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安倍内閣の問題閣僚等(その11)(萩生田文科相、選挙ポスターめぐる金の不可解 公費負担の仕事受けた業者が選挙時に限り献金、案里議員認めた1億5000万円「安倍マネー」を原資に不正か、小田嶋氏:大臣の謝罪で得をしたのは誰?) [国内政治]

安倍内閣の問題閣僚等については、昨年11月8日に取上げた。今日は、(その11)(萩生田文科相、選挙ポスターめぐる金の不可解 公費負担の仕事受けた業者が選挙時に限り献金、案里議員認めた1億5000万円「安倍マネー」を原資に不正か、小田嶋氏:大臣の謝罪で得をしたのは誰?)である。

先ずは、Frontline Pressが1月15日付け東洋経済オンラインに掲載した「萩生田文科相、選挙ポスターめぐる金の不可解 公費負担の仕事受けた業者が選挙時に限り献金」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/323883
・『選挙の際に立候補者のポスター代金を公費負担する制度をめぐり、「候補者側からの請求金額が過大だ」「水増し請求ではないか」といった疑念がつきまとっている。そのため、地方選挙では住民監査請求が引きも切らない。 この問題に関連し、2017年の衆議院選挙で東京都から選出された現職議員37人(小選挙区と比例復活)の実態を調べたところ、萩生田光一・文部科学相(24区・自民党)は2014、2017年の衆院選において、ポスター印刷を契約した業者からほぼ同時期に政治献金を受けていたことがわかった。 選挙制度に詳しい専門家は「業者と候補者が事前に何かを話し合っていたら詐欺罪になりかねない」と指摘している』、「文部科学相」になろうとする人物がなんとみみっちいことをするのか、と驚かされた。
・『萩生田氏のポスター本業「飲食店経営」が受注  「選挙ポスター公費負担『100万円超』への大疑問」(2020年1月11日配信)で既報のとおり、2017年の東京都から選出されている現職議員37人のうち9人は、公費負担制度で認められた限度額いっぱいを請求している。1枚当たりの単価も印刷枚数も規定の上限だった。 取材記者グループ「フロントラインプレス」が公表資料や情報開示請求で得た公文書を分析したところ、萩生田氏は2014、2017年の選挙の際、地元八王子市内のA社とポスター印刷の契約を結んだ。A社のホームページには事業内容として「デザイン・印刷広告」と記されているものの、本業はパブなど9店舗を経営する飲食業だ。 ところが、A社は実際に印刷をしておらず、この2回の選挙とも、同じ八王子市内の印刷業者B社にポスター印刷を“下請け”発注した。公職選挙法の規定では、法定ポスターには印刷責任者名をポスター表面に記載する必要があり、2014年も2017年も萩生田氏のポスターにはB社の社名が記されている。 このB社は毎年のように萩生田氏側からパンフレットやビラ、講演会ポスターなどの印刷を請け負っている業者だ。では、なぜ、この2度の選挙において萩生田氏側はポスター印刷をB社に直接発注せず、わざわざA社を介する形を取ったのか。 公開資料などによると、2014年の選挙時、A社は萩生田氏と交わした契約に沿って、制度上限額の99.9%に当たる111万9936円を東京都選挙管理委員会に請求した。さらに、2017年には上限額の100%に当たる115万1920円を請求。選挙後にそれぞれの代金は選管からA社に支払われている。 一方、萩生田氏が代表を務める政治団体「自民党東京都第24選挙区支部」には、選挙のあった2014年と2017年に限って、A社からの政治献金があった。2014年は投票日12月14日の5日前の同9日に10万円。2017年は投票日10月22日の3日前に10万円。また、実際のポスター印刷を“下請け”したかたちのB社も2014年と2017年、投票日の前後に計20万円を同じ政党支部に寄付している。 実際にポスターを印刷しない業者が「候補者からポスター印刷を請け負った」として選管に代金を請求する、その業者が選挙とほぼ同時期に候補者側に政治献金する――。こうした行為は法に抵触しないのか。さらに言えば、このケースでは、政治献金は、外形的にはポスター印刷を受注したことの“見返り”にも見える。 総務省選挙課の担当者はこう言う。 「公選法の規定では、国または地方公共団体と請負契約を結んでいる『会社や法人』は、当該選挙に関して寄付ができません。一方、請負契約の相手が『候補者』ならば、献金先がその候補者の政治団体であっても寄付を制限する規定はありません。ただし、公選法以外にも刑法なども当然、適用されるので、そちらに違反するものなら捜査の対象になるでしょう」』、明らかに「公選法の規定」の不備だが、刑法などに触れる可能性があるようだ。「わざわざA社を介する形を取ったのか」、不思議だ。
