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インフラ輸出(その6)(JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由、日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運、ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢、「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由) [インフラ輸出]

インフラ輸出については、昨年12月19日に取上げた。今日は、(その6)(JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由、日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運、ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢、「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由)である。 先ずは、 欧州鉄道フォトライターの橋爪 智之氏が1月12日付け東洋経済オンラインに寄稿した「JR東日本が英国で「遅延」を解消できない理由 日本でのノウハウがすぐ生きるとは限らない」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・2017年8月17日付記事「JR東日本が英国で鉄道運行する『本当の狙い』」で既報の通り、JR東日本と三井物産の2社は、オランダ鉄道旅客輸送部門アベリオの英子会社、アベリオUKとともに英国ウェストミッドランド路線のフランチャイズ(営業権)を獲得、同年12月10日より列車の運行を開始した。 ・3社合弁による新生「ウェストミッドランズ・トレインズ」社は、同日よりバーミンガム周辺のローカル輸送を担う「ウェストミッドランド・レイルウェイ」と、ロンドンからリバプールの近郊輸送を担う「ロンドン・ノースウェスタン・レイルウェイ」の2つのブランドで列車の運行を行っている。 ▽日本の技術と経験は生かせるか ・運行開始を記念して、翌11日には英国中部の都市バーミンガムで記念式典も開催され、JR東日本の小縣方樹副会長らが出席、運行開始を祝った。JR東日本は、今後も海外展開を積極的に進めたいとしており、日本ならではの安全やサービス、定時性などをアピールしていくことを強調した。JR東日本の名前を広く知ってもらうことが同社にとっての最大の目的であるとしても、同社が持つ経験や技術が生かせる場面も多いだろうという期待の声も大きい。 ・とはいえ、JR東日本が参入したことで、英国の鉄道会社が即、日本のようにサービスや定時性、安全性に優れた鉄道システムに生まれ変わるかと言えば、それはちょっと違う。もちろん、日本の鉄道会社が持つ運行のノウハウには、他国でも活用できそうなものは多々あることだろう。だが、日本とは鉄道システムに大きな違いがある英国やその他の欧州諸国において、日本のノウハウをそのまま持ち込んですぐに活用するのは容易ではないし、そもそも求められている内容が異なる場合もある。 ・たとえば運行に関わる部分では、定時性を確保できる無理のないダイヤを組むことが重要だ。英国の場合、特に朝ラッシュ時はどの列車もあまり余裕時間を取っていないように見受けられる。時間に余裕のないダイヤは、ちょっとした遅延が引き金となって、どんどん遅延が拡大していく恐れがある。 ・ラッシュのピーク時に観察していると、ある一本の列車が遅延して駅での乗降に時間がかかると、その次に到着する列車が遅れ、さらにその次も……と連鎖反応のように遅延が拡大していく。これは日本の鉄道にも言えることではあるが、英国や欧州では日本のような競合他社による熾烈な争いがほとんどないため、少なくとも所要時間短縮のために時間を切り詰める必要性はほとんどない。 ・また、乗務員の健康管理や、十分な交代要員の確保なども重要となってくる。英国では運休や遅延の原因として、乗務員が少ない、あるいは乗務員がいないといった、日本ではにわかに信じがたい理由が説明されることがある。日本であれば、乗務員の当日の突然の体調不良や遅刻、寝坊に備え、代わりの乗務員が待機しているのが普通であるが、英国の場合はそれがないようで、もし乗務員が列車の発車時刻に間に合わなければ、列車は運休となるか、乗務員が駅に到着するまで待たなければならない。 ・以前、発車時刻になっても列車が発車せず不思議に思っていたら、しばらくしてから「運転士の到着が遅れており、現在、運転室へ向かっている」という車内放送があり、プラットホームを走っている運転士の姿を見かけたことがあった。もうこうなると笑い話で、慌てて走る運転士の姿を見た乗客からは失笑がもれた。待機要員にもコストは発生するので、そこへ十分な予算を取るべきかどうかの判断は難しい部分ではあるが、乗務員不在による遅延や運休が相次いではお話にならない。 ▽上下分離方式が生む問題 ・しかし一番の問題は、英国を含む欧州各国の鉄道が、列車運行とインフラ管理を別々とした上下分離方式となっている点にあると考えられる。日本のJRは、列車の運行からインフラ管理まで基本的にJR各社が一体で管理を行っているため、ダイヤ作成上支障があったり、遅延の温床となったりするような平面交差や信号システムは、基本的には各社が独自に改良を進めることが可能だ。 ・だが欧州の場合、もともとは旧国鉄の所有だったインフラを政府が保有し、列車運行は別の会社が行う例が多い。英国も例外ではなく、現在は100%政府出資のネットワーク・レイル社がインフラを管理しており、各鉄道会社はこの線路上で列車を運行し、そこで得た収入で線路使用料を支払っている。 つまり、鉄道会社が線路改良を望んでも、自社で行うような迅速な対応で線路や信号の改良が進められるわけではない。英国内の鉄道インフラは日々改良が加えられているものの、その優先順位は政府が決定することで、鉄道会社は既存のシステムの中で最善を尽くしていくしかない。 ・実際のところ鉄道インフラ老朽化や、複雑で無駄の多い線路配線などラッシュ時の遅延の原因となっている部分は英国内各所に散見される。ラッシュ時の定時運行率は、鉄道側が示している数字よりも低いという調査記事もある。 英紙ガーディアンの記者は、通勤途中の地元の駅に掲示されていた定時運行率82.5%という数字を見て、明らかにそれはおかしいと感じ、2016年より通勤時に利用した列車の状況を記録した。すると驚いたことに、1月から4月半ばまでの4カ月間で、予定通りの時刻に到着しなかった遅延時分の積み重ねが24時間にも達したのだ。定時運行率の計測で「定刻」とみなされる5分以内の遅れで運行した列車は、この記者の調査では37%だった。 ▽細かな改良を積み重ねて ・では、ポスターに描かれた82.5%という定時運行率は真実ではないのかというと、これは1日あるいは1週間のトータルにおける数値で、遅延が少ない夜間や週末などもすべて含めた数字だった。ポスターの内容はうそでも間違いでもないものの、通勤時間帯にほぼ連日のように発生する遅延を巧みに隠していたことになる。数値以上に多くの人々が遅延に対する不満を感じていたはずで、この記者が実際に体験していた連日の遅れは真実だったのだ。 ・これは今回JR東日本が関わるウェストミッドランズ・トレインズ社とは別の鉄道会社の話ではあるが、決して他人事として無視することはできない。 もしJR東日本が、列車運行に関する同社の経験や知識を英国で生かすのであれば、遅延や運休を最小限に食い止められるように細かい改良を少しずつ進めていくことが、重要な課題の一つとなるであろう。前述した乗務員の交代要員配置など、自社で行うことができる対策はもちろん、場合によっては英国政府へ働きかけてインフラの整備改良を進めることも必要となってくるかもしれない。 ・日本の鉄道会社=緻密で正確な運行という図式が頭を巡り、私たち日本人はついつい、そういった面における改善を簡単に期待してしまうものだ。だが、実際にはこれからフランチャイズ契約満了の2026年までの間にコツコツと改良を重ね、同社が2026年以降の次期フランチャイズを再契約できるように持っていくことが重要になるだろう。 http://toyokeizai.net/articles/-/203965 次に、アジアン鉄道ライターの高木 聡氏が1月14日付け東洋経済オンラインに寄稿した「乗客が「駅ホーム下」で雨宿りする複雑な事情 日本がジャカルタに作った通勤新線の悲運」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・インドネシアの現地紙が、2017年10月8日に延伸開業したばかりのインドネシア通勤鉄道(KCI)ブカシ線・タンブン駅で起きた珍事を紹介している。タンブン駅で多くの客が電車待ちをしていたところ、突然のスコール。乗客はあわててプラットホームの下にもぐり大雨をやり過ごしたというのである。 ・この延伸は我が国の円借款を活用した政府開発援助(ODA)によるもの。