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相次ぐ警察の重大ミス(その5)(警察庁長官狙撃事件「真の容疑者」中村泰からの獄中メッセージ、警察官の「拳銃」をめぐる事件頻発 緊張感はどこへ行った、富田林脱走 容疑者逃走1カ月半 留置業務と危機管理を検証せよ、お遍路に扮した樋田容疑者は瀬戸内でグルメ三昧 大阪府警本部長は進退問題に発展か) [社会]

相次ぐ警察の重大ミスについては、9月4日に取上げた。今日は、(その5)(警察庁長官狙撃事件「真の容疑者」中村泰からの獄中メッセージ、警察官の「拳銃」をめぐる事件頻発 緊張感はどこへ行った、富田林脱走 容疑者逃走1カ月半 留置業務と危機管理を検証せよ、お遍路に扮した樋田容疑者は瀬戸内でグルメ三昧 大阪府警本部長は進退問題に発展か)である。

先ずは、警視庁捜査第一課元刑事の原 雄一氏が9月8日付け現代ビジネスに寄稿した「警察庁長官狙撃事件「真の容疑者」中村泰からの獄中メッセージ 「オウムの犯行であるという大嘘」」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57307
・『平成7(1995)年3月30日に発生した、國松孝次警察庁長官狙撃事件。オウム真理教による犯行の可能性が高いとされながら、未解決のこの事件には、警視庁捜査第一課元刑事・原雄一氏の執念の捜査で浮かび上がった「真犯人」中村泰受刑者がいた。 原氏は今年3月、事件の真実を綴った『宿命 警視庁捜査第一課刑事の23年』を刊行。本書を読んだ中村受刑者の「協力者」から原氏宛てに手紙が届き、事件は新たな展開を見せている・・・また、今夜9月8日(土)21時からのNHKスペシャル「未解決事件シリーズ」では、原氏と中村受刑者の長い闘いが実録ドラマとして放映される。 このたび公開するのは、獄中の中村泰受刑者自身がつづった『宿命』の「書評」である。中村受刑者は「現代ビジネス」での発表を前提にこの一文をまとめ、著者である原氏に託した(表記は原文のママ)』、私もNHKスペシャルを観たが、中村泰受刑者が「真犯人」であるかどうかは、よく分からなかった。
・『表の欺瞞、裏の真実  「物事には表と裏がある」というよく使われる表現は、警察庁長官狙撃事件捜査の推移にも当てはまる。 もっとも、公安部長の指揮下に発足した特捜本部の態勢に、初めからそういう二面性があったわけではない。捜査の矛先は、当時の情勢から最も疑わしいと見られたオウム真理教に向けられていた。 そう仕向けることこそが狙撃者側の真の狙いだったのだが、そうとは気付かぬ捜査陣はその線で捜査を進めるうちに、軟禁状態に置いて取り調べていたオウム信者のK巡査長から「自分が長官を撃った」という供述を引き出した。 この似非(えせ)自白こそ、後日、多くの警察幹部を巻き込んで警察庁と警視庁に大混乱を惹き起こす「K騒動」の引き金となったのである。この奇襲劇の脚本を書き、自らも出演した筆者にとっては、何か現実のほうが勝手に動き始めて作者の手に負えなくなってきたという感慨を抱いていた記憶がある。 しかし、ともかくもここまでの推移では、捜査の二面性はまだ顕在化していない。それには世紀が改まって2003年(平成15年)になるのを待たなければならなかった。 事件発生から8年以上も経って、偶然の成り行きから長官狙撃事件の関連証拠を入手した刑事部は、意気揚々とそれを捜査本部に報告したが、意外にも相手はオウムに無関係なものは無価値だというような態度でそれを一蹴した。 それで憤慨した刑事部捜査官たちは、それなら自分たちだけで事件を解決してみせようと独自の捜査活動を始めた。こうしてオモテの犯人であるオウム信者を追う捜査本部とウラの犯人と目されるN容疑者(編集部注・中村受刑者自身のこと)を追う刑事部員という二重構造が形成されたのである。 この刑事部員から成る捜査集団は、その後曲折を経て、刑事・公安両部から選抜された部員から成る「N専従捜査班」として、捜査本部に所属することになったので、形の上での二重性は解消した。 しかし、本来、捜査対象が異なっているのだから、それぞれの条件も違っている。