SSブログ

日本・ロシア関係(その7)北方領土5(小田嶋氏:人生がときめく「選択と集中」) [外交]

昨日に続いて、日本・ロシア関係(その7)北方領土5(小田嶋氏:人生がときめく「選択と集中」)を取上げよう。

コラムニストの小田嶋 隆氏が2月8日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「人生がときめく「選択と集中」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00005/?P=1
・『本日(とはつまり「原稿を書いている当日」という意味で、記事の公開日から遡れば「昨日」に当たる)2月7日は「北方領土の日」なのだそうだ。 この日を「北方領土の日」に定めたことについて、内閣府のホームページは《2月7日は「北方領土の日」です。1855年のこの日に、日魯通好条約が調印されたことにちなみ、北方領土返還要求運動の全国的な盛り上がりを図るために設定されました。毎年、「北方領土返還要求全国大会」が、東京で開催されるほか、この日を中心として全国各地で講演会やパネル展、返還実現のための署名活動などさまざまな取組が行われています。》と説明している。 該当ページのリンクをたどって行くと、1981年1月6日に閣議了解した「『北方領土の日』について」と題するPDF文書に行き当たる。 その閣議了解の中の「『北方領土の日』設定の理由書」の冒頭では 「我が国の固有の領土である歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島の北方四島は、戦後35年を経過した今日、なおソ連の不当な占拠下にある。」と、北方四島を「わが国固有の領土」とする政府の公式見解が述べられている。 なるほど。 もしかすると、このリンク先のPDF文書は、いずれ、遠くない将来、消去されることになるかもしれない。 私は自分のハードディスクに保管した。 こうしておけば、少なくとも2019年2月7日の時点で、1981年1月6日の閣議了解書が内閣府のホームページ上に掲載されていた事実を、記録として確定しておくことができる。 私たちは、行政機関が作成・保管している文書や統計が、いつ、どんな形で失われ、あるいは改竄されるのかわからない不確かな時代の中で暮らしている。いま見ている文書にしたところで、それが永遠に見たとおりの形でその場所にあるのかどうかは、保証の限りではない。 とすれば、いま起こっている出来事を正確な歴史資料として後世に残すために、われわれは、自分が制作に関わった文書や閲覧した統計資料を、個人の責任において、できる限り網羅的に保管する覚悟を持たなければならない』、確かに安倍政権の「公文書」の扱いは、「ご都合主義的」で信頼とは無縁なので、自己責任で保管せざるを得ないというのは、腹立たしい限りだ。
・『聞けば「ときめかないブツや記録はすみやかに廃棄するべきだ」とするわが国発の身辺整理哲学が全米で大人気を博しているのだそうだが、私の立場は違う。ときめきや胸の高鳴りを一切もたらさない、どうにも不快で重苦しい記録や物品をこそ、むしろ、われわれは心して保管せねばならない。でないと、自分たちがいま直面し、経験している現実や事件は、近未来の愚かな人々の恣意によって歪められ、あるいは消去されることになる。そういう歴史改竄を許してはならない。 北方四島は、この先5年か10年のうちに、そもそも存在していなかったことにされるのかもしれない。 折も折、北方領土に関する政府の公式見解は、2019年の「北方領土の日」を迎えたいま、微妙に揺れ動いている。 1月30日の衆院本会議で、立憲民主党の枝野幸男代表が「北方領土は『日本固有の領土』か」と問いかけると、首相は「我が国が主権を有する」と繰り返すだけだった。翌31日に「社会保障を立て直す国民会議」の野田佳彦代表が「ロシアによる不法占拠との立場に変わりはないか。昨日はぼそぼそ言って聞こえなかった」と追及した時も、答弁内容は同じだった。 この間のやりとりについては、毎日新聞が『安倍首相 北方四島、「固有の領土」避ける 露の態度硬化を懸念 代表質問答弁』という見出しで2月2日付で記事化している。 状況は、参議院に舞台を移しても変わっていない。 というよりも、「北方領土の日」を控えて、政府の立場はさらに後退しているかに見える。 