SSブログ

社会問題(その3)(ひきこもりルネサンス ~生き抜くためのヒント~、“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」) [社会]

社会問題については、2017年10月27日に取上げたままだった。久しぶりの今日は、(その3)(ひきこもりルネサンス ~生き抜くためのヒント~、“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」)である。

先ずは、昨年8月29日付けNHKクローズアップ現代+「ひきこもりルネサンス ~生き抜くためのヒント~」を紹介しよう。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4173/index.html
・『かつて、ひきこもりといえば、「いじめや不登校などが理由で、若い男性が部屋に閉じこもる」と考えられてきた。しかし今、実態が多様になっているとされ、この秋から国も本格的な調査に乗り出す。これまでは推定54万人(39歳以下)とされてきたが、専門家からは100万人に達するのではないかとの指摘もある。今回NHKでは、SNSなどを通じて、ひきこもりの当事者や家族などからの体験談を募集。300通を超える投稿が寄せられている。「家にこもってきたものの“家事手伝い”という理由で見過ごされてきた30代女性」「介護離職を機に孤独な生活に陥った40代男性」…分析すると「女性」「高年齢化」など、埋もれてきた新たなひきこもりの姿が見えてきた。一方、生き抜くために、ひきこもり自身による取り組みも始まっている。当事者同士が集まって情報交換の場を作ったり、山間の集落で共同生活し、新たな生き方を模索したり…。増え続けるひきこもりの人々の実態に迫るとともに、未来を描いていくための方策を探る』、私の場合、幸い身近にはいないとはいえ、我が子や孫たちが陥る可能性はなきにしもあらずなので、他人事とスルーすることはできない問題だ。
・『ひきこもりルネサンス 生き抜くためのヒント(--はナレーター)  ゲスト 中川翔子さん(タレント) ゲスト 山田ルイ53世さん(髭男爵)(芸人) 中川さん:私たちはひきこもりの経験者です。 山田ルイ53世さん:だけど、僕たちも知らない、意外なひきこもりの人たちに出会いました。 ーー若い男性が部屋に閉じこもる。かつて、そうしたケースが多いとされてきた、ひきこもり。しかし今、その実態が大きく変わっているというんです。ひきこもりの当事者たちが集まる場を取材すると、中年男性や女性もいて驚きました。 女性(40代)「体力的に(働くことが)続かなかったり、という問題もあって。」 男性(40代)「人前で『これしたい』って言って、自信を持って動ける自信はない。」 ひきこもりの当事者たちが自ら情報を発信する動きや、山あいの集落で共同生活し、新たな生き方を見いだす人たちにも出会いました。 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「虚像なんでしょうね。今までみんなが“ひきこもり”と思っていたものって、どれにも当たっていない可能性がある。」 山田ルイ53世さん:まさに、ひきこもりルネッサーンス! 武田:今夜は経験者のお2人と共に、ひきこもりの最新事情に迫ります』、ゲストの中川さんや山田ルイ53世さんも“ひきこもり”経験者とは、この問題の広がりを再認識させられた。
『しょこたんが取材!ひきこもり最新事情  まず、中川さんが向かったのは、ひきこもりの当事者たちの集まりです。会場にいたのは女性ばかり、およそ50人。その名も「ひきこもり女子会」です。 中川さんもひきこもりの経験者として、特別に参加させてもらいました。 中川翔子さん「みなさん、ここにいらっしゃるまでにどんな思いで、どんな気持ちで、どんな勇気を出して、そして今どんな考えでいらっしゃるのか、きょうは皆様よろしくお願い致します。」 ーー社会では人とうまく関われないものの、この場にはなんとか出てこられるという人たちばかり。女性の当事者だけの集まりだからこそ、安心して本音を言い合えるといいます。 中川翔子さん「楽になりたいですよね。」 参加者「孤独やばいですよ。」 --これまでの参加者は、延べ2,000人以上。なぜ多くの女性たちがひきこもるのか。きっかけを尋ねてみると…。 参加者「男の人たちが多い職場だったんですけど、セクハラっていうか、そういうのに遭って。」 参加者「両親との関係もうまくいかなくて、助けを求めても誰も助けてくれない。」 参加者「ちゃんと正社員にならなきゃ、普通にならなきゃってやっぱり思ってて。」 --家族や友人との関係、職場のトラブルなど、ひきこもるきっかけは多様で身近でした。 中川翔子さん「(女性のひきこもりは)世の中的にもあまり知られていない。思っていたひきこもりの定義と、また増えてきているんだな、多様化しているんだなっていうのが、実際お会いしてますます思った。」』、一般的には「おしゃべり」が好きな女性でも、様々な理由でひきこもりが起きるようだ。
・『「高年齢化」「女性」 多様化するひきこもり  ーー国の調査でひきこもりとしているのは、買い物などを除いて、家族以外とは関わらず、半年以上家に閉じこもっている人。主に若い男性の問題と考えられてきました。 今回、私たちは特設サイトやSNSを通じて、当事者や家族からの体験談を募集。300以上の投稿を読み解いたところ、新たな特徴が見えてきました。その1つが「高年齢化」。投稿のおよそ半分が40歳以上から寄せられたものだったのです。 “50代の弟がひきこもりです。最近の若い世代のひきこもりとは状況が違う気がしています。” 「リストラ。」「リストラですね。40代男性。」 さらに、国の調査対象から除かれている主婦からの投稿もありました。 中川翔子さん「主婦で子どももいる。家族以外の人とは関われないってことなんですかね?ちょっとびっくりしましたね。そういうこともあるんですね。」 ーーその存在に注目し、調査の必要性を指摘する専門家もいる、主婦のひきこもり。一体どのような実態があるのか。投稿をくれた1人が取材に応じてくれました。 40代の今村さん。現在は回復しましたが、かつて4年ほどほとんど外に出ませんでした。 中川翔子さん「どういうことなんだろう?お子さんがいたり、ご主人がいる状態でひきこもるってこと。」 --もともと保育士として働いていた今村さん。出産後、仕事と育児の両立が厳しくなり退職します。なぜ他の人のように両立させることができないのか―。社会とのつながりが薄れたことで自信を失い、一時は夫や子どもとも関われなかったといいます。 今村由花さん(仮名・42)「人が怖くて、コンビニの人まで怖かった。全然顔を見ないようにして買ったりとかして。近くのコンビニ行っても近所の人に会わないように。こんな自分じゃダメだって思いながら、でも体は動かないし、やる気も起こらないし。」 --民間の調査機関の研究によると、働く女性が増える中で、専業主婦の半数以上が後ろめたさや罪悪感を抱いているといいます。 中川翔子さん「現代で専業主婦っていう姿だけじゃなくて、働く女性も当たり前になってきたっていうふうに見えるからこそなのか。これからの時代ますますそうなっていきますよね。」』、「高年齢化」、「主婦」と多様化しているのにも驚かされ、問題の深刻さを再認識させられた。
・『本音投稿から見えた多様化するひきこもり  武田:中川さん、一口にひきこもりと言っても、いろんな人がいろんなきっかけで苦しんでいるんですね。 中川さん:取材してみて初めて分かったのが、現代はひきこもり、本当に一口では言えないぐらいに多様化しているんですね。女性の方、ものすごく多かったんですけれども、私は10代のころ、いじめが原因でひきこもりになって、理由がはっきりしていたんですけれど、今はどうしてひきこもりになったのか、なんとなくなってしまったという方や、職場での環境が合わなかった、そして、悩みもその人の主観、それぞれで全然違いますし、十分頑張っているじゃないって励まされることで、また傷ついてしまうっていうこともおっしゃっていたので。本当に今の現代のひきこもりという形を、どんどん知らないといけないなっていうのは感じました。 鎌倉:NHKの取材でも、今おっしゃったように、ひきこもりが多様化しているということが分かってきているんですね。SNSなどを通じて、私たちのもとには続々と投稿が集まっています。スタジオにも、その声の一部をご紹介しておりますけれども、300通を超えているんです。多かったのは、まず、中川さんも会われたように女性だったんですね。従来、ひきこもりは主に若い男性の問題だと考えられてきましたけれども、今回、半数近く女性からの投稿だったんです。例えば、こちらをご覧いただきましょう。“最低限の買い物などには出かけますが、他人との交流は一切ありません。両親には、「女だから」「家事手伝い」と言っておけばなんとかなる…と、長い間言われてきました。” これまで、この方のように、家事手伝い・専業主婦、あるいは育児中の女性というのは、国のひきこもりの調査の対象ではなかったんですね。しかし、今後は対象に含めるか検討されているんです。 武田:中川さん、投稿をお読みになったと思うんですけれども、どれか気になりましたか? 中川さん:私が今回、気になったのはこちらです。“私は今現在はひきこもりではありませんが、来年は分からない。コミュニケーションが必要不可欠な職務でありながら、いつ壊れてもおかしくないし、転職するスキルもない。ひきこもり予備軍です。”という40代女性の方なんです。今現在はひきこもってはいないけれども、いつ壊れてしまうか、いつ仕事だったり、環境からドロップアウトしてしまうか分からないという、そういうこともあるんだという、ひきこもり予備軍ということもあるんだとすると、私自身もそうだなと感じてしまいましたし、そう思う方もすごく多いんじゃないかなと。だからすごく危うい状況の中で、なんとかなんとか自分と闘っていらっしゃる方も、そしてやっぱり、普通に頑張ること、人とコミュニケーションって、どうすれば正解なの?ちょっと目立つとたたかれちゃうし、それにうまいことやらないとっておびえながら暮らすのも怖いしって、どんどん追い詰められちゃうことが多いみたいです。 鎌倉:さらに投稿をご紹介していきますと、こちらも、これまで国の調査の対象にはなっていなかった40歳以上の方々からの声、これも多かったんですね。こちら。“50代の弟がひきこもりです。85歳の母が同居して世話をしていますが、昨年父が亡くなると年金が減り、生活費は半分になりました。” この高年齢化による問題なんですけれども、親が80代、子が50代に入りますと、その問題が顕在化することから「8050問題」と呼ばれていまして、親が亡くなった後に、子どもが衰弱死したと見られるケースも報告されているんですね。 ほかにも多かったのはこちらです。“就職しても、またひきこもりに戻ってしまうことを繰り返している”という悩みの声だとか“10年、20年と長期的に抜け出せない”という声も寄せられています。 これまで国は、ひきこもりの人は54万人と推計してきたんですけれども、これだけ多様化するひきこもりの人たちを含めますと、その数は100万人に達するという見方もあるんです。 武田:山田さんはどれが気になりましたか? 山田ルイ53世さん:本当に全部切実なメールなんですけれども、僕はこれですね。“私の子どもは中1から閉じこもり、現在30歳、18年間だ。親としているうちはいいが、俺が死んだらどうするんだと考えると居たたまれない。どうする?” これが70代のお父様からのメールということなんですけれども。 武田:まさに「8050問題」のちょっと手前にある方っていうことですよね。 山田ルイ53世さん:僕の場合は、中2ぐらいから6年間ぐらい、ちょっとひきこもったんですけれども、その時に、すごく親の人生をちょっとおかしくしてしまったなという後悔がすごくあって、だからやっぱり、このメールとは直接関係ないかもしれませんけれど、おうちにひきこもっているお子さんがいるからといって、お父さん、お母さんまで沈み込む必要はない。なんか趣味の陶芸とか、テニスかわからへんけど、そういうのやめちゃう必要ないよ、みたいなことはいつも思っているんですよね。 武田:そういう方々を、じゃあどうやって支援すればいいのかということですが。 山田ルイ53世さん:どうしたらいいのか、私、取材してきました』、「ひきこもり予備軍」も確かに無視できない存在だ。「8050問題」は考えるだけで恐ろしくなるほど深刻な問題だ。
・『髭男爵が取材!ひきこもり専門誌  お笑い芸人 山田ルイ53世さん「声が聞こえます。」 ーーひきこもりの当事者や経験者が、ある活動をしていると聞いて訪ねました。行われていたのは雑誌の編集会議。去年(2017年)創刊された「ひきポス」です。ネットや支援団体の窓口で販売されています。 内容は、ひきこもった理由や外へ出たきっかけ、さらに恋愛観など、赤裸々な体験がつづられています。記事を書いている人の中には、女性や、40代、50代の人もいました。 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「『電話のかけ方が分からない』。これ、どういうこと?」 ひきこもり歴20年(断続的) さとう学さん(40)「名前から言えばいいのか、いろいろなシミュレーションを電話相手がどう出るかとか、将棋の棋士のように100通り、1,000通りのパターンを考えて疲れ果てて、もう電話しない。」 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「やっぱ、やめとこうって。」 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「対人緊張は、そうよね。僕もひきこもってるとき、何度か外に出ようとするんですけど、やっぱり怖かった。でも、こういうのが『あるある』だと、今ひきこもっている人に届けることができたら、ちょっと和らぐかもしれんね、心がね。」 --編集部では、ひきこもりの経験を共有することで、当事者の孤独を癒やし、周囲の理解にもつなげたいと考えています。 ひきポス 編集長 石崎森人さん「親御さんだと『もっと読みたい』とか『息子の気持ちを知ったような気がする』とか、そういう人が出てくるんです。(ひきこもりを)当たり前のものとして語ってもらえるものにしたいと思っていて、それがまず社会全体を生きやすくするひとつだと思うんです。」』、電話のかけ方で悩むさとう学さんは、きっと完璧主義が行き過ぎていたのだろう。「ひきこもり専門誌」のような試みは、お互いの情報交換のツールとしてよさそうだ。
・『ひきこもりながら働く!生き抜くためのヒント  ーーひきこもる人を取り巻く環境も変わり始めています。ひきこもりながら働いているという男性がいると聞き、宮城県を訪ねました。 高橋明史さん。実家で両親と暮らしながら東京の企業に勤めています。ただし、職場はひきこもっている自分の部屋です。 ひきこもり歴6年(断続的) ーー高橋さんは、IT企業の社員としてホームページの制作や管理などを任されています。部屋にいながら全ての業務をこなしています。 高橋明史さん(30)「朝9時に目が覚めたとしたら、9時10分にはお仕事開始できるんですよ。」 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「近いからね、職場が近いからね。」 高橋明史さん(30)「そうそう。」 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「あれが布団ね。あそこで寝てるのね。徒歩2歩かな。」 高橋明史さん(30)「ひきこもりには適した環境ですね。」 お笑い芸人 山田ルイ53世さん「僕がひきこもってるときに、こういう(働き方)があればね。」 --高橋さんが勤めるIT企業は、去年12月に設立されました。社員のほとんどがひきこもりの当事者です。会社では、ひきこもりの人が働きやすい環境を整えています。社員は始業時に自分の体調を数値化し、チャットで会社に報告。業務量を柔軟に調整できます。社長の佐藤啓さん。会社を立ち上げた理由は、長くひきこもる40代のいとこがいたからでした。そのこまやかで真面目な性格は環境さえ整えば大きな武器になると考えたのです。 IT企業社長 佐藤啓さん「ITの仕事に対して、ひきこもりの方々が持っているきめ細かさ、こういった部分がおそらく生きるだろうなと思った。」』、IT企業は、「社員のほとんどがひきこもりの当事者です」、いくら「ホームページの制作や管理」とはいえ、納期や締め切りもある筈なので、調整役の社長は大変だろう。
・『ひきこもりながら自立!生き抜くためのヒント  ーーさらに、全く新たな生活スタイルを作り出している人たちもいます。やって来たのは和歌山県の山あい。市街地から車で2時間ほどの所にある古い建物です。「ここがリビングです。」 NPO法人「共生舎」。ひきこもり経験者など17人が共同生活を送っています。「両脇が個人の部屋。」 大部屋でほかの人といるのも、自分の部屋で1人で過ごすのも個人の自由です。 「誰か、お米炊いてくれませんか。」 食事は気が向いた人が作ります。食費はスーパーでまとめ買いした肉や自分たちで育てた野菜などで安く済ませています。月々の負担は食費や光熱費、家賃などを合わせて、およそ1万8,000円のみです。 「おはようございます。」 生活費は、地域の人たちから頼まれるアルバイトで得ています。この時期は、近くのキャンプ場の清掃の仕事です。時給は850円。1日4時間で週2日働けば生活していくことができます。田んぼの手伝いや梅の収穫など、人手不足に悩む地域の貴重な働き手になっています。 キャンプ場 責任者「すっごく助かっています、本当に。もう共生舎さんがいないと、ここほんとに回らないので。」 共生舎で暮らすジョーさん(28)「最高です。気持ちいい。」 --地元の人に感謝されることに生きがいを感じ、この地域に根づく人。ここでの経験を機に、新たな就職先を見つける人。進む道はさまざまです。 共生舎で暮らすジョーさん(28)「可能性を広げてくれる場所ですかね。『とりあえず、やってみよう』という精神にはなってきた気がします。ここに来て。」 共生舎 理事 石井新さん「別に自分の部屋でひきこもるのも、山奥行ってひきこもるのも一緒だなと。ひきこもったままでも楽しく生きていける方法があるんじゃないかと思う。」』、「共生舎」が「人手不足に悩む地域の貴重な働き手になっています」というのもいい試みだ。
・『ひきこもりルネサンス 生き抜くためのヒント  ゲスト 池上正樹さん(ジャーナリスト) 武田:山田さん、お互いに語り合ったり、あるいはこう生きなければいけないという発想を変えることで前向きになれる人もいるんですね。 山田ルイ53世さん:だからやっぱりキーワードは「普通」っていうことやと思うんですけれど、やっぱりひきこもってるときって、世間の人は「普通」って、山のふもとぐらいに思っているんですけれど、僕、ひきこもってるとき、「普通」っていうのは5合目よりちょい上ぐらいやったんですよ。結構ハードル高いんですよね。いわゆる世間が言う「普通」っていう状態、働き方みたいなのを諦めることで、逆に可能性、選択肢が増えているっていうのは、ちょっと驚きというか、すごいなと思いましたね。 武田:現代のひきこもりに詳しいジャーナリストの池上さんにもお話を伺いたいと思います。まず、ひきこもる人たちの背景って、実に多様なんですね。 池上さん:社会が見てきたひきこもり像は一面でしかなかったということだと思います。働かない人の背景っていうのもさまざまあるんですね。大きく3つに分かれるかなと思うんですけれども、1つは職場からはじかれた人たちっていうのが非常に多いかなと。これはハラスメントですね。セクハラ、パワハラなどがありまして、あと1回レールから外れると、なかなか戻れなくなる、そういう構造的な社会の問題もあるかなと思います。2つ目が女性の問題でして、これは実態調査の項目から除外されていたということを新たに発見したんですけれども、ひきこもり主婦がその代表例ですけれども、やはり自分もそうだったんだというふうに、記事を書くと、そういう反響がワーっと来て、だんだん認識が広がっていったという側面がありました。3つ目はLGBTXなどの問題があります。 武田:そうやって考えると、ひきこもりの方本人の問題というよりも、やっぱり社会の側が抱えている問題というのが反映されているというふうに見ることもできますね。 池上さん:ある当事者の話が印象的だったんですけれども、“これまでの支援は、ひきこもりじゃない人が受けてもたえられないものだったと思う”と言っていまして、その多くが社会に適合させる訓練が主眼だったということで、やっぱり社会の側にもそういうところでも問題があったんじゃないかなというふうに思います。 武田:今、支援の在り方のことをお話になりましたけれども、じゃあ、具体的にどういう支援の在り方がいいんでしょうか? 池上さん:やはり人それぞれの支援ということが必要かなと。生き方を支援するということだと思うんですけれども、やはり当事者たちが苦しめられてる価値観を新しく書き換えるということが大事かなと思います。今、対話の場「庵ーIORIー」というフューチャーセッションのスピンオフの企画があったんですけれども、そこのテーマが「就労イコールゴールなの?」という話をしてもらったんですけれども、なかなか就労という価値観、枠組みからやはり抜け出せないということがありました。だから、やはり当事者や家族が自らの意思で作りだす、そういう居場所ですとか、コミュニティーの場、対話の場、あるいはプラットホームという情報集積の場、そういったものを応援したり支援したりということが大事なんじゃないかなと思います。 武田:就労がゴールじゃなくて、生きていくことそのものがゴールにならなきゃいけないと。 池上さん:そうですね。大事なのは生きることであって、就労はその逆なんじゃないかなと思います。 武田:お2人からひと言ずつ、最後に伝えたいことをお願いします。 中川さん:今回、ひきこもり、女子会も取材させていただいて、やっぱりすごく悩んで、苦しんで、しんどい思いをして、考えたからこそ悩みは一番の先生で、だからこそ見つかる思いやことばがあると思うんですね。それがその先の長いトンネルの先の、自分自身や誰かを助ける光になるかもしれない。なので、今、悩んでることにすごく意味もあるんだなと、諦めないでいただきたいと思います。 山田ルイ53世さん:僕はもう、そんなキラキラしなくてもいいんじゃないかっていうね。なんかもう、誰もがキラキラ主人公で、朝起きたら、カーテンしゃーって開けて飛び出していかなあかんみたいな、そうじゃなくてもいいんじゃないかなと思いますけど。もっとしんなり生きてもいいと思う。 武田:ひきこもりの人たちが感じている生きづらさというのは、社会全体の課題だなというふうに感じました。働き方や人間関係の在り方を見直して、多様な生き方が認められる包容力のある社会にするにはどうすればいいのか、私たちもこれから取材を続けていきたいと思います』、「就労がゴールじゃなくて、生きていくことそのものがゴールにならなきゃいけない」、「働き方や人間関係の在り方を見直して、多様な生き方が認められる包容力のある社会にするにはどうすればいいのか」などは大いに考えさせられた。

次に、健康社会学者(Ph.D)の河合 薫氏が4月9日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00118/00019/?P=1
・『知人が、突然会社を辞めることになった。 理由は「親の介護」。85歳の母親と同居していた弟さんが、昨年、他界。そこで「予定よりかなり早いリタイアになってしまったけど、最後の親孝行・・・」との理由から、決まっていた出向を断り、早期退職を決断したそうだ。 問題は彼の“弟さん”だ。私も全く知らなかったのだが、彼の弟さんは長年、家にひきこもっていたのである。 「弟はね、元気な子だったんだよ。僕なんかより社交的で、頭も良かった。いわゆる“エリート”。ところが30代後半に体を壊してから、人生の歯車がくるってしまった。そう、メンタル、やっちゃったの。 あの頃は長時間労働が当たり前の時代だったでしょ。だから本人はその時点で、自信をなくしてるわけですよ。脱落してしまったと思っていたんじゃないのかなぁ。 結局、復職もうまくいかず辞めることになった。それでも辞めて半年くらい経って、契約だけど以前の会社の関連会社に就職したんです。ところが、また辞めてしまった。 理由は・・・わからない。もう、いい大人だから言わないでしょ。兄貴には余計言わないよね。それからですよ、ひきこもりがはじまったのは。 うちは父親が早く他界してるから、母親と二人。80歳を過ぎてから母親が急に老け込んで、母親の面倒は弟がみてたみたいだけど、どんな生活だったんだろう。なんかさ、僕も正月くらいしか実家に帰らないし、よくわからないんですよね。 ただ、母親はずいぶん心配してましたよ。『〇〇(弟)のこと考えると死ねない』って。 弟は結局、がんで死んじゃったの。 本当にかわいそうなことをしてしまった。今から言っても遅いんだけど、自分にも何かできることがあったんじゃないかって。そんなうしろめたさがあるから、会社を辞めて実家に戻ることにしたんです。 ・・・・でもね、やっぱりうちの会社でも体壊して退職を余儀なくされると、就職は大抵うまくいってないですよ。自分も無茶苦茶な働き方してて、ここまできたのは奇跡なのかなぁって思うこともある。病気したら終わり。敗者復活はない。一歩違えば自分が弟になっていたかもしれないしね。まぁ、そういうわけですよ」』、「病気したら終わり。敗者復活はない」というのは日本の企業社会の冷徹な現実で、様々な形で「ひきこもり」を作り出しているのだろう。
・『「中高年ひきこもり61万人」が初めて顕在化  うつ、ひきこもり、がん、介護、介護離職、という時代のキーワードが、まるで毛糸がほどけていくように次々と知人の身に起きていたのは、私自身にとってもかなりショックだった。決して他人ごとではないと。同時に、85歳のお母様の心情をおもんばかると、なんともやりきれない気持ちになってしまったのである。 くしくも先日、「中高年ひきこもり61万人」という内閣府の調査結果が話題になった。 これまでひきこもりの調査は「15~39歳以下」が対象だった(「若者の生活に関する調査 報告書」)が、前回調査(2015年)で「40歳以上を除外」したことに批判が殺到。そこで今回、内閣府の「生活状況に関する調査」で「40歳~64歳」を対象に、中高年のひきこもりの実態が明かされたのだ。 調査は2018年12月、全国で無作為に抽出した対象者に訪問調査で実施。3248人(65%)から回答を得て、そのうち「ひきこもり」に該当したのは回答者の1.45%(出現率)だった。 この数字を同年齢の人口データに掛け合わせたところ、「全国に61万3千人の中高年がいる」ことがわかった。かねて指摘されていたとおり、「15~39歳」の推計54万1000人を上回っていたのである。 具体的には、+7割以上が男性(76.6%) +年齢の内訳は、40代が38%、50代は36%、60代26% +「ひきこもり」になった年齢が39歳以下の人は4割、6割は40歳以上 +就職氷河期世代に当たる40代の半数は20代に「ひきこもり」になっていた +「ひきこもり期間」は「7年以上」が47%、「30年以上」6% +きっかけは「退職」(36.2%)、「病気」(21.3%)、「人間関係がうまくいかなかった」(21.3%)「職場になじめなかった」(19.1%)、「就活の失敗」(6.4%)――複数回答 +4割の人が「悩みを誰にも相談していない」と回答。 また、暮らし向きを「上・中・下」の3段階で訪ねたところ、3人に1人が「下」を選択。家の生計は、「父」または「母」が34%、「本人」が30%、「生活保護など」は9%だった。 ・・・・ふむ。40歳以上のひきこもりが相当数いることはわかっていたけど、かなり衝撃的な結果である。「61万人」という推計の出し方には一部の識者から批判も出ているけど、61万人という数字以上に、国が、しかも全国規模で40代以上を対象に調査を実施した意義は極めて大きい。 40歳以上を見捨てたとして批判された2015年の調査時、内閣府の担当者は、 「なぜ、40歳以上をはずしたのか?」 との質問に対し、「若者の生活に関する調査なので、対象は必然的に40歳未満になる。40歳以上は厚労省の管轄」と超官僚的に答え、「今後のひきこもりの支援策として、アウトリーチ研修(担当者が当事者の自宅に赴き、様々な会話を試みながら当事者が外へ出られるようにする手法)などを39歳以下のみを対象として行っていく」と宣言していたのである。 つまり、今回の調査は国が“社会の声”に遅ればせながらも真摯に向き合ったものであり、国が「40歳以上のひきこもりがこんなにいます!みなさん、61万人もいるのですよ!」と認めたことで、厚労省が設置している全国の「ひきこもり地域支援センター」などを主体に、40歳以上の人への支援が広がることが期待されるのである』、「中高年ひきこもり61万人」と、「「15~39歳」の推計54万1000人を上回っていた」というのは衝撃の数字だ。
・『深刻さを増す高齢介護親子の「8050問題」  それだけではない。 「誰にも相談しない」人が4割もいたという事実は、80代の親が50代のひきこもりの子どもを支える、いわゆる「8050問題」の深刻さを顕在化させた。 「8050問題」は、非正規の増加と密接に結びついた社会問題である。 低賃金で不安定な非正規が増え、親と同居する中高年のパラサイトシングルが増加。ご近所さんからは「あそこの息子は結婚もしないで、いつまでも家にいて・・・・」などと揶揄され、どうにかしたいと足掻きつつも、世間のまなざしから逃れるように「ひきこもる」。 その一方で、親も年をとり、介護が必要となる。子は親に経済面で依存し、親は子に自分の世話をしてもらうことに依存するという、社会的経済的リソースが欠如した親子の相互依存が、ますます貧困リスクを高め、孤立を深め、社会から切り離されていってしまうのである。 「母親は、おそらく本人が若い時に、本人が社会復帰できるよう色々な手を尽くしてきたのだろうが、現在となっては諦めているのか本人の意向に逆らうことがない」「『あの子がいないと通院も買い物もできないし、助かっているから何も言えない。私の育て方が悪かったのよ』といつも話す」 親子であるがゆえの苦悩と、親子であるがゆえの安心感。そして、自分が死を迎えたあとに残される子どもへの思い・・・。諦めと後悔とそれでも生きていかなきゃならない人生に翻弄されている親子が、私たちのすぐ近くにもいるかもしれない、というリアルが存在したのだ』、「8050問題」は確かにとりわけ深刻だ。「諦めと後悔とそれでも生きていかなきゃならない人生」など身の毛がよだつ。
・『健康を害したら「戦力外」という働き方そのものを見直そう  先に触れた知人の弟さんは母親との散歩が日課だったそうだ。働きたいという意欲はあったが、面接のアポをいれても当日になってキャンセルした。知人いわく「がんになったのも孤独が引き金になっていた可能性がある」とのこと。 孤独感はあくまでも主観的な感情なので、弟さん本人しか知り得ないことだ。だが、「孤独は皮膚の下に入る」といわれるように、孤独感を慢性的に感じているとそれが血流や内臓のうねりのごとく体内の深部まで入り込み、心身をむしばみ、心臓病や脳卒中、がんのリスクを高めるとする研究結果は多数報告されている。 「面接のアポを当日キャンセルする」という行動を繰り返した弟さんの気持ちを考えるとかなり苦しんでいたのではないだろうか。 一歩踏み出したい、でも、踏み出せない。そんな自分にまた自己嫌悪し、自分を追い詰める。自分がやろうと決めたことができない自分へのジレンマ。焦りと不安と自信喪失のネガティブスパイラルがストレスの雨となり、それが「がん」という病魔のリスクを高めた可能性は否定きないと思う。 これを読んだ人の中には、所詮他人事と思っている人が多いかもしれない。 だが、知人の弟がそうだったように、一回でも健康をこわしただけで「戦力外」になってしまうご時世だ。 会社が求めるのは、「自分たちの要求にノーと言わない」社員であり、「24時間365日バリバリ元気で、丈夫に働ける」社員。誰もが、ギリギリに追い詰められ、いつ落ちるかわからない綱渡りを強いられているのが今の日本社会だ。 だいたい「人手不足、人手不足」とまるで呪文のように繰り返されるけど、ホントに人手不足なのか。人手が足りなくなるような、働き方、働かせ方を、自分たちがしているのではないか』、「誰もが、ギリギリに追い詰められ、いつ落ちるかわからない綱渡りを強いられているのが今の日本社会だ」、「だいたい「人手不足、人手不足」とまるで呪文のように繰り返されるけど、ホントに人手不足なのか。人手が足りなくなるような、働き方、働かせ方を、自分たちがしているのではないか」などはその通りだ。
・『高齢化社会先進国の日本は世界に新しい働き方を提示できるか  61万人もの「働き盛り」がひきこもっていることの経済的損失は計り知れない。 彼らを戦力にする方策を進めることは、「8050問題」解決の一助になるのではないか。パソコンを利用した仕事など、自宅でもできる仕事を国が率先してひきこもりの人に発注する、社会的に孤立していると情報も入りづらいので、かつて働いていた企業が積極的に連絡を取り雇用する、etc.etc.・・。 あるいは「脱落者」を出さないために、非正規雇用の賃金を正社員以上にすることもひとつの解決策になるのではないか。「そんなの無理だよ。だいたい責任が違うし」って? だったら、非正規を全員正社員にし、パートタイムかフルタイムかで賃金を変えればいい。 「いつもお前は夢物語ばかりいって、お花畑だな~」と批判されてしまうかもしれないけど、「今、目の前にいる人」を生かす試みが少なすぎる。私にはそう思えてならないのである。 マッチョな働き方を基準にする限り“脱落者”は増えるばかりだ。その“脱落者”に社会が注ぐ冷ややかなまなざしも、再び一歩前に踏み出そうとする力を奪う。こうした社会による懐の狭さと冷たさが、社会的に孤立する親子を量産させているのだ。 2010年にオックスフォード英語辞典の中に、「hikikomori」という語が記載された。これは日本だけではなく、海外にも同様の現象が起きていることを意味する。その割合や日本との違いは研究者によっても見解が異なり、定かではない。ただ、ひとつだけ確かなのは、日本がどの先進国よりも急速に超高齢化社会に突入しているってこと。 日本では社会問題が山積していて、この複雑化した問題を解決する魔法の杖は存在しない。 ひきこもりの就労支援をしている知人いわく、「『自分は無価値、このまま死んでしまっても誰も何も困らない』という諦めが中高年のひきこもりにはあるように思う」とのこと。 そんな“諦め”を生まないための働き方を、マジで進めて欲しい』、「社会による懐の狭さと冷たさが、社会的に孤立する親子を量産させているのだ」というのは鋭い指摘だ。「複雑化した問題を解決する魔法の杖は存在しない」が、一歩ずつでも解決の方向に向かってもらいたいものだ。
タグ:社会問題 日経ビジネスオンライン 河合 薫 NHKクローズアップ現代+ (その3)(ひきこもりルネサンス ~生き抜くためのヒント~、“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」) 「ひきこもりルネサンス ~生き抜くためのヒント~」 かつて、ひきこもりといえば、「いじめや不登校などが理由で、若い男性が部屋に閉じこもる」と考えられてきた 今、実態が多様になっている ゲストの中川さんや山田ルイ53世さんも“ひきこもり”経験者 しょこたんが取材!ひきこもり最新事情 ひきこもり女子会 家族や友人との関係、職場のトラブルなど、ひきこもるきっかけは多様で身近 「高年齢化」「女性」 多様化するひきこもり お子さんがいたり、ご主人がいる状態でひきこもる 本音投稿から見えた多様化するひきこもり 従来、ひきこもりは主に若い男性の問題だと考えられてきましたけれども、今回、半数近く女性からの投稿だったんです ひきこもり予備軍 いつ壊れてしまうか、いつ仕事だったり、環境からドロップアウトしてしまうか分からない 親が80代、子が50代に入りますと、その問題が顕在化することから「8050問題」 ひきこもり専門誌 「ひきポス」 編集部では、ひきこもりの経験を共有することで、当事者の孤独を癒やし、周囲の理解にもつなげたいと考えています IT企業の社員としてホームページの制作や管理などを任されています。部屋にいながら全ての業務をこなしています 社員のほとんどがひきこもりの当事者 「共生舎」 ひきこもり経験者など17人が共同生活 生活費は、地域の人たちから頼まれるアルバイトで得ています キャンプ場の清掃の仕事 田んぼの手伝いや梅の収穫など、人手不足に悩む地域の貴重な働き手に 働かない人の背景っていうのもさまざまあるんですね 大きく3つに分かれる 1つは職場からはじかれた人たちっていうのが非常に多いかなと。これはハラスメント 2つ目が女性の問題 3つ目はLGBTXなどの問題 就労がゴールじゃなくて、生きていくことそのものがゴールにならなきゃいけない 「“エリート”も転落する「61万人中高年ひきこもり社会」」 病気したら終わり。敗者復活はない 「中高年ひきこもり61万人」が初めて顕在化 内閣府の調査結果 深刻さを増す高齢介護親子の「8050問題」 非正規の増加と密接に結びついた社会問題 親も年をとり、介護が必要となる。子は親に経済面で依存し、親は子に自分の世話をしてもらうことに依存するという、社会的経済的リソースが欠如した親子の相互依存が、ますます貧困リスクを高め、孤立を深め、社会から切り離されていってしまう 親子であるがゆえの苦悩と、親子であるがゆえの安心感。そして、自分が死を迎えたあとに残される子どもへの思い・・・。諦めと後悔とそれでも生きていかなきゃならない人生 健康を害したら「戦力外」という働き方そのものを見直そう 焦りと不安と自信喪失のネガティブスパイラルがストレスの雨となり、それが「がん」という病魔のリスクを高めた 高齢化社会先進国の日本は世界に新しい働き方を提示できるか マッチョな働き方を基準にする限り“脱落者”は増えるばかりだ。その“脱落者”に社会が注ぐ冷ややかなまなざしも、再び一歩前に踏み出そうとする力を奪う。こうした社会による懐の狭さと冷たさが、社会的に孤立する親子を量産させているのだ 自分は無価値、このまま死んでしまっても誰も何も困らない』という諦めが中高年のひきこもりにはあるように思う」とのこと。 そんな“諦め”を生まないための働き方を、マジで進めて欲しい
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

トランプ大統領のロシア疑惑(ロシア疑惑捜査 トランプ氏と弁護団「勝利」の裏側、ロシア疑惑報告書 トランプ氏はなぜ「訴追」を免れたか、ムラー報告書公表から1週間 米政治の混迷はむしろ深まっている、トランプ「護衛官」 バー司法長官のロシア疑惑) [世界情勢]

今日は、トランプ大統領のロシア疑惑(ロシア疑惑捜査 トランプ氏と弁護団「勝利」の裏側、ロシア疑惑報告書 トランプ氏はなぜ「訴追」を免れたか、ムラー報告書公表から1週間 米政治の混迷はむしろ深まっている、トランプ「護衛官」 バー司法長官のロシア疑惑)を取上げよう。

