなサービスを受けられるし、在宅介護では自分が潰れてしまうという自覚もあってホーム入居を検討するのだが、そのきょうだいが反対するケースも珍しくない。
・親が認知症などになって意思能力が減弱したり、なくなったりした際に、子どもやその妻が親の意思を代行したり、補助したりできる制度に「成年後見制度」というものがある。親の認知症が進んで、自分の配偶者も高齢というような場合に、医師がその親の意思能力がないという鑑定書や診断書を出して、子どもを後見人として裁判所が選定すれば、後見人である子供は親の財産を代わりに管理できる。また、親が行きたくないと言っても(元気なころはホームに入ると言っていた人でも認知症になると家に執着することがある)老人ホームに入居させることができる。
・問題は、特に財産のある家では、後見人が決まらないということだ。 診断書上は後見(意思能力が事実上ない)レベルということで、裁判所が成年後見の対象と認めても、誰を後見人にするかでもめ事が起こる。後見人が親の財産を自由にできる(もちろん私的に使ってはいけないのだが)ということで反対するきょうだいが出てくるからだ。もちろん、第三者である弁護士にお金を払って後見人になってもらうこともできるのだが、それだってきょうだい間のコンセンサスがないと不可能だ。裁判で争って後見人を選ぶということもあるのだが、その間に親の認知症は進み、介護している家族は疲弊する。
・こういう事態を避けるために「任意後見」という制度がある。 本人がしっかりしているうちに、自分がボケたり寝たきりになったときに、誰に財産の管理や介護についての判断をしてもらうかなどを前もって契約しておく制度だ。任意後見人が自動的に成年後見人になれるわけではないが、この契約の範囲のことは自分が選んだ任意後見人が引き受けることになる。将来のもめ事を避けるためにも知っておいて、あるいは使っておいて損のない制度と言える。
▽介護や認知症に対する偏見をとる
・今回は、親のためというより、自分の将来のために介護の備えをしようというテーマだが、そのために必要なものに、認知症や介護の偏見を除去することがある。 多くの人が「ボケだけはなりたくない」「ボケて死にたくない」と言うが、私はそれほど認知症を悲惨な病気と考えていない。
・一つには、認知症というと徘徊したり、便をこねたり、元の人格が変わって異常な言動を行う人間になるというイメージがあるが、基本的には一種の脳の老化現象だということがある。実際、私が「浴風会」という高齢者専門の総合病院に勤めていた際に、毎年100人ほどの死後の剖検の検討会で見た限り、85歳を過ぎて脳にアルツハイマー型の変化が全くない人は誰もいない。要は程度問題ということだ。
・基本的には老化現象だとすると、原則的にはおとなしくなる病気なのだ。おそらくは異常行動型の認知症は全体の1割くらいで、逆に引きこもり型のほうが9割くらいのようだ。実際、日本中に400万人も認知症の人がいるとされるのだから、みんなが徘徊するのなら街中は徘徊認知症患者だらけになるが、そう見かけるものではない。要するに人が考えるほどカッコの悪い病気ではないのだ。
・そのほか、嫌なことが忘れられるとか、多幸的になる人も多く、周りはともかく、主観的には幸せになる人は珍しくない。 むしろ、歳をとってうつ病になるほうが、厭世的になったり、自分が生きているのが邪魔という罪悪感に苦しめられたり、気分が鬱々として主観的には不幸と言える。歳をとったら、元気がなくなったり、食欲が衰えるのが当たり前と思われて、未治療のために見過ごされていることが多い。
・私も、昭和一桁世代の元ホワイトカラーや大卒、元管理職以上など、もともと知的レベルの高かった認知症患者を診ることが多かったが、彼らの病状の進行が意外に速い。 それは頭や体を使わないからだ。仕事以外に趣味がないから、一日をぼーっと過ごすことになりがちだ。会社をやめたら麻雀仲間も離れてしまう。ところが、老化現象である以上、頭であれ、体であれ、使わないと老化の進行が速まってしまう。
・そういった場合はデイサービスに行ってくれるといいのだが、こういう人はプライドが高く(認知症はかなり進むまでこの手のプライドは保たれる)参加しようとしない。実際には介護予防のために知的レベルが高い人用のプログラムが用意されていたり、麻雀をやるようなデイサービスも少なくないのだが、知識がないから偏見が強いのだ。 親の介護の際などに、いろいろと見聞して、この手の偏見は拭い去っておきたい。
▽要介護状態になる前に夫婦間のコンセンサスを
・さて、この原稿を書いている際に、小室哲哉さんが、妻の介護中に看護士と不倫をしたという疑惑が報じられ、引退声明を発表するに至った。
・私がとやかく言える立場にないが、私の高齢者専門の精神科医の経験から言えることは、介護を続けるうえで、心の支えになってくれる人が必要だということだ。そういう人を持たないで、自分で抱え込んでいたり、自分で思い詰めていくうちに、介護うつになったり、最悪、自殺や心中、介護殺人にまでつながってしまう。共倒れを避けるためにも、人に、特に精神的に頼ることには大きな意味がある。
・厄介なのは、前述のような理由で、きょうだいですらあてにできないことは珍しくないことだ。 介護保険が始まって今年で18年になるが、介護保険の始まる10年以上前から高齢者の臨床に携わっていた立場から言わせてもらうと、この間にケアマネジャーさんも訪問看護師さんもあるいはヘルパーさんもずいぶん経験を積まれて、こちらから見ても教えを乞いたいくらいの優秀な人、介護の実際が分かっている人がかなりの数まで増えてきている。
・実際、介護者の多くは、この手の介護関係者に相談したり、心理的なサポートを受けて、つらい介護を乗り切っている。 ただ、この手の頼りになるスタッフのほとんどが女性であるという問題がある。ケアマネジャー、訪問看護師、ヘルパーなどは時代が変わっても、女性が圧倒的に多いという事実はそう変わらない。高齢の介護者の場合、恋愛関係になるということは、私の知る限りではそう多くないが、心が通じ合う関係になるケースは少なくない。
・介護を受ける側が認知症の場合、夫が不貞をしているという嫉妬妄想に発展することもある。 子どもの妊娠中に不倫をするというのは言語道断だが、共同作業の成果である子作りと違って、介護を受けるようになるのは、通常は配偶者の責任ではない。そして多くの場合は、その後の性生活はなくなってしまう(日本は元々セックスレスが多いからそう問題にならないのかもしれないが)。
・そういう場合に、別のパートナーを持つことがそこまで非難されるべきなのだろうか? ポーリン・ボスという心理学者は、配偶者が認知症になった場合、体は失われていないが、ある意味、別人になってしまうということで失われる、つまり、「あいまいな喪失」体験であると論じている(拙訳を参照されたい) もちろん、こういうことこそ夫婦間でコンセンサスを得る必要がある。
・認知症や要介護になる前に、その後も介護は要らないからホームに入れてくれとか、介護はお願いするが、別のパートナーは作ってくれてもいいとか、そういうコンセンサスを作る必要をこの事件では痛感させられた(小室さんがそれに当てはまるのかは分からないが)。 夫婦間の合意がなければもちろん「不倫」だが、合意があった場合は、外からとやかく言われる問題でないことだけは確かだろう。
・長寿が当たり前になった以上、備えられる限りのことは備えるに越したことがないというのが、長年の高齢者臨床の体験からきた老婆心である。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/122600095/013000023/?P=1

第一の記事で、 『団塊世代が2022年度から順に75歳以上の”後期高齢者”となり、社会保障費がますます増えると予想されているからだ。2025年度に団塊世代は全員75歳以上となる。75歳以上人口の増加率は、2022~2024年度にかけて、年率約4%と近年にない高い水準となる・・・75歳以上の医療費は64歳以下の5倍!』、というのは大変そうに思えるが、より細かく見ると、 『65歳以上人口や75歳以上人口の増加率がかなり下がり、高齢者人口の増加率が一服する2020~2021年度には、高齢者人口が増えない分、社会保障費も増えないという実態をしっかりと反映した、予算編成が必要である・・・65歳以上人口は2000年代に年率約3%で増えていたが、2020年代には小数第1位を四捨五入すれば0%になる。つまり、ほとんど増えないといってよい。65歳以上人口がほとんど増えないということは、医療や介護ではなく、65歳から基礎年金を受け取るという前提に立てば、年金の給付費が(物価や賃金に連動する分を除き)ほとんど増えないということだ』、ということであれば、高齢者人口の増加率が一服する2020~2021年度に、財政のヒモが緩むことのないよう監視していく必要がありそうだ。
第二の記事で、 『「稼げる自分になる」は難しいが、「長く働く」はできる』、というのは、日本ではごく一部の例外的な高齢者を除けば、働く口が閉ざされており、長く働こうとしても出来ないのが現状なのではなかろうか。この記事を10年前に読んでいたら、大いに参考になったかも知れない。いまさら言われたとことで・・・、というのが率直な感想だ。
第三の記事で、 『介護自体については高ければいいとは限らない。だから見学をマメにやっておいたほうがいいのだ』、というのは大いに教えられた。 『認知症というと・・・85歳を過ぎて脳にアルツハイマー型の変化が全くない人は誰もいない。要は程度問題ということだ。 基本的には老化現象だとすると、原則的にはおとなしくなる病気なのだ。おそらくは異常行動型の認知症は全体の1割くらいで、逆に引きこもり型のほうが9割くらいのようだ・・・嫌なことが忘れられるとか、多幸的になる人も多く、周りはともかく、主観的には幸せになる人は珍しくない』、というのは、徘徊したり、暴力的な認知症になるのを恐れていた私には、多少安心できる話だ。 『介護予防のために知的レベルが高い人用のプログラムが用意されていたり、麻雀をやるようなデイサービスも少なくない』、というのも安心材料だ。ただ、安心ばかりしてないで、準備も忘れないようにしたい。
タグ:要介護状態になる前に夫婦間のコンセンサスを 嫌なことが忘れられるとか、多幸的になる人も多く、周りはともかく、主観的には幸せになる人は珍しくない 基本的には老化現象だとすると、原則的にはおとなしくなる病気なのだ。おそらくは異常行動型の認知症は全体の1割くらいで、逆に引きこもり型のほうが9割くらいのようだ 要は程度問題 85歳を過ぎて脳にアルツハイマー型の変化が全くない人は誰もいない 介護や認知症に対する偏見をとる 後見人 「認知症になり介護を受ける前にやるべきことは? 老人ホーム・後見人の選定、夫婦問題に盲点が…」 和田 秀樹 「稼げる自分になる」は難しいが、「長く働く」はできる 「定年後は退職金と年金で悠々自適」は過去の話 「橘玲が語る「残酷すぎる“お金の真実”」 「老後資金は、定年退職後も使ってはいけない」」 日経ビジネスオンライン 橘 玲 直前の2020~2021年度は、むしろかつてないほど、高齢者人口の増加率が小さくなる時期でもあるのだ 75歳以上の医療費は64歳以下の5倍! 「3年間で1.5兆円増」の目安 骨太方針2018 中長期の経済財政に関する試算 経済財政諮問会議 「75歳以上「後期高齢者」のコストは削減可能だ 社会保障費は人口変動を踏まえて決めるべし」 土居 丈朗 高齢化社会 (その6)(75歳以上「後期高齢者」のコストは削減可能だ、橘玲が語る「残酷すぎる“お金の真実”」、認知症になり介護を受ける前にやるべきことは?) 東洋経済オンライン
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安倍外交(その3)(日本の「嫌われる勇気」がまさに試される時に サバイバルのために日本が守るべき外交力 宣伝力とは?、安倍首相と御用記者たちの出来レースだった安倍平昌五輪出席) [外交]

安倍外交については、昨年12月13日に取上げた。今日は、(その3)(日本の「嫌われる勇気」がまさに試される時に サバイバルのために日本が守るべき外交力 宣伝力とは?、安倍首相と御用記者たちの出来レースだった安倍平昌五輪出席)である。

先ずは、精神科医の和田 秀樹氏が昨年12月19日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「日本の「嫌われる勇気」がまさに試される時に サバイバルのために日本が守るべき外交力、宣伝力とは?」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・12月6日にトランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定すると宣言し、米大使館をテルアビブから移転するプロセスを開始すると発表した。これは多くの日本人が考える以上に、国際的にみると重大事項であり、12月8日には国連の安保理事会が緊急会合を開催している。
・私自身は、たまたまイスラム世界に詳しい親友を持ち、対談で本を出していることもあり、イスラム世界についてはかなり関心を持っているし、それなりに勉強をしているつもりだ。 結論を先に言うと、日本が今後どのような外交を行うかどうかは、日本の将来に大きな影響を与える。
・今回は、この問題だけでなく、サバイバルのために「日本が守らなければならないこと」を考えてみたい。現在、立憲民主党が多少の人気を得ているとは言え、リベラルな政策はあえて標榜しておらず、保守全盛の時代と言える。もっとも、言葉の定義上、保守とは守らなければならないものがあるから「保守」のはずだ。
▽安倍政権の対米追随に潜む不安
・私の見るところ、日本の対米追随路線は、この20年、そして安倍政権になってから、かなり強固なものとなっている。1989年に冷戦が終わったことで、日本にとって軍事的な脅威はかなり弱まるはずだった(ソ連の脅威は、今の中国や北朝鮮の比ではなかったはずだ)。また一方で、イデオロギーの対立構造で外国を見るより、資本主義社会での競争相手として外国を見ないといけないのに、日本の政策はそれに逆行しているとさえ言える。
・例えば、2003年のイラク攻撃の際には、国連安保理の承認なしにアメリカが攻撃をしたのに、日本はアメリカと一緒になって攻撃したイギリスや、イラクと対立を続けてきたイスラエルなどと同様に真っ先にこれを支持した。
・これに対して、今回のイスラエルの件では、日本の対応は十分に慎重だ。河野太郎外相は12月7日、「中東和平を巡る状況が厳しさを増し、中東全体の情勢が悪化し得ることを懸念している」と記者団に表明し、日本大使館を移動するつもりはないと述べた。ただし、トランプを批判するようなスタンスは取っていない。菅義偉官房長官も「国連安全保障理事会の決議などに基づき、当事者間の交渉により解決されるべきだ」と従来の立場を繰り返した。ただし、西欧諸国のようにトランプの発言の非難もしていない。
▽イスラム世界を敵に回すことのリスクとは?
・さて、米国によるイラク攻撃を日本が支持した際に、これは危険なフライングだと私は思っていたが、イスラムの専門家に言わせるとそうでもないらしい。 と言うのは、むしろフセインはアルカーイダとも敵対していたし、今のイスラム国のもとを作った過激派を弾圧していたからだ。要するに、イラク攻撃を支持したとしても、イスラム世界全体と敵対することにはならないし、テロリストをあおることはないという解釈だ。(多少はあるかもしれないが、むしろイラクを弱体化させることでイスラム国がのし上がってきたという側面のほうが問題だろう)
・それと比べて、アラーを冒とくしたという話になると、イスラム世界全体の怒りを買うし、テロリストも刺激する。日本でイスラムのテロなんか起こりっこないと思われるかもしれないが、反イスラム的とされる『悪魔の詩』を訳した日本人の大学助教授が、日本国内で邦訳を出した1年後に殺されている。
・今回のエルサレム首都問題も、イラク攻撃とは違い、それを支持することがイスラム世界全体を敵に回すリスクがある。 ここで厄介なのはテロリストの存在だ。 落ち目になったイスラム国が、人気取りのためにテロを仕組むかもしれないし、イスラム教徒から正義の味方とかジハード(普通の死に方だと最後の審判の日まで、天国に行くか地獄に行くか決まらないが、ジハードで死ぬと自動的に天国に行ける)とみなしてもらえると思えば、組織化されていないテロリストが暴発するリスクも大きい。アメリカだけでムスリム(イスラム教徒)は200~300万人はいるとされる。99%が善良な人たちであっても、1%がジハードを志向しているとすると、膨大な数のテロ予備軍がいることになるのだ。
・イスラムの専門家に言わせると、イスラム教徒というのは組織をそう作らない。上から言われなくても、正しいと信じたらテロを行う。しかし、マシンガンのようなものがいくらでも買えるアメリカで、それを何人かが行えば、数百人規模のテロがいくつも起こることになる。こうしたテロがアメリカの反イスラム感情を高め、今回の件はトランプがまいた種なのに、トランプの人気がかえって上がることだってあり得る。そして、トランプは自分の言ったことを断行する。
・トランプは日本にも支持を求めてくるだろう。そうなった際に、日本もうかつに支持に走ってしまうことが怖いのだ。 安倍氏の「嫌われる勇気」がまさに試される時でもある。
▽日本のクレバーな外交の歴史
・なぜ、私がこれを懸念するかというと、もちろんテロの標的になりかねないということもあるが(新幹線に乗る際に荷物検査を行わないことに驚いた外人がいたくらい日本はテロに無防備だ)、これまで日本がイスラム世界に好かれていた伝統を崩すことがもっと痛いからだ。
・イスラム世界の人たちが日本に敬意を示す理由はいくつもある。イスラム世界の宿敵ロシアを日露戦争で破ったことや、日本では評判の悪い太平洋戦争についても英米に挑んだ日本を評価する声は強いらしい。イランが石油の国有化を宣言した際に、イギリスが海上封鎖をする中、出光興産の日章丸が世界に先駆けてイランに石油を買い付けに行ったという友情と勇敢さを評価する声もいまだに強い。
・それもさることながら、第二次世界大戦後の昭和の時代は、アメリカの同盟国でありながら、アメリカの言いなりにならず、ソ連やイギリスなどの利害の入り乱れる中で、非常にバランス感覚に優れた外交を続けてきたことは評価したい。 出光の日章丸事件は、アメリカの占領下で行われたものだ。戦争に負けたにもかかわらず吉田茂もアメリカに言いたいことをかなり言っていたようだ。歴史の授業では黒塗りの教科書を使う羽目になり、その上、アメリカは日本人の数学力を弱めようと教科書に圧力をかけたが、それをはねのけて戦後の人材育成に貢献したと当時の文科省の幹部だった人に聞いたこともある。
・明治維新からの70年と、戦後の70年を比べると、維新後70年で日本のGDPは世界で6、7番目くらいのレベルだったのに、戦後わずか40年でジャパンアズナンバーワンと言われ、経済力ではアメリカを脅かすレベルになった。1980年代のバブル期には土地価格が過大評価されていたとはいえ、総資産では日本のほうがアメリカより多かった。
・一方で外交はと言うと、明治維新以前にのまされた不平等条約を第一次世界大戦の頃にはほぼ改正し、第一次世界大戦の戦勝国だったこともあり、国際的な条約作成のときに常に物申せる立場になっていった。ロンドン海軍軍縮条約で、アメリカ、イギリス10の軍艦保有に対して日本は7しか割り当てられなかったことを外交の負けのように言われたが、アメリカが当時、太平洋艦隊と大西洋艦隊を均等に分けていたことを考えると、太平洋では7対5で日本が有利になるように実を取った点でもかなり賢明な外交と言える。
・しかし第二次世界大戦後は、日本が安保条約の地位協定を一度として変えさせたことはなく、米軍軍人が日本で犯罪を犯した際も裁判権は実質日本にない状態が続いているし、また横田空域のように羽田空港のすぐそばまでアメリカに制空権を握られたままだ。
・集団的自衛権の行使が可能になる法が施行され、以前と比べ物にならないほど日米安保条約が片務的(契約当事者の一方だけが債務を負担する契約)なものでなくなっているのに、バーターで地位協定の改定を求めない外交能力とはどういうものかと疑ってしまう。(現在の日米安保条約では、日本が攻撃されたら自動的にアメリカが守るのでなく、日米共通の危機の時に守るという話になっている)
・保守政策というのが、日本の良いところを守るというのが趣旨であるなら、日本のクレバーな外交能力こそ守らなければならない重要ポイントと言える。
▽日本の宣伝力も守るべきもの
・さて、日本がクレバーな外交を行えた背景に日本の宣伝力があったという話がある。 アジアの小国と思われがちだった日本は、自国のプロパガンダに力を入れた。 満州国を作ると数年のうちに満州映画協会を作り、日本人女優を「李香蘭」(後の山口淑子)という芸名で看板スターにして入植したことなどで、満州人や中国人を親日的にするのに大いに役立てた。結局は幻に終わったが、1940年に東京オリンピックの誘致に成功したのも日本人のロビー活動が非常にうまかった証左と言っていいだろう。
・特筆すべきは、陸軍中野学校だろう。学校と名がつくように、諜報や防諜に関する教育を行う教育機関であったが、同時に情報機関でもあった。ここが当時の他の国の諜報機関と比べて優れている点は、宣伝活動を積極的に行ったことだ。要するに情報収集だけでなく、情報操作を行うという点で先進的だったのだ。  主に東南アジアで、日本が解放軍であることやイギリスの植民地支配の不当性を上手に大衆に刷り込み、日本軍があっという間にシンガポールまで陥落させたのは、その情報操作力によるところが大きいとされる。
・そして、戦後、情報機関がなくなったためか、エリートレベルでも情報操作を疑うことが少ない国民性になっている。 戦後も中野学校出身者の活躍は続き、GHQに潜入して内部かく乱を行ったり、インドネシアやインドシナの独立戦争に携わった者も多くいたとのことだ。だが、敗戦で散り散りになったのも確かで、相手国の人間を情報操作していた国だったのが、逆に操作される国になったと考えられなくもない。
・アメリカは中野学校を参考にして、戦後、外交を有利に進めるために親米世論を作ろうとしたとされる。フルブライトの奨学金というのは、その一環のものである。 また中野学校には、韓国や北朝鮮の人間も当時は日本の国民だったので、入学が許された。日本人が、戦後、北朝鮮を「地上の楽園」と信じたのも、また韓国の人間に過度の同情をしたり、罪悪感を覚えたりしたのも、そういう人たちの情報戦略によるものかもしれない。
・少なくとも、韓国は、経済発展と並行して、自国の宣伝に力を入れていることは確かだ。映画の振興予算は年間400億円で、日本の製作費補助の100倍の規模だ。自国がもはや発展途上国でないというイメージづくりや、あるいは、文化的な意味ではろくに歴史がないのに、日本や中国のように歴史がある国に思わせる時代劇などを作って、古い国のイメージづくりも行っている。
・前回も問題にしたが従軍慰安婦にしても、何度となく新聞に一面広告を出すことで多くのアメリカ市民に知らせ続けてきた。 それに対して、日本はあまりに自国の宣伝や自国の立場についての意見広告を出さなさ過ぎる。 「外国人が日本をいい国と思っている」というような本はたくさん出されるが、それは先人の努力によるものだし、それを守り続けるために宣伝をし続けないといけないという発想が欠けているのではないか?
▽「保守」を続けるためには油断大敵
・が言いたいのは、日本の美点を守るためには努力が必要だということだ。 以前にも問題にしたように、日本は少子化で受験が易しくなっているのに、逆にゆとり教育のようなことをやり、諸外国ではトレンドとなっていたクラスの少人数化も行わなかったために、日本の最大の美点と言える、学力レベルの高さを失ってしまった。
・確かに中国人のマナーの悪さや金にあかせた傲慢さなどのために、日本人はアジアの中で愛され、好かれている国民であることは間違いない。アニメなどの文化も人気だ。 しかし、従軍慰安婦問題について特にアメリカでは、日本の主張はほぼ受け入れられていない。韓国の作った慰安婦像を受け入れる自治体も少しずつ出てきていることでも分かるように、韓国がものすごい宣伝力で自国のプロパガンダを続けている中で、日本のほうが好かれていると考えるのは甘いと言わざるを得ない事態は既に生じていると言っていい。
・戦前の日本のように、あるいは韓国のように自国の宣伝を行わないと、いつまでも愛される国でいられるかは分からない。 クレバーな外交能力にしても、現在の日本ではかなり損なわれている。アメリカについていけば大丈夫という安易な姿勢を続けていると、例えばトランプについていくことで、知らないうちに色々な国に嫌われたり、なめられたりすることだってあり得るだろう。さらに、もっとひどいポピュリストがアメリカで政権を取れば、その際に日本のあるべき方向性を見失いかねない。
・あるいは、日本の道徳や治安の良さにしても、貧富の格差をこのまま放置しておいて、本当に維持できる保証はない。確かに一般大衆の道徳心は震災の際の助け合いで発揮されたが、政治家の不祥事や経営者の不正が続いたり、あるいは欧米と比べていつまでも寄付文化が根差さないなど、上の者が「徳」を見せない社会のままだったりすれば、下の者も道徳心が乱れてくることは十分あり得る。
・一番心配なのは、この手のことに危機感が共有されておらず、政権与党が圧勝してしまうことだ。このような油断が続くと、日本のサバイバルにかかわりかねない。 というような日本の守るべきことを考え、『私の保守宣言』(WAC)という本を書いた。ご興味を持たれた方は一読いただけると幸いである。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/122600095/121800021/?P=1

第二に、元レバノン大使の天木直人氏が2月7日付け同氏のブログに掲載した「安倍首相と御用記者たちの出来レースだった安倍平昌五輪出席」を紹介しよう。
・きょう2月7日発売の週刊新潮(2月15日号)に、とっておきの記事を見つけた。 その記事は、1月24日に都内の中華料理店で開かれたマスコミの官邸キャップと安倍首相の懇談会のオフレコ発言である。
・そこで安倍首相は、冒頭でこう話を切り出したという。 「もともと五輪開会式への出席は考えていたんだよ。でも韓国側が慰安婦合意の見直しを言い出してこっちも感情的になった・・・」 こう語った後で、言いたい放題を語っている。 いわく、自民党内で反対の声があがったのは逆にありがたかった、俺の支援者が反対しているのを押し切って訪韓した、とアピールできるだろう、と。
・いわく、韓国が言うところの4強国、つまり、日米中ロのうち、開会式に出席するトップは俺だけ、だから行く価値があるだ、と。 きわめつけは、「トップ会談したところで韓国側が軟化するとは思っていない」と認めているところだ。
・要するに外交的には何の戦略もない、ただ五輪の開会式に出席したかっただけの訪韓であることを、見事に認めている。 私が注目したのは、このオフレコ懇談が開かれた1月24日というタイミングだ。 産経新聞が安倍首相の平昌五輪出席をスクープ報道したのがまさしく24日の朝だ。 その日の午後が夕方かしらないが、ここまで本音を官邸キャップにばらしているのだ。
・それにもかかわらず、メディアはオフレコを厳守して一切書かず、あれこれ憶測記事を流し続けて世の中を煙に巻いて来た。 まさしく安倍首相と飯とも御用記者たちの出来レースだった安倍平昌五輪出席報道だったということだ。
・それでも、直前になって週刊新潮にばらした記者はまだ立派だ。 いや、我々にとっては立派だが、安倍首相にとっては最大の裏切りだ。 週刊新潮のその記事は、こう締めくくっている。 「首脳会談を前に余裕たっぷりの安倍総理。返り討ちに遭うことがないよう願うばかりである」と。
・この記事を読んだ文在寅大統領側は、いまごろ手ぐすね引いて待っているに違いない。 オフレコ懇談で有頂天になってしゃべり過ぎた安倍首相はあまりにも軽率である(了)
http://kenpo9.com/archives/3235

