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幼児(児童)虐待(その3)(幼児虐待事件が相次いでいる中 メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]、特集 虐待 “一時保護所”の苦悩、三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界) [社会]

幼児(児童)虐待については、2月22日に取上げた。今日は、(その3)(幼児虐待事件が相次いでいる中 メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]、特集 虐待 “一時保護所”の苦悩、三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界)である。

先ずは、作家の橘玲氏が週刊プレイボーイに寄稿した記事を2月25日付けダイヤモンド・オンラインが転載した「幼児虐待事件が相次いでいる中、メディアがぜったいに触れないこと[橘玲の日々刻々]」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/195185
・『目黒区で5歳の女児が虐待死した事件につづいて、千葉県で小学4年生の女児が父親の虐待によって死亡しました。このふたつの事件に共通するのは、児童相談所など行政をバッシングする報道があふれる一方で、メディアがぜったいに触れないことがあることです。 報道によると、今回の事件で逮捕された父親と母親は沖縄でいちど結婚したあと離婚し、そのあと再婚しています。被害にあった10歳の女児は最初の結婚のときの子どもで、再婚後に次女(1歳)が生まれたようです。 長女を虐待していた父親は沖縄の観光振興を担う財団法人に勤めていましたが、千葉への転居を機に退職、18年4月からは同じ法人の東京事務所の嘱託社員として働いていました。「家族の話も頻繁にし、同僚は家族仲が良いと思っていた」とされ、沖縄時代の元同僚も「愛想が良かった」と証言しています。 ここから浮かび上がるのは、ジキルとハイドのような「モンスター」的人物像です。そうでなければ、職場ではごくふつうに振る舞い、家庭では子どもを虐待するような非道な真似がどうしてできるでしょう。 たしかにそうかもしれませんが、実はもうひとつ可能性があります。 あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされています。逆に、実の子どもが虐待死する事件はきわめて稀です。長大な進化の過程で、あらゆる生き物は自分の遺伝子を後世に残すよう「設計」されているからです。――不愉快かもしれませんが、これが「現代の進化論」の標準的な理論です』、私がこの事件で感じていた疑問を見事に代弁してくれた。
・『そう考えれば、真っ先に事実関係を確認すべきは父親と長女の血縁関係です。報道では実子にように扱われていますが、戸籍上はそうなっていても、実際に血がつながっているかどうかはわかりません。 英語圏を中心に9カ国約2万4000人の子どもを検査したところ、約3%の子どもが、「父親」と知らされていた男性と遺伝的なつながりがないことがわかりました。イギリスでは2007~08年に約3500件の父子鑑定依頼が持ち込まれましたが、鑑定の結果、約19%の父親が他人の子どもを育てていました。こうしたケースは、一般に思われているよりずっと多いのです。 目黒区の事件では、5歳の女児を虐待していたのは継父でした。仮に今回のケースでも父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたとしたら、その行動を(すくなくとも)理解することは可能です。だとしたら、行政はDNA検査を促すこともできたのではないでしょうか』、「父親が長女を自分の子どもではないと疑っていたら」とあるが、再婚前の子どもなので、初めから自分の子どもではないと思っていたと考える方が自然なのではなかろうか。行政としては、真の親子関係を母親に確認すべきで、これをプライバシー尊重を口実に怠ったとすれば、怠慢のそしりを免れないだろう。