先ずは、3月30日付けロイター「焦点:ロシア疑惑捜査、トランプ氏と弁護団「勝利」の裏側」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/trump-mueller-russia-idJPKCN1RA0I0
・『バー米司法長官がモラー特別検察官によるロシア疑惑捜査報告書の概要を連邦議会に通知したとき、トランプ大統領の弁護団は、議事堂に近いオフィスに顔をそろえていた。 彼らはこの日まもなく、祝杯を挙げるべき理由を手にすることになる。これには恐らく、重要な戦略的判断が寄与していた。モラー特別検察官は、2016年の米大統領選挙でトランプ氏またはその側近がロシアと共謀したか否かについて、22カ月に及ぶ捜査を行い、証人500人に事情聴取した。トランプ氏の弁護士たちは、大統領本人への事情聴取が行われないよう手を尽くした。 この戦略は功を奏し、特別検察官の捜査チームから本格的な事情聴取を受けるという司法上の危機からトランプ氏を守った。もっともトランプ氏自身は、喜んで事情聴取に応じると公言しており、今年1月27日に聴取を行うという仮の日程まで組まれていたほどだ。 しかしトランプ氏の弁護士の1人はロイターに対し、モラー氏による大統領への聴取を認めるつもりは全くなかったと語った。モラー氏も、証言を求める召喚状を発行することはなかった。 トランプ氏の主要弁護士たち、ジェイ・セクロー氏、ルディ・ジュリアーニ氏、ジェーン・ラスキンおよびマーチン・ラスキン夫妻は24日、会議用円卓を囲んでコンピューターの画面を開き、バー司法長官による報告書概要の発表を待った。ついにその概要がネット上に公開されたとき、彼らは歓喜に沸いた。 モラー氏はロシアとの共謀の証拠を見いだせなかった、とバー司法長官は言った。また、トランプ氏が捜査を邪魔しようと試みて司法妨害を行ったという証拠も不十分だったと結論した。モラー特別検察官は、この点はまだ未解明の問題だとしている。 この結果は、捜査がトランプ政権に大きな影を落としていただけに、大統領にとって大きな政治的勝利となった。 セクロー氏は26日、ロイターに対し、ジュリアーニ氏が抱きついてきたと明かした。セクロー氏によれば、彼は他のメンバーに「この上なく素晴らしい」と言ったという。ジュリアーニ氏はバー司法長官が捜査結果を発表した数分後、「予想していたよりも良い結果だ」とロイターに話した』、「バー司法長官による報告書概要の発表」の時点では、「トランプ氏の主要弁護士たち」は大喜びだったようだ。
・『トランプ氏の弁護団は、同氏に対する本格的な事情聴取を求めるモラー氏の度重なる要請を巧みに拒否し、大統領が大陪審で証言するよう召喚されることを回避した。その代わりに、トランプ氏が文書による回答を提示することで合意し、これは昨年11月に実現している。 この違いは大きかった。何人かの弁護士は、トランプ氏が事情聴取に応じたら、彼が連邦捜査局(FBI)に対してうそをついていた、法律用語で言えば「虚偽の陳述」をしていたと主張される可能性があった。ジュリアーニ氏は、モラー特別検察官がトランプ氏に対し、ロシアとの共謀について尋ねるだけにとどまらず、それ以外の事項にも脱線するようなことがあれば、事情聴取は「偽証のわな」になると公言していた。 トランプ氏は、事実のわい曲やあからさまなうそを指摘されることが頻繁にある。 弁護団の戦略に詳しい2人の情報提供者が匿名で語ったところでは、この1年間、トランプ氏の弁護士たちは両面作戦を推進してきたという。つまり、ジュリアーニ氏が、ケーブルテレビの報道番組でモラー特別検察官による「魔女狩り」を公然と攻撃する一方、ラスキン夫妻が水面下でモラー氏のチームと交渉する、というアプローチだ。 モラー氏の報道官は、コメントの求めに応じなかった』、弁護団が、「本格的な事情聴取を求めるモラー氏の度重なる要請を巧みに拒否し・・・文書による回答」に止めたのは、さらに「両面作戦を推進してきた」というのは、さすが超一流弁護団だ。
・『「二の舞はごめんだ」  2017年5月にモラー氏が捜査を開始したとき、弁護団は当初、捜査に協力する方が最短距離で幕引きに至ると判断していたと、当時、大統領に関する捜査への対応を担当していたホワイトハウスの法律顧問タイ・コブ氏は言う。ホワイトハウス職員20人以上が特別検察官による事情聴取に応じ、政権側は2万点以上の文書を提出した。 トランプ氏自身が事情聴取に応じるかどうかも切迫した問題となっていた。聴取の日程が暫定的に決められたにもかかわらず、トランプ氏の法律顧問たちの意見は分かれていた。当時、トランプ氏の個人弁護団のトップを務めていたジョン・ダウド氏は、事情聴取はあまりにもリスクが高いと懸念していた。 海兵隊出身で好戦的なダウド氏は、トランプ大統領自身が意欲を見せているにもかかわらず、事情聴取に応じることに反対した状況を回想して、「ノコノコ出ていって下手を打つわけにはいかない」と語った。 ダウド氏によれば、彼はモラー氏のチームに「彼らがフリン氏やパパドプロス氏に対してやったことについて」話をしたという。国家安全保障担当大統領補佐官だったマイケル・フリン氏と、選挙の際にトランプ氏の側近だったジョージ・パパドプロス氏は、特別検察官による事情聴取に応じた末に、結局FBIに対する偽証について有罪を認めた。 ダウド氏は「彼らの二の舞を演じるつもりはなかった」と、あるインタビューで話している。 ダウド氏によれば、モラー特別検察官から、事情聴取で16の分野について協議したいと言われ、あまりにも話が広がりすぎていると考えたという。トランプ氏の弁護団は、暫定的な聴取日程に合意しつつ、捜査陣がすでに把握している内容を知ろうと同氏に探りを入れていたという。 「彼らが実際に何を考えているかを知りたかった。彼らはそれを胸の内に隠していた。われわれの狙いは、協議を重ねるうちに、彼らの考えがだんだん分かってくるだろうということだった。それが、協議を続けていた狙いだ」とダウド氏。トランプ氏を事情聴取に応じさせるつもりはまったくなかったと同氏は付け加えた』、特別検察官のチームと「協議を重ねるうちに、彼らの考えがだんだん分かってくるだろう」とは、特別検察官のチームの脇が相当甘かったのか、弁護団の嗅覚が優れていたのだろう。
・『大統領を守る  コブ氏によれば、事情聴取が中止になった後は、捜査プロセスが長引くことは明らかだったという。 「大統領の弁護団が、事情聴取に応じないがその可能性は残しておくと2018年1月に決めた以上、捜査がかなり長引くことは明らかだった」と同氏は言う。 また弁護団は、モラー氏がトランプ氏に証言を義務付ける召喚状を発行するのではないかと日々心配しなければならなかった。もし召喚状が発行されたら、裁判官に召喚状の無効化を求めるというのが彼らの計画だった。そうなれば最高裁にまで至る司法の場での争いが予想される。だが、召喚状は結局来なかった。 「われわれは最初から、召喚状が来たらその無効を申し立てるつもりだった」とセクロー氏は言う。「法律上はこちらが有利だと自信を持っていた」 専門家が皆これに同意するわけではないが、トランプ氏の弁護団の見解では、他の情報源から情報を得ることが不可能な場合、あるいは極めて例外的な事態を除けば、大統領に証言を強制することはできない、というものだった。 2018年春の時点では、トランプ氏には2つの選択肢があるように思われた。事情聴取に応じるか、召喚状を受けるか、である。 この時点までに、すでに弁護団は再編されていた。ダウド氏は3月に辞任。ラスキン夫妻とジュリアーニ氏が4月に加わった。ホワイトハウスでは、5月にコブ氏に代わりエメット・フラッド氏が就任した。一貫して主要メンバーであったのはセクロー氏だけだ。 捜査当局との交渉に詳しい情報提供者によれば、新たな弁護団はモラー氏に対し、大統領の事情聴取を正当化するような段階まで捜査が達していることを示すように求めたという。 この情報筋によれば、弁護団は「犯罪の証拠をつかんだと言えるような立場にあるのか」と尋ねたという。 2018年秋を通じて、弁護団はこの立場を固守する一方で、トランプ氏の事業や財務その他の事項に波及するような聴取ではなく、2016年の選挙以前におけるロシアとの共謀の可能性についてという限定的なテーマに関してのみトランプ氏が文書による質問に回答する、という落とし所に向けて交渉を続けた』、「限定的なテーマに関してのみトランプ氏が文書による質問に回答する」との交渉も巧みだ。
・『重大な岐路  モラー氏が、質問リストの提示に同意したことが重大な岐路となった。情報筋によれば、同氏が事情聴取の要請をやめたわけではなかったが、文書による回答を渋々認めたことは、大きな転機となった。 「『彼らは召喚状の発行を決意するだろうか』と絶えず悩む状況から、『文書での質問に答えている』という状況になった」と情報筋は語る。 当時ロシア疑惑の捜査を指揮していたコミーFBI長官を解任し、セッションズ司法長官が捜査を終結させないことについて頻繁に公然たる批判を浴びせたことで、トランプ氏が司法妨害を試みたかどうかという点については、トランプ氏の弁護団は質問を受け入れなかった。 弁護団は、大統領が自身の政権で働くよう任命した人物を自ら解雇したからといって、司法妨害で有罪とされることはあり得ないと考えていた。 事情に詳しい情報筋によれば、「それは質問項目から外され」、選挙におけるロシアの干渉を巡る質問に対する回答についてモラー氏との交渉が続いたという。 「最終的に、戦略はうまくいった。事情聴取なし、大陪審召喚状もなし、だ」 トランプ氏は昨年11月20日、モラー特別検察官への回答書に署名し、フロリダ州の別荘「マール・ア・ラーゴ」で感謝祭の祝日を過ごすため、ワシントンを離れた。 当時ジュリアーニ氏はロイターに対し、「われわれは提示された質問にすべて回答した。当然ながら選挙前の時期に関する、ロシアに的を絞った質問だった」と語っている。「選挙後については何もなかった」 ジュリアーニ氏によれば、モラー氏のチームは交渉の間、トランプ氏本人に対して、できれば直接追加の質問を行う機会を求めてきたという。だが最終的にモラー氏は、何の条件も追加質問の機会もなしに、単に文書による回答のみを受け入れることに同意した、とジュリアーニ氏は言う。 昨年末の時点では、トランプ氏の弁護団はモラー氏の捜査陣とほとんど接触を持たなくなっていた。 弁護団の戦略についてセクロー氏は、「うまくいったのではないか。飛行機は無事に着陸した」と語った』、トランプ氏は「「マール・ア・ラーゴ」で感謝祭の祝日」でさぞかに「枕を高くして寝られた」ことだろう。

次に、4月21日付けロイター「焦点:ロシア疑惑報告書、トランプ氏はなぜ「訴追」を免れたか」を紹介しよう。
https://jp.reuters.com/article/usa-trump-russia-obstruction-idJPKCN1RV0DW
・『米司法長官は18日、2016年大統領選のロシア介入疑惑を巡る捜査報告書の公開を前に記者会見し、トランプ陣営とロシア側との共謀は認められなかったと強調した。 その一方で、一部の法律専門家からは、モラー特別検察官の捜査報告書にはそれとは正反対の証拠が多数盛り込まれており、判断は議会に任されるべきだとする声が出ている。 18日に公表されたモラー特別検察官の報告書は、トランプ氏による捜査妨害の試みについて新たな詳細を明らかにした。トランプ氏がモラー氏を解任したり捜査を制限しようと試みたり、2016年6月に選対幹部がロシア人と面会した際の詳細を秘匿し、さらに元顧問に恩赦をちらつかせたことなどが、新たに明かにされた。 民主党側は18日、捜査報告書にはトランプ氏の不適切な行動を示す不穏な証拠が含まれており、議会による調査が加速する可能性があるとの見方を示した。 一部の法律専門家も、こうした見方に同調する。検察側にはトランプ氏を司法妨害容疑で追及するだけの十分な証拠があったものの、現職大統領は訴追しないという司法省の長年の方針を踏まえ、モラー氏が訴追に難色を示した、と分析する。 コーネル大学のジェンス・オーリン教授(法学)は、モラー報告書は、「(司法妨害の)事案の数とその深刻度について、非常に徹底的に調べたものだ」と指摘する。 モラー氏の報告書は、司法当局者や証人に対するトランプ氏の振る舞いも含めた一連の行動について詳述。その中で、モラー氏は議会には大統領を監督する権限があると指摘している。 少なくとも6人の法律専門家が、モラー氏は議会がこの件を取り上げることを意図していると分析している。 「(報告書は)議会に対して、ウインクし、うなずき、再びウインクして、証拠は十分にあり、次は議会が動く番だと訴えている」と、ロサンゼルスのロヨラ法科大学院のジェシカ・レビンソン教授は分析する。 議会上院の民主党議員も、同じ見方を示した。下院各委員会の委員長は共同声明を出し、議会が証拠を吟味することを「特別検察官は疑いなく期待している」と表明した。 だが、共和党のダグ・コリンズ下院議員は、これに異議を唱えた。 「報告書は、議会が今司法妨害を調べるべきだとは言っていない。司法妨害に関する立法はできると言っているのだ」と、同議員はツイートした。 モラー氏の広報担当者は、コメントの求めに応じなかった』、モラー特別検察官は、「現職大統領は訴追しないという司法省の長年の方針」のもと、訴追する代わりに議会に判断を委ねたというのは、なかなか巧みな逃げ方だ。
・『トランプ氏の法律チームは、報告書は大統領にとって「完全な勝利だ」としている。 「もし司法妨害があったと思ったなら、彼らは(訴追)していただろう。だがそうしなかった」と、トランプ氏の弁護士を務めるジェイ・セクロー氏はインタビューに答えて言った。 民主党側が議会での追及に向けて動くかは現段階でははっきりしない。もし仮に下院が弾劾手続きの開始を決めても、共和党が過半数を占める上院がトランプ氏を弾劾する可能性は極めて低い。 トランプ氏が指名したバー司法長官は18日の記者会見で、トランプ氏を司法妨害容疑で追及するには十分は証拠がなかったと述べ、大統領を擁護した。 バー氏は、議員に宛てた過去の書簡で、大統領選への介入について、トランプ陣営はロシア側と共謀していないとしたモラー氏の捜査の結果によっても、この問題は根拠がなくなっていると述べていた』、バー氏については、第四の記事では利益相反の疑いが浮上したようだ。。
・『ウォーターゲート時代の司法省見解  米国の法律では、「司法行政のあるべき執行に影響を与えたり、邪魔したり、妨げたりすること」は犯罪にあたる。 司法妨害を立証するには、検察側は、容疑者が「不正な」または不適切な動機から行動したこと、つまり捜査を妨害する明確な意思があったことを証明しなければならない。 また、司法妨害事件は、他の不適切な行為の秘匿と重なる場合が多いと、法律専門家は指摘する。 現職大統領が焦点となる場合、問題はより複雑になる。 ニクソン大統領の辞任につながった1970年代のウォーターゲート事件の当時に出された司法省の見解は、現職大統領は訴追できない、というものだった。 米国憲法は、この問題について沈黙している。 モラー特別検察官は捜査報告書で、同省のこの見解を「受け入れた」とし、トランプ氏を司法妨害容疑で訴追するのに十分な証拠があるかどうかについて、結論を出せなかったとしている』、「現職大統領は訴追できない」というのは、「ウォーターゲート事件の当時に出された司法省の見解」だったとは。ただ、憲法上の規定ではないので、必ずしもこの見解に縛られる必要はない筈で、モラー氏自身の判断でもあるのだろう。
・『動機は何か  大統領の行動と意図は「犯罪行為は全くなかったと断定的に結論することを妨げる難しい問題を提示している」と、モラー報告書は記している。 だがモラー氏は、報告書は大統領の「潔白を証明するものではない」とも述べている。 バー司法長官は、大統領が、捜査によって自分の政権が脅かされると考え「不満と怒りを募らせていた」と述べた。 それにもかかわらず、トランプ氏は捜査の完了に必要な書類や証人をモラー氏から奪ったりしなかったと、バー氏は指摘した。 「行動が妨害的だったかどうかは別にして、動機が不正ではなかったことを示すこの証拠は、大統領に捜査を妨害する不正な意図があったとする主張に強く対抗するものだ」と、バー氏は述べた』、司法長官を大統領の完全なイエスマンであるバー氏に交代させたことも、立派な「司法妨害」であるような気もするが・・・。

第三に、在米作家の冷泉彰彦氏が4月25日付けNEWSWEEK日本版に寄稿した「プリンストン発 日本/アメリカ 新時代:ムラー報告書公表から1週間、米政治の混迷はむしろ深まっている」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2019/04/1-1_1.php
・『トランプ支持派、反トランプの民主党左派、中間層の世論......それぞれのグループの対応がいまだに定まらない  4月18日に「ムラー特別検察官報告書」が公表されて1週間が経過しました。1週間も経てば、賛成と反対のリアクションもハッキリして、政治的な勝敗も明らかになっていても良さそうな時期です。ところが、今回の報告書については、そうではありません。トランプ大統領とその支持派、アンチ・トランプの民主党、中間層の世論、と仮に3つのグループに分けたとして、それぞれのリアクションが固まりません。 まず大統領自身がそうです。3月末に報告書に関してバー司法長官による4ページの「要約」が出て大統領の訴追はされないことが固まった時点では、大統領は喜んでいました。「(ロシアとの)共謀はない」「司法妨害もない」のだとして、それまでの民主党やメディアの攻撃は全て「フェイク」だと決めつけ、勝利宣言をしていたのです。 今回の報告書全文の発表でも、直後はそうだったのですが、400ページにわたる内容が徐々に明らかになるとリアクションは変わりました。「ロシアとの関係の詳細」「限りなく司法妨害に近い司法省への圧力の詳細」「陣営メンバーのウィキリークスへの接近」などのエピソードが書かれていたことを知ると、大統領は一転して「ひどい内容」だと言って怒りのモードに入っています』、やはりバー司法長官が都合よくまとめた「要約」と、全文ではインパクトが違うのは当然だろう。
・『民主党内の対立は激化  一方の民主党ですが、報告書の公表前の時点では、とりあえず党の「顔」であるナンシー・ペロシ下院議長などが「弾劾は求めず、選挙で決着をつける」という党の方針を確認していました。 ですが、レポートの全文が発表になると黙っていられなくなるグループが出て来ました。従来から弾劾強硬派であるオカシオコルテス議員など党内左派からは、「こんなに倫理的に問題のある大統領を弾劾できないのはおかしい」という声が上がっています。その結果として、政策面だけでも極端な左派と中道の対立がますます激化しています。 その背景には中道層の動揺という問題があります。各メディアは「灰色だが訴追はなし」「訴追はないが容疑に関係するエピソードは公開」、という今回の報告書について、元来のトランプ支持者は「勝利」と思うだろうし、反対派は「倫理的に批判」という攻勢を強めるだろう、しかし所詮は左右対立の中で何も変わらないのではないかという計算をしていました。 ですが、世論調査が示すものは少し違いました。調査機関にもよりますが、今回の「レポート公表」を受けて、大統領の支持率は明らかに低下しています。就任以来最低とは言えないものの、例えば保守系のFOXニュースでも不支持が支持を6%も上回っています。ちなみに、政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス」調べの主要世論調査の全国平均では、支持率43.9%まで下がっています。ということは、支持派は勝利、反対派は怒りという対立の固定化ではなく、少なくとも中間層の一部が「不支持に回った」と考えねばなりません。 だからこそ、大統領は全文公開後に怒ったわけですし、民主党の左派は「弾劾できないのはおかしい」と言い始めたのです。つまり、報告書の内容が玉虫色の灰色決着であっただけでなく、世論の受け止め方も玉虫色というか灰色ということになります。一週間を経過した中で、浮かび上がってきたのはそのような構図です。 こうした状況について、民主党左派のバーニー・サンダース議員(大統領候補)は、「弾劾を進めれば時間がかかる。そうなれば大統領選の議論も、ムラー報告書がどうとか、トランプの倫理がどうという話題に集約されてしまう。そうなれば、環境や医療保険や、あるいは性差別や移民差別など、必要な論争が全部、吹っ飛んでしまう」として、若手の「即時弾劾論」を戒めています。 この発言については、珍しくサンダース氏が原則論からマキャベリズムにシフトしたなどと話題になっているのは事実です。ですが、こうなると政策の左派と中道、即時弾劾論と戦略的な先送り論という2つの軸において、民主党はバラバラ。そう言われても仕方がありません。では、そのような「敵失」に乗じて大統領の勢いが浮上しているのかというと、必ずしもそうでもないところに、現在の米政治の不透明感があります』、「珍しくサンダース氏が原則論からマキャベリズムにシフトした」とは驚きだが、言っていることはまもとだ。ただ、「若手の「即時弾劾論」」は直ぐには収まらないとすれば、民主党もバラバラで、肝心の選挙に向けたエネルギーは分散しているようだ。

第四に、4月26日付けNEWSWEEK日本版「トランプ「護衛官」、バー司法長官のロシア疑惑」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/04/post-12045.php
・『ムラー特別検察官の捜査報告を過小評価したがるバー司法長官だが、実は彼自身にも疑惑の人物や業界との関係がある  まあ見慣れた光景だが......。 ウィリアム・バー司法長官が米議会で集中砲火を浴びている。ロバート・ムラー特別検察官の提出したロシア疑惑に関する捜査報告書について、連邦議会宛ての書簡で露骨にドナルド・トランプ大統領を利する解釈を示したからだ。その後も議会証言で口を滑らせ、16年大統領選でFBIがトランプ陣営を「スパイ」していた可能性があると発言。これも民主党議員にかみつかれた。 それだけではない。そもそもバーがロシア疑惑の捜査に監督者として関わるのは不適切だと指摘する専門家もいる。 なぜか。以前にバーが働いていた事務所や会社の雇用主が、ロシア疑惑における複数の重要人物とつながっているからだ。そうであれば、バーも前任者のジェフ・セッションズ同様、この事案から身を引くべきだと論じる向きもある。 「重要なのは実際に利益の相反があったかどうかではない。利益の相反があるように見えるという事実だ」と言うのは、フォーダム大学法科大学院教授で司法の倫理に詳しいジェッド・シュガーマンだ。 バーは公表した自身の資産報告で、過去にロシアとつながりのある(またはその疑いがある)法律事務所や企業のために働いていたと認めている。ロシアと深いつながりのある持ち株会社から配当も受け取っていた。 これらの事実は、司法長官の指名承認公聴会ではさほど注目されなかった。当時は、バーが前年にロシア疑惑の捜査を批判する内容の法的意見を作成していたことや、ムラーの報告書を(恣意的に要約せず)そっくり議会に提供するかどうかが最大の争点だったからだ。 疑惑の会社の名は既に知られているが、そうした会社とバーの関係はまだ解明されていない。それでも利益相反の疑いがある限り、議会民主党は追及の手を緩めないだろう。 そうであれば「司法省ではなく、独立機関による調査が必要だ」と本誌に語ったのはジョージタウン大学法科大学院のマイケル・フリシュ。独立系の監視団体「政府監視計画」のスコット・エイミーも、「彼は何も違法なことはしていないが、過去にこれらの組織と関与していたのなら、(ロシア疑惑の捜査から)身を引かないのは不適切ではないか」と言う』、「議会証言で口を滑らせ、16年大統領選でFBIがトランプ陣営を「スパイ」していた可能性があると発言」、司法長官の発言とは思えない軽率な発言だ。利益相反の疑いがあるのであれば、「バーも前任者のジェフ・セッションズ同様、この事案から身を引くべきだ」というのは正論だ。
・『トランプJr.の電話の相手  本誌は司法省に再三コメントを求めたが、回答はなかった。仕方ないので、現時点で分かっている事実を整理しておく。 まず、バーはロシアと深いつながりのある会社ベクター・グループから配当金を受け取っていた。同社のハワード・ローバー社長は90年代にロシアを訪れた際、トランプを同伴させている(この訪問がモスクワのトランプ・タワー建設計画の発端になったとされる)。 シュガーマンによれば、ドナルド・トランプJr.はトランプ・タワーで(大統領選中の16年6月に)行われたトランプ陣営とロシア人弁護士との会談を準備するに当たり、ローバーに電話をしていたとされる。 「ローバーとロシアの縁は深い。モスクワにトランプ・タワーを建てる計画を支援していたともされる。もともとバーの判断力には問題があるが、これほどトランプに近く、ロシア疑惑とも近い会社と金銭的な関係を持っていたのはまずい」 次はモスクワのアルファ銀行との関係だ。17年3月から司法長官に就任するまでの間、バーが弁護士として所属していた法律事務所カークランド&エリスはアルファ銀行の代理人だった。また同事務所の共同経営者で、やはりアルファ銀行とつながっているブライアン・ベンチョースキーは17年6月、トランプから司法省犯罪対策部門のトップに指名されている(昨年7月にようやく承認された)。 ベンチョースキーは同法律事務所でアルファ銀行の代理人を務め、同銀行とトランプのファミリー企業トランプ・オーガニゼーションがオンライン上で怪しげなやりとりをしていたとの疑惑にも対応していた。 また同銀行の株主にはロシアの富豪ゲルマン・ハンがいる。そしてこの男の娘婿で弁護士のアレックス・バンデルズワンは、ロシア疑惑の捜査で虚偽の供述をしたとして訴追されている。 「弁護士の職業規範に照らすと、バーが同銀行の法律顧問だったかどうかはとても重要だ」と前出のフリシュは言う。「もしも法律顧問の立場であれば、直接的な関わりはないとしても、利益相反の疑いが生じ得る」 次は米オクジフ・キャピタル・マネジメントという名のヘッジファンド。バーは16年から18年まで役員会に名を連ねていた。そしてこの会社も怪しい』、利益相反もさることながら、ロシア疑惑そのものにどっぷり嵌っている印象も受ける。
・『共謀疑惑の発生地点  このファンドは米大富豪ジフ兄弟の出資金を元手に、資金運用のプロであるアメリカ人のダン・オクが立ち上げたもの。07年の上場後もジフ兄弟は同社の株式を保有しているが、彼らはロシア政府から目を付けられてもいる。ロシア政府と対立する米資産家ビル・ブラウダーと仕事上のつながりがあるからだ。 16年6月のトランプ陣営幹部とロシア人弁護士の秘密会談で、ジフ兄弟の名前が出たことも分かっている。問題の弁護士ナタリア・ベセルニツカヤが、ヒラリー・クリントンによる「違法行為」の証拠をちらつかせたときのことだという。 バーがオクジフに在籍していいた事実だけで、利益相反の可能性があると考える専門家もいる。ロシア政府がジフ兄弟に関心を抱いていた事実も、今回の捜査の対象だったからだ。 「あの秘密会議にベセルニツカヤが出席していて、ブラウダーとその交友関係について話したという事実。それを踏まえると、あの会合の目的は何で、ブラウダーやジフ兄弟の役割は何かという疑問が生じる。そこで何らかの共謀があったのだろうか」とシュガーマンは問う。 そして最後に、ドイツ銀行の問題がある。ドイツ銀行は大統領の座を目指すトランプに融資を提供していた唯一の銀行として知られるが、バーはここに相当な資産を預けていた。この銀行はロシアの資金洗浄疑惑でも名前が挙がっており、議会が今もトランプと同銀行のつながりを調べている。 いかがだろう。これだけの事実がそろえば、バーはロシア疑惑の捜査の監督から身を引くべきではないだろうか。 「個人的に関与し、何らかの利益を得ていたのなら問題だ」と言うのは、かつて連邦選挙管理委員会の法律顧問を務めたラリー・ノーブル。「それはトランプ政権全体の問題でもある。この政権に関わる人間は誰もが、何らかの形でロシアとつながっているように見える」 そのとおり。見飽きた光景だけれど、目を離してはいけない』、「ドイツ銀行は大統領の座を目指すトランプに融資を提供していた唯一の銀行として知られる」、「ロシアの資金洗浄疑惑でも名前が挙がっており、議会が今もトランプと同銀行のつながりを調べている」、とこんなところでドイツ銀行の名前が出てきたことにも驚かされた。バー氏はどうみても、ロシア疑惑の渦中にあるようで、よくぞ恥ずかしげもなく司法長官の職に就いているものだ。
タグ:ロイター 冷泉彰彦 重大な岐路 Newsweek日本版 トランプ大統領 ロシア疑惑 (ロシア疑惑捜査 トランプ氏と弁護団「勝利」の裏側、ロシア疑惑報告書 トランプ氏はなぜ「訴追」を免れたか、ムラー報告書公表から1週間 米政治の混迷はむしろ深まっている、トランプ「護衛官」 バー司法長官のロシア疑惑) 「焦点:ロシア疑惑捜査、トランプ氏と弁護団「勝利」の裏側」 バー米司法長官 モラー特別検察官によるロシア疑惑捜査報告書の概要を連邦議会に通知 トランプ氏の弁護士たちは、大統領本人への事情聴取が行われないよう手を尽くした。 この戦略は功を奏し、特別検察官の捜査チームから本格的な事情聴取を受けるという司法上の危機からトランプ氏を守った 本格的な事情聴取を求めるモラー氏の度重なる要請を巧みに拒否し、大統領が大陪審で証言するよう召喚されることを回避 その代わりに、トランプ氏が文書による回答を提示することで合意し、これは昨年11月に実現 トランプ氏が事情聴取に応じたら、彼が連邦捜査局(FBI)に対してうそをついていた、法律用語で言えば「虚偽の陳述」をしていたと主張される可能性があった 事情聴取は「偽証のわな」になる トランプ氏の弁護士たちは両面作戦を推進してきた ジュリアーニ氏が、ケーブルテレビの報道番組でモラー特別検察官による「魔女狩り」を公然と攻撃する一方、ラスキン夫妻が水面下でモラー氏のチームと交渉する 「二の舞はごめんだ」 トランプ氏の側近だったジョージ・パパドプロス氏は、特別検察官による事情聴取に応じた末に、結局FBIに対する偽証について有罪を認めた われわれの狙いは、協議を重ねるうちに、彼らの考えがだんだん分かってくるだろうということだった 大統領を守る トランプ氏の事業や財務その他の事項に波及するような聴取ではなく、2016年の選挙以前におけるロシアとの共謀の可能性についてという限定的なテーマに関してのみトランプ氏が文書による質問に回答する、という落とし所に向けて交渉を続けた モラー氏が、質問リストの提示に同意したことが重大な岐路となった 最終的に、戦略はうまくいった。事情聴取なし、大陪審召喚状もなし、だ 「焦点:ロシア疑惑報告書、トランプ氏はなぜ「訴追」を免れたか」 捜査報告書にはそれとは正反対の証拠が多数盛り込まれており、判断は議会に任されるべきだとする声 トランプ氏による捜査妨害の試みについて新たな詳細を明らかにした。トランプ氏がモラー氏を解任したり捜査を制限しようと試みたり、2016年6月に選対幹部がロシア人と面会した際の詳細を秘匿し、さらに元顧問に恩赦をちらつかせたことなどが、新たに明かにされた 議会による調査が加速する可能性 モラー氏は議会には大統領を監督する権限があると指摘 証拠は十分にあり、次は議会が動く番だと訴えている ウォーターゲート時代の司法省見解 ウォーターゲート事件の当時に出された司法省の見解は、現職大統領は訴追できない、というもの 動機は何か プリンストン発 日本/アメリカ 新時代:ムラー報告書公表から1週間、米政治の混迷はむしろ深まっている」 トランプ支持派、反トランプの民主党左派、中間層の世論......それぞれのグループの対応がいまだに定まらない 民主党内の対立は激化 ナンシー・ペロシ下院議長などが「弾劾は求めず、選挙で決着をつける」という党の方針を確認 弾劾強硬派であるオカシオコルテス議員など党内左派からは、「こんなに倫理的に問題のある大統領を弾劾できないのはおかしい」という声が上がっています 今回の「レポート公表」を受けて、大統領の支持率は明らかに低下しています 報告書の内容が玉虫色の灰色決着であっただけでなく、世論の受け止め方も玉虫色というか灰色 サンダース議員 「弾劾を進めれば時間がかかる。そうなれば大統領選の議論も、ムラー報告書がどうとか、トランプの倫理がどうという話題に集約されてしまう。そうなれば、環境や医療保険や、あるいは性差別や移民差別など、必要な論争が全部、吹っ飛んでしまう 珍しくサンダース氏が原則論からマキャベリズムにシフトしたなどと話題 「トランプ「護衛官」、バー司法長官のロシア疑惑」 バー司法長官 彼自身にも疑惑の人物や業界との関係がある 以前にバーが働いていた事務所や会社の雇用主が、ロシア疑惑における複数の重要人物とつながっている バーも前任者のジェフ・セッションズ同様、この事案から身を引くべきだ 重要なのは実際に利益の相反があったかどうかではない。利益の相反があるように見えるという事実だ 「司法省ではなく、独立機関による調査が必要だ」 議会証言で口を滑らせ、16年大統領選でFBIがトランプ陣営を「スパイ」していた可能性があると発言 トランプJr.の電話の相手 バーはロシアと深いつながりのある会社ベクター・グループから配当金を受け取っていた ローバーとロシアの縁は深い。モスクワにトランプ・タワーを建てる計画を支援していたともされる。もともとバーの判断力には問題があるが、これほどトランプに近く、ロシア疑惑とも近い会社と金銭的な関係を持っていたのはまずい モスクワのアルファ銀行との関係 米オクジフ・キャピタル・マネジメントという名のヘッジファンド 共謀疑惑の発生地点 ドイツ銀行は大統領の座を目指すトランプに融資を提供していた唯一の銀行として知られる ロシアの資金洗浄疑惑でも名前が挙がっており、議会が今もトランプと同銀行のつながりを調べている
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

健康(その7)(人生最後の10年 寝たきりでなく快適に過ごすには 健康寿命と平均寿命、小田嶋 隆:「不毛な困惑」が招いた空白の6時間) [社会]

昨日に続いて、健康(その7)(人生最後の10年 寝たきりでなく快適に過ごすには 健康寿命と平均寿命、小田嶋 隆:「不毛な困惑」が招いた空白の6時間)を取上げよう。

先ずは、作曲家=指揮者 ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督で東京大学大学院情報学環准教授と多才な伊東 乾氏が3月26日付けJBPressに寄稿した「人生最後の10年、寝たきりでなく快適に過ごすには 健康寿命と平均寿命」を紹介しよう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/55871
・『「ピンピンコロリ」を模索する新学術と芸術  かれこれ1年ほど前になりますが、厚生労働省から「健康寿命」の統計調査結果が発表されました。 取りまとめに時間がかかり最新データとして示された2016年の数値ですが 男性が 72.14歳 女性が 74.79歳 という結果。あれから1年の間、この連載ではあまり触れませんが、日本学術会議の当該小委員会で「健康寿命延伸」に関する仕事を担当させられています。 昨年末からは政府答申の責任執筆者として取りまとめを行い、年明けにはシンポジウム(http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf2/271-s-3-5.pdf)なども開催しました。 大学授業としての公務なので連載のテーマにはほとんどしてきませんでした。ただ、年度末に当たって、全国民が知悉しておくべき、この問題について簡単に解説してみたいと思います』、興味深そうだ。
・『健康寿命って何?  さて、改めて上の数字を見て見ましょう。男性が約72歳、女性が約75歳。「そんなに日本の寿命って短かったっけ? 寿命は80歳を超えてるんじゃないの?」という声が聞こえそうです。 その通りなんです。日本人の「平均寿命」は、2018年夏発表のデータを引用すれば 男性が 81.09歳 女性が 87.26歳 となります。 昨今「厚労省」の「統計データ」は、いろいろな批判にさらされていますが、こちらのデータは「旧労働省」ではなく「旧厚生省」側の数字。 かつ正味の余命というのは死亡診断書などで判断されるものですから、データ改竄などの心配はない数字と考えていいと思います。 広く言われる「超高齢化社会」の到来、そのものを示す数字です。 さて、この「余命」ですが、先ほどの「健康寿命」と数年の差があります。いったい何なのでしょう? 私たち学術会議の小委員会では、便利のためにザックリした値を用いて 男性:平均寿命 約81歳 - 健康寿命約72歳= 約9年 女性:平均寿命 約87歳 - 健康寿命約75歳= 約12年 のタイムラグを念頭に、議論を進めました。この値は何か? ラフに言えば「不健康余命」。あるいは「低QOL余命」と考えることができる困った数字です。ちなみにQOLはクオリティ・オブ・ライフ、つまり生命、生活の質を示す略語です。 例えば、重い病気に罹患する、あるいは、寝たきりの状態になってしまう、さらには、認知の症状が出て社会生活に困難がある・・・。 端的に言えば、国民が「加齢によって不健康な状態になる」平均的な年月が、上に記した9年とか12年という歳月になるわけです。 とりわけ若い皆さん、人生の最後の10年内外を、不健康に過ごしたいと思われますか? 学術会議の小委員会では、どうしたらこれを短くできるか、可能であれば0に近づけられるか、様々な観点から議論しています。 明らかなことは、こうした問題は100年の計をもって、出生前や幼児期から、ライフロングのライフ・サステナビリティの課題として国が責任をもって取り組むべきものであるという事実です。 60歳、70歳になってから、初めて「対策を」といっても、できることは限られているわけですから。 問題になっている労働統計との関わりで考えるなら、2050年頃の日本では75歳、あるいは85歳といった年齢の人が「現役」として働くことが期待されてもいます。 これは、定年を75歳、85歳などまで引き上げるということも意味しますが、同時にこうした年齢まで「現役」の納税者として社会で活躍してもらいたいということでもあります。 つまり、「年金の受給」などはそれ以降に先送りしてもらわないと、国家のそろばん勘定が合わなくなるという切実な状況をも示しています。 「健康寿命」という概念は、いまだ国際的に確立されたものではなく、その数値の算出にあたっても複数の考え方があり得ますから、「改竄だ!」などと批判を受ける可能性がないとは言えません。 ただ、身体ならびに脳の状態の「平均的」な健康状態を考えるなら 男性の健康寿命 72.14歳 女性の健康寿命 74.79歳 を超えた年齢層の国民を「納税者」としてカウントして得られる見込みがあるのか? まずもって不可能であろう、という切実な問題をも示していることになります。 2020年現在の日本で考えるなら、上記の数値も参考に 男女とも70歳前後が、仕事の安全な引継ぎも含めて、現実的な<引退>年齢になっていると言えそうです。 現状では「個体差」が著しく、80歳、90歳を過ぎても元気でかくしゃくとした人がたくさんおられます。 私が親しくご一緒してきた中にも、松平頼則、團藤重光、金子兜太といった方々は90代に入ってからも主要な業績を遺しておられます。 老化の大半は「生活習慣」に起因する・・・少なくとも統計的に考えるなら、そのような前提を置いて議論をすることが可能です。 つまり、人生最後の10年ほどをどう過ごすか、という分かれ道には、自分自身の選択も浅くない関わりがある。 こうした自然科学から導かれる結論を、浅くティーチインされた政治家がリピートして失言になったりする例もあるかと思います。しかし、各々の個人が自分の問題として真剣に向き合う必要があるのは間違いありません』、私も既に健康寿命を過ぎつつあるので、身につまされるテーマだ。「こうした問題は100年の計をもって、出生前や幼児期から、ライフロングのライフ・サステナビリティの課題として国が責任をもって取り組むべきものであるという事実です。 60歳、70歳になってから、初めて「対策を」といっても、できることは限られているわけですから」というのはその通りだ。「国家のそろばん勘定」に合わせるために、「2050年頃の日本では75歳、あるいは85歳といった年齢の人が「現役」として働くことが期待」というが、このために必要な雇用、年金、健保などの仕組みをどう変えてゆくのか、というのは難題中の難題だろう。
・『老化は不可避のプロセスか?  日本では、比較的多くの方が「人間は年を取れば老化するもの」と思い込んでいないでしょうか? テレビなど見ると、そのような先入観を感じさせるものを散見します。 結局、年をとったら人間はみな寝たきりになる、あるいは認知症状が出てわけが分からなくなってしまうのでしょうか? もしそんな「諦念」があるとしたら、大変危険なことで、誤りを直ちに正しておく必要があります。 もちろん、遺伝的な要因などで、避けがたい状況は存在します。 私の知る中にも、早くから優秀で官界から企業に転じた人が、50代で早発性の疾患を発症して亡くなられたケースがあります。 ちなみに私自身の父も46歳で亡くなっており、3代遡っても男は50を超えた人がなく、私が記録を更新している状態です。 ただし戦死とかシベリア抑留とか、およそ「寿命」と別の理由で早死にしているものですが・・・。 生活習慣や栄養状態、保健衛生のコントロール次第で、人間の余命ならびにそのQOLは、大いに変化するものです。 子供の頃、日曜の夜に楽しみにしていたテレビ番組に「すばらしい世界旅行」というドキュメンタリーがありました。 後年、この番組を作っておられた岡村淳さんと近しくご一緒するようになりました。小学生時代に見る「アマゾン」や「パプアニューギニア」などの現実は、ただただ目を見張るばかり、驚異の別世界でした。 そんな中で、少年時代の私が最もショックを受けた中に、パプアニューギニアの「裸族」のお婆さんがありました。 陽に焼けて、どこから見ても「お婆さん」ですが、年齢が38歳とテロップが出たんですね。 間違いかと思いましたが、連れ合いの男性も39歳などとテロップが出る。孫を抱っこしたりして、正味の「おじいさんおばあさん」をやっている。 私は両親が晩婚で、父兄参観などで当時すでに50を過ぎていた母が来ると、周りの友達のお母さんたちより明らかに年かさで、恥ずかしく思ったりもしたのです。 その大正生まれの私の母より10歳以上若いはずの南の島の女性が、完全に「老人」であることにショックを受けました。 30代前半で大学に着任した私が、研究室の「裏番組」として「健康寿命延伸」のサイエンスを20年来続けて来た一つの原点は、このドキュメンタリーにあります。 もう一つは、30代後半で直面した親の介護で、最期まで責任を取りつつ、一個人として多くのことを考えました。 老化は、そこそこの進行度合いであれば、かなりの範囲で、より高速な進行を食い止めることができる生理現象、と考える必要があります。 既に進んでしまった老化を「取り戻す」ことは容易ではありません。しかし、地道な生活習慣からでも、自分の「老い」をゆっくり進行させることは可能です。 命の終わる日まで、できるだけ自分らしい自分の生を全うする可能性は万人に開かれているのです。 その現実をもっと多くの普通の人が認識できること、手ごたえを持って「若返り続けていくこと」こそが、世界で最初に超高齢化社会を迎える日本の2020年代最大のミッションの一つである、と考えられるわけです』、「地道な生活習慣からでも、自分の「老い」をゆっくり進行させることは可能です。 命の終わる日まで、できるだけ自分らしい自分の生を全うする可能性は万人に開かれているのです」というのはその通りだろう。
・『人生50年から人生120年へ  「人生50年」かつてはよく耳にした言葉です。ちなみに私は54歳になりましたので、この基準では人生が一度終わっている勘定になります(苦笑)。まだおよそ、やり残した仕事だらけなのですが・・・ さて、織田信長が本能寺の変で不慮の死を遂げるにあたって、「人生50年」と幸若舞を舞って自刃したらしい・・・エピソードはよく知られますが、織田信長(1534-82)当人は、満年齢で48歳、今日の観点からは十分に早死にです。 その後を襲った木下藤吉郎こと豊臣秀吉(1537-98)のケースはもっと意外で、満年齢で61歳の人生、「還暦」をようやく超す程度の期間に、善くも悪しくもあれだけ多くの出来事があった。 さらに、その後260年の日本を決定づけた徳川家康(1543-1616)にしても満73年の生涯、中国の故事にいう「古稀」古くから稀なり、という70歳をようやく過ぎて、一生涯を終えています。 <鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス>の家康も「後期高齢者」になるまでは待てなかったんですね。最高権力者も時代の医療水準には勝つことができなかった。 ここで、自然科学の観点から戦国時代の日本人と、21世紀の日本人を比較してみたいのですが、DNAのレベルで違う生物だったと考えるのは、妥当なことでしょうか? 突然変異などの生起確率は正確な評価が難しいですが、寿命を考えるうえで、そんなに大きな変化があるわけがない。 これは歴史を逆に遡ってみると、例えば平清盛(1118-1181)のように「天寿」を全うしたと思われる人が満享年63歳、天智天皇(626-672)は満享年46歳、聖徳太子こと厩戸皇子(574-622)も満享年48歳。 でも同じ時代の推古女帝(554-628)の満享年74歳など、決して現代人と変わらない「寿命」を全うした人がいないわけではないと思われるわけです。 神話の登場人物には100歳を超える寿命が伝えられますが、史料として確認できる範囲で、日本に文書主義が定着した飛鳥―奈良期以降の資料に拠るとしても、生物学的に考えてここ1500年程、人類の余命がDNAレベルで延伸あるいは短縮したとは、まず考えられません。 もっぱら保健衛生の向上と、医療の進歩によって、私たちの「寿命」は大幅に長く実現するようになった。 そんな中で、最も変化させにくいと思われる一つが、個人ないし共同体レベルでの「生活習慣」ではないか、と思われるわけです。 古来、塩分の強い食生活を送ってきた地域、古来、ヨーグルトなどの摂取で長寿が一般的な地域・・・。 こういった人間に由来する要素を「アーティファクト」と呼びます。これを習慣的なものとして外側から眺めるのではなく、物質の相互作用に立脚する厳密な科学として検討する重要性を、学術会議では議論しています。 特に人類全体の「超高齢化社会初期」に登場していると考えるべき、日本の「介護まわり用品」には、是々非々があり、かえって寝たきりを助長するような、誤った介護なども存在するのではないか、といったシリアスな議論を積み重ねています。 こうした詳細については、続稿で具体的に触れたいと思います。もう1点、本稿では「ターミナルケアの倫理」に言及しておきたいと思います』、「学術会議」での議論が有用な多くの知見を生み出してもらいたいものだ。
・『超高齢化社会のQOLから考えるターミナルケア  この連載では公立福生病院で発生した「人工透析停止」による患者死亡の問題を考えており、別原稿を準備したいと考えていますが、そこでの議論の背景の一つとして、高齢以下社会のターミナルケアとQOLの議論に触れて、このイントロの結びに代えたいと思います。 福生病院で、医師から患者への「透析停止」という選択肢の提示は、明らかな医療ガイドラインからの逸脱にほかなりません。 「厳しく検討する必要がある」というのが、この問題への私の基本的な考え方ですが、以下の議論はそれとは独立して考える必要があるものです。 秀吉や家康、あるいは清盛でも天智天皇でも、かつてはどんな最高権力者でも、延命治療の方法がなければ、そこで寿命は尽きざるを得ませんでした。 また、そうしたライフサイクルに対応した生活習慣が成立していた。「くち減らし」や「姥捨て」のような現実も確かに存在し、目を背けていては合理的な判断はできません。 さて、21世紀の今日、飛躍的に進歩した延命治療によって、以前であれば生存が困難、ないし不可能だった人たちに、新しい生の可能性が開かれました。素晴らしいことだと思います。 しかし同時に、それらの医療に支えられる人が「納税者」ではなく「年金受給者」などとして、国庫を圧迫する存在になるとしたら・・・? こういった問題が、日本の厚生行政全体を財務の観点も含めて検討するとき、問われることになってきます。 しかし、これがさらに、国全体ばかりでなく、個別の病院経営などにも影響を及ぼすとすると、様々なことが懸念されます。 極論すれば「コストパフォーマンスの高い患者/低い患者」といったことも考えることができてしまい、医は仁術からかなりの算術に変質してしまうことになりかねない。 家族の負担などによっては「無駄な延命医療などは避けて・・・」という<本人の意志>が、下手をすると姥捨同様の、経済的な判断にもなりかねないリスクも、検討する必要があります。 大局から問題を検討して、明らかな「正解」が少なくとも一つあります。 まだ若いうちから生活習慣を長寿型にシフトする、国民健康寿命延伸のための基礎科学の推進がその「半分」に当たります。 では、残りの半分は何か? そう問われると「人はパンのみに生きるものにあらず」つまり、精神的、メンタルな問題ないし、生きる希望や生き甲斐の問題が決定的に重要になります。 学術会議の提言案文には、それら全体への対案がまとめられていますが、複雑かつデリケートな問題が大半です。 段階を追って一つひとつ、議論を共有したいと思います。イントロダクションだけで大幅に紙幅を越えました。続稿で詳述したいと思います』、続稿を待っていたのだが、このテーマではまだ出てないようだ。出ればここでも紹介するつもりである。