第一の記事で、 『私の見るところ、日本の対米追随路線は、この20年、そして安倍政権になってから、かなり強固なものとなっている。1989年に冷戦が終わったことで、日本にとって軍事的な脅威はかなり弱まるはずだった(ソ連の脅威は、今の中国や北朝鮮の比ではなかったはずだ)。また一方で、イデオロギーの対立構造で外国を見るより、資本主義社会での競争相手として外国を見ないといけないのに、日本の政策はそれに逆行しているとさえ言える』、 『マシンガンのようなものがいくらでも買えるアメリカで、それを何人かが行えば、数百人規模のテロがいくつも起こることになる・・・トランプは日本にも支持を求めてくるだろう。そうなった際に、日本もうかつに支持に走ってしまうことが怖いのだ。 安倍氏の「嫌われる勇気」がまさに試される時でもある』、 『第二次世界大戦後は、日本が安保条約の地位協定を一度として変えさせたことはなく、米軍軍人が日本で犯罪を犯した際も裁判権は実質日本にない状態が続いているし、また横田空域のように羽田空港のすぐそばまでアメリカに制空権を握られたままだ。 集団的自衛権の行使が可能になる法が施行され、以前と比べ物にならないほど日米安保条約が片務的(契約当事者の一方だけが債務を負担する契約)なものでなくなっているのに、バーターで地位協定の改定を求めない外交能力とはどういうものかと疑ってしまう』、 『「外国人が日本をいい国と思っている」というような本はたくさん出されるが、それは先人の努力によるものだし、それを守り続けるために宣伝をし続けないといけないという発想が欠けているのではないか?』、などの指摘はその通りだ。
第二の記事で、 『マスコミの官邸キャップと安倍首相の懇談会のオフレコ発言で・・・外交的には何の戦略もない、ただ五輪の開会式に出席したかっただけの訪韓であることを、見事に認めている』、事実、訪韓しての首脳会談は当然ながら、何ら成果はなかったようだ。 『メディアはオフレコを厳守して一切書かず、あれこれ憶測記事を流し続けて世の中を煙に巻いて来た。 まさしく安倍首相と飯とも御用記者たちの出来レースだった安倍平昌五輪出席報道だったということだ』、とのことであれば、メディアとしてオフレコを守るのであれば、憶測記事も含めこの問題を一切取上げないようにすべきだったのではなかろうか。官邸の指示通りに「大本営発表」をタレ流すのでは、「社会の木鐸」としての役割の完全放棄である。
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世界同時株安(その6)世界的マネー萎縮2(世界株安の波紋 トランプ・バブルの矛盾が露呈 新任のパウエルFRB議長を直撃、株安の裏側で渦巻く「債券バブル崩壊」の恐怖 もし起きたら日本は大きな影響を受ける) [世界経済]

世界同時株安については、昨年2月16日に取上げたままであったが、今日は、(その6)世界的マネー萎縮2(世界株安の波紋、トランプ・バブルの矛盾が露呈 新任のパウエルFRB議長を直撃、株安の裏側で渦巻く「債券バブル崩壊」の恐怖 もし起きたら日本は大きな影響を受ける)である。

先ずは、元日経新聞論説主幹の岡部 直明氏が2月8日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「世界株安の波紋、トランプ・バブルの矛盾が露呈 新任のパウエルFRB議長を直撃」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・米国の株式市場は2月5日、史上最大の下落を記録し、世界中を株安の連鎖に巻き込んだ。米国株の暴落は、雇用の拡大で賃金が予想以上に上がり、長期金利上昇を招いたのが直接の引き金だが、その背景には、トランプ大統領が打ち出した大規模減税、インフラ投資、さらには新たな核軍拡によって米国の財政赤字が拡大する危険が潜んでいることがある。
・いわば景気過熱と財政赤字拡大による「トランプ・バブル」の矛盾が露呈したとみておかなければならない。それは好調を維持してきた世界経済を混迷させ、リーマンショック後の超金融緩和からの出口戦略を進める米連邦準備理事会(FRB)をはじめ各国中央銀行の舵取りをむずかしくしかねない。
▽パウエルFRB新体制に試練
・トランプ大統領らしいのは、世界経済フォーラムのダボス会議や一般教書演説などで米株価の「記録更新」を繰り返し誇ってきたのに、「史上最大の下げ」には口をつぐんでいることだ。しかし、この米株価暴落でだれよりも衝撃を受けたのは、当のトランプ大統領より5日に就任したばかりの新任のパウエルFRB議長だろう。
・米国株の暴落は、FRBにパウエル新議長が登場するのを待っていたかのように起きた。1987年10月のブラックマンデー(米国株の暴落)はグリーンスパンFRB新議長に試練を与えたが、それでも議長就任から2カ月を経ていた。このコラムでパウエル氏とグリーンスパン氏の共通項を分析した(2017年11月7日付記事「FRB次期議長にグリーンスパンの教訓」参照)が、株価暴落が新議長就任を「直撃」することになるとは予想しなかった。
・グリーンスパン氏の場合は、このブラックマンデーを受けてウォール街の友人たちに電話をかけまくり、その実態を把握する。そして流動性供給によって危機を最小限に食い止めた。その実績は高く評価され「マエストロ」(巨匠)への道を歩むことになる。
・しかし、パウエル新議長の場合、対応はそう簡単ではない。議長宣誓式後のビデオメッセージで「用心深くあり続け、湧き起こるリスクに対処する用意がある」と述べているが、対応を誤れば、危機を増幅する恐れがある。
・すでに世界の先頭を切って出口戦略に乗り出しているFRBは、2018年中に3度の利上げを予定しているが、景気好転による物価上昇にはずみがつくようなら、利上げのテンポを速めなければならない。しかし、景気好転の証とはいえ長期金利上昇で市場が混乱するなら、利上げのテンポを緩めることも考えなければならなくなるだろう。エコノミスト出身ではないパウエル議長がこの微妙な舵取りを市場の反応も読みながら実行できるかどうかである。
▽大規模減税・インフラ投資で財政赤字拡大
・米国経済が好調であるおかげで雇用が拡大し賃金上昇が実現し、それが低位安定を続けてきた長期金利を上昇させたとすれば、「良い金利上昇」である。「健全な経済」の循環だといえる。むしろ景気が良くても長期金利がいつまでたっても上がらず、それが株高を招いてきたとすれば、その方が「いびつな経済」といえる。
・しかし、長期金利上昇が経済の好循環とは別の要因によってもたらされているとすれば、話は別である。トランプ政権が打ち出す経済戦略が米国に巨額の財政赤字を積み残すことが懸念される。巨額の財政赤字が長期金利上昇の背景にあるとすれば、「悪い金利上昇」というしかない。
・法人減税など大規模減税を柱とするトランプ税制改革によって、連邦政府債務は10年間に1兆ドル積み上がる見通しだ。さらにトランプ大統領は1.5兆ドルという戦後最大のインフラ投資計画を打ち出した。このままでは財政赤字の国内総生産(GDP)比は5%に近づき、連邦債務残高のGDP比は100%を超える恐れが出てきている。これはユーロ圏の問題国並みの危機レベルである。
▽核軍拡で財政赤字拡大に拍車
・さらに、問題なのはトランプ政権が核軍拡を軸に国防費増大を鮮明にしていることだ。オバマ前大統領が打ち出した「核兵器なき世界」への核軍縮路線を逆転させる危険な選択である。核戦略の指針となる「核体制の見直し」(NPR)は、核兵器の使用条件の緩和など核の役割拡大を打ち出した。爆発力を抑制した小型の核弾頭を開発するなど「使える核兵器」をめざしている。核抑止力を高めるのが狙いだが、トランプ政権の路線転換にロシアや中国は強く反発しており、核軍拡競争が再燃する危険がある。
・このトランプ政権の核軍拡は世界の安全保障環境を危険にさらすだけではなく、ただでさえ危機レベルに近づく米国の財政赤字をさらに拡大させる恐れがある。とくに冷戦期のような核軍拡競争に発展すれば、財政赤字に歯止めがきかなくなる。それは、米国の長期金利上昇を招き、世界の金融、為替市場を混乱させる要因になる。米の核戦略見直しは米株価暴落と連動したとみるべきだろう。
▽一時的調整か構造的矛盾か
・米株価暴落は一時的調整や構造的調整か市場の見方は分かれるが、米株暴落は、トランプ政策の矛盾が露呈したとみるべきだろう。法人税率引き下げなど大規模減税やインフラ投資による需要刺激は企業収益を押し上げる一方で、景気を過熱させる危険をはらむ。劣勢が予想される11月の中間選挙を前にした大盤振る舞いには不安がつきまとう。それは「適温経済」を超えてインフレ懸念につながる。
・合わせて、大規模減税、インフラ投資、核軍拡というトランプ版「3本の矢」は、財政赤字を拡大させる。 すべては長期金利の上昇要因につながってくる。それはトランプ政策が抱える構造問題といえる。市場は乱高下を繰り返しながらも、トランプ政策の構造的矛盾をつくことになるだろう。
▽中央銀行が試される出口戦略
・米株価の暴落は、世界の市場を巻き込んだ。政策協調によって危機の拡散を防ぐのは当然だが、ここで重要なのは、FRBをはじめとする中央銀行が「政治との距離」を保ちながら出口戦略を実行できるかどうかである。 トランプ大統領はかねて「低金利が好きだ」と公言している。パウエルFRB議長はそのトランプ大統領に任命された「トランプ印」と受け止められている。そのために、もし本来必要な利上げを見送ることになれば、リスクがさらに高まることになる。パウエル議長が大統領とのあつれきを恐れず政策を実行できるかどうかで市場の信認が決まる。それこそが市場の安定につながる。
・FRBに続いて、出口戦略に動き出した欧州中央銀行(ECB)にも課題は多い。今年半ばに資産購入を終了できるか、利上げは来年半ばまで先送りできるかなどである。来年10月に任期満了を迎えるドラギ総裁は後任にタカ派のワイトマン独連銀総裁が浮上する中で、ユーロ危機を打開したときのような「ドラギ・マジック」を発揮できるかどうかである。ECBの場合、FRBとは逆にドイツを中心とする利上げ圧力にどう対応するかが問われるだろう。
▽日本が抱える複合リスク
・深刻なのは日本である。米国株の暴落を最もまともに受けたのは東京市場だった。東京市場はまるでニューヨーク市場の写真相場だった。そこには、日本が抱える財政と金融の複合リスクがある。 日本の財政赤字は先進国最悪であり、長期債務残高のGDP比は2.3倍に膨らんでいる。日銀の国債購入を通じて、膨らむ財政赤字がファイナンスされている状況だ。にもかかわらず、安倍晋三政権に危機感は乏しく、大甘である基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標さえ先送りされている。このままで長期金利が上昇に転じれば、財政赤字は雪だるま式に膨らむ。
・黒田東彦総裁は近く任期満了を迎えるが、続投するかどうかは別にして、日銀総裁はこの財政危機について政治に直言できる人物でなければならならない。合わせて出口戦略について議論し、市場に織り込ませることも肝心だろう。 米国株の暴落は「対岸の火事」ではない。火の粉を払えば済む問題ではない。日本自身が複合リスクを直視すべきことを示唆している。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/071400054/020700053/?P=1

次に、経済ジャーナリストの岩崎 博充氏が2月16日付け東洋経済オンラインに寄稿した「株安の裏側で渦巻く「債券バブル崩壊」の恐怖 もし起きたら日本は大きな影響を受ける」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・史上最高値を続けていたニューヨークダウ株平均が、2月に入って歴史的な大暴落を記録した。2月5日には、1日の下落幅では史上最大となる1175ドル(終値ベース、-4.60%)の大暴落を記録。その3日後の8日にも1033ドル(同、-4.15%)と暴落した。
・連日、史上最高値を更新し続けてきたものの金利が上昇しない「ゴルディロックス・マーケット(適温経済相場)」が、ここにきて大きく崩れ始めた。きっかけは、米国の長期金利急騰だと言われているが、むしろリーマン・ショック以来続いてきた中央銀行による金融緩和が招いた過剰流動性相場の崩壊シーンがいよいよ始まった、とみるべきなのかもしれない。 今回の世界同時株安の背景にあるもの、そしてこれからどうなるのかを検証してみたい。
▽金融引き締め観測+北朝鮮リスクか?
・リーマン・ショック時の最大下落幅が777ドル(2008年9月29日、-6.98%)だったことを考えると今回のニューヨークダウの下落幅はいずれも1000ドルを超えている。下落率では、まだリーマン級とは言えないが、株価が大きく上昇しているため、どうしても変動幅(ボラティリティ)は大きくなってしまう。 
・今回の株価急落の原因をどう見るか。少なくとも株価だけを見るとトランプ大統領誕生以来、続いてきたトランプラリーが名実ともに終了したとみていいのではないだろうか。1月30日に行われたトランプ大統領の一般教書演説では、大型減税の実現とインフラ整備の拡大をアピールした。しかし、金融マーケットはこれを今後の「金利上昇」のシナリオととらえて、長期金利が上昇し株価が大きく下落した。
・数値が高くなるほど投資家が相場の先行きに不安を持つと言われる「VIX(Volatility Index)指数」もハネ上がった。恐怖指数ともいわれるこの指数がハネ上がったことで、相場全体に悲観的な見方が多くなってきた。
・金利上昇が株価暴落につながるケースはよくあることで、1987年の「ブラックマンデー」や2000年の「ITバブル崩壊」も金利上昇が株価暴落の直接原因となった。ブラックマンデーやITバブル崩壊も、共に直近の「金融引き締め観測」が原因で株価が急落している。
・特に、ブラックマンデーは、米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)議長にグリーンスパン氏が就任して2カ月の頃で、今回のパウエル新議長誕生直後のタイミングと似ている。さらに当時は、イランと米国の軍事衝突が懸念されていた時期でもある。
・不安になるのは、「100年に1度」と言われたリーマン・ショック級の株価暴落が再び襲うかもしれない、という恐怖だ。今回の株価暴落を、単なる一時的な調整局面とみていいのか。それとももっと構造的なものなのか。その部分をきちんと見極める必要があるだろう。
・ただでさえ、ITやAI(人工知能)、ロボティクス、フィンテック、仮想通貨といった時代の大きな変革期に差し掛かっている現在、そうした時代の変革を株式市場は取り込みながら、大きく株価を上げてきた。そんな時代の変化に対して、株価が大きく調整すれば変革のスピードも減速することになる。
・問題はなぜ金利が上昇してきたのかだ。ただでさえ景気がいいところに、トランプ政権が打ち出してきた経済政策は、大型減税やインフラ投資、軍事力増強といったインフレを招くような景気政策が並んだ。景気過熱=金利上昇圧力の高まりに投資家が警戒して利益確定を早めた、とみるのがいいだろう。しかし、そんな単純でわかりやすい説明だけで本当にいいのか……。そこに疑問が残る。
▽本質は「債券バブル崩壊」の前兆現象か?
・今回の株価暴落の原因をもう一度整理してみよう。大きく挙げて3つある。
 1. 長期金利の急騰……1月の米雇用統計の結果でもわかるように米国経済は好景気そのものだ。にもかかわらずトランプ政権が打ち出す大型減税やインフラ投資は、本来なら景気後退局面に打ち出す景気刺激策と言っていい。当然、インフレ懸念が出て金利が上昇。FRB理事の中には、2018年中にさらに3~4回の利上げが必要という発言も出てきた。  金利上昇は債券価格の下落を意味するものだが、株式市場にとってはマイナス材料で、その目安は3%と言われる。長期金利が3%を超えると、資金が株式市場からより安全性の高い債券市場に移動を開始するために、株式は売られやすくなる。現在、10年物米国国債の金利は2.857%(2月9日現在)。株式市場が金利上昇によって売られやすくなる水準まであと一歩というところだ。
 2. 北朝鮮による地政学リスクの高まり……トランプ大統領が読めない政治家であり、しかも気まぐれであることから「米朝開戦」のリスクが依然として続いている。平昌五輪で、韓国と北朝鮮が融和ムードを演出しているものの、北朝鮮が米国に届く核ミサイル開発を続けていることは事実だ。「遠くの戦争は買い、近くの戦争は売り」という投資格言があるが、米国本土にも届く核ミサイルや潜水艦から発射されるミサイルの開発によって、北朝鮮リスクは米国市場にとって「近くの戦争」になってしまった。
 3. 過剰流動性を招いた「緩和マネー」バブル……リーマン・ショック以降、各国の中央銀行は競ってゼロ金利、マイナス金利、量的緩和策を実行してきた。ここにきて米国が金利を引き上げ始め、欧州のECB(欧州中央銀行)やBOE(イングランド銀行)なども、量的緩和の縮小や金利引き上げの金融政策に転換を始めている。 「現在の金融緩和策を継続する」と言いながらも、実質的にはテーパリング(量的緩和の縮小)をこっそりやり始めている日本のような国もあるが、いずれにしても世界中にバラまかれた緩和マネーが縮小の方向に向かっている、と言っていい。
・緩和マネーの過剰流動性が原因で、株式市場をはじめとして債券や原油、不動産、金、仮想通貨といった資産に資金がバラまかれて、大きなバブルをつくっていたと考えることもできる。リスクマネーと呼ばれる潤沢なマネーが、世界中の金融市場に流れ込んだわけだ。
・そしていま、この緩和マネーバブルが弾けようとしている。株式市場はそうした大きな流れを、いち早く察知して株価下落に陥った、という見方もできる。 これら緩和マネーの縮小によっていったい何が起こるのか。
・あらゆる金融市場が、ゴルディロックス経済の下で拡大したバブルが、ここにきて弾けようとしているわけだが、中でもとりわけ心配されているのが「債券バブルの崩壊」だ。緩和10年で膨れに膨れ上がった債券市場はここにきて大きく動き始めている。 グリーンスパン元FRB議長も、「本当のバブルは株ではなく債券」とコメントしているように、債券バブルがここ10年間の過剰流動性相場の最たる懸念材料と言っていいのかもしれない。いわゆる「緩和マネーバブル」は、株式よりもむしろ債券市場にある、というわけだ。
▽500年の歴史を持つ債券バブルの崩壊が招く悲劇か?
・ブルームバーグTVは、2017年11月9日の番組で「債券には500年以上の歴史:市場規模は過去最大に」として、米国の債券市場がいまや40兆ドルに達し、株式市場の時価総額30兆ドルを10兆ドルも上回っており、史上最高になっていると指摘している。 ちなみに、リーマン・ショック翌年、2009年末の米国の債券残高総額は約31兆ドル(米国Asset Allocation Advisor社調べ、2009年末調査、以下同)、株式市場は時価総額で14兆ドルで、両市場を合わせた世界の合計は126兆ドルだった。
・統一されたデータがないため、はっきりした数字はわからないが、2009年末の世界の債券残高総額は82兆ドル、2012年末には100兆ドルを超えて、2017年には170兆ドル前後に達しているという報道もある。この8年で2倍に拡大したことになる。
・債券バブルの崩壊は、簡単に言えば金利の急騰を招く。リーマン・ショックからの立ち直りを早めるあまり、この10年、世界は米国FRBの「非伝統的金融緩和」に始まり、日本銀行の「異次元緩和」など、やや強引と思えるような金融緩和を実施してきた。その緩和マネーの行き着く先で最も多かったのが債券と考えていい。
・14世紀のイタリア・フィレンツェが発祥の地と言われる債券の歴史の中で、初めてマイナス金利や非伝統的、異次元の量的緩和が実施され、世界中で金利のほとんどつかない債券が発行され、流通したわけだ。
・一部では「現在の経済は株ではなく債券が動かしている」とも評されている。この歴史ある債券市場を、景気後退を避けるために無理やりバブルをつくったのが、この10年の歴史だったと考えていいだろう。 そしていま、この債券バブルが弾けようとしている可能性がある。
・問題は、この債券市場のバブルが崩壊したとき、どんな影響が出てくるのかだ。とりあえず、金利上昇によって、株式市場が暴落の危機にさらされることがわかったが、この程度の影響で済むのか。そのあたりの見極めを誤ると大変なことになるのかもしれない。
▽米国よりもっと怖い日本の債券バブル崩壊?
・債券バブル崩壊によって何が起こるのか。最もわかりやすいのは、金利が高騰(債券価格は下落)して株式市場が下落する、というメカニズム。そのほかにも為替市場で金利が上昇する通貨の変動幅が大きくなるなど、さまざまな弊害がもたらされてくる。
・たとえば、1994年のメキシコ危機は米国の利上げによって資金が米国に流失し、通貨のペソが暴落。通貨の暴落をきっかけにメキシコが急激なインフレや失業率の悪化に陥っている。 同様に、1997年に起きたアジア通貨危機も、米国の金利上昇と直接の関係はないが、米ドルとリンクしていた通貨が売り浴びせられて下落。タイ、インドネシア、マレーシア、韓国といったアジア諸国の通貨が売られて経済危機が起きた。
・要するに、米国の株価が下落したのは「債券バブル崩壊」の前兆である可能性があるということだ。そういう意味では、今後起こることに注視する必要がある。もともとリーマン・ショックは米国が発生源であり、その対応も早かった。したがって、相場の歪みが現れるのも米国が真っ先になる可能性が高い。
・そのシナリオとは何か。残念ながら、未来のことは誰にもわからないが、これまでの歴史を繰り返すとすれば、いくつかのシナリオは想定できる。たとえば――  ➀米国の金利の引き上げが続く  ➁ドル高傾向が強まる  ③株価は調整局面を繰り返す  ④新興国で通貨下落による経済危機が頻発する  ⑤不動産価格、資源価格、仮想通貨などの価格が低迷する  ⑥地政学リスクがいま以上に高まる 
・債券バブルの崩壊によって日本に何がもたらされるか。日本の場合、世界的な規模で債券バブルが崩壊した場合、最も大きな影響を受けることになりそうだ。たとえば、株式市場と債券市場の比率を見ると、先進国の平均では株式、民間債券、政府債券の比率がほぼ同程度だが、日本の場合は全体の6割以上が政府債券によって占められている。
・それだけ、日本国債の発行比率が高いことを意味しているわけだが、ある意味で日本は歪んだ証券市場と言っていい。言い換えれば、“政府債券バブル”がずっと続いてきたことを示している。 世界の債券バブルが崩壊すれば、日本の政府債券バブルも崩れる可能性が高まる。実際、このところの株価急落で、本来であればもっと円が買われて円高になるのが普通だが、為替市場があまり反応していない。さすがにここにきて1ドル=106円台にまで円高が進んできたが、米国の債券市場で起きていることの影響が、日本でも起きつつあるのかもしれない。 債券バブルの崩壊という事態が訪れないことを祈るばかりだ。
http://toyokeizai.net/articles/-/208813

第一の記事で、 『パウエルFRB新体制に試練』、というのは、 『トランプ大統領はかねて「低金利が好きだ」と公言している』、だけに厳しい試練だ。  『米株価暴落は一時的調整や構造的調整か市場の見方は分かれるが、米株暴落は、トランプ政策の矛盾が露呈したとみるべきだろう。法人税率引き下げなど大規模減税やインフラ投資による需要刺激は企業収益を押し上げる一方で、景気を過熱させる危険をはらむ。劣勢が予想される11月の中間選挙を前にした大盤振る舞いには不安がつきまとう。それは「適温経済」を超えてインフレ懸念につながる。 合わせて、大規模減税、インフラ投資、核軍拡というトランプ版「3本の矢」は、財政赤字を拡大させる。 すべては長期金利の上昇要因につながってくる。それはトランプ政策が抱える構造問題といえる。市場は乱高下を繰り返しながらも、トランプ政策の構造的矛盾をつくことになるだろう』、ということは構造的調整とみていることになる。 『日本が抱える財政と金融の複合リスク』、は本当に深刻だ。黒田総裁の続投が決まったようだが、彼にきちんと「落とし前」をつけてもらう必要がある。
第二の記事で、 『緩和マネーバブルが弾けようとしている。株式市場はそうした大きな流れを、いち早く察知して株価下落に陥った、という見方もできる・・・・あらゆる金融市場が、ゴルディロックス経済の下で拡大したバブルが、ここにきて弾けようとしているわけだが、中でもとりわけ心配されているのが「債券バブルの崩壊」だ』、 『日本の場合、世界的な規模で債券バブルが崩壊した場合、最も大きな影響を受けることになりそうだ』、と日本の影響は深刻だが、異次元緩和により日銀が国債市場のマーケットメカニズムを利かなくしているだけに、市場の膨大な売り圧力に、日銀が買いオペでどこまで対抗できるかが見物だ。
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人工知能(AI)(その4)(AIの発達をこのまま市場に任せてよいのか 人類にとって「憂鬱な未来」か「豊かな未来」か、静かに広がる「アンチ深層学習」「アンチAI」 ブラックボックス化を警戒、フェイスブックのAIがぶち当たった「限界」 最先端でも子どもの学習能力には勝てない) [科学技術]

人工知能(AI)については、昨年7月1日に取上げた。今日は、(その4)(AIの発達をこのまま市場に任せてよいのか 人類にとって「憂鬱な未来」か「豊かな未来」か、静かに広がる「アンチ深層学習」「アンチAI」 ブラックボックス化を警戒、フェイスブックのAIがぶち当たった「限界」 最先端でも子どもの学習能力には勝てない)である。