6日参院予算委員会において、国民民主党の大塚耕平代表代行が、北方領土についての政府の見解を質すなかで、「『固有の領土』という言葉を使ってご答弁いただけませんでしょうか?」という言い方で首相に質問をぶつけている。 これに対して首相は、「えー、その、政府の立場としてはですね、えー、ま、北方領土についてはですね……北方の島々には……わが国の主権……北方領土の島々は、わが国が主権を有する島々である、という立場でございます」と、言を左右にしつつ「固有の領土」というフレーズを口に出すことを避けた。 答弁を受けて、大塚氏は「あの、固有の領土という言葉は使えなくなったのでしょうか?」と問い詰めたのだが、首相は「これはですね。あの、これはもう、この国会では、こういう、この答弁を、させて、一貫させていただいていますが、あー、北方領土はですね、わが国が主権を有する島々である、ま、この立場、この立場には変わりがないということを、申し上げているところでございます」とさらにシドロモドロな答弁で応接している。 首相が北方領土に関して「日本固有の領土」というこれまでの政府見解通りの言い方で言及することを避けている理由は、日経新聞の記事が書いている通り、日露平和条約の締結を前にロシア側を刺激することを避けたい思惑があるからなのだろう。そして、そのまた背景には、2009年に麻生太郎首相(当時)が「不法占拠」という言葉を使って、ロシアとの関係が悪化した時の記憶があずかっていたりもするはずだ』、「ロシア側を刺激することを避けたい思惑」があるのであれば、その旨を堂々と答弁して、説明責任を果たすべきだ。
・『それにしても、こんなあからさまなハシゴの外し方があって良いものなのだろうか。 いくらなんでも、手のひらを返すにしても、あんまり露骨なやりざまではないか。 これまで、政権発足以来、25回逢瀬を重ねてきたウラジーミルとシンゾーによる「個人的な関係」の結果がこれなのだとすると、いったい安倍外交とは何だったのかという話でもある。 とにかく、どういう結果がもたらされるのであれ、せめて、説明だけはきちんとしてもらわないと困る。 別に私が困ったからといって、誰も困らないとは思うが。 北海道新聞が伝えているところによれば、ここへ来て、地元の返還運動もトーンダウンしている。 記事は以下のように伝えている。《根室管内1市4町でつくる北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会(北隣協)の会長を務める石垣雅敏・根室市長は29日、2月7日に同市内で開かれる「北方領土の日」根室管内住民大会(北隣協主催)で、鉢巻きの文言を例年の「返せ!北方領土」から「平和条約の早期締結を!」「北方領土問題の早期解決を!」に変える方針を明らかにした。-略-》 どこからどういう指示があって、たすきの文言が腰砕けのスローガンに化けたのかは、1000キロ離れた関東地方で暮らす私には、ほとんどまったく想像すらできない種類の変化だ。 が、とにかく、地元の人たちはすでに「返せ」という文字を使わなくなっている。 この事実を、どう解釈したら良いのだろうか』、「北方領土の日」根室管内住民大会のスローガンまで書き換えさせるとは、ずいぶん手際が良いようだ。
・『遠く昭和の時代を振り返るに、北方領土の問題をことあるごとに強調してやまなかったのは、どちらかといえば「右派」と見なされる人々だった。 北方領土の返還が国民の悲願であり、戦争によって失われた国土を取り戻すことが果たされない限り、真の「戦後」はやって来ないというのが、彼らの主張で、ということはつまり、ロシア(長らく「ソ連」と呼ばれていた)との戦争は、いまだに終わっていないというのが、対ソ強硬派の右翼を自称する人々の変わらぬ主張だった。 ところが、戦後70余年、一貫して北方領土の返還を叫び続けてきたその右派の人々が、どうしたわけなのか、地元の返還運動推進者同様、突然、「返せ」という言葉を口にしなくなっている。 ずいぶん前からなんとなく思っていたことだが、もはや個々のイシューについて「右派」とか「左派」という分け方をすること自体が無意味になってきている。 というよりも、「右派」にも「左派」にも、固有の思想や主張があるわけではなくて、単に政権に対する態度の違いが両者を右と左のポジションにより分けているだけだと言うべきなのかもしれない。 