次に、コラムニストの小田嶋 隆氏が4月19日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「不毛な困惑」が招いた空白の6時間」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00018/?P=1
・『先週はお休みをいただきました。 当欄のお知らせコーナーでもご案内した通り、入院していました。病名は脳梗塞です。なかなか強い印象を与える言葉ですね。 私も最初に聞いた時は、驚いて「はい?」と訊き直しました。 以下、簡単に今回の顛末をご報告しておきます。 症状に気づいたのは、先週の月曜日(4月8日)の朝だった。目を覚ましてPCを起ち上げると(朝一番の最初の動作がPCの起動だというこの習慣が健康的でないことは自覚している)、画面の文字がうまく読めない。視野の左上の方に明らかに見えにくい部分がある。 で、《朝起きてしばらくしてから、視野の右上方向の約三分の一ほどが見えにくい。右目も左目も見え方は、同じ。ちょっと困っている。近いうちに何らかの検査をせねばならないかもしれない。》というツイートを書き込んだ(※見えにくいのは視界の左上方向でした)。 すると、SNSの集合知というのはありがたいもので、さっそく有益な情報が続々と寄せられてくる。 特に、医師や病院勤務のアカウントが的確(つまりわりと深刻)なアドバイスを送ってきてくれた。 「身内ならすぐに救急車を呼びます」「いまこの場で、すべてをなげうって直近の病院に行ってください」「なるべく早く検査を受けてください。最悪、脳出血か脳梗塞の疑いがあります」という感じで続々と画面を埋めるメッセージを不自由な視野で読みながら、私は「これはただごとではないのかもしれない」という感じを抱きはじめた』、小田嶋氏が「脳梗塞」になったというのには驚かされた。毎朝のツイートも、「SNSの集合知」で「有益な情報が続々と寄せられてくる」というのは確かに「ありがたいもの」だ。
・『ただ、ここから先が素人の不徹底さで、結局私は「とりあえず午後のラジオの仕事の帰りにでも病院に行ってみるか」というヌルい決断を下した。 さいわい、脳出血やクモ膜下出血のような一刻を争うタイプの疾患ではなかったので、いまのところ、結果として初動の遅さを一生涯悔やむようなことにはなっていない。だが、最初に症状に気づいてから、病院の門をたたくまでに6時間ほど空白(まあ、「普通の日常」を送ったということだが)を作ったことは、これは、絶対に犯してはならないミスだった。 この時の自分の決断の鈍さを、いまあらためて反省している。 というよりも、自分の愚かさに少々びっくりしている。 とにかく、あの段階では、一も二もなく、いくつかの真摯な忠告に従って、即座に病院に向かうべきだった。 今回の不決断が、重大な事態につながらなかったのは、単なる幸運にすぎない。 仮にこの先、似たような状況に直面したら、30分後に女優さんとの対談の仕事がはいっていても、決然とキャンセルして病院に駆けつけようと思っている。 ちなみに、決断を遅らせるべく私が自分を説得するために用意していた言い訳は、「当日のキャンセルでラジオの現場を混乱させてはいけない」という絵に描いたような建前論だった。 本当のところを申し上げるなら、ラジオというメディアの強みが、その身軽さと臨機応変な対応能力にあることは、私が一番よく知っていたはずのことだ。つまり、今回の対応の遅れの原因は、やはり私自身が自分の感情と理性において下した判断自体に求めるほかにどうしようもない』、「最初に症状に気づいてから、病院の門をたたくまでに6時間ほど空白を作った」、というのはいかにも小田嶋氏らしい。
・『グレゴール・ザムザ氏は、ある朝目覚めると毒虫に変身していることに気づいた人なのだが、その彼の主要な心配事は、毒虫になってしまったことそのものではなくて、自室から外に出て勤務先に出勤できないことだったりした。今回の私の一連の対応は、ザムザ氏の不毛な困惑とそんなに変わらない。それほど愚かだった。 当日、私がわりと落ち着いているように見えたのは、私が状況を冷静に判断できていたからではない。 どちらかといえば、「オタオタしたくない」「沈着でありたい」という虚栄心(あるいはこの感情の正体は、私が日頃から軽蔑してやまずにいる「マッチョイズム」それ自体だったのかもしれない)に従ったリアクションだった。 それゆえ、当日、私は沈着であるというよりは、むしろヘラヘラしていた。 おそらく私の感情の中では「最悪の事態」を信じたくない気持ちが半分と、「オレに限っていくらなんでも脳の病気だなんてことはあるまい」という思い上がりが半分あって、それらがあわてふためくことを強くいましめていたのだと思う。 まあ、ひとことで言えば「正常化バイアス」というヤツだ』、病院に駆けつけるのが遅れた要因を冷静に分析し、「正常化バイアス」と喝破するところも、また小田嶋氏らしい。さすがだ。
・『午後になって、私はノコノコと赤坂に出かけて、20分ほどのラジオ出演を終えた。 オンエアの中では、視野の中に見えにくい部分がある現象を説明しつつ 「いま打席に立ったら内角の高めはたぶん打てないですね」などと、半端なジョークを飛ばしていた。最悪の態度だったと思う。 あるタイプのハリウッド映画では、一分一秒を争う戦闘シーンや、命のやり取りのさなかで、マッチョな主人公は必ずジョークを言うことになっている。というよりも、あの国のマッチョは、差し迫った時や、追い詰められた時にこそ、なんとしてもジョークをカマす。そうしないと男が立たないらしいのだ。 彼らにとってジョークというのは、なによりもまず「オレはくつろいでるぜ」「オレは平常心なんでそこんとこよろしくな」「っていうか、オレはまるでビビってないわけだが」みたいなことを内外にアピールするための電飾看板みたいなもので、だからこそ、ジョーク自体が面白いのかどうかはたいした問題ではないのだろう。 2002年の日韓W杯で日本代表の監督をつとめていたフィリップ・トルシエ氏は、ハリウッド人種ならぬフランス人の肉屋の息子だったが、彼こそはまさにその種の笑えないジョークのエキスパートだった。 彼にとって、ジョークを飛ばすことは「オレは平常心だぜ」どころか 「オレはおまえたちのペースには乗せられないぞ」「この場を仕切っているのはオレだぞ」ということを宣言するための高らかなトランペットだった。 だから、彼のジョークは、ほとんどまったく周囲の人間を笑わせることはなく、多くの場合、単に当惑させていた。 で、私はそのトルシエの「場の空気に水をぶっかける」高飛車なジョークが大好きだった。「おお、トルシエがまた協会に皮肉をカマしている」「おお、オレのフィリップがまたメディアの記者連中をコケにしている」と、毎度毎度彼の不可解な発言に関係者がいら立つたびに、私は大喜びでそのトルシエ氏のエスプリの底意地の悪さを祝福していた。 話がズレた。 何を言いたかったのかというと、発症当日、私がなにかにつけてジョークを連発していたのは平静さを装うためで、ということは私は動揺していたということだ。 動揺しているならしているで、その動揺した気持ちに素直に従って、病院にすっ飛んで行けばよさそうなものなのに、男という生き物はどういうものなのか一番くだらないところで一番くだらない見栄を張るようにできている。 反省しなければいけない』、「男という生き物はどういうものなのか一番くだらないところで一番くだらない見栄を張るようにできている」というのは言い得て妙だ。
・『午後、いったん帰宅した後、自宅から直近の総合病院を訪れてみると、すでに外来の診療時間は終わっていて、救急外来の担当医が、その場でCTの検査を手配してくれた。 その時に受けた説明によると 「まず脳に出血がないかどうかを確かめるために、CTを撮ります。で、出血が無いことが確認できたら、今夜のところはとりあえず血液をサラサラにする薬を飲んで、明日の朝、あらためて脳神経外科に予約を入れておきますので、MRIでより詳しい脳内の診断をしてもらってください」ということだった。 結果、幸運にも脳出血はなかった。 大事には至らなかったわけだ。 とはいえ、無邪気に幸運を喜ぶ気持ちになってはいけないと思っている。 翌日、MRIの検査を受けて検査室を出ると、車椅子を押した姿のナースさんが待っている。 「これはもしかして私の乗り物ですか?」と、私はこういう場面でもつまらないジョークを言わずにおれない。 主治医の指示で、急性期の脳梗塞の患者については急に転倒するなど万が一の事故を防ぐために、車椅子で病室まで運ぶことになっているのだそうだ。 とにかく、そんなこんなで、MRI検査室から出てそのまま入院という運びになった。 以来、10日ほどがたつ。 その間、毎日点滴(最初の2日間は24時間の点滴だった)を続けながら、ホルター心電図、頸動脈のエコー、心臓のエコーなどの検査を受け、土日以外は、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士によるそれぞれのリハビリメニュー(簡単なストレッチや、エアロバイクによる有酸素運動、それから各種の知能テストみたいなもの)をこなした。 入院患者はそんなにヒマなわけでもない。 ようやくヒマができると、ヒマを出される。 というわけで、おかげさまで、土曜日(4月20日)に退院という運びになった。 医師としては、まだいくつか気になる点があるのだそうだが、自宅も近いことだし、今後は通院でなんとかできると判断したようだ。 現状では、運動麻痺、言語障害はまったくない。記憶や思考力について、細かいところは永遠にわからないが、本人の自覚では問題はない。問題を自覚するに足る能力を喪失しているという見方も可能なのだろうが、その見方は採用しない。理由は、不快だからだ』、ナースさんにも「つまらないジョークを言わずにおれない」というのも、「一番くだらないところで一番くだらない見栄を張るようにできている」の一例だろう。
・『本当は、ごく簡単に今回の経過を報告した上で、このほど政府の経済財政諮問会議が打ち出してきた「人生再設計第一世代」という言葉についてあれこれ検討するつもりでいたのだが誌面が尽きてしまった。なので、この話題についてはまた稿を改めて論じてみたいと思っている。 一言だけ申し上げるなら、「人生再設計第一世代」は、粗雑で無神経なレッテルだと思っている。 基本的には 「一億総活躍社会」「働き方改革」「人づくり革命」と同じく、国民を将棋の駒かレゴのピースみたいに扱う気分の人間が発案した標語だと思うのだが、今回のこれはとりわけ異様だ。もしかしたら、われわれは緊急事態に足を踏み入れつつあるのかもしれない。 とはいえ、一方で、 「まあ、どうせこういう感じのがやってくると思ってたよ」という醒めた感慨もある。 この感慨が正常化バイアスの結果でないことを祈りたい』、いずれにしろ、大事にならずに済んだのは喜ばしいことだ。次の「人生再設計第一世代」も期待できそうだ。
タグ:健康 脳梗塞 経済財政諮問会議 日経ビジネスオンライン JBPRESS 伊東 乾 小田嶋 隆 (その7)(人生最後の10年 寝たきりでなく快適に過ごすには 健康寿命と平均寿命、小田嶋 隆:「不毛な困惑」が招いた空白の6時間) 「人生最後の10年、寝たきりでなく快適に過ごすには 健康寿命と平均寿命」 「ピンピンコロリ」を模索する新学術と芸術 「健康寿命」 男性が 72.14歳 女性が 74.79歳 日本学術会議の当該小委員会で「健康寿命延伸」に関する仕事を担当 健康寿命って何? 不健康余命 低QOL余命 国民が「加齢によって不健康な状態になる」平均的な年月が、上に記した9年とか12年という歳月になるわけです こうした問題は100年の計をもって、出生前や幼児期から、ライフロングのライフ・サステナビリティの課題として国が責任をもって取り組むべきもの 60歳、70歳になってから、初めて「対策を」といっても、できることは限られているわけですから 2050年頃の日本では75歳、あるいは85歳といった年齢の人が「現役」として働くことが期待 定年を75歳、85歳などまで引き上げるということも意味 こうした年齢まで「現役」の納税者として社会で活躍してもらいたい 国家のそろばん勘定が合わなくなるという切実な状況 現状では「個体差」が著しく 各々の個人が自分の問題として真剣に向き合う必要があるのは間違いありません 老化は不可避のプロセスか? 生活習慣や栄養状態、保健衛生のコントロール次第で、人間の余命ならびにそのQOLは、大いに変化する 地道な生活習慣からでも、自分の「老い」をゆっくり進行させることは可能です 命の終わる日まで、できるだけ自分らしい自分の生を全うする可能性は万人に開かれているのです 人生50年から人生120年へ もっぱら保健衛生の向上と、医療の進歩によって、私たちの「寿命」は大幅に長く実現するようになった 最も変化させにくいと思われる一つが、個人ないし共同体レベルでの「生活習慣」 超高齢化社会のQOLから考えるターミナルケア 「コストパフォーマンスの高い患者/低い患者」といったことも考えることができてしまい、医は仁術からかなりの算術に変質してしまうことになりかねない 家族の負担などによっては「無駄な延命医療などは避けて・・・」という<本人の意志>が、下手をすると姥捨同様の、経済的な判断にもなりかねないリスクも、検討する必要があります 精神的、メンタルな問題ないし、生きる希望や生き甲斐の問題が決定的に重要になります 学術会議の提言案文には、それら全体への対案がまとめられています 「「不毛な困惑」が招いた空白の6時間」 朝起きてしばらくしてから、視野の右上方向の約三分の一ほどが見えにくい。右目も左目も見え方は、同じ。ちょっと困っている。近いうちに何らかの検査をせねばならないかもしれない。》というツイート SNSの集合知というのはありがたいもので、さっそく有益な情報が続々と寄せられてくる ここから先が素人の不徹底さで、結局私は「とりあえず午後のラジオの仕事の帰りにでも病院に行ってみるか」というヌルい決断を下した さいわい、脳出血やクモ膜下出血のような一刻を争うタイプの疾患ではなかったので、いまのところ、結果として初動の遅さを一生涯悔やむようなことにはなっていない 最初に症状に気づいてから、病院の門をたたくまでに6時間ほど空白 重大な事態につながらなかったのは、単なる幸運にすぎない 「オタオタしたくない」「沈着でありたい」という虚栄心(あるいはこの感情の正体は、私が日頃から軽蔑してやまずにいる「マッチョイズム」それ自体 「正常化バイアス」 あるタイプのハリウッド映画では、一分一秒を争う戦闘シーンや、命のやり取りのさなかで、マッチョな主人公は必ずジョークを言うことになっている 彼らにとってジョークというのは、なによりもまず「オレはくつろいでるぜ」「オレは平常心なんでそこんとこよろしくな」「っていうか、オレはまるでビビってないわけだが」みたいなことを内外にアピールするための電飾看板みたいなもの 動揺しているならしているで、その動揺した気持ちに素直に従って、病院にすっ飛んで行けばよさそうなものなのに、男という生き物はどういうものなのか一番くだらないところで一番くだらない見栄を張るようにできている 幸運にも脳出血はなかった MRI検査室から出てそのまま入院 土曜日(4月20日)に退院 「人生再設計第一世代」
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

健康(その6)(糖質ゼロで 人間は生きていけるのか 究極の糖質制限をすると人体はどうなる?、何を食べれば健康によいか」根拠はここにある ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(1)、こんなサプリメントにご用心 ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(6)) [社会]

健康については、昨年10月10日に取上げた。今日は、(その6)(糖質ゼロで 人間は生きていけるのか 究極の糖質制限をすると人体はどうなる?、何を食べれば健康によいか」根拠はここにある ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(1)、こんなサプリメントにご用心 ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(6))である。

先ずは、医師兼マンガ家の近藤 慎太郎氏が昨年10月10日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「糖質ゼロで、人間は生きていけるのか 究極の糖質制限をすると人体はどうなる?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/report/16/091200163/100900045/
・『食事をとると、三大栄養素は体内でどのように代謝(分解・合成)されていくのでしょうか。 一般的に、次のように説明されることが多いと思います。 炭水化物→エネルギー 脂質→エネルギー、脂肪として貯留 たんぱく質→筋肉など肉体をつくる  もちろんこれが間違っているわけではなく、おおむねこのように理解してもらって構いません。ただし、何点か大切なことを追加します。 1つは、前回(「日本万歳!世界各地の『食事療法』に挑戦できる」)でも解説しましたが、脂質が人体を構成する細胞の膜や、ステロイドホルモンをはじめとした様々な生理活性物質の成分となるということです。 脂質というと、皮下脂肪や内臓脂肪を連想して敵視されがちですが、肉体に必要不可欠な役割を持っています。 次に炭水化物は、大きく分けて「糖質」と「食物繊維」に分けられます。 糖質は体の中で燃料として使うことができて、1g当たり約4kcalのエネルギーになります。 もう1つの食物繊維は、食物に含まれる消化の難しい成分のことで、穀物、海藻、豆、きのこ、野菜、果実などに豊富に含まれています。消化が難しいので、摂取できるエネルギーは微々たるもの。エネルギーよりも、今までは「便通を良くする」などの理由で積極的に摂取しましょうと言われてきました。 しかし、食物繊維にはそのほかにも大きなメリットがあることが分かってきました。 食物繊維の摂取量が多いほどメタボが少ない(1)、糖尿病のコントロールに有効(2)、LDL(悪玉コレステロール)を下げる(3)、などの報告があるのです。 食物繊維をどうやって取るかが、食事法における重要なカギになることは明らかです。これについては、稿を改めてしっかりと解説したいと思います。 最後に、三大栄養素の流れは完全に独立しているわけではなく、下の図の通り、一部は相互に乗り入れ可能になっています(本当はもっと複雑な回路をたどるのですが、ここでは大枠だけ変えずに省略しています)。 色が濃い上向きの矢印が2カ所あり、ここが今回もっとも重要なポイントです』、「脂質が人体を構成する細胞の膜や、ステロイドホルモンをはじめとした様々な生理活性物質の成分となる」、というのでは、敵視すべきではなく、「必要不可欠な役割」も果たしているようだ。
・『糖質は簡単に脂肪になるけれど……  炭水化物はブドウ糖に分解され、血中へと流れ込む。つまり、血糖が上昇します。それを感知した膵臓は、「インスリン」というホルモンを出します(インスリンも食事法において、最重要キーワードの1つです)。 インスリンによってブドウ糖は細胞の中に取り込まれ、エネルギーとして利用されます。 余ったブドウ糖は「グリコーゲン」や「中性脂肪」に変えられます。グリコーゲンは肝臓や筋肉に、中性脂肪は脂肪組織に取り込まれて貯蔵されます。 つまり炭水化物からも脂肪ができてしまうのです(図の「アセチルCoA」→「脂肪酸」のルート)』、「炭水化物からも脂肪ができてしまう」、やはり炭水化物も過度に摂るべきではないようだ。
・『炭水化物の食べすぎもやっぱり注意!  これに関連して、もう一つ大事な注意点があります。 脂質異常症がある場合、「揚げ物や炒め物などの脂っぽい食事を控えましょう」と指導されることがよくあります。 ところが、LDLが高い場合にはおおむね妥当だと思いますが、中性脂肪が高い場合は、「炭水化物も原因だった」ということがあり得るのです。 脂っぽい食事を控えているのに中性脂肪がなかなか下がらないという人は、むしろ炭水化物の量に留意する必要があるのです。 医者でもこの点をはっきりと認識していない人が時々いて、中性脂肪が高い場合に、「本当に脂っぽい食事を控えているんですか~?」と不用意な発言をして、患者さんとの信頼関係にヒビが入ることがあります。 このように、糖質には一筋縄ではいかない面もあります。 では、そんな糖質を全く取らなかったらどうなるのでしょうか。 最近では、「糖質制限」を厳格に守って、炭水化物をほとんど取らない生活を送っている人もいます。そういった場合、人体にはどんな影響があり得るのでしょうか。 もともと人間の脳は、原則的にブドウ糖しか栄養素として利用できません。 ですから、もしそのほかの栄養素からブドウ糖が合成できないのだとすると、糖質制限をすることで、脳は飢餓状態になってしまいます。 ただ、これは一応、回避できます。ブドウ糖が枯渇した場合には、筋肉のたんぱく質などを分解して、ブドウ糖を作り出す「糖新生」というルートができるからです(図の「ピルビン酸」→「ブドウ糖」のルート)。 厳格な糖質制限を推進する人たちは、「糖新生があるから糖質はまったく取らなくても大丈夫」と主張します。 ただ、成り立ちからも分かる通り、糖新生は人体にとってあくまで非常手段。糖新生があるから糖質ゼロでも構わない、とするのは、やや乱暴な話のように感じます』、「糖質制限をすることで、脳は飢餓状態に」なるが、「筋肉のたんぱく質などを分解して、ブドウ糖を作り出す「糖新生」というルートができる」が、「糖新生は人体にとってあくまで非常手段」ということであれば、過度な糖質制限は避ける方がよさそうだ。
・『3大栄養素は、それぞれ独自の流れを持っていて、互いの交通はないというイメージがあるかもしれません。けれど実は様々な合流ルートがあるのです。これを「栄養素の相互変換」と言います。 つまり下のような単純な図式ではないということです。  炭水化物→エネルギー 脂質→エネルギー、脂肪として貯留 たんぱく質→筋肉など肉体をつくる これはいたずらに複雑になっているわけではありません。人類の歴史において、それぞれの栄養素を、バランスよく取れる時期は、ほとんどありませんでした。つまり栄養素の過不足があった場合に互いをカバーしあえるよう発達した、極めて精緻なセイフティーネットがこの複雑な仕組みなのです。 その特性を理解した上で適切にふるまうことが、取ろうと思えばいくらでも栄養素を取れる時代に生きる日本人にとって、必要不可欠なことなのです』、「栄養素の相互変換」は「極めて精緻なセイフティーネット」とは、確かによくできた仕組みだ。「飽食の時代」に「セイフティーネット」を乱用する愚は避けたいものだ。

次に、昨年11月3日付け日経ビジネスオンライン「「何を食べれば健康によいか」根拠はここにある ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(1)」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/227278/102600136/
・『「健康によい食事」や「体に悪い食べ物」など、健康情報のなかでも人気の「食」の話。だがそれだけに、極端だったり矛盾したりする話も多く、何を信用していいのか分かりにくいのも確かだ。そこで、食と健康にまつわる根拠(エビデンス)を提供する栄養疫学の専門家として、世界的に活躍する今村文昭さんの研究室に行ってみた! 今の世の中には、いわゆる健康情報が満ち溢れている。 どうすれば、より健康になれるのか、誰もが知りたい。 特に食事にかかわる情報は人気だ。何を食べればよいのか。なにがヘルシーで、なにが危険な食べ物か。 栄養素レベルでは、最近では追いきれないほどたくさんの種類のサプリがドラッグストアの棚に並んでいる。そういえば、かつて悪者の代表のように扱われていた脂質も、不飽和脂肪酸という種類のものは体によいらしい。一方、炭水化物の評判はすこぶる悪い。毒だと言い切る人すらいる。脂質悪者論の時代から炭水化物ヘイトの時代へのうつりかわりが、たぶん平成の健康情報の一大イベントだったのではないだろうか。 食材レベルでは、野菜や果物は今も昔もヘルシーな食べ物だと思われており、タンパク質の供給源としては魚やチキンがよいというのもよく聞く。悪者にされがちなのはやはり炭水化物系で、砂糖はもちろん、白米を代表とする「精製された穀物」を食べることの是非が取りざたされる。その一方で、肉はどうだろう? 近所のステーキハウスは「肉は健康食!」と大きく書かれたパネルを掲げて客を呼び込んでいるが、それって本当にいいのだろうか。 食事パターン、いわば献立のレベルとしては、「地中海ダイエット」(地中海食)がすでに市民権を得ているかもしれない。野菜や果物、ナッツ、全粒粉のパン、魚介類、チキン、オリーブオイルや適量の赤ワインといった、地中海世界でよく食べられているものを真似た食事が健康的に優れているというもので、近所のイタリアンファミレスに行くと強力にプッシュされている。一方で専属コーチ付きのジムに通う知人は「低炭水化物食ダイエット」を信奉している。肉中心の食生活をよしとして、外食でステーキを頼んだ時にマッシュポテトがついてきても手を付けない。可能なところではブロッコリーなどにかえてもらうという。 こういったことは、それぞれどれだけ妥当なのだろう。極端に感じるものも多いし、お互い矛盾するものもある。 信頼できる判断の基準はありうるのだろうか。医療には、EBM(根拠(エビデンス)に基づいた医療)という概念があり、各学会がガイドラインを作って標準的な診断や治療を定めている。だから、ぼくたちは治療を受ける時にそれが妥当かどうかまずはガイドラインを参照することができるし、さらにそのもとになっているエビデンスを見ることもできる。 この時に言うエビデンスは「科学的根拠」と訳されることが多く、もともと疫学という学問に由来するものだ。日本では占いの「易学」と混同されることがあるほどマイナーな分野だが、実は様々な応用科学分野での実践に「根拠(エビデンス)」を与える重要な役割を担っている。医療におけるEBMは、まさにその具体例だ。 そして、食についても栄養疫学という分野があって、日々、まさにぼくたちが知りたい「よい食べ物」「悪い食べ物」について研究を深めている。食物に関する健康情報の多くは栄養学の範疇だと理解されていると思うけれど、その「根拠」の多くを提供するのが栄養疫学だ。ならば、直接、栄養疫学者に話を聞いてみたい。そんなふうにずっと思っていた。 機会が訪れたのは今年になってからで、たまたまぼくがロンドンに滞在中にケンブリッジ大学の栄養疫学者、今村文昭さんに会うことができた』、食物に関する健康情報が溢れるなかで、栄養疫学者の話というのは興味深い。
・『ロンドンからケンブリッジ駅までは直通列車で50分弱。駅前からバスに乗り、10分ほどで大学病院であるアッデンブルック病院に到着。そこでしばらく待っていると、グレイのベストを着た30代くらいの男性が、軽く手を挙げながら近づいてきた。 それが、今村さんだった。アメリカのボストンにあるタフツ大学で栄養疫学研究で博士号を取得、同じくボストンのハーバード大学公衆衛生大学院での博士研究員(ポスドク)期間を経て、2013年から英国のケンブリッジ大学MRC疫学ユニットの上級研究職に就いている。糖尿病や肥満に関する疫学を中心に活躍していると聞いている。 今村さんに導かれて病院の建物に入る。患者が行き来するエリアからエレベーターに乗り、MRC疫学ユニットのフロアに着くと、雰囲気が一変した。ぱっと見る限り、病院ではなく、ごく普通の会社のオフィスのような光景だった。たくさんデスクが並んでおり、着席している人たちはそれぞれのPCの画面を見ながら仕事をしている。ぼくたちはさらに奥まったところへと進み、こぢんまりした個室で対話を始めた。 まず今村さんの所属のMRC(Medical Research Council)について聞いておこう。字面通りに訳すなら「医療研究会議」だが、具体的なイメージがわかない。 「ちょっと特殊なんですが、私の立場は、ケンブリッジ大学の研究員であり、日本で言うところの厚生労働省の研究者でもあるんです。MRCは、医学研究の公的な資金をどう分配するかを決める機関で、研究拠点を英国各地に散らばせています。私たちのところは糖尿病と肥満にかかわる疫学のユニットです」 つまり、MRCはイギリス政府が医療関係の研究を委託する仕組みで、国立の研究所をドンと構えるのではなく、各地の大学や研究所にそれぞれのテーマに応じて予算を分配して研究を進める形を取っているのだそうだ。ケンブリッジには、「疫学」の他にも「分子生物学」や「がん」などのMRCユニットがある。 そんな中、疫学ユニットには、50人を超える研究者が所属している。ぼくが見た「オフィス」は、それらの研究者がプロジェクトごとに分かれた大部屋の一つだった』、今村文昭氏は経歴からみて栄養疫学者として一流のようだ。
・『では、栄養疫学者である今村さんのテーマが、なぜ糖尿病や肥満なのか。 「簡単に言いますと、糖尿病を予防するにはどんな食生活を送るといいのか、どんな生活習慣が望ましいかということを研究しています。今、日本でも1000万人くらい治療を要する患者さんがいると言われていますし、英国でも300万人と社会的な問題です。さらに、世界的に見ると数億人もいて、今も増えています。糖尿病って、それを入り口にしていろんな病気につながっていきます。心臓の病気だったり、腎不全だったり、血管系の疾患の危険因子です。公の立場からは医療費がかさんで社会的な負担になるということで、予防が重要です。そこで、どのような環境因子や遺伝子や代謝の因子が、どれだけ糖尿病に関与しているのか見つけて、それを介して予防をできればよいというわけです。食事というのは、そのひとつの大きな要素なんです」 つまり、今村さんの取り組みの視野と射程は、ぼくたちが素朴に知りたがる「健康情報」よりも広く長い。ぼくたちが健康情報を咀嚼する時に、こういった研究のあり方を知っておくことは大いに意味がありそうだ。今回のシリーズでは今村さんの研究の「風合い」を知ることをひとつの焦点にしていこう』、糖尿病の食事を通じた予防は、確かに極めて重要な課題だ。
・『一応、確認しておくと、糖尿病は、膵臓から出るホルモンであるインスリンが十分に分泌されず、あるいは働くことができず、血液中のブドウ糖(グルコース)の濃度、つまり血糖値が高いままになってしまう病気だ。 ブドウ糖はぼくたちが生きていくための、いわば「燃料」になる必要不可欠なものだ。インスリンが働かずブドウ糖が血中に留まって細胞に入っていきにくくなるので、細胞が「飢餓状態」になってしまう。また、血中のブドウ糖濃度が高止まりし続けると、血管の細胞のタンパク質や脂質と結合するなどしてダメージを与えてしまう。「燃料」だけに、反応性が高いのだというふうにぼくは理解している。しかし、血糖値が高いだけでは自覚症状にとぼしいのが問題で、昔は合併症が出るまで気づかないこともあった。 合併症には重篤なものが多い。狭心症・心筋梗塞、脳梗塞など直接生命にかかわる疾患の他、腎症で透析が必要な状態になったり、認知症のリスクを上げたりもする。1964年生まれのぼくの子ども時代、近所で糖尿病由来の極端な血行障害から両足が壊死して切断を余儀なくされた人がいた。その後、別の知人が眼底出血を繰り返し失明したこともあった。それぞれ糖尿病足病変、糖尿病網膜症、といった病名があることを後で知った。子どもながらに非常に衝撃的な出来事だった。 いったいなにをすると糖尿病になるのだろう。食べ物が関係することは確かだが、それだけというわけではない。様々なことが絡まり合っている中、今村さんたちは、介入すると予防効果がありそうな因子を見出そうとしている。なお、糖尿病には1型と2型があり、1型は生活習慣と関係ない自己免疫系の疾患が原因だとされている。食事などの生活習慣の改善で予防が期待できるのは2型の方だ。今後、本稿の中で「糖尿病」と書いたら、基本的に2型のことだと読み替えてほしい』、「糖尿病」の「合併症には重篤なものが多い」というように、確かに怖い病気だ。
・『では、どうやって研究するのか? 一般に「糖尿病の原因を探る研究」と聞くと、白衣を着て実験室でなにかをしたり、やはり同じく白衣の医師が患者を診たりする光景を想像する人が多いかもしれない。けれど、ぼくが見た今村さんの職場は「オフィス」そのものだった。 「白衣を着てやるようなものではないですね。普段は、コンピュータを前にしてデータを扱っています。ケンブリッジ大学は、1990年代から、ヨーロッパ10カ国の50万人を追跡しているEPIC(エピック)という名前のコホート(研究の対象になる集団)の運営に参加していて、まずそのデータを使わせてもらえます。また、2005年からは、私たちのユニットで独自に、フェンランド研究という1万2000人ぐらいのコホートをイギリス東部のノーフォーク地方の近郊で走らせていて、こっちは運動習慣に力をいれている疫学研究です。食事習慣、遺伝子なども見ているのですが、特に運動習慣と健康、病気がどう関係しているか、体に加速度センサーをつけてもらって、運動やGPSのデータを取っているのが特徴です。あと、タフツ大学での博士研究や、ハーバード大学でのポスドクでの研究では、聞いたことがあるかもしれませんがフラミンガム研究のデータを解析していましたし、ほかの北米のコホートで論文を書いたこともあります。ポスドク時代の研究テーマは、糖尿病の研究もしましたが、心臓の病気などがメインでした」 コホート研究という言葉が出てきた。コホートの語源としては、古代ローマの歩兵隊の1単位のことだそうだが、ここでは観察対象となる集団のことを指している。数千人から数十万人という大きな集団(コホート)を長期間追跡することで、どんな生活習慣なり、環境要因なりが、病気や健康に関係しているのか見つける。大規模なコホート研究は疫学研究の華であり、1948年にマサチューセッツ州フラミンガムで始まったフラミンガム研究はどんな疫学の教科書にも出てくる古典的でなおかつ現役のコホート研究だ。 今村さんはフラミンガム研究など北米のデータから始め、今では欧州の50万人規模のEPIC研究や、1万2000人と比較的小さめではあるけれど「運動習慣」に特に力を入れたフェンランド研究を「自分のコホート」として研究することができる立場なのだった。つづく』、「大きな集団(コホート)を長期間追跡することで、どんな生活習慣なり、環境要因なりが、病気や健康に関係しているのか見つける」、コホート研究は確かに「疫学研究の華」なのだろう。ただ、この後の続きについては、やや専門的に過ぎる部分も多いの、(21)~(5)の紹介は省略。(6)だけを紹介しよう。

