安倍政権の教育改革(その11)(目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ、入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員、大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す、採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”) [国内政治]
安倍政権の教育改革については、11月9日に取上げた。今日は、(その11)(目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ、入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員、大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す、採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”)である。
先ずは、元文科省大臣官房審議官で京都造形芸術大学客員教授の寺脇研氏が11月22日付け日刊ゲンダイに掲載した「目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/265083
・『これほど準備、議論ともに不足していた中で、どうして安倍政権はこんなにも英語民間試験導入にこだわったのだろうか。 1979年度以来40年にわたって共通1次試験、センター試験と続いてきた全国一斉入試においては、問題作成も試験実施も採点も、全て公的機関である大学入試センターによって行われてきた。2006年度から実施の英語リスニングも、ICプレーヤーを使う方式まで含め入試センターで対応してきている。 英語4技能のうち「読む」だけだった試験に「聞く」を導入した際は入試センターに任せたのに、「話す」「書く」が入る今回はなぜ民間なのか。民間試験はこの4技能全部を有機的に結びつけて問い、結果を評価するので総合的な英語力を測れる――。これが理由とされている。入試センターが新たに同様の試験問題を開発するには、コストの問題もあるが、何より、時間を要して改革が遅れるのが痛いというのだ。 それなら、いっそ英語試験は全て民間に任せたらいいじゃないかという話になる。「読む」「聞く」だけは入試センター作成のマークシート式試験とダブるからだ。 実際、文科省での検討過程では、その案も有力だったという。しかし、それでは全体を入試センターの責任で行っている試験の英語部分だけを完全に民間に委ねてしまうことになる。これに関しては、受験生や高校、大学の不安が大きく、こんな変則形になったのである。 もともと民間試験導入推進派には、コストや時間面で合理性があるなら公的機関でなく営利企業も含めた民間に任せればいい、という発想が根底にある。国鉄などの民営化にはじまり、経済性や自己責任を強調する、いわゆる新自由主義だ』、元文科省幹部の数少ない注目発言だ。
・『下村元文科相「生産性向上」が教育の目的 文科省の内部検討会で民間試験活用を強力に主張した楽天の三木谷浩史会長は、その考え方を代表する経済人だ。また、導入を決定した下村博文元文科相は、一人一人の「生産性の向上」が教育の目的だと語っている。教育という極めて公共性の高い分野にまで、新自由主義を持ち込もうというのである。 英語4技能を同時に測り、総合的な英語力を身につけてもらうのが、これから大学で学ぶ者にとって不可欠なまでに重要だというのなら、経済格差、地域格差など多くの懸念を抱える既存の民間試験を使うのではなく、じっくり準備して入試センターによる新しい試験をつくればいいではないか。それが本来の教育的配慮というものだ』、「下村元文科相」は学習塾経営者出身で、自民党の文教族の重鎮だが、「「生産性向上」が教育の目的」などと発言し、底の浅さを露呈している。こんな政治主導でやられたのに、文科省も付き従うだけというのも情けない。
次に、慶応大名誉教授(憲法論)の小林節氏が11月26日付け日刊ゲンダイに掲載した「入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/265227
・『憲法23条は「学問の自由」を保障している。それに「大学の自治」の保障も含まれていることは、世界の常識である。 イタリアのボローニャで8世紀に始まった大学という仕組みは、その後、フランス、イギリスで発展し、アメリカで完成した。 大学の自治は、大学で何を研究し、誰にどう教授し、成果をどう発表するか……は教授団(学者)が自律的に決めるべきことで、外部からの介入を許さない……という趣旨である。 このような憲法原則が確立した背景には、長い歴史的闘争があった。学者は、医学、文学、法学等、そのきっかけは何であれ、研究を通して人間、社会、ひいては宇宙の真理を発見しようと邁進している人々である。だから、その結果、政治権力にとって不都合な学説を発表した学者が政治的弾圧を受けた例は枚挙にいとまがない。天動説が常識であった時代に天文学の成果として「地動説」を発表したガリレオ・ガリレイが17世紀のイタリアで弾圧された話は特に有名である。わが国でも、大日本帝国憲法の下で「天皇機関説」を唱えた美濃部達吉博士が東大教授を辞任させられた話も有名である』、「学問の自由」の観点からの批判とは興味深い。
・『このような歴史的背景があって、1946年に制定された日本国憲法の23条は、学問の自由の不可欠な前提として、そこには当然に「大学の自治」が含まれていると理解されてきた。 だから、どのような学生に入学を許可するか? つまりどのような入学試験を行うかは、憲法上、各大学の自治事項とされてきたのである。もちろん、経験豊富な大学人が集まって合理的な統一1次試験を作り上げていたのも、大学の自治の成果である。 にもかかわらず、公正性の保障のない民間の営利企業に大学入試を丸投げする……などという、大学の自治の根幹にかかわる問題だけに大学界からの当然な抵抗を前にして、法律・予算・人事で文科省を支配している与党の議員が、文科省に対して東大を「指導」することを要求するなどということは、憲法23条に照らしてあってはならないはずである。 このような知性に欠ける政治権力者たちが文明国日本を破滅へ導いてしまうのではないか。本当に心配である』、「与党の議員が、文科省に対して東大を「指導」することを要求する」、とは初耳だが、どうやら下村元文科大臣が自民党の会議で発言したようだ。これを国会の委員会で国民民主党の「城井氏が、下村氏の発言は、憲法23条に抵触する恐れがあ大り、教育基本法が禁じる教育への不当な支配にあたると指摘すると、萩生田氏は「党内の会議で自由闊達(かったつ)な意見を申し上げることは保障されるべきだ」と答弁した。一方、「大学に対して直接ものを言うっていうことになれば、少し考えなければならないと思うが、直ちに憲法を超越しているという指摘はあたらない」と答えた」(朝日新聞11月20日:下記リンク)ようだ。「萩生田氏」の言い訳は苦しそうだ。
https://www.asahi.com/articles/ASMCN5VHZMCNUTIL032.html
第三に、12月16日付け日刊ゲンダイが掲載した大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授の大内裕和氏へのインタビュー「大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは大内氏の回答)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266148
・『30年続いた「センター試験」に終止符を打ち、来年度から実施される大学入学共通テスト。「英語民間試験」は延期され、採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も実施見送りの公算が高まっている。入試改革の目玉だった民間活用は総崩れの様相だ。なぜ、こんなポンコツ入試がギリギリまで導入されようとしていたのか――。大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授・大内裕和氏に聞いた』、大学教授らの言い分も興味深そうだ。
・『Q:大学入学共通テストに民間業者を参入させる入試改革が迷走しています。英語民間試験は延期されました。 A:英語民間試験にかなり問題があるということは、以前から専門家の間では広がっていましたが、メディアの扱いが小さく、世間一般にはあまり伝わっていなかった。私は今年8月からこの問題に取り組み、焦点を絞りました。英語民間試験は、経済的な負担が増加することも含めて、経済格差、地域格差が拡大するという論点が一番わかりやすく、伝わりやすいと考えました。 Q:9月以降、英語民間試験についての報道は急増しました。 A:大学入試が、公平・公正に行われないということは、保護者を含めてとても関心が強いのです。そんな中、10月24日のテレビ番組で、萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言が飛び出した。世間で話題になっていたから、キャスターは格差の問題を質問したのです。 Q:ベネッセの子会社に採点業務を委託する国語と数学の記述式も中止すべきとの声が拡大しています。 A:短期間に大規模採点することの問題や、自己採点が困難など、物理的に実施は無理との見方が大勢です。文科省も国語の記述式の結果を、国公立大の2次試験の足切りで使わないよう要請することを検討しているくらいです。正確に採点できないことを半ば認めている』、大内氏らの活動で「9月以降、英語民間試験についての報道は急増」、「萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言」、につながったという流れが理解できた。
・『Q:記述式の意味がなくなっているとの指摘もあります。 A:模範解答があっても、違う解答がたくさん出てくるのが記述式。大規模採点は難しい。そこで、採点しやすくするために、問題の方にいろんな誘導や規則をつけているのです。記述式は選択問題と違って、自由に書いたり、表現したりするから、思考力や表現力を判定できるのですが、記述式の長所を完全に奪う矛盾に陥ってしまっている。 Q:採点しやすい問題の極みが数学の記述式です。 A:途中経過を書かせるのが数学の記述式なのに、数値や記号を書くだけで、マーク式でもできる問題になっている。加えて、同じ解答でもさまざまな別の表現があり得るのが数学なのに、模範解答と違ったら「×」にされてしまうという問題もある。民間参入の英語も国語・数学の記述式もすべて破綻しているのです』、「国語・数学の記述式」は12月17日になって見送られたようだが、余りに意思決定が遅く、受験生には大変な迷惑だったろう。
・『疲弊した学校現場に民間がつけ入る Q:なぜ、政府は無理な制度を導入しようとするのですか。 A:メリットがないのに導入しようとするのは、何か他に理由があると考えるのが論理的です。ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない。ただ、個々の癒着問題も重要ですが、公教育への民間参入という大きな流れで見ないといけない。 Q:と言いますと。 A:教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている。教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回るのです。 Q:具体例はありますか。 A:英語のスピーキングです。民間試験を導入するよりも、英語教員を増やし、1クラス40人から20人にして、生徒が話す時間を倍増させた方が話せるようになりますよね。ところが、教員増ではなく、民間参入の方向に進むのです。 Q:民間業者は喜んでも、教育現場は大変ですね。 A:ますます現場は疲弊しています。自前の教材やテストを作ろうと思っても、そんな余裕はない。そこにベネッセが現れ、「うちを利用すれば便利ですよ」と持ち掛ける。先生も人間ですので、疲れていたら頼りたくなります』、「ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない」が、「教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている」という「大きな流れで見ないといけない」、「教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回る」、こんな「教育の新自由主義改革」はとんでもないことだ。
・『Q:少子化でマーケットが縮小する中、教育ビジネス関係者にも危機感があった。 A:そうですね。新規市場を開拓しなければならない。例えば、小学校の英語導入は、中高の6年に小学校の6年を入れて、12年にすれば、子どもの人数が半分になっても市場は維持できる。その流れに大学入学共通テストへの民間参入があります。これまでは模擬試験や対策ビジネスだったが、本番の試験までやってしまうと。問題作成や採点業務の売り上げだけでなく、本番の試験の一翼を担えば、「うちの教材や模試は役立ちますよ」とPRできるので、対策ビジネスは拡大します。実際、ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました。 Q:民間参入により出来上がった共通テストは、撤回せざるを得ないようなデタラメだった。文科省の官僚はブレーキをかけられなかったのか。 A:昔なら官僚が、これは試験としては成り立たないと止めたはずです。しかし、内閣人事局をつくって、官邸の官僚コントロールが利いているので、ここまで引っ張ってしまったのです。教育政策について、官僚が持っている最低限の合理性や客観性を飛び越して、安倍官邸と少数の政治家のパワーによって、政策がねじ曲げられたのです』、「ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました」、こんな恥ずかしげもない利益相反行為が生まれるような甘い契約も問題だ。政治主導のマイナス面がもろに露呈した形だ。
・『「eポートフォリオ」も要注意 Q:この先、要注意の「教育改革」はありますか。 A:大学入試改革では主体性を重視するといわれていて、「eポートフォリオ」の導入が検討されています。高校での学習や部活動の記録を生徒自身が入力し、電子データにまとめるのです。これを高校教諭が作成する調査書と連動させて大学入試に使う案が出ています。 Q:主体性ですか。 A:高校生は、入試に有利なのかどうかを考えて、活動するようになります。評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね。 Q:高校生活全体の活動が監視、管理され、評価されるのですか。背筋がゾッとしますね。 A:高1、高2をサボっていても、高3でエンジンかけて受かる人が出にくくなる。また、さまざまな活動には資金も必要。出身家庭の経済力に左右されることにもなる。 Q:何でも入試につなげてやろうとしていませんか。 A:主体性を重視するなら、入試で評価するのではなく、高校時代に自由に活動できるようさまざまな基盤整備をするのが筋。入試は、大学に入ってからついていける能力を公平なやり方で選抜することが最も大切。当日の試験だけで選抜するのが一番公平だと思います』、「評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね」、その通りだが、どうしてこんなお粗末な考え方がまかり通るのだろう。
・『Q:「eポートフォリオ」の導入にも裏がありそうですね。 A:教育改革の背後に民間あり。「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです。高校生の日々の活動はとても貴重な個人情報です。個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます。 Q:公教育軽視と民営化の構造が変わらなければ、この先も同じことが起こりませんか。 A:公教育と私教育は別なのに、公教育のトップである文科大臣まで区別ができなくなっている。萩生田文科相の「身の丈」発言の際、都心部で経済的に豊かな生徒が民間試験の準備をたくさんできるのは「あいつ予備校に行ってズルい」というのと同じだと言いましたが、大間違いです。予備校は私教育だから、行きたい人が行けばいい。共通テストは公の制度の問題なんです。公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける――。そういう方向に持っていかないと、今回の共通テストの迷走のようなことが再び起こるのは目に見えています。教育改革の全体像そのものを問う視点が問われていると思います』、「「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです・・・個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます」、「ベネッセ」がここまで悪辣とは知らなかった。「共通テストは公の制度の問題なんです。公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける」、説得力に富んだ主張で、全面的に同意する。
第四に、12月17日付け日刊ゲンダイ「採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266291
・『「大学入学共通テスト」の国語・数学記述式問題。17日にも延期発表の見通しだが、採点業務は発注済みだ。大学入試センターはベネッセの100%子会社「学力評価研究機構」と2023年度まで約61億円に上る業務請負契約を締結してしまっている。そこで、巨額の税金が支払われ、採点という公的業務を担う同機構を取材しようとしたところ、とんでもない“幽霊会社”の実態が浮かび上がってきた。 学力評価研究機構のHPによると、創立は2017年5月で資本金2・4億円。代表取締役社長は服部奈美子氏だ。 先月、服部社長がベネッセの商品企画開発本部長を兼務していることがバレた。採点業者の社長として知り得た情報を、親会社の本部長の立場で受験ビジネスに生かせば鬼に金棒。「利益相反」「秘密漏洩」との猛批判を受け、今月1日付で兼務を解消している。 ベネッセ広報は先月21日の本紙の取材に、兼務解消について「学力評価研究機構は他の教育事業系グループ会社から独立して事業を遂行する体制となるため」と説明していた。 先週13日午前、独立した機構に直接、取材しようと、HPにある問い合わせ先に電話をすると「学力評価研究機構です」と応対した。 ところが具体的な取材に入ろうとすると、機構の担当者は「広報窓口はベネッセの広報です」と、ベネッセの連絡先を告げたのだ。不可解に思いつつ、“別会社”であるベネッセ広報に質問すると、書面で回答が来た』、「採点業者の社長として知り得た情報を、親会社の本部長の立場で受験ビジネスに生かせば鬼に金棒」、ベネッセには上場企業としてのコンプライアンス意識はまるでないようだ。
・『“別会社”「ベネッセ」が直接取材を拒否 Q:機構の社員数やベネッセとの兼務は? A:「社員数全体や構成については、公表しておりません」 Q:ペーパーカンパニーとの声がある。 A:「ペーパーカンパニーではございません。多くの社員が業務を行っています」 Q:機構のオフィスは西新宿の三井ビルとのことですが、何階の何号室ですか。 A:「お取引先・関係者以外には非公開とさせていただいています」 オフィスのフロアすら言えないとは一体どんな会社なのか。まるで戦前の秘密結社である。なお、取引先である大学入試センターも「社員数は把握していません」(総務課)とのことだった。 同日午後4時ごろ三井ビルを訪問すると、総合案内の入居企業を表示したパネルに機構の社名は見当たらなかった。仕方なく同じビルに入るベネッセの新宿オフィスに向かうと、ベネッセ広報の電話番号メモを手渡された。結局、機構の社員には1人も会えなかった。 利益相反や守秘義務違反などの懸念をかわす際には、ベネッセと機構が「別会社」だと強調するのに、機構への直接取材には、ベネッセがしゃしゃり出る。二枚舌の極みである。この矛盾については次のように答えた。 Q:別会社のベネッセが広報窓口という点に納得がいかない。見解は? A:「学力評価研究機構に回答を確認の上、ベネッセHD広報が窓口として回答をしています。お問い合わせにきちんと対応するための体制であり、適切な対応と認識しています」 「グループ会社から独立」どころか、機構がベネッセと一体なのがよく分かる。「共通テスト」からベネッセを完全に外した方がいい』、「利益相反や守秘義務違反などの懸念をかわす際には、ベネッセと機構が「別会社」だと強調するのに、機構への直接取材には、ベネッセがしゃしゃり出る。二枚舌の極みである」、その通りだ。「記述式」は見送りになったが、センター試験と同様のマークシート方式の採点業務は、「ベネッセ」がやるようだが、こんないい加減な会社は違約金を払ってでも、外すべきだ。
先ずは、元文科省大臣官房審議官で京都造形芸術大学客員教授の寺脇研氏が11月22日付け日刊ゲンダイに掲載した「目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/265083
・『これほど準備、議論ともに不足していた中で、どうして安倍政権はこんなにも英語民間試験導入にこだわったのだろうか。 1979年度以来40年にわたって共通1次試験、センター試験と続いてきた全国一斉入試においては、問題作成も試験実施も採点も、全て公的機関である大学入試センターによって行われてきた。2006年度から実施の英語リスニングも、ICプレーヤーを使う方式まで含め入試センターで対応してきている。 英語4技能のうち「読む」だけだった試験に「聞く」を導入した際は入試センターに任せたのに、「話す」「書く」が入る今回はなぜ民間なのか。民間試験はこの4技能全部を有機的に結びつけて問い、結果を評価するので総合的な英語力を測れる――。これが理由とされている。入試センターが新たに同様の試験問題を開発するには、コストの問題もあるが、何より、時間を要して改革が遅れるのが痛いというのだ。 それなら、いっそ英語試験は全て民間に任せたらいいじゃないかという話になる。「読む」「聞く」だけは入試センター作成のマークシート式試験とダブるからだ。 実際、文科省での検討過程では、その案も有力だったという。しかし、それでは全体を入試センターの責任で行っている試験の英語部分だけを完全に民間に委ねてしまうことになる。これに関しては、受験生や高校、大学の不安が大きく、こんな変則形になったのである。 もともと民間試験導入推進派には、コストや時間面で合理性があるなら公的機関でなく営利企業も含めた民間に任せればいい、という発想が根底にある。国鉄などの民営化にはじまり、経済性や自己責任を強調する、いわゆる新自由主義だ』、元文科省幹部の数少ない注目発言だ。
・『下村元文科相「生産性向上」が教育の目的 文科省の内部検討会で民間試験活用を強力に主張した楽天の三木谷浩史会長は、その考え方を代表する経済人だ。また、導入を決定した下村博文元文科相は、一人一人の「生産性の向上」が教育の目的だと語っている。教育という極めて公共性の高い分野にまで、新自由主義を持ち込もうというのである。 英語4技能を同時に測り、総合的な英語力を身につけてもらうのが、これから大学で学ぶ者にとって不可欠なまでに重要だというのなら、経済格差、地域格差など多くの懸念を抱える既存の民間試験を使うのではなく、じっくり準備して入試センターによる新しい試験をつくればいいではないか。それが本来の教育的配慮というものだ』、「下村元文科相」は学習塾経営者出身で、自民党の文教族の重鎮だが、「「生産性向上」が教育の目的」などと発言し、底の浅さを露呈している。こんな政治主導でやられたのに、文科省も付き従うだけというのも情けない。
次に、慶応大名誉教授(憲法論)の小林節氏が11月26日付け日刊ゲンダイに掲載した「入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/265227
・『憲法23条は「学問の自由」を保障している。それに「大学の自治」の保障も含まれていることは、世界の常識である。 イタリアのボローニャで8世紀に始まった大学という仕組みは、その後、フランス、イギリスで発展し、アメリカで完成した。 大学の自治は、大学で何を研究し、誰にどう教授し、成果をどう発表するか……は教授団(学者)が自律的に決めるべきことで、外部からの介入を許さない……という趣旨である。 このような憲法原則が確立した背景には、長い歴史的闘争があった。学者は、医学、文学、法学等、そのきっかけは何であれ、研究を通して人間、社会、ひいては宇宙の真理を発見しようと邁進している人々である。だから、その結果、政治権力にとって不都合な学説を発表した学者が政治的弾圧を受けた例は枚挙にいとまがない。天動説が常識であった時代に天文学の成果として「地動説」を発表したガリレオ・ガリレイが17世紀のイタリアで弾圧された話は特に有名である。わが国でも、大日本帝国憲法の下で「天皇機関説」を唱えた美濃部達吉博士が東大教授を辞任させられた話も有名である』、「学問の自由」の観点からの批判とは興味深い。
・『このような歴史的背景があって、1946年に制定された日本国憲法の23条は、学問の自由の不可欠な前提として、そこには当然に「大学の自治」が含まれていると理解されてきた。 だから、どのような学生に入学を許可するか? つまりどのような入学試験を行うかは、憲法上、各大学の自治事項とされてきたのである。もちろん、経験豊富な大学人が集まって合理的な統一1次試験を作り上げていたのも、大学の自治の成果である。 にもかかわらず、公正性の保障のない民間の営利企業に大学入試を丸投げする……などという、大学の自治の根幹にかかわる問題だけに大学界からの当然な抵抗を前にして、法律・予算・人事で文科省を支配している与党の議員が、文科省に対して東大を「指導」することを要求するなどということは、憲法23条に照らしてあってはならないはずである。 このような知性に欠ける政治権力者たちが文明国日本を破滅へ導いてしまうのではないか。本当に心配である』、「与党の議員が、文科省に対して東大を「指導」することを要求する」、とは初耳だが、どうやら下村元文科大臣が自民党の会議で発言したようだ。これを国会の委員会で国民民主党の「城井氏が、下村氏の発言は、憲法23条に抵触する恐れがあ大り、教育基本法が禁じる教育への不当な支配にあたると指摘すると、萩生田氏は「党内の会議で自由闊達(かったつ)な意見を申し上げることは保障されるべきだ」と答弁した。一方、「大学に対して直接ものを言うっていうことになれば、少し考えなければならないと思うが、直ちに憲法を超越しているという指摘はあたらない」と答えた」(朝日新聞11月20日:下記リンク)ようだ。「萩生田氏」の言い訳は苦しそうだ。
https://www.asahi.com/articles/ASMCN5VHZMCNUTIL032.html
第三に、12月16日付け日刊ゲンダイが掲載した大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授の大内裕和氏へのインタビュー「大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す」を紹介しよう(Qは聞き手の質問、Aは大内氏の回答)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266148
・『30年続いた「センター試験」に終止符を打ち、来年度から実施される大学入学共通テスト。「英語民間試験」は延期され、採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も実施見送りの公算が高まっている。入試改革の目玉だった民間活用は総崩れの様相だ。なぜ、こんなポンコツ入試がギリギリまで導入されようとしていたのか――。大学教授らでつくる「入試改革を考える会」代表の中京大教授・大内裕和氏に聞いた』、大学教授らの言い分も興味深そうだ。
・『Q:大学入学共通テストに民間業者を参入させる入試改革が迷走しています。英語民間試験は延期されました。 A:英語民間試験にかなり問題があるということは、以前から専門家の間では広がっていましたが、メディアの扱いが小さく、世間一般にはあまり伝わっていなかった。私は今年8月からこの問題に取り組み、焦点を絞りました。英語民間試験は、経済的な負担が増加することも含めて、経済格差、地域格差が拡大するという論点が一番わかりやすく、伝わりやすいと考えました。 Q:9月以降、英語民間試験についての報道は急増しました。 A:大学入試が、公平・公正に行われないということは、保護者を含めてとても関心が強いのです。そんな中、10月24日のテレビ番組で、萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言が飛び出した。世間で話題になっていたから、キャスターは格差の問題を質問したのです。 Q:ベネッセの子会社に採点業務を委託する国語と数学の記述式も中止すべきとの声が拡大しています。 A:短期間に大規模採点することの問題や、自己採点が困難など、物理的に実施は無理との見方が大勢です。文科省も国語の記述式の結果を、国公立大の2次試験の足切りで使わないよう要請することを検討しているくらいです。正確に採点できないことを半ば認めている』、大内氏らの活動で「9月以降、英語民間試験についての報道は急増」、「萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言」、につながったという流れが理解できた。
・『Q:記述式の意味がなくなっているとの指摘もあります。 A:模範解答があっても、違う解答がたくさん出てくるのが記述式。大規模採点は難しい。そこで、採点しやすくするために、問題の方にいろんな誘導や規則をつけているのです。記述式は選択問題と違って、自由に書いたり、表現したりするから、思考力や表現力を判定できるのですが、記述式の長所を完全に奪う矛盾に陥ってしまっている。 Q:採点しやすい問題の極みが数学の記述式です。 A:途中経過を書かせるのが数学の記述式なのに、数値や記号を書くだけで、マーク式でもできる問題になっている。加えて、同じ解答でもさまざまな別の表現があり得るのが数学なのに、模範解答と違ったら「×」にされてしまうという問題もある。民間参入の英語も国語・数学の記述式もすべて破綻しているのです』、「国語・数学の記述式」は12月17日になって見送られたようだが、余りに意思決定が遅く、受験生には大変な迷惑だったろう。
・『疲弊した学校現場に民間がつけ入る Q:なぜ、政府は無理な制度を導入しようとするのですか。 A:メリットがないのに導入しようとするのは、何か他に理由があると考えるのが論理的です。ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない。ただ、個々の癒着問題も重要ですが、公教育への民間参入という大きな流れで見ないといけない。 Q:と言いますと。 A:教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている。教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回るのです。 Q:具体例はありますか。 A:英語のスピーキングです。民間試験を導入するよりも、英語教員を増やし、1クラス40人から20人にして、生徒が話す時間を倍増させた方が話せるようになりますよね。ところが、教員増ではなく、民間参入の方向に進むのです。 Q:民間業者は喜んでも、教育現場は大変ですね。 A:ますます現場は疲弊しています。自前の教材やテストを作ろうと思っても、そんな余裕はない。そこにベネッセが現れ、「うちを利用すれば便利ですよ」と持ち掛ける。先生も人間ですので、疲れていたら頼りたくなります』、「ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない」が、「教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている」という「大きな流れで見ないといけない」、「教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回る」、こんな「教育の新自由主義改革」はとんでもないことだ。
・『Q:少子化でマーケットが縮小する中、教育ビジネス関係者にも危機感があった。 A:そうですね。新規市場を開拓しなければならない。例えば、小学校の英語導入は、中高の6年に小学校の6年を入れて、12年にすれば、子どもの人数が半分になっても市場は維持できる。その流れに大学入学共通テストへの民間参入があります。これまでは模擬試験や対策ビジネスだったが、本番の試験までやってしまうと。問題作成や採点業務の売り上げだけでなく、本番の試験の一翼を担えば、「うちの教材や模試は役立ちますよ」とPRできるので、対策ビジネスは拡大します。実際、ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました。 Q:民間参入により出来上がった共通テストは、撤回せざるを得ないようなデタラメだった。文科省の官僚はブレーキをかけられなかったのか。 A:昔なら官僚が、これは試験としては成り立たないと止めたはずです。しかし、内閣人事局をつくって、官邸の官僚コントロールが利いているので、ここまで引っ張ってしまったのです。教育政策について、官僚が持っている最低限の合理性や客観性を飛び越して、安倍官邸と少数の政治家のパワーによって、政策がねじ曲げられたのです』、「ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました」、こんな恥ずかしげもない利益相反行為が生まれるような甘い契約も問題だ。政治主導のマイナス面がもろに露呈した形だ。
・『「eポートフォリオ」も要注意 Q:この先、要注意の「教育改革」はありますか。 A:大学入試改革では主体性を重視するといわれていて、「eポートフォリオ」の導入が検討されています。高校での学習や部活動の記録を生徒自身が入力し、電子データにまとめるのです。これを高校教諭が作成する調査書と連動させて大学入試に使う案が出ています。 Q:主体性ですか。 A:高校生は、入試に有利なのかどうかを考えて、活動するようになります。評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね。 Q:高校生活全体の活動が監視、管理され、評価されるのですか。背筋がゾッとしますね。 A:高1、高2をサボっていても、高3でエンジンかけて受かる人が出にくくなる。また、さまざまな活動には資金も必要。出身家庭の経済力に左右されることにもなる。 Q:何でも入試につなげてやろうとしていませんか。 A:主体性を重視するなら、入試で評価するのではなく、高校時代に自由に活動できるようさまざまな基盤整備をするのが筋。入試は、大学に入ってからついていける能力を公平なやり方で選抜することが最も大切。当日の試験だけで選抜するのが一番公平だと思います』、「評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありませんよね」、その通りだが、どうしてこんなお粗末な考え方がまかり通るのだろう。
・『Q:「eポートフォリオ」の導入にも裏がありそうですね。 A:教育改革の背後に民間あり。「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです。高校生の日々の活動はとても貴重な個人情報です。個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます。 Q:公教育軽視と民営化の構造が変わらなければ、この先も同じことが起こりませんか。 A:公教育と私教育は別なのに、公教育のトップである文科大臣まで区別ができなくなっている。萩生田文科相の「身の丈」発言の際、都心部で経済的に豊かな生徒が民間試験の準備をたくさんできるのは「あいつ予備校に行ってズルい」というのと同じだと言いましたが、大間違いです。予備校は私教育だから、行きたい人が行けばいい。共通テストは公の制度の問題なんです。公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける――。そういう方向に持っていかないと、今回の共通テストの迷走のようなことが再び起こるのは目に見えています。教育改革の全体像そのものを問う視点が問われていると思います』、「「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです・・・個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます」、「ベネッセ」がここまで悪辣とは知らなかった。「共通テストは公の制度の問題なんです。公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける」、説得力に富んだ主張で、全面的に同意する。
第四に、12月17日付け日刊ゲンダイ「採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/266291
・『「大学入学共通テスト」の国語・数学記述式問題。17日にも延期発表の見通しだが、採点業務は発注済みだ。大学入試センターはベネッセの100%子会社「学力評価研究機構」と2023年度まで約61億円に上る業務請負契約を締結してしまっている。そこで、巨額の税金が支払われ、採点という公的業務を担う同機構を取材しようとしたところ、とんでもない“幽霊会社”の実態が浮かび上がってきた。 学力評価研究機構のHPによると、創立は2017年5月で資本金2・4億円。代表取締役社長は服部奈美子氏だ。 先月、服部社長がベネッセの商品企画開発本部長を兼務していることがバレた。採点業者の社長として知り得た情報を、親会社の本部長の立場で受験ビジネスに生かせば鬼に金棒。「利益相反」「秘密漏洩」との猛批判を受け、今月1日付で兼務を解消している。 ベネッセ広報は先月21日の本紙の取材に、兼務解消について「学力評価研究機構は他の教育事業系グループ会社から独立して事業を遂行する体制となるため」と説明していた。 先週13日午前、独立した機構に直接、取材しようと、HPにある問い合わせ先に電話をすると「学力評価研究機構です」と応対した。 ところが具体的な取材に入ろうとすると、機構の担当者は「広報窓口はベネッセの広報です」と、ベネッセの連絡先を告げたのだ。不可解に思いつつ、“別会社”であるベネッセ広報に質問すると、書面で回答が来た』、「採点業者の社長として知り得た情報を、親会社の本部長の立場で受験ビジネスに生かせば鬼に金棒」、ベネッセには上場企業としてのコンプライアンス意識はまるでないようだ。
・『“別会社”「ベネッセ」が直接取材を拒否 Q:機構の社員数やベネッセとの兼務は? A:「社員数全体や構成については、公表しておりません」 Q:ペーパーカンパニーとの声がある。 A:「ペーパーカンパニーではございません。多くの社員が業務を行っています」 Q:機構のオフィスは西新宿の三井ビルとのことですが、何階の何号室ですか。 A:「お取引先・関係者以外には非公開とさせていただいています」 オフィスのフロアすら言えないとは一体どんな会社なのか。まるで戦前の秘密結社である。なお、取引先である大学入試センターも「社員数は把握していません」(総務課)とのことだった。 同日午後4時ごろ三井ビルを訪問すると、総合案内の入居企業を表示したパネルに機構の社名は見当たらなかった。仕方なく同じビルに入るベネッセの新宿オフィスに向かうと、ベネッセ広報の電話番号メモを手渡された。結局、機構の社員には1人も会えなかった。 利益相反や守秘義務違反などの懸念をかわす際には、ベネッセと機構が「別会社」だと強調するのに、機構への直接取材には、ベネッセがしゃしゃり出る。二枚舌の極みである。この矛盾については次のように答えた。 Q:別会社のベネッセが広報窓口という点に納得がいかない。見解は? A:「学力評価研究機構に回答を確認の上、ベネッセHD広報が窓口として回答をしています。お問い合わせにきちんと対応するための体制であり、適切な対応と認識しています」 「グループ会社から独立」どころか、機構がベネッセと一体なのがよく分かる。「共通テスト」からベネッセを完全に外した方がいい』、「利益相反や守秘義務違反などの懸念をかわす際には、ベネッセと機構が「別会社」だと強調するのに、機構への直接取材には、ベネッセがしゃしゃり出る。二枚舌の極みである」、その通りだ。「記述式」は見送りになったが、センター試験と同様のマークシート方式の採点業務は、「ベネッセ」がやるようだが、こんないい加減な会社は違約金を払ってでも、外すべきだ。
タグ:「話す」「書く」が入る今回はなぜ民間なのか。民間試験はこの4技能全部を有機的に結びつけて問い、結果を評価するので総合的な英語力を測れる――。これが理由とされている 「目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ」 「eポートフォリオ」も要注意 ベネッセは、共通テスト検証事業の「採点助言事業」を受託していることを営業活動に使っていました 採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”」 公教育がどこまでを扱い、私教育はここまでだとはっきり線引きする。その上で、公教育をひたすら縮小したり、市場化する方向にブレーキをかけ、公教育に予算と人員をちゃんとつける 教育の新自由主義改革です。教育を公の費用ではなくて、民営化するという流れがずっと続いている 採点業者の社長として知り得た情報を、親会社の本部長の立場で受験ビジネスに生かせば鬼に金棒 服部社長がベネッセの商品企画開発本部長を兼務していることがバレた 教育予算を削って、教育に税金を回さない。加えて、減らされた後のなけなしの税金は、公教育ではなく何とベネッセに回るのです 「グループ会社から独立」どころか、機構がベネッセと一体なのがよく分かる。「共通テスト」からベネッセを完全に外した方がいい 利益相反や守秘義務違反などの懸念をかわす際には、ベネッセと機構が「別会社」だと強調するのに、機構への直接取材には、ベネッセがしゃしゃり出る。二枚舌の極みである 日刊ゲンダイ 大学の自治は、大学で何を研究し、誰にどう教授し、成果をどう発表するか……は教授団(学者)が自律的に決めるべきことで、外部からの介入を許さない……という趣旨 大学の自治」の保障も含まれている 公教育への民間参入という大きな流れで見ないといけない 「入試改革を考える会」代表の中京大教授の大内裕和氏 憲法23条は「学問の自由」を保障 寺脇研 (その11)(目的は生産性向上 教育にも入り込んだ新自由主義の危うさ、入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員、大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す、採点業務61億円受注 ベネッセ子会社はまるで“謎の秘密結社”) 「入試選択は根幹 大学の自治を理解しない自民党文科族議員」 教育改革 安倍政権 小林節 “別会社”「ベネッセ」が直接取材を拒否 教育という極めて公共性の高い分野にまで、新自由主義を持ち込もうというのである 下村元文科相「生産性向上」が教育の目的 新自由主義 もともと民間試験導入推進派には、コストや時間面で合理性があるなら公的機関でなく営利企業も含めた民間に任せればいい、という発想が根底にある ベネッセをはじめとする民間業者と政治家や文科省との利権関係を疑わざるを得ない 「eポートフォリオ」をリードしているのもベネッセなのです。高校生の日々の活動はとても貴重な個人情報です。個人情報を手に入れて、ビジネスを展開するのではないかという疑いを持ちます 疲弊した学校現場に民間がつけ入る 内閣人事局をつくって、官邸の官僚コントロールが利いているので、ここまで引っ張ってしまった 萩生田光一文科相から、格差を容認する「身の丈」発言 採点業務を民間に委ねた「国語・数学の記述式」も実施見送り 「英語民間試験」は延期 評価のために主体性を発揮するなんて、主体的ではありません ベネッセの100%子会社「学力評価研究機構」と2023年度まで約61億円に上る業務請負契約を締結 教育政策について、官僚が持っている最低限の合理性や客観性を飛び越して、安倍官邸と少数の政治家のパワーによって、政策がねじ曲げられた 与党の議員が、文科省に対して東大を「指導」することを要求するなどということは、憲法23条に照らしてあってはならないはず 「大内裕和氏 民間背後の教育改革は格差拡大の失敗繰り返す」
ポピュリズムの台頭(その5)(Brexit実現へ 右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」、ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy) [世界情勢]
ポピュリズムの台頭については、1月18日に取上げた。今日は、(その5)(Brexit実現へ 右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」、ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy)である。
先ずは、在独ジャーナリストの熊谷 徹氏が12月17日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「Brexit実現へ、右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」」を紹介しよう。これは、昨日のこのブログで取上げた英国のEU離脱を、欧州大陸側から見たものでもある。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/121600123/?P=1
:12月12日の英下院総選挙で、ジョンソン首相の率いる保守党が365議席を獲得。EU離脱が進むことになった。英国の離脱はEUに甚大な影響を及ぼす。英国の人口は約6600万人、GDPは約2兆3000億ユーロ。EUのGDPは一挙に約18%、人口は約13%減る。この離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ。 「ブレグジットを終わらせよう(Get Brexit done)」というボリス・ジョンソン首相のスローガンが、英国の有権者を突き動かした。保守党の大勝で、英国が来年1月末までにEU(欧州連合)との合意に基づいて離脱することはほぼ確実となった』、「この離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ」、東欧を除いた西欧では確かにその通りだ。
・『保守党、32年ぶりの歴史的圧勝 12月12日の下院総選挙で、ジョンソン首相の率いる保守党が365議席を得て、過半数を確保することが確実となった。英国下院の議席数は650なので、ジョンソン首相は安定過半数を確保する。これは1987年にマーガレット・サッチャー首相(当時)の率いる保守党が下院総選挙で圧勝して375議席を確保したのに次ぐ、地滑り的勝利だ。これに対しジェレミー・コービン氏の率いる労働党の議席数は203にとどまった。これは1935年以来最も少ない議席数だ。 わずか1年前には下院で何の権限も持たない「ヒラ議員」だったジョンソン首相に、有権者は絶大な権力というクリスマス・プレゼントを与えた。彼はブレグジット(英国によるEU離脱)を跳躍台に使って、権力拡大という政治的目標を着々と実現しつつある。保守党は、不運続きだったテリーザ・メイ前首相の時に比べて、下院での勢力を広げることに成功した。保守党にとっても、メディアから「ピエロ」と揶揄(やゆ)されたジョンソン氏を首相に担ぎ上げたことは、「勝利」だった。 ジョンソン圧勝は、英国のメディアや世論調査機関にとっても、想定外の事態だ。投票前の世論調査では、保守党への支持率(40%台)が労働党への支持率(30%台)を約10ポイント上回っていたが、実際の開票結果がこれほどの大差になるとは誰も予想していなかった。 ジョンソン首相は公約通り来年1月末までにブレグジットを実現するために、EU離脱に関する協定案を早急に下院で可決させるだろう。プリティ・パテル内務大臣は、「政府はクリスマス前に下院で協定案の承認を受け、ブレグジットを実現する」と述べている』、「ジョンソン首相」はかつてロンドン市長だったが、「1年前には下院で何の権限も持たない「ヒラ議員」だった」。「「ピエロ」と揶揄」されながらも、ここまで大処理したとは、幸運の星にでも恵まれたのだろう。
・『「ブレグジットを片付けて、前へ進もう」 この選挙は、ブレグジットに関する事実上の2度目の国民投票だった。有権者たちは今回、ブレグジットを断行するよう、首相に明確な負託を与えた。EU残留派の希望を打ち砕き、ジョンソン首相に追い風となったのは、「ブレグジットを早く終えたい」という国民の願望だ。 英国にはブレグジット疲れ(Brexithaustion)という言葉がある。2016年の国民投票で離脱派が勝利したものの、ブレグジットは政府と議会下院の対立のために、3年以上袋小路に陥っていた。英国、EUの政界、産業界では「ブレグジットをめぐる交渉のために、経済のデジタル化やロシア・中国からの脅威への対応、移民問題など、重要な議題がおろそかにされている」という不満が高まっていた。特にブレグジットに関する政府の提案が、ことごとく議会でブロックされ、堂々めぐりの状態が続いたことに多くの英国民がうんざりしていた。 保守党は今回の選挙戦で映画「ラブ・アクチュアリー」(2003年公開・ヒュー・グラント主演)を基にしたテレビ広告を放映した。クリスマスを前にした英国の住宅街。玄関のベルが鳴ったので住人の女性が扉を開けると、ジョンソン首相が立っている。彼はテープレコーダーでクリスマス・キャロルの音楽を流しながら、メッセージを書いた紙を女性に次々に見せる。そこには「もしも議会が妨害しなければ、我々はブレグジットを実現して、前に進むことができます」と書かれている。首相は次々に紙を取りかえて、「しかしひょっとすると労働党が勝つかもしれません。保守党が安定過半数を確保できるか、それともどの党も過半数を取れない状態になるか、それを決めるのはあなたの1票です」と訴える。 多くの有権者は、「前に進むことができる(We can move on)」というメッセージに引きつけられたのだろう。保守党も労働党も過半数を取れないハングパーラメント(宙づりの議会)が生まれた場合、これまでの堂々めぐりが来年も続く。多くの英国人たちは新しい年には、この国をブレグジットの泥沼から引っ張り上げて、けじめをつけたいと考えたのだ』、「保守党」の「テレビ広告」は、心憎いほど巧みだ。
・『ジョンソン首相の強硬な態度が奏功 ジョンソン氏に勝利をもたらしたのは、彼が首相就任直後から「EUと合意できなくても離脱する」という強硬姿勢を示し続けたことだ。彼の側近は「政府はEUと合意できないという前提で準備作業を進めている」というメッセージをメディアに流した。ジョンソン首相は、EU側に「英国は、合意なしのハード・ブレグジットに本当に踏み切るかもしれない」という不安を抱かせることに成功した。 この不安が、今年10月17日に奇跡を生んだ。EUは、それまで「メイ前首相との間で合意した離脱協定案を修正しない」という態度を貫いていた。ところがEUは突然180度方向転換して交渉に応じ、アイルランド共和国と英領北アイルランド地方との間の国境に関するジョンソン首相の修正案に合意したのだ。 この背景には、ハード・ブレグジットに対する恐れとともに、EU側の「ブレグジット疲れ」もあった。ブレグジットをめぐる先行きの不透明感は、ドイツをはじめとする欧州大陸各国の景気にも悪影響を与え始めていた。「離脱できないならば、溝の中で死んだ方がましだ」というジョンソン首相の脅しに、EUは屈したことになる。 ジョンソン首相は、1月31日までに離脱するという当面の目標は達成するだろう。だが英国政府の前には、難題が山積している。英国政府は、2月1日から始まる11カ月の移行期間中に、離脱後のEUとの貿易に関する条件や、英国民・EU圏の市民の滞在権の問題、防衛協力など、ブレグジット後の対EU関係についての様々な条件について、EUと本格的な協議を始めなくてはならない。ブレグジットが英国に与える不利益を最小限にするための作業が始まるのは、まさにこれからである。 ジョンソン首相は、「2020年末までにEUとの自由貿易などに関する交渉を終える」という目標を打ち出しているが、EU側では「少なくとも交渉に3年はかかるだろう」という見方が有力だ。EUとカナダの間の自由貿易協定の調印には、実に7年もの歳月がかかっている』、「EU側の「ブレグジット疲れ」もあった」、言われてみればその通りなのかも知れない。
・『ブレグジットはEUにとっても大損失 欧州大陸の政府や企業は、英国がEUとの合意なしに離脱する「ハード・ブレグジット」への懸念を強めていた。EUと英国の間に関税が突然導入されると、物流などを混乱させるからだ。だがジョンソン首相の圧勝によって、彼がEUとの間で合意した協定に基づき離脱が行われることがほぼ確実となり、ハード・ブレグジットの危険は回避された。 EU側では、安堵の声が聞かれる。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「英国がEUを離れるのは残念だが、無秩序なハード・ブレグジットではなく、合意に基づいたブレグジットとなることを歓迎する。さらに保守党が安定過半数を確保したことで、これまで我々がしばしば目撃したような、議会と政府が立ち往生する状況が避けられるのは、よいことだ」と述べている。 ブレグジットをめぐる五里霧中の状態が終わり、EU離脱への道筋がはっきりしたこと、特に無秩序な離脱の回避は、民間企業からも高く評価されるに違いない。 しかし英国の離脱が、EUにとって大きな痛手であることに変わりはない。1952年に欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)として産声を上げたEUは67年間の歴史の中で、初めて加盟国を失う。欧州の拡大・統合プロセスに初めてブレーキがかけられる。 しかも英国は、EUで最も重要な国の1つだ。ブレグジットによってEUの人口は約6624万人減り、GDPも約2兆3320億ユーロ(約280兆円)減る。英国のGDPは、28の加盟国の中で、ドイツに次いで2番目に大きい。EUのGDPは一挙に約18%、人口は約13%減る。 ドイツの経済学者ハンス・ベルナー・ジン教授は、「英国のGDP規模は、GDPが最も小さい方から20の加盟国を合わせた経済規模に相当する。つまりブレグジットはEUの小国20カ国が一度にEUを離脱するのと同じインパクト(衝撃)を持つ」と述べている。 欧州で株式市場に上場している企業の約20%が、英国に本社を置いている。さらに英国は欧州の「知の源泉」としても重要な役割を果たしている。世界のトップ大学と言われる高水準の大学のランキングによると、欧州で最も水準が高い大学10校のうち、8校が英国にある。別のランキングを見ても、10校中7校が英国の大学だ。 外交に与える影響も大きい。伝統的に英国は米国政府と「特別な関係」を維持してきた。例えば米国の諜報(ちょうほう)機関は、同じアングロサクソンの国である英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報機関と密接に協力してきた。これら5カ国の諜報機関のサークルは「ファイブ・アイズ(5つの目)」と呼ばれる。英国はこれらの国々と特に親しい関係を保ち、イスラム系テロ組織などに関する重要な情報を、日本やドイツなどの非アングロサクソンの国よりも多く共有してきた。このように米国政府と独自の情報チャネルを持っている英国を失うことは、EUにとって大きな損失である』、「ブレグジットはEUの小国20カ国が一度にEUを離脱するのと同じインパクトを持つ」、「高水準の大学のランキングによると、欧州で最も水準が高い大学10校のうち、8校が英国にある」、「ファイブ・アイズ」の英国を失う、などいずれもEU諸国にとっても、影響は大きそうだ。
・『EU財政にも深い傷 英国離脱は、EU財政にも大きな影響を与える。EUの2017年度予算は約1579億ユーロ(約19兆円)。EUはこの資金によって、域内の経済格差を縮める努力をしている。例えばギリシャやイタリア南部を旅行すると、高速道路などの工事現場の立て札に、しばしば青地に黄色の星を並べたEUのマークが付けられているのを目にする。その工事にEUの資金が投じられていることを示す。 EUはこのように欧州の至る所で、道路や橋梁、鉄道網などの交通インフラを整備したり、各国の農家に補助金を出したり、企業の研究開発を支援したりしている。EUから主に資金援助を受けるのは、市民1人当たりのGDPがEU平均よりも低い国々だ。EU予算は、加盟国が納める拠出金によって支えられている。この「会費」の額は、GDPの大きさなどに基づいて決められている。2017年に拠出金額が最も多かったのはドイツで、約196億ユーロ(約2兆4000億円)だった。英国の支払額は約106億ユーロ(約1兆3000億円)で、フランス、イタリアに次いで第4位である。 加盟国はEUに「会費」を支払うだけではなく、EUから様々な資金援助、つまり「見返り」も受ける。したがってEUへの貢献度を比べる上で最も重要なのは純拠出金、つまり加盟国がEUに支払う拠出金と、各国がEUから受け取る補助金などとの差額である。 交通インフラの整備が遅れており、農業への依存度が高い国ほど、EUから多額の補助金を受け取る。このためEU内のいわば「発展途上国」は拠出金よりも受け取る額が多いので差引額が黒字(入超)となる。他方、交通インフラの整備が比較的進んでおり、農業依存度が低い「先進工業国」は赤字(出超)となる。 英国の2017年の純拠出金(つまり赤字額)は約53億ユーロ(約6400億円)で、ドイツ(107億ユーロ=約1兆3000億円)に次いで2番目に多かった。純拠出金(赤字額)の対GDP比率を比べると、ドイツはGDPの0.32%で第1位。英国は同0.23%で第4位である。 逆に農業など第1次産業への依存度が大きいポーランドやギリシャは、EUから供与される額の方が、EUに支払う額を上回っているので黒字となっている。ギリシャはGDPの2.1%に相当する額、ポーランドはGDPの1.9%に当たる額をEUから受け取っている。 つまり英国の離脱によって、EUが使える資金の規模は一挙に6400億円減る。中長期的には、補助金やインフラ整備資金などを受け取っている東欧諸国、南欧諸国にとっても痛手だ』、確かに「中長期的には、補助金やインフラ整備資金などを受け取っている東欧諸国、南欧諸国にとっても痛手だ」、こんなところにも影響せざるを得ないようだ。
・『英国は欧州ポピュリスト革命の最初の犠牲者 21世紀に入ってから、米国でのトランプ政権の誕生など、世界各地で右派ポピュリスト勢力が拡大しつつある。私はこれを、世界で「右派ポピュリズム革命」が進んでいる兆候と考えている。この革命は運動の中心を持たず、所得格差や政治エスタブリッシュメント(特権階級)に対する市民の不満を「栄養」として、各地で分散的に増殖しつつある。近く実現する英国のEU離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ。 フランスやイタリアの右派ポピュリズム勢力は、2016年以降の英国の混乱を見て恐れをなしたのか、最近ではEU離脱を要求しなくなっている。ドイツの右翼政党も、最近ではユーロ圏離脱について、言及するのを避けている。だが来年英国が離脱を実現した場合、これらの国々のポピュリストたちがどのような反応を見せるかは、依然として1つの心配の種だ。EUがジョンソン首相の脅しの前に妥協したことが、他国の右派ポピュリスト勢力に「新たな勇気」を与えるとしたら、欧州にとっての大きな悲劇である』、「「右派ポピュリズム革命」・・・所得格差や政治エスタブリッシュメント(特権階級)に対する市民の不満を「栄養」として、各地で分散的に増殖しつつある」、憂慮すべき現象だ。「英国のEU離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ」、ハンガリーやポーランドなど旧東欧諸国では「右派ポピュリズム政権」になっているので、正しくは「欧州で」というより「西欧で」だろう。「EUがジョンソン首相の脅しの前に妥協したことが、他国の右派ポピュリスト勢力に「新たな勇気」を与えるとしたら、欧州にとっての大きな悲劇である」、その通りで、思わぬ余波になる懸念がありそうだ。
次に、ジョージタウン大学教授のチャールズ・カプチャン氏が10月5日付けNewsweek日本版に掲載した「ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy」を紹介しよう。ただ、これは英総選挙前に書かれたことを留意する必要がある。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13115_1.php
・『<イギリスとイタリアの変化に見る民主主義の「自己修正」はアメリカに到達するか> ヨーロッパの政治の振り子が、移民排斥やナショナリズムの熱狂とは反対の方向に振れつつあるのかもしれない。 もちろん、イギリスのEU離脱(ブレグジット)をめぐる迷走は、相変わらずどこに行き着くのか分からない。イタリアで新たに誕生した連立内閣も、いつまで続くのか、あるいは、まともに機能するか分からない。 それでも、イギリスで与党・保守党の一部がボリス・ジョンソン首相に対して反旗を翻したこと、そしてイタリアで右派政党「同盟」(旧「北部同盟」)が権力の座から転落したことは、民主主義社会には過激なポピュリズムから回帰する力があるという希望をもたらしている。 確かに、自由民主主義と多元主義の危機はまだ続いている。 イギリスのジョンソンや、イタリアのマッテオ・サルビニ同盟党首、ドナルド・トランプ米大統領、そしてハンガリーのオルバン・ビクトル首相らポピュリスト政治家は、北米とヨーロッパがいかに衝動的な政治に流されやすいかを明らかにした。イギリスの首相が、EUからの合意なき離脱という破壊的行為を固く決意しているらしいことは、いまだにショッキングな現実だ。 アメリカの大統領が連日のように移民を侮辱し、ハイチとアフリカ諸国を「肥だめ」と呼び、ネオナチのデモに好意的な発言をすることも、これまでなら考えられなかった。イタリアで最大の人気を誇る政治家であるサルビニが、国内における民族浄化ならぬ「移民浄化」を訴えたことも衝撃的だった。 だが、イギリスとイタリアの政治で最近起きていることは、大衆扇動と人種差別をあおる行為にも限度がある(かもしれない)ことを示唆した。 英議会は、合意なき離脱を延期する法案を可決した。さらに保守党から大量の議員が離党した(造反を理由に追放された議員を含む)ため、ジョンソンは議会で多数派の地位を失った。長い目で見れば、こうした反乱は手遅れだったのかもしれない。 しかし選挙で選ばれた議員たちが、自らの政治生命や忠義を危険にさらしてでも国家のために立ち上がったことは、民主主義の自己修正メカニズムが機能しつつあり、リーダーによる民主的手続き無視に待ったをかける動きとして注目に値する。 相変わらずイギリス国内の分断は激しく、政治的な機能不全は続いている。しかし少なくとも現時点では、政治の適正化と常識が、ポピュリストの暴走に勝利を収めつつある』、総選挙結果は、イギリスでは真逆のことが起きたことを示している。「保守党から大量の議員が離党」、彼らはどうなったのだろう。
・『「サルビニ排除」で一致 イタリアでも、中道主義と歩み寄りの精神が復活しつつあるようだ。8月に同盟と左派政党「五つ星運動」の連立政権が崩壊して以来、混乱が続いていたが、五つ星と民主党の間で連立合意が成立したのだ。) だからといって両党がイデオロギー的な一致点を見いだせるとは思えないし、有効な統治を実現できる保証もない。しかしサルビニを退場させるという最優先課題に対処するために、イタリアの政治システムは適切に機能したと言えるだろう。 同盟の反移民的な言動と無責任なEU批判は、依然として大衆の間で受けがいい。それでもイタリア全体は、もっときちんとした形を持つ、まともな政治に回帰しつつある。ヨーロッパにはまだ、ポピュリストの政治指導者が権力を握っている国があることを考えると、イギリスとイタリアのこうした変化は歓迎すべきものだ。 例えばハンガリーでは、オルバンの権力は強くなる一方だ。ポーランドでも、右派政党「法と正義」が5月の欧州議会選挙で相変わらずの強さを示し、10月に予定されている総選挙でも善戦するとみられている。 しかし何より懸念すべきなのは、アメリカでトランプの人気に陰りが見えないことだろう。トランプは国内外で移民排斥的でナショナリスト的な主張を繰り返してきた。しかも2020年大統領選に向けて、支持基盤を勢いづけるとともに、民主党を突き放すために一段と過激な言動を取る可能性は高い。 民主党は18年の中間選挙の結果、下院で多数派の座を取り戻し、大統領の暴走を抑制しようとしてきた。だが、トランプは依然として民主主義の理念と手続きを踏みにじり、国内外に甚大な影響を与えている。 それなのになお、約40%の有権者から支持を集めており、再選の可能性は十分ある』、「何より懸念すべきなのは、アメリカでトランプの人気に陰りが見えないことだろう」、強く同意する。