たとえば、時効にしてもオウム信者を対象にしている捜査本部のそれが事件発生後15年経過の2010年(平成22年)3月30日であるのに対して、専従班の対象であるNは海外滞在期間の関係で一年近く延びることになるが、その間の行動予定も判然としていなかった。 それにしても、本部長からの指令が「立件はしないが、捜査は尽くせ」という矛盾に満ちた不可解なものであったのはどうしたことであろうか。何があろうとオウムの犯行という結論は変わらないことを覚悟しておけという警告であったのだろうか。 とにかく本書の著者である原捜査官が指揮するN専従班が地道な捜査努力を続ける中で、表向きの時効完成日である2010年(平成22年)3月30日が到来した。延べ48万人の労力を注ぎ込み、15年の歳月を費やした大捜査活動の締め括りとして「捜査概要」なるものを公表したが、その内容は(実在の)オウム信者数名にそれぞれの役割を被せて創作した物語といえるようなもので、これは後日、オウムの後継団体から名誉毀損の訴訟を起こされて手もなく敗訴し、恥の上塗りとなった。 さらに、直接の被害者である國松孝次(たかじ)元長官からも、本件の捜査は失敗であったと評された警視庁公安部の内部では、うっ積した憤懣がいずれ爆発するのではないかと予想していたところ、果たしていかにも公安部員らしい手口による造反工作が発生した。外事課に保管されていた極秘の捜査資料が大量にネット上に流出したのである。 それによって惹き起こされた衝撃の大きさは責任者である公安部長を更迭にまで追い込むのに十分であった。これも、時効完成の日に記者会見を開いて長官狙撃事件はオウムの犯行であるという大嘘を百も承知のうえで国民に告げた悪行の報いとでもいえようか。 この当時『警察庁長官を撃った男』(新潮文庫)なるノンフィクションが発行されて狙撃事件の詳細な真相が暴かれたが、今回世に出た『宿命』は、直接その捜査に専従した捜査官が意を決して公刊したものであるだけに歴史的な証言としての価値も高い。さらに、被疑者との虚々実々の駈け引きも描写されているので、物語としての面白さも十分にある。 ただし、それでもなお、なぜ警察首脳部は、この重大な狙撃事件の真相を隠蔽してしまったのかという根本的な謎は未解決のままである』、なんとも複雑怪奇だ。公安部長の更迭も、捜査失敗の責任というより、捜査資料のネット流出というのも釈然としない。しかも、被害者たる國松孝次元長官からも、本件の捜査は失敗であったと評されるような警視庁公安部とは、まるで魔界のようだ。

次に、事件ジャーナリストの戸田一法氏が9月20日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「警察官の「拳銃」をめぐる事件頻発、緊張感はどこへ行った」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/180021
・『和歌山県警機動隊の20代男性巡査が14日、拳銃を一時紛失していたことが発覚した。約1時間20分後に住民が「落とし物」として届けて事なきを得たが、もし悪用されていたらどうなっていたか…。拳銃を巡っては6月、富山市の交番で警察官が刺殺されて拳銃を奪われた上、民間人が射殺された事件があったばかり。4月には滋賀県彦根市の交番で巡査が上司を射殺する事件が発生。各地で拳銃の紛失も相次いでおり、警察OBからは「富山の事件は対応が困難だったが、警察官の拳銃に対する心構えが軽く緊張感も欠如している」と危惧する声が上がっている』、信じられないようなお粗末さだ。
