SSブログ

日韓関係(その7)(対韓輸出規制は 歴史問題の政争に貿易を巻き込んだ「愚策」だ、小田嶋氏:「旗」をめぐる最終的な悪夢) [外交]

昨日に続いて、日韓関係(その7)(対韓輸出規制は 歴史問題の政争に貿易を巻き込んだ「愚策」だ、小田嶋氏:「旗」をめぐる最終的な悪夢)を取上げよう。

先ずは、立教大学大学院特任教授・慶應義塾大学名誉教授の金子 勝氏が8月29日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「対韓輸出規制は、歴史問題の政争に貿易を巻き込んだ「愚策」だ」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/213106
・『韓国政府が22日、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決定し、徴用工判決や慰安婦問題を機にした日韓対立は、通商分野に続いて安全保障上の協力にも波及した。 日韓関係が泥沼化しているのは、双方ともに国内の支持率を意識して対外強硬姿勢を続ける政権の思惑が色濃く、現実的な解決策を探ることができなくなっていることがある。 安倍晋三政権の対韓輸出規制も、政治の思惑を色濃く反映している』、金子氏の鋭い安倍政権批判を具体的にみてみよう。
・『変質した通商政策 経済的利益失う恐れ  戦後の自民党政権は、積極的か消極的かにかかわらず、長く憲法9条による平和主義と自由貿易主義を前提とした通商政策をとってきた。少なくとも政治と経済は分離する姿勢を保っていた。 だが、「対韓輸出規制」を境に通商政策は変質したといわざるをえない。 安倍政権は公然と経済的利益を無視しても、歴史修正主義という政治的イデオロギーとナショナリズムを最優先している。これまでの日本の通商政策とは異質のものだ。 一見すると、中国への制裁関税や中国通信大手ファーウェイ排除といったトランプ政権の通商政策をまねているかのように見える。だが、深いところで大きく違っている。 トランプ政権の対中政策は、「安全保障」上の理由を掲げ、実際、中国との覇権争いの性格を帯びてはいるが、中国に市場開放を求めて対中輸出の増加を目指す一方で、輸入製品の流入に歯止めをかけるなど「自国第一主義」の経済利益の追求に重きを置いている。 これに対して、安倍政権の対韓輸出規制は、徴用工判決や慰安婦問題の“報復手段”として、半導体素材の韓国への供給をおさえることで、文在寅政権をけん制する意図が見え隠れする。 すでに日韓の間で半導体分野では、サムスンなどの韓国メーカーに日本企業が素材や部品、製造装置を供給する水平分業や連携が進んでいる。だが政治の思惑や利害が優先されることで、経済的利益を一挙に失う恐れがある』、かつての日本の通商政策は、中国との国交回復以前から「政経分離政策」を一貫して採ってきた。「「対韓輸出規制」を境に通商政策は変質したといわざるをえない。 安倍政権は公然と経済的利益を無視しても、歴史修正主義という政治的イデオロギーとナショナリズムを最優先している」、その通りだ。
・『与党や外交ルートで議論なく官邸主導の「政治判断」  しかもこの間、危うい通商政策に対して与党内はおろか、外務省でさえまともな議論が行われた跡はない。「官邸主導」という名の首相の政治判断だけで物事が進んでいる状況だ。 日韓の対立の直接のきっかけは、2018年10月に、韓国の最高裁にあたる大法院が新日本製鉄(現日本製鉄)に対して、第2次世界大戦中の徴用工の補償について損害賠償を命じたことだった。 日本政府は、1965年、当時の朴政権と結んだ日韓基本協定に基づいて韓国政府が請求権放棄をいったん認めた以上、問題は「解決済み」としてきた。朴政権以降も、個人の請求権問題は国内措置として韓国政府が対処するという合意があったとする。 これに対して、韓国大法院は個人の請求権は消滅していないという判断を下し、文政権はこの問題には介入しない姿勢だ。企業に対する民事補償の請求については裁判所が判断すべきで、政府が介入すべきではないという立場である。 文政権の姿勢にはそれなりに根拠がないわけではない。 例えば、中国人強制連行・強制労働問題では、72年の日中共同声明による中国政府の戦争賠償の放棄後も、中国人元労働者が謝罪や賠償を求めて提訴した。 