・『政治的駆け引きの結果 トランプ自身と同じくらい苦々しい問題は、共和党がトランプの気まぐれを黙認していることだろう。分別があるはずの議員たちが、一貫性のない気分屋のデマゴーグ(扇動政治家)にそろって追従しているのだ。 それはトランプが、共和党の支持基盤の心をがっちりつかんでいるからだ。減税と保守派判事の指名という、共和党が最も重視するアジェンダの一部を実現してきたことも大きい。 しかしトランプへの追従は、大きな代償ももたらしている。トランプは歳出削減や貿易重視、移民受け入れなど、共和党の伝統的な立場を捨てた。 また、白人ナショナリズムを支持し、移民を排斥する発言は、人種的・民族的・宗教的な多様性を維持しつつ社会のまとまりを確保してきたアメリカの民主主義と多元主義を脅かしている。 それでもイギリスとイタリアの出来事を見ると、欧米の政治をむしばむ右派ポピュリズムに歯止めをかけることは可能なのだという希望が湧いてくる。 イギリスでは、ひと握りの勇気ある保守党議員がジョンソンの暴走にストップをかけた。イタリアでは、政治的現実主義がサルビニの野心をくじき、国家を危機の寸前から救った。 とはいえ、そのどちらも選挙の結果ではなく、政治的駆け引きの結果、生じた。このため、この現象が社会全体におけるポピュリズムの一時的後退を意味するのか、それとも、長期にわたる政治的軌道修正なのかは、まだ判断することはできない。 この疑問への答えは、イギリスの理性と、イタリアの現実主義が、大衆の不満にきちんと対処する政策を生み出せるかどうかに懸かっている。 それは歴史的に重大な意味を持つであろう20年アメリカ大統領選の行方にも、少なからぬ影響を与えるに違いない』、「イギリス」では、選挙結果からみるに、「理性」ではなく、「議会の混迷続きによる投げやりな態度」と言い換えた方が適切だろう。「20年アメリカ大統領選の行方にも、少なからぬ影響を与える」ことがないよう祈るしかなさそうだ。
先ずは、在独ジャーナリストの熊谷 徹氏が12月17日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「Brexit実現へ、右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」」を紹介しよう。これは、昨日のこのブログで取上げた英国のEU離脱を、欧州大陸側から見たものでもある。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/121600123/?P=1
:12月12日の英下院総選挙で、ジョンソン首相の率いる保守党が365議席を獲得。EU離脱が進むことになった。英国の離脱はEUに甚大な影響を及ぼす。英国の人口は約6600万人、GDPは約2兆3000億ユーロ。EUのGDPは一挙に約18%、人口は約13%減る。この離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ。 「ブレグジットを終わらせよう(Get Brexit done)」というボリス・ジョンソン首相のスローガンが、英国の有権者を突き動かした。保守党の大勝で、英国が来年1月末までにEU(欧州連合)との合意に基づいて離脱することはほぼ確実となった』、「この離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ」、東欧を除いた西欧では確かにその通りだ。
・『保守党、32年ぶりの歴史的圧勝 12月12日の下院総選挙で、ジョンソン首相の率いる保守党が365議席を得て、過半数を確保することが確実となった。英国下院の議席数は650なので、ジョンソン首相は安定過半数を確保する。これは1987年にマーガレット・サッチャー首相(当時)の率いる保守党が下院総選挙で圧勝して375議席を確保したのに次ぐ、地滑り的勝利だ。これに対しジェレミー・コービン氏の率いる労働党の議席数は203にとどまった。これは1935年以来最も少ない議席数だ。 わずか1年前には下院で何の権限も持たない「ヒラ議員」だったジョンソン首相に、有権者は絶大な権力というクリスマス・プレゼントを与えた。彼はブレグジット(英国によるEU離脱)を跳躍台に使って、権力拡大という政治的目標を着々と実現しつつある。保守党は、不運続きだったテリーザ・メイ前首相の時に比べて、下院での勢力を広げることに成功した。保守党にとっても、メディアから「ピエロ」と揶揄(やゆ)されたジョンソン氏を首相に担ぎ上げたことは、「勝利」だった。 ジョンソン圧勝は、英国のメディアや世論調査機関にとっても、想定外の事態だ。投票前の世論調査では、保守党への支持率(40%台)が労働党への支持率(30%台)を約10ポイント上回っていたが、実際の開票結果がこれほどの大差になるとは誰も予想していなかった。 ジョンソン首相は公約通り来年1月末までにブレグジットを実現するために、EU離脱に関する協定案を早急に下院で可決させるだろう。プリティ・パテル内務大臣は、「政府はクリスマス前に下院で協定案の承認を受け、ブレグジットを実現する」と述べている』、「ジョンソン首相」はかつてロンドン市長だったが、「1年前には下院で何の権限も持たない「ヒラ議員」だった」。「「ピエロ」と揶揄」されながらも、ここまで大処理したとは、幸運の星にでも恵まれたのだろう。
・『「ブレグジットを片付けて、前へ進もう」 この選挙は、ブレグジットに関する事実上の2度目の国民投票だった。有権者たちは今回、ブレグジットを断行するよう、首相に明確な負託を与えた。EU残留派の希望を打ち砕き、ジョンソン首相に追い風となったのは、「ブレグジットを早く終えたい」という国民の願望だ。 英国にはブレグジット疲れ(Brexithaustion)という言葉がある。2016年の国民投票で離脱派が勝利したものの、ブレグジットは政府と議会下院の対立のために、3年以上袋小路に陥っていた。英国、EUの政界、産業界では「ブレグジットをめぐる交渉のために、経済のデジタル化やロシア・中国からの脅威への対応、移民問題など、重要な議題がおろそかにされている」という不満が高まっていた。特にブレグジットに関する政府の提案が、ことごとく議会でブロックされ、堂々めぐりの状態が続いたことに多くの英国民がうんざりしていた。 保守党は今回の選挙戦で映画「ラブ・アクチュアリー」(2003年公開・ヒュー・グラント主演)を基にしたテレビ広告を放映した。クリスマスを前にした英国の住宅街。玄関のベルが鳴ったので住人の女性が扉を開けると、ジョンソン首相が立っている。彼はテープレコーダーでクリスマス・キャロルの音楽を流しながら、メッセージを書いた紙を女性に次々に見せる。そこには「もしも議会が妨害しなければ、我々はブレグジットを実現して、前に進むことができます」と書かれている。首相は次々に紙を取りかえて、「しかしひょっとすると労働党が勝つかもしれません。保守党が安定過半数を確保できるか、それともどの党も過半数を取れない状態になるか、それを決めるのはあなたの1票です」と訴える。 多くの有権者は、「前に進むことができる(We can move on)」というメッセージに引きつけられたのだろう。保守党も労働党も過半数を取れないハングパーラメント(宙づりの議会)が生まれた場合、これまでの堂々めぐりが来年も続く。多くの英国人たちは新しい年には、この国をブレグジットの泥沼から引っ張り上げて、けじめをつけたいと考えたのだ』、「保守党」の「テレビ広告」は、心憎いほど巧みだ。
・『ジョンソン首相の強硬な態度が奏功 ジョンソン氏に勝利をもたらしたのは、彼が首相就任直後から「EUと合意できなくても離脱する」という強硬姿勢を示し続けたことだ。彼の側近は「政府はEUと合意できないという前提で準備作業を進めている」というメッセージをメディアに流した。ジョンソン首相は、EU側に「英国は、合意なしのハード・ブレグジットに本当に踏み切るかもしれない」という不安を抱かせることに成功した。 この不安が、今年10月17日に奇跡を生んだ。EUは、それまで「メイ前首相との間で合意した離脱協定案を修正しない」という態度を貫いていた。ところがEUは突然180度方向転換して交渉に応じ、アイルランド共和国と英領北アイルランド地方との間の国境に関するジョンソン首相の修正案に合意したのだ。 この背景には、ハード・ブレグジットに対する恐れとともに、EU側の「ブレグジット疲れ」もあった。ブレグジットをめぐる先行きの不透明感は、ドイツをはじめとする欧州大陸各国の景気にも悪影響を与え始めていた。「離脱できないならば、溝の中で死んだ方がましだ」というジョンソン首相の脅しに、EUは屈したことになる。 ジョンソン首相は、1月31日までに離脱するという当面の目標は達成するだろう。だが英国政府の前には、難題が山積している。英国政府は、2月1日から始まる11カ月の移行期間中に、離脱後のEUとの貿易に関する条件や、英国民・EU圏の市民の滞在権の問題、防衛協力など、ブレグジット後の対EU関係についての様々な条件について、EUと本格的な協議を始めなくてはならない。ブレグジットが英国に与える不利益を最小限にするための作業が始まるのは、まさにこれからである。 ジョンソン首相は、「2020年末までにEUとの自由貿易などに関する交渉を終える」という目標を打ち出しているが、EU側では「少なくとも交渉に3年はかかるだろう」という見方が有力だ。EUとカナダの間の自由貿易協定の調印には、実に7年もの歳月がかかっている』、「EU側の「ブレグジット疲れ」もあった」、言われてみればその通りなのかも知れない。
・『ブレグジットはEUにとっても大損失 欧州大陸の政府や企業は、英国がEUとの合意なしに離脱する「ハード・ブレグジット」への懸念を強めていた。EUと英国の間に関税が突然導入されると、物流などを混乱させるからだ。だがジョンソン首相の圧勝によって、彼がEUとの間で合意した協定に基づき離脱が行われることがほぼ確実となり、ハード・ブレグジットの危険は回避された。 EU側では、安堵の声が聞かれる。ドイツのアンゲラ・メルケル首相は「英国がEUを離れるのは残念だが、無秩序なハード・ブレグジットではなく、合意に基づいたブレグジットとなることを歓迎する。さらに保守党が安定過半数を確保したことで、これまで我々がしばしば目撃したような、議会と政府が立ち往生する状況が避けられるのは、よいことだ」と述べている。 ブレグジットをめぐる五里霧中の状態が終わり、EU離脱への道筋がはっきりしたこと、特に無秩序な離脱の回避は、民間企業からも高く評価されるに違いない。 しかし英国の離脱が、EUにとって大きな痛手であることに変わりはない。1952年に欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)として産声を上げたEUは67年間の歴史の中で、初めて加盟国を失う。欧州の拡大・統合プロセスに初めてブレーキがかけられる。 しかも英国は、EUで最も重要な国の1つだ。ブレグジットによってEUの人口は約6624万人減り、GDPも約2兆3320億ユーロ(約280兆円)減る。英国のGDPは、28の加盟国の中で、ドイツに次いで2番目に大きい。EUのGDPは一挙に約18%、人口は約13%減る。 ドイツの経済学者ハンス・ベルナー・ジン教授は、「英国のGDP規模は、GDPが最も小さい方から20の加盟国を合わせた経済規模に相当する。つまりブレグジットはEUの小国20カ国が一度にEUを離脱するのと同じインパクト(衝撃)を持つ」と述べている。 欧州で株式市場に上場している企業の約20%が、英国に本社を置いている。さらに英国は欧州の「知の源泉」としても重要な役割を果たしている。世界のトップ大学と言われる高水準の大学のランキングによると、欧州で最も水準が高い大学10校のうち、8校が英国にある。別のランキングを見ても、10校中7校が英国の大学だ。 外交に与える影響も大きい。伝統的に英国は米国政府と「特別な関係」を維持してきた。例えば米国の諜報(ちょうほう)機関は、同じアングロサクソンの国である英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの諜報機関と密接に協力してきた。これら5カ国の諜報機関のサークルは「ファイブ・アイズ(5つの目)」と呼ばれる。英国はこれらの国々と特に親しい関係を保ち、イスラム系テロ組織などに関する重要な情報を、日本やドイツなどの非アングロサクソンの国よりも多く共有してきた。このように米国政府と独自の情報チャネルを持っている英国を失うことは、EUにとって大きな損失である』、「ブレグジットはEUの小国20カ国が一度にEUを離脱するのと同じインパクトを持つ」、「高水準の大学のランキングによると、欧州で最も水準が高い大学10校のうち、8校が英国にある」、「ファイブ・アイズ」の英国を失う、などいずれもEU諸国にとっても、影響は大きそうだ。
・『EU財政にも深い傷 英国離脱は、EU財政にも大きな影響を与える。EUの2017年度予算は約1579億ユーロ(約19兆円)。EUはこの資金によって、域内の経済格差を縮める努力をしている。例えばギリシャやイタリア南部を旅行すると、高速道路などの工事現場の立て札に、しばしば青地に黄色の星を並べたEUのマークが付けられているのを目にする。その工事にEUの資金が投じられていることを示す。 EUはこのように欧州の至る所で、道路や橋梁、鉄道網などの交通インフラを整備したり、各国の農家に補助金を出したり、企業の研究開発を支援したりしている。EUから主に資金援助を受けるのは、市民1人当たりのGDPがEU平均よりも低い国々だ。EU予算は、加盟国が納める拠出金によって支えられている。この「会費」の額は、GDPの大きさなどに基づいて決められている。2017年に拠出金額が最も多かったのはドイツで、約196億ユーロ(約2兆4000億円)だった。英国の支払額は約106億ユーロ(約1兆3000億円)で、フランス、イタリアに次いで第4位である。 加盟国はEUに「会費」を支払うだけではなく、EUから様々な資金援助、つまり「見返り」も受ける。したがってEUへの貢献度を比べる上で最も重要なのは純拠出金、つまり加盟国がEUに支払う拠出金と、各国がEUから受け取る補助金などとの差額である。 交通インフラの整備が遅れており、農業への依存度が高い国ほど、EUから多額の補助金を受け取る。このためEU内のいわば「発展途上国」は拠出金よりも受け取る額が多いので差引額が黒字(入超)となる。他方、交通インフラの整備が比較的進んでおり、農業依存度が低い「先進工業国」は赤字(出超)となる。 英国の2017年の純拠出金(つまり赤字額)は約53億ユーロ(約6400億円)で、ドイツ(107億ユーロ=約1兆3000億円)に次いで2番目に多かった。純拠出金(赤字額)の対GDP比率を比べると、ドイツはGDPの0.32%で第1位。英国は同0.23%で第4位である。 逆に農業など第1次産業への依存度が大きいポーランドやギリシャは、EUから供与される額の方が、EUに支払う額を上回っているので黒字となっている。ギリシャはGDPの2.1%に相当する額、ポーランドはGDPの1.9%に当たる額をEUから受け取っている。 つまり英国の離脱によって、EUが使える資金の規模は一挙に6400億円減る。中長期的には、補助金やインフラ整備資金などを受け取っている東欧諸国、南欧諸国にとっても痛手だ』、確かに「中長期的には、補助金やインフラ整備資金などを受け取っている東欧諸国、南欧諸国にとっても痛手だ」、こんなところにも影響せざるを得ないようだ。
・『英国は欧州ポピュリスト革命の最初の犠牲者 21世紀に入ってから、米国でのトランプ政権の誕生など、世界各地で右派ポピュリスト勢力が拡大しつつある。私はこれを、世界で「右派ポピュリズム革命」が進んでいる兆候と考えている。この革命は運動の中心を持たず、所得格差や政治エスタブリッシュメント(特権階級)に対する市民の不満を「栄養」として、各地で分散的に増殖しつつある。近く実現する英国のEU離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ。 フランスやイタリアの右派ポピュリズム勢力は、2016年以降の英国の混乱を見て恐れをなしたのか、最近ではEU離脱を要求しなくなっている。ドイツの右翼政党も、最近ではユーロ圏離脱について、言及するのを避けている。だが来年英国が離脱を実現した場合、これらの国々のポピュリストたちがどのような反応を見せるかは、依然として1つの心配の種だ。EUがジョンソン首相の脅しの前に妥協したことが、他国の右派ポピュリスト勢力に「新たな勇気」を与えるとしたら、欧州にとっての大きな悲劇である』、「「右派ポピュリズム革命」・・・所得格差や政治エスタブリッシュメント(特権階級)に対する市民の不満を「栄養」として、各地で分散的に増殖しつつある」、憂慮すべき現象だ。「英国のEU離脱は、欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ」、ハンガリーやポーランドなど旧東欧諸国では「右派ポピュリズム政権」になっているので、正しくは「欧州で」というより「西欧で」だろう。「EUがジョンソン首相の脅しの前に妥協したことが、他国の右派ポピュリスト勢力に「新たな勇気」を与えるとしたら、欧州にとっての大きな悲劇である」、その通りで、思わぬ余波になる懸念がありそうだ。
次に、ジョージタウン大学教授のチャールズ・カプチャン氏が10月5日付けNewsweek日本版に掲載した「ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy」を紹介しよう。ただ、これは英総選挙前に書かれたことを留意する必要がある。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/10/post-13115_1.php
・『<イギリスとイタリアの変化に見る民主主義の「自己修正」はアメリカに到達するか> ヨーロッパの政治の振り子が、移民排斥やナショナリズムの熱狂とは反対の方向に振れつつあるのかもしれない。 もちろん、イギリスのEU離脱(ブレグジット)をめぐる迷走は、相変わらずどこに行き着くのか分からない。イタリアで新たに誕生した連立内閣も、いつまで続くのか、あるいは、まともに機能するか分からない。 それでも、イギリスで与党・保守党の一部がボリス・ジョンソン首相に対して反旗を翻したこと、そしてイタリアで右派政党「同盟」(旧「北部同盟」)が権力の座から転落したことは、民主主義社会には過激なポピュリズムから回帰する力があるという希望をもたらしている。 確かに、自由民主主義と多元主義の危機はまだ続いている。 イギリスのジョンソンや、イタリアのマッテオ・サルビニ同盟党首、ドナルド・トランプ米大統領、そしてハンガリーのオルバン・ビクトル首相らポピュリスト政治家は、北米とヨーロッパがいかに衝動的な政治に流されやすいかを明らかにした。イギリスの首相が、EUからの合意なき離脱という破壊的行為を固く決意しているらしいことは、いまだにショッキングな現実だ。 アメリカの大統領が連日のように移民を侮辱し、ハイチとアフリカ諸国を「肥だめ」と呼び、ネオナチのデモに好意的な発言をすることも、これまでなら考えられなかった。イタリアで最大の人気を誇る政治家であるサルビニが、国内における民族浄化ならぬ「移民浄化」を訴えたことも衝撃的だった。 だが、イギリスとイタリアの政治で最近起きていることは、大衆扇動と人種差別をあおる行為にも限度がある(かもしれない)ことを示唆した。 英議会は、合意なき離脱を延期する法案を可決した。さらに保守党から大量の議員が離党した(造反を理由に追放された議員を含む)ため、ジョンソンは議会で多数派の地位を失った。長い目で見れば、こうした反乱は手遅れだったのかもしれない。 しかし選挙で選ばれた議員たちが、自らの政治生命や忠義を危険にさらしてでも国家のために立ち上がったことは、民主主義の自己修正メカニズムが機能しつつあり、リーダーによる民主的手続き無視に待ったをかける動きとして注目に値する。 相変わらずイギリス国内の分断は激しく、政治的な機能不全は続いている。しかし少なくとも現時点では、政治の適正化と常識が、ポピュリストの暴走に勝利を収めつつある』、総選挙結果は、イギリスでは真逆のことが起きたことを示している。「保守党から大量の議員が離党」、彼らはどうなったのだろう。
・『「サルビニ排除」で一致 イタリアでも、中道主義と歩み寄りの精神が復活しつつあるようだ。8月に同盟と左派政党「五つ星運動」の連立政権が崩壊して以来、混乱が続いていたが、五つ星と民主党の間で連立合意が成立したのだ。) だからといって両党がイデオロギー的な一致点を見いだせるとは思えないし、有効な統治を実現できる保証もない。しかしサルビニを退場させるという最優先課題に対処するために、イタリアの政治システムは適切に機能したと言えるだろう。 同盟の反移民的な言動と無責任なEU批判は、依然として大衆の間で受けがいい。それでもイタリア全体は、もっときちんとした形を持つ、まともな政治に回帰しつつある。ヨーロッパにはまだ、ポピュリストの政治指導者が権力を握っている国があることを考えると、イギリスとイタリアのこうした変化は歓迎すべきものだ。 例えばハンガリーでは、オルバンの権力は強くなる一方だ。ポーランドでも、右派政党「法と正義」が5月の欧州議会選挙で相変わらずの強さを示し、10月に予定されている総選挙でも善戦するとみられている。 しかし何より懸念すべきなのは、アメリカでトランプの人気に陰りが見えないことだろう。トランプは国内外で移民排斥的でナショナリスト的な主張を繰り返してきた。しかも2020年大統領選に向けて、支持基盤を勢いづけるとともに、民主党を突き放すために一段と過激な言動を取る可能性は高い。 民主党は18年の中間選挙の結果、下院で多数派の座を取り戻し、大統領の暴走を抑制しようとしてきた。だが、トランプは依然として民主主義の理念と手続きを踏みにじり、国内外に甚大な影響を与えている。 それなのになお、約40%の有権者から支持を集めており、再選の可能性は十分ある』、「何より懸念すべきなのは、アメリカでトランプの人気に陰りが見えないことだろう」、強く同意する。
・『政治的駆け引きの結果 トランプ自身と同じくらい苦々しい問題は、共和党がトランプの気まぐれを黙認していることだろう。分別があるはずの議員たちが、一貫性のない気分屋のデマゴーグ(扇動政治家)にそろって追従しているのだ。 それはトランプが、共和党の支持基盤の心をがっちりつかんでいるからだ。減税と保守派判事の指名という、共和党が最も重視するアジェンダの一部を実現してきたことも大きい。 しかしトランプへの追従は、大きな代償ももたらしている。トランプは歳出削減や貿易重視、移民受け入れなど、共和党の伝統的な立場を捨てた。 また、白人ナショナリズムを支持し、移民を排斥する発言は、人種的・民族的・宗教的な多様性を維持しつつ社会のまとまりを確保してきたアメリカの民主主義と多元主義を脅かしている。 それでもイギリスとイタリアの出来事を見ると、欧米の政治をむしばむ右派ポピュリズムに歯止めをかけることは可能なのだという希望が湧いてくる。 イギリスでは、ひと握りの勇気ある保守党議員がジョンソンの暴走にストップをかけた。イタリアでは、政治的現実主義がサルビニの野心をくじき、国家を危機の寸前から救った。 とはいえ、そのどちらも選挙の結果ではなく、政治的駆け引きの結果、生じた。このため、この現象が社会全体におけるポピュリズムの一時的後退を意味するのか、それとも、長期にわたる政治的軌道修正なのかは、まだ判断することはできない。 この疑問への答えは、イギリスの理性と、イタリアの現実主義が、大衆の不満にきちんと対処する政策を生み出せるかどうかに懸かっている。 それは歴史的に重大な意味を持つであろう20年アメリカ大統領選の行方にも、少なからぬ影響を与えるに違いない』、「イギリス」では、選挙結果からみるに、「理性」ではなく、「議会の混迷続きによる投げやりな態度」と言い換えた方が適切だろう。「20年アメリカ大統領選の行方にも、少なからぬ影響を与える」ことがないよう祈るしかなさそうだ。
タグ:熊谷 徹 (その5)(Brexit実現へ 右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」、ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy) ポピュリズムの台頭 ブレグジットはEUにとっても大損失 日経ビジネスオンライン 「Brexit実現へ、右派ポピュリスト革命の「最初の勝利」」 英下院総選挙 「ブレグジットを終わらせよう(Get Brexit done)」というボリス・ジョンソン首相のスローガンが、英国の有権者を突き動かした 保守党、32年ぶりの歴史的圧勝 「ブレグジットを片付けて、前へ進もう」 欧州で右派ポピュリズム勢力が収める最初の具体的な勝利だ ジョンソン首相の強硬な態度が奏功 英国は欧州ポピュリスト革命の最初の犠牲者 EU財政にも深い傷 チャールズ・カプチャン Newsweek日本版 「ヨーロッパでポピュリズムへの反省が始まった?A New Hope for Democracy」 「サルビニ排除」で一致 政治的駆け引きの結果
英国EU離脱問題(その15)(ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由、英総選挙 どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か、英国のEU離脱が確実となった今 「日米英同盟」結成に動くべき理由) [世界情勢]
英国EU離脱問題については、4月13日に取上げた。総選挙を経た今日は、(その15)(ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由、英総選挙 どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か、英国のEU離脱が確実となった今 「日米英同盟」結成に動くべき理由)である。
先ずは、みずほ総合研究所欧米調査部 上席主任エコノミストの吉田健一郎氏が12月14日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223490
・『過半数超え87年以来の大勝 コービン労働党首は辞意 12月12日に投開票が行われた英国の総選挙は、ボリス・ジョンソン首相が率いる与党・保守党が大勝した。 保守党の獲得議席は過半議席を上回る364議席となる見通しで、マーガレット・サッチャー首相が3選を果たした1987年総選挙以来の議席数を獲得した。 他方、野党第一党の労働党は1935年総選挙以来の大敗を喫し、203議席の獲得にとどまった。 保守党が過半数を大幅に超える議席を得たことで、英下院での離脱協定の批准や関連の実装法案などが早ければ年内か、来年1月に可決される見通しで、「2月1日のブレグジット実現」の道筋がついた。 支持率調査では選挙戦終盤に労働党が追い上げていたこともあり、直前の予想では保守党が過半議席を獲れないのではないかとの見通しがささやかれていただけに、今回の結果は驚きをもって受け止められた。 特に労働党の大敗は事前予測を大きく上回る結果で、例えば、英調査会社YouGovは、労働の獲得議席数を中央値で231議席、レンジでみても206~256議席と予測していた。 選挙結果を受けて、労働党のジェレミー・コービン党首は辞任の意向を表明した』、私自身は「離脱」には反対なので、総選挙結果には失望した。
・『メッセージが明確だった保守党 “混迷疲れ”の有権者の支持得る 何が保守党と労働党の命運を分けたのか。明暗を分けた3つのポイントがある。 第一は、ブレグジット政策の成否である。 今回の選挙の主要争点であるブレグジットについて、保守党のメッセージは明確で、一方の労働党のメッセージは曖昧だった。 保守党のジョンソン首相は、「ブレグジットを実現させる(Get Brexit Done)」というシンプルかつ分かりやすいスローガンを繰り返し、16年の国民投票以降の長きにわたるブレグジット交渉と英下院の迷走に疲れた有権者の支持を得た。 これに対し労働党は、選挙で勝った場合には3カ月以内に、より穏健な離脱を再交渉し、6カ月後にその結果とEU残留とを国民投票にかけることを公約としていた。 しかし、コービン党首は国民投票となった場合に労働党が党として残留と離脱のどちらの側に立つかという基本的な問いに明確に答えることすらできなかった。 このため、伝統的な労働党の地盤で離脱支持者が多い中西部で保守党に票が流れただけでなく、残留を支持する有権者の票も固めきれなかった。 第二は、マニフェストの内容である。 保守党の歳出拡大策が、労働党よりも多くの有権者の支持を得た可能性がある。 保守党は拡張的な財政政策を打ち出し、国民保健サービス(NHS)改革や、治安といった世論の関心が高い分野に積極的に資金を投入し、国民保険料減額など国民受けの良い政策を公約とした。 他方で労働党は左派的なアジェンダを追求し、鉄道、公共、郵便事業などの再国有化、法人税の19%から26%への引き上げ、富裕者への所得増税と中低所得者への増税凍結など、サッチャー政権以降、採られてきた経済政策と逆方向の再分配政策を提唱した。 しかし、こうした政策の恩恵を得る中西部、労働者階級の有権者はブレグジット政策への反対から保守党に流れ、時代に逆行する政策は都市部の有権者や若者には届かなかった。 第三は、党首の人気である。 2019年9月にIpsos MORIが行った世論調査によれば、コービン党首は野党の党首として、77年の調査開始以来最も人気がない党首と見なされている(不支持率は76%)。ブレグジット政策の取り扱いについても回答者の77%が「悪い」と答えた。 17年の前回選挙では労働党が勝利したが、今回の選挙では保守党が勝利したストーク・オン・トレント北の選挙区から立候補した労働党のスミース議員は、英スカイTVとのインタビューの中で「コービン氏の個人的な動きが、今回の私の選挙区での(敗北という)結果をもたらした」と厳しく非難している』、どうみても「労働党」のオウンゴールだ。不利と分かっている総選挙に何故賛成したのかも疑問だが、「16年の国民投票以降の長きにわたるブレグジット交渉と英下院の迷走に疲れた有権者」を前にしては、党派的理由で総選挙に反対する選択肢はなかったのかも知れない。
・『SNPがスコットランドで議席増、自民党は不振で党首も落選 総選挙で、保守、労働党以外のそのほかの党では、明確に離脱取りやめを打ち出した自由民主党の獲得議席は、12議席の見通しで、スウィンソン党首も議席を失った。 650の選挙区に分かれて、各選挙区で最多票を得た候補1名が当選する小選挙区制は、支持基盤が広い大政党に有利といわれる。 このため、有権者は自由民主党を支持していたとしても、自らの票が死票とならないよう、当選しそうな大政党に投票する傾向がある(戦略的投票といわれる)。この結果、支持率調査と比べても自由民主党の獲得議席数は伸びなかった。 スコットランドの地域政党であるスコットランド民族党(SNP)は、スコットランドでの議席数を増やした。 SNPは、スコットランドの英国からの独立を問う住民投票を2020年内に実施することを公約として掲げており、その前哨戦としての位置づけがあった。) そのため、保守党が2017年の前回選挙よりさらにスコットランドでの議席数を伸ばしたことで、SNPは住民投票実施の要求を強める可能性がある。 ただし、英国では住民投票の実施には中央政府での立法が必要である。保守党は住民投票の実施に反対しており、公約実現の見通しは立っていない。 その他、ナイジェル・ファラージ党首が率いる新党ブレグジット党は、議席を獲得できなかった。そもそも、メイ前政権の下で穏健化するブレグジットに不満を抱く有権者の受け皿として登場した同党は、ジョンソン政権の誕生とともに支持率は低下に転じた』、「ブレグジット党は」ブレグジットを掲げる「ジョンソン政権」を前にしては、存在意義を失ったのだろう。
・『来年2月1日に「実現」 3月からEUとFTA交渉 保守党の勝利により、ブレグジットは実現が確定したといえる。 今後は、英下院で離脱協定が批准された後、離脱協定実施法案など幾つかの関連法が可決され、2月1日に英国はEUを離脱することとなる。 EU条約第50条第3項、およびEU決定(EU) 2019/1810によれば、英・EU両者が批准プロセスを終えた月の翌月初日あるいは20年2月1日のどちらか早いほうが離脱日となる。 保守党が下院で過半議席を握り、かつ所属議員の造反はほぼ起こらないと予想され、そう考えると、下院採決は円滑に進む見通しだ。 20年2月1日から同年12月31日まで、英国は離脱に向けた移行期間に入る。 移行期間中は英国にEU法が適用されることから、離脱したという事実以外、経済活動に与える影響はほとんどないだろう。 在英のEU市民や在EUの英国民についてもその地位は保証される。財、サービス、資本の移動についても従来同様に自由である。 移行期間に英国とEUは自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉を行う。 英国側の首席交渉官はリズ・トラス国際貿易相であり、EU側は新任のフィル・ホーガン欧州委員(通商担当)になる。なお、ホーガン委員はアイルランド出身で、前農業・農村開発担当の欧州委員である。 EU側では、まず首脳会合において交渉の基本方針を定め、EUとして英国との通商交渉を開始する権限を欧州委員会に付託するための交渉指令を、EU閣僚理事会において承認する必要がある。 ホーガン委員は、アイルランド紙とのインタビューの中で「(3月17日のアイルランドの祭日である)聖パトリック・デイ」までには交渉開始が可能と述べている』、「移行期間」での「英国とEUは自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉」は簡単ではなさそうだ。
・『FTAは1年ではまとまらず 移行期間は延長される見込み ただ、FTA交渉の難しさを考えると、英国とEUの間のFTA交渉は、移行期間中にはまとまらず、移行期間は延長される公算が大きい。 ホーガン欧州委員(通商担当)は、前述のインタビューの中で、「(長年EUの一員であった)英国との交渉はゼロから始まるわけではなく、通常3~4年かかる他国との交渉よりもより早期に締結が可能」との見通しを述べている。 だが、3月に交渉を始めても、わずか8カ月強で発効までこぎつけられるという見通しは楽観的過ぎるだろう。 FTA交渉が2020年12月末までの移行期間中に終わらない場合、英国とEUの間で関税や通関手続きが突然、発生し、いわゆる「合意なき離脱」と同じような状況に陥ってしまう。 こうした状況を避けるべく、離脱協定第132条では移行期間の1年または2年の延期が認められている。ただし延期の決定は、7月1日までにされなければならないため、交渉開始からほとんど時間はない』、「延期の決定は、7月1日までにされなければならない」、のであれば、当初の交渉は「延期」を睨んだものとなり、本腰が入らないのではという気もする。
・『EUとの「公平な競争関係維持」に向けた規制の調和が争点に FTA交渉の焦点は、英・EUが公平な競争環境(Level Playing Field、LPF)の維持に向けた包括的な枠組みを作れるかという点だろう。 EUは、離脱した英国が一方的に自由化を進め、EU企業の競争力がそがれることを懸念している。 LPFの維持に向けた製品基準や労働基準、国家補助など競争政策、徴税の仕組み、社会保障・労働に関する基準、環境保護に関する規制などの枠組みなどが、争点としては考えられる。 例えば、英国が特定の産業に有利になるような補助金政策をとったり、過度に低い法人税を課したりして、競争上の不利をEU企業にもたらすことは、LPFを阻害する可能性があるとEU側はみなしている。 さらに、LPFが守られているかどうかの監視や、紛争処理、判決の執行、制裁の付加などの役割をどのような機関がどのような形で担うのか、といった点も協議される。 英国はEUのルールに縛られずに独自の自由な規制環境の中で第三国との通商関係を構築したいと考えており、EUとの交渉は難航する可能性がある。 こうした中で、財の取引は広範な自由化が進む公算が大きい。これまでEUが結んできたカナダとの包括的経済貿易協定(CETA)や日本との経済連携協定(EPA)の実績を考えると、英・EU間のFTAにおいても全量に近い関税撤廃が予想される。 しかし、関税が撤廃されるといっても、原産地規則(ROO)に関する取り決めなど、優遇関税を適用する上でのルール作りについては、交渉の余地が大きい。 他方で、サービス取引については、単一市場にいる現状と比してクロスボーダーでのサービス提供は難しくなるだろう。 英国にとって重要な金融サービスについては、1カ国で営業免許を取得すれば残りのEU27カ国に対して自由にクロスボーダーで金融サービスを提供することができる「パスポート」は使えなくなる。 在英金融機関は、EU内に新たな拠点を作るなど既に対応済みであり、大きな混乱は生じないとみられるが、英国とEUが将来関係に関する政治宣言の中で20年6月末までに行うことで合意した、同等性評価の結果が注目される』、「同等性評価」を厳しく運用すれば、英国は手足を縛られることになるので、どこで着地させるかは、確かに注目点だ。
・『ジョンソン首相は第三国とも幅広いFTA目指す 筆者は11月に英国へ出張し、離脱推進派のエコノミストと議論を行ったが、その時に感じたのは、離脱を支持するエコノミストの自由貿易推進への強い意志である。 保守党の政治家を含む離脱推進派は、ブレグジットを国内外で自由化を進めるための手段と見なしている。 従って、第三国とのFTAをいかに早く、広く、深く進めていけるかは重要である。FTAの優先順位としてはEUが筆頭に来るだろうが、その後、米国、オセアニア諸国、日本などが続くとみられる。 第三国とのFTAについて、離脱派エコノミストのグループであるEconomists for Free Tradeは、第三国とのFTAの効果だけで英GDPを中期的に4.0%押し上げると推計している。 英国内市場の開放による競争促進や価格低下がGDPの中期的な増加をもたらすと考えているためだ。 一般的にFTAのメリットとしては、自由化による輸出先市場の開放が挙げられることが多いが、ここでは国外市場開放のメリットではなく、国内市場開放のメリットを狙っている。 中期的にみて、離脱派のエコノミストが考えるように「自由で開放的なビジネスの場」として英経済が拡大していくという保証はない。むしろ現在のエコノミストのコンセンサスはその逆で、英国は中期的に競争力を失うというものだ。 しかし、少なくとも保守党の政治家たちは、市場開放による新自由主義的な政策を拡張財政とセットにしながら追求している』、「Economists for Free Tradeは、第三国とのFTAの効果だけで英GDPを中期的に4.0%押し上げると推計」、EU離脱に伴うマイナス効果は入ってない可能性がある。「現在のエコノミストのコンセンサスはその逆で、英国は中期的に競争力を失うというものだ」、この方がありそうなシナリオだ。
次に、在英ジャーナリストの小林恭子氏が12月14日付けNewsweek日本版に掲載した「英総選挙、どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kobayashi/2019/12/post-6_1.php
・『<イギリス人は3年前の国民投票でEU離脱を選択してしまったことを後悔していると思ったが、フタを開ければ、強硬離脱派のジョンソンが歴史的大勝を収め、再度の国民投票を提示した労働党は大敗した。一体何が起こったのか> イギリスで12日、下院(定数650)総選挙が行われ、ボリス・ジョンソン氏が率いる保守党が単独過半数を超える365議席を獲得して、圧勝した。ここまでの議席数は、1987年のマーガレット・サッチャー首相以来。今年7月末の首相就任時には「イギリスを壊す男」とも言われたジョンソン氏はなぜ勝てたのか。 一方、社会主義的政策で若者層を中心に人気を得ていた労働党のジェレミー・コービン党首。世論調査では保守党との差を当初の20ポイントから10ポイントにまで縮め、追い上げていたものの、59議席を失うという驚きの結果になった。 保守党と労働党、こうも大きく明暗を分けたのはなぜだろう』、小林氏はどのように見ているのだろう。
・『「ブレグジットを片付けてしまおう」 単独過半数が確定した後、ジョンソン首相は保守党員の前に立ち、演説を始めた。「初めて保守党に投票した方は、今回、私たちに票を貸してくれただけかもしれません」「これは自分がロンドン市長に選ばれた時も、こう言ったのですが」と前置きをして、右腕をブルブルと振るわせた。「投票用紙の保守党の欄にチェックを入れた時、手が震えたかもしれません」。少し笑いが起きる。しかし、雰囲気はあくまでも真面目だ。「あなたは次回、労働党に投票するのかもしれません。でも、あなたが私たちを信頼してくれたことに感謝します。私は、私たち保守党はあなたの信頼を決して無駄にしません」。拍手が沸いた。 伝統的に労働党に投票する多くの有権者が今回保守党に投票したこと。これこそ、ジョンソン氏率いる保守党の成功の印だった。 選挙期間中は、「コービン政権を成立させてはならない」と何度も繰り返してきた。実際に、コービン排除に成功したのである。 「さあ、これからブレグジットを片付けてしまいましょう」。「ブレグジットを実行する(Let's get Brexit done)」というフレーズは、選挙運動中に何度も繰り返してきた。 しかし、ここで終わってしまっては、保守党最大のジョーク男と言われるジョンソン氏らしくない。そこで、「その前に......朝食を片付けてしまいましょう!」。聴衆がどっと沸いた。 名門イートン校からオックスフォード大学に進み、ジャーナリストから下院議員、ロンドン市長、そしてまた下院議員、さらに外相にまでなったジョンソン氏をイギリスでは「ボリス」以外で呼ぶ人はほとんどいない(今は「首相」という呼び方が多いかもしれないが)。 テレビのクイズ番組内でのユーモアあふれる応答によって国民的人気者になり、「いつも笑わせてくれる政治家」として知られるようになったが、政治信条は風見鶏的で、離脱を推進する政治家となったのも、その方が首相になれる確率が高かったからに過ぎない。事実の誇張や女性蔑視、人種差別的とも捉えうる危ない表現がひょこっと顔を出す人物である。) それでも、ジョンソン氏は保守党を大勝に導いた。 その鍵は、ブレグジットだった。キャンペーン中、「ブレグジットを実行する」、「もうオーブンに入っている(だから、すぐ実行できるぞ)」と繰り返したジョンソン氏。耳にタコができるようなフレーズの繰り返しだった。 しかし、これこそが今の英国の有権者の多くが望んでいることだった。 離脱の是非を問う国民投票から3年半が経過し、それでもいつ離脱するのかが定かではない英国は、「ブレグジットを実行する」と繰り返す、ジョンソン氏のような人物を必要としていた。そして、有権者は保守党に票を投じることでそれを証明して見せた』、「ジョンソン氏」はなかなかの役者のようだ。「「ブレグジットを実行する(Let's get Brexit done)」というフレーズは」、ブレグジット騒ぎにうんざりしていた国民に受けたのだろう。
・『嫌われた、ジェッザ 今から4年前の2015年、緊縮財政が継いた英国で、労働党の党首選が行われた。 この時、まさかと思う人物が選ばれてしまった。他の党首候補者よりも20歳は年齢が高く、万年平議員のジェレミー・コービン氏だ。反戦・反核運動で知られ、筋金入りの左派である。愛称は「ジェッザ」。 社会福祉の削減が次第に負の影響を及ぼしはじめ、嫌気がさしていた国民感情を察知した労働党内の左派層がコービン氏を後押し。党首選が進む中で、コービン氏の社会民主主義的政策が若者層に魅力的に映った。 しかし、「既成体制を脅かす」存在とみなされたコービン氏は党内の中道派や右派系マスコミに頻繁に批判された。何度も「コービン下ろし」の動きがあり、これをかいくぐりながら、今日まで党首の地位を維持してきた。 ところが、今回の総選挙では、59議席を失い、獲得議席数は203。1935年以来の低い議席数である。しかも、今回は、伝統的に労働党の拠点だったイングランド地方北部の複数の選挙区での負けが目立った。 どんなコービン下ろしにも頑として動じなかったコービン氏は、自分の選挙区であるロンドン・イズリントンで、「非常にがっかりする結果となりました」と述べた。 「それでも、選挙中の私たちの公約は人々に希望を与えるものだったと思います」と胸を張った。 ただし、「次の選挙では、私は党首として闘いません」と宣言した。いつ辞任するかは党幹部との協議によるという。 労働党大敗の理由も明らかだった。やっぱり、ブレグジットだったのである』、肝心の「ブレグジット」に明確な姿勢を示せず、大敗した「コービン党首」の引責は当然だろうが、労働党は今後どのように立て直していくのだろう。
・『「再度の国民投票」で、支持者を減らす 2016年のEU加盟の是非を問う国民投票の際に、労働党は議員内では残留派が大部分だったが、自分の選挙区は離脱を選択したケースが多々あった。 そこで2017年の総選挙では、労働党はブレグジットの実現を公約としたが、今回は「再度の国民投票」を選択肢に入れた。コービン党首自身は「ブレグジットについて、自分は中立です」と宣言していた。 もし政権が取れたら、EUと再度交渉をして新たな離脱協定案を作る。それを国民が受け入れるのか、あるいは残留を希望するかを聞き、その結果を受け入れるというスタンスであるという。 しかし、「離脱中止」、あるいは「再度の国民投票」は、現在のイギリスではタブーだ。 もちろん、今でも残留を願う人はいるし、離脱による経済への負の影響が多大であることもよく紹介されている。 しかし、最初の国民投票から3年半経ち、何度も「離脱予定日」が延長され、下院での議論が行き詰まっている様子を目撃してきた国民からすると、残留派の国民でさえ、「とにかく、早く何かしてくれ」という思いが強い。 もし労働党の言うように「もう一度、EUと交渉し、新たな離脱案を作り、再度国民投票をして......」となった場合、数カ月、いや1年はかかるかもしれない。 国民は「いつ果てるとも分からない状態」に、心底飽き飽きしている。 ブレグジットの実行を願う、これまでは労働党支持の有権者は、今回、保守党を選んだのである』、「残留派の国民でさえ、「とにかく、早く何かしてくれ」という思いが強い」、「国民は「いつ果てるとも分からない状態」に、心底飽き飽きしている」、というのが保守党大勝の背景なのだろう。
・『「協力できない」と言われ 労働党の大敗には、コービン党首自身への嫌気感もかなり影響している。 公約には電気、水道、鉄道などの公営化を含む、サッチャー政権以前の時代に後戻りするような政策が含まれており、反コービン派が言うところの「共産主義的」匂いがあった。 離脱中止というラジカルな選択肢を公約にした自由民主党のジョー・スウィンソン党首は、自分自身が落選するという顛末を経験したが、彼女が毛嫌いしていたのがコービン党首。「一旦は、ブレグジットを実行すると言っていた。ああいう人とは協力できない」と何度か明言した。 コービン氏は保守系の力が強いメディアも敵に回した。労働党内のユダヤ人差別の撤廃に同氏が積極的ではないという記事が継続して掲載されてきた。 筆者からすると、ジャム作りが趣味というコービン氏は人柄が良さそうに見える。時には妄言を発し、首相職を狙うためには自説を曲げることも厭わないジョンソン氏よりは、人間的に正直に見える。 しかし、ジョンソン氏は今後、5年間はイギリスの首相であり続け、コービン氏は来年上半期には、政治の表舞台から去ってゆく。 理不尽かもしれないが、今のイギリスには「とにかく、ブレグジット」という強い風が吹いているのである』、やはり「人柄の良さ」は、政治家としては評価されないようだ。
・『なぜ、ブレグジットなのか ところで、そもそもなぜブレグジットなのか。経済的に不利益を被るかもしれないのに、なぜ?と筆者はよく聞かれる。 一義的にいうと、「誰かに自分のことを決められるのは、嫌だ」という国民感情がある。 EU加盟国では、国内の法律の上にEUの法律が存在する構造だ。法律を決めるのは欧州議会議員と欧州委員会の官僚で、前者は英国民も票を投じることができるものの、自分が住む地域の欧州議会議員の名前を知っている人はほとんどいないほど、遠い存在だ。欧州委員会は官僚主義の権化として英国民は認識している。 離脱推進者が主張していたのは、「これまでEUに支払ってきたお金を国の医療サービスや教育に回せる」、そして、「英連邦を含む、世界中と自由貿易ができる」こと。 IMFやイングランド銀行、その他の多くの経済や金融の専門組織やシンクタンクは、ブレグジットによって負の影響が出る、特に貧困層が大きな悪影響を受けると警告してきた。 「なぜ、それでもブレグジットをしたいのか」と聞かれるならば、当初の国民投票から年月が経つうちに、「5年、10年後になって、最初の痛みが薄らいだ時に、大きな飛躍ができるのではないか」という見方を出す専門家もいるようになり、決して荒唐無稽の話ではなくなったという背景がある。 イングランド北部を中心に、ブレグジットへの志向が出てきた理由として、「再現(注:際限?)のないEU市民の流入を止めたい」という思いもあった。 例えば、こういうことだ。 2004年以降、東欧諸国を中心とした10カ国が一気にEUに加盟したことで、学校、職場、病院でみるみる間に人が増えた。筆者も実際に、病院のアポが取りにくくなり、ポーランドやハンガリー、リトアニアなどからきた人をよく見かけるようになった。 時の政府がEUからの移民流入に一定の歯止めをかけるべきだったのに、と筆者は思う。しかし、それはEUの人、もの、サービス、資本の自由な往来を阻害するものとして、当時は受け止められ、「無制限での受け入れは良いこと」と思われていたのである。 「自分で自分のことを決めたい」。この思いがますます強くなっていることを感じるこの頃だ』、国民投票時には僅差で、その後、離脱派の主張のいいかげんさも明らかになったのに、「「5年、10年後になって、最初の痛みが薄らいだ時に、大きな飛躍ができるのではないか」という見方を出す専門家もいるようになり、決して荒唐無稽の話ではなくなった」、政治の流れというのはそんなものなのかも知れない。
第三に、立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏が12月16日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「英国のEU離脱が確実となった今、「日米英同盟」結成に動くべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223445
・『12月12日に行われた英国の総選挙で与党保守党が圧勝した。これで英国がEU離脱の早期実現に向けて動くことは確実となった。この情勢を受けて日本がすべきことは「日米英同盟」の結成に向けて働き掛けていくことだ。その理由を解説する』、強い違和感を感じたので、あえて紹介した次第だ。
・『英国の総選挙は与党保守党の圧勝 EU離脱に大きく前進した 12月12日、英国で総選挙の投開票が行われた。与党保守党が、2017年の前回選挙から49議席増やす364議席を獲得した。下院(定数650)の過半数(325)をはるかに超える大勝利となり、10月にボリス・ジョンソン英首相が欧州連合(EU)とまとめた「離脱協定案」の議会通過に大きく前進した。 一方、労働党は前回の選挙から60議席減らす202議席にとどまった。元々労働党の基盤であったイングランド北部や中部の工業地帯が保守党に切り崩されてしまう大敗となった。また、一貫して「EU残留」を訴えてきた中道政党・自由民主党は、トニー・ブレア元首相やジョン・メイジャー元首相らが「超党派」で支援していたが、2議席減の11議席の獲得という結果に終わった。これに対して、「EU残留・英国からの独立」を主張するスコットランド民族党(SNP)は、13議席増の48議席と躍進した。今回は、英国総選挙を総括し、今後について考察してみたい。) ▽英国民は「合意ある離脱」が最適解と判断したのだろう(この連載では、16年の「EUからの離脱を問う国民投票」の後、どんなに英国政治が混乱して見えても、「英国は必ずEU離脱について『最適な解』を見つける」と一貫して主張し続けてきた(本連載第224回)。今回の総選挙で、英国民はジョンソン首相がまとめた「合意ある離脱」が最適であるという判断を下したのではないだろうか。 筆者が、英国は最適な解を見つけると信じて疑わなかったのは、他の政治体制にはなく、自由民主主義体制だけが持つ機能があるからだ。それは、政治家も国民も「失敗」から「学習」することができ、大きな体制変革なくして、「失敗をやり直す」ことができること(第198回)。そして、それは権力を持つ側の言動が、全て国民にオープンである自由民主主義体制だからこそ可能なことである。 英国のEU離脱に関する今日までのプロセスを振り返ってみよう。特筆すべきことは、いいことも悪いことも全て隠されることなく、英国民のみならず、世界中の誰でも自由に見て、自由に批判することができるオープンな状況で行われてきたということだ。 3年前の国民投票から、本当にいろいろなことがあった。英国の政治家と国民は、EU離脱そのものの困難さ、そしてEU離脱のための合意形成の難しさを痛感した。「合理なき離脱」で起こる深刻な事態も認識した(第224回・P5)。 その結果、英国民が下した判断が今回の総選挙の結果だ。多くの英国民は紆余曲折の末、ジョンソン首相が取りまとめた離脱協定案を、「まだマシなもの」として受け入れることにした。そして、これ以上EU離脱を巡って何も決められない混乱した状況が続き、他の政策課題が後回しにされ続けることを回避した。これは、EU離脱に関する全ての情報が国民にオープンだったからこそ下せた判断だと考える。) よく、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。選挙に委ねるのは間違い」という主張がある。だが、かつての共産主義や全体主義の国など、エリートが全てを決める「計画経済」の国はほとんど失敗した(第114回)。エリートは自らの誤りになかなか気付けないものだ。 また、エリートは自らの誤りを隠そうとし、情報を都合よく操作しようとする。しかし、操作しようとすればするほど、ますますつじつまが合わなくなる。国民がエリートの誤りに気付いたときは手の施しようがなくなっていて、国民はエリートと共に滅びるしかないのだ。その端的な事例が、「大本営発表」を続けて国民をだまし、国民が気づいたときには無条件降伏に追い込まれていた、かつての「大日本帝国」だろう。 共産主義・全体主義の国は、うまくいっているときは意思決定が早く、優れた政治体制のように見えなくもない。だが、いったん危機に陥ると脆いものだ。一方、自由民主主義がその真価を発揮するのは、危機的状況においてである。 危機的状況であっても、国民に隠し事なく、どんな都合の悪い情報でもオープンにすることで、国民は危機回避に動くことができる。また、政府に誤りがあれば、選挙という手段で政治体制が崩壊する前にそれを正すことができる。 そういう状況は意思決定に長い時間がかかるし、不格好に見えるものである。だが、最後には国家そのものを崩壊させるようなことにはならず、ベストではないにせよ、「まだマシ」な決定を下すことができるものだ。 ちなみに、第2次世界大戦の緒戦、英国はナチスドイツに対して劣勢に追い込まれた。しかし、英公共放送BBCは、日本の「大本営発表」とは真逆の姿勢をとった。悪い情報も包み隠さず放送したのだ。悪い情報を国民が知ることこそ、明日の勝利につながるという信念に基づいた行動だった(第108回)。 ウィンストン・チャーチル元英首相の有名な言葉、「民主主義は最悪の政治体制といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」は、今でも生きている。英国はブレグジット(英国のEU離脱)という難題に対して、奇跡的に「最適な解」を見つけた。このことは、どんな国でも陥る可能性がある「国難」に対してどう対処すべきか、議会制民主主義国の本家本元がお手本を示したといえるのではないだろうか』、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。選挙に委ねるのは間違い」は確かに間違いだが、国民に任せると「衆愚政治」に陥り易いのも事実だ。「危機的状況であっても、国民に隠し事なく、どんな都合の悪い情報でもオープンにすることで、国民は危機回避に動くことができる。また、政府に誤りがあれば、選挙という手段で政治体制が崩壊する前にそれを正すことができる」、「議会制民主主義国の本家本元がお手本を示したといえるのではないだろうか」、どう考えても英国政治を美化し過ぎだ。現実には、ジョンソン首相のポピュリスト的手法や騙し合いなど、ドロドロしたものがある筈だ。
・『英国がEUの早期離脱に動くのは確実 問題は離脱後の英国経済の行方だ さて、気になるのは、選挙後の展開である。いうまでもなく、保守党が議会で安定多数を確保したことで、ジョンソン首相はEUからの早期離脱を実行に移すことになる。 問題は、離脱後の英国経済がどうなるかだ。英国は離脱後にEUと自由貿易協定(FTA)を締結する方針である。ただ、貿易量はEU残留時に比べて2~3割落ち込み、国内総生産(GDP)も3~8%ほど下回るという見通しがある。だが、筆者は短期的な経済の動向にはあまり関心はない。 確かにEU離脱による経済の混乱は起こるだろう。しかし、ジョンソン首相はこれまでの首相たちのような緊縮財政とは真逆の、大胆な財政出動を行ってそれを補うだろう。英国の財政は他の欧州諸国と比べればまだマシな状況であり、短期的な財政出動に耐える体力は持っている。 その上、英国に拠点を置く企業は既にEU離脱後の経済の落ち込みに対する準備を完了している。従って、おそらく試算された通りに経済が落ち込むことはないのではないか。これも、EU離脱を巡る情報がオープンだった賜物である。ジョンソン首相が就任したとき、英国の企業は「合意なき離脱」を覚悟し、それに対処する準備を始めることができていたからだ。 そして、EU離脱直後の混乱期が過ぎていくと、この連載で何度も主張してきた、「英国の優位性」が効いてくることになる。それは、英国が「英連邦」という巨大な「生存圏」を持っていることだ。 英連邦には、「資源大国(南アフリカ、ナイジェリア、カナダ、オーストラリアなど)」「高度人材大国(インド)」「高度経済成長している新興国(東南アジア)」などが含まれる。英連邦を再構築しつつ、離脱後の最初の5年間を乗り切れば、その後は「巨大な生存権」を築ける可能性があるのだ(第134回)。 それに対して、EUは「ドイツの独り勝ち」状態であり、ギリシャやイタリアなど経済的に問題を抱えている国が少なくない。それらの国では、ドイツへの不満もあり、極右政党が台頭している「EU離脱予備軍」国もある。また、英国のようにエネルギー自給ができず、ロシアの天然ガスに依存しており、エネルギー安全保障上も脆弱である(第149回)。 もし英国がEUに残留すれば、経済的に困難を抱える国々の面倒を見るように押し付けられる可能性が高かった。早いうちにEUから抜けたほうがまだマシというのが、筆者の見解だ。 また、英国がEUから離脱すれば、英ロンドンの国際金融市場「シティ」から資金が引き揚げられてシティに代わる金融市場が欧州に生まれる、シティの地位は劇的に低下するという意見がある。だが、これは間違いである。 シティがEUの規制から自由になれば、世界中の資金はより規制が少なく、世界中に点在する英国領やエリザベス女王直轄領のタックスヘイブンが背後にあるシティに集まりやすくなるからだ。 そもそも、シティには長年蓄積された国際金融市場としてのノウハウがある。これをドイツの製造業が中心であるEUが簡単に身に付けられるものではない。シティに取って代われるはずがないのだ。日本に例えるならば、「車の生産拠点である豊田市に、東京の金融市場を持ってきてもうまくできるはずがない」と言えば、分かりやすいだろうか。 そして、さらに考えるべきことがあるとすれば、今回の総選挙で議席を伸ばしたSNPである。ニコラ・スタージョン党首は、EU離脱になれば、再びスコットランド独立の住民投票の実現を目指すと宣言している(第90回)。 しかし、スコットランドの独立気運は縮小していくと考える。繰り返すが、EUは今後、加盟国の中で経済的に問題がある国によって、内部的に不安定になる可能性がある。そうなると、EUにしがみつくよりも英国の一部であるほうが有利だという考え方が次第に広がっていくだろう』、「「英連邦」という巨大な「生存圏」を持っている」、いまや「英連邦」は名目的なもので、経済的結びつきは弱い。まして、「生存圏」なる時代がかった概念を持ち出した筆者のセンスも疑わざるを得ない。
・『英国のEU離脱に対して日本がすべきは「日米英同盟」の結成 英国が「EU離脱」へ動き出すことに対して、日本は「日米英同盟」の結成に向けて早期に働き掛けていくべきだろう(第217回)。 既に、英国はテリーザ・メイ政権時から、EU離脱後の「米国抜きの11カ国による環太平洋包括連携協定」(いわゆる「TPP11」)への加盟を希望してきた(第192回)。ジョンソン首相もその方針を踏襲するだろう。TPP11のうち、6カ国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、ブルネイ)が英連邦加盟国であり、英国のTPP11への参加は自然な流れだ。 TPP11への英国の加盟は、英連邦の再構築に加えて、実質的な「日英自由貿易協定」の締結を意味する。そして、日本の参議院選挙が終わったことで、日米の貿易交渉も本格化する。最終的に世界第1位(米国)、第3位(日本)、第5位(英国)の経済大国に、TPP加盟10カ国と他の英連邦諸国(インド、南アフリカ、ナイジェリアなど)が加わる「超巨大自由貿易圏」が誕生することになる。 また、ジョンソン首相は就任時にドナルド・トランプ米大統領と電話会談し、EU離脱後の英国と米国が早期に「野心的な自由貿易協定」の交渉を開始することで一致している。トランプ大統領は、「米英の貿易は、英国がEUの一員であることで妨げられてきた。離脱後、両国間の取引は3倍から4倍、5倍増えるかもしれない」との見方を示した。 その後、お互いにいろいろなことを言い合ってはいるが、基本的にはジョンソン首相とトランプ大統領は「ケミストリー」が合う。目が離せないような丁々発止のやり取りとなり、交渉が進んでいくはずだ。 英国の「TPP11」加盟と「米英FTA」締結は、日本にとっても大きなメリットとなるだろう。筆者は、「安倍外交」にレガシー(遺産)があるとすれば、それは例えば、日露関係の深化による北方領土問題の進展などではないと思う。むしろ、「TPP11」をまとめ上げたことこそが、真のレガシーである。 今後の国際社会は「ブロック化」が進み、「生存圏」を築ける国家・地域が生き残る力を持つことになる。しかし、国内に資源がなく、輸出主導型の経済システムで生きてきた日本は、「生存権」を持つ国が経済と資源を「ブロック化」してしまったら、一つの小さな島国に落ちてしまう(第145回)』、「今後の国際社会は「ブロック化」が進み、「生存圏」を築ける国家・地域が生き残る力を持つことになる」、グローバル化が曲がり角にあることは事実だが、かといって対極の「ブロック化」が進むとの筆者の判断には首を傾げざるを得ない。
・『安倍政権は、世界の「ブロック化」で日本が抱えるリスクの恐ろしさを実は非常によく理解しており、米国の離脱にもかかわらず、TPP11をまとめ上げた(第192回)。これは、自由貿易を守りたい国々にとって非常に魅力的であり、安倍首相の「八方美人的」な人当たりの良さも加わり、日本に「自由貿易圏のアンカー役」といっても過言ではない地位を与えつつあるように思う。そして、その基盤の上に米国と英国が加わるのだ。それは日本が、中国やロシア、EUを上回る巨大な「生存圏」を形成することを意味する。 そして、日本にとっては経済面だけでなく、安全保障面でも大きなメリットをもたらすことになるだろう。「EU離脱」後、英国が英連邦という「生存圏」を強化するために、安全保障面で中東・インド洋から東南アジアへのプレゼンスを強めようとするのは明らかだ。 海軍力をランク付けすると、1位米国、4位日本、5位英国という説がある。日米同盟が日米英安全保障同盟に発展すれば、圧倒的な世界最大の海軍が誕生することになる。このことは、中国の海洋進出に対する強い牽制となるのは間違いない(第187回)。 日米英の経済・安全保障における同盟関係の強化は、できるだけ急がなければならない。まず、来年の米大統領選挙でトランプ大統領が勝てるかどうか分からない。米民主党の大統領が誕生すれば、ジョンソン首相との関係がどうなるか分からないし、民主党は歴史的に「親・中国」で、日本との関係がいいとは言えない。 また、安倍首相の任期も残り2年を切っている。自民党総裁に「4選」という話がないわけではないが、基本的に首相自身にその気はないようだ。後継とされる自民党の石破茂元幹事長や岸田文雄政調会長に、日米英同盟という大胆な発想を進める力量はないように思う。 結局、「ドナルド・シンゾー・ボリス」というある意味「規格外」の人間が集まったときでないと、こういうことはできない。やるなら、今しかないのだ。 最後に強調しておきたいのだが、これは軍事的・経済的に急拡大している中国と闘うためにやるのではないということだ。日本は、中国とは親密な関係を築かねばならないというのはいうまでもない。実際、米中貿易戦争中のトランプ大統領はともかくとして、ジョンソン首相は中国とも非常に親しい関係にある。 日米英同盟は、日本が中国と対等に付き合い続けるために必要なものだということだ。急激に力を付けている相手と対等に付き合うには、こちらも力を持たなければならない。 日本では、英国のEU離脱による日本企業のリスクという短期的な話ばかりが議論されてきた。しかし、短期的な話よりも重要なのは、中長期的にEU離脱で何が起こるのかを見極めて、日本がどう動くかを考えることである』、「日米英同盟」については、アメリカ・ファーストを唱えるトランプ大統領が果たして関心を示すかは疑問だ。筆者の「妄想」に過ぎないのではなかろうか。