延伸でタンブンなどの4駅がKCIの営業駅として加わった。真新しいはずの駅なのになぜ屋根がないのか、と思われるかもしれないが、これには理由がある。 ・そもそも、この延伸計画は「ジャワ幹線鉄道 電化・複々線化事業」の一角をなすもので、2001年に約410億円を上限とする円借款契約が結ばれた。調達条件は日本タイドで、具体的にはブカシ線・マンガライ―ブカシ間の複々線化、ブカシ―チカラン間の電化、マンガライ駅の立体化(ボゴール線との平面交差解消)、信号設備等関連設備更新およびコンサルタントサービスがパッケージに含まれていた。複々線化工事に係る土地収用はインドネシア政府が行い、路盤整備、一部構造物の建設(コンクリート製橋梁等)が、日本企業による本体工事に先行して実施された。 ▽日本が行ったのは「必要最低限」のみ ・しかし、一部区間で用地買収が難航し、さらに、先行工事においてインドネシア側の設計ミスもあったといわれている。そこで、日本側は早期に着工できる一部パッケージのみを継続することにした。それが今回完成したブカシ線のチカラン延伸である。 ・2012年に住友商事が約210憶円で落札した「パッケージB1」と呼ばれるもので、マンガライ駅の架線柱取り替え(2016年5月完成)、マンガライ―チカラン間信号設備更新(2017年9月、一部区間を除く)、ブカシ-チカラン間電化工事及び新駅設置などが含まれた。要するに、今回のブカシ-チカラン間の延伸にかかわる最低限のプログラムである。もともとあったタンブン駅でいうと、単に架線を張るだけなのだ。 ・そして残りの部分については、すでに円借款供与の期限を超過したため、ODA事業としての継続が不可能になり、インドネシア予算・企業による事業に切り替わり、工事が進められることになった。ただし、いまだに用地買収が済んでいない箇所もあり、全プログラムの完成時期には不透明な部分がある。 ・そのため、タンブン駅では既存の客車用の低床ホームに、KCIが独自に仮設のステップを設置して対応している。また、改札口も暫定的にプレハブ小屋を建てている。よって、ホーム上に屋根がないのである。 そして相変わらず、線路を横断してホームに出る仕組みで、乗客はプレハブ小屋の屋根の下で電車を待ち、到着が近づくとホームに出るスタイルである。小屋の屋根の下に入れる人数も限られており、炎天下で待たされることもしばしばである。 ・雨期真っ盛りのジャカルタなら、ちょうどそこにスコールが降ることもあろう。雨だけでない、ホームの幅は狭く、乗降客で溢れているときに、上りホームでは頻繁に通過列車が通るため、かなり怖い思いをする。都心から30km圏内にある通勤新線の駅でありながら、駅施設は基本的に停車列車が1日6往復時代のローカル駅から変わっていない。 ▽とても正式開業とはいえない ・「華々しく開業した通勤新線」と報じた日系の報道機関も多いブカシ線延伸開業ではあるが、とても正式開業とはいえない状況で、まったくの見切り発車だ。少なくともチカラン駅が完成してからといわれていたが、インドネシア政府からすると、「線路・架線・電車もあるのになぜ走らせないのか」という批判が出るからだ。まるで乗客の安全とか利便性はどうでもいいかのごとく、先の空港線と同じで、開業予定日までに1本でも電車が走ることに意義があるとされてしまう(『信号未完成「空港線」はぶっつけ本番で走った』を参照)。それが政府関係者にとっての手柄になるからにほかならない。 ・KCIの親会社、インドネシア鉄道(KAI)は長距離都市間輸送こそが使命であるとして、都市近郊の通勤輸送を二の次にしているという事実がある。これは、わが国の旧国鉄にも通じるものであるが、日本の場合、国鉄を補完する私鉄網が発展していたからこそ、旧国鉄は長距離輸送に専念することができた。その私鉄に相当するものがインドネシアの都市部には存在しなかったわけで、2000年代初頭に至るまで鉄道による通勤輸送という概念が、そもそもインドネシアにはなかったのである。いくら海外からの支援で鉄道施設の近代化がなされても、有効に活用されなかったのは、このためである。 ・また、都市近郊の普通列車はエコノミー列車扱いで、低所得者層救済策として、異常なまでに運賃が低廉に抑えられてきたことも、KAIが近郊輸送に関心がない要因として挙げられる。つまり、走らせれば走らせるほど赤字が出る近郊列車をKAIは走らせたくないのである。最終的に自治体の拠出する補助金頼みで、その額により、本数が増減するのだ。 ・ブカシ線がまさにそれに当てはまった。西ジャワ州からの補助金が限られていたので、電化されていないブカシ以東の普通列車の本数が従来、極端に少なかったのである。