そして最終的には、2000年に花岡訴訟で鹿島建設が和解に応じたのをはじめ、その後、西松建設(09年)、三菱マテリアル(16年)が和解し、個人賠償は支払われた。 その際、日本政府は、民間同士のことだからとして、一切口を挟まなかった。 同様に、アメリカの裁判所でナチスの元強制労働者に対する賠償決定の判決が出たケースでは、フォルクスワーゲンやダイムラー、シーメンス、イーゲーファルベンら独大手12社が、「記憶・責任および未来」基金(00年7月)を設立して個人補償を支払った。 いずれも法廷内外で当事者が時間をかけて粘り強い折衝をすすめ、最終的には双方が現実的な判断をするという「知恵」を働かせ、問題を解決してきたのである。 だが徴用工判決問題で安倍政権は、外交ルートなどを通じて文政権と時間をかけてでも問題解決のために話し合うという姿勢はみせないまま。とったのは、フッ化水素、EUV用レジスト、フッ化ポリイミドの3品目を対象とする輸出規制という強硬策だった』、「与党や外交ルートで議論なく官邸主導の「政治判断」」というのは政治主導のマイナス面が出たようだ。「中国人元労働者が謝罪や賠償を求めて提訴」した件では、「鹿島建設・・・西松建設、三菱マテリアルが和解し、個人賠償は支払われた。 その際、日本政府は、民間同士のことだからとして、一切口を挟まなかった」、というのは、徴用工問題で日本政府が取っている立場とは真逆だ。「アメリカの裁判所でナチスの元強制労働者に対する賠償決定の判決が出たケースでは、フォルクスワーゲンやダイムラー・・・ら独大手12社が、「記憶・責任および未来」基金(00年7月)を設立して個人補償を支払った」、「だが徴用工判決問題で安倍政権は、外交ルートなどを通じて文政権と時間をかけてでも問題解決のために話し合うという姿勢はみせないまま」、というのは鋭い指摘だ。
・『一貫しない政府説明 曖昧な「安保上の管理」  参議院選挙前の時期を狙って、右翼的なポピュリズムをあおり、支持を得るために強硬姿勢をとることが得策との判断をしたのだと考えられるが、対韓輸出規制は、明らかに「二枚舌」であり説得力に欠けている。 世耕経産相は規制実施の方針を表明した当初から、「友好協力関係に反する韓国側の否定的な動きが相次いで、残念ながらG20(大阪サミット)までに満足する解決策が全く示されなかった」として、徴用工判決に対する不満を隠さなかった。 その後、安倍首相も「(韓国側が)日韓請求権協定に違反する行為を一方的に行っている」と繰り返し批判した。 しかし、徴用工判決問題を対韓輸出規制に絡めると、WTOルール違反の疑いが強いことに気付いたようだ。その後は、大量破壊兵器等の拡散防止、軍事転用防止とする「安全保障上の輸出管理策の一環」という説明に変えている。 だが、韓国政府の徴用工判決に関する姿勢を批判する中で、打ち出した対韓輸出規制を、「安全保障上の輸出管理」策とするのは明らかに無理がある。 さらに問題なのは、軍事転用や北朝鮮などへの横流しといった3品目に関する輸出規制の根拠が示せていないことだ。 小野寺五典・元防衛相は出演したTV番組で、フッ化水素はVX・サリン・ウラン濃縮過程に使われる素材だと述べたが、こうした化学兵器の製造には市販品で十分だ。 入手が難しい半導体製造に使う超高純度のものを使う必要はないし、韓国の業者がわざわざ北朝鮮に密輸するというのも不自然で根拠が見当たらない。) EUVレジストは、北朝鮮のレーダーに転用される恐れがあると説明されたが、実際にはオランダのASML社が製造した高性能露光機が、半導体の回路を焼き付ける際に使われる素材だ。 台湾のTSMCとサムソンがEUV露光技術の開発競争をしているが、露光機は1台ずつ納入先が追跡できるようになっている。実際、北朝鮮へ出荷すれば、すぐにわかってしまう代物だ。 こうした3品目の「横流し」への疑問が指摘される中で、結局、小野寺元防衛相が輸出規制の「根拠」として持ち出したのは、半導体素材3品目とは別の156件の「不適切な事案があった」ということだった。 しかしそれらの事案は、韓国の産業通商資源省がこの4年間に摘発した156件の事例の話だ。 