・『もしこの仮説が正しいとすると、検査の結果、実子であることが証明できれば虐待は収まるでしょう。逆に別の男との子どもであることがわかれば、子どもの身の安全は強く脅かされますから、行政が女児を保護する正当な理由になります。 ひとつだけたしかなのは、「なぜ虐待したのか」を知ろうとせず、行政担当者の不手際を集団で吊るしあげて憂さ晴らししているだけでは、問題はなにも解決しないということです。このままでは同じような悲劇がまた起きるでしょう』、これには違和感がある。継父だったとすれば、保護しなかった行政担当者の不手際は一層深まる筈だ。再発防止策は、行政の介入強化を如何に円滑に進めるかにあると思う。

次に、3月23日付けNHK NEWS WEB「特集 虐待 “一時保護所”の苦悩」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190322/k10011854611000.html
・『虐待を受けた子どもたちが入る「一時保護所」って知っていますか? 保護された子どもが真っ先に行くことになる施設です。去年6月の時点で全国に137か所あり、年間延べ2万人の子どもが虐待を理由に預けられています。子どもを親から引き離し命を守るためのこの施設は、プライバシーが厳重に管理され内部はおろか場所すら非公開。しかし今回、特別に撮影が許可されました。知られざる「一時保護所」。その実態をお伝えします』、殆ど知られることのない存在だけに、興味深い。
・『ひっそりたたずむその建物は…  私たちが向かったのは岡山市。 秘密の施設は、意外にも街中にありました。建物は大人の背丈以上ある塀に囲まれ入り口には監視カメラ。 表札もなく、中で子どもを保護しているとは誰も思わないような建物。それが今回の舞台、「一時保護所」です』、人里離れたところにあると思っていたので、「街中」とは驚いた。
・『一時保護所って?  取材のきっかけは増え続ける子どもの虐待事件でした。 虐待の対応件数は毎年「過去最多」を更新。千葉県野田市で小学4年生の女の子が「お父さんにぼう力を受けています」とSOSを発しながら誰にも助けられずに死亡するなど深刻な事件が相次いでいます。 こうした事態に政府は「躊躇(ちゅうちょ)なき保護」を推し進めています。でも、無事に保護できたとして、その先、子どもたちはどうなるんでしょうか。 昨年度、虐待を理由に一時保護された子どもは延べ2万1000人余り。その6割は一時保護所に入っていました。 過ごす期間は原則2か月まで。児童相談所が親への指導や調査を行い、子どもを家庭に戻すか、里親や養護施設に預けるかを決めるまでのいわば仮住まいです。 今回、岡山市が子どもの匿名性を守り場所が特定されないという条件で撮影を許可してくれました。
・『鍵、鍵、鍵…  ここでは2歳から18歳までの最大25人を受け入れています。 職員の案内で施設に入ってまず驚いたのが徹底的な施錠です。建物の出入り口はもちろん、廊下も空間を仕切るように、ところどころ鍵付きのドアが設けられていました。 子どもたちには一人一人に六畳一間の個室が与えられます。ただ窓は10センチ程度しか開きません。 学校の教室のような部屋もありました。
施設にいる間は通学ができなくなるため、勉強する場所が必要です。午前中だけが学習の時間にあてられ、1つの教室に小学生から高校生が集まってドリルなどを使って自習をします。 教員のOBたちが勉強を教えに来ますが、学校と比べると、十分な学習環境とは思えませんでした。 なぜこれほどまでに行動が制限されるのか。 案内してくれた岡山市こども総合相談所の佐藤靖啓さんは、「子どもの安全を守るためにやむを得ない面がある」と言います。 虐待のケースでは、保護に反発する親が子どもを無理やり連れ戻そうとする危険があります。 また、一時保護所には、暴力などの問題行動を抱えた子どもも保護されています。子どもの安全を守りトラブルを避けるため、徹底した管理が行われているのです』、親の強引な連れ戻しだけでなく、暴力などの問題行動を抱えた子どもへの対応もあるのであれば、警備が厳重になるのもやむを得ないようだ。