並行する高速道路はマイカー、バス、トラックで終日大渋滞している。かつて、普通列車は屋根まで鈴なりの乗客が乗っていた。それでもKAIは知らん顔。近年ではKAIが外からの目を気にして、屋根上乗車を禁止し、さらに座席定員制にあらためたため、チカラン界隈で、切符を確保できなかった乗客によるデモまで発生していた。 ・そういう意味では2008年にKAIから独立したKCJ(現KCI)が設立され、ジャカルタ都市圏向けに適正な予算付けが可能になり、独自に電車ダイヤを設定できるようになったのは、非常に意義のあることであり、KCIが残した功績はあまりにも大きい。 ・そして、それが今回チカランまで延長した。もちろん、用地不足によりチカラン駅が未完成なことに加え、ブカシ線は全線で長距離特急・急行列車と線路を共用しており、これ以上通勤電車の本数を増やすことができない状況ではある。日中でも朝ラッシュ時並みの混雑で電車がやってくるときには閉口させられるが、KCIも親会社の意向には逆らえず、ブカシ線内で長距離列車と通勤電車で平行ダイヤを組ませ、本数を増やすというのは、どうやら難しそうだ。インドネシアの手による複々線化、そしてマンガライ駅立体化が待ち望まれる。 ▽本当に必要なのは「保安装置」 ・とはいえ、ジャカルタ首都圏の既存鉄道を活用した通勤路線網は、1980年代から思い描いていた形にはなった。以後、ここまで大規模なインフラ整備は予定されていない。今後はMRTなどの新線建設にシフトしてゆくことになるだろう。 ・今や、都心部中央線の朝の電車は約5分毎の運転になった。加えて、そこには長距離特急列車が割り込んでくる。さらに、複雑な運行形態の下、マンガライ駅・ジャティネガラ駅では平面交差の連続である。それを大きな遅れなく、人海戦術のみを頼りにさばいている点は称賛に値するが、「いつ大事故が起きてもおかしくない状況」と専門家は口をそろえる。にもかかわらず、保安装置の設置も一向に具体化しない。信号や保安装置こそ、資金的にも技術的にもODA案件として進めるべき事象であるが、大衆の目に触れない部分になると、インドネシアが極端に後ろ向きになる。だから誰の目にもわかる、高速鉄道という短絡的な話になってしまうのだ。 ・これは日本側にも同じことがいえるのではないか。日の丸を掲げるためのハコモノ整備偏重型のODAがいまだにまかり通っている。こんなものは鉄道インフラパッケージ輸出など呼ぶには程遠い。KCIの1日利用者数である約100万人の命と、誰のためかもわからない鉄道高速化のどちらが重要なのか。ジャカルタの通勤鉄道網は、今あるものの磨き上げに入らねばならない段階に突入した。わが国による支援も、人を通じた国際協力の原点に立ち返り、冷静に考えていただきたいところだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/202390 第三に、貿易コンサルタントの白石 和幸氏が1月26日付け東洋経済オンラインに寄稿した「ありえない問題続く「サウジ砂漠鉄道」の悪夢 安価で受注したスペイン連合の悲哀」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・サウジアラビアで建設中の、メッカとメディナの二聖都を結ぶスペイン製の「ハラマイン高速鉄道」が、2017年12月31日に全行程450kmを2時間52分で完走した。完走できたのは今回が初めてで、時速300kmを超えた区間もあったという。工事着工から5年かけてようやく全行程走行にこぎ着けたわけだが、ここまでの道のりはありえないほど厳しかった。しかも、足元では新たな問題も浮上している。 ・通称「砂漠のスペイン高速鉄道(AVE)」。聞こえはいいが、スペインにとっては悪夢のようなプロジェクトに違いない。この問題だらけのプロジェクトを、サウジ2社、スペイン12社からなるコンソーシアムがサウジ鉄道公社から請け負ったのは2011年のこと。当初は、サルコジ元大統領(当時)がフランスの高速列車(TGV)を積極的に売り込んでおり、同国が受注する可能性が高いとみられていた。これに対して、スペインは当時国王だったファン・カルロス1世に応援を依頼し、リヤドまで赴いてアブドラ国王(当時)を説得することに努めてもらった。 ・ファン・カルロス国王は愛人を同伴していたことが後になって判明したが、サウジ王家とスペイン王家は歴史的なつながりから仲が良い。その効果もあってか、結果スペインが受注。しかし、スペインが受注した本当の理由は、TGVよりもAVEの見積もりが20%安価であったということが決定打だったことが今になってわかっている。 ▽最初からつまずいた ・工事は2012年に開始。総工費は67億3600万ユーロ(7400億円)で、完成予定は2017年1月とされた。 ところが、ここからが大変だった。まず、線路を敷くための土台の完成が大幅に遅れた。これはスペイン・コンソーシアムが受注する以前に、中国の企業とサウジの企業によるジョイントベンチャーが請け負っていた工事で、これが完了しないことにはスペイン・コンソーシアムでは線路を敷くことができないという事態に陥っていた。 ・ようやくこの工事を終えて次に困ったのが、砂漠の砂が線路にたまる問題。特に、メディナから117km地点から227km地点までの区間が砂の堆積が激しく、砂嵐が起きると線路が見えないくらいに砂がたまってしまうほど。そこで解決策として考案されたのが、線路に枕木と砂利を使うのではなく、あたかも舗装道路の上に線路を敷くような形に変えたのである。 ・しかも、舗装面をいくらか傾斜させて、砂のたまり具合を少なくさせるように。そして、一定の区間ごとにセンサーを設置し、列車が通過したときに発信する音で砂のたまり具合をチェックするというプランも検討されたほか、線路の側面に防禦壁を建設する案も出た。しかし、試験的に試してみたが、どれも効果がないという結論に。線路に沿って砂漠で生存できる木を植林するという案も出たが、この場合は効果を発揮するには時間がかかるということで採用にはならなかった。 ・この問題で、工事の遅れは深刻なものになっていた。サウジの担当相からは、これ以上の遅れが出るのであれば契約を打ち切る、というお達しがきていた。 しかも、この頃コンソーシアム内でも問題が発生していた。もともと、コンソーシアム12社のうち、10社はスペイン企業だったが、公営、半官半民、民間と3つの異なった組織体が名を連ねており、足並みがまるでそろっていなかったのである。スペイン人は「2人集まれば、3つの意見が生まれる」という気質。リーダー不在の中、コンソーシアムは空中分解寸前の状態にあったようだ。 ▽次は運転手の問題が浮上 ・しかも、工事の遅れでペナルティ料金まで発生。プロジェクトを受注するために、いろいろ安く見積もったのが災いして損出を覚悟せねばならない工事になっていた。結局、サウジ側が事情を理解してくれて、開通は当初2017年1月の予定から2018年3月に延期するということで相互に合意した。それでも、スペイン側は2017年12月31日までに列車は全行程を運行できる状態にするとサウジ鉄道公社に約束していた。 ・砂の問題の解決を見ないままに、コンソーシアムが出した結論は線路に積もった砂の量によって通過する速度を時速120km、50km、5kmという3段階に分けて、スピードを制限して走行することだった。5kmとは歩行速度に近いスピードである。しかも、積もった砂の量は運転士が肉眼で判断する、というやや無理のありそうなやり方に決まった。 ・しかし、問題はこれだけにとどまらなかった。つぎに浮上したのは、運転士の問題だ。コンソーシアムでは、高速列車に熟知したスペイン人の運転士を採用することにしていた。ところが、聖地に向かう列車だと運転士もムスリムである必要があるという要請がサウジ鉄道公社のほうより出されたのである。 そこで、スペインの高速列車の指導員はサウジ人を採用して指導することにした。ところが、彼らの報告によると「サウジの人は注意力散漫、集中力そして活力の面で高速列車の運転には適さない」という結論が出されたというのだ。そこで、同じムスリムでスンニ派のパキスタン人を採用することになった。 ・12月31日に全行程を試運転する前に、2017年6月にはジェッダとメディナ間を関係当局の官僚を招待して最高時速300kmで試運転を行った。11月には招待客を呼んで同じ区間を走行。そして、最終的に残りのジェッダからメッカをつなぐ78kmを加えて450kmの全行程を走行したというわけである。 ・今回の試運転にはナビル・アル・アムディ運輸相をはじめ、関係当局の高官らも乗車。企業側からはサウジ国営鉄道の社長やスペイン側のコンソーシアムの社長らも同席した。さらに、スペイン政府代表として在サウジのアルバロ・イランソ大使が同行した。 ▽鉄道は走れるのに、駅舎ができていない! ・今回のパキスタン人運転士による試運転では駅での停車は行われなかったが、最終的に営業開始の暁には所要時間2時間11分を目標にしているという。まだ、信号機など安全保安装置(ERTMS)の配備が残されているが、営業開始は今年3月15日となっていた。 ・ところが、またもや問題が発生したのである。