・『印刷業者からの献金に問題は?議員側「適正に処理」  萩生田氏のケースについて、関係資料を確認できたのは、2017年と2014年の衆院選のみである。それより前の資料は情報公開請求の対象外であり、ポスター印刷を請け負った業者名も確認できない。 ただ、政治団体の経理書類(政治資金収支報告書)を見ると、2012年の衆院選投票日の4日前にA社は10万円を、B社は社長名で計8万円を投票日前後に萩生田氏の政治団体に献金していた。 また衆院選のなかった2010、2011、2013、2015、2016、2018年については、A社とB社は共に衆院選萩生田氏の政治団体に献金したとの記載はなかった。 選挙ポスターの発注とA・B両社からの政治献金について、萩生田氏の事務所はこう回答した。 「選挙運動費用につきましては、法令に従い適正に処理し、その収支を選挙運動費用収支報告書に記載しているところです。また、政治資金につきましても同様に、法令に従い適正に処理し、その収支を報告しているところです」』、少なくとも「2012年」からやっていたようだ。
・『専門家「結託していれば詐欺罪の可能性」  「政治資金オンブズマン」共同代表を務める神戸学院大学法学部の上脇博之教授はこう指摘する。 「仮に候補者と印刷業者が意図的に寄付分を上乗せした高い金額でポスター制作の契約を交わしていた場合は、詐欺罪に該当する可能性もあります。(発注者である)候補者に公金がキックバックのような形で還流していると見えるだけでも、政治的・道義的に問題がある。寄付を受け取るべきではなかったでしょう」 政治資金・選挙資金問題に詳しい日本大学法学部の岩井奉信教授も「一般論として」と前置きしたうえで、こう語った。「仮に候補者と業者が結託し、不当な金額を乗っけて選管に請求して受け取っていたとしたら、詐欺罪に当たる。そもそも、当選議員の中で、税金で賄われるポスター代に4倍も5倍もの開きがあること自体に問題がある。適正な価格はいくらなのか。そこが不透明なままだとしたら、今後も(水増し請求などの)疑いが生まれる余地を残します」』、「ポスター代」は実費ではなく、一律の金額を候補者に渡すことにすれば、こうした不正はなくなる筈だ。

次に、1月24日付け日刊ゲンダイ「案里議員認めた1億5000万円「安倍マネー」を原資に不正か」を紹介しよう。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/268073
・『安倍首相の「私物化」や「身内びいき」が、ここにも表れている。 昨年7月の参院選で、ウグイス嬢に法定上限の倍額の報酬を支払った公選法違反容疑で広島地検が捜査している河井案里参院議員と河井克行前法相の夫婦の問題で、新たな事実が判明した』、興味深そうだ。
・『夫婦一帯で選挙違反の傍証か  選挙直前、河井夫妻それぞれの政党支部に自民党本部から7500万円ずつ振り込まれていたのだ。わずか3カ月で計1億5000万円。同じ広島選挙区で立候補していた自民党の溝手前参院議員への支給は1500万円というから、ケタ違いの巨額な選挙資金で優遇されていた。 案里議員は23日、1億5000万円もらったことを認め、「違法ではありません」と居直ったが、自民党内からも「聞いたことがない異常な額だ」と驚く声が上がっている。 「河井夫妻『買収』原資は安倍マネー1億5千万円だった」と報じた週刊文春によると、自民党関係者が「肩入れは安倍首相の意向があってこそ」「首相の後ろ盾は絶大で、案里氏は党本部からの『安倍マネー』を存分に使うことができた」などと証言。カネの面だけではなく、少なくとも4人の安倍事務所秘書が広島に入って案里議員の選挙を手伝うなど、案里議員の選挙は安倍首相丸抱えだったという』、法外な「1億5千万円」の他に、「少なくとも4人の安倍事務所秘書が広島に入って案里議員の選挙を手伝う」、とはまさに「安倍首相丸抱え」だ。
