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森友学園問題(その17)(小田嶋氏:佐川氏証人喚問視聴記) [国内政治]

昨日に続いて、森友学園問題(その17)(小田嶋氏:佐川氏証人喚問視聴記)を取上げよう。

コラムニストの小田嶋 隆氏が3月30日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「佐川氏証人喚問視聴記」を紹介しよう。
・この火曜日(3月27日)におこなわれた、佐川宣寿・前国税庁長官の証人喚問は、いろいろな意味で興味深いコンテンツだった。 私は、ほかのところの原稿を書きながらだが、参院でのテレビ中継を、アタマから最後まで視聴した。午後にはいってからの衆議院での喚問は、仕事に身がはいった結果、きちんと追い切れていないのだが、それでもデスクの前のテレビをつけっぱなしにしておくことだけはしておいた。 全体を通しての感想は、最初に述べた通り、テレビ放送のコンテンツとして秀逸だったということだ。
・面白くなかったら、私のような飽きっぽい人間がこんなに長時間付き合うはずもなかったわけで、つまるところ、あれは近来稀な見世物だったということだ。 もっとも、あの喚問が真相の究明に資するのかどうかはわからない。 というよりも、NHKが公開している書き起こし(こちら)を見る限り、今回の国会でのやりとりから新たに明らかになった事実はほとんどない。その意味では、証人喚問は無意味なパフォーマンスだったのだろう。
・ただ、私は少なくともあの番組を楽しんで視聴した。 これは重要なポイントだ。 説明がむずかしいのだが、つまり、あの喚問は、真相究明のための証言として評価する限りにおいてはグダグダの田舎芝居に過ぎなかったわけなのが、その一方で、エンターテインメント目的の軽演劇として、また、あるタイプのプロパガンダ資料として、さらには、われわれの社会に底流する不条理を視覚化した極めて批評的なドキュメンタリー映像として評価してみると、実に示唆するところの多い不規則ノイズ満載の制作物だったということだ。
・尋問を通して明らかになった「事実」は、なるほどゼロだった。 しかしながら、あの日、国会を舞台に撮影された映像から視聴者が感じ取った「心象」や、受けとめた「気分」や、呼び覚まされた「感情」の総量はバカにならない。われわれは、あのナマ動画から実に多大な「感想」を得ている。
・そして、おそらく、これから先の政局を動かすのは、「事実」ではなく「感想」なのだ。そのことを思えば、あの喚問が実施されテレビ放映されたことの意味は、与野党双方にとって、また、わが国の政治の近未来にとって、重大だったと申し上げなければならない。 政局は、これからしばらく、「何かが明らかになる」ことによってではなく、「何ひとつ明らかになっていない」ことへの苛立ちや諦念がもたらす複雑な波及効果によって動くことになることだろう。
・われわれは、巨大な手間と労力と時間を傾けながら憲政史上前例のない不毛な対話を同時視聴した。で、この間に蓄積した壮大な徒労感は、この先、さまざまな局面で噴出せずにはおかない。どうなるのかはわからないが、何かが起こるであろうことは確かだ。
・ツイッターのタイムラインを眺めていて印象深かったのは、佐川氏の受け答えへの評価が、きっぱりと両極端に分かれていたことだ。 この事実は、対話の内容そのものにはほとんどまったく意味がなかったあの日の国会での対話を、視聴者の側が、それぞれ、自分の予断に沿って「解釈」していたことを示唆している。
・政権のやり方に反対している立場の人々は、あの日のやりとりから、佐川氏が何かを隠そうとしていること、政権側が特定のシナリオに沿って事実の隠蔽ないしは歪曲をはかろうとしていること、そして彼らが隠そうとしている事実の背後には総理夫妻の「関与」と、その記録を組織的に改竄するための「陰謀」が立ちはだかっているはずだという「印象」を得て、自分たちがずっと以前から抱いていた予断への確信をいよいよ深めつつある。
・その彼らの反対側には、まったく逆の受けとめ方をしている人たちがいる。政権を支持する立場の人々は、野党側による揚げ足取りが結局のところ徒労に終わりつつあることは誰の目にも明らかだと考えている。彼らは、アベノセイダーズが瑣末な矛盾点を針小棒大にあげつらい、さも世紀の大疑獄であるかのように印象付けようとしているパヨク芝居の滑稽さは、いよいよ疾病の領域に突入してきたなといった感じの認識を共有していたりする。
・両派とも、あの不毛かつ不快なグダグダのやりとりから、自分たちがあらかじめ抱いていた見方の正しさを証明する印象を読み取っていたことになる。結局、あの種の抽象的な言葉の行ったり来たりは、受け手の側の耳の傾けようでどんなふうにでも聞こえるということだ。 そんなわけなので、当稿では、森友事件の「真相」を云々する議論には深入りしない。
・「真相」に関して自分なりの予断を抱いている人々は、その「真相」を容易には手離そうとしないはずだし、そもそも「事件」が存在しない以上「真相」なんてものははじめから存在するはずがないというふうに考えている人々は、何が出て来ようが、「真相」に目を向けようとはしないのであって、結局のところ、この議論の結末は、何年か後に、様々な利害関係が風化して、党派的な人々が死滅してからでないと落着しない気がしているからだ。
・ここでは、「事件」の「真相」とは切り離して、佐川宣寿氏のパフォーマンスを(もちろん、自分の予断による)印象ベースで評価してみるつもりでいる。彼の言葉の意味や内容の評価ではない。論理的な帰結の話をしたいのでもない。
・言葉の内容はゼロだった。この点ははっきりしている。そして、彼の言葉が無内容だった理由については、繰り返しになるが、政権不支持側の人々は、森友事件の当事者ならびに政権の中枢に連なる人間たちが事実を隠蔽せんとしていたからだと言い張っているし、政権支持側の人々は、佐川氏の答弁が無内容になったのは、そもそも野党側の質問自体が事実とは無縁な空疎な演説であったことの反映であるというふうに決めつけている。
・しかし私が問題にしようと考えているのは、あのどうにも無内容で薄っぺらな定型句の繰り返しが、聴き手であるわれわれにどんな印象をもたらしているのかという点だ。 まず触れておかなければならないのは、「敬語」の問題だ。
・佐川氏があの日のやり取りの中で何度も繰り返していた 「その点につきましては、さきほどから何度も繰り返し申し上げておりますとおり、まさに刑事訴追のおそれがあるということでございますので、私の方からの答弁は差し控えさせていただきたいというふうに思っておるのでございます」 式の言い回しからわたくしども平均的な日本人が受けとめるのは、 「過剰な敬語を使う人間のうさんくささ」 「厳重な丁寧語の壁の向こう側に隠蔽されているもののけたくその悪さ」 「させていただく敬語の気持ちの悪さ」 「敬語の鎧で自らを防衛せんとしている人間の内実の脆弱さ」 といったほどのことだ。
・ついでに申せば「お答え」「お示し」「ご理解をしてございます」あたりの耳慣れない言い回しを聞かされるに至っては、 「バカにしてんのか?」 と、気色ばむ向きも少なくないはずだ。 「木で鼻をくくったような」 という定型句が示唆するところそのままのあの種の答弁は、最終的には、国会という議論の場の存在意義をまるごと疑わしめることになる。その意味で非常に破壊的な言葉でもある。
・この世界は「売り言葉に買い言葉」式の単純な呼応関係だけでできあがっているわけではない。反対側には「ざあますにべらんめえ」という感じの反作用があって、少なくとも私のような場末生まれの人間は、過剰な敬語を浴びせられるとかえって粗雑な返答で報いたくなる傾きを持っている。ともあれ、佐川氏の敬語の過剰さは、敬語という用語法そのものへの嫌悪感を掻き立てかねない水準に到達していた。このことは強調しておきたい。
・敬語は、基本的には対面する他者への敬意を表現する用語法だ。 が、そうした敬意を運ぶ船としての一面とは別に、敬語は、個人が社会から身を守るための防御壁としての機能や、本音を隠蔽するカーテンの役割を担ってもいる。  キャリア官僚のような立場の人間が振り回すケースでは 「あなたと私は対等の人間ではない」 ということを先方に思い知らせるための攻撃的なツールにもなる。
・いや、佐川前長官が、国民にケンカを売っていたと言いたいのではない。  私は、敬語を使っている側の人間が、攻撃的な意図でそれを用いていなくても、敬語を聞かされる側の人間が、その言葉の堅固な様子から、「冷たさ」や「隔絶の意思の表明」や「人として触れ合うことの拒絶」や「形式の中に閉じこもろうとする決意」を感じ取るのは大いにあり得ることだというお話をしている。その意味で、少なくとも私個人は、あの日の佐川前国税局長官の過剰な敬語の背後に、彼が必死で防衛しようとしているものの正体を忖度せずにはいられなかった。
・「どうしてこの人は、これほどまでにロボットライクに振る舞っているのだろうか」 「人間らしい言葉を使うと、自分の中の何かが決壊して本音が漏れ出てしまうかもしれないから、それでこの人はスタートレックに出てくるバルカン人のスポック氏みたいなしゃべり方を続行しているのであろうか」 「要するにこの人は、あらかじめ準備したシナリオから絶対に外に出ないことを自らに言い聞かせるために、この異様に格式張った日本語でしゃべることを自らに課しているのだな」
・思うに、彼は、自分の言葉から「トーン」や「表情」や、「ニュアンス」を消し去ることを意図していたわけで、だからこそ、ああいうふうな人工言語で語る必要を感じていたはずなのだ。 面白かったのは、共産党や民進党の議員さんからの辛辣で高圧的でともすると失礼にさえ聞こえる厳しい質問に対しては、あくまでも冷静に定型的に無表情を貫いて回答していた佐川さんが、唯一動揺したように見えたのが、優しい口調で投げかけられた無所属クラブの薬師寺みちよ議員の質問に触れた時だったことだ。
・佐川さんが動揺していたように見えたというのは、私がテレビ画面を見て感じた印象にすぎない。 もしかすると、彼はまるで動揺していたわけではなくて、単に、質問を意外に感じて、目を見開くような表情をしたということに過ぎなかったのかもしれない。 でも、私の目には、その時、佐川氏が一瞬涙ぐんでいるように見えた。そして、そんな自分をおさえこむべく、あえて目を見開くようにして薬師寺議員を見返すことで自分の中の感情に対処しているように見えた。
・まあ、この見方は、私が自分の側の思い込みを投影しているだけの話であるかもしれないので、断定はしない。ただ、この時の佐川さんの答え方のトーンが、多少それまでと違っていたことは確かだと思う。 薬師寺議員は、こう尋ねている。 「ありがとうございます。最後に私、これで参議院の最後でございます。今回のこの証人喚問は、日本全国の公務員の皆様方も注目してらっしゃいます」 「まさに公務員の皆様方の信頼を失墜させるに値するものだということでございますので、しっかりとそのメッセージを発信していただきたいんですけれども、どのように今お考えになってらっしゃいますか」 意外な方向からの問いかけである。
・これに対して、佐川氏は 「今ご指摘をいただきましたように、これで全国の公務員の方の信頼をおとしめるということがあったとすれば、本当に申し訳ないことだと思っております。深くおわび申し上げます」 と言って、深々とアタマを下げている。
・おそらくだが、佐川氏は、文書改竄の時期であるとか、国有地値引きの経緯であるとかいった、センシティブな事柄については、一切証言を拒絶するということではじめから方針を固めていた。 その意味で、佐川氏にとっては、共産党や民進党の議員が矢継ぎ早に投げかけてきた厳しい質問は、辛辣かつ詰問調であるがゆえに、かえって対処しやすかったはずだ。 というのも、想定済みの攻撃に対してはこちらも想定通りの回答を投げ返せば良いだけの話だからだ。
・ところが、薬師寺議員の教え諭すような口調の質問(←ツイッター上では、「みちよママ!」「ママ感すごい」という呼びかけが多数寄せられていた)には、思わず心が動いてしまった。 しかも、質問は、この日の焦点となっていた事件の真相や首相夫妻の関与とは一歩離れたところにあるお話で、「全国の公務員に向けてメッセージを」という、なんだか叱られている小学生に語りかけるみたいな、奇妙な調子のお願いだった。
・これには、佐川氏も思わず、自らを顧みずにはおれなかった。 「ああ、そうだ。いま、オレがやっているこの仕事を、日本中の公務員が見ている。きっと若い連中もオレを見ている。オレにも若い時代があり、その若かったオレには、若い時代の理想があった。公務員試験の勉強に励んでいた当時、オレは純粋に公に尽くすことを願っていた。ああそれなのにいまのオレは」 と思ったものなのかどうか、とにかく、2時間ほどの参院での答弁の間、毛ほども乱れなかった佐川元長官の表情は、この時はじめて、なんだか少し苦しい何かを飲み込もうとしている人間の表情に見えたのである。
・敬語の鎧の隙間からちらりとでもなにか心情らしきものが覗かないか。そう期待して中継を見ていた視聴者には、グッとくるポイントだ。なんとドラマチックではないか。 もちろん、私がここで並べ立てたお話は、テレビ画面を見ただけの私の個人的な印象にすぎない。 もっとはっきり言ってしまえば私の作り話だ。真相は別のところにある。それはよくわかっている。
・でも、最初に言ったように、世界を動かしているのは、真相ではない。われわれの心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。 いずれにせよ、真相と無縁ではないものの、同じものではあり得ない様々な感情が、多くの人々のものの考え方を支配している。 そして、そのわれわれが事態の外形を眺めて抱く直感は、多くの場合、案外鋭いところを突いているものなのだと、私はそう考えている。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/032900137/?P=1

小田嶋氏がどのようにこの問題を料理するのかと期待していたが、期待にたがわず見事に料理してくれた。 『エンターテインメント目的の軽演劇として、また、あるタイプのプロパガンダ資料として、さらには、われわれの社会に底流する不条理を視覚化した極めて批評的なドキュメンタリー映像として評価してみると、実に示唆するところの多い不規則ノイズ満載の制作物だったということだ』、 『政局は、これからしばらく、「何かが明らかになる」ことによってではなく、「何ひとつ明らかになっていない」ことへの苛立ちや諦念がもたらす複雑な波及効果によって動くことになることだろう』、などの痛烈な皮肉はさすがだ。 『敬語は、個人が社会から身を守るための防御壁としての機能や、本音を隠蔽するカーテンの役割を担ってもいる。 キャリア官僚のような立場の人間が振り回すケースでは 「あなたと私は対等の人間ではない」 ということを先方に思い知らせるための攻撃的なツールにもなる』、との指摘も的確で、なるほどと納得させられた。 『薬師寺議員の教え諭すような口調の質問・・・には、思わず心が動いてしまった。 しかも、質問は、この日の焦点となっていた事件の真相や首相夫妻の関与とは一歩離れたところにあるお話で、「全国の公務員に向けてメッセージを」という、なんだか叱られている小学生に語りかけるみたいな、奇妙な調子のお願いだった』、というのは、番組を見損なった私にとっては、改めて録画を観てみたくなるようなエピソードだ。 『世界を動かしているのは、真相ではない。われわれの心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。 いずれにせよ、真相と無縁ではないものの、同じものではあり得ない様々な感情が、多くの人々のものの考え方を支配している。 そして、そのわれわれが事態の外形を眺めて抱く直感は、多くの場合、案外鋭いところを突いているものなのだと、私はそう考えている』、との見立てが現実化することを期待したい。
なお、明日は更新を休むので、日曜日にご期待を!
タグ:(その17)(小田嶋氏:佐川氏証人喚問視聴記) 森友学園問題 小田嶋 隆 日経ビジネスオンライン 「佐川氏証人喚問視聴記」 エンターテインメント目的の軽演劇として、また、あるタイプのプロパガンダ資料として、さらには、われわれの社会に底流する不条理を視覚化した極めて批評的なドキュメンタリー映像として評価してみると、実に示唆するところの多い不規則ノイズ満載の制作物だったということだ 政局は、これからしばらく、「何かが明らかになる」ことによってではなく、「何ひとつ明らかになっていない」ことへの苛立ちや諦念がもたらす複雑な波及効果によって動くことになることだろう 佐川氏の敬語の過剰さは、敬語という用語法そのものへの嫌悪感を掻き立てかねない水準に到達していた 少なくとも私個人は、あの日の佐川前国税局長官の過剰な敬語の背後に、彼が必死で防衛しようとしているものの正体を忖度せずにはいられなかった 薬師寺みちよ議員の質問 われわれの心を動かすのは印象であり憶測であり予断であり不安だ。 いずれにせよ、真相と無縁ではないものの、同じものではあり得ない様々な感情が、多くの人々のものの考え方を支配している。 そして、そのわれわれが事態の外形を眺めて抱く直感は、多くの場合、案外鋭いところを突いているものなのだと、私はそう考えている
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森友学園問題(その16)(過去形で「森友問題とは何だったのか?」と問うと訪れる恐ろしい未来 そこに待ち受ける「教育の未来像」、佐川氏喚問は 昭恵夫人と官邸の関与の火消しに使われた茶番劇だった、佐川氏の稚拙すぎる答弁から見える「2つの可能性」) [国内政治]

森友学園問題については、3月19日に取上げた。佐川氏への証人喚問が終わった今日は、(その16)(過去形で「森友問題とは何だったのか?」と問うと訪れる恐ろしい未来 そこに待ち受ける「教育の未来像」、佐川氏喚問は 昭恵夫人と官邸の関与の火消しに使われた茶番劇だった、佐川氏の稚拙すぎる答弁から見える「2つの可能性」)である。

先ずは、やや古い記事ではあるが、重要な内容なので取上げるものである。弁護士の大前 治氏が昨年11月15日付け現代ビジネスに寄稿した「過去形で「森友問題とは何だったのか?」と問うと訪れる恐ろしい未来 そこに待ち受ける「教育の未来像」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・今年一年の政治ニュースを振り返ると、最初の大ニュースは森友学園をめぐるものだった。これに端を発して、「忖度」という言葉が流行し、稲田朋美元防衛大臣の国会答弁が問題視され、説明不足を問われた安倍政権の支持率が20%台に下落した。
・……と過去形で書いてしまったが、決して過ぎ去った問題ではない。国会での真相解明も、大阪地検特捜部の捜査も、会計検査院の調査も、端緒についたばかりである。 政治の問題だけでなく、これからの教育のあり方に関わる問題でもある。私たちは監視を弱めてはいけない。 
▽認可されるはずのない申請
・すべては、松井一郎氏(現・日本維新の会代表)が2011年11月に大阪府知事に初当選した直後に始まった。 2012年4月、大阪府は森友学園の要望を受けて学校設置基準を緩和した。借入金で学校を新設できるようにしたのである。その後の5年間に、緩和された基準により認可申請をしたのは森友学園だけである。まさに「森友学園のための基準緩和」であった。
・2013年9月、森友学園は大阪府豊中市の国有地払下げを要望したが、購入や賃借の目途は立たないまま、2014年10月に大阪府へ小学校設置認可の申請をした。 この申請に対して、大阪府私立学校審議会(私学審)は、2014年12月18日の会議で、認可せず継続審議にすると決定した。私学審の梶田叡一会長は、その理由を次のように述べた。 +教員のほぼ全員が幼稚園の経験しかなく、小学校の経験がない。  +学校用地がないのに申請するというのは、普通ありえない。 +手持ち資金が、通常と比べれば大幅に少なかった。 +審議会の委員から「本当に何を考えているのか」という驚きの声も出た。 (2017年3月13日放送・NHK「ニュースウオッチ9」より) 
・大阪府の認可基準は、学校用地は「自己所有」または「国からの借地」であることを原則としている。この当時は国有地の購入も賃借も未定だったので、基準を満たしていなかった。 大阪府の私学審は、学校法人役員、教育学者、弁護士など19人の委員で構成される。彼らが「何を考えているのか」と驚く事態だから、もはや継続審議ではなく申請を却下すべきであった。 ところが、わずか1カ月後の2015年1月27日、私学審は臨時会を開催し、一転して「認可相当」と答申した。
▽私学審で異例の「臨時会」、早期の認可答申
・この臨時会は異例づくめであった。 そもそも私学審の定例会は年3回しかなく、臨時会は過去9年間一度も開催されていなかった。また、定例会では通常10~20件の議案を審議するが、この臨時会の議題は森友学園の案件だけであった。 再び継続審議にしたり申請却下にしたりするなら、次の定例会を待てばよい。したがって、わざわざ臨時会を開催したということは、最初から「認可相当」と答申するのが目的だと推測される。
・しかし、前述の問題点が1ヵ月で解決するはずがない。私学審の議事概要には次の注意点が記載されている。 +財務・会計状況、カリキュラム、校舎建設など小学校設置までのプロセスを明らかにすることこと。  +カリキュラムは、小学生の学びが充実されるよう内容を詰めること。 +私立学校には「特色のある教育」が求められる側面があるが、懸念のある点については本審議会が今後も確認を進めるべき。
・森友学園の「特色ある教育」への懸念とは、すでに幼稚園で推進されていた国家主義教育に対するものであろう。これらの検証を待たずに急いで「認可相当」と答申したのは不可解である。 なぜ答申を急いだのか。 大阪府の向井正博教育長は「工期や開校時期からみて早期に審議する必要があった」という(2017年3月1日・大阪府議会)。 
・しかし、私学審の役割は「開校に間に合うよう審議する」ことではなく「開校させてよいか否かを審議する」ことである。これでは本末転倒でないか。 大阪府の事務職員だけで、こうした強引な流れを作ることはできない。大阪府私学審の梶田会長は、前出のインタビューで次のように反省している。その意味が検証されなければならない。 国でも、都道府県でも、市町村の行政でも、大きな力がどこかから働いて、住民全体の公平・公正な幸せのためにある行政が、ちょっとおかしいよなってことが時々ないわけではない。それをチェックするのが我々だったはず。結果として、十分にやれていたのだろうか。(2017年3月13日放送・NHK「ニュースウオッチ9」より)
▽安倍首相は関与していないのか
・私学審の答申から8ヵ月後、2015年9月に急展開があった。首相が森友学園の土地購入を後押ししているというメッセージが読み取れる。 9月3日 安倍首相が近畿財務局の迫田英典理財局長と面会。 9月4日 午前、大阪にある近畿財務局の会議室で、迫田理財局長、森友学園の工事関係者が面談。午後、安倍首相が大阪入り。 同日 国土交通省が森友学園の木造校舎建築事業へ6200万円の補助金交付決定。 9月5日 安倍首相の妻・昭恵氏が森友学園の幼稚園で講演。小学校の名誉校長に就任。 安倍昭恵氏は、9月5日の講演で「籠池園長の熱い思いを聞かせていただいた」と述べた。その後、新設校のホームページで「優れた道徳教育を基として、日本人としての誇りを持つ、芯の通った子どもを育てます」と名誉校長としての抱負を述べている。
・この時期、籠池氏が新設校を「安倍晋三記念小学校」と名付けて募金集めをしていた。安倍首相は「名前を使われたのは遺憾」(2017年2月24日・衆議院予算委)と答弁したが、本当に無断だったか、真相は不明である。 この答弁で安倍氏は、籠池氏から事前に「名前を使わせてほしい」と何度も要請されて「非常にしつこい」と感じたと述べている。しつこく要請されたということは、連絡を拒絶せず何度も応対したことを意味する。 一般市民なら一瞬で電話を切られて終わりだが、籠池氏は違ったのである。
▽「忖度」ではなく「働きかけ」
・2ヵ月後の2015年11月、昭恵氏の秘書だった谷査恵子氏(現・在イタリア大使館一等書記官)が、籠池氏にFAXを送信した。内容は、籠池氏の依頼を受けて財務省に土地の対価の値下げを「照会」したことの報告である。 そこには、財務省は籠池氏の要望には応えられないようだが、「当方(安倍昭恵)としても見守りたい」「何かございましたらご教示ください」「昭恵夫人にもすでに報告させていただいております」とある。今後も協力しますというメッセージである。
・財務省からみれば、ただの「照会」ではない。「森友学園への便宜を求める安倍昭恵氏の意向」が明確に示されたことになる。財務省側が自発的に「忖度」したのではない。影響力を承知のうえで財務省へ「働きかけ」をしているのである。
・その後、2016年6月に、森友学園は国有地の払下げを受けた。鑑定額より8億円以上の値引きに加えて廃棄物撤去費も相殺され、実質200万円で8,770平方メートルの土地を購入できた。 不可解な点は数多い。競争入札ではなく随意契約とされた点、随意契約なのに複数の見積りを取得していない点、土中の廃棄物撤去について実地確認されなかった点など、あり得ない事態が連なっている。
・国有地の代金支払が完了していないのに売却関係書類が「すべて廃棄された」という佐川宣寿・財務省理財局長(後に国税庁長官に昇進)の説明も不自然である。 これら全てが組み合わさって、問題だらけの小学校設置が後押しされた。政治家の関与なしに、籠池氏1人の力では実現不可能である。
▽互いに利用し合った籠池氏と政治家
・巨額の賄賂が授受された訳でもなく、加計学園のように首相の親友だから優遇された訳でもない。なぜ森友学園の小学校建設は後押しされたのだろうか。 松井氏が府知事に初当選した3ヵ月後の2012年2月26日、大阪市内で教育再生機構が主催する教育シンポジウムに安倍氏と松井氏が登壇した。意気投合した2人は、居酒屋へ場を移して教育談義に盛り上がった。 その1ヵ月半後、大阪府は森友学園の要請を受けて学校設置基準を緩和した。それが出発点といえる。
・第一次安倍政権下で教育基本法を改正し、「愛国心」を教育の根幹に据えようと提唱してきた安倍首相にとって、「教育勅語」を毎日暗唱させる森友学園の教育方針は素晴らしいものと映ったに違いない。 国家主義・軍国主義的な教育を実践する先進校を大阪に開設し、これを全国へ広げていくことは、安倍氏の政治目標の実現に合致する。森友学園は政治的な利用価値があったのである。
・他方で、この目標実現のためには学校設置を認可する大阪府の松井知事の協力が不可欠であった。 改憲のために維新の協力が必要だった安倍氏と、「大阪都構想」のために安倍政権の協力が必要だった松井氏、それぞれの思惑もあったのであろう。 籠池氏は、安倍首相に気に入られる教育方針を実践し、政治力を味方に付けて国有地の安価な払下げを受けることに成功した。幼稚園児に政治的フレーズを叫ばせたのは、政治家を利用するためだったのである。
▽森友学園が見せた「教育の未来像」
・私たちは、森友学園の幼稚園で児童が「安倍首相ガンバレ! 安保法制国会通過よかったです!」と唱和したり「教育勅語」を暗唱したりするニュース映像を見た。 理事長が保護者に「よこしまな考え方を持った在日韓国人や支那人」と書いた文書を配布したこともニュースで知った。 森友学園が小学校の開校を断念したからといって、あのニュースで受けた重々しい衝撃は解消できない。あの映像は、安倍首相が進めようとする教育の未来像を映し出しているからである。
・特定秘密保護法や共謀罪で市民の自由を制限する先に、何が待ち受けているのか。国家に忠実で疑問を持たない国民を生み出す教育とはどのようなものか。 安倍政権がオブラートに包んで見えにくくしている未来像を、森友学園の幼稚園はしっかりと示したのである。 だから私たちは、森友学園問題を忘れてはいけないし、過去の問題にしてしまってはいけない。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53491