第三に、上記の続きとして12月8日付け日経ビジネスオンライン「こんなサプリメントにご用心 ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(6)」を紹介しよう。
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/18/101700018/110900007/?P=1
・『ケンブリッジ大学MRC疫学ユニットの今村文昭さんとの対話は長時間に及んだ。 朝9時ころから話しはじめて、気がついたらもうお昼になっていて、本当に飛ぶように時間がすぎた。 ぼくは午後、ケンブリッジ大学のメインキャンパスで別のアポイントメントがあったので、いったんアデンブルック病院を離れざるを得なかった。 お互いにまだ話が半分くらいしか済んでいないことを確認し、夕方、今村さんが仕事を終えてから、今度はケンブリッジの大学のメインキャンパスの会議室で話を再開することになった。 ここから先は、午前中の対話を前提にした「応用編」だ。 ちまたに溢れる食品情報と、ぼくたちはどうつきあっていけばいいか。 理論や方法に詳しい栄養疫学者の目から見るとどう見えるのか、これまでのところでも折に触れて述べてきたけれど(加糖飲料やフルーツジュースの件など)、あらためて目立った食品情報について、今村さんの意見を聞いてみたい。栄養成分レベルから食事パターンまで様々な階層がある中で、まずは栄養成分レベルから。 つまり、サプリメントの類はどうだろう』、近年、サプリメントの広告が急増しているので、栄養疫学者の考え方は興味深い。
・『「まず、ご存知の方もいると思いますが、栄養疫学の歴史で注意すべきこととして、サプリメントの服用で死亡率が上がるという衝撃的な結果が出たことがあるんです。1980年代にニンジンやカボチャなど黄緑色野菜に含まれるβカロテンが、がんを抑制するという仮説が提唱されこれは期待が持てるのではないかと盛り上がりました。日本でもβカロテン入りの健康飲料やサプリメントが発売されましたよね。でも、その後、臨床試験が行われると、βカロテンのサプリメント服用によって喫煙者など特定のグループで死亡率が上がるということが分かりました。その一方で、重篤な疾患に対する有効性を示す研究はまったく出ていません。2000年以降に行われた複数のメタアナリシスでも、サプリメントの常用が死亡率を10%弱上げるだろうという結果になりました」 健康によいと期待されていたものの効果が確認できなかっただけでなく、喫煙者などには有害であることが分かってしまった。ぼくも発売された健康飲料を時々飲んでいたから、衝撃を受けたことを覚えている。もっともこの健康飲料には、そもそも健康への影響が出るような量のβカロテンは入っていなかったそうなのだが』、「βカロテン入りの健康飲料やサプリメント」については、「効果が確認できなかっただけでなく、喫煙者などには有害であることが分かってしまった」というのには驚かされた。マスコミも大スポンサーのサプリメント業界などを「忖度」してマイナス情報の報道は控えているようだ。
・『では、最近、ドラッグストアでよくみる様々なサプリメントはどうだろう。  サプリメント専門ショッピングサイトで見たところ、本当におびただしい種類がある。トップページに名前が出ている人気商品としては、各種ビタミン、カルシウム、鉄といった伝統的なものはもちろん、コラーゲン、ヒアルロン酸、プラセンタ(牛や豚の胎盤のエキス!)、コエンザイムQ10、ロイヤルゼリー、そして、オメガ3脂肪酸といったものまで。 ここでは、今村さんが自分の研究でも扱ったことがある脂肪の摂取について取り上げる。サプリの効果を見るための研究ではないが、脂肪酸の効用は今村さんにとって専門の一つと言える。 「脂肪酸の種類って、固い脂質の飽和脂肪酸と液体の脂質の不飽和脂肪酸に分けられるんです。飽和脂肪酸はラードやバターなどに多く入っていて、不飽和脂肪酸は、サラダオイル、オリーブオイルなどに多く入っています。不飽和脂肪酸は、さらに、一価と多価というふうに分かれて、最近よく話題になるオメガ3脂肪酸は、多価の不飽和脂肪酸のひとつです。私自身、こういった様々な脂質と、炭水化物の摂取が、血糖値だとか、インスリン濃度だとか、糖尿病の指標にどういう影響を与えているかメタアナリシスをしました。その結論の一つは、炭水化物が多い食事よりも不飽和脂肪酸が多い食事をしたほうが、指標が改善するだろうというものでした」 なお、「脂肪酸」つながりで、有害とされる「トランス脂肪酸」はどうなのかと思った人もいるだろう。実は、トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸の一種だが、化学構造上の理由で例外的に固くなる。だから「固い脂肪」「液体の脂肪」という分け方をするなら、「固い脂肪」だ。もっとも、トランス脂肪酸は、ある種のマーガリンやショートニングなどの製造過程でできたり(最近はかなり改善されてきている)、スナック菓子などに多いということが問題になっているので、別立てで考えた方がよいテーマではある。 さて、ここで今村さんが言及しているメタアナリシスは、研究参加者に食事を提供して、その結果、血中の指標がどう変わるかを見た研究を102件も集めて分析したものだ(※1)。系統的レビューの際に設定した条件で抽出した研究は、ランダム化して食事を提供するものに限っていて、栄養疫学分野では貴重な介入研究だ。メタアナリシスのひとつの事例として紹介したかったのだが、先に紹介した「加糖飲料」についてのものよりも扱っている事例が多く、高度に専門的な解析がほどこされているので見送った。興味のある方は是非、これまた膨大な補遺も含めて論文を見てほしい。読み解く能力に応じて、凄みが分かるだろう。 この論文やその他のエビデンスでどんなことが示唆されるのか、今村さんに簡単に述べてもらうとこんなふうだ。 「食物繊維やカロリーの摂取量は別に考えるものとして、不飽和脂肪酸、あるいは液体の脂肪は比較的よくて、飽和脂肪酸、固体の脂肪はよくもなく悪くもない。そして、私たちの身体の燃料となる炭水化物はそんなによくないといったところです。糖尿病関係以外の話ももちろん網羅しなくてはなりませんが、個人的には炭水化物も飽和脂肪酸についても毛嫌いすることなく、ほどほどならと考えています」 というわけで、不飽和脂肪酸はかなりよさげである。少なくとも糖尿病の予防効果があるのではないか。しかし、食品の中、食事パターンの中で摂取するのと、サプリメントとして単独で摂取するのでは違う。不飽和脂肪酸のうちにオメガ3脂肪酸も含まれるわけだが、はたしてサプリメントを飲めば効果は期待できるのだろうか』、私もかねて疑問に思っていたことで、興味深い。
・『「私のメタアナリシスで検討している不飽和脂肪酸というのは、オメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸というものを足し合わせたものです。そのうち、オメガ6脂肪酸の摂取の方が高くて90パーセントにもなるので、オメガ3脂肪酸に関する知見を推察するには至りません。それに、糖尿病の患者に食事を与えた研究ですので、いずれにしてもサプリメントの効果はわからないんですよ」 つまり、オメガ3脂肪酸のサプリの効用を知りたければ、まさに「オメガ3脂肪酸のサプリ」そのものを対象とした研究を見ることが必要だ。当たり前といえば、当たり前なのだが、ぼくを含めて、世の人はすぐに「不飽和脂肪酸がよいなら、そのうちの一つであるオメガ3脂肪酸だけを補ったら健康によいのでは」と飛躍してしまいがちだ。 「オメガ3脂肪酸をサプリとしての効果を見た研究もありますが、糖尿病に関しては良好な結果は得られていませんね。日本の研究で、心疾患か脳卒中の既往歴のある人で二次予防効果が見られましたが、やはり健康な人が飲んで効果があるかは分からないので、この時点で推奨するのはちょっと無理があります」とのことだ』、「オメガ3脂肪酸をサプリとしての効果」については、「健康な人が飲んで効果があるかは分からない」、なるほど。
・『結局、サプリメントで安心して服用できるのは、長い歴史があるビタミンやカルシウム製剤くらいだというとても保守的な結論にならざるをえない。 「いえ、実は、それさえも言えなくて……」と今村さん。 「カルシウムやビタミンDは、『骨を強くするのに必要なもの』と言われますし、実際に生化学的な知見は確立されています。でも一般的な成人がサプリメントで摂取したとしても、ベネフィットは限られていると考えてよいでしょう。その一方で、眉唾ものかもしれませんが循環器系疾患や腎臓への副作用の疑いも指摘されています。鉄剤のように貧血に対する効果が示されているものでも他の疾患のリスクを上げる可能性があると指摘されていますし、発展途上国では夜盲症を予防するビタミンAでも、飲みすぎるとビタミンA過剰症で肝臓を傷めたりします。こういったことまで含めて考えないといけないんですが、一般の人にそこまで求めるのは酷ですよね」 議論が込み入ったところに入ってくると、結局は栄養疫学を始めとする専門家でないと判断が付きかねる領域に至る。その際にはぜひプロに解説してもらいたいものだと思う。それも、巨大なサプリメント業界と利益相反のない立場から。 ぼくたちアマチュアができることといえば、まず「すぐに飛びつかない」ことを強調したい。また、もう少しだけ踏み込むとしたら、「メカニズムとして合理的に思えても、実際に効くとは限らないし、思いもしない副作用の可能性は常にある」ことを肝に銘じることも大事だろう。 不思議に思われるかもしれないが、体内での働きのメカニズムがかなり分かっていると思われる栄養素についても、サプリメントの総合的な効果はよく分からないことが多い。ましてや、もっと新規な栄養素で、その働きについてメカニズムを中心に語っているものは要注意だ。 例えば── 物質●●には、強い抗酸化作用があり、血液中の活性酸素を一掃してくれる。活性酸素はLDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)を変性させて血管壁に付着、蓄積させることから循環器系の疾患につながる。よって、物質●●のサプリメントを飲むと健康に良い。というような言説だ。 こういうものは、部分部分は正しくても、全体としてはつぎはぎだらけで疑わしいことも多い。また、かりに十分に妥当な内容でも、サプリとして摂取したときの効果の証拠があるものは少ない。「エビデンスがないから、メカニズム論に傾倒するのだと考えるといいかもしれません」と今村さんも言っていた。 だから、現況では、「すごいメカニズム」が解説されていたら、それと同時に、サプリ摂取に関する疫学研究、臨床研究について言及があるかどうかは常に意識したほうがよい。 その上で──「もしも、貧血や疲労感を抱いてサプリの利用も考えたいのでしたら、ご自身の食生活などの生活習慣を見直すことも選択肢にいれつつ、臨床医や栄養士にお世話になるのが適当だと思いますよ」というのが、今村さんからの助言である』、「メカニズムとして合理的に思えても、実際に効くとは限らないし、思いもしない副作用の可能性は常にある」、というのであれば、広告に惑わされずに、「臨床医や栄養士にお世話になるのが適当」というのには、納得である。
タグ:健康 βカロテン 日経ビジネスオンライン コホート研究 近藤 慎太郎 (その6)(糖質ゼロで 人間は生きていけるのか 究極の糖質制限をすると人体はどうなる?、何を食べれば健康によいか」根拠はここにある ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(1)、こんなサプリメントにご用心 ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(6)) 「糖質ゼロで、人間は生きていけるのか 究極の糖質制限をすると人体はどうなる?」 脂質が人体を構成する細胞の膜や、ステロイドホルモンをはじめとした様々な生理活性物質の成分となる 肉体に必要不可欠な役割を持っています 三大栄養素の流れは完全に独立しているわけではなく、下の図の通り、一部は相互に乗り入れ可能に 糖質は簡単に脂肪になるけれど…… 炭水化物からも脂肪ができてしまう 炭水化物の食べすぎもやっぱり注意! 糖質制限をすることで、脳は飢餓状態になってしまいます ブドウ糖が枯渇した場合には、筋肉のたんぱく質などを分解して、ブドウ糖を作り出す「糖新生」というルートができる 糖新生は人体にとってあくまで非常手段 3大栄養素は 実は様々な合流ルートがあるのです。これを「栄養素の相互変換」 人類の歴史において、それぞれの栄養素を、バランスよく取れる時期は、ほとんどありませんでした 栄養素の過不足があった場合に互いをカバーしあえるよう発達した、極めて精緻なセイフティーネットがこの複雑な仕組み 「「何を食べれば健康によいか」根拠はここにある ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(1)」 栄養疫学の専門家 タフツ大学で栄養疫学研究で博士号を取得 ハーバード大学公衆衛生大学院での博士研究員(ポスドク)期間を経て 英国のケンブリッジ大学MRC疫学ユニットの上級研究職に就いている 今村文昭 MRC(Medical Research Council) 医学研究の公的な資金をどう分配するかを決める機関 私たちのところは糖尿病と肥満にかかわる疫学のユニット 糖尿病を予防するにはどんな食生活を送るといいのか、どんな生活習慣が望ましいかということを研究 糖尿病って、それを入り口にしていろんな病気につながっていきます インスリンが働かずブドウ糖が血中に留まって細胞に入っていきにくくなるので、細胞が「飢餓状態」になってしまう 血中のブドウ糖濃度が高止まりし続けると、血管の細胞のタンパク質や脂質と結合するなどしてダメージを与えてしまう 合併症には重篤なものが多い コホート(研究の対象になる集団)の運営に参加 大きな集団(コホート)を長期間追跡することで、どんな生活習慣なり、環境要因なりが、病気や健康に関係しているのか見つける 「こんなサプリメントにご用心 ケンブリッジ大学 栄養疫学 今村文昭(6)」 栄養疫学の歴史で注意すべきこととして、サプリメントの服用で死亡率が上がるという衝撃的な結果が出たことがある βカロテンのサプリメント服用によって喫煙者など特定のグループで死亡率が上がる 重篤な疾患に対する有効性を示す研究はまったく出ていません サプリメントの常用が死亡率を10%弱上げるだろう 様々なサプリメント 炭水化物が多い食事よりも不飽和脂肪酸が多い食事をしたほうが、指標が改善するだろうというものでした 不飽和脂肪酸、あるいは液体の脂肪は比較的よくて、飽和脂肪酸、固体の脂肪はよくもなく悪くもない。そして、私たちの身体の燃料となる炭水化物はそんなによくないといったところ 炭水化物も飽和脂肪酸についても毛嫌いすることなく、ほどほどならと考えています 食事パターンの中で摂取するのと、サプリメントとして単独で摂取するのでは違う オメガ3脂肪酸をサプリ 健康な人が飲んで効果があるかは分からないので、この時点で推奨するのはちょっと無理があります 一般的な成人がサプリメントで摂取したとしても、ベネフィットは限られていると考えてよいでしょう。その一方で、眉唾ものかもしれませんが循環器系疾患や腎臓への副作用の疑いも指摘されています 鉄剤のように貧血に対する効果が示されているものでも他の疾患のリスクを上げる可能性があると指摘されています サプリメントの総合的な効果はよく分からないことが多い。ましてや、もっと新規な栄養素で、その働きについてメカニズムを中心に語っているものは要注意だ エビデンスがないから、メカニズム論に傾倒するのだと考えるといいかもしれません メカニズムとして合理的に思えても、実際に効くとは限らないし、思いもしない副作用の可能性は常にある 臨床医や栄養士にお世話になるのが適当
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

不正会計(東芝以外)(その2)(今や日本は“粉飾大国” 民間企業もデタラメ会計処理が急増、粉飾した方が「得」に? 久保利弁護士が嘆く不正の真因、他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件、部長「懲戒解雇」でも残る東レの「粉飾決算」疑惑 10億円前後の売上の実態は「在庫飛ばし」か?) [企業経営]

不正会計(東芝以外)については、2016年4月18日に取上げた。久しぶりの今日は、(その2)(今や日本は“粉飾大国” 民間企業もデタラメ会計処理が急増、粉飾した方が「得」に? 久保利弁護士が嘆く不正の真因、他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件、部長「懲戒解雇」でも残る東レの「粉飾決算」疑惑 10億円前後の売上の実態は「在庫飛ばし」か?)である。

先ずは、1月27日付け日刊ゲンダイ「今や日本は“粉飾大国” 民間企業もデタラメ会計処理が急増」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/246319
・『厚労省「毎月勤労統計」の不正調査やアベノミクスの賃金偽装が発覚し、統計への信頼が揺らいでいる。そんな中、24日、東京商工リサーチが衝撃的な調査結果を発表をした。コンプライアンスやガバナンスが叫ばれるご時世、上場企業の「不適切会計の開示」が急増しているのだ。数字のチョロマカシは国だけでなく、民間企業にも蔓延している』、「不適切会計」と穏やかな表現をしているが、実態は「粉飾」だ。
・『9年間で2倍超  東京商工リサーチは、2008年から不適切会計の開示企業を調査している。08年は25社だったが、16年は過去最多の57社と9年間で2・2倍に増え、昨年は2番目に多い54社と高水準だった。 「15年の東芝の不適切会計問題以降、開示資料の信頼性確保や企業のガバナンス強化を求める声は強まっています。一方で、海外展開など営業ネットワークが拡大する中、グループ会社へのガバナンスが行き届かないのが実情です。難しい会計処理に対応できる人手が確保できないのも要因です」(東京商工リサーチ情報本部・松岡政敏課長) 昨年、不適切会計を公表した東証1部上場企業は26社(別表)。単なる「誤り」もあるが、「着服」や「粉飾」など不正が横行している。しかも、一部のワルの仕業ではなく、組織的な不正が長年続くことも珍しくない。 昨年7月に発覚したヤマトHD子会社の法人向け引っ越し代金の過大請求は、昨年までの過去5年間で約31億円、123支店にも上った。中には、支店長の関与もあったという。 業務用冷蔵庫大手のホシザキは、昨年10月に架空の工事発注が発覚。17年1月~18年9月にかけて、過酷なノルマを達成するために、168人いる営業担当者らの4割に当たる70人もが不正に手を染めていた』、ヤマトやホシザキでは大規模な組織的不正で、悪質だ。
・『ヤマトもホシザキもマトモな誰かが止めなかったのか――。経済評論家の斎藤満氏が言う。「粉飾も、『バレなければいい』との意識を、普通の人が持っているということです。財務省、厚労省の文書やデータの改ざんなど国が率先して粉飾し、まったく責任を取らないわけです。知らないうちに、国民は不正を受け入れるようになってしまっている。“お上”がやっているじゃないかという意識です。平気でウソをつく国で、会社や国民だけが“公明正大”なんてことにはなりません」 1991年に崩壊したソ連は長年、政府が経済成長率や国民所得の統計を改ざんし、「経済はうまくいっている」と喧伝したが、企業や組織の報告でもデタラメやウソが蔓延していたという。毎勤の不正調査をこのままアヤフヤで終わらせたら、日本も粉飾大国まっしぐら。待っているのは崩壊だ』、「“お上”がやっているじゃないか」という意識を払拭するためにも、「財務省、厚労省の文書やデータの改ざん」にきっちり「けじめ」をつけるべきだろう。

次に、2月25日付け日経ビジネスオンライン「粉飾した方が「得」に? 久保利弁護士が嘆く不正の真因」を紹介しよう(Qは聞き手の質問)。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00017/022100001/?P=1
・『日本企業の不正会計はなぜ、無くならないのか。コーポレートガバナンス(企業統治)に精通する久保利英明弁護士は、経営者が「数字を甘く見ている」ことが原因だと指摘する。 Q:東芝など、粉飾決算をきっかけに経営が傾く大企業が相次いでいます。不正は会計の数字だけでなく、企業倫理をも腐らせてしまいます。にもかかわらず、一部の日本企業は不正会計をやめようとはしない。なぜでしょうか。 久保利英明弁護士(以下、久保利):基本的にバレないからでしょう。周囲がみんな不正しているのに、自分だけやらないのは損だと思っているのかもしれません。 古い体質の日本企業は、有価証券報告書の虚偽記載を軽く考えすぎです。粉飾決算と言われると気にするけれども、虚偽記載と表現されると(実質的な危険を伴わない)「形式犯」と見なしてしまう。不正会計の結果として数字が多少上下しても、会社の実態が変わらなければ問題ない、というわけです。 厚生労働省の統計不正でも同じですが、日本人は数字の話になると「矮小」で「些末」なことだと考えがちです。言語ではなく数字によって真実を表現するのが決算の目的です。会計数値のごまかしはマーケットに対する詐欺なのに、そういう認識ではなくなるのです。不正に手を染める経営者は数字を甘く見ている。「なめている」と言ってもいいでしょう』、「日本人は数字の話になると「矮小」で「些末」なことだと考えがち」というのは困ったクセだ。
・『Q:経営者が不正に手を染める動機は何でしょうか。 久保利:自分が立派な経営者だと、周囲に思われたいからでしょうね。経営の実態としては問題ないのに、たまたま数字が悪かった場合、四半期決算などで厳しい評価が下されます。それに耐えられないと経営者が考えると「お化粧」が始まります。 過去の優れた経営者を守りたいという動機もあるでしょう。「中興の祖」などと呼ばれるような経営者に傷をつけるぐらいなら、数字を多少いじった方がいいと考えてしまう。人間は文句を言いますが、数字は文句を言いませんからね。在任中だけ上手くやれればいいと、経営者が考え始めたらアウトです』、かつては、決算数字は財務部門が社長と相談して作るもので、財務部門の腕の見せ処だったが、いまや許されなくなっているのに、惰性で操作しているとすれば問題だ。
・『Q:東芝の不正会計では「チャレンジ」を命じた経営者は摘発されていません。処分が甘いことも背景にありそうです。 久保利:その通りですね。オリンパスのように東京地検特捜部が登場すると大変ですが、証券取引等監視委員会レベルなら大したことにはならないと、経営者がたかをくくっているのでしょう。 日本の検察は無罪を「格好悪いこと」と捉えがちで、(不正会計を)事件化しようとしません。しかしそれは検事の怠慢です。どんどん立件して、どこからが有罪なのかの線引きを作らなければ、みんな萎縮してしまいます。無罪になってもいいから、裁判所の判例を積み重ねて行くことが大事です。 検察が尻込みしているため、今の日本では不正会計をやった方が「得」になっています。嘘をついて粉飾しても上場廃止になることはほとんどない。会社が苦しいときに数字をごまかし、3年ぐらいは隠し通す。その後、ほとぼりが冷めた後に有価証券報告書を訂正すれば許されてしまう。その結果「ハコ企業」とも揶揄される、とんでもない上場企業が生き残っているのです』、「検察が尻込みしているため、今の日本では不正会計をやった方が「得」になっています」、検察の猛省を促したい。
・『「性悪説」で制度設計すれば不正は減る  Q:不正会計は洋の東西を問わないのでしょうか。 久保利:2001年に米エンロンで不正が発覚するまでは似たような状況でしたが、それ以降、米国では大きな不正会計はほとんど起きていません。翌年、SOX法(サーベンス・オクスレイ法)が制定されたことが、経営者の考え方を大きく変えたからです。 SOX法の狙いは、人間が関与することによって変えられる「あいまいさ」をなくすこと。根底にあるのは「性悪説」です。企業のCEO(最高経営責任者)は、チャンスがあれば不正に手を染めるという前提で、制度が設計されています。 利益相反や癒着につながる余地を会計士から奪い、社外取締役も厳格に選んでいきます。人間の弱さを見つめて、正しい行動を取るように縛っていくことが、不正会計を防ぐのに必要だという考え方です』、日本でも日本版SOX法が出来たが、実効性は乏しいようだ。
・『Q:手足を縛られることに対する不満の声もありそうです。 久保利:企業経営者はうれしくないでしょうが、不正を指示されることから解放される従業員は喜び、株主もうれしいでしょう。悪党に転じる可能性があるCEOを野放しにしない、できない組織にすれば、みんながハッピーになるはずです。 厳格かつ平等なルールの中でどうやって勝つかが経営者に問われます。会計はフェアであるべきです。独裁者のようにルールをねじ曲げてしまったら、同業との比較などできません。どの会社が優れているのか、投資家は判断できないでしょう。 ルールの統一と厳正化は世界的な潮流です。決して止めることはできません。その中で日本だけが独自ルールにこだわっていると、世界水準から取り残されています。 昔はアジア諸国で1番だったかもしれませんが、今の日本企業のガバナンスは遅れていると思います。ルーズにぬるま湯に浸っている間に、多くの国に追い抜かれてしまった。昔と変わらず不正会計が後を絶たないのは、日本が旧態依然の状態で足踏みしていることの証明です。 Q:企業は何をすべきでしょうか。 久保利:一番大事なのは、頭のCEOをきちんとすること。当局やメディアがいくら旗を振っても、CEOが嫌だといったら不正を防ぐための制度は導入されません。 本来なら、指名委員会などの制度を整え、社外取締役が後継者育成や選任に関与すべきです。会計士や弁護士などの専門家が経営の中枢に入ってチェックする仕組みも必要でしょう。日本の財界は規制強化から逃げ回らず、きちんと世界の水準と向き合うべきです』、説得力ある主張で、その通りだ。

第三に、3月25日付け日経ビジネスオンライン「他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00019/032000032/?P=1
・『大和ハウス工業は13日、中国の合弁会社である大連大和中盛房地産(遼寧省大連市)で、合弁相手から派遣された取締役2人と出納担当者1人に資金が不正流用された疑いがあると発表した。会社から外部への不審な送金が確認され、預金残高と帳簿の差異は現時点で14億1500万元(約234億円)に上るという。 同社は3人を中国捜査当局に業務上横領などの疑いで刑事告訴する手続きに入った。取締役2人は合弁先の大連中盛集団有限公司の元董事長とその息子で、出納担当者は元董事長のめいだった。合弁企業の業務執行は合弁先からの派遣者にほぼ依存していたことから、発覚が遅れたようだ。 いったい大連中盛集団とはどのような企業なのか。設立は1983年。高付加価値住宅やホテル、リゾートなどを開発して成長し、総資産は100億元(1650億円)を超えるという。合弁企業は2005年に設立されたが「最初から業績が好調だったため、信頼しきっていた」と大和ハウスの関係者は語る。同社内でも中国は成功事例とされており、ある時点までは信頼できるパートナーだったようだ』、「預金残高と帳簿の差異は現時点で14億1500万元(約234億円)」とはかなり巨額だ。いくら任せていたとはいえ、連結対象企業であれば、数字は本社でもチェックしている筈なので、突然の発表には違和感がある。
・『中国における合弁の実態に詳しい西村あさひ法律事務所 上海事務所代表の野村高志弁護士は「100%子会社であればコンプライアンスやガバナンスが効かせやすい。だが、合弁企業は歴史が長いところほど中国企業への遠慮や関係性の中で後回しにされる傾向がある。その分、不正が潜んでいるリスクが大きい」と指摘する。大和ハウスは、このリスクが最悪の形で顕在化した事例といえそうだ。 同社は今後、第三者委員会を設置する。全容解明はその調査結果を待つ必要があるが、ここまで巨額の横領が見過ごされた経緯には、不審な点も多い。 大和ハウスは「会計監査人による監査を通じて会社の運営状況を確認しておりました」と説明しているが、この点には疑問が残る。外部への送金は2015年から約5000万元(約8億2500万円)ずつ20回以上に分けて行われたという。入出金作業は出納担当者が一手に担っていたとのことだが、中国の会計監査では銀行口座と突合するため、このような原始的な手法が発覚しないとは考えにくい。少なくとも数年間にわたって会計監査が機能していなかった可能性がある』、「数年間にわたって会計監査が機能していなかった」とすれば、大和ハウスの責任も重大だ。
・『相次いで発覚している中国での会計不正  当初は折半出資だったが、現在は大和ハウスが83.65%、大連中盛が16.35%の株式を持つ形に変化している。大和ハウスは「増資の際に先方には資金がないと言われ、当社だけが資本金を積み増していった」と出資比率が偏っていった経緯を説明する。大和ハウスのみが資金を拠出し、経営リスクを抱え込んでいたことになる。それにもかかわらず、体制見直しを求めなかったのはなぜか。それだけ合弁先への信頼度や依存度が高かったということなのだろうが、一般的な感覚では理解し難い。 今月、日本企業の中国子会社や合弁会社での不正が相次いで発覚した。リズム時計は14日、広東省東莞市にある連結子会社の不適切な会計処理で今期業績に約2億9000万円の損失が生じ、社長が引責辞任すると発表。帝国電機製作所は15日、中国の子会社などが架空取引や従業員の賞与などをめぐり不適切な会計処理を行っていたとして、会長の引責辞任や取締役の報酬返上などの処分を発表した。ここ数年だけでも日本郵船やLIXILグループといった大手が不正会計問題に直面し、中には経営破綻に追い込まれたケースもあった。 日本企業の多くは中国拠点の人材の現地化を進めている。現地法人のトップや要職に現地採用の人材を置く一方で、駐在する日本人を減らすケースも多い。現地の市場やビジネス環境に合わせ、現地化を進めることそのものは間違いではない。ただ、日本の本社の目がより届きにくくなる恐れはある。 また、中国では政府や国有企業における反腐敗運動や、経済関連のルールの見直しなどビジネスの透明化を目指す動きが加速している。不正発覚が相次いでいる背景にはこうした事情が関係していそうだ。 「機会」「動機」「正当化」の三要素がそろった時に、人は不正行為に踏み出すという。中国など海外拠点では独特のルールや本社との地理的な距離、言語の問題なども相まって不正行為に走る条件がそろいやすい。だからこそ、不正は必ず発覚すると思わせる体制を作って「魔が差す」ことを抑止するガバナンスが重要になる』、現地化は当然としても、本社のチェックやコントロールが利いてないようであれば、こうした現地での不正行為は不可避だ。「「魔が差す」ことを抑止するガバナンスが重要」というのはその通りだ。

第四に、4月24日付けJBPressが 新潮社フォーサイトの記事を転載した「部長「懲戒解雇」でも残る東レの「粉飾決算」疑惑 10億円前後の売上の実態は「在庫飛ばし」か?」を紹介しよう。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/56189
・『東証一部上場企業「東レ」は、売上高2兆5000億円(2019年3月期見込)に迫る、日本を代表する繊維などを中心とした世界的素材メーカーである。前経団連会長の榊原定征氏が社長、会長を務めていたことでも知られる(現在は特別顧問)。 榊原氏の後を受けて2010年に就任した現社長の日覺昭廣(にっかくあきひろ)氏は、CEO(最高経営責任者)とCOO(最高執行責任者)を兼ねて権力を集中させ、前任の榊原氏を超えて今年6月ですでに丸9年、なおも続投すると見られ、異例の長期政権となっている。 その同社および日覺社長に対し、今年2月、ある訴訟が東京地方裁判所に提起された。その第1回口頭弁論が、4月15日に行われたばかりである。 訴状や関係者の証言などからは、同社のコーポレート・ガバナンスがまったく機能していないばかりか、場合によっては「粉飾決算」の疑いすら浮上する問題が浮き彫りになってくる』、前経団連会長の「東レ」で一体、何があったのだろう。
・『「社長公印」と「印鑑証明書」を2回発行  2月28日に提訴された当該訴訟は、都内に本社を置くクラウドファンディング会社「C社」が原告となり、3億5000万円の「債務存在確認」を東レに求めたものである。 具体的な経緯はこうだ。 東京・港区に本社を置く「オリエントコミュニケーション」(以下「オリ社」)なる会社が、東レの「水処理機器」100台を購入する資金として、2017年9月、C社から3億5000万円の融資を受けた。返済は半年後の2018年3月に一括という契約だった。 オリ社とC社はこれ以前には何の取引もなく、そもそもこの融資案件は東レ側からの依頼だった。 そもそもこのオリ社、大手民間信用調査会社によると、資本金1000万円の「経営コンサルタント」で、従業員は1名。利益もほとんど計上されておらず、いわば代表者の個人会社である。少なくとも、世界規模の東レが有力製品を100台規模で販売する正規の取引相手とは到底考えられない。 当然C社は、取引実績も信用力もないオリ社に単独で融資をするリスクを考慮したようで、東レがC社に連帯して債務保証を約するならば、しかも東レ社長の正式な公印がある契約という条件を付ける。 そして実際、融資の「申込書」には、この金銭消費貸借契約にかかわる一切の権限を、自社の「水処理システム事業部長」(以下「F部長」)に委任するという日覺社長名の「委任状」が添えられ、もちろん代表取締役社長としての印鑑が押印され、さらにその印が公的なものであることを証明する東京法務局発行の「印鑑証明書」も添えられていた。そして融資は実行された。 ただ、オリ社が期日に返済できなかったため、期限を9カ月延長して2018年12月とする「変更合意書」を取り交わしている。その際にも、東レはC社に対して同様の社長印の「委任状」と「印鑑証明書」を改めて発行している』、従業員1名の「オリ社」が「東レの「水処理機器」100台を購入」というのも不自然で、いわくがありそうだ。
・『強硬な姿勢で門前払いに  しかし、変更した期日になってもまた返済がなかったため、C社は当然ながら、連帯して保証している債務の返済を東レに求める交渉を行うが、契約当事者である東レの「F部長」とは連絡が取れなくなる。 ばかりか、東レ本社を訪問して用向きを伝えても、法務担当者に「直接の連絡はまかりならぬ、電話も同様。話はすべて指定の弁護士事務所に申し入れろ」という強硬な姿勢で門前払いにされてしまう。 やむなく指定の弁護士事務所に連絡し、連帯した債務保証にかかわる「社長印付き委任状」「印鑑証明書」原本を含めた証拠資料を直接提示し、保証の実行を求めた。 ところが弁護士事務所側は、最終的に年が明けた本年1月30日、「本件連帯保証にかかるものを含めいかなる債務も負担するものではない」と回答し、そもそもオリ社の債務を連帯して保証した事実すら完全に否定した。ことやむなきに至り、C社は提訴した、という次第である。 ちなみに、現時点では第一義的債務者であるオリ社が完全に経営破綻しておらず、3億5000万円の債務が完全に回収不能になっているわけではないため、C社としては東レに連帯保証の履行を求める前段階として、まずは連帯の債務が存在することを確認する訴訟を提起したわけだ』、東レともあろう企業が、何故こんなお粗末な信じ難い対応を取るのだろう。
・『「社長の直轄案件」?  この不可解な取引について筆者は1月早々から取材を始め、同月16日に、東レ広報室に質問書を出し、事実確認を求めた。 その後、東レ側と幾度かのやり取りをしていくうち、東レは2月12日、報道各社向けに「プレス・リリース」を発表した(全文はこちら)。 概要は、「当社元従業員が第三者との取引に関連し不正行為(有印私文書偽造、同行使罪等)を行っていたことが発覚」「当社の買戻義務や連帯保証義務を定めた書類を無断で作成」「この元従業員は2018年11月22日付で懲戒解雇処分」「その後も、当社従業員であるかのようにふるまい、不正行為を継続していることを確認」「警察にも刑事告訴すべく相談」などとなっている。 この懲戒解雇された「元従業員」こそ、「F部長」である。つまり東レは、C社がオリ社に融資した際に手交した日覺社長の代表印がある「委任状」と「印鑑証明書」は「偽造」されたものであり、F部長が独断で行った犯罪行為であるから厳正に処分した、よって東レはむしろ被害者であるから債務の保証も法的に無効である、という主張をしているのである。 経緯を知る関係者はこう言う。 「そもそも最初にC社がこの融資契約を結ぶにあたっては、F部長がまぎれもなく東レの幹部であるか確認する意味から、C社代表者らは東レの本社でF部長と打ち合わせをしている。その際には彼の部下も同席し、名刺も受け取っている。その際F部長らは、この水処理事業は日覺社長の肝入り案件であり、社長はこの分野で世界ナンバーワンになりたいのだと社内に大号令を発している、とさかんに強調していた。そしてF部長は、自分は日覺社長がまだ社長になる前、名古屋支社責任者だった頃の部下だったので覚えがめでたく、だから日覺社長の直轄案件であるこの事業については、自分は直接社長と話ができるので『委任状』も『社長印』ももらえるのだ、と説明した」 そして事実、社長印は押印され、印鑑証明書も真正のものが発行されている』、これでは法的には東レの立場は極めて弱い筈なのに、何故突っ張るのだろう。
・『不良在庫を関係会社に「飛ばした」のか  しかし、東レ側はこれを「偽造」と主張する。 言うまでもなく、企業にとって代表者の公印および印鑑証明書は最重要書類であり、然るべき担当部署が厳重に管理する。F部長がC社に手交した公印と印鑑証明書はまぎれもない真正なものであり、いわゆる地面師など詐欺集団が行う「偽造物」ではない。にもかかわらず東レが「偽造」と主張する根拠は不明である。 仮に東レが主張するように、連帯債務保証が会社承認のものではなくF部長の独断行為であるのなら、厳重に管理しているはずの最重要書類を社員が簡単に、しかも複数回も持ち出せるとは、企業としてのガバナンスがまったく機能していないという問題が浮上することになる。 もちろん、この融資の目的となっている水処理機器は、実際に存在する。ただし、東レからオリ社への販売はペーパー上のもので、実際には、東レが発注したメーカーの倉庫に保管されたままという。 「この融資の対象となっているのは、そのうちの100台。F部長の説明では、この機器は当初、バングラデシュで販売する予定だったところ、現地でのテロ事件などの影響で頓挫してしまい、売り先のない在庫として抱えている状態になってしまった。それを一時的にオリ社に販売した形にし、その間に新たな売り先を見つけてくる算段だったようだ。F部長自身も、上司や担当役員である専務から『この在庫をどうするんだ!』と責められていると嘆いていた」(同) このF部長の説明が真実だとすると、東レとしては不良在庫を関係会社に「飛ばした」ということになる。しかも、その「飛ばし」行為に債務保証をしている。コンプライアンス上、重大な疑義が生じることになる』、オリ社への販売は、「新たな売り先を見つけてくる」までの「一時的」なつもりだったというので、オリ社の介在が漸く理解できた。
・『社内コンプライアンス部門も調査  実際、東レ社内でこのF部長の取引に対し、すでに昨年10月時点で社内の法務・コンプライアンス部門が調査に動いている。 東レには同じ水処理機器がほかにも50台、在庫として残っており、それもオリ社に販売する形で、C社とほぼ同じ形式で、ほかに複数の金融会社から融資を受けさせていた。ただし、それらの金融会社の中に違法に法外な金利をつけている会社があり、さらに反社会的勢力と関係があるとされる会社もあって、それらが東レに保証の履行を迫って社内で問題になっていたという。それらの金融会社に関係する人物が言う。 「オリ社に融資をした金融会社はC社以外に数社あるようです。それぞれ2億から4億円ほどの融資ですが、中には年利100%を超える、いわゆる闇金のようなところもある。しかも、それぞれ東レの連帯債務保証が付いているばかりか、買い戻し特約までつけているものもあった。そうした貸金業法に違反する違法金利をつけていた先の1社が東レに債務保証を実行させるべく、強圧的に東レに迫った。国会議員を使ったという話もある。それで東レ社内でも問題となり、コンプライアンス部門が動いたようです」 これらの金融会社関係先などから、件の「社長公印」や「印鑑証明書」などが金融業界関係者の間に出回り、さらに怪しげな反社会的勢力の関係者まで蠢いていた。 実際、法務部長、法務・コンプライアンス部門長である専任理事などがオリ社を訪れ、取引の経緯を聞き取り、買い戻しの話をしている事実もある。 では、東レが強弁するように、本当にF部長の独断の「詐欺」行為なのか。 しかし、C社はもちろん、他の金融会社との取引も含め、F部長もオリ社の代表者も融資金を横領したなどの事実は確認されていない。つまり、これらの取引で個人的に私腹を肥やした形跡が確認されていないのだ』、「東レには同じ水処理機器がほかにも50台、在庫として残っており、それもオリ社に販売する形で、C社とほぼ同じ形式で、ほかに複数の金融会社から融資を受けさせていた」、「金融会社の中に違法に法外な金利をつけている会社があり、さらに反社会的勢力と関係があるとされる会社も」、なにやら飛んでもない広がりを見せてきたようだ。
・『3カ月も懲戒解雇の事実を「秘匿」  一方で、東レ側にはさらに重大な疑惑が浮上する。 C社を含めたこれら水処理機器150台の売り上げは、各社の契約を総合すると10億円前後になると見られる。それらはすでに前期決算で計上されているはずだが、先に指摘した通り、実態は「在庫飛ばし」の疑いが強いと言わざるを得ない。だからこそ、社内の法務部門も動いた。となると、決算は「粉飾」だったのではないかという疑惑だ。 さらに、F部長の懲戒解雇の日付は、前述の通り昨年の11月22日付である。しかし、C社はF部長と連絡が取れなくなったことを不審に思い、12月に入ってからも何度も東レ本社に問い合わせたが、その度に「Fは出張中です」としか応じなかった、との関係者の証言もある。 実際、東レは筆者の取材を受けた後、2月12日になって初めて懲戒解雇の事実を公表した。C社を含め金融会社関係者らも、この時点までまったく知らされていない。つまり3カ月近くも、社内でさえ部長という幹部社員の懲戒解雇事案を伏せ続けていた。なぜこの時点まで事実を「秘匿」していたのか。 加えて、リリースでは「警察にも刑事告訴すべく相談」としているが、リリースを発表したあと東レ側に確認したところ、相談はしているがまだ警察は告訴を受理していないと説明していた。 今回、改めてこれらの疑惑を東レに質問したが、 「告訴状は提出しておりますが、受理の状況含め、捜査に関わることであり、お答えすることは差し控え」「個々の取引に関する事項については回答を差し控え」との回答しかなかった。 当該訴訟は冒頭に記した通り、まだ第1回目の口頭弁論が開かれたばかり。今後、互いの具体的主張が展開されるはずで、東レ側の対応が注目される』、それにしても、東レは何故、C社からの「債務存在確認」の求めを、水面下で認めずに、訴訟にまで発展させてしまったのだろう。マスコミはこれまでのところ抑えてあるとはいえ、裁判の進展如何では抑えられなくなる可能性もある。いずれにしろ、信じられないような不祥事で、今後の展開が大いに注目される。
タグ:大和ハウス工業 日刊ゲンダイ 東京商工リサーチ 日経ビジネスオンライン JBPRESS 新潮社フォーサイト 不正会計(東芝以外) (その2)(今や日本は“粉飾大国” 民間企業もデタラメ会計処理が急増、粉飾した方が「得」に? 久保利弁護士が嘆く不正の真因、他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件、部長「懲戒解雇」でも残る東レの「粉飾決算」疑惑 10億円前後の売上の実態は「在庫飛ばし」か?) 「今や日本は“粉飾大国” 民間企業もデタラメ会計処理が急増」 不適切会計の開示企業を調査 16年は過去最多の57社と9年間で2・2倍に増え、昨年は2番目に多い54社と高水準 ヤマトHD子会社の法人向け引っ越し代金の過大請求 ホシザキは、昨年10月に架空の工事発注が発覚 ヤマトもホシザキもマトモな誰かが止めなかったのか 財務省、厚労省の文書やデータの改ざんなど国が率先して粉飾し、まったく責任を取らないわけです。知らないうちに、国民は不正を受け入れるようになってしまっている “お上”がやっているじゃないかという意識 毎勤の不正調査をこのままアヤフヤで終わらせたら、日本も粉飾大国まっしぐら。待っているのは崩壊だ 「粉飾した方が「得」に? 久保利弁護士が嘆く不正の真因」 久保利英明弁護士は、経営者が「数字を甘く見ている」ことが原因だと指摘 古い体質の日本企業は、有価証券報告書の虚偽記載を軽く考えすぎ 日本人は数字の話になると「矮小」で「些末」なことだと考えがちです 言語ではなく数字によって真実を表現するのが決算の目的です。会計数値のごまかしはマーケットに対する詐欺なのに、そういう認識ではなくなるのです 経営の実態としては問題ないのに、たまたま数字が悪かった場合、四半期決算などで厳しい評価が下されます。それに耐えられないと経営者が考えると「お化粧」が始まります 過去の優れた経営者を守りたいという動機もあるでしょう 日本の検察は無罪を「格好悪いこと」と捉えがちで、(不正会計を)事件化しようとしません。しかしそれは検事の怠慢 検察が尻込みしているため、今の日本では不正会計をやった方が「得」になっています。嘘をついて粉飾しても上場廃止になることはほとんどない 「性悪説」で制度設計すれば不正は減る SOX法 日本だけが独自ルールにこだわっていると、世界水準から取り残されています 指名委員会などの制度を整え、社外取締役が後継者育成や選任に関与すべき 会計士や弁護士などの専門家が経営の中枢に入ってチェックする仕組みも必要 「他人事と笑えぬ大和ハウスの中国巨額流用事件」 中国の合弁会社 合弁相手から派遣された取締役2人と出納担当者1人に資金が不正流用された疑い 預金残高と帳簿の差異は現時点で14億1500万元(約234億円) 最初から業績が好調だったため、信頼しきっていた 合弁企業は歴史が長いところほど中国企業への遠慮や関係性の中で後回しにされる傾向がある。その分、不正が潜んでいるリスクが大きい 「数年間にわたって会計監査が機能していなかった」 相次いで発覚している中国での会計不正 「魔が差す」ことを抑止するガバナンスが重要 「部長「懲戒解雇」でも残る東レの「粉飾決算」疑惑 10億円前後の売上の実態は「在庫飛ばし」か?」 「社長公印」と「印鑑証明書」を2回発行 クラウドファンディング会社「C社」が原告 3億5000万円の「債務存在確認」を東レに求めた 「オリ社」)なる会社が、東レの「水処理機器」100台を購入する資金として、2017年9月、C社から3億5000万円の融資を受けた 強硬な姿勢で門前払いに 「社長の直轄案件」? 東レはむしろ被害者であるから債務の保証も法的に無効である、という主張をしている F部長 不良在庫を関係会社に「飛ばした」のか 100台。F部長の説明では、この機器は当初、バングラデシュで販売する予定だったところ、現地でのテロ事件などの影響で頓挫してしまい、売り先のない在庫として抱えている状態になってしまった。それを一時的にオリ社に販売した形にし、その間に新たな売り先を見つけてくる算段だったようだ 東レとしては不良在庫を関係会社に「飛ばした」 その「飛ばし」行為に債務保証をしている。コンプライアンス上、重大な疑義が生じる 社内コンプライアンス部門も調査 これらの取引で個人的に私腹を肥やした形跡が確認されていない 3カ月も懲戒解雇の事実を「秘匿」
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