・『紛失は実戦用の自動式  和歌山県警の発表によると、巡査は自民党総裁選の遊説で訪問していた安倍晋三首相らの車列を私服で警護中、和歌山市中心部の路上で警察車両助手席の窓から身を乗り出し、マイクで一般車両に停止を呼び掛けていた。拳銃を紛失したのは14日午後7時50分頃。左脇ホルスターの留め金が車両の窓枠に引っ掛かって外れ、路上に落下したという。 このため巡査の乗った車両は車列を離れ、同乗していた同僚らと付近を捜索。その後、県警本部からも約50人が駆け付けて捜したが見つからなかった。結局、散歩中の住民が落とした直後の午後8時頃に拾って自宅に持ち帰り、午後9時過ぎに周辺で捜索していた警察官に手渡していたという顛末(てんまつ)だった。 巡査は警護の訓練に参加したことはあったが、要人警護に就いたのは初めてだった。県警は拳銃携行の方法に不適切な点はなかったとしているが、拳銃とホルスターをつなぐ吊り紐は装着されていなかった。事実関係を公表したのは翌15日午前2時半。約6時間半にわたり伏せていたわけだが、県警は「住民に不安を与えたくなかった」と説明している。 付近住民の男性によると、警察官が「落とし物を捜している。何か拾っていないか」と各家庭を訪問。「何か」が何とは説明していなかったが、男性は「まさか、拳銃だったなんて。いや、びっくりしたよ」と驚いていた。 新聞記事などで「おや?」と思った方もいるかもしれないが、今回、巡査が紛失したのは「自動式(オートマチック)」とされる。日本では警察官が所持していたのは長らく「回転式(リボルバー)」のニューナンブだった。最近は自動式も配備されるようになり、回転式も順次、米国のスミス・アンド・ウェッソン社(S&W)製に切り替えている。 自動式は要人警護などを担当するSP(セキュリティポリス)、事件発生直後に現場へ急行する機動捜査隊、拳銃の取り締まりを担当する銃器対策、暴力団などを担当する組織犯罪対策の私服警官のほか、各都道府県警刑事部の立てこもり事件突入班(捜査1課のSITなど)ではむしろ主流となっている。 この2つはどこが違うのか。 回転式は頑丈で耐久性があり操作が簡単、部品が少なく保守・管理が容易、暴発の危険性が低く価格も安いのが利点。対して自動式は装填(そうてん)できる弾数が多く連射が可能で、弾倉交換も簡単な一方、構造が複雑で整備不良や不慣れだと弾詰まりや暴発事故の危険性がある。 簡単に言えば、回転式は交番勤務のお巡りさんが万が一に備え威嚇用として所持するのが主な用途であるのに対し、自動式は実戦向けとイメージしてもらえればいいだろう。つまり巡査が紛失したのは脅しのためではなく、“プロ”が相手の殺傷を目的として発射する拳銃だったということだ』、「拳銃とホルスターをつなぐ吊り紐は装着されていなかった」というのは、要人警護では吊り紐が邪魔になるためなのかも知れないが、「ホルスターの留め金が車両の窓枠に引っ掛かって外れ、路上に落下」というのはまるで漫画だ。
・『警察官が上司射殺の異常性  実は最近、警察官の拳銃の置き忘れが多く報告されている。警察署内はまだ救われるが、駅や空港、コンビニエンスストア、一般店舗など、とにかく「トイレ」に置き忘れるケースは枚挙にいとまがない。 いずれも清掃員や警備員、ほかの客などが気付いて無事に届けられているが、不心得者が持ち帰って悪用でもしたら、不祥事では済まない。 警視庁で長く刑事を勤めた元男性警部補は「昔は拳銃の取り扱いについてしつこいほど、本当にしつこいほどきつく指導された。今はぬるいのではないか」と懸念する。「昔を振り返るのは年寄りの悪い癖かもしれないが、最近は多過ぎる。昔は拳銃を紛失したら辞表モンだった」とため息をついた。 元警部補が懸念するのは「とにかく、警察官(に拳銃の置き忘れ・紛失)が多い」という点だ。というのは、実は拳銃の所持が認められているのは警察官だけではない。自衛官、海上保安官、麻薬取締官、税関職員、入国警備官・審査官、刑務官などさまざまな職種に許可されているが、確かに警察官以外に拳銃の置き忘れ・紛失がニュースになったケースは聞いたことがない。 所持している警察官の人数がほかと比べて桁違いに多いから、不注意で発生する可能性が高いのは仕方ないという見方もできるが、元警部補は「昔に比べて緊張感が薄いのではないか」と危惧する』、税関職員、入国警備官・審査官、刑務官なども拳銃の所持が認められているとは初めて知った。確かに警察官による拳銃の置き忘れ・紛失が目立つというのは、きちんとした再発防止策をとってもらいたいものだ。