次に、ジャーナリストの横田由美子氏が3月29日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「佐川氏喚問は、昭恵夫人と官邸の関与の火消しに使われた茶番劇だった」を紹介しよう(▽は小見出し、+は段落)。
▽40回以上も証言を拒否した佐川氏の腰砕け証人喚問
・テレビの前で、「人間とは、土壇場になると、ここまで保身に走れるものなのか」と、呆然とした人が多かったのではないか──。 3月27日、財務省が学校法人森友学園との国有地取引に関する公文書を改ざんした問題で、前国税庁長官の佐川宣寿氏が衆参両院の予算委員会で証人喚問に立った。佐川氏は、財務省理財局主導で改ざんが行われたとされる昨年2月下旬から4月にかけて、理財局長として国会の答弁に立っていた。
・その後、近畿財務局の職員の自殺をきっかけに、財務省が決裁文書の調書で14ヵ所にのぼる改ざんを行っていただけでなく、添付されていた2枚の資料を削除していたことが発覚したのは、もはや周知の事実だ。 27日の証人喚問では、どこまで政治の関与があったのかが焦点だったし、国民もまた疑惑の解明を期待していた。というのも、安倍晋三首相が昨年2月の衆院予算委で「私や妻が国有地売却に関与していれば、首相も国会議員も辞める」と答弁していたためで、証言内容によっては、政局になる可能性もあったからだ。「安倍一強」と呼ばれる強すぎる政治と、官界との歪んだ関係が是正される機会であったこともある。
・しかし、多くの国民の期待は、「刑事訴追の恐れがある」という言い訳を盾に、40回以上も証言を拒否した佐川氏の腰砕けな姿勢の前にもろくも崩れた。佐川氏に対して、橋本内閣時の総理秘書官だった江田憲司議員(民進党)は、「(そのスタイルは)あなたの美学か」と問うた。
▽「総理夫人、官邸の関与はなかったとの証言が得られた」と豪語する丸川議員
・そんな佐川氏が饒舌に語ったのは、参議院で質問のトップバッターに立った丸川珠代議員(自民党)の質問に対してのみだったからだ。丸川氏の質問は、終始一貫して、「責任は財務省理財局のみにあり、総理、総理夫人、官房長官、官房副長官、総理秘書官は関係ない」ということを念押しする内容だったからだ。いくつか、抜粋する。
 +丸川氏 「官邸からの指示はなかった?」
 +佐川氏 (はきはきと)「間違いありません。麻生大臣からの指示もございませんでした。理財局の中でやった話です」
 +丸川氏 「(総理や総理夫人からの)明確な指示ではなくても、圧力は感じた?」
 +佐川氏 「ありませんでした」
 +丸川氏 「なぜ書き換えを行って、総理夫人の名前を削除したのか?」
 +佐川氏 (前略)「一連の書類を勉強して、総理も総理夫人の影響もありませんでした」
・このように、「政治の関与を匂わせたら、どうなるか分かってるんでしょうね」と言わんばかりの、半ば「恐喝」とも受け取れる質問をネチネチと繰り返した後、丸川議員は晴れやかな顔で、「総理夫人、官邸の関与はなかったという証言が得られました。ありがとうございました」と言い放ったのだ。
・これには、自民党の議員からも驚愕した様子のコメントが出ていた。 「さすが、当選わずか2回で大臣を2回もやっただけのことはある。当選3回でも、1度も大臣をやったことのない参議院議員はたくさんいる。単に『女性活躍』という政策に乗って、引き立てられただけではない。ここまで、国家ではなく総理に忠誠を尽くす姿を見せられるのは、ある意味あっぱれだ。まだまだ安倍政権には続いてもらって、あわよくばもう1度大臣をという気持ちなのだろう。しかし、なかなかできることではない」
▽“二枚舌”を使う佐川氏は官僚より政治家に向いている?
・民進党の小川敏夫議員の質問に対しても、佐川氏は財務省ではなく、政権に忠実だった。安倍晋三首相の“辞職発言”が、自身の国会答弁に影響したかどうかについて「あの総理答弁の前と後で、私自身が答弁を変えたという認識はありません」と、明確に影響を否定している。
・一方で、当時の部下である田村嘉啓審理室長に対する責任の押しつけ方は、田村室長が気の毒になるほどだった。 そもそも安倍昭恵総理夫人の関与があったのではという話は、昭恵夫人が、森友学園の名誉校長だったことに加え、国有地取引の問題で、夫人付き職員の谷査恵子在イタリア大使館一等書記官が籠池氏にファクスを送っていたことや、田村室長と電話で話していたことなどが裏づけとなっている。
・しかし佐川氏は、「私は確認しなかったけど、田村は電話を受けていたので、(谷が昭恵夫人付きということを)知っていたかもしれない」「自分が(田村に)ヒアリングしたときには、(谷さんから)1回電話があっただけだと言っていた」と、昭恵夫人が名誉校長であることも新聞報道で知ったと断言した。 にもかかわらず、公明党の竹内謙議員が、「本省も財務局佐川氏の答弁との整合性をとるために改ざんが行われたと(新聞の)この記事にはある」と尋ねると、「覚えていません。あまり新聞読んでいないので、知らないと言った方が適切」など、官僚よりも政治家の方が向いていたのではと思える“二枚舌ぶり”を発揮する。
・佐川氏の後任の太田充理財局長が、「理財局の一部によって(改ざん)が行われた。前局長の佐川氏の関与が大きかった」と、認めているとたたみ掛けても、「個別の案件なので…」と、刑事訴追を理由に証言拒否。部下や自殺した職員に対する詫びの言葉もないのかと聞かれるまで、謝罪の一つもなかった。
・この日、竹内議員の質問は、唯一、確信に迫るものではなかったかと私は思う。 竹内議員曰く、佐川氏は、非常に厳しい上司だという評判があった。実際、佐川氏は、近畿理財局と籠池氏との交渉内容は知らず、答弁後に詳細を知ったのではないか。そしてそのことで、激しく部下を責めたのではないか。現場を知らなければ指示はできないので、部下は佐川氏の立場などを忖度して書き換えを行い、佐川氏はそれを黙認したのではないか…。指摘の概要をまとめると、こんな感じだった。
▽「財務省恐竜番付」では西の前頭六枚目
・佐川氏が、財務省内で畏怖の対象だったことは間違いない。筆者の手元には、「財務省新恐竜番付」というペーパーがある。恐らく、若手官僚が面白半分でつくったものだろうが、こうした文書は往々にして視点は間違っていないことが多い。 この文書によれば、佐川氏は理財局長の前職である内閣審議官の時代に、「西の前頭六枚目」に選ばれているほどの“力量の持ち主”だ。 佐川氏の評判を聞くと、「滅私奉公型の官僚で、私生活を犠牲にするほど働く一方で、部下にはそれ以上の働きを求める。他省の同期や美人記者、美人秘書にはとても朗らかな対応」という評価が返ってきた。
・この「番付表」は、なかなか見所が満載だ。「東の横綱」である藤井健志氏は、この後、主計局次長から国税庁次長に出向し、佐川氏の部下となっている。彼らの部下は、さぞかし辛い目に遭ったのではないかと、老婆心さえ芽生えてくる。
・ちなみに、話は若干それるが、「張出」の可部哲生総括審議官は、森友問題で“詰め腹”を切らされる一人に入るかどうかの瀬戸際。「関脇」の小部春美氏は、女性初の国税局長を経てサイバーセキュリティ・情報化審議官にまでなっているが、部下が何人も使い倒されたと評判だ。小部氏は国税庁時代、酒税課長を経験しているが、やはり酒税課長経験者の源新英明氏も「前頭」として名を連ねている。ちなみに「前頭三枚目」の西村聞多氏も国税庁への出向経験者だ。 なんとも“強者”ぞろいで、組織は果たして大丈夫なのかと不安を感じざるを得ない。
・そして、いくら“政治の力学”が働いたとはいえ、今回、財務省は佐川氏に見捨てられたことで、責任をほぼ一手に引き受けざるを得なくなった。しかし、こうした財務省に、組織として自浄作用が働くとは考えづらく、佐川氏の罪はあまりに大きいと言わざるを得ない。
・安倍政権は、佐川氏の証人喚問で幕引きを図るつもりだろうが、福山哲郎参院議員(立憲民主党)が言及したように、「疑惑はますます深まった」としか言いようがない。安倍政権は、丸川議員と佐川氏との間でやり取りされた“茶番答弁”をもって、説明責任が果たされたなどとは、決して考えてはならないだろう。
http://diamond.jp/articles/-/165157

第三に、ノンフィクションライターの窪田順生氏が3月29日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「佐川氏の稚拙すぎる答弁から見える「2つの可能性」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・エリート財務官僚としてキャリアを築いてきた佐川宣寿氏と、補佐人の有名ヤメ検弁護士――官僚答弁とリスクコミュニケーションの真髄を知り尽くしているであろう「チーム佐川」が、証人喚問では驚くような稚拙な物言いをした。その背景には、どんな事情があったのだろうか?
▽補佐人は有名ヤメ検弁護士なのに…超初歩的ミスを犯した佐川氏
・あそこまで証言拒否を連発したのに、首相の関与がないことだけは自信満々で断言するなんて、この期に及んでまだ必死に首相をかばっているに違いない――。 そんな怒りの声が日本中から上がっている佐川氏の証人喚問。この評価については既にさまざまな論客が語っておられるが、リスクコミュニケーションを生業としている立場から、ひとつだけどうしても解せないというかモヤモヤが残ったことを指摘させていただく。 それは、なぜ佐川氏が「断言」という、リスクコミュニケーションにおける超初歩的ミスを犯してしまったのか、という点だ。
・今回こういうことになってしまったが、佐川氏は財務省のエリート街道を歩んできた御仁で、これまで数々の国会答弁を経験してきた手練のスピーカーである。 また、佐川氏が証言をする際にたびたび相談をしていた「補佐人」の熊田彰英弁護士は、東京地検特捜部にも在籍していた有名なヤメ検弁護士で、テレビの刑事ドラマで法律監修を務めるほか、甘利明・元経済再生相や小渕優子・元経済産業相のスキャンダル対応も担当するなど、リスクコミュニケーションのプロ中のプロだ。
・そんな経験・実績ともに申し分ない「チーム佐川」にもかかわらず、今回の証人喚問は野党に突っ込んでください、と言わんばかりの雑な回答だった。なかでも理解に苦しむのは、安倍首相夫妻や官邸の関与を明確に否定したこと。これは、お2人のこれまでやってきたことと真逆のような、稚拙なもの言いだった。
▽官僚答弁の基本は「逃げ道を残す」こと
・証人喚問で質問に立った元官僚の江田憲司氏や、情報番組に出演する元財務官僚の方たちが指摘したように、「官僚答弁は逃げ道を残すのが基本」である。 にもかかわらず、佐川氏は、局長だった自分に報告が上がっていなかったことを根拠に、首相夫妻や官邸の関与はない、と明確に否定をした。このような「断言」は、もしこの後に少しでも関与の疑いが出た場合、偽証罪に問われるなど一気に佐川氏を窮地に追い込むことになる。
・そういうリスクをヘッジするため、官僚の答弁は、どっちに転んでも責めを負わないようなもの言いになるのが普通だ。もし私が「補佐人」だったら、首相の改ざんへの関与があったのかどうかと詰め寄られた佐川氏には、こう答えてもらうだろう。 「理財局長である私のもとに、そのような報告は上がっていませんので、首相や首相夫人、あるいは官邸などから関与はなかった、という風に私個人としては受け止めております」
・こういう慎重なもの言いをしておけば、もし万が一、関与が明らかになることがあっても嘘を言ったことにはならないのだ。しかし、丸川珠代氏などに首相の関与について質問された佐川氏は「ございませんでした」と、打てば響くような感じでスパッと言い切っている。「官僚答弁の定石」からすると、かなりダイナミックというか、攻めすぎた発言と言わざるを得ない。
▽「断言」答弁はなぜ最悪なのか?
・もっと言ってしまうと、官僚の世界だけではなくリスクコミュニケーションの世界でも、「“断言”は絶対に避けるべき悪手」というのは基本のキとでもいうべき「常識」だ。 たとえば、わかりやすいのが、なにかとんでもない不祥事が発覚して謝罪会見をする際、社長に対して記者から「他にも同様の不祥事があるのではないか?」と質問が飛んだ時だ。そこで「ありません」と断言をするのは最悪、辞任まで追い込まれてしまう恐れもある失言である。
・昨年、いくつも起きた企業のデータ改ざんなどの不正を見ればわかるように、不祥事というのは、組織が異変をきたしていることを知らせてくれるシグナルである。大抵の場合、発覚した事案は氷山の一角にすぎないので、本腰を入れて調査をしてみると、次から次へとおかしな話が出てくる。 「ありません」と断言した後に新たな不祥事が見つかれば、「嘘つき」「隠蔽していたのか」など、厳しい批判にさらされ、トップの首は風前の灯となる。
・そのため、こういう状況で使う「話法」は、官僚答弁と同様に相場が決まっている。たとえば、こんな感じだ。 「私の知る限り、今回と同様の不祥事があったという報告は上がってきていませんので、なかったと考えております。しかしながら、今回のような事案が発生しましたので、改めて再度調査をいたしまして、ご報告しなければいけないようなことがあることが、もしも判明しましたら、速やかに公表させていただきます」
・調査をして同様の不祥事が見つからなければ良し。見つかった場合も、これなら嘘つきにはならない。社長という責任ある立場として、「ありません」よりも遥かに適切である。
▽「チーム佐川」が悪手を選んだ背景には何が?
・これは筆者だけが主張しているようなことではなく、おそらく日本中の広報や弁護士さんなど、リスクコミュニケーションに関わる人ならば、誰もが知っている知識だ。書店で売っているような危機管理広報のマニュアル本の類いにも、似たようなことは指摘されているはずだ。 だからこそ、モヤモヤするのだ。 官僚的にもあり得ない。リスクコミュニケーション的にもあり得ない。そのような「悪手」を、なぜ経験も知見も豊富な「チーム佐川」は選んでしまったのか。
・日本中が注目をする証人喚問なのだから、直前まで相当な想定問答を繰り返したはずだ。「改ざんの全貌は言えない」ということと、「安倍首相や昭恵夫人の関与はない」という2つの説明は、本来矛盾するものだ。当然、その矛盾を突かれる、というシュミレーションもおこなったはずだが、フタを開けてみれば、あんな杜撰な答弁になってしまっている。
・この常識では考えられない「珍事」が起きてしまった背景として、考えられる可能性は2つしかない。まずひとつは、野党のみなさんや官邸前でデモをしている方たちが主張されている、このシナリオだ。 A.「チーム佐川」に対して、「とにかく安倍首相や官邸の関与だけは明確に否定せよ」という政治的圧力がかかった。  確かに、評論家のみなさんが指摘しているように、自民党議員は明らかに佐川氏から「首相や昭恵夫人の関与はない」という言質を取りにいっていた。ロープへ投げ、かえってきたところでアクロバチックな決め技をかけるプロレスラー同士の阿吽の呼吸のように、自民党議員と「チーム佐川」との間で、「八百長問答」が設定されていた可能性は否めない。
・ただ、その一方で、もしそうだとするのならひとつ大きな疑問もある。そんなわかりやすい政治的圧力があったとしたら、「チーム佐川」なら、もうちょっとうまくやるのではないか、ということだ。
▽シナリオその2は「本当に首相も官邸も関係なし」
・先ほど申し上げたように、佐川氏も熊田氏も経験・実績ともに「断言」が招く二次被害をよく知っているはず。もし何らかの政治圧力で「やれよ」と命じられたのだとしたら、頭脳をフル回転させて、野党から矛盾を突かれないような、慎重なもの言いを必死で考えるに違いない。少なくとも、「露骨にかばう」なんて悪手は、首相を守るためにも絶対に選ばない。
・官邸からの圧力だというのなら、話はもっとおかしくなる。 すぐに挑発にカッとなる安倍首相はさておき、東京新聞の立派なジャーナリストさんがたびたびやり込められていることからもわかるように、菅義偉官房長官のリスクコミュニケーションは決してあなどることができない。もちろん、失言がないとは言わないが、何が「地雷」か、何を言えば批判されるのかということを、かなり思慮して発言をしているのは明らかだ。
・そのように、リスクコミュニケーションということを意識する人間たちが仕切っている官邸が、佐川氏をマリオネット的に操れるとして、あんな疑惑が深まるような「露骨な政権擁護」をさせるだろうか。もし筆者が官邸の人間で佐川氏を使って火消しを図るのなら、せめて、もうちょっと遠回しに政権の関与を否定させる。
・そういう不可解な点を踏まえると、もうひとつの可能性も浮かび上がる。「こいつは安倍信者だ!」とか叩かれそうなのであまり言いたくないが、以下のようなシナリオだ。 B.「チーム佐川」は決裁文書改ざんの全貌をある程度把握しており、実行犯の目星がついていて、彼らの動機も知っているため、その先入観に引きずられて、首相夫妻や官邸の関与を思いのほか強く否定してしまった。
・先ほど「断言」を避けるのは、リスクコミュニケーションの基本のキだと申し上げたが、延々とそういう状況が続くわけではない。当然、事実関係が明らかになっていくにつれて、「断言」できることが増えてくる。先ほど例に出したように、同様の不祥事がないかどうかの調査が終われば、「再度調査をおこないましたが、現時点では同様の事案は見つかりませんでした」という断言ができる。
▽早くもポスト安倍を巡る情報戦が勃発している
・こういう「断言」というものの性格を考えた時、「チーム佐川」が首相夫妻、官邸の関与をあそこまで明確に否定をしたひとつの可能性として、「ある程度、事実関係がわかってきた」ということがあってもおかしくはないのだ。 んてことを言うと、「だったらなぜそういう話をせず、証言拒否を繰り返したのだ!後ろめたいからだろ!」というお叱りがあちこちから飛んできそうだが、そのあたりはかつて、佐川氏のように日本国民から「嘘つき」呼ばわりされた御仁の「解説」を引用させていただこう。
・『私が北方四島支援事業への介入疑惑などで証人喚問された時と同様、佐川氏は「悪者」扱いされていた』(朝日新聞デジタル3月27日)として、野党側の「忖度があった」という主張を間違いだとおっしゃる鈴木宗男・元衆議院議員だ。 「喚問は質問の事前通告もないので、その場でどう答えるかの判断を強いられる。特捜部の聴取が想定される佐川氏が繰り返し答弁を拒むのは、訴追の可能性を考えれば当然だ」(同上) もし仮に、「チーム佐川」が改ざん事件の全貌を把握していたとしても、あの場では証言拒否を繰り返すしかない。それが「証人喚問」というものなのだ。
・AとBのどちらが真相に近いのか。今後の調査報道や捜査の進展に注目したいが、いずれにしても、安倍首相は、もう「終わり」が近い気がする。 明らかに「身内」から見放されているからだ。 先ほど鈴木宗男氏のケースも含め、日本の政治・行政スキャンダルにおいて、「証人喚問」で真相が明らかになったことなどない。だいたいは「記憶にございません」とか、「刑事訴追の恐れが」の連発でうやむやにされてきた。にもかかわらず、自民党の大物議員もマスコミにうれしそうに、「こんな証人喚問は前代未聞だ」とか「歴史に残る事件」と大げさに驚いてみせる。
・これは「ポスト安倍」を意識した方たちが、さまざまなスピンコントロール(情報操作)を仕掛け始めているとしか思えない。 次の首相には、政治の信用回復のためにも、ぜひ頑張っていただきたいと思うが、ここは「忖度があったとしか思えない」、「行政が歪められた気がする」といったフィーリングだけで、「犯罪者」のそしりを受ける国だ。どなたが「ポスト安倍」に就こうとも、「短命」になることだけは間違いなさそうだ。
http://diamond.jp/articles/-/165156

第一の記事は、そもそも森友問題とは何だったのか、を改めて思い出させてくれる。確かに、 『認可されるはずのない申請』、にある松井大阪府知事の役割を改めて問い直す必要もありそうだ。 『9月3日 安倍首相が近畿財務局の迫田英典理財局長と面会』、ということであれば、迫田氏、さらには谷査恵子氏(現・在イタリア大使館一等書記官)や田村嘉啓審理室長(第二の記事)も証人喚問すべきだろう。しかも、安倍首相が迫田英典理財局長と面会したのであれば、これ以上ないほど強い働きかけで、安倍首相の辞任、議員辞職につながる問題だ。 『「忖度」ではなく「働きかけ」』、というのは的確な指摘だ。 『特定秘密保護法や共謀罪で市民の自由を制限する先に、何が待ち受けているのか。国家に忠実で疑問を持たない国民を生み出す教育とはどのようなものか。 安倍政権がオブラートに包んで見えにくくしている未来像を、森友学園の幼稚園はしっかりと示したのである。 だから私たちは、森友学園問題を忘れてはいけないし、過去の問題にしてしまってはいけない』、というのは正論だ。
第二の記事で、丸川珠代議員(自民党)のちょうちん質問は、意図が本当に見え見えだ。 ただ、 『佐川氏の罪はあまりに大きいと言わざるを得ない』、というのには、違和感を感じた。より重大な罪は、佐川氏が今回の役割を果たさざるを得なくした安部首相と夫人にある、と考えるべきなのではなかろうか。
第三の記事で、 『今回の証人喚問は野党に突っ込んでください、と言わんばかりの雑な回答だった。なかでも理解に苦しむのは、安倍首相夫妻や官邸の関与を明確に否定したこと。これは、お2人のこれまでやってきたことと真逆のような、稚拙なもの言いだった』、というのは確かにその通りだ。 『いずれにしても、安倍首相は、もう「終わり」が近い気がする』、との観測の実現を期待したい。 
いずれにしても、証人喚問で問題が改竄問題に矮小化された感があるが、もともとの森友問題の原点からの追及が望まれる。
タグ:森友学園問題 (その16)(過去形で「森友問題とは何だったのか?」と問うと訪れる恐ろしい未来 そこに待ち受ける「教育の未来像」、佐川氏喚問は 昭恵夫人と官邸の関与の火消しに使われた茶番劇だった、佐川氏の稚拙すぎる答弁から見える「2つの可能性」) 大前 治 現代ビジネス 「過去形で「森友問題とは何だったのか?」と問うと訪れる恐ろしい未来 そこに待ち受ける「教育の未来像」」 政治の問題だけでなく、これからの教育のあり方に関わる問題でもある。私たちは監視を弱めてはいけない 認可されるはずのない申請 松井一郎 大阪府知事に初当選した直後に始まった 私学審で異例の「臨時会」、早期の認可答申 安倍首相が近畿財務局の迫田英典理財局長と面会 「忖度」ではなく「働きかけ」 森友学園が見せた「教育の未来像」 安倍政権がオブラートに包んで見えにくくしている未来像を、森友学園の幼稚園はしっかりと示したのである 横田由美子 ダイヤモンド・オンライン 「佐川氏喚問は、昭恵夫人と官邸の関与の火消しに使われた茶番劇だった」 窪田順生 「佐川氏の稚拙すぎる答弁から見える「2つの可能性」」 安倍首相夫妻や官邸の関与を明確に否定したこと。これは、お2人のこれまでやってきたことと真逆のような、稚拙なもの言いだった 「チーム佐川」が悪手を選んだ背景には何が? A.「チーム佐川」に対して、「とにかく安倍首相や官邸の関与だけは明確に否定せよ」という政治的圧力がかかった B.「チーム佐川」は決裁文書改ざんの全貌をある程度把握しており、実行犯の目星がついていて、彼らの動機も知っているため、その先入観に引きずられて、首相夫妻や官邸の関与を思いのほか強く否定してしまった
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決済システム(その1)(みずほの電子マネー普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」、中国アリペイに征服されそうな日本が出遅れを逆転する方法) [金融]

今日は、決済システム(その1)(みずほの電子マネー普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」、中国アリペイに征服されそうな日本が出遅れを逆転する方法)を取上げよう。

先ずは、昨年12月11日付けダイヤモンド・オンライン「みずほの電子マネー普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「中途半端なものになるなら事業化はノーだ」──。すでに経営陣の頭の中に“撤退”の2文字がチラつくほどの正念場を迎えているのが、みずほフィナンシャルグループ(FG)が掲げる「Jコイン構想」だ。 Jコイン構想とは、みずほFGが2020年までに全国に普及させると意気込んでいる電子マネー事業のこと。価格は1コイン=1円で固定され、円への払い戻しも可能で、全国の小売店での支払いに加えて、既存の電子マネーの多くが未対応な割り勘などの個人間送金のニーズにも応える予定だ。
・将来的には、キャッシュレス化によるATM維持費の削減など、日本全体で10兆円の経済効果も見込んでいる。 構想の鍵を握るのは、他のメガバンクや地方銀行が参加するかどうかだ。Jコインがたくさんの人に使われてインフラとなるには、多くの銀行の参画が必須だからだ。 だが、他行の動きは芳しくない。とりわけ「地銀が動向を気にしている」(みずほFG関係者)という他の2メガバンクが、いまだ参加の意思を示していない。
・そこには、参加するメリットを提示できていない、みずほFGの弱さがある。他のメガ幹部は「便利だと分かれば参加しますよ」と様子見を決め込んでいる始末だ。 それだけではない。他にも、小売業者への勧誘とJコイン事業そのものの黒字化という二つの関門が待ち構えている。 「送金手数料はクレジットカードの半分程度」(前出の関係者)のため、小売業者にとってうまみがある半面、金融機関にとっては薄利のビジネスでしかない。そのため、決済情報の解析と提供というデータビジネスを行う考えだが、この分野でもうかるかどうかは未知数といえる。この点も、他行が参加をためらう理由といえるだろう。
▽阻む「100万円の壁」
・もっとも、これら三つの関門を乗り越えたとしても、懸念がなくなるわけではない。もう1点、「100万円の壁」と呼ばれる“法律の壁”が存在するからだ。 というのも、設立が予定されているJコインの運営会社は「払い戻し可能な電子マネーを扱う事業会社」となり、不正資金の隠蔽(マネーロンダリング)対策が不可欠。となれば、送金できる上限額が法律で100万円に制限されるのだ。これでは高額支払いや企業間送金に使えず、Jコインの利用シーンを狭めることになると、みずほFG側もやきもきしているという。
・解決策として、上限が適用されない「銀行」を立ち上げる手も検討しているが、金融庁への登録手続きなどでサービスの開始時期が遅れざるを得ない。どちらを選ぶかも、他行が参画を決める上でポイントとなるだろう。 問題山積──。このままでは、Jコインは“絵に描いた餅”で終わってしまうことになりかねない。
http://diamond.jp/articles/-/152437

次に、大蔵省出身で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏が3月8日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「中国アリペイに征服されそうな日本が、出遅れを逆転する方法」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・中国の電子マネーが爆発的に成長している。 このままだと、日本の送金決済システムを、中国に支配されてしまう危険がある。 これは、外国製品に市場を奪われるという従来型の貿易摩擦の問題とは異なる。経済社会の基本インフラを他国に握られる危険だ。この問題の深刻さについて、日本人は危機意識が薄いように思う。
・こうした事態にならぬよう、日本は中国より優れたキャッシュレス社会を構築する必要がある。 それに成功すれば、日本は、経済再生の切り札を手にすることになるだろう。
▽キャッシュレス決済比率は19% 世界に大きく立ち遅れ
・3メガバンクが、スマートフォンを通じた決済のためのQRコードの規格統一化で連携するとの報道があった。 この動きはぜひ進めるべきだ。なぜなら、日本はキャッシュレス化で著しく立ち遅れているからだ。 中国では、アリペイやウィーチャットペイという電子マネーの利用者が10億人を超えたとされる(「日本の金融が中国フィンテックに制覇される日」参照)。街角に立つ物乞いも、首からスマートフォンを下げているという。
・スウェーデンでは、スウィッシュ(Swish)という電子マネーが普及し、現金使用率はわずか2%だという。パンを買うのも現金では難しいとされる。 これに対して、日本では、普及率が低い。 「キャッシュレスの推進とポイントサービスの動向」(2016年12月、経済産業省)によれば、2015年時点で日本のキャッシュレス決済比率は19%だ。 これは、中国55%、韓国54%、アメリカ41%に比べて大幅に低い。
・政府が17年6月に閣議決定した「未来投資戦略2017」では、キャッシュレス決済の比率を27年までに40%まで引き上げる方針だが、この通りになっても、中国はおろか、現在のアメリカにも及ばない。 15年の日本における現金流通残高の対名目GDP比率は19.4%と、他国より突出して高く、スウェーデン(1.7%)の約11倍にも達している(日本銀行決済機構局「BIS決済統計からみた日本のリテール・大口資金決済システムの特徴」参照)。
・日本は、世界の潮流から大きく取り残されてしまっているのだ。 電子マネーの仕組みも問題だ。 日本の電子マネーは、Suicaにしても、Edyやnanacoにしても、非接触ICカードを用いている。これだと、支払いを受ける店舗側で特別の装置が必要だ。また、直接に対面していなければ支払いができない。このため、コンビニなど、特定の店舗でしか使えない。
・アリペイのように、QRコードで送れるようなものにすべきだ。そうすれば送金できる範囲は一挙に広がる。  日本で発明されたQRコードが中国で普及しているのは、皮肉なことだ。 また、日本ではコストが高い。Suicaの場合、決済の加盟店手数料は3%前後(高い場合には4%程度)だ。 それに対して、アリペイの送金コストはゼロに近い。それどころか、報酬がある場合もある。したがって店舗としては、導入する強いインセンティブを持つ。
▽中国電子マネーに席巻される恐れ 東京五輪が本格進出の契機に
・このように、さまざまな点で、アリペイやウィーチャットペイのほうが、日本の電子マネーより優れている。  日本におけるアリペイ加盟店舗数は、2018年1月に4万店を突破した(ペイメントニュース参照)。 Suicaの利用可能店舗数は、17年3月末で約39万店だから、これに比べればまだ少ない(JR東日本 2017年3月期 決算説明会資料参照)。
・しかし、17年の日本でのアリペイの決済件数は、16年の20倍という著しい増加率だ。 20年の東京オリンピックに向けて、中国旅行者のためにアリペイなどを受け入れる店舗が、日本でさらに大幅に増えるだろう。 そうなると、アリペイが日本に本格的に進出する条件が作られてしまうことになる。 なぜなら、受け入れ店舗が増えると、店の側から日本人にもアリペイを使えるようにすることへの要請が強まるからだ(アリペイは、銀行口座に預金することで使う。現在は中国の銀行しか認められていないので、一般の日本人は使えない。しかし、日本の銀行も認められれば、日本人も使える)。
・すると、日本の決済システムがアリペイなどに席巻されてしまう危険がある。 日本の銀行は、預金を預かるという収益性の低い業務だけを担わされることになる。預金を用いて送金・決済関連のさまざまな新しい事業を展開する可能性を失うわけだ。
・それだけではない。 アリペイは顔認証を導入している(「中国の最先端AIが作り出す戦慄の未来社会」参照)。 またアリペイを運営するアリババの関連会社は、信用度評価のシステムを導入しており、ここで高い評価を得ると、さまざまな特典がある。 日本でも、アリペイなどが導入されれば、これらのシステムに進んで個人情報を提供する人が出てくるだろう。そうすると、日本人の個人情報も中国に握られてしまうことになる。
・すでに日本人はグーグルやフェイスブックに個人情報を与えてしまっているという見方があるかもしれない。しかし、グーグルやフェイスブックはそれを悪用することはないだろう。 しかし、中国の場合には、アメリカの企業とは状況がかなり違う。前回のコラムで書いたように、中国では国が関与している。アリペイは、ある意味では中国の国家的戦略手段なのである。
・すでにアリペイは、東南アジアに進出している。 日本の金融の中核を中国に支配されることを防げるかどうか。そのための環境を作ることは、ここ1、2年の差し迫った課題だ。
▽キャッシュレス化は、経済活性化の切り札になる
・送金や決済は、経済の基本的なインフラストラクチャー(社会的な基盤)だ。したがって、その効率性は、経済全体の生産性に大きな影響を与える。 キャッシュレス化によって、紙と人手のシステムを電子化し、自動化できれば、流通業や金融業の生産性向上に大きな意味がある。
・日本の仕組みは、IT革命以前のATMと現金のシステムに固定されてしまっているので、送金・決済という経済の基本的な活動に関して、自動化を進められない。 日本では、今後、人手不足の深刻化が予想される。送金決済システムの効率化は、緊急の課題だ。 また、金融機関のコスト削減の観点からも、ATMに頼る現在の仕組みを改善する必要がある。
・上で述べたことを逆に見れば、もし強力な新決済手段を導入できれば、新しい事業が可能になり、経済活性化の切り札になるということだ。 eコマースの進展にとっても重要な意味がある。 送金手段が進歩すれば、ウェブを用いてさまざまな新しい経済活動が可能になる。例えば、個人がウェブで物を売ったり情報を売ったりできる。
・いまの状態では、料金を徴収することができないため、大手のウェブサイトに依存せざるを得ない。 そして、かなりの手数料を取られる。仮想通貨や電子マネーは、この状態を大きく変える(もともと、アリペイは、ウェブでの売買の手段として作られたものだ)。 
・こうしてフリーランシングの可能性が広がる。これは、働き方の改革にとっても大変重要な意味を持つ。 さらに、関連したサービスを提供するスタートアップ企業が生まれるだろう。中国では、顔認証技術を開発するスタートアップ企業などが続々と登場している。 
▽ビットコインが送金手段として機能しなくなった
・この数年間、ビットコインが、未来型の送金・決済手段として広がるのではないかという期待があった。 しかし、ビットコインの価格が投機によって上昇してしまったために、送金コストが高くなり、ビットコインは送金・決済の手段としては魅力のないものになってしまった。 投機によってビットコインが半死状態にされてしまったわけで、誠に残念なことだ。
・この状況は、ブロックチェーンの外で少額取引を効率的に処理するライトニングネットワークなど新しい技術で解決可能ではあるが、いますぐ利用できるものではない。 もしビットコインの利用が進めば、アリペイに対してさほど危機感を持つ必要はなかったろう。しかし、送金のコストの点で、いまや、明らかにアリペイのほうがビットコインより優れている。 したがって、対応策を考える必要が生じたのだ。
▽銀行の仮想通貨は、アリペイを超える
・1つの可能性は、銀行が電子マネーまたは仮想通貨を発行することだ。 この観点から、冒頭で述べたQRコード統一化を評価することができる。 なお、銀行発行の仮想通貨や電子マネーは固定価格制なので、投機の対象にはならない。
・ただし、銀行がQRコードを用いてどのような通貨を作るのか、ブロックチェーンを用いる仮想通貨なのか、それとも電子マネーなのかは、はっきりしない。 この2つを比べると、つぎのような違いがある。 第1に、電子マネーは、転々流通しない。これでは、通貨としては不十分だ。 第2は、インターネットを通じて送れるかどうかだ。 これが可能となれば、対面でなくとも支払えるので、利用価値は大きく高まる。例えばウェブサイトに表示されているQRコードをスマートフォンで読み取って送金できる。
・この際、仮想通貨なら通信が暗号で保護されるので、問題がない。 しかし、電子マネーの場合には、インターネットでの送付には、セキュリティの問題があり、途中で盗まれる危険がある。これは大きな問題だ。  上のように、仮想通貨は電子マネーより優れている。したがって、銀行発行の仮想通貨が使えるようになれば、日本人は、アリペイやウィーチャットペイより優れた送金手段を手に入れることになる。
・現在の状態を逆転させ、世界のトップに立つだろう。 メガバンクによる仮想通貨は、2018年には一般の利用に供されると報道されていたのだが、その後、開発が遅れているようだ。進展を望みたい。
・なお、もう1つの選択肢として、中央銀行による仮想通貨の発行がある。 これは法貨になるので、誰にでも送金することができ、送金決済の効率は著しく向上する。しかし他方において、銀行の消滅、プライバシーの侵害などの問題がある。このため、その導入が望ましいかどうかを、慎重に検討する必要がある。 2月に発表された日本銀行決済機構局の「決済システムレポート・フィンテック特集号」は、中央銀行による仮想通貨について、どちらかと言えば否定的な見解を示している。
・これを踏まえれば、メガバンクが発行する仮想通貨が主要な役割を担わざるを得ないことが分かる。
http://diamond.jp/articles/-/162581