このほかに、日本側が安全保障貿易管理の「違反の実例」として開示したものは、この4年で11社計約20件ある。 それらの中には、韓国経由で中国に送られたり、中国や香港経由で北朝鮮に輸出されようとしたものもあるが、それらは対韓輸出規制の対象になった3品目とは違うものだ。 こうして日本は対韓輸出規制の具体的な事例や根拠を示せないまま、韓国を「ホワイト国」から除外するという措置に行き着いたのである。 結局、「安全保障上の管理」とは表向きだけで、個別企業の輸出認可を「外交」交渉の手段として利用しているのが実態だと考えざるを得ない』、「対韓輸出規制は、明らかに「二枚舌」」、「徴用工判決問題を対韓輸出規制に絡めると、WTOルール違反の疑いが強いことに気付いたようだ」、「対韓輸出規制の具体的な事例や根拠を示せないまま」、など官邸の対応は拙速でお粗末過ぎる。
・『背景に産業政策の失敗 半導体やディスプレイで韓国に敗退  一連の対韓輸出規制を進めた経産省は、本来なら自由貿易を守り、企業や産業の利益を考えるべき立場だ。なぜ本末転倒の政策にのめりこんでいるのか。 それは、安倍側近の世耕経産相の下にあるからだけではないようにも思われる。背景には、産業政策の失敗を覆い隠す思惑が色濃くにじんでいる。 産業政策の失敗は目を覆いたくなるばかりだが、その象徴が「日の丸半導体」として世界を席巻した半導体産業だった。 日米半導体協定以降、“価格カルテル”(ダンピング禁止と外国製輸入割当)のもとで、日本企業が高収益を謳歌したが、積極的な技術開発や生産投資を進めたサムスンに代表される韓国や台湾メーカーにシェアを奪われた。液晶や有機ELなどのディスプレイも、同じようにサムスン、LGなどにやられた。 その後も、経産省は産業革新機構を通じて半導体のルネサス エレクトロニクスやディスプレイのジャパンディスプレイ(JDI)の事業再生を試みてきたが、うまくいかないまま2社は債務超過や赤字に陥っている。今や日本国内に国際競争力のある先端電子デバイスメーカーがなくなってきた。 次世代産業の育成もうまくいっていない。原発輸出の「原発ルネサンス路線」は東芝を経営危機に陥らせることになり、いまや日立製作所や三菱重工の経営の足を引っ張る。世界は、再生可能エネルギーへの転換を成長の起爆剤にと取り組んでいるなかで日本は大幅遅れだ。 情報通信産業やバイオ医薬産業でも遅れはひどいうえ、ニューライフサイエンスでの「加計問題」やスーパーコンピューターのペジー・コンピューティングの補助金詐欺など、不透明な支援の問題が後を絶たない。 こうした失敗をごまかし、産業競争力で負けてきた“うっぷん晴らし”をするかのように、官邸主導のあまりにレベルの低い外交に同調しているように見える』、「背景に産業政策の失敗 半導体やディスプレイで韓国に敗退」との指摘は、鋭く本質を突いているようだ。
・『日本企業の水平分業に支障 技術開発立ち遅れる恐れ  だが通商政策の変質は、より大きな禍根を残すことになるだろう。 確かに対韓輸出規制によって韓国の半導体企業は一時的には苦境に立たされるが、いずれ代替メーカーを見つけるか、取引先を多様化するに違いない。そして電子素材などの自主開発を加速させるだろう。 日本が将来、輸出規制を取り下げても、韓国企業がいったん覚えた不信感は消えることはない。97年のアジア経済危機の際に、露光機を独占的に供給していたニコンがサムソンらに現金払いを要求した。 それを機にサムソンはオランダのASML社の露光機に替えて、ニコンは切られていった。 今回の規制は、世界の成長の中心はアジアに移っているなか、韓国企業との連携や水平分業で生き残りを目指そうとしている日本の化学産業などの足を引っ張ることにもなりかねない。 対韓輸出規制3品目の1つであるフッ化ポリイミドは有機EL(液晶ガラスの代わりになる樹脂製フィルム)の素材で、日本の住友化学などがサムソン・ディスプレイやLGディスプレイに供給している。 JSRや富士フイルムや三菱マテリアルなども、台湾や韓国のメーカーから信頼を得て、高純度のフッ化水素やレジストなどを開発してきた。 日進月歩の技術進歩のもとで日本企業の素材開発は、韓国や中国メーカーの製造現場の経験やノウハウを踏まえた要求、情報をもとに進められてきた面がある。 だが韓国企業が日本の素材メーカーに情報を出さなくなったとたん、日本のメーカーの開発力も弱くなる』、「ニコンがサムソンらに現金払いを要求・・・それを機にサムソンはオランダのASML社の露光機に替えて、ニコンは切られていった」、というのは初めて知った。「韓国企業が日本の素材メーカーに情報を出さなくなったとたん、日本のメーカーの開発力も弱くなる」、というのも予想外のマイナス効果だ。