・『窮屈な生活  屋外にはフットサルができるくらいの小さなグラウンドがあります。塀に囲まれた中で子どもたちが、夢中になってサッカーボールを追いかけていました。 決められた日課に沿って過ごし、規則正しい生活によって落ち着きを取り戻す子もいるといいます。それでも子どもたちが窮屈な生活を送っていることも確かです。 岡山市の一時保護所が今回取材に応じたのは、こうした事実も広く知ってもらいたいという思いがあったからだということです。 佐藤さんは「子どもたちをこんな窮屈な空間で生活させて本当にいいのかいつも葛藤があります。子どもの中には“優しい刑務所”と表現した子もいました。必要なときは躊躇なく保護すべきですがやみくもに保護して衣食住だけ保障しておけば良いというわけではないと思っています」と話していました』、確かに親元から引き離された不安を抱える子どもたちへの対応は難しそうだ。
・『心の回復が遅れた…  一時保護所で過ごした子どもは、どう感じているのか。 私たちは、中学生のころに都内の施設で3か月余り過ごしたという20代の女性に話を聞くことができました。 安全管理の方法は施設によって違います。女性が入っていた都内の施設では、子どもたちは岡山市よりも厳しく管理された生活を強いられていました。 「他の子どもとの会話だけでなく目を合わせることすら禁止でした。24時間見張られて寝るときも常に緊張していました。当時は考える余裕もなく従うしかありませんでしたが、虐待で受けた心の傷の回復がとても遅れたと感じています」 厚生労働省は去年7月、一時保護所での生活や行動の制限を必要最小限にすることとするガイドラインをまとめました。施設の改修や生活ルールの改善がようやく始まろうとしています』、厚労省が遅ればせながらも、「ガイドラインをまとめました」というのは結構なことだ。
・『里親家庭の活用を  実は一時保護所のほかにも保護された子どもたちを受け入れる場所があります。 その1つが「里親」です。里親は子どもにとっては、見知らぬ他人ですが、子どもたちの事情をよく理解し、家族と同じように温かく迎え入れてくれます。 また、地域に開かれた「児童養護施設」も受け入れが可能です。多くの場合、一時保護所よりは生活に制限が少なく、学校に通うこともできます。 ところが、実際にはあまり活用されているとは言えません。昨年度、虐待を理由に一時保護された延べ2万1000人余りのうち、里親に預けられたのはわずか約7%、児童養護施設は約13%にとどまっています。 里親や児童養護施設に預けられるのは、親が連れ戻しに来るリスクが無いなど子どもの安全に問題がない場合に限られるということも要因としてありますが、最大の理由は受け皿不足です』、「里親や児童養護施設に預けられるのは」合計20%とは、残りは「親が連れ戻しに来るリスク」があったり、「受け皿不足」などがあるにしても、一体、どう対応しているのだろう。親元に戻したり、一時保護所での預かり延長、などで対応しているのだろうか。説明不足なのが残念だ。
・『深刻な受け皿不足  特に東京などの都市部では虐待の急増で、里親や児童養護施設のもとで暮らす子どもが慢性的に多く、一時保護の子どもを受け入れる余裕がないのです。 さらに、受け入れの余裕が無いのは「一時保護所」も同じです。保護される子どもが急増し都内を中心に定員を超えての受け入れを余儀なくされているところがあります。 東京都の担当者は、「受け皿の拡大には取り組んできたが、虐待で保護が必要になる子どもが予想以上に増え、対策が追いついていない」と話していました』、受け皿はどの程度不足しているのだろう。
・『保護の遅れにつながりかねない  日本社会事業大学の宮島清教授は、受け入れ先が見つからずに保護の判断が遅れてしまうことにもつながりかねないと警鐘を鳴らしています。 「受け皿に余裕がない状況では、危険度がそれほど高くないケースの保護は、後回しにせざるを得なくなる。しかし、施設の空きを待っている間にシングルマザーの母親が暴力的な男と同居を始めるなど家庭環境が急激に悪化することもあり、その結果、保護が遅れて子どもを救えなかったケースが過去に何度も起きている」 すでに危機的な状況にあるという宮島教授。受け皿の拡大とともに虐待の芽を早期に摘む努力も不可欠だと指摘します。 「里親や児童養護施設などの受け皿の拡大に早急に取り組まなければならないが、どうしても時間がかかる。同時並行で児童相談所の職員などがトラブルの起きた家庭で親にも寄り添って子育てを支え、保護が必要になる子どもを減らすなど、やれることはすべてやるという覚悟を持って対応すべきだ」』、「受け皿不足」が「保護の遅れにつながりかねない」というのは、深刻だ。