先ずは、ニッセイ基礎研究所 専務理事の櫨 浩一氏が昨年11月29日付け東洋経済オンラインに寄稿した「AIの発達をこのまま市場に任せてよいのか 人類にとって「憂鬱な未来」か「豊かな未来」か」を紹介しゆ(▽は小見出し)。
・日本経済は人手不足の様相を強めている。失業率は2017年9月には2.8%に低下し、特に有効求人倍率は1.52倍と、バブル期のピークだった1990年7月の1.46倍をも超える高さだ。団塊世代が65歳を超えた2012〜2014年以降も、毎年150万人を超える人が65歳を迎えて年金生活に入っていくのに対して、15歳を迎える人口は120万人に満たず、毎年30万人以上ずつ生産年齢人口が減少していく。今後も高齢化による労働力の減少が続き、高齢者や女性の労働参加を考慮しても、しばらくの間は労働需給がさらにひっ迫するだろう。
・しかしもっと先を考えると、AI(人工知能)の進歩で機械が人間の行ってきた仕事を担うようになるという動きが加速し、人間の仕事はなくなっていき、世界的に労働力過剰という事態が出現する可能性がある。 『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか~労働力余剰と人類の富』(東洋経済新報社、2017)で、著者のライアン・エイヴェントは、コンピュータは蒸気機関や電気と同様の汎用技術でとてつもない力を持ったものであることや、デジタル革命は人類に多大な恩恵をもたらすので後戻りできない流れであることを指摘し、社会が直面する課題を論じている。以下ではこの議論を参考に影響を考えてみたい。
▽AIの発達で拡大していく格差
・AIが発達していけば、最終的には人間がまったく働かなくても社会全体としては有り余るほど豊富な生産物が供給できるというSF小説に出てくるような世界が実現する可能性がある。 どんなものでも価格は需給で決まるというのが経済学の「キホンのき」であり、空気のように必要不可欠であっても希少性のないものの価格はゼロか極めて低価格だ。英国の経済学者ライオネル・ロビンズは、経済学を希少資源の最適な使用についての学問だと定義したが、誰もが欲しいものを欲しいだけ入手できるようになる世界では経済学は無用になるのだろう。
・しかし、MIT教授の物理学者であるテグマークの "Life 3.0: Being Human in the Age of Artificial Intelligence"(Max Tegmark, Knopf Doubleday Publishing Group, 2017)によれば、そもそもこの夢のような状況が実現可能かどうかや、それまでにどれくらいの時間がかかるのかについては、専門家の間でもコンセンサスはないという。
・少なくとも短期間で実現するとは考えにくく、まだ何十年かの間は、生活を支えるすべてのものは、価格が低下していくものの有料である。必要なものを手に入れるためには、人々は何とかして所得を得る必要があるという状態が続くとの前提で将来を考えるのが無難だ。ところが、AIが発達していくことで機械に仕事を奪われ、所得が得られなくなる人が多数生まれてしまうおそれがある。
・デジタル革命は、社会に非常に大きな利益をもたらすが、プラスの面ばかりではない。 たとえば、シェアリング・エコノミーの拡大によって、多くの人がフリーランスとして、あちこちから単発の仕事を請け負って生計を立てるという選択肢を持つようになったことだ。 会社に所属して規則に縛られて働かなくても、自分が働きたいときだけ働くということが可能になったが、その反面、米国ではこれまでのフルタイムの仕事では、普通の生活をするために十分な仕事量と収入が得られないケースが増えてきている。
・Uberの登場でお客を奪われたタクシー運転手の所得は大きく下がったはずだ。所得の減少を補うためにやむを得ず副業に従事する人が増えており、必ずしも積極的にフリーランスの仕事を選んでいるわけではない。そもそも遠からず自動運転の技術は確立すると見られており、Uberで運転手として自分の都合に合わせて働いて収入を得ている多くの人も、仕事と収入の道を失うことになるだろう。
▽「高等教育で高所得が得られる」は楽観的すぎる
・18世紀半ばに産業革命が起こったときには、織物の職人などが仕事を失ったが、こうした人たちは数のうえでは全体からみればごく一部に過ぎず、農業を離れて工場で機械を操作する職を得て所得が高まった人のほうがはるかに多かった。生産物の供給が増えて価格が低下し、多くの人が購入できるようになったこともあって、社会の平均的な生活水準は大きく高まった。
・近年では、製造業で自動化が進むことで中程度のスキルの仕事が消えたため、職を失って低所得のサービス業の仕事しか見つからない人が増えた。一方で、ITを活用できる人たちの生産性は大きく上昇した。コンピューターや専門・技術的職業を持つ人たちの収入が上昇して所得格差が拡大しているため、高等教育への進学率を高めることが問題の解決策として提言されることが多い。
・しかし、米国では既に大学卒の給与水準は頭打ちとなっていて、高い賃金が得られるのはさらに高度な教育を受けた大学院卒で、修士号や博士号を持つ人たちに限られている。日本では高等教育機関(大学以上)への進学率は50%を超えているが、必ずしもそれに相応しい能力を身に付けていないということが問題とされることがある。誰でも一定の努力をすれば、高度な知識・能力を活用できるようになり、高い所得が得られると考えるのは楽観的に過ぎるのではないか。
・AIが進化して行けば、現在はAIで代替することは難しいとされている仕事に就いている人たちも安泰ではなくなる。少し昔にはコンピューターが囲碁で人間に勝つようになるのはまだ先のことだと考えられていたが、今や世界最強といわれる棋士でもコンピュータにはまったく歯が立たない。人間が必要な分野はどんどん縮小していくだろう。
・AIによる自動化が図られるのは、それが容易な分野だけでなく経済的な利益が大きい分野も、である。企業にとっては、高賃金の仕事ほど機械で置き換えるメリットが大きい。低賃金で機械化の利益が小さいところや、雑多な作業で対応が難しいものが人間が行う仕事として残され、生活を支えるために多くの人がこうした仕事を得ようとして争うことになる恐れが大きい。
▽ベーシックインカムは解決策にならない
・デジタルエコノミーの拡大で生まれる失業者を救済するために、「すべての国民に、生活に必要な最低限の所得を給付する」というベーシックインカムの制度を設けるべきだという人もいある。これについて、エイヴェントは最低賃金の引き上げよりは有望だとしている。しかし、職を失っても生活が保障されるという意味では朗報だが、あくまで最低限度のセイフティーネットに過ぎない。一部の人が現在は想像できないような豊かさを享受する一方で、多くの人の生活水準は大幅に低下してしまうという著しい格差が生まれることを防ぐことはできないのである。
・AIを活用した研究開発が一部の人たちの生活水準を高めることに集中すれば、一部の人だけが豊かになり、多くの人たちの生活水準は大して向上しないということも起こるだろう。老化や癌などを克服するための研究にAIやさまざまな資源を集中的に投じれば、人間の寿命を大きくを延ばすことができ、今の時点では信じられないほど長寿となる可能性もある。
・しかし、こうして開発された先進的な医療技術は著しく高額で、ベーシックインカムに依存して生活する多くの人たちはまったく手が届かないに違いない。例えば、現在免疫細胞を遺伝的に加工して癌に対する攻撃力を高めるという治療方法は驚異的な治療成績を収めているが、1回の治療に5000万円以上もかかると日経新聞は報じている(日本経済新聞夕刊、11月14日付)。
・そもそも資源・エネルギーの制約があるので、誰でも欲しいものが何でも欲しいだけタダで手に入るという世界は永久に実現しないのかも知れない。ピケティの『21世紀の資本』(みすず書房、2014)が警鐘を鳴らしたように、AIやこれを使った生産設備を保有している人たちとそれ以外の人たちという資産格差が、所得や寿命などの格差を拡大再生産していってしまうおそれもある。
・長期停滞の背景には富の一極集中があるとエイヴェントは指摘する。確かに、20世紀半ばに工業化が進む中で格差が縮小したのは、経済的な必然の結果ではなくソ連などの計画経済国家という脅威の存在や、大恐慌の影響でさまざまな制度の変革が行われたことも大きな要因だったと考えられる。
▽「神の見えざる手」に任せておけば?
・AIが人間の能力を超えていけば、生産を行うためにはどうしても人間が必要だという前提が崩れ、労働者は生産性(厳密には限界生産性)に等しい賃金を得るとか、生産の中から労働者が受け取る割合である労働分配率はほぼ一定であるとかいう世界ではなくなってしまうはずだ。「正統派経済学の終焉」という主張が、現実のものとなるかも知れない。
・ノースウエスタン大のゴードン教授など技術進歩の速度低下を指摘する声は多いが、むしろ社会変化の速度は速くなっているように見える。親の経験は子供たちが将来を考えるにはまったく役に立たず、制度や人々の生活スタイルや考え方、行動が社会変化について行けないほどだ。
・テグマークの言うように、AIの発展を未来の社会にとって良いものにするためには、これをどう受け止めるのかという議論が必要だ。デジタルエコノミーの発展は人類に想像できないような豊かさをもたらすことができるはずだが、それは神の見えざる手に任せておけば自然に実現するというものではないだろう。
http://toyokeizai.net/articles/-/199055

次に、昨年12月25日付け日経ビジネスオンライン「静かに広がる「アンチ深層学習」「アンチAI」 ブラックボックス化を警戒」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「うちのシステムにAI(人工知能)という言い方は使っていません。書き方に気をつけてくださいね」 記者は最近、感情の分析、翻訳、セキュリティーなどの課題に挑むAIに関して取材に当たっていた。その際時折、このような注意を広報担当者から受けたのだ。
・過去にはAIの研究者が冷遇される時代があり、自身ではAIを研究しているつもりでも、研究費を得るために「ロボット」などに看板を架け替えていたことがあった。しかし、空前のAIブームに沸く現在において、同じ現象が起き始めているのだ。
▽バズワードになったAIと深層学習
・その理由のひとつは、AIという言葉が、意味が不明瞭のまま使われる「バズワード」と化し、猫も杓子もなんにでも使われていることへの反感ではなかろうかと思う。自省をこめていえば、これは我々報道機関に責任がある。
・AIの定義は学術的にはっきりとは決まっていないそうだ。手元にある辞書の説明では、ヒトの知的機能を代行できるシステムを指す。では、たとえば1人プレイモードがある将棋や麻雀のゲームアプリはAIだろうか。これはAIでないという意見を持つ人でも、米グーグル持ち株会社、アルファベット傘下の英ディープマインドが手掛ける「アルファ碁」ならAIと呼ぶことに違和感がないかもしれない。両者の大きな違いは、システムが賢くなるための学習機能を備えているかどうかだ。あるいは、アルファ碁ですらAIではなく、すべての機能においてヒトと変わらない能力を持って初めてAIと呼ぶにふさわしいと思う人もいるかもしれない。
・最近の報道はこんな定義を気にもせず、AIと一口に書くだけでその技術的背景や企業間の違いも詳述しない。AIという見出しだけが躍る。そんな報道ばかりでは、開発側も嫌気が差すのではなかろうか。グーグルがAIのフレームワークを公開していることで、簡単なAIならだれもかれもつくれる時代だ。ただただAIと表現されるだけでは、製品の特徴が分からず陳腐にさえ見えることもある。
・そして、推測しうるもうひとつの理由が、「ディープラーニング(深層学習)」への反感。正確に言えば、同じくバズワードと化した「深層学習」という言葉への反感だ。ヒトの脳神経の機能を模した深層学習技術は、アルファ碁をプロ棋士を超える強さに育て上げたことで、報道に頻出するようになった。昨今のAIといえば、深層学習を使うのがスタンダードになっている。しかし、現在のAIブームを巻き起こしたこの深層学習を、ある点ではネガティブな意味に一部の企業は捉えているのだ。ゆえに、深層学習を連想させるAIというバズワードも使いたがらないのではないだろうか。
・深層学習以前のAIは、AIが正解を導くための判断材料の見つけ方や、材料をもとにした判断プロセスを、ある程度ヒトがプログラミングしていた。深層学習は判断材料を探すところからすべてAIに任せている。 たとえば動物の画像をみて、それが猫かどうか判断する課題にAIが挑んだ場合、旧来のAIはあらかじめヒトが「ヒゲに注目しろ」「目に注目しろ」「耳に注目しろ」などとプログラミングをしておく。深層学習AIの場合は、あらかじめ猫の画像を大量に読み込んでおけば、注目するべきポイントを自ら見つけてくるのだ。
・しかし、これは裏を返せば、開発者がAIの判断を検証することが難しいということでもある。翻訳向けに深層学習AIを開発しているある技術者は「変な訳が出てきても、なぜそうなったのかがわからない。微調整ができないのが最大の課題だ」と語る。
・実際、今の深層学習AIの導入事例を見渡してみても、間違えを出しても説明責任を求められない課題ばかりだ。そうなると、例えばセキュリティーの課題に導入するのはハードルがある。 
▽深層学習はブラックボックス
・例えば、深層学習AIを積んだ手荷物チェック用のX線検査機を開発した日立製作所も、用途は旧来得意としていた空港向けではなく、チェック効率がより重視されるイベント向けだという。また、このAIは危険な手荷物に対して警告を鳴らす仕組みではない。「絶対安全」と判断できるものにだけOKを出し、ちょっとでも不審な点があれば、検査員にチェックを促す。検査の効率は40%ほど向上するが、安全を追及するためにはヒトが最終関門を担わなければいけない。
・警備用カメラをチェックして自動で不審者を捜し出すAIの実用化に挑んでいるセコムは、よりはっきり深層学習への懸念を示している。セコムIS研究所の目崎祐史所長は「深層学習にすべて任せると、ブラックボックスになってしまう」と語る。
・深層学習も利用はしている。しかし、画像からヒトの顔の部分を抜き出すなど、一般的に用いられていて信頼性が確立された課題のみに使う。つまり、深層学習AIは不審者を割り出すための判断材料を映像から抜き出すためのパーツに過ぎない。その材料からどう正解を導くかの判断プロセスは、ベテラン警備員の経験知をコンピューター言語にすることでAIに組み込んでいる。敢えて旧来型の手法でAIの判断プロセスを構築しているのだ。
・また、深層学習だけに頼れば、AIの成長に使うデータ量の競争に陥りがちだ。多くのデータ量を読み込むほど深層学習AIは賢くなるからだ。しかし、データの扱いを一つ誤ると、ICカードのデータを外部提供して批判を浴びたJR東日本のように、手痛いしっぺ返しをくらう。
・セコムの場合、AIの成長に使うデータは、エキストラが不審者のふりなどをする映像だけだ。実際の監視カメラの映像は含まれていない。国内では監視カメラ映像のような機微な情報を集めるのが難しい以上、ヒトが判断プロセスを書き込む旧来の方式と深層学習をハイブリッドで使う方法は有用だと記者は考える。
・もちろん深層学習そのものは非常に有効な技術だ。先に挙げた弱点を補い、深層学習AIを進化させようという研究も盛んだ。 富士通やNECが開発しているのが「ホワイトボックス化」と呼ばれる技術。深層学習AIの判断材料や判断プロセスを解析して可視化しようという試みだ。
・もう一つが「GAN(ガン=敵対的生成ネットワーク)」。2つのAIを競い合わせることで成長させる技術だ。片方のAIは、相手のAIがいかにも間違えそうな「意地悪問題」を出して成長を促す。AIがAIを成長させるためのデータを自動で生成するので、データ量を追い求める競争から脱却できる可能性を秘めている。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/122100550/?P=1

第三に、1月24日付け東洋経済オンライン「フェイスブックのAIがぶち当たった「限界」 最先端でも子どもの学習能力には勝てない」を紹介しよう(▽は小見出し、Qは聞き手の質問、Aはルブリュン氏の回答、+は回答内の段落)。
・各国の大企業がこぞって独自開発し、活用に乗り出すAI(人工知能)。日々、膨大な量の写真や動画が投稿されるフェイスブックも、プラットフォーム全体の健全性を維持するのにAIをフル活用しているほか、すぐにはビジネスに結び付かないような先端研究にも力を注ぐ。
・今のAIには何ができて、何ができないのか。AIはこの先、どう進化するのか。同社の学術的研究を担うチーム「Facebook AI Research(フェイスブック人工知能研究所)」のエンジニアリング・マネージャー、アレクサンドル・ルブリュン氏に最前線の研究について聞いた。
▽100億枚から不適切な写真をAIが監視
Q:フェイスブックのサービス上では、AIはどのように使われていますか。
A:フェイスブックには、1日約100億枚の写真が投稿されている。そのすべてを人間の目でチェックするのは不可能なので、ここでAIが活躍する。具体的には、タイムラインやメッセンジャーに写真が投稿されると、これは一般に見せていいものか、たとえば暴力的だったり、性的だったりしないかを瞬時に判断する。好ましくない写真をアップしようとしている人は絶えず存在しているので、まずはそれをはじくのがAIの重要な仕事だ。
+もう一つの役割は、AIで写真の内容をより深く理解し、誰が「いいね!」するかを判断すること。たとえばネコ好きの人には、ネコが写っているとAIが認識したものを優先的に見せようとする。一方で友人の赤ちゃんの写真を見飽きている人には、赤ちゃんの写真を見せる頻度を下げようとする。コンテンツの中身を理解して、それを楽しめる人とのマッチングを図っているわけだ。
+写真だけでなく、テキスト、動画、VR(仮想現実)でも何でも、コンテンツの内容をより深く理解しなければ、ユーザーにとってよいセレクションをするのは難しい。特に写真や動画に関しては、テキストと違った難しさがある。どのユーザーに見せるべきか、誰に好まれるコンテンツか、という判断を的確にできるよう、研究を進めている。 それ以外にも、視覚障害がある人のためにAIで写真の内容を把握して音声で説明したり、テロ行為や自殺願望をほのめかすような写真・動画投稿を検知して迅速に対応したりと、あらゆる面でAIを活用している。
Q:さまざまなITサービスの中でも、フェイスブックのようなSNSはAIと親和性が高い分野ですか。
A:フェイスブックに限らず、今日のSNSはどれもAIなしでは存在しえない。なぜなら表示するコンテンツを高度に選択しないと、ノイズが多すぎるからだ。いかがわしいもの、不適切なものを機械的にフィルターにかける機能がない状態では、あっという間に危険なプラットフォームになってしまう。今のソーシャルメディアの規模を考えればなおさらだ。
+残念なことに、悪いことをしようとする人々も、AIの目をどうにかすり抜けようと頭を使って新しい手法を編み出している。10年前には、(テキストの)キーワードを含むものを抽出して不適切性を判断していればよかったが、今はそれだけではまったく不十分。ソーシャルメディアの未来は、質のよい、高精度なAIなくしてはありえないといえる。
▽AIはまだまだ”インテリ”ではない
Q:今のAIの改善点、限界はどこにあるのでしょう?
A:アーティフィシャルインテリジェント(AI)と言われる割に、まだそんなに“インテリ”ではない点だ。今、機械学習は「教師あり学習」という手法が主流だが、膨大な量の例をAIに見せて学ばせる必要がある。たとえば、AIが温度のセ氏からカ氏への変換をできるようにするには、200~300の事例を読み込ませる。AIが「これはネコの写真だ」と認識するには、少なくとも1万枚程度のネコの写真を見せる必要がある。
+人間の子どもならどうか。たとえば、ネコという動物を認識させたい場合、せいぜい5回くらいネコに遭遇すれば、「これがネコだ」という認識が生まれる。熱湯に指を突っ込んでやけどをしてしまったら、一度だけでその先ずっと覚えていると思う。AIは、最先端のものでも何千回と同じ経験をしなければうまく認識できない。
+実はAIの教師あり学習という手法は、1980年代から30年くらい行われている。その間、裏側のアルゴリズムはほとんど変わっていなくて、やっと(収集できる)データの量とPCの計算能力が十分な水準に達し、機能し始めたのがここ5年だ。それと同時に専門家の間では、教師ありの機械学習は数年内に一定のポイントに到達できるという自信が生まれている。限界地点が見えてきた、ともいえる。
+アウトプットの種類を考えても、教師あり学習には限界がある。不適切な写真をはじく、英語から日本語に翻訳する、交通規制通りに自動運転をする、チェスの試合をする、といった、ある程度シンプルなタスクの場合はうまく機能する。でも、感情豊かに人と対話したり、もっと深い推論を行ったりする能力は、今の教師あり学習の延長上にはないまったく新しい分野になる。
Q:「教師なし」の機械学習はどのくらい研究が進んできたのでしょうか。
A:まだ始まったばかりで、最適な解決策の糸口を探している段階だ。その中で一つ、私たちが進めているのが、子ども、乳幼児を生物学的に深く研究し、そこからインスピレーションを得ようという試み。彼らの学び方を観察して、それを機械の学び方に生かせないかという考え方だ。
+子どもは本当にすごい。1日10時間起きているとすれば、そのうち95%は「教師なし学習」の時間。つまり、「これはペンだよ」「これはリンゴだよ」と教え込む作業をしていないにもかかわらず、自分で見て、聞いて、遊んで、探検して、学んでいる。ほんの少量のデータで、一気に賢くなる。われわれの最先端のAIよりはるかに頭がいい。
▽会社が違っても研究コミュニティは一緒
Q:子どもの学び方にヒントを得ようとするのは、AI研究の共通的なアプローチなのでしょうか。
A:研究者のコミュニティはある種の”家族”のようなもので、所属がフェイスブックだろうがグーグルだろうがIBMだろうが、あまり関係がない。皆が同じカンファレンスに出て、とてもオープンな環境で研究しており、この会社だからこの方向性、というものもない。自由度の高い、ボトムアップの世界だ。
+私自身が所属しているAI研究チームも、もっぱら学術的な研究開発を行い、すべての活動をオープンにしている。私たちの第一の目的はフェイスブックの事業を助けることではなく、あくまで最先端のAI技術を追い求めることだ。もちろん、それが時としてフェイスブックのビジネスに直接役立つことはあるが。
+特に教師なし学習の研究は、これから非常に長期戦になるだろう。10年間研究し続けても結果が出るかわからないというレベル。そういう類の研究に投資し続けられる企業はあまり多くないが、長期的かつ抽象的な研究が科学の発展のためには重要だ。
Q:最近では音声アシスタントやスマートスピーカーが盛り上がっていますが、非ディスプレー型製品が普及した先に、フェイスブックはどのような姿になっているでしょう?
A:構図として、(テキストや写真などの)ビジュアルに相対する概念としての音声、という形にはならず、相互補完的になっていくのではないか。たとえば、オープンスペースで仕事をしているときや、すごく複雑で体系的な情報を取得しようとしているときには、テキストや写真、表などのほうが適している。でも運転中や料理の途中にちょっとしたニュースを聞くときなら、音声のほうがいい。どちらか一方ではなく、組み合わせて使うことで便利さが増していく。
+その流れの中で、フェイスブックをはじめとするSNSの使い方に何らか変化が生じてくるのは明らか。スクリーンを見て使う、というだけではなく、聴覚的な情報や付加価値がより重要度を増す可能性はある。一方で、友達と楽しい出来事をシェアしたり、一緒に何かを体感したりといったコンセプトは変わらないはずだ
http://toyokeizai.net/articles/-/205816

第一の記事で、 『AIによる自動化が図られるのは、それが容易な分野だけでなく経済的な利益が大きい分野も、である。企業にとっては、高賃金の仕事ほど機械で置き換えるメリットが大きい。低賃金で機械化の利益が小さいところや、雑多な作業で対応が難しいものが人間が行う仕事として残され、生活を支えるために多くの人がこうした仕事を得ようとして争うことになる恐れが大きい』、他方で 対応策として検討されている 『ベーシックインカムの制度・・・職を失っても生活が保障されるという意味では朗報だが、あくまで最低限度のセイフティーネットに過ぎない。一部の人が現在は想像できないような豊かさを享受する一方で、多くの人の生活水準は大幅に低下してしまうという著しい格差が生まれることを防ぐことはできないのである』、 『デジタルエコノミーの発展は人類に想像できないような豊かさをもたらすことができるはずだが、それは神の見えざる手に任せておけば自然に実現するというものではないだろう』、市場原理に委ねないとしたら、一体どういうことになるのだろうか。
第二の記事で、 『「深層学習にすべて任せると、ブラックボックスになってしまう」』、この弱点をカバーするため、 『「ホワイトボックス化」と呼ばれる技術。深層学習AIの判断材料や判断プロセスを解析して可視化しようという試みだ』、 『もう一つが「GAN(ガン=敵対的生成ネットワーク)」。2つのAIを競い合わせることで成長させる技術だ』、第一の記事でみた社会的影響を度外視して純粋に技術面だけでみれば、大いに楽しみな技術だ。
第三の記事で、 『アーティフィシャルインテリジェント(AI)と言われる割に、まだそんなに“インテリ”ではない・・・AIが「これはネコの写真だ」と認識するには、少なくとも1万枚程度のネコの写真を見せる必要がある』、機械学習といってもやはり限界もあるようだ。 『子どもは本当にすごい。1日10時間起きているとすれば、そのうち95%は「教師なし学習」の時間。つまり、「これはペンだよ」「これはリンゴだよ」と教え込む作業をしていないにもかかわらず、自分で見て、聞いて、遊んで、探検して、学んでいる。ほんの少量のデータで、一気に賢くなる。われわれの最先端のAIよりはるかに頭がいい』、ということは、AIを過度に恐れる必要はないのかも知れない。
タグ:AIはまだまだ”インテリ”ではない アレクサンドル・ルブリュン 「フェイスブックのAIがぶち当たった「限界」 最先端でも子どもの学習能力には勝てない」 GAN(ガン=敵対的生成ネットワーク ホワイトボックス化 深層学習はブラックボックス バズワードになったAIと深層学習 「静かに広がる「アンチ深層学習」「アンチAI」 ブラックボックス化を警戒」 日経ビジネスオンライン デジタルエコノミーの発展は人類に想像できないような豊かさをもたらすことができるはずだが、それは神の見えざる手に任せておけば自然に実現するというものではないだろう ベーシックインカムは解決策にならない AIの発達で拡大していく格差 ライアン・エイヴェント 『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか~労働力余剰と人類の富』 「AIの発達をこのまま市場に任せてよいのか 人類にとって「憂鬱な未来」か「豊かな未来」か」 東洋経済オンライン 櫨 浩一 その4)(AIの発達をこのまま市場に任せてよいのか 人類にとって「憂鬱な未来」か「豊かな未来」か、静かに広がる「アンチ深層学習」「アンチAI」 ブラックボックス化を警戒、フェイスブックのAIがぶち当たった「限界」 最先端でも子どもの学習能力には勝てない) (AI) 人工知能
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日本のスポーツ界(その6)(相撲界不祥事:小田嶋氏の見方) [社会]