・『そして開発競争力の低下は、やがて貿易黒字の減少につながる。このまま日本の産業衰退が進めば、輸出できるものが徐々になくなっていく。 実際に、2018年の日本の貿易収支を見ると、1.2兆円の貿易赤字を記録し、2019年上半期(1~6月期)にも8888億円の貿易赤字に陥っている。7月の速報でも2495億円の貿易赤字となった。全体の輸出額は前年同月比で1.6%減少し、中国は9.3%、韓国は6.9%も減った。 韓国は、日本の貿易相手として中国・アメリカに次いで3位であり、日本は年2~3兆円に及ぶ対韓貿易黒字を得ている。米中貿易戦争の影響だけでなく、自ら仕掛けた“対韓経済戦争” が極めて愚かしい結果を導かない保証はない。 経産省は何があっても日本企業の利益を守らなければならなかったのに、それを突然、「歴史問題」の政争に巻き込み、逆に日本企業の利益を損なう危険性を引き起こした。このままでは日本の産業は滅びていくしかない』、非常に説得力に溢れた分析で、大いに参考になった。

次に、コラムニストの小田嶋 隆氏が9月13日付け日経ビジネスオンラインに寄稿した「「旗」をめぐる最終的な悪夢」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00036/?P=1
・『いささか古い話、というよりも、この話題は、いまのところまだ決着していない、交渉過程の途上にあると思っているからこそ、あえて俎上に載せる気持ちになったわけなのだが、その「話題」というのは、「旭日旗」と五輪の観客席をめぐるお話だ。 発端は、韓国国会の文化体育観光委員会が、8月29日、国際オリンピック委員会(IOC)や東京五輪・パラリンピック組織委員会などに五輪会場内への旭日旗の持ち込み禁止を求める決議を採択したことだった。決議では旭日旗をあしらった道具の持ち込みや応援は「帝国主義に侵略された国家の苦痛の記憶を刺激する」と指摘し、五輪の理念に合わないと訴えた。 この記事中にある、韓国側からの旭日旗持ち込み禁止の申し入れと決議に対して、2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会は3日、「旭日旗は日本国内で広く使用されており、旗の掲示そのものが政治的宣伝とはならないと考えており、持ち込み禁止品とすることは想定していない」との方針を明らかにしている。 この産経新聞の記事が配信されると、ツイッター上の一部クラスタでは、ちょっとした騒動が起こった。 もっとも、ここでいう「ちょっとした騒動」というのは、本当のところ、たいした騒ぎではない。 この2ケ月ほど際立って神経質な展開で推移している日韓関係に、神経を高ぶらせている人々の間で、炎上が起こったというだけのことではある。 おそらく、大多数の日本人は、たいして気にもとめていない。それは韓国側でも同じことだ。 とはいえ、この旭日旗の問題は、この先に勃発するかもしれないより大きな問題の火種になる可能性を秘めている。 そんなわけなので、当欄としては、この問題をこれ以上こじれた話にしないためにも、現段階で論点を整理しておきたいと決意した次第だ。 9月8日の午後9時すぎに、私は以下のようなツイートを発信した。《旭日旗が論外な理由。過去:大日本帝国の軍旗として、侵略と暴虐の記憶を刻んでいるから。現在:排外主義者による街宣活動の象徴として在日コリアンを威圧するいやがらせのツールになっているから。未来:五輪での旭日旗の林立を夢見ているのが、いずれも歴史修正主義の旧軍賛美者ばかりだから。》 このツイートは、当稿執筆の時点で、2624件のRTと5239件の「いいね」を獲得しており、このほか、賛否あわせて109件の返信が寄せられている。いま、「賛否合わせて」と書いたが、正直なところを明かせば、「否」の方がずっと多い。ざっと見たところでは、賛否の比率は1対4くらいではなかろうかと思う。 