終末期(その3)(「どうせ死ぬなら臓器提供してから」世界で進む安楽死議論の怖さ、透析中止事件で問われる「死の在り方」と「報道姿勢」、お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する 孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない) [社会]

終末期については、3月6日に取上げた。今日は、(その3)(「どうせ死ぬなら臓器提供してから」世界で進む安楽死議論の怖さ、透析中止事件で問われる「死の在り方」と「報道姿勢」、お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する 孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない)である。なお、タイトルから「医療」を削除した。

先ずは、4月2日付けダイヤモンド・オンライン「「どうせ死ぬなら臓器提供してから」世界で進む安楽死議論の怖さ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/198502
・『誰もが迎える最期の瞬間、どのように死をまっとうするのかを考える上で直面するのが、「安楽死」の問題だ。日本では法的に認められていないが、実は合法化しなくとも、すでに事実上行なわれている。東京大学大学院人文社会系研究科死生学・応用倫理センター教授で、近著に『自己決定権という罠』(言視舎)がある小松美彦氏に詳しい話を聞いた』、何気なく「安楽死」を使っていたが、実際はどういうことなのだろう。
・『“自己決定権”に基づいて推進される安楽死  「安楽死」は、大きく分けて2つに分類できる。 ひとつ目は、耐え難い苦痛に襲われている患者自らの意思で、医師に致死薬を投与してもらい、死を選択する「積極的安楽死」。ふたつ目は、助かる見込みのない末期患者の意思により、延命治療を中止する「消極的安楽死」だ。後者は、日本においては「尊厳死」と呼ばれることもある。 現在、積極的安楽死を国家として合法化しているのは、2001年に世界で初めて合法化したオランダをはじめ、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、カナダの5ヵ国である。 日本も超高齢社会に突入し、これから多死社会を迎えるということで、以前よりも自らの死について考える人が多くなり、安楽死の問題もよく議論されるようになった。 特に月刊誌『文藝春秋』2016年12月号のインタビューで、脚本家の橋田壽賀子氏が「認知症にかかったり、身体が動かなくなったら、安楽死で死にたい」と発言し、大きな反響を呼んだことも記憶に新しい。 その橋田氏が2017年8月に『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)を出版し、メディアでも多く報道されたことで安楽死という言葉が日本でも広まった』、「積極的安楽死を国家として合法化しているのは」まだ「5ヵ国」とは意外に少ない感じだ。
・『「死に方を自分で決める権利」はいまだに世界で議論されている  帯には「人に迷惑をかける前に死に方とその時期くらい自分で選びたい」とある。多くの高齢者が自らの死について考えさせられる文言だろう。この言葉は一見、説得力があるように感じる。しかし、小松氏はこう語る。 「『他人に迷惑をかけなければ、生き方、死に方を自分で決めるのは当然の権利』とする、いわゆる“自己決定権”と呼ばれる考え方が、言葉としてのインパクトがあり、過剰に説得力を持つようになってしまいました。しかし、この概念はせいぜい日本国憲法13条の幸福追求権と重ねて認められるという程度で、法学的にはさほど深い議論がされていないのが実状なのです」(小松氏、以下同) 小松氏によれば、もともと「自己決定権」は、1960年代前半頃の米国で盛んになった「患者の権利」が発展したものだ。当時は、医師が患者に対して、何の病気にかかっているのか、どのような治療を行なっているのかなど、詳しい説明をしていなかった。そのため、患者には自分の具体的な疾病を知る権利や、どの治療法にするかを選択する権利がある、という「患者の権利」が主張され、それが「自己決定権」一般に拡大したのである。しかし、安楽死というような“死の選択”までを患者に与えてよいのかどうかは、現在も世界中で議論されている。 それでは、安楽死とは具体的にどのようなものなのか。安楽死先進国・オランダの現状を見てみよう。 まずオランダでは、年々積極的安楽死を遂げる人の数が増加の一途をたどり、「死の権利協会世界連合(WFRtDS)」によると、2017年の1年間で全死亡者15万人超の約4.4%にあたる、6585人にも上っている』、「全死亡者15万人超の約4.4%」とはかなり多そうだ。
・『安楽死先進国・オランダでは認知症患者も対象者に  しかし、本来積極的安楽死の対象となる条件の幅がどんどん広がったことで、問題となるケースも出てきている。 「当初、積極的安楽死を認めるケースとして、自己決定権が前提で、まず患者に耐え難い肉体的苦痛があり、その苦しみから解放するには死をもってほかにないことが必須条件でした。しかし、それが精神的苦痛でも認められ、2006年には、意思を確認するのが困難な認知症患者も対象となったのです」 2016年には、74歳の認知症患者女性の意に反して、医師が家族と協力して積極的安楽死を行ない、そのため、この医師に対して、安楽死法施行後初の起訴が2018年に決定された。 さらに2017年には、そもそも病気を患っていない75歳以上の人なら誰でも希望すれば積極的安楽死が認められ、翌2018年には知的・発達障害者にも対象が広がっているのだ。 また、小松氏は、これから「臓器提供安楽死」なるものも、行なわれる可能性があると推測する。 「元来、心臓のように摘出したら本人が亡くなってしまう、いわゆる“不可欠臓器”に関しては、『デッド・ドナー・ルール』といい、死んだ人からしか取ってはいけないという規定が世界的にあります。ただ、『どうせ死ぬのだったら、生きのいいうちに臓器を切り出し、それによって安楽死を執行したらどうか』といった意見がアメリカの生命倫理学者から盛んに出ており、その方向に向かっていく可能性も十分あり得ます」 自己決定権が無視されている事例や、当初の安楽死とは異なる状況が刻一刻と進行しているのだ』、『デッド・ドナー・ルール』も弾力化される可能性が出てきたとは、やや恐ろしい気がする。
・『消極的安楽死は日本でも実質すでに行われている  前述の通り、安楽死の先進国・オランダでは、すでに深刻な問題が生じている。 日本ではまだ積極的安楽死はもちろん、消極的安楽死も法的に認められていない。しかし小松氏は、終末期医療の名目ですでに行われていると、その実態をこう明かす。 「2017年、日本集中治療医学会が『DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)指示のもとに基本を無視した安易な終末期医療が実践されている。あるいは救命の努力が放棄されているのではないか』と勧告しています。DNAR指示とは、患者本人またはその家族の意思決定により、心肺蘇生法を行なわないこと。つまり、心停止時のみに有効なのですが、それ以外の場合でも、救命医療が放棄されている、とりもなおさず消極的安楽死が行われていると、警告を発しているのです」 また、オランダと同様、日本でも終末期患者の定義が徐々に変化している。 「もともと終末期患者とは、主に末期がんの患者のことだったのですが、日本病院会倫理委員会の文書によれば、寝たきりで認知症の高齢者、高齢で経口摂取できない者、意思疎通の取れない胃ろう造設者、脳血管障害で意識の回復の望めない者などへと拡大し、この人たちが消極的安楽死の対象になっているのです」』、この程度の拡大であれば、私には違和感はない。
・『老人ホーム職員が本人に代わって消極的安楽死を決定!?  さらに、厚生労働省による2007年の「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」では、医師は患者の自己決定権と最善の治療方針をとることを基本としていた。 しかし、同省が2018年に発表した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」では、巧妙な文言の改訂が見られると、小松氏は警鐘を鳴らす。 「最新のガイドラインでは、消極的安楽死に関する患者本人の自己決定権が、家族にも、さらには、たとえば所属している老人ホームの職員や、在宅医療を受けている人なら訪問介護士にも、代理決定として、事実上認められています。これでは、患者本人の自己決定権すら、ないがしろにされている上、もはや治療することさえ前提にないといえます」 国が実質的な消極的安楽死を推進するのは、長年続く日本経済の沈滞と、急速なスピードで進行している少子高齢化による、医療費の増大が背景にあると考えられる。 このような社会状況に加えて、病院にとっても経営が厳しく、利益が少ない終末期医療を極力カットしたいというのが医療界の首脳の一般傾向であろうと、小松氏は言う。 そうなると、医師が「この患者の命を何が何でも救う」という本来あるべき気構えを失い、「どうせ助からないなら治療する必要がない」という方向に日本も向かいつつあるということになる。 かつては、「老人は敬うもの」という価値観があった。しかしこの先は、増え続ける高齢者たちが疎まれるような時代を迎えるのかもしれない』、「この患者の命を何が何でも救う」ことで、チューブだらけになって、会話も出来ないまま生かされ続けるというのも、行き過ぎだ。「患者本人の自己決定権」はやはり大切にすべきで、「代理決定」は限定的にするべきだろう。

次に、福祉ジャーナリスト(元・日本経済新聞社編集委員)の浅川澄一氏が4月24日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「透析中止事件で問われる「死の在り方」と「報道姿勢」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/200794
・『東京都福生市の公立福生病院での人工透析治療をめぐり、様々な疑問が浮上している。透析患者の死亡までの経過にとどまらず、延命治療や終末期医療、腎臓移植、尊厳死、QOL(生活の質)、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)など多くの検討課題が俎上に載ってきた』、マスコミはやたらセンセーショナルに取り上げたが、こうした冷静な視点は興味深い。
・『「治療の中止」を許さないマスコミの報道姿勢への疑問  まず第1の問題といえるのが、報道姿勢が問われているメディアについて、だ。 3月7日の毎日新聞朝刊の「スクープ」が始まりだった。「医師、『死』の選択肢提示」「透析中止 患者死亡」「指針逸脱 都、立ち入り」という見出しを掲げる。前日に東京都が福生病院に立ち入り検査していた。 その日の夕刊で、読売新聞が「透析中止提示 患者が死亡」、日本経済新聞が「透析中止提案」とする見出しで追いかけた。翌日の朝刊では、朝日新聞が「人工透析を中止 女性死亡」「医師が選択肢提示」、産経新聞が「透析中止を提示 患者死亡」、東京新聞は「医師が『選択肢』提示」「医師の提案『倫理上問題』」とする見出しで掲載し、全国紙が一斉に取り上げることになった。 注目は、各新聞の見出しがほとんど同じこと。患者が死亡した原因は、医師が患者に透析の中止を提示したことで、問題だ、と訴えている。東京新聞の「倫理上問題」はその趣旨が最も分かりやすい見出しだ。 果たして、医師は透析の中止、その結果としての死について患者に説明してはいけないのだろうか、という疑問が真っ先に浮かんだ。医師は診察後に、あらゆる治療法を患者に説明すべきだろう。手術や服薬の種類など想定できる可能性は複数ある。そのうちのどれを選択するかは、患者の判断であろう。 提案できる選択肢の中に、「とことん治療する」「延命処置を望む」の一方、「治療をしない」あるいは「治療を中止、中断」して自然に任せる、という道が含まれてはいけないのだろうか。 この時の各紙は、医師から透析中止の提示を受けた患者は、医師に「誘導」されて死に追い込まれた、と読者に受け取らせるような論調であった。 終末期のがん患者に病名を告知しなかった時代に戻れ、と言わんばかりの論調には違和感がある。治療の拒絶から始まる緩和ケアなどはもってのほかになってしまう。死に方のひとつ、尊厳死を望む国民が少なからずいる時代に、なんと時代錯誤な見出しだろうか。 3月8日の毎日新聞は「本人に判断迫るのは酷」「透析中止問題で患者団体」と、東京腎臓病協議会の事務局長の談話を写真付きで載せ、中止の提示を問題視する。本文では「医師のさじ加減で意思決定を迫るのは、道徳的にも問題ではないか」という声を伝えた。 同日の東京新聞も同じ事務局長の話を掲載。「医師が患者に生きるか死ぬかを選ばせること自体が明らかに間違っている」「医師は患者を治すのが仕事。最後まで助けてあげようとは思わなかったのか」という内容である。 当事者の患者の言葉で、紙面造りの根拠を提示しているかのようだ。 だが、患者に対して医師が話すべきことの中に、治療の限界を含めてはならないのだろうか、と疑問が湧く。毎日新聞は7日の紙面の解説記事で「医療の枠組みの中で『死の選択』が行われていたことは驚きだ。医療機関は治療する場所なのだ」と記す。 果たして、一方的な治療だけが医療の役割だろうか。これまでの医療は「死」に向かい合わず、「敗北」としかとらえてこなかった。だが今や本人のQOLを尊重し、本人の意思決定が最優先される時代になりつつある』、マスコミの一方的報道は、記者らの勉強不足を反映しているようだ。
・『人生の幕引きを本人と周りで考える「人生会議」の重要性  高齢社会の到来で、死や終末期をめぐる議論がこの10年ほどで大きく進展している。2007年に厚労省が打ち出した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は昨年3月、大幅に書き換えられて、そのタイトルも「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」となった。 医療だけでなく、ケアの現場スタッフも含めて、本人などとよく話し合うべきだとされ、ケアが加わった。このガイドラインには、海外で「普及しつつあるACPの概念を盛り込み」(ガイドラインの解説編)とある。ACPとは「これからの治療・ケアに関する話し合い(アドバンス・ケア・プランニング)」のことだ。11月30日にACPの愛称として「人生会議」が命名される。 誰もが迎える人生の幕引きに際して、医療だけに委ねるのではなく、本人を中心に生活を共にする人たちと一緒に考えましょう、というものだ。昨年の診療報酬改定で、終末期の態勢を取ることが要件として組み込まれたこともあり、今や各地で開かれる医療職の研修会などでは、テーマがほぼACP一色になるほど関心を呼んでいる。 そこで重要なのは、医療やケアの専門職から提案される様々な対応を本人がじっくり考えて、本人が選択すべきだが、本人の心は揺れ動くことを十分斟酌すべきとうたわれていること。本人の意思を尊重するためには、話し合いは早くから繰り返し行うことだという。その通りだろう。 今回の福生病院問題でも、このACPの在り方こそが問われるべきことだろう。医師が提示した透析中止は、透析の継続、あるいは継続方法と並ぶ「人生会議」の際の1つの選択肢である。それは当然の提案だ。むしろ、その選択肢を提示しないのであれば、それは専門職としての責任問題だろう。根幹は、患者本人の思いがどのように人生会議の場で伝わっていたのか、だ。 話し合いの中で、家族との意識の共有を目指す努力も欠かせない。だが今回、毎日新聞は患者の夫に取材し、3月7日の紙面で「治療を再開しなかった外科医に対する不信感は消えない」と本文で夫の心情を記す。夫の言葉では「医者は人の命を救う存在だ。『治療が嫌だ』と本人が言っても、本当にそうなのか何回も確認すべきだと思う」とある。家族と病院との意思疎通が十分ではなかったようだ。 今回の患者を含め同病院でこれまで死亡した24人の透析患者について、説明がきちんと記録されていなかったとして、立ち入り検査後の東京都は4月9日に同病院に改善指導した』、患者の夫も治療中止にはいったんは同意していた筈だ。「本当にそうなのか何回も確認すべき」といっても、そんな時間的余裕があったのかは不明だ。「説明がきちんと記録されていなかった」というのは同病院の手落ちだろう。
・『「患者が透析拒否」と病院が会見 メディアの報道内容に矛盾  第2の問題は3月28日に起きた。病院の担当医と院長が初めて共同記者会見に臨み「透析中止は患者の意思です。病院から透析中止の選択肢を示していない」と話し、それまでのメディアの報道を否定してしまったのである。 その深夜に時事通信と日本テレビが報じ、翌29日の朝刊で朝日新聞、東京新聞、産経新聞が伝えた。 では、なぜ患者は透析をやめることにしたのか。29日の朝日新聞によると、「外科医は首周辺に管を通す透析治療を提案したが、女性は『シャントがだめだったら透析をやめようと思っていた』と話し拒否した」という。あくまで患者本人から拒否の言葉が出たというのだ。続けて「外科医は透析をやめると2週間ぐらいで死に至ると説明、女性は『よくわかっている』と答えたという」とある。 さらに、患者とその夫を交えての話し合いの後、「透析からの離脱証明書に女性に署名してもらった」という経緯だと記してある。東京新聞、産経新聞もほぼ同様な記述だ。 共同会見だから同じ内容になるが、日本テレビでは以下のように伝えた。 「透析を継続するため、鎖骨付近からカテーテルを入れる新たな治療方法の提案を行ったものの、女性患者は『透析はやらない』などとして、同意が得られなかったと説明した。女性患者は、透析治療を中止する文書にも署名したという」 注目したいのは、会見の際の外科医の言葉だ。 「外科医は、『透析が可能な状況でこちらから中止を提示することはない』と説明。女性は中止の意志が固く『衝撃を受けた』と振り返った」 これは産経新聞の記事である。朝日新聞でも、外科医は「拒否したために透析ができなくなった特異なケース」と話しているとしている。 両紙から、患者の相当に強い意志がうかがえる。 読者は、これを読んで疑問に思わずにいられないだろう。3月7日、8日の時点では「病院が透析中止の選択肢を示した」と報じていたはず。違うではないか。どちらが事実なのか。 その内情を明かしたのは朝日新聞だけだった。同紙は「東京都は当初、外科医が透析をやめる選択肢を示した、と説明している」と言い訳を記した。つまり、東京都からの取材で、「透析中止を提示」と断定したことが分かる。当事者の医師の確認が取れていなかったのである。 一方、朝日新聞を除いたほかのメディアは、過去の記事との矛盾を説明しないままだ。その日の共同会見を病院から拒否された毎日新聞だが、翌日に「担当医『女性が手術拒否』」との見出しで報じた。患者が透析を断った経緯だけを記し、「病院は透析中止の選択肢を提示していない」という肝心な点には触れていない』、病院の言い分はもっともだ。初めの記事の際にはマスコミからの取材はなかったのだろうか。毎日新聞が「共同会見を病院から拒否された」というのは、取材もせずに勝手に記事んいした張本人と病院から睨まれたためなのだろうか。
・『患者が臨終に至るまでが「医師」と「夫」で食い違う  次に、第3の問題点は患者が亡くなった昨年8月16日の動きだ。 3月29日の朝日新聞は「未明に、女性は呼吸の苦しさや体の痛みを訴え、看護師に『こんなに苦しいなら透析した方がいい。撤回する』と発言したことが記録に残っている。しかし、16日昼前に女性の症状が落ち着き、外科医が呼吸の苦しさや体の痛みが軽減されればよいか、それとも透析の再開を望むかと尋ねると、『苦しさがとれればいい』と答えたという。外科医は女性の息子2人にも説明して理解を得たうえで鎮静剤を増やし、女性は同夕に亡くなった」と記す。 この記述は、3月7日の毎日新聞の記事とほとんど変わらない。同じ外科医への取材だからであろう。ところが、臨終の場面の内容は大きく違っている。 3月29日の東京新聞は、共同会見した外科医の話として「鎮静剤を増し、別の病気で入院していた夫と息子2人が見守る中、落ち着いた状態で同日午後5時11分に亡くなったとしている」と書く。これは上記の朝日新聞と同じだ。 一方、3月7日の毎日新聞では、患者の夫の話として「(昨年8月)16日、麻酔からさめると女性は既に冷たくなっていた」とあり、妻を見守る状態ではなかったと記す。事実は1つ、どちらかが間違えているのだろう』、毎日新聞は「患者の夫の話」を検証もせず、そのまま載せているとすれば問題だ。
・『人工透析だけではない対処法「腎移植」という選択肢も  ここまで、新聞を中心に経緯を追ったが、腎臓病、腎不全への医療の対応法にも課題がありそうだ。これが第4の課題である。 日本の透析患者は、日本透析学会によると2017年末で33万4505人。平均年齢は68歳。1990年には10万3296人だったから年々増えている。 血液にたまる老廃物や余分な水分を除去するために受ける血液透析は、1回に4~5時間ベッドにじっと横たわりながら受ける。週3回必要で、やめてしまうと苦しみ、数週間内に亡くなるという。このため一生受け続けなければならない。 福生病院の女性患者は別の医療機関で長く透析を続けてきた。昨年8月9日の来院時に透析の「離脱証明書」に署名したが、16日の未明に呼吸が苦しくなり体の痛みを訴えたという。 血液透析の費用は月約40万円と高額だが、高額療養費制度があるため、患者の負担は月1万円強といわれる。医療機関にとって人工透析患者は、長期にわたる安定した「収入源」ともなっている。1人年間約500万円の医療費は、国全体では約1兆6000万円に及ぶ。 人口透析には、患者自身の腹膜を使って行う腹膜透析もある。透析液を自分で入れ替えられるので自宅でできる。だが、長期間は難しく、実行者は1万人に達しない。 実はもう1つの対応法がある。透析ではなく、腎臓そのものを取り換えてしまう根本的な治療法である。腎移植だ。 移植された腎臓による拒否反応が問題視された時代があった。だが、現在は移植された腎臓がきちんと機能する確率は極めて高い。移植手術は医療保険の対象なので自己負担はあまりない。 人工透析よりはるかに優れた理想的な治療法だが、残念ながら2017年には年間1742件しか実施されておらず、極めて少ない。欧米では、移植と人工透析の比率は大して変わらない。腎移植を待っている間だけ人工透析を、という考え方も強い。 ところが日本では、腎臓の提供者が少ないため、腎移植という発想がはじめからほとんどない。腎移植の9割近くは家族などからの生体腎。死後の臓器を活用する献腎は極めて少ない。そもそも臓器を提供する文化が日本では定着していないからだ。 健康保険証や運転免許証、それにマイナンバーカードには「臓器提供の意思表示」の欄があり、提供したい臓器を選ぶことができる。心臓や肺などと並んで腎臓も表記されている。2010年の臓器移植法改正で表記が始まった。臓器移植への関心を高めるにはいい手法だろう。「遺体にメスを入れたくない」ではなく、世のため人のための心意気の広がりに期待したい』、「健康保険証や運転免許証、それにマイナンバーカードには「臓器提供の意思表示」の欄があり」とあるが、私の記憶にはない。もっと大々的にPRすべきだろう。
・『「治す」だけではなく 人々の生活を「支える」医療の重要性  そして最後、第5の課題は、医療の果たす役割である。 高齢者の自宅や施設での看取りが増えてきている。2013年8月に社会保障制度改革国民会議(座長清家敦・慶應義塾大学塾長)がまとめた報告書で、新しい医療概念が打ち出された。 「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)の維持・向上を目指す医療」「治し・支える医療」「人間の尊厳ある死を視野に入れたQOD(クオリティ・オブ・デス)を高める医療」とうたわれた。 医療は「治す」だけでなく、人々の日々の生活を「支える」ことが重要と訴え、誰もが迎える死にもQOLの概念を取り入れ、QODを高める医療を新たに提言した。QODが、政府関連の正式な文書に登場したのは初めて、画期的なことだった。 死は生活の延長線上にある。本人のQOL第一という発想から死を視野に入れた考え方である。森鴎外の孫で、埼玉県新座市で訪問診療を続けている小堀鴎一郎医師は、「日本は『生かす医療』はトップクラスであるが、『死なせる医療』は大きく立ち遅れている」(著書『死を生きた人々』から)と喝破している。「死なせる医療」とは名言だろう。 苦痛を免れない延命治療から、自然の摂理に委ねる自然死、尊厳死への転換が進んでいる。人口動態統計による死亡原因で、この数年「老衰死」の急増がその転換ぶりをよく示している。 「治療」だけが医療の役割という考え方は、過去のオールド・カルチャーになりつつある。福生病院の医師たちも、こうした社会の流れに合わせた対応を取ったと理解したい』、「QOD」とは初耳だが、「苦痛を免れない延命治療から、自然の摂理に委ねる自然死、尊厳死への転換が進んでいる」というのは好ましいことだ。

第三に、医師の中村 伸一氏が4月21日付け東洋経済オンラインに寄稿した「お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する 孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/277026
・『金ない、人ない、施設もない。けれども、「家で逝きたい、 看取りたい」という「村人」の希望に“伴走”して四半世紀。福井県にある高齢化率38%、人口2384人の旧名田庄村(現・おおい町)にたった一人の医師として赴任し、在宅医療、介護、看取りを支援してきた中村伸一氏は、大往生とは何かを考え続けてきた。 家族に見守られずに、たった1人で亡くなっても、幸せな最期は可能だと中村氏は言う。昨今、独居世帯が急増しているが、そんなお一人さまにも朗報だ。中村氏の経験した村の人びとの最期について語ってもらった』、過疎の村で「たった一人の医師として赴任し、在宅医療、介護、看取りを支援してきた」医師の話とは興味深い。
・『孤立死・孤独死は悲劇なのか?  「孤立死や孤独死だなんて、かわいそうに」「警察沙汰で、死体検案されるなんてまっぴら」。 それが一般的な価値観でしょう。でも、本当にそうなのか?私自身、価値観の転換を感じた出来事がありました。 2012年12月中旬の某日、とても寒い夜の22時30分。東京出張からやっと自宅に戻った直後、電話が鳴りました。 「中村先生ですか?警察ですが」「えっ!僕、何も悪いことやってないっすよ」とくに心当たりはなくとも、警察から電話があると身構えてしまいます。 「いえいえ、死亡確認をお願いしたいんです。対応してくださいますか?」「ふ?。わかりました?」 不慮の死を遂げた人の死亡を確認するのも、医師の大事な仕事の1つ。警察からお迎えの車が来て、午後23時ジャスト、現場に到着しました。仏さまは70代男性。以前、私が診ていたじいさまでした。 その4年前に母親が亡くなり、1年前には奥さんに先立たれ、子どもたちは遠方に暮らすため、じいさまは一人暮らしです。3年前、非常に珍しい難病を患い、私では対応できず、とある病院の専門医に紹介しました。以降、その病院に通い、最近は病状が安定して調子はよかったと聞いています。 電話に出ないことを案じた子どもが、親戚に頼んで家に入ってもらうと、すでに冷たくなっていたようです。直後に救急車を呼ぶも、到着した救急隊は完全な死体と判断し、病院に搬送することなく、警察に連絡。そういった経緯で、警察から私に要請が入ったのです。 警察とともに行った聴き取りとご遺体の確認から、死因を特定します。警察は事件性の有無を慎重に確認しましたが、この上なく治安のよい名田庄では、もちろん事件性なしという判断になりました。死因は、嘔吐物を喉に詰まらせた窒息であり、治療中の病気との関連もなさそうです』、唯一の医師だと、深夜の呼び出しにも応じなければならないとう、ご苦労なことだ。
・『祭りの夜、酒と団欒に笑い死す  前日に地区のお祭りがあり、楽しそうにかなりの量のお酒を飲み、その酔った勢いで、夜になって子どもたちに次々と電話して、たいそう機嫌よく笑って話したのが最後の会話だったとのこと。 それがわかった時点で、改めて家の中を見渡すと、高齢男性の一人暮らしとは思えないくらい、きれいに整理整頓されています。これは想像ですが、数年のうちに母親と奥さんを亡くしたので、たとえ自分にその予兆がなくとも、自らの死を意識し、常に家の中をきれいにしていたのかもしれません。 日付をまたいだ午前1時、やっと診療所に戻って”死体検案書”を作成します。家族が取りに来るのは翌朝なので、仕上げておかねばなりません。 雪に見舞われた寒い夜中、凍えながらの死体検案はとてもつらいものです。帰宅し、すっかり凍えきった体を熱めの風呂で温めた後、寝ようとしましたが、現場の印象を引きずってなかなか寝付けません。なんとか眠りに落ちたのは、午前2時30分ごろでしょうか。 ところが。午前6時前に電話が鳴りました。老衰でそろそろお迎えかと思われていた90代のばあさまの家族からです。四世代が暮らす大きな旧家に住むばあさまで、20年来、私が主治医でした。むろん、すぐに駆けつけます。 ちょうど私が死体検案をしていた深夜0時に「ありがとう」と言ったのが最後の言葉だったそうです。自力でとれるわずかな水分だけで過ごしたためか、死に顔は安らかで、むくみもなくきれいです。 臨終の場面でも、隣の部屋では3歳のひ孫がスヤスヤ眠っています。この子も目覚めたら、ひいおばあちゃんの死を知るのでしょう。日常の中に死と、まだ新しい生があり、この一家の命のリレーを垣間見ました』、2人の死は、それぞれの事情は違い、対照的とはいえ、いずれも幸せな死だ。
・『覚悟と準備と人間関係  午前7時、今度は”死亡診断書”を書き終え、ふと考えたことがあります。実はこのじいさまとばあさまを比べると、興味深い共通点があります。最期までその人らしく家で暮らし、そのまま家で逝ったこと。 短時間に経験した2人の看取りは、”孤立死での死体検案”と”一家団欒の中での死亡診断”であり、一見すると対照的。おそらく、後者は誰もが大往生と思うでしょう。では、前者は気の毒な孤独死か? いえ。前者も決して悪くない最期だと、私には思えます。大家族に見守られ、感謝して逝くのはすばらしい。ですが、好きな酒を飲んで上機嫌、電話で子どもたち全員と笑ってしゃべって、しっかり電話団欒を堪能し、一人逝くのも案外悪くないと感じています。 警察沙汰の死体検案を嫌がる方も少なくないでしょうが、そんな方に1つだけ質問しましょう。「もしも警察のお世話になるなら、生前と死後のどちらがいいですか?」。もちろん、生前に警察のお世話になるのは避けたいですから、死後のほうがいいに決まっていますよね。 ただ1つ、お一人さま逝きで、ぜひ避けてほしいのは、死後に長期間、発見されないこと。人口2400人ほどの名田庄なら、ご近所が「あのじいさまを最近見かけない」などと気にかけてくれるので、あまり大ごとになりません。 しかし、ご近所付き合いのない都市部などでは、かなりの惨状になる場合もあるようですね。発見した人や、後のことをする人たちが受けるショックを考え、高齢になったり、逝きが近づいたりしたら、訪問診療、訪問看護、ホームヘルプなどの医療介護サービスや行政による見守り(安否を確認するための定期訪問)などを、ぜひ受け入れてほしいと思います。 ともあれ、この2人の看取りを含め、私の経験では、人生の最期の段階で本当に大切なのは、家族形態や看取られる環境ではないような気がしています。 大家族でも家族関係が悪ければ、逝き際でも家族にソッポを向かれることでしょう。逆に、お一人さまでも準備と覚悟があれば、物理的には1人でも、満足な家逝きができている。 「本当に大切なものは目に見えない」とは『星の王子さま』に登場するキツネの名言ですね。家逝きも、本当に大切なのは目に見えている家族形態や自宅の環境ではなく、目に見えにくい”覚悟”と”準備”と”人間関係”ではないでしょうか。 「1番大切なもの」は一人ひとり違うかもしれませんが、青い鳥は案外、あなたの手に乗っかっているような気がします。 今年も春が訪れました。最後に桜の季節にふさわしいエピソードを紹介します。 降りしきる雪。限りなくグレーの日々が続く北陸の冬は、寒くて長い。雪国の人なら、「ああ、春が早く来ないかなぁ」と切なく願う気持ちをわかってくださることでしょう。 名田庄では、お迎えが近づくと「次の桜は見られるやろか?」とよく問われます。厳しい冬を耐え、長く待ちこがれた春を迎える喜び、その象徴が”桜”。だから、無理な延命は願わないけれど、「あと何回、桜が見られるやろ?」と、桜が寿命のスケールになっているのです。それほど末期の桜には価値があり、実際に花を見て、大満足で逝く人々を看取ってきました』、「家逝きも、本当に大切なのは目に見えている家族形態や自宅の環境ではなく、目に見えにくい”覚悟”と”準備”と”人間関係”ではないでしょうか」、「青い鳥は案外、あなたの手に乗っかっているような気がします」、などというのはその通りなのかも知れない。
・『花咲かじいさんじゃないけれど  私には、桜にまつわるほろ苦い思い出があります。昔、桜を見たがっていた患者さんに、見せ損ねてしまったのです。咲き始めた七分咲きの枝を、他界寸前の患者さんにかざしましたが……もう、見えなかったでしょう。 春を待つ気持ちがわかるだけに、残念無念。しかし、過ぎたことをグスグス後悔し続けるなら、負のエナジーを行動に変えようと決めました。すべては無理でも、可能なら見たい人には桜を見せるんだ! 以降、私の心のなかで「お花見プロジェクト」が発動。時折花咲ドロクターに変身し、ときには看護師やケアマネジャーなど仲間をも巻き込みながら、さまざまな形で”最期の桜”を見せるようになりました。 そんなある日、私が訪問診療で診ていた、ある患者さんの奥さんから、ケアマネジャーに手紙が寄せられていました。私がそのことを知ったのは、ずいぶん後のことでしたが、とてもステキな手紙なので、了解を取って、原文をほぼそのままご紹介しようと思います。 先生と看護師さんがいつものように診察に来られました。ベッドに横たわる主人の胸元30センチくらいの高さに、先生は握り拳を差し出し、「奥さん、手を貸してください」と私の手のひらを主人の胸の上に据えました。「エーッ!先生、いつから祈祷師に??」と思いきや、「松本さん、桜ですよ」とおっしゃって、握った拳の指の隙間からヒラヒラと桜の花びらが私の手のひらと主人の胸の上に舞い落ちました。なんとも粋な計らいに、私は目頭が熱くなり、無心で落ちた花びらを主人の枕の上にちりばめていました。 主人が臥してから3年目の身体は、3度目の桜を見せてあげられる状況にはほど遠く、諦めてはいたものの、桜の花が咲き始めてから、私の心中は穏やかではありませんでした。満開の桜から散り始めた花びらに「散らないで。お父さんは、まだ見ていないんだから」と呼びかけたいような複雑な思いで、日々、窓から見える桜を眺めておりました。そんな私の思いを、先生はいとも簡単に、さりげなく成し遂げてしまわれたのです。 機器の管につながれた高度な医療よりも、はるかに心のこもった巧妙な医術に、感激やら感動で胸がいっぱいになりました。今はもう、窓から見える葉桜を、よい思い出に変えてくださった先生と看護師さんに感謝しながら眺めています。 名田庄には見事な桜並木があります。でも、そこまで行けなくても、木に咲いている状態でなくても、花びらだけでも、喜んでもらうことはできますよね。 医療者である私が言うのもヘンかもしれませんが、逝く人に「何かしてあげたい」と思ったら、医療以外にさまざまなアプローチがあるように思えるのです』、「お花見プロジェクト」とはなかなか粋だ。過疎の村の医者には苦労も多いが、こんなに家族から感謝されたとは、医療者冥利に尽きるといえるだろう。深刻な話題の最後に、「ほっこりする」話があったので、救われた気がする。
タグ:東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 終末期 70代男性 毎日新聞朝刊 浅川澄一 (その3)(「どうせ死ぬなら臓器提供してから」世界で進む安楽死議論の怖さ、透析中止事件で問われる「死の在り方」と「報道姿勢」、お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する 孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない) 「「どうせ死ぬなら臓器提供してから」世界で進む安楽死議論の怖さ」 「安楽死」 小松美彦 『自己決定権という罠』 “自己決定権”に基づいて推進される安楽死 「尊厳死」 「消極的安楽死」 「積極的安楽死」 積極的安楽死を国家として合法化しているのは、2001年に世界で初めて合法化したオランダをはじめ、ベルギー、ルクセンブルク、コロンビア、カナダの5ヵ国 「死に方を自分で決める権利」はいまだに世界で議論されている “自己決定権” 法学的にはさほど深い議論がされていない 960年代前半頃の米国で盛んになった「患者の権利」が発展 患者には自分の具体的な疾病を知る権利や、どの治療法にするかを選択する権利がある、という「患者の権利」が主張され、それが「自己決定権」一般に拡大 オランダでは、年々積極的安楽死を遂げる人の数が増加の一途 全死亡者15万人超の約4.4% 安楽死先進国・オランダでは認知症患者も対象者に まず患者に耐え難い肉体的苦痛があり、その苦しみから解放するには死をもってほかにないことが必須条件 それが精神的苦痛でも認められ、2006年には、意思を確認するのが困難な認知症患者も対象となった 75歳以上の人なら誰でも希望すれば積極的安楽死が認められ、翌2018年には知的・発達障害者にも対象が広がっている 「臓器提供安楽死」 『デッド・ドナー・ルール』 生きのいいうちに臓器を切り出し 消極的安楽死は日本でも実質すでに行われている DNAR指示 もともと終末期患者とは、主に末期がんの患者のこと 寝たきりで認知症の高齢者、高齢で経口摂取できない者、意思疎通の取れない胃ろう造設者、脳血管障害で意識の回復の望めない者などへと拡大し、この人たちが消極的安楽死の対象になっている 老人ホーム職員が本人に代わって消極的安楽死を決定!? 「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」 「透析中止事件で問われる「死の在り方」と「報道姿勢」」 福生病院 人工透析治療 「治療の中止」を許さないマスコミの報道姿勢への疑問 「医師、『死』の選択肢提示」「透析中止 患者死亡」「指針逸脱 都、立ち入り」 この時の各紙は、医師から透析中止の提示を受けた患者は、医師に「誘導」されて死に追い込まれた、と読者に受け取らせるような論調 終末期のがん患者に病名を告知しなかった時代に戻れ、と言わんばかりの論調には違和感がある 尊厳死を望む国民が少なからずいる時代に、なんと時代錯誤な見出しだろうか 人生の幕引きを本人と周りで考える「人生会議」の重要性 誰もが迎える人生の幕引きに際して、医療だけに委ねるのではなく、本人を中心に生活を共にする人たちと一緒に考えましょう、というもの 「患者が透析拒否」と病院が会見 メディアの報道内容に矛盾 患者が臨終に至るまでが「医師」と「夫」で食い違う 人工透析だけではない対処法「腎移植」という選択肢も 「治す」だけではなく 人々の生活を「支える」医療の重要性 中村 伸一 「お一人さまで「家で逝く」幸せな最期は存在する 孤立死・孤独死は必ずしも悲劇ではない」 福井県にある高齢化率38%、人口2384人の旧名田庄村(現・おおい町)にたった一人の医師として赴任し、在宅医療、介護、看取りを支援 孤立死・孤独死は悲劇なのか? 死因は、嘔吐物を喉に詰まらせた窒息 祭りの夜、酒と団欒に笑い死す 90代のばあさま 四世代が暮らす大きな旧家に住むばあさま 臨終の場面でも、隣の部屋では3歳のひ孫がスヤスヤ眠っています 覚悟と準備と人間関係 お一人さま逝きで、ぜひ避けてほしいのは、死後に長期間、発見されないこと 逝きが近づいたりしたら、訪問診療、訪問看護、ホームヘルプなどの医療介護サービスや行政による見守り(安否を確認するための定期訪問)などを、ぜひ受け入れてほしいと思います。 お一人さまでも準備と覚悟があれば、物理的には1人でも、満足な家逝きができている 家逝きも、本当に大切なのは目に見えている家族形態や自宅の環境ではなく、目に見えにくい”覚悟”と”準備”と”人間関係”ではないでしょうか 1番大切なもの」は一人ひとり違うかもしれませんが、青い鳥は案外、あなたの手に乗っかっているような気がします 花咲かじいさんじゃないけれど 「お花見プロジェクト」
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