先ずは、みずほ総合研究所欧米調査部 上席主任エコノミストの吉田健一郎氏が12月14日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223490
・『過半数超え87年以来の大勝 コービン労働党首は辞意 12月12日に投開票が行われた英国の総選挙は、ボリス・ジョンソン首相が率いる与党・保守党が大勝した。 保守党の獲得議席は過半議席を上回る364議席となる見通しで、マーガレット・サッチャー首相が3選を果たした1987年総選挙以来の議席数を獲得した。 他方、野党第一党の労働党は1935年総選挙以来の大敗を喫し、203議席の獲得にとどまった。 保守党が過半数を大幅に超える議席を得たことで、英下院での離脱協定の批准や関連の実装法案などが早ければ年内か、来年1月に可決される見通しで、「2月1日のブレグジット実現」の道筋がついた。 支持率調査では選挙戦終盤に労働党が追い上げていたこともあり、直前の予想では保守党が過半議席を獲れないのではないかとの見通しがささやかれていただけに、今回の結果は驚きをもって受け止められた。 特に労働党の大敗は事前予測を大きく上回る結果で、例えば、英調査会社YouGovは、労働の獲得議席数を中央値で231議席、レンジでみても206~256議席と予測していた。 選挙結果を受けて、労働党のジェレミー・コービン党首は辞任の意向を表明した』、私自身は「離脱」には反対なので、総選挙結果には失望した。
・『メッセージが明確だった保守党 “混迷疲れ”の有権者の支持得る 何が保守党と労働党の命運を分けたのか。明暗を分けた3つのポイントがある。 第一は、ブレグジット政策の成否である。 今回の選挙の主要争点であるブレグジットについて、保守党のメッセージは明確で、一方の労働党のメッセージは曖昧だった。 保守党のジョンソン首相は、「ブレグジットを実現させる(Get Brexit Done)」というシンプルかつ分かりやすいスローガンを繰り返し、16年の国民投票以降の長きにわたるブレグジット交渉と英下院の迷走に疲れた有権者の支持を得た。 これに対し労働党は、選挙で勝った場合には3カ月以内に、より穏健な離脱を再交渉し、6カ月後にその結果とEU残留とを国民投票にかけることを公約としていた。 しかし、コービン党首は国民投票となった場合に労働党が党として残留と離脱のどちらの側に立つかという基本的な問いに明確に答えることすらできなかった。 このため、伝統的な労働党の地盤で離脱支持者が多い中西部で保守党に票が流れただけでなく、残留を支持する有権者の票も固めきれなかった。 第二は、マニフェストの内容である。 保守党の歳出拡大策が、労働党よりも多くの有権者の支持を得た可能性がある。 保守党は拡張的な財政政策を打ち出し、国民保健サービス(NHS)改革や、治安といった世論の関心が高い分野に積極的に資金を投入し、国民保険料減額など国民受けの良い政策を公約とした。 他方で労働党は左派的なアジェンダを追求し、鉄道、公共、郵便事業などの再国有化、法人税の19%から26%への引き上げ、富裕者への所得増税と中低所得者への増税凍結など、サッチャー政権以降、採られてきた経済政策と逆方向の再分配政策を提唱した。 しかし、こうした政策の恩恵を得る中西部、労働者階級の有権者はブレグジット政策への反対から保守党に流れ、時代に逆行する政策は都市部の有権者や若者には届かなかった。 第三は、党首の人気である。 2019年9月にIpsos MORIが行った世論調査によれば、コービン党首は野党の党首として、77年の調査開始以来最も人気がない党首と見なされている(不支持率は76%)。ブレグジット政策の取り扱いについても回答者の77%が「悪い」と答えた。 17年の前回選挙では労働党が勝利したが、今回の選挙では保守党が勝利したストーク・オン・トレント北の選挙区から立候補した労働党のスミース議員は、英スカイTVとのインタビューの中で「コービン氏の個人的な動きが、今回の私の選挙区での(敗北という)結果をもたらした」と厳しく非難している』、どうみても「労働党」のオウンゴールだ。不利と分かっている総選挙に何故賛成したのかも疑問だが、「16年の国民投票以降の長きにわたるブレグジット交渉と英下院の迷走に疲れた有権者」を前にしては、党派的理由で総選挙に反対する選択肢はなかったのかも知れない。
・『SNPがスコットランドで議席増、自民党は不振で党首も落選 総選挙で、保守、労働党以外のそのほかの党では、明確に離脱取りやめを打ち出した自由民主党の獲得議席は、12議席の見通しで、スウィンソン党首も議席を失った。 650の選挙区に分かれて、各選挙区で最多票を得た候補1名が当選する小選挙区制は、支持基盤が広い大政党に有利といわれる。 このため、有権者は自由民主党を支持していたとしても、自らの票が死票とならないよう、当選しそうな大政党に投票する傾向がある(戦略的投票といわれる)。この結果、支持率調査と比べても自由民主党の獲得議席数は伸びなかった。 スコットランドの地域政党であるスコットランド民族党(SNP)は、スコットランドでの議席数を増やした。 SNPは、スコットランドの英国からの独立を問う住民投票を2020年内に実施することを公約として掲げており、その前哨戦としての位置づけがあった。) そのため、保守党が2017年の前回選挙よりさらにスコットランドでの議席数を伸ばしたことで、SNPは住民投票実施の要求を強める可能性がある。 ただし、英国では住民投票の実施には中央政府での立法が必要である。保守党は住民投票の実施に反対しており、公約実現の見通しは立っていない。 その他、ナイジェル・ファラージ党首が率いる新党ブレグジット党は、議席を獲得できなかった。そもそも、メイ前政権の下で穏健化するブレグジットに不満を抱く有権者の受け皿として登場した同党は、ジョンソン政権の誕生とともに支持率は低下に転じた』、「ブレグジット党は」ブレグジットを掲げる「ジョンソン政権」を前にしては、存在意義を失ったのだろう。
・『来年2月1日に「実現」 3月からEUとFTA交渉 保守党の勝利により、ブレグジットは実現が確定したといえる。 今後は、英下院で離脱協定が批准された後、離脱協定実施法案など幾つかの関連法が可決され、2月1日に英国はEUを離脱することとなる。 EU条約第50条第3項、およびEU決定(EU) 2019/1810によれば、英・EU両者が批准プロセスを終えた月の翌月初日あるいは20年2月1日のどちらか早いほうが離脱日となる。 保守党が下院で過半議席を握り、かつ所属議員の造反はほぼ起こらないと予想され、そう考えると、下院採決は円滑に進む見通しだ。 20年2月1日から同年12月31日まで、英国は離脱に向けた移行期間に入る。 移行期間中は英国にEU法が適用されることから、離脱したという事実以外、経済活動に与える影響はほとんどないだろう。 在英のEU市民や在EUの英国民についてもその地位は保証される。財、サービス、資本の移動についても従来同様に自由である。 移行期間に英国とEUは自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉を行う。 英国側の首席交渉官はリズ・トラス国際貿易相であり、EU側は新任のフィル・ホーガン欧州委員(通商担当)になる。なお、ホーガン委員はアイルランド出身で、前農業・農村開発担当の欧州委員である。 EU側では、まず首脳会合において交渉の基本方針を定め、EUとして英国との通商交渉を開始する権限を欧州委員会に付託するための交渉指令を、EU閣僚理事会において承認する必要がある。 ホーガン委員は、アイルランド紙とのインタビューの中で「(3月17日のアイルランドの祭日である)聖パトリック・デイ」までには交渉開始が可能と述べている』、「移行期間」での「英国とEUは自由貿易協定(FTA)の締結に向けた交渉」は簡単ではなさそうだ。
・『FTAは1年ではまとまらず 移行期間は延長される見込み ただ、FTA交渉の難しさを考えると、英国とEUの間のFTA交渉は、移行期間中にはまとまらず、移行期間は延長される公算が大きい。 ホーガン欧州委員(通商担当)は、前述のインタビューの中で、「(長年EUの一員であった)英国との交渉はゼロから始まるわけではなく、通常3~4年かかる他国との交渉よりもより早期に締結が可能」との見通しを述べている。 だが、3月に交渉を始めても、わずか8カ月強で発効までこぎつけられるという見通しは楽観的過ぎるだろう。 FTA交渉が2020年12月末までの移行期間中に終わらない場合、英国とEUの間で関税や通関手続きが突然、発生し、いわゆる「合意なき離脱」と同じような状況に陥ってしまう。 こうした状況を避けるべく、離脱協定第132条では移行期間の1年または2年の延期が認められている。ただし延期の決定は、7月1日までにされなければならないため、交渉開始からほとんど時間はない』、「延期の決定は、7月1日までにされなければならない」、のであれば、当初の交渉は「延期」を睨んだものとなり、本腰が入らないのではという気もする。
・『EUとの「公平な競争関係維持」に向けた規制の調和が争点に FTA交渉の焦点は、英・EUが公平な競争環境(Level Playing Field、LPF)の維持に向けた包括的な枠組みを作れるかという点だろう。 EUは、離脱した英国が一方的に自由化を進め、EU企業の競争力がそがれることを懸念している。 LPFの維持に向けた製品基準や労働基準、国家補助など競争政策、徴税の仕組み、社会保障・労働に関する基準、環境保護に関する規制などの枠組みなどが、争点としては考えられる。 例えば、英国が特定の産業に有利になるような補助金政策をとったり、過度に低い法人税を課したりして、競争上の不利をEU企業にもたらすことは、LPFを阻害する可能性があるとEU側はみなしている。 さらに、LPFが守られているかどうかの監視や、紛争処理、判決の執行、制裁の付加などの役割をどのような機関がどのような形で担うのか、といった点も協議される。 英国はEUのルールに縛られずに独自の自由な規制環境の中で第三国との通商関係を構築したいと考えており、EUとの交渉は難航する可能性がある。 こうした中で、財の取引は広範な自由化が進む公算が大きい。これまでEUが結んできたカナダとの包括的経済貿易協定(CETA)や日本との経済連携協定(EPA)の実績を考えると、英・EU間のFTAにおいても全量に近い関税撤廃が予想される。 しかし、関税が撤廃されるといっても、原産地規則(ROO)に関する取り決めなど、優遇関税を適用する上でのルール作りについては、交渉の余地が大きい。 他方で、サービス取引については、単一市場にいる現状と比してクロスボーダーでのサービス提供は難しくなるだろう。 英国にとって重要な金融サービスについては、1カ国で営業免許を取得すれば残りのEU27カ国に対して自由にクロスボーダーで金融サービスを提供することができる「パスポート」は使えなくなる。 在英金融機関は、EU内に新たな拠点を作るなど既に対応済みであり、大きな混乱は生じないとみられるが、英国とEUが将来関係に関する政治宣言の中で20年6月末までに行うことで合意した、同等性評価の結果が注目される』、「同等性評価」を厳しく運用すれば、英国は手足を縛られることになるので、どこで着地させるかは、確かに注目点だ。
・『ジョンソン首相は第三国とも幅広いFTA目指す 筆者は11月に英国へ出張し、離脱推進派のエコノミストと議論を行ったが、その時に感じたのは、離脱を支持するエコノミストの自由貿易推進への強い意志である。 保守党の政治家を含む離脱推進派は、ブレグジットを国内外で自由化を進めるための手段と見なしている。 従って、第三国とのFTAをいかに早く、広く、深く進めていけるかは重要である。FTAの優先順位としてはEUが筆頭に来るだろうが、その後、米国、オセアニア諸国、日本などが続くとみられる。 第三国とのFTAについて、離脱派エコノミストのグループであるEconomists for Free Tradeは、第三国とのFTAの効果だけで英GDPを中期的に4.0%押し上げると推計している。 英国内市場の開放による競争促進や価格低下がGDPの中期的な増加をもたらすと考えているためだ。 一般的にFTAのメリットとしては、自由化による輸出先市場の開放が挙げられることが多いが、ここでは国外市場開放のメリットではなく、国内市場開放のメリットを狙っている。 中期的にみて、離脱派のエコノミストが考えるように「自由で開放的なビジネスの場」として英経済が拡大していくという保証はない。むしろ現在のエコノミストのコンセンサスはその逆で、英国は中期的に競争力を失うというものだ。 しかし、少なくとも保守党の政治家たちは、市場開放による新自由主義的な政策を拡張財政とセットにしながら追求している』、「Economists for Free Tradeは、第三国とのFTAの効果だけで英GDPを中期的に4.0%押し上げると推計」、EU離脱に伴うマイナス効果は入ってない可能性がある。「現在のエコノミストのコンセンサスはその逆で、英国は中期的に競争力を失うというものだ」、この方がありそうなシナリオだ。
次に、在英ジャーナリストの小林恭子氏が12月14日付けNewsweek日本版に掲載した「英総選挙、どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か」を紹介しよう。
https://www.newsweekjapan.jp/kobayashi/2019/12/post-6_1.php
・『<イギリス人は3年前の国民投票でEU離脱を選択してしまったことを後悔していると思ったが、フタを開ければ、強硬離脱派のジョンソンが歴史的大勝を収め、再度の国民投票を提示した労働党は大敗した。一体何が起こったのか> イギリスで12日、下院(定数650)総選挙が行われ、ボリス・ジョンソン氏が率いる保守党が単独過半数を超える365議席を獲得して、圧勝した。ここまでの議席数は、1987年のマーガレット・サッチャー首相以来。今年7月末の首相就任時には「イギリスを壊す男」とも言われたジョンソン氏はなぜ勝てたのか。 一方、社会主義的政策で若者層を中心に人気を得ていた労働党のジェレミー・コービン党首。世論調査では保守党との差を当初の20ポイントから10ポイントにまで縮め、追い上げていたものの、59議席を失うという驚きの結果になった。 保守党と労働党、こうも大きく明暗を分けたのはなぜだろう』、小林氏はどのように見ているのだろう。
・『「ブレグジットを片付けてしまおう」 単独過半数が確定した後、ジョンソン首相は保守党員の前に立ち、演説を始めた。「初めて保守党に投票した方は、今回、私たちに票を貸してくれただけかもしれません」「これは自分がロンドン市長に選ばれた時も、こう言ったのですが」と前置きをして、右腕をブルブルと振るわせた。「投票用紙の保守党の欄にチェックを入れた時、手が震えたかもしれません」。少し笑いが起きる。しかし、雰囲気はあくまでも真面目だ。「あなたは次回、労働党に投票するのかもしれません。でも、あなたが私たちを信頼してくれたことに感謝します。私は、私たち保守党はあなたの信頼を決して無駄にしません」。拍手が沸いた。 伝統的に労働党に投票する多くの有権者が今回保守党に投票したこと。これこそ、ジョンソン氏率いる保守党の成功の印だった。 選挙期間中は、「コービン政権を成立させてはならない」と何度も繰り返してきた。実際に、コービン排除に成功したのである。 「さあ、これからブレグジットを片付けてしまいましょう」。「ブレグジットを実行する(Let's get Brexit done)」というフレーズは、選挙運動中に何度も繰り返してきた。 しかし、ここで終わってしまっては、保守党最大のジョーク男と言われるジョンソン氏らしくない。そこで、「その前に......朝食を片付けてしまいましょう!」。聴衆がどっと沸いた。 名門イートン校からオックスフォード大学に進み、ジャーナリストから下院議員、ロンドン市長、そしてまた下院議員、さらに外相にまでなったジョンソン氏をイギリスでは「ボリス」以外で呼ぶ人はほとんどいない(今は「首相」という呼び方が多いかもしれないが)。 テレビのクイズ番組内でのユーモアあふれる応答によって国民的人気者になり、「いつも笑わせてくれる政治家」として知られるようになったが、政治信条は風見鶏的で、離脱を推進する政治家となったのも、その方が首相になれる確率が高かったからに過ぎない。事実の誇張や女性蔑視、人種差別的とも捉えうる危ない表現がひょこっと顔を出す人物である。) それでも、ジョンソン氏は保守党を大勝に導いた。 その鍵は、ブレグジットだった。キャンペーン中、「ブレグジットを実行する」、「もうオーブンに入っている(だから、すぐ実行できるぞ)」と繰り返したジョンソン氏。耳にタコができるようなフレーズの繰り返しだった。 しかし、これこそが今の英国の有権者の多くが望んでいることだった。 離脱の是非を問う国民投票から3年半が経過し、それでもいつ離脱するのかが定かではない英国は、「ブレグジットを実行する」と繰り返す、ジョンソン氏のような人物を必要としていた。そして、有権者は保守党に票を投じることでそれを証明して見せた』、「ジョンソン氏」はなかなかの役者のようだ。「「ブレグジットを実行する(Let's get Brexit done)」というフレーズは」、ブレグジット騒ぎにうんざりしていた国民に受けたのだろう。
・『嫌われた、ジェッザ 今から4年前の2015年、緊縮財政が継いた英国で、労働党の党首選が行われた。 この時、まさかと思う人物が選ばれてしまった。他の党首候補者よりも20歳は年齢が高く、万年平議員のジェレミー・コービン氏だ。反戦・反核運動で知られ、筋金入りの左派である。愛称は「ジェッザ」。 社会福祉の削減が次第に負の影響を及ぼしはじめ、嫌気がさしていた国民感情を察知した労働党内の左派層がコービン氏を後押し。党首選が進む中で、コービン氏の社会民主主義的政策が若者層に魅力的に映った。 しかし、「既成体制を脅かす」存在とみなされたコービン氏は党内の中道派や右派系マスコミに頻繁に批判された。何度も「コービン下ろし」の動きがあり、これをかいくぐりながら、今日まで党首の地位を維持してきた。 ところが、今回の総選挙では、59議席を失い、獲得議席数は203。1935年以来の低い議席数である。しかも、今回は、伝統的に労働党の拠点だったイングランド地方北部の複数の選挙区での負けが目立った。 どんなコービン下ろしにも頑として動じなかったコービン氏は、自分の選挙区であるロンドン・イズリントンで、「非常にがっかりする結果となりました」と述べた。 「それでも、選挙中の私たちの公約は人々に希望を与えるものだったと思います」と胸を張った。 ただし、「次の選挙では、私は党首として闘いません」と宣言した。いつ辞任するかは党幹部との協議によるという。 労働党大敗の理由も明らかだった。やっぱり、ブレグジットだったのである』、肝心の「ブレグジット」に明確な姿勢を示せず、大敗した「コービン党首」の引責は当然だろうが、労働党は今後どのように立て直していくのだろう。
・『「再度の国民投票」で、支持者を減らす 2016年のEU加盟の是非を問う国民投票の際に、労働党は議員内では残留派が大部分だったが、自分の選挙区は離脱を選択したケースが多々あった。 そこで2017年の総選挙では、労働党はブレグジットの実現を公約としたが、今回は「再度の国民投票」を選択肢に入れた。コービン党首自身は「ブレグジットについて、自分は中立です」と宣言していた。 もし政権が取れたら、EUと再度交渉をして新たな離脱協定案を作る。それを国民が受け入れるのか、あるいは残留を希望するかを聞き、その結果を受け入れるというスタンスであるという。 しかし、「離脱中止」、あるいは「再度の国民投票」は、現在のイギリスではタブーだ。 もちろん、今でも残留を願う人はいるし、離脱による経済への負の影響が多大であることもよく紹介されている。 しかし、最初の国民投票から3年半経ち、何度も「離脱予定日」が延長され、下院での議論が行き詰まっている様子を目撃してきた国民からすると、残留派の国民でさえ、「とにかく、早く何かしてくれ」という思いが強い。 もし労働党の言うように「もう一度、EUと交渉し、新たな離脱案を作り、再度国民投票をして......」となった場合、数カ月、いや1年はかかるかもしれない。 国民は「いつ果てるとも分からない状態」に、心底飽き飽きしている。 ブレグジットの実行を願う、これまでは労働党支持の有権者は、今回、保守党を選んだのである』、「残留派の国民でさえ、「とにかく、早く何かしてくれ」という思いが強い」、「国民は「いつ果てるとも分からない状態」に、心底飽き飽きしている」、というのが保守党大勝の背景なのだろう。
・『「協力できない」と言われ 労働党の大敗には、コービン党首自身への嫌気感もかなり影響している。 公約には電気、水道、鉄道などの公営化を含む、サッチャー政権以前の時代に後戻りするような政策が含まれており、反コービン派が言うところの「共産主義的」匂いがあった。 離脱中止というラジカルな選択肢を公約にした自由民主党のジョー・スウィンソン党首は、自分自身が落選するという顛末を経験したが、彼女が毛嫌いしていたのがコービン党首。「一旦は、ブレグジットを実行すると言っていた。ああいう人とは協力できない」と何度か明言した。 コービン氏は保守系の力が強いメディアも敵に回した。労働党内のユダヤ人差別の撤廃に同氏が積極的ではないという記事が継続して掲載されてきた。 筆者からすると、ジャム作りが趣味というコービン氏は人柄が良さそうに見える。時には妄言を発し、首相職を狙うためには自説を曲げることも厭わないジョンソン氏よりは、人間的に正直に見える。 しかし、ジョンソン氏は今後、5年間はイギリスの首相であり続け、コービン氏は来年上半期には、政治の表舞台から去ってゆく。 理不尽かもしれないが、今のイギリスには「とにかく、ブレグジット」という強い風が吹いているのである』、やはり「人柄の良さ」は、政治家としては評価されないようだ。
・『なぜ、ブレグジットなのか ところで、そもそもなぜブレグジットなのか。経済的に不利益を被るかもしれないのに、なぜ?と筆者はよく聞かれる。 一義的にいうと、「誰かに自分のことを決められるのは、嫌だ」という国民感情がある。 EU加盟国では、国内の法律の上にEUの法律が存在する構造だ。法律を決めるのは欧州議会議員と欧州委員会の官僚で、前者は英国民も票を投じることができるものの、自分が住む地域の欧州議会議員の名前を知っている人はほとんどいないほど、遠い存在だ。欧州委員会は官僚主義の権化として英国民は認識している。 離脱推進者が主張していたのは、「これまでEUに支払ってきたお金を国の医療サービスや教育に回せる」、そして、「英連邦を含む、世界中と自由貿易ができる」こと。 IMFやイングランド銀行、その他の多くの経済や金融の専門組織やシンクタンクは、ブレグジットによって負の影響が出る、特に貧困層が大きな悪影響を受けると警告してきた。 「なぜ、それでもブレグジットをしたいのか」と聞かれるならば、当初の国民投票から年月が経つうちに、「5年、10年後になって、最初の痛みが薄らいだ時に、大きな飛躍ができるのではないか」という見方を出す専門家もいるようになり、決して荒唐無稽の話ではなくなったという背景がある。 イングランド北部を中心に、ブレグジットへの志向が出てきた理由として、「再現(注:際限?)のないEU市民の流入を止めたい」という思いもあった。 例えば、こういうことだ。 2004年以降、東欧諸国を中心とした10カ国が一気にEUに加盟したことで、学校、職場、病院でみるみる間に人が増えた。筆者も実際に、病院のアポが取りにくくなり、ポーランドやハンガリー、リトアニアなどからきた人をよく見かけるようになった。 時の政府がEUからの移民流入に一定の歯止めをかけるべきだったのに、と筆者は思う。しかし、それはEUの人、もの、サービス、資本の自由な往来を阻害するものとして、当時は受け止められ、「無制限での受け入れは良いこと」と思われていたのである。 「自分で自分のことを決めたい」。この思いがますます強くなっていることを感じるこの頃だ』、国民投票時には僅差で、その後、離脱派の主張のいいかげんさも明らかになったのに、「「5年、10年後になって、最初の痛みが薄らいだ時に、大きな飛躍ができるのではないか」という見方を出す専門家もいるようになり、決して荒唐無稽の話ではなくなった」、政治の流れというのはそんなものなのかも知れない。
第三に、立命館大学政策科学部教授の上久保誠人氏が12月16日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「英国のEU離脱が確実となった今、「日米英同盟」結成に動くべき理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223445
・『12月12日に行われた英国の総選挙で与党保守党が圧勝した。これで英国がEU離脱の早期実現に向けて動くことは確実となった。この情勢を受けて日本がすべきことは「日米英同盟」の結成に向けて働き掛けていくことだ。その理由を解説する』、強い違和感を感じたので、あえて紹介した次第だ。
・『英国の総選挙は与党保守党の圧勝 EU離脱に大きく前進した 12月12日、英国で総選挙の投開票が行われた。与党保守党が、2017年の前回選挙から49議席増やす364議席を獲得した。下院(定数650)の過半数(325)をはるかに超える大勝利となり、10月にボリス・ジョンソン英首相が欧州連合(EU)とまとめた「離脱協定案」の議会通過に大きく前進した。 一方、労働党は前回の選挙から60議席減らす202議席にとどまった。元々労働党の基盤であったイングランド北部や中部の工業地帯が保守党に切り崩されてしまう大敗となった。また、一貫して「EU残留」を訴えてきた中道政党・自由民主党は、トニー・ブレア元首相やジョン・メイジャー元首相らが「超党派」で支援していたが、2議席減の11議席の獲得という結果に終わった。これに対して、「EU残留・英国からの独立」を主張するスコットランド民族党(SNP)は、13議席増の48議席と躍進した。今回は、英国総選挙を総括し、今後について考察してみたい。) ▽英国民は「合意ある離脱」が最適解と判断したのだろう(この連載では、16年の「EUからの離脱を問う国民投票」の後、どんなに英国政治が混乱して見えても、「英国は必ずEU離脱について『最適な解』を見つける」と一貫して主張し続けてきた(本連載第224回)。今回の総選挙で、英国民はジョンソン首相がまとめた「合意ある離脱」が最適であるという判断を下したのではないだろうか。 筆者が、英国は最適な解を見つけると信じて疑わなかったのは、他の政治体制にはなく、自由民主主義体制だけが持つ機能があるからだ。それは、政治家も国民も「失敗」から「学習」することができ、大きな体制変革なくして、「失敗をやり直す」ことができること(第198回)。そして、それは権力を持つ側の言動が、全て国民にオープンである自由民主主義体制だからこそ可能なことである。 英国のEU離脱に関する今日までのプロセスを振り返ってみよう。特筆すべきことは、いいことも悪いことも全て隠されることなく、英国民のみならず、世界中の誰でも自由に見て、自由に批判することができるオープンな状況で行われてきたということだ。 3年前の国民投票から、本当にいろいろなことがあった。英国の政治家と国民は、EU離脱そのものの困難さ、そしてEU離脱のための合意形成の難しさを痛感した。「合理なき離脱」で起こる深刻な事態も認識した(第224回・P5)。 その結果、英国民が下した判断が今回の総選挙の結果だ。多くの英国民は紆余曲折の末、ジョンソン首相が取りまとめた離脱協定案を、「まだマシなもの」として受け入れることにした。そして、これ以上EU離脱を巡って何も決められない混乱した状況が続き、他の政策課題が後回しにされ続けることを回避した。これは、EU離脱に関する全ての情報が国民にオープンだったからこそ下せた判断だと考える。) よく、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。選挙に委ねるのは間違い」という主張がある。だが、かつての共産主義や全体主義の国など、エリートが全てを決める「計画経済」の国はほとんど失敗した(第114回)。エリートは自らの誤りになかなか気付けないものだ。 また、エリートは自らの誤りを隠そうとし、情報を都合よく操作しようとする。しかし、操作しようとすればするほど、ますますつじつまが合わなくなる。国民がエリートの誤りに気付いたときは手の施しようがなくなっていて、国民はエリートと共に滅びるしかないのだ。その端的な事例が、「大本営発表」を続けて国民をだまし、国民が気づいたときには無条件降伏に追い込まれていた、かつての「大日本帝国」だろう。 共産主義・全体主義の国は、うまくいっているときは意思決定が早く、優れた政治体制のように見えなくもない。だが、いったん危機に陥ると脆いものだ。一方、自由民主主義がその真価を発揮するのは、危機的状況においてである。 危機的状況であっても、国民に隠し事なく、どんな都合の悪い情報でもオープンにすることで、国民は危機回避に動くことができる。また、政府に誤りがあれば、選挙という手段で政治体制が崩壊する前にそれを正すことができる。 そういう状況は意思決定に長い時間がかかるし、不格好に見えるものである。だが、最後には国家そのものを崩壊させるようなことにはならず、ベストではないにせよ、「まだマシ」な決定を下すことができるものだ。 ちなみに、第2次世界大戦の緒戦、英国はナチスドイツに対して劣勢に追い込まれた。しかし、英公共放送BBCは、日本の「大本営発表」とは真逆の姿勢をとった。悪い情報も包み隠さず放送したのだ。悪い情報を国民が知ることこそ、明日の勝利につながるという信念に基づいた行動だった(第108回)。 ウィンストン・チャーチル元英首相の有名な言葉、「民主主義は最悪の政治体制といえる。これまで試みられてきた、民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが」は、今でも生きている。英国はブレグジット(英国のEU離脱)という難題に対して、奇跡的に「最適な解」を見つけた。このことは、どんな国でも陥る可能性がある「国難」に対してどう対処すべきか、議会制民主主義国の本家本元がお手本を示したといえるのではないだろうか』、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。選挙に委ねるのは間違い」は確かに間違いだが、国民に任せると「衆愚政治」に陥り易いのも事実だ。「危機的状況であっても、国民に隠し事なく、どんな都合の悪い情報でもオープンにすることで、国民は危機回避に動くことができる。また、政府に誤りがあれば、選挙という手段で政治体制が崩壊する前にそれを正すことができる」、「議会制民主主義国の本家本元がお手本を示したといえるのではないだろうか」、どう考えても英国政治を美化し過ぎだ。現実には、ジョンソン首相のポピュリスト的手法や騙し合いなど、ドロドロしたものがある筈だ。
・『英国がEUの早期離脱に動くのは確実 問題は離脱後の英国経済の行方だ さて、気になるのは、選挙後の展開である。いうまでもなく、保守党が議会で安定多数を確保したことで、ジョンソン首相はEUからの早期離脱を実行に移すことになる。 問題は、離脱後の英国経済がどうなるかだ。英国は離脱後にEUと自由貿易協定(FTA)を締結する方針である。ただ、貿易量はEU残留時に比べて2~3割落ち込み、国内総生産(GDP)も3~8%ほど下回るという見通しがある。だが、筆者は短期的な経済の動向にはあまり関心はない。 確かにEU離脱による経済の混乱は起こるだろう。しかし、ジョンソン首相はこれまでの首相たちのような緊縮財政とは真逆の、大胆な財政出動を行ってそれを補うだろう。英国の財政は他の欧州諸国と比べればまだマシな状況であり、短期的な財政出動に耐える体力は持っている。 その上、英国に拠点を置く企業は既にEU離脱後の経済の落ち込みに対する準備を完了している。従って、おそらく試算された通りに経済が落ち込むことはないのではないか。これも、EU離脱を巡る情報がオープンだった賜物である。ジョンソン首相が就任したとき、英国の企業は「合意なき離脱」を覚悟し、それに対処する準備を始めることができていたからだ。 そして、EU離脱直後の混乱期が過ぎていくと、この連載で何度も主張してきた、「英国の優位性」が効いてくることになる。それは、英国が「英連邦」という巨大な「生存圏」を持っていることだ。 英連邦には、「資源大国(南アフリカ、ナイジェリア、カナダ、オーストラリアなど)」「高度人材大国(インド)」「高度経済成長している新興国(東南アジア)」などが含まれる。英連邦を再構築しつつ、離脱後の最初の5年間を乗り切れば、その後は「巨大な生存権」を築ける可能性があるのだ(第134回)。 それに対して、EUは「ドイツの独り勝ち」状態であり、ギリシャやイタリアなど経済的に問題を抱えている国が少なくない。それらの国では、ドイツへの不満もあり、極右政党が台頭している「EU離脱予備軍」国もある。また、英国のようにエネルギー自給ができず、ロシアの天然ガスに依存しており、エネルギー安全保障上も脆弱である(第149回)。 もし英国がEUに残留すれば、経済的に困難を抱える国々の面倒を見るように押し付けられる可能性が高かった。早いうちにEUから抜けたほうがまだマシというのが、筆者の見解だ。 また、英国がEUから離脱すれば、英ロンドンの国際金融市場「シティ」から資金が引き揚げられてシティに代わる金融市場が欧州に生まれる、シティの地位は劇的に低下するという意見がある。だが、これは間違いである。 シティがEUの規制から自由になれば、世界中の資金はより規制が少なく、世界中に点在する英国領やエリザベス女王直轄領のタックスヘイブンが背後にあるシティに集まりやすくなるからだ。 そもそも、シティには長年蓄積された国際金融市場としてのノウハウがある。これをドイツの製造業が中心であるEUが簡単に身に付けられるものではない。シティに取って代われるはずがないのだ。日本に例えるならば、「車の生産拠点である豊田市に、東京の金融市場を持ってきてもうまくできるはずがない」と言えば、分かりやすいだろうか。 そして、さらに考えるべきことがあるとすれば、今回の総選挙で議席を伸ばしたSNPである。ニコラ・スタージョン党首は、EU離脱になれば、再びスコットランド独立の住民投票の実現を目指すと宣言している(第90回)。 しかし、スコットランドの独立気運は縮小していくと考える。繰り返すが、EUは今後、加盟国の中で経済的に問題がある国によって、内部的に不安定になる可能性がある。そうなると、EUにしがみつくよりも英国の一部であるほうが有利だという考え方が次第に広がっていくだろう』、「「英連邦」という巨大な「生存圏」を持っている」、いまや「英連邦」は名目的なもので、経済的結びつきは弱い。まして、「生存圏」なる時代がかった概念を持ち出した筆者のセンスも疑わざるを得ない。
・『英国のEU離脱に対して日本がすべきは「日米英同盟」の結成 英国が「EU離脱」へ動き出すことに対して、日本は「日米英同盟」の結成に向けて早期に働き掛けていくべきだろう(第217回)。 既に、英国はテリーザ・メイ政権時から、EU離脱後の「米国抜きの11カ国による環太平洋包括連携協定」(いわゆる「TPP11」)への加盟を希望してきた(第192回)。ジョンソン首相もその方針を踏襲するだろう。TPP11のうち、6カ国(カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポール、ブルネイ)が英連邦加盟国であり、英国のTPP11への参加は自然な流れだ。 TPP11への英国の加盟は、英連邦の再構築に加えて、実質的な「日英自由貿易協定」の締結を意味する。そして、日本の参議院選挙が終わったことで、日米の貿易交渉も本格化する。最終的に世界第1位(米国)、第3位(日本)、第5位(英国)の経済大国に、TPP加盟10カ国と他の英連邦諸国(インド、南アフリカ、ナイジェリアなど)が加わる「超巨大自由貿易圏」が誕生することになる。 また、ジョンソン首相は就任時にドナルド・トランプ米大統領と電話会談し、EU離脱後の英国と米国が早期に「野心的な自由貿易協定」の交渉を開始することで一致している。トランプ大統領は、「米英の貿易は、英国がEUの一員であることで妨げられてきた。離脱後、両国間の取引は3倍から4倍、5倍増えるかもしれない」との見方を示した。 その後、お互いにいろいろなことを言い合ってはいるが、基本的にはジョンソン首相とトランプ大統領は「ケミストリー」が合う。目が離せないような丁々発止のやり取りとなり、交渉が進んでいくはずだ。 英国の「TPP11」加盟と「米英FTA」締結は、日本にとっても大きなメリットとなるだろう。筆者は、「安倍外交」にレガシー(遺産)があるとすれば、それは例えば、日露関係の深化による北方領土問題の進展などではないと思う。むしろ、「TPP11」をまとめ上げたことこそが、真のレガシーである。 今後の国際社会は「ブロック化」が進み、「生存圏」を築ける国家・地域が生き残る力を持つことになる。しかし、国内に資源がなく、輸出主導型の経済システムで生きてきた日本は、「生存権」を持つ国が経済と資源を「ブロック化」してしまったら、一つの小さな島国に落ちてしまう(第145回)』、「今後の国際社会は「ブロック化」が進み、「生存圏」を築ける国家・地域が生き残る力を持つことになる」、グローバル化が曲がり角にあることは事実だが、かといって対極の「ブロック化」が進むとの筆者の判断には首を傾げざるを得ない。
・『安倍政権は、世界の「ブロック化」で日本が抱えるリスクの恐ろしさを実は非常によく理解しており、米国の離脱にもかかわらず、TPP11をまとめ上げた(第192回)。これは、自由貿易を守りたい国々にとって非常に魅力的であり、安倍首相の「八方美人的」な人当たりの良さも加わり、日本に「自由貿易圏のアンカー役」といっても過言ではない地位を与えつつあるように思う。そして、その基盤の上に米国と英国が加わるのだ。それは日本が、中国やロシア、EUを上回る巨大な「生存圏」を形成することを意味する。 そして、日本にとっては経済面だけでなく、安全保障面でも大きなメリットをもたらすことになるだろう。「EU離脱」後、英国が英連邦という「生存圏」を強化するために、安全保障面で中東・インド洋から東南アジアへのプレゼンスを強めようとするのは明らかだ。 海軍力をランク付けすると、1位米国、4位日本、5位英国という説がある。日米同盟が日米英安全保障同盟に発展すれば、圧倒的な世界最大の海軍が誕生することになる。このことは、中国の海洋進出に対する強い牽制となるのは間違いない(第187回)。 日米英の経済・安全保障における同盟関係の強化は、できるだけ急がなければならない。まず、来年の米大統領選挙でトランプ大統領が勝てるかどうか分からない。米民主党の大統領が誕生すれば、ジョンソン首相との関係がどうなるか分からないし、民主党は歴史的に「親・中国」で、日本との関係がいいとは言えない。 また、安倍首相の任期も残り2年を切っている。自民党総裁に「4選」という話がないわけではないが、基本的に首相自身にその気はないようだ。後継とされる自民党の石破茂元幹事長や岸田文雄政調会長に、日米英同盟という大胆な発想を進める力量はないように思う。 結局、「ドナルド・シンゾー・ボリス」というある意味「規格外」の人間が集まったときでないと、こういうことはできない。やるなら、今しかないのだ。 最後に強調しておきたいのだが、これは軍事的・経済的に急拡大している中国と闘うためにやるのではないということだ。日本は、中国とは親密な関係を築かねばならないというのはいうまでもない。実際、米中貿易戦争中のトランプ大統領はともかくとして、ジョンソン首相は中国とも非常に親しい関係にある。 日米英同盟は、日本が中国と対等に付き合い続けるために必要なものだということだ。急激に力を付けている相手と対等に付き合うには、こちらも力を持たなければならない。 日本では、英国のEU離脱による日本企業のリスクという短期的な話ばかりが議論されてきた。しかし、短期的な話よりも重要なのは、中長期的にEU離脱で何が起こるのかを見極めて、日本がどう動くかを考えることである』、「日米英同盟」については、アメリカ・ファーストを唱えるトランプ大統領が果たして関心を示すかは疑問だ。筆者の「妄想」に過ぎないのではなかろうか。
タグ:英国EU離脱問題 16年の国民投票以降の長きにわたるブレグジット交渉と英下院の迷走に疲れた有権者 英国がEUの早期離脱に動くのは確実 問題は離脱後の英国経済の行方だ 英国が「英連邦」という巨大な「生存圏」を持っている スコットランドの独立気運は縮小していく 「日米英同盟」の結成に向けて早期に働き掛けていくべき 今後の国際社会は「ブロック化」が進み、「生存圏」を築ける国家・地域が生き残る力を持つことになる 日米英同盟は、日本が中国と対等に付き合い続けるために必要なもの コービン党首自身への嫌気感 (その15)(ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由、英総選挙 どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か、英国のEU離脱が確実となった今 「日米英同盟」結成に動くべき理由) EUとの「公平な競争関係維持」に向けた規制の調和が争点に SNPがスコットランドで議席増、自民党は不振で党首も落選 「英国のEU離脱が確実となった今、「日米英同盟」結成に動くべき理由」 「ブレグジット実現に道筋つけた英保守党「歴史的勝利」の理由」 ダイヤモンド・オンライン 過半数超え87年以来の大勝 コービン労働党首は辞意 メッセージが明確だった保守党 “混迷疲れ”の有権者の支持得る 2015年、緊縮財政が継いた英国で、労働党の党首選が行われた。 この時、まさかと思う人物が選ばれてしまった。他の党首候補者よりも20歳は年齢が高く、万年平議員のジェレミー・コービン氏だ 来年2月1日に「実現」 3月からEUとFTA交渉 移行期間中は英国にEU法が適用される FTAは1年ではまとまらず 移行期間は延長される見込み ジョンソン首相は第三国とも幅広いFTA目指す 小林恭子 Newsweek日本版 「英総選挙、どっちつかずより「とっとと離脱」を選んだイギリスは大丈夫か」 「ブレグジットを片付けてしまおう」 「さあ、これからブレグジットを片付けてしまいましょう」。「ブレグジットを実行する(Let's get Brexit done)」というフレーズ 離脱の是非を問う国民投票から3年半が経過し、それでもいつ離脱するのかが定かではない英国は、「ブレグジットを実行する」と繰り返す、ジョンソン氏のような人物を必要としていた 嫌われた、ジェッザ 「再度の国民投票」で、支持者を減らす なぜ、ブレグジットなのか 「共産主義的」匂い 「誰かに自分のことを決められるのは、嫌だ」という国民感情がある 「5年、10年後になって、最初の痛みが薄らいだ時に、大きな飛躍ができるのではないか」という見方を出す専門家もいるようになり、決して荒唐無稽の話ではなくなった 上久保誠人 英国の総選挙は与党保守党の圧勝 EU離脱に大きく前進した 「国家の大事なことはエリートが決めればいい。選挙に委ねるのは間違い」という主張 端的な事例が、「大本営発表」を続けて国民をだまし、国民が気づいたときには無条件降伏に追い込まれていた、かつての「大日本帝国」 危機的状況であっても、国民に隠し事なく、どんな都合の悪い情報でもオープンにすることで、国民は危機回避に動くことができる。また、政府に誤りがあれば、選挙という手段で政治体制が崩壊する前にそれを正すことができる 吉田健一郎
金融関連の詐欺的事件(その10)(“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった、またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者 銀行 投資家 損をするのは?、なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部 水面下では被害続出) [金融]
金融関連の詐欺的事件については、9月5日に取上げた。今日は、(その10)(“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった、またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者 銀行 投資家 損をするのは?、なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部 水面下では被害続出)である。
先ずは、金融ジャーナリストの小林佳樹氏が9月14日付け日刊ゲンダイに掲載した「“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/261806
・『家賃保証を売り物に個人投資家に不動産を買わせて、賃貸アパートを建てさせる「サブリース」を巡る不正が後を絶たない。シェアハウス「スマートデイズ」では、投資家の預金残高を偽造してスルガ銀行から巨額な資金を引き出し、次から次へとシェアハウスを建てさせていった。 また、東証1部上場の大手不動産事業者「TATERU」もアパートの施工、管理が中心業務だが、建設資金の借入希望者の預金データを改ざんしていたことが発覚、国土交通省から7日間の業務停止命令を受けた。国交省(関東地方整備局)によると、同社は2018年7月ごろまでの約3年間にわたり、336件の売買契約を締結する際、買い主が提出した融資書類を改ざんし金融機関に提出していた。 改ざんは画像ソフトを使用し、数字を切り貼りして預金残高を書き換えていた悪質なもので、スルガ銀行が陥ったスマートデイズの改ざんと酷似している』、「スルガ銀行」の場合は、銀行も成績を上げるため不正に関与していたようだ。
・『借金総額が掴めない いずれも金融機関から融資を引き出すための悪質な手口だが、だましのテクニックはこればかりではない。その元凶が「1物件1法人方式」と呼ばれる借り入れの仕組みだ。地銀幹部によればその方式は、「一つの賃貸アパートを建てる際に、その物件用の合同会社を設立し、この合同会社が金融機関から融資を受けるやり方」だという。そして、投資家は同じ方式で別の金融機関から融資を受け次々と賃貸アパートを建てていく。当然、投資家の借入残高は増えていくが、「合同会社ごとの融資で、かつそれぞれ別の金融機関から融資を引き出していた場合、名寄せができていないので、その投資家がトータルでどれだけ借り入れているかを掴むのは容易ではない」(地銀幹部)というのだ。うまく家賃が入って、融資の返済ができているうちはいいが、滞ると一気に破綻してしまうわけだ。 東京商工リサーチの調査によれば、昨年中に新設された法人は前年比で減少したが、唯一合同会社だけは急増、新設法人の4社に1社は合同会社が占めたという。合同会社は設立が容易で、株主総会を開く必要もなく費用も安く済む。その多くは「1物件1法人方式」によるサブリースを当て込んだ賃貸アパートという笑えない実態があるようだ』、「新設法人の4社に1社は合同会社が占めた」、こんな抜け穴を使っていたとは驚きだが、融資する銀行の方も分かっていた筈だ。今後は、「合同会社」の破綻が相次ぐ可能性がある。
次に、12月13日付け東洋経済オンライン「またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者、銀行、投資家、損をするのは?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/319424
・『投資用不動産に関する融資書類の改ざんが再び露呈した。今度はマンションだ。 東証1部上場のマンション開発業者「コーセーアールイー」は9日、子会社によるマンションの販売に際して、ローン申請書類の書き換えの疑いが発覚したと発表した』、投資用不動産をめぐる不祥事が、これまでの賃貸用アパートから「マンション」にまで広がったとは、やれやれ・・・。
・『融資書類を改ざん 現在判明している情報では、対象物件は福岡県内のマンション5物件で計6620万円。同社によれば、マンション販売子会社「コーセーアセットプラン」が2016年から2018年の間に、銀行へ提出する源泉徴収票などに記載されている収入の額を100万円程度引き上げたり、中古物件の入居者から徴収している賃料の数字を書き換えたりした。12月3日に外部からの通報を受けて発覚したといい、同社は予定していた2020年1月期第3四半期決算の発表を延期した。 改ざんが行われた書類は、金融機関2行に対して提出された。提出先について同社は調査中としたが、同社と提携を結んでいるのは5行。このうちジャックス、オリックス銀行、福岡銀行、西日本シティ銀行は「現在調査中」とし、西京銀行は「コメントしない」とした。 投資用不動産がらみの不祥事といえば、昨年8月に発覚したアパート建設業者「TATERU」による融資書類の改ざんが記憶に新しい。TATERUの事件以降はアパート、とりわけサラリーマンが土地と建物をセットで購入する際の融資が厳格化され、「融資がなかなか承認されず、物件が詰まっている」(西日本のアパート建設業者)という悲鳴が上がっていた。金融庁も全国の金融機関に対して投資用不動産向け融資の実態調査に乗り出すなど、投資用不動産業界は揺れに揺れた。 厳しい視線を浴びるアパートを尻目に、区分(マンション1室を保有する形態)のマンションは好調を維持していた。アパート1棟よりも価格が安く売却益も期待できるためで、金融機関はアパートに対して融資しづらくなった分、区分マンションへの融資には意欲的だった。だが今回の一件で「マンション業界にも疑惑の目が向けられてしまう」(区分マンション業者)と業界は気を揉む。 値頃さが売りだった区分マンションだが、土地代や建築費の高騰を受け、近年価格は上昇している。投資用不動産の情報サイト「健美家(けんびや)」によれば、区分マンションの価格上昇に反比例する形で利回りが低下している。資産に乏しい投資家にとっては、物件の購入が難しくなりつつある。 こうした市場環境を踏まえると、改ざんの目的として考えられるのは、与信の低い顧客に物件を購入させることだ。金融機関が住宅ローンの融資額を決める基準の1つに「年収倍率」がある。顧客の年収を100万円上げれば、年収倍率が5倍なら借り入れ金額は500万円、10倍なら1000万円増加し、購入できる物件の幅も広がる。 TATERU事件の前後から、一部の金融機関では区分マンションであっても投資家の年収に下限を設けるなど、融資を見直す動きがあったという。「属性のよい投資家には審査基準を緩め、悪い投資家に対しては引き締めている」(大手区分マンション業者幹部)』、「悪い投資家に対しては引き締めている」のは当然だが、「属性のよい投資家には審査基準を緩め」ているようだが、大丈夫なのだろうか。
・『いびつな「三方よし」 投資用不動産で再び露呈した融資書類の改ざんだが、業界の自助努力に期待する向きは乏しい。「改ざんをしても、誰も損をしない」という意識が一部の現場にあるためだ。 今回改ざんの対象となった投資家の年収や賃料は、金融機関が融資の可否を判断する基準の1つにすぎない。改ざんによって融資を引き出したとしても、毎月賃料が入ってきて、借入金を滞りなく返済していれば表面上は問題はない。投資家は本来買えなかった物件を買え、金融機関は融資ができ、業者も儲かるといういびつな「三方よし」の状況をよしとする営業担当者は少なくないようだ。 とはいえ、十分な資産がなければ、入居者がつかず賃料収入が途絶えたり、物件売却時に売却価格が残債を下回ったりした際には返済に窮する。投資家が目の前の物件を欲しているからといって、金融機関の融資基準を骨抜きにすることは、巡り巡って投資家の債務不履行リスクを高める。 コーセーアールイーは外部の専門家に本件の調査を委託し、まとまり次第調査結果を公表する予定だ。現場の暴走か組織ぐるみかは報告を待つばかりだが、回復途上だった不動産業界の信頼が再び揺らいだことは確かだろう』、確かに「三方よし」は絵空事に過ぎない。問題を自主申告した「コーセーアールイー」には、どのような事情があったのだろう。自浄機能が働き出したのであれば、いいのだが・・・。
第三に、ジャーナリストの刑部 久氏が11月11日付けJBPressに掲載した「なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部、水面下では被害続出」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58189
・『時代が昭和から平成、そして令和に変わろうとも、人間の欲望はそうそう変わることはない。その欲望に付け込むように、昭和の時代から現れては消え、消えては現れる犯罪がある。「M資金」詐欺だ。 M資金とは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)経済科学局第二代局長のウイリアム・マッカートが旧日本軍から接収した資金を元にして作った「秘密資金」とされる。そして、その実態不明な資金をエサに、数々の詐欺の道具に使われてきた。 詐欺師たちの主な手口は、まとまった資金を欲している企業経営者などに近づき、巨額の融資話を持ち掛ける。ただし、その準備に手数料が必要だと伝える。どうしてもまとまった資金が欲しい経営者は、その手数料を支払うのだが、肝心の融資はいつまで経っても実行されるはずもなく、気づいた時には手数料を支払った詐欺師もいつの間にか消えてしまっていた――といったところだ。 詐欺としては古典的な手口なのだが、もっともらしい舞台設定がしつらえられていたり、立場のある事物が紹介者になっていたりすることもあって、大企業の経営者もたびたび「被害」にあっている。だが、経営者がM資金詐欺の被害に遭ったということはその企業の信用問題にも関わるので、表ざたにならない場合も多いのだ。 そして、令和になった現代も、M資金の亡霊は日本を徘徊していた。ある大手不動産会社の経営者が、まんまと詐欺師に乗せられたのだという』、「令和になった現代も、M資金の亡霊は日本を徘徊していた」、欲の皮が突っ張った人間は同じ過ちを繰り返すようだ。
・『大手企業出身の弁護士 8月中旬のある日のことだ。東京・赤坂にあるイタリアンレストランで3人の男性が会食していた。上座に座る初老の男性は大蔵省出身の元国会議員で、下座には自民党大物議員の後援会長、そして都内に本店を構える不動会社の社長が並んでいた。 「先生」と呼ばれた元国会議員が、不動産会社の社長に語り掛けた。 「社長の会社も悪いことばかりが続いていると耳にするが、国交省との関係だけでなく、資金繰りは大丈夫なのか」 心配した口調の元国会議員に、不動産会社の社長は恐縮して答えた。 「本日は、先生にご教授を賜れないかと思って、お時間をいただいた次第です」 この社長が経営する不動産会社は、不祥事が重なり監督官庁から行政処分を受けた結果、公にはなっていないが銀行から取引停止を通告されていた。 しばらくして一人の男性が時間に遅れた非礼を詫びながら上座に座ると、横にいた「先生」がその男性をこう紹介した。 「この西田君(仮名)はトヨタ自動車の元社員で、今は弁護士をしている。自分よりも顔が広くて海外に人脈もあり、知恵もあるから、君も力を借りるといいよ」 弁護士と紹介された西田は笑みを絶やさず、 「先生ほどではありませんよ」と、世辞で返した』、舞台装置はなかなかのものだ。
・『「震災復興特別基金」 ひとしきり世間話で場が和み、2本目のワインボトルが空きそうになる頃、西田はおもむろにA4大の書類をテーブルに置いた。書類に書かれていたタイトルは「東日本大震災復興時別基金」。 男は不動産会社の社長の顔を見ながら、こう語りだした。 「先日、先生から社長が資金繰りにお困りだと聞きました。この基金は、東日本大震災の復興事業への投資が目的で設立されました。原資は大企業や海外からの寄付金で、財務省と金融庁、そして復興庁が所管し、私を含めた数人が運用を任されています。社長の会社はこのまま行けば上場廃止どころか、破綻は目に見えている。会社再建の資金として、この基金を利用する考えはあるでしょうか」 社長は、あまりの額の大きさに息を呑んだ。というのは、その基金の運用額の総額は1兆円だったからだ。西田は、畳みかけるようにこう説明した。 「むろん、全額を融資するわけではありません。社長のところにIoTを手掛けている子会社がありますよね。あの素晴らしい技術を復興事業に役立てていただきたいのです。資金調達のために、ゼネコンへの売却も検討されているようですが、社長の今後を考えるともったいない」 近年、モノとインターネットを繋げるIoTは不動産業界で注目を集めている。不動産会社の社長は喉から手が出るほど資金が欲しいのが本音だ。しかし、返済の見通しや担保を考えると、即答できかねていた。それを見透かすように、西田は笑みを浮かべてこう言った。 「社長は、返済方法や金利などを考えて躊躇されているのではありませんか。社長への融資は事業規模にもよりますが、10億~1000億円の枠内を想定しています。その資金を元にして、復興事業の手助けをしていただきたいのです。金利はほとんどかかりませんし、担保は無用ですので、ご安心してください」 この資金があれば、会社は助かる。そう考えた社長は一方、こんな上手い話があるのかとの疑念も抱いていた。その心中を見透かすように西田は続けた。 「先生のご紹介ですから、この基金の話をしたまでです。社長にその気がなければ無理強いはしませんよ。こちらもまったくの慈善事業ではないので、焦げ付いたら一大事。もちろん、融資実行前には改めて審査をします。その審査費や諸々の経費がかかります。金利はほとんどゼロ、まあ銀行の預金金利と同じ0.01%程度。手続きが終わり次第、年内にもご希望の資金をお振り込みしましょう」 社長は即座に頭のなかで電卓を叩いた。融資額が仮に100億円ならば、支払う金利はわずか100万円。その他に手数料が1000万円かかるという。資金調達の手立てを失った今、悪い話ではない。 「是非、宜しくお願いします。後日、正式に契約を結びたいと思います」 ついに社長はこう礼を述べて頭を下げた。 「ご連絡をお待ちしています。ですが、他にも資金を必要としている方がいらっしゃるので、早めにご決断を。私の事務所には連絡しないでください。弁護士業務とは『別の仕事』ですから、携帯に電話を下さい」 西田は笑みを絶やさず、こう言うと、すぐにその場から去っていった』、まさに典型的な「M資金」の手口だ。
・『被害届も出せず 翌9月、社長は西田と都内のホテルの喫茶店で10億円の融資契約を交わした。社長は、指定された口座に500万円を振り込み、残りの500万円を手形で渡した。が、何日経っても約束の10億円が振り込まれない。心配になり、先生に電話すると、「2人の間の契約だろう」とにべもなかった。禁じられていた事務所へ電話すると、西田なる弁護士はいるがいたのだが、社長があった男とは経歴も異なり、まったくの別人だとわかったのだった。 完全な詐欺だ。が、この社長が警察に被害届を出すことはなかった。被害が公になれば信用は地に堕ち、株主から退陣要求を突き付けられる危険性が高かったからだ。 実は、M資金詐欺に引っかかったのはこの社長ばかりではない。2年前、ローソンの玉塚元一会長(当時)が突如として退任したのも、実は同様の手口に引っかかっりかけたために「追放」されたというのが実態と言われている。そして今も、誰もが知る旅行代理店の社長や、預金量1兆円を超える地銀トップが詐欺師たちのカモにされているのだという。われわれの見えないところで、資金繰りに窮した経営者が今日も詐欺師にむしり食われているのである』、「ローソンの玉塚元一会長(当時)」については噂があったが、この「不動産会社」や「旅行代理店」などは初耳だ。みっともなくて警察に被害届も出せないというのは、情けない限りだ。「銀行から取引停止を通告されていた」この不動産会社は、その後、どうなったのだろう。
先ずは、金融ジャーナリストの小林佳樹氏が9月14日付け日刊ゲンダイに掲載した「“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/money/261806
・『家賃保証を売り物に個人投資家に不動産を買わせて、賃貸アパートを建てさせる「サブリース」を巡る不正が後を絶たない。シェアハウス「スマートデイズ」では、投資家の預金残高を偽造してスルガ銀行から巨額な資金を引き出し、次から次へとシェアハウスを建てさせていった。 また、東証1部上場の大手不動産事業者「TATERU」もアパートの施工、管理が中心業務だが、建設資金の借入希望者の預金データを改ざんしていたことが発覚、国土交通省から7日間の業務停止命令を受けた。国交省(関東地方整備局)によると、同社は2018年7月ごろまでの約3年間にわたり、336件の売買契約を締結する際、買い主が提出した融資書類を改ざんし金融機関に提出していた。 改ざんは画像ソフトを使用し、数字を切り貼りして預金残高を書き換えていた悪質なもので、スルガ銀行が陥ったスマートデイズの改ざんと酷似している』、「スルガ銀行」の場合は、銀行も成績を上げるため不正に関与していたようだ。
・『借金総額が掴めない いずれも金融機関から融資を引き出すための悪質な手口だが、だましのテクニックはこればかりではない。その元凶が「1物件1法人方式」と呼ばれる借り入れの仕組みだ。地銀幹部によればその方式は、「一つの賃貸アパートを建てる際に、その物件用の合同会社を設立し、この合同会社が金融機関から融資を受けるやり方」だという。そして、投資家は同じ方式で別の金融機関から融資を受け次々と賃貸アパートを建てていく。当然、投資家の借入残高は増えていくが、「合同会社ごとの融資で、かつそれぞれ別の金融機関から融資を引き出していた場合、名寄せができていないので、その投資家がトータルでどれだけ借り入れているかを掴むのは容易ではない」(地銀幹部)というのだ。うまく家賃が入って、融資の返済ができているうちはいいが、滞ると一気に破綻してしまうわけだ。 東京商工リサーチの調査によれば、昨年中に新設された法人は前年比で減少したが、唯一合同会社だけは急増、新設法人の4社に1社は合同会社が占めたという。合同会社は設立が容易で、株主総会を開く必要もなく費用も安く済む。その多くは「1物件1法人方式」によるサブリースを当て込んだ賃貸アパートという笑えない実態があるようだ』、「新設法人の4社に1社は合同会社が占めた」、こんな抜け穴を使っていたとは驚きだが、融資する銀行の方も分かっていた筈だ。今後は、「合同会社」の破綻が相次ぐ可能性がある。
次に、12月13日付け東洋経済オンライン「またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者、銀行、投資家、損をするのは?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/319424
・『投資用不動産に関する融資書類の改ざんが再び露呈した。今度はマンションだ。 東証1部上場のマンション開発業者「コーセーアールイー」は9日、子会社によるマンションの販売に際して、ローン申請書類の書き換えの疑いが発覚したと発表した』、投資用不動産をめぐる不祥事が、これまでの賃貸用アパートから「マンション」にまで広がったとは、やれやれ・・・。
・『融資書類を改ざん 現在判明している情報では、対象物件は福岡県内のマンション5物件で計6620万円。同社によれば、マンション販売子会社「コーセーアセットプラン」が2016年から2018年の間に、銀行へ提出する源泉徴収票などに記載されている収入の額を100万円程度引き上げたり、中古物件の入居者から徴収している賃料の数字を書き換えたりした。12月3日に外部からの通報を受けて発覚したといい、同社は予定していた2020年1月期第3四半期決算の発表を延期した。 改ざんが行われた書類は、金融機関2行に対して提出された。提出先について同社は調査中としたが、同社と提携を結んでいるのは5行。このうちジャックス、オリックス銀行、福岡銀行、西日本シティ銀行は「現在調査中」とし、西京銀行は「コメントしない」とした。 投資用不動産がらみの不祥事といえば、昨年8月に発覚したアパート建設業者「TATERU」による融資書類の改ざんが記憶に新しい。TATERUの事件以降はアパート、とりわけサラリーマンが土地と建物をセットで購入する際の融資が厳格化され、「融資がなかなか承認されず、物件が詰まっている」(西日本のアパート建設業者)という悲鳴が上がっていた。金融庁も全国の金融機関に対して投資用不動産向け融資の実態調査に乗り出すなど、投資用不動産業界は揺れに揺れた。 厳しい視線を浴びるアパートを尻目に、区分(マンション1室を保有する形態)のマンションは好調を維持していた。アパート1棟よりも価格が安く売却益も期待できるためで、金融機関はアパートに対して融資しづらくなった分、区分マンションへの融資には意欲的だった。だが今回の一件で「マンション業界にも疑惑の目が向けられてしまう」(区分マンション業者)と業界は気を揉む。 値頃さが売りだった区分マンションだが、土地代や建築費の高騰を受け、近年価格は上昇している。投資用不動産の情報サイト「健美家(けんびや)」によれば、区分マンションの価格上昇に反比例する形で利回りが低下している。資産に乏しい投資家にとっては、物件の購入が難しくなりつつある。 こうした市場環境を踏まえると、改ざんの目的として考えられるのは、与信の低い顧客に物件を購入させることだ。金融機関が住宅ローンの融資額を決める基準の1つに「年収倍率」がある。顧客の年収を100万円上げれば、年収倍率が5倍なら借り入れ金額は500万円、10倍なら1000万円増加し、購入できる物件の幅も広がる。 TATERU事件の前後から、一部の金融機関では区分マンションであっても投資家の年収に下限を設けるなど、融資を見直す動きがあったという。「属性のよい投資家には審査基準を緩め、悪い投資家に対しては引き締めている」(大手区分マンション業者幹部)』、「悪い投資家に対しては引き締めている」のは当然だが、「属性のよい投資家には審査基準を緩め」ているようだが、大丈夫なのだろうか。