・『岡山市の一時保護所を取材して最も心に残ったのは被害者である子どもたちが保護された先でも窮屈な生活を強いられている現実でした。もちろん必要な場合は積極的に保護すべきですが、何より大切なのは一時保護所で過ごす子どもをいかに減らしていくかを考えていくことだと思います』、これは余りに「キレイ事」過ぎる。問題は難しくて、簡単な答えはないということのようだ。

第三に、健康社会学者(Ph.D.)の河合 薫氏が3月26日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「三つ子虐待事件の母親を追い詰めた「男社会」の限界」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00015/?P=1
・『今回は、かなりとっ散らかった内容になるかもしれない。と同時に、新聞記事に書かれていた情報以外は入手できなかったので、あくまでも「考える」ためのきっかけとして取り上げることをお許しいただきたい。 3月15日、ある事件の被告に実刑判決が言い渡された。2018年1月、三つ子の母親が生後11カ月の次男を床にたたきつけ、死亡させた事件である。報じられている事件の経緯や判決の量刑理由を読むと、言葉が出ない、というか、ただただ鬱屈とした感情だけが募ってしまう……。そこで、皆さんと共に考え、ご意見をいただきたいと思った次第である。 事件が起きるまでの経過はこうだ。 17年1月、夫婦は不妊治療の末に三つ子を授かるが、3人とも低体重だった。出産後、母親は実家に帰省。しかしながら、飲食店を経営する両親を頼ることはできず、同年5月に夫が待つ自宅に戻った。夫は半年間の育児休業を取得していたが、おむつの取り換えに手こずったり上手にあやせなかったりしたため、母親は夫を次第に頼らなくなったそうだ。 3人の赤ちゃんを育てる生活は想像以上に過酷で、寝る暇もない毎日だった。市の保健師の訪問を受けた際に相談したところ、子どもを一時的に預けられる「ファミリーサポートセンター」の利用を勧められたが、事前面談に3人の乳児を連れていけず、結果的に利用しなかったという。 そんな中、事件が起こる。 18年1月11日の夜、子ども部屋に寝かせていた次男(当時11カ月)が、泣き始めた。その泣き声に母親は激しい動悸と吐き気をもよおし、次男をベッドから抱き上げ、畳の上に投げ落とした。再度、泣き続ける次男を投げ落としたところ、「気持ちが少し落ち着いた」という。 しかし、直後、母親は慌てて119番通報。事件当日、夫は夜勤で留守にしており、救急車が駆け付けるまでの間、母親は次男を抱きかかえて心臓マッサージをしていた。その2週間後、次男は搬送先の病院で息を引き取った。 最終陳述で、母親は「大好きだし、大事な私の子どもだというのはずっと変わらないです。何も悪くない次男に痛い思いをさせ、将来を奪ったこと、本当にごめんなさい」と涙ながらに語るも、裁判官が言い渡したのは実刑判決。 被告は犯行時、うつ病の状態だったが、完全責任能力があったと認定。「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に2回たたきつける態様は、危険性が高く悪質」と判断された。 弁護側は近く控訴する予定で、双子や三つ子を育てる「多胎育児」の母親たちは、控訴審に備えて署名活動を開始。現時点で3万3000人を突破しているそうだ』、私もこのニュースには、判決に対し憤りを感じた。せめて執行猶予を付けるべきだと思ったからだ。保健師のおざなりの対応にも腹が立った。