政府財政問題(その2)財政拡大理論「MMT」(「日本版MMT」の効果が疑わしい理由、MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由 「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!) [経済政治動向]

昨日に続いて、政府財政問題(その2)財政拡大理論「MMT」(「日本版MMT」の効果が疑わしい理由、MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由 「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!)を取上げよう。

先ずは、三井住友DSアセットマネジメント ファンドマネージャーの山崎 慧氏が4月9日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「「日本版MMT」の効果が疑わしい理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/199318
・『議論を呼ぶ「MMT」日本で実質的に行なわれている  昨今、経済論壇でMMT(Modern Monetary Theory/現代金融理論)が話題となっている。MMTとは、自国通貨の発行権を持つ国では自国通貨建てで国家債務のデフォルト(債務不履行)が起こらず、政府は無限に信用を供与できるという主張である。 これまで話題に上ることは少なかったが、政治経験がない元ウェイトレスの経歴を持ちながら、昨年の米下院議員選挙に史上最年少で当選した民主党のオカシオコルテス氏が、自身が推し進めるグリーンニューディール政策(環境・再生可能エネルギー関連の財政支出拡大)の財源としてMMTを提唱したことで注目を集めた。 同氏は、ブログにて、「オリジナルのニューディール政策、第二次世界大戦、2008年の銀行救済、量的緩和、私たちの現在のすべての戦争と同じように、連邦準備制度理事会(FRB)は信用を供与することでグリーンニューディールの財源を手当てすることができる」と主張している。 これに対し、ジェローム・パウエルFRB議長、黒田東彦・日本銀行総裁など主な各国中央銀行首脳らは「危険な考え方だ」と異を唱えており、欧州中央銀行(ECB)の次期総裁の有力候補であるフランソワ・ビルロワドガロー仏中銀総裁は「ハイパーインフレになる大きなリスクがある」とMMTを強く批判した。 ただ、MMTのように、政府の債務を中央銀行が引き受けることによって財政政策を拡大させるという考えは決して突飛なものではなく、むしろオカシオコルテス氏の言うように、有史において幾度も用いられてきたオーソドックスな考え方だ。それどころか、この政策はすでに日本で行われているとも言える。 2013年に量的・質的金融緩和が導入され、2016年にマイナス金利付き量的・質的金融緩和にてイールドカーブコントロールが導入されるまで、日銀の国債購入額は新規発行額を大幅に上回っていた。一方、財政政策はこの間、アベノミクスの三本の矢のうちの第二の矢として大規模化していた。これは、財政政策の財源となる国債を日銀が引き受けていると明示されていないだけで、アベノミクスにおける金融緩和と財政支出拡大のポリシーミックスは、オカシオコルテス氏の目指しているものに非常に近い。 こうした、「日本版MMT」の結果はどうであろうか。2013年から2016年までの消費者物価は、生鮮食品とエネルギー、消費税を除くベースで前年比+0.5%(年率)にとどまっており、日銀は現在に至るまで2%の物価安定目標の達成に苦慮している。ハイパーインフレが生じるどころか、政府はデフレ脱却宣言すら行えておらず、「日本版MMT」を用いてもなお物価の押し上げに失敗している』、確かに目新しいものではなく、「日本版MMT」を行っているが、実効性に乏しいようだ。
・『劇薬どころかかなり疑わしい日本版ヘリコプターマネーの効果  今後も財政と金融の協調の議論が続くのであれば、これまで講じられてきた政策が不十分だとして、さらに踏み込んだ信用供与に話題が移ることになるだろう。具体的には、政府による日銀保有国債のデフォルトだ。 日銀保有国債の永久債化や、日銀引き受けによる政府紙幣の発行も同種の考えで、これらはヘリコプターマネーなどとして定期的に話題に上っている。たとえば、若田部昌澄・日銀副総裁は、副総裁に就任する前の2015年2月5日の朝日新聞のインタビューで、「政府と一体と考えられる日銀が持っている国債260兆円は国のバランスシートから落とせる」と発言しており、政府と日銀の間で資金を貸し借りしているのだから、両者を合わせた組織(統合政府)として考えれば、債務は相殺され消えるという理論として語られることが多い。 一般に、こうした政策・考え方は劇薬・禁じ手と言われているが、実際には劇薬どころか効果がかなり疑わしい。簡略化して考えると、日銀のバランスシートにおける保有国債(資産)の裏付けは、当座預金(負債)であり、これは民間銀行のバランスシートにおける当座預金(資産)を通じて国民の預金(負債)と繋がっている。 すなわち、日銀の保有国債をデフォルトさせることは、国民の預金をデフォルトさせることと同義となる。これは政治的にほぼ不可能であり、仮に実施されたとしても国民負担による財政再建となるため、増税による財政再建となんら変わらない。 保有国債をデフォルトさせても、国民の預金は保護すればいいという考えもある。ただし、この場合、日銀は債務超過となり、政府債務が日銀債務に置き換わっただけとなる。政府が借金しているのはあくまでも民間部門に対してなので、日銀の保有国債をデフォルトさせたところで、統合政府の債務は消えないのだ。政府債務が減る同額だけ日銀債務が増えたところで、何か変化が起こるのだろうか。 中央銀行が債務超過になったことで、多少のインパクトがある可能性は残るものの、同額の政府債務も減少することを考えると、財政再建の前進とも後退とも捉えられず、これによって物価に何らかの影響が及ぶとは考えにくい』、「若田部昌澄・日銀副総裁は、副総裁に就任する前」とはいえ、MMTを評価する発言をしていたとは初めて知ったが、日銀副総裁としての適格性を大いに疑わせる発言だ。
・『杞憂に終わる日本版MMT 物価上昇モメンタムが途切れる恐れも  まとめると、これまで行われていた「日本版MMT」は物価に対して影響を与えておらず、より踏み込んだ政策をとっても影響は薄いように思える。結局のところ、財政政策の拡大が物価に影響を与えるかどうかは、財源の調達方法ではなくその規模と使途に依存する。歴史上、ハイパーインフレのほとんどが放漫財政ではなく、大規模な国家予算の投入が将来の利益につながらなかった敗戦が原因となって生じてきたことがその証左だろう。 MMTに対しては懸念が表明されているものの、その議論が日本に及ぼす影響は良くも悪くも限定的だろう。むしろ現段階では、MMTがハイパーインフレを招くリスクを心配するよりも、景気が腰折れし、日銀の言う物価の上昇モメンタムが途切れるリスクをより心配すべきではないだろうか。 名目GDPの伸びがここ1年半にわたって完全に停止し、足元で景気動向指数が「下方への局面変化」を示しているにもかかわらず、消費増税を強行することになれば、2014年と同様の結果になるのが目に見えている』、景気腰折れの「リスクをより心配すべき」というのはその通りだろう。

次に、SMBC日興証券 チーフ金利ストラテジストの森田 長太郎氏が3月26日付け東洋経済オンラインに寄稿した「MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由 「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/275326
・『財政赤字の積極的な拡大を推奨する「現代金融理論(MMT、Modern Monetary Theory)」をめぐり、米国では経済学者たちがメディアを巻き込み、論争を展開している。その論争の内容は、われわれ日本人にとっては失笑を禁じえないところがある。また、ある種のデジャビュを感じるものでもある。 MMTを主張する経済学者たちは、経済学コミュニティにおいては少数派だ。批判する経済学者のほうが数も多いうえ、地位や名声もはるかに高い。この数カ月間で、ポール・クルーグマン、ラリー・サマーズ、ケネス・ロゴフといったそうそうたる面々がMMTを批判する議論を展開しており、ジェローム・パウエルFRB(米国連邦準備制度理事会)議長や黒田東彦日本銀行総裁をはじめ現役の中央銀行幹部も批判の弁を述べている。メディアはこの論争を「主流派経済学 vs 非主流派経済学」という描き方で盛り上げている。 印象から言えば「非主流派」がずいぶんと威勢よく攻勢をかけているのに対し、「主流派」の反論は何やら昔ながらの教科書を紐解くような内容で、今ひとつ歯切れが悪い。経済学コミュニティの外野からは、小勢ながら果敢に攻める「非主流派」に「ヤンヤ」の声が掛かる状況だ。MMTは現状打破のための最終兵器であるかのように喧伝されており、米国では特にポピュリスト政治家やトランプ政権を政治的に攻めあぐねている野党民主党の政治家の中にこの理論の信奉者が少なからずいる』、米国で「現状打破のための最終兵器であるかのように喧伝」というのは誇大喧伝だ。
・『日本における「リフレ派vs反リフレ派」にそっくり  筆者が「失笑を禁じえない」というのは、MMTと主流派経済学者たちのヒステリックな議論に、「どっちもどっちではないか」と思わせるところがあるためだ。特に、1990年代後半以降、日本の経済政策を最も声高に批判してきたポール・クルーグマンが、「財政政策は金利がゼロ%の下限に達してからのみ意味がある」というようなMMTに対する批判を述べているのを聞くと、「五十歩百歩だろう」とつっこみたくなる。 また、「デジャビュを感じる」というのは、「MMTvs主流派経済学者」の論争は、過去20年超も続いているわが国における「リフレ派 vs 反リフレ派」の論争と完全にオーバーラップするからである。当のクルーグマンはベン・バーナンキ元FRB議長と並んで、日本のリフレ派論者たちに盛んに援用されてきた「リフレ派の理論的支柱」とも言うべき経済学者だ。「極論を主張するリフレ派に対して正論を述べる反リフレ派論者」というわが国の構図が完全に攻守逆転する形で、「極論のMMTに対して正論を述べるクルーグマン」という形になっているのが何とも皮肉である。 ここで、日本の「リフレ派 vs 反リフレ派」論争の最大のインプリケーションを述べておくと、「正論必ずしも勝たず」ということであろう。リフレ派は決して議論に勝ったわけではないが、主張した政策を実現する機会をつかんだ。米国における「MMTvs主流派経済学」も、MMTをポピュリスト政治家が支援しているため、同じ構図に見えてならない。 さて、米国の経済論壇を騒がせているMMTなるものの本質は何なのか。 クルーグマン先生も解説してくれているように、アバ・ラーナーの「機能的ファイナンス」といった古めかしい経済議論にその淵源があるようだ。当のMMTを主張する学者たちもまた、そう認めている。ラーナーの議論を踏襲するMMTの主張を簡単にまとめると、①金融政策が民間の経済活動に対して適切な水準に金利をコントロールしてさえいれば、あとは財政政策で完全雇用とインフレ目標を100%達成できる、②財政赤字はどれだけ拡大させても問題は起きない、という2点に尽きる。 このMMTの主張に対して、クルーグマンなどは先に述べたように、「金利がゼロ%の下限に達した場合には財政拡大はOK」と言っているので、その論は「MMT批判」のようでいて、実際にはMMTの「限定容認」になってしまっている。クルーグマンの場合、「ある段階までは金融政策、ある段階からは財政政策」という2段階の政策を主張しているのだが、完全雇用を達成するまでは政府と中央銀行が需要を無制限に創出すべきであり、政府も中央銀行もその能力を持っていると主張していることにおいては本質的に変わらない。 「主流派経済学者」といっても、現代の米国においてはかつてのようなガリガリの新古典派、新自由主義信奉者はすでに多数派ではない。市場調整機能の限界を所与とした上で政府や中央銀行の積極的な需要創出を支持するいわゆる「ニュー・ケインジアン」が現代の主流派といってよい。 ニュー・ケインジアンは公的部門の経済への介入を積極的に容認するのだから、政治的には「リベラル」との親和性が高い。そのため、彼らがMMTを批判してもしょせん迫力に欠けるのだ。ましてやクルーグマンなどは、主流派の範疇からもやや外れており、主張そのものはオールド・ケインジアンに近い。そのクルーグマンがMMTのような議論を批判するのは、どこか滑稽なのだ』、「失笑を禁じえない」、「デジャビュを感じる」、「クルーグマンがMMTのような議論を批判するのは、どこか滑稽」などというのは手厳しい批判だ。
・『MMTは会計上の資産負債の一致を述べているだけ  こう言ってしまうと、MMTをめぐる論争は、現代の主流派経済学者のうち多数派を構成するケインジアン(=ニュー・ケインジアン)と、もっと古風で先鋭的なケインジアン(=MMT)の「五十歩百歩対決」なのだと結論づけてしまってもよいように思えるが、実際にはもう少し複雑な要素を含んでいる。 アバ・ラーナーに端を発するところの「財政赤字はいくら増やしても何も問題ない」という主張だけを取り出していえば、これはレーガン減税の理論的根拠にもなった「ラッファー・カーブ(=減税すれば経済成長によって減税額以上に税収が増えるという主張)」のような「ブードゥー経済学」のようにも聞こえるのだが、さすがにそれでは議論が粗すぎる。 ラーナーが主張し、MMTが受け継いでいる最も重要なコンセプトは、「誰かの負債は必ず誰かの資産」ということである。どういうことかというと、「財政赤字(=政府の負債)によって減税を実施すれば、国民は減税によって貯蓄(=資産)が増えるので、つねに発行された国債の額と国民の資産増加額は会計的に一致する」ということである。そうであれば、財政赤字によってどれだけ政府の債務が積み上がったとしても、それに見合った国民の資産は増加しているのだから問題はない、というのである。 このロジックを聞いて、「だまされている」ような感覚を持つ人は少なくないだろう。けれども、少し考えてみると、このロジック自体は簡単には論破できないものであることにも気づくはずだ。 「誰かの借金は誰かの資産」→「国の借金は国民の資産」→「政府債務がいくら増えても会計上は帳尻が合っている」というMMTのロジックは、この限りにおいては間違いではない。そこから、彼らは「主流派経済学者は歯止めなき財政拡張はいずれハイパーインフレをもたらすと批判するが、そんなことはない」→「財政赤字はどんどん拡大すべきである」という結論を導き出すのである。 しかし、このロジックは、「金融政策万能論」に近い考え方を採る現代の主流派経済学である「ニュー・ケインジアン」と、その牙城となっている主要中央銀行(FRB、日銀、ECB)からすると、とてもそのままでは容認できないものである。 なぜならば、「財政赤字を拡大すると国民の資産が増える」というのが事実であるならば、「財政政策がマネーサプライ(=国民の金融資産)を決定するのであり、中央銀行が決定するのではない」と言っているのに等しいからである。若干マイルドな言い方に変えれば、「中央銀行もマネーサプライの決定に関与するものの、財政政策はそれと同じかそれ以上に強く関与する」ということになってしまうのである』、これでは、「主要中央銀行」が目の敵にするのも頷ける。
・『「財政政策が決める」とするMMTの根拠  ここで少し冗長にはなるが、政府が財政赤字を拡大して国債を発行した時に実際に起きていることを正確に描写してみたい。 「政府が1億円の減税を決定して1億円の国債を発行」→「銀行Aが準備預金を取り崩して国債1億円を購入」→「中央銀行の管理する政府預金が1億円増加し、銀行Aの準備預金が1億円減少」→「中央銀行は銀行Aから国債1億円を購入して資金を供給し、銀行Aの準備預金は元の水準に戻る」 さらに「政府は増加した預金勘定の1億円で国民Bに対して減税を実施」→「国民Bは減税資金を受け取りそのまま銀行Aに1億円預金」→「政府預金が1億円減少して銀行Aの準備預金が1億円増加」→「中央銀行は銀行Aに1億円の国債を売却して資金を吸収」→「銀行Aの準備預金は1億円減少して元の水準に戻る」→「最終的に銀行Aの準備預金は変化せずに国債保有が1億円増加し、国民Bの預金は1億円増加」 さて、この長ったらしいプロセスを注意深く見ると、中央銀行はただ銀行の準備預金の水準を一定に維持するためだけに行動している。その結果、政府が国債を1億円発行して減税を実施したことで何が起きたかというと、銀行Aの国債保有が1億円増加し、国民Bの預金が1億円増加している。 そして、政府の財政赤字の額(=政府負債の増加額)と銀行の国債保有(=資産増加)が一致し、銀行の資産増加は国民の資産増加(=預金増加)に見合ったものになっている。ここでは財政政策が国民の金融資産(=マネーサプライ)を増加させているわけであり、中央銀行の働きはひたすら受動的ということになる。 このプロセスをもってMMTの論者は、中央銀行が経済の水準(ここではマネーサプライが重要であるという前提)を決めるのではなく、財政政策が決めているのだと主張している。同時に、財政赤字をいくら増加させても国民の負担にはならないとの議論が展開される。MMTの論者は、そもそも中央銀行はマネーサプライを増減させる能力はないとまで主張するわけだが、上記のプロセスを見る限り、結果として中央銀行はマネーサプライの増減に対して受動的に行動していることは確かである。 しかし、MMTを主張する人々よりもはるかに前から、この議論を行なっていたのは、実は日本銀行であったということを忘れてはならない。 1990年代前半に経済学者の岩田規久男(前日銀副総裁)と日銀スタッフだった翁邦雄が『週刊東洋経済』で繰り広げた「翁-岩田論争」である。ここでは、翁が中央銀行は準備預金を能動的に増減させることはできず、マネーサプライに与えられる影響力も限定的であると主張していた。MMTが声高に主張している議論は、すでに20年以上前に日本で行われていたわけである。そして、当時、日銀の「受動的な金融政策」は間違いだと主張した岩田らの論が、2000年代以降に日銀の政策として段階的に採用され、実験されていくことになるのである。 この実験の結果、中央銀行のマネーサプライ管理能力については、おおむね翁の主張に沿った結果が出ており、MMT論者の主張も、その面においては支持されている。ただし、話はこれでは終わらない。 上記の「財政赤字→国債発行」のプロセスを根拠にMMT論者が「財政赤字は誰の負担も増やさない」という結論を単線的に導こうとするのであれば、この結論を論破するのは簡単である。単純な話だが、「減税された資金をまったく使わずにそのまま預金するのであれば、そもそも何も変わらないのは当たり前」なのである。国債の金利支払いも財政赤字でまかなわれると考えれば、その分も減税と同じ扱いにできる』、「翁-岩田論争」まで引用するとは筆者の博識ぶりに驚かされた。
・『「リカード中立」を前提にするなら乗数効果はゼロだ  実は、ラーナーやMMTの使っているトリックはここにあるわけだが、「誰かの負債は誰かの資産」なので誰の負担にもなっていないというのは、あくまでも「バランスシート」もしくは「ストック」の議論である。前述の例では、「国民Bは減税資金を受け取りそのまま銀行Aに1億円預金する」としているが、これはつまり、財政政策の乗数効果が「ゼロ」である状況を想定している。「完全なリカードの中立命題が成立している」という言い方にもなる。「リカード中立」は「財政赤字を拡大しても、国民が将来の増税を予想してしまうと一切資金を使用しない」という状況を指す。 しかし、実際には減税資金のうちいくらかを消費に回すからこそ経済効果があるわけであり、そもそもラーナーもMMTもその効果に期待して「財政政策でいくらでも雇用やインフレをコントロールできる」と主張しているわけである。結局、「誰かの負債は誰かの資産」あるいは「財政赤字は誰の負担にもなっていない」というのは、「恒等式」の関係を述べている、「会計上、バランスシートの右と左は釣り合っている」と言っているにすぎないのである。 トリックとはいえ、ラーナーやMMTの言っている議論も、ある時代、ある局面においては、現実に起こっている経済状況を的確に説明できていたりもする。例えば、1990年代後半から2000年代半ば頃にかけての日本の国債市場のケースなどである。 この時期、日本政府が景気対策として財政赤字拡大政策を採るたびに、過大な国債発行が長期金利の上昇を招くのでないか、それがむしろ経済にネガティブな影響をもたらすのではないかとの懸念が高まった。だが、実際に国債発行による本格的な長期金利上昇は起きなかった。この事象を振り返って、「ほら見ろMMTの正しさは2000年前後の日本で証明済みだ」などとわけ知り顔で語る論者もいる。 だが、当時から日本の債券ストラテジストたちは、このメカニズムについて正確に把握、指摘していた。すなわち、。財政赤字による国債発行はマネーサプライを増加させ、それは銀行の預金を増加させる。あるいは、「預貸ギャップの拡大」を招き「貸出に対する預金超過」を生む。それは、銀行の国債保有を促す形となり、結局、長期金利の上昇をもたらさないだろう――。このように予想していた者が少なくなかったのである。つまり国債発行が貸出の大幅な増加に結びつかない、財政による乗数効果の低いことが景気対策の効果が細っている理由でもある。 なお、「翁-岩田論争」は、中央銀行のマネーサプライ・コントロール能力に焦点を当てた議論であったが、財政政策、金融政策を共通の土俵で扱い、マネーサプライとの関係を分析するという作業を古くから行なっていたのも、世界の中央銀行のなかで実は日銀であった(末尾のコラム参照のこと)』、「財政赤字による国債発行は」「長期金利の上昇をもたらさないだろう」との債券ストラテジストたち見方は正しかったことになる。
・『MMTも主流派も単純すぎて現実離れしている  MMTの論者は、中央銀行が雇用やインフレに及ぼす影響力はなく、すべてを創出するのは財政政策だと主張するが、この主張は「明確な誤り」である。金融政策は、局面によってはほとんど無力に近い時もあるが、メカニズムとしては民間部門債務と海外債務の変動を通じてマネーサプライを増減させ、雇用やインフレに影響を及ぼすことがある程度はできる。 しかし、「マネタリスト的」な金融政策万能論を振りかざすタイプのニュー・ケインジアンによる「金融政策こそがすべて」という主張も、同じくらい「明確な誤り」である。2000年代の日本のケースなどは、翁邦雄が主張したように、マネーサプライの変化を通じて中央銀行が雇用やインフレに影響を及ぼす経路が非常に細っていたのである。どちらの議論も、リアルな経済と資金の流れをあまりにも「単純化」しすぎていると言わざるを得ない。 確かに「財政」によるマネーサプライ増減のメカニズムは「シンプル、直接的」ではある。しかし、それでも減税資金が100%預金されてしまうのか100%支出されるのかによって、実体経済へのインパクトは大きく変わってくる。一方、「金融政策」によるマネーサプライ増減のメカニズムは、民間部門債務が増減する複雑なメカニズムのある部分しか担っていないという意味で、その波及経路はより分かりにくい。 しかし、いずれにせよ、「将来の成長期待」「競争環境」「技術革新」「金融規制」さらには「社会全体のセンチメント」まで実に多岐にわたる要素が影響するのである。こういった複雑な要素を捨象して、「財政政策がすべてだ」「いや金融政策だ」と経済学者や評論家たちが主張をぶつけ合っている姿自体があまりにも現実離れしており、空想世界に生きているように見える。それこそクルーグマン流に言うならば、「はるかに多様な要素が影響しているんだ、バカ!」ということになる。 アバ・ラーナーが「機能的ファイナンス」というコンセプトで語ったのは、「財政赤字を善悪で判断するのではなく、雇用とインフレに影響を及ぼしうる唯一のツールとして、その結果あるいは効果で判断すべきだ」ということであった。しかし、現実には「財政政策」は唯一のツールなどではない。それどころか、その政策が効果に結びついていく経路には「リカード中立の程度」という非常に想定が難しい要素が介在するのである。「財政政策」は一つの「機能」なのだから、出てきた効果と結果だけを見てその適用可否を判断すればよいなどと安直に扱える、コントローラビリティのある(制御可能な)代物ではないのである。 ここで、「政府債務」、「民間債務」、「海外債務」というマネーサプライ創出の3部門におけるコントローラビリティとは、いったいどういうことなのかという点について、最も重要な視点を提示しておこう。 先ほども述べたが、例えば「政府債務」について、「財政赤字を出して国債発行を行っても、民間資産の増加も伴うため誰の負担にもならない」というMMTの理屈は「両建て」でのバランスシート拡大のことを指している。しかし、問題は「レバレッジ」、つまりリスクの拡大にあるのだ。「信用創造」=「レバレッジ」という、金融実務においては当然すぎる議論の整理を、経済学者も行なう必要がある。 「両建て取引では負債に見合う資産があるので大丈夫」というのは30年前、1980年代後半のバブル期の日本で盛んに流行ったロジックである。「借金をしても見合う資産がある」、それどころか「むしろ資産には含み益があるので、それを担保にもっと借金ができる」といった具合である。つまり、「政府債務」でも「民間債務」でも、「両建て取引」あるいは「レバレッジ」はそれ自体では「会計上」はつねに「中立」に見えるのである』、「MMTも主流派も単純すぎて現実離れしている」というのはその通りだ。モデル化のため単純化する過程で、多くの前提を置いて細かな要素を捨象しているため、「現実離れ」は不可避なようだ。
・『「レバレッジ拡大政策」を空疎な理論で決定するな  しかし、これを無制限に拡大させていった場合に、過去に何が起こったのか、先に何が起こりうるかといったイマジネーションを広げてみる必要がある。リーマン危機も然りだが、「レバレッジ」の拡大はどこかで「リスク感覚」を麻痺させる。「両建てで負債に見合った資産ならば」ということで、経済主体は「過大なリスク」を取りがちである。これを政府部門のケースでいえば、まったくムダに終わる公的事業に資金を費やすようなことが平気で行われる。簿価評価の負債に対して時価評価の資産が大幅に毀損していく事態が生じれば、「誰かの借金は誰かの資産」ではなくなってくるのである。 もちろん、現在の日本を含めた先進諸国においてこの「過大なレバレッジ」が問題を引き起こす段階にあるのか、と言えばそうではないかもしれない。国ベースで言えば、レバレッジの極端な拡大は、1980年代の日本で生じ、これに1990年代後半から2000年代にかけて米国が続き、2000年代にはユーロ圏が追随した。そして、リーマン危機後から2010年代にかけては中国のレバレッジがとんでもない水準に達している。2019年現在ということでいえば、先進諸国においてはむしろ「レバレッジが過小」であるとの指摘はおそらく正しいのだろう。 しかし、時期は予想できないものの中国のレバレッジ崩壊のリスクがこれほど高まっている中で、安直に先進諸国がレバレッジ拡大を志向していくべきなのかといえば、長期的な観点からは疑問符が付く。そもそも、既に述べたように財政政策であれ金融政策であれ、「レバレッジ」の水準(=これが要はマネーサプライの水準を決定する)を完全にコントロールすることなどはできない。過大になれば抑制し過小になれば拡大すればよい、というほど簡単な話ではまったくないのである。 その意味で、レバレッジ拡大政策を取るかどうかの判断は、「理論」の領域ではなく、「グローバルな経済状況」、「国ごとのさまざまな事情」、「経済政策決定における政治プロセス」など、広範にわたる「現実」の領域が決定的に影響してくるということを踏まえたものでなければならない。不確かな「理論」が政治的に「つまみ食い」されるリスクもつねに存在しており、「理論上」の論争で勝ち負けを決めることほど無意味なことはない。 この点において、経済学者の議論は、主流派経済学者もMMT論者も五十歩百歩、どっちもどっちだと言わざるをえない。「あなた方にはそんなことを決める能力はない、バカ!」と声を大にして言いたいところである。(コラムは省略)』「レバレッジ拡大政策を取るかどうかの判断は、「理論」の領域ではなく・・・広範にわたる「現実」の領域が決定的に影響してくるということを踏まえたものでなければならない」、というのはさすが現実を長年見てきた金利ストラテジストならではの鋭い見方だ。その通りなのだろう。
タグ:東洋経済オンライン ダイヤモンド・オンライン 政府財政問題 (その2)財政拡大理論「MMT」(「日本版MMT」の効果が疑わしい理由、MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由 「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!) 山崎 慧 「「日本版MMT」の効果が疑わしい理由」 MMT(Modern Monetary Theory/現代金融理論) 自国通貨の発行権を持つ国では自国通貨建てで国家債務のデフォルト(債務不履行)が起こらず、政府は無限に信用を供与できるという主張 民主党のオカシオコルテス氏が、自身が推し進めるグリーンニューディール政策(環境・再生可能エネルギー関連の財政支出拡大)の財源としてMMTを提唱したことで注目 各国中央銀行首脳らは「危険な考え方だ」と異を唱えており すでに日本で行われている アベノミクスにおける金融緩和と財政支出拡大のポリシーミックスは、オカシオコルテス氏の目指しているものに非常に近い 「日本版MMT」を用いてもなお物価の押し上げに失敗している 劇薬どころかかなり疑わしい日本版ヘリコプターマネーの効果 若田部昌澄・日銀副総裁 「政府と一体と考えられる日銀が持っている国債260兆円は国のバランスシートから落とせる」と発言 劇薬・禁じ手 日銀の保有国債をデフォルトさせることは、国民の預金をデフォルトさせることと同義となる。これは政治的にほぼ不可能であり、仮に実施されたとしても国民負担による財政再建となるため、増税による財政再建となんら変わらない 国民の預金は保護すればいいという考えもある。ただし、この場合、日銀は債務超過となり、政府債務が日銀債務に置き換わっただけとなる 杞憂に終わる日本版MMT 現段階では、MMTがハイパーインフレを招くリスクを心配するよりも、景気が腰折れし、日銀の言う物価の上昇モメンタムが途切れるリスクをより心配すべきではないだろうか 森田 長太郎 「MMTも主流派経済学もどっちもどっちな理由 「レバレッジを制御できないこと」が問題だ!」 MMTを主張する経済学者たちは、経済学コミュニティにおいては少数派 「主流派経済学 vs 非主流派経済学」 MMTは現状打破のための最終兵器であるかのように喧伝 ポピュリスト政治家やトランプ政権を政治的に攻めあぐねている野党民主党の政治家の中にこの理論の信奉者が少なからずいる 日本における「リフレ派vs反リフレ派」にそっくり 「失笑を禁じえない」 「デジャビュを感じる」 日本の「リフレ派 vs 反リフレ派」論争の最大のインプリケーションを述べておくと、「正論必ずしも勝たず」ということであろう。リフレ派は決して議論に勝ったわけではないが、主張した政策を実現する機会をつかんだ クルーグマンがMMTのような議論を批判するのは、どこか滑稽 MMTは会計上の資産負債の一致を述べているだけ アバ・ラーナー 「財政赤字はいくら増やしても何も問題ない」 最も重要なコンセプトは、「誰かの負債は必ず誰かの資産」ということ 現代の主流派経済学である「ニュー・ケインジアン」と、その牙城となっている主要中央銀行(FRB、日銀、ECB)からすると、とてもそのままでは容認できないもの 財政政策がマネーサプライ(=国民の金融資産)を決定するのであり、中央銀行が決定するのではない」と言っているのに等しい 「財政政策が決める」とするMMTの根拠 中央銀行の働きはひたすら受動的 翁-岩田論争 「リカード中立」を前提にするなら乗数効果はゼロだ 実際には減税資金のうちいくらかを消費に回すからこそ経済効果がある 「誰かの負債は誰かの資産」あるいは「財政赤字は誰の負担にもなっていない」というのは、「恒等式」の関係を述べている、「会計上、バランスシートの右と左は釣り合っている」と言っているにすぎない 財政赤字による国債発行はマネーサプライを増加させ、それは銀行の預金を増加させる。 長期金利の上昇をもたらさないだろう MMTも主流派も単純すぎて現実離れしている 金融政策は、局面によってはほとんど無力に近い時もあるが、メカニズムとしては民間部門債務と海外債務の変動を通じてマネーサプライを増減させ、雇用やインフレに影響を及ぼすことがある程度はできる 「金融政策こそがすべて」という主張も、同じくらい「明確な誤り」 「将来の成長期待」「競争環境」「技術革新」「金融規制」さらには「社会全体のセンチメント」まで実に多岐にわたる要素が影響するのである 複雑な要素を捨象して、「財政政策がすべてだ」「いや金融政策だ」と経済学者や評論家たちが主張をぶつけ合っている姿自体があまりにも現実離れしており、空想世界に生きているように見える 「レバレッジ拡大政策」を空疎な理論で決定するな
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

政府財政問題(さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ、日本の「腐敗指数」は先進国で中の下 独立財政機関が必要!?、基礎的財政収支の黒字化 1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する) [経済政治動向]

今日は、政府財政問題(さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ、日本の「腐敗指数」は先進国で中の下 独立財政機関が必要!?、基礎的財政収支の黒字化 1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する)を取上げよう。