・『いびつな「三方よし」 投資用不動産で再び露呈した融資書類の改ざんだが、業界の自助努力に期待する向きは乏しい。「改ざんをしても、誰も損をしない」という意識が一部の現場にあるためだ。 今回改ざんの対象となった投資家の年収や賃料は、金融機関が融資の可否を判断する基準の1つにすぎない。改ざんによって融資を引き出したとしても、毎月賃料が入ってきて、借入金を滞りなく返済していれば表面上は問題はない。投資家は本来買えなかった物件を買え、金融機関は融資ができ、業者も儲かるといういびつな「三方よし」の状況をよしとする営業担当者は少なくないようだ。 とはいえ、十分な資産がなければ、入居者がつかず賃料収入が途絶えたり、物件売却時に売却価格が残債を下回ったりした際には返済に窮する。投資家が目の前の物件を欲しているからといって、金融機関の融資基準を骨抜きにすることは、巡り巡って投資家の債務不履行リスクを高める。 コーセーアールイーは外部の専門家に本件の調査を委託し、まとまり次第調査結果を公表する予定だ。現場の暴走か組織ぐるみかは報告を待つばかりだが、回復途上だった不動産業界の信頼が再び揺らいだことは確かだろう』、確かに「三方よし」は絵空事に過ぎない。問題を自主申告した「コーセーアールイー」には、どのような事情があったのだろう。自浄機能が働き出したのであれば、いいのだが・・・。
第三に、ジャーナリストの刑部 久氏が11月11日付けJBPressに掲載した「なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部、水面下では被害続出」を紹介しよう。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58189
・『時代が昭和から平成、そして令和に変わろうとも、人間の欲望はそうそう変わることはない。その欲望に付け込むように、昭和の時代から現れては消え、消えては現れる犯罪がある。「M資金」詐欺だ。 M資金とは、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)経済科学局第二代局長のウイリアム・マッカートが旧日本軍から接収した資金を元にして作った「秘密資金」とされる。そして、その実態不明な資金をエサに、数々の詐欺の道具に使われてきた。 詐欺師たちの主な手口は、まとまった資金を欲している企業経営者などに近づき、巨額の融資話を持ち掛ける。ただし、その準備に手数料が必要だと伝える。どうしてもまとまった資金が欲しい経営者は、その手数料を支払うのだが、肝心の融資はいつまで経っても実行されるはずもなく、気づいた時には手数料を支払った詐欺師もいつの間にか消えてしまっていた――といったところだ。 詐欺としては古典的な手口なのだが、もっともらしい舞台設定がしつらえられていたり、立場のある事物が紹介者になっていたりすることもあって、大企業の経営者もたびたび「被害」にあっている。だが、経営者がM資金詐欺の被害に遭ったということはその企業の信用問題にも関わるので、表ざたにならない場合も多いのだ。 そして、令和になった現代も、M資金の亡霊は日本を徘徊していた。ある大手不動産会社の経営者が、まんまと詐欺師に乗せられたのだという』、「令和になった現代も、M資金の亡霊は日本を徘徊していた」、欲の皮が突っ張った人間は同じ過ちを繰り返すようだ。
・『大手企業出身の弁護士 8月中旬のある日のことだ。東京・赤坂にあるイタリアンレストランで3人の男性が会食していた。上座に座る初老の男性は大蔵省出身の元国会議員で、下座には自民党大物議員の後援会長、そして都内に本店を構える不動会社の社長が並んでいた。 「先生」と呼ばれた元国会議員が、不動産会社の社長に語り掛けた。 「社長の会社も悪いことばかりが続いていると耳にするが、国交省との関係だけでなく、資金繰りは大丈夫なのか」 心配した口調の元国会議員に、不動産会社の社長は恐縮して答えた。 「本日は、先生にご教授を賜れないかと思って、お時間をいただいた次第です」 この社長が経営する不動産会社は、不祥事が重なり監督官庁から行政処分を受けた結果、公にはなっていないが銀行から取引停止を通告されていた。 しばらくして一人の男性が時間に遅れた非礼を詫びながら上座に座ると、横にいた「先生」がその男性をこう紹介した。 「この西田君(仮名)はトヨタ自動車の元社員で、今は弁護士をしている。自分よりも顔が広くて海外に人脈もあり、知恵もあるから、君も力を借りるといいよ」 弁護士と紹介された西田は笑みを絶やさず、 「先生ほどではありませんよ」と、世辞で返した』、舞台装置はなかなかのものだ。
・『「震災復興特別基金」 ひとしきり世間話で場が和み、2本目のワインボトルが空きそうになる頃、西田はおもむろにA4大の書類をテーブルに置いた。書類に書かれていたタイトルは「東日本大震災復興時別基金」。 男は不動産会社の社長の顔を見ながら、こう語りだした。 「先日、先生から社長が資金繰りにお困りだと聞きました。この基金は、東日本大震災の復興事業への投資が目的で設立されました。原資は大企業や海外からの寄付金で、財務省と金融庁、そして復興庁が所管し、私を含めた数人が運用を任されています。社長の会社はこのまま行けば上場廃止どころか、破綻は目に見えている。会社再建の資金として、この基金を利用する考えはあるでしょうか」 社長は、あまりの額の大きさに息を呑んだ。というのは、その基金の運用額の総額は1兆円だったからだ。西田は、畳みかけるようにこう説明した。 「むろん、全額を融資するわけではありません。社長のところにIoTを手掛けている子会社がありますよね。あの素晴らしい技術を復興事業に役立てていただきたいのです。資金調達のために、ゼネコンへの売却も検討されているようですが、社長の今後を考えるともったいない」 近年、モノとインターネットを繋げるIoTは不動産業界で注目を集めている。不動産会社の社長は喉から手が出るほど資金が欲しいのが本音だ。しかし、返済の見通しや担保を考えると、即答できかねていた。それを見透かすように、西田は笑みを浮かべてこう言った。 「社長は、返済方法や金利などを考えて躊躇されているのではありませんか。社長への融資は事業規模にもよりますが、10億~1000億円の枠内を想定しています。その資金を元にして、復興事業の手助けをしていただきたいのです。金利はほとんどかかりませんし、担保は無用ですので、ご安心してください」 この資金があれば、会社は助かる。そう考えた社長は一方、こんな上手い話があるのかとの疑念も抱いていた。その心中を見透かすように西田は続けた。 「先生のご紹介ですから、この基金の話をしたまでです。社長にその気がなければ無理強いはしませんよ。こちらもまったくの慈善事業ではないので、焦げ付いたら一大事。もちろん、融資実行前には改めて審査をします。その審査費や諸々の経費がかかります。金利はほとんどゼロ、まあ銀行の預金金利と同じ0.01%程度。手続きが終わり次第、年内にもご希望の資金をお振り込みしましょう」 社長は即座に頭のなかで電卓を叩いた。融資額が仮に100億円ならば、支払う金利はわずか100万円。その他に手数料が1000万円かかるという。資金調達の手立てを失った今、悪い話ではない。 「是非、宜しくお願いします。後日、正式に契約を結びたいと思います」 ついに社長はこう礼を述べて頭を下げた。 「ご連絡をお待ちしています。ですが、他にも資金を必要としている方がいらっしゃるので、早めにご決断を。私の事務所には連絡しないでください。弁護士業務とは『別の仕事』ですから、携帯に電話を下さい」 西田は笑みを絶やさず、こう言うと、すぐにその場から去っていった』、まさに典型的な「M資金」の手口だ。
・『被害届も出せず 翌9月、社長は西田と都内のホテルの喫茶店で10億円の融資契約を交わした。社長は、指定された口座に500万円を振り込み、残りの500万円を手形で渡した。が、何日経っても約束の10億円が振り込まれない。心配になり、先生に電話すると、「2人の間の契約だろう」とにべもなかった。禁じられていた事務所へ電話すると、西田なる弁護士はいるがいたのだが、社長があった男とは経歴も異なり、まったくの別人だとわかったのだった。 完全な詐欺だ。が、この社長が警察に被害届を出すことはなかった。被害が公になれば信用は地に堕ち、株主から退陣要求を突き付けられる危険性が高かったからだ。 実は、M資金詐欺に引っかかったのはこの社長ばかりではない。2年前、ローソンの玉塚元一会長(当時)が突如として退任したのも、実は同様の手口に引っかかっりかけたために「追放」されたというのが実態と言われている。そして今も、誰もが知る旅行代理店の社長や、預金量1兆円を超える地銀トップが詐欺師たちのカモにされているのだという。われわれの見えないところで、資金繰りに窮した経営者が今日も詐欺師にむしり食われているのである』、「ローソンの玉塚元一会長(当時)」については噂があったが、この「不動産会社」や「旅行代理店」などは初耳だ。みっともなくて警察に被害届も出せないというのは、情けない限りだ。「銀行から取引停止を通告されていた」この不動産会社は、その後、どうなったのだろう。
タグ:「またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者、銀行、投資家、損をするのは?」 東洋経済オンライン コーセーアールイー 「スマートデイズ」 日刊ゲンダイ 子会社によるマンションの販売に際して、ローン申請書類の書き換えの疑いが発覚したと発表 (その10)(“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった、またぞろ融資書類改ざん「投資用不動産」の受難 不動産業者 銀行 投資家 損をするのは?、なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部 水面下では被害続出) 新設法人の4社に1社は合同会社が占めた その物件用の合同会社を設立し、この合同会社が金融機関から融資を受けるやり方 合同会社ごとの融資で、かつそれぞれ別の金融機関から融資を引き出していた場合、名寄せができていないので、その投資家がトータルでどれだけ借り入れているかを掴むのは容易ではない 「1物件1法人方式」 借金総額が掴めない スルガ銀行 「TATERU」 金融関連の詐欺的事件 「“サブリース不正融資”の元凶は「1物件1法人方式」だった」 小林佳樹 融資書類を改ざん いびつな「三方よし」 刑部 久 JBPRESS 「なぜ経営者は騙される? 今も暗躍「M資金」詐欺 表沙汰になるのはごく一部、水面下では被害続出」 大企業の経営者もたびたび「被害」にあっている 経営者がM資金詐欺の被害に遭ったということはその企業の信用問題にも関わるので、表ざたにならない場合も多い 令和になった現代も、M資金の亡霊は日本を徘徊していた ある大手不動産会社の経営者が、まんまと詐欺師に乗せられた 大手企業出身の弁護士 大蔵省出身の元国会議員 下座には自民党大物議員の後援会長 不動会社の社長 「震災復興特別基金」 被害届も出せず ローソンの玉塚元一会長(当時)が突如として退任したのも、実は同様の手口に引っかかっりかけたため 旅行代理店の社長 預金量1兆円を超える地銀トップが詐欺師たちのカモに
不登校(その1)(不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう、不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所、親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場) [社会]
昨日までの「ひきこもり」に関連して、今日は、不登校(その1)(不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう、不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所、親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場)を取上げよう。
先ずは、いささか古いが、健康社会学者(PH.D)の河合 薫氏が昨年2月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/200475/021900146/?P=1
・『「私…本当に恐かったんです。息子に殺されるんじゃないかって……。だって、包丁を持って振り回すんです。今はやっとこうやって話せるようになりましたけど、私は夫が最終的に協力してくれたので……、まだ恵まれている方なんだと思います」 それまで元気に学校に通っていた中学一年生の息子が、ある日突然、学校に行かなくなったのは3年前のこと。ごくごく普通の家庭で起きたショッキングな“事件”である。 家で荒れる息子。当然、母親は仕事に行くことなどできない。某大手企業に勤める夫が帰るのは毎晩22時過ぎ。夫は「なぜ、学校に行かないのか理解できない。甘えているだけじゃないのか」と、息子にも母親にも心を寄せることができず、一時期家庭は、崩壊寸前になった。 これまでにもビジネスパーソンにインタビューする中で、「子どものことなんですけど、話を聞いてもらってもいいでしょうか?」と恐る恐る我が子の不登校を告白する“父親”や、「ちょっとプライベートなことで相談に乗ってもらいたい」と突然連絡をくれる仕事関係の“父親”たちから、不登校の子どもに苦悩する状況を聞いたことはあった。 だが今回。“母親”たちから話を聞き、改めて不登校問題の深刻さを痛感した。 2011年、米国務省のヒラリー・クリントン長官の補佐役として同省政策企画本部長を務めていたアン・マリー・スローターさんが、『Why Women Still Can’t Have It All(女性はなぜ、すべてを手に入れることができないのか?)』という少々刺激的なタイトルの論考を発表し話題となったことがある(参考コラム)。 スローターさんの14歳の息子は様々なトラブルを起こし、重要な会議の途中で学校から呼び出されるなど「息子が自分を必要としている場面」に何回も遭遇した。そこで彼女は「母の代わりはほかにはいない」と仕事を辞す。自分がやりたかった仕事、やりがいのある仕事、最後までやり遂げたかった仕事ではあったが、「母」であることを選んだのだ。 スローターさんは「そういった選択をしなければならないアメリカ社会はおかしい」と断言し、社会を変えるべき、と警告した。 このケースでは「女性と仕事」「母親と子ども」というテクストで語られたけど、「男性と仕事」「父親と子ども」でも同じだ。 そこで今回のテーマは「不登校のリアル」。「もうウチの子ども大きくなちゃったし…」とか「ワタシは子どもいないし…」などと他人事ではなく、ぜひ一緒に考えてほしいと思います』、「スローターさん」は「国務省政策企画本部長」という高位の職を投げうってまで、「「母」であることを選」び、「アメリカ社会はおかしい」と論文で訴えたようだ。アメリカでもこうした例があるとは、意外だった。
・『では、冒頭の母親の話の続きをお聞きください。「まさかうちの子が……というのが正直な気持ちでした。小学校の頃から活発で、中学生になってからも部活を一所懸命やっていたので、信じられなくて……。夫に言っても『甘えているだけだ』と。 とにかく朝起こして、学校に行かせなきゃっていう思いだけでした。 ところが私が関われば関わるほど、大声を出して、暴れて……。そのうち包丁を振り回すようになってしまったんです。 私……、本当に殺されるんじゃないかって。 恐いし、情けないし、私が毎日ビクビクしているので、さすがに夫も驚いたみたいでした。でも、夫は会社を休むわけにはいかないし、帰りは毎晩22時過ぎ。同じ家にいる家族なのに、夫だけ別次元にいるようでした。 やっぱり包丁を振り回したり、暴れたり……。普通じゃないような気がしてスクールカウンセラーに相談しました。でも、担任もそうなんですけど、積極的にはそういう問題に関わってくれないんです。なので、自分で医者を見つけて診断してもらったんです。結果はグレーでした。 グレーって言われても、私にはわけがわからない。 ただ、やっぱりおかしいって思いが日々強まっていたので、インターネットなどで色々調べて。そういう子どものメンタルに関する本などを買いあさり、子どもへの接し方を勉強しました。 それがよかったのか、息子の状態もずいぶん安定したんです。 でも、私自身が限界でした。壊れそうだった。 それで同じ悩みを持つ人たちが集まる会があると聞き、毎週通うようになって。 ワンワン泣きながら、同じように悩むお母さんたちと互いに悩みを打ち明けたり、そこにボランティアで来てくださる専門家の方に相談に乗ってもらって……。 そうしているうちに『学校に行かなくてもいい』とやっと思えるようになったんです。 それまでは近所のスーパーにも行けなかった。知り合いのお母さんたちに会うと『(息子さん)どう?』って聞かれるでしょ。それが嫌で……。家から離れた、ご近所さんが絶対に来ないスーパーまで買い物に通っていました。 息子は……、今もやっぱり学校には行けません。運動会とか部活の試合とか、文化祭には行けるんですが、日常的には行けないんです。でもね、こないだ『人の役に立つことがしたい』って言ってくれて。涙が出ました。うれしかったです。 将来のこと? そんなことは考えられませんね。今、この時間を元気に生きてくれればそれだけでいい。私も夫も、やっとそう思えるようになったんです」 こう打ち明けてくれた母親の夫は最終的には、有給休暇を取るなどして協力してくれたので家族は崩壊せずに済んだ。だが、子どもの不登校をきっかけに夫婦仲が悪くなったり、別居などに至るケースも少なくない。 実は今回のインタビューは、不登校の子どもを持つお母さん数名に集まっていただき行なったもので、一口に「不登校」といっても全く状況が異なることに私自身ショックを受けた。 “お父さん”たちから相談を受けていたときには、そこまで違いがあることがわからなかった。“お母さん”は子どもと接する時間が圧倒的に長い上に、学校への対応、家事、自身の仕事とこなさなくてはならない。そんな“お母さん”だからこそ、余計に子どもの感情の動きに敏感になる。“お父さん”には申し訳ないけど、父親のそれとは全く次元が異なるのだと思う』、「スクールカウンセラー」や「担任」に相談しても、「積極的にはそういう問題に関わってくれない」。「自分で医者を見つけて診断してもらった」が、適切なアドバイスをもらえない。「子どもへの接し方を勉強しました」、「同じ悩みを持つ人たちが集まる会があると聞き、毎週通う」、諦めずに積極的に探し回ったのがよかったようだ。
・『集まってくれた母親のうち2人はシングルマザーで、どちらも実家が近かったのでなんとかなったが、「一人だったら仕事との両立はムリだったと思う」と話してくれた。 お母さんたちはみな、「不登校には情報がない」と口を揃える。そして、「子どもの居場所もない」と。色々と調べ、市町村の相談窓口や不登校をサポートしてくれる場所にたどり着いても、住んでいる場所や通っている学校によって使えたり、使えなかったり。また、公的な機関なので申請から許可が下りるまで時間もかかる。 「市に不登校の子どもが通える場所があると聞き、息子も『行ってみる』というので申請しました。ところがまったく返事がない。問い合わせると『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました」 「最初は学校の保健室に通っていました。でも、保健室にはケガをしたり、具合の悪い児童が来たりしますよね。すると保健室の先生はその子のケアをすることになる。結局、保健室は自分の居場所じゃないと感じてしまい、一切学校に行かなくなってしまいました」 また、別の母親はご主人と別居した状況をこう話してくれた。 「私がパートを休めないときは、夫が休暇を取ってくれたんですが、息子は夫とは一切コミュニケーションを取ろうとしない。反抗するんです。それは夫にとってもショックだったんだと思います。夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました。 このままでは家族が崩壊してしまうと、夫が家を出ることになったんです。今は息子も落ち着き、夫も家を出たことでメンタルも回復しました。ただ、また一緒に住むとどうなるかわからないので別居が2年以上続いています」 お母さんたちはこうやって話せるようになるまで、いったいどれほどの涙を流したのだろうか。自分を責め、誰にも弱音を吐くこともできず、子どもとぶつかり、夫とぶつかり、翻弄する……。とにもかくにも胸がつまった。母親たちの言葉に耳を傾けば傾けるほど、複雑さと闇の深さと事の重大さを改めて痛感させられたのだ。 子育て世代の方たちにとって、不登校は決して他人事ではない。 文部科学省の平成28年度(2016年度)の調査によると、小・中学校における長期欠席者数は過去最多の20万7006人(前年度は19万4898人)。このうち不登校児童・生徒数は13万4398人(前年度12万5991人)で、出席日数の半分に当たる90日以上の長期欠席者は7万7450人だった』、「市に不登校の子どもが通える場所」に申請しても、「『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました」、子どもがその気になっているタイミングが重要なのに、市が官僚的に対応するとは、いかにも「お役所仕事」らしい。「夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました」、のケースもありそうな話だ。
・『少子化で子どもの数は減っているのに、不登校児童は増加傾向にあり、20年以上前の平成5年(1993年)と現在の状況を比較すると、 小学生で全体の0.17%だった不登校率が0.48%と2.8倍に増加 中学生は1.24%から3.01%と2.4倍に増加 小学生では208人に1人、中学校では33人に1人が不登校という計算になる。そう、33人に1人だ。 しかも、不登校者13万人のうち、何のサポートも受けてない子どもは全体の86.5%にも及ぶ。人数にすると11万2450人もいる。 なぜ、こんなにも不登校児が増えてしまったのか? 残念ながら原因は明らかになっていない。 ひょっとすると昔から「学校に行きたくない子ども」はいたのに、“不登校”という言葉がなかったので学校に行くしかなかっただけかもしれない。あるいは少子化の影響で、子への親のケアが手厚くなり「過保護」になった可能性もある。 世間には「小さい頃の親子関係が影響する」といった知見を述べる専門家もいるが、私の感覚ではそれはステレオタイプの意見のように思う。 おそらく誰もが不登校になるリスクはあり、ちょっとしたきっかけで行けなくなる。そして、「行かない」選択をしたことで不登校が現実味を増し、時間が経てば経つほど再び「行く」ハードルが上がる。 もちろん私が実際に声を聞いたのは、今回のインタビューに協力してくれたお母さんたちや、こっそりと相談にきたお父さんたちで、人数にすると20名足らずだ。 それでもやはり不登校になる原因は様々で。内閣府の調査では(平成25年度=2013年度調査)、「本人の情緒的問題・無気力」「人間関係」「学業の不振」を、不登校になる主な理由としているけど、10人いたら10通りの原因があり、その原因もいくつもの要因が複雑に絡まりあっていると確信している。 いずれにせよ不登校はただ単に「学校に行かない」あるいは「行けない」という問題にとどまらない。 小中学校は義務教育なので、出席日数が足りなくても、学業が追いついていなくても卒業はできる。しかしながら、内申点が悪くなるので高校への進学が難しかったり、子ども自身が「勉強はもうわからない」と進学をあきらめてしまったりするケースも多い。 その結果、ますます自尊心は低下し、就職もできず(あるいはせず)、引きこもる、仕事をしないなど“社会難民化”する可能性が高まる。 実際、全国に54.1万人(推定)いる広義の引きこもりのうち2割が不登校をきっかけとし、ひきこもりの状態が「7年以上」の人は17%(2010年調査)から35%へと増え、長期化と高齢化が進んでいることがわかった(内閣府「若者の生活に関する調査」より)。 ただし、この調査は全国の15~39歳を無作為に抽出したもので、40歳以上は含まれていない。そこで内閣府は2018年度に調査費2000万円を計上し、40~59歳を対象に初の実態調査を行う予定だ。 ひきこもりが長期化すると親も高齢となり、収入が途絶えたり、病気や介護がのしかかったりで、一家が孤立、困窮するケースが顕在化し始めている。こうした例は「80代の親と50代の子」を意味する「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、家族や支援団体から政府が早急に実態を把握するよう求める声が出ていた』、「中学校では33人に1人が不登校」、こんなにも多いとは改めて驚かされた。「全国に54.1万人(推定)いる広義の引きこもりのうち2割が不登校をきっかけ」、「不登校」の問題を政府はもっと真剣に取り組むべきだ。
・『つまり、今、不登校の子どもたちを徹底的にサポートしないことには、数年後の“新入社員”候補たる子どもたちが無職者になるだけでなく、長期の不登校→無職→ひきこもり、といった負の連鎖に陥るリスクが高くなってしまう。 それを防ぐには不登校になった子どもが、「自分はひとりぼっちじゃない。自分を大切に思っている人がいる。“自分世界”は信頼できる」と確信できるよう、親や周りの大人たちができるだけ早い段階で子どもと向き合えるかが鍵を握る。 その確信こそが、「生きる力(Sense of Coherence)」。これまで幾度となくコラムでも書いてきたすべての人間に宿るたくましさを引き出し、その後待ち受ける困難を乗りこえることができる。 お母さんだけに任せるだけでなく、介護と仕事、病気と仕事、に加え、思春期の育児と仕事の両立についても、真剣に考える必要があるのではないか。 不登校問題は家族の問題ではなく、社会の問題。激減する労働力を埋めるためにも、女性活躍、高齢者活躍に加え、不登校の子どもも活躍できる手立てを施こす。「子どもは宝」であることを否定する人はいないはずだ。その宝のひとつひとつを、もっともっと大切にしなきゃ、と。オトナができることも(注:この「も」は不要)が、もっともっとあると思うのだ。 先日、一般財団法人「クラスジャパンプロジェクト」という、全国の自治体、首長が連携し、行政と民間、地域、学校が手を取り合い、全国自治体コンソーシアム型の温かくて、熱い、“オールジャパンの子ども応援団”が発足した。 これは不登校の子どもたちがインターネット上のクラスを通じ、日本中の友だちと学び合い、つながりを持つことで、孤立しないで友と学びあう喜びを実感するプロジェクトだ。 プロジェクトには指導要領に沿った学習やキャリア教育のソフトを持つ企業などが多数参加。2018年度は、島根県益田市、大阪府泉大津市、奈良県奈良市、東京都大田区など、全国の小中学校192校が参加。文科省では平成28年に「教育の機会の確保などに関する法律」を改訂し、学校外の教育機会も可能としているので、全て出席扱いとなる。 私も微力ながらそのお手伝いをさせていただいているのだが、競合する企業が「子どもに元気になってもらいたい」という熱い思いで、つながったことに至極感動している。 “オールジャパンの応援団”に──』、「クラスジャパンプロジェクト」では下記のようにクラスジャパン教育機構が発足しているようだ。いずれにしろ、「不登校」への対応が遅まきながらも始まったようだ。
https://www.classjapan.org/
次に、本年5月27日付けNHK NEWS WEB「不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190527/k10011931021000.html
・『幼児ほどの知能しかなかった32歳の主人公が、手術によって高い知能を手に入れるSF小説「アルジャーノンに花束を」。変貌した主人公が、知識を得る喜びを知る一方で、周囲の人との関わりに苦しみ、孤独感を抱く物語です。この主人公に自分を投影する中学生がいます。彼もIQ=知能指数が高い一方で、周囲との意思疎通が苦手でした。学校という場にも違和感を持ち続けた彼は、不登校を選びました』、せっかく高い知能を持ちながら、「不登校」とは不幸なことだ。
・『本当に中学生? その中学生、和哉さん(13)と取材で最初に会った時、私はまるで大人と話しているような感覚に陥りました。質問にじっくり耳を傾け、ことばを選びながら的確に答えるのです。 自宅の本棚には、経済、歴史、宇宙、漢詩など、あらゆるジャンルの本が並んでいます。母親によりますと、幼いころから周囲には物知りで通っていたそうです。 苦手なのは、対人関係。人からからかわれると、そのことがいつまでも心に重くのしかかると言います。 小学生のときに、ウルトラマンの特撮ヒーローものが大好きでよく見ていました。それを友人に話すと、同級生たちはすでに特撮ものを卒業していたようで「まだ子ども向けの番組を見ているのか」「ダサい」と言われました。好きなものを侮辱されたようで、いやでたまりませんでした。 和哉さん「僕は本当に気弱というかストレスに弱かったので、ほかから見ると、ただのからかいだったかもしれないけど、僕は重く受け止めていました」 会話もうまくできず、人から注意されました。違う話題で突然割り込んだり話の腰を折ったりするからです。 母親からも「今は別の話をしているから急に入ってくるのはやめて」「空気を読んで」とたびたび言われました』、昨日も紹介した発達障害の1つのアスペルガー症候群の典型のようだ。
・『IQ145 次第に小学校が苦痛となり、カウンセリングに通うようになりました。 小学3年生の時、カウンセラーからIQ検査(知能検査)を受けてみてはどうかと勧められました。周りと比べて知能のレベルに差があるのではないかと、言われたのです。 和哉さんは「自分の知能はみんなに比べてきっと下だろう」と思いました。しかし、結果は予想と大きく違っていました。 IQは145。周りのカウンセラーも「見たことがない」高い値でした。 IQとは、一体どういうものなのでしょうか。臨床心理学や発達心理学が専門の東京学芸大学の上野一彦名誉教授は、IQの定義はさまざまだとしたうえで、次のように説明してくれました。 東京学芸大学 上野一彦名誉教授「IQは、新しい問題を解決する能力とか、学んだことを吸収する能力など、総合的な知的能力です。ただ、IQが高いからといって勉強ができるようになるとは限らず、あくまで学習の土台となる能力を指すことが多いんです。一般的には平均値を100として分布していて、130を超える人は上位2%程度とされています」 ただ、上野さんによると、中には、知能が高いがゆえに敏感で、いろんなことを感じとってしまう子も多く、周囲とうまくいかないケースがあるそうです』、せっかくの才能を持ちながら、「周囲とうまくいかない」のはもったいない話だ。
・『募る不信感と孤独 和哉さんの場合、中学生になると身近な大人、先生への不信感を強く感じるようになりました。 「給食袋を忘れたクラスメイトに対して、担任が廊下に聞こえるくらい大きな声でどなりました。僕は『給食袋を忘れただけなのになんであんなに怒るのだろう』と思いました。その様子を見て、厳しさの使い分けができてない人だと感じました」 こんな出来事もあったと言います。化学の実験やパソコンのできる新しい部活を作りたいと学校に相談したものの、部費や顧問が必要だから難しいと言われました。 「サークルのような小さい活動でもいい」と食い下がったもののかないませんでした。自主性を重んじないと感じました。 でも、まわりの生徒はあまり疑問に感じていない様子だったため、相談する相手もなく孤立感だけが募りました。授業にも、興味が持てなくなってきました。小学校高学年から特に物理学が好きで、大人向けの科学雑誌もよく読んでいた和哉さんにとって、もの足りなく感じたのです。 「教科書を見てすでに知っている内容だと、『もういいや』と思ってしまうのが僕の性格なんです。周りからは授業態度が悪いと思われたかもしれません。とにかく学校では、体にどんよりした空気がまとわりついているような気分でした」』、頭が良すぎる子どもにとっては、周囲と合わせるのは確かに苦痛だろう。
・『学校に行かなくていいんじゃない? 次第に学校を休むようになった和哉さん。母親も当初は「悪い方向にしか行かない」と悩んでいました。朝、「和哉さんが登校していない」という学校からの連絡も頻繁に来るようになりました。 学校に行きたくない本人、心配する先生、その間で悩む親。その悪循環を断ち切るきっかけとなったのは、不登校の親の会などへの参加でした。 いろんな成長の形があることを知ると、学校の決められたやり方でなくても、好きな分野を見つけて学ぶことはできると思うようになりました。中学1年生の夏休み明け、母親は思い切って、和哉さんにこう言いました。 「もう、学校行かなくてもいいんじゃない?」 和哉さんは、不登校を選びました』、「不登校の親の会などへの参加」で賢明な選択が出来たことは幸いだったろう。
・『つながる感覚が楽しい 学校に行かなくなった和哉さんは、あることに夢中になります。中学進学と同時にお年玉で購入したパソコンで動画を編集し、投稿サイトに出すことです。 睡眠不足などを心配して最初は時間を制限していた母親も、動画の出来だけでなく、複雑な動画編集ソフトのインストールや設定を和哉さんが自分で調べてやっていたことに熱意を感じ、制限するのをやめたそうです。 投稿された動画は徐々に人気を呼び、今では月に数十万回近く再生される作品もあります。 「ここでは、自分の好きな作品を作り上げて、それをいいと言ってくれる人がいる。コミュニティとつながる感覚が楽しい。人に認められる経験がこれまでなかなかなかったので、今になってそれに飢えているんです」(和哉さん) でも、動画を記事で紹介することは「作者が特定されると嫌なので止めてほしい」とのことでした』、「動画」作成と公開に生きがいを見出したとは幸いだ。
・『自分らしく学べるかもしれない 家以外でも新たな居場所を見つけつつあります。既存の学校に違和感を持つ個性的な子ども向けに、ことし4月に都内などに設立された「N中等部」(注)です。出版や動画配信などを手がける会社が母体となった学校法人が運営しています。 ある日、母親が持ってきた資料を見た和哉さんが、まず感じたのは「教室に黒板がない」こと。パソコンの前で会話する生徒たちが写っていました。 「ここなら、自分らしく学べるかもしれない」 中学2年になったこの春から通うようになり、国語・数学・英語、それにプログラミングなどの授業を受けています。ただし、学校教育法上の学校ではないため、もとの中学校に籍を置いたままです。 学費は、通う日数によって違いますが、1か月当たり3万円から6万円、入学金10万円も必要です。
(注)N中等部は角川ドワンゴが設立、詳細は下記リンク参照
https://n-jr.jp/lp/digest/?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campaign=google-gsc_brand-1&gclid=Cj0KCQiA89zvBRDoARIsAOIePbBgo6nYD6Fb_U4P9xg8M_YCqPuvAjhc0rCqpIX3hzjgSMt53vrAK3saAs0aEALw_wcB
・『友達は常にほしいと思っていた 和哉さんが特に気に入っているのが、意外にもワークショップを通じてチームワークなどを学ぶ授業だそうです。落ち着ける空間で、仲間の意見に耳を傾けたり、協力しあったりすることは、ずっと追い求めてきたことでした。 実は、中学校に入る前に転校した小学校では、友達どうしでテストの点数比べをしたり、読んだ本の情報交換をしたりして、楽しく過ごした記憶があるのです。 「友達は常にほしいと思っていた」と語る和哉さん。今は週3日通いながら、家では動画を制作する日々を送っています』、「ワークショップを通じてチームワークなどを学ぶ授業」を「特に気に入っている」、確かに意外だが、将来的には必要になる能力だ。
・『立ち遅れている不登校対策 専門家は、和哉さんのように知能が高いものの、社会になじみづらい子どもたちの不登校対策について、日本は立ち遅れていると指摘します。 不登校に詳しい東京理科大学 八並光俊教授「これまでの日本の不登校施策では、IQの高い子どもについては注視されてきませんでした。支援が十分でないため、当事者である子どもと保護者の社会的、経済的負担も大きいのが現状です。ずば抜けた力があるにもかかわらず、その力が生かされない。それどころか、社会のけん引役となりうる子どもたちが不登校で不利益を受けて、活躍の場を失うことは大きな社会的損失だと思います」 教育現場はどうあるべきなのか、1年間密着取材した模索する学校をもとに考えるNHKスペシャル「“不登校”44万人の衝撃」を5月30日(木)午後10時から放送します。 番組では「#学校ムリかも」で現場の声を集めている日本財団とも連携します。あなたの意見をつぶやいてください』、「社会のけん引役となりうる子どもたちが不登校で不利益を受けて、活躍の場を失うことは大きな社会的損失」、その通りで、「活躍の場」を如何に用意していくかが重要な課題だ。
第三に、千代田区立麹町中学校校長の工藤 勇一氏が11月27日付け東洋経済オンラインに掲載した「親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/313998
・『不登校、もしくは不登校傾向の子どもは現在、30万人にも上るといわれている。子を持つ親にとってはひとごとではない。親としてはなんとしても登校させようとしたり、内申点をつけるために無理にテストを受けさせたりしたくなるかもしれないが、大胆な学校改革で話題の麹町中学校校長の工藤 勇一氏は、そもそも学校にこだわる必要はないという。『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』を上梓した工藤氏が説く、不登校の子どもに対する心構えとは?』、現役校長の発言としては衝撃的だ。
・『不登校に過剰に反応することはない 不登校の子どもたちが年々、増えています。 文部科学省は、病気や経済的理由以外で年間30日以上の欠席があった場合を不登校と定義していますが、平成29年度の調査によると不登校の中学生は約10万人。ここには当てはまらない、学校に来ても教室に入れない、いわゆる不登校傾向の子どもは、その3倍の30万人にもなるといわれています。 そんな背景もあってか、不登校、もしくは不登校傾向の子どもを抱える親御さんのご相談を受けることも多くなってきました。 「どうすればいいでしょうか?」と親御さんに聞かれたとき、私は「別に学校に来なくてもいいのではないですか」と校長らしからぬ発言をするので、驚かれることが多々あります。 そもそも、不登校を問題にしているのは大人たちです。学校に行くことが当たり前ではなく、「大人になるための手段の1つに過ぎない」という認識になれば(もしくはホームスクーリングでもいいという認識になれば)、不登校という概念そのものがなくなるでしょう。 もちろん前提として、学校は、すべての子どもたちが安心して学校に通えるように配慮をすべきです。 ただ、もしそれでもうまくいかなかった場合は、学校に行かない状態に過剰に反応することはないと思うのです。 「そんなことを言っても、不登校になれば内申点が悪くなり、受験にひびく……」「勉強が遅れてしまう」という声が聞こえてきそうです。 しかし、私は断言できます。 もし不登校になったとしても、受験にひびくことはありません。たとえ学習が一時的に遅れてしまったとしても、あとから取り返すこともできます』、「学校に行くことが当たり前ではなく、「大人になるための手段の1つに過ぎない」」、言われてみれば、その通りだ。「もし不登校になったとしても、受験にひびくことはありません。たとえ学習が一時的に遅れてしまったとしても、あとから取り返すこともできます」、理屈の上では理解できても、我が子の場合にそう出来る自信はない。
・『学べる場所は学校だけじゃない 経済産業省主催の“「未来の教室」とEdTech研究会”というイベントに参加したとき、とある高校生からこんな話を聞きました。 その子は小学1年生から6年生まで病気で入院しており、学校に通えなかった経験があるそうです。入院中は昆虫が好きなので、昆虫の図鑑や『ファーブル昆虫記』など昆虫の本ばかり読みふけったと言います。 中学から学校に通い出した彼は、確かに少し勉強に遅れがあったそうですが、その後、都立高校に入学。今はバイオの研究をしており、勉強をとても楽しんでいるそうです。 「普通の教科(いわゆる国語や英語)は面白くない。もっとこんな研究がたくさんあったらいいのに」と彼は言っていました。 「僕は漢字や文章のつくり方など、国語の分野は昆虫の本を使って覚えました」と。 つまり、「国語の授業を受けなければ、国語の勉強はできない」なんてことはないわけです。好きな本を読んでいれば漢字も文章のつくり方も覚えられるし、誰かに自分の気持ちや考えていることを「伝えたい」という思いがあれば文章を書きたくなります。そのときに漢字がなければ格好悪いと思えば、漢字を覚えるでしょう。) 同じ場にいたとある私立高校の生徒たちも、興味深いことを話してくれました。 彼らは週に2時間、自分たちで決めたテーマや先輩から引き継いだ内容で個別に研究をしているそうなのですが、驚くことにその内容は高校生ながらにiPS細胞などの研究なのです。 そのような高レベルの研究をしていると、日本の論文では物足りなくなり、英語の論文も読む必要が出てきます。そのため、彼らは必要に迫られて英語を勉強するようになるというわけです。 さらに彼らは海外でプレゼンする機会もあり、その際には英語で話す必要がありますから、スピーキングもできるようになります。 これはいつ使うかわからないことを学んでいくのとは真逆のスタイルで、とても本質的な「学び」です』、確かに受験のための勉強に比べ、必要に迫られた勉強は身につきそうだ。
・『無理に内申点をつけると不利になることも 中学生の不登校の場合、内申点が悪くなり高校受験にひびくのではないかと気にされる方が多いと思いますが、まずもって私立高校の場合は、ほとんどの学校で不登校であることが不利になることはありません。 また、受験制度は各都道府県によって異なるため一概には言えませんが、東京都の公立高校に限って言えば、同様に不利にならないよう配慮されています。 内申点とは、定期テストや授業中の関心や意欲をもとに評価される仕組みです。特定の理由があって不登校になった場合は、評価の判断材料がないために、内申点をつけることができません。そのときは、斜線(内申点の記載がない状態)になります。 各高校の採点基準は明示されていませんから、これが絶対に不利にならないとは言い切れないのですが、都の教育委員会が各高校へ、この斜線が受験に不利にならないよう配慮を求めているのは事実です。 親御さんの中には、どうしても内申点をつけてほしいということで、テストだけは無理にでも受けさせるという方がいますが、そうやってつけた内申点が逆に受験に不利になるケースもあるということを知っておいてください(限られた評価の材料で内申点がつくよりは、斜線となり、学力検査だけで全体の評価をしてもらうほうが、有利というイメージです)。 また内申点が斜線の場合、都立高校の推薦入試を受験することはできませんが、過去には私立高校の推薦入試を受験した事例があります。 私立高校に直接連絡し、不登校で内申点がついていない生徒の事情を伝えたところ、事前に本人・保護者と面談をしてくれ、本人の強い志望動機を認め、推薦入試を受けさせてもらったのです(そしてもちろん合格しました)。 さらに、そもそもの話になりますが、私は常々保護者のみなさんに「大学進学を目指すなら無理をして高校に行くこともないですよ」と伝えています。 大学に行きたいのであれば、高卒認定(高等学校卒業程度認定試験)を受ければいいのです』、高校に行かずに、「高等学校卒業程度認定試験」で合格するためには、相当な勉強が必要なのではなかろうか。
・『大事なのは将来どのような生き方をするか 私のかつての教え子である株式会社アドウェイズの代表取締役社長・岡村陽久くんは、高校を中退しています。 先日会ったときに中退を決めたときのことを改めて聞いてみました。 彼は中退するかどうか悩んだとき、さすがに不安だったため、書店で高卒認定の問題集を見てみたのだそうです。するとその問題がとても簡単だったので、「なんだ、こんなに簡単だったらいつでも大学に行ける」と思い、中退を決めたのだとか(高卒認定の受検資格は満16歳以上ですが、大学受験資格を得られるのは「18歳に達した日の翌日」からなので、実際には高校3年生と同じ年で大学受験が可能になります)。 麹町中の卒業生の中には、成績がトップクラスの子で、名門進学校の日比谷高校に進学するか、通信制高校の「N高」に進学するか悩んだ子がいます。 この子はどうしてもやりたいことがあり、それに時間をかけたいと考え、拘束時間の長い全日制高校ではなく、時間に融通の利くN高を選びました。 自分のやりたいことをしっかりと自覚し、自分の道を歩めることはすてきなことです。 将来どのような生き方をするかを見つけられる場所が学校以外にあるのであれば、学校にこだわる必要は実はないのです』、「高等学校卒業程度認定試験」はそれほど難しくはないようだ』、「自分のやりたいこと」が中学生時代に既にあるというのは、我が身に照らすと頭が下がるが、現実にはそれに飽きて別のことがやりたくたることも多い筈だ。そうした場合には、「つぶし」が利く通常のコースの方が無難なのではなかろうか。それにしても、面白い中学校長もいたものだ。
先ずは、いささか古いが、健康社会学者(PH.D)の河合 薫氏が昨年2月20日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/opinion/15/200475/021900146/?P=1
・『「私…本当に恐かったんです。息子に殺されるんじゃないかって……。だって、包丁を持って振り回すんです。今はやっとこうやって話せるようになりましたけど、私は夫が最終的に協力してくれたので……、まだ恵まれている方なんだと思います」 それまで元気に学校に通っていた中学一年生の息子が、ある日突然、学校に行かなくなったのは3年前のこと。ごくごく普通の家庭で起きたショッキングな“事件”である。 家で荒れる息子。当然、母親は仕事に行くことなどできない。某大手企業に勤める夫が帰るのは毎晩22時過ぎ。夫は「なぜ、学校に行かないのか理解できない。甘えているだけじゃないのか」と、息子にも母親にも心を寄せることができず、一時期家庭は、崩壊寸前になった。 これまでにもビジネスパーソンにインタビューする中で、「子どものことなんですけど、話を聞いてもらってもいいでしょうか?」と恐る恐る我が子の不登校を告白する“父親”や、「ちょっとプライベートなことで相談に乗ってもらいたい」と突然連絡をくれる仕事関係の“父親”たちから、不登校の子どもに苦悩する状況を聞いたことはあった。 だが今回。“母親”たちから話を聞き、改めて不登校問題の深刻さを痛感した。 2011年、米国務省のヒラリー・クリントン長官の補佐役として同省政策企画本部長を務めていたアン・マリー・スローターさんが、『Why Women Still Can’t Have It All(女性はなぜ、すべてを手に入れることができないのか?)』という少々刺激的なタイトルの論考を発表し話題となったことがある(参考コラム)。 スローターさんの14歳の息子は様々なトラブルを起こし、重要な会議の途中で学校から呼び出されるなど「息子が自分を必要としている場面」に何回も遭遇した。そこで彼女は「母の代わりはほかにはいない」と仕事を辞す。自分がやりたかった仕事、やりがいのある仕事、最後までやり遂げたかった仕事ではあったが、「母」であることを選んだのだ。 スローターさんは「そういった選択をしなければならないアメリカ社会はおかしい」と断言し、社会を変えるべき、と警告した。 このケースでは「女性と仕事」「母親と子ども」というテクストで語られたけど、「男性と仕事」「父親と子ども」でも同じだ。 そこで今回のテーマは「不登校のリアル」。「もうウチの子ども大きくなちゃったし…」とか「ワタシは子どもいないし…」などと他人事ではなく、ぜひ一緒に考えてほしいと思います』、「スローターさん」は「国務省政策企画本部長」という高位の職を投げうってまで、「「母」であることを選」び、「アメリカ社会はおかしい」と論文で訴えたようだ。アメリカでもこうした例があるとは、意外だった。
・『では、冒頭の母親の話の続きをお聞きください。「まさかうちの子が……というのが正直な気持ちでした。小学校の頃から活発で、中学生になってからも部活を一所懸命やっていたので、信じられなくて……。夫に言っても『甘えているだけだ』と。 とにかく朝起こして、学校に行かせなきゃっていう思いだけでした。 ところが私が関われば関わるほど、大声を出して、暴れて……。そのうち包丁を振り回すようになってしまったんです。 私……、本当に殺されるんじゃないかって。 恐いし、情けないし、私が毎日ビクビクしているので、さすがに夫も驚いたみたいでした。でも、夫は会社を休むわけにはいかないし、帰りは毎晩22時過ぎ。同じ家にいる家族なのに、夫だけ別次元にいるようでした。 やっぱり包丁を振り回したり、暴れたり……。普通じゃないような気がしてスクールカウンセラーに相談しました。でも、担任もそうなんですけど、積極的にはそういう問題に関わってくれないんです。なので、自分で医者を見つけて診断してもらったんです。結果はグレーでした。 グレーって言われても、私にはわけがわからない。 ただ、やっぱりおかしいって思いが日々強まっていたので、インターネットなどで色々調べて。そういう子どものメンタルに関する本などを買いあさり、子どもへの接し方を勉強しました。 それがよかったのか、息子の状態もずいぶん安定したんです。 でも、私自身が限界でした。壊れそうだった。 それで同じ悩みを持つ人たちが集まる会があると聞き、毎週通うようになって。 ワンワン泣きながら、同じように悩むお母さんたちと互いに悩みを打ち明けたり、そこにボランティアで来てくださる専門家の方に相談に乗ってもらって……。 そうしているうちに『学校に行かなくてもいい』とやっと思えるようになったんです。 それまでは近所のスーパーにも行けなかった。知り合いのお母さんたちに会うと『(息子さん)どう?』って聞かれるでしょ。それが嫌で……。家から離れた、ご近所さんが絶対に来ないスーパーまで買い物に通っていました。 息子は……、今もやっぱり学校には行けません。運動会とか部活の試合とか、文化祭には行けるんですが、日常的には行けないんです。でもね、こないだ『人の役に立つことがしたい』って言ってくれて。涙が出ました。うれしかったです。 将来のこと? そんなことは考えられませんね。今、この時間を元気に生きてくれればそれだけでいい。私も夫も、やっとそう思えるようになったんです」 こう打ち明けてくれた母親の夫は最終的には、有給休暇を取るなどして協力してくれたので家族は崩壊せずに済んだ。だが、子どもの不登校をきっかけに夫婦仲が悪くなったり、別居などに至るケースも少なくない。 実は今回のインタビューは、不登校の子どもを持つお母さん数名に集まっていただき行なったもので、一口に「不登校」といっても全く状況が異なることに私自身ショックを受けた。 “お父さん”たちから相談を受けていたときには、そこまで違いがあることがわからなかった。“お母さん”は子どもと接する時間が圧倒的に長い上に、学校への対応、家事、自身の仕事とこなさなくてはならない。そんな“お母さん”だからこそ、余計に子どもの感情の動きに敏感になる。“お父さん”には申し訳ないけど、父親のそれとは全く次元が異なるのだと思う』、「スクールカウンセラー」や「担任」に相談しても、「積極的にはそういう問題に関わってくれない」。「自分で医者を見つけて診断してもらった」が、適切なアドバイスをもらえない。「子どもへの接し方を勉強しました」、「同じ悩みを持つ人たちが集まる会があると聞き、毎週通う」、諦めずに積極的に探し回ったのがよかったようだ。
・『集まってくれた母親のうち2人はシングルマザーで、どちらも実家が近かったのでなんとかなったが、「一人だったら仕事との両立はムリだったと思う」と話してくれた。 お母さんたちはみな、「不登校には情報がない」と口を揃える。そして、「子どもの居場所もない」と。色々と調べ、市町村の相談窓口や不登校をサポートしてくれる場所にたどり着いても、住んでいる場所や通っている学校によって使えたり、使えなかったり。また、公的な機関なので申請から許可が下りるまで時間もかかる。 「市に不登校の子どもが通える場所があると聞き、息子も『行ってみる』というので申請しました。ところがまったく返事がない。問い合わせると『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました」 「最初は学校の保健室に通っていました。でも、保健室にはケガをしたり、具合の悪い児童が来たりしますよね。すると保健室の先生はその子のケアをすることになる。結局、保健室は自分の居場所じゃないと感じてしまい、一切学校に行かなくなってしまいました」 また、別の母親はご主人と別居した状況をこう話してくれた。 「私がパートを休めないときは、夫が休暇を取ってくれたんですが、息子は夫とは一切コミュニケーションを取ろうとしない。反抗するんです。それは夫にとってもショックだったんだと思います。夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました。 このままでは家族が崩壊してしまうと、夫が家を出ることになったんです。今は息子も落ち着き、夫も家を出たことでメンタルも回復しました。ただ、また一緒に住むとどうなるかわからないので別居が2年以上続いています」 お母さんたちはこうやって話せるようになるまで、いったいどれほどの涙を流したのだろうか。自分を責め、誰にも弱音を吐くこともできず、子どもとぶつかり、夫とぶつかり、翻弄する……。とにもかくにも胸がつまった。母親たちの言葉に耳を傾けば傾けるほど、複雑さと闇の深さと事の重大さを改めて痛感させられたのだ。 子育て世代の方たちにとって、不登校は決して他人事ではない。 文部科学省の平成28年度(2016年度)の調査によると、小・中学校における長期欠席者数は過去最多の20万7006人(前年度は19万4898人)。このうち不登校児童・生徒数は13万4398人(前年度12万5991人)で、出席日数の半分に当たる90日以上の長期欠席者は7万7450人だった』、「市に不登校の子どもが通える場所」に申請しても、「『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました」、子どもがその気になっているタイミングが重要なのに、市が官僚的に対応するとは、いかにも「お役所仕事」らしい。「夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました」、のケースもありそうな話だ。
・『少子化で子どもの数は減っているのに、不登校児童は増加傾向にあり、20年以上前の平成5年(1993年)と現在の状況を比較すると、 小学生で全体の0.17%だった不登校率が0.48%と2.8倍に増加 中学生は1.24%から3.01%と2.4倍に増加 小学生では208人に1人、中学校では33人に1人が不登校という計算になる。そう、33人に1人だ。 しかも、不登校者13万人のうち、何のサポートも受けてない子どもは全体の86.5%にも及ぶ。人数にすると11万2450人もいる。 なぜ、こんなにも不登校児が増えてしまったのか? 残念ながら原因は明らかになっていない。 ひょっとすると昔から「学校に行きたくない子ども」はいたのに、“不登校”という言葉がなかったので学校に行くしかなかっただけかもしれない。あるいは少子化の影響で、子への親のケアが手厚くなり「過保護」になった可能性もある。 世間には「小さい頃の親子関係が影響する」といった知見を述べる専門家もいるが、私の感覚ではそれはステレオタイプの意見のように思う。 おそらく誰もが不登校になるリスクはあり、ちょっとしたきっかけで行けなくなる。そして、「行かない」選択をしたことで不登校が現実味を増し、時間が経てば経つほど再び「行く」ハードルが上がる。 もちろん私が実際に声を聞いたのは、今回のインタビューに協力してくれたお母さんたちや、こっそりと相談にきたお父さんたちで、人数にすると20名足らずだ。 それでもやはり不登校になる原因は様々で。内閣府の調査では(平成25年度=2013年度調査)、「本人の情緒的問題・無気力」「人間関係」「学業の不振」を、不登校になる主な理由としているけど、10人いたら10通りの原因があり、その原因もいくつもの要因が複雑に絡まりあっていると確信している。 いずれにせよ不登校はただ単に「学校に行かない」あるいは「行けない」という問題にとどまらない。 小中学校は義務教育なので、出席日数が足りなくても、学業が追いついていなくても卒業はできる。しかしながら、内申点が悪くなるので高校への進学が難しかったり、子ども自身が「勉強はもうわからない」と進学をあきらめてしまったりするケースも多い。 その結果、ますます自尊心は低下し、就職もできず(あるいはせず)、引きこもる、仕事をしないなど“社会難民化”する可能性が高まる。 実際、全国に54.1万人(推定)いる広義の引きこもりのうち2割が不登校をきっかけとし、ひきこもりの状態が「7年以上」の人は17%(2010年調査)から35%へと増え、長期化と高齢化が進んでいることがわかった(内閣府「若者の生活に関する調査」より)。 ただし、この調査は全国の15~39歳を無作為に抽出したもので、40歳以上は含まれていない。そこで内閣府は2018年度に調査費2000万円を計上し、40~59歳を対象に初の実態調査を行う予定だ。 ひきこもりが長期化すると親も高齢となり、収入が途絶えたり、病気や介護がのしかかったりで、一家が孤立、困窮するケースが顕在化し始めている。こうした例は「80代の親と50代の子」を意味する「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれ、家族や支援団体から政府が早急に実態を把握するよう求める声が出ていた』、「中学校では33人に1人が不登校」、こんなにも多いとは改めて驚かされた。「全国に54.1万人(推定)いる広義の引きこもりのうち2割が不登校をきっかけ」、「不登校」の問題を政府はもっと真剣に取り組むべきだ。
・『つまり、今、不登校の子どもたちを徹底的にサポートしないことには、数年後の“新入社員”候補たる子どもたちが無職者になるだけでなく、長期の不登校→無職→ひきこもり、といった負の連鎖に陥るリスクが高くなってしまう。 それを防ぐには不登校になった子どもが、「自分はひとりぼっちじゃない。自分を大切に思っている人がいる。“自分世界”は信頼できる」と確信できるよう、親や周りの大人たちができるだけ早い段階で子どもと向き合えるかが鍵を握る。 その確信こそが、「生きる力(Sense of Coherence)」。これまで幾度となくコラムでも書いてきたすべての人間に宿るたくましさを引き出し、その後待ち受ける困難を乗りこえることができる。 お母さんだけに任せるだけでなく、介護と仕事、病気と仕事、に加え、思春期の育児と仕事の両立についても、真剣に考える必要があるのではないか。 不登校問題は家族の問題ではなく、社会の問題。激減する労働力を埋めるためにも、女性活躍、高齢者活躍に加え、不登校の子どもも活躍できる手立てを施こす。「子どもは宝」であることを否定する人はいないはずだ。その宝のひとつひとつを、もっともっと大切にしなきゃ、と。オトナができることも(注:この「も」は不要)が、もっともっとあると思うのだ。 先日、一般財団法人「クラスジャパンプロジェクト」という、全国の自治体、首長が連携し、行政と民間、地域、学校が手を取り合い、全国自治体コンソーシアム型の温かくて、熱い、“オールジャパンの子ども応援団”が発足した。 これは不登校の子どもたちがインターネット上のクラスを通じ、日本中の友だちと学び合い、つながりを持つことで、孤立しないで友と学びあう喜びを実感するプロジェクトだ。 プロジェクトには指導要領に沿った学習やキャリア教育のソフトを持つ企業などが多数参加。2018年度は、島根県益田市、大阪府泉大津市、奈良県奈良市、東京都大田区など、全国の小中学校192校が参加。文科省では平成28年に「教育の機会の確保などに関する法律」を改訂し、学校外の教育機会も可能としているので、全て出席扱いとなる。 私も微力ながらそのお手伝いをさせていただいているのだが、競合する企業が「子どもに元気になってもらいたい」という熱い思いで、つながったことに至極感動している。 “オールジャパンの応援団”に──』、「クラスジャパンプロジェクト」では下記のようにクラスジャパン教育機構が発足しているようだ。いずれにしろ、「不登校」への対応が遅まきながらも始まったようだ。
https://www.classjapan.org/
次に、本年5月27日付けNHK NEWS WEB「不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所」を紹介しよう。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190527/k10011931021000.html
・『幼児ほどの知能しかなかった32歳の主人公が、手術によって高い知能を手に入れるSF小説「アルジャーノンに花束を」。変貌した主人公が、知識を得る喜びを知る一方で、周囲の人との関わりに苦しみ、孤独感を抱く物語です。この主人公に自分を投影する中学生がいます。彼もIQ=知能指数が高い一方で、周囲との意思疎通が苦手でした。学校という場にも違和感を持ち続けた彼は、不登校を選びました』、せっかく高い知能を持ちながら、「不登校」とは不幸なことだ。
・『本当に中学生? その中学生、和哉さん(13)と取材で最初に会った時、私はまるで大人と話しているような感覚に陥りました。質問にじっくり耳を傾け、ことばを選びながら的確に答えるのです。 自宅の本棚には、経済、歴史、宇宙、漢詩など、あらゆるジャンルの本が並んでいます。母親によりますと、幼いころから周囲には物知りで通っていたそうです。 苦手なのは、対人関係。人からからかわれると、そのことがいつまでも心に重くのしかかると言います。 小学生のときに、ウルトラマンの特撮ヒーローものが大好きでよく見ていました。それを友人に話すと、同級生たちはすでに特撮ものを卒業していたようで「まだ子ども向けの番組を見ているのか」「ダサい」と言われました。好きなものを侮辱されたようで、いやでたまりませんでした。 和哉さん「僕は本当に気弱というかストレスに弱かったので、ほかから見ると、ただのからかいだったかもしれないけど、僕は重く受け止めていました」 会話もうまくできず、人から注意されました。違う話題で突然割り込んだり話の腰を折ったりするからです。 母親からも「今は別の話をしているから急に入ってくるのはやめて」「空気を読んで」とたびたび言われました』、昨日も紹介した発達障害の1つのアスペルガー症候群の典型のようだ。
・『IQ145 次第に小学校が苦痛となり、カウンセリングに通うようになりました。 小学3年生の時、カウンセラーからIQ検査(知能検査)を受けてみてはどうかと勧められました。周りと比べて知能のレベルに差があるのではないかと、言われたのです。 和哉さんは「自分の知能はみんなに比べてきっと下だろう」と思いました。しかし、結果は予想と大きく違っていました。 IQは145。周りのカウンセラーも「見たことがない」高い値でした。 IQとは、一体どういうものなのでしょうか。臨床心理学や発達心理学が専門の東京学芸大学の上野一彦名誉教授は、IQの定義はさまざまだとしたうえで、次のように説明してくれました。 東京学芸大学 上野一彦名誉教授「IQは、新しい問題を解決する能力とか、学んだことを吸収する能力など、総合的な知的能力です。ただ、IQが高いからといって勉強ができるようになるとは限らず、あくまで学習の土台となる能力を指すことが多いんです。一般的には平均値を100として分布していて、130を超える人は上位2%程度とされています」 ただ、上野さんによると、中には、知能が高いがゆえに敏感で、いろんなことを感じとってしまう子も多く、周囲とうまくいかないケースがあるそうです』、せっかくの才能を持ちながら、「周囲とうまくいかない」のはもったいない話だ。