・『「いなくなればいい」って、何回もそう思ったよ  ……ほんと、何と言えばいいのだろう。 3人もの乳児を1人で……。想像しただけでも涙が出る。 残念ながら私は育児経験がないまま“戦力外”になってしまったが、友人などの話は聞いているので、子育ての大変さも多少は分かっているつもりだ。 双子を授かった友人は以前、「こんなこと絶対に思っちゃいけないんだけど、うちの子は夜泣きがすごかったから。『いなくなればいい』って、何回もそう思ったよ」と話した。また、別の友人は、「ず~っと子育てしてるでしょ。するとさ、永遠に子どもと2人だけの世界に閉じ込められてしまうんじゃないかって、恐怖に襲われるんだよ」と、夜遅くにしか帰らない夫への不満をこぼした。 「実家でもっと何かできなかったのか」と思う人もいるかもしれないけど、商売をやっているとなかなか難しいという話を聞いたこともある。一口に「親子」と言っても、10組の親子がいたら10通りの親子関係があるし、報道されている以上のことはわからないので、何ともコメントしようがない。 ファミリーサポートセンターの事前面談の件についても、さまざまな意見があるだろう。弁護側は「行政や医療機関から適切な支援がなされず追い込まれた」と訴えたそうだが、判決では「行政などの対応が(被告への)非難の程度を軽減できる事情があったとも認められない」としている。 私は今回の“事件”に関し、「誰が悪い」とか「誰に問題がある」とか、特定の誰かを責め立てる話をしようとは思っていない。ただ、そもそもの「国のあり方」、さらには「私たちのあり方」を、一度立ち止まって考えてみるべきなのではないか……と感じている。より具体的に言えば、「ケア労働」への理解が深く、「ケア労働」を重んずる社会であったなら、痛ましく悲しいこのような事件は防げたのではないかと思えてならないのである。 生きていくためには「お金」が必要なので、私たちは“有償”の「市場労働」に勤しむ。一方で、生きていくために、ご飯を作ったり、部屋を掃除したり、子どもや高齢者の面倒を見たりといった“無償”の「ケア労働」も担う。 男とか女とか関係なく、どちらも、私たちが生きていくためには必要不可欠な労働であることを、否定する人はいないはずだ。しかしながら日本では、なぜか無償のケア労働はないがしろにされ、「育児なんて誰もできる」と、いけしゃあしゃあと言い放つ輩までいる始末だ。 日本では「市場労働」に女性たちを参加させることには積極的だが、男性を「ケア労働」に参加させるのには消極的。女性を市場労働に参加させるのであれば、男性のケア労働への参加も同時進行で行わなければならないのに、「育児と仕事の両立」が求められるのは主として女性だ。 「そんなことはない!最近は男性のケア労働への参加も進んでいるじゃないか!」と反論する声もあるかもしれないが、現実は決してそうではない』、その通りだ。
・『結局は、“なんちゃって育休”  例えば、改めて書くまでもなく、男性の育児休業取得率はいまだに絶望的に低い。 「男性の育児休業率 過去最高記録達成だ!」と、メディアは騒ぎ立てるが、たったの5.14%(2017年度)で、女性の83.2%と比べれば雲泥の差(厚生労働省調べ)。おまけに半数以上が5日間未満で、17年度の男性の育休取得が「22.9%を超えました!」と胸を張った千葉市でさえも、その取得日数は10日未満が7割だったと聞く。申し訳ないけど、“なんちゃって育休”でしかなく、言葉も文化もわからない土地に海外旅行し、「いや~、いい経験になりましたよ!」というのと変わりないのである。 その一方で、「育休を取得したい」と考えている男性は多い。 昨年、明治安田生活福祉研究所が発表した出産・子育てに関する調査「2018年 25~44歳の子育てと仕事の両立」では、子どもがいない25~44 歳の既婚者・未婚者のうち、子どもが欲しい気持ちがある・あった男性に「今後、子どもが生まれた場合に、育児休業を取得したいですか?」と聞いたところ、「ぜひ育児休業を取得したい」と「できれば育児休業を取得したい」を合わせると、実に7~8割が育休を希望している事実が明らかになった。 にもかかわらず、依然として育休を取る男性が少ない背景には、「社会のまなざし」と「制度の問題」が大きく影響していることを、誰もが分かっているはずだ。