サウジの大手ゼネコン2社「サウディ・オジェール」と「ビン・ラディン」が受注した駅舎の完成が遅れており、少なくともあと1年の歳月が必要だというのである。スペイン側は公約を果たしているのに今度はサウジのゼネコンが遅れの要因をつくってしまった。 ・ジェッダ駅と空港をつなぐ駅を加えて全部で5つの駅(メッカ、ジェッダ、空港、アブドラ前国王、メディナ)の建設が計画された。メディナ駅が最初に完成する予定だという。 サウディ・オジェール社はジェッダ駅とアブドラ前国王に因んだKAEC駅の建設を請け負い、一方のビン・ラディン社はメッカ駅とメディナ駅をそれぞれサウジ鉄道公社から受注していた。メディナ駅とKAEC駅は建設が順調に進んでいるというが、ジェッダ駅とメッカ駅で工事に遅れが出ており、完成までに少なくともあと1年は必要だとしている。 ・背景にあるのは資金難だ。ビン・ラディン社は結局8万人を解雇するという事態に陥り、現在工事はトルコとサウジのジョイントベンチャー企業にバトンタッチされている。ちなみに、ビン・ラディン社の創業者ムハンマド・ビン・ラディンの息子のひとりが、あのテロリストのオサマ・ビン・ラディンであった。 ・一方、サウディ・オジェール社は、レバノンの元首相で、2005年に暗殺されたラフィーク・ハリリがレバノンで建設事業を始めた後に、フランスのオジェール社と合弁で、サウジで建設事業を展開させたのが始まりである。その後、ハリリはオジェール社を買収してサウジでゼネコンの大手企業として発展させた。ちなみに、ハリリの息子、サード・ハリリが後継者で、同氏は現在、レバノンの首相を務めている。 ・サウジ高速列車は現在、金曜日と土曜日は広報の目的も兼ねて、乗客を招待し、試乗を行っている。というのも、開通した暁にはより多くの乗客を集めたいと考えているからだ。 ▽利用者数は当初予想の3分の1に… ・そもそも、このプロジェクトをスペインのコンソーシアムが受注した時には、年間の利用客は6000万人以上になると見込まれていた。しかも、新幹線並みの4分間隔の発車が計画されていたほどである(余談ながら、このような超過密ダイヤを仕切れるのは日本しかない。スペインでも高速列車はほぼ30分間隔である)。 ・しかし、世界的な不況やテロ懸念、サウジとカタールとの断交などもあって、今では年間の利用客は2000万人くらいが見込まれているという。当初から見て3分の1にまで減少しているのだ。 コンソーシアムの中で、利用客の減少の影響を最も受けるのはスペイン国営鉄道(Renfe)である。同社は営業開始から7年間売り上げの一部を報酬として受け取ることになっており、その後も5年の契約延長も認められている。売り上げが伸びなければ、報酬は期待できなくなる。 ・また、原油価格の下落に伴ってサウジの財政事情が悪化し、コンソーシアムへの支払いも遅延ぎみになっていた。現時点ではこれまでの未払い金は完済しているというが、コンソーシアム側は受注するために当初工事を安く見積もって応札しており、最終的には当初の見積もりを15億ユーロ(1950億円)ほど上回る金額になる見込みだ。 サウジ鉄道公社では約束どおり昨年末までに列車を走行させたことへの報酬として、コンソーシアムに1億5000ユーロ(195億円)のボーナスと、予想外の出費を補填する意味で2億ユーロ(260億円)を提供することになっている。しかし、それでもこの難工事の赤字を補填するには至らなそうである。こうした事情から、今回の受注はコンソーシアムにとって採算の取れないプロジェクトだったという結論に終わりそうだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/205786 第四に、 アジアン鉄道ライターの高木 聡氏が2月1日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「マレーシア新幹線」日本の受注が難しい理由 オール日本は機能不全、中国は在来線で圧勝」を紹介しよう(▽は小見出し)。 ・マレーシアのラジオ番組で1月2日に放送された宮川眞喜雄・在マレーシア大使の発言が鉄道業界の関係者の一部で波紋を呼んでいる。新幹線の安全性を強調した上で、マレーシアとシンガポールを結ぶ高速鉄道事業に、「現地の人材育成や現地負担の少ないファイナンスも含め、ベストの提案を行う」として、受注獲得に自信を示したのである。 ・包括的な、車両からメンテナンスに至るまでのハード、ソフト両面をトータルに輸出する、パッケージ型鉄道インフラの売り込み。このスキーム自体は、もはや新鮮味も感じないくらい世の中に浸透していると思われるが、筆者は違和感を抱かざるを得なかった。