昨今の右派は、政府の方針を追認するばかりで、政権の態度次第では、領土保全という自分たちの最も根源的な主張すら放棄しかねない人々であるように見える。 同じことは左派にも言える。 自民党が北方領土返還を声高に叫んでいた昭和の時代、わが国の左派陣営は、区々たる土地の帰趨よりも、むしろ隣国との友好的な関係の構築を主張していたものだった。それが、敵方の政党が領土問題で腰の引けた態度を取りはじめるや、にわかに 「北方領土はわが国固有の領土ではないのか!」などと、往年の右翼もかくやの大音声で呼ばわっていたりする。 要するに、両者とも定見があるわけではなくて、単に政策を支持したり攻撃したりするために、その時々の主張を入れ替えている。 バカな話だ。 国土の防衛と領土の保全に固執する伝統右翼の人々がここ最近の北方領土をめぐるやりとりをどんなふうに受け止めているのかについては、実は、私は、確かな情報を持っていない』、右翼の宣伝カーには北方領土返還ののぼりが必ず立っていたものだが、これまでなくなっているのだろうか。
・『たぶん、怒っているに違いないとは思うのだが、その怒りを彼らがどういう形で表明して、どういう行動に結びつけるつもりでいるのか、そこのところがわからないということだ。 ただ、少なくとも、インターネット普及後に勢力を拡大しているJ-NSC(自民党ネットサポーターズクラブ)をはじめとするいわゆる「ネット保守」の面々が、北方領土の返還に冷淡であることは、様々な経路を通じてすでに確認している。 要するに、政権擁護派の人たちは、北方領土の返還そのものよりも、当面は政権の邪魔をしないことの方を重視しているということだ。 一方、政権不支持派の人々は、これまでたいして興味を示していなかった北方領土の話をしきりに持ち出すようになっている。 ということはつまり、右派と左派が対立しているというよりは、単に政権支持派と不支持派が互いの悪口を言い合っているだけの話で、対韓国や対ロシアの外交に関しても、要するに政府がどういう態度を取っているのかに沿ってそれぞれがポジショントークを展開しているだけの話に見える。 問題は、そのポジショントークの中身ではない。 領土が戻ってくるかどうかですらない。 最も大切なポイントは、政府が、領土問題の交渉や基地問題の先行きについて、国民に対して誠実に説明する気持ちを持っているのかどうかだ』、安倍政権は国民への説明義務など果たす気はさらさらないようだ。
・『で、私の思うに、政府は、沖縄と北海道を見捨てるつもりでいる。そのことが、領土や基地へのぞんざいな対応から伝わってくる。 バブル崩壊からこっち、「選択と集中」という経営用語が幅をきかせていた一時期があった。 この言葉は、政府が招集する有識者会議やその彼らが作るPDF書類の中でも連呼されていた。 乱暴な言い方をすれば、「選択と集中」は、「採算部門にだけ資金を集中して、非採算部門は切り捨てようではありませんか」というお話で、企業がコストカットを断行する局面では有効なスローガンではあったものの、行政の用語としてそのまま援用するにはあまりにも無慈悲な概念だった。 「選択と集中」において困難なのは、何を選択してどこに集中するのかの見極めで、というのも、どれが有望で、どの部分が滅びゆく非採算部門であるのかは、実のところ経営者にもわかるはずがない話だったからだ。 見捨てられかけた研究分野がある日会社を救う新商品を生み出したというのは、さして珍しい話ではないし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった収益部門がなにかのタイミングで突然お荷物に化ける式のエピソードも、企業の歴史の中ではごくありふれた出来事だったりする。 とすれば「選択と集中」は、言ってみれば、「当たる馬券だけを買う」と言ってるのとそんなに変わらない未来予測が必ず当たる前提で持ち出されている資金の振り分けの話であるわけで、だとすれば、そんな乱暴な方針は、倒産を目前とした企業のやぶれかぶれのコストカットの手法としてしか使えないはずなのだ』、一時もてはやされた「選択と集中」についての小田嶋氏の指摘は的確だ。