第一の記事では、みずほFGの「Jコイン構想」が取上げられているが、三菱UFJFGも「MUFGコイン構想」を打ち出している。仮想通貨の形を取って、ブロックチェーンを利用するが、価値は1コイン=1円と固定されている。 『普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」』、は「Jコイン構想」だけでなく、「MUFGコイン構想」も同様だ。ただ、MUFGコインでは、「100万円の壁」を乗り越えるため、コイン=1円と固定せず、仮想通貨のように価値が変動する方式も検討しているとの説もある。
第二の記事で、 『日本の電子マネーは、Suicaにしても、Edyやnanacoにしても、非接触ICカードを用いている。これだと、支払いを受ける店舗側で特別の装置が必要だ。アリペイのように、QRコードで送れるようなものにすべきだ』、というのは確かにその通りだ。 (アリペイの) 『受け入れ店舗が増えると、店の側から日本人にもアリペイを使えるようにすることへの要請が強まるからだ・・・アリペイは、銀行口座に預金することで使う。現在は中国の銀行しか認められていないので、一般の日本人は使えない。しかし、日本の銀行も認められれば、日本人も使える)。 すると、日本の決済システムがアリペイなどに席巻されてしまう危険がある』、というのは、恐ろしい話だ。日本の銀行もアリペイ決済を認めないとは思うが、どこまで抵抗できるかは疑問だ。 QRコードは日本発の技術なのに、日本では在庫管理や出荷伝票などで、使われるだけで、決済分野での活用が立ち遅れたのは残念だ。 『グーグルやフェイスブックはそれ(個人情報)を悪用することはないだろう』、という楽観的見方は、フェイスブックでの個人情報流出事件で裏切られた。 『銀行発行の仮想通貨が使えるようになれば、日本人は、アリペイやウィーチャットペイより優れた送金手段を手に入れることになる』、とJコインやMUFGコインに大きな期待をかけている。 『その後、開発が遅れているようだ。進展を望みたい』、というのは同感だ。
タグ:決済システム (その1)(みずほの電子マネー普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」、中国アリペイに征服されそうな日本が出遅れを逆転する方法) ダイヤモンド・オンライン 「みずほの電子マネー普及を阻む3つの関門と「100万円の壁」」 Jコイン構想 1コイン=1円で固定 阻む「100万円の壁」 不正資金の隠蔽(マネーロンダリング)対策が不可欠 野口悠紀雄 「中国アリペイに征服されそうな日本が、出遅れを逆転する方法」 キャッシュレス決済比率は19% 世界に大きく立ち遅れ 日本の電子マネーは、Suicaにしても、Edyやnanacoにしても、非接触ICカードを用いている これだと、支払いを受ける店舗側で特別の装置が必要だ。また、直接に対面していなければ支払いができない。このため、コンビニなど、特定の店舗でしか使えない アリペイ QRコードで送れるようなものにすべきだ 中国電子マネーに席巻される恐れ 東京五輪が本格進出の契機に 受け入れ店舗が増えると、店の側から日本人にもアリペイを使えるようにすることへの要請が強まるからだ 日本の銀行も認められれば、日本人も使える すると、日本の決済システムがアリペイなどに席巻されてしまう危険 アリペイは、ある意味では中国の国家的戦略手段 キャッシュレス化は、経済活性化の切り札になる 銀行の仮想通貨は、アリペイを超える
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保険(その1)(保険会社の管理職たちが医療保険に入らない理由保険会社の管理職たちが医療保険に入らない理由、「外貨建て保険」に潜む恐ろしい"闇"と"ワナ" 思わぬ円高で巨額の含み損を抱えた人が続出)

今日は、保険(その1)(保険会社の管理職たちが医療保険に入らない理由保険会社の管理職たちが医療保険に入らない理由、「外貨建て保険」に潜む恐ろしい"闇"と"ワナ" 思わぬ円高で巨額の含み損を抱えた人が続出)を取上げよう。

先ずは、昨年11月24日付けダイヤモンド・オンライン「保険会社の管理職たちが医療保険に入らない理由」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・青春新書プレイブックスから9月に発売された書籍、『「保険のプロ」が生命保険に入らないもっともな理由』。うかつに生命保険に加入することへの警鐘を鳴らした1冊で、発売時から高い注目を集め瞬く間に増刷された。保険の営業現場の実情や商品設計に関わる専門家たちの本音を知る著者の後田亨氏に、より詳しい“現場の声”を教えてもらった。
▽保険料の3割超が手数料!? だからあなたはソンをする
・著者の後田亨氏はこれまでも、「安心のために」という気持ちで保険に入ると、高い確率で損をすると語ってきた。 「“保険=いざというときに必要不可欠なモノ”という認識がいまだに根強いですが、誤解だと思います。“保険=お金を用意する方法の1つ”に過ぎません。しかも保険は加入者にとって、かなり不利な仕組みであることに、多くの人が気づいていないんです」
・病気やケガをした際にお金の心配をするのはもっともだが、お金の工面の方法を保険に絞る必要はない。後田氏のオススメは、ゼロコストで手に入れることができる“自分のお金”だ。 「保険でお金を用意するより、自己負担するほうが合理的というと、『貯蓄を取り崩す不安があなたにはわからないのか』と言われることがあります。ですが、たとえば、売れ筋の医療保険でも保険料の約3割が保険会社の経費に回る仕組みです。大手の死亡保険では6割超が経費と見られる商品もあります。つまり、専用ATMに1万円入金すると3000~6000円もの手数料が引かれるイメージです。お金の心配をしたくない人が、暴利が疑われるシステムに入ってしまっては本末転倒です」
▽保険会社の管理職はCMで見る保険には入らない?
・事実、保険会社の管理職や商品設計担当者など、保険をよく知る人たちは、テレビCMなどで一般の人たちにすすめられる保険に加入していないことが珍しくない。お金を用意する手段として、効率が悪いことを知っているからだ。 保険に精通している人ほど、CMなどでおなじみの保険には入らず、社内で案内される格安の団体保険に必要最小限入っています。お金は大事だから、最もコストがかからない選択をする。考えてみたら当然のことです」
・後田氏自身、元々は保険の営業マンだった。しかし、大手生保や代理店で多数の商品を取り扱ううちに、保険ビジネスそのものを疑問視するようになったという。 「営業マン時代、様々な保険会社の商品をお客様に販売していましたが、当時から“保険会社が発信していることは建て前に過ぎないのではないか”と思っていました。『お客様の立場で考えます』などと言いながら、手数料が高い商品を売らないと激しく叱責されるような職場でしたから」
・その疑問を裏付けるように、勤めていた保険会社の管理職も安価な団体保険を愛用していたという。営業マンや顧客に最大限の加入を促している一般向けの自社商品には、入りたがらないのだ。
▽「もし働けなくなったら…」 保険CMの演出力に顧客はハマる
・保険は、お金(保険料)で、お金(入院給付金など)を用意する手段だが、『お金を失いやすい手段』という面も持つ。保険会社の経費や代理店の報酬に消えるお金があるため、加入者に還元されるお金の割合は100%を大きく下回るからだ。したがって保険の利用を最小限にとどめるのは正しい判断と言える。
・「複数の保険会社で商品設計に関わった専門家は、『保険は演出の力で売られている』とハッキリ言っていました。例えば、広告などでは“医療費は賄えても生活費はどうする?”、“まさか自分がガンに罹るとは思ってもみなかった”など、歓迎したくない事態が語られます。これが演出の力です。自分や家族が窮地に陥る場面を想像すると、お金に関する冷静な判断が難しくなるからです」 言い方を変えれば、『よく考えない人が、よくわからないまま入っている』のが保険なのだ。
・また、保険会社の営業教育に詳しいある人物は、『営業部門のビジネスモデルは、ほとんど宗教に近い』とも語ったという。 「営業マンに、保険は素晴らしいものだと信じこませることが売り上げアップにつながります。営業部門では、保険契約にかかるコストは金融商品の中でも破格であることなどは教えられていません。その分、セールストークにも迷いがなくなるからです」
・実際、営業マンの中には、自社の保険にたくさん加入していることを公言する者もいる。自分が入りたくて入った保険をお客さまにも勧めている、という論法だ。しかし、彼らはデメリット情報を知らないだけという可能性もある。
・「様々な不安から、保険に頼りたくなったら、自動車保険の入り方を手本にすべきです。賠償責任のように億単位のお金がかかるケースには、しっかり保険で備える。そのかわり、数十万円で買い替えられる中古車両には保険をかけない。自己負担できない金額かどうかによって保険加入の是非を決めるべきです」
・今まさに保険の加入を検討しているという人は、保険をよく知る人たちの本音を参考にしてほしい。必要な保険は、実はそれほど多くはないのかもしれない。不安感に振り回されることなく、冷静にソロバンを弾くことが、有意義な備えにつながるのだ。
http://diamond.jp/articles/-/150623

次に、ファイナンシャルプランナーの岩城 みずほ氏が3月24日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「外貨建て保険」に潜む恐ろしい"闇"と"ワナ" 思わぬ円高で巨額の含み損を抱えた人が続出」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・「保険を解約したいが、現在の含み損が大きすぎて、とてもできない」――。今、外貨建て保険の加入者からのこんな相談が相次いでいます。 なぜこうした「事件」が頻発しているのでしょうか。話を聞いてみると、多くの相談者が外貨建て保険の内容を正確に理解できていないことに、主な原因があるようです。それもそのはずです。商品の仕組みは複雑で、パンフレットや提案書を一度読んだだけでは、まず理解できません。
・注意する点について一応記載はされているのですが、文字が小さかったり、言い回しが難しかったり、その保険会社独自の用語であったりと、とにかく難解です。わざと消費者にわかりにくくして、思考停止に陥らせるのが目的なのではと、勘ぐってしまいたくなるほどです。今回は、外貨建て保険に入ってしまった人の問題点と、その解決策について考えます。
▽「払った金額の1.2倍もらえそう」という「見せ方」
・相川沙希さん(56歳・会社員、仮名)は、2014年に「米ドル建ての保険料一時払いの定額年金保険」に加入しました。どんな商品かというと、「据え置き期間なしで、37年間年金を受け取れる」というものです。「据え置き期間なし」とは、一時払い保険料を一括で払い込んだ翌年から、年金を受け取れるという仕組みです。
・相川さんは、「私はお給料があまり高くありません。この商品ならお小遣いの足しになりますよ、と勧められました」と言います。勧めたのは大手証券会社の営業マンです。「あまりリスクを取りたくない」という彼女に、ならば、「投資信託より保険のほうがいいですね」と、この商品を勧めたのです。 「米ドル建てだと、増えそう」「毎年決まった額のおカネがもらえる」というイメージがありますが、何が問題なのでしょうか。早速、商品を詳しく見て、それをあぶりだしていきましょう。
・この商品は、一時払い保険料に対して「満期まで持てば米ドルで120%の年金額保証」とされていました。これをそのまま信じれば1.2倍もらえるように見えるわけですが、これはあくまで米ドルベースであるということです。しかも、問題はそれだけではなかったのです。
・まずは為替です。受け取り時の為替を、たとえば1ドル=116円など、あらかじめ自分で想定し、それよりも円高の場合は米ドルで据え置かれ、円安の場合は円に換算して年金として受け取れるという仕組みでできています(この仕組みを利用するためには、特約を付加する必要があります)。
▽問題は「円高」だけではなかった
・単に為替換算の話だけなら、さほど複雑ではありませんね。証券マンに「保険だから、リスクが小さいから」と勧められ、相川さんが加入時に払ったおカネ(一時払い保険料)は、15万米ドル分でした。後述しますが、相当な額です。しかし、実はこの商品は、そこから契約の初期費用(契約時にかかる費用)7%が引かれていました。それだけではありません。さらに円をドルに換算するための手数料のほか、保障のための費用、運用のための費用、その他付加した特約保険料などが、保険期間中ずっとかかるのです。
・その結果、相川さんの年金原資(今後運用に回るおカネ)は当初から13万9500米ドルまで減ってしまいました。当時の為替レートが1ドル=116.15円でしたので、日本円換算すると加入時に払ったおカネ(一時払い保険料)は、1742万2500円でした。しかし、実際に運用に回ったのは、1620万2925円だったのです。契約時の初期費用が7%、121万9575円分引かれたからです。かなり高いですね。「損が出ているから、解約できない」の大きな原因は、まずこの初期費用にありました。
・相川さんがこれまで受け取った年金は、3年間で計109万8109円。たくさんもらっているように見えますが、もし今、解約すると「返戻金は11万7687米ドル」と契約先の大手証券会社に言われました。1ドル=106円(3月下旬現在)で換算すると、約1247万円です。一時払い保険料が約1742万円ですから、約495万円のマイナス。受け取り年金額約109万円をプラスしても、実質386万円の損です。
・今、解約したら、386万円の損……。ものすごい金額です。しかし、初期費用は120万円強だったはずで、その費用があったとしても、まだおカネがどこかに「消えて」います。せっかく50代の後半から「37年間、払った額の1.2倍をもらう」はずが、これはつらい話です。どうして、こんな途中経過になってしまっているのでしょうか。「想定よりもドル安円高になってしまった」のだから、仕方ないのでしょうか?
・この原因は、確かにドル安円高もあります。しかし、それに加え「解約控除費用」のせいでもあったのです。 解約控除費用とは、「契約後、一定期間内の解約時に積立金から控除される費用」のことを言います。この保険商品の場合、「積立金に対し市場金利の変動を考慮した、独自の計算方法で導き出した金額」となっていました。証券会社が「独自の計算方法で導き出した金額」が費用として差し引かれるというわけです。
・しかも、相川さんは、やはりもう1つ「思い違い」をしていました。「87歳の満期まで持ち続けると支払った額の1.2倍になる」と思っていたのですが、受け取り時の為替レートにより、円換算額が一時払い保険料を下回る場合もあります。もちろんかなりの円安になれば、受け取り保障金額は増えますが、円高になると少なくなります。また約款には、前述したように、年金受け取り時にはドルを円に交換するための手数料が、さらに年金管理費(毎年の受取年金額の1.4%、円で受け取る場合はさらに0.35%追加)も差し引かれると書かれていました。恐るべき高コスト商品です。
▽そもそも買った商品が「悪い商品」だった
・「解約したいけれど、損になってしまうから」と迷っていた相川さんですが、私が以下の「解約すべき2つの理由」を説明、腑に落ちたこともあり、解約することに決めました。
・2つの理由とは、1つは、大きく損をしているのは運用上の損ではなく、商品の損であることです。運用していれば市場環境によって損が出ることもあるでしょう。しかし、この商品のように、加入した途端にまず1割近く資産を減らしてしまうような「損をする商品」は持つべきではありません。
・2つ目は、この商品の内容が正確に理解できないことです。私も、この複雑な商品を理解するために、オンライン上の「特に重要なお知らせ(契約概要/注意喚起情報)」や「パンフレット」を隅から隅まで読み、あれこれ計算をして、理解するのに2時間かかりました。複雑すぎるのです。
・結局相川さんは、思い切って、この複雑な外貨建て保険を解約。「400万円弱の高い授業料」を払う形にはなりましたが、解約返戻金を、一般NISA(少額投資非課税制度)を使い、国内外のインデックス投信で限度額上限の毎年120万円ずつ、運用していくことにしました。
・相川さんは、そろそろ60歳。そこで、老後にいくら取り崩すことができるのか、「老後設計の基本公式」で、60歳時点を想定して計算をしました。これは、いつもの「人生設計の基本公式」とは違い、積み上げた貯蓄について、「老後、毎年取り崩せるおカネはいくらなのか」、すぐに計算できる式です。
・大体の老後生活費の目安がつけば、いたずらに不安を持つこともなくなりますし、対策も講じられます。50代未満の読者の皆さんもぜひ、計算してみてください。相川さんは60歳で定年を迎えることもあり、保有資産がそれなりの額になります。95歳まで生きると仮定します。
・相川沙希さん(56歳・会社員)60歳時点で計算  A:「保有資産額」5000万円  p:「年金額」(年額)84万円  a:「未年金年数」(年)5年(65歳受給開始)  w:「働く収入」(万円)280万円  b:「働く年数」(年)2年(62歳まで延長雇用)  H:「最終資産額」(万円)2000万円(介護施設入居費1000万円、遺産及び予備費合計1000万円)  n:「想定余命年数」(年)35年(95歳までの35年間)  「老後設計の基本公式」で計算してみましょう。
・人生の最晩年に残す「最終資産額」(介護費用や、遺産向けなどのおカネ)を2000万円とすると、毎月の生活費は、年金と合わせて約14万5000円です。「保有資産額」は、たとえば、今後運用が上手く行って資産額が増えれば、その分をプラスとして反映させます。しかし、介護などのおカネをどの程度見込むかにもよりますが、5000万円あっても2000万円を引いた「実質3000万円+年金」では、少々厳しい老後が想定されます。
・幸い、相川さんの場合は、もう少し長く働ける環境だということですので、働く期間をもう少し伸ばして、年金受給を70歳まで繰り下げることを検討すると良いともお伝えしました。繰り下げ請求は、月単位で行うことができ、1カ月繰り下げると0.7%増加します。 もし70歳まで繰り下げると、42%増えて119万2800円になり、これが一生涯受け取れます。「早く死亡してしまったら、年金を受け取れないからと損」と考える人もいますが、年金は損得ではなく、長生きをした時の大きな助けになるのだと考えるべきです。
・相川さんの場合、老齢年金受給を5年繰り下げると、その間合計420万円の年金は受け取れません。しかし、70歳以降の増加額は年35万2800円にもなり、受給開始から12年弱、ざっくり言えば82歳以上に長生きすれば、65歳で年金をもらうよりも多くなります。その意味でも、民間の保険加入については、慎重に検討すべきです。
http://toyokeizai.net/articles/-/213725

第一の記事で、 『売れ筋の医療保険でも保険料の約3割が保険会社の経費に回る仕組みです。大手の死亡保険では6割超が経費と見られる商品もあります』、 『保険会社の管理職はCMで見る保険には入らない?』、などの指摘は、改めて保険に入る馬鹿馬鹿しさを示している。私の場合、自動車保険では車両保険は入らずに済ませている。 『自己負担できない金額かどうかによって保険加入の是非を決めるべきです』、というのはその通りだ。
第二の記事にある 『外貨建て保険』、は証券会社、銀行なども販売に注力している主力商品だ。ファイナンシャルプランナーでも 『理解するのに2時間かかりました』、というほどの複雑な商品で、一般の人々がとうてい理解できるような代物ではない。 『結局相川さんは、思い切って、この複雑な外貨建て保険を解約』、というのは不幸中の幸いだ。金融商品を販売する際には、顧客の知識、経験、財産の状況、金融商品取引契約を締結する目的に照らして、不適当な勧誘を行ってはならないという適合性の原則があるが、どうも空文化しているようだ。
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外国人労働者問題(その3)(「なし崩し」で増え続ける外国人労働者 5年連続で過去最多を更新、日本は外国人労働者にどれだけ支えられているか?知られざる現実と課題、ブラック企業勤務より10倍ヒドい「中国人技能実習生」の悲鳴) [経済政策]

外国人労働者問題については、一昨年11月17日に取上げた。今日は、(その3)(「なし崩し」で増え続ける外国人労働者 5年連続で過去最多を更新、日本は外国人労働者にどれだけ支えられているか?知られざる現実と課題、ブラック企業勤務より10倍ヒドい「中国人技能実習生」の悲鳴)である。

先ずは、経済ジャーナリストの磯山 友幸氏が2月23日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「なし崩し」で増え続ける外国人労働者 5年連続で過去最多を更新、128万人に」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽高度成長期並みの人手不足が追い風
・安倍晋三首相は2月20日の経済財政諮問会議で、外国人労働者の受け入れ拡大に向け検討を始めるよう関係閣僚に指示した。景気の底入れで圧倒的な人手不足に直面する中、外国人労働者に活路を見出そうという戦略だ。
・ただし、あくまで「専門的な技能を持つ人材」だけを受け入れるという「建前」を維持、これまで「単純労働」とみなされて外国人が排除されていた介護や農業の現場作業員などに「なし崩し」的に広げていくことになりそうだ。「いわゆる移民政策は取らない」という姿勢にこだわり、あくまで一時的な労働力として外国人を受け入れるため、日本に長期滞在するための日本語力や社会規範の習得といった「生活者」に不可欠の条件は後回しになる。
・菅義偉官房長官、上川陽子法相を中心とする検討チームを作り、関係する省庁が加わって議論する。入国管理法が定める「専門的・技術的分野」の在留資格を拡大する方針をまとめ、6月ごろ閣議決定する経済財政運営の指針である「骨太方針」に盛り込む考えだ。
・もともと、「専門的・技術的分野」として就労が可能なのは、「教授」や「技能」など18業種。これに「農業」や「建設」など慢性的な人手不足に陥っている業種も加えることを検討する。 報道によると、「国籍取得を前提とする『移民』につながらないよう、在留期間を制限し、家族の帯同も基本的に認めない」方針だといい、数年間の在留期間が終了した段階で帰国させる「出稼ぎ労働者」を想定している。
・背景には猛烈な人手不足がある。2017年12月の有効求人倍率は1.59倍と43年ぶりの高水準になった。すでにバブル期の有効求人倍率を上回り、高度経済成長期並みの人手不足になっている。この傾向は大都市圏にとどまらない。地域別の有効求人倍率は全都道府県で1倍を上回っている。
・こうした中、「現場」では外国人労働者が猛烈な勢いで増えている。厚生労働省が1月26日に発表した「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」によると、2017年10月末時点での外国人雇用数は127万8670人と前年比18%増加、5年連続で過去最多を更新した。また、届け出をした事業所は19万4595カ所と、1年前に比べて2万1797カ所も増え、これも過去最多を更新した。
▽ベトナム出身者が1年間で40%増
・働く際の「資格」として増加が目立つのが「資格外活動」に分類される外国人労働者だ。29万7012人と前の年から24%も増えた。大半は留学生で、大学だけでなく、専門学校や日本語学校に留学生資格でやってきて、働いているケースだ。本来は働く資格がないが、放課後のアルバイトなどとして特例的に働いていることから「資格外」とされている。
・米国では留学生が働くことを禁じられているが、日本に来た留学生には週に28時間までの労働が認められている。また、学校が長期休暇の間は1日8時間、週40時間まで働ける「例外」もある。 実はこの「資格外」が増えているのは、日本で学びたい留学生が増えた結果ではない。「出稼ぎ」を目的に日本の学校に留学する「偽装留学」とも言える外国人が急増しているのだ。日本語学校に行くことが本当の目的ではなく、日本で働くために留学ビザを取得している。日本語学校の授業料を支払った証明書などがあれば留学ビザが取れるため、授業料を借金して先払いするケースも多いといわれる。
・外国人労働者を国籍別に見ると、最も人数が多いのは中国(香港を含む)の37万2263人で、全体の29%。これにベトナム(24万259人、全体の19%)、フィリピン(14万6798人、同11%)、ブラジル(11万7299人、同9%)が続く。 このところ急増しているのはベトナム出身者で、1年前に比べて40%増えた。2012年に2万6828人だったのが2014年ごろから急増し始め、5年で9倍に膨らんだ。次いで昨年の増加率が高かったのがネパールで、1年前に比べて31%増え、6万9111人になった。
・両国からの外国人の就労が急増している背景には、日本語学校などを使った実質的な「出稼ぎ」が広がっていることがあるとされる。現地でも「働き手」を送り出す日本語学校などが急増している。 労働者に占める「資格外」の割合は2012年ごろまでは16%前後だったが、2013年以降比率が上がり、2017年は全体の23.2%を占めるようになった。よく見かけるコンビニ店員のほとんどが、こうした留学生など「資格外活動」での労働者である。コンビニの店員は「単純労働」とみなされており、外国人労働者の本格的な受け入れはできないため、「留学生」に依存しているわけだ。
・日本政府は「単純労働」とされてきた小売りやサービスの現場の仕事から長年、外国人を締め出す政策を取り続けてきた。これまでの「専門的・技術的人材」の定義を広げることで、旧来の「単純労働」分野にも外国人を受け入れようとしているわけだ。人手不足の穴を埋めるために、なし崩しで対象を拡大しようとしているのである。
・これまでも農業などの分野では、「外国人技能実習制度」によって、外国人労働者を実質的に受け入れてきた。本来は国際協力の一環として日本の技術を海外に移転するための「実習制度」だが、現実には人手不足の現場を穴埋めする「便法」として使われてきた。
▽技能実習生が占める割合も20%超に
・この実習制度を拡大し、外国人受け入れを「なし崩し」的に増やそうとする動きもある。すでに建設・造船分野で実習年限を延長したほか、介護人材も技能実習の枠組みに加えた。コンビニ店員などでも技能実習枠の適用が検討されている。さらに、人手不足が深刻化している旅館やホテルなどの従業員にも技能実習の適用を要望する声が強まっている。 2017年10月時点での技能実習制度に基づいた外国人労働者は25万7788人と1年前に比べて22%増加。外国人労働者全体に占める割合も20.2%と初めて20%を超えた。
・安倍首相は繰り返し「いわゆる移民政策は取らない」と述べている。増えている外国人は「出稼ぎ」なので、数年で帰国してしまい、日本に居つくわけではありません、ですから安心してください、と言いたいのだろう。 だが、人口が今後本格的に減少する中で、帰国を前提とした外国人をなし崩し的に増やしていくのが良いことなのか。
・まず、日本の現場での人手不足はますます深刻化する。そうした中で、アルバイトやパートがやるような一時的な仕事だけでなく、本来なら正社員が担うような長期的にスキルを磨く必要がある仕事でも人材不足が顕著になっている。そうした長期の雇用を前提にした外国人の受け入れが必要になっているのだ。
・働く側の外国人にしても、数年しか働けないビザならば、その間にがむしゃらに稼いで自分の国に帰ろうとする。日本に定住して、日本社会の一員となろうとは始めから思わないわけだ。そうなれば、日本語も真剣に学ばないし、日本社会に溶け込もうという努力もしない。 
・ドイツなど外国人労働力を受け入れてきた先進国では、「労働者」として受け入れた外国人がコミュニティーに溶け込まず、大きな社会問題を引き起こす事態に直面した。そうした反省から、ドイツでは2000年代以降、外国人移民を受け入れる際に、ドイツ語の習得やドイツ社会の基礎知識などの学習を義務付けている。
・「移民」と言うと、大量に不法にやってくる難民などの姿を思い描く人も多いが、実際には、きちんとルールを作って外国人を受け入れていくのが「移民政策」である。まともな移民政策なしに外国人を無秩序に受け入れていけば、ドイツなどがかつて失敗したような社会不安を呼び込むことになる。
・安倍内閣は、「専門的・技術的人材」の枠を広げることで、実質的に優秀な外国人だけを対象に実質的な「移民政策」を取ろうとしているのかもしれない。だが、人手が足らない分野をなし崩し的に「専門的・技術的」とみなし、受け入れのハードルを下げてしまえば、「選別」は有名無実になる。
・短期の出稼ぎを狙ってやってくる外国人と、日本社会に溶け込んで日本に定住しようという外国人のどちらに問題を引き起こすような人物が多いかは簡単に想像できる。今こそ日本は、明確な「移民政策」を示して、本当に優良な外国人を将来の日本を担う人材として受け入れる仕組みを早急に構築すべきだろう。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/16/021900010/022200062/?P=1