そうなのだ。「誰もが分かっている」のに、なぜ、いまだに「会社での(有償の)仕事の方が、(無償の)家庭の育児より価値がある」と思ってしまう人たちが多いのか。 「育休? まさか遊びたいだけじゃないよな?」「戻ってきたときには席はないと思っていたほうがいいぞ」「女性社員が増えて、育休だ、時短だって現場はてんやわんやなのに、育休取るって? どういう神経してるんだよ」「あそこのダンナさん、育休だって。結構なご身分ね~」などなど、いまだ社内だけでなく、ご近所さんからも、白い目で見られる始末だ。 育児や家事は、限られた時間内で「タスク」を達成するための高いマネジメント能力が必要とされる仕事であるにもかかわらず、「ケア労働」はあたかも「市場労働」より質の低い仕事と見られてしまいがち。ケア労働への社会の無理解が「母親」たちを追いつめ、結果的に、最も弱い存在である小さな命に刃が向けられてしまうこともある。 以下の表は、以前、当連載の記事中(男だ女はもう「114」。埋まらぬ日本の格差問題)に掲載したものだが、今一度見てほしい。これは、社会政策の国際比較を行い福祉国家の類型化を試みたスウェーデンの社会政策学者セインズベリーの研究をべースに、「市場労働とケア労働を国の政策としてどう考えているのか?」を横軸に、「社会におけるジェンダー役割」を縦軸に、私が作成したものだ。 ご覧の通り、日本は「男性稼得者型」、すなわち「男は仕事、女は家庭」という価値観の強い国であるだけではなく、「市場労働」のみ評価する国という位置づけになる。この中ではドイツが比較的日本と似た価値観を持つのだが、異なるのは、国が先導役となって「男性を家庭」に“参入”させる策を粘り強く講じてきた点にある』、「“なんちゃって育休”」とは言い得て妙だ。「「ケア労働」はあたかも「市場労働」より質の低い仕事と見られてしまいがち。ケア労働への社会の無理解が「母親」たちを追いつめ、結果的に、最も弱い存在である小さな命に刃が向けられてしまうこともある」、というのはその通りだろう。
・『日本と似ていたドイツの挑戦  ドイツが最初に取り組んだのは、「時間」だ。 これまで「市場労働」に費やされていた男性の時間を「ケア労働」に移動させるために、政府はさまざまな時間調査を行い、国民がどのように時間を使っているかを綿密に分析。「ケア労働に持続的に参加できる」、つまり、育児や介護などさまざまな人生の出来事に対応して自分の時間を使えるよう、何を、どうすればいいかを考え続けた。 政府はまず、法律で「1日10時間以上働くこと」を原則として禁止。抜き打ちの監査が入るほど厳重に徹底され、残業超過が発覚した場合には、雇用者(もしくは管理職)に最高1万5000ユーロ(約180万円)の過料もしくは1年以下の懲役という罰則付きだ。有給休暇も、年間で最低24日間と定め、100%近い消化率となっている。 また、残業した分は「労働時間口座」に貯蓄し、後日休暇などで相殺し、「自分時間」に転換することもできる。つまり、「この時間は誰のものか?」という管理を徹底的に行っているのである。 「ケア労働=無償労働」に積極的に関われるように、育児のための「親時間」、家族介護のための「介護時間」の確保に向けた環境整備も進めてきた。 例えば、「両親時間」と名づけられた育児休業では、両親は子どもが生まれてから最長36カ月育児休業を取得でき、元の職場への復帰も保証されている。育児休業中は、それまでの月額収入の67%程度に相当する「両親手当」が12カ月間支給される。両親がともに休業を取得した場合は、14カ月支給されるため、両親そろって「ケア労働=育児」に専念する期間の確保が容易になる。子どもに手がかからなくなるまで、パートタイムの“正社員”として働く人たちも多い。 一方、介護を例にとると、短期の場合は最長 10 日間の休業、長期介護の場合は最長 6 カ月間の休業もしくは部分休業(介護時間)が可能なほか、最長で 24 カ月間、労働時間を短縮しパートタイム労働に従事することもできる。ドイツは日本の介護保険制度のお手本となった国なのだが、介護をしている家族には、「介護手当」が支給される』、何と手厚い育児・介護政策なのだろう。「介護保険制度のお手本」とつまみ食いするだけでなく、こうした幅広い政策もお手本にしてもらいたいところだが、経団連などの経営者団体は猛反対だろう。