・『募る不信感と孤独 和哉さんの場合、中学生になると身近な大人、先生への不信感を強く感じるようになりました。 「給食袋を忘れたクラスメイトに対して、担任が廊下に聞こえるくらい大きな声でどなりました。僕は『給食袋を忘れただけなのになんであんなに怒るのだろう』と思いました。その様子を見て、厳しさの使い分けができてない人だと感じました」 こんな出来事もあったと言います。化学の実験やパソコンのできる新しい部活を作りたいと学校に相談したものの、部費や顧問が必要だから難しいと言われました。 「サークルのような小さい活動でもいい」と食い下がったもののかないませんでした。自主性を重んじないと感じました。 でも、まわりの生徒はあまり疑問に感じていない様子だったため、相談する相手もなく孤立感だけが募りました。授業にも、興味が持てなくなってきました。小学校高学年から特に物理学が好きで、大人向けの科学雑誌もよく読んでいた和哉さんにとって、もの足りなく感じたのです。 「教科書を見てすでに知っている内容だと、『もういいや』と思ってしまうのが僕の性格なんです。周りからは授業態度が悪いと思われたかもしれません。とにかく学校では、体にどんよりした空気がまとわりついているような気分でした」』、頭が良すぎる子どもにとっては、周囲と合わせるのは確かに苦痛だろう。
・『学校に行かなくていいんじゃない? 次第に学校を休むようになった和哉さん。母親も当初は「悪い方向にしか行かない」と悩んでいました。朝、「和哉さんが登校していない」という学校からの連絡も頻繁に来るようになりました。 学校に行きたくない本人、心配する先生、その間で悩む親。その悪循環を断ち切るきっかけとなったのは、不登校の親の会などへの参加でした。 いろんな成長の形があることを知ると、学校の決められたやり方でなくても、好きな分野を見つけて学ぶことはできると思うようになりました。中学1年生の夏休み明け、母親は思い切って、和哉さんにこう言いました。 「もう、学校行かなくてもいいんじゃない?」 和哉さんは、不登校を選びました』、「不登校の親の会などへの参加」で賢明な選択が出来たことは幸いだったろう。
・『つながる感覚が楽しい 学校に行かなくなった和哉さんは、あることに夢中になります。中学進学と同時にお年玉で購入したパソコンで動画を編集し、投稿サイトに出すことです。 睡眠不足などを心配して最初は時間を制限していた母親も、動画の出来だけでなく、複雑な動画編集ソフトのインストールや設定を和哉さんが自分で調べてやっていたことに熱意を感じ、制限するのをやめたそうです。 投稿された動画は徐々に人気を呼び、今では月に数十万回近く再生される作品もあります。 「ここでは、自分の好きな作品を作り上げて、それをいいと言ってくれる人がいる。コミュニティとつながる感覚が楽しい。人に認められる経験がこれまでなかなかなかったので、今になってそれに飢えているんです」(和哉さん) でも、動画を記事で紹介することは「作者が特定されると嫌なので止めてほしい」とのことでした』、「動画」作成と公開に生きがいを見出したとは幸いだ。
・『自分らしく学べるかもしれない 家以外でも新たな居場所を見つけつつあります。既存の学校に違和感を持つ個性的な子ども向けに、ことし4月に都内などに設立された「N中等部」(注)です。出版や動画配信などを手がける会社が母体となった学校法人が運営しています。 ある日、母親が持ってきた資料を見た和哉さんが、まず感じたのは「教室に黒板がない」こと。パソコンの前で会話する生徒たちが写っていました。 「ここなら、自分らしく学べるかもしれない」 中学2年になったこの春から通うようになり、国語・数学・英語、それにプログラミングなどの授業を受けています。ただし、学校教育法上の学校ではないため、もとの中学校に籍を置いたままです。 学費は、通う日数によって違いますが、1か月当たり3万円から6万円、入学金10万円も必要です。
(注)N中等部は角川ドワンゴが設立、詳細は下記リンク参照
https://n-jr.jp/lp/digest/?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campaign=google-gsc_brand-1&gclid=Cj0KCQiA89zvBRDoARIsAOIePbBgo6nYD6Fb_U4P9xg8M_YCqPuvAjhc0rCqpIX3hzjgSMt53vrAK3saAs0aEALw_wcB
・『友達は常にほしいと思っていた 和哉さんが特に気に入っているのが、意外にもワークショップを通じてチームワークなどを学ぶ授業だそうです。落ち着ける空間で、仲間の意見に耳を傾けたり、協力しあったりすることは、ずっと追い求めてきたことでした。 実は、中学校に入る前に転校した小学校では、友達どうしでテストの点数比べをしたり、読んだ本の情報交換をしたりして、楽しく過ごした記憶があるのです。 「友達は常にほしいと思っていた」と語る和哉さん。今は週3日通いながら、家では動画を制作する日々を送っています』、「ワークショップを通じてチームワークなどを学ぶ授業」を「特に気に入っている」、確かに意外だが、将来的には必要になる能力だ。
・『立ち遅れている不登校対策 専門家は、和哉さんのように知能が高いものの、社会になじみづらい子どもたちの不登校対策について、日本は立ち遅れていると指摘します。 不登校に詳しい東京理科大学 八並光俊教授「これまでの日本の不登校施策では、IQの高い子どもについては注視されてきませんでした。支援が十分でないため、当事者である子どもと保護者の社会的、経済的負担も大きいのが現状です。ずば抜けた力があるにもかかわらず、その力が生かされない。それどころか、社会のけん引役となりうる子どもたちが不登校で不利益を受けて、活躍の場を失うことは大きな社会的損失だと思います」 教育現場はどうあるべきなのか、1年間密着取材した模索する学校をもとに考えるNHKスペシャル「“不登校”44万人の衝撃」を5月30日(木)午後10時から放送します。 番組では「#学校ムリかも」で現場の声を集めている日本財団とも連携します。あなたの意見をつぶやいてください』、「社会のけん引役となりうる子どもたちが不登校で不利益を受けて、活躍の場を失うことは大きな社会的損失」、その通りで、「活躍の場」を如何に用意していくかが重要な課題だ。
第三に、千代田区立麹町中学校校長の工藤 勇一氏が11月27日付け東洋経済オンラインに掲載した「親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/313998
・『不登校、もしくは不登校傾向の子どもは現在、30万人にも上るといわれている。子を持つ親にとってはひとごとではない。親としてはなんとしても登校させようとしたり、内申点をつけるために無理にテストを受けさせたりしたくなるかもしれないが、大胆な学校改革で話題の麹町中学校校長の工藤 勇一氏は、そもそも学校にこだわる必要はないという。『麹町中校長が教える 子どもが生きる力をつけるために親ができること』を上梓した工藤氏が説く、不登校の子どもに対する心構えとは?』、現役校長の発言としては衝撃的だ。
・『不登校に過剰に反応することはない 不登校の子どもたちが年々、増えています。 文部科学省は、病気や経済的理由以外で年間30日以上の欠席があった場合を不登校と定義していますが、平成29年度の調査によると不登校の中学生は約10万人。ここには当てはまらない、学校に来ても教室に入れない、いわゆる不登校傾向の子どもは、その3倍の30万人にもなるといわれています。 そんな背景もあってか、不登校、もしくは不登校傾向の子どもを抱える親御さんのご相談を受けることも多くなってきました。 「どうすればいいでしょうか?」と親御さんに聞かれたとき、私は「別に学校に来なくてもいいのではないですか」と校長らしからぬ発言をするので、驚かれることが多々あります。 そもそも、不登校を問題にしているのは大人たちです。学校に行くことが当たり前ではなく、「大人になるための手段の1つに過ぎない」という認識になれば(もしくはホームスクーリングでもいいという認識になれば)、不登校という概念そのものがなくなるでしょう。 もちろん前提として、学校は、すべての子どもたちが安心して学校に通えるように配慮をすべきです。 ただ、もしそれでもうまくいかなかった場合は、学校に行かない状態に過剰に反応することはないと思うのです。 「そんなことを言っても、不登校になれば内申点が悪くなり、受験にひびく……」「勉強が遅れてしまう」という声が聞こえてきそうです。 しかし、私は断言できます。 もし不登校になったとしても、受験にひびくことはありません。たとえ学習が一時的に遅れてしまったとしても、あとから取り返すこともできます』、「学校に行くことが当たり前ではなく、「大人になるための手段の1つに過ぎない」」、言われてみれば、その通りだ。「もし不登校になったとしても、受験にひびくことはありません。たとえ学習が一時的に遅れてしまったとしても、あとから取り返すこともできます」、理屈の上では理解できても、我が子の場合にそう出来る自信はない。
・『学べる場所は学校だけじゃない 経済産業省主催の“「未来の教室」とEdTech研究会”というイベントに参加したとき、とある高校生からこんな話を聞きました。 その子は小学1年生から6年生まで病気で入院しており、学校に通えなかった経験があるそうです。入院中は昆虫が好きなので、昆虫の図鑑や『ファーブル昆虫記』など昆虫の本ばかり読みふけったと言います。 中学から学校に通い出した彼は、確かに少し勉強に遅れがあったそうですが、その後、都立高校に入学。今はバイオの研究をしており、勉強をとても楽しんでいるそうです。 「普通の教科(いわゆる国語や英語)は面白くない。もっとこんな研究がたくさんあったらいいのに」と彼は言っていました。 「僕は漢字や文章のつくり方など、国語の分野は昆虫の本を使って覚えました」と。 つまり、「国語の授業を受けなければ、国語の勉強はできない」なんてことはないわけです。好きな本を読んでいれば漢字も文章のつくり方も覚えられるし、誰かに自分の気持ちや考えていることを「伝えたい」という思いがあれば文章を書きたくなります。そのときに漢字がなければ格好悪いと思えば、漢字を覚えるでしょう。) 同じ場にいたとある私立高校の生徒たちも、興味深いことを話してくれました。 彼らは週に2時間、自分たちで決めたテーマや先輩から引き継いだ内容で個別に研究をしているそうなのですが、驚くことにその内容は高校生ながらにiPS細胞などの研究なのです。 そのような高レベルの研究をしていると、日本の論文では物足りなくなり、英語の論文も読む必要が出てきます。そのため、彼らは必要に迫られて英語を勉強するようになるというわけです。 さらに彼らは海外でプレゼンする機会もあり、その際には英語で話す必要がありますから、スピーキングもできるようになります。 これはいつ使うかわからないことを学んでいくのとは真逆のスタイルで、とても本質的な「学び」です』、確かに受験のための勉強に比べ、必要に迫られた勉強は身につきそうだ。
・『無理に内申点をつけると不利になることも 中学生の不登校の場合、内申点が悪くなり高校受験にひびくのではないかと気にされる方が多いと思いますが、まずもって私立高校の場合は、ほとんどの学校で不登校であることが不利になることはありません。 また、受験制度は各都道府県によって異なるため一概には言えませんが、東京都の公立高校に限って言えば、同様に不利にならないよう配慮されています。 内申点とは、定期テストや授業中の関心や意欲をもとに評価される仕組みです。特定の理由があって不登校になった場合は、評価の判断材料がないために、内申点をつけることができません。そのときは、斜線(内申点の記載がない状態)になります。 各高校の採点基準は明示されていませんから、これが絶対に不利にならないとは言い切れないのですが、都の教育委員会が各高校へ、この斜線が受験に不利にならないよう配慮を求めているのは事実です。 親御さんの中には、どうしても内申点をつけてほしいということで、テストだけは無理にでも受けさせるという方がいますが、そうやってつけた内申点が逆に受験に不利になるケースもあるということを知っておいてください(限られた評価の材料で内申点がつくよりは、斜線となり、学力検査だけで全体の評価をしてもらうほうが、有利というイメージです)。 また内申点が斜線の場合、都立高校の推薦入試を受験することはできませんが、過去には私立高校の推薦入試を受験した事例があります。 私立高校に直接連絡し、不登校で内申点がついていない生徒の事情を伝えたところ、事前に本人・保護者と面談をしてくれ、本人の強い志望動機を認め、推薦入試を受けさせてもらったのです(そしてもちろん合格しました)。 さらに、そもそもの話になりますが、私は常々保護者のみなさんに「大学進学を目指すなら無理をして高校に行くこともないですよ」と伝えています。 大学に行きたいのであれば、高卒認定(高等学校卒業程度認定試験)を受ければいいのです』、高校に行かずに、「高等学校卒業程度認定試験」で合格するためには、相当な勉強が必要なのではなかろうか。
・『大事なのは将来どのような生き方をするか 私のかつての教え子である株式会社アドウェイズの代表取締役社長・岡村陽久くんは、高校を中退しています。 先日会ったときに中退を決めたときのことを改めて聞いてみました。 彼は中退するかどうか悩んだとき、さすがに不安だったため、書店で高卒認定の問題集を見てみたのだそうです。するとその問題がとても簡単だったので、「なんだ、こんなに簡単だったらいつでも大学に行ける」と思い、中退を決めたのだとか(高卒認定の受検資格は満16歳以上ですが、大学受験資格を得られるのは「18歳に達した日の翌日」からなので、実際には高校3年生と同じ年で大学受験が可能になります)。 麹町中の卒業生の中には、成績がトップクラスの子で、名門進学校の日比谷高校に進学するか、通信制高校の「N高」に進学するか悩んだ子がいます。 この子はどうしてもやりたいことがあり、それに時間をかけたいと考え、拘束時間の長い全日制高校ではなく、時間に融通の利くN高を選びました。 自分のやりたいことをしっかりと自覚し、自分の道を歩めることはすてきなことです。 将来どのような生き方をするかを見つけられる場所が学校以外にあるのであれば、学校にこだわる必要は実はないのです』、「高等学校卒業程度認定試験」はそれほど難しくはないようだ』、「自分のやりたいこと」が中学生時代に既にあるというのは、我が身に照らすと頭が下がるが、現実にはそれに飽きて別のことがやりたくたることも多い筈だ。そうした場合には、「つぶし」が利く通常のコースの方が無難なのではなかろうか。それにしても、面白い中学校長もいたものだ。
タグ:学校に行くことが当たり前ではなく、「大人になるための手段の1つに過ぎない」 不登校の親の会などへの参加 不登校に過剰に反応することはない 不登校になったとしても、受験にひびくことはありません。たとえ学習が一時的に遅れてしまったとしても、あとから取り返すこともできます 学校に行かなくていいんじゃない? 進学をあきらめてしまったりするケースも多い 米国務省 『次の会議が○○日なので』『上の承認が必要』とかで2カ月も待たされ、息子は『もういい。行きたくない』ってなってしまいました 市町村の相談窓口や不登校をサポートしてくれる場所 『学校に行かなくてもいい』とやっと思えるようになった 募る不信感と孤独 「親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場 」 クラスジャパンプロジェクト 東洋経済オンライン 夫は息子が不登校になったのは、自分が厳しくし過ぎたせいかもしれないと自分を責め続け、うつ傾向になり精神科に通うことになってしまいました 苦手なのは、対人関係 「不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所」 同じ悩みを持つ人たちが集まる会 息子の状態もずいぶん安定 子どもへの接し方を勉強しました 大事なのは将来どのような生き方をするか 周囲とうまくいかない NHK NEWS WEB ますます自尊心は低下し、就職もできず(あるいはせず)、引きこもる、仕事をしないなど“社会難民化”する可能性が高まる ひきこもり IQ145 自分で医者を見つけて診断してもらった 工藤 勇一 日経ビジネスオンライン アスペルガー症候群の典型 ずば抜けた力があるにもかかわらず、その力が生かされない。それどころか、社会のけん引役となりうる子どもたちが不登校で不利益を受けて、活躍の場を失うことは大きな社会的損失 「高等学校卒業程度認定試験」 立ち遅れている不登校対策 特に気に入っているのが、意外にもワークショップを通じてチームワークなどを学ぶ授業 積極的にはそういう問題に関わってくれない 担任 友達は常にほしいと思っていた 無理に内申点をつけると不利になることも スクールカウンセラーに相談 N中等部 小学生で全体の0.17%だった不登校率が0.48%と2.8倍に増加 中学生は1.24%から3.01%と2.4倍に増加 小学生では208人に1人、中学校では33人に1人が不登校 自分らしく学べるかもしれない 本当に中学生? アメリカ社会はおかしい」と断言し、社会を変えるべき、と警告 『Why Women Still Can’t Have It All 学べる場所は学校だけじゃない アン・マリー・スローター 政策企画本部長 つながる感覚が楽しい 河合 薫 不登校 (その1)(不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう、不登校 “IQ145”の生徒が選んだ居場所、親が恐れる「中学の内申点」の知られざる実際 中学校長が教える“学校以外"の学びの場) 「不登校の息子に殺されると怯える妻と夫の距離感 「長期の不登校から無職」という負の連鎖を絶とう」 包丁を持って振り回す
”ひきこもり”問題(その7)(長引くひきこもりの陰で~見過ごされる中高年の発達障害~) [社会]
昨日に続いて、”ひきこもり”問題(その7)(長引くひきこもりの陰で~見過ごされる中高年の発達障害~)を取上げよう。
10月30日付けNHKクローズアップ現代+「長引くひきこもりの陰で~見過ごされる中高年の発達障害~」を紹介しよう。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4347/index.html
・『これまで1年以上にわたって、ひきこもりについて取材を続けてきたクロ現+取材班。そのなかで、当事者やその家族から数多く意見が寄せられたのが、ひきこもりと発達障害の関係だ。「小さいころのいじめがきっかけでひきこもりになった。30代で発達障害とわかったが、つまずいた原因がもっと早くわかっていれば、ここまで人間関係に悩まなかったのでは」。「家族が精神科の受診に拒否感を示し、診断が受けられなかった」。調べてみると、ひきこもり=すべての人が発達障害ということではないものの、以前から医療関係者や支援の現場ではこの関係性について指摘されていたことがわかった。また、発達障害が見過ごされたまま、ひきこもりが長期化し、合併症などで苦しむケースや、間違った対応で、より事態が深刻化してしまうケースも。当事者の声をきっかけに、医療、支援現場の実態を取材した。 出演者 石井光太さん(ノンフィクション作家) 宮田裕章さん (慶應義塾大学 教授) 内山登紀夫さん (医学博士 大正大学心理社会学部 教授) NHK記者 武田真一 (キャスター) 、 高山哲哉 (アナウンサー)』、「ひきこもりと発達障害の関係」とは興味深そうだ。
・『ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害 私たちは、メールをくれた男性を訪ねました。 大学卒業後、長く続いた、ひきこもり生活の中で苦しんできたと言います。発達障害だと診断されたのは、26歳の時。臨機応変な対応が苦手で、1つのことに集中すると、他のことが見えなくなってしまう特性があります。 平澤さん(仮名)「自分の場合(物を)しまうと、そこには何もない、となって、いざ水筒を箱にしまうと、水筒自体が“存在しない物”になってしまう。自分の頭の中では。」 取材班「目に見えるところに置いておかないといけない?」 平澤さん(仮名)「だからちょっとバラバラであれですけど。この黒いスーツ姿が私です。」 国立大学で経済を学んだ平澤さんは、就職活動に失敗。卒業後は、食品工場でアルバイトを始めます。しかし、複数の作業を同時にこなすことができず、わずか半年で退社。当時は、それが発達障害によるものだとは気付かず、自信喪失から、うつ状態に。これが、ひきこもりのきっかけでした。 平澤さん(仮名)「とにかく作業のやり方とか、段取りとか、本当に一発で覚えられないんで、やり方がわからないでいても、『そんなの自分で考えろ』とか『なんで覚えられないんだ』と、逆になじられるんで、もう本当に食事ものどを通らないという状態になってしまいました。」』、「発達障害」とは、「発達障害者支援法には「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されています」(文科省HP)、非常に幅広い障害のようだ。ただ、環境問題で国連やCOP25での大胆な発言で有名なスウェーデン生まれの少女、グレタさんもアスペルガー症候群のようだが、国連で演説できるほどの能力もあるようだ。
・『ひきこもりは「甘え」? 周囲の厳しい目 発達障害の診断が遅れ、ひきこもりが長期化するケースも出ています。 以前、番組に出演してくれた男性です。中学時代のいじめがきっかけで、20年以上ひきこもりが続いています。 小崎悠哉さん「父親はやっぱり、働け働けしか言わない。働くのが当たり前だって。」 現在も、病院と近所のコンビニ以外は、基本的に外出することができません。 発達障害があると診断されたのは、ひきこもってから十数年以上もたってからでした。こだわりが強く、相手の気持ちを推し量って人間関係を築くことが苦手です。 小崎悠哉さん「幼稚園時代から、仲間はずれにされることは多かったです。なんで、みんなのように、うまくできないのかなというのはあります。」 いじめられた恐怖から不眠になり、みずから精神科を受診しようとしますが、思わぬ壁が。 小崎悠哉さん「精神科に行くことを反対しました、両親は。そんな恥ずかしいこと、近所を歩けなくなるって。」 30歳を過ぎて、ようやく両親を説得。自宅から遠く離れた精神科を受診します。そのとき初めて、自身の発達障害について知ることができたといいます。ところが、ひきこもり生活が長くなる中で、発達障害以外にも、さまざまな体の不調を抱えるようになっていました。 小崎悠哉さん「(食事が)食べられなくなって、1か月間入院した。精神科に。」 常用している睡眠導入剤や抗うつ剤です。不安になると、今でも眠れなくなることがあるといい、手放せません。最近では、物がうまく飲み込めなくなる、えん下障害も併発し、体重は一時30kgも減りました。 取材班「小さい頃から発達障害とわかっていたら、どうなっていたと思いますか?」 小崎悠哉さん「ひきこもらなかったと思う。こういう特性があるから、人とうまくできないのを理解して、ちゃんと話せるように頑張れたんじゃないかと思います。」』、「みずから精神科を受診しようとしますが・・・両親は。そんな恥ずかしいこと、近所を歩けなくなるって」、日本ではまだまだ「精神科」に対する偏見が強く、これが早期発見の障害になっているのは、本人や家族のみならず、社会全体にとっても大きな損失だ。
・『ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害 ひきこもりの深刻化を防ぐには、家族の理解が欠かせないと指摘する専門家がいます。 「たぶん(息子は)話さない。」「いやいやお母さん、『たぶん話さない』は、お母さんの考え。とりあえず声かけてみて。」 元精神科看護師の山根さん。ひきこもりの当事者と親を支援するNPOを主催。これまで1700件以上の相談に乗ってきました。 山根さんの家族会に、5年間通っている70代の母親です。ここで、他の家族の話を聞いたことで息子の発達障害に気づき、診断につなげることができたといいます。 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「診断がついてからどうでした?」 母親(70代)「診断がついてから、私はすごく気持ちが楽になりました。ああそうだったから、できなかったんだと。」 その後、母親は家族会で、経験者などから発達障害の特性や接し方を根気強く学び、部屋から出てこない息子とコミュニケーションを続けました。 母親(70代)「学校は行くのが当たり前みたいな、私の考えだったので、『なんで学校に行かれないの』って感じで、すごい責めましたし、引っ張り出して、タクシーに乗せて、パッと連れて行ったこともあるんです。それは全然マイナスなことだったと、勉強していくうちにわかった。」 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「よかれと思って、親だからこそ言って聞かせなきゃと、一生懸命なだけ。その一生懸命さが、本人を苦しめていると、まず気付いてもらわないと。そこが、“目に見えない障害”の理解の難しさというのはあると思います。」 48歳の息子は、20年のひきこもり期間を経て、去年、医療サービスを行う会社に就職することができました。 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「今は、一般就労1年目じゃないですか。どんな様子ですか?」 母親(70代)「そんなに嫌がらないし、朝も5時に起きてお弁当を自分で作って、電車に乗って行くので、それは私も安心かなと。」』、「20年のひきこもり期間を経て、去年、医療サービスを行う会社に就職することができました」、こんなに上手くいくケースばかりではなく、ひきこもりの真因が発見されなければ、昨日紹介した川崎殺傷事件や農水次官の長男殺害事件のような悲劇で終わることもある。
・『ひきこもり×発達障害 なぜ見過ごされるのか 武田:取材した管野さん。ひきこもりの長期化、深刻化の裏に発達障害という原因があるという実態。どのくらい把握されてるんでしょうか。 管野記者:もちろん発達障害があるからといって、すべての人がひきこもりになるというわけではありません。実際に115万人ともいわれている、ひきこもりの人たちすべてを調査したものはないので、正確な数字は分からないんですが、過去には2007年から2009年にかけて、全国5つの精神保健福祉センターに、ひきこもりの相談で訪れた148人のうち、およそ3割が発達障害と診断されたという調査結果も出ています。 調査に参加した宮崎大学の境准教授は、この結果について、当時は大変驚いたと話していました。ただ取材をしていく中で、発達障害の特性が理解されなかったことによって、仕事や人間関係でつまずいたり、失敗を繰り返したりするなど、ひきこもりと発達障害には大きな関係があるということを強く感じました。特に、大人でひきこもっている人の場合、発達障害が見逃されてきた結果、先ほどの小崎さんのように、長期化、深刻化するケースが多いということにも強い危機感を覚えました。 武田:そして発達障害とひきこもりの関係、大人の発達障害にも詳しい内山さんにもお伺いしますが、ひきこもりの人の中でも、発達障害が見過ごされてしまう要因として、内山さんはこんなポイントを挙げていらっしゃいます。この3点なんですけど、それぞれどういうことなんでしょうか。 ゲスト 内山登紀夫さん(医学博士 大正大学心理社会学部 教授)内山さん:発達障害はもともと子どもの障害から始まっているので、子どものときの診断の方法は、ある程度確立されています。ただ、大人に関しては、最近、話題になってきたわけで、まだ診断の方法が確立していないと。特に発達障害の場合、子どものときから症状があるのがポイントになるわけですけど、子どものときの症状を知る方法がない場合もありますよね。そういう場合、情報が少なくて診断が難しいということがあります。 もう1点は、大人になるといろんな不安障害とか、うつ状態とか、いわゆる精神科的な合併症を併合している可能性が高いんです。その場合、例えば精神科に行って、うつ状態や不安障害、そういう診断を受けるんですけど、その背景にある発達障害が見逃されやすい、見えにくいということがあります。 あともう1点は、過剰診断・過少診断という言い方をよくするんですけど、精神科医によっては、わりと安易に診断する方もいらっしゃるし、あと、立場によっては、俺は発達障害という概念はあまり使わないんだと、ほかの視点で診ていくんだ、という立場の先生もいらっしゃるので。 武田:ちゃんとした基準がないということなんですか。 内山さん:そうなんです。発達障害の場合は、脳波とか画像診断とかで分かるわけではないので、基本的には本人の今の状態から見ていくんですね。きちんとしたスタンダードがなかなか持ちにくいと。そういう事情があります。 武田:VTRにもあったように、少しでも早く診断してもらえれば、という患者さんの声もありましたよね。 内山さん:本人が困っているときは、その背景に発達障害があれば、その特性をちゃんと理解して、それを早くサポートすると、やりようがあるので、そこを見逃されることなく、早めに診断した方がいい人はたくさんいらっしゃると思います』、大人の場合には「発達障害」の診断は難しい事情は理解できたが、学会や厚労省などで「きちんとしたスタンダード」を早く確立して欲しいものだ。合わせて「精神科医」による「過剰診断・過少診断」のも手を打ってもらいたい。
・『ひきこもり×発達障害 診断が転機に 武田:その発達障害という診断を受けたことによって、生きづらさが変わったという、ひきこもりの当事者のケースを見てみたいと思います。 番組に、ひきこもりと発達障害の関連性について調べてほしいと訴えた平澤さん。26歳のときに、発達障害の診断を受けたことが大きな転機になったといいます。 取材班「『発達障害ですよ』と医者に言われたときは、どう思った?」 平澤さん(仮名)「自分は普通とは違うんだなというふうに、まずは思いました。じゃあ、普通とは違うんなら、どうしたらいいんだろうということで、精神障害者が受けられる行政とか、福祉サービスとか、そういうことを知りまして、自分はこういうのを積極的に利用しようと思いました。」 その後、職業訓練などのサービスを受け、ひきこもりの生活は徐々に変わっていきました。 そして、5年前に障害者雇用枠で正社員として就職。今は、商品のトイレットペーパーの品質管理を任されています。強度を測るため原料の紙の幅をそろえます。 平澤さん(仮名)「ほぼ2.5センチ。」 平澤さんの場合、誤差は常に1mm以内です。 こちらは、トイレットペーパーがほぐれるまでの時間を計るテスト。 平澤さん(仮名)「はい、ここ。」 人一倍、正確さにこだわりを持つ特性を生かし、わずかな時間の差も見過ごしません。 総務部人事課 清水絹代さん「少しの数字の違いがあったら、すぐに報告がくる。その報告によって、現場が対応できるという、ありがたい話ですね。」 取材班「会社としては戦力ですか?」 総務部人事課 清水絹代さん「即戦力ですね。」 就職に失敗して、ひきこもりが始まった平澤さんですが、この工場では、週5日の勤務を5年間も続けています。 平澤さん(仮名)「周りの人が思って下さっているので、自分も必要とされている。自分も応えなきゃいけない。そういうふうな心境に変わってきました。」』、「平澤さん」が「精神障害者が受けられる行政とか、福祉サービスとか、そういうことを知りまして、自分はこういうのを積極的に利用しようと思いました」、こうした積極的な姿勢が自分に合った職場への就職につながったのだろう。
・『ひきこもり×発達障害 結婚が転機に 大学時代、環境になじめず10年近くひきこもった経験を持つ、宇樹(そらき)さんです。 宇樹義子さん「麦を量って、ご飯に混ぜるんです。」 取材班「ぴったり30グラム?」 宇樹義子さん「ぴったり30グラムです。31グラムまでだったら許す。」 発達障害と判明したのは、30代で結婚した後のことでした。診断が出た後も、特性を理解しきれない夫と衝突し、3回も離婚の危機に。しかし、それを乗り越え、夫婦で作り上げたのが…。 宇樹義子さん「お互いの取扱説明書というか、そういうものを頭の中に持っておくといいのかなと思います。」 トリセツ1。視覚過敏がある宇樹さんは、明るすぎると極度に疲れてしまうため、2人でいるときも部屋の電気は暗めにしています。 宇樹義子さん「『暗い、暗い』って言いながら、我慢してくれています。」 トリセツ2。大嫌いな外出は、夫が事前に詳細をリサーチ。それによって、外に出る機会も増えました。 宇樹義子さん「見通しが立つと不安が軽減するし、体調が不安定になりがちなので、前もって条件を教えてもらえれば、それなりの対策ができる。」 宇樹さんは、発達障害とひきこもりの体験を本にして出版。ひきこもりのライターとして、女性ならではの本音や結婚生活の悩みなどを、ウェブ上で発信。共感を集めています。 宇樹義子さん「私は放っておくと、1週間家を出ないことがあるんですけど、それでも、いわゆる社会参加はしていますし、元気だし、幸せとか健康とか、正しいこと、正解、まともなんていうのは、本人にしか決められないし、決めることにあんまり意味が無い。」』、「発達障害と判明したのは、30代で結婚した後」、こんなケースもあるのかと驚かされた。「お互いの取扱説明書」で対処した知恵には感心させられた。「発達障害とひきこもりの体験を本にして出版。ひきこもりのライターとして、女性ならではの本音や結婚生活の悩みなどを、ウェブ上で発信。共感を集めています」、大したものだ。
・『ひきこもり×発達障害 家族は 周囲は 武田:発達障害という診断を受けることによって、社会とつながりを持てる方法を見つけることができるということですけれども、やはり周りの人たち、とりわけ家族がどう関わっていくか。これ、考えていかないといけないことですね。 高山:当事者の皆さんから番組にお寄せいただいたメッセージの中にも、そういったところがにじんでいるんです。 まず、30代女性。“発達障害と分かったが、理解ができない親は障害と聞かされ、激しく怒った。” それから、自閉症の傾向を自覚されているという40代の男性です。 “年齢がここまでくると手遅れ感が否めず、もんもんとする日々を送っている。” 皆さん、もっと早く家族の理解が得られたら早期の診断につながったのに、とおっしゃる声が少なくなかったんです。 武田:石井さん、ただ家族は本当にいっぱいいっぱいだと思うんですよね。これまでの取材で、どんな実態をご覧になりましたか? ゲスト 石井光太さん(ノンフィクション作家)石井さん:本当に、本人が引きこもっている方々が家族に理解してもらいたいという気持ちは分かります。ただ、家族の立場からすると、それって本当に簡単なことなのかなというところがあるんですね。やはりテレビとかも含めて、メディアとかはこういう問題を取り上げるときに、家族が理解しようよ、理解すれば楽になるんだと強調しますけど、実際、相当難しい部分がある。例えば今回、VTRに出た方々というのは、どちらかというと、おとなしい方だったと思うんですけども、ひきこもっている方々の中には、それこそ家庭内暴力をしてしまうだとか、精神疾患、病んでいる方とかたくさんいます。例えば、僕の知っている方ですと、学校の先生をやっていて、40年間ひきこもった経験のある子どもをずっと面倒見てきた。その子というのは、いろんなことを1日の中で要求してきて求めてくる。全部応えてあげた。定年退職するんですけど、それでも、ずっと助けるんですが、暴れたりすることを抑えられないで、最終的にその子どもをあやめてしまうという事件を起こしてしまうんです。僕は、その先生というのは本当に発達障害のことを理解しているし、SOSを求める先、というのも知っている。すごく知識のある方なんです。それでも、そこまで追い詰めてしまうという現実があるんですよね。そういったようなことがあるにもかかわらず、やはり、一歩下がったところから、家族だから理解してくれよということは、すごく酷だと思うんです。もちろん、そういう方っていうのはあると思うんですが、ただ、今みたいな例に関しては社会として、隣人として、その本人もそうなんですが、困っている家族に寄り添うことが非常に重要になると思っています』、「学校の先生をやっていて、40年間ひきこもった経験のある子どもをずっと面倒見てきた。その子というのは、いろんなことを1日の中で要求してきて求めてくる。全部応えてあげた。定年退職するんですけど、それでも、ずっと助けるんですが、暴れたりすることを抑えられないで、最終的にその子どもをあやめてしまうという事件を起こしてしまうんです」、農水次官の息子の場合も家庭内暴力が酷かったようだが、この先生の場合も悲惨だ。
・『武田:内山さん、印象的な症例があるそうでしたが、どんなことでしたか。 内山さん:家族も、本人のことをなかなか理解しづらいので、特性を知らないと、これぐらい普通のことだからいいだろうと接するんですね。例えば、聴覚過敏のある方がいて、お父さんもお母さんも普通の音声で話しているんですけど、それが本当につらいと。でも、過敏ということを知らないと、これぐらい我慢できるじゃんという話で、うちの子はわがままだと訴えるんですが、一見わがままに見えるけど、特性からして、本人もつらいんで、例えばトーンを少し下げるだけで、だいぶ家族関係が楽になると。そういうこともあります。 武田:つまり、家族に対しても、発達障害の知識や対応のしかたというものを教えていかないといけないし、サポートも必要だということですね。 高山:周囲がどのように接すればいいのか、SPELLというアプローチ、考え方があるんです。 それぞれの頭文字ですが、「予測可能であるようにする」「否定することなく不安を取り除く」「苦しみに共感して行動する」「音・光・匂いに過敏な人になるべく刺激を避ける環境を用意」それから、「つながりを大事にする」。 武田:すべて共通するのが、当事者の立場に立つということに感じるんですが。 内山:これは特に、重症スペクトラム(注)の方が不可能だと、非常に不安になるとか、あるいは大きな音がとてもつらいという状況があるわけですね。本人にもアプローチが必要なんですけど、同時にご家族にも共感的に肯定的に接すると。どっちかというと、家族は非難されることが多いので。僕は、本人もご家族も同じように接していく。同じようにサポートしていく必要があると思います。 武田:宮田さん、社会全体としては、ひきこもりで発達障害という2つの苦しみを抱える人たち、どう向き合っていけばいいでしょう。 ゲスト 宮田裕章さん(慶應義塾大学 教授)宮田さん:医学的な治療や制度的な支援を行う仕組みの都合上、われわれ専門家は障害という定義をよく用いるんですが、発達障害を個性であると捉える視点もあります。障害という枠に入らない人も、こだわりが強いということ、物事に集中しやすい、片づけができない、決まりごとにこだわる。一人一人、個性がありますよね。このときに、発達障害を持つ人の個性を踏まえて、生きづらさを解消する社会を作っていくことが、すべての人が生きやすい社会につながる重要な取り組みだと思います。 一方で、個別対応を行っているということは、社会にとってのコストになり、それでは社会が回らない。こういう批判というのは古くからあるんですが、今、経済や社会の本流が普通だったり、あるいはマジョリティー、これだけを見るのではなくて、一人一人を軸に個別化する時代が、もうすでに到来しています。こうしたビジョンが変化する今だからこそ、普通から外れる、あるいはマイノリティーに属する人たちの価値観を巻き込んで、社会を作っていくことは必要ですし、もうすでに社会は変わり始めています。コンテンツ産業や医療も個別化の時代というのを迎えていて、理想論ではなく、現実の中で取り組みをすべき問題かなと思います。 武田:今までどっちかっていうと、なるべくボリュームが多い人たちに向けて投資をするとか、そういうことが主流だったんですけど、発達障害やひきこもりという方も含めて、個別の一人一人をサポートする方向に社会が動いているんですね。 宮田さん:一人一人の価値を捉えて、それに当てていく価値を作っていく。これが、すでに社会を動かしていますし、経済も動いているということです。 武田:管野さん、ひきこもりと発達障害、2つの悩みを抱えている方はどこに相談に行けばいいでしょうか。 管野記者:各都道府県や政令指定都市には、ひきこもり地域支援センターや発達障害者支援センターが設置されています。今のところは、そこに相談をしたり、家族会や支援団体を紹介してもらったりという方法があります。また、医療機関の中には、発達障害のひきこもりの人を専門に診てくれるところもあるんですが、まだまだ数が少ないのが現状です。どう充実させていくのかが、今後の課題となっています。 武田:これから、さらに、それは充実させていかなければならないと。今回番組にご意見を送ってくださった当事者の皆様、本当にありがとうございました。最後に、みずからの発達障害を知ることで、自分なりのゴールを見つけていった人たちの声をお聞きいただきます』、(注)重症スペクトラム:自閉スペクトラムとは、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群の総称(ATARIMAE PROJECT)。そのうちの重症のものを意味していると思われる。
宮田氏の「発達障害を持つ人の個性を踏まえて、生きづらさを解消する社会を作っていくことが、すべての人が生きやすい社会につながる重要な取り組みだと思います」、正論だが、「すでに社会を動かしていますし、経済も動いている」、手前味噌な印象も受ける。
・『ひきこもり×発達障害 それぞれのゴール 発達障害バー マスター 光武克さん(35)「ここには、元ひきこもりの方もいらっしゃいますし、やっぱり、ちょっと近い方の話を聞けるというのが大きいんだろうなと思うんですよね。」 スタッフ 飯田亮太さん(32)「やっぱり家族とか友達とかにはうまく話せない、本当に言葉にできないけれども、ここに来たら似たような経験した人とか、似たような考えの人がいっぱいいて、ここだったらすごい、じょう舌になる。ずっと抱えていた孤独感を埋めてもらったので。」 常連客(大学4年生)タカコさん(仮名・22)「できないことは誰かに頼ればいいんだよ、みたいなことをおっしゃっていただいて。自分の中ですごい、ふに落ちて。すごい、なんか、ほっとして家に帰るみたいなときがあるので。」 発達障害バー マスター 光武克さん(35)「例えば、ちょっと嫌なことがあったとしても、仕事帰りにたまには飲んでいくかと。そういうフラットな気軽な気持ちで立ち寄っていただけるぐらいの、ストレスを発散させることができて、その結果、それが社会全体にプラスの方向に働くんじゃないかな。」 桂木大輝さん(24)「ゴールって人それぞれでいいと思うんですよ。社会のひきこもりに対する答えは、会社で仕事をすることなのかもしれないけど、それは社会側が勝手に作った答えであって、人それぞれ答えは違ってもいい。」』、「発達障害バー」のHPは以下リンク、表参道で木金土中心の不定期営業をしている。しかし、更新の頻度は低いようだ。
https://brats.shopinfo.jp/
こうした交流の場が出来たことはいいことだが、発達障害で苦しんでいる本人や家族が気軽に利用するのは、敷居が高そうな印象を受ける。
10月30日付けNHKクローズアップ現代+「長引くひきこもりの陰で~見過ごされる中高年の発達障害~」を紹介しよう。
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4347/index.html
・『これまで1年以上にわたって、ひきこもりについて取材を続けてきたクロ現+取材班。そのなかで、当事者やその家族から数多く意見が寄せられたのが、ひきこもりと発達障害の関係だ。「小さいころのいじめがきっかけでひきこもりになった。30代で発達障害とわかったが、つまずいた原因がもっと早くわかっていれば、ここまで人間関係に悩まなかったのでは」。「家族が精神科の受診に拒否感を示し、診断が受けられなかった」。調べてみると、ひきこもり=すべての人が発達障害ということではないものの、以前から医療関係者や支援の現場ではこの関係性について指摘されていたことがわかった。また、発達障害が見過ごされたまま、ひきこもりが長期化し、合併症などで苦しむケースや、間違った対応で、より事態が深刻化してしまうケースも。当事者の声をきっかけに、医療、支援現場の実態を取材した。 出演者 石井光太さん(ノンフィクション作家) 宮田裕章さん (慶應義塾大学 教授) 内山登紀夫さん (医学博士 大正大学心理社会学部 教授) NHK記者 武田真一 (キャスター) 、 高山哲哉 (アナウンサー)』、「ひきこもりと発達障害の関係」とは興味深そうだ。
・『ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害 私たちは、メールをくれた男性を訪ねました。 大学卒業後、長く続いた、ひきこもり生活の中で苦しんできたと言います。発達障害だと診断されたのは、26歳の時。臨機応変な対応が苦手で、1つのことに集中すると、他のことが見えなくなってしまう特性があります。 平澤さん(仮名)「自分の場合(物を)しまうと、そこには何もない、となって、いざ水筒を箱にしまうと、水筒自体が“存在しない物”になってしまう。自分の頭の中では。」 取材班「目に見えるところに置いておかないといけない?」 平澤さん(仮名)「だからちょっとバラバラであれですけど。この黒いスーツ姿が私です。」 国立大学で経済を学んだ平澤さんは、就職活動に失敗。卒業後は、食品工場でアルバイトを始めます。しかし、複数の作業を同時にこなすことができず、わずか半年で退社。当時は、それが発達障害によるものだとは気付かず、自信喪失から、うつ状態に。これが、ひきこもりのきっかけでした。 平澤さん(仮名)「とにかく作業のやり方とか、段取りとか、本当に一発で覚えられないんで、やり方がわからないでいても、『そんなの自分で考えろ』とか『なんで覚えられないんだ』と、逆になじられるんで、もう本当に食事ものどを通らないという状態になってしまいました。」』、「発達障害」とは、「発達障害者支援法には「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されています」(文科省HP)、非常に幅広い障害のようだ。ただ、環境問題で国連やCOP25での大胆な発言で有名なスウェーデン生まれの少女、グレタさんもアスペルガー症候群のようだが、国連で演説できるほどの能力もあるようだ。
・『ひきこもりは「甘え」? 周囲の厳しい目 発達障害の診断が遅れ、ひきこもりが長期化するケースも出ています。 以前、番組に出演してくれた男性です。中学時代のいじめがきっかけで、20年以上ひきこもりが続いています。 小崎悠哉さん「父親はやっぱり、働け働けしか言わない。働くのが当たり前だって。」 現在も、病院と近所のコンビニ以外は、基本的に外出することができません。 発達障害があると診断されたのは、ひきこもってから十数年以上もたってからでした。こだわりが強く、相手の気持ちを推し量って人間関係を築くことが苦手です。 小崎悠哉さん「幼稚園時代から、仲間はずれにされることは多かったです。なんで、みんなのように、うまくできないのかなというのはあります。」 いじめられた恐怖から不眠になり、みずから精神科を受診しようとしますが、思わぬ壁が。 小崎悠哉さん「精神科に行くことを反対しました、両親は。そんな恥ずかしいこと、近所を歩けなくなるって。」 30歳を過ぎて、ようやく両親を説得。自宅から遠く離れた精神科を受診します。そのとき初めて、自身の発達障害について知ることができたといいます。ところが、ひきこもり生活が長くなる中で、発達障害以外にも、さまざまな体の不調を抱えるようになっていました。 小崎悠哉さん「(食事が)食べられなくなって、1か月間入院した。精神科に。」 常用している睡眠導入剤や抗うつ剤です。不安になると、今でも眠れなくなることがあるといい、手放せません。最近では、物がうまく飲み込めなくなる、えん下障害も併発し、体重は一時30kgも減りました。 取材班「小さい頃から発達障害とわかっていたら、どうなっていたと思いますか?」 小崎悠哉さん「ひきこもらなかったと思う。こういう特性があるから、人とうまくできないのを理解して、ちゃんと話せるように頑張れたんじゃないかと思います。」』、「みずから精神科を受診しようとしますが・・・両親は。そんな恥ずかしいこと、近所を歩けなくなるって」、日本ではまだまだ「精神科」に対する偏見が強く、これが早期発見の障害になっているのは、本人や家族のみならず、社会全体にとっても大きな損失だ。
・『ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害 ひきこもりの深刻化を防ぐには、家族の理解が欠かせないと指摘する専門家がいます。 「たぶん(息子は)話さない。」「いやいやお母さん、『たぶん話さない』は、お母さんの考え。とりあえず声かけてみて。」 元精神科看護師の山根さん。ひきこもりの当事者と親を支援するNPOを主催。これまで1700件以上の相談に乗ってきました。 山根さんの家族会に、5年間通っている70代の母親です。ここで、他の家族の話を聞いたことで息子の発達障害に気づき、診断につなげることができたといいます。 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「診断がついてからどうでした?」 母親(70代)「診断がついてから、私はすごく気持ちが楽になりました。ああそうだったから、できなかったんだと。」 その後、母親は家族会で、経験者などから発達障害の特性や接し方を根気強く学び、部屋から出てこない息子とコミュニケーションを続けました。 母親(70代)「学校は行くのが当たり前みたいな、私の考えだったので、『なんで学校に行かれないの』って感じで、すごい責めましたし、引っ張り出して、タクシーに乗せて、パッと連れて行ったこともあるんです。それは全然マイナスなことだったと、勉強していくうちにわかった。」 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「よかれと思って、親だからこそ言って聞かせなきゃと、一生懸命なだけ。その一生懸命さが、本人を苦しめていると、まず気付いてもらわないと。そこが、“目に見えない障害”の理解の難しさというのはあると思います。」 48歳の息子は、20年のひきこもり期間を経て、去年、医療サービスを行う会社に就職することができました。 山口大学大学院 教授 山根俊恵さん「今は、一般就労1年目じゃないですか。どんな様子ですか?」 母親(70代)「そんなに嫌がらないし、朝も5時に起きてお弁当を自分で作って、電車に乗って行くので、それは私も安心かなと。」』、「20年のひきこもり期間を経て、去年、医療サービスを行う会社に就職することができました」、こんなに上手くいくケースばかりではなく、ひきこもりの真因が発見されなければ、昨日紹介した川崎殺傷事件や農水次官の長男殺害事件のような悲劇で終わることもある。
・『ひきこもり×発達障害 なぜ見過ごされるのか 武田:取材した管野さん。ひきこもりの長期化、深刻化の裏に発達障害という原因があるという実態。どのくらい把握されてるんでしょうか。 管野記者:もちろん発達障害があるからといって、すべての人がひきこもりになるというわけではありません。実際に115万人ともいわれている、ひきこもりの人たちすべてを調査したものはないので、正確な数字は分からないんですが、過去には2007年から2009年にかけて、全国5つの精神保健福祉センターに、ひきこもりの相談で訪れた148人のうち、およそ3割が発達障害と診断されたという調査結果も出ています。 調査に参加した宮崎大学の境准教授は、この結果について、当時は大変驚いたと話していました。ただ取材をしていく中で、発達障害の特性が理解されなかったことによって、仕事や人間関係でつまずいたり、失敗を繰り返したりするなど、ひきこもりと発達障害には大きな関係があるということを強く感じました。特に、大人でひきこもっている人の場合、発達障害が見逃されてきた結果、先ほどの小崎さんのように、長期化、深刻化するケースが多いということにも強い危機感を覚えました。 武田:そして発達障害とひきこもりの関係、大人の発達障害にも詳しい内山さんにもお伺いしますが、ひきこもりの人の中でも、発達障害が見過ごされてしまう要因として、内山さんはこんなポイントを挙げていらっしゃいます。この3点なんですけど、それぞれどういうことなんでしょうか。 ゲスト 内山登紀夫さん(医学博士 大正大学心理社会学部 教授)内山さん:発達障害はもともと子どもの障害から始まっているので、子どものときの診断の方法は、ある程度確立されています。ただ、大人に関しては、最近、話題になってきたわけで、まだ診断の方法が確立していないと。特に発達障害の場合、子どものときから症状があるのがポイントになるわけですけど、子どものときの症状を知る方法がない場合もありますよね。そういう場合、情報が少なくて診断が難しいということがあります。 もう1点は、大人になるといろんな不安障害とか、うつ状態とか、いわゆる精神科的な合併症を併合している可能性が高いんです。その場合、例えば精神科に行って、うつ状態や不安障害、そういう診断を受けるんですけど、その背景にある発達障害が見逃されやすい、見えにくいということがあります。 あともう1点は、過剰診断・過少診断という言い方をよくするんですけど、精神科医によっては、わりと安易に診断する方もいらっしゃるし、あと、立場によっては、俺は発達障害という概念はあまり使わないんだと、ほかの視点で診ていくんだ、という立場の先生もいらっしゃるので。 武田:ちゃんとした基準がないということなんですか。 内山さん:そうなんです。発達障害の場合は、脳波とか画像診断とかで分かるわけではないので、基本的には本人の今の状態から見ていくんですね。きちんとしたスタンダードがなかなか持ちにくいと。そういう事情があります。 武田:VTRにもあったように、少しでも早く診断してもらえれば、という患者さんの声もありましたよね。 内山さん:本人が困っているときは、その背景に発達障害があれば、その特性をちゃんと理解して、それを早くサポートすると、やりようがあるので、そこを見逃されることなく、早めに診断した方がいい人はたくさんいらっしゃると思います』、大人の場合には「発達障害」の診断は難しい事情は理解できたが、学会や厚労省などで「きちんとしたスタンダード」を早く確立して欲しいものだ。合わせて「精神科医」による「過剰診断・過少診断」のも手を打ってもらいたい。
・『ひきこもり×発達障害 診断が転機に 武田:その発達障害という診断を受けたことによって、生きづらさが変わったという、ひきこもりの当事者のケースを見てみたいと思います。 番組に、ひきこもりと発達障害の関連性について調べてほしいと訴えた平澤さん。26歳のときに、発達障害の診断を受けたことが大きな転機になったといいます。 取材班「『発達障害ですよ』と医者に言われたときは、どう思った?」 平澤さん(仮名)「自分は普通とは違うんだなというふうに、まずは思いました。じゃあ、普通とは違うんなら、どうしたらいいんだろうということで、精神障害者が受けられる行政とか、福祉サービスとか、そういうことを知りまして、自分はこういうのを積極的に利用しようと思いました。」 その後、職業訓練などのサービスを受け、ひきこもりの生活は徐々に変わっていきました。 そして、5年前に障害者雇用枠で正社員として就職。今は、商品のトイレットペーパーの品質管理を任されています。強度を測るため原料の紙の幅をそろえます。 平澤さん(仮名)「ほぼ2.5センチ。」 平澤さんの場合、誤差は常に1mm以内です。 こちらは、トイレットペーパーがほぐれるまでの時間を計るテスト。 平澤さん(仮名)「はい、ここ。」 人一倍、正確さにこだわりを持つ特性を生かし、わずかな時間の差も見過ごしません。 総務部人事課 清水絹代さん「少しの数字の違いがあったら、すぐに報告がくる。その報告によって、現場が対応できるという、ありがたい話ですね。」 取材班「会社としては戦力ですか?」 総務部人事課 清水絹代さん「即戦力ですね。」 就職に失敗して、ひきこもりが始まった平澤さんですが、この工場では、週5日の勤務を5年間も続けています。 平澤さん(仮名)「周りの人が思って下さっているので、自分も必要とされている。自分も応えなきゃいけない。そういうふうな心境に変わってきました。」』、「平澤さん」が「精神障害者が受けられる行政とか、福祉サービスとか、そういうことを知りまして、自分はこういうのを積極的に利用しようと思いました」、こうした積極的な姿勢が自分に合った職場への就職につながったのだろう。
・『ひきこもり×発達障害 結婚が転機に 大学時代、環境になじめず10年近くひきこもった経験を持つ、宇樹(そらき)さんです。 宇樹義子さん「麦を量って、ご飯に混ぜるんです。」 取材班「ぴったり30グラム?」 宇樹義子さん「ぴったり30グラムです。31グラムまでだったら許す。」 発達障害と判明したのは、30代で結婚した後のことでした。診断が出た後も、特性を理解しきれない夫と衝突し、3回も離婚の危機に。しかし、それを乗り越え、夫婦で作り上げたのが…。 宇樹義子さん「お互いの取扱説明書というか、そういうものを頭の中に持っておくといいのかなと思います。」 トリセツ1。視覚過敏がある宇樹さんは、明るすぎると極度に疲れてしまうため、2人でいるときも部屋の電気は暗めにしています。 宇樹義子さん「『暗い、暗い』って言いながら、我慢してくれています。」 トリセツ2。大嫌いな外出は、夫が事前に詳細をリサーチ。それによって、外に出る機会も増えました。 宇樹義子さん「見通しが立つと不安が軽減するし、体調が不安定になりがちなので、前もって条件を教えてもらえれば、それなりの対策ができる。」 宇樹さんは、発達障害とひきこもりの体験を本にして出版。ひきこもりのライターとして、女性ならではの本音や結婚生活の悩みなどを、ウェブ上で発信。共感を集めています。 宇樹義子さん「私は放っておくと、1週間家を出ないことがあるんですけど、それでも、いわゆる社会参加はしていますし、元気だし、幸せとか健康とか、正しいこと、正解、まともなんていうのは、本人にしか決められないし、決めることにあんまり意味が無い。」』、「発達障害と判明したのは、30代で結婚した後」、こんなケースもあるのかと驚かされた。「お互いの取扱説明書」で対処した知恵には感心させられた。「発達障害とひきこもりの体験を本にして出版。ひきこもりのライターとして、女性ならではの本音や結婚生活の悩みなどを、ウェブ上で発信。共感を集めています」、大したものだ。
・『ひきこもり×発達障害 家族は 周囲は 武田:発達障害という診断を受けることによって、社会とつながりを持てる方法を見つけることができるということですけれども、やはり周りの人たち、とりわけ家族がどう関わっていくか。これ、考えていかないといけないことですね。 高山:当事者の皆さんから番組にお寄せいただいたメッセージの中にも、そういったところがにじんでいるんです。 まず、30代女性。“発達障害と分かったが、理解ができない親は障害と聞かされ、激しく怒った。” それから、自閉症の傾向を自覚されているという40代の男性です。 “年齢がここまでくると手遅れ感が否めず、もんもんとする日々を送っている。” 皆さん、もっと早く家族の理解が得られたら早期の診断につながったのに、とおっしゃる声が少なくなかったんです。 武田:石井さん、ただ家族は本当にいっぱいいっぱいだと思うんですよね。これまでの取材で、どんな実態をご覧になりましたか? ゲスト 石井光太さん(ノンフィクション作家)石井さん:本当に、本人が引きこもっている方々が家族に理解してもらいたいという気持ちは分かります。ただ、家族の立場からすると、それって本当に簡単なことなのかなというところがあるんですね。やはりテレビとかも含めて、メディアとかはこういう問題を取り上げるときに、家族が理解しようよ、理解すれば楽になるんだと強調しますけど、実際、相当難しい部分がある。例えば今回、VTRに出た方々というのは、どちらかというと、おとなしい方だったと思うんですけども、ひきこもっている方々の中には、それこそ家庭内暴力をしてしまうだとか、精神疾患、病んでいる方とかたくさんいます。例えば、僕の知っている方ですと、学校の先生をやっていて、40年間ひきこもった経験のある子どもをずっと面倒見てきた。その子というのは、いろんなことを1日の中で要求してきて求めてくる。全部応えてあげた。定年退職するんですけど、それでも、ずっと助けるんですが、暴れたりすることを抑えられないで、最終的にその子どもをあやめてしまうという事件を起こしてしまうんです。僕は、その先生というのは本当に発達障害のことを理解しているし、SOSを求める先、というのも知っている。すごく知識のある方なんです。それでも、そこまで追い詰めてしまうという現実があるんですよね。そういったようなことがあるにもかかわらず、やはり、一歩下がったところから、家族だから理解してくれよということは、すごく酷だと思うんです。もちろん、そういう方っていうのはあると思うんですが、ただ、今みたいな例に関しては社会として、隣人として、その本人もそうなんですが、困っている家族に寄り添うことが非常に重要になると思っています』、「学校の先生をやっていて、40年間ひきこもった経験のある子どもをずっと面倒見てきた。その子というのは、いろんなことを1日の中で要求してきて求めてくる。全部応えてあげた。定年退職するんですけど、それでも、ずっと助けるんですが、暴れたりすることを抑えられないで、最終的にその子どもをあやめてしまうという事件を起こしてしまうんです」、農水次官の息子の場合も家庭内暴力が酷かったようだが、この先生の場合も悲惨だ。
・『武田:内山さん、印象的な症例があるそうでしたが、どんなことでしたか。 内山さん:家族も、本人のことをなかなか理解しづらいので、特性を知らないと、これぐらい普通のことだからいいだろうと接するんですね。例えば、聴覚過敏のある方がいて、お父さんもお母さんも普通の音声で話しているんですけど、それが本当につらいと。でも、過敏ということを知らないと、これぐらい我慢できるじゃんという話で、うちの子はわがままだと訴えるんですが、一見わがままに見えるけど、特性からして、本人もつらいんで、例えばトーンを少し下げるだけで、だいぶ家族関係が楽になると。そういうこともあります。 武田:つまり、家族に対しても、発達障害の知識や対応のしかたというものを教えていかないといけないし、サポートも必要だということですね。 高山:周囲がどのように接すればいいのか、SPELLというアプローチ、考え方があるんです。 それぞれの頭文字ですが、「予測可能であるようにする」「否定することなく不安を取り除く」「苦しみに共感して行動する」「音・光・匂いに過敏な人になるべく刺激を避ける環境を用意」それから、「つながりを大事にする」。 武田:すべて共通するのが、当事者の立場に立つということに感じるんですが。 内山:これは特に、重症スペクトラム(注)の方が不可能だと、非常に不安になるとか、あるいは大きな音がとてもつらいという状況があるわけですね。本人にもアプローチが必要なんですけど、同時にご家族にも共感的に肯定的に接すると。どっちかというと、家族は非難されることが多いので。僕は、本人もご家族も同じように接していく。同じようにサポートしていく必要があると思います。 武田:宮田さん、社会全体としては、ひきこもりで発達障害という2つの苦しみを抱える人たち、どう向き合っていけばいいでしょう。 ゲスト 宮田裕章さん(慶應義塾大学 教授)宮田さん:医学的な治療や制度的な支援を行う仕組みの都合上、われわれ専門家は障害という定義をよく用いるんですが、発達障害を個性であると捉える視点もあります。障害という枠に入らない人も、こだわりが強いということ、物事に集中しやすい、片づけができない、決まりごとにこだわる。一人一人、個性がありますよね。このときに、発達障害を持つ人の個性を踏まえて、生きづらさを解消する社会を作っていくことが、すべての人が生きやすい社会につながる重要な取り組みだと思います。 一方で、個別対応を行っているということは、社会にとってのコストになり、それでは社会が回らない。こういう批判というのは古くからあるんですが、今、経済や社会の本流が普通だったり、あるいはマジョリティー、これだけを見るのではなくて、一人一人を軸に個別化する時代が、もうすでに到来しています。こうしたビジョンが変化する今だからこそ、普通から外れる、あるいはマイノリティーに属する人たちの価値観を巻き込んで、社会を作っていくことは必要ですし、もうすでに社会は変わり始めています。コンテンツ産業や医療も個別化の時代というのを迎えていて、理想論ではなく、現実の中で取り組みをすべき問題かなと思います。 武田:今までどっちかっていうと、なるべくボリュームが多い人たちに向けて投資をするとか、そういうことが主流だったんですけど、発達障害やひきこもりという方も含めて、個別の一人一人をサポートする方向に社会が動いているんですね。 宮田さん:一人一人の価値を捉えて、それに当てていく価値を作っていく。これが、すでに社会を動かしていますし、経済も動いているということです。 武田:管野さん、ひきこもりと発達障害、2つの悩みを抱えている方はどこに相談に行けばいいでしょうか。 管野記者:各都道府県や政令指定都市には、ひきこもり地域支援センターや発達障害者支援センターが設置されています。今のところは、そこに相談をしたり、家族会や支援団体を紹介してもらったりという方法があります。また、医療機関の中には、発達障害のひきこもりの人を専門に診てくれるところもあるんですが、まだまだ数が少ないのが現状です。どう充実させていくのかが、今後の課題となっています。 武田:これから、さらに、それは充実させていかなければならないと。今回番組にご意見を送ってくださった当事者の皆様、本当にありがとうございました。最後に、みずからの発達障害を知ることで、自分なりのゴールを見つけていった人たちの声をお聞きいただきます』、(注)重症スペクトラム:自閉スペクトラムとは、自閉症、高機能自閉症、アスペルガー症候群の総称(ATARIMAE PROJECT)。そのうちの重症のものを意味していると思われる。