次に、三菱UFJリサーチ&コンサルティング 経済政策部 研究員の加藤真氏が3月13日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「日本は外国人労働者にどれだけ支えられているか?知られざる現実と課題」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽飲食店でもコンビニでも……外国人労働者はどれくらい増えたのか?
・日常生活を送るなかで、飲食店で外国人店員に接客を受ける機会や、レジスタッフのほとんどが外国人店員であるコンビニエンスストアを見かける機会が増えたと感じないだろうか。特に都市部では、こうした変化を日々実感している人は少なくないはずだ。
・本稿では、こうした外国人労働者の増加実感や、外国人が多く従事する仕事の特徴について、データにもとづき可視化を試みる。その上で後半では、働いているのはどのような外国人かという観点から、特に留学生と技能実習生に焦点を当て、公的データから示唆される傾向や抱える課題について提示する。
・厚生労働省は、今年1月末、最新版の外国人労働者数を発表した。そのデータによれば、2017年10月末時点で、日本国内で雇用されて働く外国人労働者は127.8万人、外国人を雇用する事業所は19.4万事業所にのぼり、いずれも過去最高を記録している(図表1)。 
・この結果から、「外国人労働者100万人時代」とも言われるが、実際のところ、日本の労働市場における外国人労働者が占めるウエイトはどれほど変化してきているだろうか。総務省と厚生労働省のデータをもとに、全就業者に占める外国人労働者の割合を「外国人依存度」と定義し、試算した結果が次の図表2である。
▽外国人労働者数は過去最高に どの産業でも依存度が上昇
・結果を見ると、全産業において外国人依存度が高まっている。2017年10月末時点で、日本国内の全就業者のうち約51人に1人が外国人であり、2009年と比較すると約2.2倍の増加である。 産業別には、日系人や技能実習生が多く従事する製造業における依存度が長らく最も高かったが、2016年に引き続き2017年も、宿泊業、飲食サービス業が最も高い依存度(25人に1人が外国人)になっている。また、昨秋以降の、在留資格「介護」の追加や技能実習制度に介護職が追加されるといった動きを踏まえると、今後、医療・介護分野における依存度が高まることも推測される。
・では、外国人依存度が高い仕事は、どのような特徴があるだろうか。厚生労働省の関連データを概観すると(図表3)、たとえば、最も依存度が高い宿泊業、飲食サービス業は、(1)労働者の出入りが多くあり定着しにくい(入職率・離職率が高い)、(2)人手が不足している(欠員率が高い)、(3)賃金が相対的に低い、(4)労災率が高い、といった特徴を有することが読み取れる。図表は割愛するが、各種統計の過去数年間の推移を見ても、この傾向は従来から変わらず続いている。
・こうした状況を踏まえると、日本人に不人気の仕事を外国人労働者が担っている側面があるといえる。私たちが外国人労働者に「依存」している裏には、同時に、外国人労働者による日本社会への「貢献」があると言えよう。
▽外国人はどこで働いているのか? 「就労ビザ」は2割未満の現実
・他方、働いている外国人にはどのような特徴があるだろうか。図表4に2017年10月末時点の在留資格別割合を整理した。 左側の円グラフを見ると、就労を目的とした在留資格(いわゆる「就労ビザ」)を付与され働いているのは外国人労働者全体の18.6%にとどまっており、大部分は、就労以外の目的で入国・滞在が認められた外国人(留学生や技能実習生など)により占められている実態がある。また、図表4の右側の棒グラフ(在留資格別割合の推移)を見ると、近年は働きながら学ぶ留学生の急増が認められる。 以下では、大きな割合を占める留学生と技能実習生に焦点を当てて検討を進める。
▽外国人労働者の大部分を占める留学生と技能実習生の実態
・はじめに留学生について、同じ「留学生」といっても、大学院の博士課程から日本語学校の学生まで、その中身は多様であることに注意が必要である。法務省は、2010年から日本語学校に通う外国人学生にも「留学」の在留資格を与えている(それ以前は、高等教育機関に通う留学生と区別して「就学」という在留資格であったが、一本化された)。
・では、在籍段階別の留学生の就労実態はどのようになっているだろうか。日本学生支援機構のデータにもとづき、アルバイト従事率の推移をまとめたものが図表5である。 図表5から、大学・大学院に通う留学生のアルバイト従事率の低下傾向、専修学校・日本語教育機関に通う留学生のアルバイト従事率の増加傾向が認められる。特に日本語教育機関(いわゆる日本語学校)では、5年間で約10ポイントも増加していることは注目に値する。日本語学校に通う留学生のなかには、アルバイトに明け暮れ、授業中は居眠りをしたり、日本語学習が二の次になっていたりする人がいる話も聞かれる。
▽日本語学校の留学生がアルバイトせざるを得ない理由
・なぜ、日本語学校の留学生アルバイト従事率が増加しているのか。その背景には、(1)労働需要側の要因と、(2)労働供給側の要因(アルバイトがしやすい、せざるを得ない要因)が絡んでいる。
・(1)労働需要側は、高い日本語能力を必要としない比較的単純な作業や、深夜早朝業務などで特に人手不足が深刻化していることが挙げられる。一方、(2)労働供給側は、(a)諸外国と比べて留学生に認められる就労時間が長いこと(週28時間まで就労可能)、(b)日本語学校が適切な教育を提供しているか、公的な第三者機関が定期点検する仕組みがなく(自己点検・評価のみ)、留学生の管理監督が不十分な日本語学校が少なくないこと、(c)海外現地の留学斡旋機関に借金をして来日している留学生が一定数いることなどが要因として考えられる。
▽日本から離れ始める技能実習生
・最大の送り出し国だった中国も忌避?
・留学生に加えて、外国人労働に関して問題視されるのが技能実習生だろう。新聞報道やドキュメンタリー番組等でも度々取り上げられているように、受け入れ企業による人権侵害や労働関連法違反などが後を絶たない。「この制度を続けることで、日本のイメージが悪化し、日本で働きたいと思う外国人が減ってしまう」という懸念もしばしば聞かれる。
・こうした懸念に関連し、法務省のデータをもとに、従来、技能実習生の最大の送り出し国であった中国に着目し、日本国内に住む中国人の在留資格別推移を整理した(図表6)。 これを見ると、永住者、留学生、高度外国人材は増加傾向にある一方で、技能実習生だけが減少している。日本との賃金格差の縮小、中国国内の高学歴化や少子高齢化、技能実習制度が忌避されている可能性など、さまざまな要因が考えられる。
・現在、技能実習生はベトナムを筆頭に、東南アジア出身者の増加により全体数は増加し続けている。だが中国同様ベトナムも、経済成長や所得水準の高まりとともに、今後急速な少子高齢化が進行すると見込まれている。
・韓国はじめ近隣諸国では、非熟練の外国人労働者を適正に受け入れる制度を整えてきているなか、「実習」名目で実態は労働力を受け入れるというやり方を続ければ、将来的にはベトナム人技能実習生も減少し始めるだろう。安価な労働力の供給に頼り続ける構造自体を見直していくことが求められている。
▽日本は外国人なしでは立ち行かない 改めて考えたい在留資格制度の歪み
・外国人依存度の高まりから、私たちの生活は外国人労働者と無関係ではいられなくなっている。その一方、私たちの生活を支える外国人労働者の多くが、就労を目的とせず入国・滞在が認められた外国人だという実態は、在留資格制度に歪みが温存されていることに起因している。
・外国人労働者について議論すべき点は多岐にわたるが、1つは、こうした在留資格制度の歪みの適正化(たとえば、高度外国人材ではない「中技能の外国人労働者」を対象とする在留資格の新設に向けた検討など)が挙げられるだろう。
http://diamond.jp/articles/-/163140

第三に、ノンフィクション作家の安田 峰俊氏が3月24日付け現代ビジネスに寄稿した「ブラック企業勤務より10倍ヒドい「中国人技能実習生」の悲鳴 彼らの嘆きのネット投稿をみよ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽増える技能実習生の逃亡
・外国人技能実習生制度の問題点は、ここで改めて述べるまでもないかもしれない。 私は近ごろこの問題を追いかけているが、「先進国・日本の優れた技術をアジアの若者に伝える国際貢献」という同制度のタテマエを本気で信じている人間は、当事者や関係者のなかにも誰もいないように見える。貝の殻剥きや弁当の箱詰めなど、技能習得とはほど遠い単純作業に従事する実習生も多い。
・国外でのカネ稼ぎを求める途上国の若者と、経営難や人手不足を打開したい日本の第一次・第二次産業の現場。相手国内で手数料ビジネスを営むブローカーたちと、それに乗っかる日本国内の監理団体(実習生の斡旋・監理機関)。そして、定住的な移民の受け入れを回避しつつも、格安の単純労働力は確保しておきたい財界と日本政府……。
・とまあ、さまざまな関係者の欲望が交錯するなかで合成の誤謬が生まれ、制度全体がどうしようもなく歪んでいるのが現在の外国人技能実習生制度だ。 高額の手数料を徴収するブローカー、監理責任を果たさない監理団体、虐待・セクハラ・労災放置・過重労働・給料未払いなどコンプライアンス違反が状態化した日本国内の雇用先中小企業など、どうしようもない関係者は少なくない。
・近年、日本政府は制度の運用実態に対する社会的批判を受けて、実習生雇用先への法律遵守の呼びかけや、実習生宿舎の面積確保など待遇向上をうたう関連法規の改正を進めているが、いずれも弥縫策的で、問題の根本的な解決にはほど遠いのが現状だ。 ゆえに、技能実習生の失踪も急増しており、2017年には過去最高人数の6000人を突破する見込みである。近年は実習生全体の人数も、失踪人数もベトナム人がトップだが、まだまだ中国人も多くいる。
▽給料は最低賃金で、仕事内容は3K
・近年は減少傾向とはいえ、地方出身者で決して学歴が高くない中国人にとっては、現在でも日本の最低賃金のほうが中国国内の給料より多少は高く、実習生になる人が存在するのだ。ほか、最近は「日本アニメが好きだから」「『君の名は。』みたいな田舎で暮らしてみたいから」といったユルフワな理由で実習生になる若者も出はじめている(結果、日本が大嫌いになって帰国する人が続出するのだが)。
・給料は最低賃金で、仕事内容は3K。しかも一部の職場では残業代すらまともに支払われず、ケガをしても放置。ときには中国人であるという理由だけで差別されたり、体育会系の社風のなかで理不尽に怒鳴られるケースもある。
・そこで発生するのが「逃亡」だ。 逃亡した中国人実習生は不法就労者となり、身分証明書が不要な怪しげな労働に従事する。彼らの多くは日本語ができないため、仕事探しは必然的に在日中国人の怪しいブローカーに頼ることになる。当然、日本において寄る辺なき彼らはブローカーに騙され、また自身も人を騙して生き延びるような修羅の道を歩むこととなる。
・私は現在、なんとか逃亡実習生に取材できないかとあちこち探し回っているが、相手側の警戒心が強いため接触は容易ではない。だが、別な方法を用いれば、逃亡実習生の素顔にある程度までは迫ることも可能である。
▽茨城は詐欺師だらけです
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・「逃亡した。疲れた。もう限界です」  https://tieba.baidu.com/p/4549568748?pn=1
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・トピ主♀ 2016-05-16 00:26 むりでした(泣)
・【投稿者1♂返信】2016-5-22 18:26 >幸運を。トピ主は茨城住み?
・【トピ主♀返信】2016-8-1 17:24 >もう(茨城を?)離れましたよ。 逃亡する実習生はみんな知っていることですが茨城は(在日中国人の)詐欺師だらけです。逃げてすぐの人は注意したほうがいいです。 知人の紹介以外は慎重になったほうが。私はまだ幸運で、騙されたからではなく別の原因で(実習先を)離れました。でも、茨城で騙されたり逮捕されたりはほんと多くて悲惨です。
・投稿者2♀ 2016-06-04 14:13 トピ主さん、私も逃げたいです(泣)
・投稿者3♀ 2016-06-05 21:05 逃亡は簡単じゃないよ。もちろん詳しいことはわからないけれど想像はつくから。バス停に行ったって、外出したっていつも警察におびえなきゃいけない。仕事を探すのも難しいよ。(略) 身分証が不要な仕事を探すなら知人の紹介なしではかなり探しづらい。まともな会社(での就業)やアパート(への居住)は身分証が必要だからね。知り合いなしでは、たぶん生き延びるのは難しい。
・【トピ主♀返信】2016-6-6 00:13 >ですよね(泣)
・【投稿者4♂返信】2016-6-12 19:23 >逃亡なんて基本的に詰みで確定だぞ。言葉も通じなくて滞在身分も非合法。強制送還を待つだけだ。
・【投稿者5♂返信】016-6-14 19:16 >言葉ができても無駄。来日2年目技能実習生の通りすがりだけど。
・【投稿者3♀返信】016-6-15 11:47 >うん。とにかくどうしようもなくきついよ。技能実習生はどうしようもなくきつい。自由がない。
・トピ主♀ 2016-06-05 23:15 今日、警察が来た。たぶん明日は逃げることになるはず。居場所を変えないと。
・投稿者6♂ 2016-08-04 09:01 どうしたんだ?
・【トピ主♀返信】2016-8-4 11:06 >騙された……。三ヶ月間稼げていない。日本じゅう逃げ回って、いま東京。
・【投稿者6♂返信】2016-8-4 14:01 >状況は落ち着いたのか? 仕事見つかった?
・【トピ主♀返信】2016-8-4 17:51 >うん……。
・トピ主♀ 2016-08-04 10:14 何日かしたらこの3ヶ月の逃亡の経歴を書きたい。ほんとうに私の血と涙の記録なんです。落ちぶれて住む場所もなくて野宿寸前に。 何度も道に迷って携帯の電源は切れてネットにも繋げなくて、日本語もできないから歩きながら一人で泣いて。どこで暮らしていいのか、どこに行けばいいのか。家に帰りたいと何度思ったことか……。時間があれば書きます。
▽逃亡しても、結局苦しい
・投稿者7♂ 2016-08-19 22:21 トピ主さん、微信(※中国のチャットソフト)のアカウント教えてください。俺も逃げたいんです。でも、世間知らずだからよくわかんなくて。
・投稿者8♂ 2016-10-08 23:15 トピ主さん連絡先を教えてくれ。俺も逃げたい。
・【トピ主♀返信】2016-10-9 02:35 >男の人は逃亡しても生きていくのきついよ。
・【投稿者9♂返信】2016-10-9 11:47 >名古屋に来いよ。ここは中華料理店が多いし、不法就労者も多いぜ。
・トピ主♀ 2016-10-20 14:39 中国に帰りたい……。本気で疲れた。地元がいちばんいい。
・【投稿者5♂返信】2016-10-21 17:16 >不法就労者は、借金持ちのやつや先輩・後輩がいるやつ以外は基本的に長続きしないぜ
・投稿者10♂ 2016-10-23 11:37 トピ主は日本語はよくできるのか?日本語が上手ければ上手いほど、より長く生き残れる。みんな気をつけろ。
・【トピ主♀返信】2016-10-24 15:08 >お金、ぜんぶ盗まれた。中国人にやられた。
・投稿者11♂ 2016-10-26 16:29 読んでいて恐ろしくなってきた。同胞がみんなこれじゃどうしようもないな。
・【投稿者12♂返信】2017-7-22 15:34 >根本的にどうしようもないんだって……。中国人が中国人を陥れるんだ。 >(技能実習生を中国国内で集める)ブローカーもろくなのがいないんだぜ。
・投稿者12♂ 2016-11-20 17:29 トピ主がんばれ。いちばんいいのは同胞と付き合いをもたず、中国人から距離を置くことだ。俺も国外に出てそれがわかった。
・投稿者13♀ 2016-11-21 22:58 トピ主さんは女の子なの? 気をつけてね。
・投稿者14♀ 2017-01-15 19:18 トピ主さん、私も逃げたい。もう本当に限界なんです。毎日労働時間は16時間で、徹夜させられることもあって……。頭がおかしくなりそうです。
・【投稿者15返信】2017-1-15 23:30 >なんの仕事?
・【投稿者14♀】2017-1-16 07:20 >自動車のシート製造です。
・投稿者16♂ 2017-03-20 21:30 トピ主さんどうなったんだ?
・【投稿者17♂】2017-3-20 22:46 >もともと俺も日本に技能実習に行きたいと思ってたんだけど、ネットで検索したら7割の人間は騙されてる。 >ビビるよ。まあ俺はとにかく真面目に中国国内で働くことにするか……。
▽在日中国人も信じられない
・むろん、上記の書き込みをおこなった人物の身元はわかっておらず、彼女が本当に逃亡実習生なのか(それどころか本当に女性なのか)を特定するすべもない。だが、書き込み内容に近い話は、日本全国で数多く起こっている模様である。
・「逃亡実習生の一部は、長野県や千葉県などの農家で不法就労をおこなう例が多い。在日中国人(のマフィア)から偽造の在留カードを買って、それを使って農家に雇ってもらうみたいだ」 筆者の取材にそう語るのは、遼寧省で塗装業に就く王国栄氏(仮名、28歳)だ。彼は2010年代に入ってから中国人技能実習生として来日した経験を持つ。
・「日本という国は好きだが、実習生の3年間は人生で最悪の時間だった」と語る王氏は、かつて岐阜県内の工場で散々に罵倒されながら最低賃金で働かされ続ける毎日を送り、(詳しい事情は不明だが)「不法滞在者になりかけた」ディープな過去も背負っている。 彼いわく、地方の一部の中小企業の日本人たちのひどい振る舞いはもちろんだが、同胞である在日中国人たちによる、技能実習生や逃亡実習生への詐欺も猖獗を極めていたという。
▽詐欺のターゲットにされる
・「技能実習生は日本語ができず、実習先の会社からの拘束の厳しさから警察に駆け込むこともできないため、詐欺のターゲットにされやすい。逃亡実習生の場合はなおさらだ。 いちばん多いのは、在日中国人から『携帯電話の契約を手伝ってやる』と言われ、契約を代行してもらった後にスマホを持ち去られ転売されるパターン。使用料の請求書だけが自分のところに回ってくる結果になる。」 「この手続代行詐欺はほかにも、クレジットカードの作成の『代行』を頼んだ中国人にカードを使いまくられたり、銀行口座開設を頼んだら架空口座として売り飛ばされる例もある。逃亡した実習生が『いい仕事を紹介してやる』と持ちかけられ、紹介料を騙し取られたりとんでもない職場に送り込まれることもある」
・「技能実習制度は、日本人が中国の若者を食いものにするために作られている制度だと思う。技能実習生(や逃亡実習生)は法的に弱い立場だ。だから、俺たちを食いものにする在日中国人の詐欺師の暗躍も許している」
・今回翻訳したトピックの逃亡実習生も、こうした被害の当事者だったのか。 日本政府は昨年11月、外国人技能実習制度の対象職種に「介護」を追加。問題の極めて多いこの制度の撤廃どころか、さらなる拡大の意向すら見せている。日本の高負荷・低賃金労働の現場を支える闇はあまりにも深い。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54956

第一の記事で、 『働く際の「資格」として増加が目立つのが「資格外活動」に分類される外国人労働者だ。29万7012人と前の年から24%も増えた。大半は留学生で、大学だけでなく、専門学校や日本語学校に留学生資格でやってきて、働いているケースだ。本来は働く資格がないが、放課後のアルバイトなどとして特例的に働いていることから「資格外」とされている・・・実はこの「資格外」が増えているのは、日本で学びたい留学生が増えた結果ではない。「出稼ぎ」を目的に日本の学校に留学する「偽装留学」とも言える外国人が急増しているのだ。日本語学校に行くことが本当の目的ではなく、日本で働くために留学ビザを取得している』、との建前と実態の乖離は目を覆うばかりだ。  『短期の出稼ぎを狙ってやってくる外国人と、日本社会に溶け込んで日本に定住しようという外国人のどちらに問題を引き起こすような人物が多いかは簡単に想像できる。今こそ日本は、明確な「移民政策」を示して、本当に優良な外国人を将来の日本を担う人材として受け入れる仕組みを早急に構築すべきだろう』、というのは部分的に同意できるが、本格的に受け入れた場合のリスクももっと検討する必要があるのではなかろうか。
第二の記事で、 『日本人に不人気の仕事を外国人労働者が担っている側面があるといえる』、つまり必ずしも日本人の仕事を奪っている訳ではなさそうだ。 『日本から離れ始める技能実習生・・・外国人労働に関して問題視されるのが技能実習生だろう。新聞報道やドキュメンタリー番組等でも度々取り上げられているように、受け入れ企業による人権侵害や労働関連法違反などが後を絶たない。「この制度を続けることで、日本のイメージが悪化し、日本で働きたいと思う外国人が減ってしまう」という懸念もしばしば聞かれる』、というのは確かに由々しい事態だ。日本の恥でもある。制度の抜本的見直しが必要だろう。
第三の記事で、 『外国人技能実習生制度の問題点は・・・貝の殻剥きや弁当の箱詰めなど、技能習得とはほど遠い単純作業に従事する実習生も多い・・・高額の手数料を徴収するブローカー、監理責任を果たさない監理団体、虐待・セクハラ・労災放置・過重労働・給料未払いなどコンプライアンス違反が状態化した日本国内の雇用先中小企業など、どうしようもない関係者は少なくない・・・技能実習生の失踪も急増しており、2017年には過去最高人数の6000人を突破する見込みである』、さらに中国人の逃亡技能実習生のネットでのやり取りにみる実態も悲惨そのものだ。 『「技能実習制度は、日本人が中国の若者を食いものにするために作られている制度だと思う。技能実習生(や逃亡実習生)は法的に弱い立場だ。だから、俺たちを食いものにする在日中国人の詐欺師の暗躍も許している」』、やるべきなのは対象職種の拡大ではなく、前述の通り、制度の抜本的見直しであろう。この上、問題を深刻化させるような制度改正であってはならない。
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鉄道(その3)(「鉄道世界一」は日本人の思い込みにすぎない、世界初「水素エネルギー列車」は成功するのか 独で運行開始へ、川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く) [産業動向]

鉄道については、2月12日に取上げた。今日は、(その3)(「鉄道世界一」は日本人の思い込みにすぎない、世界初「水素エネルギー列車」は成功するのか 独で運行開始へ、川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く)である。

先ずは、 交通技術ライターの川辺 謙一氏が2月16日付け東洋経済オンラインに寄稿した「「鉄道世界一」は日本人の思い込みにすぎない イメージと現実のキャップが弊害をもたらす」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・鉄道は、人や物を運ぶ交通機関の一種にすぎない。ところが日本では、どうも交通機関の域を超えた特殊な存在であり、実際よりも過大に評価されたり、期待されているところがあるようだ。 筆者は職業柄、常々そう感じてきた。10年以上にわたり鉄道関連の現場やそこで働く当事者を取材した結果、一般の人々が鉄道に対して抱くイメージと、筆者が見てきた鉄道の現実との間に大きなギャップがあると感じたからだ。
・なぜこのようなギャップが生じたのだろうか。筆者はその理由を検証し、次のような仮説を立てた。 「日本人は、誰もが多かれ少なかれ鉄道が好き」 こう書くと、当然「私は鉄道ファンではない」という人がいるだろう。ただ、列車内で駅弁を食べるのが好きな人や、鉄道を通して修学旅行や出張、冠婚葬祭などの思い出を語れる人なら大勢いるはずだ。また、日本では、規模の大小問わずどこの書店でもたいてい鉄道関連の書籍や雑誌が売られている。今ご覧になっている東洋経済オンラインの6つのカテゴリーの1つに鉄道があるし、朝日新聞などの全国紙が鉄道に関する記事を連載している。このような状況を海外の人が見れば、日本人は鉄道が好きだと思うのではないだろうか。
▽日本人が鉄道を好きな理由とは
・ではなぜ日本人は鉄道が好きになったのか。それは、次の2つの価値観が、日本人の気持ちを高め、人々に夢を与えるものとして長らく残ってきたからではないかと筆者は考えた。 Ⓐ日本の鉄道技術は世界一である Ⓑ鉄道ができると暮らしが豊かになる
・ⒶはⓍ「過去の成功体験」によるものだ。日本では、今から半世紀以上前に東海道新幹線が開業して、鉄道で世界初の時速200km超での営業運転が実現し、のちに高速鉄道が世界に広がるきっかけをつくった。それゆえ日本では、自国の鉄道が「世界一」であるという価値観が根付き、残ったと考えられる。それまで「世界一」と呼べるものが、日本にほとんどなかったからだ。
・ⒷはⓎ「鉄道万能主義」が通用した時代の名残だ。2016年12月29日付拙稿「東京で道路よりも鉄道が発達した3つの理由」でも触れたように、日本では、馬車などの車両交通が発達しないまま、明治時代に入って急に鉄道の時代を迎えたので、鉄道こそが近代交通であると考えられ、鉄道偏重の交通政策がとられた。また、道路整備の重要性は1950年代まで十分に認識されず、自動車の発達が欧米よりも大幅に遅れた。それゆえ、1922年に鉄道敷設法が改正され、人口密度が低い地方にも鉄道網を広げることが決まると、鉄道が地方のあらゆる社会問題を解決してくれる救世主と考えられ、「鉄道万能主義」が長らく語られることになった。道路網が貧弱だった時代に鉄道が延びると、その沿線地域の交通事情が大きく改善され、暮らしが急に便利になったからだ。
・ところが今は、ⒶⒷの価値観は通用しない。 まずⒶの「世界一」という価値観は、今となっては明確な根拠がない。たとえば「新幹線は世界一」という人がいるが、現在は新幹線よりも営業速度が速い鉄道が海外に存在する。安全性が高いと言われるが、多額の投資をして線路を立体交差化し、事故が発生しやすい踏切をなくし、外部から人などが入りにくい構造にすれば、それは当たり前のことだ。そもそも新幹線という輸送システムは、「ハイテク」のイメージがあるが、実際は海外で開発された「ローテク」を組み合わせて完成度を高めたものだ。在来線とは独立した鉄道のハイウェイを新設した点はユニークであるが、技術的な先進性はほとんどない。
▽輸送力維持の陰に労働者の負担
・また、日本の鉄道には、世界共通の物差しで「世界一」だと定量的に評価できるものが、年間利用者数が極端に多いことを除けばほとんどない。もちろん、時間の正確さが際立っていることはたしかであるが、鉄道業界では「定時運行」の定義が統一されていないため、航空業界の定時運行率のような世界共通の物差しで評価できない。また、時間の正確さの背景には、線路などの施設が貧弱で、列車を高密度、かつできるだけ時間通りに走らせないと十分かつ安定した輸送力が得られないという現実があるし、そのために鉄道で働く労働者の負担が大きくなっているというネガティブな面があるので、世界に誇れるとは言いがたい。そもそも日本は鉄道技術をイギリスなどから学んだ国なので、先駆者を差し置いて自ら「世界一」と主張するのは違和感がある。
・Ⓑの「暮らしが豊かになる」は、今となっては実感しにくくなった。近年は鉄道の延伸や新規開業がほとんどなく、鉄道が地域を変える機会も減ったからだ。そのいっぽうで、自動車や航空という他交通の発達や、人口減少によって需要が低下した鉄道をいかに維持するかが、さまざまな地域で課題になっている。
・いっぽう、先述した「鉄道万能主義」は半世紀前から批判されている。かつて政府に対して影響力を持つ私設シンクタンクだった産業計画会議は、1968年に「国鉄は日本輸送公社に脱皮せよ」という勧告をしており、そのなかで「鉄道万能」という考え方を繰り返し批判し、国民の的外れな期待が国鉄を苦しめていると述べている。
・このようにⒶⒷは、鉄道の現状に合致しない価値観になっているのに、今なお根強く残り、多くの人が信じている。先述した鉄道のイメージと現実のギャップがあるのは、このためであろう。また「日本人は、誰もが多かれ少なかれ鉄道が好き」という仮説が正しいとするならば、その「好き」という感情ゆえに、鉄道の現実を客観的かつ冷静に把握することが難しくなっていると考えられる。
・こうした状況は、人々が鉄道に過剰な期待をする要因になり、鉄道そのものを苦しめる要因にもなり得る。鉄道の維持や海外展開の妨げになり得るし、日本の鉄道が今後も発展し続ける上でも障壁となるだろう。  鉄道の維持は、近年難しくなっている。日本では1990年代から生産年齢人口(15〜64歳)が減少し続けており、鉄道を利用する人だけでなく、それを支える労働者も減っているからだ。
・鉄道の海外展開、つまり日本の鉄道システムを海外に売り込むことは、アベノミクスの成長戦略の1つにもなっているが、実際は海外で苦戦している。それは、日本の鉄道がきわめて特殊であり、そこで磨き上げられた技術やノウハウを求める国が多いとは言えないからだ。
▽日本の鉄道はすでに苦境に陥っている
・こうしたことが正しく理解されていないと、日本の鉄道はいずれ苦境に陥る。いや、もう陥っている。ダイヤ改正のたびに列車の減車・減便の話題を聞く機会が増え、北海道・四国・九州などで鉄道の維持が難しくなった現状を見れば、日本の鉄道はすでに「冬」の時代に入っていると言える。海外に活路を見いだすにしても、そこには規格のちがいという壁が立ちはだかっている。
・筆者は、以上のことを拙著『日本の鉄道は世界で戦えるか−国際比較で見えてくる理想と現実』にまとめた。本書では、先述した認識のギャップの要因を検証するだけでなく、主要5カ国(日英仏独米)の都市鉄道や高速鉄道などをくらべることで、日本の鉄道の特殊性や立ち位置を明らかにした。その上で日本の鉄道ならではの「強み」を分析し、それが海外の鉄道の発展に貢献できるのではないかと記した。
・ここまで述べたことは、日本における一般論とは異なる部分があるので、多くの人に受け入れていただくのは難しいかもしれない。ただ、先述した認識のギャップが鉄道を苦しめている現実を知っていただくことが、今後の鉄道のあり方について冷静に議論するきっかけになればと願う。
http://toyokeizai.net/articles/-/208341

次に、ジャーナリストの佐藤 栄介氏が2月28日付け東洋経済オンラインに寄稿した「世界初「水素エネルギー列車」は成功するのか 独で運行開始へ、トヨタFCVとコンセプト同じ」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・トヨタ自動車は約3年前、世界初のセダン型FCV(燃料電池車)を発売した。名称「MIRAI(ミライ)」といえば、鉄道ファンでもピンとくるだろう。 そして、トヨタは「FCVこそ究極のエコカー」と本命視し、2020年をメドにその次期型モデルを発売するというニュースが先日、話題となった。FCVとは、水素と酸素を化学反応させて発電する燃料電池を搭載した車だ。その発生させた電気によってモーターを回転させ、走行する。つまり、ガソリンの代わりに水素をタンクに充填し、エネルギーとする。
・これと同じコンセプトの列車が、2018年12月ごろにドイツで運行を開始する。フランスのアルストム社が製造した名称「コラディアiLINT(アイリント)」で、世界初の水素をエネルギーとした燃料電池列車が誕生する。昨年11月に14編成の導入が公式発表され、そのうち2編成が今年末に運行開始する。最高時速140km、水素を満タンに充填し、航続距離は1000km。現在、ドイツ、ザルツギッターで試験走行が続けられる。
・エネルギーとなる水素は、利用時に二酸化炭素(CO2)を排出せず、世界規模で次世代エネルギーとして注目されている。日本も、水素をエネルギーとする開発を国策として進めている。鉄道ではすでに電車が主流であり、ある程度のエコは実現できているが、アルストムには、この列車を世界中の非電化区間を走る「本命のエコ列車」としたい野望がある。
▽日立製作所の示す課題
・日本のエコ列車といえば、蓄電池電車がピンとくる。JR九州が、2016年10月に運行開始した愛称「DENCHA(デンチャ)」。交流電化用としては世界初となる蓄電池電車で、同列車をカスタマイズした「ACCUM(アキュム)」も、2017年3月からJR東日本が奥羽本線と男鹿線で運行開始した。車両メーカーは、日立製作所である。
・同社鉄道ビジネスユニットCOOの正井健太郎氏は、「蓄電池電車の開発が進んだのは電池自体の性能が向上したことが要因。環境配慮の意識は国内外問わず高まり、(同列車は)海外の市場からも関心が高い」と話す。そして、燃料電池列車の開発に関して次のように続ける。 「アルストムの水素エネルギー列車は、トヨタ自動車のFCVと同じコンセプト。世界規模で水素をエネルギー源とする利用が年々積極的になっている印象だが、弊社の鉄道部門としては、開発・製造のための初期設備に多額の投資も必要となり、まだこれからの段階」
・日立の蓄電池電車の充電方法は主に2つある。電化区間を走行時、架線からパンタグラフを通じて行う。そして、回生ブレーキを採用し、非電化区間でもブレーキ作動時に充電できる。設計最高は時速120km、フル充電で、テスト走行時のデータだが航続距離は約90kmだ。
・アルストムの「コラディアiLINT」は、基本的に非電化区間だけでの運行を予定する。車両の屋根上にパンタグラフはない。代わりに、水素タンク、燃料電池を各1つ装備し、1編成(2両)で水素は満タンで約180kgが充填できる。列車が走れば自然に酸素は取りこまれ、そして、燃料電池で水素と酸素が混合することで発電し、必要な電気を生成する。また、「DENCHA」「ACCUM」と同様、床下に蓄電用のリチイウムイオン電池も備える。発生した電力が走行に即座には不要と判断された場合、自動蓄電される電力供給のマネージメントシステムも搭載する。
・正井COOは燃料電池列車に関し、ひとつの課題をあげる。 「燃料である水素を、どう製造するかが鍵。水素は利用時にCO2を排出しない有益性の高いエネルギー。だが、その製造過程でCO2を排出するケースがある。燃料電池列車を開発するならば、CO2を一切排出しない“クリーンな水素”を製造する視点を持つことが課題のひとつ」
▽ドイツが燃料電池列車を導入する理由
・なぜ、アルストムはドイツで世界初となる燃料電池列車の導入を実現できたのか。同ドイツ支社で列車の入札マネージャーを務めるアンドレアス・フリクセン氏は、ドイツの非電化区間の長さを理由にあげる。 「ドイツには約4万kmの線路が敷かれ、そのうち電化区間は49%にすぎない。そして数年前まで、残り51%の電化のため毎年2億3千万ユーロ(約310億円)もの投資を行っていた。弊社の試算では、そのペースではすべてを電化し終えるのに95年かかる。さらに、非電化の地方路線は乗客も少なく、投資自体が理にかなっていない」
・アルストムは非電化区間の電化を進めるよりも、そこで燃料電池列車を走らせたほうが効率的と判断し、数年前から開発を始めた。その過程で、低炭素社会は完全なトレンドとなり、ディーゼル列車の価格も上昇、加えて、鉄道の騒音規制の厳格化も開発をあと押しした。さらに、フリクセン氏は、日立の正井COOも話した“クリーンな水素”についても説明する。
・「今年末の運行開始時には、天然ガス改質の水素を利用する。これは“クリーンな水素”ではない。よって弊社のディーゼル列車と比較し、CO2の削減量は40%にとどまる。将来的に“クリーンな水素”の利用が目標で、これにより、1編成のコラディアiLINTだけで年間700トンものCO2が削減でき、これは自動車の年間CO2排出量の400台分に相当する」
・日立、アルストムの2人が話す“クリーンな水素”とは、いったい何なのか。簡単に説明すれば、水素の利用時だけでなく、その製造過程でもCO2を排出しない水素を指す。 ヨーロッパには、水素を2つに分ける明確な基準がある。天然ガス改質によって水素を製造する時にはCO2が排出される。その排出量と比較し、製造時のCO2排出量が60%以上低いものを「グリーン水素」、それ以外を「グレー水素」と“色”で分けて呼ぶ。ざっくりとだが、「クリーンな水素=グリーン水素」と定義できる。
・そして、この「グリーン水素」を製造するためには、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを製造源とする必要がある。当然、風力発電や太陽光パネルは、その設備投資に莫大なコストがかかる。日立の正井COOが話す「開発・製造のための初期設備に多額の投資が必要」というのは、「グリーン水素の製造も考慮すれば、燃料電池列車の開発は大規模な投資事業になる」という意味だ。
・アルストムも、今年末の運行開始時に「グリーン水素」の利用は実現できない。フリクセン氏は、水素の製造計画について次のように話した。 「初期段階として水素ステーションで電気分解し、水素を製造する。そして、プロジェクトの次の段階で風力発電からの製造を行う予定にある」
▽日本に燃料電池列車は走るか
・日本でも、鉄道向けの燃料電池の開発は進められている。鉄道総合技術研究所が2001年から開始し、2005年に試作品が完成。2006年4月に同研究所のR291系列車に搭載し、構内試験線(長さ650m)で初の試験走行を行った。列車内のフロア上部に燃料電池、床下に水素タンク4本を搭載。結果、燃料電池から発生した電気だけで、重量33トンの車両をモーター2基で駆動させることに成功した。その後も試験は不定期で続けられ、昨年8月には最高時速45kmで走行した。 その実用化はいつかが興味深いが、同研究所は「弊所の役割は技術的な検証を行うこと。営業などの判断は各鉄道事業者による」と話す。 
・そして、燃料電池列車のメリットはCO2削減以外にもある。地上の電力供給設備の負担を軽減し、さらに、そのメンテナンスコストも減少できるのだ。メンテナンスコストの総額は、JR東日本の運行費用の20~30%に相当するともいわれる。地上の電力供給設備は、すでに60年以上も使用され続けている。設備更新のタイミングに合わせて燃料電池車の導入を検討するという選択も考えられる。
・フリクセン氏は「まずはドイツで実績をつくる。その後、他のヨーロッパ諸国、さらに、アジア太平洋地区への導入も目指したい」と締めくくった。2018年末にドイツで運行開始する世界初の燃料電池列車。そして、イギリスでも導入に向けて同列車のテスト走行が開始されるという発表があった。その成否は、鉄道が新たな方向性を示せるかどうかの試金石といっても過言ではない。
http://toyokeizai.net/articles/-/209735