・『日本の「哲学」って……  もちろん、どんなによく見える制度も100%完璧というわけではないだろうし、悪用する人たちだっているかもしれない。すべてがそのまま、日本で活用できるわけでもない。 しかしながら、日本と同じように「男は仕事、女は家庭」というかなり強固な価値観がはびこっていた社会で皆がいかに共存できるかを考え抜いた結果、ドイツは変わった。男女関係なく、個々の「自分時間」の確保により人生を豊かにする国づくりに向けて、歩みを進めた。 時間に関する政策を通じてドイツは、ケア労働と市場労働のバランスを保ち、個人・企業・社会のいずれもが、それぞれの責任を負い、互いに協力し合い、働く人たちが最後まで無理なく「働き続けられる制度」を試行し続けている。 その土台には、「仕事だけをやっていたんじゃ、豊かな人生は手に入らない」「豊かな人生のためには、自分の自由になる時間が欠かせない」「お金につながること(有償労働)だけに、人生の意味があるわけではない」という考え方に基づいた、国の「哲学」が存在する。そして、その哲学は、国を支える国民の中から生まれるもの……。 かたや日本はどうなのだろう? どんな「哲学」の下、女性の労働参加や、イクメン政策が進められているのだろう? 日本の制度や法律は、海外と比較しても引けを取るものではない。むしろ「人に優しい」法律も多い。しかしながら、本当に守らなければならない人たちを守りきれないのはどうして?「はい、相談窓口作りました!」「はい、サポート施設作りました!」「はい、きちんと情報は伝えました!」だけでは、悩みのどん底にいて、自らSOSを出すエネルギーさえ持てないギリギリの人たちを救うことはムリ……。 私たちの確固たる「哲学」って何だろう? ケア労働であれ市場労働であれ、どちらも「責任」と「疲れ」がストレスの雨を降らすけれど、雲の隙間から一瞬光が漏れたときの「喜び」はとてつもなく大きい。その光は必ずしも「お金」がもたらすわけではなく、精神的なゆとりや、手を差し伸べ、傍にいてくれる人が与えてくれる自己有用感などから生まれるものだ。そうした喜びをもたらしてくれる「自分の時間」をもう少し持てる社会であれば、穏やかな光で包まれる幸せな国になるのではないか。 先日、世界の国や地域156カ国の「幸福度」をランキングにした国連の報告書が公表され、日本は昨年より4つ順位を下げて58位で、G7の中で最下位。「健康に生きられる年数」は上位だが、「社会の自由度」は64位で、「他者への寛大さ」は92位に沈んだ。ただ、「寛大さ」は、過去1カ月間での慈善団体などへの寄付額で測定されていて、幸福度に占める割合も5%程度とされている。 「寄付文化の違いだ!」「たったの5%だ!」と調査結果に疑問を感じたり、反発したりする人もいるかもしれない。でも、私は、苦しんでいる人の“光”になる寄付のようなちょっとした思いやりは、有償労働外の「自分の時間」から生まれることが多いと考えている。だから、92位という順位は、とても気になる。 「自由と寛大さがないのは、余裕がないからでしょ?」 ふむ。そうかもしれない。だからこそ、余裕を生む「時間」を、“お互いさま感”の中で作っていけばいいのでは?』、ドイツが、「「仕事だけをやっていたんじゃ、豊かな人生は手に入らない」「豊かな人生のためには、自分の自由になる時間が欠かせない」「お金につながること(有償労働)だけに、人生の意味があるわけではない」という考え方に基づいた、国の「哲学」が存在する」というのは、我々の今後の進むべき方向を示していると思う。 ランキングが、「G7の中で最下位」とは恥ずかしい限りだが、「他者への寛大さ」では、寄付以外でも、生活保護への厳しい風当たり、ネット右翼の暴言、ヘイトスピーチなど、明らかに「狭量」な動きも高まっている。河合氏が言うように、「「自分の時間」をもう少し持てる社会」に変えてゆくことで、もっと自由で寛大な社会にしていきたいものだ。
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