もっとも、昨今のツイッター上のコミュニケーションでは、話題が何であれ、賛意を示す意味のリプライは、そもそもあまり投稿されないことになっている。このソーシャルメディアに集まる人々は、何かに反発を覚えたり、誰かの言いっぷりに腹を立てたりした時に限って返事を書く仕様になっている。だから、私は賛否の比率はあまり気にしていない。「いいね」の数も、本気で受け止めてはいない。いずれにせよ、ツイッターは議論の場ではない。どちらかといえば、中学生の雪合戦に近い。手にとった雪玉を手近な誰かに投げつけるという動作そのものが目的になっている。雪玉の性質や重さや投げ方の作法は、この際問題にならない。ただただ生身の人間に向かって質量のある物質を投げつけることの爽快感が、このゲームに参加する人間たちが共有している唯一のプロトコルということになる。 さて、私が当該ツイートの中で申し述べた見解は、自分では、現段階の当面のまとめとして、おおむね当を得たものだと思っている。 ただ、補足せねばならない部分もあるといえばある。 私が、今回、当欄で原稿を書き起こす気持ちになったのは、その「補足」のためだと申し上げてもよ い。 それほどに、この問題は、「補足」しなければならないノイズを多量に含んでいる』、「旭日旗が論外な理由」との小田嶋氏のツイートはその通りだ。
・『ツイート内で指摘した「旭日旗をスタジアムに持ち込むことの是非」の部分とは別に、今回のやりとりの中で重要なのは、「そもそもこの問題の発端はどこにあったのか」というお話だったりする。 これは、なかなか厄介な話で、「発端」に当たる事実は、細かい事実を拾っていけば、どこまでもさかのぼることができる。 であるから、「そもそも」という接頭辞の後に、より古い発掘話を提示してみせることで、少なくとも、その場の論争における形式上の勝利はゲットできてしまう。 と、この論争には結末がないことになる。つまり、「論争が続いている」(←言い換えれば「いまだに決着していない」)状態を引き延ばすことで利益を得る側が、論争を断念しない限り、この種の論争は永遠に続くわけだ。なんと不毛な活動だろうか。 思えば、「関東大震災における朝鮮人虐殺の有無」などは、この手法(つまり、出典の怪しい「そもそも」の資料を次々と持ち出すことによって「論争」を引き延ばす手法)によって、朝鮮人虐殺という「史実」を、「論争継続中の事案」すなわち「両論併記で処理すべき虚実不明の事件」に持っていくことに半ば成功してる。かように、不毛な論争に付き合うことは、それだけで極論家に有利なポジションを与えることになる。このことに注意せねばならない。 さて、ごく短いタイムスパンでの話をすれば、五輪組織委が、「旭日旗の競技会場への持ち込みを禁止しない」という昨今の国際常識から考えて異例な決断を公表するに至った理由は、そもそも五輪組織委に「旭日旗の競技場への持ち込み禁止」の申し入れを持ち出してきたのが、韓国国会の文化体育観光委員会だったからだと思われる。しかも韓国側は、同時にIOCにも同じ働きかけをしている。 この数ヶ月間の日韓関係を鑑みるに、日本側が、韓国側から一方的に求められた要求に対して、素直に従うことは考えにくい。仮に韓国側からの申し入れが、真っ当なものであったのだとしても、こちら側としては、「現今の日韓関係において、相手側の言い分をあっさり承諾することは、外交上の失点になる」という感じの判断が先行してしまうからだ。 実際のところ、五輪組織委のメンバーの中にも、今回の韓国側の申し入れが、穏当で常識的な要求であることを承知している人間はたくさんいるはずだ。なにしろ、スタジアムでの政治宣伝は、昨今、国際的なスポーツ団体が等しく悩まされている問題だ。民族融和と国際交流の場であり、世界平和を推進するための重要な機会として語られることの多い競技スポーツの観客席は、その一方、世界各地で、政治宣伝や民族差別感情を煽るための拠点として活発に利用されている。宗教対立や階級間の反発をスタジアムに持ち込む人々が、それぞれに自分たちの立場をシンボライズした旗やプラカードを持ち込む例も後をたたない。 であるから、近年、FIFAをはじめとする競技団体は、その種の政治宣伝に用いられる旗やシンボルを厳しく規制する方向で足並みを揃えている。 