・『さらにこの元警部補が今年、ショックを受けた事件が2件あったという。滋賀県彦根市で4月、巡査が上司を射殺した事件、富山市で6月、警察官が交番で刺殺されて拳銃が奪われ近くで警備員が射殺された事件だ。 彦根市では4月11日午後7時45分頃、彦根署河瀬駅前交番で男性巡査部長(当時41、警部に昇進)が、部下の巡査の男(当時19)に背後から射殺された。元巡査は「怒鳴られたからやった」「書類を何度も書き直させられストレスがあった」などと供述したとされるが、目立ったトラブルは見当たらず、動機に不明な点は多い。 元警部補は「これまでもパワハラ上司が冗談半分で銃口を部下に向けたという話はニュースで耳にしたことはあったが、本当に引き金を引いてしまうなんて…」と首を振った。事実、現職の警察官が同僚を射殺したのは日本の警察史上、初めてだった。 事件当時、元巡査は未成年だったが、大津地検は殺人と銃刀法違反の罪で起訴した。今後、大津地裁で公開の裁判員裁判が開かれる予定だ(日程は未定)』、「現職の警察官が同僚を射殺したのは日本の警察史上、初めて」というのには、逆に驚かされた。もっとあっても不思議ではないと思っていたためだ。
・『富山市では6月26日午後2時頃、富山中央署奥田交番で元自衛官の男(当時21)が男性警部補(当時46、警視に昇進)の腹部30ヵ所以上を刃物でメッタ刺しにし、拳銃を奪って逃走。さらに小学校付近で工事の警備員をしていた男性(当時68)に向けて至近距離から発砲し、2人はいずれも死亡した。 過去の新聞記事を調べる限り、警察官が拳銃を奪われ、民間人が射殺されたのは1984年9月以来だ。京都市で男性巡査が刺殺されて拳銃を奪われ、大阪市で消費者金融の男性店員が射殺された事件で、犯人は元警察官。郵便局強盗の前科もあったことから、1997年に最高裁で死刑が確定している』、犯人が元警察官というのではやれやれだ。
・『富山市の事件は元自衛官が斧(おの)やダガーナイフなどで武装した上、不意を突かれたため防ぎようはなかったとされる。一方で元警部補は相次ぐ紛失などを念頭に「稲葉事件のように、何か拳銃に対する心構えが信じられないほど軽くなっている」と顔を曇らせた。 稲葉事件とは、北海道警生活安全特別捜査隊班長の稲葉圭昭元警部が暴力団関係者などと癒着し、覚醒剤の取引を見逃す代わりに拳銃を用意させ、匿名の電話で「ヤクザから足を洗うため拳銃を処理したい。どこそこのコインロッカーに入れている」と通報させる手口などで「首無し」(注・所持者不詳)の押収件数を次々と計上。稲葉元警部はストレスなどから覚醒剤を使用し、さらに拳銃購入のため覚醒剤の密売にまで手を染めていたという前代未聞の事件だ。 稲葉事件が発覚したのは2002年だが、1995年には国松孝次警察庁長官が狙撃される事件が発生。そうした経緯もあって、警察庁は全国の警察本部に向けて銃器取り締まりの徹底を要請していた。稲葉元警部は覚醒剤の密売で稼いだ金で暴力団関係者らから拳銃を購入し、次から次へと“押収”する自作自演で数々の表彰を手にして「道警銃器対策のエース」と全国に名前を轟(とどろ)かせていた。 稲葉元警部自ら「恥さらし 北海道警悪徳刑事の告白」のタイトルで出版し、綾野剛さん主演の映画「日本で一番悪い奴ら」にもなったから、御記憶の方も多いだろう。この事件では、稲葉元警部が手柄のために覚醒剤や拳銃の密売というヤクザ顔負けで暗躍していたほか、道警幹部も背後関係を認識しながらノルマ達成のため放置、むしろ推進していたというオマケまでついていた』、道警幹部が気づかない筈はないと思っていたが、「ノルマ達成のため放置、むしろ推進していた」とは開いた口が塞がらない。
・『こうした現状を元警部補は憂いている。20代に機動隊員として学生運動に向き合った以外、警視庁本部で汚職事件を長く担当していたため、拳銃を携行して現場に臨場したのは「数えるほどしかない」。しかし「若い頃、教官に『抜く時は命を懸ける時。抜かなければやられる時だけだ。抜く時は警察官のクビも懸けろ』と指導された。触る時は本当に怖かった」と述懐する。 稲葉事件では拳銃が単純な「数字」にすぎず、和歌山県警などの紛失は殺人可能な武器との認識が欠落していると言わざるを得ない。一方、彦根市の事件では19歳の若者が迷いもなく引き金を引き妻子ある同僚を死に至らしめ、富山市の事件は民間人が訳も分からないまま絶命した。 元警部補は「警察庁キャリアのお坊ちゃんお嬢ちゃんがケツを叩くばかりではなく、もう少し現場のことを“お勉強”してもらって理解してくれないとね」と手厳しく吐き捨てた。さらに「現場のたたき上げも少し真面目に啓蒙・啓発に努めないと、監察(注・警察内部の監督部門)が『指導・教養に努めたい』(注・警察が不祥事で発する決まり文句)を連発することになっちまう気がするな」と警鐘を鳴らしていた』、その通りだ。