先ずは、ジャーナリストの磯山 友幸氏が昨年3月2日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/report/15/238117/030100071/
・『記者が「だまされる」いわく付きの発表  国会では「裁量労働制」を巡って政府が提出したデータの不備が、野党や大手メディアに追及され、安倍晋三首相は今国会に提出する働き方改革関連法案から裁量労働制を削除せざるを得ないところまで追い込まれている。議論する前提のデータがインチキでは真っ当な政策決定が行えないという野党の主張は当然である。 ところが、野党も大手メディアもまったく問題視しないデータ不備が存在する。日本はまだまだ税金も社会保険料も負担が軽いと主張するそのデータは、国民生活を直撃する「増税」を進めるための1つの論拠になっているのだから、裁量労働制に劣らない重要なデータと言える。にもかかわらず、毎年同じ「恣意的」とも言えるデータが発表され続けている。 国民負担率。国税と地方税の「税負担」や、年金掛け金・健康保険料といった「社会保障負担」が国民所得の何%を占めるかというデータである。 「国民負担率18年度42.5% 2年連続減、所得増映す」 2月24日付の日本経済新聞はこう報じていた。「負担率が前年度を下回るのは2年連続。景況感の回復で所得が増え、負担率を押し下げた」としている。 この記事は2月23日に財務省が発表した「2018年度(平成30年度)の国民負担率」を基に書かれた、いわゆる発表記事だ。財務省内にある記者クラブに詰めている若手記者が、財務官僚の説明をそのまま記事にしたのだろう。1年前に自分たちの新聞がどんな記事を書いたかチェックしなかったのだろうか。 「17年度の国民負担率、横ばい42.5%」これが日本経済新聞の2017年2月10日付(電子版)の記事だ。つまり2016年度も2017年度も42.5%だとしていたのだ。「横ばい」と書いていたはずなのに、なぜそれが「2年連続減」になるのか。 実は、この発表データは記者クラブの記者たちが何度も“だまされ”てきた、いわく付きの発表なのだ』、「いわく付きの発表」にも拘らず、「財務官僚の説明をそのまま記事に」するとは、お粗末極まる。
・『国民負担率を小さく見せようという「意図」  今年発表された年度推移のデータ一覧表を見ると、2016年度は42.8%、2017年度は42.7%、そして2018年度は42.5%となっている。この表をベースに記者は「2年連続減」と書いているのだが、ここに「罠」が仕掛けられている。 欄外に細かい文字でこう書かれている(年号を西暦に修正)。 「2016年度までは実績、2017年度は実績見込み、2018年度は見通しである」 2017年度も2018年度も確定的な数字ではない、と言っているわけだ。その財務省の「推計」を基に記事を書くので、辻褄が合わなくなっている。つまり、毎年「見通し」がおかしいのだ。 実績として確定した2016年度の国民負担率は6年連続で過去最高を更新した。2010年度は37.2%だったので、6年で5.6ポイントも上昇した。この国民負担率にそれぞれその年度の国民所得をかけて計算すると、何と33兆円も負担は増えているのだ。 ではかつて、日本経済新聞は2016年度の「見通し」をどう記事にしていたか。 「16年度の国民負担率、7年ぶり低下」である。財務省は、負担は軽くなるというデータを毎年のように示しながら、「実績」となると過去最高を続けているわけだ。記者はまんまと財務省の「印象操作」にはまっているのである。これは日本経済新聞だけの問題ではなく、朝日新聞ほかの大手メディアは概ね「引っかかって」いる。 今年の発表では2017年度は42.7%と、最高だった2016年度の42.8%に比べて0.1ポイント低下することになっている。2017年度は「実績見込み」だから大きくは狂わないだろうと多くの読者は思うに違いない。だが毎年、「実績」数字は、「実績見込み」を上回る結果になっている。昨年の発表で2016年度の「実績見込み」は42.5%だったが、蓋を開けてみると42.8%と0.3ポイントも上回っていたのだ。 過去何年にもわたって発表されてきた「見通し」や「実績見込み」は、決まって「実績」よりも小さく見積もられてきた。明らかに、予想ベースを過小に公表して、国民負担率を小さく見せようという「意図」が働いている。それを知ってか知らずか大手メディアは、財務省の意図通りに「見通し」ベースで記事を書き続けているのだ。 これこそ、霞が関による「情報操作」、「データ偽装」ではないか。本来、新聞が書くべきは、2016年度の国民負担率が42.8%と過去最高になった「事実」ではないのだろうか。役所の誘導に引っかかって、結果的に誤報を繰り返す、「官製誤報」が繰り返されている。野党も国民の給与が増えないと繰り返すならば、こうした増税論議の前提になる「データの不備」を追及すべきではないのか。 財務省の発表を見て経済データを見慣れた記者ならば、「実績見込み」も「見通し」もかなり前提が「緩い」ことに気がつくはずだ。2017年度実績見込みの前提になっている国民所得は「402兆9000億円」。2016年度は391兆7000億円なので、2.9%増える「見込み」になっている。さらに2018年度は414兆1000億円という「見通し」で、これは前年度比2.8%の増加である。高い経済成長を前提にして、国民所得が増えるので、その分、負担は減りますと言っているわけだ』、「「実績見込み」も「見通し」もかなり前提が「緩い」」ので、国民負担率の「実績」では大幅に上方修正され、負担が増えていた、というのは余りに見え透いた手口だ。きっと記者クラブのメンバーたちはそれを承知の上で「官製誤報」に協力しているのだろう。、
・『目白押しの増税プランが負担率を押し上げる  余談だが、実は、国民負担率が44.4%という過去最高を記録したことがある。2015年度だ。ところが政府がGDP(国内総生産)の計算方式を変更したため、国民所得が大きく増えることになった。これを受けて財務省は国民負担率の一覧表も過去に遡って修正した。2015年度は42.6%になったので、1.8ポイント分低く見えるようになった。 アベノミクスで景気回復に期待がかかる。GDPが徐々に増えていくことは間違いないだろう。だが、現実には国民負担率は過去最高を更新し続けるに違いない。 何せ、増税プランが目白押しなのだ。2019年度以降は所得増税と消費税率の10%への引き上げが決まっている。2018年度税制改正大綱では、給与所得控除の縮小によって年収850万円以上の給与所得者は増税となることが決まった。基礎控除が拡大されるため自営業やフリーランスは減税になるとしているが、トータルでは増税だ。さらに、出国税や森林環境税などの導入も決まった。 いくらアベノミクスで国民所得が増えても、それを上回るペースで税金が増えていけば、実際に使えるおカネ、可処分所得はマイナスになってしまう。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、訪日外国人観光客などが増え、消費が盛り上がると期待されているが、その「特需」の規模は不透明だ。増税によるマイナス効果を吸収できなければ、せっかく明るさが見え始めた日本経済に再び水がさされることになりかねない。 日本のGDPの過半は消費によって生み出されている。安倍首相は2012年末の第2次安倍内閣発足以降、「経済の好循環」を訴えている。アベノミクスによって円高が是正され企業収益が大幅に改善されたが、それを従業員に積極的に配分することで、冷え込んだままになっている消費に火をつけようというわけだ。安倍首相は繰り返し経済界に賃上げを求めており、今年は「3%の賃上げ」を働きかけている。消費に火がつけば、再び企業収益にプラスとなり、循環が始まるわけだ。 「経済の好循環」が回り始めるには、国民の可処分所得が増え、実際に消費にお金が回る必要がある。税負担や社会保険料負担を増やせば、国民の可処分所得はその分減ってしまうことになる。 それだけに増税議論には「正確なデータ」が不可欠なはずだ。「まだまだ日本の税金は安いですよ」「社会保障負担も増えてきましたが、大したことはありません」という印象操作をベースに議論をしていれば、実態を見誤ることになりかねない』、その通りだ。記者もクラブの悪しき伝統を脱却して、真の姿を記事にしてほしい。野党もトリックを追及すべきだ。

次に、東短リサーチ代表取締役社長の加藤 出氏が昨年4月19日付けダイヤモンド・オンラインに寄稿した「日本の「腐敗指数」は先進国で中の下、独立財政機関が必要!?」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/167319
・『今年2月に世界の「腐敗認識指数2017」(トランスペアレンシー・インターナショナル)が公表された。世界180の国と地域において、専門家とビジネスパーソンにアンケートを行い、「公的部門が腐敗していると感じている」と答えた人の割合を指数化したものである。ランキングが上位ほど清潔で、下がるほど腐敗度が高い。 清潔度1位はニュージーランドだったが、日本は20位だ(5年前は17位)。経済協力開発機構(OECD)加盟35カ国では18位、主要7カ国(G7)では5位。つまり、世界全体では上位にいるが、先進国では真ん中よりやや下に位置している。日本の公的部門の清潔度は悪くはないが、国際的に称賛されるほどではないといえる。 ランキングの下位を見ると、中国77位、インド81位、ブラジル96位、ロシア135位、北朝鮮171位、ソマリア180位だ。下位の国々の国民は、日本の昨今の「森友・加計問題」を聞いたら、「何をそんなに騒いでいるのか」と不思議に感じるかもしれない。しかし、上位国の国民は不適切な動きが起きていると思うだろう。 ところで、清潔度上位ベスト6の中に、北欧の福祉国家が4カ国入っている。デンマーク2位、フィンランド同率3位、ノルウェー同率3位、スウェーデン6位だ。 それら4カ国の昨年の名目国内総生産(GDP)に対する一般政府の収入(主に税収)は平均で52%、支出は51%だ。日本の比率はそれぞれ33%と37%(国際通貨基金〈IMF〉推計)。つまり北欧4カ国は「大きな政府」であり、「高負担・高福祉」となっている。 4カ国の消費税率は24~25%と、日本よりはるかに高い。それにもかかわらず、国民は大きな不満を抱いていない。政府の清潔度が高く、税金は社会保障などに適切に使われていると、国民が政府を信頼しているからである。 そう考えると、今回の「森友問題」における財務省の公文書改ざんは悪影響を及ぼすと懸念される。「財務省がこのような不祥事を起こしては、2019年10月の消費税率引き上げは難しい」という声を、市場関係者から最近よく聞く。 増税は本来財務省のためのものではないが、信認が低下した役所の財政見通しを国民に説得性を持って伝えるのは確かに難しい』、新しい「腐敗認識指数2018」によれば、日本は18位と僅かに上がったようだが、先進国での地位は低いままだ。北欧4カ国は、「高負担・高福祉」で、「国民は大きな不満を抱いていない。政府の清潔度が高く、税金は社会保障などに適切に使われていると、国民が政府を信頼しているから」というのはその通りだ。
・『こうなってくると、長期的な対策として、OECDが強く推奨している独立財政機関の設置を日本でも真剣に検討する必要があるだろう。政府や政党からの影響を受けずに、中立的な立場で経済や財政の中長期的な見通しを作成する機関のことである。OECD加盟国の中ではすでに27カ国以上が導入している。G7で採用していないのは実は日本だけだ。 米国の独立財政機関である議会予算局(CBO)は、4月9日に新たな経済見通しを発表した。実質GDPの成長率は今年と来年こそ高めだが、18~28年の平均は1.9%だった。米政権の同期間の見通しは3.0%だ。CBOは政府に忖度していない。政府債務の累増に関しても政府に強い警鐘を鳴らしている。こうした姿勢により、CBOは市場でもリスペクトされている。 しかも、CBOに限らず多くの国で独立財政機関は30~75年前後の財政見通しを公表している。日本政府(内閣府)の見通しは10年弱と極めて近視眼的だ。将来世代のための建設的な財政再建議論を進めるには、たたき台となる中立的で信頼に足る長期の財政見通しが必要である』、説得力溢れた主張で、大賛成だ。独立財政機関が出来れば、第一の記事でみた財務省の小細工などもなくなり実態が開示されることになる。ただ、財務省は猛反対するので、よほど本腰を入れて改革する必要があるだろう。

第三に、慶應義塾大学 経済学部教授の土居 丈朗氏が2月4日付け東洋経済オンラインに寄稿した「基礎的財政収支の黒字化、1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/263535
・『内閣府は1月30日、毎年恒例の「中長期の経済財政に関する試算」(中長期試算)を公表した。 中長期試算は年に2回更新することになっているが、今回は2つの意味で重要である。1つは、2019年度政府予算案の閣議決定を受けて、今後の財政収支の見通しを確認すること。もう1つは、今年予定されている5年に1度の公的年金の財政検証で中長期試算がどう使われるかである』、なるほど。
・『異例の閣議決定やり直し  まず、今後の財政収支の見通しについて、2019年度政府予算案は、毎月勤労統計の不正の影響を受けて1月18日に閣議決定をやり直すという極めて異例の展開となった。一般会計の歳出総額は101兆4571億円と、当初予算としては過去最高額となった。「来年度予算案の『101兆円』はバラマキ予算か」で言及したとおり、消費増税対策や防衛費、公共事業費などの歳出増で歳出が膨張したことから、財政健全化目標の達成は遠のいたような印象を与えた。 毎年1~2月頃に公表される中長期試算の更新版は、次年度予算案の内容を踏まえて改訂される。次年度予算に盛り込まれた歳出改革は反映するが、翌々年度以降の歳出見通しには追加の歳出改革は織り込まないという試算の前提が踏襲されている。 したがって、2019年度予算案に盛り込まれた歳出改革が織り込まれていない2018年7月公表の試算と、今回の中長期試算(2019年1月試算)を比べれば、2019年度予算案に盛り込まれた歳出改革が財政収支の改善にどう影響したかを見極めることができる。 中長期試算の1つの重要な焦点となるのが、2025年度に国と地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)がどうなるかという点だ。安倍内閣は、2025年度の国と地方を合わせたPBの黒字化を財政健全化目標として閣議決定している。PBは、税収等から政策的経費(基礎的財政収支対象経費)を差し引いた収支である。 2018年7月試算では、より高い経済成長率のシナリオである成長実現ケースで、2025年度のPBは2.4兆円の赤字だった。黒字化目標を達成するにはさらなる政策努力が求められるという試算結果だ。2019年1月試算の成長実現ケースで、2025年のPBは1.1兆円の赤字となった。2018年7月試算から収支が1.3兆円改善する結果だが、収支がなぜこれだけ改善したのだろうか』、放漫財政にしておきながら、改善するとは不思議だ。要因は何なんだろう。
・『収支の改善は、歳出側と歳入側の双方の要因が作用する。歳出が抑えられたり歳入が増えたりすれば、収支は改善する。内閣府の資料では、あいにくそのすべてが分解できる形で公表されていないが、公表されている部分から4つの要因に分解してみる。1つ目は国の一般会計歳出、2つ目は地方普通会計(地方財政を代表する会計)の歳出、3つ目は国と地方の税収総額、4つ目は残りの要因(すべてが公表されていないため前三者では説明できない部分)である。 まず、2019年度の国の一般会計歳出は、2018年7月試算では総額が99.0兆円だった。このうち国債費を除いた政策的経費(PB対象経費)は76.9兆円と見込んでいた。ところが、2019年度政府予算案では、歳出総額が101.5兆円、うち政策的経費が77.9兆円と、2018年7月試算より膨らんでいる。 2019年度予算案では、消費増税対策などで臨時的な歳出増が多いのも事実である。2019年1月試算では、臨時的な歳出増の部分は恒久的な歳出増とならない扱いにしている。2020年度までの臨時的な歳出増が終わると、2021年度以降は恒久的な制度や政策に基づく歳出だけになる。そこには、2019年度予算案に盛り込まれた歳出改革の効果までは含むが、2020年度以降は追加の歳出改革を行わない前提で試算されている』、「臨時的な歳出増の部分は恒久的な歳出増とならない扱いにしている」が、それでも「政策的経費」は1兆円膨らんだようだ。
・『大きい社会保障見直しの効果  そこで、2019年度予算案に盛り込まれた歳出改革の効果を、それを織り込んでいない2018年7月試算と、織り込んでいる2019年1月試算を比較してみると、その差異がわかる。 財政健全化目標の達成年次である2025年度において、成長実現ケースで、国の一般会計の政策的経費の試算結果はどうなっているか。2018年7月試算では88.7兆円と見込んでいたが、2019年1月試算では88.4兆円と、0.3兆円ほど減っている。これは2025年度における収支改善要因となる。とくに、2018年7月試算では、2025年度の社会保障関係費を41.2兆円と見込んでいたが、2019年1月試算では40.5兆円と、0.7兆円ほど減っている点が大きい。2019年度予算などで実施される社会保障の見直しの効果といえよう。 地方普通会計の歳出は、2025年度の政策的経費(PB対象経費)について、2018年7月試算では94.4兆円と見込んでいたが、2019年1月試算では93.4兆円と、1兆円ほど減っている。1つ目と2つ目の要因を合計すると、1.3兆円ほどの収支改善要因となっている。国からの補助金を財源に地方自治体が政策的経費を投じている部分があるから、本来は重複を除かなければならないが、筆者の独自の推計でそれを考慮しても、おおむね同規模の収支改善効果が生じているといえる』、「社会保障の見直し」や「地方普通会計の政策的経費」圧縮で「1.3兆円ほどの収支改善要因」といわれても、数字上のトリックではないかと疑いたくなる。
・『3つ目の要因が国と地方の税収総額だ。2025年度の税収総額(国の一般会計の税収等+地方普通会計の税収)が、2018年7月試算では137.0兆円と見込んでいたが、2019年1月試算では136.8兆円と、0.2兆円ほど減っている。2018年7月試算と2019年1月試算とでは、名目経済成長率はほとんど変わらない見通しとしていて、経済成長に伴う税の自然増収も同程度と見込んでいることから、経済見通しの更新に伴い自然増収が追加的に増えるという効果は、2019年1月試算では含まれていないとみられる。 2025年度のPBは、4つ目の残りの要因を含めると赤字が1.3兆円減る試算結果となって、今回の中長期試算では1.1兆円の赤字となった。今回の試算結果は、歳出抑制効果が主たる要因となって、2025年度のPBが改善する見通しになったと考えられる。これらが影響して、PB黒字化の年次が、2018年7月試算で2027年度だったのが、2019年1月試算では2026年と1年前倒しされる結果につながった。 2018年7月試算と2019年1月試算の歳出面での主たる差異は、2019年度予算案に盛り込まれた歳出改革の効果である。改革努力を毎年度積み重ねてゆくことで、2025年度の黒字化を実現していく必要がある。 努力すれば実現できる金額だが、道のりは険しい。2021年度以降、臨時的な歳出増を行わないことが前提となっているが、2020年の東京オリンピックに財政出動を求める政治的圧力が高まらないとも限らない。さらに、成長実現ケースでは、2020年代前半の名目成長率を3.4%程度と見込んでいるが、その成長率が実現しなければ、税収増は捕らぬ狸の皮算用となる』、「臨時的な歳出増を行わないことが前提」というのは、実現は難しそうだ。名目成長率も2018年実績0.7%からみると、3.4%とはどうみても高過ぎる。やはり、安部政権の大盤振る舞いの予算の影響を軽く見せるための「忖度」が大いに盛り込まれた架空の試算のようだ。
・『財政再建は早期の実行が効果的  今回の中長期試算から得られる1つの示唆は、歳出改革を早期に実施すれば、5年ほど経つと兆円単位の収支改善効果が出るということだ。経済成長を促すことは重要だが、財政再建には早期に歳出改革を実行することが効果的である。 そして、今回の中長期試算のもう1つの見どころは、成長実現ケースとは別に用意されたベースラインケースの試算内容である。それは、今年予定されている年金の財政検証を左右する。 5年に1度行われる年金の財政検証では、今後の経済前提の置き方が問われる。楽観的過ぎる経済前提を置けば、年金財政は一見安泰に見えるが、絵に描いた餅になってしまう。保守的な経済前提でも、年金給付がどうなるかを正直に国民に示す必要がある。 5年前の2014年の財政検証のときには、経済前提として内閣府の中長期試算が大いに参照された。当時の中長期試算では、より高い成長率のシナリオを「経済再生ケース」、より低い成長率のシナリオを「参考ケース」と呼んでいた。年金の財政検証では、経済再生ケースを前提とした推計をケースA~E、参考ケースを前提としたケースF~Hの計8通りの検証結果を公表した。 「年金の検証、またも安倍内閣の鬼門になるか」で詳述したように、ケースA~Eは楽観的な経済成長を前提に、所得代替率(注)が50%を割らずに100年後にも年金積立金が払底しない、いわゆる「100年安心」であるとの検証結果となった。ところが、ケースF~Hは成長率が低いことも影響し、所得代替率が50%を割る結果となった。 これを厚生労働省が正直に公表した点は良心を示したといえるが、低成長だと、年金改革を行わないと「100年安心」ではないことを示唆している』、低成長では「所得代替率が50%を割る」とは、やはり年金改革が必要なようだ。(注)所得代替率とは、厚生年金で、現役世代の平均的なボーナス込みの手取り賃金に対する新規裁定時の年金額の割合を、給付水準設定の基準としており、50%を上回ることが目標。
・『保守的な経済前提を使うとどうなるか  そして、今年の財政検証。前回を踏襲するなら、経済前提は中長期試算の2019年1月試算を参照することになろう。前回検証の経済再生ケースは、今回検証では前掲の成長実現ケースが対応する。前回の参考ケースは、今回はベンチマークケースである。 焦点はそのベンチマークケースの経済前提である。2018年7月試算のベンチマークケースでは、全要素生産性(TFP)上昇率(いわゆる技術進歩の進捗率)を1.0%と置いていた。1.0%は、前回の財政検証で使われた参考ケースと同じであり、1983年2月から2009年3月までの平均値である。TFP上昇率を高く仮定すると経済成長率も高く推計される。これを、2019年1月試算のベンチマークケースでは、0.8%に下方修正した。0.8%とは、2002年1月以降の平均値である。 直近の日本経済の状況を適切に反映し、保守的な経済前提を示したという意味でこの点は評価できる。今年の財政検証にこれをそのまま用いるとよい。ただ、経済成長率はその分低く推計されることになるから、年金の財政検証の結果はより厳しいものになる可能性がある。虚心坦懐に検証結果が国民に示されるのを待ちたい』、こうした試算が政治的にねじ曲げられることを防ぐためには、第二の記事にある「独立財政機関」がやはり必要なようだ。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 国民負担率 磯山 友幸 加藤 出 土居 丈朗 「中長期の経済財政に関する試算」 政府財政問題 (さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ、日本の「腐敗指数」は先進国で中の下 独立財政機関が必要!?、基礎的財政収支の黒字化 1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する) 「さすが財務省!官製誤報はこうして繰り返される 「国民負担率2年連続減」の大ウソ」 記者が「だまされる」いわく付きの発表 毎年同じ「恣意的」とも言えるデータが発表され続けている 国民負担率を小さく見せようという「意図」 2016年度までは実績、2017年度は実績見込み、2018年度は見通しである 財務省は、負担は軽くなるというデータを毎年のように示しながら、「実績」となると過去最高を続けているわけだ 財務省の「印象操作」 これは日本経済新聞だけの問題ではなく、朝日新聞ほかの大手メディアは概ね「引っかかって」いる 目白押しの増税プランが負担率を押し上げる 「日本の「腐敗指数」は先進国で中の下、独立財政機関が必要!?」 腐敗認識指数2017 先進国では真ん中よりやや下に位置 清潔度上位ベスト6の中に、北欧の福祉国家が4カ国 北欧4カ国は「大きな政府」であり、「高負担・高福祉」 国民は大きな不満を抱いていない。政府の清潔度が高く、税金は社会保障などに適切に使われていると、国民が政府を信頼しているからである OECDが強く推奨している独立財政機関の設置を日本でも真剣に検討する必要 G7で採用していないのは実は日本だけ 「基礎的財政収支の黒字化、1年前倒しの謎 5年に1度の「年金財政検証」にも影響する」 018年7月試算から収支が1.3兆円改善する結果 臨時的な歳出増の部分は恒久的な歳出増とならない扱いに 大きい社会保障見直しの効果 歳出抑制効果が主たる要因となって、2025年度のPBが改善する見通しになったと考えられる。これらが影響して、PB黒字化の年次が、2018年7月試算で2027年度だったのが、2019年1月試算では2026年と1年前倒しされる結果 名目成長率も2018年実績0.7%からみると、3.4%とはどうみても高過ぎる 安部政権の大盤振る舞いの予算の影響を軽く見せるための「忖度」が大いに盛り込まれた架空の試算のようだ 財政再建は早期の実行が効果的 保守的な経済前提を使うとどうなるか
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

LIXIL問題(LIXIL創業家が2代続けて「プロ経営者」更迭 発表で株価は下落、スクープ LIXILがMBO検討 日本脱出も、「潮田はノー」 リクシルに投資家が解任要求 臨時株主総会でガバナンスをただせるか、LIXIL潮田氏 自ら辞任も広がる「院政」懸念) [企業経営]

今日は、経営迷走で大混乱に陥っている LIXIL問題(LIXIL創業家が2代続けて「プロ経営者」更迭 発表で株価は下落、スクープ LIXILがMBO検討 日本脱出も、「潮田はノー」 リクシルに投資家が解任要求 臨時株主総会でガバナンスをただせるか、LIXIL潮田氏 自ら辞任も広がる「院政」懸念)を取上げよう。

先ずは、昨年11月12日付けダイヤモンド・オンライン「LIXIL創業家が2代続けて「プロ経営者」更迭、発表で株価は下落」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/185033
・『近年のLIXILグループの動向を一口で言うと、「どこか中途半端でやり方が拙い」となるだろう。 11月1日から、創業家2代目の潮田洋一郎取締役会議長(64歳。写真)が、約7年ぶりに持ち株会社の代表取締役会長兼CEOに復帰したことで、新体制に移行した。2016年6月より“LIXILの顔”だった前任の瀬戸欣哉社長兼CEO(58歳)は、表舞台からの退場を余儀なくされる。 19年4月1日には、米経営コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー出身で、16年6月からLIXILグループに関与してきた山梨広一社外取締役(64歳)が、経営の監督役から執行役へと転じて後任の社長に就任する。事業会社のLIXILでは、旧トーヨーサッシ(現LIXIL)出身の大坪一彦副社長(60歳)が社長兼COOに昇格した。 今回の社長交代劇で、潮田オーナーは、米GE(ゼネラル・エレクトリック)出身の藤森義明氏(後にLIXILグループ社長兼CEO。現日本オラクル会長)に続き、住友商事出身でMonotaROなど複数のベンチャーを立ち上げたIT起業家の瀬戸氏まで、三顧の礼で迎えた“プロ経営者”を2代続けて更迭した。 藤森氏は、米国や日本のGEで実績を積んできた経営手法の数々をLIXILグループに持ち込み、海外M&Aを駆使したグローバル化の推進によって一気呵成に会社全体を変革することを目指した。 だが、中期経営計画の目標を一度も達成できず、中国の孫会社で勃発した粉飾決算騒動で約660億円もの巨額損失を出して、辞めざるを得なくなる。藤森氏がスカウトした外部人材は、その多くが結果的に社を去ることになった。 後を受けた瀬戸氏は、それまでの海外への拡大路線を大幅に修正し、不採算事業の整理に乗り出す。また、旧来のトステムやINAXなどの製品ブランドを復活させ、「愛社精神」の醸成に取り組んでもいた。連結売上高約1.7兆円、社員数8万人以上に変貌した巨大組織の束ね直しに努めていた』、創業家2代目の潮田洋一郎取締役会議長が、「三顧の礼で迎えた“プロ経営者”を2代続けて更迭」とは、心底驚かされた。冒頭の「どこか中途半端でやり方が拙い」というのは余りに遠慮した表現だ。
・『気に入らないからクビ?  新体制の発足に先立ち、10月31日に開かれた会見では、瀬戸氏が「正直に言って残念」と無念さをにじませた一方で、潮田オーナーは「再び、積極経営に転じたい」としれっと述べていた。絶対的な権力を持つ潮田オーナーと並べば、瀬戸氏も雇われ社長にすぎない。だが、2人のプロ経営者を生かせなかった原因は、中途半端に経営を任せた潮田オーナーにある。 社長交代の発表を受けて株価は下がった。社内からは「信頼関係ができていなかったのではないか」との批判の声も漏れてくる。図らずも企業統治不全を露呈した格好だが、近年は海外から指令を出していた2代目に、経営の当事者であるという自覚はあるのか。はなはだ疑問だ』、このあとの記事で真相が明らかになる。

次に、1月21日付け日経ビジネスオンライン「スクープ LIXILがMBO検討、日本脱出も」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00006/011800009/?P=1
・『LIXILグループに激震が走っている。プロ経営者の瀬戸欣哉社長からCEO(最高経営責任者)の座を取り戻した創業一族の潮田洋一郎会長が、MBO(経営陣が参加する買収)で日本の株式市場から退出し、さらにシンガポールに本社も移そうとしていることが明らかになった。年間売上高が2兆円に迫る巨大企業の日本脱出計画は、本当にこのまま進むのだろうか。 極めて異例のシナリオだが、潮田氏はどうやら本気だ。業界トップの大企業が東京証券取引所での上場を廃止し、本社をシンガポールに移転するという過去に例がない大転換を進めようとしている。潮田氏はシンガポール取引所(SGX)への新規上場も目論んでいる。 関係者によると、LIXILグループは昨年、MBO・本社移転・シンガポール上場という一連の計画を検討することを取締役の間で情報共有、すでに検討のためのアドバイザーも雇った。つまり、この計画は潮田氏が独断で進めている話とはもはや言えない。一連の計画に反対していた瀬戸氏をCEOから降ろしたことからも、潮田氏の本気度がうかがえよう。瀬戸氏を退任させるのは、この驚きの計画を前に進める布石だった。 なぜ日本の株式市場から退出したいのだろうか。根底には市場から評価されていないという不満があるだろう。株価は冴えない。トステムやINAXなど多くの企業の統合で日本最大の住宅資材・住設機器メーカーとなったLIXILだが、潮田氏は「株価はコングロマリットディスカウントに陥っている」と不満を示していた。潮田氏の見立てでは、どの機関投資家も業種を絞った専門的視点に立つようになったため、その分野以外の事業を適切に判断してもらえなくなったという』、「株価は冴えない」理由を、コングロマリットディスカウントに求めているようだが、ガバナンスの問題にある筈で、さらに本音は法人税・所得税が低いシンガポールに本社を移そうというのだろう。退任する瀬戸氏以外は賛成したというのも驚きだ。
・『こうした不満を解消するため、潮田氏は当初、会社分割による2社上場を考えたようだ。今のLIXILグループを事業ごとに2つに分割し、1つを国内で、1つを海外で上場させようと検討していたとされる。事実上のLIXIL解体だ。だがバックオフィス部門など、LIXILグループとしてすでに1つに統合されていた部分をもう一度切り分ける事務作業は非常に煩雑で、予想以上に手間取ることがわかった。そこで検討されるようになったセカンドプランが、今の案だ。 この案をもう少し整理してみよう。東証1部に上場しているLIXILをMBOにより上場廃止にする。その後、本社をシンガポールに移し、SGXに新規上場する、というのが大きな筋書きだ。LIXILの時価総額は足元で約4500億円。潮田氏がMBOをするにはプレミアム(上乗せ幅)を考慮すると最低でも5000億円以上が必要になりそうだ。 だが、このハードルは高くないのかもしれない。MBOに必要な資金をつなぎ融資でいったん調達し、その後すぐにSGXで株式を売り出して回収したお金でつなぎ融資を返す、という芸当も可能だからだ。 ただSGXに上場する新会社がどんな評価を受けるのかは読みにくい。シンガポールならコングロマリットディスカウントが起きないという保証もない。本来の企業価値は変わらないはずだが、持ち株会社なのか、事業会社なのか、どのような形で上場させるかによっても評価が変わる可能性はある。 シンガポールに本社を移転すれば、日本よりも法人税率が低いため、節税効果が得られることが想定される。潮田氏自身が現在、居を構えて生活の拠点にしているのもシンガポールだ。 地域別売上高(2018年3月期実績)をみると、圧倒的に多い日本の次がアジア、そして北米、欧州と続く。LIXILは現時点ではアジア企業であり、欧米市場への上場は考えにくいのだろう。そうなると主要な市場は香港かシンガポールかという選択肢しかない。香港市場の規制の問題などを考えると、やはりシンガポールというのは自然な選択だと考えられる』、記者は遠慮して批判めいたことを書けないのかも知れないが、売上高構成比では日本が76%と圧倒的なのにも拘らず、脱出するとは不自然過ぎ、「節税」目的が全面に出て、不届き極まる話だ。

第三に、3月24日付け東洋経済オンライン「「潮田はノー」、リクシルに投資家が解任要求 臨時株主総会でガバナンスをただせるか」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/272703
・『LIXILグループ(以下リクシル)の不透明なガバナンスに対し、機関投資家がついにしびれを切らした。イギリスのマラソン・アセット・マネジメントやポーラー・キャピタル・ホールディングスなど機関投資家4社は3月20日、共同で「リクシルに対し、臨時株主総会の招集請求を行った」と発表した。 同社では2018年10月31日、社外から招聘した代表執行役の瀬⼾欣哉・社長兼CEOが突然辞任。後任には創業家の潮⽥洋⼀郎氏が会長兼CEOに復帰し、社外取締役の山梨広一氏がCOOに就任した。 その理由について潮田氏は、当時の会見で持ち株会社の必要性など瀬戸氏との「認識の違いが最後まで埋まらなかった」と説明したが、メディアや機関投資家は納得をせず、いらだちを募らせていた。 こうした状況を受けてリクシルは2月25日、外部の弁護士に依頼して行った報告書の要旨を公表。潮田氏が指名委員会に対して瀬戸氏が辞任する意向があるように説明したこと、瀬戸氏に対しては指名委員会の総意なので辞任するように促した事実を認定している(ただし、人事に関する取締役会の決議は有効とした)。 不十分な説明を続けるリクシルに対して、機関投資家4社はついに潮田氏と山梨氏の解任に動き出した。しかも、この動きに社内取締役の伊奈啓⼀郎氏も賛同して共同提案者に名を連ねている。目的は何か。臨時株主総会招集を主導するマラソンの高野雅永・東京事務所日本調査担当、ポーラー・キャピタル・パートナーズの小松雅彦・調査部長に聞いた(Qは聞き手の質問)』、機関投資家が乗り出したというのは、ガバナンスが余りに酷く、ついにしびれを切らしたという異例中の異例のことだ。
・『見たこともないようなガバナンス  Q:これまでの経緯は? 高野氏:リクシルのCEOが瀬戸氏から潮田氏に交代する中で、いつくかガバナンスの問題があった。指名委員会のメンバーである潮田氏が自分自身を執行役に指名した。山梨氏は指名委員の委員長。これは見たこともないし聞いたこともないような違反だ。 (昨年の)12月17日に潮田氏と山梨氏から機関投資家向けの説明があった。CEO交代の理由として、潮田氏は「瀬戸氏のCEOとしての力量があまりにもひどかった。会社のバリューを大きく毀損するので解任に至った。(指名委員がCEOになることは)ガバナンスに問題あると思ったが、緊急性から踏み込んだ」と説明した。 本当かなと思うところがあり、取締役会と指名委員会の議事録の開示を要求したが断られた。そこで2人以外の社内外の取締役に質問状を送ったが、「1月の取締役会で返事をするかどうかを検討する」と返事があった後は、なしのつぶてだった。 その後、2月25日に外部弁護士による経緯や手続きの検証結果が出た。内容は18ページあるものをリクシルが個人情報と会社の機密を除いて8ページに縮めたものだ。この内容が事実だとすると、潮田氏が二枚舌で、誤解、ミスリードした形だ。 3月7日の機関投資家向け説明会でも、社外取締役の川口勉氏は、瀬戸氏の経営手法に疑問があったと繰り返した。だが、報告書に(深刻な意見対立があったと記載はあるが)それについては書かれていない。 本当に瀬戸氏の経営手腕に問題があるのならば、非常に重要なことなので、会社の公的なところで話しあってもらわないと困る。そうでなければ飲み屋で言うのと同じだ。 そもそもCEO交代の経緯を聞いているのに、機密情報や個人情報が18ページ中10ページもあるのか疑問がある。説明会では「本当に公平な第3者を入れて、黒塗りにするなりして全文を公開してくれ」「株主の代表である社外取締役がちゃんと対応して欲しい」と要望があがったが、川口氏は「承りました」と言った後、何もない。 (解任に至る)事実関係もひどいが、その後のコミュニケーションでも株主をないがしろにしている。今回、瀬戸氏と潮田氏のどちらがよいCEOなのか、という次元を問題にしているのではない。(潮田氏が)ガバナンスそのものに対して、株主の信頼を裏切ったという点だ。 形式上、リクシルには指名委員会がある。だが、みんな感じているようにその中身は本当に機能しているのか。(リクシル株を)3%程度しか持っていないであろう創業家の潮田氏が(リクシルの経営を)私物化してしまった。 これを突き付けられた以上、株主としては潮田氏と山梨氏に経営を託せない。また、われわれには顧客から資産を預かって運用しているという受託者責任もある。株を売って損切りするのではなく、株主責任と受託責任を果たすために臨時株主総会を招集した。これが背景だ』、「指名委員会のメンバーである潮田氏が自分自身を執行役に指名した。山梨氏は指名委員の委員長。これは見たこともないし聞いたこともないような違反だ」、その通りだ。
・『「最後の手段として解任を要求する」  小松氏:確かに瀬戸氏の改革は短期的にはコストが先行して業績はよくないが、長期的には当時の執行部の戦略がうまくいき、株価は上がるとみていた。ところが突然、不可解なCEO交代が起きて、リカバリー策も中期経営計画も宙に浮いた状態になった。 私は20年以上アナリストをやっているが、中間決算の説明会で突然CEOの交代を発表、しかも中期経営計画の最初の半年での交代というのは記憶がない。 これ自体はいきなり起こった「事故」のようなもの。だがその後、事情を説明をして欲しいと、社外取締役に書簡を送ったが回答はなく、面談への回答もない。3月の(社外取締役の)川口氏の説明会が会社の回答かもしれないが、その説明も十分でなかった。 コーポレート・ガバナンス・コードには「CEO選任は会社の最重要の戦略的意思決定。十分に時間をかけて審議する」と書いてあるが、報告書を読めば、とてもそんなことが行われた形跡はないとはっきりした。 われわれは潮田氏(の戦略)がよくて投資したわけでない。株を売るのではなく、リクシルのバナンスの機能不全を正すこと。正しい状況に持って行くこと、それが受託者責任と思って立ち上がった。 会社側がコミュニケーションを取ろうとしてない以上、最後の手段として信頼の置けない2人の取締役を解任を要求する。残った人たちが自浄作用を発揮し、しっかりした後継を決めることを期待したい。 Q:臨時株主総会の招集を機関投資家が、しかも連名で行うのは極めて珍しい。 高野氏:今回はマラソン主導でやったと理解して欲しい。連名になった理由は、臨時株主総会開催の基準(6カ月以上、3%以上を保有する株主に招集権限がある)を1社では満たしていなかったことにある。 私が説明会に出たり、報道で名前が出たことで(賛同する機関投資家の議決権が)少しずつ積み重なっていった。また社内取締役会の伊奈啓⼀郎氏など、われわれの「ガバナンスをより正しい方向性に向かわせたい」という考えに共鳴してくれる方が出てきた。時間はかかったが、なんとか臨時株主総会の招集請求を出せる状況になった。 Q:通常は社内取締役を牽制するのは社外取締役の役割だ。 高野氏:これまでも社外取締役の対応をお願いしてきたが、アクションはない。せいぜいが、3月の説明会に出てきて、言い訳のような説明をしていただけ。残念だった。 本来ならば株主の立場を代表するはずなのにどこを見ているのか。われわれの提案を受けて、社外取締役の本来あるべき姿、果たすべきことを考えてもらいたい。 Q:今回、リクシルに求めたのは潮田氏と山梨氏の解任だけか。自社が推薦する取締役の選任などは求めないのか? 高野氏:求めたのは2人の解任だけだ。株主にできるのは取締役の解任だけであり、CEOやCOO(など執行役)の選任は会社が決めることだ。3月20日付で臨時株主総会招集請求書を投函した。すみやかに招集するように要求している』、機関投資家はかつては、会社側提案に賛成するだけに「睡眠株主」と揶揄されたが、「受託者責任」を自覚して、立ち上がったというのは頼もしい。
・『委任状争奪戦はやらない  Q:プロキシーファイト(委任状争奪戦)などはやらないのか? 高野氏:今回は瀬戸氏と潮田氏、どちらのCEOが優れているかという、優劣を問うのではない。ガバナンスを問うという議案だ。リクシル株主の7割は機関投資家で、投票結果は公表される。票取り合戦をやるよりも、株主にもちゃんと考えてもらいたい。 Q:これまで株主が臨時株主総会を招集するのは、経営権を取る目的が多かった印象だ。今回はリクシルのガバナンスを問うためだけに、手間とお金をかけて臨時株主総会を開く。この会社にそこまでの価値があるのか? 高野氏:(臨時株主総会の開催を要求した)4者のコンセンサスではないが、私はこうした行動を通じて、ガバナンスが正しい方向に向かうことで、日本株もよい方向に向かうと思っている。会社は誰のものか、(利益やキャッシュの)分配を株主、役職員、成長投資のどこに向けるのか考えてもらえる良い機会になるはずだ。 小松氏:スチュワードシップコード、コーポレート・ガバナンス・コードが導入されて約4年。対話をしていけば、こういうことにならないケースもある。ガバナンスの不備が是正されていけば、外国人投資家の日本に対する見方もポジティブに変わるのではないのか。 Q:瀬戸氏の執行役への復帰はありえるか? 高野氏:繰り返しになるが、株主が(執行役の)CEO、COOを任命するのはスジが違う。それは取締役、指名委員会がちゃんと株主の声を聞いて判断するべきことだ』、正論でその通りだ。