わかりやすい一例として、2017年4月25日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)グループステージ、水原三星(スウォン・サムスン、韓国)対川崎フロンターレの一戦で、川崎フロンターレのサポーターが応援の旭日旗を出した行為に対して、AFCが科した処分の内容とその背景について解説した記事にリンクを張っておく。 本来、旭日旗のスタジアム持ち込みについての様々な議論は、この時点で決着がついている。 細かい点でいまなおくすぶっている論点がいくつかあるといえばあるものの、大筋の結論は、この騒動の際に「カタがついて」いる。 してみると、その、すっかりカタがついていたはずの話をいまさらのように蒸し返して持ち出してきた韓国側の今回のやり方は、あれは「いやがらせ」ではないのかと言えば、そういう見方も成り立つ。むしろ、彼らがこの話を持ち出してきたタイミングからして、「いやがらせ」の成分を含んでいなかったということは考えにくいと言ってもよい。 とはいえ、日韓両国の関係が正常であれば、日本の五輪組織委とて、この程度の神経戦は、軽くスルーして、「おっしゃる通りですね。わかりました。旭日旗の持ち込みは禁止します」と、すんなり韓国側の申し入れを容認していたはずだ。 ところが、現在の日韓関係は、明らかにどうかしている。 てなことになると、五輪組織委としても、「ここですんなり韓国側の言いなりになったら、どれほど非難されるかわかったものじゃない」「匿名電話だの脅迫メールだのは、なんとか処理できるかもしれないけど、昨今の状況だと、官邸やら国交省やら外務省が圧力をかけてくるかもしれない」「というよりも、JOC(日本オリンピック委員会)の上の方の人たちが黙っていてくれないんじゃないかなあ」てな調子の「空気を読んだ」「忖度至上主義的な」判断に傾かざるを得ない。 現実問題として、仮に旭日旗のヤバさを認識していたのだとしても、政権の意向を無視して自分たちだけが「いい子」になることはできない。よって、「断固として」「毅然として」韓国側からの「いやがらせの」申し入れを拒絶して、旭日旗の正当性を容認するという方向で対応することになる。もちろん、これは、むしろ韓国側の思うつぼなのだが、それもこれも、当面の「空気」にはかなわない』、「水原三星対川崎フロンターレの一戦で、川崎フロンターレのサポーターが応援の旭日旗を出した行為」については、サポーターの馬鹿な行為に腹が立ったのをよく覚えている。今回、JOCが「「空気を読んだ」「忖度至上主義的な」判断」をしたのは、明らかに間違いで、国内からどんなに非難を浴びようとも、持ち込みを禁止すべきだったと思う。
・『ただ、組織委ならびに政府の中の人たちも、いくらなんでもこのまま旭日旗OKの方針を貫いて、五輪本番を迎えるつもりではないはずだ。彼らとしては、妥当なタイミングを見計らって、IOCなりほかの欧米諸国の誰かなりの「勧告」なり「助言」なりを受容する形で、旭日旗の持ち込みを「自粛」する(←周辺諸国の国民感情に「配慮」するとかなんとか言いながら、半ば恩に着せつつ)形で軟着陸するシナリオを想定しているはずだ。 つまり、「韓国からのイチャモンは断固として拒絶するが、IOCだとか欧米諸国だとかが示してくる遺憾の意とか憂慮の念には敏感に反応する用意があるよ」ということだ。 私自身も、ことここに至った以上、そのシナリオ(IOCに叱られて静かに尻尾を巻くソリューション)が一番望ましい展開だと思っている。 ただ、このシナリオにはちょっとした穴がある。というのも、IOCがそれはそれで腐った(デカい魚はアタマから腐る。そして、アタマの腐った魚は正常な判断ができない)組織だからだ。 IOCはこの問題を放置するかもしれない。というよりも、彼らが、現場の問題に適正に関与できるだけの能力と責任感を持っていると考える方がむしろどうかしている。彼らは、私の目には、うちの国の五輪組織委以上に無能で無責任で、ただただカネだけを欲しがっているだけの団体に見える。ちなみに、この見方は広く世界中で共有されている。IOCは単に無能なのではない。あれは腐った組織だ。 IOCがこの問題を放置する理由の第一は、単に面倒くさいからだ。当然だ。