・『※筆者が最終原稿を編集作業中の19日、宮城県警の清野裕彰巡査長(33、警部補に昇進)が東仙台交番で大学生の相沢悠太容疑者(21、死亡)に刃物で襲われ、拳銃を“抜く”間もなく刺殺されるという事件が起きた。地元紙によると、清野巡査長は元高校球児で、仲間思いの優しい性格だったという。心から追悼いたします』、この東仙台交番事件も、同僚の警官が、隣室に1人、2階には2人もいたようだ。少なくとも隣室の警官は、物音で早く気づいて然るべきだろう。こうした疑問に答える記事はまだないのも残念だ。いずれにしろ、拳銃を巡る不祥事がこんなに頻発するようであれば、警察組織の在り方、さらには拳銃携行の是非も検討すべきだろう。

第三に、9月28日付け産経WEST「富田林脱走 容疑者逃走1カ月半、留置業務と危機管理を検証せよ」を紹介しよう。
https://www.sankei.com/west/news/180928/wst1809280057-n1.html
・『最近では「映画で見たような話」と、驚きをもって語られることさえある。大阪府警富田林署から逃走した樋田(ひだ)淳也容疑者(30)のことだ。連続女性暴行や強盗傷害といった重大な嫌疑をかけられ、勾留中だったが、弁護士との接見後に面会室のアクリル板を蹴破り、逃走。現在にいたるまで見つかっていない。 映画は刑務所からの脱獄を描いた「ショーシャンクの空に」(1994年)。計画性や執念に、似た部分がないとはいえない。「事件と名画を一緒にするな」とお叱りを受けるかもしれないが、この映画に言及する人は多い。 前代未聞の逃走劇に大阪府警幹部らは、当初、大失態ではあるが、すぐに捕まえられる、と思っていたようだ。しかし、この希望は、はかなく消える。後になって、樋田容疑者が留置担当者の勤務シフトまで調べ上げていたことが分かったとき、少なくない捜査関係者が青ざめたことだろう。 府警の擁する職員は約2万3千人。民間企業でいえば日産自動車にも匹敵する巨大組織の屋台骨はたった1人の容疑者にいいように揺さぶられている』、「留置担当者の勤務シフトまで調べ上げていた」とは、その計画性の徹底に本当に驚かされた。
・『遅れた安全情報周知  発生当初は広報のあり方に非難が集中した。富田林署が樋田容疑者の逃走に気づいたのは8月12日午後9時43分。最初のマスコミ発表は翌13日午前0時55分だった。実に3時間以上もかかっている。住民への周知はさらにずれ込んだ。府警が運用している防犯メール「安(あん)まちメール」で事件について知らせたのは、認知から9時間近くたった同6時28分だった。 樋田容疑者は20代女性のマンション敷地内に侵入し、暴行した強制性交の罪で起訴されている。 夏場はベランダや窓を開け放して寝る人が多く、侵入のリスクが比較的高い。この時期の性犯罪に注意を呼びかけていたのは他ならぬ府警だ。仮に深夜にメールを送っても、どれだけの実効性があったのかという指摘はある。しかしメール配信がないより、あった方がいいのは事実。配信するための手間などたかがしれている』、これだけの凶悪な犯人を全くの警察側の重大ミスの重なりで、脱走させたのは論外だが、事後対応もお粗末極まりない。