・『不正を奨励するような異常な金額  それにしても、1億5000万円ものカネは何に使ったのか。ウグイス嬢の買収だけでは、とても使い切れそうにない。 政治資金に詳しい神戸学院大教授の上脇博之氏が言う。 「選挙運動で使える金額は公選法で上限が定められていますが、1億5000万円は法定選挙費用を大幅に上回る。公示前の政党活動費は含まれないとはいえ、党側が法定選挙費用を上回る資金を振り込んだのは、裏ガネ、買収などなんでもアリの不正選挙を奨励しているようなものです。また、夫の政党支部に7500万円が振り込まれたことにも注目しています。この時期、同じように巨額資金が振り込まれた衆院議員は他にいるのでしょうか。夫婦一体の選挙で、克行氏が不正に関与した傍証になると考えられる。たしかに、党本部から支部への資金交付に上限はないが、政党交付金の原資は税金です。それが特定の候補者に集中して投入され、違法選挙に使われたのなら、自民党の安倍総裁にも説明責任がある。桜を見る会と同様に、政治や選挙の私物化は目に余ります」 河井前法相の「任命責任」だけでは済ませられない問題だ』、公職選挙法違反で立件されるのも時間の問題だろうが、自民党内でもここまでの恣意的な選挙資金配分には異論が強まるだろう。

第三に、コラムニストの小田嶋 隆氏が昨年11月1日付け日経ビジネスオンラインに掲載した「大臣の謝罪で得をしたのは誰?」を紹介しよう。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00116/00042/?P=1
・『先週は体調不良のため、おやすみをいただいた。 今週も体調はたいして改善していない。でも、今回は書かないといけないと思っている。自分のためだけではない。この国の未来ために……と、別に恩に着せるつもりはないのだが、おおげさなことを言ってしまった。忘れてください。 萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言関連のニュースを眺めつつ、すでにうんざりしている人も少なくないことだろう。 なにしろ報道の量が多いし、その伝え方があまりにもカタにハマっている。そう思って大臣に同情を寄せている人もいるはずだ。 私自身、少なからずうんざりしている。 理由はいくつかある。 第一の理由は、萩生田発言をとらえて、自分が当欄に書くであろう原稿の内容が、あらかじめわかりきっているからだ。 いったいに、原稿を書く人間は退屈を嫌う。私も同じだ。自分が何を書くのかが、あらかじめ見えているタイプの原稿には、なるべくかかわりたくない。 できれば、脱稿するまで自分が何を書くのか見当がつかない原稿の方を書きたいと思っている。その方がずっと執筆意欲を刺激する。 むろん、書きながらあちこちに脱線するタイプのテキストは、そのまま失敗して終わるケースが少なくないのだが、それでも、書き手にとってはその種の扱いにくい原稿に取り組んでいる方がスリルを味わえることはたしかで、だから私は、この10年ほど、あえて自分ながら考えがまとまらないでいるネタをいじくりまわすことを選んでいたりする。 今回は違う。 書き始める前から、何を書くべきなのかが明瞭にわかっている。しかも、どうやって書き進めればよいのかについても手順が見えている。 つまり、執筆は手続きにすぎない。 となると、退屈してしまって、なかなか手をつけることができない。 おかげで、デッドラインが致死的な線に近づいてきている。逆に言えば、締め切りという物理的な圧力を借りないと書き始めることができなかったわけだ。 書くことがはっきりしている理由は、萩生田大臣の失言をめぐる論点が誰の目にも明白だからだ。 わざわざ自分が書くまでもないとさえ思う。誰だってわかっているはずじゃないか、と。 とはいえ、世間には、萩生田発言をめぐる明らかな論点をいまだにとらえきれていない人たちが依然として残っている。 今回はそういう人たちのために書く。 「なにをオダジマがわかりきったことを」と、そう思った人は、読み飛ばしていただいてかまわない。 そうでない人たち、たとえば安倍総理大臣閣下には、できれば熟読をお願いしたい。そして、萩生田発言の何が問題で、どうして人々があんなに憤っているのかについて、ぜひ考えてみてほしい』、「私は、この10年ほど、あえて自分ながら考えがまとまらないでいるネタをいじくりまわすことを選んでいたりする」、あえて困難な方を好むとは、コラムニストとはやはり常人とは違うようだ。