彼らは、利権につながらない仕事には興味を持たない。旭日旗のような、面倒くさいだけで誰ももうからない話にはハナもひっかけないだろう。 もう一つIOCがこの問題に興味を持たない理由は、日韓両国間の炎上案件に手を突っ込んで火傷をするリスクを取りに行くだけの根性を持っていないからだ。これも大いに考えられる。カネには転んでも状況は読めない。あそこはそういう組織だ。 ということになると、最悪なシナリオが浮上する。つまり、このまま「旭日旗OK」の判断を押し通して、引っ込みがつかないまま五輪本番を迎えてしまうということだ。と、サッカーであれバレーボールであれ、日韓戦の枠組みで処理される競技のスタジアムには、大量の愛国業者の皆さんが群れ集まってこれまた大量の旭日旗を持ち込むことになる。でもって、競技が始まると、観客席には旭日旗が林立乱舞し、その穏やかならぬ絵面(えづら)が、国際映像として世界中に配信される。 これこそが、最終的な悪夢だと思う。 最後に、これも炎上の種にしかならないとは思うのだが、メモ書きとして作ってしまったものなので、乗りかかったタイタニックというのか、歩き始めたインパール作戦の心持ちで書き起こしておくことにする。担当の編集者さんには気の毒な展開だが、私には、現在かかえている病気の症状を除けば、特段に恐れるべきものがない。 冒頭の部分でリンクを張った私のツイートに対して寄せられた返信をざっと読み返してみるに、このたびの五輪組織委による旭日旗容認の判断を擁護している人々の主張は、いくつかに分類できる。 本来なら、この種のクソリプまがいにいちいち反論するのは、ネット上の論争にかかわる人間として、適切な態度ではない。というのも、ここで議論が始まってしまうと、この話題が「議論の余地のある」「論争的な」「対立する二つの陣営の双方がそれなりの論拠を持っているはずの」「どっちもどっちの」「普通の人間は踏み込まない方がよい物騒な」話題であることを認めてしまうことにつながるからだ。実態は違う。本件は論争的な話題ではない』、「競技が始まると、観客席には旭日旗が林立乱舞し、その穏やかならぬ絵面(えづら)が、国際映像として世界中に配信される」、というのは本当に悪夢以外の何物でもない。JOCも他力本願ではなく、自ら持ち込み禁止に切り替えてほしいものだ。
・『旭日旗問題は、「ほとんどまったく議論の余地のない」「責任あるメディアが両論併記でお茶を濁してよいはずのない」「ほぼ100%、旭日旗持ち込み禁止を支持する側だけに正当性が宿っている」「ゼロ対100ないしは1対100の、論争に値しない」 論題だ。 私があえて、こういう場所で愛国業者の皆さんのクソリプに付き合ってさしあげているのは、彼らの偏狭かつ異様な見解に、ほんの少しでも影響を受けてしまう人々の心に、真っ当な反論を届けておくことも、ある種の文化的雪かきとして必要な作業なんではなかろうかと考えたからだ。 賢明な言論人の多くは「旭日旗容認派の主張に反論することは、無駄な炎上に通じることで、かえって彼らのアクロバティックな主張に支持者を増やすことになる。というのも、そもそも彼らの主張は、一部の営業右派メディアが商売として展開しているメディアの中で喧伝されているだけの、一般人の耳には到底届かない極論だからだ。マトモな言論人が彼らの相手をすることは、かえって、一般人の耳目を彼らの主張に集中させる機会をつくることになる。これは望ましくない」 という感じの主張を展開している。もっともだと思う。 ただ、時々はクソリプに一矢報いておかないと、気がついた時には、この国全体がクソリプをそのまま世論として共有するどうしようもない社会になってしまっているかもしれない。なので、以下、箇条書きで、クソリプへの返事を並べておく。 あらかじめ申し上げておくが、クソリプへの反論の反論に返事をするつもりはない。 最後通告として受け止めてほしい。 冒頭に引用した私のツイートへの反論は、おおよそ以下に示す5つの論点に分類することができる。 1.旭日旗に反対しているのは韓国だけで、その理由も多分にわが国へのいやがらせのカードにすぎない。 2.