第四に、4月19日付け日経ビジネスオンライン「LIXIL潮田氏、自ら辞任も広がる「院政」懸念」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00002/041800276/?P=1
・『「私の記憶の限り最大の最終赤字。一義的な責任はCEO(最高経営責任者)だった瀬戸さんにある。ただ、任命したのは、当時、指名委員会のメンバーで取締役会議長だった私の責任。瀬戸さんを招いたのは、取締役を続けてきた38年間で最大の失敗だった」 LIXILグループの潮田洋一郎会長兼CEO(最高経営責任者)は4月18日、緊急記者会見でそう語り、5月20日に取締役から辞任すると表明した。同日、LIXILは2019年3月期の通期業績が530億円の最終赤字に転落すると発表。イタリアの建材子会社ペルマスティリーザが500億円を超える損失を計上するためで、潮田氏はその責任は昨年10月末にCEOから退任した瀬戸欣哉氏にあると強調した。そして、自らは瀬戸氏を任命した責任をとって辞任するという。 記者会見で潮田氏は、瀬戸氏の経営手腕をこき下ろした。 「今回の大きな赤字は前任者(瀬戸氏)の3年間の経営がもたらしたもの」「ペルマの立て直し策を瀬戸さんは講じてこなかった」「取締役会でせめて詳しい報告をしてくれるものと信じていたが、説明はなかった」「瀬戸さんはこの産業はもうからないと言うが、同業は2ケタの利益を上げている」「宝石と呼ばれた会社を石ころにしてしまった。経営の策がなかった」「(瀬戸氏は)定時株主総会で自らCEOへの復帰を目指して、株主提案をする。しかし、この赤字を招いた責任をどう思うのか、いぶかしく感じる」 これに対し、瀬戸氏は緊急で一部メディアを集めた記者会見を実施。真っ向から反論した。 「今回の損失の90%以上は、私が(LIXILに)来る前の2015年以前に無理して取ったプロジェクトがうまくいかなくなった結果」「私が来て1年目で売却の交渉が始まって、限界はあったがかなりコントロールして損害を減らした」「プロジェクトビジネスは今回のようにアルミの高騰などがあると、大きな損失を出しやすいのが問題点」「取締役会にも、(長い時間をかけて議論する)取締役討議会にも、直接、潮田さんにも何度も説明している。記憶にないというのはあり得ない」』、潮田氏と瀬戸氏の言い分は真っ向から対立しているが、潮田氏の言い分には無理も多いようだ。
・『臨時総会の“無効化”が狙い?  昨秋の瀬戸氏の解任を巡っては、英米の機関投資家などの大株主や瀬戸氏自身はこれまで、潮田氏が会社を事実上、牛耳ってきたガバナンスに問題があると主張してきた。潮田氏は、LIXILの前身会社の1社である旧トステムの創業家だが、保有しているLIXIL株は3%程度。瀬戸氏の解任を巡るプロセスでは、潮田氏はほかの指名委員に対して誤解を与える言動をしたほか、潮田氏以外の取締役による潮田氏への忖度があった。 英米の大手機関投資家らはこれらを問題視し、潮田氏、山梨広一社長兼COO(最高執行責任者)の取締役解任を議案とする臨時株主総会の招集請求を突き付けている。他の大手機関投資家からも解任要求に賛同する声が出始めている。これまで会社側は、臨時総会を5月中下旬をめどに開催するとしていた。 だが、潮田氏は、「ガバナンスについては、(瀬戸氏の退任プロセスに関する調査・検証結果の)報告書にあるように、手続きについては問題ないという弁護士のお墨付きがある」と断言。ペルマの巨額損失は瀬戸氏の経営手腕に問題があったと位置づけ、潮田体制におけるガバナンスに問題があるという指摘に対し、反撃に出た。 ある投資家は、「臨時総会での票読みが劣勢となり、プランBに打って出たのではないか」と見る。つまり、自ら取締役を辞任することで、機関投資家が臨時総会を開催する意味をなくしてしまおうというわけだ。潮田氏はそのような見方に対し「臨時総会の回避が目的ではない」と否定する。 ただし、今回、潮田氏とともに、山梨氏も「執行に専念したい」という理由から、6月下旬の定時株主総会で取締役を退任することを表明。両氏は機関投資家らに対して、招集請求の取り下げなどを求める意向を示している。 潮田氏が5月20日に退任すると、その後に臨時総会を開いても解任議案は山梨氏に対してしか成立しない。しかも、臨時総会を開いたとしても、山梨氏が退任する定時総会まで1カ月程度しかない。招集請求をした大株主らは、それでも臨時総会を開くのかどうか、判断を迫られることになった』、潮田氏の「プランB」は捨て身の高等戦術のようだ。
・『瀬戸氏「山梨氏がCEOに就くなら、潮田氏の傀儡(かいらい)だ」  潮田氏と山梨氏が取締役から退任しても、潮田氏が「院政」を敷く可能性もある。6月の定時総会後、潮田氏は会長、CEOからも退任し、「アドバイザーをやってくれと言われれば考える」が、経営からは身を引くと言う。一方、山梨氏は定時総会以降も、取締役を兼務しない形で執行役として経営をリードすることに意欲を見せている。 瀬戸氏は、「次期取締役が山梨さんをCEOに選ぶのであれば、それは潮田さんの傀儡(かいらい)だ。LIXILは潮田さんの影響力から離れるべき。私がCEOをやらせてもらうことで、その機会にしたい」と強調する。 瀬戸氏は同日、定時総会に向けて、自身を含む次期取締役候補8人の株主提案を、会社側に正式に送付した。4月5日に瀬戸氏が株主提案の意向を表明してからこれまでに、指名委員会のメンバーは瀬戸氏が提案した取締役候補と面談している。だが、瀬戸氏が提示した候補者を採用するかどうかについて、瀬戸氏側に返答はまだない。 次の焦点は、会社側がどのような取締役候補を示すかどうかだ。招集請求をした機関投資家の1社は、「非取締役として山梨さんがCEOに就任するというのは筋が悪い。ガバナンス不全で解任しようとしている人をCEOに選ぶような取締役の顔ぶれなら、全く信用できない」と話す』、「瀬戸氏は同日、定時総会に向けて、自身を含む次期取締役候補8人の株主提案を、会社側に正式に送付した」とは、ますます面白い展開になってきた。「非取締役として山梨さんがCEOに就任するというのは筋が悪い。ガバナンス不全で解任しようとしている人をCEOに選ぶような取締役の顔ぶれなら、全く信用できない」との機関投資家の反応は正論だ。さて、会社側はどのように出るのだろうか。
タグ:東洋経済オンライン 日経ビジネスオンライン ダイヤモンド・オンライン 臨時総会の“無効化”が狙い? 臨時総会での票読みが劣勢となり、プランBに打って出た 自ら取締役を辞任することで、機関投資家が臨時総会を開催する意味をなくしてしまおう 山梨氏も「執行に専念したい」という理由から、6月下旬の定時株主総会で取締役を退任することを表明 山梨氏がCEOに就くなら、潮田氏の傀儡 非取締役として山梨さんがCEOに就任するというのは筋が悪い。ガバナンス不全で解任しようとしている人をCEOに選ぶような取締役の顔ぶれなら、全く信用できない LIXIL問題 (LIXIL創業家が2代続けて「プロ経営者」更迭 発表で株価は下落、スクープ LIXILがMBO検討 日本脱出も、「潮田はノー」 リクシルに投資家が解任要求 臨時株主総会でガバナンスをただせるか、LIXIL潮田氏 自ら辞任も広がる「院政」懸念) 「LIXIL創業家が2代続けて「プロ経営者」更迭、発表で株価は下落」 「スクープ LIXILがMBO検討、日本脱出も」 東証1部に上場しているLIXILをMBOにより上場廃止にする。その後、本社をシンガポールに移し、SGXに新規上場する 「「潮田はノー」、リクシルに投資家が解任要求 臨時株主総会でガバナンスをただせるか」 「LIXIL潮田氏、自ら辞任も広がる「院政」懸念」
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

日産ゴーン不正問題(その8)(ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる”経営判断原則”、ゴーン逮捕“国策捜査説”を裏付ける新事実! 経産省の日産・ルノー経営統合問題への介入示すメールを仏紙が報道、ゴーン氏サイドの秘策と噂された「報酬に関する特殊な論理構成」とは 東京地検が真っ青になった…?) [司法]

日産ゴーン不正問題については、3月16日に取上げた。異例の4回目の逮捕を踏まえた今日は、(その8)(ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる”経営判断原則”、ゴーン逮捕“国策捜査説”を裏付ける新事実! 経産省の日産・ルノー経営統合問題への介入示すメールを仏紙が報道、ゴーン氏サイドの秘策と噂された「報酬に関する特殊な論理構成」とは 東京地検が真っ青になった…?)である。

先ずは、元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏が4月3日付け同氏のブログに掲載した「ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる”経営判断原則”」を紹介しよう。
https://nobuogohara.com/2019/04/05/%E3%80%8C%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%88%E3%80%8D%E7%89%B9%E5%88%A5%E8%83%8C%E4%BB%BB%E3%81%AB%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%AF%E3%81%A0%E3%81%8B%E3%82%8B/
・『一昨日(4月3日)午後、産経新聞が、ネットニュースで「カルロス・ゴーン被告を4回目逮捕へ オマーン資金流用の疑い」と報じ、翌日の4日早朝、東京地検特捜部は、ゴーン氏を、保釈の制限住居とされていた自宅で逮捕し、同住居内の捜索で、キャロル夫人の携帯電話、パスポートまで押収した。 これまでも、特捜検察による「暴走捜査」「暴挙」は数限りなく繰り返されてきたが、特に、森本宏特捜部長になってからは、昨年のリニア談合事件で「徹底抗戦」の2社のみを対象に行った捜索の際、法務部に対する捜索で、弁護士が捜査への対応・防禦のために作成していた書類やパソコンまで押収し、さらに検事が社長室に押しかけ「社長の前で嘘をつくのか」「ふざけるな」などと恫喝するなど「権力ヤクザ」の所業に近い数々の「無法捜査」が行われてきた。 今回のゴーン氏の「4回目の逮捕」と捜索押収も、常軌を逸した「無法捜査」であり、ゴーン氏弁護人の弘中惇一郎弁護士が「文明国においてはあってはならない暴挙」と批判するのも当然だ。その手続上の問題は、今後、重大な人権問題として取り上げられることになるだろう』、「リニア談合事件で」、「「権力ヤクザ」の所業に近い数々の「無法捜査」が行われてきた」とは、特捜検察の酷さを改めて知らされた。
・『それとは別の問題として、そもそも、このオマーン・ルートと言われる特別背任の事件が、刑事事件として立証可能なのだろうか、という点は、あまり注目されていない。ゴーン氏逮捕を報じるメディアの多くは、「ゴーン元会長による会社私物化が明らかになった」「口座の資金の流れが解明されたことで確実な立証が可能になった」などと検察リークによると思われる情報を垂れ流している。しかし、これまでの捜査の経緯と、経営者の特別背任罪の立証のハードルの高さから考えると、有罪判決の見込みには重大な疑問がある。 今回の検察のゴーン氏逮捕も、追い込まれた末の「暴発」である可能性が強い』、最近の新聞報道はゴーン元会長を悪者に仕立て上げる検察リーク記事で溢れているが、これを正す郷原氏の見解は貴重だ。
・『オマーン・ルートの特別背任での逮捕に至る経緯  報道によると、このオマーン・ルートの特別背任というのは、 ゴーン前会長は2015年12月から18年7月までの間、日産子会社の「中東日産」(アラブ首長国連邦)からオマーンの販売代理店「スヘイル・バウワン・オートモービルズ」(SBA)に計1500万ドル(当時のレートで約16億9800万円)を送金させ、うち計500万ドル(同約5億6300万円)を自らが実質的に保有するペーパーカンパニーに還流させた疑いがある。SBAに送金した資金の原資はCEO(最高経営責任者)直轄の「CEOリザーブ(予備費)」で、「販売促進費」名目で支出された。とのことだ。 「4回目の逮捕」をいち早く報じて捜査報道をリードした産経新聞が、昨日の逮捕後、ネット記事で、ゴーン氏逮捕に至る経緯について【中東「資金工作」解明へ検察慎重派説得 カルロス・ゴーン容疑者再逮捕】と題して詳しく報じている。その中に、検察内部において逮捕が決定された経過について、以下のような内容が含まれている。 (1)検察上層部は、裁判所が特捜部の捜査に厳しい態度をとっていることから、「無理して一部でも無罪が出たら組織が持たない」という理由から、「これ以上の立件は不要」と、オマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だった。 (2)オマーンやレバノンなどに求めた捜査共助では、期待した回答は得られなかった。 (3)特捜部は、中東関係者から事情聴取を重ね、資金支出の決裁文書や資金の送金記録などの関係証拠を積み上げた。 (4)特捜部は、「中東での資金工作の全体像を解明しなければ、サウジアラビア・ルートで無罪が出かねない」と言って検察上層部を説得し、逮捕にこぎつけた。 他社に先駆けて、「逮捕」を報じた産経が、逮捕後いち早く報じたのであるから、検察の現場と上層部との間の動きについて、十分な取材に基づいて書いていると考えてよいであろう』、検察上層部は「オマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だった」が、特捜部が粘ったとはありそうな話だ。
・『検察上層部の「慎重姿勢」と特別背任の「経営判断原則」  この中で、まず重要なのは、検察上層部が、「無理して一部でも無罪が出たら組織が持たない」という理由でオマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だったことである。金商法違反事件、特別背任事件のいずれにも重大な問題があり、無罪判決の可能性が十分にあることは、私が、これまで再三指摘してきたところであり、検察上層部の懸念は正しい。そして、検察上層部が、オマーン・ルートの立件に慎重だったのは、特別背任という犯罪の立証のハードルの高さを認識しているからだと思われる。 会社の経営者は、経営上の意思決定をするうえで、資金の支出について広範な裁量権を持っている。その権限は、取締役会の承認等の手続的な制約があり、その手続に違背すると会社法上の責任の問題が生じる。しかし、経営者の決定による支出が「特別背任罪」に該当するかどうかについては、「経営判断原則」が適用され、その支出が会社にとって「有用性」があるか否か、対価が「相当」かどうかという点から、「任務違背」に当たるかどうかが判断される。 三越の元会長とその愛人が会社を食い物にしたとされて特別背任で起訴された三越事件の東京高裁判決(平成5年11月29日)では、「経営判断原則」に基づいて社長の愛人が経営する会社への支出が「任務違背」に当たるかどうかが判断され、一部無罪とされた。この事件での「経営判断原則」の判断枠組みについては、山口利昭弁護士が、ブログでわかりやすく解説している(【日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準】)』、特別背任の「経営判断原則」は確かに相当高い壁だろう。
・『ゴーン氏逮捕後の報道は、ほとんどが「SBAに支払われた資金がゴーン氏側に還流した」ことをもって「会社資金の流用」としているが、特別背任罪に問われているのはあくまで「日産からSBAへの支払い」であり、それが「任務違背」に当たらない限り、結果的にその支払がゴーン氏の個人的利益につながったとしても(「利益相反」など経営者の倫理上の問題は別として)、特別背任罪は成立しない。 上記の産経記事で書かれている「検察上層部の慎重姿勢」というのは、まさに、経営判断原則に基づくと、SBAの支払が「任務違背」に当たると言える十分な証拠がないという理由によるものだと考えられる』、「結果的にその支払がゴーン氏の個人的利益につながった」か否かは、特別背任罪とは無関係というのは初めて知った。これでは、壁は本当に高いようだ。
・『オマーン・ルートの特別背任罪の成否  そこで、日産からオマーンの販売代理店SBAへの支払に「任務違背」性が認められるか否かであるが、これについて、ゴーン氏側は、「SBAへの支払は、毎年、販売奨励金として行っているもので、問題ない」と主張しているとのことだ。 上記の通り、任務違背かどうかは、「経営判断原則」に基づき、「有用性」と「対価の相当性」が判断されることになるが、まず、オマーンでの日産の自動車の販売の一般的状況について、「自動車ジャーナリスト」の井上久男氏が、ヤフーニュースの記事【日産とオマーンの怪しい関係 役員に高級時計をプレゼントも】で以下のように述べている。 調査会社によると、オマーンの自動車販売は市場全体で2017年が約14万6000台、18年が約12万4000台とそれほど大きくない。市場規模は日本の40分の1程度だ。その中で日産は17年に2万8000台、18年に2万7000台を売り、シェアは19.2%、21.4%。オマーンではシェア1位がトヨタで、2位が日産、3位が韓国の現代自動車だ。 単純計算して車の卸価格を200万円として、日産のオマーン向け出荷売上高は540億円程度、粗利益は27億円程度ではないか。オマーン市場は将来伸びる可能性があるとはいえ、こんな小さな市場の販売代理店に、日本円で39億円もの大金が流れるのか不思議でならない。 井上氏は、「粗利益27億円」と「39億円」とを比較しているが、年間の「粗利益27億円」と、8年間で39億円の支払いを比較するのはおかしい。1年なら5億になる。通常、販売奨励金は、売上高に応じて算定するはずであり、年間売上高540億円の1%弱という5億円の販売奨励金が特別に高額とは言えないだろう』、井上久男氏の指摘は確かに「お粗末」だが、この点については特捜部はちゃんと分かっているのだろう。
・『上記産経記事では、「資金支出の決裁文書や資金の送金記録などの関係証拠を積み上げた」としているが、オマーンでの日産車の販売に関して一定の実績が上がっていれば、販売奨励金の支払いが、日産にとって有用性がないとは言えないし、対価が不当であったともいえない以上、資金の流れや手続に関する証拠だけでは、「有用性」「対価の相当性」を十分に否定することはできない。 検察は、ゴーン氏が、SBAへの支払のうち500万ドル(同約5億6300万円)を自らに還流させたと主張しているようだ。確かに、正規に支払が予定されていた販売奨励金の金額に、ゴーン氏側への還流分を上乗せして支払ったということであれば、その分は、「経営判断原則」の範囲外の個人的流用となる余地もある。しかし、その点の立証のためには、SBA側から、「当初から、日産が支払うべき販売奨励金に上乗せした支払を受け、それをゴーン氏側に還流させた」との供述が得られることが必要だ。SBA側からそのような供述が得られていないことは間違いなさそうだ(4月5日朝日新聞「時時刻刻」)』、ゴーン氏の強い中東人脈からすれば、SBA側がゴーン氏不利となる供述をする可能性は極めて低いだろう。
・『「15億円クルーザー」は本当か  SBAに渡った約35億円のうち、約15億円がゴーン氏のキャロル夫人の会社に還流し、“社長号”なる愛称がつけられたクルーザーの購入代金に充てられているとしきりに報じられているが、この点に関しても、今年2月の時点で、週刊新潮が以下のようにルノー関係者の説明を報じている(【逆襲の「ゴーン」! 中東の販売代理店が日産を訴える理由】)。 クルーザーは、昨年亡くなったレバノンの弁護士から購入しました。ゴーンは以前からその弁護士と親しかったため、“体調が悪く、もう海に出ることもないから、私の船を買わないか?”と持ちかけられていた。でも、あくまでもポケットマネーで、マリーナなどの契約も引き継ぐためにクルーザーの所有会社ごと買い取って、キャロル夫人の名義にしたとのことでした この説明のとおりだとすると、「15億円のクルーザー」に関する報道も怪しくなる。それは、あくまで新艇の価格であり、上記のような経緯で、マリーナなどの契約も引き継いだ譲受の実際の価格は、大幅に下回っていた可能性がある。 もちろん、事実関係、証拠関係の詳細は不明だ。しかし、産経新聞が報じているように検察上層部が「慎重姿勢」であった理由を考えてみると、現時点においてもオマーン・ルートの特別背任について有罪立証の見通しが立っているようには思えない』、「15億円のクルーザー」は新品ではなく、「亡くなったレバノンの弁護士から購入」したのであれば、「譲受の実際の価格は、大幅に下回っていた可能性がある」というのは確かだろう。
・『そのような特別背任の容疑事実で、敢えてゴーン氏を逮捕し、自宅やキャロル夫人に対する捜索押収を行った特捜部には、再度の逮捕でゴーン氏に精神的打撃を与え、自宅の捜索で保釈条件違反に当たる事実を見つけだして保釈取消に追い込むことや、ゴーン氏側の公判準備の資料を押収して弁護活動に打撃を与えること、そして、最終的には、検察に敵対するゴーン氏を自白に追い込み叩き潰すことが目的だったとしか思えない。 上記、週刊新潮の記事では、SBA側の対応に関して、 オマーンに派遣された日産の調査チームは経営者に対し、取引関係の解消までチラつかせてゴーンに不利な証言を求めました。でも、彼はそれを拒絶し、逆に日産に対する訴訟も辞さずと憤慨している。この代理店は売上実績でかなりのシェアを持っており、中東で強い発言力がある。仮に取引解消となれば、他の代理店も追随して離反するかもしれず、日産側も大打撃を被るのは避けられません と報じている。 検察と日産が結託し、数々の「非道」を重ねている「ゴーン氏追放劇」と「権力ヤクザ」のような捜査は、重大な局面を迎えようとしている』、「日産の調査チームは経営者に対し、取引関係の解消までチラつかせてゴーンに不利な証言を求めました」、こんな見え透いた手を使って、「訴訟も辞さずと憤慨」させた日産のやり方には、呆れ果てた。どうも特捜部の立場はますます悪くなっているようだ。

次に、4月16日付けLITERA「ゴーン逮捕“国策捜査説”を裏付ける新事実! 経産省の日産・ルノー経営統合問題への介入示すメールを仏紙が報道」を紹介しよう。
https://lite-ra.com/2019/04/post-4663.html
・『先日も保釈中に異例の再逮捕されるなど日産自動車元会長カルロス・ゴーン氏をめぐり検察の強引な捜査が続くなか、一連のゴーン事件の背景に日本政府が関与している可能性が濃厚になってきた。 仏紙ジュルナル・デュ・ディマンシュ(JDD)が14日、関係者のメールから、経産省が日産とルノーの経営統合案を阻止するため介入していたことを報じたのだ。 同紙が報じたのは、2018年4〜5月に当時の日産幹部とゴーン氏との間で交わされたメール。同年4月23日に日産の専務執行役員であるハリ・ナダ氏からゴーン氏に送られたメールには、仏国家出資庁長官でルノー取締役のマルタン・ビアル氏らとの会合が言及されていた。これはルノーとの経営統合をめぐって日産と仏政府とで行われた協議内容の報告だが、そこにはビアル氏が日本の経産省から書簡を受け取っていたとの内容が含まれていたという。 さらに、5月21日に別の日産幹部がゴーン氏や西川広人社長に送ったメールには、経産省が用意したという「覚書案」が添付されており、「両者の提携強化は日産の経営自主性を尊重することによってなされること」などと示されていたという。ようするに、JDDの報道が事実であれば、安倍政権はゴーン氏逮捕以前から日産とルノーの経営統合を阻止するように直接介入していたということになる。 安倍首相はゴーン氏が逮捕された直後の昨年12月、マクロン仏大統領との会談のなかで、日産と三菱自動車、ルノーの3社連合に関して「民間の当事者で決めるべきで、政府が関与するものではない」と伝えたとされるが、やはりウソ八百だったのか』、仏紙JDDが報じただけで、日本のマスコミは「後追い報道」をしないのは、安部政権への「忖度」なのかも知れないが、情けない話だ。
・『となれば、本サイトでは以前から伝えてきたように、一連のゴーン氏逮捕は「日産と三菱自動車の海外移転を阻止するための国策捜査」であるとの説も、さらに信憑性を増してきたといえるだろう。 念のため振り返っておくが、そもそも日産と三菱自動車、ルノーの間にはずっと経営統合の計画がくすぶっていた。これは、ルノーの筆頭株主である仏政府が3社を全面的に統合し、日産や三菱もフランスに移転させるという計画だ。そんななか、仏政府と対立しながらこれに異を唱えていたのがゴーン氏だったのだが、昨年2月にルノーCEOの続投が決まると一転、メディアに対して「すべての選択肢が考えられる」と公言。同年3月、すぐさま日産とルノーの機能統合の拡大に着手したように、ゴーン氏は経営一体化を進めたいフランス政府の“名代”さながらに振舞い始めた。 この流れに強い危機感を覚えたのが経産省だったというわけだ。そして同じ年の6月、日本版の司法取引制度が導入される。ここから経営統合を阻むため、“安倍経産省政権”とも言われる日本政府と、そのグリーンサインを察知した東京地検特捜部、一部の日産幹部とがグルになってゴーン氏だけを狙い撃ちした──これが、永田町周辺で囁かれていた“国策捜査説”のストーリーだった。 言っておくが「陰謀論」ではない。事実、ゴーン氏は昨年11月に3社連合の経営統合案を本格協議する予定だったとされており、結果、来日の瞬間に逮捕されたことによって“ゴーン案”は頓挫したわけだが、本サイトも何度も指摘してきたように、その逮捕劇の裏側には安倍官邸と“経産省人脈”がちらついていた』、日本版司法取引制度導入までが、道具立ての1つだったとは恐れ入るが、“国策捜査説”がますます信憑性を増してきたようだ。
・『日産クーデターのキーマンたちと安倍官邸のただならぬ関係  そのひとつが、日産内部の極秘調査チームの中心人物であると様々なメディアで名指しされている専務執行役員の川口均氏。川口氏は菅義偉官房長官と近い関係にあるといわれており、その間、菅官房長官に逐一報告をあげて相談していたとの見方がある。 さらにもうひとり、安倍政権と「日産のクーデター」を結びつけるキーマンとして取り沙汰されたのが、昨年6月に日産の社外取締役に就任した経産省OBの豊田正和氏だ。もともと、日産は経産省の有力な天下り先だったのだが、ゴーン体制になって以降、長らく同省からの天下りを受け入れてこなかった。そんなか、突如として送り込まれたのが、事務次官に次ぐNo.2である経済産業審議官や内閣官房参与なども歴任した豊田氏。安倍首相の側近中の側近で、やはり経産省出身の今井尚哉首相秘書官とも近い関係にあるといわれる。 そうしたことから、日産を取材する記者たちの間では、この豊田氏こそ「ルノーとの統合や海外移転を阻止するために、経産省が送り込んだ人物」ではないかとの見方が広がったのだ。実際、ゴーン逮捕以降、豊田氏は社外取締役という立場であるにもかかわらず、新聞記者が取材に押しかけており、元朝日新聞編集員の山田厚史氏によれば〈今や「夜の広報担当」といった存在〉(ダイヤモンド・オンライン2018年12月11日)になっていたという』、「経産省OBの豊田正和氏」は確かに大物のようで、「今や「夜の広報担当」といった存在」というのも頷ける。
・『今回、JDDが報じたメールのやりとりは、国策捜査説の背後にある安倍官邸と経産省の策謀を裏づける証拠となるだろう。前述したとおり、経産省の介入を示すメールがあったのは、ゴーン氏が統合機能強化に乗り出した直後の4月から5月。ゴーン氏の“豹変”を目の当たりにした経産省が血相を変え、仏政府と日産へ強引に迫っていたことが想像できる。そして、その後すぐに経産省の大物OB・豊田氏が社外取締役として日産に向かい入れられていたのだ。これが偶然などということがあるのだろうか。 こうした状況を踏まえると、安倍政権はかなり綿密に“ゴーン潰し”の計画を練り、着々と実行に移してきたとしか思えないのである。いずれにしても、ゴーン事件は単なる企業内闘争ではない。安倍政権が直接介入するなど、そこには政治権力が蠢いている。その結果もたらされたのが、強引に繰り返されるゴーン氏の逮捕と拘留だ。巨大な政治的思惑によって、簡単に人間から自由が奪われる様には慄然とせざるを得ない』、「巨大な政治的思惑によって、簡単に人間から自由が奪われる様には慄然とせざるを得ない」というのは言い得て妙だ。何年か経ってゴーン氏無罪が確定したら、安部政権はどうするつもりなのだろう。その前に安部は退陣しているのかも知れないが・・・。

第三に、ジャーナリストの時任 兼作氏が4月17日付け現代ビジネスに寄稿した「ゴーン氏サイドの秘策と噂された「報酬に関する特殊な論理構成」とは 東京地検が真っ青になった…?」を紹介しよう。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64093
・『「4度目の逮捕」異例の背景  4月4日、東京地検特捜部は保釈中のゴーン被告の4度目の逮捕に踏み切った。 容疑は、会社法違反(特別背任)。日産の資金を中東オマーンに不正送金し、同社に損害を与えたというものだ。 「追起訴はあるかもしれないと思っていたが、逮捕になるとは、まったく予想できなかった」 ゴーン被告の弁護人を務める弘中惇一郎弁護士は、逮捕後の会見でそう述べたが、それもうなずけよう。容疑は前回の逮捕容疑と類似しており、通例ならば追起訴で済むはずだった。 報道陣にとっても予想外の事態であったようで、報道各社はゴーン「被告」の肩書を急遽、「容疑者」と改める慌てぶりだった。すでに起訴されている罪状がある以上、被告であることに変わりはないものの、逮捕後は容疑者としての立場にもなるためだ。 ともあれ、ゴーン被告は約1カ月前の3月6日に108日間の勾留を経て保釈されたばかりであったにもかかわらず、再び逮捕・収監されたわけだが、「特捜部の事件で保釈後、余罪で再逮捕されるのは異例中の異例だ」との批判が絶えない。 いったいこの背景には、何があったのか』、「異例中の異例」の再逮捕の背景とは興味深い。
・『なぜか「イチローの情報収集」…?  その10日ほど前のこと――。 筆者の取材に応じた東京地検関係者が、吐き捨てるようにこんなコメントをしたのを耳にした。 保釈後、ゴーンは自由に行動し、公判対策のためにあちこちで関係者と接触している。しかも、ゴーンと接触した関係者が、ゴーンの指示を受けてさらに多くの関係者にコンタクトしている」 ゴーン被告が保釈されたのは、弁護側が提示した条件に裁判所が納得したからだとされる。すなわち、海外への渡航禁止、住居に防犯カメラを設置し記録を定期的に提出すること、携帯電話はネットに接続できないものを使用し通話記録も残すこと、パソコンは弁護士事務所にあるネットに接続していないものを使う――といった制限のことだ。裁判所は、ゴーン被告がこれらの条件を守るならば証拠隠滅は図れないと判断したとみられる。 だが、元検事の弁護士(ヤメ検)をはじめ、多くの法曹関係者から「この条件では証拠隠滅は防げない」と疑問の声が上がっていたという。 具体的な指摘もあった。「外出先で携帯電話やパソコンを借りれば、第三者と接触するのは簡単だ」といったものだが、どうやら実際はそれ以上の状況だったようだ。ゴーン被告の動きは、それほど活発だったとこの知見(正しくは地検?)関係者はいうのである。 もっとも、東京地検特捜部も手をこまねいていたわけではない。捜査員をフルに動員し、24時間体制で監視や通信傍受に当たっていた、という。 その最中、ゴーン被告と彼の陣営が目論む「抜け目ない法廷戦術」の一端を垣間見たのだという。前出の東京地検関係者が語る。 「ゴーン当人および周辺人物の動きを追い、会話の内容などを確認すると、つい先頃引退した大リーグのイチロー選手に注目し、彼の報酬の受け取り方について、情報収集と分析を綿密に行っていることがわかった。 そこで、どこに焦点を当てているか精査してみると、非常にまずいことが判明した。イチロー氏が選手だった時の『出来高報酬』の例を法廷に持ち出されて援用されると、厳しいということだ。下手をすると、役員報酬の虚偽記載容疑が成り立たなくなってしまう」 イチロー氏と言えば、日産との関わりが深い。数多くのCMに出演しており、ゴーン被告が社長を務めている時期にも起用されているため、イチローサイドとのコネクションがあっても不思議ではないが、それにしてもなぜイチロー氏のことを持ち出されると、役員報酬の虚偽記載が成り立たなくなるというのか』、「イチロー選手に注目」とは意外だ。
・『「イチロー式」報酬受け取り法とは?  この話を聞いた当初は、単純に「後払いならOK」という例としてゴーン被告の無罪立証に資するのか、と思いかけた。だが、よくよく考えてみると、腑に落ちない。 というのも、ゴーン被告の罪状のひとつである役員報酬の虚偽記載についての争点は、東京地検側が「確定報酬を隠していた」というのに対し、ゴーン側は「後払いであって確定していなかった」と主張しているというものである。しかしイチロー氏の場合、あくまでも年棒が確定された上での契約だった。 会計法上の規定からしても、報酬が確定しているならば、有価証券報告書に記載しないのはアウトである。東京地検はこの規定を踏まえ、今年2月、日産にゴーン被告の「引退後の報酬」として約92億円を計上させ、有価証券報告書の訂正を行わせてもいる。 とすると、なぜ東京地検は焦っているのか。 実は、カラクリはイチロー選が大リーグに進出した際、最初に結んだ契約にあった。ポイントは、出来高(インセンティブ)報酬だ。その後の契約では出来高が減っていくが、初回の契約だけは、かなりの出来高報酬があった。 そのしくみを詳しく記すと、こうなる。 200打席を超えると40~60万ドルが支給され、その後、50打席増えるごとに40~60万ドルが加算。450打席を超えた時点で200~300万ドルが支払われる。 また、このほかに、球宴に出場した場合やMVPなどを獲得した場合にも報酬が付く。 この出来高報酬で、イチロー選手は1年目ですら基本年棒を超える額である240万ドルを得ている。金額は事後的に確定するので、仮に怪我などで欠場していれば、これほどの大きな額は受け取れなかっただろう。 ゴーン被告サイドは、ここに目を付けたとみられる』、「出来高報酬」に目をつけたとは、さすがだ。
・『真っ青になった東京地検  筆者がイチロー選手の契約内容をチェックしたのち、東京地検関係者に再取材すると、その関係者はこう言って認めた。 「『私の報酬もイチロー選手と同じく、確定していない、業績に応じたインセンティブ報酬であったから、未記載で構わない』という論理構成をゴーン側は模索しているとみられる。悩ましいところだ」 別の検察関係者も言う。 「報酬は確定してから、要するにもらってから公表するのが当たり前で、そんなケースは世界にざらにある。イチロー選手の場合だってそうだし、いま話題になっている前田(健太)選手もそうだ、とゴーンは主張しようとしている。 こうなると、実はけっこう苦しい。今年2月、日産がゴーンの後払い報酬として92億円を計上した時、ゴーンが『これで本当にもらえることになった』と苦笑気味に漏らした際、東京地検は『ヤバい』と青くなって、訴因の変更すら検討し始めた」 日本の誉である国民的野球選手を引き合いに、ゴーン被告が筋の通った無罪答弁を予定しているとすれば、社会的なインパクトも大きい。 それゆえ、東京地検は訴因変更、すなわち別の罪状での起訴を模索し始めたというのである。 それにしても、さすがは傑出した経営者たるゴーン被告というべきか、あるいは「無罪請負人」弘中弁護士の智恵なのか、ともあれ東京地検は窮地に追い込まれたわけである――。 以上が、4度目の逮捕直前の状況であった。そしてその直後、東京地検は上層部たる最高検に泣きついた。 「もう一度、別の容疑で逮捕しないと、ゴーンは無罪になる」 そう言って、最高検を説得したというのだ。もっとも、その裏では、こうも息巻いていた。 「一度じゃない。こうなったら、何度でもやってやる」 今回の逮捕にあたり、東京地検はゴーン被告の日記や電話などのほか、公判対策用に作成された資料まで押収したというが、ほかの罪状への対応にも念を入れるつもりだとされる。 役員報酬以外の罪状である会社法違反について、「会社に損害は与えていない」「社内の承認は得ている」などとゴーン被告が主張していることも侮れない。今回の特別背任の容疑についても、当然反撃を繰り出してくるとの見方もある。 とすると、追い詰められた東京地検は……場合によっては、さらなる逮捕もありうるかもしれない。 両者の攻防は続く』、第一の訴因である「役員報酬の虚偽記載が成り立たなくなる」恐れが強まったので、東京地検特捜部が今回の逮捕劇で、「ほかの罪状への対応にも念を入れるつもり」とは、なりふり構わずの姿勢になったようだ。しかし、これでは、海外からの批判もますます強まることだろう。一体、どう決着させるつもりなのだろうか。見ものだ。
タグ:郷原信郎 現代ビジネス litera 同氏のブログ 日産ゴーン不正問題 時任 兼作 (その8)(ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる”経営判断原則”、ゴーン逮捕“国策捜査説”を裏付ける新事実! 経産省の日産・ルノー経営統合問題への介入示すメールを仏紙が報道、ゴーン氏サイドの秘策と噂された「報酬に関する特殊な論理構成」とは 東京地検が真っ青になった…?) 「ゴーン氏「オマーン・ルート」特別背任に立ちはだかる”経営判断原則”」 これまでも、特捜検察による「暴走捜査」「暴挙」は数限りなく繰り返されてきた 森本宏特捜部長になってからは 「権力ヤクザ」の所業に近い数々の「無法捜査」が行われてきた 今回のゴーン氏の「4回目の逮捕」と捜索押収も、常軌を逸した「無法捜査」 オマーン・ルートと言われる特別背任の事件が、刑事事件として立証可能なのだろうか 検察リークによると思われる情報を垂れ流している オマーン・ルートの特別背任での逮捕に至る経緯 検察上層部は オマーン・ルートの立件に「慎重姿勢」だった 検察上層部の「慎重姿勢」と特別背任の「経営判断原則」 特別背任という犯罪の立証のハードルの高さを認識 「経営判断原則」が適用され、その支出が会社にとって「有用性」があるか否か、対価が「相当」かどうかという点から、「任務違背」に当たるかどうかが判断される 特別背任罪に問われているのはあくまで「日産からSBAへの支払い」であり、それが「任務違背」に当たらない限り、結果的にその支払がゴーン氏の個人的利益につながったとしても(「利益相反」など経営者の倫理上の問題は別として)、特別背任罪は成立しない オマーン・ルートの特別背任罪の成否 井上久男氏 井上氏は、「粗利益27億円」と「39億円」とを比較しているが、年間の「粗利益27億円」と、8年間で39億円の支払いを比較するのはおかしい SBA側から、「当初から、日産が支払うべき販売奨励金に上乗せした支払を受け、それをゴーン氏側に還流させた」との供述が得られることが必要 SBA側からそのような供述が得られていないことは間違いなさそうだ 「15億円クルーザー」は本当か クルーザーは、昨年亡くなったレバノンの弁護士から購入 譲受の実際の価格は、大幅に下回っていた可能性 SBA側の対応に関して、 オマーンに派遣された日産の調査チームは経営者に対し、取引関係の解消までチラつかせてゴーンに不利な証言を求めました でも、彼はそれを拒絶し、逆に日産に対する訴訟も辞さずと憤慨している 検察と日産が結託し、数々の「非道」を重ねている「ゴーン氏追放劇」と「権力ヤクザ」のような捜査は、重大な局面を迎えようとしている 「ゴーン逮捕“国策捜査説”を裏付ける新事実! 経産省の日産・ルノー経営統合問題への介入示すメールを仏紙が報道」 日産の専務執行役員であるハリ・ナダ氏からゴーン氏に送られたメールには、仏国家出資庁長官でルノー取締役のマルタン・ビアル氏らとの会合が言及されていた。これはルノーとの経営統合をめぐって日産と仏政府とで行われた協議内容の報告だが、そこにはビアル氏が日本の経産省から書簡を受け取っていたとの内容が含まれていたという 経産省が用意したという「覚書案」が添付されており、「両者の提携強化は日産の経営自主性を尊重することによってなされること」などと示されていた 一連のゴーン氏逮捕は「日産と三菱自動車の海外移転を阻止するための国策捜査」であるとの説も、さらに信憑性を増してきた 日本版の司法取引制度が導入 ゴーン氏は経営一体化を進めたいフランス政府の“名代”さながらに振舞い始めた 日本政府と、そのグリーンサインを察知した東京地検特捜部、一部の日産幹部とがグルになってゴーン氏だけを狙い撃ちした 逮捕劇の裏側には安倍官邸と“経産省人脈”がちらついていた 日産クーデターのキーマンたちと安倍官邸のただならぬ関係 社外取締役に就任した経産省OBの豊田正和氏 経済産業審議官や内閣官房参与なども歴任 安倍首相の側近中の側近 今や「夜の広報担当」といった存在 安倍政権はかなり綿密に“ゴーン潰し”の計画を練り、着々と実行に移してきたとしか思えない 巨大な政治的思惑によって、簡単に人間から自由が奪われる様には慄然とせざるを得ない 「ゴーン氏サイドの秘策と噂された「報酬に関する特殊な論理構成」とは 東京地検が真っ青になった…?」 なぜか「イチローの情報収集」 イチロー氏が選手だった時の『出来高報酬』の例を法廷に持ち出されて援用されると、厳しいということだ。下手をすると、役員報酬の虚偽記載容疑が成り立たなくなってしまう 「イチロー式」報酬受け取り法とは? 真っ青になった東京地検 東京地検は『ヤバい』と青くなって、訴因の変更すら検討し始めた 東京地検は上層部たる最高検に泣きついた。 「もう一度、別の容疑で逮捕しないと、ゴーンは無罪になる」 そう言って、最高検を説得 ほかの罪状への対応にも念を入れるつもり
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感