宮田氏の「発達障害を持つ人の個性を踏まえて、生きづらさを解消する社会を作っていくことが、すべての人が生きやすい社会につながる重要な取り組みだと思います」、正論だが、「すでに社会を動かしていますし、経済も動いている」、手前味噌な印象も受ける。
・『ひきこもり×発達障害 それぞれのゴール 発達障害バー マスター 光武克さん(35)「ここには、元ひきこもりの方もいらっしゃいますし、やっぱり、ちょっと近い方の話を聞けるというのが大きいんだろうなと思うんですよね。」 スタッフ 飯田亮太さん(32)「やっぱり家族とか友達とかにはうまく話せない、本当に言葉にできないけれども、ここに来たら似たような経験した人とか、似たような考えの人がいっぱいいて、ここだったらすごい、じょう舌になる。ずっと抱えていた孤独感を埋めてもらったので。」 常連客(大学4年生)タカコさん(仮名・22)「できないことは誰かに頼ればいいんだよ、みたいなことをおっしゃっていただいて。自分の中ですごい、ふに落ちて。すごい、なんか、ほっとして家に帰るみたいなときがあるので。」 発達障害バー マスター 光武克さん(35)「例えば、ちょっと嫌なことがあったとしても、仕事帰りにたまには飲んでいくかと。そういうフラットな気軽な気持ちで立ち寄っていただけるぐらいの、ストレスを発散させることができて、その結果、それが社会全体にプラスの方向に働くんじゃないかな。」 桂木大輝さん(24)「ゴールって人それぞれでいいと思うんですよ。社会のひきこもりに対する答えは、会社で仕事をすることなのかもしれないけど、それは社会側が勝手に作った答えであって、人それぞれ答えは違ってもいい。」』、「発達障害バー」のHPは以下リンク、表参道で木金土中心の不定期営業をしている。しかし、更新の頻度は低いようだ。
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こうした交流の場が出来たことはいいことだが、発達障害で苦しんでいる本人や家族が気軽に利用するのは、敷居が高そうな印象を受ける。
”ひきこもり”問題(その6)(「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害、いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」、「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち) [社会]
”ひきこもり”問題については、7月13日に取上げた。今日は、(その6)(「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害、いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」、「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち)である。
先ずは、精神科医の和田 秀樹氏が7月16日付けPRESIDENT Onlineに掲載した「「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/29303
・『今年6月、元農水事務次官だった男性が44歳の長男を殺害するという事件が起きた。精神科医の和田秀樹氏は「元次官は子育ての悩みを誰にも打ち明けていなかったのではないか。自分ひとりで問題を抱え込むと、やがて心理的視野狭窄となってしまう。元次官には『甘える勇気』が足りなかった」という――』、和田 秀樹氏の鋭い分析が楽しみだ。なお、裁判での被告の発言は昨日の朝刊に掲載されていた。
・『東大法学部→農林水産事務次官→長男殺害の、残念すぎる末路 今年6月、東京大学法学部卒で元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76歳)が44歳の長男を包丁で殺害し逮捕された事件は、まだ記憶に新しい。 事務次官ということは、省庁での出世競争に勝ち抜いてトップになったということだ。東大を出たからといっても必ずしも、官僚のトップには立てるわけではない。この次官はエリート中のエリートにもかかわらず、なぜ実の息子を殺すなんていうバカなことをしたのか。 このニュースが耳目を集めたのは、息子が中学2年生くらいから家庭内暴力を始め、引きこもりに近い生活をしていたということもある。 ちょうど、「8050問題」が話題になっていた。5月28日、バス停にいた私立カリタス小学校の児童や保護者ら20人が殺傷された川崎殺傷事件。犯行後に自殺した岩崎隆一容疑者(51歳)が長年引きこもり生活をしていて、その面倒を80代の伯父夫婦がみていた。この事件をきっかけに、引きこもりが高齢化して50代となり、親が80代で破綻寸前の家庭がたくさんあるという8050問題についての報道が再燃したのだ。 元次官の息子殺しのケースは7040問題というほうが正確だが、高齢の親が中高年の引きこもりを殺したという点では、家庭の構造は8050問題と同じと言える』、川崎殺傷事件が今回の事件のきっかけの1つになったようだ。
・『「息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった」 44歳の長男は元次官の妻である母親に暴力をふるっていたという。事件当日は、家に隣接する小学校で運動会をやっており、これに対して「うるせぇな。ぶっ殺してやるぞ」と長男は騒いでいた。ここで口論が起こり、その際、元次官の頭に川崎の事件がよぎり、「息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった」「周囲に迷惑をかけたくないと思った」と供述したという。 多くの引きこもりの子、とくに家庭内暴力をふるう子を持つ親なら、あるいは、想像力のある人なら、この気持ちは痛いほどわかるかもしれない。 とはいえ、人を殺していいわけがない。裁判では情状酌量を受けるだろうが、殺人で執行猶予がつく確率は高くない。元次官は、その瞬間、やはりバカになったのだと私は思う。その心のメカニズムを考えてみたい』、私の場合は幸い「家庭内暴力」や「ひきこもり」とは無縁だったとはいえ、到底、他人事とは思えず、深く同情せざるを得なかった。
・『元事務次官のエリートは「バカ」になったのか ひとつには心理的視野狭窄がある。 確かに川崎の事件はセンセーショナルなものだったが、引きこもりの子どもの多くはそうした凶悪な犯罪を起こさない。引きこもりの人は今、全国に100万人くらいはいると推定されているが、8050問題と言われるようなケースであんな大量殺人を起こしたケースはこれまでになかったのではないか。 元次官は農水省トップとして日常の仕事の中で各種統計にも触れていたはずだ。客観的な「数字」で状況を冷静に分析・判断する。複数のデータを照らし合わせて、事実を突き詰める……。息子を殺すという行為にはそうした理知的なものが一切含まれていない。 息子を生かしてはおけない。そんな気持ちに支配され、自分の恐れていることにばかりに目がいってしまう心理的視野狭窄の状況に陥ると、自分の考えや予想は100%正しいと思い込んでしまうことがある。その結果「殺人」という行動になってしまったのではないか』、「心理的視野狭窄」は悩みが深刻化すると起きやすいようだ。
・『「なぜ周囲に助けを求めなかったのか」 精神科医である私が不可解に思ったのは、元次官が「なぜ周囲に助けを求めなかったのか」ということである。私のクリニックは主に高齢者を対象とする。患者の中には、精神障害者の子をもつ親世代の患者もいるが、8050問題に当てはまる人がいるかどうかはわからない。これまでのところ、そうした事情を吐露する患者はいなかった。 一方、その逆はかなりの人数を診ている。要するに、老親の介護を抱え込みうつになってしまうようなケースだ。実際、これは8050問題と比較にならないくらいの悲劇を生んでいる。 介護をする子どもが高齢者の親に対して暴力を働いて殺したりケガをさせたりするケースは少なくないが、それ以上に多いのは、親を世話する子どもの側が介護うつとなるケースであり、中には自殺にまで発展する深刻なケースもある。 幸いなことに、私の患者には「介護殺人」「介護自殺」に関わった方はいないが、介護でうつになった方はかなりの数になる。とりわけ長年、親を在宅介護していて精神的にも肉体的にも限界にきているにもかかわらず、介護施設に親を預けることに対して強い罪悪感を抱き、自分が無理に無理を重ねダウンしてしまう事例が多い。また、介護保険を使った介護サービスを利用することにさえ抵抗感をもって、自分ひとりで介護を抱え込んでしまったケースもある。 これまで税金や介護保険料を払い続けてきたのだから、もっと「公」に頼っていいのに、あるいは周囲の人に頼っていいのに、それができなかったばかりにうつになり、共倒れの状況になってしまう』、確かにありそうな話だ。
・『誰にもSOSを出せぬまま30年間が過ぎた結果 おそらく、件の元次官も自分が元官僚という立場にあるという世間体や見栄などが災いして、周囲に弱みを見せたり、泣き言を言ったり、あるいは公的なサポートを受けることができなかったのではないか。 ある週刊誌の記事では、農水省時代の同期が、事件を起こす直前の元次官の様子に関するコメントを紹介していた。 「いつも通り、元気そうに見えましたけどね。息子さんと娘さんがいることは何となく知っていましたが、その時も特に家族の話はしていませんでした」(『週刊新潮』2019年6月13日号) かなり追い詰められた状況にいながら、人に一切弱みを見せることができなかったようだ。おそらく相談に乗ってもらう人もいなかったのだろうし、公的機関に相談に行くこともなかったのだろう。そんな日が、被害者が中学生の頃から30年も続いていたことになる』、何でも相談できるような大学時代の友人はいなかったのだろうか。「娘さん」は、婚約が息子が原因で破談となり自殺したというから悲惨だ。
・『なぜ日本人論の名著『「甘え」の構造』が読まれなくなったのか これでは心理的視野狭窄が起こってもしかたない。ただ、これは子が親を看る、親が子を看る介護や面倒の話に限ったことではない。宗教学者の山折哲雄氏が以前、面白い指摘をしているのを目にした。 それは、戦後の日本を象徴する日本人論の2つのベストセラー『タテ社会の人間関係』(中根千枝著、1967年刊)と『「甘え」の構造』(土居健郎著、1971年刊)のうち、タテ社会のほうは今でも売れ続けているのに、『「甘え」の構造』のほうは2000年を境に読まれなくなったということだ。 要するにタテ社会は今でも続いているが、甘えを基盤とする社会が崩壊したのではないかという指摘である。 『「甘え」の構造』はタイトルから誤解されることが多いが、「甘え」を悪いものと考えるどころか、それができないことによって引き起こされる病理を問題にしたものである。素直に他人の好意を信じることができないから、すねたり、ひねくれたり、ふてくされたり、被害者意識を高めたりする。 確かに山折氏が指摘するように、2000年になる少し前くらいから、日本型の「終身雇用」や「年功序列」が悪い甘えの象徴とされ、「企業の系列」ももたれあいとか甘えとか言われて断罪された』、確かに「甘えを基盤とする社会が崩壊した・・・素直に他人の好意を信じることができない」のは事実だ。
・『セーフティネット「生活保護」受給者をたたく日本社会 さらに生活保護についても、もともとは不正受給が問題とされるべき議論が、いつの間にか「生活保護の人がワーキングプアの人より収入が多いのはいかがなものか」という論調に変化し、政府に頼る受給者に対するバッシングへとつながっていった。誰もが生活保護というセーフティーネットの世話になる可能性があるにもかかわらず、生活保護で国に食わせてもらっている人はけしからんという空気が醸成されたのである。 人に甘えることが許されなくなった事例は他にもある。昔は酒の席では、年齢や肩書に関係なく無礼講で言いたいことを言ってもいいことがあった。いわば「甘え」を認める文化だったが最近は、無礼講と口では言いつつ、その実、暗黙の了解があり、場の空気を壊す人間をKYなどと言って断罪するようになった』、「セーフティネット「生活保護」受給者をたたく日本社会」、も行き過ぎた困った問題だ。
・『逆に欧米では相互依存の重要性が強調されるようになった 皮肉なことに、日本が「甘え」から「自立」を目指す社会や文化に変貌している際に、欧米では相互依存の重要性が強調されるようになってきた。 私が90年代初頭のアメリカ留学中から学び続けているハインツ・コフートの自己心理学は心理的依存の重要性を説くもので、現在アメリカでもっとも人気のある精神分析理論である。自立を求めてつい無理をしがちなアメリカのエグゼクティブにこれが受けているようなのだ。 また、日本でも一世を風靡した「EQ(こころの知能指数)理論」でも、感情のコントロールと同時に重視されるのは共感能力であり、いい意味で「相互に依存する」ことが人間関係を豊かにする重要性が説かれている。 この応用編の理論の中では、暴君型のリーダーシップは古く、共感型リーダーこそあるべき姿として説かれている。またハーバードやMITのような名門大学で「共同研究のスキル」を教えるようになったことも紹介されている』、「欧米では相互依存の重要性が強調されるようになった」、日本はこの面でも遅れているようだ。
・『「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」が大事 これは道徳論ではなく、ひとりの能力では限界があるから、助け合える点は助け合って成果を高めようというアメリカ流のプラグマティズムに基づくものだ。 人に頼ることや救いを求めることが、日本社会ではとてもハードルの高いものになりつつあるが、そこで勇気を振り絞って、人に頼り救いを求めることで展望が開けることもあるはずだ。少なくともメンタルヘルスの改善を期待することができる。 今回の元次官の事件は、こうした「甘える勇気」の欠如がその根底にあると私は解釈している。それがないと、賢い人ほどメンタルにどんどん追い込まれ、うつ的症状になって本来の能力が発揮できなくなる。最終的には心理的視野狭窄を起こして、最悪の判断や行動をとってしまう。 「甘える勇気」があれば、メンタル面で健康度が上がって判断・決断も健全なものになる。また、人との協働によってパフォーマンスを向上させることができる。 今の日本人に、とりわけ頭のいい人がバカにならないために身に付けるべきなのは、「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」だと私は考えている。その理論や心の持ち方について詳しく論じた『甘える勇気』(新講社)という本を上梓したので参考にしていただけると幸いである』、「今回の元次官の事件は、こうした「甘える勇気」の欠如がその根底にあると私は解釈している」、和田氏らしい本質的な指摘だ。「今の日本人に、とりわけ頭のいい人がバカにならないために身に付けるべきなのは、「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」だ」、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
次に、精神科医の片田 珠美氏が9月18日付け東洋経済オンラインに掲載した「いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/302368
・『子どもから親への家庭内暴力が、年々増えている。今年は、家庭内暴力に悩まされていた元農水省事務次官が、「他人に危害を加えないために」という理由でわが子を殺害したという事件も起こった。 2018年版「犯罪白書」によると、少年による家庭内暴力事件の認知件数の総数は、2012年から毎年増加しており、2017年は2996件(前年比12.0%増)であったという。こうした子どもによる家庭内暴力の最大の原因は何か。精神科医の片田珠美氏は著書『子どもを攻撃せずにはいられない親』で、「子どもをいい学校、いい会社に入れなければいけない」と思い込む「勝ち組教育」にこそ最大の原因があると説く』、これも面白い見方だ。
・『「勝ち組教育」にこだわる価値観 家庭内暴力のほとんどのケースで「親への怒り」が一因になっていることは間違いないだろう。親に怒りを抱かずに暴力を振るう子どもはほとんどいない。 では、何が子どもの怒りをかき立てるのか。もちろん、子どもへの暴力や暴言、無視やネグレクトもその一因なのだが、それだけではない。「いい学校」「いい会社」に入ることこそ幸福につながるという価値観にとらわれ、勉強を最優先させる「勝ち組教育」がかなり大きな比重を占めているという印象を私は抱いている。 不登校やひきこもりの若者たちの再出発を支援するNPO法人「ニュースタート事務局」代表の二神能基氏も、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という狭い価値観によって、子どもを追い込むような教育のあり方を問題にしており、「『勝ち組教育』がすべての根源」と主張している(『暴力は親に向かう――いま明かされる家庭内暴力の実態』)。 もちろん、どんな親でも「子どもを勉強のできる子にしたい」「子どもをいい学校、いい会社に入れたい」などと願う。この手の願望の根底には、子どもの幸福を願う気持ちだけでなく、「子どもを『勝ち組』にして自慢したい」「子どもが『負け組』になったら恥ずかしい」という気持ちも往々にして潜んでいるが、ほとんどの親は自覚していない。 こういう不純な気持ちも入り交じっているので、「勝ち組教育」にこだわる親は、子どものありのままの姿をなかなか受け入れられない。なかには、できの悪い子どもは自分の子とは思いたくない親もいる。 こういう親の気持ちは、口に出さなくても、以心伝心で子どもに伝わるものだ。もちろん、「なんでお前はできないんだ」と子どもに言う親もいるだろう。いずれにせよ、「勝ち組教育」にこだわる親によって子どもも洗脳され、「『勝ち組』になれなければ、だめなんだ」と思い込むようになる』、『勝ち組』なる言葉は、90年代後半ごろから、格差社会化が進んだなかで、広まりだしたようだ。
・『「いい学校」に入ったのに不登校に それで一生懸命勉強して、うまくいっている間は問題が表面化することはない。だが、一握りの極めて優秀な人を除けば、ずっと「勝ち組」でいられるわけではない。いつか、どこかでつまずくときがやってくる。そういうとき、親の「勝ち組教育」によって洗脳された人ほど、なかなか立ち上がれない。 頑張って「いい学校」に入ったのに、ささいなきっかけで不登校になって長期化することもあれば、せっかく就職した会社を辞めた後、「いい会社」にこだわりすぎて再就職先が見つからないこともある。 これは、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という狭い価値観を親から刷り込まれてきたせいで、つまずいたときに、別の道を思い浮かべることも、探すこともできないからだろう。 仮に別の道を選んだとしても、それまでの自分を支えていた「勉強ができる」というプライドが災いして、「自分は『負け組』だ」というコンプレックスにつねにさいなまれる。それが、そこからはい上がろうとする気力をそぐこともある。 そういう事例を精神科医として数多く診察してきた。だから、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という価値観を子どもに押しつけ、狭い一本道に追い込んできた親は、自らの「勝ち組教育」のせいで立ち直れなくなった子どもが家庭という密室で暴力を振るい、暴君と化し、親を奴隷のように扱うようになったら、それを子どもからの復讐と受け止めるべきだと思う。 そして、自分が正しいと信じてきた価値観に疑問符を打たない限り、子どもの暴君化を止めることはできないだろう。 子どもが家庭内で暴君化すると、「家庭内ストーカー」になることもある。「家庭内ストーカー」は、精神障害者移送サービスの「トキワ精神保健事務所」を創業した押川剛氏によれば、「年齢は30代から40代が主で、ひきこもりや無就労の状態が長く続いている。暴言や束縛で親を苦しめる一方で、精神科への通院歴があることも多く、家族は本人をどのように導いたらいいのか、わからないまま手をこまぬいている」(『「子供を殺してください」という親たち』)というものだ。 もう1つの特徴として押川氏は、「本人に立派な学歴や経歴がついていること」を挙げている。「中学や高校からの不登校というよりは、高校までは進学校に進みながら、大学受験で失敗した例や、大学卒業後、それなりの企業に就職したが短期間で離職したような例が多い。強烈な挫折感を味わいながらも、『勉強ができる』という自負がある」(同書)』、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という価値観を子どもに押しつけ、狭い一本道に追い込んできた親は、自らの「勝ち組教育」のせいで立ち直れなくなった子どもが家庭という密室で暴力を振るい、暴君と化し、親を奴隷のように扱うようになったら、それを子どもからの復讐と受け止めるべきだと思う」、「子どもからの復讐」とは言い得て妙だ。
・『医者からも相談が多い「子どものひきこもり」 こうしたケースは、押川氏の事務所へもたらされる相談事例のなかで近年爆発的に増えているそうだが、私自身も同様のケースについて相談を受けることが少なくない。だいたい、知り合いの医者からの相談で、「子どもがひきこもっていて、家庭内暴力もひどい。どうしたらいいか」というものだ。押川氏の印象とは少々異なり、中学や高校で不登校になったケースが多いという印象を私は抱いている。 例えば、大きくなったら医者になるのが当然という雰囲気の家庭で育ち、小学校低学年の頃から中学受験のための塾に通って、私立の中高一貫の進学校に入学したものの、できる子ばかりが集まっている進学校では成績が下位に低迷し、そこで不登校になったケースがある。あるいは、名門大学の医学部への入学を目指して何年も浪人したが、どうしても合格できず、ひきこもるようになったケースもある。 医者以外の道を選んでも、それまでの自分を支えていた「勉強ができる」という自負が災いするのか、なかなかうまくいかない。もう一度大学受験に挑戦して医学部以外の学部に入っても、「あんなレベルの低いやつらと一緒に勉強するのは嫌だ」と言って中退したり、やっと仕事が見つかっても、「思っていた仕事と違う」と言ってすぐに辞めたりする。 当然、無就労の状態が長く続くわけで、結果的にひきこもりになる。そして、家庭内で「こんなふうになったのは、お前のせいだ」と何時間でも親を責め続けることもあれば、親を蹴ったり突き飛ばしたりすることもある。しかも、就寝中の親を起こして暴言を吐いたり、暴力を振るったりすることもあるので、親は慢性的な睡眠不足に陥り、心身ともに疲れ切る。 このような親子関係は、「親への執拗な攻撃、抑圧、束縛、依存、そして一線を超えたときには殺傷事件に至る」という点で、一般的な異性関係のストーカーと構造がよく似ているため、押川氏は「家庭内ストーカー」と命名したという。 暴君と化した子どもを見ると、なぜ親をここまで攻撃するのかと首を傾げずにはいられない。だが、子どもの訴えをじっくり聞くと、親がやってきたことに対するしっぺ返しとしか思えない』、「親がやってきたことに対するしっぺ返しとしか思えない」、というのも前のと同様、言い得て妙だ。
・『過干渉でも心の触れ合いがなかった 例えば、幼い頃から勉強を強要され、友達と遊ぶこともできなかったとか、成績が悪いと口をきいてもらえなかったとか、少しでも口答えすると、「親に向かってどういう口のきき方をするんだ!」と怒鳴られたという話を聞くことが多い。 また、子どもが挫折や失敗に直面したときには、親は慰めるどころか逆に「どうしてできないんだ」「どうしてそんなにだめなんだ」などと叱責したという話もしばしば聞く。 こういう家庭環境では、つねに緊張感が漂っていただろうし、子どもが安心感を得るのも難しかっただろう。したがって、子どもが「家庭内ストーカー」になった背景にはほとんどの場合、無自覚のまま子どもを攻撃したり、支配したりした親の存在があると私は考えている。 押川氏も、「家庭内ストーカーとして、『暴君』と成り果てている子供たちも、その生育過程においては、親からの攻撃や抑圧、束縛などを受けてきている。過干渉と言えるほどの育て方をされる一方で、そこに心の触れ合いはなく、強い孤独を感じながら生きてきたのだ」(同書)と述べている。 まったく同感だ。つまり、「親からの攻撃や抑圧、束縛など」への復讐として子どもが「家庭内ストーカー」になったという見方もできるわけで、親の自業自得と言えなくもない』、親としては、「子ども」のため、部分的には自己満足のために、「子ども」を「攻撃や抑圧、束縛した」のが、歯車が狂うと、「子ども」が「『暴君』と成り果て」るというのは、皮肉で、「親の自業自得と言えなくもない」、子育ては本当に難しいものだ。
第三に、ジャーナリストの池上正樹氏が12月12日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223161
・『「支援対象者は34歳まで」が撤廃された引きこもり支援 2019年の1年を振り返ってみると、「引きこもり界」にとっては、エポックメイキングな年だった。 象徴的だったのは、首都・東京都で起こった変化だ。小池百合子都知事は、19年1月、「ひきこもり支援」の担当部署を従来の「青少年・治安対策本部」から「福祉保健局」に移管することを明らかにした。 その背景にあったのは、都内で活動する複数の引きこもり当事者グループや、KHJ全国ひきこもり家族会連合会の都内の4支部によるロビー活動だ。それぞれの当事者グループは、従来の“ニート”時代の名残りの「支援対象者は34歳まで」とする年齢制限の撤廃と、ヒアリングすら行わなかった青少年・非行対策の部局から「引きこもり支援」を切り離し、政策決定の協議会の委員に多様な当事者を加えるよう要望した。 こうして都は19年度、福祉保健局地域生活課を所管として新たな支援協議会を立ち上げ、引きこもり経験者らでつくる当事者団体やKHJ家族会、社会福祉、地域福祉、保険医療、就労支援などの専門家がバランスよく名を連ねることになった。こうした都の動きは、従来の時代に合わない「若者就労支援」を続けていた都内の市区町村、地方自治体にも波及効果をもたらした。 3月末には、初めて内閣府が40歳以上の「ひきこもり」実態調査を行い、国としてもようやく推計115万人以上という全容が示された。そして、引きこもりという状態は、社会経験者が多勢を占めることなど、誰もがどの年代になってからでも何歳でも起こり得ることが明らかになった。 引きこもりになる要因は、人それぞれ違っていて多様であるものの、他人事の問題でも個人の責任でもなく、将来自分自身や自分の大事な人の身にも起こり得ることが、少しずつ認識されてきたといっていい。 5月末の川崎市の通り魔事件や、その後に起きた練馬区の元農水事務次官による長男殺害などの一連の事件も、大きな衝撃を与えた』、「40歳以上の「ひきこもり」実態調査を行い、国としてもようやく推計115万人以上・・・引きこもりという状態は、社会経験者が多勢を占めることなど、誰もがどの年代になってからでも何歳でも起こり得ることが明らかに」、改めて衝撃的な内容だ。
・『当事者や家族に大きな衝撃 川崎事件と練馬事件の教訓 特に川崎の事件では、死の会見後、メディアに「容疑者は引きこもり傾向にあった」と報じられたことから、社会不安を引き起こし、家族や当事者の間に動揺が広がった。 「うちの子も同じような事件を起こすのではないか」 そう家族は怯え、焦る一方で、引きこもる当事者たちの間でも、「世間の目が怖い」「犯人と同一視されている」「ますます外に出られない」などと、言いようのない恐怖に心が不安定になる人も続出した。 孤立した家庭ほど危機的状況に陥り、親たちは疲弊し、憔悴した。そうした親たちの不安な心に付け込むように、「引き出し屋」(注)と言われる「暴力的支援」業者が暗躍した。内閣が直接、「引きこもり支援」に乗り出すことになったのも、これまでにない初めてのことだ。 まず、一連の事件後の6月14日、厚労省社会援護局は各都道府県・指定都市のひきこもり支援担当部(局)長や、各自治体の生活困窮者自立支援制度主管部(局)長あてに、ひきこもり状態にある人たちや家族から相談があった際、本人たちの特性を踏まえた相談支援にあたっての基本的姿勢や留意事項を示し、それぞれに丁寧な対応を徹底するよう通知した。 この通知の背景には、多くの自治体では、40歳以上の引きこもり支援に目を向けてこなかったために、彼らが相談したくてもどこに相談すればいいのか「わからなかった問題」がある。また、せっかく勇気を出して相談にたどりついても、窓口の相談員に「親の育て方が悪い」「どうしてここまで放置してたの?」などと「親の責任を咎められるので行きたくなかった」という家族の声も多かった。 6月26日には、KHJ家族会と当事者団体のUX会議が、当時の根本厚労大臣に呼ばれ、意見交換会が行われた。「ひきこもり」というテーマで、それぞれの当事者団体が厚労大臣に呼ばれるのも、初めての出来事といえる。 そして政府は、2020年度から3年間にわたって集中的に取り組む「就職氷河期世代活躍支援プラン」を5月29日に取りまとめた。「ひきこもり(8050などの複合課題)支援」も、その中の支援対象に「社会とのつながりをつくり、社会参加に向けたより丁寧な支援を必要とする方(ひきこもりの方など)」として組み込まれ、7月31日には内閣官房に「就職氷河期世代支援推進室」も設置された。) 詳細は11月14日付の当連載の記事で確認してほしい。この「就職氷河期支援施策」のプログラム関連予算は、20年度概算要求1344億円という、国を挙げて予算や人を投入しようという大規模な事業だ。 11月26日には、当事者団体とKHJ家族会の代表が、総理大臣官邸で行われた「第1回就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」に出席し、安倍首相の前で意見を述べた』、(注)「引き出し屋」については、自立支援をうたって引きこもりの子どもを自宅から無理やり連れ出し、法外な料金を請求する悪質業者のこと(東京新聞6月24日夕刊)。
人の弱味につけ込んで、カネをむしり取るとは本当に悪質だ。公的支援の窓口が整備されたのはいいことだ。
・『「生きづらさJAPAN」運営者が語るつながることの重要性 そんななか、最近の潮流となってきたのは、『ひきこもりフューチャーセッション「庵 -IORI-」』という多様な対話の場が7年前にスタートして以降、ここでの出会いを通じて、当事者たちの発信活動が活発化していることだろう。 9月17日には、うつ病や発達障害、LGBT、引きこもり状態などの当事者4人が「生きづらさJAPAN」というサイトを立ち上げた(詳細は当連載の記事を参照)。 サイトを立ち上げた同団体代表のナオさんは、こう思いを語る。 「メディアなどで目立つ当事者会はわずかで、みんな居場所の情報を必要としていたし、ずっと前からニーズを感じてました。自分たちはウェブのスキルをたまたま持ち合わせているから、生かせないかなと思ったんです」 今年は前述のような一連の事件があり、皆の心が不安定になった。それぞれが直面する不安から、安心できる何かにつながりたい――。そんな関心は、孤立した当事者や憔悴した家族ほど強く持っていることを、筆者も実感している。 同サイトのPV(閲覧数)は、1日1000PVほどに上る。 「活動して思ったのは、孤独な当事者がたくさんいるということです。孤独から解消されるために、情報を追いかけている。つながることによって、孤独も少し和らぐ。それだけで、生きづらさも少し和らぐのでは、と思うんです」』、「つながることによって、孤独も少し和らぐ。それだけで、生きづらさも少し和らぐのでは」、その通りなのだろう。
・『当事者が「思い」を吐き出せる場所づくりを 人は誰でも、話に共感してもらえるだけで、不安が和らぐ。「自分は1人ではない」と思えるだけでも、追い詰められて行き詰まることを防ぎ、生きる希望が生まれる。ナオさんは、これからも思いを吐き出せるような読者投稿などの機能を充実させていきたいという。 「支援」を巡る問題については、次回以降、取り上げたい。 ※この記事や引きこもり問題に関する情報や感想をお持ちの方、また、「こういうきっかけが欲しい」「こういう情報を知りたい」「こんなことを取材してほしい」といったリクエストがあれば、下記までお寄せください。 Otonahiki@gmail.com(送信の際は「@」を半角の「@」に変換してお送りください)・・・』、ネットを通じた「「思い」を吐き出せる場所づくりを」が、果たして上手く機能するのか、注目していきたい。
先ずは、精神科医の和田 秀樹氏が7月16日付けPRESIDENT Onlineに掲載した「「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害」を紹介しよう。
https://president.jp/articles/-/29303
・『今年6月、元農水事務次官だった男性が44歳の長男を殺害するという事件が起きた。精神科医の和田秀樹氏は「元次官は子育ての悩みを誰にも打ち明けていなかったのではないか。自分ひとりで問題を抱え込むと、やがて心理的視野狭窄となってしまう。元次官には『甘える勇気』が足りなかった」という――』、和田 秀樹氏の鋭い分析が楽しみだ。なお、裁判での被告の発言は昨日の朝刊に掲載されていた。
・『東大法学部→農林水産事務次官→長男殺害の、残念すぎる末路 今年6月、東京大学法学部卒で元農林水産事務次官の熊沢英昭容疑者(76歳)が44歳の長男を包丁で殺害し逮捕された事件は、まだ記憶に新しい。 事務次官ということは、省庁での出世競争に勝ち抜いてトップになったということだ。東大を出たからといっても必ずしも、官僚のトップには立てるわけではない。この次官はエリート中のエリートにもかかわらず、なぜ実の息子を殺すなんていうバカなことをしたのか。 このニュースが耳目を集めたのは、息子が中学2年生くらいから家庭内暴力を始め、引きこもりに近い生活をしていたということもある。 ちょうど、「8050問題」が話題になっていた。5月28日、バス停にいた私立カリタス小学校の児童や保護者ら20人が殺傷された川崎殺傷事件。犯行後に自殺した岩崎隆一容疑者(51歳)が長年引きこもり生活をしていて、その面倒を80代の伯父夫婦がみていた。この事件をきっかけに、引きこもりが高齢化して50代となり、親が80代で破綻寸前の家庭がたくさんあるという8050問題についての報道が再燃したのだ。 元次官の息子殺しのケースは7040問題というほうが正確だが、高齢の親が中高年の引きこもりを殺したという点では、家庭の構造は8050問題と同じと言える』、川崎殺傷事件が今回の事件のきっかけの1つになったようだ。
・『「息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった」 44歳の長男は元次官の妻である母親に暴力をふるっていたという。事件当日は、家に隣接する小学校で運動会をやっており、これに対して「うるせぇな。ぶっ殺してやるぞ」と長男は騒いでいた。ここで口論が起こり、その際、元次官の頭に川崎の事件がよぎり、「息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった」「周囲に迷惑をかけたくないと思った」と供述したという。 多くの引きこもりの子、とくに家庭内暴力をふるう子を持つ親なら、あるいは、想像力のある人なら、この気持ちは痛いほどわかるかもしれない。 とはいえ、人を殺していいわけがない。裁判では情状酌量を受けるだろうが、殺人で執行猶予がつく確率は高くない。元次官は、その瞬間、やはりバカになったのだと私は思う。その心のメカニズムを考えてみたい』、私の場合は幸い「家庭内暴力」や「ひきこもり」とは無縁だったとはいえ、到底、他人事とは思えず、深く同情せざるを得なかった。
・『元事務次官のエリートは「バカ」になったのか ひとつには心理的視野狭窄がある。 確かに川崎の事件はセンセーショナルなものだったが、引きこもりの子どもの多くはそうした凶悪な犯罪を起こさない。引きこもりの人は今、全国に100万人くらいはいると推定されているが、8050問題と言われるようなケースであんな大量殺人を起こしたケースはこれまでになかったのではないか。 元次官は農水省トップとして日常の仕事の中で各種統計にも触れていたはずだ。客観的な「数字」で状況を冷静に分析・判断する。複数のデータを照らし合わせて、事実を突き詰める……。息子を殺すという行為にはそうした理知的なものが一切含まれていない。 息子を生かしてはおけない。そんな気持ちに支配され、自分の恐れていることにばかりに目がいってしまう心理的視野狭窄の状況に陥ると、自分の考えや予想は100%正しいと思い込んでしまうことがある。その結果「殺人」という行動になってしまったのではないか』、「心理的視野狭窄」は悩みが深刻化すると起きやすいようだ。
・『「なぜ周囲に助けを求めなかったのか」 精神科医である私が不可解に思ったのは、元次官が「なぜ周囲に助けを求めなかったのか」ということである。私のクリニックは主に高齢者を対象とする。患者の中には、精神障害者の子をもつ親世代の患者もいるが、8050問題に当てはまる人がいるかどうかはわからない。これまでのところ、そうした事情を吐露する患者はいなかった。 一方、その逆はかなりの人数を診ている。要するに、老親の介護を抱え込みうつになってしまうようなケースだ。実際、これは8050問題と比較にならないくらいの悲劇を生んでいる。 介護をする子どもが高齢者の親に対して暴力を働いて殺したりケガをさせたりするケースは少なくないが、それ以上に多いのは、親を世話する子どもの側が介護うつとなるケースであり、中には自殺にまで発展する深刻なケースもある。 幸いなことに、私の患者には「介護殺人」「介護自殺」に関わった方はいないが、介護でうつになった方はかなりの数になる。とりわけ長年、親を在宅介護していて精神的にも肉体的にも限界にきているにもかかわらず、介護施設に親を預けることに対して強い罪悪感を抱き、自分が無理に無理を重ねダウンしてしまう事例が多い。また、介護保険を使った介護サービスを利用することにさえ抵抗感をもって、自分ひとりで介護を抱え込んでしまったケースもある。 これまで税金や介護保険料を払い続けてきたのだから、もっと「公」に頼っていいのに、あるいは周囲の人に頼っていいのに、それができなかったばかりにうつになり、共倒れの状況になってしまう』、確かにありそうな話だ。
・『誰にもSOSを出せぬまま30年間が過ぎた結果 おそらく、件の元次官も自分が元官僚という立場にあるという世間体や見栄などが災いして、周囲に弱みを見せたり、泣き言を言ったり、あるいは公的なサポートを受けることができなかったのではないか。 ある週刊誌の記事では、農水省時代の同期が、事件を起こす直前の元次官の様子に関するコメントを紹介していた。 「いつも通り、元気そうに見えましたけどね。息子さんと娘さんがいることは何となく知っていましたが、その時も特に家族の話はしていませんでした」(『週刊新潮』2019年6月13日号) かなり追い詰められた状況にいながら、人に一切弱みを見せることができなかったようだ。おそらく相談に乗ってもらう人もいなかったのだろうし、公的機関に相談に行くこともなかったのだろう。そんな日が、被害者が中学生の頃から30年も続いていたことになる』、何でも相談できるような大学時代の友人はいなかったのだろうか。「娘さん」は、婚約が息子が原因で破談となり自殺したというから悲惨だ。
・『なぜ日本人論の名著『「甘え」の構造』が読まれなくなったのか これでは心理的視野狭窄が起こってもしかたない。ただ、これは子が親を看る、親が子を看る介護や面倒の話に限ったことではない。宗教学者の山折哲雄氏が以前、面白い指摘をしているのを目にした。 それは、戦後の日本を象徴する日本人論の2つのベストセラー『タテ社会の人間関係』(中根千枝著、1967年刊)と『「甘え」の構造』(土居健郎著、1971年刊)のうち、タテ社会のほうは今でも売れ続けているのに、『「甘え」の構造』のほうは2000年を境に読まれなくなったということだ。 要するにタテ社会は今でも続いているが、甘えを基盤とする社会が崩壊したのではないかという指摘である。 『「甘え」の構造』はタイトルから誤解されることが多いが、「甘え」を悪いものと考えるどころか、それができないことによって引き起こされる病理を問題にしたものである。素直に他人の好意を信じることができないから、すねたり、ひねくれたり、ふてくされたり、被害者意識を高めたりする。 確かに山折氏が指摘するように、2000年になる少し前くらいから、日本型の「終身雇用」や「年功序列」が悪い甘えの象徴とされ、「企業の系列」ももたれあいとか甘えとか言われて断罪された』、確かに「甘えを基盤とする社会が崩壊した・・・素直に他人の好意を信じることができない」のは事実だ。
・『セーフティネット「生活保護」受給者をたたく日本社会 さらに生活保護についても、もともとは不正受給が問題とされるべき議論が、いつの間にか「生活保護の人がワーキングプアの人より収入が多いのはいかがなものか」という論調に変化し、政府に頼る受給者に対するバッシングへとつながっていった。誰もが生活保護というセーフティーネットの世話になる可能性があるにもかかわらず、生活保護で国に食わせてもらっている人はけしからんという空気が醸成されたのである。 人に甘えることが許されなくなった事例は他にもある。昔は酒の席では、年齢や肩書に関係なく無礼講で言いたいことを言ってもいいことがあった。いわば「甘え」を認める文化だったが最近は、無礼講と口では言いつつ、その実、暗黙の了解があり、場の空気を壊す人間をKYなどと言って断罪するようになった』、「セーフティネット「生活保護」受給者をたたく日本社会」、も行き過ぎた困った問題だ。
・『逆に欧米では相互依存の重要性が強調されるようになった 皮肉なことに、日本が「甘え」から「自立」を目指す社会や文化に変貌している際に、欧米では相互依存の重要性が強調されるようになってきた。 私が90年代初頭のアメリカ留学中から学び続けているハインツ・コフートの自己心理学は心理的依存の重要性を説くもので、現在アメリカでもっとも人気のある精神分析理論である。自立を求めてつい無理をしがちなアメリカのエグゼクティブにこれが受けているようなのだ。 また、日本でも一世を風靡した「EQ(こころの知能指数)理論」でも、感情のコントロールと同時に重視されるのは共感能力であり、いい意味で「相互に依存する」ことが人間関係を豊かにする重要性が説かれている。 この応用編の理論の中では、暴君型のリーダーシップは古く、共感型リーダーこそあるべき姿として説かれている。またハーバードやMITのような名門大学で「共同研究のスキル」を教えるようになったことも紹介されている』、「欧米では相互依存の重要性が強調されるようになった」、日本はこの面でも遅れているようだ。
・『「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」が大事 これは道徳論ではなく、ひとりの能力では限界があるから、助け合える点は助け合って成果を高めようというアメリカ流のプラグマティズムに基づくものだ。 人に頼ることや救いを求めることが、日本社会ではとてもハードルの高いものになりつつあるが、そこで勇気を振り絞って、人に頼り救いを求めることで展望が開けることもあるはずだ。少なくともメンタルヘルスの改善を期待することができる。 今回の元次官の事件は、こうした「甘える勇気」の欠如がその根底にあると私は解釈している。それがないと、賢い人ほどメンタルにどんどん追い込まれ、うつ的症状になって本来の能力が発揮できなくなる。最終的には心理的視野狭窄を起こして、最悪の判断や行動をとってしまう。 「甘える勇気」があれば、メンタル面で健康度が上がって判断・決断も健全なものになる。また、人との協働によってパフォーマンスを向上させることができる。 今の日本人に、とりわけ頭のいい人がバカにならないために身に付けるべきなのは、「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」だと私は考えている。その理論や心の持ち方について詳しく論じた『甘える勇気』(新講社)という本を上梓したので参考にしていただけると幸いである』、「今回の元次官の事件は、こうした「甘える勇気」の欠如がその根底にあると私は解釈している」、和田氏らしい本質的な指摘だ。「今の日本人に、とりわけ頭のいい人がバカにならないために身に付けるべきなのは、「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」だ」、説得力溢れた主張で、全面的に同意する。
次に、精神科医の片田 珠美氏が9月18日付け東洋経済オンラインに掲載した「いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」 」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/302368
・『子どもから親への家庭内暴力が、年々増えている。今年は、家庭内暴力に悩まされていた元農水省事務次官が、「他人に危害を加えないために」という理由でわが子を殺害したという事件も起こった。 2018年版「犯罪白書」によると、少年による家庭内暴力事件の認知件数の総数は、2012年から毎年増加しており、2017年は2996件(前年比12.0%増)であったという。こうした子どもによる家庭内暴力の最大の原因は何か。精神科医の片田珠美氏は著書『子どもを攻撃せずにはいられない親』で、「子どもをいい学校、いい会社に入れなければいけない」と思い込む「勝ち組教育」にこそ最大の原因があると説く』、これも面白い見方だ。
・『「勝ち組教育」にこだわる価値観 家庭内暴力のほとんどのケースで「親への怒り」が一因になっていることは間違いないだろう。親に怒りを抱かずに暴力を振るう子どもはほとんどいない。 では、何が子どもの怒りをかき立てるのか。もちろん、子どもへの暴力や暴言、無視やネグレクトもその一因なのだが、それだけではない。「いい学校」「いい会社」に入ることこそ幸福につながるという価値観にとらわれ、勉強を最優先させる「勝ち組教育」がかなり大きな比重を占めているという印象を私は抱いている。 不登校やひきこもりの若者たちの再出発を支援するNPO法人「ニュースタート事務局」代表の二神能基氏も、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という狭い価値観によって、子どもを追い込むような教育のあり方を問題にしており、「『勝ち組教育』がすべての根源」と主張している(『暴力は親に向かう――いま明かされる家庭内暴力の実態』)。 もちろん、どんな親でも「子どもを勉強のできる子にしたい」「子どもをいい学校、いい会社に入れたい」などと願う。この手の願望の根底には、子どもの幸福を願う気持ちだけでなく、「子どもを『勝ち組』にして自慢したい」「子どもが『負け組』になったら恥ずかしい」という気持ちも往々にして潜んでいるが、ほとんどの親は自覚していない。 こういう不純な気持ちも入り交じっているので、「勝ち組教育」にこだわる親は、子どものありのままの姿をなかなか受け入れられない。なかには、できの悪い子どもは自分の子とは思いたくない親もいる。 こういう親の気持ちは、口に出さなくても、以心伝心で子どもに伝わるものだ。もちろん、「なんでお前はできないんだ」と子どもに言う親もいるだろう。いずれにせよ、「勝ち組教育」にこだわる親によって子どもも洗脳され、「『勝ち組』になれなければ、だめなんだ」と思い込むようになる』、『勝ち組』なる言葉は、90年代後半ごろから、格差社会化が進んだなかで、広まりだしたようだ。
・『「いい学校」に入ったのに不登校に それで一生懸命勉強して、うまくいっている間は問題が表面化することはない。だが、一握りの極めて優秀な人を除けば、ずっと「勝ち組」でいられるわけではない。いつか、どこかでつまずくときがやってくる。そういうとき、親の「勝ち組教育」によって洗脳された人ほど、なかなか立ち上がれない。 頑張って「いい学校」に入ったのに、ささいなきっかけで不登校になって長期化することもあれば、せっかく就職した会社を辞めた後、「いい会社」にこだわりすぎて再就職先が見つからないこともある。 これは、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という狭い価値観を親から刷り込まれてきたせいで、つまずいたときに、別の道を思い浮かべることも、探すこともできないからだろう。 仮に別の道を選んだとしても、それまでの自分を支えていた「勉強ができる」というプライドが災いして、「自分は『負け組』だ」というコンプレックスにつねにさいなまれる。それが、そこからはい上がろうとする気力をそぐこともある。 そういう事例を精神科医として数多く診察してきた。だから、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という価値観を子どもに押しつけ、狭い一本道に追い込んできた親は、自らの「勝ち組教育」のせいで立ち直れなくなった子どもが家庭という密室で暴力を振るい、暴君と化し、親を奴隷のように扱うようになったら、それを子どもからの復讐と受け止めるべきだと思う。 そして、自分が正しいと信じてきた価値観に疑問符を打たない限り、子どもの暴君化を止めることはできないだろう。 子どもが家庭内で暴君化すると、「家庭内ストーカー」になることもある。「家庭内ストーカー」は、精神障害者移送サービスの「トキワ精神保健事務所」を創業した押川剛氏によれば、「年齢は30代から40代が主で、ひきこもりや無就労の状態が長く続いている。暴言や束縛で親を苦しめる一方で、精神科への通院歴があることも多く、家族は本人をどのように導いたらいいのか、わからないまま手をこまぬいている」(『「子供を殺してください」という親たち』)というものだ。 もう1つの特徴として押川氏は、「本人に立派な学歴や経歴がついていること」を挙げている。「中学や高校からの不登校というよりは、高校までは進学校に進みながら、大学受験で失敗した例や、大学卒業後、それなりの企業に就職したが短期間で離職したような例が多い。強烈な挫折感を味わいながらも、『勉強ができる』という自負がある」(同書)』、「『勝ち組』になるしか生きる道はない」という価値観を子どもに押しつけ、狭い一本道に追い込んできた親は、自らの「勝ち組教育」のせいで立ち直れなくなった子どもが家庭という密室で暴力を振るい、暴君と化し、親を奴隷のように扱うようになったら、それを子どもからの復讐と受け止めるべきだと思う」、「子どもからの復讐」とは言い得て妙だ。
・『医者からも相談が多い「子どものひきこもり」 こうしたケースは、押川氏の事務所へもたらされる相談事例のなかで近年爆発的に増えているそうだが、私自身も同様のケースについて相談を受けることが少なくない。だいたい、知り合いの医者からの相談で、「子どもがひきこもっていて、家庭内暴力もひどい。どうしたらいいか」というものだ。押川氏の印象とは少々異なり、中学や高校で不登校になったケースが多いという印象を私は抱いている。 例えば、大きくなったら医者になるのが当然という雰囲気の家庭で育ち、小学校低学年の頃から中学受験のための塾に通って、私立の中高一貫の進学校に入学したものの、できる子ばかりが集まっている進学校では成績が下位に低迷し、そこで不登校になったケースがある。あるいは、名門大学の医学部への入学を目指して何年も浪人したが、どうしても合格できず、ひきこもるようになったケースもある。 医者以外の道を選んでも、それまでの自分を支えていた「勉強ができる」という自負が災いするのか、なかなかうまくいかない。もう一度大学受験に挑戦して医学部以外の学部に入っても、「あんなレベルの低いやつらと一緒に勉強するのは嫌だ」と言って中退したり、やっと仕事が見つかっても、「思っていた仕事と違う」と言ってすぐに辞めたりする。 当然、無就労の状態が長く続くわけで、結果的にひきこもりになる。そして、家庭内で「こんなふうになったのは、お前のせいだ」と何時間でも親を責め続けることもあれば、親を蹴ったり突き飛ばしたりすることもある。しかも、就寝中の親を起こして暴言を吐いたり、暴力を振るったりすることもあるので、親は慢性的な睡眠不足に陥り、心身ともに疲れ切る。 このような親子関係は、「親への執拗な攻撃、抑圧、束縛、依存、そして一線を超えたときには殺傷事件に至る」という点で、一般的な異性関係のストーカーと構造がよく似ているため、押川氏は「家庭内ストーカー」と命名したという。 暴君と化した子どもを見ると、なぜ親をここまで攻撃するのかと首を傾げずにはいられない。だが、子どもの訴えをじっくり聞くと、親がやってきたことに対するしっぺ返しとしか思えない』、「親がやってきたことに対するしっぺ返しとしか思えない」、というのも前のと同様、言い得て妙だ。
・『過干渉でも心の触れ合いがなかった 例えば、幼い頃から勉強を強要され、友達と遊ぶこともできなかったとか、成績が悪いと口をきいてもらえなかったとか、少しでも口答えすると、「親に向かってどういう口のきき方をするんだ!」と怒鳴られたという話を聞くことが多い。 また、子どもが挫折や失敗に直面したときには、親は慰めるどころか逆に「どうしてできないんだ」「どうしてそんなにだめなんだ」などと叱責したという話もしばしば聞く。 こういう家庭環境では、つねに緊張感が漂っていただろうし、子どもが安心感を得るのも難しかっただろう。したがって、子どもが「家庭内ストーカー」になった背景にはほとんどの場合、無自覚のまま子どもを攻撃したり、支配したりした親の存在があると私は考えている。 押川氏も、「家庭内ストーカーとして、『暴君』と成り果てている子供たちも、その生育過程においては、親からの攻撃や抑圧、束縛などを受けてきている。過干渉と言えるほどの育て方をされる一方で、そこに心の触れ合いはなく、強い孤独を感じながら生きてきたのだ」(同書)と述べている。 まったく同感だ。つまり、「親からの攻撃や抑圧、束縛など」への復讐として子どもが「家庭内ストーカー」になったという見方もできるわけで、親の自業自得と言えなくもない』、親としては、「子ども」のため、部分的には自己満足のために、「子ども」を「攻撃や抑圧、束縛した」のが、歯車が狂うと、「子ども」が「『暴君』と成り果て」るというのは、皮肉で、「親の自業自得と言えなくもない」、子育ては本当に難しいものだ。
第三に、ジャーナリストの池上正樹氏が12月12日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/223161
・『「支援対象者は34歳まで」が撤廃された引きこもり支援 2019年の1年を振り返ってみると、「引きこもり界」にとっては、エポックメイキングな年だった。 象徴的だったのは、首都・東京都で起こった変化だ。小池百合子都知事は、19年1月、「ひきこもり支援」の担当部署を従来の「青少年・治安対策本部」から「福祉保健局」に移管することを明らかにした。 その背景にあったのは、都内で活動する複数の引きこもり当事者グループや、KHJ全国ひきこもり家族会連合会の都内の4支部によるロビー活動だ。それぞれの当事者グループは、従来の“ニート”時代の名残りの「支援対象者は34歳まで」とする年齢制限の撤廃と、ヒアリングすら行わなかった青少年・非行対策の部局から「引きこもり支援」を切り離し、政策決定の協議会の委員に多様な当事者を加えるよう要望した。 こうして都は19年度、福祉保健局地域生活課を所管として新たな支援協議会を立ち上げ、引きこもり経験者らでつくる当事者団体やKHJ家族会、社会福祉、地域福祉、保険医療、就労支援などの専門家がバランスよく名を連ねることになった。こうした都の動きは、従来の時代に合わない「若者就労支援」を続けていた都内の市区町村、地方自治体にも波及効果をもたらした。 3月末には、初めて内閣府が40歳以上の「ひきこもり」実態調査を行い、国としてもようやく推計115万人以上という全容が示された。そして、引きこもりという状態は、社会経験者が多勢を占めることなど、誰もがどの年代になってからでも何歳でも起こり得ることが明らかになった。 引きこもりになる要因は、人それぞれ違っていて多様であるものの、他人事の問題でも個人の責任でもなく、将来自分自身や自分の大事な人の身にも起こり得ることが、少しずつ認識されてきたといっていい。 5月末の川崎市の通り魔事件や、その後に起きた練馬区の元農水事務次官による長男殺害などの一連の事件も、大きな衝撃を与えた』、「40歳以上の「ひきこもり」実態調査を行い、国としてもようやく推計115万人以上・・・引きこもりという状態は、社会経験者が多勢を占めることなど、誰もがどの年代になってからでも何歳でも起こり得ることが明らかに」、改めて衝撃的な内容だ。
・『当事者や家族に大きな衝撃 川崎事件と練馬事件の教訓 特に川崎の事件では、死の会見後、メディアに「容疑者は引きこもり傾向にあった」と報じられたことから、社会不安を引き起こし、家族や当事者の間に動揺が広がった。 「うちの子も同じような事件を起こすのではないか」 そう家族は怯え、焦る一方で、引きこもる当事者たちの間でも、「世間の目が怖い」「犯人と同一視されている」「ますます外に出られない」などと、言いようのない恐怖に心が不安定になる人も続出した。 孤立した家庭ほど危機的状況に陥り、親たちは疲弊し、憔悴した。そうした親たちの不安な心に付け込むように、「引き出し屋」(注)と言われる「暴力的支援」業者が暗躍した。内閣が直接、「引きこもり支援」に乗り出すことになったのも、これまでにない初めてのことだ。 まず、一連の事件後の6月14日、厚労省社会援護局は各都道府県・指定都市のひきこもり支援担当部(局)長や、各自治体の生活困窮者自立支援制度主管部(局)長あてに、ひきこもり状態にある人たちや家族から相談があった際、本人たちの特性を踏まえた相談支援にあたっての基本的姿勢や留意事項を示し、それぞれに丁寧な対応を徹底するよう通知した。 この通知の背景には、多くの自治体では、40歳以上の引きこもり支援に目を向けてこなかったために、彼らが相談したくてもどこに相談すればいいのか「わからなかった問題」がある。また、せっかく勇気を出して相談にたどりついても、窓口の相談員に「親の育て方が悪い」「どうしてここまで放置してたの?」などと「親の責任を咎められるので行きたくなかった」という家族の声も多かった。 6月26日には、KHJ家族会と当事者団体のUX会議が、当時の根本厚労大臣に呼ばれ、意見交換会が行われた。「ひきこもり」というテーマで、それぞれの当事者団体が厚労大臣に呼ばれるのも、初めての出来事といえる。 そして政府は、2020年度から3年間にわたって集中的に取り組む「就職氷河期世代活躍支援プラン」を5月29日に取りまとめた。「ひきこもり(8050などの複合課題)支援」も、その中の支援対象に「社会とのつながりをつくり、社会参加に向けたより丁寧な支援を必要とする方(ひきこもりの方など)」として組み込まれ、7月31日には内閣官房に「就職氷河期世代支援推進室」も設置された。) 詳細は11月14日付の当連載の記事で確認してほしい。この「就職氷河期支援施策」のプログラム関連予算は、20年度概算要求1344億円という、国を挙げて予算や人を投入しようという大規模な事業だ。 11月26日には、当事者団体とKHJ家族会の代表が、総理大臣官邸で行われた「第1回就職氷河期世代支援の推進に向けた全国プラットフォーム」に出席し、安倍首相の前で意見を述べた』、(注)「引き出し屋」については、自立支援をうたって引きこもりの子どもを自宅から無理やり連れ出し、法外な料金を請求する悪質業者のこと(東京新聞6月24日夕刊)。
人の弱味につけ込んで、カネをむしり取るとは本当に悪質だ。公的支援の窓口が整備されたのはいいことだ。
・『「生きづらさJAPAN」運営者が語るつながることの重要性 そんななか、最近の潮流となってきたのは、『ひきこもりフューチャーセッション「庵 -IORI-」』という多様な対話の場が7年前にスタートして以降、ここでの出会いを通じて、当事者たちの発信活動が活発化していることだろう。 9月17日には、うつ病や発達障害、LGBT、引きこもり状態などの当事者4人が「生きづらさJAPAN」というサイトを立ち上げた(詳細は当連載の記事を参照)。 サイトを立ち上げた同団体代表のナオさんは、こう思いを語る。 「メディアなどで目立つ当事者会はわずかで、みんな居場所の情報を必要としていたし、ずっと前からニーズを感じてました。自分たちはウェブのスキルをたまたま持ち合わせているから、生かせないかなと思ったんです」 今年は前述のような一連の事件があり、皆の心が不安定になった。それぞれが直面する不安から、安心できる何かにつながりたい――。そんな関心は、孤立した当事者や憔悴した家族ほど強く持っていることを、筆者も実感している。 同サイトのPV(閲覧数)は、1日1000PVほどに上る。 「活動して思ったのは、孤独な当事者がたくさんいるということです。孤独から解消されるために、情報を追いかけている。つながることによって、孤独も少し和らぐ。それだけで、生きづらさも少し和らぐのでは、と思うんです」』、「つながることによって、孤独も少し和らぐ。それだけで、生きづらさも少し和らぐのでは」、その通りなのだろう。
・『当事者が「思い」を吐き出せる場所づくりを 人は誰でも、話に共感してもらえるだけで、不安が和らぐ。「自分は1人ではない」と思えるだけでも、追い詰められて行き詰まることを防ぎ、生きる希望が生まれる。ナオさんは、これからも思いを吐き出せるような読者投稿などの機能を充実させていきたいという。 「支援」を巡る問題については、次回以降、取り上げたい。 ※この記事や引きこもり問題に関する情報や感想をお持ちの方、また、「こういうきっかけが欲しい」「こういう情報を知りたい」「こんなことを取材してほしい」といったリクエストがあれば、下記までお寄せください。 Otonahiki@gmail.com(送信の際は「@」を半角の「@」に変換してお送りください)・・・』、ネットを通じた「「思い」を吐き出せる場所づくりを」が、果たして上手く機能するのか、注目していきたい。
タグ:(その6)(「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害、いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」、「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち) 当事者が「思い」を吐き出せる場所づくりを つながることによって、孤独も少し和らぐ。それだけで、生きづらさも少し和らぐのでは 「生きづらさJAPAN」運営者が語るつながることの重要性 「引き出し屋」 当事者や家族に大きな衝撃 川崎事件と練馬事件の教訓 引きこもりという状態は、社会経験者が多勢を占めることなど、誰もがどの年代になってからでも何歳でも起こり得ることが明らかに 40歳以上の「ひきこもり」実態調査を行い、国としてもようやく推計115万人以上 「支援対象者は34歳まで」が撤廃された引きこもり支援 「「引きこもり界」で今年起きた、エポックメイキングな出来事たち」 ダイヤモンド・オンライン 池上正樹 過干渉でも心の触れ合いがなかった 親がやってきたことに対するしっぺ返しとしか思えない 医者からも相談が多い「子どものひきこもり」 「子どもからの復讐」 格差社会化 「いい学校」に入ったのに不登校に 「勝ち組教育」にこだわる価値観 「いい子があっけなく「ひきこもり」化する原因 引き金は勉強優先の「勝ち組教育」 」 東洋経済オンライン 片田 珠美 「嫌われる勇気」以上に「甘える勇気」が大事 逆に欧米では相互依存の重要性が強調されるようになった セーフティネット「生活保護」受給者をたたく日本社会 甘えを基盤とする社会が崩壊した なぜ日本人論の名著『「甘え」の構造』が読まれなくなったのか 誰にもSOSを出せぬまま30年間が過ぎた結果 もっと「公」に頼っていいのに、あるいは周囲の人に頼っていいのに、それができなかったばかりにうつになり、共倒れの状況になってしまう 「なぜ周囲に助けを求めなかったのか」 心理的視野狭窄 元事務次官のエリートは「バカ」になったのか 「息子があの事件の容疑者のようになるのが怖かった」 東大法学部→農林水産事務次官→長男殺害の、残念すぎる末路 「「人に迷惑」を異常に恐れる日本人の病理「甘える勇気」がなくて子供も殺害」 ”ひきこもり”問題 PRESIDENT ONLINE 和田 秀樹
日本の構造問題(その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由) [経済]
日本の構造問題については、10月22日に取上げた。今日は、(その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由)である。