・『その「選択と集中」なるバブル崩壊後の日本経済が生み出した強迫観念が、国策に適用されている事例が、沖縄の基地移転と北海道の領土切り捨てだと、いささか乱暴だが、私はそう考えている。 実際北海道では、インフラの維持さえ難しくなってきている。 鉄道は廃線続きだし、電力も道路ももはやギリギリのところで我慢するほかにどうしようもない。 こんな時に、領土が戻ってきたからといって、いったい誰がそんな寒い島のインフラを整え、誰が住み、誰が産業を起こし、誰が政治を実行するというのだ? ってな調子で、地元の人々はともかく、中央の政府の人間は、もはやたいして返還を望んでいない。私にはそういうふうに見える。 で、バブル崩壊後の左前企業と同じように、「選択と集中」を掲げながら、その実首切りと部門切り離しと、事業縮小に舵を切る。 ありそうな展開だ』、「「選択と集中」なる・・・強迫観念が、国策に適用されている事例が、「沖縄の基地移転と北海道の領土切り捨て」」、鋭い指摘だ。それぞれの地方でも、周辺部を切り捨てて、中心部に人を集めようという「コンパクトシティ」構想も、まことしやかに語られているようだ。
・『ともあれ、領土問題は一朝一夕に解決できるものではない。 それはよくわかっている。 ただ、われわれがこれから直面せねばならない現実が、本来一朝一夕には解決できるはずのない問題を一朝一夕にしようとした人間がもたらした事態である可能性については、そろそろ考慮しはじめてかなければならない。 どうにも解決のめどが立たないケースでは、オホーツクのタラバガニとジャンケンをして決めるという最後の手段が考えられる。 その場合、政府の代表としてカニとジャンケンをする選手として誰を派遣するのかが問題になるわけだが、個人的な見解を述べるなら、安倍さんと河野さんはやめた方が良いのではないかと思っている』、「タラバガニとジャンケン」で締めるとは、さすがだ。
タグ:日経ビジネスオンライン 日本・ロシア関係 小田嶋 隆 (その7)北方領土5(小田嶋氏:人生がときめく「選択と集中」) 「人生がときめく「選択と集中」」 「北方領土の日」 内閣府のホームページ 閣議了解 北方四島を「わが国固有の領土」とする政府の公式見解が述べられている 行政機関が作成・保管している文書や統計が、いつ、どんな形で失われ、あるいは改竄されるのかわからない不確かな時代の中で暮らしている 「ときめかないブツや記録はすみやかに廃棄するべきだ」 わが国発の身辺整理哲学 全米で大人気 政府の公式見解は、2019年の「北方領土の日」を迎えたいま、微妙に揺れ動いている 枝野幸男代表が「北方領土は『日本固有の領土』か」と問いかけると、首相は「我が国が主権を有する」と繰り返すだけだった 大塚耕平代表代行が、北方領土についての政府の見解を質すなかで、「『固有の領土』という言葉を使ってご答弁いただけませんでしょうか?」という言い方で首相に質問 首相は「これはですね。あの、これはもう、この国会では、こういう、この答弁を、させて、一貫させていただいていますが、あー、北方領土はですね、わが国が主権を有する島々である、ま、この立場、この立場には変わりがないということを、申し上げているところでございます」とさらにシドロモドロな答弁で応接 25回逢瀬を重ねてきたウラジーミルとシンゾーによる「個人的な関係」の結果がこれなのだ 地元の返還運動もトーンダウン 例年の「返せ!北方領土」から「平和条約の早期締結を!」「北方領土問題の早期解決を!」に変える方針 北方領土の問題をことあるごとに強調してやまなかったのは、どちらかといえば「右派」と見なされる人々 「右派」にも「左派」にも、固有の思想や主張があるわけではなくて、単に政権に対する態度の違いが両者を右と左のポジションにより分けているだけだと言うべきなのかもしれない 政権擁護派の人たちは、北方領土の返還そのものよりも、当面は政権の邪魔をしないことの方を重視 最も大切なポイントは、政府が、領土問題の交渉や基地問題の先行きについて、国民に対して誠実に説明する気持ちを持っているのかどうかだ 政府は、沖縄と北海道を見捨てるつもりでいる 「選択と集中」 見捨てられかけた研究分野がある日会社を救う新商品を生み出したというのは、さして珍しい話ではないし、飛ぶ鳥を落とす勢いだった収益部門がなにかのタイミングで突然お荷物に化ける式のエピソードも、企業の歴史の中ではごくありふれた出来事だったりする 国策に適用 沖縄の基地移転と北海道の領土切り捨て 北海道では、インフラの維持さえ難しくなってきている
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感