日本のスポーツ界については、昨年12月5日に取上げたが、今日は、(その6)(相撲界不祥事:小田嶋氏の見方)である。

コラムニストの小田嶋隆氏が2月9日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「で、どっちがワルモノなんだい?」を紹介しよう。
・またしても相撲の話題に触れなければならない。 大変にめんどうくさい。 個人的には、大相撲が直面している問題に、たいした公共性があるとは思っていない。 その点からいえば、この話題は、放置するべきだとも思っている。
・しばらく放置して、半年なり1年が経過した時点で、状況の変化を受けてのコメントを提供しておけばとりあえずはOKという、その程度の話題に過ぎない。 ただ、年が明けてからこっち、発端となった暴力事件とは別に、貴乃花親方の理事解任&立候補&落選をめぐる報道が奇妙なぐあいに過熱している。 隠蔽体質の組織 vs 孤高のヒーロー 老害既得権益者集団 vs 若き改革者  という、いつ出来上がったのやら知れない不可思議なアングルの対立図式がQシートの行間に書き込まれた形で番組が進行している。
・世間は、醜いこの世の鬼を退治する若き改革の旗手に熱狂しはじめている。 ことここに至った以上、放置してばかりはいられない。 発言せざるを得ない。 もっとも、私が声を上げるのは、対立している二つの陣営の、いずれかの立場を代弁するためにではない。 私がここに書くつもりでいるのは、一言でいえば、「大相撲をおもちゃにするのはもういい加減にやめようではありませんか」ということに尽きる。それ以上でも以下でもない。
・もうひとつ、私が、たいした公共性を持っているようにも思えない大相撲の話題をあえて取り上げる決意を固めたのは、ここに至る一連の報道の中で、ひとつの仮説として示唆されつつあるスジの悪いストーリーが、あまりにも広い層の人々の心をとらえてしまっている現状に危機を感じたからだ。
・素人というのは、ここまでチョロい人たちなのだろうか。 マジョリティーというのは、これほどまでに軽薄な存在なのだろうか。 だが、注意せねばならない。 この言い方はうっかりすると愚民蔑視に着地してしまう。 ぜひ、慎重に述べねばならない。
・私は、一般大衆を攻撃したくてこんなことを言っているのではない。 ただ、商業メディアがビジネスとして愚民を養成しにかかっていることに、この際、注意を促しておくべきだと考えたから、あえて口を開くことにしたのだ。 彼らは、話を単純化している。 複雑な背景と錯綜した経緯の上に成立しているサブストーリー満載の一大民族叙事詩を、「悪の組織 vs 正義のヒーロー」式の英雄物語に翻案すれば、たしかに素人受けは良くなるだろうし、構成台本も書き起こしやすくなるだろう。
・しかしながら、メディアが伝えるべきなのは、事実であって物語ではない。 おそらく、ファクトよりはストーリーの方が売り上げに結びつきやすいのだろうし、ファクトを並べて専門家の解説を仰ぐよりは、一定のアングルからのブックを宣伝しにかかったほうが視聴者の食いつきも良いには違いなかろう。
・でも、そんなことのために、土俵が焼け野原になっては困る。 焼畑を繰り返す転地農法で収穫をあげている人間たちにとっては、ある分野が灰になったら、また別の火種を求めて違う野原に放火すればそれで良いのかもしれない。 が、相撲ファンにとっての土俵はひとつしか存在していない。
・いま自分たちが見ている土俵が灰になって、すべての力士が遺骨になってしまったら、われわれは二度と相撲を見ることができなくなってしまう。 だから、私は、メディアが提供している安ピカの改革ヒーロー外伝に水をかけて、この不当な火災を鎮火させなければならないと決意した次第だ。
・相撲協会がさまざまな問題をかかえていることは事実だ。 が、それらの問題は、基本的には、相撲にかかわる人々が自分たちの力で解決するべき事柄であって、他人が思いつきで介入することで改善が期待できるようなものではない。 その意味で、この3カ月ほどの大相撲報道は、あきらかに常軌を逸している。 内容もさることながら、報道の量がとにかく異様だ。
・報道が相撲をおもちゃにしているという言い方が妥当なのかどうかはともかくとして、ワイドショーをはじめとするメディアが、相撲界内部のトラブルをあれこれいじくり回すことで放送時間の大きな部分をしのいでいるのは事実だし、彼らが自分たちの作り出した相撲改革劇場を数字のとれる論争コンテンツとしてプッシュし続けていることもまた事実だと思う。
・他人のトラブルであれ、組織の不祥事であれ、見知らぬ男女の婚外交渉であれ、それらの出来事に一定以上の公共性が宿っているのであれば、記者が追いかけるのも良いだろうし、週刊誌が憶測記事を書くことにも、お昼の番組が半端な野次馬を集めて議論することにもそれなりの報道価値が生じるものなのだろう。
・しかしながら、昨年来続いている角界内部の暴露報道合戦は、それをネタに稼いでいる人間たちが潤っている以外、誰にもメリットをもたらしていない。相撲ファンははじめから辟易しているし、非相撲ファンは意味もわからずに腹を立ててばかりいる。
・現代にあっては、腹を立てることそのものが有力な娯楽のひとつなのだと、グッディやバイキングのプロデューサーがそう言い張るのなら、一応、この場は、耳を傾けておいてさしあげてもかまわない。でも、私は彼らが考えているみたいな形式で世界に対峙している人間ではないし、本当のところ、視聴者の多くも、単に退屈しのぎをしているだけなのだと思っている。
・視聴者の怒りを煽ることは、数字に結びつけやすい番組演出作法なのだろうし、だとすれば、不満を抱いている人間が腹を立てるように持っていくのが番組作りのコツだ、ってなことにもなるのだろう。が、怒りそれ自体が状況を改善することはあり得ない。 とすれば、人々の怒りの感情にアピールすることで、何かを成し遂げたつもりになっている人間は、表現者であるよりは単に扇動者なのであって、メディアの中にこの種の人々が増えることは、すなわち業界の頽廃だと思う。
・昨年来の相撲関連報道に、相撲の世界の当事者は、端的な話、迷惑しているはずだ。 角界の運営に問題があることは様々な立場の人々が指摘している通りだし、彼らが反省せねばならないこともおっしゃる通りではある。が、だからといって、基本的な背景知識すらろくすっぽ持っていないド素人による思いつきの説教を、真面目な顔で聴かなければならない義理を相撲界の人間が生まれつき背負っていると考えるのは早計だ。当然じゃないか。いったいどこまで思い上がれば自分が知っているわけでもなければ勉強したわけでもない世界に対して、したり顔で改革を強要することができるのだ? 君たちは創造主なのか?
・私は、なんだかんだで50年近く相撲を見てきた人間だ。 そういう私のような古くからの相撲ファンは、大相撲に問題があることを、もちろん知らなかったわけではない。それらの問題が永遠に改善されないまま存続してもかまわないと思っているわけでもない。ただ、われわれは、問題の解決が簡単ではないことを理解しているし、それ以上に、自分たちのような外部の人間が生半可な覚悟で問題に介入することで、相撲のあり方を歪めてしまうことを恐れている。
・相撲は、相互に矛盾する複雑な基盤の上に成立している至極曖昧な現象と言っても良いものだ。 それゆえ、改革を進めるにしても、透明化に着手するにしても、一刀両断の荒仕事で簡単に話が決着するような刺し身のネタではない。
・出来の悪い巨大プログラムのデバッグなり仕様変更なりに従事した人間ならある程度わかるはずだが、入り組んだ構造体のバランスを改善するためには、そのシステムが形成されるに至った長い時間に相応する、大変な時間を投入せねばならないものなのだ。何なら、手元のスマホがトラブルに陥った話に例えてもいい。特定のアプリが原因で問題が起こっている、とは限らないし、そのアプリを取り除けばすべてが解決する、というわけでもない。むしろ、考えなしにアプリを削除したら、当面のバランスをさらに崩すことになるかもしれない。 ウィルスのせいと断定することもできない。
・なにしろ設計が古いうえに、場当たり的な修繕と増築が基本構造を複雑怪奇にしてしまっている。 メモリは不足しているし、CPUの基本性能も処理に追随できていない。当然、OSのバージョンは古すぎるしブラウザも信用できない。 こういうシステムをリニューアルするつもりなら、まずはじめに、それなりの時間と手間と資金を覚悟しなければいけない。
・ハードディスクをフォーマットして空き容量を作ったらどうだとか、常駐ソフトを全部捨てればメモリの負担が軽くなるんではないかとか、考えの足りない素人はおよそ無責任な改善策をドヤ顔で畳み掛けてきがちなものだが、そんなアドバイスを鵜呑みにしていたら、それこそシステムは永久にフリーズしてしまう。 むしろ、一番簡単なのは古いシステムをまるごと廃棄して、新しいマシンを買うことだ。
・実際、手間と費用の話をすれば、古いシステムを修理して使うよりは、ニューマシンを買った方がずっと安くつく。そういう道が無いわけではない。 が、仮にSUMOという新しい土俵サークル格闘技を誕生させたのであれば、その瞬間に、相撲の伝統は完全に失われる。
・おそらく、相撲に愛情を抱いていない人々は、それでもかまわないのだろう。 自分たちの好みにかなう、オープンでモダンでトランスペアレントでフェアな競技が爆誕すればOKだと考えているごきげんなクルーたちは、自分の観察範囲の中で派手な騒動が巻き起これば、結果がどうなろうと、騒ぎが見物できるだけでも万々歳だと、どうせそう考えている。
・話を戻そう。 相撲協会が問題百出の腐敗組織であることがその通りなのだとして、それでは、その腐敗組織から排除されているかに見える人物は、そのことをもって正義の追求者と判定できるのだろうか。 スキャンダリズムを標榜するメディアは、善悪二元論に立脚したシンプルなストーリーに乗っかることを好む。
・今回の例でいえば、「隠蔽体質の腐敗した協会の既得権益者のジジイたちが、若き改革者にして正義の人たる貴乃花親方をよってたかって排除しにかかっていて、相撲利権にあずかっている一部マスゴミがその後押しをしている」ぐらいな陰謀論ストーリーが、最大公約数として提供されることになる。
・ドラマなり映画を見ている時に 「で、どっちがワルモノなんだい?」 と尋ねてくる人たちが、いまでも多少は生き残っている。 多くはご老人だ。 おそらく、彼らが生まれ育った時代、時代劇をはじめとするドラマのほとんどすべては、モロな勧善懲悪のプロットを踏襲していて、筋立てから人物造形に至るすべてが「ワルモノ」と「イイモノ」をきっぱりと二つに区分する手法で作劇されていたのだと思う。
・実際、昭和の時代の時代劇の中の悪役は、化粧の仕方や視線の運営の仕方だけで、誰が見てもひと目でワルモノとわかる演技をしていたものだった。 21世紀のドラマの世界では、そこまであからさまなツクリのものはさすがにあまり目につかない。
・しかし、代わりに、ニュースショーが勧善懲悪アングルで作られるようになっている。 「で、どっちがワルモノなんだい?」 という視聴者からの質問にこたえる形で、ワルモノとイイモノを、はじめからわかるように描く演出でニュースを作っている。 
・知的負荷の高い情報を避ける人々は、「わからない」状態を嫌う。であるから、彼らは、「モヤモヤする」感情や、「漠とした不安」や、「理解できない」混沌や、「先の読めない」展開よりも、「こんなことが許されて良いのか」的な、「怒り」や「義憤」や「正義の感情」を刺激するフレーズを尊重する。
・てなわけで、ニュースは、ファクトやエビデンスという素材に義憤や正義という調味料をまぶした一品料理の形で食卓に提供されることになる。
・貴乃花親方が相撲協会の改革に強い情熱を持っている人物であることは、私も以前からよく知っている。  ただ、その情熱が、具体性のあるプランを伴ったものであるのかどうかについては、一定の疑念を抱いている。 それ以上に、現在、貴乃花親方自身が、廃業した弟子に対する暴力事件で訴訟をかかえる身であること、さらには、昨年、金銭問題を理由に解任された外部理事といまだに親しい関係(部屋の集まりで乾杯の音頭を取っている)にあることなどなど、ご自身の周辺にかんばしからぬ噂が多い点を憂慮している。
・いま書いたことの裏付けを知りたい読者は、以下にリンクを張る「リテラ」の記事を参照してほしい(こちら)。 リンクを張っておいてこういう言い方をするのはナンだが、リテラ自体、とかくの噂のあるメディアではある。中には、「フェイクニュース」だと決めつけている人たちもいる。 ただ、この記事に関してはしっかりとした取材に基づいている。少なくとも私はそう思っている。 ほかにも、ここに出てくるキーワードを検索すれば、いくつかのメディアのソースにたどりつくことができるはずだ。
・ともあれ、相撲を何十年も見てきている人間であれば、貴乃花親方を単純に正義の味方になぞらえた図式で作られている最近の記事を、簡単には鵜呑みにできないのは当然の話で、だからこそ、私の知っている幾人かの相撲通は、異口同音に相撲報道の偏向を訴えている。
・私は、貴乃花親方を攻撃したくてこんな話をしているのではない。 個人的感情の話をすれば、私は貴乃花の大ファンだったし、いまでも基本的には敬意を抱いている。 ただ、その貴乃花親方が、昨今言われているように、たった一人で相撲協会を改革できる人物なのかというと、その点には疑問を抱かざるを得ない、と、そういうことだ。むしろ、過大な責任を負わせるのは酷だといった感じかもしれない。
・貴乃花親方を一方的に正義の味方に擬する形で大量配信されている昨今の報道には、はっきりと懸念を感じる。 だからこそ、あえてネガティブな記事にリンクを張った。 勘違いしないでほしいのは、私が、協会を擁護するために原稿を書いているのではないということだ。 何かを批判している人間を見つけると、ただちに逆側の立場に立つ誰かの手先だと判断するみたいな基準で世界を眺めている人たちがいる。 党派的な争いの多いネットの世界では、特にその傾向が強い。
・しかし、私は、そういう話をしているのではない。 むしろ、そうやって話をわかりやすくすることの害毒について語るのが、このテキストの主題でさえある。 ぜひご理解をお願いしたい。
・とにかく、相撲協会の不祥事を追及するのであれば、貴乃花親方についても、一部で伝えられている疑惑を一応は紹介しておくのがまっとうな報道だと思う。 にもかかわらず、そうしないメディアが多い。 双方に非があるみたいな話は、アングルとしてわかりにくいという理由で、メディアでは採用されにくい。 彼らが、陰謀に加担していると言うつもりはない。 単に、提供するコンテンツについて商売になる外形を整えたがっているだけなのだと思う。 その、「商売になる外形」が、つまりは、「正義の物語」だということだ。
・繰り返すが、メディアは、わかりやすいストーリーを好む。 複雑な背景を持った事件について伝えるにあたって、彼らは、事実そのままの複雑な記事を書くことを好まない。なんとなれば、複雑な記事はわかりにくいという理由で、読者に好まれないからだ。 で、彼らは、多様なファクトを列挙することよりも一本道のストーリーに乗っかった書き方を選ぶ。
・テレビの態度はさらに露骨だ。 彼らは、感情に訴える伝え方を好む。 彼ら自身は、視聴者の側がエモーショナルな情報を好むことに対応しているに過ぎないと考えているのだろうが、事実として、テレビの番組制作にかかわっている人間たちは、取材で知り得たとおりの、複雑でわかりにくくて多様な解釈の余地を残す硬軟取り混ぜたバラバラのファクトを並べにかかるよりは、単純なストーリーに乗っかったシンプルなアジテーションの完成に注力している。
・だからこそ、一方を悪として告発するためには、もう一方の側を正義の味方として描写せねばならなくなるわけで、今回の扇情的な報道は、つまるところ、そういう商売上の必然がもたらしたバイアスだったと言って良い。
・相撲の世界を観察してきた者の目には、今回の報道はただただ異様に見えた。 とはいえ、私は、昨年来の愚かしい報道を眺めながら、こんなに雑なストーリーが、長持ちするはずはないと、一方ではタカをくくってもいた。いくらなんでも、視聴者はそこまでのバカじゃないぞ、と。 しかし、実際に起こったのは、私の予断を超越していた。 ワイドショーや一部の週刊誌が提供している横着な貴乃花正義報道は、どうやら、大衆の支持を獲得しつつある。
・粗雑な要約は、粗雑であるがゆえに飲み込みやすく、受け容れられやすいということなのだろうか。 わからない。 1週間ほど前に、貴乃花アゲアゲ報道にツイッター上で苦言を呈したところ、その日を境に、私のツイッターのフォロワー数は目に見えて減少し続けている。 おそらく、この記事が公開されたら、フォロワー数はより顕著な減少をたどることになるだろう。
・すっきりした結論が思い浮かばない。 より正確に言えば、私は、いま自分のアタマの中に浮かんでいる結論を、はっきりと書き起こす気持ちになれずにいるということだ。 理由は、あまりにも救いがないからだ。  ということで、いくつか引用を並べてなんとなくフェイド・アウトすることにしたい。
・まずは2月2日に投稿したツイートを列挙しておく。 《しかしまあ、ここしばらくのワイドショーや週刊誌の持ち上げ方が影響しているのだとは思うけど、「腐敗した協会の体質は高潔な英雄的人物の力で根本から改革されるべきだ」みたいなお話を鵜呑みに信じ込んでしまっている人たちの数が少なくない事実にしみじみと恐ろしさを感じることです。》
・《腐敗が存在することが事実なのだとして、だからって、「一人の高潔な救世主の登場を待望するマインド」がこれほどまでに安易かつ軽率にしかもおそろしい勢いで共有されてしまって良いはずがないではありませんか》 
・《この「英雄待望マインド」が相撲の世界限定のお話で完結すれば良いんだけど、私は必ずしも楽観していません。この先、北朝鮮が先鋭化したり、トランプが短慮に走ったり、北朝鮮以外の東アジア諸国のいずれかかが極端な行動に出たりすると考えると、色々とアタマが痛いことになる気がしています。》 
・最後に毎日新聞の今朝の記事にリンクを張っておく。 《日馬富士暴行問題 「白鵬ら神事に反する」 貴乃花親方、場所出場を批判 --毎日新聞》(こちら) テレビ番組出演時の発言内容をそのまま記事にしているだけでもどうかしていると思うのだが、 「暴行事件に同席した力士が土俵に上がるのは神事に反するように思える」 という、個人の宗教的なコメントに過ぎない談話を、何の論評を加えることもせずそのまま掲載している態度にも驚きを禁じ得ない。
・週刊誌やワイドショーが一般の英雄待望マインドに媚びたり、悲劇のヒーローを演出することで部数や視聴率を稼ぎにかかる構造は、まあ、ありそうな話なのだが、その安っぽい英雄物語に新聞が乗っかっている姿を見せられると、いささか嫌な気分になる。
・おそらく、爆弾三勇士の話が英雄譚の形を整えて行く過程でも、似たようなことがあったはずだ。 はじめは講談本やカストリ雑誌が煽ることで増幅された気分が、やがて確固たる市場を形成し、最終的には新聞がこぞってそれに乗っかって記事を書くイケイケの時代がやってきたということだ。
・マジョリティーは実に軽薄だ。 というよりも、時代というのは、そういうチョロい人たちが動かすものなのだろう。 動かしたい人は、好きにしてくれてかまわない。 私は時代に取り残される所存だ。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/020800130/?P=1

小田嶋氏が、 『商業メディアがビジネスとして愚民を養成しにかかっていることに、この際、注意を促しておくべきだと考えたから、あえて口を開くことにしたのだ。 彼らは、話を単純化している。 複雑な背景と錯綜した経緯の上に成立しているサブストーリー満載の一大民族叙事詩を、「悪の組織 vs 正義のヒーロー」式の英雄物語に翻案すれば、たしかに素人受けは良くなるだろうし、構成台本も書き起こしやすくなるだろう・・・人々の怒りの感情にアピールすることで、何かを成し遂げたつもりになっている人間は、表現者であるよりは単に扇動者なのであって、メディアの中にこの種の人々が増えることは、すなわち業界の頽廃だと思う』、との指摘はその通りだ。 『週刊誌やワイドショーが一般の英雄待望マインドに媚びたり、悲劇のヒーローを演出することで部数や視聴率を稼ぎにかかる構造は、まあ、ありそうな話なのだが、その安っぽい英雄物語に新聞が乗っかっている姿を見せられると、いささか嫌な気分になる。 おそらく、爆弾三勇士の話が英雄譚の形を整えて行く過程でも、似たようなことがあったはずだ。 はじめは講談本やカストリ雑誌が煽ることで増幅された気分が、やがて確固たる市場を形成し、最終的には新聞がこぞってそれに乗っかって記事を書くイケイケの時代がやってきたということだ』、というのは、よくぞここまで思いついたと感心すると同時に、日本の一般紙の姿勢に改めて懸念を強くした。
タグ:おそらく、爆弾三勇士の話が英雄譚の形を整えて行く過程でも、似たようなことがあったはずだ。 はじめは講談本やカストリ雑誌が煽ることで増幅された気分が、やがて確固たる市場を形成し、最終的には新聞がこぞってそれに乗っかって記事を書くイケイケの時代がやってきたということだ その安っぽい英雄物語に新聞が乗っかっている姿を見せられると、いささか嫌な気分になる 筋立てから人物造形に至るすべてが「ワルモノ」と「イイモノ」をきっぱりと二つに区分する手法で作劇されていたのだと思う 改革を進めるにしても、透明化に着手するにしても、一刀両断の荒仕事で簡単に話が決着するような刺し身のネタではない 相撲は、相互に矛盾する複雑な基盤の上に成立している至極曖昧な現象 人々の怒りの感情にアピールすることで、何かを成し遂げたつもりになっている人間は、表現者であるよりは単に扇動者なのであって、メディアの中にこの種の人々が増えることは、すなわち業界の頽廃だと思う らは、話を単純化している。 複雑な背景と錯綜した経緯の上に成立しているサブストーリー満載の一大民族叙事詩を、「悪の組織 vs 正義のヒーロー」式の英雄物語に翻案すれば、たしかに素人受けは良くなるだろうし、構成台本も書き起こしやすくなるだろう 商業メディアがビジネスとして愚民を養成しにかかっていることに、この際、注意を促しておくべきだと考えたから、あえて口を開くことにしたのだ 老害既得権益者集団 vs 若き改革者 隠蔽体質の組織 vs 孤高のヒーロー 貴乃花親方の理事解任&立候補&落選をめぐる報道 「で、どっちがワルモノなんだい?」 日経ビジネスオンライン 小田嶋隆 (その6)(相撲界不祥事:小田嶋氏の見方) 日本のスポーツ界
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インフラ輸出(その6)(JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由、日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運、ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢、「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由) [インフラ輸出]