先ずは、慶應義塾大学商学部教授の権丈 善一氏が10月31日付け東洋経済オンラインに掲載した「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/311074
・『マイケル・ムーア監督の『華氏119』が、ネット配信されるようになって数カ月、ちょっと時間ができたので眺めてみた。噂どおり、この映画は、現大統領への批判とは違い、なぜ、現大統領のような人が選ばれるのかを問う、一種の「民主主義論」として作られていた』、この書き出しがどのようにタイトルのテーマにつながるのだろう。
・『日本の経済パフォーマンス(『華氏119』で、アメリカの人たちの日々の生活への不満の様子を見ながら、どうしても頭をよぎるグラフがあった。 これは、BIS (国際決済銀行)が作ってくれている、日本とアメリカの経済パフォーマンスの比較図である。青と緑はアメリカ、赤とオレンジは日本、そして実線は1人当たり実質GDP(国内総生産)、破線は生産年齢人口1人当たり実質GDPを示している。 福澤諭吉は『文明論之概略』の中で、政府は、「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」と書いて、政治は「現在」、当面の問題を処理することと論じているが、「学者は、前後に注意して未来を謀り」と書いているように、学者の視界のタイムスパンは、政治よりも長い……いや実際、随分と長い。 そして、図のようにかなり長いタイムスパンである1980年から今までの、人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える。 生産年齢人口1人当たり実質GDPのほうが1人当たり実質GDPよりもがんばっているように見えるのは、生産年齢人口の減少幅が総人口よりも大きいからである。次を見てもらいたい――生産年齢人口は国際標準(15~64歳)ではなく20~64歳でとっている。) この国の総人口と20~64歳人口は、ともに減少している。しかし、20~64歳人口のほうが減少のテンポがかなり速く、2010年代に入ると100万人規模で減少している。 人口100万というと、47都道府県で人口(2019年6月1日推計)の多いほうから37位の富山県で104万人、38位の秋田県で97万人であり、こうした人口規模に等しい20~64歳人口が、2012年から14年にかけて1年ごとに消えていた――ちなみに、46位の島根県は68万人、47位の鳥取県は56万人でしかない』、「人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える」、普通は名目GDPで見るので、物価下落を反映して日本は伸び悩んでいると指摘されるが、確かに物価変動を除いた「実質ベース」では確かに景色が全く変わってしまうようだ。「20~64歳人口」が年間「100万人規模で減少」、とは確かにショッキングな数字だ。
・『人口減少社会における経済パフォーマンス指標とは 2015年に大流行したピケティの『21世紀の資本』は、過去200年ほどを対象としていたためGDPの比較は1人当たりGDPで統一されている。人口に大きな変動がある社会で、総GDPを眺めてみても意味がないからである。 総人口が今大きく変化している日本の場合も、経済の健康診断を行うべき体温計は、人口変動を調整したGDPで測るのは自然である。そして先ほどの図を見ればわかるように、人口1人当たり実質GDPの伸びは、アメリカと比べても遜色がなく、生産年齢人口1人当たりではアメリカを凌いできた。 そうした事実が記された文章として、次のようなものがある。 人口減少社会が進む中でも、近年のわが国の1?当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない。(「令和時代の財政再建に関する共通基本認識」自由民主党財政再建推進本部<2019年5月16日>) 日本の1 人当たりGDP の伸びは、他の先進諸国と比べて遜色のない伸びを示してきた。(「社会保障と国民経済――序章医療政策会議における基本認識」日本医師会・医療政策会議報告書<2018年4月>) 「近年のわが国の1人当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない」、のみならず、生産年齢人口1人当たりで見れば、ほかの国よりもがんばっているわけであるが、労働市場の様子はどうであろうか。 生産年齢人口の大幅な減少を受けて、今や、あの懐かしいバブル景気の時よりも、有効求人倍率は高くなっていて、労働市場は非常に逼迫している。さて、日本の経済の健康診断としては、どのような結果を出せばよいか。 人口調整をした経済のパフォーマンスは、ほかの先進諸国よりもよい。総GDPのパフォーマンスが他国よりも見劣りするのは、人口が大幅に減少しているのであるから当たり前で、そもそも人口減少社会の経済指標として総GDPを見るほうがおかしい。加えて、労働市場は、完全雇用に近い状態にあると考えられる。 この国では、長らく、デフレは悪で、これを脱却することが絶対正義であるかのように言われていたのであるが、日本の1人当たりGDPの伸びを眺めてみると、はたして、デフレ=不況というムードの中で日本の経済政策が考えられてきたのは正しかったのか?とも思えてしまう。 もっとも、こうした話をすると、いやいや、日本の経済は、経済政策次第でかつての高度成長期のようなパフォーマンスを上げることができるのだ、当時のようにことが進んでいないのは成長戦略が足りないからだと言う人もでてくるのが、世の中の多様性を実感させてくれる、なかなかおもしろいところでもある。ということで、ここでクイズをひとつ。 まず、ピケティの『21 世紀の資本』にある次の文章中の○にあてはまる国はどこだと思う? 特に○は「栄光の30 年」なるもの、つまり1940 年代末から1970 年代末の30 年間について、かなりノスタルジーを抱いてきた。この30 年は、経済成長が異様に高かった。1970 年代末から、かくも低い成長率という呪いをかけたのがどんな悪霊なのやら、人々はいまだに理解しかねている。今日ですら、多くの人々は過去30 年の「惨めな時代」がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている。 ○の国は、もちろん日本だろう!と思う人がしばしばいるのであるが、そうではなく、○に入る国は、ピケティの祖国フランスである。日本人が「物事は以前のような状態に戻る」と考えているようなことを、実は世界中の高度経済成長を過去に経験したことのある先進国の人たちが考えているというわけである』、「フランス」も日本と似た状況にあるようだ。
・『過去の高成長はなぜ?――模倣と創造の違い たしかに、西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験している。それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され、その間、アメリカは順調にマイペースで成長を遂げていた。したがって、戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による。知識や技術、そして消費生活がアメリカに追いついたら、西欧も日本も経済成長は、アメリカと同様のペースに落ち着いていき、多少の違いを見せるだけになる。 キャッチアップという本質的には知識や技術の「模倣」でしかないことと、「創造」というものは根本的に違うわけで、その違いが、日本でも、模倣ゆえに、所得倍増計画を派手に達成できた高度経済成長と、創造ゆえに地道となってしまう安定成長の違いをもたらしたと考えられる。 日本の人口調整済み実質GDP は、欧米先進諸国と比べて、そこそこ伸びている。日本の完全失業率は、生産年齢人口の急減の影響もあって、目下、バブル景気(1986年12月~1991年2月)、いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)と比べて低い水準にある。 ところが、日本人は、先のピケティの言葉を用いれば、「この30 年は、経済成長が異様に低かった。(中略)多くの人々は過去30年の『惨めな時代』がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている」ようなのである。そしてそう信じているのは、日本人だけでなく、フランス人も、そして多くの先進国の人たちもであろう。しかし、過去200 年以上のデータに基づいてピケティが言っているように、 (1人当たり産出量は)通常は年率1~1.5%程度の成長でしかなかったのだ。それよりも目に見えて急速な、年率3~4% の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に急速に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。(中略)重要な点は、世界の技術的な最前線にいる国で、1 人当たり産出成長率が長期にわたり年率1.5% を上回った国の歴史的事例はひとつもない、ということだ。 ここで1人当たり1%程度の成長というと、「以前のような状態に戻る」と考えている人たちはバカにするのだろうが、ピケティも強調しているように、世代が入れ代わるのに要する30 年ほどの間に、1%で伸びると複利で計算すれば35%ぐらい増える。1.5%だと50%以上増える。 生活実感として、明らかに30 年前よりも生活は便利になり、質も随分と上がっている。30 年前にはスマートフォンはもちろん、携帯電話やカーナビなどもほとんど普及していなかった。もちろん、テレビはデジタルではなかったし、SuicaもETCもなく、ウォシュレットも1992年ごろには普及率20%くらいだったようである』、「西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験・・・それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され・・・戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による」、その通りだ。日本の高度成長を日本人の勤勉さに結び付けたりする議論もあったが、こうした冷静な見方こそ参考になる。
・『民間消費が飽和した成熟社会 ポール・クルーグマン(米ニューヨーク市立大学大学院センター教授)という、リフレ政策をせっせとやって日本の経済にカツを入れろと言ってきた人も、ある頃から日本の人口が減っていることを視野に入れはじめて、彼が書いた2015 年の文章には、「日本の生産年齢人口1 人当たりの生産高は、2000 年ごろからアメリカよりも速く成長しており、過去25 年を見てもアメリカとほとんど同じである(日本はヨーロッパよりもよかった)」と、今では日本経済を評価してくれている。 私がよく言うのが、ビックカメラやヨドバシカメラの最上階から地下まで、各フロアを回ってみて、「どうしても月賦で買いたいというものはありますか?」と問うと、高度経済成長期を経験したことがある今の大人たちはみんな、「う?ん、ないなぁ。月賦かぁ、懐かしい言葉だ」と言う。 そうした、多くの人たちの購買意欲がとても弱い社会、いや、適切な表現をすれば、ある程度、民間での消費が飽和している社会が、高度経済成長期のようなパフォーマンスを上げることができるとは思えない。 一方、アメリカでは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字をとったGAFAなどが注目されるのであるが、1人当たり実質GDPの推移を見れば、どうも、GAFAの元気のよさは、アメリカ国民全般の生活水準の上昇にはつながっていないようである。 いわば、GAFAというプラットフォームは、一種の搾取システムとして機能しているともいえ、彼の国では、「富める者が富めば、やがて貧しい者にも富が滴り落ちる」という「トリクルダウン理論」――理論というには歴史上一度も実現していない理論――は実現していないのであろう。 だからこそ、映画『華氏119』に登場する、不満と怒りに満ちたアメリカ人が大勢いて、この映画で描かれているように、社会は分断され、民主主義が極度におかしくなっているのだろうというのが映画への感想であった。 先に福澤諭吉が学者の視野は政治家よりも長いと論じたことを紹介した。その観点を貫き、次に実質個人消費支出の長期トレンドを見ながら、今年1月19日に『読売新聞』のインタビューで話したことを紹介しておこう。 GDPの実質個人消費は、2014年の消費増税で一時的に落ちたものの、前後をならせば伸び続けてきた。減少している生産年齢人口を考慮して、その1人当たりで見れば、日本経済は過去も今もそんなに病んでいない。 1997年4月の消費税増税後も、駆け込み消費の前後と1997年7月以降のアジア金融危機前後をならせば、順調に伸びている。そして、リーマンショックの後には消費を政策的に喚起したため、消費支出は過去のトレンドよりも急角度で増加した。そこに2014年4月の消費税増税があったのであるが、2009年の後に急角度で個人消費が伸びた時期が特殊であって、長い目で見れば、順調に消費支出は伸びてきた。 この国は消費税の増税で、カタストロフィックな経済の崩壊など、経験したことはなかったのではないだろうか。そして、日本経済は、今を生きる大人たちの多くが信じているほど、過去も今もそんなに病んではいない。 しばしば、財政の健全化を図ることは、景気回復の芽を摘む摘芽型財政政策と呼ばれたり、増税によって「ドカ貧」になればもともこもないと言われたりすることがあるが、日本の歴史はそうした事実を記録していない。デフレ下では成長は起こらないという命題についても、日本の経験をはじめ、世界の歴史がさほど強いエビデンスを持っているわけでもない。 加えて、2015年版『労働経済白書』の言葉も紹介しておこう。 ユーロ圏およびアメリカでは実質労働生産性が上昇する局面において、若干の水準のギャップは見られるものの実質賃金も上昇を続けている。一方、わが国においては、実質労働生産性は継続的に上昇しており、その伸び幅もユーロ圏と比較するとそれほど遜色ないといえるが、実質賃金の伸びはそれに追いついていない状況が見られ、両者のギャップはユーロ圏およびアメリカよりも大きい』、「デフレ下では成長は起こらないという命題」は現在の異次元緩和の大きな根拠になっているが、もともとこの「命題」が間違っていたようだ。
・『要するに成長ではなく、「分配」の問題だ 1 人当たり生産性は伸びているのに賃金が伸びない。問題は、労働分配率の低下傾向、さらには、所得分配の格差のあり方にあることは言うまでもない。つまり、この国の経済が抱えているのは、「成長」問題よりも、「分配」問題なのである。 そうは言っても成長というのは政治の七難を隠すと言われている。いや、成長を口にしておけば政治自らの七難を隠すことができるというほうが正確だろうか。だから、成長戦略という言葉は、いつの時代も政治的魅力を持ち続けてきた。 10年前の民主党政権下でも、野党の自民党が、与党・民主党には成長戦略がないと責めれば、にわかに「新成長戦略」が菅直人総理の下で作り上げられたりして大いに盛り上がっていた。そして当然と言えば当然なのだが、菅元総理は、「成長戦略は十数本作ったが全部失敗している」と発言し、「成長戦略」を政策の柱に掲げる自民党を批判していた。 なお、菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について、菅内閣時に民間から内閣官房国家戦略室に審議官として出向していた水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評しているし、私もそう思う。 このあたり、経済成長の主因である全要素生産性(TFP、成長率から資本と労働の寄与を除いた残差)に対して不可知論、つまり全要素生産性を向上させる方法はよくわからないと公言した、成長論のパイオニアであるロバート・ソロー(米マサチューセッツ工科大学経済学部教授)は、なかなか立派な学者だと思っている。 彼は、経済成長の主因たる全要素生産性を「無知の計量化」と呼び、これを左右する原因を論じようとすると、「素人社会学の炎上」に陥ってしまうのがオチと評していた。 先述したクルーグマンなどは、アメリカ経済の停滞期に書いた本の中で、アメリカの生産性は「なぜ停滞したの?どうすれば回復するの?答えはどっちも同じで、『わかりませーん』なのだ」と、経済学者としての見解を正直に語っていた。 成長の理由がよくわからないのだから、政策を打ちようがない。だからクルーグマンは、「生産性成長は、アメリカの経済的なよしあしを左右する唯一最大の要因である。でもそれについてぼくたちは何をするつもりもない以上、それは政策課題にはならない」とも語っていた。 もちろん成長を起こすのはイノベーションではある。だが、これを言った経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883~1950年)は、イノベーションの起こし方には生涯触れていない。強いて言えば、歌を歌う能力同様に経済上の創意にも分布があり、「最上位の4分の1のもの」がイノベーションを起こしうるとは論じていたが、だから何?の話である。 しかし、日本の民間企業は絶えず、トライアル・アンド・エラーを繰り返しながらイノベーションを起こす努力をしており、その成果も出ているのである』、「菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について・・・水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評している」、「菅元総理」がそんな的を得た発言をしたとは初めて知った。
・『「やった振り」のなんちゃって政策で終わったりして 成長がなぜ起こるのか、成長の主因であるTFPはいかなる要因によって上下するのかの問に答えることができないとすれば、成長はコントロール可能な政策対象になりようがない。 これに類する話として、目下、成長戦略と並んで日本の政策の柱になっているものに、「予防で医療費削減」に代表される健康・予防政策というものがある(『中央公論』2019年1月号「喫緊の課題『医療介護の一体改革』とは-忍び寄る『ポピュリズム医療政策』を見分ける」を参照)。たしかに、日本老年学会・日本老年医学会は、「現在の高齢者においては10~20 年前と比較して加齢に伴う身体・心理機能の変化の出現が5~10 年遅延しており 「若返り(rejuvenation)」 現象がみられている」ことが明らかになり、「高齢者の定義再検討」として、65~74歳を準高齢者、75歳以上を高齢者とするべきであると提言はしている。 しかしながら、両学会は、「若返り」 現象の原因については一切触れておらず、「若返り」そのものが、健康・予防政策として政策対象とされることには慎重な姿勢を示している。彼らは健康寿命という科学的に計測することもできない曖昧な言葉を使うことの危険性も認識しており、客観指標としてフレイル指標の開発も進めている。 ところが主導する経済産業省の手の込んだプレゼンのおかげなのか、成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない。 七難隠す成長も、念ずれば通ずるものならばよいのであるが、今はやりの政策は本当は、財政と現業に責任を持つ財務省と厚労省が求める政策をブロックするための門番・経産省の方便となっていないかという仮説も成立したりする。 後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思うのだが、さてさてどうなることやら……仮説の検証は歴史に委ねよう。そして、そうした観点から、社会保障の行く末も眺めておこう』、「成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない・・・後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思う」、説得力溢れた主張である。大変、参考になった。
次に、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏が12月5日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「賃金が上がらない国になった、日本を待ち受ける「修羅場」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222495
・『アベノミクスが始まった2013年以降、法人企業の従業員1人当たり付加価値は順調に増加した。とりわけ規模の大きな企業で、この傾向は顕著だった。 しかし、この間に賃金はほとんど上がっておらず、増加した付加価値はほとんど企業の利益に回された。 なぜこのような現象が起きているのだろうか? それは、大企業で非正規従業者が増えているからだ。 「1人当たり付加価値が増えても賃金が上がらない」というこのメカニズムが、いまの日本経済で最大の問題だ』、安倍政権が賃上げで旗をいくら振り、企業減税をしても、一向に賃金が上がらない理由をデータに基づいて分析してくれたようだ。
・『従業員当たりの付加価値は増えるのに、賃金は上がらない 前回の本コラム「日本経済は『長期的な縮小過程』に入った可能性が高い理由」(2019年11月28日付)で、「就業者1人当たりの実質GDPが2018年に低下した」と指摘した。 法人企業統計で見ると、どうだろうか?) 従業員1人当たり付加価値の長期的な推移は、図表1のとおりだ。 全規模で見ると、00年代に徐々に落ち込み、リーマンショックでかなり落ち込んだ。その後、徐々に取り戻して、17年に1996年頃の水準まで戻った。 このように、2012年以降の期間では、従業員1人当たりの付加価値は顕著に増加した。 ところが、後で見るように、この期間に、従業員1人当たりの給与(賃金)は増えていないのだ。 付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか?』、確かに、ギャップは大きい。
・『大規模企業で顕著な利益増と給与のギャップ 従業員1人当たり付加価値の状況は、企業規模で違いがある。 以下では、資本金5000万円以上の企業を「大中企業」、資本金5000万円未満の企業を「小企業」と呼ぶことにし、これらを比較する。 大中企業の状況は、図表2に示すとおりだ。 1990年代の半ば以降、ほとんど一定だったが、リーマンショックで2008、09年に減少した。 その後、13年頃から増加し、最近までその傾向が続いている。 ただし、水準からいうと、リーマンショックで落ち込んだ分を取り戻して、最近の年度でやっとリーマンショック前に戻ったにすぎない。 他方で、小企業の状況は、図表3に示すとおりだ。 1990年代の半ばから傾向的に減少した。リーマンショックの影響は、大中企業ほど顕著ではなかった。 2008年以降、傾向的に増加していたが、18年には落ち込んでいる。 つぎに、給与水準の動向を見よう。 大中企業の状況は、図表4に示すとおりだ。2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ。 上で見たように従業員1人当たり付加価値はこの期間に増加しているのだが、増加分は利益に取られてしまったわけだ。 これは、後で見るように、非正規就業者を増やして、賃金を抑制しているからだ。 賃金を抑制することによって利益が増えたのである。 他方、小企業の状況は、図表5に示すとおりだ。給与水準は、若干、上昇している。とくに2017年頃まではそうだ』、「大中企業の」「給与水準」は「2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ」、データで示されると、改めて賃上げ抑制の実態に驚かされる。
・『大中企業で非正規就業者が増えた 増加した従業員の8割を占める 大中企業で従業員1人当たり付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか? それは、小企業から大中企業への就業者の移動があり、また、新しく非正規になった人が大中企業に雇われたからだ。 この現象を、「『大企業の零細企業化』が賃金下落や経済停滞の“真の原因”」(2019年11月21日付)で、「大企業の零細企業化」と名付けた。 その状況を詳しく見よう。 まず、大中企業の人員の推移を見ると、図表6のとおりだ。顕著な増加傾向が見られる。2013年には1750万人程度だったものが、18年には2000万人を超えており、この間に250万人以上増加している。 他方で、小企業の人員の推移を見ると、図表7のとおりだ。 13年には1700万人を超えていたのが、18年には1600万人程度となっており、この間に100万~150万人程度減っている。 これらの人々は、大中企業の非正規従業員になったと推測される。 他方で、13年から18年の間の日本全体の就業者の変化を労働力統計によって見ると、つぎのとおりだ。 就業者は6318万人から6655万人へと337万人(5.3%)増加した。 役員を除く雇用者は、5213万人から5596万人へと383万人(7.3%)増加した。 このうち、正規従業員は3302万人から3476万人へと174万人(5.3%)増加した。また、非正規従業員は1910万人から2120万人へと210万人(11.0%)増えた。これは、役員を除く雇用者の増加のうちの55%を占める。 この数字を参照すると、1つの可能性として、上で見た大中企業の人員増250万人のうち、非正規従業員がつぎの数だけいたと考えることができる。 (1)小企業から流入した150万人 (2)それ以外に増加した従業者(100万人)のうちの55%である55万人 そうであれば、大中企業で増加した従業員250万人のうち、205万人が非正規従業員だったことになる。つまり、増加した従業員の約82%が非正規従業員だった。 これが、「大企業の零細企業化」と言ったことの内容だ』、「大中企業で増加した従業員」「の約82%が非正規従業員」、非正規化がここまで進展しているとは驚かされた。
・『今後も賃金が上がらなければ、どうなるか? 今後、製造業の業績悪化で売り上げが減少すると、利益は大幅に落ち込むだろう。 この結果、1人当たり付加価値は減少に転じる可能性が強い。 他方で、小企業から大中企業への従業員の移動は、今後も続くだろう。とくに、消費税でインボイスが施行されると、この動きが加速されるだろう。つまり、「大企業の零細化」は、さらに進むだろう。 働き方改革における「同一労働・同一賃金」によって正規職員の諸手当が減額されている。 また残業規制によって残業手当がなくなる半面で、仕事量は変わらないので、就業時間外に会社の外で仕事をせざるを得なくなっているとも言われる。 これらは、正規従業員の実質的な賃金切り下げと言うべきものだ。 こうなると、「正規従業員の非正規化」と言える状況が進行するかもしれない。 総じて、賃金が伸びない状況は、今後も続くだろう。 今後、賃金が上がらないとすると、社会保険の保険料も増えない。 公的年金の収支バランスを確認する「財政検証」のケースⅠでは、名目賃金が年率2%上昇するとされている。しかし、このようなことは到底達成できないだろう。 それに加えて被保険者(保険の負担者)数が減少するので、保険料の総額が減るだろう。 こうして、公的年金制度が破綻することが予想される。 同様の問題が、医療保険や介護保険でも発生し、社会保障制度の維持は極めて困難になるだろう。 日本の賃金水準が国際的に見て低水準になってしまうことは、長期的な経済発展の観点からも由々しき問題だ。 高度な技術者や研究者のジョブマーケットは国際的なので、海外から優秀な人材を呼び寄せられないのはもちろんのこと、日本からの人材流出が起きることになる。 韓国の賃金水準はすでに日本の4分の3程度になっており、最低賃金は韓国のほうが高い。 日本人非正規就業者のドルベースの賃金と新興国の平均賃金が接近してくると、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」といったことが十分に考えられる』、「今後も賃金が上がらなければ・・・」、「社会保障制度の維持は極めて困難に」、「日本からの人材流出が起きる」、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」、破局に至る前にどこかで非正規化に歯止めがかかる可能性もあるが、とき既に遅しなのかも知れない。
第三に、上記の続き、12月12日付けダイヤモンド・オンライン「日本の国力がアジアで低下、このままでは韓国にも追い抜かれる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222919
・『世界経済が成長する中で、日本の生産性が低下している。このため、日本の相対的地位が低下する。 シンガポールと香港が、1人当たりGDP(国民総生産)ですでに日本より高い値だ。近い将来に、韓国と日本の関係も逆転する。 生産性向上の基礎となるべき高等教育の分野で、日本の落ち込みが著しい。 経済力が落ちるから教育・研究が進まず、開発力が落ちる。そのため経済力が落ちる、という悪循環に陥っている』、日本は深刻な病にかかっているようだ。
・『韓国や台湾が、1人当たりGDPで日本に迫る アジア諸国地域の1人当たりGDPを、日本を100とする指数で見ると、シンガポールと香港は、2000年代の初めには日本の6割程度だったが、シンガポールは00年代の中頃に日本を抜いた。現在では、日本の1.5倍を超えている。 香港は14年に日本を抜き、現在では日本の1.2倍を超えている。 ただし、どちらも都市国家(地域)であり、人口が少ないので、特殊なケースだと考えられるかもしれない。 しかし、最近、新しい現象が生じている。それは、韓国や台湾が1人当たりGDPで日本に迫っていることだ(図表1、一部は、IMFによる推計)。 これがとくに明瞭な形で現れているのが、韓国だ。 韓国の1人当たりGDPは、00年代初めには日本の3割程度でしかなかったが、00年代の半ばには50%を超えた。その後、08年には、リーマンショックの影響で、日本との格差が開いた。 しかし、12年頃から、韓国の1人当たりGDPは再び日本に近づいている。18年に8割をこえた。 IMF(国際通貨基金)の推計では、23年には日本の85%になる。 韓国の最低賃金は、すでに日本より高くなっている』、「韓国の最低賃金」は革新系の現政権が思い切って大幅に引き上げた結果で、これには韓国内で批判もあるようだ。
・『2040年には韓国が日本より豊かな国になる 1人当たりGDPで、韓国は日本との差を縮めつつあるので、いずれ日本より高くなることが予想される。 図表2に示すOECDの推計によると、日本の1人当たりGDPは、2020年の3万9666ドルから、40年には5万4308ドルと1.4倍になり、60年には7万7242ドルと1.9倍になる(Dataset: Economic Outlook No 103 - July 2018 - Long-term baseline projections)。 しかし、40年には、韓国が5万9338ドルとなって、日本を追い越すのだ。 60年には、韓国は8万3300ドルとなり、日本より7.8%ほど高い水準になる。) この予測は、多くの日本人が認めたくないものだろう。 日本では、韓国の問題点がよく報道される。確かに問題が多い。 とくに文在寅政権の対日政策は、基本的に誤っていると考えざるを得ない。 しかし、それとは別に、韓国の経済が成長していることも事実なのである。これは率直に認めなければならない。 例えば、韓国では次世代通信である5Gの商用サービスがすでに開始されているし、それに対応したスマートフォンでも、サムスン電子やLG電子の製品が大きなシェアを占めている。 大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている。 1人当たりGDPで日本との差を縮めつつあるのは、韓国だけではない。 中国の1人当たりGDPは、00年には日本の3%でしかなかった。しかし、20年には、すでに日本の27%になっている。IMFの予測だと、22年に日本の3分の1程度になる。 前述のOECDの推計によると、中国の1人当たりGDPは、40年には3万3421ドルとなって、その時点の日本の61.5%になる。60年には4万9360ドルとなって、日本の63.9%になるのだ。 日本はアジアで最初に工業化した国であり、1980年代には世界経済における地位が著しく向上した。その状況がいまでも続いていると考えている人が、日本には多い。 しかし、現実の世界は、すでに大きく変わってしまっているのだ。 韓国、台湾、シンガポール、香港は、70年代以降急速な工業化と高い経済成長率を達成した諸国・地域で、かつてはNIES(新興工業経済地域)と呼ばれた。それらの国や地域が、日本に追いつき、追い抜いていく時代になったのだ』、「大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている」、確かに日本にとっては脅威だ。
・『「大学の実力」で大きな差 清華大が世界一、東大は134位 日本の1人当たりGDPが伸びないのは、生産性が向上しないからだ。 そして、生産性が向上しないのは、技術開発能力が落ちているからだ。 そこで、技術開発能力の基礎となる高等教育の状況を見ておこう。 イギリスの高等教育専門誌THE(Times Higher Education)は、2019年9月、20年の「THE世界大学ランキング」を発表した。 それによると、アジアのトップは中国の清華大学(世界23位)、第2位は北京大学(世界24位)、第3位はシンガポール国立大学(世界25位)、第4位が香港大学(世界35位)だ。 やっとアジア第5位に、東京大学(世界36位)が登場する。 そして、第6位の香港科学技術大学(世界第47位)、第7位の南洋理工大学(世界48位)と続く。アジアの大学で世界50位以内は、ここまでだ。 日本第2位の「京都大学」は世界65位となっている。 世界の上位200校に入る大学数は、中国が7校、韓国が6校、香港が5校、シンガポールが2校となっている。 それに対して、日本は、東京大学と京都大学の2校のみだ。 このように、大学の実力は、すでに、中国、韓国、香港、シンガポールに追い抜かれている。 先端的な分野について見ると、日本の立ち後れは、さらに顕著だ。 コンピュータサイエンスの大学院について、U.S. News & World Report誌がランキングを作成している(Best Global Universities for Computer Science)。 それによると、世界第1位は清華大学だ。以下、第2位が南洋理工大学、第4位がシンガポール国立大学、第6位が東南大学(Southeast University)、第7位が上海交通大学、第8位が華中科技大学(Huazhong University of Science and Technology)となっている。 このように、アジアの大学院が、世界トップ10位のうち6校も占めているのだ。 ところが、それらはすべて中国とシンガポールの大学である。 日本のトップは東京大学だが、世界のランキングは134位だ。 まるで比較にならない状態だ』、日本の大学の「世界のランキング」の低さは本当に恥ずかしいことだ。
・『ノーベル賞は「過去」を そして大学が「未来」を表わす 「今世紀に入ってからのノーベル賞の受賞者数が、アメリカに次いで世界第2位になった」と報道された。 これと、上で見た大学・大学院の状況は、あまりに乖離している。なぜだろうか? それは、ノーベル賞は、過去の研究成果に対して与えられるものだからだ。 日本の研究レベルは、1980年頃には、世界のトップレベルにあったのだ。 大学の給与で見ても、80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった。 アメリカ人の学者が、「日本に来たいが、生活費が高くて来られない」と言っていた。そして、日本の学者は、アメリカの大学から招聘されても、給与が大幅に下がるので、行きたがらなかった。 ノーベル賞に表れているのは、この頃の事情なのだ。 ところが、給与の状況は、現在ではまったく逆転している。 日本経済新聞(2018年12月23日付)によれば、東京大学教授の平均給与は2017年度で約1200万円だ。 ところが、カリフォルニア大学バークレー校の経済学部教授の平均給与は約35万ドル(約3900万円)で、東大の3倍超だ。中には58万ドルを得た准教授もいる。 アジアでも、香港の給与は日本の約2倍であり、シンガポールはさらに高いと言われる。 これでは、学者が日本に集まるはずはない。優秀な人材は海外に行く。 ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである』、「ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである」、言い得て妙だ。「80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった」、これには円高も影響しているのかも知れない。
・『日本の給与水準では、高度専門家を集められず悪循環に 日本の給与が低いという問題は、大学に限られたものではない。 2年前のことだが、グーグルは、自動運転車を開発しているあるエンジニアに対して、1億2000万ドル(133億円)ものボーナスを与えた。 これは極端な例としても、自動運転などの最先端分野の専門家は、極めて高い報酬を得ている。 世界がこうした状態では、日本国内では有能な専門家や研究者を集められない。トヨタが自動運転の研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートをアメリカ西海岸のシリコンバレーに作ったのは当然のことだ。 最近では、中国の最先端企業が、高度IT人材を高い給与で雇っている。 中国の通信機器メーカーのファーウェイは、博士号を持つ新卒者に対し、最大約200万元(約3100万円)の年俸を提示した(日本経済新聞、7月25日付)。 朝日新聞(2019年11月30日付)によると、今年、ロシアの学生を年1500万ルーブル(約2600万円)で採用した。 CIO(最高情報責任者)の年収は、日本が1700万~2500万円であるのに対して、中国では2330万~4660万円となっている。 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている。 これは、科学技術政策や学術政策に限定された問題ではない。日本経済全体の問題である。 この状態に、一刻も早く歯止めをかけなければならない』、説得力溢れた主張で、全面的に同意できる。
先ずは、慶應義塾大学商学部教授の権丈 善一氏が10月31日付け東洋経済オンラインに掲載した「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/311074
・『マイケル・ムーア監督の『華氏119』が、ネット配信されるようになって数カ月、ちょっと時間ができたので眺めてみた。噂どおり、この映画は、現大統領への批判とは違い、なぜ、現大統領のような人が選ばれるのかを問う、一種の「民主主義論」として作られていた』、この書き出しがどのようにタイトルのテーマにつながるのだろう。
・『日本の経済パフォーマンス(『華氏119』で、アメリカの人たちの日々の生活への不満の様子を見ながら、どうしても頭をよぎるグラフがあった。 これは、BIS (国際決済銀行)が作ってくれている、日本とアメリカの経済パフォーマンスの比較図である。青と緑はアメリカ、赤とオレンジは日本、そして実線は1人当たり実質GDP(国内総生産)、破線は生産年齢人口1人当たり実質GDPを示している。 福澤諭吉は『文明論之概略』の中で、政府は、「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」と書いて、政治は「現在」、当面の問題を処理することと論じているが、「学者は、前後に注意して未来を謀り」と書いているように、学者の視界のタイムスパンは、政治よりも長い……いや実際、随分と長い。 そして、図のようにかなり長いタイムスパンである1980年から今までの、人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える。 生産年齢人口1人当たり実質GDPのほうが1人当たり実質GDPよりもがんばっているように見えるのは、生産年齢人口の減少幅が総人口よりも大きいからである。次を見てもらいたい――生産年齢人口は国際標準(15~64歳)ではなく20~64歳でとっている。) この国の総人口と20~64歳人口は、ともに減少している。しかし、20~64歳人口のほうが減少のテンポがかなり速く、2010年代に入ると100万人規模で減少している。 人口100万というと、47都道府県で人口(2019年6月1日推計)の多いほうから37位の富山県で104万人、38位の秋田県で97万人であり、こうした人口規模に等しい20~64歳人口が、2012年から14年にかけて1年ごとに消えていた――ちなみに、46位の島根県は68万人、47位の鳥取県は56万人でしかない』、「人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える」、普通は名目GDPで見るので、物価下落を反映して日本は伸び悩んでいると指摘されるが、確かに物価変動を除いた「実質ベース」では確かに景色が全く変わってしまうようだ。「20~64歳人口」が年間「100万人規模で減少」、とは確かにショッキングな数字だ。
・『人口減少社会における経済パフォーマンス指標とは 2015年に大流行したピケティの『21世紀の資本』は、過去200年ほどを対象としていたためGDPの比較は1人当たりGDPで統一されている。人口に大きな変動がある社会で、総GDPを眺めてみても意味がないからである。 総人口が今大きく変化している日本の場合も、経済の健康診断を行うべき体温計は、人口変動を調整したGDPで測るのは自然である。そして先ほどの図を見ればわかるように、人口1人当たり実質GDPの伸びは、アメリカと比べても遜色がなく、生産年齢人口1人当たりではアメリカを凌いできた。 そうした事実が記された文章として、次のようなものがある。 人口減少社会が進む中でも、近年のわが国の1?当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない。(「令和時代の財政再建に関する共通基本認識」自由民主党財政再建推進本部<2019年5月16日>) 日本の1 人当たりGDP の伸びは、他の先進諸国と比べて遜色のない伸びを示してきた。(「社会保障と国民経済――序章医療政策会議における基本認識」日本医師会・医療政策会議報告書<2018年4月>) 「近年のわが国の1人当たり実質GDPの伸びは、他の先進諸国と比べて遜色がない」、のみならず、生産年齢人口1人当たりで見れば、ほかの国よりもがんばっているわけであるが、労働市場の様子はどうであろうか。 生産年齢人口の大幅な減少を受けて、今や、あの懐かしいバブル景気の時よりも、有効求人倍率は高くなっていて、労働市場は非常に逼迫している。さて、日本の経済の健康診断としては、どのような結果を出せばよいか。 人口調整をした経済のパフォーマンスは、ほかの先進諸国よりもよい。総GDPのパフォーマンスが他国よりも見劣りするのは、人口が大幅に減少しているのであるから当たり前で、そもそも人口減少社会の経済指標として総GDPを見るほうがおかしい。加えて、労働市場は、完全雇用に近い状態にあると考えられる。 この国では、長らく、デフレは悪で、これを脱却することが絶対正義であるかのように言われていたのであるが、日本の1人当たりGDPの伸びを眺めてみると、はたして、デフレ=不況というムードの中で日本の経済政策が考えられてきたのは正しかったのか?とも思えてしまう。 もっとも、こうした話をすると、いやいや、日本の経済は、経済政策次第でかつての高度成長期のようなパフォーマンスを上げることができるのだ、当時のようにことが進んでいないのは成長戦略が足りないからだと言う人もでてくるのが、世の中の多様性を実感させてくれる、なかなかおもしろいところでもある。ということで、ここでクイズをひとつ。 まず、ピケティの『21 世紀の資本』にある次の文章中の○にあてはまる国はどこだと思う? 特に○は「栄光の30 年」なるもの、つまり1940 年代末から1970 年代末の30 年間について、かなりノスタルジーを抱いてきた。この30 年は、経済成長が異様に高かった。1970 年代末から、かくも低い成長率という呪いをかけたのがどんな悪霊なのやら、人々はいまだに理解しかねている。今日ですら、多くの人々は過去30 年の「惨めな時代」がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている。 ○の国は、もちろん日本だろう!と思う人がしばしばいるのであるが、そうではなく、○に入る国は、ピケティの祖国フランスである。日本人が「物事は以前のような状態に戻る」と考えているようなことを、実は世界中の高度経済成長を過去に経験したことのある先進国の人たちが考えているというわけである』、「フランス」も日本と似た状況にあるようだ。
・『過去の高成長はなぜ?――模倣と創造の違い たしかに、西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験している。それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され、その間、アメリカは順調にマイペースで成長を遂げていた。したがって、戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による。知識や技術、そして消費生活がアメリカに追いついたら、西欧も日本も経済成長は、アメリカと同様のペースに落ち着いていき、多少の違いを見せるだけになる。 キャッチアップという本質的には知識や技術の「模倣」でしかないことと、「創造」というものは根本的に違うわけで、その違いが、日本でも、模倣ゆえに、所得倍増計画を派手に達成できた高度経済成長と、創造ゆえに地道となってしまう安定成長の違いをもたらしたと考えられる。 日本の人口調整済み実質GDP は、欧米先進諸国と比べて、そこそこ伸びている。日本の完全失業率は、生産年齢人口の急減の影響もあって、目下、バブル景気(1986年12月~1991年2月)、いざなみ景気(2002年2月~2008年2月)と比べて低い水準にある。 ところが、日本人は、先のピケティの言葉を用いれば、「この30 年は、経済成長が異様に低かった。(中略)多くの人々は過去30年の『惨めな時代』がいずれは悪夢のように終わり、そして物事は以前のような状態に戻ると信じている」ようなのである。そしてそう信じているのは、日本人だけでなく、フランス人も、そして多くの先進国の人たちもであろう。しかし、過去200 年以上のデータに基づいてピケティが言っているように、 (1人当たり産出量は)通常は年率1~1.5%程度の成長でしかなかったのだ。それよりも目に見えて急速な、年率3~4% の成長が起こった歴史的な事例は、他の国に急速に追いつこうとしていた国で起こったものだけだ。(中略)重要な点は、世界の技術的な最前線にいる国で、1 人当たり産出成長率が長期にわたり年率1.5% を上回った国の歴史的事例はひとつもない、ということだ。 ここで1人当たり1%程度の成長というと、「以前のような状態に戻る」と考えている人たちはバカにするのだろうが、ピケティも強調しているように、世代が入れ代わるのに要する30 年ほどの間に、1%で伸びると複利で計算すれば35%ぐらい増える。1.5%だと50%以上増える。 生活実感として、明らかに30 年前よりも生活は便利になり、質も随分と上がっている。30 年前にはスマートフォンはもちろん、携帯電話やカーナビなどもほとんど普及していなかった。もちろん、テレビはデジタルではなかったし、SuicaもETCもなく、ウォシュレットも1992年ごろには普及率20%くらいだったようである』、「西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験・・・それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され・・・戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による」、その通りだ。日本の高度成長を日本人の勤勉さに結び付けたりする議論もあったが、こうした冷静な見方こそ参考になる。
・『民間消費が飽和した成熟社会 ポール・クルーグマン(米ニューヨーク市立大学大学院センター教授)という、リフレ政策をせっせとやって日本の経済にカツを入れろと言ってきた人も、ある頃から日本の人口が減っていることを視野に入れはじめて、彼が書いた2015 年の文章には、「日本の生産年齢人口1 人当たりの生産高は、2000 年ごろからアメリカよりも速く成長しており、過去25 年を見てもアメリカとほとんど同じである(日本はヨーロッパよりもよかった)」と、今では日本経済を評価してくれている。 私がよく言うのが、ビックカメラやヨドバシカメラの最上階から地下まで、各フロアを回ってみて、「どうしても月賦で買いたいというものはありますか?」と問うと、高度経済成長期を経験したことがある今の大人たちはみんな、「う?ん、ないなぁ。月賦かぁ、懐かしい言葉だ」と言う。 そうした、多くの人たちの購買意欲がとても弱い社会、いや、適切な表現をすれば、ある程度、民間での消費が飽和している社会が、高度経済成長期のようなパフォーマンスを上げることができるとは思えない。 一方、アメリカでは、グーグル(Google)、アップル(Apple)、フェースブック(Facebook)、アマゾン(Amazon)の頭文字をとったGAFAなどが注目されるのであるが、1人当たり実質GDPの推移を見れば、どうも、GAFAの元気のよさは、アメリカ国民全般の生活水準の上昇にはつながっていないようである。 いわば、GAFAというプラットフォームは、一種の搾取システムとして機能しているともいえ、彼の国では、「富める者が富めば、やがて貧しい者にも富が滴り落ちる」という「トリクルダウン理論」――理論というには歴史上一度も実現していない理論――は実現していないのであろう。 だからこそ、映画『華氏119』に登場する、不満と怒りに満ちたアメリカ人が大勢いて、この映画で描かれているように、社会は分断され、民主主義が極度におかしくなっているのだろうというのが映画への感想であった。 先に福澤諭吉が学者の視野は政治家よりも長いと論じたことを紹介した。その観点を貫き、次に実質個人消費支出の長期トレンドを見ながら、今年1月19日に『読売新聞』のインタビューで話したことを紹介しておこう。 GDPの実質個人消費は、2014年の消費増税で一時的に落ちたものの、前後をならせば伸び続けてきた。減少している生産年齢人口を考慮して、その1人当たりで見れば、日本経済は過去も今もそんなに病んでいない。 1997年4月の消費税増税後も、駆け込み消費の前後と1997年7月以降のアジア金融危機前後をならせば、順調に伸びている。そして、リーマンショックの後には消費を政策的に喚起したため、消費支出は過去のトレンドよりも急角度で増加した。そこに2014年4月の消費税増税があったのであるが、2009年の後に急角度で個人消費が伸びた時期が特殊であって、長い目で見れば、順調に消費支出は伸びてきた。 この国は消費税の増税で、カタストロフィックな経済の崩壊など、経験したことはなかったのではないだろうか。そして、日本経済は、今を生きる大人たちの多くが信じているほど、過去も今もそんなに病んではいない。 しばしば、財政の健全化を図ることは、景気回復の芽を摘む摘芽型財政政策と呼ばれたり、増税によって「ドカ貧」になればもともこもないと言われたりすることがあるが、日本の歴史はそうした事実を記録していない。デフレ下では成長は起こらないという命題についても、日本の経験をはじめ、世界の歴史がさほど強いエビデンスを持っているわけでもない。 加えて、2015年版『労働経済白書』の言葉も紹介しておこう。 ユーロ圏およびアメリカでは実質労働生産性が上昇する局面において、若干の水準のギャップは見られるものの実質賃金も上昇を続けている。一方、わが国においては、実質労働生産性は継続的に上昇しており、その伸び幅もユーロ圏と比較するとそれほど遜色ないといえるが、実質賃金の伸びはそれに追いついていない状況が見られ、両者のギャップはユーロ圏およびアメリカよりも大きい』、「デフレ下では成長は起こらないという命題」は現在の異次元緩和の大きな根拠になっているが、もともとこの「命題」が間違っていたようだ。
・『要するに成長ではなく、「分配」の問題だ 1 人当たり生産性は伸びているのに賃金が伸びない。問題は、労働分配率の低下傾向、さらには、所得分配の格差のあり方にあることは言うまでもない。つまり、この国の経済が抱えているのは、「成長」問題よりも、「分配」問題なのである。 そうは言っても成長というのは政治の七難を隠すと言われている。いや、成長を口にしておけば政治自らの七難を隠すことができるというほうが正確だろうか。だから、成長戦略という言葉は、いつの時代も政治的魅力を持ち続けてきた。 10年前の民主党政権下でも、野党の自民党が、与党・民主党には成長戦略がないと責めれば、にわかに「新成長戦略」が菅直人総理の下で作り上げられたりして大いに盛り上がっていた。そして当然と言えば当然なのだが、菅元総理は、「成長戦略は十数本作ったが全部失敗している」と発言し、「成長戦略」を政策の柱に掲げる自民党を批判していた。 なお、菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について、菅内閣時に民間から内閣官房国家戦略室に審議官として出向していた水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評しているし、私もそう思う。 このあたり、経済成長の主因である全要素生産性(TFP、成長率から資本と労働の寄与を除いた残差)に対して不可知論、つまり全要素生産性を向上させる方法はよくわからないと公言した、成長論のパイオニアであるロバート・ソロー(米マサチューセッツ工科大学経済学部教授)は、なかなか立派な学者だと思っている。 彼は、経済成長の主因たる全要素生産性を「無知の計量化」と呼び、これを左右する原因を論じようとすると、「素人社会学の炎上」に陥ってしまうのがオチと評していた。 先述したクルーグマンなどは、アメリカ経済の停滞期に書いた本の中で、アメリカの生産性は「なぜ停滞したの?どうすれば回復するの?答えはどっちも同じで、『わかりませーん』なのだ」と、経済学者としての見解を正直に語っていた。 成長の理由がよくわからないのだから、政策を打ちようがない。だからクルーグマンは、「生産性成長は、アメリカの経済的なよしあしを左右する唯一最大の要因である。でもそれについてぼくたちは何をするつもりもない以上、それは政策課題にはならない」とも語っていた。 もちろん成長を起こすのはイノベーションではある。だが、これを言った経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883~1950年)は、イノベーションの起こし方には生涯触れていない。強いて言えば、歌を歌う能力同様に経済上の創意にも分布があり、「最上位の4分の1のもの」がイノベーションを起こしうるとは論じていたが、だから何?の話である。 しかし、日本の民間企業は絶えず、トライアル・アンド・エラーを繰り返しながらイノベーションを起こす努力をしており、その成果も出ているのである』、「菅元総理の「成長戦略は全部失敗している」発言について・・・水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評している」、「菅元総理」がそんな的を得た発言をしたとは初めて知った。
・『「やった振り」のなんちゃって政策で終わったりして 成長がなぜ起こるのか、成長の主因であるTFPはいかなる要因によって上下するのかの問に答えることができないとすれば、成長はコントロール可能な政策対象になりようがない。 これに類する話として、目下、成長戦略と並んで日本の政策の柱になっているものに、「予防で医療費削減」に代表される健康・予防政策というものがある(『中央公論』2019年1月号「喫緊の課題『医療介護の一体改革』とは-忍び寄る『ポピュリズム医療政策』を見分ける」を参照)。たしかに、日本老年学会・日本老年医学会は、「現在の高齢者においては10~20 年前と比較して加齢に伴う身体・心理機能の変化の出現が5~10 年遅延しており 「若返り(rejuvenation)」 現象がみられている」ことが明らかになり、「高齢者の定義再検討」として、65~74歳を準高齢者、75歳以上を高齢者とするべきであると提言はしている。 しかしながら、両学会は、「若返り」 現象の原因については一切触れておらず、「若返り」そのものが、健康・予防政策として政策対象とされることには慎重な姿勢を示している。彼らは健康寿命という科学的に計測することもできない曖昧な言葉を使うことの危険性も認識しており、客観指標としてフレイル指標の開発も進めている。 ところが主導する経済産業省の手の込んだプレゼンのおかげなのか、成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない。 七難隠す成長も、念ずれば通ずるものならばよいのであるが、今はやりの政策は本当は、財政と現業に責任を持つ財務省と厚労省が求める政策をブロックするための門番・経産省の方便となっていないかという仮説も成立したりする。 後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思うのだが、さてさてどうなることやら……仮説の検証は歴史に委ねよう。そして、そうした観点から、社会保障の行く末も眺めておこう』、「成長戦略、健康・予防政策はとても盛んで、今や、日本の2大政策の体をなしている感がある。成長は望ましい、健康になることは望ましい、これは間違いない。しかしながら、望ましいからという理由のみで、政策の対象になりうるものではない・・・後は野となれ山となれと、ほかにやらねばならない重要なことを先送りした、やった振りのなんちゃって政策ばかりだったと、将来、人の記憶に刻まれるだけにならなければ良いとも思う」、説得力溢れた主張である。大変、参考になった。
次に、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏が12月5日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「賃金が上がらない国になった、日本を待ち受ける「修羅場」」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222495
・『アベノミクスが始まった2013年以降、法人企業の従業員1人当たり付加価値は順調に増加した。とりわけ規模の大きな企業で、この傾向は顕著だった。 しかし、この間に賃金はほとんど上がっておらず、増加した付加価値はほとんど企業の利益に回された。 なぜこのような現象が起きているのだろうか? それは、大企業で非正規従業者が増えているからだ。 「1人当たり付加価値が増えても賃金が上がらない」というこのメカニズムが、いまの日本経済で最大の問題だ』、安倍政権が賃上げで旗をいくら振り、企業減税をしても、一向に賃金が上がらない理由をデータに基づいて分析してくれたようだ。
・『従業員当たりの付加価値は増えるのに、賃金は上がらない 前回の本コラム「日本経済は『長期的な縮小過程』に入った可能性が高い理由」(2019年11月28日付)で、「就業者1人当たりの実質GDPが2018年に低下した」と指摘した。 法人企業統計で見ると、どうだろうか?) 従業員1人当たり付加価値の長期的な推移は、図表1のとおりだ。 全規模で見ると、00年代に徐々に落ち込み、リーマンショックでかなり落ち込んだ。その後、徐々に取り戻して、17年に1996年頃の水準まで戻った。 このように、2012年以降の期間では、従業員1人当たりの付加価値は顕著に増加した。 ところが、後で見るように、この期間に、従業員1人当たりの給与(賃金)は増えていないのだ。 付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか?』、確かに、ギャップは大きい。
・『大規模企業で顕著な利益増と給与のギャップ 従業員1人当たり付加価値の状況は、企業規模で違いがある。 以下では、資本金5000万円以上の企業を「大中企業」、資本金5000万円未満の企業を「小企業」と呼ぶことにし、これらを比較する。 大中企業の状況は、図表2に示すとおりだ。 1990年代の半ば以降、ほとんど一定だったが、リーマンショックで2008、09年に減少した。 その後、13年頃から増加し、最近までその傾向が続いている。 ただし、水準からいうと、リーマンショックで落ち込んだ分を取り戻して、最近の年度でやっとリーマンショック前に戻ったにすぎない。 他方で、小企業の状況は、図表3に示すとおりだ。 1990年代の半ばから傾向的に減少した。リーマンショックの影響は、大中企業ほど顕著ではなかった。 2008年以降、傾向的に増加していたが、18年には落ち込んでいる。 つぎに、給与水準の動向を見よう。 大中企業の状況は、図表4に示すとおりだ。2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ。 上で見たように従業員1人当たり付加価値はこの期間に増加しているのだが、増加分は利益に取られてしまったわけだ。 これは、後で見るように、非正規就業者を増やして、賃金を抑制しているからだ。 賃金を抑制することによって利益が増えたのである。 他方、小企業の状況は、図表5に示すとおりだ。給与水準は、若干、上昇している。とくに2017年頃まではそうだ』、「大中企業の」「給与水準」は「2013年から最近に至るまで、ほとんど一定だ」、データで示されると、改めて賃上げ抑制の実態に驚かされる。
・『大中企業で非正規就業者が増えた 増加した従業員の8割を占める 大中企業で従業員1人当たり付加価値が増えたのに、なぜ、賃金が上昇しないのか? それは、小企業から大中企業への就業者の移動があり、また、新しく非正規になった人が大中企業に雇われたからだ。 この現象を、「『大企業の零細企業化』が賃金下落や経済停滞の“真の原因”」(2019年11月21日付)で、「大企業の零細企業化」と名付けた。 その状況を詳しく見よう。 まず、大中企業の人員の推移を見ると、図表6のとおりだ。顕著な増加傾向が見られる。2013年には1750万人程度だったものが、18年には2000万人を超えており、この間に250万人以上増加している。 他方で、小企業の人員の推移を見ると、図表7のとおりだ。 13年には1700万人を超えていたのが、18年には1600万人程度となっており、この間に100万~150万人程度減っている。 これらの人々は、大中企業の非正規従業員になったと推測される。 他方で、13年から18年の間の日本全体の就業者の変化を労働力統計によって見ると、つぎのとおりだ。 就業者は6318万人から6655万人へと337万人(5.3%)増加した。 役員を除く雇用者は、5213万人から5596万人へと383万人(7.3%)増加した。 このうち、正規従業員は3302万人から3476万人へと174万人(5.3%)増加した。また、非正規従業員は1910万人から2120万人へと210万人(11.0%)増えた。これは、役員を除く雇用者の増加のうちの55%を占める。 この数字を参照すると、1つの可能性として、上で見た大中企業の人員増250万人のうち、非正規従業員がつぎの数だけいたと考えることができる。 (1)小企業から流入した150万人 (2)それ以外に増加した従業者(100万人)のうちの55%である55万人 そうであれば、大中企業で増加した従業員250万人のうち、205万人が非正規従業員だったことになる。つまり、増加した従業員の約82%が非正規従業員だった。 これが、「大企業の零細企業化」と言ったことの内容だ』、「大中企業で増加した従業員」「の約82%が非正規従業員」、非正規化がここまで進展しているとは驚かされた。