・『萩生田発言について書く前に、ほとんど同じ時期にメディアが取り上げた河野太郎防衛相による「雨男」発言に触れておく。 この二つの発言は相互に無関係なコメントでもあれば、意図にも効果にもほとんどまったく共通するところはないのだが、不幸なことに、ほぼ同じタイミングで「事件化」されたがために、一連の失言として扱われることとなった。 このこと(二つの別々の失言が「閣僚による相次ぐ失言」事案として一括処理されていること)は、事態を見えにくくしているばかりでなく、新聞読者やテレビ視聴者に不必要な腹部膨満感をもたらしている。 実にばかげた事態だと思う。 はじめから説明するのも面倒なので、以下、この2日ほどの間に投稿した自分のツイートを引用する。《河野防衛大臣の「雨男」発言を謝罪に追い込んだのは悪手だと思う。こんなゴミみたいなジョークの揚げ足を取っても、メディアの手柄にはならないし、野党の実績にもならない。ただただ政権側に「メディアの切り取りってウザいよね」という印象を広める絶好の宣伝機会を与えている。バカすぎる。午後6:38 ・ 2019年10月29日》 《河野防衛相の世にもくだらないジョークに鬼の首を取った的な反応を示した結果、同時期の萩生田文科相によるいわゆる「身の丈」発言への追及も同じ「揚げ足取り」と見られてしまっている。萩生田発言は「教育の機会均等」を全否定する深刻かつ重大な暴言だったのに、だ。午後6:47 ・ 2019年10月29日》 《考えの足りない調子ぶっこいた世襲のバカ大臣が、場違いなジョークをカマして赤っ恥をかいた案件と、文部科学行政全般に対して狂った予断を抱いている暴君志向のヤンキー大臣が、格差容認思想を露呈してみせた案件を一緒くたにしてはいけない。バカはバカ。悪は悪。きちんと分けて処理してほしい。午後6:55 ・ 2019年10月29日》 一連のツイートで私が言いたかったのは、単なる「口が滑った」カタチの失言に過ぎない河野防衛相のケースと、看過できない凶悪な本音を思わず露呈してしまった結果である萩生田文科相の暴言では、意味や重さが違うということだ。であるから、今回、これら二つの失言を「新任の大臣の不適切発言」という雑なタグにまとめて同一視して恥じなかったメディアの愚かさには心底から失望した。 河野大臣のスピーチについて申し上げるなら、たしかに、言葉の選び方において無神経だとは思う。 だが、それだけの話だ。「つまらないジョークだった」「センスがなかった」というツッコミも各方面から入っているし、私もたしかにその通りだとは思う。 だが、ジョークがスベった程度のことがいったい何の罪だというのだろうか。 ジョークはスベるものだ。 最高級に洗練されたジョークであっても、それが通じない聴衆の前ではスベることになっている』、「二つの失言を「新任の大臣の不適切発言」という雑なタグにまとめて同一視して恥じなかったメディアの愚かさには心底から失望した」、全く同感だ。悪質な「萩生田文科相の暴言」のインパクトを薄める狙いでは、と疑いたくもなる。
・『万人を爆笑させるジョークが原理的に存在し得ない以上、ジョークは必ずある局面においてスベるものなのであって、だとすれば、スベったことをとらえてジョークの発信者を断罪することは、野暮でしかない。 ばかばかしいにもほどがある。次に「不謹慎」という側面についてだが、たしかに、豪雨災害の当地に赴いた翌日に「雨男」というネタをカマしに行った大臣のチャレンジは、不謹慎と言われても仕方ないものだった。 しかし、では、不謹慎というのは、現職閣僚が記者の前で陳謝せねばならないほどの大罪なのだろうか。 それ以上に、あの場の大臣の不謹慎発言で、実際のところ、被災地の人間が本当に傷ついたのだろうか。 私は必ずしもそうは思わない。 どちらかといえば、記者が、例によって被害者の立場に立ったかのような語法で発言者を追い詰めにかかる常套手段を用いたに過ぎないように見える。 たしかに、河野防衛相のスピーチは適切でもなければ行き届いていたわけでもないし、面白くない上に厳粛でもなかった。 が、スピーチなどというものは、しょせんそんなものだ。 世界中が有意義で上品で目からウロコが落ちるようなスピーチだけで動いているわけでもあるまいし、たかが雨男程度のバカネタをどうして看過できないのだろうか。 本当のところを言うなら、河野大臣のスピーチより、先に引用した私のツイートの方が程度としてはずっとヒドい。何より失礼だし品がない。決めつけ方も一方的だし、表現に遠慮がなさすぎる。その私の罵詈雑言ツイートに比べれば、大臣のほんのちょっとスベったジョークの方がどれほどエレガントであることか、と、私は本心からそう思っている。 