インフラ輸出については、昨年12月19日に取上げた。今日は、(その6)(JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由、日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運、ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢、「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由)である。 先ずは、 欧州鉄道フォトライターの橋爪 智之氏が1月12日付け東洋経済オンラインに寄稿した「JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由 日本でのノウハウがすぐ生きるとは限らない」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・2017年8月17日付記事「JR東日本が英国で鉄道運行する『本当の狙い』」で既報の通り、JR東日本と三井物産の2社は、オランダ鉄道旅客輸送部門アベリオの英子会社、アベリオUKとともに英国ウェストミッドランド路線のフランチャイズ(営業権)を獲得、同年12月10日より列車の運行を開始した。 ・3社合弁による新生「ウェストミッドランズ・トレインズ」社は、同日よりバーミンガム周辺のローカル輸送を担う「ウェストミッドランド・レイルウェイ」と、ロンドンからリバプールの近郊輸送を担う「ロンドン・ノースウェスタン・レイルウェイ」の2つのブランドで列車の運行を行っている。 ▽日本の技術と経験は生かせるか ・運行開始を記念して、翌11日には英国中部の都市バーミンガムで記念式典も開催され、JR東日本の小縣方樹副会長らが出席、運行開始を祝った。JR東日本は、今後も海外展開を積極的に進めたいとしており、日本ならではの安全やサービス、定時性などをアピールしていくことを強調した。JR東日本の名前を広く知ってもらうことが同社にとっての最大の目的であるとしても、同社が持つ経験や技術が生かせる場面も多いだろうという期待の声も大きい。 ・とはいえ、JR東日本が参入したことで、英国の鉄道会社が即、日本のようにサービスや定時性、安全性に優れた鉄道システムに生まれ変わるかと言えば、それはちょっと違う。もちろん、日本の鉄道会社が持つ運行のノウハウには、他国でも活用できそうなものは多々あることだろう。だが、日本とは鉄道システムに大きな違いがある英国やその他の欧州諸国において、日本のノウハウをそのまま持ち込んですぐに活用するのは容易ではないし、そもそも求められている内容が異なる場合もある。 ・たとえば運行に関わる部分では、定時性を確保できる無理のないダイヤを組むことが重要だ。英国の場合、特に朝ラッシュ時はどの列車もあまり余裕時間を取っていないように見受けられる。時間に余裕のないダイヤは、ちょっとした遅延が引き金となって、どんどん遅延が拡大していく恐れがある。 ・ラッシュのピーク時に観察していると、ある一本の列車が遅延して駅での乗降に時間がかかると、その次に到着する列車が遅れ、さらにその次も……と連鎖反応のように遅延が拡大していく。これは日本の鉄道にも言えることではあるが、英国や欧州では日本のような競合他社による熾烈な争いがほとんどないため、少なくとも所要時間短縮のために時間を切り詰める必要性はほとんどない。 ・また、乗務員の健康管理や、十分な交代要員の確保なども重要となってくる。英国では運休や遅延の原因として、乗務員が少ない、あるいは乗務員がいないといった、日本ではにわかに信じがたい理由が説明されることがある。日本であれば、乗務員の当日の突然の体調不良や遅刻、寝坊に備え、代わりの乗務員が待機しているのが普通であるが、英国の場合はそれがないようで、もし乗務員が列車の発車時刻に間に合わなければ、列車は運休となるか、乗務員が駅に到着するまで待たなければならない。 ・以前、発車時刻になっても列車が発車せず不思議に思っていたら、しばらくしてから「運転士の到着が遅れており、現在、運転室へ向かっている」という車内放送があり、プラットホームを走っている運転士の姿を見かけたことがあった。もうこうなると笑い話で、慌てて走る運転士の姿を見た乗客からは失笑がもれた。待機要員にもコストは発生するので、そこへ十分な予算を取るべきかどうかの判断は難しい部分ではあるが、乗務員不在による遅延や運休が相次いではお話にならない。 ▽上下分離方式が生む問題 ・しかし一番の問題は、英国を含む欧州各国の鉄道が、列車運行とインフラ管理を別々とした上下分離方式となっている点にあると考えられる。日本のJRは、列車の運行からインフラ管理まで基本的にJR各社が一体で管理を行っているため、ダイヤ作成上支障があったり、遅延の温床となったりするような平面交差や信号システムは、基本的には各社が独自に改良を進めることが可能だ。 ・だが欧州の場合、もともとは旧国鉄の所有だったインフラを政府が保有し、列車運行は別の会社が行う例が多い。英国も例外ではなく、現在は100%政府出資のネットワーク・レイル社がインフラを管理しており、各鉄道会社はこの線路上で列車を運行し、そこで得た収入で線路使用料を支払っている。 つまり、鉄道会社が線路改良を望んでも、自社で行うような迅速な対応で線路や信号の改良が進められるわけではない。英国内の鉄道インフラは日々改良が加えられているものの、その優先順位は政府が決定することで、鉄道会社は既存のシステムの中で最善を尽くしていくしかない。 ・実際のところ鉄道インフラ老朽化や、複雑で無駄の多い線路配線などラッシュ時の遅延の原因となっている部分は英国内各所に散見される。ラッシュ時の定時運行率は、鉄道側が示している数字よりも低いという調査記事もある。 英紙ガーディアンの記者は、通勤途中の地元の駅に掲示されていた定時運行率82.5%という数字を見て、明らかにそれはおかしいと感じ、2016年より通勤時に利用した列車の状況を記録した。すると驚いたことに、1月から4月半ばまでの4カ月間で、予定通りの時刻に到着しなかった遅延時分の積み重ねが24時間にも達したのだ。定時運行率の計測で「定刻」とみなされる5分以内の遅れで運行した列車は、この記者の調査では37%だった。 ▽細かな改良を積み重ねて ・では、ポスターに描かれた82.5%という定時運行率は真実ではないのかというと、これは1日あるいは1週間のトータルにおける数値で、遅延が少ない夜間や週末などもすべて含めた数字だった。ポスターの内容はうそでも間違いでもないものの、通勤時間帯にほぼ連日のように発生する遅延を巧みに隠していたことになる。数値以上に多くの人々が遅延に対する不満を感じていたはずで、この記者が実際に体験していた連日の遅れは真実だったのだ。 ・これは今回JR東日本が関わるウェストミッドランズ・トレインズ社とは別の鉄道会社の話ではあるが、決して他人事として無視することはできない。 もしJR東日本が、列車運行に関する同社の経験や知識を英国で生かすのであれば、遅延や運休を最小限に食い止められるように細かい改良を少しずつ進めていくことが、重要な課題の一つとなるであろう。前述した乗務員の交代要員配置など、自社で行うことができる対策はもちろん、場合によっては英国政府へ働きかけてインフラの整備改良を進めることも必要となってくるかもしれない。 ・日本の鉄道会社=緻密で正確な運行という図式が頭を巡り、私たち日本人はついつい、そういった面における改善を簡単に期待してしまうものだ。だが、実際にはこれからフランチャイズ契約満了の2026年までの間にコツコツと改良を重ね、同社が2026年以降の次期フランチャイズを再契約できるように持っていくことが重要になるだろう。 http://toyokeizai.net/articles/-/203965 次に、アジアン鉄道ライターの高木 聡氏が1月14日付け東洋経済オンラインに寄稿した「乗客が「駅ホーム下」で雨宿りする複雑な事情 日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・インドネシアの現地紙が、2017年10月8日に延伸開業したばかりのインドネシア通勤鉄道(KCI)ブカシ線・タンブン駅で起きた珍事を紹介している。タンブン駅で多くの客が電車待ちをしていたところ、突然のスコール。乗客はあわててプラットホームの下にもぐり大雨をやり過ごしたというのである。 ・この延伸は我が国の円借款を活用した政府開発援助(ODA)によるもの。延伸でタンブンなどの4駅がKCIの営業駅として加わった。真新しいはずの駅なのになぜ屋根がないのか、と思われるかもしれないが、これには理由がある。 ・そもそも、この延伸計画は「ジャワ幹線鉄道 電化・複々線化事業」の一角をなすもので、2001年に約410億円を上限とする円借款契約が結ばれた。調達条件は日本タイドで、具体的にはブカシ線・マンガライ―ブカシ間の複々線化、ブカシ―チカラン間の電化、マンガライ駅の立体化(ボゴール線との平面交差解消)、信号設備等関連設備更新およびコンサルタントサービスがパッケージに含まれていた。複々線化工事に係る土地収用はインドネシア政府が行い、路盤整備、一部構造物の建設(コンクリート製橋梁等)が、日本企業による本体工事に先行して実施された。 ▽日本が行ったのは「必要最低限」のみ ・しかし、一部区間で用地買収が難航し、さらに、先行工事においてインドネシア側の設計ミスもあったといわれている。そこで、日本側は早期に着工できる一部パッケージのみを継続することにした。それが今回完成したブカシ線のチカラン延伸である。 ・2012年に住友商事が約210憶円で落札した「パッケージB1」と呼ばれるもので、マンガライ駅の架線柱取り替え(2016年5月完成)、マンガライ―チカラン間信号設備更新(2017年9月、一部区間を除く)、ブカシ-チカラン間電化工事及び新駅設置などが含まれた。要するに、今回のブカシ-チカラン間の延伸にかかわる最低限のプログラムである。もともとあったタンブン駅でいうと、単に架線を張るだけなのだ。 ・そして残りの部分については、すでに円借款供与の期限を超過したため、ODA事業としての継続が不可能になり、インドネシア予算・企業による事業に切り替わり、工事が進められることになった。ただし、いまだに用地買収が済んでいない箇所もあり、全プログラムの完成時期には不透明な部分がある。 ・そのため、タンブン駅では既存の客車用の低床ホームに、KCIが独自に仮設のステップを設置して対応している。また、改札口も暫定的にプレハブ小屋を建てている。よって、ホーム上に屋根がないのである。 そして相変わらず、線路を横断してホームに出る仕組みで、乗客はプレハブ小屋の屋根の下で電車を待ち、到着が近づくとホームに出るスタイルである。小屋の屋根の下に入れる人数も限られており、炎天下で待たされることもしばしばである。 ・雨期真っ盛りのジャカルタなら、ちょうどそこにスコールが降ることもあろう。雨だけでない、ホームの幅は狭く、乗降客で溢れているときに、上りホームでは頻繁に通過列車が通るため、かなり怖い思いをする。都心から30km圏内にある通勤新線の駅でありながら、駅施設は基本的に停車列車が1日6往復時代のローカル駅から変わっていない。 ▽とても正式開業とはいえない ・「華々しく開業した通勤新線」と報じた日系の報道機関も多いブカシ線延伸開業ではあるが、とても正式開業とはいえない状況で、まったくの見切り発車だ。少なくともチカラン駅が完成してからといわれていたが、インドネシア政府からすると、「線路・架線・電車もあるのになぜ走らせないのか」という批判が出るからだ。まるで乗客の安全とか利便性はどうでもいいかのごとく、先の空港線と同じで、開業予定日までに1本でも電車が走ることに意義があるとされてしまう(『信号未完成「空港線」はぶっつけ本番で走った』を参照)。それが政府関係者にとっての手柄になるからにほかならない。 ・KCIの親会社、インドネシア鉄道(KAI)は長距離都市間輸送こそが使命であるとして、都市近郊の通勤輸送を二の次にしているという事実がある。これは、わが国の旧国鉄にも通じるものであるが、日本の場合、国鉄を補完する私鉄網が発展していたからこそ、旧国鉄は長距離輸送に専念することができた。その私鉄に相当するものがインドネシアの都市部には存在しなかったわけで、2000年代初頭に至るまで鉄道による通勤輸送という概念が、そもそもインドネシアにはなかったのである。いくら海外からの支援で鉄道施設の近代化がなされても、有効に活用されなかったのは、このためである。 ・また、都市近郊の普通列車はエコノミー列車扱いで、低所得者層救済策として、異常なまでに運賃が低廉に抑えられてきたことも、KAIが近郊輸送に関心がない要因として挙げられる。つまり、走らせれば走らせるほど赤字が出る近郊列車をKAIは走らせたくないのである。最終的に自治体の拠出する補助金頼みで、その額により、本数が増減するのだ。 ・ブカシ線がまさにそれに当てはまった。西ジャワ州からの補助金が限られていたので、電化されていないブカシ以東の普通列車の本数が従来、極端に少なかったのである。並行する高速道路はマイカー、バス、トラックで終日大渋滞している。かつて、普通列車は屋根まで鈴なりの乗客が乗っていた。それでもKAIは知らん顔。近年ではKAIが外からの目を気にして、屋根上乗車を禁止し、さらに座席定員制にあらためたため、チカラン界隈で、切符を確保できなかった乗客によるデモまで発生していた。 ・そういう意味では2008年にKAIから独立したKCJ(現KCI)が設立され、ジャカルタ都市圏向けに適正な予算付けが可能になり、独自に電車ダイヤを設定できるようになったのは、非常に意義のあることであり、KCIが残した功績はあまりにも大きい。 ・そして、それが今回チカランまで延長した。もちろん、用地不足によりチカラン駅が未完成なことに加え、ブカシ線は全線で長距離特急・急行列車と線路を共用しており、これ以上通勤電車の本数を増やすことができない状況ではある。日中でも朝ラッシュ時並みの混雑で電車がやってくるときには閉口させられるが、KCIも親会社の意向には逆らえず、ブカシ線内で長距離列車と通勤電車で平行ダイヤを組ませ、本数を増やすというのは、どうやら難しそうだ。インドネシアの手による複々線化、そしてマンガライ駅立体化が待ち望まれる。 ▽本当に必要なのは「保安装置」 ・とはいえ、ジャカルタ首都圏の既存鉄道を活用した通勤路線網は、1980年代から思い描いていた形にはなった。以後、ここまで大規模なインフラ整備は予定されていない。今後はMRTなどの新線建設にシフトしてゆくことになるだろう。 ・今や、都心部中央線の朝の電車は約5分毎の運転になった。加えて、そこには長距離特急列車が割り込んでくる。さらに、複雑な運行形態の下、マンガライ駅・ジャティネガラ駅では平面交差の連続である。それを大きな遅れなく、人海戦術のみを頼りにさばいている点は称賛に値するが、「いつ大事故が起きてもおかしくない状況」と専門家は口をそろえる。にもかかわらず、保安装置の設置も一向に具体化しない。信号や保安装置こそ、資金的にも技術的にもODA案件として進めるべき事象であるが、大衆の目に触れない部分になると、インドネシアが極端に後ろ向きになる。だから誰の目にもわかる、高速鉄道という短絡的な話になってしまうのだ。 ・これは日本側にも同じことがいえるのではないか。日の丸を掲げるためのハコモノ整備偏重型のODAがいまだにまかり通っている。こんなものは鉄道インフラパッケージ輸出など呼ぶには程遠い。KCIの1日利用者数である約100万人の命と、誰のためかもわからない鉄道高速化のどちらが重要なのか。ジャカルタの通勤鉄道網は、今あるものの磨き上げに入らねばならない段階に突入した。わが国による支援も、人を通じた国際協力の原点に立ち返り、冷静に考えていただきたいところだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/202390 第三に、貿易コンサルタントの白石 和幸氏が1月26日付け東洋経済オンラインに寄稿した「ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢 安価で受注したスペイン連合の悲哀」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・サウジアラビアで建設中の、メッカとメディナの二聖都を結ぶスペイン製の「ハラマイン高速鉄道」が、2017年12月31日に全行程450kmを2時間52分で完走した。完走できたのは今回が初めてで、時速300kmを超えた区間もあったという。工事着工から5年かけてようやく全行程走行にこぎ着けたわけだが、ここまでの道のりはありえないほど厳しかった。しかも、足元では新たな問題も浮上している。 ・通称「砂漠のスペイン高速鉄道(AVE)」。聞こえはいいが、スペインにとっては悪夢のようなプロジェクトに違いない。この問題だらけのプロジェクトを、サウジ2社、スペイン12社からなるコンソーシアムがサウジ鉄道公社から請け負ったのは2011年のこと。当初は、サルコジ元大統領(当時)がフランスの高速列車(TGV)を積極的に売り込んでおり、同国が受注する可能性が高いとみられていた。これに対して、スペインは当時国王だったファン・カルロス1世に応援を依頼し、リヤドまで赴いてアブドラ国王(当時)を説得することに努めてもらった。 ・ファン・カルロス国王は愛人を同伴していたことが後になって判明したが、サウジ王家とスペイン王家は歴史的なつながりから仲が良い。その効果もあってか、結果スペインが受注。しかし、スペインが受注した本当の理由は、TGVよりもAVEの見積もりが20%安価であったということが決定打だったことが今になってわかっている。 ▽最初からつまずいた ・工事は2012年に開始。総工費は67億3600万ユーロ(7400億円)で、完成予定は2017年1月とされた。 ところが、ここからが大変だった。まず、線路を敷くための土台の完成が大幅に遅れた。これはスペイン・コンソーシアムが受注する以前に、中国の企業とサウジの企業によるジョイントベンチャーが請け負っていた工事で、これが完了しないことにはスペイン・コンソーシアムでは線路を敷くことができないという事態に陥っていた。 ・ようやくこの工事を終えて次に困ったのが、砂漠の砂が線路にたまる問題。特に、メディナから117km地点から227km地点までの区間が砂の堆積が激しく、砂嵐が起きると線路が見えないくらいに砂がたまってしまうほど。そこで解決策として考案されたのが、線路に枕木と砂利を使うのではなく、あたかも舗装道路の上に線路を敷くような形に変えたのである。 ・しかも、舗装面をいくらか傾斜させて、砂のたまり具合を少なくさせるように。そして、一定の区間ごとにセンサーを設置し、列車が通過したときに発信する音で砂のたまり具合をチェックするというプランも検討されたほか、線路の側面に防禦壁を建設する案も出た。しかし、試験的に試してみたが、どれも効果がないという結論に。線路に沿って砂漠で生存できる木を植林するという案も出たが、この場合は効果を発揮するには時間がかかるということで採用にはならなかった。 ・この問題で、工事の遅れは深刻なものになっていた。サウジの担当相からは、これ以上の遅れが出るのであれば契約を打ち切る、というお達しがきていた。 しかも、この頃コンソーシアム内でも問題が発生していた。もともと、コンソーシアム12社のうち、10社はスペイン企業だったが、公営、半官半民、民間と3つの異なった組織体が名を連ねており、足並みがまるでそろっていなかったのである。スペイン人は「2人集まれば、3つの意見が生まれる」という気質。リーダー不在の中、コンソーシアムは空中分解寸前の状態にあったようだ。 ▽次は運転手の問題が浮上 ・しかも、工事の遅れでペナルティ料金まで発生。プロジェクトを受注するために、いろいろ安く見積もったのが災いして損出を覚悟せねばならない工事になっていた。結局、サウジ側が事情を理解してくれて、開通は当初2017年1月の予定から2018年3月に延期するということで相互に合意した。それでも、スペイン側は2017年12月31日までに列車は全行程を運行できる状態にするとサウジ鉄道公社に約束していた。 ・砂の問題の解決を見ないままに、コンソーシアムが出した結論は線路に積もった砂の量によって通過する速度を時速120km、50km、5kmという3段階に分けて、スピードを制限して走行することだった。5kmとは歩行速度に近いスピードである。しかも、積もった砂の量は運転士が肉眼で判断する、というやや無理のありそうなやり方に決まった。 ・しかし、問題はこれだけにとどまらなかった。つぎに浮上したのは、運転士の問題だ。コンソーシアムでは、高速列車に熟知したスペイン人の運転士を採用することにしていた。ところが、聖地に向かう列車だと運転士もムスリムである必要があるという要請がサウジ鉄道公社のほうより出されたのである。 そこで、スペインの高速列車の指導員はサウジ人を採用して指導することにした。ところが、彼らの報告によると「サウジの人は注意力散漫、集中力そして活力の面で高速列車の運転には適さない」という結論が出されたというのだ。そこで、同じムスリムでスンニ派のパキスタン人を採用することになった。 ・12月31日に全行程を試運転する前に、2017年6月にはジェッダとメディナ間を関係当局の官僚を招待して最高時速300kmで試運転を行った。11月には招待客を呼んで同じ区間を走行。そして、最終的に残りのジェッダからメッカをつなぐ78kmを加えて450kmの全行程を走行したというわけである。 ・今回の試運転にはナビル・アル・アムディ運輸相をはじめ、関係当局の高官らも乗車。企業側からはサウジ国営鉄道の社長やスペイン側のコンソーシアムの社長らも同席した。さらに、スペイン政府代表として在サウジのアルバロ・イランソ大使が同行した。 ▽鉄道は走れるのに、駅舎ができていない! ・今回のパキスタン人運転士による試運転では駅での停車は行われなかったが、最終的に営業開始の暁には所要時間2時間11分を目標にしているという。まだ、信号機など安全保安装置(ERTMS)の配備が残されているが、営業開始は今年3月15日となっていた。 ・ところが、またもや問題が発生したのである。サウジの大手ゼネコン2社「サウディ・オジェール」と「ビン・ラディン」が受注した駅舎の完成が遅れており、少なくともあと1年の歳月が必要だというのである。スペイン側は公約を果たしているのに今度はサウジのゼネコンが遅れの要因をつくってしまった。 ・ジェッダ駅と空港をつなぐ駅を加えて全部で5つの駅(メッカ、ジェッダ、空港、アブドラ前国王、メディナ)の建設が計画された。メディナ駅が最初に完成する予定だという。 サウディ・オジェール社はジェッダ駅とアブドラ前国王に因んだKAEC駅の建設を請け負い、一方のビン・ラディン社はメッカ駅とメディナ駅をそれぞれサウジ鉄道公社から受注していた。メディナ駅とKAEC駅は建設が順調に進んでいるというが、ジェッダ駅とメッカ駅で工事に遅れが出ており、完成までに少なくともあと1年は必要だとしている。 ・背景にあるのは資金難だ。ビン・ラディン社は結局8万人を解雇するという事態に陥り、現在工事はトルコとサウジのジョイントベンチャー企業にバトンタッチされている。ちなみに、ビン・ラディン社の創業者ムハンマド・ビン・ラディンの息子のひとりが、あのテロリストのオサマ・ビン・ラディンであった。 ・一方、サウディ・オジェール社は、レバノンの元首相で、2005年に暗殺されたラフィーク・ハリリがレバノンで建設事業を始めた後に、フランスのオジェール社と合弁で、サウジで建設事業を展開させたのが始まりである。その後、ハリリはオジェール社を買収してサウジでゼネコンの大手企業として発展させた。ちなみに、ハリリの息子、サード・ハリリが後継者で、同氏は現在、レバノンの首相を務めている。 ・サウジ高速列車は現在、金曜日と土曜日は広報の目的も兼ねて、乗客を招待し、試乗を行っている。というのも、開通した暁にはより多くの乗客を集めたいと考えているからだ。 ▽利用者数は当初予想の3分の1に… ・そもそも、このプロジェクトをスペインのコンソーシアムが受注した時には、年間の利用客は6000万人以上になると見込まれていた。しかも、新幹線並みの4分間隔の発車が計画されていたほどである(余談ながら、このような超過密ダイヤを仕切れるのは日本しかない。スペインでも高速列車はほぼ30分間隔である)。 ・しかし、世界的な不況やテロ懸念、サウジとカタールとの断交などもあって、今では年間の利用客は2000万人くらいが見込まれているという。当初から見て3分の1にまで減少しているのだ。 コンソーシアムの中で、利用客の減少の影響を最も受けるのはスペイン国営鉄道(Renfe)である。同社は営業開始から7年間売り上げの一部を報酬として受け取ることになっており、その後も5年の契約延長も認められている。売り上げが伸びなければ、報酬は期待できなくなる。 ・また、原油価格の下落に伴ってサウジの財政事情が悪化し、コンソーシアムへの支払いも遅延ぎみになっていた。現時点ではこれまでの未払い金は完済しているというが、コンソーシアム側は受注するために当初工事を安く見積もって応札しており、最終的には当初の見積もりを15億ユーロ(1950億円)ほど上回る金額になる見込みだ。 サウジ鉄道公社では約束どおり昨年末までに列車を走行させたことへの報酬として、コンソーシアムに1億5000ユーロ(195億円)のボーナスと、予想外の出費を補填する意味で2億ユーロ(260億円)を提供することになっている。しかし、それでもこの難工事の赤字を補填するには至らなそうである。こうした事情から、今回の受注はコンソーシアムにとって採算の取れないプロジェクトだったという結論に終わりそうだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/205786 第四に、 アジアン鉄道ライターの高木 聡氏が2月1日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由 オール日本は機能不全、中国は在来線で圧勝」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・マレーシアのラジオ番組で1月2日に放送された宮川眞喜雄・在マレーシア大使の発言が鉄道業界の関係者の一部で波紋を呼んでいる。新幹線の安全性を強調した上で、マレーシアとシンガポールを結ぶ高速鉄道事業に、「現地の人材育成や現地負担の少ないファイナンスも含め、ベストの提案を行う」として、受注獲得に自信を示したのである。 ・包括的な、車両からメンテナンスに至るまでのハード、ソフト両面をトータルに輸出する、パッケージ型鉄道インフラの売り込み。このスキーム自体は、もはや新鮮味も感じないくらい世の中に浸透していると思われるが、筆者は違和感を抱かざるを得なかった。パッケージ型の鉄道輸出に対して政府と鉄道業界の間で温度差があるからだ。2016年8月22日付記事『鉄道「オールジャパン」のちぐはぐな実態』でその状況は伝えられているが、それから1年半近くが経過しても、改善された様子はない。 ▽シンガポールとマレーシアは世界最大級の華人経済圏 ・マレーシア―シンガポール間の高速鉄道事業は、運営主体であるSG HSR(シンガポール高速鉄道)とMY HSR(マレーシア高速鉄道会社)が入札を実施する。すでに一部の入札が実施されており、事前調査や土木関係のコンサル業務は、地元業者のほか、中国、欧州勢からの応札があったようだ。わが国の本命は、6月にも入札締め切りと言われている、車両、信号、オペレーション、メンテナンス等の実際の運行を司るパッケージである。どのような仕様が求められているのかは明らかになっていないが、その入札説明会が1月下旬に開催され、日本企業コンソーシアムも参加した模様である。大使の発言は、この入札を踏まえてのものと思われる。 ・不思議でならないのは、日本の提案内容は中国よりも優れているからマレーシア―シンガポール案件は確実に受注できるという声をしばしば耳にすることである。これは大いなる誤解と言わざるを得ない。華人比率において、東南アジアで1位、2位を占めるのがシンガポールとマレーシアである。人口の3割弱が中華系と言われるマレーシア、そしてシンガポールに至っては歴史的背景から、その比率は7割を超える。これが、直接中国企業に有利に働くと断言することはできないが、世界最大級とも言える華人経済圏において、日系企業連合の受注は、簡単なものではない。 ・今回の案件は日本が得意とする円借款による政府開発援助案件ではなく、完全にB to Bの案件である。加えて、わが国が大型案件として抱えるインド高速鉄道プロジェクトに多くの人材を割かれており、物理的に2つの大型パッケージ型鉄道インフラ輸出案件を同時並行的に進めることが、そもそも可能なのかという問題もはらんでいる。 ・まして、高速鉄道のオペレーションなど、本当に人材が限られてくる。ある下請け業者は言う。「シンガポール―マレーシア間の高速鉄道は中国でほぼ決まりと見込んでいたのに、公式見解としてこのように言われると、嫌でも手を上げざるを得ないのではないか・・・」と。 ・マレーシア、ナジブ政権の動向も危惧される。マレーシアといえば、日本人に学べという「ルックイースト政策」で知られているが、もはやこれは過去の話である。マレーシアではマレー語、英語、中国語が必修科目とされていることもあり、2009年に就任したナジブ・ラザク首相は、東南アジアの首脳クラスとしては珍しいマンダリン(中国語)話者でもある。事実、習近平国家主席との巧みな交渉術で、中国から多額の経済援助を引き出すことに成功している。 ・2016年には中国の借款で、クアラルンプールからマレー半島を東西に横断し、ナジブ首相の故郷、パハン州を経由し、東海岸へ抜け、最終的にタイ国境近くへ至るイーストコーストレールリンクの建設が決定し、2017年に中国交通建設により着工したというのも記憶に新しいところだ。従来、南北を縦断する鉄道しか存在しなかったマレー半島において、最高時速160㎞、1435mm標準軌、貨客両用という大陸標準の準高速鉄道は、新たなムーブメントになり得る。 ▽在来線でも中国製が幅を利かせる ・在来線においても、近年、露骨とも言えるほど、中国勢が幅を利かせている。 マレーシア国鉄(KTM)が運行するクアラルンプール近郊の通勤電車、KTMコミューターでは開業以来、オーストリア製、南アフリカ製、韓国製車両が入り乱れて使用されてきたが、2010年から中国中車製の新型車両が大量に投入され、既存車両をほぼ一掃した。この車両はマレーシア運輸省が中国中車と契約し、KTMに使用させており、政治的意思の介入を暗示させる。 ・しかも、メンテナンスまでもカバーする包括契約で、KTMスレンバン工場は今や中国中車のマレーシア工場と化している。50人以上の中国人技術者が駐在し、電車メンテナンスを引き受けている。車両故障はかなり発生しているようだが、本国の技術と取り寄せたパーツですぐに改修されているようだ。 ・在来線高速化(設計最高時速160㎞、営業最高時速140km)においても、当初は日系商社主導で韓国ヒュンダイロテム製(電装品は三菱製)の車両が導入されたものの、上記の流れから2015年からは中国中車製に切り替わっている。高速鉄道と並行することになるが、在来線高速化も引き続き実施され、将来的には東海岸全線が電化・高速化される。すでに、増発と延伸用の増備車両も中国中車で決定しており、今年度10本を導入予定である。 ・「これは随意契約によるもので、価格優位性もなく、中車製車両を購入するメリットはない。ナジブ政権の功罪だ」とマレーシア運輸省に近い関係者は漏らす。しかし、来年度以降の車両増備も中車製でほぼ決定だという。完全に足場を中国に固められており、どんなに小さいパーツ等を含めて、日系企業が入る余地はほぼ消滅した。クアラルンプールの都市鉄道では、路線毎にボンバルディア、中国中車、シーメンスと引き続き各国製の車両が使われているが、残念ながら日本製車両の導入実績はない。 ・もちろんわが国が各国のプロジェクトに関心を持つのはいっこうに構わない。昨年10月に経済産業省が、国土交通省と合同で、インフラ輸出戦略に基づき、鉄道分野における海外展開戦略を発表したが、その中に「注視すべき主要プロジェクト」として、マレーシア―シンガポール間高速鉄道計画も盛り込まれている。日本の鉄道システムを売り込むのは、むしろ当然の流れであり、歓迎すべきことである。しかし、中国勢が幅をきかせている両国で本当にわが国が受注できるのか、首をかしげたくなる。市場の実態を把握した上での計画なのだろうか。 ▽利にさとい企業は独自に動く ・「オールジャパン体制で鉄道インフラを輸出する」の掛け声が、逆にマイナスに働いている。ハードからソフトまですべてをパッケージにする案件では、車両メーカーに仕切るノウハウが乏しいので、大手商社が音頭を取り、その下に企業コンソーシアムを組むのが通例であるが、日系商社がヒュンダイロテムと組んだ先ほどの例の通り、日本の商社は「オールジャパン」よりも、利益を得られるかどうかを重視する。昨年11月に三菱商事が受注を獲得したと発表されたフィリピンのマニラ1号線にしても、供給する車両はスペイン製だ。 ・逆に、仮に海外勢が落札したとしても、その中の一部機器を日本の電気機器メーカーが供給するという事例もある。最近では中国商社主導のコンソーシアムにおいて、リオデジャネイロの近郊用車両の電機品を東芝が納めている。日本政府がお膳立てしなくても、民間企業は採算が見込めれば自分で海外プロジェクトに参入するし、逆に勝機なしと判断すれば、はなから手を上げない。真剣に、冷静に市場を見極めている。それだけの話である。 ・日の丸の下に集えと言わんばかりのやり方で、企業を無理やり集めたところでうまくいくはずがないのは目に見えている。勝てない市場でオールジャパンのコンソーシアムを組成するのは、時間と人の浪費だ。日本政府は鉄道業界ともっと対話をして、より実りある策を講じるべきだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/206720 第一の記事で、 『日本の鉄道会社=緻密で正確な運行という図式が頭を巡り、私たち日本人はついつい、そういった面における改善を簡単に期待してしまうものだ』、英国では日本流が通用しない部分も大きいので、 『細かな改良を積み重ねて』、というのはその通りだろう。 第二の記事で、 『信号や保安装置こそ、資金的にも技術的にもODA案件として進めるべき事象であるが、大衆の目に触れない部分になると、インドネシアが極端に後ろ向きになる。だから誰の目にもわかる、高速鉄道という短絡的な話になってしまうのだ』、とはいうものの、インドネシア側の無責任な対応からみる限り、日本が関与した路線でひとたび事故が起きれば、責任が日本側に押し付けられるのは明らかだ。ここは無理をせず、号や保安装置などの重要性を地道に説得していくべきと思う。 第三の記事で、 『「砂漠のスペイン高速鉄道(AVE)」。聞こえはいいが、スペインにとっては悪夢のようなプロジェクトに違いない』、というのは、スペインには同情するが、もともとプロジェクト獲得を焦るの余り、甘い条件交渉で受注したツケを払わされているのだろう。 第四の記事で、 『不思議でならないのは、日本の提案内容は中国よりも優れているからマレーシア―シンガポール案件は確実に受注できるという声をしばしば耳にすることである。これは大いなる誤解と言わざるを得ない』、こうしたとんでもない楽観論を流しているのは、日系企業の尻を叩くため日本政府関係者がやっている可能性もあろう。 『日本政府がお膳立てしなくても、民間企業は採算が見込めれば自分で海外プロジェクトに参入するし、逆に勝機なしと判断すれば、はなから手を上げない。真剣に、冷静に市場を見極めている。それだけの話である』、というクールな判断こそが求められている、のではなかろうか。
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鉄道(その2)(そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要、「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦、エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…) [産業動向]

鉄道については、1月20日に取上げた。今日は、(その2)(そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要、「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦、エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…)である。