第三に、3月12日付け東洋経済オンライン「川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・大勢の報道陣が待ち構える中、真新しい列車が姿を現した。3月10日、JR東海(東海旅客鉄道)の新型新幹線車両「N700S」が静岡県浜松市にある同社の工場で公開された。 現在主力のN700系とN700S、名前は似ているが、「先頭形状、客室設備、床下機器を新設計したフルモデルチェンジ車両。東海道新幹線の新たな時代の象徴となる」と、開発の責任者である新幹線鉄道事業本部の上野雅之副本部長が誇らしげに語る。
・16両編成を基本とするが、駆動システムなどの床下機器を小型化、最適配置することで12両、8両などさまざまな長さの編成に容易に対応できるのが特長だ。安全面についても、車両の状態監視機能を高め、故障を予兆して事前に調査・修繕を行うことで故障防止につなげることができるという。
・今回お目見えしたN700Sは営業車両ではなく、新技術の確認など量産化に向けたさまざまな試験を行う車両「確認試験車」である。ここで得たノウハウが量産車の製造に生かされる。つまりその製造に参加しているということは、その後に大量の営業車両を製造する権利を得ることを意味する。営業運行開始を2020年度に控えたN700Sは、メーカーにとっては久々の一大商機だ。
▽つねにJR東海を支えてきた
・N700Sを製造したのは、日立製作所と、JR東海の子会社・日本車輌製造である。また、小型軽量化に成功した駆動システムの開発には東芝、三菱電機、日立、富士電機が参加。各社とも新幹線の技術を語るうえで欠かせないメーカーだ。
・その裏で、あるメーカーの名前がひっそりと消えた。川崎重工業。日立と並ぶ国内大手鉄道車両メーカーであり、0系を端緒として数多くの新幹線車両開発にかかわってきた実績を持つ。 川重とJR東海とのかかわりは深い。300系、700系、そしてN700系。JR東海の歴代の新幹線車両を日立や日車と共同で量産先行車の段階から製造してきた。さらに時速443km運転を達成した「300X」という高速試験車両や超電導リニア試験車両の製造も行っている。JR東海が「新幹線ファミリー」と位置づける台湾新幹線(台湾高速鉄道)にも川重製の車両が採用されている。川重はJR東海にとって不可欠なメーカーだったはずだ。それなのにN700S確認試験車の製造陣から外れたのはなぜだろう。
・「あのとき川重との縁が切れた」――。鉄道業界人の多くがそう指摘する出来事が2004年に起きた。川重が中国に新幹線タイプの列車9編成を供給し、さらにその製造技術を提供すると発表したのだ。中国に供給するのは東北新幹線に使われるE2系をベースとした車両。E2系は当時のJR東日本(東日本旅客鉄道)における主力車両だった。
・1990年代後半、中国は自主開発による鉄道高速化に着手していたが成果は芳しくなかった。一方で日本は1993年に民間主体による韓国への新幹線売り込みに失敗し、次の売り込み先を探していた。そこで日本は中国に狙いを定めた。1998年には竹下登・元首相を筆頭にJR各社、三菱商事、川重らのトップをメンバーとした大使節団が中国に乗り込み、官民一体で新幹線の大々的なアピールを行った。
▽“同床異夢”の中国に川重が技術移転
・もっとも、中国の思惑は日本とは少し違っていた。欲しいのは新幹線の車両そのものではなく、車両の製造技術だった。まず新幹線車両を輸入して走らせる。運行ノウハウを吸収した後で国内生産、さらにその先には海外輸出を見据えていた。
・当時から中国への技術移転に対する懸念は日本の関係者の間で広がっていた。「輸出だけなら問題ないが、造り方は教えないほうがいい」。JR東海のある幹部は当時、川重にこう忠告したという。同時期に工事が進んでいた台湾の高速鉄道はすべての車両を日本から輸入すると決めている。一方で、中国が日本の技術を使って国内生産を始めると、中国への輸出機会が失われる。また、中国が海外展開を始めると、新幹線のライバルになりかねない。
・だが、川重は忠告に耳を貸さなかった。技術供与自体が収益を得られるビジネスであり、契約総額1400億円、川重分だけでも800億円という大型案件は魅力的だった。あるいは、中国がフランスやドイツからも高速鉄道の技術を取り入れる中で、川重は官民一体プロジェクトの中核メンバーとして遅れを取るわけにはいかなかったのかもしれない。
・関係者の悪い予感は契約締結から7年後の2011年に的中した。中国は川重から技術供与を受けて開発したCRH2をベースに、より高速化したCRH380Aという車両を開発。そこに使われている技術を「独自技術」として、米国など複数の国で特許出願したのだ。また、2015年には中国は日本を退け、インドネシアの高速鉄道受注に成功した。
・技術移転の問題を境に、JR東海は川重との取引を徐々に縮小する。N700系先行試作車の開発は2003年から始まっており川重も製造メンバーに加わっていたため、N700系量産車を失注するということはなかったが、N700系における川重のシェアは300系や700系と比べ大きく減った。 2009年度にJR東海が発注したN700系の車両は日立80両、日車160両に対し、川重はわずか16両。これを最後に川重によるJR東海向けN700系の製造は途絶えた。JR東海は2012年からN700系を発展させたN700Aを導入している。製造したのは日立と日車の2社だ。
▽JR東海向けの減少を他社向けでカバー
・ただし川重にとって売り上げ面の痛手は小さかった。JR東海向けN700系の製造が減った代わりにJR西日本(西日本旅客鉄道)向けN700系の製造が増えたからだ。さらに2011年の九州新幹線(鹿児島ルート)全線開通を控え、JR九州(九州旅客鉄道)によるN700系の導入も決まった。製造現場ではN700系がひっきりなしに造られていたわけだ。
・現在、川重の新幹線ビジネスの軸足はJR東日本に移っている。東北新幹線の主力車両E5系は川重と日立が製造を担当し、秋田新幹線車両E6系の内外装デザインでは工業デザイナー・奧山清行氏と組んだ川重の提案が採用されている。また、JR東日本とJR西日本が導入している北陸新幹線E7系/W7系の主要製造メンバーでもある。
・では、川重は今後も安泰なのだろうか。2016年度末時点における日本の新幹線の保有車両数を見てみよう。JR北海道(北海道旅客鉄道)40両、JR東日本1370両、JR東海2128両、JR西日本1123両、JR九州142両で計4803両。新幹線の車両は十数年程度で退役するので、新型車両への置き換えが車両メーカーにとってのビジネスチャンスとなる。
・しかし、川重はN700Sの開発メンバーから外れたこともあり、JR東海向けのN700S量産車を製造できるチャンスは少なそうだ。また、JR西日本の新幹線のうち、山陽新幹線向けは991両ある。そして、JR西日本も昨年度から山陽新幹線にN700Aの導入を開始しており、メーカーは、やはり日立と日車だ。JR西日本はN700Sも近い将来導入するだろうが、はたして川重は受注できるだろうか。日本の新幹線の全体の3分の2を占める東海道・山陽新幹線の更新需要を物にできないと川重にはつらい。
・川重が強みを持つはずのJR東日本向けについても安閑としてはいられない。JR東日本は、これまで通勤車両を中心に製造していた子会社の総合車両製作所にもE7系を発注した。JR東海は子会社の日車に数多くの新幹線車両を造らせているが、もしJR東日本も同様の戦略を考えているとしたら、今後はJR東日本向け新幹線でも川重のシェアが減るという状況になりかねない。
▽川重を国内外で待ち受ける茨の道
・英国の高速鉄道プロジェクトを手中にして大きく売り上げを伸ばした日立同様、川重も海外に高速鉄道を売り込みたい考えだ。とりわけ、インド高速鉄道プロジェクトは獲得したい案件である。現状ではJR東日本の東北新幹線E5系をベースにした車両が使われる想定になっており、川重の商機は十分ありそうだ。ただ、インドも車両の現地生産を希望しており、将来の車両輸出も念頭にあるはずだ。川重にとって中国の二の舞いは避けたいところだ。 
・また、川重は独自の海外向け高速車両「efSET」を開発し海外展開をもくろむ。その動きに水を差したのが、昨年12月に起きた東海道・山陽新幹線「のぞみ34号」のトラブルだ。走行中のN700系台車に亀裂が発生。原因はあろうことか川重の製造ミスだった。新幹線の安全神話を大きく揺るがしたことは、メーカーとしては致命的だ(「『のぞみ』台車亀裂、2つの原因は"人災"だった」)。
・JR西日本の平野賀久副社長が「川重が引き続き重要なパートナーであることは間違いない」と言うように、国内での信頼は保たれるかもしれない。 しかし、海外ではどうか。韓国高速鉄道の受注で日本が敗れたのは、同時期にデビューした300系「のぞみ」の運行時にトラブルが相次いだことで、競争相手の欧州勢が「新幹線の安全性に疑問あり」と、ネガティブキャンペーンを張ったことも理由の一つとされている。高速鉄道の売り込みに際し、中国や欧州のライバル勢はこうした「敵失」を有効活用する。国内で失地回復ができなければ、海外に活路を開くこともままならない。川重にとっては茨の道が続きそうだ。
http://toyokeizai.net/articles/-/211939

第一の記事で、 『そもそも新幹線という輸送システムは、「ハイテク」のイメージがあるが、実際は海外で開発された「ローテク」を組み合わせて完成度を高めたものだ』、というのはその通りだ。 『輸送力維持の陰に労働者の負担』、については、「定時運行」にこだわる余り、JR西日本が起こした福知山線脱線事故という悲惨な例が思い出される。 『海外に活路を見いだすにしても、そこには規格のちがいという壁が立ちはだかっている』、いずれにしても、アベノミクスに乗っかった浮ついた議論ではなく、筆者が主張する冷静な議論が求められているのだろう。
第二の記事で、 『ヨーロッパには、水素を2つに分ける明確な基準がある。天然ガス改質によって水素を製造する時にはCO2が排出される。その排出量と比較し、製造時のCO2排出量が60%以上低いものを「グリーン水素」、それ以外を「グレー水素」と“色”で分けて呼ぶ。ざっくりとだが、「クリーンな水素=グリーン水素」と定義できる。 そして、この「グリーン水素」を製造するためには、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを製造源とする必要がある』、日本もそろそろこうした基準作りをすべき段階なのかも知れない。
第三の記事で、 『“同床異夢”の中国に川重が技術移転』、にあるように、新幹線技術を中国に渡したのは川重だったようだ。この時に、JR東海、日本政府はどういう立場を取ったかが、不明なので、なんとも言えないが、仮にこれらが反対したにも拘らず、川重が契約欲しさに突っ走ったというのであれば、飛んでもない話だ。 『「のぞみ34号」のトラブルだ。走行中のN700系台車に亀裂が発生。原因はあろうことか川重の製造ミスだった』、という問題まで引き起こしているとは、川重は一体、どうしてしまったのだろう。
タグ:鉄道 川辺 謙一 東洋経済オンライン (その3)(「鉄道世界一」は日本人の思い込みにすぎない、世界初「水素エネルギー列車」は成功するのか 独で運行開始へ、川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く) 「「鉄道世界一」は日本人の思い込みにすぎない イメージと現実のキャップが弊害をもたらす」 日本人は、誰もが多かれ少なかれ鉄道が好き 日本の鉄道技術は世界一 鉄道ができると暮らしが豊かになる 輸送力維持の陰に労働者の負担 日本の鉄道はすでに苦境に陥っている 佐藤 栄介 「世界初「水素エネルギー列車」は成功するのか 独で運行開始へ、トヨタFCVとコンセプト同じ」 FCV(燃料電池車) アルストム社 「コラディアiLINT(アイリント)」 世界初の水素をエネルギーとした燃料電池列車が誕生 ヨーロッパには、水素を2つに分ける明確な基準がある。天然ガス改質によって水素を製造する時にはCO2が排出される。その排出量と比較し、製造時のCO2排出量が60%以上低いものを「グリーン水素」、それ以外を「グレー水素」と“色”で分けて呼ぶ この「グリーン水素」を製造するためには、風力や太陽光などの再生可能エネルギーを製造源とする必要がある 「川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く」 新型新幹線車両「N700S」 あのとき川重との縁が切れた 2004年 川重が中国に新幹線タイプの列車9編成を供給し、さらにその製造技術を提供すると発表したのだ 大使節団が中国に乗り込み、官民一体で新幹線の大々的なアピール “同床異夢”の中国に川重が技術移転 中国は川重から技術供与を受けて開発したCRH2をベースに、より高速化したCRH380Aという車両を開発。そこに使われている技術を「独自技術」として、米国など複数の国で特許出願したのだ 「のぞみ34号」のトラブルだ。走行中のN700系台車に亀裂が発生。原因はあろうことか川重の製造ミスだった
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日本経済の構造問題(その6)(高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」、三流の政治がもたらす二流の経済) [経済政策]

日本経済の構造問題については、3月5日に取上げた。今日は、(その6)(高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」、三流の政治がもたらす二流の経済)である。

先ずは、前回も紹介した元投資銀行のアナリストで 小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が3月9日付け東洋経済オンラインに寄稿した「高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・日本でもようやく、「生産性」の大切さが認識され始めてきた。 「生産性向上」についてさまざまな議論が展開されているが、『新・観光立国論』(山本七平賞)で日本の観光政策に多大な影響を与えたデービッド・アトキンソン氏は、その多くが根本的に間違っているという。 34年間の集大成として「日本経済改革の本丸=生産性」に切り込んだ新刊『新・生産性立国論』を上梓したアトキンソン氏に、真の生産性革命に必要な改革を解説してもらう。
▽日本の「労働者1人あたりGDP」は世界第29位
・前回の記事(「低すぎる最低賃金」が日本の諸悪の根源だ)では、日本の「最低賃金」が世界的に見て安すぎること、2020年のあるべき最低賃金は1313円だということをご説明しました。 この記事には大きな反響をいただきました。すべてに目を通すことはできませんが、多くの方が今の最低賃金は安すぎると感じており、「最低賃金を上げるべき」という私の主張に賛同してくださったようです。
・実は最低賃金が安いことで、日本には「ある犯罪的な考え方」がはびこり、それが経営者の「横暴」を許しています。今回は安すぎる最低賃金が可能にする「高品質・低価格という犯罪」について、解説していきます。
・日本の労働者1人あたりの生産性は先進国最低で、スペインやイタリア以下です。『新・生産性立国論』の中でも繰り返し述べましたが、これから人口が激減する日本では、この地を這うように低い生産性を大幅に改善していかなくては、明るい未来は望めません。
・私が生産性の話を始めると、必ず同じ論旨の反論が返ってきます。「日本は技術大国だし、皆真面目に働いているから、生産性が低いのは何かがおかしい」。 それを正当化する人は、こんなことを言い出します。「日本の生産性は、低く見えるだけ。日本は品質の良いものを、安く売っている。つまり、日本は高品質・低価格の国で、カネカネとうるさく言わない。これが日本の美徳だ」と。
▽高品質・低価格は「こじつけ」にすぎない
・この言い分には、それなりの説得力があるようにも感じられます。 たしかに日本には高い技術力があります。しかも、日本の労働者の質は高い上、真面目に働くので、作っているものもいい。しかし、一方で生産性が先進国最下位なのもまた事実で、何かがおかしいのは明白です。
・そこで、先ほどの反論を考えた人は価格に目を付けました。なぜなら、生産性は金額で表されるからです。そこで、「日本は高品質・低価格ということにすれば、海外に見劣りする生産性を正当化することができる。しかも、それを美徳とすれば、精神論に持っていける」と考えたのでしょう。 素晴らしい「こじつけ」で、考えた人はなかなか頭がいいと思います。しかし、これは完全にデタラメな理屈です。
・仮に日本の生産性が低い理由が、本当に「高品質・低価格という美徳」だとすると、全産業の生産性が低くなるはずです。しかし、日本の製造業の生産性は海外と比べてもさほど低くはありません。一方、サービス業の生産性は大きく水をあけられています。 もし本当に「高品質・低価格という美徳」が日本の生産性を低くしているという主張が正しいとすると、「サービスを消費する人と製造業の商品を消費する人が違う」という条件が必要になりますが、そんな事実はありません。
・また、彼らがいう「高品質・低価格は日本の美徳だ」というのも、眉唾物です。仮に高品質・低価格が伝統的に日本に根付いた価値観だとしたら、時代を遡ってみても同じ現象が確認できるはずです。 しかし、今は先進国の中で第28位の日本の生産性(人口1人あたりGDP)は、1990年には第10位でした。「高品質・低価格という考え方は日本文化だ、日本の伝統だ」と主張する人たちは、1990年以前の状態をどう説明するのでしょうか。
・私には、高品質・低価格が日本の文化や、伝統的な日本的経営に起因しているとは到底思えません。  答えに窮した彼らからは、「デフレの結果、日本は高品質・低価格になった」というさらなる反論が返ってくることも予想されます。 しかし、この理屈も矛盾しています。先ほども説明したように、日本の製造業は他国と比較しても決して生産性は低くありません。この論のようにデフレが原因なら、製造業も同じように生産性が低くなってしかるべきです。理屈が通りません。
▽「高品質・低価格」は人口減少時代に合わない戦略
・高品質・低価格の戦略は、1990年までは正しい戦略だったと思います。日本の人口が大きく増えている時代は、消費者が増え、世帯数も増加し、ものが売れやすい時代でした。テレビ、洗濯機、エアコンなどのさまざまなイノベーションもありました。 こういった時代では、規模の経済が働く「良いものを安く売る」戦略は、正解だったでしょう。低価格は需要の喚起につながり、利益も増えました。
・しかし、特に若い人が減り、同じものをより良く作って安く売っても、需要を喚起することができなくなってきました。規模の経済は働かず、結果としてデフレを起こすだけでした。 この間、経営者が何をしたのか。人口の増加が止まり、減少に転じたため、供給が過剰になりました。本来であれば、ここで付加価値を高めて、生産性を上げる方向に舵を切るべきでした。
・しかし、サービス業などの過剰分を輸出に回せない業界では、需要が減っていることの重大さを理解することなく、需要を喚起しようと価格を下げて、何とかなることを期待したのです。 これが、日本の多くの経営者がとった愚かな戦略で、日本をデフレに追い込み、せっかくの良いものを低い価格でしか売れない国にしてしまった最大の原因です。どう考えても、「高品質・低価格」という戦略がデフレの原因なのです。
・「良いものが安く手に入るのなら結構なことじゃないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 たしかに一消費者の立場で考えるとそう思われるかもしれませんが、労働者の立場から見ると、高品質・低価格は地獄です。高い給料をもらえないのに、長時間、真面目に働くことを強制され、追い詰められるだけだからです。「犯罪的」と言っても、言いすぎではないと思います。
・日本は最低賃金が極端に安いので、労働者を安い賃金でこき使って「高品質・低価格」を実現することが可能なのです。近年の非正規社員の増加は、経営者が最低賃金の低さを利用して「高品質・低価格」戦略を維持している結果としか思えません。
・World Economic Forumによると、日本人労働者の質は世界第4位と、大変高く評価されています。しかしながら、高品質・低価格な状態が放置され、一生懸命働いても能力や働きにふさわしい給料がもらえていません。能力や働きにふさわしい所得を得るのは、海外では常識以前の話です。前回ご説明した通り、日本は人材の評価では世界第4位なのに、第32位の韓国より最低賃金が低いのです。どう考えても異常なことです。
・諸外国でできることが、なぜ日本ではできないのでしょうか。労働者の質が世界第4位だというのは、何かの間違いなのでしょうか。技術もなければ、勤勉でもないとでもいうのでしょうか。そんなはずはありません。だとすれば、高品質・低価格がおかしいのは明らかです。
▽このままでは「両親を見殺しにする国」になる
・社会保障システムを維持する観点からも、高品質・低価格は許容できません。 皆さんもご存じの通り、日本ではこれから長期間にわたって人口が減少します。国の経済規模、すなわちGDPは単純に書くと「人口×生産性」という式で表すことができますので、人口が減るのであれば、生産性を上げなければGDPはどんどん小さくなってしまいます。生産性を上げるためには商品・サービスの単価を上げる必要があるので、低価格を維持するのは不可能です。
・日本では、これから生産年齢人口が大きく減ります。しかし、平均寿命が延びており、高齢者の数は減りません。その結果、社会保障の支出は減らないどころか、増えることが予想されます。 高齢者自身が負担する医療費の水準が今と同じだとすると、数が減らない上、今後高齢者1人にかかる医療費はおそらくさらに増えるので、GDPが減れば、GDPに占める医療費の割合が高くなります。
・つまり、若い人の負担が今まで以上に重くなるのです。もちろん、若い人の負担には限界があるので、手をこまねいていると社会保障制度が破綻します。 高品質・低価格は美徳だという考えから抜け出さないと、将来、医療費をはじめとした社会保障費を捻出できない事態になるのは確実です。
・ご両親が命にかかわる病気になった場面を想像してみてください。国におカネさえあれば、治療が受けられ、助かるかもしれない。しかし、国におカネがない。だから社会保障も縮小傾向で、庶民の高額医療費を補う余裕はない。それもこれもGDPが減ってしまったため。その結果……。
・あえてシビアな場面を想像してもらいましたが、高品質・低価格などという考えを捨て改革に着手し、GDPを維持する方向に動き出さないということは、このように、ご両親を見殺しにするのと同じなのです。 さらに「国の借金」の問題もあります。
・皆さんもご存じの通り、日本は1200兆円という膨大な借金を抱えています。国の借金の規模を見るときに重要なのは、借金の金額そのものではなく、GDPに対する比率です。日本の場合、GDPに対する借金の比率は2倍以上で、世界的に見てもっとも高い水準です。 政府の抱えている借金に関しては、過度に悲観視して、明日にも日本が経済破綻するような論調が見受けられる一方で、逆に心配いらないと主張する方もいます。「日本は貯金が多いから借金は問題ではない」「日本は債権国だから大丈夫」という主張なのですが、これは借金問題を勘違いしているとしか言いようがありません。
・借金のGDP比率が高いのは、分子が大きいか、分母が小さいかのいずれかです。日本の場合、高品質・低価格という異常事態を長く放置した結果、生産性が低くなり、分母のGDPが異常に小さくなったために、借金のGDP比率が世界一高くなってしまったのです。 高品質・低価格から「高品質・相応価格」に転換できれば、事態は大きく変わります。人々の所得が増え、所得税が増えます。物価が上がれば、消費税収も増えます。株価が上がり、年金資産の含み益も増えます。さまざまな問題が、一気に解決するのです。
▽最低賃金は2060年に最低でも1752円
・社会保障制度を維持するためには、最低でも今のGDPを維持する必要があります。では、GDPを維持するとして、最低賃金はいくらに設定すべきでしょうか。 前回ご説明したように、「1人・1時間あたりGDP」の50%を最低賃金のあるべき水準とすると、人口減少はかなり正確に予想できますので、あるべき最低賃金も計算することができます。前回の1313円は最終目標ではありません。最低賃金は、ずっと上げ続けなければなりません。
・人口の動きが変わらない限り、GDPが横ばいだとしても、2060年には1752円が適正な水準となります。いまの「高品質・低価格」を維持しながら、この水準の給与を払うことは不可能でしょう。 だからこそ、今後は「高品質・相応価格」の戦略への転換が求められているのです。端的に言うと、52円の味噌汁や500円以下のランチを提供するのは、自殺行為なのです。
http://toyokeizai.net/articles/-/211297

次に、ソフトブレーンの創業者の宋 文洲氏が3月23日付け宋メールに掲載した「三流の政治がもたらす二流の経済宋メール」を紹介しよう。
・ここ最近の日本はまさにデータ改ざんのオンパレードです。東芝、神戸製鋼などの企業によるデータ改ざん事件に聞き飽きたところに、日本政府も改ざんの実態を露呈し、世界を驚かしました。 昔、「経済は一流、政治は二流」と日本の方はよく言いました。そう言いながらどこか「経済一流」に対して政治が少々遅れていても我々民間は気にせずやっていける覇気を感じました。私はそういう政治と関係なく独自の力で世界に打って出る日本人の気迫に尊敬の念も持ちました。
・しかし、ここ20年間、日本企業の総合競争力が落ちる一方であることは皆さんもご存知の通りです。中国などの新興国との差は別として先進国の中で成長力が最も欠けているのは日本なのです。これは一人当たりの国民実質所得が如実に語っています。G7の中で97年からずっと実質所得が落ちていくのは日本だけなのです。
・ここまで来たらもはや経済だけでは解釈できなくなってきました。政治体制に抜本的な問題があるのではないかと考えてしまうのです。 皆さんはすぐ自分たちは米国と同じシステムだと考えるのですが、これこそ落とし穴です。コンプライアンスや経営体制がピカピカだったはずの東芝はなぜあんな大規模なデータ改ざんができたでしょうか。 経営理念も管理システムも立派でありながら長期間にわたって偽装や改ざんに手を出す会社がなぜこんなにも多いのでしょうか。
・私が安倍政権を批判してきた理由もここにあります。 アベノミクスや三本の矢をはじめ、「世界の真ん中で輝く」、「一億総活躍」などの幼稚に近いスローガンを次々に打ち出してきましたが、時間をかけてプロセスを観察すると実際に日本経済の構造問題にいっさい手をつけていないことが分かります。日銀にどんどん資金を出させ、株もどんどん買わせ、低失業率や株高を演出してきました。
・そのおかげでダメな企業も生き残り、新規産業が生まれず、経済の活力がどんどん衰退していきます。 政権の人気を維持するために自ら消費税を上げる貴重なタイミングを捨てました。 その時に使った言い訳は「今はリーマンショックに相当する状況にある」です。 前日まで自分のおかげで景気回復したと言いながら、増税時期を伸ばすためならば、翌日に「今はリーマンショック相当」と言うのです。
・ここ最近暴露された財務省による公文書改ざん事件はまさに同じ延長線上のことです。不都合を隠すためならば、日銀だろうが財務省だろうが警察庁だろうがマスコミだろうが経済界だろうが、安倍政権は直にキーマンにアクセスしてきました。 戦後の歴代政治家が遠慮してきたタブー、つまり米国型民主主義ではなかなか手を出してはいけないところに手を伸ばしてきました。
・当然この中に合法的な部分もあればグレーな部分もあります。そしてとうとう真っ黒な違法な部分についても証拠が掴まれました。森本学園の土地の値段を見れば誰でも分かります。そんな値段で買えるならば、誰でも買いたいのです。籠池氏が希望する価格を丁寧に聞き出し、それに合わせるためにゴミのデータを偽造しました。現場から本省まで一体となって頑張るのです。
・石橋を叩いても渡らないまじめなサラリーマン官僚がなぜそんなタブーにチャレンジしなければならないのでしょうか。名誉園長の安倍夫人が何らかの方法で関わっていなければ、誰にそんなモチベーションがあるのでしょうか。
・「財務省がやりました。私は関係ありません。」これは東芝の元社長が改ざんについて「経理部がやりました。経理部長を処分します。私は関係ありません。」と言っているのと同じです。皆さんはどう思いますか。一部の人は「まるで途上国です。」と言うのですが、途上国を侮辱してはいけませんよ。 これはシステムの問題というよりも、もう人間性の問題でしょう。
・さすが火中の麻生財務大臣はG20を欠席しました。行ったとしても彼が読みあげる財務省官僚が作ったデータや文章は、信憑性が薄いと誰もが思うでしょう。 安倍総理と麻生財務大臣のこの姿勢はまさに世界的に嘲笑されました。
・逆に総理と仲良くしてきたマスコミや大企業のトップも同様な姿勢ではないかと思ってしまうのです。困難な改革や長期目標から逃げて好きな部下とパートナーに囲まれて好きなことをする。しかし、不都合があればすべてそれを部下に押し込み、責任逃れします。これこそダメな企業の典型です。
・私は安倍政権のこの体質を数年前から批判してきました。反日になったと言う人もいますが、いっさい気にしません。 それは安倍政権を支える一部の偽右翼の口癖です。こんなデータや事実を平気で自分の欲望に合わせる人は過去の総理大臣にいないはずです。 皆さんはたぶんお金に関わることが私欲だと思うのでしょうが、人間の一番の私欲は自己満足欲と自己顕示欲です。
・憲法改正(憲法改ざんというべきかもしれませんが)を含む彼の顕示欲のために、彼がやってきたのは改革ではなく改変や改ざんです。 日中関係で言えばこんな改ざんが好きな総理の下で尖閣諸島の問題や歴史問題の折り合いがつく訳がありません。あれだけの公文書を改ざんし、頑として非を求めない政権ですから、日中領土交渉の公文書を好きなように変えないわけがありません。敗戦後に旧官僚によって不都合な公文書が破棄された中、安倍政権が過去の歴史に対して素直に事実を調査し他国の公文書を確認する訳もありません。
・安倍政権が日本に与えた最大の損害は経済改革の機会損失ではなく、日本国家の信用損失であることは、時間が立てばたつほど露呈してくるはずです。データと文書を改ざんし、責任を部下に押しつける。そんなことをやっていいんだという日本国家の印象を世界中にばら撒いています。 まさに三流の政治がもたらす二流の経済です。