パッケージ型の鉄道輸出に対して政府と鉄道業界の間で温度差があるからだ。2016年8月22日付記事『鉄道「オールジャパン」のちぐはぐな実態』でその状況は伝えられているが、それから1年半近くが経過しても、改善された様子はない。 ▽シンガポールとマレーシアは世界最大級の華人経済圏 ・マレーシア―シンガポール間の高速鉄道事業は、運営主体であるSG HSR(シンガポール高速鉄道)とMY HSR(マレーシア高速鉄道会社)が入札を実施する。すでに一部の入札が実施されており、事前調査や土木関係のコンサル業務は、地元業者のほか、中国、欧州勢からの応札があったようだ。わが国の本命は、6月にも入札締め切りと言われている、車両、信号、オペレーション、メンテナンス等の実際の運行を司るパッケージである。どのような仕様が求められているのかは明らかになっていないが、その入札説明会が1月下旬に開催され、日本企業コンソーシアムも参加した模様である。大使の発言は、この入札を踏まえてのものと思われる。 ・不思議でならないのは、日本の提案内容は中国よりも優れているからマレーシア―シンガポール案件は確実に受注できるという声をしばしば耳にすることである。これは大いなる誤解と言わざるを得ない。華人比率において、東南アジアで1位、2位を占めるのがシンガポールとマレーシアである。人口の3割弱が中華系と言われるマレーシア、そしてシンガポールに至っては歴史的背景から、その比率は7割を超える。これが、直接中国企業に有利に働くと断言することはできないが、世界最大級とも言える華人経済圏において、日系企業連合の受注は、簡単なものではない。 ・今回の案件は日本が得意とする円借款による政府開発援助案件ではなく、完全にB to Bの案件である。加えて、わが国が大型案件として抱えるインド高速鉄道プロジェクトに多くの人材を割かれており、物理的に2つの大型パッケージ型鉄道インフラ輸出案件を同時並行的に進めることが、そもそも可能なのかという問題もはらんでいる。 ・まして、高速鉄道のオペレーションなど、本当に人材が限られてくる。ある下請け業者は言う。「シンガポール―マレーシア間の高速鉄道は中国でほぼ決まりと見込んでいたのに、公式見解としてこのように言われると、嫌でも手を上げざるを得ないのではないか・・・」と。 ・マレーシア、ナジブ政権の動向も危惧される。マレーシアといえば、日本人に学べという「ルックイースト政策」で知られているが、もはやこれは過去の話である。マレーシアではマレー語、英語、中国語が必修科目とされていることもあり、2009年に就任したナジブ・ラザク首相は、東南アジアの首脳クラスとしては珍しいマンダリン(中国語)話者でもある。事実、習近平国家主席との巧みな交渉術で、中国から多額の経済援助を引き出すことに成功している。 ・2016年には中国の借款で、クアラルンプールからマレー半島を東西に横断し、ナジブ首相の故郷、パハン州を経由し、東海岸へ抜け、最終的にタイ国境近くへ至るイーストコーストレールリンクの建設が決定し、2017年に中国交通建設により着工したというのも記憶に新しいところだ。従来、南北を縦断する鉄道しか存在しなかったマレー半島において、最高時速160㎞、1435mm標準軌、貨客両用という大陸標準の準高速鉄道は、新たなムーブメントになり得る。 ▽在来線でも中国製が幅を利かせる ・在来線においても、近年、露骨とも言えるほど、中国勢が幅を利かせている。 マレーシア国鉄(KTM)が運行するクアラルンプール近郊の通勤電車、KTMコミューターでは開業以来、オーストリア製、南アフリカ製、韓国製車両が入り乱れて使用されてきたが、2010年から中国中車製の新型車両が大量に投入され、既存車両をほぼ一掃した。この車両はマレーシア運輸省が中国中車と契約し、KTMに使用させており、政治的意思の介入を暗示させる。 ・しかも、メンテナンスまでもカバーする包括契約で、KTMスレンバン工場は今や中国中車のマレーシア工場と化している。50人以上の中国人技術者が駐在し、電車メンテナンスを引き受けている。車両故障はかなり発生しているようだが、本国の技術と取り寄せたパーツですぐに改修されているようだ。 ・在来線高速化(設計最高時速160㎞、営業最高時速140km)においても、当初は日系商社主導で韓国ヒュンダイロテム製(電装品は三菱製)の車両が導入されたものの、上記の流れから2015年からは中国中車製に切り替わっている。高速鉄道と並行することになるが、在来線高速化も引き続き実施され、将来的には東海岸全線が電化・高速化される。