・『今後も賃金が上がらなければ、どうなるか? 今後、製造業の業績悪化で売り上げが減少すると、利益は大幅に落ち込むだろう。 この結果、1人当たり付加価値は減少に転じる可能性が強い。 他方で、小企業から大中企業への従業員の移動は、今後も続くだろう。とくに、消費税でインボイスが施行されると、この動きが加速されるだろう。つまり、「大企業の零細化」は、さらに進むだろう。 働き方改革における「同一労働・同一賃金」によって正規職員の諸手当が減額されている。 また残業規制によって残業手当がなくなる半面で、仕事量は変わらないので、就業時間外に会社の外で仕事をせざるを得なくなっているとも言われる。 これらは、正規従業員の実質的な賃金切り下げと言うべきものだ。 こうなると、「正規従業員の非正規化」と言える状況が進行するかもしれない。 総じて、賃金が伸びない状況は、今後も続くだろう。 今後、賃金が上がらないとすると、社会保険の保険料も増えない。 公的年金の収支バランスを確認する「財政検証」のケースⅠでは、名目賃金が年率2%上昇するとされている。しかし、このようなことは到底達成できないだろう。 それに加えて被保険者(保険の負担者)数が減少するので、保険料の総額が減るだろう。 こうして、公的年金制度が破綻することが予想される。 同様の問題が、医療保険や介護保険でも発生し、社会保障制度の維持は極めて困難になるだろう。 日本の賃金水準が国際的に見て低水準になってしまうことは、長期的な経済発展の観点からも由々しき問題だ。 高度な技術者や研究者のジョブマーケットは国際的なので、海外から優秀な人材を呼び寄せられないのはもちろんのこと、日本からの人材流出が起きることになる。 韓国の賃金水準はすでに日本の4分の3程度になっており、最低賃金は韓国のほうが高い。 日本人非正規就業者のドルベースの賃金と新興国の平均賃金が接近してくると、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」といったことが十分に考えられる』、「今後も賃金が上がらなければ・・・」、「社会保障制度の維持は極めて困難に」、「日本からの人材流出が起きる」、「外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない」、破局に至る前にどこかで非正規化に歯止めがかかる可能性もあるが、とき既に遅しなのかも知れない。
第三に、上記の続き、12月12日付けダイヤモンド・オンライン「日本の国力がアジアで低下、このままでは韓国にも追い抜かれる理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/222919
・『世界経済が成長する中で、日本の生産性が低下している。このため、日本の相対的地位が低下する。 シンガポールと香港が、1人当たりGDP(国民総生産)ですでに日本より高い値だ。近い将来に、韓国と日本の関係も逆転する。 生産性向上の基礎となるべき高等教育の分野で、日本の落ち込みが著しい。 経済力が落ちるから教育・研究が進まず、開発力が落ちる。そのため経済力が落ちる、という悪循環に陥っている』、日本は深刻な病にかかっているようだ。
・『韓国や台湾が、1人当たりGDPで日本に迫る アジア諸国地域の1人当たりGDPを、日本を100とする指数で見ると、シンガポールと香港は、2000年代の初めには日本の6割程度だったが、シンガポールは00年代の中頃に日本を抜いた。現在では、日本の1.5倍を超えている。 香港は14年に日本を抜き、現在では日本の1.2倍を超えている。 ただし、どちらも都市国家(地域)であり、人口が少ないので、特殊なケースだと考えられるかもしれない。 しかし、最近、新しい現象が生じている。それは、韓国や台湾が1人当たりGDPで日本に迫っていることだ(図表1、一部は、IMFによる推計)。 これがとくに明瞭な形で現れているのが、韓国だ。 韓国の1人当たりGDPは、00年代初めには日本の3割程度でしかなかったが、00年代の半ばには50%を超えた。その後、08年には、リーマンショックの影響で、日本との格差が開いた。 しかし、12年頃から、韓国の1人当たりGDPは再び日本に近づいている。18年に8割をこえた。 IMF(国際通貨基金)の推計では、23年には日本の85%になる。 韓国の最低賃金は、すでに日本より高くなっている』、「韓国の最低賃金」は革新系の現政権が思い切って大幅に引き上げた結果で、これには韓国内で批判もあるようだ。
・『2040年には韓国が日本より豊かな国になる 1人当たりGDPで、韓国は日本との差を縮めつつあるので、いずれ日本より高くなることが予想される。 図表2に示すOECDの推計によると、日本の1人当たりGDPは、2020年の3万9666ドルから、40年には5万4308ドルと1.4倍になり、60年には7万7242ドルと1.9倍になる(Dataset: Economic Outlook No 103 - July 2018 - Long-term baseline projections)。 しかし、40年には、韓国が5万9338ドルとなって、日本を追い越すのだ。 60年には、韓国は8万3300ドルとなり、日本より7.8%ほど高い水準になる。) この予測は、多くの日本人が認めたくないものだろう。 日本では、韓国の問題点がよく報道される。確かに問題が多い。 とくに文在寅政権の対日政策は、基本的に誤っていると考えざるを得ない。 しかし、それとは別に、韓国の経済が成長していることも事実なのである。これは率直に認めなければならない。 例えば、韓国では次世代通信である5Gの商用サービスがすでに開始されているし、それに対応したスマートフォンでも、サムスン電子やLG電子の製品が大きなシェアを占めている。 大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている。 1人当たりGDPで日本との差を縮めつつあるのは、韓国だけではない。 中国の1人当たりGDPは、00年には日本の3%でしかなかった。しかし、20年には、すでに日本の27%になっている。IMFの予測だと、22年に日本の3分の1程度になる。 前述のOECDの推計によると、中国の1人当たりGDPは、40年には3万3421ドルとなって、その時点の日本の61.5%になる。60年には4万9360ドルとなって、日本の63.9%になるのだ。 日本はアジアで最初に工業化した国であり、1980年代には世界経済における地位が著しく向上した。その状況がいまでも続いていると考えている人が、日本には多い。 しかし、現実の世界は、すでに大きく変わってしまっているのだ。 韓国、台湾、シンガポール、香港は、70年代以降急速な工業化と高い経済成長率を達成した諸国・地域で、かつてはNIES(新興工業経済地域)と呼ばれた。それらの国や地域が、日本に追いつき、追い抜いていく時代になったのだ』、「大学のランキングでも、後述のように韓国は力を蓄えつつある。 国際機関のトップに就く韓国出身者も増えている」、確かに日本にとっては脅威だ。
・『「大学の実力」で大きな差 清華大が世界一、東大は134位 日本の1人当たりGDPが伸びないのは、生産性が向上しないからだ。 そして、生産性が向上しないのは、技術開発能力が落ちているからだ。 そこで、技術開発能力の基礎となる高等教育の状況を見ておこう。 イギリスの高等教育専門誌THE(Times Higher Education)は、2019年9月、20年の「THE世界大学ランキング」を発表した。 それによると、アジアのトップは中国の清華大学(世界23位)、第2位は北京大学(世界24位)、第3位はシンガポール国立大学(世界25位)、第4位が香港大学(世界35位)だ。 やっとアジア第5位に、東京大学(世界36位)が登場する。 そして、第6位の香港科学技術大学(世界第47位)、第7位の南洋理工大学(世界48位)と続く。アジアの大学で世界50位以内は、ここまでだ。 日本第2位の「京都大学」は世界65位となっている。 世界の上位200校に入る大学数は、中国が7校、韓国が6校、香港が5校、シンガポールが2校となっている。 それに対して、日本は、東京大学と京都大学の2校のみだ。 このように、大学の実力は、すでに、中国、韓国、香港、シンガポールに追い抜かれている。 先端的な分野について見ると、日本の立ち後れは、さらに顕著だ。 コンピュータサイエンスの大学院について、U.S. News & World Report誌がランキングを作成している(Best Global Universities for Computer Science)。 それによると、世界第1位は清華大学だ。以下、第2位が南洋理工大学、第4位がシンガポール国立大学、第6位が東南大学(Southeast University)、第7位が上海交通大学、第8位が華中科技大学(Huazhong University of Science and Technology)となっている。 このように、アジアの大学院が、世界トップ10位のうち6校も占めているのだ。 ところが、それらはすべて中国とシンガポールの大学である。 日本のトップは東京大学だが、世界のランキングは134位だ。 まるで比較にならない状態だ』、日本の大学の「世界のランキング」の低さは本当に恥ずかしいことだ。
・『ノーベル賞は「過去」を そして大学が「未来」を表わす 「今世紀に入ってからのノーベル賞の受賞者数が、アメリカに次いで世界第2位になった」と報道された。 これと、上で見た大学・大学院の状況は、あまりに乖離している。なぜだろうか? それは、ノーベル賞は、過去の研究成果に対して与えられるものだからだ。 日本の研究レベルは、1980年頃には、世界のトップレベルにあったのだ。 大学の給与で見ても、80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった。 アメリカ人の学者が、「日本に来たいが、生活費が高くて来られない」と言っていた。そして、日本の学者は、アメリカの大学から招聘されても、給与が大幅に下がるので、行きたがらなかった。 ノーベル賞に表れているのは、この頃の事情なのだ。 ところが、給与の状況は、現在ではまったく逆転している。 日本経済新聞(2018年12月23日付)によれば、東京大学教授の平均給与は2017年度で約1200万円だ。 ところが、カリフォルニア大学バークレー校の経済学部教授の平均給与は約35万ドル(約3900万円)で、東大の3倍超だ。中には58万ドルを得た准教授もいる。 アジアでも、香港の給与は日本の約2倍であり、シンガポールはさらに高いと言われる。 これでは、学者が日本に集まるはずはない。優秀な人材は海外に行く。 ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである』、「ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである」、言い得て妙だ。「80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった」、これには円高も影響しているのかも知れない。
・『日本の給与水準では、高度専門家を集められず悪循環に 日本の給与が低いという問題は、大学に限られたものではない。 2年前のことだが、グーグルは、自動運転車を開発しているあるエンジニアに対して、1億2000万ドル(133億円)ものボーナスを与えた。 これは極端な例としても、自動運転などの最先端分野の専門家は、極めて高い報酬を得ている。 世界がこうした状態では、日本国内では有能な専門家や研究者を集められない。トヨタが自動運転の研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートをアメリカ西海岸のシリコンバレーに作ったのは当然のことだ。 最近では、中国の最先端企業が、高度IT人材を高い給与で雇っている。 中国の通信機器メーカーのファーウェイは、博士号を持つ新卒者に対し、最大約200万元(約3100万円)の年俸を提示した(日本経済新聞、7月25日付)。 朝日新聞(2019年11月30日付)によると、今年、ロシアの学生を年1500万ルーブル(約2600万円)で採用した。 CIO(最高情報責任者)の年収は、日本が1700万~2500万円であるのに対して、中国では2330万~4660万円となっている。 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている。 これは、科学技術政策や学術政策に限定された問題ではない。日本経済全体の問題である。 この状態に、一刻も早く歯止めをかけなければならない』、説得力溢れた主張で、全面的に同意できる。
タグ:人口減少社会における経済パフォーマンス指標とは 菅内閣時に民間から内閣官房国家戦略室に審議官として出向していた水野和夫さんは「首相時代の発言で一番よい」とも評している 東洋経済オンライン 権丈 善一 1980年から今までの、人口1人当たり実質GDP、生産年齢人口1人当たり実質GDPを眺めてみると、アメリカと比べて、日本はけっこうがんばっているように見える 菅元総理は、「成長戦略は十数本作ったが全部失敗している」と発言し、「成長戦略」を政策の柱に掲げる自民党を批判 「事物の順序を司どりて現在の処置を施し」と書いて、政治は「現在」、当面の問題を処理することと論じているが、「学者は、前後に注意して未来を謀り」と書いているように、学者の視界のタイムスパンは、政治よりも長い 福澤諭吉 要するに成長ではなく、「分配」の問題だ GAFAの元気のよさは、アメリカ国民全般の生活水準の上昇にはつながっていないようである。 いわば、GAFAというプラットフォームは、一種の搾取システムとして機能しているともいえ 民間消費が飽和した成熟社会 日本とアメリカの経済パフォーマンスの比較図 西欧と日本は1950~70 年に大きな経済成長を経験している。それは当然と言えば当然で、西欧は、大戦で破壊され、その間、アメリカは順調にマイペースで成長を遂げていた。したがって、戦後になると西欧はアメリカへの、生産技術・ライフスタイルのキャッチアップを図る機会があったから、大きく経済が成長し人々の生活水準は上がった。 日本が戦後、高度成長期を迎えたのも似たような理由による 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている 日本の給与水準では、高度専門家を集められず悪循環に ノーベル賞は「過去」を そして大学が「未来」を表わす 「大学の実力」で大きな差 清華大が世界一、東大は134位 2040年には韓国が日本より豊かな国になる 韓国や台湾が、1人当たりGDPで日本に迫る 経済力が落ちるから教育・研究が進まず、開発力が落ちる。そのため経済力が落ちる、という悪循環に陥っている シンガポールと香港が、1人当たりGDP(国民総生産)ですでに日本より高い 「日本の国力がアジアで低下、このままでは韓国にも追い抜かれる理由」 外国人労働者の枠を広げても、労働者が来ない 日本からの人材流出が起きる 医療保険や介護保険でも発生し、社会保障制度の維持は極めて困難になるだろう 過去の高成長はなぜ?――模倣と創造の違い 公的年金制度が破綻 日本の構造問題 今後も賃金が上がらなければ、どうなるか? (その13)(日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?、賃金が上がらない国になった 日本を待ち受ける「修羅場」、日本の国力がアジアで低下 このままでは韓国にも追い抜かれる理由) 大中企業で非正規就業者が増えた 増加した従業員の8割を占める 大規模企業で顕著な利益増と給与のギャップ 従業員当たりの付加価値は増えるのに、賃金は上がらない この間に賃金はほとんど上がっておらず、増加した付加価値はほとんど企業の利益に回された 「賃金が上がらない国になった、日本を待ち受ける「修羅場」」 この国では、長らく、デフレは悪で、これを脱却することが絶対正義であるかのように言われていたのであるが、日本の1人当たりGDPの伸びを眺めてみると、はたして、デフレ=不況というムードの中で日本の経済政策が考えられてきたのは正しかったのか?とも思えてしまう ダイヤモンド・オンライン 野口悠紀雄 日本の1 人当たりGDP の伸びは、他の先進諸国と比べて遜色のない伸びを示してきた 「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」 「やった振り」のなんちゃって政策で終わったりして
年金制度(その3)(年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由、高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤、人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!) [国内政治]
年金制度については、5月17日に取上げた。その後、5年に一度の財政検証が公表されたことを踏まえた今日は、(その3)(年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由、高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤、人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!)である。
先ずは、経済コラムニストの大江英樹氏が9月3日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/213580
・『5年に一度の「財政検証」 特段のサプライズはなし 年金を巡るネガティブな報道を鵜呑みにしてはいけない。 5年に一度実施される公的年金の「財政検証」の結果が、8月27日に発表された。今回もマスコミの報道には相変わらずネガティブな傾向が見られたが、実際のところはどうだったのだろうか? 筆者は発表の当日、厚生労働省の年金部会を最初から最後まで傍聴しており、資料も読み込んでみた。結論から言えば5年前、2014年の財政検証と比べて大きな差はなく、若干改善しているという状況であったと言っていいだろう。 詳細は360ページを超える報告書に記載されており、その全てを紹介することはできないが、要旨をごく簡単に言えば、以下の3点である。 1.所得代替率は5年前の試算と比較して出生率の増加や労働参加の拡大により、0.2~0.9%ぐらい改善している。 2.オプション試算によれば、被用者保険のさらなる適用拡大と保険料拠出期間の延長、および受給開始時期の選択拡大は年金の水準確保に効果が大きい。 3.今後も経済成長と労働参加が年金の持続可能性にとって極めて重要である。 いずれもごく当然のことであり、特段サプライズもなければ問題が生じているわけでもない。言うまでもなく、「財政検証」というのは“将来予測”をしているわけではなく、プロジェクション、すなわち現状の姿を将来に投影するとどうなるかということを検証しているのである。よく言われる「100年安心」という言葉の意味も、「年金は100年間安心だ」ということではなく、「年金の持続可能性の検証をするに当たって、向こう100年間ぐらいの長期を見据えて行う」という意味だ。 少子高齢化が進むわが国においては、何も手を打たなければ際限なく保険料の負担が増大しかねない。そこで2004年に将来を見据えたさまざまな環境を考慮した上で保険料負担の上限を定め、以後、状況に大きな変化がないかどうかを確認するために、プロジェクションとして5年ごとに「財政検証」を行なっているのである。これが“年金の健康診断”と言われるゆえんなのだ。 年金に関しては、何かあるごとにネガティブな報道がつきまとう。その理由は一体どこにあるのだろうか?筆者は行動経済学における認知バイアス、中でも「代表性ヒューリスティック」と「確証バイアス」にあると考えている。どういうことか、わかりやすく考えてみよう』、興味深そうだ。
・『小さな不祥事がなぜ年金全体の不信につながるのか 公的年金には抜きがたい不信感が存在している。それは公的年金という巨大な制度の周りにさまざまな不祥事が存在したからだ。しかしながら、関わる人がたくさんいて、多くのお金が集まれば、何らかの不祥事が起こり得るのは人間の社会では当然のことであり、それが制度の屋台骨を揺るがすようなものでなければ大事に至ることはない。 例えば、2000年代の初めにかけて起こったグリーンピア(大規模年金保養施設)の問題があった。1985年から資金を投入して13もの施設を作ったものの、結局は採算が合わないまま、2005年までに全て売却された。その損失はおよそ2000億円であったとされる。この時も大々的にマスコミで取り上げられ、ずさんな運営や無計画な投資が批判されたことがあった。もちろんこれは決して許されることではない。金額も2000億円という巨額なものであり、民間企業であれば株主から訴訟を受けてもおかしくない案件だ。 ただ、2000億円の損失を出したからと言って、年金が破綻するとか、持続性に疑問があるということではない。当時、年金積立金は132兆4000億円あったが、このうち2000億円の損をしたにすぎないからだ。 身近な例に言い換えると、132万円あまりの貯金を持っている人がパチンコで2000円をすってしまったというのと同じだ。実に無駄なお金の使い方をしたものだと怒られるのは当然だが、だからと言って家計が破綻するわけではない。これは言わばガバナンスの問題であり、財政の構造的な問題というわけではないのだ。年金にまつわる不正使用等の事件が起きる都度、同様の批判が起きるが、それらは一部の罪を犯した人間を厳正に処罰すればよい話であって、そのこと自体と年金の制度に対する不安が直結するものではない。 ところが人間の心理とは理屈で割り切れるものではない。そのような不祥事が起きると、全体に対する不信感が生じてしまうのだ。 ある特定の事象が全体にわたって起こるように勘違いすることを「代表性ヒューリスティック」と言う。公的年金の場合で言えば、前述のグリーンピア事件をはじめ、加入記録問題や不正使用等の不祥事が起きる都度、それが年金のガバナンスのみならず、財政全体に対する不信感につながっている。もちろんこうしたガバナンスを是正することが重要であることは言うまでもないが、年金財政の問題とは分けて冷静に考えるべきだろう』、「年金財政の問題とは分けて冷静に考えるべき」、その通りだが、「グリーンピア事件」では政治家が絡んだこともあって、責任追及はうやむやに終わった。年金の管理が、厚労省から日本年金機構に移管されただけで、「ガバナンスを是正」には程遠いのが実態だ。
・『公的年金は不払いで民間保険に入るのは愚かだ さらに言えば、そうした「代表性ヒューリスティック」によって年金不信が募ってくると、多くのマスコミはそうした一般市民の印象に合うような報道をしようとする。つまり「年金はダメだ」「年金は信用できない」という印象をさらに増幅するような報道になりがちなのだ。 自分が持っている意見や印象と異なることは、それが事実であっても受け入れたくない、聞きたくないという気持ちが強く、自分の考えに合う情報のみを受け入れたくなる心理のことを「確証バイアス」と言う。年金報道はまさにこの「確証バイアス」が生み出していると言ってもいいだろう。 この確証バイアスは言わば「負の連鎖」と言ってもいいのだが、現実にはなかなかこれを解消するのは大変だろう。厚生労働省もそれなりに正しく情報を伝える努力はしているようだが、まだまだ正しい知識が広まっているとは言えない。ただ、厚生労働省が出しているサイト「いっしょに検証!公的年金」は非常に良くできていると思う。漫画仕立てでスムーズに読め、その後に詳しい解説も載っているし、何よりも流れが良いので一気に読める。厚生労働省の宣伝をするつもりはないが、このサイトは読んでおいて損はないだろう。 言うまでもなく、公的年金は老後の生活を支える重要な柱の一つであり、最も土台とすべきものである。サラリーマンの場合は、年金保険料は給与天引きであるため、未納となって将来年金が受け取れなくなる心配はないが、自営業や非正規社員の人で国民年金を自分で納める必要のある人の中には、公的年金保険料を払っていない人たちもいる。 もちろん、中には収入があまりにも少なくて、とても保険料が払えないという人も一定数いるだろうが、そういう場合は申請をすれば保険料を免除してもらえることもある。ところが払えるにもかかわらず、公的年金保険料は意図的に払わず、民間の個人年金保険に払い込んでいるという人もいるのだ。 これはどう考えても不思議な現象だ。言うまでもなく、民間の保険は自分が払った保険料から保険会社の経費や利益を引いた分が支払いに充てられる。それは民間の営利企業なのだから当然だ。これに対して公的年金保険は、自分が出した保険料だけではなく、200兆円近くある年金の積立金に加え、税金も投入されるわけだから、こちらの方が有利であるのは明らかだ。 にもかかわらず、公的年金保険料を払っていないというのは、年金に対する不信感があるからだろう。しかしながら、それは勘違いであり、不十分な認識に基づいた不信感なのである。筆者が30代の頃、今から30年以上も前から、「年金はいずれ破綻する」と言われ続けてきたが、実際には当時から比べて年金積立金は100兆円以上も増加しているというのが事実だ。 時代の流れに合わせて制度が変わっていくのは当然だが、年金が破綻するとかもらえなくなるというのは大きな誤解だ。大事なことは、マスコミ等で報道されることをうのみにするのではなく、一次情報を自分で見に行ってきちんと判断することだろう』、「公的年金は不払いで民間保険に入るのは愚かだ」、これはその通りだ。しかし、2019「財政検証」は前提条件が甘過ぎるなど問題点も多い。2004年に導入されたマクロスライドは、年金の被保険者(加入者)の減少や平均寿命の延び、更に社会の経済状況を考慮して年金の給付金額をカットするものであるため、年金制度の破綻はあり得ないことになった。しかし、将来、給付金額が削減される可能性があることは事実で、こうし重要な点に触れず、能天気なPRをする筆者のセンスには疑いをもたざるを得ない。ちなみに、「いっしょに検証!公的年金」を覗いてみたが、いまだに平成26年財政検証結果を説明しているだけで、更新されてないのには驚かされた。
次に、元銀行員で久留米大学商学部教授の塚崎公義氏が10月20日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/217839
・『働くと年金が減る「在職老齢年金」という制度の適用範囲を縮小することが検討されているようだ。しかし、「人生100年時代」に高齢者の労働意欲を本当に高めるためには、適用範囲の縮小ではなく、制度自体を廃止すべきである』、塚崎氏自身が適用を受けて減額されているといった個人的恨みがあると推測されるが、主張には賛成だ。
・『在職老齢年金制度で所得が一定以上の高齢者は年金が減額 在職老齢年金は、サラリーマン(男女を問わず、公務員等も含む。以下同様)が加入する老齢厚生年金(公的年金の2階部分と呼ばれるもの)の受給者が対象になる制度で、自営業者などには無関係なので、本稿でも対象をサラリーマンに絞って記すこととする。 この制度は、大ざっぱに言えば「65歳までは、給料プラス年金が月額28万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」「65歳からは、給料プラス年金が月額47万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」ものである。 そして、限られた年金の原資を本当に必要な人に分配しよう、という趣旨で作られたものなのだろう。それ自体は理解できるが、後述のように弊害が多いので、廃止すべきだ』、なるほど。
・『厚労省は「月収62万円超」への縮小を検討 財務省は制度の縮小・撤廃に慎重か 人生100年時代を迎えつつある今、「高齢者にも働いて年金保険料や税金を納めてもらい、年金の受給開始をできるだけ待ってもらおう」というのが時代の流れである。 そこで、政府が6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)には、在職老齢年金を「将来的な制度の廃止も展望しつつ、速やかに見直す」と明記された。 しかしこのたび、厚生労働省は在職老齢年金について、収入基準を引き上げて適用対象の人数を減らす方向で検討を始めた。年齢にかかわらず、月収62万円を基準とする模様である。 廃止ではなく「適用範囲縮小」にとどめるのは、「廃止すると年金支給額が大きく増えてしまうから」ということのようだが、これは納得できない理由だ。 しかも、財務省の審議会は 、見直し自体にも慎重なようである。財政再建至上主義の財務省であるから仕方ない面はあるが、非常に残念である』、確かに年金財政だけを考えると、「廃止すると年金支給額が大きく増えてしまう」のは事実だ。
・『高額所得者には累進課税で対応すべき 「高額所得者の年金を減らして低所得者に多く払ってやりたい」という発想は確かに理解できる。しかし、それなら高額所得者に課している累進課税を強化すれば良いだろう。 税制(本稿では年金制度を含めて考える)は、公平・中立・簡素が基本原則だといわれている。それならば、「簡素」の観点から、年金についても「高額所得者は除く」などとせず、一律に支給すれば良い。公平のための貧富の格差の是正は、累進税率を高めることで解決すれば良いのだ。 筆者が「簡素な制度」を望む理由の1つには、「政府の情報提供が国民へ完璧に伝わるわけではない」という点もある。 例えば「働いて収入を得ると、その分だけ年金が減らされて損をする」と思っている国民も多い。しかし在職老齢年金制度は「働けば年収は増えるが、働いたほどには増えない」というだけのことである。そうした誤解を受けないように制度を作るのは難しいから、在職老齢年金の制度そのものを廃止してしまうべきだ、と言いたい。 「中立」の観点からも、問題である。高額所得者の中でも若者には関係なく、自営業者等にも関係なく、高齢者のサラリーマンにだけ課せられる「税金」のようなものだからである。 そして何より問題なのは、経済活動に中立ではないことである。一定以上の所得を稼いでいるサラリーマンに対して「働くインセンティブを失わせる」ものだからである』、「累進課税」の強化は、在職老齢年金問題だけでなく、格差問題にも対応できる中立的でオーソドックスな政策だ。
・『人生100年時代に逆行しかねない 高度成長期のサラリーマンは、15歳から55歳まで、人生の半分以上を働いて過ごした。そうであれば、人生100年時代には、「元気であれば20歳から70歳まで働く」という時代を迎えるのが自然であろう。政府も企業に定年延長等々を求めている。 日本のマクロ経済を見渡しても、少子高齢化による労働力不足は一層深刻化していくので、高齢者や女性の労働力に期待するところが大である。 かつて、現役世代の失業が問題となっていた時代には、「高齢者が働くことで若者の仕事を奪ってしまわないように、高齢者の働くインセンティブをそぐこと」も是とされたのかもしれない。しかし、時代が変わり、制度が時代にそぐわなくなっている。 そんな時に、60歳以上のサラリーマンの勤労意欲をそぐような制度は、有害としか言いようがない』、その通りだ。
・『年金支払額だけに着目するのは問題 サラリーマンの高額所得者は、年金保険料も所得税も多額に支払っているはずだ。そうした人が在職老齢年金制度のせいで働くインセンティブを阻害されて引退してしまったりしては、政府の収入が減ってしまう。 支払う年金を減らすことだけを考えて、収入を減らしてしまったのでは、角を矯めて牛を殺してしまうことにもなりかねない。その意味でも慎重な判断が必要であろう。 加えて、所得の高いサラリーマンの中には、日本経済に大きく貢献している人もいるはずである。そうした人が働くインセンティブを阻害されて引退してしまうとすれば、それは日本経済にとって大きな損失だといえよう。 「そうした人は使命感が強いはずだから、所得に関係なく働くはずだ」と考える人もいるだろうし、筆者もそうであることを願うが、さすがにそれは期待しすぎというものだろう』、やはり「インセンティブ」の歪みは早期に解消すべきで、塚崎氏の主張には全面的に賛成である。
第三に、ライター兼編集者の吉田 祐基氏が10月29日付け東洋経済オンラインに掲載した「人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/310561
・『金融庁のいわゆる「老後2000万円問題」報告書がきっかけとなったのか、「iDeCo(個人型確定拠出年金)」で資産形成する人が増えています。国民年金基金連合会によると、iDeCoの加入者数は2019年6月時点で127万8260人だったのが、7月に131万1045人、8月には134万7853万人と、右肩上がりです。 iDeCoは、公的年金に上乗せできる私的年金制度として、資産形成の身近な手段となりつつあるようです。掛け金が全額所得控除の対象となるなど、節税のメリットにも注目が集まっています。ただし、iDeCoには落とし穴も少なくありません。ここでは、人気急上昇中のiDeCoに潜む「5つの落とし穴」に目を向けてみたいと思います』、現役を引退した私には関係ないが、一応、見ていこう。
・『加入者資格の「審査」に1カ月以上もかかる iDeCoを始めるためには、まず窓口となる金融機関(運営管理機関)を選ぶ必要があります。選んだ金融機関から申込書を取り寄せたら、必要事項を記載のうえで返送するわけですが、その後すぐにiDeCoを始められるというわけではありません。これが1つ目の落とし穴です。 返送した書類は金融機関から国民年金基金連合会に送付されて、加入者資格の審査にかけられます。この審査に1〜2カ月程度、要するのです。そして、審査が完了したら、iDeCoを利用するために必要な専用IDなどが郵送されてきます。 なお、申し込みの際の必要書類は、公的年金の第1号被保険者(自営業など)と、第2号被保険者(会社員や公務員など)で異なります。第2号被保険者の場合は、「事業者登録申請書兼第2号加入者に係る事業主の証明書」の提出が必要です。この書類は会社の総務担当者などに記入・押印してもらう必要があります。 例えば会社員の場合、企業年金の有無などによって掛け金の上限額が異なることから、適切な掛け金で運用されているかどうか、会社に証明してもらう必要があるということです。厚生労働省は法改正によってiDeCoの加入手続きを簡素化する方針を示していますが、現時点ではこうした届け出の義務も加入のハードルになっている、といえるでしょう。 2つ目の落とし穴は、iDeCoのメリットといわれるものの中に隠れています。iDeCoは、その運用期間中の掛け金が全額所得控除の対象となるため、所得税や住民税などの負担が軽減することがメリットに挙げられます。一方で、こうした節税効果は、年末調整や確定申告で申告をして初めて得られるものです。 会社員や公務員で、自分で掛け金を積み立てている人の場合(掛け金の納付方法で「個人払込」を選択している場合)、年末調整の際に、用紙の右下にある「小規模企業共済掛金控除」の欄に掛金額を記入する必要があります。同時に、支払った掛金額を証明するために、国民年金基金から届く「小規模企業共済等掛金払込証明書」を添付しましょう。 掛け金を給与から天引き(納付方法で「企業払込」を選択)している場合は、税金に関する手続きは年末調整で行わず、毎月の給与から源泉徴収されることになります。つまり、年末調整の際に、原則として用紙に記入するなどは必要ありません。 自営業者の場合は、確定申告の際に必要事項の記載と証明書の提出をもって、納めすぎた税金の一部を取り戻すことができます。申告書の「小規模企業共済等掛金控除」の欄に掛け金の額を記載のうえ、会社員の場合と同様に「小規模企業共済等掛金払込証明書」を提出する必要があります』、手続きはかなり煩雑なようだ。マイナンバーカードを活用すれば、不要になるものもありそうだ。
・『運用期間中、ずっと「手数料」が発生し続ける 3つ目の落とし穴は、iDeCoも元本割れの可能性があるということです。 iDeCoでは原則、運用商品として定期預金などの「元本確保型」を選ぶか、投資信託などの「元本変動型」を選ぶか、どちらかを選択する必要があります。資産の目減りを避けるのであれば「元本確保型」が候補になりますが、一方で毎月の手数料分、元本割れしてしまう可能性も考慮しなければなりません。 そもそもiDeCoには、新規加入時・運用中・給付時に手数料がかかります。新規加入時には国民年金基金連合会に支払う2829円のほか、窓口となる金融機関によって0円から1000円程度の手数料がかかります。給付時には、1回当たり440円の手数料が発生します。 とくに注意しなければいないのが、iDeCo運用中にずっとかかる手数料です。中でも、収納手数料と事務手数料は、一律で合計2052円(年間)。さらに金融機関によっては年0円〜6000円程度の口座管理手数料が必要となります。 ネット証券では基本的に、口座管理手数料が無料のケースが多いようです。一方で、店舗型の金融機関では「資産残高が50万円以上なら運用中にかかる手数料は無料」などと、最低保有残高によって手数料を下げるといった条件を設けている場合があります。 しかしネット証券でiDeCoを運用する場合も、運用期間中は必ず年2052円の手数料が発生することになります。年0.02%の金利が適用される元本確保型の場合、毎月5000円の掛け金だと、年12円程度しか運用益を得ることはできません。つまり手数料分だけ、年間で2040円マイナスとなるわけです。このように節税メリットは享受できるものの、運用面では元本割れとなってしまう可能性があるのです。 4つ目の落とし穴は、60歳になっても積み立てたお金を受け取れないケースがあることです。厚労省は法改正によって65歳まで延長する方針を打ち出していますが、現在は原則として60歳までしか積み立てはできません。さらに一時金や年金を60歳から受け取れる人というのは、あくまでも60歳までのiDeCoへの加入期間が10年以上の人に限られます。 60歳以前の加入期間によって受け取り開始時期は異なり、例えば60歳までの加入期間が8年以上10年未満の人は61歳から受け取り可能です。加入期間が6年以上8年未満だと、62歳からの受け取りとなります。つまり60歳以前で、加入期間が10年に満たない人は、60歳から受け取ることは原則できないのです』、定年延長が推奨されているなかで、「厚労省は法改正によって65歳まで延長する方針を打ち出していますが、現在は原則として60歳までしか積み立てはできません」、延長しても「65歳まで」と制限する理由が理解できない。
・『転職すると、面倒な「移換」が必要になることも 最後の5つ目は、転職に伴って起こる落とし穴です。 企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入している企業から転職し、転職先に企業型DCがない場合は個人型(iDeCo)への移換手続きを行う必要がありますが、「期限」が設けられていることはご存じでしょうか。 移換手続き期限については、企業型DCの加入者資格を喪失(退職日の翌日)してから6カ月以内とされています。それを過ぎると、自動的に現金化(自動移換)されてしまいます。自動移換されると、運用が行えないために、資産を増やすことはできなくなります。 また、管理手数料として毎月52円(年間624円)が、資産から差し引かれ続けることにもなります。そのため自動移換される前に、iDeCoに新規で申し込むときと同様に、金融機関からまずは必要な書類を取り寄せましょう。自動移換となった場合でも、新規で申し込むときと同様の手続きを行えば、運用を再開できます。 以前は、iDeCoへの加入者が転職した場合、転職先に企業型DCがあれば、原則としてiDeCoの資産を企業型DCへと移換する必要がありました。つまり、これまで積み立ててきたiDeCoの資産はいったん現金化されて、会社側が指定する運用商品で新たに運用を始める必要があったわけです。 しかし、現在ではiDeCoの資産を企業型DCへ移換することなく、掛け金の積み立てのみを止め、運用指図者(iDeCoで運用する商品を決める人)として、そのまま運用することも可能となりました。その場合の手続きとしては、窓口となっていた金融機関から「加入者資格喪失届」を取り寄せて必要事項を記入のうえ、返送する必要があります。 以上、iDeCoにまつわる落とし穴を5つ紹介しました。落とし穴を踏まえて、iDeCoへの向き合い方を改めて整理してみましょう』、いずれにしろ手続きは面倒なようだ。ただ、公的年金の支給額はやがて減額される可能性が高いことから、現役世代にとっては、iDeCoを利用する意味は大きそうだ。
先ずは、経済コラムニストの大江英樹氏が9月3日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/213580
・『5年に一度の「財政検証」 特段のサプライズはなし 年金を巡るネガティブな報道を鵜呑みにしてはいけない。 5年に一度実施される公的年金の「財政検証」の結果が、8月27日に発表された。今回もマスコミの報道には相変わらずネガティブな傾向が見られたが、実際のところはどうだったのだろうか? 筆者は発表の当日、厚生労働省の年金部会を最初から最後まで傍聴しており、資料も読み込んでみた。結論から言えば5年前、2014年の財政検証と比べて大きな差はなく、若干改善しているという状況であったと言っていいだろう。 詳細は360ページを超える報告書に記載されており、その全てを紹介することはできないが、要旨をごく簡単に言えば、以下の3点である。 1.所得代替率は5年前の試算と比較して出生率の増加や労働参加の拡大により、0.2~0.9%ぐらい改善している。 2.オプション試算によれば、被用者保険のさらなる適用拡大と保険料拠出期間の延長、および受給開始時期の選択拡大は年金の水準確保に効果が大きい。 3.今後も経済成長と労働参加が年金の持続可能性にとって極めて重要である。 いずれもごく当然のことであり、特段サプライズもなければ問題が生じているわけでもない。言うまでもなく、「財政検証」というのは“将来予測”をしているわけではなく、プロジェクション、すなわち現状の姿を将来に投影するとどうなるかということを検証しているのである。よく言われる「100年安心」という言葉の意味も、「年金は100年間安心だ」ということではなく、「年金の持続可能性の検証をするに当たって、向こう100年間ぐらいの長期を見据えて行う」という意味だ。 少子高齢化が進むわが国においては、何も手を打たなければ際限なく保険料の負担が増大しかねない。そこで2004年に将来を見据えたさまざまな環境を考慮した上で保険料負担の上限を定め、以後、状況に大きな変化がないかどうかを確認するために、プロジェクションとして5年ごとに「財政検証」を行なっているのである。これが“年金の健康診断”と言われるゆえんなのだ。 年金に関しては、何かあるごとにネガティブな報道がつきまとう。その理由は一体どこにあるのだろうか?筆者は行動経済学における認知バイアス、中でも「代表性ヒューリスティック」と「確証バイアス」にあると考えている。どういうことか、わかりやすく考えてみよう』、興味深そうだ。
・『小さな不祥事がなぜ年金全体の不信につながるのか 公的年金には抜きがたい不信感が存在している。それは公的年金という巨大な制度の周りにさまざまな不祥事が存在したからだ。しかしながら、関わる人がたくさんいて、多くのお金が集まれば、何らかの不祥事が起こり得るのは人間の社会では当然のことであり、それが制度の屋台骨を揺るがすようなものでなければ大事に至ることはない。 例えば、2000年代の初めにかけて起こったグリーンピア(大規模年金保養施設)の問題があった。1985年から資金を投入して13もの施設を作ったものの、結局は採算が合わないまま、2005年までに全て売却された。その損失はおよそ2000億円であったとされる。この時も大々的にマスコミで取り上げられ、ずさんな運営や無計画な投資が批判されたことがあった。もちろんこれは決して許されることではない。金額も2000億円という巨額なものであり、民間企業であれば株主から訴訟を受けてもおかしくない案件だ。 ただ、2000億円の損失を出したからと言って、年金が破綻するとか、持続性に疑問があるということではない。当時、年金積立金は132兆4000億円あったが、このうち2000億円の損をしたにすぎないからだ。 身近な例に言い換えると、132万円あまりの貯金を持っている人がパチンコで2000円をすってしまったというのと同じだ。実に無駄なお金の使い方をしたものだと怒られるのは当然だが、だからと言って家計が破綻するわけではない。これは言わばガバナンスの問題であり、財政の構造的な問題というわけではないのだ。年金にまつわる不正使用等の事件が起きる都度、同様の批判が起きるが、それらは一部の罪を犯した人間を厳正に処罰すればよい話であって、そのこと自体と年金の制度に対する不安が直結するものではない。 ところが人間の心理とは理屈で割り切れるものではない。そのような不祥事が起きると、全体に対する不信感が生じてしまうのだ。 ある特定の事象が全体にわたって起こるように勘違いすることを「代表性ヒューリスティック」と言う。公的年金の場合で言えば、前述のグリーンピア事件をはじめ、加入記録問題や不正使用等の不祥事が起きる都度、それが年金のガバナンスのみならず、財政全体に対する不信感につながっている。もちろんこうしたガバナンスを是正することが重要であることは言うまでもないが、年金財政の問題とは分けて冷静に考えるべきだろう』、「年金財政の問題とは分けて冷静に考えるべき」、その通りだが、「グリーンピア事件」では政治家が絡んだこともあって、責任追及はうやむやに終わった。年金の管理が、厚労省から日本年金機構に移管されただけで、「ガバナンスを是正」には程遠いのが実態だ。
・『公的年金は不払いで民間保険に入るのは愚かだ さらに言えば、そうした「代表性ヒューリスティック」によって年金不信が募ってくると、多くのマスコミはそうした一般市民の印象に合うような報道をしようとする。つまり「年金はダメだ」「年金は信用できない」という印象をさらに増幅するような報道になりがちなのだ。 自分が持っている意見や印象と異なることは、それが事実であっても受け入れたくない、聞きたくないという気持ちが強く、自分の考えに合う情報のみを受け入れたくなる心理のことを「確証バイアス」と言う。年金報道はまさにこの「確証バイアス」が生み出していると言ってもいいだろう。 この確証バイアスは言わば「負の連鎖」と言ってもいいのだが、現実にはなかなかこれを解消するのは大変だろう。厚生労働省もそれなりに正しく情報を伝える努力はしているようだが、まだまだ正しい知識が広まっているとは言えない。ただ、厚生労働省が出しているサイト「いっしょに検証!公的年金」は非常に良くできていると思う。漫画仕立てでスムーズに読め、その後に詳しい解説も載っているし、何よりも流れが良いので一気に読める。厚生労働省の宣伝をするつもりはないが、このサイトは読んでおいて損はないだろう。 言うまでもなく、公的年金は老後の生活を支える重要な柱の一つであり、最も土台とすべきものである。サラリーマンの場合は、年金保険料は給与天引きであるため、未納となって将来年金が受け取れなくなる心配はないが、自営業や非正規社員の人で国民年金を自分で納める必要のある人の中には、公的年金保険料を払っていない人たちもいる。 もちろん、中には収入があまりにも少なくて、とても保険料が払えないという人も一定数いるだろうが、そういう場合は申請をすれば保険料を免除してもらえることもある。ところが払えるにもかかわらず、公的年金保険料は意図的に払わず、民間の個人年金保険に払い込んでいるという人もいるのだ。 これはどう考えても不思議な現象だ。言うまでもなく、民間の保険は自分が払った保険料から保険会社の経費や利益を引いた分が支払いに充てられる。それは民間の営利企業なのだから当然だ。これに対して公的年金保険は、自分が出した保険料だけではなく、200兆円近くある年金の積立金に加え、税金も投入されるわけだから、こちらの方が有利であるのは明らかだ。 にもかかわらず、公的年金保険料を払っていないというのは、年金に対する不信感があるからだろう。しかしながら、それは勘違いであり、不十分な認識に基づいた不信感なのである。筆者が30代の頃、今から30年以上も前から、「年金はいずれ破綻する」と言われ続けてきたが、実際には当時から比べて年金積立金は100兆円以上も増加しているというのが事実だ。 時代の流れに合わせて制度が変わっていくのは当然だが、年金が破綻するとかもらえなくなるというのは大きな誤解だ。大事なことは、マスコミ等で報道されることをうのみにするのではなく、一次情報を自分で見に行ってきちんと判断することだろう』、「公的年金は不払いで民間保険に入るのは愚かだ」、これはその通りだ。しかし、2019「財政検証」は前提条件が甘過ぎるなど問題点も多い。2004年に導入されたマクロスライドは、年金の被保険者(加入者)の減少や平均寿命の延び、更に社会の経済状況を考慮して年金の給付金額をカットするものであるため、年金制度の破綻はあり得ないことになった。しかし、将来、給付金額が削減される可能性があることは事実で、こうし重要な点に触れず、能天気なPRをする筆者のセンスには疑いをもたざるを得ない。ちなみに、「いっしょに検証!公的年金」を覗いてみたが、いまだに平成26年財政検証結果を説明しているだけで、更新されてないのには驚かされた。
次に、元銀行員で久留米大学商学部教授の塚崎公義氏が10月20日付けダイヤモンド・オンラインに掲載した「高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤」を紹介しよう。
https://diamond.jp/articles/-/217839
・『働くと年金が減る「在職老齢年金」という制度の適用範囲を縮小することが検討されているようだ。しかし、「人生100年時代」に高齢者の労働意欲を本当に高めるためには、適用範囲の縮小ではなく、制度自体を廃止すべきである』、塚崎氏自身が適用を受けて減額されているといった個人的恨みがあると推測されるが、主張には賛成だ。
・『在職老齢年金制度で所得が一定以上の高齢者は年金が減額 在職老齢年金は、サラリーマン(男女を問わず、公務員等も含む。以下同様)が加入する老齢厚生年金(公的年金の2階部分と呼ばれるもの)の受給者が対象になる制度で、自営業者などには無関係なので、本稿でも対象をサラリーマンに絞って記すこととする。 この制度は、大ざっぱに言えば「65歳までは、給料プラス年金が月額28万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」「65歳からは、給料プラス年金が月額47万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」ものである。 そして、限られた年金の原資を本当に必要な人に分配しよう、という趣旨で作られたものなのだろう。それ自体は理解できるが、後述のように弊害が多いので、廃止すべきだ』、なるほど。
・『厚労省は「月収62万円超」への縮小を検討 財務省は制度の縮小・撤廃に慎重か 人生100年時代を迎えつつある今、「高齢者にも働いて年金保険料や税金を納めてもらい、年金の受給開始をできるだけ待ってもらおう」というのが時代の流れである。 そこで、政府が6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)には、在職老齢年金を「将来的な制度の廃止も展望しつつ、速やかに見直す」と明記された。 しかしこのたび、厚生労働省は在職老齢年金について、収入基準を引き上げて適用対象の人数を減らす方向で検討を始めた。年齢にかかわらず、月収62万円を基準とする模様である。 廃止ではなく「適用範囲縮小」にとどめるのは、「廃止すると年金支給額が大きく増えてしまうから」ということのようだが、これは納得できない理由だ。 しかも、財務省の審議会は 、見直し自体にも慎重なようである。財政再建至上主義の財務省であるから仕方ない面はあるが、非常に残念である』、確かに年金財政だけを考えると、「廃止すると年金支給額が大きく増えてしまう」のは事実だ。
・『高額所得者には累進課税で対応すべき 「高額所得者の年金を減らして低所得者に多く払ってやりたい」という発想は確かに理解できる。しかし、それなら高額所得者に課している累進課税を強化すれば良いだろう。 税制(本稿では年金制度を含めて考える)は、公平・中立・簡素が基本原則だといわれている。それならば、「簡素」の観点から、年金についても「高額所得者は除く」などとせず、一律に支給すれば良い。公平のための貧富の格差の是正は、累進税率を高めることで解決すれば良いのだ。 筆者が「簡素な制度」を望む理由の1つには、「政府の情報提供が国民へ完璧に伝わるわけではない」という点もある。 例えば「働いて収入を得ると、その分だけ年金が減らされて損をする」と思っている国民も多い。しかし在職老齢年金制度は「働けば年収は増えるが、働いたほどには増えない」というだけのことである。そうした誤解を受けないように制度を作るのは難しいから、在職老齢年金の制度そのものを廃止してしまうべきだ、と言いたい。 「中立」の観点からも、問題である。高額所得者の中でも若者には関係なく、自営業者等にも関係なく、高齢者のサラリーマンにだけ課せられる「税金」のようなものだからである。 そして何より問題なのは、経済活動に中立ではないことである。一定以上の所得を稼いでいるサラリーマンに対して「働くインセンティブを失わせる」ものだからである』、「累進課税」の強化は、在職老齢年金問題だけでなく、格差問題にも対応できる中立的でオーソドックスな政策だ。
・『人生100年時代に逆行しかねない 高度成長期のサラリーマンは、15歳から55歳まで、人生の半分以上を働いて過ごした。そうであれば、人生100年時代には、「元気であれば20歳から70歳まで働く」という時代を迎えるのが自然であろう。政府も企業に定年延長等々を求めている。 日本のマクロ経済を見渡しても、少子高齢化による労働力不足は一層深刻化していくので、高齢者や女性の労働力に期待するところが大である。 かつて、現役世代の失業が問題となっていた時代には、「高齢者が働くことで若者の仕事を奪ってしまわないように、高齢者の働くインセンティブをそぐこと」も是とされたのかもしれない。しかし、時代が変わり、制度が時代にそぐわなくなっている。 そんな時に、60歳以上のサラリーマンの勤労意欲をそぐような制度は、有害としか言いようがない』、その通りだ。
・『年金支払額だけに着目するのは問題 サラリーマンの高額所得者は、年金保険料も所得税も多額に支払っているはずだ。そうした人が在職老齢年金制度のせいで働くインセンティブを阻害されて引退してしまったりしては、政府の収入が減ってしまう。 支払う年金を減らすことだけを考えて、収入を減らしてしまったのでは、角を矯めて牛を殺してしまうことにもなりかねない。その意味でも慎重な判断が必要であろう。 加えて、所得の高いサラリーマンの中には、日本経済に大きく貢献している人もいるはずである。そうした人が働くインセンティブを阻害されて引退してしまうとすれば、それは日本経済にとって大きな損失だといえよう。 「そうした人は使命感が強いはずだから、所得に関係なく働くはずだ」と考える人もいるだろうし、筆者もそうであることを願うが、さすがにそれは期待しすぎというものだろう』、やはり「インセンティブ」の歪みは早期に解消すべきで、塚崎氏の主張には全面的に賛成である。
第三に、ライター兼編集者の吉田 祐基氏が10月29日付け東洋経済オンラインに掲載した「人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/310561
・『金融庁のいわゆる「老後2000万円問題」報告書がきっかけとなったのか、「iDeCo(個人型確定拠出年金)」で資産形成する人が増えています。国民年金基金連合会によると、iDeCoの加入者数は2019年6月時点で127万8260人だったのが、7月に131万1045人、8月には134万7853万人と、右肩上がりです。 iDeCoは、公的年金に上乗せできる私的年金制度として、資産形成の身近な手段となりつつあるようです。掛け金が全額所得控除の対象となるなど、節税のメリットにも注目が集まっています。ただし、iDeCoには落とし穴も少なくありません。ここでは、人気急上昇中のiDeCoに潜む「5つの落とし穴」に目を向けてみたいと思います』、現役を引退した私には関係ないが、一応、見ていこう。
・『加入者資格の「審査」に1カ月以上もかかる iDeCoを始めるためには、まず窓口となる金融機関(運営管理機関)を選ぶ必要があります。選んだ金融機関から申込書を取り寄せたら、必要事項を記載のうえで返送するわけですが、その後すぐにiDeCoを始められるというわけではありません。これが1つ目の落とし穴です。 返送した書類は金融機関から国民年金基金連合会に送付されて、加入者資格の審査にかけられます。この審査に1〜2カ月程度、要するのです。そして、審査が完了したら、iDeCoを利用するために必要な専用IDなどが郵送されてきます。 なお、申し込みの際の必要書類は、公的年金の第1号被保険者(自営業など)と、第2号被保険者(会社員や公務員など)で異なります。第2号被保険者の場合は、「事業者登録申請書兼第2号加入者に係る事業主の証明書」の提出が必要です。この書類は会社の総務担当者などに記入・押印してもらう必要があります。 例えば会社員の場合、企業年金の有無などによって掛け金の上限額が異なることから、適切な掛け金で運用されているかどうか、会社に証明してもらう必要があるということです。厚生労働省は法改正によってiDeCoの加入手続きを簡素化する方針を示していますが、現時点ではこうした届け出の義務も加入のハードルになっている、といえるでしょう。 2つ目の落とし穴は、iDeCoのメリットといわれるものの中に隠れています。iDeCoは、その運用期間中の掛け金が全額所得控除の対象となるため、所得税や住民税などの負担が軽減することがメリットに挙げられます。一方で、こうした節税効果は、年末調整や確定申告で申告をして初めて得られるものです。 会社員や公務員で、自分で掛け金を積み立てている人の場合(掛け金の納付方法で「個人払込」を選択している場合)、年末調整の際に、用紙の右下にある「小規模企業共済掛金控除」の欄に掛金額を記入する必要があります。同時に、支払った掛金額を証明するために、国民年金基金から届く「小規模企業共済等掛金払込証明書」を添付しましょう。 掛け金を給与から天引き(納付方法で「企業払込」を選択)している場合は、税金に関する手続きは年末調整で行わず、毎月の給与から源泉徴収されることになります。つまり、年末調整の際に、原則として用紙に記入するなどは必要ありません。 自営業者の場合は、確定申告の際に必要事項の記載と証明書の提出をもって、納めすぎた税金の一部を取り戻すことができます。申告書の「小規模企業共済等掛金控除」の欄に掛け金の額を記載のうえ、会社員の場合と同様に「小規模企業共済等掛金払込証明書」を提出する必要があります』、手続きはかなり煩雑なようだ。マイナンバーカードを活用すれば、不要になるものもありそうだ。
・『運用期間中、ずっと「手数料」が発生し続ける 3つ目の落とし穴は、iDeCoも元本割れの可能性があるということです。 iDeCoでは原則、運用商品として定期預金などの「元本確保型」を選ぶか、投資信託などの「元本変動型」を選ぶか、どちらかを選択する必要があります。資産の目減りを避けるのであれば「元本確保型」が候補になりますが、一方で毎月の手数料分、元本割れしてしまう可能性も考慮しなければなりません。 そもそもiDeCoには、新規加入時・運用中・給付時に手数料がかかります。新規加入時には国民年金基金連合会に支払う2829円のほか、窓口となる金融機関によって0円から1000円程度の手数料がかかります。給付時には、1回当たり440円の手数料が発生します。 とくに注意しなければいないのが、iDeCo運用中にずっとかかる手数料です。中でも、収納手数料と事務手数料は、一律で合計2052円(年間)。さらに金融機関によっては年0円〜6000円程度の口座管理手数料が必要となります。 ネット証券では基本的に、口座管理手数料が無料のケースが多いようです。一方で、店舗型の金融機関では「資産残高が50万円以上なら運用中にかかる手数料は無料」などと、最低保有残高によって手数料を下げるといった条件を設けている場合があります。 しかしネット証券でiDeCoを運用する場合も、運用期間中は必ず年2052円の手数料が発生することになります。年0.02%の金利が適用される元本確保型の場合、毎月5000円の掛け金だと、年12円程度しか運用益を得ることはできません。つまり手数料分だけ、年間で2040円マイナスとなるわけです。このように節税メリットは享受できるものの、運用面では元本割れとなってしまう可能性があるのです。 4つ目の落とし穴は、60歳になっても積み立てたお金を受け取れないケースがあることです。厚労省は法改正によって65歳まで延長する方針を打ち出していますが、現在は原則として60歳までしか積み立てはできません。さらに一時金や年金を60歳から受け取れる人というのは、あくまでも60歳までのiDeCoへの加入期間が10年以上の人に限られます。 60歳以前の加入期間によって受け取り開始時期は異なり、例えば60歳までの加入期間が8年以上10年未満の人は61歳から受け取り可能です。加入期間が6年以上8年未満だと、62歳からの受け取りとなります。つまり60歳以前で、加入期間が10年に満たない人は、60歳から受け取ることは原則できないのです』、定年延長が推奨されているなかで、「厚労省は法改正によって65歳まで延長する方針を打ち出していますが、現在は原則として60歳までしか積み立てはできません」、延長しても「65歳まで」と制限する理由が理解できない。
・『転職すると、面倒な「移換」が必要になることも 最後の5つ目は、転職に伴って起こる落とし穴です。 企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入している企業から転職し、転職先に企業型DCがない場合は個人型(iDeCo)への移換手続きを行う必要がありますが、「期限」が設けられていることはご存じでしょうか。 移換手続き期限については、企業型DCの加入者資格を喪失(退職日の翌日)してから6カ月以内とされています。それを過ぎると、自動的に現金化(自動移換)されてしまいます。自動移換されると、運用が行えないために、資産を増やすことはできなくなります。 また、管理手数料として毎月52円(年間624円)が、資産から差し引かれ続けることにもなります。そのため自動移換される前に、iDeCoに新規で申し込むときと同様に、金融機関からまずは必要な書類を取り寄せましょう。自動移換となった場合でも、新規で申し込むときと同様の手続きを行えば、運用を再開できます。 以前は、iDeCoへの加入者が転職した場合、転職先に企業型DCがあれば、原則としてiDeCoの資産を企業型DCへと移換する必要がありました。つまり、これまで積み立ててきたiDeCoの資産はいったん現金化されて、会社側が指定する運用商品で新たに運用を始める必要があったわけです。 しかし、現在ではiDeCoの資産を企業型DCへ移換することなく、掛け金の積み立てのみを止め、運用指図者(iDeCoで運用する商品を決める人)として、そのまま運用することも可能となりました。その場合の手続きとしては、窓口となっていた金融機関から「加入者資格喪失届」を取り寄せて必要事項を記入のうえ、返送する必要があります。 以上、iDeCoにまつわる落とし穴を5つ紹介しました。落とし穴を踏まえて、iDeCoへの向き合い方を改めて整理してみましょう』、いずれにしろ手続きは面倒なようだ。ただ、公的年金の支給額はやがて減額される可能性が高いことから、現役世代にとっては、iDeCoを利用する意味は大きそうだ。
タグ:大江英樹 (その3)(年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由、高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤、人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!) 年金制度 転職すると、面倒な「移換」が必要になることも 最後の5つ目は、転職に伴って起こる落とし穴です 4つ目の落とし穴は、60歳になっても積み立てたお金を受け取れないケースがあること 3つ目の落とし穴は、iDeCoも元本割れの可能性がある 節税効果は、年末調整や確定申告で申告をして初めて得られるものです 2つ目の落とし穴 加入者資格の「審査」に1カ月以上もかかる iDeCoに潜む「5つの落とし穴」 「iDeCo(個人型確定拠出年金)」で資産形成する人が増えています 「人気急上昇の「iDeCo」に潜む5つの落とし穴 年末調整で申告を忘れると「節税」できない!」 東洋経済オンライン 吉田 祐基 年金支払額だけに着目するのは問題 人生100年時代に逆行しかねない 高額所得者には累進課税で対応すべき 厚労省は「月収62万円超」への縮小を検討 財務省は制度の縮小・撤廃に慎重か 在職老齢年金制度で所得が一定以上の高齢者は年金が減額 「高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤」 塚崎公義 将来、給付金額が削減される可能性があることは事実で、こうし重要な点に触れず、能天気なPRをする筆者のセンスには疑いをもたざるを得ない マクロスライドは、年金の被保険者(加入者)の減少や平均寿命の延び、更に社会の経済状況を考慮して年金の給付金額をカットするものであるため、年金制度の破綻はあり得ないことになった 「いっしょに検証!公的年金」 確証バイアス 公的年金は不払いで民間保険に入るのは愚かだ 「グリーンピア事件」では政治家が絡んだこともあって、責任追及はうやむやに終わった 年金財政の問題とは分けて冷静に考えるべき 代表性ヒューリスティック 一部の罪を犯した人間を厳正に処罰すればよい話であって、そのこと自体と年金の制度に対する不安が直結するものではない グリーンピア 小さな不祥事がなぜ年金全体の不信につながるのか 5年に一度の「財政検証」 特段のサプライズはなし 「年金に実態以上の過剰な不安を抱く日本人が多い理由」 ダイヤモンド・オンライン