第一の記事で、 『彼らがいう「高品質・低価格は日本の美徳だ」というのも、眉唾物です』、についてはアトキンソン氏の指摘に加えて、高度成長期の前までは、日本製品は「安かろう、悪かろう」と揶揄されていた。「美徳」など無知の丸出しでしかない。 『「高品質・低価格」は人口減少時代に合わない戦略』、 『このままでは「両親を見殺しにする国」になる』、などはその通りだ。 『今後は「高品質・相応価格」の戦略への転換が求められているのです』、も正論だが、単純に「値上げ」しただけでは物価が上昇するだけで、実質の消費は減ってしまうので、何らかの付加価値を加えた上で、「相応価格」にする必要がある。
第二の記事で、 『アベノミクスや三本の矢をはじめ、「世界の真ん中で輝く」、「一億総活躍」などの幼稚に近いスローガンを次々に打ち出してきましたが、時間をかけてプロセスを観察すると実際に日本経済の構造問題にいっさい手をつけていないことが分かります。日銀にどんどん資金を出させ、株もどんどん買わせ、低失業率や株高を演出してきました。 そのおかげでダメな企業も生き残り、新規産業が生まれず、経済の活力がどんどん衰退していきます』、とのアベノミクス批判は痛烈だ。 『政権の人気を維持するために自ら消費税を上げる貴重なタイミングを捨てました。 その時に使った言い訳は「今はリーマンショックに相当する状況にある」です。 前日まで自分のおかげで景気回復したと言いながら、増税時期を伸ばすためならば、翌日に「今はリーマンショック相当」と言うのです』、こんないいかげんな政策を無批判に報道したマスコミの責任も重大だ。  『「財務省がやりました。私は関係ありません。」これは東芝の元社長が改ざんについて「経理部がやりました。経理部長を処分します。私は関係ありません。」と言っているのと同じです』、 『安倍政権が日本に与えた最大の損害は経済改革の機会損失ではなく、日本国家の信用損失であることは、時間が立てばたつほど露呈してくるはずです』、などの指摘は的確だ。
タグ:日本経済の構造問題 (その6)(高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」、三流の政治がもたらす二流の経済) デービッド・アトキンソン 東洋経済オンライン 「高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」」 『新・観光立国論』 『新・生産性立国論』 日本の「労働者1人あたりGDP」は世界第29位 高品質・低価格は「こじつけ」にすぎない 「高品質・低価格」は人口減少時代に合わない戦略 今後は「高品質・相応価格」の戦略への転換が求められているのです 宋 文洲 宋メール 「三流の政治がもたらす二流の経済」 アベノミクスや三本の矢をはじめ、「世界の真ん中で輝く」、「一億総活躍」などの幼稚に近いスローガンを次々に打ち出してきましたが、時間をかけてプロセスを観察すると実際に日本経済の構造問題にいっさい手をつけていないことが分かります。日銀にどんどん資金を出させ、株もどんどん買わせ、低失業率や株高を演出してきました 「財務省がやりました。私は関係ありません。」これは東芝の元社長が改ざんについて「経理部がやりました。経理部長を処分します。私は関係ありません。」と言っているのと同じです 安倍政権が日本に与えた最大の損害は経済改革の機会損失ではなく、日本国家の信用損失であることは、時間が立てばたつほど露呈してくるはずです
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北朝鮮問題(その17)(米朝首脳会談の可能性をめぐる3つの論点、日本の運命握る米朝首脳会談 成否を左右する「4つのリスク」) [世界情勢]

昨日に続いて、北朝鮮問題(その17)(米朝首脳会談の可能性をめぐる3つの論点、日本の運命握る米朝首脳会談 成否を左右する「4つのリスク」)を取上げよう。

先ずは、在米作家の冷泉彰彦氏が3月18日付けメールマガジンJMMに掲載した「米朝首脳会談の可能性をめぐる3つの論点」from911/USAレポート」を紹介しよう。
・スキャンダルの続くトランプ政権の現状と、安倍政権の現状とどちらが「まし(?)」かというと、これは比較が難しいところです。トランプ政権の場合は、「ロシア疑惑とFBIとの抗争」「不倫もみ消し問題」「政権中枢の人事不安定」「身内の利益相反問題」「景気過熱不安」など多くの爆弾を抱えています。その点からすると安倍政権の「森友問題」の方がまだ「小さく」見えます。
・ですが、合衆国大統領というのは任期4年の間は地位が安定している一方で、安倍総理の場合は「明日をも知れぬ議院内閣制」ですから、政治的な不安定度としては「どっこいどっこい」かもしれません。支持率についても、40%を切るかどうかという点でも似通っています。
・それはともかく、トランプ政権が非常に不安定な基盤の上に立っており、非常な危機感に駆られた政権だということは重要です。特に現在の政治日程ということでは、今年、2018年11月の中間選挙で勝利できるかということが、大きな注目点になっています。理由はハッキリしています。それは、政権への信任投票とか、2020年再選への足がかりなどという「甘い」理由ではありません。
・そうではなくて、仮に議会での勢力逆転を許すと、それはそのまま弾劾につながるからです。大統領弾劾裁判というのは、下院の過半数で起訴、その後に上院の3分の2で有罪・罷免という制度ですが、上院議員に敵の多いトランプ大統領にとっては、下院での敗北はそのまま失職の危険につながるのです。その意味で、現在は再集計など揉めていますが、先週の3月13日に行われた連邦下院ペンシルベニア州18区補選における敗北(と考えて良いでしょう)は、相当に厳しい結果と言えます。
・トランプ大統領が、とりあえず「受諾」を表明した「米朝首脳会談問題」を考える3つの要素のうち、この「トランプ政権が安定していない」というのは、恐らくは1番大きな要素であると思います。何よりも、支持率回復のための実績を作らなくてはならないという「切迫した必要性」があるからです。同時にそのような「不安定ゆえの切迫感」は、思い切ったギャンブルを誘発し、また、それゆえに思い切った譲歩を迫られる可能性にもなります。
・同時にまた、米国の中長期にわたる「国のかたち」、特に「太平洋国家」として1950年以降のサンフランシスコ体制を維持しながら、冷戦とポスト冷戦の時代を「バランス・オブ・パワー」の当事者として、太平洋の平和を維持してきた「米国の国体」について、強い当事者意識を持つ部分には、仮にトランプの米朝外交が「許容できない逸脱」だと考えられる場合には、あらゆる手段を使って「国の路線変更」への抵抗がされるでしょう。
・そう考えると、とにかくこの「米朝外交」という問題は、米国の国内政治における激しい闘争の上に成立している問題であり、またその結果が、政権をめぐる闘争の勝敗を制することにもなる、そのような位置付けにあると思われます。これが論点の第1です。
・2点目は、この「米朝外交」というのには「大局観」が決定的に欠けているという問題です。例えば、トランプ大統領は選挙戦当時から「在韓米軍の撤退」を再三口にしています。最初は在日米軍も一緒にして「カネを払わないなら撤退」するが、その代わりに「核武装を認めてやる」という意味不明な言い方であり、同様の発言を繰り返していました。さすがに、その後この種の暴論はトーンダウンしましたが、それでも「在韓米軍撤退」ということは、独立した形でこの大統領の言動には見え隠れしています。
・そんな中で、今回仮に「米朝外交」が進展した場合には、北朝鮮が核開発を放棄する代わりに、米国に対して在韓米軍の撤退を要求するということが「まことしやかに」言われています。そして、トランプ大統領がそれを受諾する可能性もあるという見方があります。
・これは重大なことです。仮に在韓米軍撤退という事態となれば、これは東アジアの軍事外交のパワーバランスを大きく変えるからですが、それはそのままこの地域の「それぞれの国のかたち」に大きな影響を与えます。要するに「東アジアの21世紀をどうするか」という大局的な問題になるのです。 ですが、米国では現時点ではそのような議論は表立った動きとしてはありません。 何よりも、トランプ大統領の「お手並み拝見」という姿勢が支持・不支持を問わず大きいからですが、肝心の大統領とその周辺からも、「米朝外交」の結果として一体全体「どのような東アジア」を描くのかという問題提起は全くないのです。
・例えばですが、仮に米朝外交の結果として、北朝鮮が核を放棄し、在韓米軍が撤退したとしましょう。その際に、韓国と北朝鮮が焦らずに丁寧な交渉を行って、平和裡に統一の方向が出てきたとします。中国もそれを認め、ロシアも干渉はしないとします。最大の問題である北朝鮮における「過去の犯罪など」についても決着がつき、一国二制度のような政体を経て穏やかに政治的統一も進むとしましょう。
・その場合にも、大きな問題があります。それは南北格差の問題です。そこで東西ドイツの再統一という「前例」が出てきます。私は1990年代中期に韓国の経済官僚出身の政治家、姜慶植(カン・キョンシュク)氏が関与していたシンクタンクに出入りしていたことがあるのですが、そのシンクタンクは「統一を成功させるための国家戦略」を研究する機関でした。ちなみに、姜氏は一流の経済官僚であり政治家ですが、後に通貨危機の責任を問われて政治的な犠牲者となっています。
・その機関の人々が強く意識していたのは、「自分たちが統一する場合」には「東西ドイツの再統一」が大きな先例になるという問題でした。具体的には2つ、当時のヘルムート・コール首相(故人)が政治的な判断として実施した「東西マルクの等価交換」と「旧東ドイツ国民に対する年金積み立て不足額の全額補填」という政策です。
・90年代の韓国の人々は「自分たちの民族の誇りにかけて、統一の場合にはこの2つは実現したい」としながらも「90年の西ドイツと比較して、自分たちの国力は遥かに劣る」のであって、この2つは事実上不可能、仮に強行すれば破綻国家を吸収して韓国も連鎖倒産するという認識を持っていました。 その連鎖倒産を忌避する姿勢というのが、実は韓国の保守勢力の対立軸だと言っても過言ではないでしょう。そして、この点に関しては、現在の韓国社会は慎重論よりも、統一という「悲願」を重視する人々がイニシアティブを取っているわけです。
・仮に「慎重に」ではなく「悲願」を優先するにしても、再統一ということになれば、この「統一のコスト」の財源問題からは逃げられません。では、この「統一のコスト」の財源をどうするのかというと、それは周辺国にということになるのでしょうが、中国も日本も簡単には出せないと思います。統一韓国という国家が、東アジアにおいて「どのような国のかたち」を築いて、周辺国とどのように共存して行くのか、その形が見えなければ「補填財源」など中国も日本も出すはずがありません。
・この問題は非常に根の深い問題であり、例えばですが、在韓米軍の撤退などという話は、そこから逆算して考えなくては、そもそも議論が不可能なはずです。トランプ政権が、そうした「地域の将来像」というような「観」のレベルの議論に関心がないのであれば、反対に周辺国という当事者がそれを考えて行かなくてはなりません。その場合、日中間の議論というのが大変に重要になってくると思われます。
・3点目は、今回の米朝外交の中心テーマは「核」だという問題です。アメリカでは、少なくともトランプ政権の視点からすると「米国本土に届く核ミサイルの完成は許せない」ということになります。ですが、北朝鮮が核武装するということは、韓国、日本、中国の3カ国には強い拒絶反応があります。ですから、これまでの駆け引きの中でも米国と強調しつつ、この3カ国は強いプレッシャーをかけ続けてきたわけです。
・この問題は、仮に「米朝外交」で核放棄の合意に漕ぎ着けたとしても、それで終わるわけではありません。北朝鮮をNPT(核不拡散条約)の枠組みに戻す、その上で、IAEA(国際原子力機関)が核弾頭廃棄、核弾頭製造能力の廃棄について、厳格な査察を行わなくてはなりません。
・これに加えて、技術や部品、素材をどのように入手したのか、また反対に国際法の枠組みに違反する形で、核技術やその関連の製品を第三国に輸出したのかどうかなど、核開発をめぐる真相究明を行う必要があります。何故ならば、この事件は「深刻な核拡散未遂事件」であり、その事実の解明と、影響の除去が完全に行われる必要があるからです。場合によっては、当事者を免責してでも真相究明と原状回復を優先する必要があるかもしれません。
・そのような粘り強い外交上の実務遂行は、大統領が国務省を信用していないという、現在のアメリカ政府の体制では不可能です。国際社会、とりわけ日本と中国という近隣諸国にはそうした作業のイニシアティブを取ることが求められるのだと思います。 
・そのように考えると、日本の役目は極めて大きいように思います。そうした切迫した事態において、政権が動揺しているという状態は良くありません。アメリカから見ていると、詳しい雰囲気が今ひとつ分からないのですが、とにかく政争をやっている場合ではないように思います。
・政権側に危機感があるのであれば、より低い姿勢で世論に対して誠意を見せて、外交に徹するための政治的猶予を確保すべきです。仮にそのような判断ができず、またできないが故に、外交上も「政権末期」として見られてしまうのであれば、政権は変わるべきでしょう。政局において、攻める側も、守る側も、そのような切迫感がないのがとても気になります。

次に、元外務審議官で日本総合研究所国際戦略研究所理事長の田中 均氏が3月21日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「日本の運命握る米朝首脳会談、成否を左右する「4つのリスク」」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・米朝首脳会談が5月までに開催されることが合意されている。驚くべき急展開だが、成功のためのハードルは高い。しかし失敗すれば朝鮮半島の緊張は極限に達するだろう。決裂ということになれば、そのコストは日本にとっても、とても大きい。首脳会談を成功させなければならないが、そのために認識すべき点も多い。
▽米朝の交渉文化は大きく異なる 力を背景にするのは逆効果
・私は日米経済摩擦が最も厳しい時に米国との貿易交渉を担当(1985-87年)し、また海兵隊員による沖縄の子女暴行事件で沖縄の反基地闘争が頂点に達した時には、米国との安保・基地縮小交渉を担当(1996年-1998年)した。 一方で小泉元首相の訪朝に至る一年間、北朝鮮と水面下の交渉にも携わった(2001年-2002年)。
・米朝両国との交渉経験から思う事は、米国と北朝鮮の交渉態度は両極端と言っていいほど大きく異なるという点だ。このことを十分、理解していないと、会談は失敗するリスクがある。 米国の交渉者は圧倒的な米国の力を背景に、その力を見せつつ、論理的な装いで相手を追い詰める。一方、北朝鮮の交渉の背景にあるのは、形容しがたい怨念と猜疑心、そして論理よりも精神主義である。
・交渉が結果を作るためのプロセスとすれば、相手を説得する必要があるが、そのためには相手の国民性や思考経路を理解することが重要だ。 核問題の交渉の歴史は北朝鮮に騙されてきた歴史であるとしても、もし米国が力を背景に相手を恫喝するような態度で交渉に臨めば、窮鼠猫をかむ形勢となるだろう。 朝鮮半島には中国・ロシア・日本に攻撃され蹂躪された歴史がある。交渉を成功させるためには、朝鮮半島の歴史を理解し、上から目線の抑圧的な態度を取るのではなく、むしろ普遍的な交渉原則に従うことが重要だ。  すなわち、できることとできないことを明確にすること、そこに揺らぎはないことを示すこと、同時に誠意を持って行動することである。
▽トランプ大統領と金正恩委員長  共通する「不確実性」
・両首脳の「個性」や置かれた状況などを認識することも重要だ。 北朝鮮では「金王朝」的専制支配が続いている。したがって金正恩委員長の力は強いが、この力を維持していくためには「カリスマ」性がなければならないと思われている。 小泉元首相の訪朝に向けた私の交渉相手もいつも「金正日委員長は、その時が来れば必ず驚くような決定をする」と言っていたのを思い出す。
・今回も、金正恩委員長を直接、巻き込まないと物事は決まらないことは明らかだが、金委員長もカリスマ的支配のためには「大国と相手をして対等の立場で大きな成果を挙げた」と言う形を国内に示すことも重要と考えているだろう。 首脳会談次第では非核化という大きな政策転換をする可能性もなくはないという事かもしれない。
・一方、トランプ大統領も同じような傾向を持った異色の大統領だ。 大統領としての統治力は知見や経験に基づくものではなく、既成の政治家にはない発想とやり方に基づくものだ。おそらく既成政治家のやるような政権内の手順に従うことなく、自分の判断を前面に出した「驚き」を演出することを重視すると思われる。  特に現在の米国の内政事情を見れば、日々トランプ大統領の政治的立場は困難になりつつあると言える。ロシアゲートの捜査は身辺に迫り、同時にティラーソン国務長官の解任など政権内の混乱もますます厳しくなっている。
・こうした状況で、北朝鮮問題は11月の中間選挙に向けて歴史的成果を誇りうる格好の材料となりつつある。国内での失地回復のため、北朝鮮問題を利用するようなことになるリスクも大きい。
・このように、金正恩委員長とトランプ大統領のいずれの特性も「不確実性」であり、うまく行けば従来にない大きな成功につながるかもしれないが、後述するように、決裂し、結果的にはさらに対決が深まる大きなリスクを併せ持つ。
▽首脳会談に何を期待するか 成果見込めれば電撃訪問も
・これらのことは、どこに首脳会談の場所を選ぶのか、にも反映されるだろう。 首脳会談がよく準備され、成果を挙げ得るという見通しがあれば、ピョンヤンにトランプ大統領が行く、あるいは金正恩委員長がワシントンを訪れるといった「驚き」を演出する可能性もあるだろう。 小泉元首相訪朝の際も、一定の具体的成果を想定してピョンヤンを電撃的に訪問した。
・今回の米朝首脳会談が、むしろ交渉の始まりといった性格の首脳会談という位置づけがされるのであれば、おそらく中立的な場所になるのだろう。 双方の代表部があるニューヨーク、ジュネーブあるいは北朝鮮大使館の存在する欧州・アジアの国、場合によっては板門店と言うこともあり得るかもしれない。
・では「成果」として何を求めるか。 北朝鮮が「非核化」の意思を明確にし、2005年9月の六者協議共同声明(検証できる形での非核化・朝鮮半島における平和体制・日米との国交正常化・経済協力・信頼醸成などのための作業開始)に戻ることについての合意ができれば成果と言えるだろう。 しかし2005年9月の共同声明は、その後、検証方法で合意ができず、結果的に履行されなかったし、北朝鮮は2006年10月以降合計6回の核実験を繰り返した。
・したがって今回は、核・ミサイル実験の凍結は当然のこと、放棄に向けての検証方法や時間的目処も明確にすることが好ましい。 北朝鮮は、非核化の意味するところは北朝鮮の核放棄だけではないとして、在韓米軍の撤退や米国から攻撃されない保障を条件付ける可能性もある。 さらに朝鮮戦争後の南北の停戦合意を平和条約とすること、米朝・日朝の国交正常化についてのコミットメントを求めるのだろう。
・しかしこのような具体的事項については、相当緻密な実務的協議が必要になる。米国だけで決められることでもない以上、いずれかの段階で北朝鮮・韓国・中国・米国・ロシア・日本からなる六者協議を復活させる必要があるだろう。 つまり、米朝首脳会談は実現しても一回の会談で物事が決するわけではなく、今後の長い非核化プロセスの始まりとなる可能性が高いと言うことだ。
・ここで致命的に重要なことは、これまでの核交渉の歴史から見ると、北朝鮮は何時でも核開発に戻る余地を残そうとするだろうし、それゆえに北朝鮮が検証を伴う形で核放棄の行動に入らない限り、制裁圧力は緩めてはならないということだ。
・日本では、米国が北朝鮮の核開発を凍結したまま、米国にとっての直接的な脅威であるICBMの制限だけの合意を作るのではないかという懸念を口にする人ももいる。 しかし非核化が実現しないような合意は成果とは言い難く、また同盟国である日本・韓国やそこに居住する多くの米国人を脅威にさらすような合意を米国が作るとは考えられない。
・また、日本にとってきわめて重要な拉致問題が置き去りにされるのではないかとの懸念も表明されている。 しかし、六者協議の合意でも日朝国交正常化はピョンヤン宣言に基づいて行われることになっている。 拉致問題の解決なしに正常化を行うことはない以上、もし米朝首脳会談が成功し、核放棄のプロセスができていけば、拉致問題にとっても前向きな動きが期待できる。
・このようなことを考えると、日本はあまり焦って日朝首脳会談を求めるといった動きをするより、ここは北朝鮮の非核化のための首脳会談の成功に向けて、米国、韓国と緊密に協議していくことに全力を尽くすべきなのだろう。
▽決裂のリスクも大きい 北朝鮮の専門家いないトランプ政権
・首脳会談には相当緻密な準備が必要となるが、トランプ政権には現在、朝鮮半島を知り、これまでの経緯にも詳しい専門家がいないことも、大きな懸念材料であり、会談を失敗に終わらせかねないリスクだ。 外交交渉の主体となるべき国務省が長官や主要スタッフを欠き、空洞化しつつある。 ティラーソン国務長官は3月31日に退任するが、後任のポンぺオCIA長官も上院の承認を経なければ国務長官としての活動はできない。 次官や次官補さらには北朝鮮問題担当大使や駐韓国大使も空席のままだ。
・このような状況では、北朝鮮とだけではなく関係国との実務的協議もままならないということになってしまう。 ホワイトハウスや国防総省、とりわけマティス国防長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官と言った元軍人が政策決定の主要な役割を果たすと言うことだろうか。 ところがマクマスター補佐官についても解任のうわさが駆け巡っている。 さらに米朝首脳会談を行うこと自体が米国と北朝鮮の直接交渉で決められたわけでも、何らかの文書による合意があるわけでもない。
・韓国を通じての合意であり、北朝鮮の非核化の意図もすべて口頭での伝言の形をとっている。通常の外交であれば到底考えられないことだ。 北朝鮮はトランプ大統領の非伝統的な外交の手法を意識していたのだろう。しかし、北朝鮮が言を左右し、会談自体がなかなか開催されないというリスクは残る。
・ただ、トランプ大統領と金正恩委員長という両国のトップを巻き込むものだけに、北朝鮮も、失敗すれば後がないことは感じているはずだ。 トランプ大統領の判断基準は定かではなく、振幅も大きく、時として衝動的である。ポンペオ次期国務長官も対北朝鮮強硬派で知られている。失敗すれば、米国による軍事行動の可能性が急速に高まる。
・首脳会談の成否は、北朝鮮が真摯に非核化に取り組むか否かが最も重要な鍵であり、このことは、南北首脳会談を含め、北朝鮮に明確なメッセージを伝え続けることが重要だ。 この意味でも対北朝鮮経済制裁や米韓合同演習などはきちんと実施していく必要がある。 同時に関係国、とりわけ韓国、中国、米国、日本の間の緊密な連携が必要であり、万が一に備えた危機管理計画を練っておくことも重要になる。
・準備があることこそが、北朝鮮が無謀な行動に走らず真摯に非核化の道を進むことを可能にする抑止力となるはずだ。
http://diamond.jp/articles/-/164192

第一の記事で、 『中間選挙で勝利できるかということが、大きな注目点になっています。理由はハッキリしています。それは、・・・仮に議会での勢力逆転を許すと、それはそのまま弾劾につながるからです』、なるほどトランプにとっての切迫感が理解できた。 『トランプ大統領が、とりあえず「受諾」を表明した「米朝首脳会談問題」を考える3つの要素のうち、この「トランプ政権が安定していない」というのは、恐らくは1番大きな要素であると思います。何よりも、支持率回復のための実績を作らなくてはならないという「切迫した必要性」があるからです。同時にそのような「不安定ゆえの切迫感」は、思い切ったギャンブルを誘発し、また、それゆえに思い切った譲歩を迫られる可能性にもなります』、とはずいぶんリスキーな交渉のようだ。 『今回仮に「米朝外交」が進展した場合には、北朝鮮が核開発を放棄する代わりに、米国に対して在韓米軍の撤退を要求するということが「まことしやかに」言われています。そして、トランプ大統領がそれを受諾する可能性もあるという見方があります。 これは重大なことです。仮に在韓米軍撤退という事態となれば、これは東アジアの軍事外交のパワーバランスを大きく変えるからですが、それはそのままこの地域の「それぞれの国のかたち」に大きな影響を与えます・・・肝心の大統領とその周辺からも、「米朝外交」の結果として一体全体「どのような東アジア」を描くのかという問題提起は全くないのです』、こんなことになったら、全く予期していない日本側は大混乱に陥るだろう。 『そのような粘り強い外交上の実務遂行は、大統領が国務省を信用していないという、現在のアメリカ政府の体制では不可能です。国際社会、とりわけ日本と中国という近隣諸国にはそうした作業のイニシアティブを取ることが求められるのだと思います。 そのように考えると、日本の役目は極めて大きいように思います。そうした切迫した事態において、政権が動揺しているという状態は良くありません。アメリカから見ていると、詳しい雰囲気が今ひとつ分からないのですが、とにかく政争をやっている場合ではないように思います』、というのは一理はあるが、安部政権の動揺は驕りゆえに自ら招いたもので、これはこれで政局化するのはやむを得ないと思う。ただ、全体としては、さすが冷泉氏だけあって、深い分析は大いに参考になる。
第二の記事も、さすが外交のプロだけあって、なかなか読ませる。 『米朝の交渉文化は大きく異なる 力を背景にするのは逆効果』、トランプ政権にそうした機微を理解している人材がいることを期待する他なさそうだ。  『したがって今回は、核・ミサイル実験の凍結は当然のこと、放棄に向けての検証方法や時間的目処も明確にすることが好ましい。 北朝鮮は、非核化の意味するところは北朝鮮の核放棄だけではないとして、在韓米軍の撤退や米国から攻撃されない保障を条件付ける可能性もある。 さらに朝鮮戦争後の南北の停戦合意を平和条約とすること、米朝・日朝の国交正常化についてのコミットメントを求めるのだろう。 しかしこのような具体的事項については、相当緻密な実務的協議が必要になる。米国だけで決められることでもない以上、いずれかの段階で北朝鮮・韓国・中国・米国・ロシア・日本からなる六者協議を復活させる必要があるだろう。 つまり、米朝首脳会談は実現しても一回の会談で物事が決するわけではなく、今後の長い非核化プロセスの始まりとなる可能性が高いと言うことだ』、ただトランプにとっては、息の長い交渉というのは好みではなく、途中で飽きてしまうリスクもあるかも知れない。 『決裂のリスクも大きい 北朝鮮の専門家いないトランプ政権』、というのはなんとも頼りない印象だ。ただ、何らかの形で成果を打ち出す必要はあるので、そこに期待するしかなさそうだ。
今日入ってきたニュースで、安全保障政策補佐官のマクマスター氏を解任、後任にジョン・ボルトン氏を指名した。ボルトン氏はイラク戦争を主導した保守強硬派。国務長官を穏健派のティラーソン氏から保守強硬派のポンペイオCIA長官を充てる人事と並んで、外交の中心人物がいずれも保守強硬派という思い切った人事。上記で田中氏が、 『力を背景にするのは逆効果』、としているだけに、北朝鮮がこれにどう反応するのかが大いに注目される。
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北朝鮮問題(その16)(米朝首脳会談の先に潜む日米離間、「文在寅の仲人口」を危ぶむ韓国の保守 騙されたと気がつけば トランプは激怒する) [世界情勢]

北朝鮮問題については、2月20日に取上げた。米朝首脳会談を控えた今日は、その16)(米朝首脳会談の先に潜む日米離間、「文在寅の仲人口」を危ぶむ韓国の保守 騙されたと気がつけば トランプは激怒する)である。