先ずは、元名古屋鉄道副社長の柚原 誠氏が2月8日付け東洋経済オンラインに寄稿した「そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・LRT(Light Rail Transit)は文字どおりの意味は「軽量軌道交通」であるが、わが国では「次世代型路面電車」と呼ばれることが多い。このLRTを導入して「まちづくり」を計画、あるいは構想している都市がわが国にはいくつもある。その中の、栃木県宇都宮市と芳賀町の「LRTによる未来のモビリティ都市の創造」計画によれば、いよいよ今年度末にLRTが着工される予定だ。わが国初の新設LRTの開業が近づいた。
・宇都宮市で軌道系公共交通導入の検討が始まったのは1993年。当初はモノレールも候補に挙がったが、整備費を勘案してLRTが選択された。宇都宮市長選でLRT導入が争点になり、また、導入に反対する市民団体の活動などもあって、検討を始めてから着工まで25年を要したことになる。
▽ストラスブールは19年がかりで導入
・LRT導入によるまちづくりの成功例としてよく紹介されるフランス・ストラスブール市のトラム(路面電車)復活も、計画から着工までに19年かかった。市長選でトラム復活の是非が争点になるなど、宇都宮市の状況と似ている。
・ストラスブールは戦前から走っていたトラムを1960年に撤去した。その後、街路に自動車があふれるようになり、1973年にトラムを活用した都市計画を策定した。1985年にトラムではなく「ゆりかもめ」のような新交通システム「VAL」に計画が変更されたが、1989年の市長選でトラムかVALかが争点となり、トラム復活派の候補者が当選、1992年に着工して1994年に開業した。
・トラム派は、「トラムでも2分間隔で運転すれば1時間・片方向に1万人の輸送ができる。VALは、その構造から高架線か地下線となるが、トラムなら地平を走るから乗り場へのアクセスが容易だ。都市の景観と利便性でトラムが優れている。1kmあたりの建設費はVALの4分の1。トラムを活用して街中の自動車を減らすまちづくりをおこなう」と訴えた。
・日本とは違い、編成長の大きいヨーロッパの路面電車の実力なら、この程度の輸送力は容易に実現できる。ちなみに、ストラスブールの現用の車両は、長さ40m、定員300(満載375)人であり、2分間隔の場合の輸送力は1万1250人にもなる。
・ストラスブールでは、バイパス道路を建設して通過自動車を迂回させ、都心部へ来る自動車利用者は市街地外縁のLRT停留所で自動車からLRTに乗り継ぐ。いわゆる「パーク・アンド・ライド」を導入した。自動車からの乗り継ぎ旅客を受け入れるためにLRTの車両は大きくした。この結果、都心部へ流入する自動車が減少し、幹線街路はLRTのトランジットモールとなり、一部区間には自動車通行帯を設けたが1車線だけとした。
・トラムかVALかが争点になった市長選の時、すでにフランスではナントとグルノーブルにはトラムが復活しており、市民は新しいトラム、とくに、グルノーブルの部分低床車の利便性、トラムを活かしたまちづくりについて見聞きしていた。こうした状況の中での論争だったから、市民はトラム復活に合点し、市長選後はスムーズに事が運んだ。
・では、宇都宮ではLRT計画は市民に十分に伝わっているのだろうか。LRTで何がしたいのかが見えないとも言われている。「LRTによる未来のモビリティ都市の創造」と言うが、LRTの役目は何か、である。
▽これまでの路面電車と何が違う?
・そもそも、LRTとはどんな乗り物なのか。これについて、宇都宮市のウェブサイトはQ&A形式で説明している。 「LRTってなに?路面電車?」については、「LRTとは、Light Rail Transitの省略です。LRTは、昔ながらの路面電車とは違い、最新の技術が反映された次世代型の路面電車です」と解説している。そして、その特徴として「①騒音振動が少なく快適な乗り心地、②車両の床面とホーム(乗り場)との間に段差や隙間がほとんどない、③専用レールを走るため、時間に正確な運行が可能、④洗練されたデザインは、「まちのシンボル」になる、⑤道路上を走るので、ほかの交通手段との連携がスムーズ」の5つを挙げ、動画(福井鉄道、富山ライトレール、広島電鉄で撮影したもの)でも説明している。
・次に、「乗車方法と支払い」については「LRTは、主に道路上に設置した停留場から乗車・降車し、歩行者信号と横断歩道に従ってアクセスします。運賃の支払いは、ICカードの導入により、スムーズな乗り降りを目指していきます」と説明し、動画(富山ライトレール、広島電鉄で撮影)で、運転士横のカードリードライタに乗客がICカードをタッチする様子を示している。
・しかし、ちょっと待ってほしい。これではわが国ですでに走っている路面電車とまったく同じではないか。「LRTは、昔ながらの路面電車とは違い、最新の技術が反映された次世代型の路面電車です」という前段の記述と矛盾し、「これまでの路面電車と何が違うの?」という質問には全く答えていない。
・LRTという呼び名はアメリカで生まれた。ヨーロッパ諸国の路面電車活用に触発されたアメリカが1970年代の初めに新しい路面電車の開発を始めた。 時代遅れの乗り物とのレッテルが貼られた従来の路面電車やインターアーバン(1910年代を中心に活躍した市街地は路面電車のように併用軌道を走り、市街地を抜けると専用軌道を高速運転する都市間電車。全長15~20mの車両の3~5両連結で輸送力は大きい)の最新版であることを強調するために、それをLight Rail Transit(略してLRT)と呼ぶことにしたのである。
・それゆえに、LRTはインターアーバンを近代化したものと定義されるが、近代化された路面電車もLRTと呼ぶのが一般的である。しかし、近代的な路面電車でも従来どおりにフランスではトラムと呼び、アメリカでもサンディエゴではトロリーと言う。 いずれにしても、LRTとは新しい路面電車のことである。しかし、わが国にとってLRTとは新しい路面電車なのだろうか。
▽運賃収受に時間がかかりすぎ
・わが国の路面電車の利便性と機能は、諸外国で走っている路面電車のそれに遠く及ばない。 第1にバリアフリーではないこと。低床車が投入され、あるいは、ホームがかさ上げされて乗り降りはバリアフリーという例はあるが、乗車扉と降車扉が区分けされているから車内移動が必要であり、全長27mの路面電車もあり最後部に乗車すると降車時には20mあまりも車内を移動する必要がある。ベビーカーや車いす利用者には使い勝手がよくない。これでは、「人にやさしい」とは言えない。
・第2に運賃収受に時間がかかること。運転士の監視のもとに乗客一人ずつ順番に運賃を運賃箱に投入、あるいは、ICカードをタッチするから時間がかかり、停車時分が長くなって表定速度が低い。
・第3にこうした運賃収受方式のために小型車両しか使用できず、バスに代替できる程度の輸送力しか得られない。これでは路面電車を導入する積極的な理由にならない。輸送力が小さいためにパーク・アンド・ライドやバス・アンド・ライドに対応できない。大型車両が必要な場合には車掌の乗務が必要になる。
・「次世代型路面電車でまちづくり」を謳う都市は、その説明にヨーロッパの路面電車の写真を添えている。宇都宮市も同じで、宇都宮駅東口の大看板にも市のウェブサイトにもストラスブールの最新形車両の写真を使っている。 次世代型路面電車とは、こうしたヨーロッパで走っている路面電車を指すのだろうか。確かにわが国の路面電車の現状の水準からすれば、まさに「次世代型」である。ヨーロッパの都市で普通に走っている路面電車を次世代型と呼ばざるを得ないのは情けない話だが。
・しかし、宇都宮市のウェブサイトのLRTの特徴の説明には、ヨーロッパの路面電車の肝心なポイントが抜け落ちている。それは運賃収受方式だ。運賃収受方式は、表定速度、ダイヤ、輸送力、必要車両数に影響する。 ストラスブールの全長40m、定員300人の車両には幅広の扉が片側に8カ所あり、この8カ所で一斉に乗り降りする。乗降に要する時間が短いから表定速度が高い。乗った扉から降車できるから車内移動は不要でベビーカーも車いすも楽に利用できる。まさに「人にやさしい路面電車」である。定員が大きくパーク・アンド・ライドに対応できるから、中心市街地へ流入する自動車を減らすことができる。「環境にやさしい路面電車」である。
・「人と環境にやさしい路面電車」を担保しているのが、「セルフサービス方式(わが国では「信用乗車方式」とも呼ばれる)」の運賃収受である。乗客は、乗車前に停留場等の券売機で乗車券を購入し、停留場または車内に設置の消印機で消印(改札)する方式だ。運転士は運賃収受に関わらない。
・この方式は、1960年代の半ばにスイスで始まり1970年代の初めに西欧各国に普及、その後、アメリカ、東欧、アジア(香港、台湾)にまで普及した。この運賃収受方式の採用で、路面電車は高い利便性と表定速度、大きな輸送力を備えることとなり、今日の地球規模の路面電車大活躍時代が到来したのである。
・わが国は、この方式をいまだに採用していない。低床車がいくら増えても、車内移動というバリアが残ったままだ。「人と環境にやさしい路面電車」でなくては現代の都市交通システムとは言い難い。運賃収受方式の革新は急務だ。
▽必要なのは車両ではなく、サービスの改革だ
・わが国の各都市が導入をもくろむ次世代型路面電車とは、現に今ヨーロッパに走っている路面電車を指している。わが国にとっては次世代型ではあっても、諸外国で当たり前に使われているものを次世代型と呼ぶのは不自然であり、胡散臭さを感じる。
・利便性の高い路面電車の導入とは、次世代型という言葉に象徴される革新的な電車(ハード)を導入することではなくて、グローバルスタンダードの運賃の収受方式(ソフト)の導入なのである。わが国の路面電車が「旧世代型」なのは、このソフトが伴っていないからである。
・宇都宮市はウェブサイトのQ&AのAをもっと詳しくして、利便性の高い路面電車を導入することをハッキリと示すべきである。そのためには、運賃収受にセルフサービス方式の採用が必須であることを説明し、それには市民(乗客)の協力が欠かせないという啓蒙を今から行う必要がある。 セルフサービス方式の採用には、いろいろな抵抗も予想される。それをおそれて次世代型路面電車という「何となくよさそうな電車」と曖昧にしておくのはよくない。物事ははっきりすべきだ。
・宇都宮LRTは今年度末に着工される。わが国にも利便性の高い路面電車が導入されることが、ついに現実となってきた。だからこそ言いたい。ヨーロッパでは当たり前の路面電車を次世代型路面電車と呼ぶのは、もう卒業したいものだ。
http://toyokeizai.net/articles/-/207133

次に、2月5日付け東洋経済オンライン「「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦 四国はJRも前向き、山形はフル規格化狙う」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・発進行!日本全国にはさまざまな種類の新幹線車両が走っているが、そこに新たな仲間が加わった。NHKの大河ドラマ「西郷どん」のラッピング新幹線だ。1月14日、JR博多駅で出発式が行われ、西郷隆盛役の鈴木亮平さんを乗せた列車が、ドラマの舞台である鹿児島方面に向け走り出した。 「テレビで見るだけではなく、旅に出て実際に体験してほしい。日本中の人に新幹線に乗って鹿児島にお越し頂きたい」と、JR九州の青柳俊彦社長は語る。2016年4月の熊本地震、2017年7月の九州北部豪雨で九州の観光業界は甚大な損害を被った。今年こそは年間を通じて九州に観光客を呼び込みたいという思いがにじむ。
▽新幹線が日本各地を結び付ける
・まだ九州に新幹線が走っていなかった時代、博多―西鹿児島(現・鹿児島中央)間は特急「つばめ」で4時間近くかかった。しかし、2011年の九州新幹線全線開通後は最速1時間16分。新幹線のおかげで、九州エリアを一体的に観光することも可能となった。
・新幹線は各地に観光客を呼び込む最強ツールだ。2015年3月に北陸新幹線が金沢まで開業した際の北陸観光ブームは記憶に新しい。首都圏での北陸人気にあおられ、新幹線のない関西圏―金沢の観光流動が増えるというおまけまでついた。2016年3月に開業した北海道新幹線は、道南と東北を結び付ける新たな役割を担う。
・1964年に運行開始した東海道新幹線「0系」は日本の高度成長のシンボルでもあった。「新幹線が走ると日本のように経済が成長する」。高速鉄道導入を検討するアジアの新興国に対し、日本政府はこんなセールストークを展開する。その際に成功モデルとして決まって取り上げられるのが、北陸新幹線の佐久平駅。開業前は何もなかった場所にイオンモールをはじめとした大規模商業施設が集積する。休日には佐久市内だけでなく、周辺の市町村から大勢の買い物客が新幹線に乗ってやってくる。新幹線駅を核としたまちづくりの好例である。
・一方で、同じ北陸新幹線でも長野駅は、東京から日帰り圏となったため、長野市内の事業所数は新幹線開業前に比べ減った。大手企業が長野市内に支店や営業所を置くメリットがなくなったからだ。上越新幹線・越後湯沢駅を抱える新潟県湯沢町は、バブル期に林立したリゾートマンションが空室になるなど負の遺産に苦しむ。新幹線が開通したからといってまちが必ず発展するとは限らない。
・さらに、近年の整備新幹線スキームの下では、JRは新幹線開業時に並行在来線を切り離すことができる。多くの場合、沿線自治体が在来線の経営を引き継ぐが、それは在来線の赤字を自治体が負担することを意味する。そのコストは沿線市民にはね返る。それでも、新幹線を待望する声は各地で根強い。さまざまな矛盾を内包しながら新幹線網はさらに広がっていく。
・整備新幹線計画では、九州新幹線・長崎ルート、北海道新幹線(新函館北斗─札幌間)、北陸新幹線(金沢─敦賀間)の工事が現在進行中だ。さらに2016年暮れ、北陸新幹線の敦賀─新大阪間のルートが決定し、法律で定められた「整備計画」の完了にようやくメドがついた。それと前後して、「次の新幹線」をめぐる動きが各地で勃発している。
・それは1973年に策定された「基本計画線」である。北海道新幹線の札幌─旭川間、山陰新幹線(大阪─鳥取─松江─下関間)など、全国を網羅する。九州、北海道、北陸の整備計画完了後に、こうした基本計画線が整備新幹線への昇格を目指す。
▽四国はJRも新幹線に前向き
・最初のハードルは、国による事業調査費用の予算措置。2018年度予算案には「基本計画路線を含む幹線鉄道ネットワーク等のあり方に関する調査」とのみ記されている。ここに具体的に明記された路線は、実現に向け大きく前進する。
・新幹線実現に向けて運動する多くの地域の中で、とりわけ熱心なのが四国だ。岡山から瀬戸大橋線を通り、高松経由で徳島、さらに高知、松山の3方面へ向かう「四国新幹線」構想を提唱している。 四国では行政と経済界が一体となって運動しており、行政が主導する他地域と一線を画す。四国新幹線の早期実現を目指す整備促進期成会の会長を四国経済連合会の会長(四国電力の千葉昭会長)が務めるほか、JRが新幹線整備に前向きなのもほかの地域にない特徴だ。JR四国(四国旅客鉄道)は在来線の高速化を進めているが、線形の悪い箇所を造り直すと、「新幹線を造るのと費用的にあまり変わらない」(半井真司社長)。新幹線なら国が負担してくれる。JR四国にとってはありがたい話だ。
・四国新幹線が開業すれば、大阪─四国4県間が約1時間半、東京─四国4県間は4時間程度で結ばれるという。総事業費は1.57兆円。瀬戸大橋は新幹線規格で建設されていることから、その分だけ建設費を抑えられるのが強みだ。 「新幹線のない16県の県庁所在地の人口で見ても、松山市は千葉市に次ぐ2番目の51万人、高松市は4番目の41万人など、四国新幹線は人口が多いエリアを走る。沿線人口は北陸新幹線や北海道・東北新幹線と比較しても遜色がない」と、四国経済連合会の大西玉喜常務理事は説明する。
・だが四国新幹線にはネックがある。主要都市が一直線ではなく3方向に分かれていることだ。同時着工できず後回しになる県が出ると、運動が腰砕けになりかねない。 徳島県では淡路島を通って大阪と結ぶルートを支持する声もある。岡山経由よりも短時間で大阪と行き来できるからだ。「財政負担を考えなければ、できるに越したことはない」(大西常務理事)とはいえ、このルートでは、大阪府、兵庫県にも費用負担が生じる。
・先述の四国新幹線案でも、岡山駅と瀬戸大橋の間に新線を建設するには、岡山県の同意が不可欠。「唯一の新幹線空白地域を解消する」という四国の大義名分を岡山県にどう理解してもらうか、難しい展開が続く。
▽ミニ新幹線のフル規格化を熱望
・東北には2つの基本計画がある。福島─山形─秋田間を結ぶ「奥羽新幹線」と、富山─新潟─秋田─新青森間を結ぶ「羽越新幹線」だ。どちらも音頭を取るのは山形県。「山形新幹線(福島─新庄間)があるのになぜ」と疑問に思う人も少なくないだろう。
・山形新幹線は新幹線と銘打つものの、実際は在来線を走るミニ新幹線。東京から福島までは新幹線として疾走するが、福島で分岐して山形方面に向かうと、在来線区間のため、速度はガクンと落ちる。急カーブや踏切などがあるためだ。新幹線区間は直線がほとんどで、踏切もない。つまり新幹線とミニ新幹線とでは、インフラ構造がまるで違うのだ。
・「フル規格化が実現すれば、最短で2時間26分かかる山形─東京間の所要時間が約2時間へ短縮する」と、山形県総合交通政策課の担当者は意気込む。しかし、切望する理由は時間短縮だけではない。 山形新幹線は輸送トラブルが多いのだ。踏切があるので自動車との衝突事故も起きるし、野生動物も線路内に飛び込む。強風や吹雪も大敵だ。フル規格になれば高速化に加え、安定走行のための風雪対策も講じられるようになる。が、現状の福島─新庄間は在来線並みのレベルにとどまる。
・「走行キロ当たりの輸送障害はフル規格新幹線の33倍に及ぶ。1日平均で0.5?1便が運休・遅延している」(山形県総合交通政策課)。フル規格の新幹線を導入し、定時・安定運行してほしいというのが、県の考えだ。「フル規格化の議論は今をおいてない。この機を逃すと、次にいつチャンスが来るかわからない」。
・問題は県内が一枚岩でまとまっていないことだ。日本海側の庄内地域にある酒田市はフル規格化と併せて、山形新幹線開業時からの悲願だった庄内延伸の実現に奔走する。在来線の陸羽西線・新庄─酒田間にミニ新幹線を走らせようというのだ。フル規格化だけでなく、なぜミニ新幹線を推すのか。
▽庄内地方の都市は上越新幹線を利用する
・その理由は陸羽西線の利用者数が年々低迷していること。「大きな災害に遭ったら復旧されず、そのまま廃線にされかねない」と、市企画振興部の担当者は懸念を示す。陸羽西線にミニ新幹線が走れば、少なくとも廃線の心配はない。 庄内地方は山形新幹線への依存度が小さい。鉄道で酒田─東京間を移動する場合、新潟経由で羽越本線と上越新幹線を乗り継ぐ人もいる。同じく庄内地方にある鶴岡市は、さらに新潟寄りなので上越新幹線への依存度がずっと増す。
・羽越新幹線の実現を目指す新潟─秋田間の沿線自治体は新幹線の実現を最終目標としつつ、実現性の高い取り組みを段階的に求めている。まず、新潟駅では上越新幹線と羽越本線の同一ホームでの乗り換えに向けた工事が今春完了予定。今後は待ち時間を短くするダイヤ改正や、停車駅の少ない速達型特急の新設を求めていく。
・「新幹線は時間もカネもかかる」(酒田市の担当者)。地元にとっては新幹線よりも、現実的な利便性向上のほうが先決のようだ。
http://toyokeizai.net/articles/-/207148

第三に、在英ジャーナリストのさかい もとみ氏が2月7日付け東洋経済オンラインに寄稿した「エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「あんなにエスカレーターが速いとは!あの上を歩くなんて私にはムリ」 ロンドンへ個人旅行でやってきた都内在住のOLさん、地下鉄駅の様子を思い出しながらこう訴えた。「日本ではエスカレーターの上を歩きますが、とにかく怖くて右側にじっと立っていました……」。
・確かにロンドン地下鉄の駅にあるエスカレーターは速い。しかも「右側立ち、左側空け」が明確に奨励されている。 日本における「エスカレーターの片側空け」は、各鉄道事業者が「手すりにつかまろうキャンペーン」を行うなど、「あまりお勧めできないこと」とされているが、実際には日本国内の多くの地域で「片側空け」の習慣が普及している。
・では、「世界で最初に片側空けをやった」とされるロンドンで今どのようにエスカレーターが使われているのか、改めて観察してみることにした。
▽片側空けは100年前から
・ロンドン地下鉄でエスカレーターが使われるようになったのは1911年のこと。ロンドン西部のアールズコート駅に最初に設置された。 エスカレーターを導入した日の様子を示す模型がロンドン交通博物館の倉庫に保管されている(普段は非公開)。それによると、左足が義足のハリスさんという技術者が杖をついて実際に乗り方を実演。ステップの右側に立ち、「右手でベルトをしっかりつかめば危なくない」と自ら乗ってみせた。  さらに当時の記録を読むと「上りエスカレーターの右側が壁」なので、「左側を空けておけば、急ぐ人がゆっくり上がって来る人の列を横切ることなくスムーズに進める」とある。また、エスカレーター導入当時のポスターからも、エスカレーター上に立つ人はみな、右手で手すりをつかんでいることが読み取れる。
・その後ロンドンでは、これらの「故事」にならい、「立つのは右側、空けるのは左側」というのが定着したようだ。また、エスカレーターの運転では、上りは左側、下りは右側(つまり、左側通行)が基本となっている。 ちなみに、ロンドン地下鉄ではずいぶん昔から、マナー遵守を促すさまざまなポスターを作っている。「エスカレーターでは右に立って!」と訴えるもののうち、筆者が確認できた最も古いものは1944年製だから、遅くとも第二次大戦中にはこのルールの定着を進めていたことになる。
・冒頭で書いたように、ロンドン地下鉄のエスカレーターは日本のものよりはるかに速い。感覚値でしかないが、東急の横浜駅に設置されている「高速」エスカレーターよりも確実に速いので、日本でふだん暮らしている人がロンドンに来てエスカレーターに乗ったら「怖い」と感じるのも無理はない。
・にもかかわらずだ。「追い越し車線」に当たる左側を周りより遅いペースで歩いて上がって行くと、後ろから「よけろ」とか「早く行け」といった声がかかることもある。つまり高速道路で言うところの「アオリ」を食らうわけだ。
▽歩くのに疲れて列を移動する人も
・ロンドン地下鉄で最も長いエスカレーターはノーザン線エンジェル駅にある。全長は60m、エスカレーター両端の標高差は27.5mもある。この勾配、この距離を「追い越し車線」を使って、いつもの調子で空いている左側を歩き出す人がいるものの、あまりの長さでグッタリしてしまい、途中で「歩きながら上りの列」からリタイア、右側の「歩かない人」の列に入り込んでしまう人が結構いる。
・エスカレーターの右立ちが定着しているロンドンでは、「動く歩道」でも左を空ける習慣がある。普通の道路を歩くよりも動く歩道を歩いた方が当然速いので、急ぐ人にはうれしいしきたりとなっている。ヒースロー空港の地下鉄駅とターミナルの間には動く歩道が何本も使われているが、ロンドンに着いたばかりの旅行者が動く歩道の左側にぼんやり立っていると、露骨に「どいてくれ」と声がかかったりするが、これはちょっとかわいそうな仕打ちだなあ、と思ってしまう。
・ロンドンのエスカレーターでは、日本ではあまり見かけない習慣がある。それはカップルがエスカレーターの上で向き合っておしゃべりすることだ。上りエスカレーターなら、ひとつ上の段に乗っている女性が180度回って(つまり後ろ向き)になって、男性と向き合う格好となる。
・ちなみに、前述のロンドン地下鉄最長エスカレーターのエンジェル駅では、実測で上り下りともに片道1分22秒かかる。これだけの時間があればそれなりのおしゃべりもできようというものか。もっとも、おしゃべり以上のことを平気でやっているカップルもいて結構驚くのだが。
▽日本との違いは何か?
・日本では何度となく「エスカレーター上での歩行を認める、認めない」の論議が起こっている。エスカレーター上の歩行は危険だという理由もあれば、「エスカレーターは構造上、その上を歩くように設計されていない」といった理由もある。
・ロンドンでは20世紀の初頭、しかも木製のステップだった時代から「右立ち左空け」を奨励していたのだから、それから考えれば当時より格段に技術や素材が進歩した現在、日本において「エスカレーター上で歩くと機械によくない」という説明はあまり合理性がない。加えて「歩行は危険」という指摘については、日本のエスカレーターの速度はずいぶん遅いので、英国で暮らす身からすると、「そんなに危ないのか?」と思ってしまう。
・ちなみにロンドンでは、「バリアフリー完備」という駅は、列車から地上までどこにも段差がなく、かつエレベーターで結ばれていることを条件にしている。言い換えれば、エスカレーターはあくまで「階段を動かすことで人を短時間に大量に流す」ことを目的としており、交通弱者のためのバリアフリーを目的としたものではない。そう考えると高速でエスカレーターを動かす理由も納得できるわけだ。
・ところがロンドンにも異説がある。「本当に右立ち左空けで人がたくさん運べているのか?」という疑問だ。実験によると、しっかり1段に2人ずつ乗せたほうが単1時間当たりの流動人数は大きいとの結果が得られたという。エスカレーターの上を歩く行為は当人にとっては時間の短縮になるが、立ち止まる場合に比べ前後の間隔が開くため、流動人数はかえって減ってしまうのだ。
・実際に、バーゲンセールで賑わうロンドンのショッピングモールで、「左を空けないでどんどん乗れ!」と叫ぶガードマンの指示に従ってエスカレーターに乗ると、なるほど確かに地下鉄駅よりも大量の人が一気に運ばれているように見える。
・安全と効率の問題から、果たしてどんな結論がもっとも適しているのかわからないエスカレーターの「片方空け習慣」。まずは、エスカレーターの「先進国」であるロンドンで今後どんな方向に向かうのか、事態を見守ることにしたい
http://toyokeizai.net/articles/-/206928

第一の記事で、 『ストラスブールの全長40m、定員300人の車両には幅広の扉が片側に8カ所あり、この8カ所で一斉に乗り降りする。乗降に要する時間が短いから表定速度が高い。乗った扉から降車できるから車内移動は不要でベビーカーも車いすも楽に利用できる。まさに「人にやさしい路面電車」である。定員が大きくパーク・アンド・ライドに対応できるから、中心市街地へ流入する自動車を減らすことができる。「環境にやさしい路面電車」である。 「人と環境にやさしい路面電車」を担保しているのが、「セルフサービス方式(わが国では「信用乗車方式」とも呼ばれる)」の運賃収受である。乗客は、乗車前に停留場等の券売機で乗車券を購入し、停留場または車内に設置の消印機で消印(改札)する方式だ。運転士は運賃収受に関わらない』、というように、低床式の車両を導入するだけでなく、運賃収受方式もセルフサービス方式に変更しなければ、本格的なLRT導入とはいえないようだ。不正乗車防止策が課題になるが、輸送力が飛躍的に増大するメリットは大きい。宇都宮市の場合、ここまでは考えていなさそうなのが残念だ。
第二の記事で、 『四国新幹線にはネックがある。主要都市が一直線ではなく3方向に分かれていることだ。同時着工できず後回しになる県が出ると、運動が腰砕けになりかねない』、というのでは実際には調整に難航しそうだ。 さらに、『新幹線なら国が負担してくれる。JR四国にとってはありがたい話だ』、と国依存の姿勢も問題だ。山形新幹線も、「フル規格化が実現すれば、最短で2時間26分かかる山形─東京間の所要時間が約2時間へ短縮する」、僅か26分の短縮に意味さほど意味があるとは思えない。むしろ、 『フル規格の新幹線を導入し、定時・安定運行してほしい』、の狙いの方が大きそうだ。 冒頭の小見出し 『新幹線が日本各地を結び付ける』、というのは、長野市や新潟県湯沢町のような不振に苦しむ都市があることを度外視した、大げさな「新幹線神話」だ。もっと、新幹線効果を客観的に分析してほしいものだ。
第三の記事で、 『日本における「エスカレーターの片側空け」は、各鉄道事業者が「手すりにつかまろうキャンペーン」を行うなど、「あまりお勧めできないこと」とされている』、のは不合理だと思う。ロンドンのように、急ぐ人とゆっくりいきたい人を左右で明確に分けるのは、心理的にも合理的だ。確かに、 『実験によると、しっかり1段に2人ずつ乗せたほうが単1時間当たりの流動人数は大きいとの結果が得られたという。エスカレーターの上を歩く行為は当人にとっては時間の短縮になるが、立ち止まる場合に比べ前後の間隔が開くため、流動人数はかえって減ってしまうのだ』、という実験結果が正しいとしても、分けないことによるイライラ感は耐え難いものだと思う。無論、これはイラッチの小職に固有のことなのかも知れないが・・・。
タグ:宇都宮市 「そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要」 東洋経済オンライン 柚原 誠 (その2)(そのLRTは本当に「次世代型」路面電車なのか 新型車両導入より運賃収受方法の改革が必要、「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦、エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…) 鉄道 「右側立ち、左側空け」が明確に奨励 さかい もとみ ミニ新幹線のフル規格化を熱望 LRTが選択 山形新幹線 四国はJRも新幹線に前向き ロンドン地下鉄 長野市内の事業所数は新幹線開業前に比べ減った 「「次の新幹線はどこに?」熱を帯びる誘致合戦 四国はJRも前向き、山形はフル規格化狙う」 必要なのは車両ではなく、サービスの改革だ 、「セルフサービス方式(わが国では「信用乗車方式」とも呼ばれる)」の運賃収受 「エスカレーター「片側空け」奨励する国もある 日本では「歩行は危険」と禁止の方向だが…」 ストラスブールの全長40m、定員300人の車両には幅広の扉が片側に8カ所あり、この8カ所で一斉に乗り降りする。乗降に要する時間が短いから表定速度が高い。乗った扉から降車できるから車内移動は不要でベビーカーも車いすも楽に利用できる。まさに「人にやさしい路面電車」 運賃収受方式は、表定速度、ダイヤ、輸送力、必要車両数に影響する 低床車 バリアフリー ストラスブールは19年がかりで導入
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医療問題(その13)(近藤慎太郎氏による3題:逆流性食道炎によって起こる胃がんを避けるには、罹患者が特に多いのに盲点になっているあのがん 胃がんや肺がん 乳がんよりも地味だが死亡数は2位、大腸カメラよりもキツイ?検査前の大量の下剤 胃カメラ以上に術者の技量が問われる大腸カメラ) [社会]

医療問題については、1月21日に取上げた。その際、逆流性食道炎の危険性に触れた記事だけだったが、今日は、その対応も含めて、医師兼マンガ家の近藤慎太郎氏が日経ビジネスオンラインに連載している、(その13)(近藤慎太郎氏による3題:逆流性食道炎によって起こる胃がんを避けるには、罹患者が特に多いのに盲点になっているあのがん 胃がんや肺がん 乳がんよりも地味だが死亡数は2位、大腸カメラよりもキツイ?検査前の大量の下剤 胃カメラ以上に術者の技量が問われる大腸カメラ)である。