・『広報が「不安助長」?  住民への広報が問題になったのは今回が初めてではない。他の県警だが、埼玉県熊谷市で平成27(2015)年9月に発生した男女6人殺害事件もそうだった。逮捕されたペルー人の男は事件を起こす前、住宅街で「カネがない」「警察を呼べ」と騒ぎ、県警熊谷署にいったん任意同行されたが、パスポートや財布などを署に残したまま立ち去ってしまった。この時点では、ペルー人に何ら犯罪の嫌疑はなかったが、直後から外国人による住居侵入事案の通報が相次いでいた。 県警は第一の殺人事件の認知後に記者会見を行ったが、「地域社会の不安感をいたずらにあおる懸念がある」と考え、ペルー人が関与した疑いや連続発生の可能性には言及しなかった。このため周辺住民に戸締まりを促すような積極的な情報提供がなされず、注意喚起のあり方に課題を残した。 富田林署のケースは、もともとが重大事件で勾留されていた容疑者であり、さらに署から逃げ出したことで加重逃走の新たな犯罪事実も加わっていた。留置管理の不手際を除けば住民に知らせるのに消極的になる理由がない。同署は「確実ではない情報を流すと不安を助長する」と説明したが、説得力はない。周知の遅れは、事件後、繰り返し批判を浴びている。 あえて言うなら、メールで一報さえしていれば、避けられた批判だ。府警の広報に危機管理の意識がなかったなら、その欠如こそが問題の本質だ』、その通りだ。
・『失地回復へ道程遠く  事件発生から3日後の8月15日、留置管理部門のトップの安井正英総務部長が「富田林署の逃走事案に関し、府民に多大なご迷惑をおかけし、おわび申し上げます」と謝罪した。府警で総務部長といえば、いわゆるノンキャリア採用の警察官の筆頭ポストだ。報道へのレクチャーは担当課が行うのが通常で、総務部長が出席するのは極めて異例。府警内部も事態を重く見た対応とはいえる。 しかしこの時点でも、全部門を束ねる府警本部長は書面でのコメントを発表しただけで、広田耕一本部長が初めて記者団の質問に応じたのは、発生から1週間が経過した後だった。 本部長が個別事件に言及すること自体、異例中の異例だが、仮に1週間以内に樋田容疑者を確保できた場合、本部長がカメラの前で謝罪する場面はあっただろうか、と考えてしまう。 大阪府警を取材してきて、今回ほど府民の反発を招いた事件は記憶にない。それは安全を守るべき警察当局が凶悪犯を逃し、安全に関わる情報を迅速に伝えなかったことへの怒りであり、留置業務を担う警察行政への不信だ。この点こそ最優先で検証し、府民に釈明すべきではなかったか。 発生から1カ月半。樋田容疑者の行方はいまだ知れず、留置管理に関する総括もまた、外部に向けては何もなされていない。これでは信頼回復は望むべくもない』、大阪府警に対しは、警察庁から監察を行い、徹底的な原因究明と再発防止策策定に乗り出すべきだ。警察庁では「仲間内」意識が働くようであれば、第三者委員会による調査も検討すべきだろう。

第四に、10月4日付けAERA.dot「お遍路に扮した樋田容疑者は瀬戸内でグルメ三昧 大阪府警本部長は進退問題に発展か」を紹介しよう。
https://dot.asahi.com/dot/2018100400014.html?page=1
・『8月12日に大阪府警富田林署から逃走し、360キロメートル離れた山口県周南市の道の駅で万引きして逮捕された樋田淳也容疑者(30)の逃亡生活が徐々に明らかになってきた。 樋田容疑者は8月12日の逃走直後から1週間もたたずして、四国に「上陸」していた疑いが濃くなった。 8月30日には高知県田野町の道の駅「田野駅屋」で樋田容疑者らしき人物の姿が目撃されたという。 白いスポーツタイプの自転車に乗った樋田容疑者とおぼしき人物は、四国霊場88カ所巡り「お遍路さん」に使われる笠をかぶっていたという。 「樋田容疑者はそこで出会った人に『和歌山からきて、全国を一周している旅の途中だ』と自らを説明して『笠をかぶっていると、寺が無料で泊めてくれる』と話していたそうだ」(捜査関係者) 樋田容疑者は「お遍路さん」に扮することで、身を隠し、滞在先も確保していたとみられるのだ』、初めから計画があった訳ではなく、自転車を盗んでから徐々に上手い変装を考えたのだろうが、環境への適応という点では、素晴らしい才能を持っているようだ。なお、10月4日の夕刊によれば、「8月末に高知県須崎市内の道の駅で、県警の警察官から職務質問を受け、大阪府羽曳野市で盗まれた自転車に乗っていたが、警察官らは防犯登録照会をせず、樋田容疑者と気付かなかった」と、ここれも警察はミスを犯したようだ。