先ずは、3月12日付け日経ビジネスオンライン「米朝首脳会談の先に潜む日米離間 「米国第一」への回帰に翻弄される日本」を紹介しよう(▽は小見出し、――は聞き手の質問、+は川上氏の回答内の段落)。
・トランプ米大統領が3月8日、北朝鮮の金正恩委員長との首脳会談に応じると明らかにした。米安全保障政策を研究する川上高司・拓殖大学教授は、会談の先にあるシナリオのうち最も可能性が高いのは、核・ミサイル開発の凍結。それは日米の離間を促す可能性があると指摘する。
――ドナルド・トランプ米大統領が3月8日、北朝鮮の金正恩委員長との首脳会談に応じると明らかにしました 。驚きました。
・川上:実は私はあまり驚きませんでした。
――え、そうなのですか。なぜでしょう。
・川上:論理的に考えて、米国、北朝鮮、韓国それぞれに得るものがあるからです。 まず北朝鮮の事情からお話ししましょう。北朝鮮は平昌(ピョンチャン)パラリンピックが終了した後に予定されている米韓合同軍事演習をなんとしてでも中止させたい。この軍事演習は北朝鮮にとって切羽詰まった脅威だからです。米国が北朝鮮を先制攻撃する最大のチャンスになる可能性がある。
+北朝鮮が米本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)を完成させれば、米国は先制攻撃をしづらくなります。一度の攻撃で、北朝鮮が保有するすべての核兵器を破壊できなければ、米本土が報復攻撃されるからです。米国が「そうなる前に先制攻撃をする」と考えてもおかしくありません。 演習中はさまざまな戦略兵器を朝鮮半島の周辺に動員します。米軍はそのまま、先制攻撃に移ることができる。北朝鮮は米国がこのチャンスを生かす可能性があると恐れています。
+既に決まっている南北首脳会談に続けて米朝首脳会談が行われれば、少なくともその間、米韓合同軍事演習を先送りさせることができる。北朝鮮はその間に、米本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)の開発を進めることができるわけです。 北朝鮮としては、ICBMを完成させ最小限抑止を実現した上で、核保有国として米国と協議することが最善であるわけですが、この首脳会談の機会を生かさない手はありません。
――韓国にはどのようなメリットがあるのですか。
・川上:米国が先制攻撃をすれば、北朝鮮の報復を受けソウルが火の海になる公算が大きい。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、そのような事態は避けなければならない。また、彼の悲願である南北統一に向けて前進することができると考えているのでしょう。 加えて、米朝首脳会談の仲介役を果たすことで、文在寅氏は株を上げることができます。
+このように、米韓合同軍事演習の延期もしくは中止について、北朝鮮と韓国は完全に利害が一致しているのです。南北首脳会談を4月末に設定したのもこのためです。この時期は、本来なら演習がピークに達する時期です。南北首脳会談が開かれていれば、米国はその間、先制攻撃に踏み切ることができません。
――米国にはどのようなメリットがありますか。
・川上:米朝首脳会談の結果、北朝鮮が核兵器の開発と保有を完全に放棄することが あればノーベル平和賞ものです。会談に応じる価値は十分にある。 加えて、首脳会談に応じた場合と蹴った場合、そのどちらが秋に控える中間選挙で票につながるかを考えているのでしょう。トランプ大統領は4月末の南北首脳会談の行く末を見てから、米朝首脳会談に応じるか否かの最終決定をする。応じる方が得策と結論した場合には会う。会うだけでも画期的なことですから。決裂しても、北朝鮮がICBMを完成させる前であれば、先制攻撃のチャンスは残ります。決裂をその大義名分にすることもできる。
▽政治の舞台と化した平昌五輪
――マイク・ペンス米副大統領と、金正恩委員長の妹・与正(ヨジョン)氏が平昌に滞在していた2月10日 、両者の会談 が直前にキャンセルになる事態がありました。あの一件は、今回の米朝首脳会談の実現に影響を与えているのでしょうか。
・川上:そう思います。あの会談はけっきょく実現しませんでしたが、そこに至る過程で、米朝が水面下で接触しさまざまな話し合いをしていたと推測されます。米国はその場で、平昌オリンピック後に行われる米韓合同軍事演習が、北朝鮮への先制攻撃に転換しうるものであることを北朝鮮に強く印象づけたことでしょう。それが、北朝鮮の決断を促したと思います。
+ペンス氏が与正氏に声をかけなかった、見ることさえしなかった のは、そうしたプレッシャーが本気であること示す意図だったかもしれない。その後に平昌を訪れたイバンカ氏(トランプ氏の娘)にも、どのような態度を取るべきか、一挙手一投足について指示が出ていたと考えられます。 関連して、興味深い情報があります。米国の病院船「マーシー」が6月に東京港に寄港するのです 。朝鮮半島で有事が起き避難民が日本に押し寄せる事態に備えるもの--と北朝鮮に印象づけるためと考えられます。
――平昌では、オリンピックの祭典の裏で様々な駆け引きがあったのですね。
・川上:はい、まさにオリンピックの政治利用です。文在寅氏は、米朝首脳会談を仲介したことを自らの手柄として誇ることでしょう。オリンピックがこの時期に韓国で開催されたのは偶然にすぎないわけですが。
――米国の東アジア外交の劣化が言われています。トランプ大統領はスーザン・ソーントン氏を東アジア・太平洋担当の国務次官補に指名しましたが、上院の承認が得られていません。駐韓国大使も空席のままです。6カ国協議の米次席代表を務めたビクター・チャ氏の起用を撤回したことが報道されています 。
・川上:私はその点は懸念していません。現在の対北朝鮮外交は国務省ではなく国防総省、七課でもジム・マティス長官が主導していると見ています。
▽考えられる三つのシナリオ
――米朝首脳会談が実現するとして、核・ミサイル開発をめぐる話し合いはどう進むのでしょう。
・川上:米軍関係者と話をすると、次の三つのシナリオが浮かび上がります。 第1は北朝鮮が核の完全放棄を受け入れる展開。これが実現すれば、それに越したことはありません。しかし三つのうち最も可能性が低い。北朝鮮は在韓米軍の撤収、朝鮮戦争の終結と平和条約の締結を見返り条件として求めてくるでしょうし。
+第2は凍結のシナリオです。米国は、北朝鮮が既に完成している核兵器の保有はフリーズする*。しかし、保有数をこれ以上増やすことも、新たな核実験も絶対許さない。北朝鮮は、米本土を射程に収めるICBMの開発も凍結する。 *:数については諸説ある。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所は10~20個の核弾頭を保有していると推定
+第3は決裂です。これは第2のシナリオの次にあり得るでしょう。 北朝鮮は交渉決裂を米国のせいにして、核やミサイルの実験をさらに続ける。米国も、北朝鮮に責任があると訴え、「最大限の圧力」を加え続ける。
▽懸念される日米の認識のずれ
――現実となる可能性が最も高い第2のシナリオは日本にとって最悪のものですね。米本土は核兵器の脅威にさらされないので、非核化に対するトランプ政権の真剣度は薄れる。一方で、日本が受ける脅威は変わらない。日米間の脅威認識にずれが生じます。デカップリング(日米分断)の危機が高まる。
・川上:その通りです。日本は日米同盟に加えて、独自の防衛政策を考える必要に迫られるでしょう。この夏にもそうした状況が訪れるかもしれません。 次に挙げる三つの事態が起これば独自の防衛政策に対する切迫感が高まると考えられますが、いずれも起こる可能性は低い。第1は尖閣諸島をめぐる日中の衝突。第2は中国による台湾への侵攻。そして第3は朝鮮半島有事です。 こうした事態が起こらず日本人の切迫感が高まらない中で、デカップリングが進んでいく。
――第2の凍結のシナリオは米中関係にどのような影響を及ぼすでしょう。
・川上:米国と中国は大きく言うと、宥和の方向に向かっています。もちろん貿易の問題はありますが。米国は昨年12月に「国家安全保障戦略」を発表しました。この中で、中国を「revisionist power(修正主義勢力)」と位置づけています。従来は「potential adversary(潜在的な敵国)」としていた。つまり、中国は競争相手ではあるけれども、敵ではないということです。敵対姿勢を完全にトーンダウンしている。
+第2のシナリオはこの流れを加速させるかもしれません。米国は北朝鮮を先制攻撃しないのですから、中国にとっても歓迎すべき話です。 米中の宥和は日米同盟を希薄にすることにつながります。同盟は、敵があってこそ真剣味が増すもの。敵がいない同盟は希薄化せざるを得ません。
+北朝鮮の一連の動きを見ていると、日米の手の内を読み切っている観があります。中国がインテリジェンスを提供していることが考えられます。中国は100年の単位でものを考える国です。米国と歩調を合わせて制裁強化に進んでいますが、その一方で、北朝鮮への支援を続けていることでしょう。北朝鮮が核兵器を保有し、日米に脅威を与えている状況は中国にとって悪いことではありません。
+さらに言えば、北朝鮮に対しても冷徹な姿勢を保っているでしょう。金正恩氏を取り除き、金正男氏の息子に後を襲わせることも視野に入れていると考えられます。
――中国の外交は二枚腰、三枚腰というわけですね。日本独自の防衛策として、どのようなものが考えられますか。 
・川上:以前にお話しした、核持ち込みや核シェアリング、さらには核武装の議論が始まる可能性があります(関連記事「米安保戦略を読む、実は中ロと宥和するサイン」)。
▽「米国第一」の米国に頼り続けられるか
――第2のシナリオへの道は、大統領が代わると変わるものでしょうか。つまり、「米国第一」を主張するトランプ氏が大統領だから選ぶ選択肢なのか。それとも、誰が大統領になっても米国はこの選択肢を選ぶのか。
・川上:誰がなっても同じだと思います。米国はオバマ大統領の時から、米国第一の道を事実上歩んでいました。ロシアによるクリミア併合を許し、化学兵器を使ったシリアへの軍事攻撃も見送っています。オバマ氏は独立宣言の起草に加わった建国の父の一人、トーマス・ジェファーソンの考えを信奉していました。ジェファーソン主義は自由と平等を重視する一方で、「孤立主義」「一国平和主義」の性格も持っています。それゆえ「世界の警察」からも降りた。
+ジェファーソン主義は米国という国の本質です。第2次世界大戦後から今日まで覇権国であったことの方が米国にとって異常な状態と言えるかもしれません。米国は覇権国の座を戦争することなく他の国に明け渡すかもしれないですね。「トゥキュディデスの罠」(注)の話よろしく、覇権の交代は戦争を招いてきました。しかし、米国が自ら降りることも考えられる。
(注)トゥキュディデスの罠:古代アテナイの歴史家、トゥキディデスにちなむ言葉で、戦争が不可避な状態まで従来の覇権国家と、新興の国家がぶつかり合う現象を指す。アメリカ合衆国の政治学者グレアム・アリソンが作った造語(Wikipedia)
――少なくともアジアではそうなる可能性がある。
・川上:そうですね。
―― だとすると、TPP(環太平洋経済連携協定)やアジア・ピボットを進めていたのはいったい何だったのでしょう。
・川上:幻想だったのかもしれません。私は米国が「アジア・ピボット」を「リバランス」と言い換えたことに衝撃を受けました。米国覇権体制の下で平和を維持するのではなく、バランス・オブ・パワーを維持することで平和を維持する存在に、自国の位置づけを自ら変更したことを示す出来事だったからです。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/030900126/?P=1

次に、日経新聞編集委員の鈴置 高史氏が3月15日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「「文在寅の仲人口」を危ぶむ韓国の保守 騙されたと気がつけば、トランプは激怒する……」を紹介しよう(▽は小見出し、――は聞き手の質問)。
・(前回から読む) 米朝首脳会談がもたらすのは平和か、それとも戦争か――。 
▽「非核化」発言は本物か
・鈴置:金正恩(キム・ジョンウン)委員長は本当に「非核化する」と言ったのだろうか――。韓国政府の説明を疑う人が出てきました。  トランプ大統領を北朝鮮との対話に引き出すため、文在寅政権が「仲人口」(なこうどぐち)――縁談をまとめようと仲人が双方に都合のいい話をする――を駆使する様子が垣間見えるからです。
+
・3月5日に特使として北朝鮮を訪問し、金正恩委員長と会談した鄭義溶(チョン・ウィヨン)青瓦台(大統領府)国家安保室長。平壌(ピョンヤン)から戻った翌3月6日、訪朝結果を箇条書きにしてブリーフしました。 青瓦台の「鄭義溶首席特使の訪朝結果 言論発表」(3月6日、韓国語、動画付き)からポイントを翻訳します。  ①南北は4月末に板門店の(韓国側の)平和の家で第3回南北首脳会談を開くことにした。
②南北は軍事的な緊張の緩和と緊密な協議のため、首脳間のホットラインを開設することに合意した。
③北側は朝鮮半島の非核化の意思を明らかにし、北に対する軍事的な脅威が解消し、北朝鮮の体制安定が保証されるなら核を保有する理由がないとの点を明らかにした。
④北側は、非核化問題の協議と北・米関係正常化のため、米国と虚心坦懐に対話する用意があると表明した。
⑤対話が続く間は、北側は追加の核実験と弾道ミサイルの試射など戦略的な挑発の再開はしないことを明らかにした。同時に核兵器はもちろん、在来型の兵器も南側に使わないことを確約した。
⑥(略)
▽消えた条件
・「非核化」は③で言及されましたが「北に対する軍事的な脅威が解消し、北朝鮮の体制安定が保証されるなら」と条件が付いています。 こうした前提付きの主張は前から北朝鮮が表明してきたことです。「非核化を約束」と報じるほどのニュースではありません。だからメディアも見出しは他からとった。例えば日経新聞の3月7日付朝刊の見出しは以下の4本です。 +南北首脳 来月末に会談 +非核化へ「米と対話」 +北朝鮮 ミサイル発射凍結 +韓国側発表
・しかし3月8日、鄭義溶・室長はワシントンでトランプ大統領に「北に対する軍事的な脅威が解消し、北朝鮮の体制安定が保証されるなら」との条件を省いて「金正恩は非核化を約束した」と語った模様です。 なぜなら、トランプ大統領と会った直後、鄭義溶・室長は会見(3月8日、英語)でこう述べたからです。
+I told President Trump that, in our meeting, North Korean leader Kim Jong-un said he is committed to denuclearization.
▽「判断の根拠は?」
――条件がすっぽり落ちていますね。
・鈴置:だから「米朝会談、3つのシナリオ」で「トランプ大統領が『北朝鮮が全面的な非核化に向け大きく動き出した』と理解――誤解したフシがある」「韓国の仲人口」などと指摘したのです。  韓国の特使がトランプ大統領に会う前から「金正恩の言う非核化とは何か」が焦点でした。朝鮮日報の姜仁仙(カン・インソン)ワシントン特派員が特使の1人、徐薫(ソ・フン)国家情報院院長にこの点を問い質しています。  3月8日、特使団がソウルからワシントンに向かう飛行機に同乗し、機中で単独会見したのです。「金正恩は年内に核と平和体制で大筋にメドを付けるつもり」(3月10日、韓国語版)のうち、関連する一問一答の部分を翻訳します。
・(質問)金正恩が特使団に語った「非核化」とは「核開発の凍結」や「核不拡散」ではない、本当の非核化だと言うのか。  「そうでないなら我々(韓国の特使団)が受け入れるわけがない。金正恩委員長が直接、非核化を約束したことに意味を見いださねばならない」
・(質問)金正恩が本当に、心からの非核化の意思を語ったという判断の根拠は?  「こういう仕事をする際には、相手の意思を持ってして判断はしない。相手が語った言葉の中から意味あることを引き出して実践できるよう形を成していくことが重要である」
▽万暦帝に処刑された沈惟敬
――「金正恩は本気で非核化するつもりだ」との韓国政府の説明には、さしたる根拠もないのですね?
・鈴置:そうなのです。徐薫・国情院長が正直に語ったように「韓国側が北朝鮮を非核化に誘導したい」ということに過ぎないのです。徐薫氏が言葉を濁しているところから見て、金正恩委員長は「非核化」という言葉さえ使わなかった可能性があります。
・北朝鮮との交渉に長らく携わった韓国保守の長老、李東馥(イ・トンボク)氏も、特使団の「仲人口」を厳しく批判しました。趙甲済(チョ・カプチェ)ドットコムに載せた「沈惟敬の末路をたどる文在寅の北核特使外交」(3月10日、韓国語)がそれです。 見出しの「沈惟敬」は文禄慶長の役当時の明の対日交渉使節。日本と明の双方を偽って和解工作を進めたものの結局は露見、万暦帝により処刑されました。
▽「偽の肖像画」に怒ったヘンリー8世
・なお、前回引用した中央日報の「『何も見えない』仲立ち外交の危険性=韓国」(日本語版、3月7日)。筆者の金玄基(キム・ヒョンギ)ワシントン総局長は文字通りの「仲人口」により処刑されたエピソードを使って韓国の危さを説きました。 面食いのイングランド王のヘンリー8世(Henrry VIII)に「誇張された肖像画」を見せて政略結婚を成功させた側近がいた。本物を見て驚いたヘンリー8世はやむなく結婚したものの、半年後に離婚。怒って側近も殺した――そうです。
・話を戻すと、李東馥氏はまず「鄭義溶・室長はホワイトハウスの記者団に対するブリーフィングで、金正恩がかかげた『前提条件』を一切無視し、事実上その言葉を歪曲、変造した格好となった」と指摘しました。  さらに「北朝鮮は韓国を相手に常套的に『用語混乱戦術』を使ってきた」と説明したうえ、今回の「非核化」という言葉もその典型だと警告しました。訳します。
▽英語で「北のまやかし」を発信
+米国を含め世界が使う「非核化」(Denuclearization)とは、北朝鮮が保有する核物質と核関連施設、核開発計画を完全かつ検証可能で不可逆的な方法で解体するということだ。これには「北朝鮮を核保有国とは認めない」との前提がある。
+一方、北朝鮮の言う「非核化」とは実際は「非核地帯化」(Nuclear Free Zone)を意味する。北朝鮮の自衛用の核を撤去する前に、その原因となった米国の核兵器問題を先に――少なくとも同時に解決すべきだ、という主張である。これには「北朝鮮が核保有国であることを認める」との前提がある。
+米朝首脳会談を開いた場合、金正恩が「非核地帯化」を主張するのは確実だ。首脳会談は6カ国協議のように漂流し、その時間を北朝鮮は核兵器と運搬手段の開発に活用するだろう。 趙甲済ドットコムはこの記事を世界の人々にも読んで欲しかったのでしょう、2日後の3月12日には英語に訳した「Mounting Risks Confronting Moon’s Nuclear “Shuttle Diplomacy”」を掲載しました。
▽6カ国協議も悪用
――米朝首脳会談は北朝鮮の核開発の時間稼ぎに使われるだけ、ということですね。
・鈴置:首脳会談を開いている最中は、普通は攻撃されませんからね。李東馥氏も指摘していますが、6カ国協議がそれに悪用されました。トランプ政権内でも「時間稼ぎに利用されるだけ」との懸念が高まっています。 ホワイトハウスのサンダース(Sarah Sanders)報道官が3月9日の会見で「北朝鮮が約束したことがはっきりと行動で示されなければ、この(米朝首脳)会談は開かれない」と語ったのが一例です。
+And, again, this meeting won’t take place without concrete actions that match the promises that have been made by North Korea.
・韓国の保守も疑いを捨てていません。朝鮮日報も3月10日の社説「北を引っ張り出した『対北制裁』と『軍事圧迫』は最後まで貫け」(韓国語版)で次のように主張しました。
 +まだ、北朝鮮が崩壊する段階には至っていないため、金正恩の非核化への言及が心からのものであるかは不確実だ。ひょっとすると金正恩自身も確信がないのかもしれない。
 +ここで非核化以外のすべての出口を封じ、他の選択の余地を与えないための方法は、金正恩が非核化を実践するまで、現在の経済制裁と軍事的な圧迫を揺るぎなく続けていくことだ。それだけが北の核問題を平和的に解決するのだ。
▽「ホンとアベ」だけ
――日本政府の立場と同じですね。
・鈴置:ええ。ただ、韓国の左派はもろ手をあげて米朝首脳会談に賛成しています。金大中(キム・デジュン)大統領の腹心だった民主平和党の朴智元(パク・ジォン)議員は、韓国の保守と日本の安倍晋三首相をひとまとめにして批判しました。 中央日報が「朴智元議員、地球上で米朝対話に反対する人は『ホン・アベ』だけ」(3月13日、日本語版)で伝えました。「ホン」とは野党、自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)代表を指します。
・安倍首相は韓国で「極右の指導者」と見なされています。米朝首脳会談に懐疑的な「アベ」と一緒にすることで、保守派の「ホン」を「極右」と貶める作戦です。
――北朝鮮はさぞかし、米朝首脳会談に期待しているでしょうね。
・鈴置:そうとは言えません。労働新聞など北朝鮮のメディアは3月14日に至るまで一切、米朝首脳会談を報じていない。 朝鮮総連の機関紙、朝鮮新報だけが3月10日にウェブサイトで触れたものの、翌11日に削除したようです。聯合ニュースが「米朝首脳会談に北朝鮮の反応なし 韓国『慎重に取り組んでいるよう』」(3月12日、日本語版)で報じました。
・これに対し、韓国統一部の報道官は「北なりに立場を整理する時間を必要とする」と述べ、北朝鮮が「米朝」に慎重な姿勢で取り組んでいると分析しました。
▽自分の首を絞める時間稼ぎ
――北朝鮮はなぜ「慎重」なのでしょうか。
・鈴置:米朝首脳会談を開くことにすれば、軍事的な攻撃を防げる。しかし米国は、経済制裁に関しては緩めるつもりは今のところない。これでは「時間稼ぎ」したつもりでも、苦境からは脱出はできない。 北朝鮮は今、水面下で米国に「首脳会談を開くのだから制裁を緩めてくれ」と要求し、これに対する回答を見極めていると思われます。
・北朝鮮はもう1つ懸念を抱いているはずです。「トランプの逆上」です。首脳会談で金正恩委員長が「非核化などやるつもりはない」とか「北朝鮮式の非核化」を主張したら、トランプ大統領は「話が違う」と怒り出し、軍事行動の引き金になると予想する専門家がいます。 「『時間稼ぎ』の金正恩に『助け舟』出した文在寅」で紹介したスェミ・テリー(Sue Mi Terry)CSIS上級研究員です。
・朝鮮日報に寄せた「下手な米朝対話は逆効果だ」(3月5日、韓国語版)で「米国は北朝鮮に対し、本当に核開発計画を放棄する意思があるのかを質すであろう。北朝鮮が否定的に答えたり回答を拒否した場合、米朝対話はその瞬間に終了し、緊張はますます高まるであろう」と予測しました。
▽トランプの「激怒」リスク
・韓国外交部で北朝鮮問題を担当した魏聖洛(ウィ・ソンラク)ソウル大学客員教授も、中央日報への寄稿「米朝首脳会談、期待よりも危険に備えるのが先だ」(3月12日、日本語版)で、「トランプの激怒リスク」を指摘しました。
 +韓国は南北、米朝首脳会談が続く未曽有の状況を迎えることになった。北核問題の解決に対する期待も大きくなっている。しかし、冷静に考えると、大きな交渉の場は解決の機会にも、破局の契機にもなり得る。  +北朝鮮が核とミサイル実験の中断に触れたのは進展だ。一方、非核化協議をするという言葉は立場の変化なのか、米国が非核化を提起すれば聞いてみるという意思なのか不明だ。
 +米国は非核化への意志を確認するだろうし、さらなる譲歩を確保しようとするだろう。万一、北朝鮮の立場が前と同じであれば、会談は先行きが見えない中で開かれることになる。危険なことだ。
・外交官出身らしく上品に書いていますが、要は文在寅政権の「仲人口」が戦争を招きかねないとの危機感の表明です。
▽金正恩も疑う?
――トランプ大統領は文在寅大統領の「仲人口」に騙されたのでしょうか。騙されたフリをしているのでしょうか。
・鈴置:そこです。関係者は「韓国の特使団がトランプ大統領に会って報告する前に米政府は、金正恩委員長の首脳会談への意向を詳細につかんでいた」といいます。 トランプ大統領が韓国特使団との会談の場で、北朝鮮との首脳会談を即決してみせたことから見ても、それは事実でしょう。 米国の情報力を考えると、トランプ大統領は騙されたフリをして金正恩委員長を会談におびき出し「核を直ちに放棄するか否か」と迫る作戦を採用した可能性もあるのです。
・今、金正恩委員長も頭を悩ませているでしょう。「文在寅は我々と組んでいるように見せて、実は米国の手先ではないのか」「文在寅の仲人口を信用していいのか」と。
――3月13日、ティラーソン(Rex Tillerson)国務長官が解任されました。
・鈴置:3月末に退任します。後任はポンペオ(Mike Pompeo)CIA長官です。金正恩体制の打倒を堂々と主張してきた人です(「『金正恩すげ替え論』を語り始めた米国」参照)。 「金正恩の悩み」はますます深まったでしょう。とりあえずは「時間稼ぎ」に出るでしょうが、それがうまくいく保証はますます減った。では白旗を掲げて降参するか、あるいは徹底抗戦するか――。注目すべきは北朝鮮の出方です。(次回に続く)
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/031400156/?P=1

第一の記事で、 『ドナルド・トランプ米大統領が3月8日、北朝鮮の金正恩委員長との首脳会談に応じると明らかにしました・・・米国、北朝鮮、韓国それぞれに得るものがあるからです』、 (可能性が高い) 『凍結のシナリオ・・・日本にとって最悪のものですね。米本土は核兵器の脅威にさらされないので、非核化に対するトランプ政権の真剣度は薄れる。一方で、日本が受ける脅威は変わらない。日米間の脅威認識にずれが生じます。デカップリング(日米分断)の危機が高まる』、というのは困ったことだ。  『オバマ氏は独立宣言の起草に加わった建国の父の一人、トーマス・ジェファーソンの考えを信奉していました。ジェファーソン主義は自由と平等を重視する一方で、「孤立主義」「一国平和主義」の性格も持っています。それゆえ「世界の警察」からも降りた』、というのは、言われてみればその通りなのかも知れない。 『私は米国が「アジア・ピボット」を「リバランス」と言い換えたことに衝撃を受けました。米国覇権体制の下で平和を維持するのではなく、バランス・オブ・パワーを維持することで平和を維持する存在に、自国の位置づけを自ら変更したことを示す出来事だったからです』、というのは米国としては当然の選択なのかも知れないが、少なくとも「 バランス・オブ・パワーを維持することで平和を維持」することは、きちんと実行してもらいたいものだ。
第二の記事で、 『文在寅政権が「仲人口」・・・を駆使』、とは面白い比喩だ。 『李東馥氏は・・・「北朝鮮は韓国を相手に常套的に『用語混乱戦術』を使ってきた」と説明したうえ、今回の「非核化」という言葉もその典型だと警告しました』、しかしながら、 『米国の情報力を考えると、トランプ大統領は騙されたフリをして金正恩委員長を会談におびき出し「核を直ちに放棄するか否か」と迫る作戦を採用した可能性もあるのです』、というのも大いにありそうな話だ。 『ティラーソン国務長官が解任され・・・後任はポンペオCIA長官です。金正恩体制の打倒を堂々と主張してきた人です。「金正恩の悩み」はますます深まったでしょう。とりあえずは「時間稼ぎ」に出るでしょうが、それがうまくいく保証はますます減った。では白旗を掲げて降参するか、あるいは徹底抗戦するか――。注目すべきは北朝鮮の出方』、というのはその通りなのかも知れない。
タグ:北朝鮮問題 (その16)(米朝首脳会談の先に潜む日米離間、「文在寅の仲人口」を危ぶむ韓国の保守 騙されたと気がつけば トランプは激怒する) 日経ビジネスオンライン 「米朝首脳会談の先に潜む日米離間 「米国第一」への回帰に翻弄される日本」 ・トランプ米大統領 金正恩委員長との首脳会談 米国、北朝鮮、韓国それぞれに得るものがあるからです 考えられる三つのシナリオ 第1は北朝鮮が核の完全放棄を受け入れる展開 第2は凍結のシナリオ 第3は決裂 懸念される日米の認識のずれ ジェファーソン主義 米国が「アジア・ピボット」を「リバランス」と言い換えた 米国覇権体制の下で平和を維持するのではなく、バランス・オブ・パワーを維持することで平和を維持する存在に、自国の位置づけを自ら変更した 鈴置 高史 「「文在寅の仲人口」を危ぶむ韓国の保守 騙されたと気がつけば、トランプは激怒する……」 非核化 正恩がかかげた『前提条件』を一切無視し、事実上その言葉を歪曲、変造した格好となった」と指摘しました。  さらに「北朝鮮は韓国を相手に常套的に『用語混乱戦術』を使ってきた」と説明したうえ、今回の「非核化」という言葉もその典型だと警告 中央日報が「朴智元議員、地球上で米朝対話に反対する人は『ホン・アベ』だけ」(3月13日、日本語版)で伝えました 北朝鮮はもう1つ懸念を抱いているはずです。「トランプの逆上」です トランプの「激怒」リスク 文在寅政権の「仲人口」が戦争を招きかねないとの危機感 ポンペオ(Mike Pompeo)CIA長官です。金正恩体制の打倒を堂々と主張してきた人です
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中国国内政治(その5)(習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く、王毅外相が「精日は中国人のクズ」と激怒した訳、習近平は国家主席「終身制回帰」への懸念や不安にどう応えるか) [世界情勢]

中国国内政治については、昨年11月17日に取上げた。全国人民代表大会が修了した今日は、(その5)(習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く、王毅外相が「精日は中国人のクズ」と激怒した訳、習近平は国家主席「終身制回帰」への懸念や不安にどう応えるか)である。