なのに、いちコラムニストの極悪卑劣な罵詈雑言はスルーされ、大臣のジョークは断罪される。 おどろくなかれ、「報道ステーション」は、この発言を伝えるにあたって、速報を打ってみせた。 大喜びで獲物に飛びつくサマが目に見えるようだ。 あんまりじゃないか。 新聞各紙も例によって 《河野太郎防衛相は28日、東京都内で開いた自身の政治資金パーティーで「私はよく地元で雨男と言われた。私が防衛相になってから既に台風は三つ」と発言した。災害派遣された自衛隊員らの苦労をねぎらう話の導入としての発言で、会場からは笑いも起こった。ただ相次いだ台風や大雨で多数の死者が出ただけに、発言は軽率だとの批判を浴びる可能性がある。─略─》てな調子で批判を煽りにかかった。 それにしても、「批判を浴びる可能性がある」「批判を呼びそうだ」という定番の記事文体は、新聞を読み慣れた人間の目には 「なあ、みんなで批判を浴びせようぜ」というふうにしか見えないはずなのだが、21世紀にもなって、あいも変わらずこんな書き方を採用していて、新聞社の中の人たちは、読者に見捨てられる可能性を多少とも考慮しないのだろうか』、メディアも表立って安倍政権批判が出来ないので、つまらない些事で、批判をした気になって自己満足に浸っているのだろうか。
・『でなくても、どうしてこういう見え透いた書き方の責任追及で仕事をしたつもりになれるのか、私にはそこのところがどうしてもわからない。 結果として、大臣に陳謝させることができたのだとして、いったい誰が得をするというのだ? 私の見るに、今回のケースでは、得をしたのはあきらかに政権側だ。 なぜというに、政府としては、河野防衛相がどうでもよい失言について潔く陳謝したことで、結果としてより深刻かつ重大な格差容認発言である萩生田文科相のケースの印象を薄めることに成功したからだ。 おそらく、河野大臣は大喜びで謝罪会見に臨んだはずだ。 実際、あの謝罪はたいした失点にならない。むしろ、素早い謝罪対応が得点になっている。 のみならず、 「あー、河野さんも重箱のスミばっかりつついているケツメドのちっちゃいメディアにあれこれいじめられて大変だよね」「野党ってこんなゴミみたいな追及しかできないわけ?」てな調子で、同情が集まる可能性さえ考えられる。 もちろん萩生田大臣も安堵しているはずだ。というのも、本来なら、自らの発言について、釈明と真意の説明を求められるはずのところを、撤回と謝罪という通り一遍の処置で逃げ切れたのは、同じ時期に弾除けになってくれる同僚の大臣がいてくれたおかげだからだ。 バカな話だ。 最後に、萩生田文科相の発言の悪質さについて説明しておく。 あれは、偶然の発言ではない。 テレビ出演の際の長尺の発言から一部を切り取った結果生じたニュアンスの変化による悪質さでもない。 萩生田文科相が、常々考えている自身の教育観をそのままテレビのカメラに向かって語って見せた、そのものズバリの格差容認発言そのものだ。 彼は、記事の中でこう言っている 「それを言ったら『あいつ予備校に通っていてずるいよな』というのと同じ」 そして、「裕福な家庭の子が回数受けてウオーミングアップできるみたいなことがもしかしたらあるのかもしれない」と、現状に経済的な格差による有利不利が存在していることを認めた上で、あらためて 「自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえれば」と述べている』、「萩生田文科相が、常々考えている自身の教育観をそのままテレビのカメラに向かって語って見せた、そのものズバリの格差容認発言そのものだ」、鋭い指摘で、その通りだ。
・『これは、どこをどう切り取ったところで、「すでに格差がある以上、これから導入する試験に格差があったところで大きな違いはない」 という格差容認論である点に違いはない。 いや、現実の世の中には、萩生田大臣と同じように、格差が実在することを認識することこそが「現実感覚」でありそれこそが「リアル」だと信じている人はたくさん(というか、日本人の半分以上は萩生田大臣に賛成でしょう)いる。それはわかっている。試験だったり入試だったりが、その格差を前提として実施されていることを「容認」している人間だって、決して少なくないはずだ。のみならず、これから導入される試験にしても、そりゃ当然富裕層に有利なものになるだろうさ、てな調子であらかじめあきらめている日本人も山ほどいるはずだ。 