先ずは、1月10日付け「やっぱりピロリ菌の除菌で食道がんは増えた? 逆流性食道炎によって起こる胃がんを避けるには」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・前回から引き続き、日本人の“新たな国民病”とも言える逆流性食道炎について解説をしましょう。 逆流性食道炎は、胃酸や胃の内容物が食道に逆流することによって起きる食道の炎症です。
・日本の環境が清潔になったことや、胃がんのリスクを下げるためにピロリ菌を積極的に除菌していったことによって、日本人のピロリ菌の感染率は激減しています。ピロリ菌が起こす萎縮性胃炎のせいで低下していた胃酸の分泌量は、正常レベル近くまで戻ってきました。 加えて食生活の欧米化(高脂肪食)や過食によって、胃酸が過剰に分泌されるようになり、逆流性食道炎になる人が急増しています。
・逆流性食道炎は様々な症状を引き起こしてQOL(Quality of life 生活の質)を落としてしまいますが、何より問題になるのは、「食道がんのリスクが上がる」という点です。 慢性的に炎症が続いている場所では発がんのリスクが上昇します。これは、ピロリ菌による胃炎から胃がんが、ウイルス性肝炎から肝臓がんが生じることとまったく同じです。
・逆流性食道炎が関与するのは、食道がんの中でも「腺がん」というタイプで、欧米の食道がんは、50%以上が「腺がん」です。肥満の多い欧米では、逆流性食道炎からできる食道腺がんが増えていることが深刻な社会問題になっています。
・つまり私たち医療者は、「胃がんのリスクを減らそう」とせっせとピロリ菌を除菌してきましたが、それが逆流性食道炎を増やし、結果的に食道腺がんのリスクを上げている可能性が出てきているのです。 この点に関して、実は全く予想外のことが起きているというわけではありません。除菌が逆流性食道炎を起こし得るということは、もともと医療者の中でも懸念されていました。
・ただし日本の場合、食道がんの90%以上が「扁平上皮がん」という別のタイプで占められています。「腺がん」は食道がんのごく一部にすぎないため、「欧米人と違って、日本人は体質的に腺がんになりにくいのだろう」と楽観的に考え、あまり問題視されてこなかったのです。
▽ピロリ菌の除菌でやっぱり食道がんは増えている?
・そして、どうやら逆流性食道炎による発がんが増え始めているようなのです。 この問題はメディアでもほとんど取り上げられていません。けれど上の図で分かる通り、増加傾向にあるのは明らかです。 もちろん、ここで増加した分がすべて、ピロリ菌の除菌によるものであるというわけではありません。除菌が爆発的に行われるようになったのは2013年以降なので、そこから逆流性食道炎になって発がんしたとしたら時間軸が合いませんから。 おそらく、「ピロリ菌感染の自然低下→逆流性食道炎の増加」が、腺がんの増加として反映されているのでしょう。
・ただし、この増加分が除菌とは無関係だとしても、「逆流性食道炎になれば、日本人でも腺がんが増える」ということは読み取れます。つまり除菌によって逆流性食道炎になれば、タイムラグはあるものの、将来的に腺がんになるリスクが上がるだろうということです。
・ここまで読み進めて、「医者に勧められるがままにピロリ菌の除菌をしたのに、どうしてくれるんだ!」と思った人もいるかもしれません。 患者数を比べてみると、現状では腺がんは食道がんの10分の1以下で、さらに食道がんが胃がんの5分の1程度です。腺がんを多く見積もったとしても、胃がんの50分の1ということになります。 つまり、胃がんのリスクを減らすことの方が、優先順位は高いのです。
・もちろん、ピロリ菌を除菌したら自動的に逆流性食道炎になるわけでもありません。除菌によって胃酸が活発に分泌されるようになったとしても、あくまで本来あるべきレベルに近づくというだけです。 それが逆流するかどうかは、日頃の食生活の内容や量、肥満の程度などが大きく影響しています。適切な生活習慣が守られていれば、簡単には逆流しません。 その上でも、この問題については、医療者もやや不用意だったのかもしれないと自戒を込めて考えています。
・除菌で胃酸が増えることに加え、ご飯がおいしくなり、体重増加から逆流性食道炎になってしまったという人が結構います。総合的に、ピロリ菌の除菌の必要性や妥当性は現状でも揺るぎませんが、除菌はしっかりとした生活習慣の指導とセットであるべきだったのでしょう。 さて、ではそのようなリスクをはらんだ逆流性食道炎になってしまったら、どうすれば良いでしょうか。
▽暴飲暴食、肥満は逆流性食道炎の敵
・前述したように、発症には生活習慣が深く関わっているので、まずはその見直しから始めましょう。 暴飲暴食をしない、食後3時間以上空けてから就寝する、肥満の場合はダイエットをする、などが重要になってきます。肥満の改善には運動が有用ですが、あまりに激しいトレーニングや筋トレは腹圧をかけて、むしろ逆流を助長するので注意が必要です。
・仕事が忙しくて帰宅が遅く、どうしても夕食が遅くなる人もいると思います。その場合、本来の夕食の時間に軽く食事を済ませ、帰宅後はごく少量を追加する方がいいでしょう。 生活習慣の改善で治らなければ、胃酸の分泌を抑える薬(PPIなど)が有効です。
・世界中で逆流性食道炎の患者が増え続け、今や膨大な量のPPIが処方されています。抗がん剤など高額な薬を抑えて、金額ベースでTOP10に入ることもあるほどです。 効果があるからこそ世界中で使用されているわけですが、あくまで薬なので、副作用に注意が必要です。長期間服用すると、骨粗鬆症(特に女性)、腎臓病、特殊な腸炎、心臓病、肺炎、認知症のリスクが上昇すると言われています。
・胃酸だって、必要があるから分泌されているのです。とにかく止めればいいというわけではありません。自然の摂理に逆らえば、必ず何らかの反動は出てきます。症状がおさまった後も、漫然と飲み続けるというのはお勧めできません。 つまり「薬を飲んでいれば暴飲暴食しても大丈夫」というわけはないのです。
・症状が強い場合、PPIの内服が必要ですが、それと並行して生活習慣の改善に努め、最終的には逆流性食道炎からも薬からも卒業するのが、一番理想的なゴールなのです。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/091200163/010900017/

次に、1月17日付け「罹患者が特に多いのに盲点になっているあのがん 胃がんや肺がん、乳がんよりも地味だが死亡数は2位!」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・日本人のがんにおいて死亡数が最も多いのが肺がんで、3位が胃がんです。この2つのがんに関しては、既に解説いたしました。そして死亡数が2位のがんが、今回解説する大腸がんです。 2014年(平成26年)大腸がんの死亡数は、男女合わせて4万8485人と報告されていて、特に女性に限ると死亡数の1位になっています。さらに患者数は男女合計で1位と、日本人に最も多いがんになっています(がん情報サービスより)。
・いつの間にか、大腸がんは日本人にとって「最も要注意のがん」になりました。 その割に、大腸がんはあまり注目されておらず、予防や検診の重要性が世の中に浸透していないと感じます。なぜなのでしょうか。  例えば肺がんや胃がんの場合、タバコやピロリ菌といった、はっきりとした原因があります。「禁煙やピロリ菌の除菌が大事です」といった分かりやすい説明が可能なのです。また乳がんの場合、若くして患う人も多いので、社会問題にもなります。タレントの北斗晶さんや小林麻央さんの闘病もさかんに報道されました。  では大腸がんはどうでしょう。
・原因として「コレ!」という決定的なものがないので、何となく正体が分かりづらい。また大腸がんになった有名人としては、俳優の渡哲也さんや今井雅之さんがいますが、ニュースに接する機会はそんなに多くない印象ですね。どうも大腸がんは目立たない存在で、「意識に上りにくいがん」なのです。
・また便やお尻の検査には羞恥心や心理的な抵抗を伴いますので、無意識のうちに避けたり、考えないようにしたりしているのかもしれません。 その結果、大腸がんは盲点になりやすくなっています。そしておそらく、それはとても危険なことなのです。 何と言っても、大腸がんは日本で患者数が最も多いのです。何のケアもせずに、ぼんやりしていると、気がつけばいつのまにか背後にいる、といった可能性が高いがんなのです。
・ではそんな大腸がんのリスクを高める因子には、何があるのでしょうか。 国際がん研究機構IARCや国立がんセンターの発表によると、「アルコール」「タバコ」「肥満(BMIが25以上)」、などが挙げられています。)(リンク先にマンガによる解説あり)
▽大腸がん、どうやって見つける?
・では、どうやって大腸がんを、できることならポリープの段階で見つけることができるのか、という問題に集約されます。 現在の健康診断や人間ドックで、大腸がん検診としてまず行われるのは「便潜血検査」です。便の一部を容器に入れて提出し、便の中に血液が混じっていないかどうかを調べる検査です。 大腸がんやポリープなどの病変があれば、便が通過するときにすれて出血する可能性があります。それが起こっていないかをチェックするのが基本的な考え方です。
▽「検便」で小さなポリープを見つけるのは難しい
・この検査のメリットは、とにかく簡単ということに尽きます。自然に出る便を提出するだけでいいのです。採血のように針を刺す痛みもありません。 簡単で、安価で、医療機関にとっても、マンパワーを必要としない。検診にはもってこいの検査方法です。
・ただし、この検査では、大腸がんやポリープ自体ではなく、その結果起こるかもしれない出血の有無をチェックしているだけ。あくまで間接的な検査にすぎないので、診断能力は決して高いとは言えません。がんやポリープがあっても血が混じらないことはいくらでもあるし、何も病気がないのに便潜血陽性になることもありますから。
・では、診断能力は実際にどのくらい精度が高いのでしょうか。 報告によってばらつきがありますが、大腸がんを1回の便潜血検査で指摘できる可能性は30~56%、2、3回繰り返してやっと84%と言われています。1回だと不十分なのは明らかなので、便潜血検査は通常2回。これは、病変があっても陰性になってしまうケースをできる限り減らすための工夫です。
・当然、2回中1回でも陽性になれば「便潜血陽性」と診断され、精密検査が必要になります。 時々、「2回中1回は陰性になったのだから、もう1回やって確認したい」という人がいますが、実はそれにはあまり意味がありません。一度陽性が出たという事実は、その後、何回陰性になったとしても消えるわけではありませんから。 大腸がんのように出血しやすい大きな病変であっても、間違って陰性にならないように工夫が必要になってきます。
・では、それよりも小さなポリープの場合はどうなのでしょうか。 ポリープを便潜血検査で指摘できる可能性は、11~18%と報告されています。極めて低い数字です。やらないより、やった方がいいのは間違いありません。ただし結果を絶対視して安心していると、足元をすくわれる可能性がでてきてしまいます。
・ポリープを早期に発見するには、便潜血以外の検査を受ける必要があります。次回、さらに詳しく解説していきます。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/091200163/010900018/

第三に、1月24日付け「大腸カメラよりもキツイ?検査前の大量の下剤 胃カメラ以上に術者の技量が問われる大腸カメラ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・前回は、大腸がんの検診で実施する便潜血検査について解説しました。 少し話が脱線しますが、便潜血検査で胃がんのチェックはできないのでしょうか。というのも、便潜血検査は大腸がんなどの病変から出た血が便に混ざっていないかを調べる検査です。胃がんで出血する場合も陽性になってもいいように思います。
・しかし、結論から言うと胃がんのチェックは残念ながら便潜血検査ではできません。 なぜかというと、血液(この場合、ヒトヘモグロビン)は胃など消化管の上流で出た場合、胃酸や膵液など様々な消化酵素に長時間さらされて、便に混じるまでに「変性」してしまいます。このため便潜血検査では引っ掛かりにくいのです。  一方で、大腸など消化管の下流で出血した場合には、ごく一部が変性するかもしれませんが、大部分はヒトヘモグロビンの形態をとどめているため、検出可能となるのです。
・「何だ……一緒に検査できればいいのに…」と思った人もいるかもしれません。しかし、「大腸のチェックしかできない」ということは、必ずしも悪いことではありません。 例えば、もし検査が陽性になった場合、「胃か大腸か分からないから、両方をカメラで検査しましょう!」と言われるのも辛いでしょう。「胃は半年前にチェックしたのに…」という場合でも、心配になって「仕方ないから念のためにもう一度受けようか」と思ってしまうかもしれません。それよりは、「便潜血検査=大腸」という一対一の関係の方が結局のところは便利なのです。
・さて本論に戻ります。 そんな便潜血検査ですが、前回解説した通り、ポリープを見つける可能性は11~18%と、決して満足できるものではありませんでした。では、ポリープはどのように見つければいいでしょうか。
▽大腸カメラよりもキツイ?検査前の大量の下剤
・様々な方法があるのですが、正確性や医療機関への普及度を考えると、「大腸内視鏡検査(以下、大腸カメラ)」に軍配が上がります。実際、便潜血検査が陽性になった場合、ほとんどの医療機関は精密検査として大腸カメラを行っています。 大腸カメラは、胃カメラとよく似たカメラを肛門から入れて大腸を観察する検査です。
・胃カメラと同様、粘膜面を直接観察できる、優れた検査方法です。異常があれば、そのまま組織を採取して病理診断も行えます。 ただしカメラをそのまま入れてしまうと、大腸に便が残っていて観察ができない。そのため検査の前には最低1~2リットルの液体の下剤を飲んで、便をザーッと洗い流し、大腸を完全にカラにする必要があります。実は、これが結構大変です。中には本番の検査よりもこっちの方がキツイという人もいるほどです。
・そのほかのマイナス点として、検査中に腹部の不快感があります。 大腸の一部は、お腹の中でブラブラと自由に動いています。その中にカメラが入ることで、大腸が引っ張られたり、痛みが出たりすることがあるのです。特に子宮筋腫や帝王切開など、腹部の大きな手術を経験したことのある場合は、大腸とお腹の壁が癒着して不自然な格好になっていることがあり、不快感が強くなりがちです。
・その結果、粘膜から出血したり、極端なケースでは、大腸に穴が開いてしまったという報告もあります。全国集計によれば、およそ1万人に1人、そのような偶発症が起きています。
▽胃カメラ以上に技量が問われる大腸カメラ
・大腸カメラは、胃カメラ以上に術者の技量が検査内容を左右する検査です。受ける場合にはできるだけ事前に調べて、評判のいい施設または医師を選ぶようにお勧めします。 大腸がんのリスクは40歳を超えると上がってきます。便潜血が陽性になった場合はもちろん、何もなくても、人間ドックのオプションなどを活用して、一度はポリープの有無をチェックしておきましょう。
・ポリープが全くないきれいな大腸であれば、「大腸がんのリスクは少ない」と判断できます。 一方、大きなポリープがあったり、ポリープの数が多かったりした場合は、定期的にフォローをすることによって、リスクを減らせます。つまり大腸カメラは現状評価のためだけではなく、「自分の大腸がん検診は今後どうしていくのか?」という方針を決めるためにも必要な検査なのです。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/091200163/010900019/?P=1

第一の記事で、 『私たち医療者は、「胃がんのリスクを減らそう」とせっせとピロリ菌を除菌してきましたが、それが逆流性食道炎を増やし、結果的に食道腺がんのリスクを上げている可能性が出てきているのです。 この点に関して、実は全く予想外のことが起きているというわけではありません。除菌が逆流性食道炎を起こし得るということは、もともと医療者の中でも懸念されていました』、というのは、予め予期していたこととはいえ、皮肉なものだ。 『腺がんを多く見積もったとしても、胃がんの50分の1ということになります。 つまり、胃がんのリスクを減らすことの方が、優先順位は高いのです』、 『胃酸だって、必要があるから分泌されているのです。とにかく止めればいいというわけではありません。自然の摂理に逆らえば、必ず何らかの反動は出てきます。症状がおさまった後も、漫然と飲み続けるというのはお勧めできません。 つまり「薬を飲んでいれば暴飲暴食しても大丈夫」というわけはないのです』、というので納得した。
第二、第三の記事で、 『いつの間にか、大腸がんは日本人にとって「最も要注意のがん」になりました』、というのは初めて知った。 『「便潜血検査」・・・ 『大腸がんを1回の便潜血検査で指摘できる可能性は30~56%、2、3回繰り返してやっと84%と言われています』、 『ポリープを便潜血検査で指摘できる可能性は、11~18%と報告されています』、というのは心もとない。しかし、 『大腸カメラよりもキツイ?検査前の大量の下剤』、というのは、私も2回ほど検査を受けたが、検査前の下剤は筆舌に尽くし難い苦しみで、いくら実効性が高いと言われても、3回目は出来るだけ避けたいと願っている次第だ。
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日本企業の海外M&Aブーム(その4)(日本ペイント 「1兆円買収」断念の本当の理由、NECが赤字の「債務超過会社」を買収するワケ、富士フイルムが米ゼロックス買収 子が親を飲み込む裏事情) [企業経営]

昨日に続いて、日本企業の海外M&Aブーム(その4)(日本ペイント 「1兆円買収」断念の本当の理由、NECが赤字の「債務超過会社」を買収するワケ、富士フイルムが米ゼロックス買収 子が親を飲み込む裏事情)を取上げよう。

先ずは、昨年12月15日付け東洋経済オンライン「日本ペイント、「1兆円買収」断念の本当の理由 巨額買収断念の先に何を見据えるのか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・市場の評価はネガティブだった。 国内塗料トップ、世界5位の日本ペイントホールディングス(以下、日本ペイントHD)が米同業アクサルタ(世界6位)に買収提案をしていると報じられた11月22日、日本ペイントHD株は4%超と大幅な下落となった(日経平均株価は上昇)。
・理由は財務悪化懸念だ。アクサルタには世界トップ、アクゾ・ノーベルが10月に合併を提案し株価が高騰、時価総額は1兆円を超えていた。 完全子会社化には総資産(9月末9124億円)並みの借入金が必要。財務改善のために増資をすれば、株式が希薄化する。投資家が嫌気するのは当然だ。
▽買収価格の問題ではなかった
・株価はその後もジリ安となったが、12月1日に日本ペイントHDが買収断念を発表すると反発、8%超も上昇している。 常識外れのM&A(企業の合併・買収)の背景にあるのは、日本ペイントHDの「買収される恐怖」だと見る向きがある。確かに、近年塗料業界は、大手によるM&A案件が尽きない。
・だが、日本ペイントHDはアジア事業の合弁先が4割弱の株式を持つため、敵対的TOB(株式公開買い付け)が極めて難しい会社だ。巨大化して買収者に対抗する必要はない。日本ペイントHDはそろばんをはじいて買いにいったのだ。 そもそも、始まりはアクゾの提案の前。日本ペイントHDの幹部によれば、夏ごろから企画担当者同士が協業に向けて検討開始、ワーキンググループもできていた。
・守秘義務契約を結んでデューデリジェンス(資産査定)に入ったのが11月初旬。アクサルタは両社をてんびんにかけて、日本ペイントHDに絞ったというのが買収断念までの大まかな流れだ。 また、断念の理由も巷間言われるように価格が折り合わなかったからではない。理由は2つあり、1つは工場に関する情報の不足。土壌、大気汚染など工場に関する情報は、十分過ぎることはない。ただ、デューデリとはいえ競合にさらす情報には限度がある。「今回は買収に進むには足りなかった」(日本ペイントHD幹部)。
▽結果的に断念オーライ
・もう1つは競争法上の問題。地域、製品で重複は少ないと見ていたが、実際には何カ国かでシェアが問題になるおそれが出てきた。時間をかけて調べれば対策は立てられたが、アクゾとの交渉を完全に打ち切ったわけではないアクサルタは、11月末の期限順守を求めた。
・「これらに目をつぶって跳ぶという判断もあったが、取締役会でやはり譲れない、となった」(日本ペイントHD幹部)。断りを入れたのは日本ペイントHDである。 未練はあろうが、これでよかったのではないか。アクサルタは総資産の6割に当たる3700億円の有利子負債があるため、利払いが多く2016年12月期の純益は約50億円。
・仮に1兆円で買収すると、日本ペイントHDの有利子負債は1兆4000億円を超える。以前に比べアクサルタの収益力が高まっているとはいえ、“賭け金”が高すぎる印象だ。 引き続き、日本ペイントHDはグローバル・ペイント・メジャーを目指す。強みのあるアジアを盤石にしつつ、大手同士の統合で競争法上、分離される欧米の事業を買収するのが基本だ。
・もちろん、アジアを強化する案件があれば、そちらを優先することになるだろう。グッド・パートナーは意外と近くにいるかもしれない。
http://toyokeizai.net/articles/-/201178

第二に、1月11日付け東洋経済オンライン「NECが赤字の「債務超過会社」を買収するワケ 「海外セキュリティ拡大」の起爆剤となるか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・1月9日。通信インフラ設備で国内首位のNECが、英ノースゲート・パブリック・サービス社(以下NPS)を4億7500万ポンド(約713億円)で買収すると発表した。買収資金はNECが現在持っている現預金(2017年9月末2399億円保有)を充てる。1月末をメドに買収を完了する。
・1969年設立のNPSは政府向けや警察向けが主体のセキュリティに強いソフトウェア会社。犯罪事案管理プラットフォームは英国でシェア29%、自動ナンバープレート読み取りシステムや違反処理システムでは独占的な地位を持つのだそうだ。公営住宅の管理プラットフォームにも強みを持つ。
▽減収に加え、赤字に転落
・NECの顔認証技術や人工知能(AI)技術で今後シナジーが見込めるほか、海外でセキュリティを伸ばす橋頭堡になりうると判断して買収に踏み切った。オーストラリアやシンガポールなど「英連邦(コモンウェルス)」への横展開が実現すれば、海外セキュリティ事業が大きく伸びるという皮算用も見え隠れする。
・2017年4月期のNPSの売上高は1億6350万ポンド(約245億円)で前期比1900万ポンド(約28億円)の減収だった。「採算の低いBPO(間接業務受託)サービスを縮小している影響」(NECの山品正勝グローバルビジネスユニット担当執行役員)だという。
・他方、営業損益は420万ポンド(約6億円)の赤字だった。山品執行役員によれば、営業赤字はBPOサービス縮小などなど構造改革の影響。2016年4月期は690万ポンド(約10億円)の営業黒字だったほか、買収後は構造改革費用がなくなり黒字化が見込めるという。 最終損益も4120万ポンド(約61億円)の赤字だった。赤字の原因は借入金が多く、支払金利の負担が重かったことによるもの(前期は2400万ポンド、約36億円の最終赤字)。
・借入金が多いのは、現在の大株主である投資ファンドのCinven(シンベン)がLBO(レバレッジドバイアウト、借入金による企業買収)でNPSを2014年に買収したことに起因する。LBOの常套手段として、シンベンが借り入れた負債を買収後にNPSに負わせたためだと山品氏は解説する。
▽投資ファンドに翻弄された歴史
・最終赤字が続いたために2017年4月期は9700万ポンド(145億円)の債務超過だった(2016年4月期は5290万ポンド、約79億円の債務超過)。だが、「今回の買収により、NECの買収資金で債務が劇的に減少。債務超過から脱する見込みだ」と山品氏は会見で胸を張った。
・「LBOの影響による金利支払い額は4010万ポンド。この金利の支払いがなくなるだけで最終赤字はゼロ近辺まで回復する。数百万ポンドの構造改革費用がなくなることで営業黒字化や最終黒字化が見込める」(NEC幹部)
・はたして債務超過続きの赤字会社であるNPSに713億円も払う価値があるのか。会見に参加したアナリストはその点を見極めるためにいくつもの質問をしたが、会社側の回答に満足した様子のアナリストは皆無だった。
・NPSの歴史は、投資ファンドに翻弄された歴史といえる。シンベン以前の筆頭株主も投資ファンドで、前筆頭株主のKKRはBPOサービスを拡大するなどして企業価値の増大を図った。だが、BPOサービスはコスト削減圧力が強く低採算。NPSの収益構造を悪化させる結果となった。 次に現れたシンベンは不採算事業の縮小など収益構造の改善を目指した。一方で、LBOを用いた結果としてNPSの財務を悪化させる副作用を起こした。今回のNECの買収は、投資ファンドの経営再建が2度も破綻をきたしたために、事業会社にお鉢が回ってきたと見ることができる。
・だからと言って、NECがNPSの再建を成功させる保証はどこにもない。会見では「2008年に3億ドル(約320億円)で買収した通信事業者向けシステム構築会社、米ネットクラッカー・テクノロジーでは、当初は現地に任せていたが、しばらくして日本のやり方を押し付けた結果、うまくいかなかった。今回もそうなるのではないか」と心配する声も聞かれた。 NECの新野隆社長は「現地のCEOとCFOにはそのまま残ってもらうつもりだ。事業に強い、キーになるメンバーを日本から送り込む」と述べるにとどまった。
▽今後も買収を継続しそうだが・・・
・新野社長は「今回は第1弾」と今後も海外セキュリティ関連で買収を繰り返す意思を強くにじませた。会見で配布した資料には第5弾まで想定しているかのような図を掲載している。 好採算企業へと舵を切りたいが、国内のSI(システム・インテグレーター)事業は依然として顧客要望に合わせるカスタマイズ型のシステム構築が多く、低採算体質を変えることは容易ではなさそうだ。勢い、海外に活路を見出すしかないが、海外に強い足掛かりがない。
・今回買収したNPSに、来期以降は収益の改善が期待できるとはいえ、売上高250億円では、国内主体で1000億円規模のセキュリティ事業の採算性を引き上げるほどにはなりようもない。新野社長はそれを承知の上で「第1弾」と強調したのだが、果たしてほかに良い買収先が海外にごろごろ転がっているのだろうか。
・M&A戦略に大きく舵を切ったかのようにみえる今回の買収劇。海外セキュリティ事業拡大に向けた起爆剤となる可能性がある一方で、第2弾、第3弾、第4弾……と次々にまとめていけないと、「赤字続きの債務超過会社を700億円もかけて買収するとは」と株式市場に奇異に受け止められるだけかもしれない。
http://toyokeizai.net/articles/-/204107

第三に、 2月5日付けダイヤモンド・オンライン「富士フイルムが米ゼロックス買収、子が親を飲み込む裏事情」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・アダイヤモンド・オンラインジアの合弁相手だった“子”が、米国の老舗名門の“親”を買収──そんな成功譚となるかどうか。 富士フイルムホールディングス(HD)は1月31日、米ゼロックスを買収すると発表した。
・まず両社が出資する富士ゼロックスが、富士フイルムHDから富士ゼロックス株を6710億円で自社株買いする。さらにゼロックスが既存株主への特別配当で時価を下げ帳尻を合わせる。富士フイルムHDは得た6710億円でゼロックスが発行する新株を取得、全体の50.1%の持ち分を握る。その後富士ゼロックスはゼロックスと合併。合併後、新会社の経営権を富士フイルムHDが握る。
・つまり、富士フイルムHDは実質“タダ”でゼロックスを傘下に収めるという仕組みだ。 1906年創業の伝統的テクノロジー企業でコピー機を発明したゼロックスだが、内情は“火の車”だった。2017年度の売上高は前年度比4.5%減、営業利益は68%も落ち込んだ。
▽統合するのはハード事業のみ
・さらにゼロックスを悩ませていたのが、“物言う株主”の存在だ。 ゼロックスは16年、それまで中核事業として注力してきたビジネスプロセスアウトソーシング事業を分社化。同事業は交通機関の料金収受システム運用や診療報酬請求業務など、複写機回りにとどまらない幅広い顧客の業務を受託するサービスで、09年には世界最大手を買収して事業強化してきた。
・それを分離せざるを得なくなった背景には、筆頭株主の投資家カール・アイカーン氏の“圧力”がある。同氏はその後さらに、ゼロックスとサービス分社のコンデューセント双方の取締役会に役員を送り込み、経営関与を強めている。 アイカーン氏は昨年来のゼロックスの身売り報道を受け、ゼロックスの3位株主に浮上したダーウィン・ディーソン氏と共同で書簡を公表。
・ゼロックス株主に対し、会計不祥事を起こした富士フイルムグループとの合弁契約の解消、ゼロックスのジェフ・ジェイコブソンCEOの解任など、過激な提案を通知していた。両氏の持ち分は株式総数の15%に達しており、すんなりと富士フイルムHDの買収提案をのむとは考えにくい。
・そもそも、今回買収するゼロックスは、高成長事業を切り分けた残りの“旧来のハード事業”の会社だ。しかも、そのハードの多くは富士ゼロックスがOEM提供していた。古森重隆富士フイルムHD会長は、「買収でグループから現金は流出せず、今後も成長分野でのM&Aは可能」と強調したが、今後、統合過程でリストラ費用が発生する可能性は高い。
・縮小する複写機市場に代わる新規事業を模索していたはずの富士フイルムHDにとって、“後退”とも解釈できる今回の買収。結果はどう出るか。
http://diamond.jp/articles/-/158387