・『さらには逃亡生活の道中、「グルメ三昧」だったこともわかってきた。 樋田容疑者が道の駅「サザンセトとうわ」(山口県周防大島)に立ち寄ったのは9月18日とみられる。 その前日、17日に道の駅「ふれあいどころ437」(山口県柳井市)で宿泊を断られ、たどりついたようだった。 「サザンセトとうわ」の関係者はこう話す。 「山口県岩国市のIという店に立ち寄ってうちの道の駅のことを聞きやってきたと話していた」 そこで、Iについて調べると川魚や地元の牛肉などの豪快な料理で知られる料理店だった。 樋田容疑者は、Iで食事して「サザンセトとうわ」にやってきたというのだ。 この時「日本縦断中」というポップを自転車に掲げていたという。 樋田容疑者は「サザンセトとうわ」が気にいったのか、毎晩、野宿するようになった。 その時点では現金があったのか、「どこかおいしいとこがありますか」と尋ねたという。 地元のラーメン屋Tを紹介され、樋田容疑者は後に「とても、おいしかった」と感想を話していたという。 TはSNSなどでも「昭和を感じさせる」などと紹介される名店だ。 8月22日、樋田容疑者は「サザンセトとうわ」で野宿でお世話になったとお礼に草むしりなどをした。 そして、お礼として店から「かつとじ定食」をごちそうになった。樋田容疑者はここで「櫻井潤弥」という偽名を使っていたという。 「樋田容疑者は、サザンセトとうわを拠点に頻繁に海に出ていたそうだ。そこでカキやワカメ、魚などをとったり、釣ったりして調理して食べていたようです。その時、すでに自炊のためか鍋やコンロなどを自転車に搭載していた。 サザンセトとうわはサイクリスト誘致に力を注いでいて、写真コーナーを作ろうとしていたので樋田容疑者に記念撮影を依頼すると『第1号が僕でいいですか』などと喜んで応じてくれた。うれしくて仕方ない様子で『いっぱい写真を貼ってください』と言っていたそうだ。自転車に積まれていた調理用品や調味料は『お金をできるだけ使わないようにと買い揃えていたら増えてきた』と説明していたようだ。樋田容疑者はサイクリストには人気のブランドの服を着ていたそうで、すべて盗んだものだとみられる」(捜査関係者) 9月29日夜に逮捕された樋田容疑者。その前に立ち寄った道の駅「上関海峡」で盗んだ弁当は地元名物のタコを使った「タコの炊き込みご飯弁当」だった。 「樋田容疑者は、カキをとって生で食べたり、釣った魚をさばいて夕飯にするなどグルメな旅だったようだ。樋田容疑者の自転車からは包丁など調理器具も見つかっている。愛媛県では『お助け下さい』と自転車に貼った紙を見て地元の人が卵焼きやごはんなど、手料理をふるまったようだ。また、樋田容疑者が四国に渡ったしまなみ海道に面する無人島、愛媛県今治市の見近島には、キャンプ場がありそこでは海に潜って、貝や魚を捕獲して焼いて食べたりしていた。 お遍路さんに扮し、地元のやさしさと山海のグルメが樋田容疑者の逃走を支えていたようです。タコの炊き込みご飯も、うまいグルメに慣れたゆえそれに手が出たのかもしれない」(捜査関係者)』、逃走犯がここまで優雅な暮らしを満喫したというのも史上初だろう。
・『一方、完全黙秘の樋田容疑者に対し、足取り捜査が続く大阪府警。広田耕一・本部長が謝罪したが、府民の怒りは収まりそうにない。 「毎日、かなりの抗議の電話がかかってきて、広田本部長の周辺はピリピリしている。樋田容疑者の捜査が落ち着けば、広田本部長の進退問題になるでしょう。 なんせ、大阪で盗んだ自転車で山口県まで逃げられていたのです。おまけに写真撮影まで応じていた。いかに大阪府警の捜査がテキトーだったのかが、ばれてしまった。 毎日、3千人も動員して、樋田容疑者の等身大パネルまでつくり大量の税金を投じた。それをあざ笑うように樋田容疑者はサイクリストとしてグルメ旅です。 広田本部長はじめ、幹部は責任を取らざるを得ないでしょう」(前出の捜査関係者) 樋田容疑者の逃走劇は府警にとって高くついたようだ』、単に本部長の辞任だけで済ませてはならない。前述のような徹底的な原因究明と再発防止策策定が必要だろう。
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