すでに、増発と延伸用の増備車両も中国中車で決定しており、今年度10本を導入予定である。 ・「これは随意契約によるもので、価格優位性もなく、中車製車両を購入するメリットはない。ナジブ政権の功罪だ」とマレーシア運輸省に近い関係者は漏らす。しかし、来年度以降の車両増備も中車製でほぼ決定だという。完全に足場を中国に固められており、どんなに小さいパーツ等を含めて、日系企業が入る余地はほぼ消滅した。クアラルンプールの都市鉄道では、路線毎にボンバルディア、中国中車、シーメンスと引き続き各国製の車両が使われているが、残念ながら日本製車両の導入実績はない。 ・もちろんわが国が各国のプロジェクトに関心を持つのはいっこうに構わない。昨年10月に経済産業省が、国土交通省と合同で、インフラ輸出戦略に基づき、鉄道分野における海外展開戦略を発表したが、その中に「注視すべき主要プロジェクト」として、マレーシア―シンガポール間高速鉄道計画も盛り込まれている。日本の鉄道システムを売り込むのは、むしろ当然の流れであり、歓迎すべきことである。しかし、中国勢が幅をきかせている両国で本当にわが国が受注できるのか、首をかしげたくなる。市場の実態を把握した上での計画なのだろうか。 ▽利にさとい企業は独自に動く ・「オールジャパン体制で鉄道インフラを輸出する」の掛け声が、逆にマイナスに働いている。ハードからソフトまですべてをパッケージにする案件では、車両メーカーに仕切るノウハウが乏しいので、大手商社が音頭を取り、その下に企業コンソーシアムを組むのが通例であるが、日系商社がヒュンダイロテムと組んだ先ほどの例の通り、日本の商社は「オールジャパン」よりも、利益を得られるかどうかを重視する。昨年11月に三菱商事が受注を獲得したと発表されたフィリピンのマニラ1号線にしても、供給する車両はスペイン製だ。 ・逆に、仮に海外勢が落札したとしても、その中の一部機器を日本の電気機器メーカーが供給するという事例もある。最近では中国商社主導のコンソーシアムにおいて、リオデジャネイロの近郊用車両の電機品を東芝が納めている。日本政府がお膳立てしなくても、民間企業は採算が見込めれば自分で海外プロジェクトに参入するし、逆に勝機なしと判断すれば、はなから手を上げない。真剣に、冷静に市場を見極めている。それだけの話である。 ・日の丸の下に集えと言わんばかりのやり方で、企業を無理やり集めたところでうまくいくはずがないのは目に見えている。勝てない市場でオールジャパンのコンソーシアムを組成するのは、時間と人の浪費だ。日本政府は鉄道業界ともっと対話をして、より実りある策を講じるべきだ。 http://toyokeizai.net/articles/-/206720 第一の記事で、 『日本の鉄道会社=緻密で正確な運行という図式が頭を巡り、私たち日本人はついつい、そういった面における改善を簡単に期待してしまうものだ』、英国では日本流が通用しない部分も大きいので、 『細かな改良を積み重ねて』、というのはその通りだろう。 第二の記事で、 『信号や保安装置こそ、資金的にも技術的にもODA案件として進めるべき事象であるが、大衆の目に触れない部分になると、インドネシアが極端に後ろ向きになる。だから誰の目にもわかる、高速鉄道という短絡的な話になってしまうのだ』、とはいうものの、インドネシア側の無責任な対応からみる限り、日本が関与した路線でひとたび事故が起きれば、責任が日本側に押し付けられるのは明らかだ。ここは無理をせず、号や保安装置などの重要性を地道に説得していくべきと思う。 第三の記事で、 『「砂漠のスペイン高速鉄道(AVE)」。聞こえはいいが、スペインにとっては悪夢のようなプロジェクトに違いない』、というのは、スペインには同情するが、もともとプロジェクト獲得を焦るの余り、甘い条件交渉で受注したツケを払わされているのだろう。 第四の記事で、 『不思議でならないのは、日本の提案内容は中国よりも優れているからマレーシア―シンガポール案件は確実に受注できるという声をしばしば耳にすることである。これは大いなる誤解と言わざるを得ない』、こうしたとんでもない楽観論を流しているのは、日系企業の尻を叩くため日本政府関係者がやっている可能性もあろう。 『日本政府がお膳立てしなくても、民間企業は採算が見込めれば自分で海外プロジェクトに参入するし、逆に勝機なしと判断すれば、はなから手を上げない。真剣に、冷静に市場を見極めている。それだけの話である』、というクールな判断こそが求められている、のではなかろうか。
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