先ずは、元産経新聞北京特派員でジャーナリストの福島 香織氏が2月28日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く 任期制限撤廃、「粛清」の布石着々、最後の暗闘の行方は…」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・中国の政治が大きく音を立てて変わろうとしているのだが、悪い予感しかない。まず、2月26日から28日までの間に突如、三中全会が招集されることになった。普通なら三中全会は秋に開かれ経済政策をはじめとする新政権の政策の方向性、改革の方向性を打ち出すものだ。こんなイレギュラーな三中全会は改革開放40年来、初めてだ。本来2月に開催される二中全会が前倒しされて1月に開かれたのも驚きだったが、二中全会で決められなかった人事と“重大政治機構改革”を決めるために三中全会が全国人民代表大会(全人代)前に開催されるということらしい。
・その三中全会の招集が発表された翌日の25日に、3月に開催される全人代で可決される予定の憲法修正案が公表されたが、この修正案では第79条の国家主席任期の「連続二期を越えない」という制限が取り払われたことで、中国内外は騒然となった。習近平独裁が始まる!とおびえた中国人が一斉に「移民」のやり方をネットで検索したために、「移民」がネット検索NGワードになってしまったとか。
・三中全会の行方はどうなるのか。新政府の人事と重大政治機構改革の行方は? 習近平新憲法が導く中国の未来とは? 未だ流動的要素はあるものの、一度まとめておこう。
▽21の修正、特筆すべき8点
・新華社が公表した憲法修正案の中身を見てみよう。 修正点は21か所。その中で特筆すべきは8点。  (1)前文において、国家の指導思想として、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と三つの代表重要思想に続いて「習近平新時代の中国の特色ある社会主義思想」を書き入れた。「健全な社会主義法制」を「健全な社会主義法治」と書き換えた。このほか、「新発展理念」「富強民主文明和諧美麗の社会主義現代化強国を建設し、中華民族の偉大なる復興を実現する」などという習近平政権のスローガンを書き入れた。
(2)前文において、中国の現状を「長期の革命と建設のプロセスにある」という認識を「長期の革命、建設、改革のプロセスにある」と改革を強調する形で修正。
(3)前文において「中国革命と建設の成就は世界人民の支持と不可分である」という部分を「中国革命と建設、改革の成就は世界人民の支持と不可分である」に。「中国が独立自主の対外政策を堅持し、主権と領土保全の相互尊重主義を堅持し、お互いに犯さず、内政干渉せず、平等互利、平和共存の五原則」という部分に加えて「平和発展の道筋を堅持し、ウィンウィンの開放戦略を堅持する」という文言を加筆。「各国との外交関係、経済、文化的交流を発展させ」を「各国の外交関係、経済、文化的交流を発展させ、人類運命共同体構築を推進する」と修正し、習近平政権のスローガンである「人類運命共同体構築」という文言を書き入れた。
(4)憲法第1条第二項の「社会主義制度は中華人民共和国の根本制度」という部分に加えて、「中国共産党の指導は中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴である」と書き入れ、条文中に「共産党の指導」という文言が初めて入った。
(5)第3条第三項に中国の最高権力機関とされる人民代表大会の監督責任が及ぶ機関として、「国家行政機関、審判機関、検察機関」とあるところを「国家行政機関、監察機関、審判機関、検察機関」と監察機関つまり新設される国家監察委員会の権威を国務院と併記するほど強いものとした。これに従い全人代の職権の中に国家監察委員会主任の選出、罷免などの条項が付け加えられ、国家監察委員会の条項が書き加えられた。
(6)第24条第二項において、「国家は祖国を愛し、人民を愛し、労働を愛し、科学を愛し社会主義の公徳を愛することを提唱する」の部分を「国家は社会主義の核心的価値観を提唱し、人民を愛し…以下略」と修正、「社会主義の核心的価値」という言葉を盛り込んだ。
(7)第27条に新たに第三項を付け加え、国家公務員の就任時に憲法宣誓を公開で行うことを規定。
(8)第79条第三項において、「中華人民共和国主席、副主席の一期ごとの任期は全国人民代表大会任期と同じとし、連続二期を越えない」という部分を「中華人民共和国主席、副主席の一期ごとの任期は全国人民代表大会任期と同じとする」として二期10年の任期制限を撤廃した。
▽「監察委独立的権限」で「移民」がNGワードに
・この中で、やはり中国内外が騒然としたのが、第79条の修正、国家主席任期制限の撤廃である。これにより、国家主席任期は無期となり、習近平が国家主席を2023年以降も務め続けることが可能となった。国家指導者の任期が無期限となるということは、独裁を確立するための憲法的裏付けができたということであり、習近平の野望を反映した憲法改正である。ブルームバーグその他、欧米メディアは、習近平のプーチン化などと評した。
・次に中国人民の肝胆を寒からしめたのは、国家監察委員会に、国家行政機関、司法機関と並ぶ強い独立的権限が与えられたことである。これまでの習近平の反腐敗キャンペーンは党中央規律検査委委員会が主導で行ってきた。党の内規に従って行われてきた。だからターゲットはあくまで党幹部であった。
・だが今後の反腐敗キャンペーンは憲法に基づく機関が国家監察法を根拠に国家機関に及び、党外人士、一般官僚、国有企業幹部らも含めて、その汚職を摘発していくということである。反腐敗キャンペーンは事実上、習近平による反習近平派の粛清に利用されていたが、その粛清の範囲が党外にまで広がる、ということになる。
・おそらく、習近平の独裁化とこの新たな監察機関に関する修正案を見て、地方のヒラ官僚や国有企業社員に至るまで一斉に移民の検討を始めたのだろう。新華社が憲法修正案を発表して後、インターネットの中国検索サーチエンジンのランキングで「移民」関連検索が一気に跳ね上がった。まもなく「移民」という言葉自体が、検索NGワードになってしまった。このほか、「袁世凱」「皇帝万歳」「戊戌の変法」など、皇帝や革命、独裁を連想させる言葉が次々とNGワードになった。
▽「法治唱えると独裁肯定」の矛盾
・現行の1982年憲法は習近平の父親で開明派政治家で知られる習仲勲が中心になって、文革の残滓を払拭するために作った憲法であった。習仲勲は、文革憲法と根本的に違う市民の権利の根拠を示す憲法をつくろうとしたので、あえて憲法条文に「党の指導」という文言を書き入れなかった、というエピソードはすでに前々回の拙コラム欄で紹介したとおりである。
・習近平は、さすがに前文に党規約と同様の「党の一切の指導」という強い文言を入れることはなかったが、条文では明確に「党の指導」を入れてきた。党規約には「習近平を核心とする党中央」という言葉が入っているので、習近平独裁はこれで憲法に裏付けされる、ということである。独裁を肯定した文革憲法から市民権利擁護の82年憲法を作った父親の思いを、息子の習近平は踏みにじったということになる。
・これまで反習近平派は、習近平の独裁化路線が憲法に矛盾するとして、憲法を根拠に批判し、憲政主義を守れ、法治に戻れと主張していたのだが、憲法の方を習近平路線に変えてしまった。今後は、法治を唱えるほどに、独裁を肯定するという矛盾に民主派、新自由派人士は、苦しむことになった。
・ところで、こうした憲法修正案は1月半ばに行われた二中全会ですでに可決していたはずである。だが、二中全会コミュニケでは、この内容が公表されず、異例の三中全会の招集がかかった後に公表された。このタイムラグが何を意味するのか。そもそも、二中全会開催から一カ月ほどの間しかおかずに三中全会が開かれるのはなぜか。
・三中全会は改革開放以来、党大会翌年の秋から冬にかけての間に開催されてきた。党大会で新政権が発足し、その翌年の春に新政府が発足し、その新政権・新政府(党と国家)がその任期中に執り行う経済・政治・社会の政策、改革の方向性を三中全会で打ち出すのである。だが、今回の三中全会はかなりイレギュラーであり突然であり不穏である。誰もが第11期三中全会(鄧小平が、毛沢東の後継者である華国鋒を失脚させて実権を握った)と同じような、尋常ならざる政治の空気をかぎ取っている。
▽「李克強包囲網」が狭められている
・この背後をいろいろ想像するに、習近平派と非習近平派の間で、憲法修正案と人事をめぐるかなり激しい対立があったのではないだろうか。 二中全会は普通、全人代の人事、議題がまとめられるのだが、習近平は自分の思い通りの憲法改正を実現するために、例年2月に行われる二中全会を一カ月前倒しして1月に行った。だが、習近平が提示するその修正案があまりにひどいので、非習近平派から強い反発があった。憲法修正案での議論が白熱したために二中全会では政府新人事が決められなかった。おそらくは、政府新人事も習近平の人事案にかなりの抵抗があったはずだ。
・香港明報(最近の報道は習近平寄り)の報道では、副首相に習近平の経済ブレーン・劉鶴の起用が推されているという。ちなみに他の副首相は筆頭が韓正、孫春蘭、胡春華。首相の最大任務は経済政策だが、有能な経済官僚であり、しかも習近平の腹心の劉鶴が副首相になれば、李克強の仕事は事実上、劉鶴にくわれかねない。これは、習近平による「李克強つぶし作戦の第一歩」だという見方もある。その後、劉鶴が人民銀行総裁職に就く(ロイター報道)、という情報なども流れ、劉鶴人事が相当もめていることはうかがわれている。
・このほかに王岐山の国家副主席職採用についてももめているようだ。憲法修正案と人事案セットで、習近平派と非習近平派の激しい駆け引きが行われたと考えれば、憲法修正案はあそこまで習近平の野望に沿ったものであるし、人事案はひょっとすると習近平サイドが多少の妥協を見せた可能性はある。憲法修正案公表を、人事案で落としどころが見つかったタイミングに合わせた、と考えれば公表が一カ月遅れたことの理屈もつく。
・だが、憲法に続いて人事も習近平野望人事になる可能性が示唆される出来事が24日に起きている。突然の楊晶失脚である。国務委員で国務院秘書長の楊晶は李克強の大番頭的側近である。香港で“失踪させられた”大富豪・蕭建華との汚職関係の噂が出ているが、これは習近平サイドによる李克強包囲網が狭められている、という見方でいいだろう。
▽「大部制度」で官僚大粛清へ?
・もう一つ不穏な話は、習近平が三中全会で大規模な政治機構改革、いわゆる大部制度(省庁統合)を行おうとしている、という香港筋情報である。国土資源部と環境保護部を統合して国土資源環境保護部にするなどして、部を減らし閣僚を減らせば、利権の拡大を防ぎ、財政の無駄を省くことができる、と言うのは建前。実際の狙いは、国務院権限(首相権限)の圧縮とアンチ習近平が多い共青団派国務院官僚の排除ではないだろうか。
・習近平は自らの経済・金融政策がうまくいかなかったのは国務院官僚の抵抗のせい、と思っているふしがある。この大部制改革とセットで国家監察委員会を設立することによって、習近平のやり方に不満をもつ国務院官僚の一斉首切りがスタートするかもしれない。三中全会でひょっとすると「国務院官僚大粛清ののろし」が上がるのではないか、などと心配するのである。
・とりあえず、三中全会は28日に終わり、早ければその日のうちにコミュニケが出るはずで、それを待たねば、なんともいえない。だが、中国が文革以来の政治の嵐の時代に突入しつつある、という認識は多くの人が持っているようである。そして、隣国の嵐は、おそらく日本を含む世界を巻き込むことになる。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/022600138/?P=1

次に、上記に続きを3月14日付け「王毅外相が「精日は中国人のクズ」と激怒した訳 「精神的日本人」の増加に焦る習近平“終身”政権」を紹介しよう(▽は小見出し)。
・全人代会期中の恒例の外相記者会見で、日本で一番話題になったのは半島問題でも貿易問題でもなくて、「精日」問題、つまり精神的日本人、中国人の精神の日本人化問題で、激怒したことであった。 「精日」(精神的日本人)とは近年使われるようになったネットスラングで、「自分は中国人だが精神的には日本人」を主張する若者を指し、中でも近代史における日本の役割を肯定し、中国の抗日精神を否定している点が、日本サブカル好き・哈日族と一線を画している。
・旧日本軍人コスプレの中国人コスプレイヤーが自撮り写真をネットにアップして拘留されるなどの事件が年明けにもあり、中国で社会問題化していた。そこで、王毅外相の発言があり、今年の全人代では「精日」を取り締まるための法整備も議論されている。
・では、なぜ今になって精日とよばれる中国人の若者が目立つようになってきたのか。今までの中国における日本ブームとどこが違うのか。 習近平政権になって明らかに、政治的には日本に対して敵対的な外交方針であり、国内の日本関係研究者や作家ら知日派知識人は有形無形の厳しい圧力を受けていると聞いている。そうした時代の空気に反発するように若者が、日本の軍人や武士のコスプレをするのは、単にアニメや映画の影響というだけではあるまい。その背景というのを少し考えてみたい。
▽「そいつは中国人のクズだ!」
・まず会見のやり取りを振り返ろう。 実は「精日」問題のやり取りの部分は、人民日報の公式報道では書き起こされていない。 新華社記者の最後の質問に答えて、会見を締めた後、江蘇省紙の現代快報記者が立ち去ろうとした王毅に向かって、大声でこう質問したのだ。 「外相! 最近の“精日”分子による民族のボトムラインを挑発する絶え間ない言動をどう思いますか?」 すると、王毅は嫌悪を隠そうともしないで、「そいつは中国人のクズだ!」と人差し指を振り上げながら吐き捨てたのだった。
・さすがに公式の会見での発言ではないにしろ、カメラの回っている前での大臣の「クズ」発言はインパクトがあった。全人代の閣僚会見は、中国メディアも外国メディアも事前に質問事項を提出するので、おそらく、現代快報のこの質問は公式には却下されたのだろう。そもそも、全人代の舞台で外相に聞くような質問ではない。
・だが、予定稿どおりの会見やり取りが続いた後で、王毅の憤怒の表情を引き出した現代快報記者に対しては、メディアとしてはグッドジョブといいたい。その表情に、今の中国の焦りも見えた気がしたからだ。 日本語が流暢で、私が現役の北京特派員記者であったとき外務次官であった王毅は、当時はむしろ日本人記者にとっては親しみやすい知日派外交官であった。それが、習近平政権になってからの王毅は「精日」問題に限らず、日本について嫌悪を丸出しにして語るようになった。その豹変について、いろいろ分析する人はいるのだが、最終的には王毅こそが、中国官僚、あるいは中国人の典型であろう、という意見でまとまるのだった。
▽知日派外交官から転向
・権力闘争が激しい中国では、政治の趨勢に敏感に立ち居振る舞いを変えていかねば生き残れない。特に習近平政権は発足直前に日本の尖閣諸島の国有化問題という痛恨の外交的屈辱を見たために、当初から対日観は厳しい。王毅のように知日派で売っていた外交官としては、焦り不安になったはずだ。
・だが、習近平は王毅を外相に抜擢。その目的は、当時の馬英九政権下の台湾との統一に向けた周辺外交を期待されてであるが、結果的には、台湾では、むしろ反中機運が高まり蔡英文民主党政権が誕生した。こうした中で、王毅は習近平の内心を忖度するのに必死なのであろう、と。そういう焦りというか余裕のなさが、こうしたちょっとしたきっかけで、派手に指を立てて憤怒の表情を見せるパフォーマンスをさせるのだろう、と昔の王毅を知っている人はやや同情的に見ているのである。
・こうした外相の不安や焦りは、そのままの中国の焦り、習近平の焦り、と重なる。全人代で習近平終身国家主席の根拠となる憲法修正案が、賛成票2958票、反対・棄権票5票という圧倒的多数で可決したが、この憲法について、代表たちが心から支持しているのかというと、必ずしもそうではないという感触を私は得ている。
・そもそも全人代代表にはさほど発言力も権限もない。今後は新たに創設される国家監察員会を通じて、政治家、官僚たちは党員であるなしにかかわらず粛清の対象となる。その緊張感から、党内ハイレベルから庶民に至るまで、内心の不安を口に出せない息苦しさがあることは、そこそこの情報網を持っている中国屋ならば共通して察している。
・本当に憲法修正案が全面的支持を集めると習近平が自信を持っているならば、もっと討議に時間をかけたことだろう。そういう余裕を見せつける方が権力掌握のアピールにつながる。だが、全人代の約一週間前にいきなり草案を公開して、異論をはさむ余裕も与えずに不意打ち可決した。そうしなければ不安だったのだ。さらには新華社英文記者が速報で「国家主席任期制限を撤廃」という見出しで速報したことを「政治的錯誤」として処分したという。習近平自身が、この憲法修正案が支持されていないことに気づいている証左だろう。
・この憲法修正以降、習近平の権力一極集中化が加速し、長期独裁の始まりとなるという見立ては私も同意するところだが、それが強い権力基盤を背景にしているという点については、以上の理由から、私はまだ疑問に思っている。中国経済が素晴らしく発展基調で、AI、IT、フィンテックの分野で今後米国を越えていくのだ、という予測に関しても、私はまだ懐疑的で、確かに、モラルや市場原理を無視して、資金と人材を一点に集中してイノベーションを起こしていくやり方は中国ならではだが、それが持続的に可能かどうかは、また別だ。
・全人代と政治協商会議に合わせて公開された中国礼賛映画「すごいぞ、わが国」(厉害了,我的国)は党と職場で動員がかけられて連日満員だというが、そうした国策映画で動員をかけねば、中国のすごさを実感できない、あるいは持続できない、という見方もある。 「精日」は、こうした中国の余裕のなさ、焦りを隠すための過剰な礼賛パフォーマンス、異論狩りの社会状況を反映して出てきた社会現象だと、私は見ている。
▽文芸界グループも過剰な忖度
・「精日」問題を、簡単に振り返っておくと、たとえば2017年8月に、第二次上海事変(1937年)の最後の戦闘があった上海四行倉庫で、四人の中国人男性が旧日本軍の軍装姿にコスプレして、撮影会を行った事件があった。また2016年12月、“南京大虐殺犠牲者哀悼日”の前日に、二人の中国人男性が日本のサムライ姿でコスプレした写真を撮影した件、2018年2月にも、2人の男性が旧日本軍軍服姿で南京抗日遺跡前で撮影した写真をネットにアップした事件があった。
・この2人は10~15日間の行政拘留処分を受けたが、今年の全人代では、こうした処罰では軽すぎる、として国家を侮辱する者を厳罰に処す「国格と民族の尊厳を守る法」(国家尊厳法)の立法提案が、全人代と同時期に開催されている全国政治協商委員会(全人代の諮問機関に相当)の文芸界グループ38人によって全人代に出された。
・本来、言論・表現の自由を擁護しなければならない文芸界グループがこうした提案を行なったことも、その中にはジャッキー・チェンなど日本でも人気のスターがいたことも衝撃だったろう。文芸界の人たちもまた、自らの政治的身の安全に不安をもって、政権への過剰な忖度で動いているのだ。
・この提案が求めるのは、中国の国格と中華民族の尊厳を犯し、革命烈士や民族英雄を侮蔑し、日本の軍国主義、ファシスズム、日本武士道精神を礼賛することを刑事罰に処すことだという。中国には「挑発罪」「社会秩序擾乱罪」という何でも適用できる便利な(恐ろしい)罪状があるので、そのような法律を作らなくても、いかようにでも気に入らない表現・言論は抑えることができるはずだが、そこがまた中国の自信のなさ、なのである。
・習近平政権は、法律がなければ中国人自身が中華民族の尊厳を破壊する、と恐れているということだろう。そして、実のところかなり本気で“日本の文化侵略”を恐れているということもある。
▽愛国教育に嫌気
・“精日”の精神構造については、すでにいろいろな分析が出ているのだが、単なる親日、日本好きというだけでなく、中国、特に共産党に対する嫌悪が背景にある。それは共産党政権が“反日”を、党の独裁政権の正統性に利用してきたことと、関係していると思う。
・中国共産党は執政党としての正統性の根拠に“抗日戦争勝利”を宣伝してきた。だから、共産党独裁に反発するほど“日本”を持ち上げる言動、中国共産党政権が嫌がる言動に走りがちとなる。また、意外に中国近代史や日中戦争史を勉強している人もいて、共産党の主張する歴史の矛盾点に気づいていたりもする。
・日本社会やその価値観に憧れ、自分は国籍はないけれど心は日本人だ、と主張し、中国に暮らしながらも、日本の生活習慣をまねるのは、90年代から強化された“愛国教育”という名のものとのあからさまな反日教育に嫌気がさしてきたから、という見方もある。
・もちろん改革開放とともに大量に流入してきた日本文化、特に、映画、アニメ、漫画の圧倒的影響も大きい。精日とはまた違う、日本サブカルファンたちの中には、日本から来た“コスプレ”という新しい遊びを楽しむ上で、政治思想はあまり関係ない。特に軍装コスプレ、サムライコスプレは、アニメや漫画の影響で定番だ。それを抗日基地にいってわざわざやるのは、強い政治信念があるというよりは、わざわざドイツ・ベルリンの国会議事堂前で、ナチスの軍装コスプレをして7万円相当の罰金支払いを命じられた中国人旅行者に近いかもしれない。
▽「移民」「中国脱出」は日本のせいではない
・いろいろな見方もあり、精日と普通の日本オタクとの区別もあいまいではあるが、一つ言えるのは、この精日が全人代で取りざたされ、新たな法律をつくってまで取り締まろうという流れは、日本文化愛好者や親日家を弾圧し、日本文化の影響力を排除する社会状況を作りかねない。
・そもそも、“精日”に限らず、今、できることなら中国人をやめたい、外国籍をとって外国に暮らしたいとひそかに考えている中国人は急増している。それは、憲法修正案が発表されたその日に、多くのネットユーザーが一斉に「移民」のキーワードで検索をかけた、という事からもうかがえるし、少なからぬ日本に留学や研究に来ている中国人が「中国脱出」を真剣に検討していることも知っている。誰だって、言論も不自由で、個人の財産や人権が正しく保障されていない独裁国家で子供を産み育てたいとは思わない。
・だいたい、“精日”によって中華民族の尊厳が傷つけられた、のではなく、中国人をやめてしまいたいと多くの人民が思うような状況を作り出した今の政権に“偉大なる中華民族”を指導する力や正統性の方に問題があるのだ。いちいち、何でも日本のせいにしなければ、その正統性が維持できない政権ならば、いずれその脆弱性は表面化すると、私は見ている。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/218009/031300140/?P=1

第三に、国際コラムニストの加藤嘉一氏が3月13日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「習近平は国家主席「終身制回帰」への懸念や不安にどう応えるか」を紹介しよう(▽は小見出し)。
▽改正憲法の施行を受けた今 “習近平終身国家主席”が誕生!?
・現在、北京では1年に一度の“両会”(全国人民代表大会&全国政治協商会議)が開かれている。今年は例年よりも若干長く、前者の全人代は3月20日まで開かれる。 全国政治協商会議は数日早めの見込みであるが、国家主席・副主席、中央軍事委員会主席、全国人民代表大会委員長・副委員長、国務院総理・副総理・国務委員・各部長、最高人民法院院長、中国人民銀行総裁といった習近平第2次政権を形成する要職の人事は、今週土曜日から来週月曜日にかけて発表されることになる見込みだ。
・そして、最終日に当たる3月20日(火曜日)、国家主席と全人代委員長が談話を発表して“両会”は閉幕する。その後、例年同様、国務院総理が副総理を引き連れて記者会見を行うのが予定である。この会見が“両会”における実質的な最終イベントということになる。 これらの模様は次回コラムでじっくりレビュー・検証することにする。
・前回コラムで『「中国国家主席の任期撤廃」で習近平政権はいつまで続くか』を扱ったが、11日の日曜日、国家主席・副主席の1期5年、2期までという任期撤廃を含む憲法改正案が正式に可決され、即日公布、施行されることとなった。 憲法改正には3分の2以上の賛成が必要と決められているが、無記名投票で2964人が投票し、賛成2958票、反対2票、棄権3票、無効票1票という結果であった。 国家の命運に関わるほどの大事をめぐる審議であり投票である。しかも、今回の改正をめぐっては拙速感や“ブラックボックス”感が否めない。改正案が公表されてから“投票”するまでたった半月の時間しか設けられなかった。
・これに反発や抵抗を心のなかで感ずる人間は官民を問わず少なくなかったであろう。故に、投票の現場で「もしかしたら」という思いもあったが、結果はこのようになった。個人的には、習近平政権の“真相”を改めて垣間見た思いである。
・これを受けて、日米を含めた海外では“習近平終身国家主席”という前提・枠組みで今後の中国共産党政治が修飾・議論されていくのだろう。 本稿では、改正憲法の施行を受けた今、前回に引き続き“習近平終身国家主席”にまつわる検証作業を深めていきたい。
▽筆者から見て極めて重要な評論記事
・憲法改正草案公表の後、“両会”開催の前というタイミングで、私から見て極めて重要な評論記事が党機関紙《人民日報》に掲載された。 3月1日の3面の“保証党和国家長治久安的重大安排”と題された記事である。日本語にすると「党と国家の長期的太平と安定を保証するための重大な手配」といったところだろう。  習近平およびその周辺が一体どういう考慮に基づいて国家主席・副主席の任期を撤廃し、その先に何を見据えているのかを考える上で、情報と示唆に富んだ資料であると考えるため、以下引用しながら見ていきたい。
・同記事は憲法改正草案に含まれる(1)“中国の特色ある社会主義にとっての最も本質的な特徴は中国共産党による領導”という文言を憲法に書き入れること、(2)国家主席の任期に関する規定を変更すること、(3)国家監察委員会に憲法的地位を与えること、(4)地方における法規・条項を増加すること、という4つの項目をピックアップして、その背景や必要性について解説している。
・ただ、私から見て、同記事は国内では潜在的に、国外では顕在的に存在・蔓延する“習近平国家終身主席”に対する不安や懸念に対する弁明、および今回の憲法改正を正当化するための動作であるように映った。 同記事の関連部分を見ていこう。
・「中国共産党、中華人民共和国、中国人民解放軍の指導者は“三位一体”の領導体制であり、我々の党が長期的執政の実践を通じて徐々に探索してきた治国理政の成功的経験である。国家主席制度は党と国家領導体制における重要な構成部分である」 今回の憲法改正のインプリケーションを抽出する上で、この“三位一体”というのは極めて重要な概念になるであろう。詳細は後述するとして、続けて見ていきたい。
・「関係者は一致して次のように考えている。現在、党章は党の中央委員会総書記、党の中央軍事委員会主席に対して、憲法は中華人民共和国中央軍事委員会主席に対して“連続任期が2期を超えてはならない”という規定を設けていない。憲法が国家主席に関する相関規定において上述のようなやり方を採用することは、習近平同志を核心とする党中央の権威と集中的統一的領導を守ること、および国家領導体制を強化し、充実させることに有利に働くのである」
・“一致性”“三位一体”という文言は使用していないが、言っていることは同様であると解釈できよう。習近平が“三位一体”という形で任務を続投する可能性が断然高くなった現状を立証する一つの根拠になると私は見ている。
▽不安・懸念にどう応えるかは習近平政権の今後の実質的行動・政策次第
・さて、ここで議論を深めるために一つのカウンターアーギュメントを試みたい。 “一致性”“三位一体”を保持すること(「それが我が国の国情に符合し、党と国家の長期的太平と安定を保証する制度設計である」上記《人民日報》記事)が今回の憲法改正の動機・目的ということであるが、それを実現するための選択肢を考えてみると、少なくとも二つあることが分かる。
・一つは今回共産党が行ったやり方、すなわち、国家主席の任期を撤廃して党総書記、軍事委員会主席に合わせること。もう一つは、党総書記、軍事委員会主席に任期を設けて国家主席に合わせることである。  目的と手段の関係性からすれば、少なくともこの二つの選択肢が習近平およびその周辺にはあった。結果として、党指導部は前者を選択し、草案し、可決にこぎつけた。
・歴史の趨勢からこの問題を考えてみると、そもそも現行の1982年憲法が草案・公布・施行される以前、中国の指導者に対して任期に関する規定はなかった。当時の状況が“終身制”という文言で称される所以である。鄧小平は文化大革命などの反省や教訓を旨に、党と国家領導制度に関する改革に着手した(前回コラム参照)。
・その一つの帰結が国家主席の任期に2期を超えてはならないという規定を設けたことに体現されていると言える。 鄧小平が残した遺産としての“集団的指導体制”が、その後の中国共産党政治の一つの特徴であり、発展の方向性になっていった。 そこには、政治にルールを設ける、設ける過程で透明性と公平性を伴った議論を党内外で行う、その過程や結果を公開し、明文化する、指導者の行動範囲や任期を明確にし、かつそれを憲法で定める、憲法を改正する際には党内外で広範に、オープンに、時間をかけて審議するといった規範や精神が付随しているのは言うまでもない。
・そう考えると、私個人から見て、上記の選択肢のうち、後者を選択することこそが歴史の趨勢に符合する。《人民日報》の記事は「この改正は党と国家領導幹部の退職制度を変えるものでなければ、領導幹部の職務終身制を意味するものでもない」と弁明している。
・党機関紙が公に“終身制への回帰”を否定しているだけまだましだという見方もできるが、改革開放以降、終身制を廃棄するためのアプローチの一つとして国家主席の職務に任期を明確に定め、それを憲法で制定し、そんな憲法に対して、今回任期を撤廃(変更あるいは延長というならまだしも)するというのだから、1982年以前の“終身制”時代に実質的に回帰しているのではないかという見方はまったく合理的であり、それに対する不安や懸念もまったく健全で自然なものであると私は思う。
・そんな見方・不安・懸念にどう応え、払拭していくかは、2期目に突入する習近平政権の今後の実質的行動・政策次第であると、現段階では言えよう。
http://diamond.jp/articles/-/163120

第一の記事で、 『普通なら三中全会は秋に開かれ経済政策をはじめとする新政権の政策の方向性、改革の方向性を打ち出すものだ。こんなイレギュラーな三中全会は改革開放40年来、初めてだ。本来2月に開催される二中全会が前倒しされて1月に開かれたのも驚きだったが、二中全会で決められなかった人事と“重大政治機構改革”を決めるために三中全会が全国人民代表大会(全人代)前に開催されるということらしい・・・憲法修正案での議論が白熱したために二中全会では政府新人事が決められなかった。おそらくは、政府新人事も習近平の人事案にかなりの抵抗があったはずだ』、というのには驚いた。一般の新聞を読んでいると、粛々と進んでいるように思っていたが、内実はかなり激しいバトルがあって、異例のスケジュールを採らざるを得なくなったようだ。 『これまで反習近平派は、習近平の独裁化路線が憲法に矛盾するとして、憲法を根拠に批判し、憲政主義を守れ、法治に戻れと主張していたのだが、憲法の方を習近平路線に変えてしまった。今後は、法治を唱えるほどに、独裁を肯定するという矛盾に民主派、新自由派人士は、苦しむことになった』、 『独裁を肯定した文革憲法から市民権利擁護の82年憲法を作った父親の思いを、息子の習近平は踏みにじったということになる』、など習近平の政治力はやはり端倪すべからざるものがありそうだ。 『中国が文革以来の政治の嵐の時代に突入しつつある、という認識は多くの人が持っているようである。そして、隣国の嵐は、おそらく日本を含む世界を巻き込むことになる』、そんな嵐に日本を巻き込まないで欲しいが、現実にはそうもいっていられないのは困ったことだ。
第二の記事で、あの端正な顔付きの王毅外相が、 『「精日」問題、つまり精神的日本人、中国人の精神の日本人化問題で、激怒した』、というのには驚いたが、 『知日派外交官から転向』、するためにはこうしたポーズも必要なのだろう。 『“精日”によって中華民族の尊厳が傷つけられた、のではなく、中国人をやめてしまいたいと多くの人民が思うような状況を作り出した今の政権に“偉大なる中華民族”を指導する力や正統性の方に問題があるのだ。いちいち、何でも日本のせいにしなければ、その正統性が維持できない政権ならば、いずれその脆弱性は表面化すると、私は見ている』、というのはその通りだ。
第三の記事で、 『今回の改正をめぐっては拙速感や“ブラックボックス”感が否めない。改正案が公表されてから“投票”するまでたった半月の時間しか設けられなかった』、 『鄧小平が残した遺産としての“集団的指導体制”が、その後の中国共産党政治の一つの特徴であり、発展の方向性になっていった。 そこには、政治にルールを設ける、設ける過程で透明性と公平性を伴った議論を党内外で行う、その過程や結果を公開し、明文化する、指導者の行動範囲や任期を明確にし、かつそれを憲法で定める、憲法を改正する際には党内外で広範に、オープンに、時間をかけて審議するといった規範や精神が付随しているのは言うまでもない』、という鄧小平が残した遺産を打ち壊すには、考える時間をたった半月にせざるを得なかったというのは、私見ではあるが、盤石に見える習近平政権も意外に脆いのかも知れない。
タグ:中国国内政治 (その5)(習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く、王毅外相が「精日は中国人のクズ」と激怒した訳、習近平は国家主席「終身制回帰」への懸念や不安にどう応えるか) 福島 香織 日経ビジネスオンライン 「習近平独裁を裏付ける「新憲法」を読み解く 任期制限撤廃、「粛清」の布石着々、最後の暗闘の行方は…」 三中全会 こんなイレギュラーな三中全会は改革開放40年来、初めてだ 国家主席任期制限の撤廃 国家監察委員会に、国家行政機関、司法機関と並ぶ強い独立的権限が与えられた 「大部制度」で官僚大粛清へ? 「王毅外相が「精日は中国人のクズ」と激怒した訳 「精神的日本人」の増加に焦る習近平“終身”政権」 王毅外相 、「精日」問題、つまり精神的日本人、中国人の精神の日本人化問題で、激怒したことであった 「そいつは中国人のクズだ!」 知日派外交官から転向 “精日”の精神構造については、すでにいろいろな分析が出ているのだが、単なる親日、日本好きというだけでなく、中国、特に共産党に対する嫌悪が背景にある 加藤嘉一 ダイヤモンド・オンライン 「習近平は国家主席「終身制回帰」への懸念や不安にどう応えるか」 今回の改正をめぐっては拙速感や“ブラックボックス”感が否めない。改正案が公表されてから“投票”するまでたった半月の時間しか設けられなかった 鄧小平が残した遺産としての“集団的指導体制”が、その後の中国共産党政治の一つの特徴であり、発展の方向性になっていった。 そこには、政治にルールを設ける、設ける過程で透明性と公平性を伴った議論を党内外で行う、その過程や結果を公開し、明文化する、指導者の行動範囲や任期を明確にし、かつそれを憲法で定める、憲法を改正する際には党内外で広範に、オープンに、時間をかけて審議するといった規範や精神が付随しているのは言うまでもない 1982年以前の“終身制”時代に実質的に回帰しているのではないかという見方はまったく合理的であり、それに対する不安や懸念もまったく健全で自然なものであると私は思う
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