第一の記事で、日本ペイントとアクサルタ両社によるワーキンググループ(WG)が出来た時期の記述がない。 『デューデリジェンス(資産査定)に入ったのが11月初旬』、らしいが、仮に WGが出来たのが、『アクゾ・ノーベルが10月に合併を提案』、以後であったとすれば、アクサルタが 『両社をてんびんにかけ』、ただけの話で、日本ペイントが断念するのは当然だ。以前であったとしても、 『工場に関する情報の不足』、があったのであれば、これまた当然である。 『グッド・パートナーは意外と近くにいるかもしれない』、というのは私には分からないが、いずれにしても焦る必要はないのではなかろうか。
第二の記事で、 『NPSは政府向けや警察向けが主体のセキュリティに強いソフトウェア会社』、という割には、業績の方は大株主の投資ファンドが債務を膨らませたこともあって、不振で債務超過とのこと。 『はたして債務超過続きの赤字会社であるNPSに713億円も払う価値があるのか』、との疑問は解けないままだ。さらに、『新野社長は「今回は第1弾」と今後も海外セキュリティ関連で買収を繰り返す意思を強くにじませた』、と買収に前のめりになっているようだが、大丈夫なのだろうか。
第三の記事で、 『今回買収するゼロックスは、高成長事業を切り分けた残りの“旧来のハード事業”の会社だ。しかも、そのハードの多くは富士ゼロックスがOEM提供していた』、ということであれば、既にゼロックスは成長が期待できないどころか、ペーパーレス化の進行で事業基盤が縮小し続ける老舗に過ぎない。 『富士フイルムHDは実質“タダ”でゼロックスを傘下に収めるという仕組み』、とはいいながら、 『富士フイルムHDは得た6710億円でゼロックスが発行する新株を取得』、するため、6710億円はゼロックス既存株主向けに支払われる形になる。さらに、 『今後、統合過程でリストラ費用が発生する可能性は高い』、のであれば、果たしてそれだけの価値があるのだろうか。
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日本企業の海外M&Aブーム(その3)(巨額損失を繰り返す日本企業の海外買収に「盲点」はないか、日本企業はなぜこんなにM&Aが下手なのか、昭和電工 無謀と言われた買収が超有望事業に一変した逆転劇の真相) [企業経営]

日本企業の海外M&Aブームについては、2016年1月11日に取上げた。久しぶりの今日は、(その3)(巨額損失を繰り返す日本企業の海外買収に「盲点」はないか、日本企業はなぜこんなにM&Aが下手なのか、昭和電工 無謀と言われた買収が超有望事業に一変した逆転劇の真相)である。

先ずは、元銀行員で法政大学大学院教授の真壁昭夫氏が昨年5月2日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「巨額損失を繰り返す日本企業の海外買収に「盲点」はないか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・日本を代表する企業が、買収した海外子会社の減損処理により多額の損失を計上する事態が続いている。潤沢な手元資金を抱える中、多くの企業は市場の開拓やシェアの拡大などを重視して海外企業を買収し事業拡張を目指してきた。だが日本郵政に関しても、「初めから危ない選択だった」との見方を持つ専門家もいたようだ。これまでも「高値買い」や買収したあとには期待されたほどの成果が上がっていないケースも目立っている。今後、日本企業は海外企業の買収戦略をどう進めるべきか、考察してみたい。
▽海外企業買収額10兆円、過去最高 度重なる海外子会社の減損処理
・経営学の理論では、企業の合併・買収(M&A)には、規模の経済効果の追求、成長のためにかかる時間の節約、コスト削減などのシナジー効果の発揮などのメリットがある。要は、事業を自前で立ち上げる時間を買うということになる。
・そうした戦略の下、日本企業の多くはM&Aの効果を重視し、国内だけでなく海外の企業を傘下に収めて“グローバル企業”の仲間入りを果たそうとしてきた。2016年度、日本企業による海外企業の買収額は10兆円を超え、過去最高を記録した。
・ただ、これまでに実行されてきた比較的規模の大きい海外での買収案件のヒストリーを振り返ると、必ずしも成功例ばかりではない。最近では、多額の減損を計上するなど失敗例も目立つ。 2000年代の初頭、NTTドコモは「ITバブル」の熱気に浸り、オランダ、英国、米国で大規模な買収戦略を敢行した。特に米国のAT&Tワイヤレスに対しては1兆2000億円もの資金をつぎ込み、結果的には失敗した。その後も、NTTドコモはインドの通信会社に投資を行ったが、これも想定通りの効果を上げるには至らなかった。
・他にも、野村證券(野村ホールディングス)によるリーマンブラザーズの欧州・アジア部門の買収、第一三共によるインドの後発医薬品大手、ランバクシー・ラボラトリーズの買収など、必ずしも期待された成果をあげられていない例は多い。
・日本郵政に関しても、オーストラリアの物流子会社であるトール・ホールディングスを買収した2015年というタイミング、6200億円という規模を踏まえると、世界経済の状況や為替レートの水準を冷静に考え、より適切なタイミング、買収価格などの条件を冷静に検証すべきだったといえるだろう。 買収戦略の失敗から債務超過に陥り、分社化を余儀なくされた東芝のケースを見ると、海外での買収戦略の失敗は企業の屋台骨を揺るがすマグニチュードをもたらす。そのリスクは軽視できない。
▽国内市場の縮小と金余りが企業を海外に向かわせる
・なぜ、日本企業による海外企業の買収が急増してきたのか。この背景には2つの問題がある。まず、国内の経済全体を見渡した時、更なるイノベーションを進め、成長力を引き上げられる余地は限られている。 トヨタ自動車のように新しいコンセプトや技術を実用化して、需要を創造できる企業はある。それでも海外の需要を取り込むことは不可欠だ。成長のために取りうる選択肢を突き詰めていくと、海外でのM&Aを進めることは外せないのである。
・加えて、日本の企業は約375兆円もの利益剰余金を内部に留保している。いわゆる“カネ余り”だ。経営者としては、この潤沢な手元資金を活用して事業を発展させなければ資質を問われかねない。キャッシュリッチな経営を続けていると、経営資源を有効に活用できていないと株主から責められる可能性も十分にある。
・こう考えると、海外の買収戦略を重視することは、国内市場の縮小による経営の手詰まり感を払拭し、成長志向の経営を進めるためには不可欠なことといえる。企業が直面する状況を考えると、海外に活路を見出し、経営資源を少しでも有効に活用して成長を目指したいというのが、多くの経営者の偽らざる本音であり野心だろう。
・ともすると守りの経営に向かいやすい中、海外での買収が成功し、企業価値を高めることができれば“名経営者”の評価を得ることもできる。こうした経済環境で各企業が現状を打破するために海外市場を重視し、M&Aを重視することは今後も続くだろう。
▽想定される以上に高いリスク マネージメントの経験も不足
・ただ、日本郵政などの損失発生を見ると、海外企業の買収に伴うリスクはかなり高いと言わざるを得ない。経営者の立場に立った場合、買収の規模、タイミング、条件などに関する最適な解を見出すのは、口で言うほど容易ではないはずだ。 
・まず、今日の世界経済は、めまぐるしいスピードで変化している。米国での「トランプ大統領の誕生」に象徴されるように専門家すら予想していなかった展開が実際に発生し、それを機に金融市場や経済状況は急速に変化してきた。 特に、為替レートの影響は大きい。 その中で、当初の想定通りに海外企業の買収がシナジー効果の獲得などにつながるか否か、不確実性があることは忘れるべきではない。環境変化のスピードに対応することができないと、M&A後の成長戦略を実行することは難しいかもしれない。
・次に、日本の企業は、語学をはじめ異なる文化、価値観を持つ人材をマネジメントすることに十分な経験を持ち合わせていないと考えられる。限界に直面しつつも、年功序列・終身雇用を重視する企業は多い。 これは、海外の常識である“競争原理”とは異なる発想だ。経営者も、プロの経営者よりも、新卒採用者の中から選抜されたゼネラリスト型が多い。わが国の企業経営の中で、海外の企業買収を行うために必要な資質が経営者に備わっているか否かは、冷静に確認する必要がありそうだ。
▽リスクに合わせてリターンをとる発想が大事
・一つの解決策として考えられるのは、企業統治=コーポレートガバナンスの機能を発揮していくことだ。経営者は、より高い収益や成功への野心に突き動かされて、海外での買収戦略を進めようとするはずだ。その時、買収に付随するリスクを第三者の視点から客観的かつ冷静に見直すことが欠かせない。 これがコーポレートガバナンスの目的だ。海外買収に関連するリスクに対応できるだけのガバナンス体制を整備できているか、見直す意義は大きい。世界経済や企業買収の専門家を登用してマクロ、ミクロの両面からリスク要因の見落としがないかを精査するなど、踏み込んだ取り組みが必要だろう。
・別の視点から、わが国企業による海外企業の買収を論じると、“リスクに合わせたリターンを確保する”発想が弱いように思う。過去の買収の失敗は、過度なリスクを取り、企業がそれに耐えられなくなったことに他ならない。
・東芝は契約相手に権利を与え、求めに応じる義務を負うという“オプション契約”が何であるかを、十分に理解していなかった。東芝はウエスチングハウスを買収した際、パートナーの米国企業にウエスチングハウス株を特定の価格で売る権利(プットオプション)を与えた。それに加え、電力会社が原発企業に工事遅延などのリスクを負わせる“固定価格オプション契約”のリスクも十分には認識できていなかったようだ。それが7000億円もの損失の原因になった。
・また、日本郵政が買収して2年程度で日本郵政が減損処理に迫られたことは、買収に関するデューデリジェンスが不十分だったといわざるを得ない。両社とも、オプション契約のリスク、事業環境に関する認識が甘く、潜在的なリスクを把握しきれていなかったといえる。
・一方で成功例があることも確かだ。日本電産は比較的規模の小さい海外企業を買収して成長を遂げてきた。そこには、買収後の組織の融合が可能と考えられる企業しか買収しないという徹底した方針があるのだろう。 ソフトバンクは買収に加え、出資というアプローチで海外企業の成長を取り込んできた。その代表例が中国のアリババだ。ソフトバンクは昨年6月にアリババへの出資比率を32%程度から27%まで引き下げ、税引き前で2500億円程度の売却益を確保した。
・言語、商習慣が異なる企業を買収し、完全に自社の一部門として統率することは容易ではない。本当に買収するメリットがあるか、見落としたリスクがないかだけでなく、リスクを抑えてより大きなリターンを得る方法はないか、各企業にとって海外買収戦略のあり方を見直す意義は大きいように思う。
http://diamond.jp/articles/-/126451

次に、経済ライター、Beacon Reports発行人のリチャード・ソロモン氏が昨年8月1日付け東洋経済オンラインに寄稿した「日本企業は、なぜこんなにM&Aが下手なのか そもそも買収に消極的すぎる」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「日本株式会社」は、革新的なスタートアップ企業の誕生を切望していると同時に、この「禁断の果実」を恐れてもいる。米国の大手企業が熱心に新興企業を買収している一方、日本の大企業は、革新的な新企業を発見し、手中に収め、そして自社のビジネスに取り込もうと躍起になっているのだ。
・しかし、日本が国際的な競争力を再び手に入れるには、日本企業はスタートアップ企業の「買収の仕方」を学ばなければならないだろう。かつては、日本企業に限らず大企業はどこも、新たな製品やサービスを開発するのに社内の研究開発チームを頼っていた。が、製品のライフサイクルがどんどん短くなる中、変化のペースについていけるだけの速度でイノベーションを起こせる企業はどんな規模であれ、なくなっている。
▽「買収」には奥手な日本企業
・こうした中、特にハイテク業界において、欧米企業は一歩抜きん出たポジションを維持するために、スタートアップ企業の買収を積極的に行っている。アップルやグーグル、そしてフェイスブックが、自社の資源だけでなく、広く社外からアイデアや技術を募ることで新製品などの開発を進める「オープンイノベーション」を追求しているのである。それに引き換え日本企業は、いまだに閉じたドアの内側で研究開発を行っているのだ。
・新興企業とのオープンイノベーションを成功させるカギは、「一歩ずつ進むことにある」と、ベンチャーキャピタル(VC)、ドレイパーネクサスのマネージングディレクターである倉林陽氏は話す。まずは提携して次に出資を行い、最終的には買収するというやり方だ。倉林氏によると、日本企業にとって最初の2ステップは難しくないが、多くは3ステップ目に進むことを躊躇するという。
・典型的な提携には、大手企業が自社の顧客に向けてスタートアップ企業が開発したソフトを実装することなどが挙げられる。このやり方であれば、大手、新興企業双方に金銭的な見返りがあるし、新興企業は信頼できる大企業と協業することによって社会的な信頼を得ることができる。一方、大手企業はリスクを冒さずにオープンイノベーションの一歩を踏み出すことができる。
・ただし、多くの企業は新興企業が破綻するリスクを嫌う。このため、日本ではスタートアップを「支援する」という形の提携がメジャーになっているのである。「もちろん(新興企業にとっては)何もないより支援があったほうがいい」と、米国と日本のVCに15年間勤めている倉林氏は話す。
・こうした提携関係にもリスクがないわけではない。提携した企業が成功した際、競争相手が買収してしまい、もともと支援していた大手企業には何の見返りもなくなるリスクだ。
▽M&Aに長けている社内人材がいない
・シリコンバレーに本社を置く顧客情報管理(CRM)大手のセールスフォース・ドットコムを例にとって考えてみよう。同社は、自社のコーポ―レート・ベンチャーキャピタル(CVC)部門を通じて、革新的なスタートアップに投資している。
・たとえば、ある新興企業が、セールスフォースが活用できる革新的なアプリケーションを開発したとすると、その企業に出資しているセールスフォースは、第一先買権を行使してその企業の将来的な投資ラウンドに参加することができる。また、早い段階から関係を構築することで、この企業のビジネスや経営陣について理解を深めることができるため、戦略上適切な時期にその企業を買収できるチャンスが高まる。
・多くの日本企業にもCVC機能があり、実際、日本のスタートアップ投資の約80%は大企業によって行われている。しかし、日本企業が買収まで進むことはまれである。
・その理由の1つは、有望な新興企業を発見し、その企業を良い方法で買収する才能を持つ人物が大手企業の社内に不足していることだ。大手企業が買収を成功させるためのスキルを獲得するためには、外部の専門家を、CEOの給料を超えることもある市場価格で雇う必要がある。
・ただ、「(日本の)大手企業は文化的に言って外部の専門家を高額で雇い入れることはできないだろう」と倉林氏は指摘する。大手企業はその代わりに、買収業務をM&Aの経験に乏しい社内マネジャーに委ねてしまうのである。
・もう1つの理由は、買収後の統合に失敗する例が多いことが挙げられる。スタートアップ企業を買収した後、大手企業は起業家精神にあふれる創業者に対して融通の利かない人事システムを押し付けようとしたりするため、スタートアップ企業出身者たちは、買収前に享受していた権威や自由、そして市場原理に基づいた賃金を奪われることになる。 たとえば、日本の大手企業は35歳のスタートアップ企業のCEOに対して、社内のほかの35歳に払っている賃金しか払わないかもしれない。起業家精神にあふれる創業者がこれに我慢できずに買収の後すぐに会社を去ってしまえば、買収した部門は低迷してしまう。
▽日本型人事システムが「障害」
・少しずつ変わりつつあるものの、全般的に日本企業は、欧米企業と比べて株主の利益を最大化するのにプレッシャーに鈍感だ。オープンイノベーションを促すような欧米の優遇税制も日本には導入されていない。  しかし、日本企業がオープンイノベーションや買収に消極的になる最も大きな理由は、従業員を業績ではなく年齢で昇進させる日本型の人事システムにある。「日本のハイテク業界を改善するためには、まずは人事システムを変える必要がある」と倉林氏も指摘する。
・日本政府が、2020年までに実質GDP成長率を平均2%(現在の成長率の2倍)にするという目標を達成するためには、有意義で包括的な労働改革が必要だ。そうしなければ、オープンイノベーションやほかの形の創造的破壊などを通じて、個人の能力を最大化するために人材を適切に再配置することもできなくなる。
・日本企業はゆっくりとだが、変わりつつある。現在、日本の大企業が雇う社員のうち、非正規労働者は4分の1を占めている。能力と技術を持つ従業員は、ますます(いくつもの職を同時に追求する)「ポートフォリオ・キャリア」を極める傾向を強めており、ある企業で1つのプロジェクトを終えた途端、次の企業に移るという人も少なからずいる。
・たとえば、日本にはビズリーチのように同業他社への転職を狙うハイクラスワーカーを対象としたサービスが出てきている。また、ヤフージャパンは昨年10月、日本の伝統的な採用方式である新卒の一括採用を廃止すると発表。その代わりに、すでに卓越したスキルを持っている人材を採用することに決めた。このほか、ソニーでは、新たなビジネスを迅速に立ち上げる起業家的な従業員をより迅速に昇進させるプログラムを導入している。
・こうした方策は歓迎されるべきものだが、よりダイナミックに日本企業を変えるには、政府主導による大胆かつ包括的な労働改革が必要だ。 多くの既得権益を持つ人の人生を変える可能性がある労働改革を実施するのは容易なことではない。終身雇用を信じて働いてきた人が突如職を失う可能性があるからだ。
▽年齢ではなく、能力を評価すべき
・だが、日本企業は今こそ、年齢や勤続年数ではなく、能力に応じて従業員に給料を払う制度に切り替えるべきであり、企業が必要に応じて人材削減を行えるようにするべきだ。今のような、正社員と非正規社員の間に給与や福利厚生の面で大きな差があるような「二重労働市場制度」は廃止しなければならない。
・そして最も重要なのは、労働改革によって職を失った労働者のために、今の時代に必要なスキルを学べるプログラムやセーフティネットを用意することである。資金的余裕や過去の経験に欠ける日本政府がこれを提供するのは難しいかもしれないが……。 
・より柔軟な労働市場が必要なのは何も日本だけではない。多くの欧州諸国も、徐々に二重労働市場を見直し始めており、イタリアやスペイン、ポルトガルでは正社員の既得権益を減らすような法律や取り組みが導入されつつある。また、デンマークは、労働改革を通じて企業が人材の最適配置ができるようにする一方で、職を失った労働者のためのセーフティネットを膨大なコストをかけて構築している。
・日本が欧州のまねをする必要はない。が、こうした方向に少しずつ向かうことによって、たとえば大企業に会社を売却した起業家がその資金を違うスタートアップ企業に投資するといった、VC的なエコシステムを構築しやすくなる。こうした投資と成長のサイクルがきちんと構築されれば、日本企業は再び国際的競争力を取り戻せるはずである。
http://toyokeizai.net/articles/-/182671

第三に、10月20日付けダイヤモンド・オンライン「昭和電工、無謀と言われた買収が超有望事業に一変した逆転劇の真相」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・手のひらを返すとは、まさにこのことだろう。 市況が低迷していた1年前には、業界内で「無謀だ」と非難された海外M&Aだったが、市況が急激に好転した今日では「安い買い物になった」と買収に対する見方が180度ひっくり返ったのだ。
・10月2日、総合化学メーカーの昭和電工は、ドイツのSGLカーボンが持つ黒鉛電極事業の買収を完了し、同事業で世界トップに躍り出た。黒鉛電極とは、鉄スクラップを溶かす電気製鋼炉(電炉)で、大電流を流して炉内を加熱するために使われる電極棒(消耗品)のことだ。世界3位だった昭和電工は、世界2位のドイツ企業を買収して一気に勝負に出る。買収金額は、約156億円だった。
・年間の生産能力で見ると、1位は昭和電工+SGLカーボン(25万9000トン)、2位は米グラフテック・インターナショナル(19万1000トン)、3位はインドのグラファイト・インディア(9万8000トン)、4位が東海カーボン+SGLカーボンの米国事業(9万6000トン)、5位がインドのHEG(8万トン)という構図になる。
・昭和電工にとって誤算だったのは、SGLカーボンの全株式の取得に際して米国の規制当局から設備能力の削減を求められたことである。結果的に、米国におけるSGLカーボンの事業を同じ日系の競合である東海カーボンに譲渡した(東海カーボンは、これで念願の米国進出を果たすことになる)。
・だが、昭和電工の誤算は、2017年に入ってから、中国で鉄を生産する高炉メーカーや電炉メーカーに対する環境規制が厳格に適用されるようになって、嬉しい誤算へと劇的な変化を遂げる。これは、誰もが想定外の事態だった――。  昭和電工が16年10月に今回の大型買収を電撃発表した時点では、中国ではま
だ“際限なき過剰生産”が繰り返されていた。鉄の需給のバランスは崩れ、目安となる圧延鋼板の価格も低迷が続いていた。
・その結果、昭和電工の黒鉛電極事業は、2年続けて赤字(15年度は▲12億円、16年度は▲58億円)を出す体たらくだった(無機部門)。 当時、「なぜ、赤字の事業なのに、海外M&Aでさらに赤字を増やすのか」と強く批判されたのは無理もない状況だったのである。
▽環境規制の強化が追い風
・ところが、実は16年というタイミングは――後から判明したことではあるが――中国の高炉メーカーによる過剰生産の影響で、これまで右肩下がりの状態が続いた電炉メーカーの生産量が底を打った(下げ止まった)年となった。 加えて、世界の高炉メーカーで生産される圧延鋼板の価格も16年を境にして、上昇に転じたのである。そうした流れの中で、17年に入ってから、中国の国内で環境規制が強まったことで、高炉よりも二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量が少ない電炉が注目された。そして、昭和電工のプレゼンスもまた、急激に上がったのである。
・今回の買収で、昭和電工の黒鉛電極事業は、東京、大町(長野県の主力工場)、米国、ドイツ、オーストリア、スペイン、マレーシアと一挙に拡大した。初めて欧州に拠点を得たばかりか、重要な市場は全てカバーする体制が整った。 かねて昭和電工の森川宏平社長は、「グローバルでトップシェアを取れば、事業の収益力が高まる。その結果として、市況の変動にも耐性が付く」と繰り返してきた。
・2000年代前半より、中国の過剰生産に振り回されてきた東アジアの市況だったが、今後は中国で進む環境規制の強化による影響が出てくる。基準に満たない事業者は生産を継続できず、脱落していく。それも、かなりの業者が市場から退場すると見込まれているのだ。
・そうした中で、世界の“横綱”となった昭和電工は、荒れていた黒鉛電極の世界に(1)日本基準の品質、(2)きちんと利益が取れる価格、(3)納期を厳守する仕組み、(4)需給を考えるマインドなどの新しい価値観を持ち込む。 中国勢の動きが止まる数年間のうちに、「全く新しい市場に塗り変える」(昭和電工の幹部)というのだ。それこそが、同社の業界再編計画の全貌だったのである。
・実は、1年前に買収計画を発表した時点より、昭和電工の経営幹部の考え方は、全く変わっていない。むしろ、事業環境の方が様変わりしたことが奏功し、当初の「自ら動いて業界再編を起こす」という意図が進めやすくなった。 昭和電工のSGLカーボン買収劇は、ようやく幕が上がったばかり。今後は、買収後の事業展開で世界の観客を唸らせる必要がある。
http://diamond.jp/articles/-/146313

第一の記事で、 『海外企業の買収に伴うリスクはかなり高いと言わざるを得ない。経営者の立場に立った場合、買収の規模、タイミング、条件などに関する最適な解を見出すのは、口で言うほど容易ではないはずだ・・・日本の企業は、語学をはじめ異なる文化、価値観を持つ人材をマネジメントすることに十分な経験を持ち合わせていないと考えられる』、というのはその通りだ。ただ、米GE出身のプロ経営者として注目されたLIXILの藤森社長は、、米アメリカンスタンダードをはじめ5件の海外M&Aにより、11.3期に3%だった海外売上高比率を16.3期は30%に拡大。営業利益を約4割増やした。だが、買収した独グローエ傘下の中国ジョウユウの不正会計を見抜けず累計660億円の特別損失計上を迫られ、社長交代した例もあり、現実には容易ではない。 『リスクに合わせてリターンをとる発想が大事』、というは、マーケットリスクへの対応では、リスク調整後の収益率(RAROC)として有名な手法ではある。しかし、M&Aのような不確実が大きい分野では、リスクを如何に計量化するか、さらには滅多に発生しないが発生すれば膨大な損失を生じる「テールリスク」を如何に扱うか、などの問題があり、現実に適用するのは相当困難なのではなかろうか。
第二の記事で、日本企業では、 『スタートアップ企業を買収した後、大手企業は起業家精神にあふれる創業者に対して融通の利かない人事システムを押し付けようとしたりするため、スタートアップ企業出身者たちは、買収前に享受していた権威や自由、そして市場原理に基づいた賃金を奪われることになる』、というのは、吸収合併であればそうなる可能性はあるが、経営統合であれば子会社にも一定の独立性が付与されるケースが多いため、賃金まで親会社並みになることはない筈だ。
第三の記事にある昭和電工によるドイツのSGLカーボンが持つ黒鉛電極事業の買収は、買収後の環境激変が「結果オーライ」をもたらしたのではなかろうか。ただ、中国での過剰生産の抑制、環境規制の強化などを買収時点で予見、或いは予見までいかないまでも、やがてそうなるであろうと見越していたのであれば、立派なものだ。もっとも、経営は結果が全てであることからすれば、現時点で上手くいっているのであれば、成功とみてもいいのだろう。 『今後は、買収後の事業展開で世界の観客を唸らせる必要がある』、お手並み拝見である。
タグ:環境規制の強化が追い風 昭和電工の黒鉛電極事業は、2年続けて赤字 際限なき過剰生産 嬉しい誤算 中国で鉄を生産する高炉メーカーや電炉メーカーに対する環境規制が厳格に適用されるようになって 世界トップに躍り出た ドイツのSGLカーボンが持つ黒鉛電極事業の買収 昭和電工 「昭和電工、無謀と言われた買収が超有望事業に一変した逆転劇の真相」 日本型人事システムが「障害」 買収後の統合に失敗する例が多い M&Aに長けている社内人材がいない 提携した企業が成功した際、競争相手が買収してしまい、もともと支援していた大手企業には何の見返りもなくなるリスク 多くの企業は新興企業が破綻するリスクを嫌う。このため、日本ではスタートアップを「支援する」という形の提携がメジャーになっているのである 「買収」には奥手な日本企業 「日本企業は、なぜこんなにM&Aが下手なのか そもそも買収に消極的すぎる」 東洋経済オンライン リチャード・ソロモン ソフトバンクは買収に加え、出資というアプローチで海外企業の成長を取り込んできた 日本電産は比較的規模の小さい海外企業を買収して成長を遂げてきた 成功例 契約相手に権利を与え、求めに応じる義務を負うという“オプション契約”が何であるかを、十分に理解していなかった 東芝 買収に付随するリスクを第三者の視点から客観的かつ冷静に見直すことが欠かせない リスクに合わせてリターンをとる発想が大事 経営者も、プロの経営者よりも、新卒採用者の中から選抜されたゼネラリスト型が多い 海外の常識である“競争原理”とは異なる発想 年功序列・終身雇用を重視する企業は多い 日本の企業は、語学をはじめ異なる文化、価値観を持つ人材をマネジメントすることに十分な経験を持ち合わせていないと考えられる 想定される以上に高いリスク マネージメントの経験も不足 海外の買収戦略を重視することは、国内市場の縮小による経営の手詰まり感を払拭し、成長志向の経営を進めるためには不可欠 トール・ホールディングスを買収 日本郵政 第一三共によるインドの後発医薬品大手、ランバクシー・ラボラトリーズの買収 リーマンブラザーズの欧州・アジア部門の買収 野村證券 インドの通信会社に投資を行ったが、これも想定通りの効果を上げるには至らなかった オランダ、英国、米国で大規模な買収戦略を敢行した。特に米国のAT&Tワイヤレスに対しては1兆2000億円もの資金をつぎ込み、結果的には失敗 NTTドコモ 必ずしも成功例ばかりではない。最近では、多額の減損を計上するなど失敗例も目立つ 海外企業買収額10兆円、過去最高 度重なる海外子会社の減損処理 「巨額損失を繰り返す日本企業の海外買収に「盲点」はないか」 ダイヤモンド・オンライン 真壁昭夫 (その3)(巨額損失を繰り返す日本企業の海外買収に「盲点」はないか、日本企業はなぜこんなにM&Aが下手なのか、昭和電工 無謀と言われた買収が超有望事業に一変した逆転劇の真相) 日本企業の海外M&Aブーム
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