そもそも韓国側がスタジアムへの旭日旗の持ち込みを問題視し始めたのは、2011年1月25日、AFCアジアカップ2011準決勝「日本対韓国戦」において、キ・ソンヨン選手が前半にPKで得点した後、ゴールパフォーマンスで「猿」の物真似を行ったことが発端で、キ・ソンヨン選手が、その際に、メディアからの攻撃に対して、「スタジアムに掲げられていた旭日旗についカッとしてしまった」という趣旨の弁解をしたことに始まる。 3.朝日新聞の社旗だって旭日旗だぞ。 4.旭日旗は、公式に認められた日本の防衛組織である自衛隊の公式の旗であり、どこに出しても恥ずかしくないもので、実際自衛隊が国際的な交流の場所に参加する際には堂々と掲揚されている。 5.かつて軍による侵略の象徴として用いられた旭日旗がダメだというのなら、同じ理由でユニオンジャックや星条旗もNGだろうし、フランスの三色旗も論外だろう。また、「旧軍による侵略の象徴だったから持ち込めない」という文脈からすれば、日章旗だって同罪ということになるのでは?) 以上の5つの返信への私の当面の返信は以下の通りだ。マジメに読んでほしい。 1.韓国が自国民の旭日旗への反発感情や被害者意識を「外交カード」として利用しているのはその通りだと思う。ただ、旭日旗に反発しているのが「韓国だけ」だというのは、歴史を知らない人間の見方だ。正確には、「旭日旗への反発を表立った外交の場で外交カードとして持ち出している国が、いまのところ韓国以外に見当たらない」ということにすぎない。反発感情は、アジア、オセアニアはもとより、日本軍の捕虜となった軍人を数多くかかえるオランダや英国の国民の中にも底流している。 2.キ・ソンヨンの「猿真似パフォーマンス」に関しては、彼の行為の非をまず認定すべきだろう。ただ、それはそれとして、キ・ソンヨン選手が持ち出した「弁解」を発端として、韓国国内での旭日旗への反発が正当化されたと断言するのは、極論の類だと思う。旭日旗への反発感情は、韓国国内でずっと底流していたものだ。それを表立った抗議行動に「表面化」させる結果をもたらしたのが、キ・ソンヨン選手の「弁解」だったと見るのが穏当なところだ。 それまで、表立って語られることのなかった旭日旗への反発がいきなり浮上したように見えるのも、少なくともその時点までは、日韓戦のスタジアムで旭日旗を振るようなファンが登場していなかったから(もっとも、この時に本当に旭日旗が掲げられていたのかどうかについては、いまだに確たる結論が出ていないのだが)ということにすぎない。いずれにせよ、背景には2002年の日韓共催W杯におけるゴタゴタから、両国のサッカーファンの間に過剰な反発感情が醸成されていたことがある。旭日旗の持ち込みも、それに対する反発も、これらの背景を踏まえたものだ。 3.五輪の観客席で朝日新聞の社旗を振るような「まぎらわしい」ないしは「挑発的な」行為は、自粛した方がよい。実際、朝日の社旗を振る必然性はまったくないわけだし。 4.海上自衛隊の艦船が、彼らの公式の旗として旭日旗を掲げるのは当然の所作だ。国際舞台であっても、各国の軍隊の集まりという枠組みの中で、それぞれの国の軍隊が自国の礼法に則った旗を揚げている限りにおいて、何の問題もない。ただ、その海上自衛隊の旗を、わざわざ五輪のスタジアムに持ち込むことについては、なんらの理由も必然性も正当性もない。悪質な政治宣伝であり卑劣な挑発行為だ。 5.「そっちこそどうなんだ主義(Whataboutism)」に基づいた議論には乗らない。あまりにもばかげている。  長い原稿になってしまった。 最後にこんなことを書くのはなさけなくもくだらないのだが、一言だけ言っておく。 寄せられるコメントの中に「オダジマは原稿料欲しさに、やたらと長い原稿を書いている。見苦しい」という感じの批判が時々みかけられる。が、当欄の規定では、私の受け取るギャランティーは、原稿の文字量とは関係していない。2000文字程度であっさり仕上げようが、20000文字の長大なテキストをアップしようが、私が受け取る金額は同じだ。そこのところをわかってほしい。 なお、当欄に寄せられたコメントには返信はしない。その答えは、友達よ、風に吹かれている』、「私のツイートへの反論」もよく整理されており、その通りだと思う。いずれにしろ、JOCの再考を願って止まない。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感