ただ、萩生田発言の問題点は、それを言ったのが、そこいらへんのスナックのカウンターに腰掛けているおっさんではなくて、文部科学行政のトップを担う役割の人間だったところにあるわけで、これはつまり、「軍隊なんだから兵隊が死ぬのは仕方ないよね」と言ったのが元帥閣下でしたみたいな、どうにもならない話であるわけです。 しかも、この話に救いがないのは、萩生田大臣の口吻の裏にうかがえる「格差容認」および「入試関連業務民営化」ならびに「大学入試基準の非学問化」あるいは「大学における研究ならびに学術教育の軽視と産業戦士育成過程の強化」といった諸要素が、そのまま現政権の主要メンバーがかねて抱いている共通の理念そのものだからだ。 いつだったかの当欄でご紹介した安倍首相によるスピーチを再掲しておく。この演説は、いまでも首相官邸のホームページに掲載されている。興味のある向きは全文を熟読してほしい。5年前の言葉だからこそ、いまになって気づかされる部分がいくつかあるはずだ。 平成26年5月6日 OECD閣僚理事会 安倍内閣総理大臣基調演説 平成26年の5月に開催されたOECDの閣僚理事会の席で、世界中のVIPを前に安倍首相は「ある調査では、大学の特許出願のうち、アメリカでは15%程度が新たなビジネスにつながっていますが、日本では0.5%程度しかない。 日本では、みんな横並び、単線型の教育ばかりを行ってきました。小学校6年、中学校3年、高校3年の後、理系学生の半分以上が、工学部の研究室に入る。こればかりを繰り返してきたのです。 しかし、そうしたモノカルチャー型の高等教育では、斬新な発想は生まれません。 だからこそ、私は、教育改革を進めています。学術研究を深めるのではなく、もっと社会のニーズを見据えた、もっと実践的な、職業教育を行う。そうした新たな枠組みを、高等教育に取り込みたいと考えています。」と述べている。 「学術研究を深めるのではなく」と、彼は言い、さらに「もっと実践的な職業教育を」と言ってしまっている。 もしかして、現政権の中枢にある人々は、「学問」とか「学術教育」全般に対して憎悪に似た感情を持っているのかもしれない。 そういうふうに考えないと説明がつかない。 体調が良くないので、オチを付けずに終わることにする。 私は特段に学問のサイドに立っている人間ではないのだが、それでも、ここまで教育やら大学やらをコケにされるとやはり気持ちが良くない。 ではまた来週』、「現政権の中枢にある人々は、「学問」とか「学術教育」全般に対して憎悪に似た感情を持っているのかもしれない」、その通りで、嘆かわしいことだ。安倍政権の「高等教育」改革全般について、体系的な批判記事が見つかれば、紹介するつもりである。
タグ:10万円 東洋経済オンライン 週刊文春 日刊ゲンダイ 日経ビジネスオンライン 安倍内閣の問題閣僚等 小田嶋 隆 (その11)(萩生田文科相、選挙ポスターめぐる金の不可解 公費負担の仕事受けた業者が選挙時に限り献金、案里議員認めた1億5000万円「安倍マネー」を原資に不正か、小田嶋氏:大臣の謝罪で得をしたのは誰?) Frontline Press 「萩生田文科相、選挙ポスターめぐる金の不可解 公費負担の仕事受けた業者が選挙時に限り献金」 ポスター代金を公費負担する制度 萩生田氏のポスター本業「飲食店経営」が受注 2014、2017年の選挙の際、地元八王子市内のA社とポスター印刷の契約 本業はパブなど9店舗を経営する飲食業 この2回の選挙とも、同じ八王子市内の印刷業者B社にポスター印刷を“下請け”発注 選挙のあった2014年と2017年に限って、A社からの政治献金 B社も2014年と2017年、投票日の前後に計20万円を同じ政党支部に寄付 政治献金は、外形的にはポスター印刷を受注したことの“見返り” 印刷業者からの献金に問題は?議員側「適正に処理」 専門家「結託していれば詐欺罪の可能性」 「案里議員認めた1億5000万円「安倍マネー」を原資に不正か」 安倍首相の「私物化」や「身内びいき」 夫婦一帯で選挙違反の傍証か 挙直前、河井夫妻それぞれの政党支部に自民党本部から7500万円ずつ振り込まれていた 同じ広島選挙区で立候補していた自民党の溝手前参院議員への支給は1500万円というから、ケタ違いの巨額な選挙資金で優遇 自民党内からも「聞いたことがない異常な額だ」と驚く声 河井夫妻『買収』原資は安倍マネー1億5千万円だった 自民党関係者が「肩入れは安倍首相の意向があってこそ」 「首相の後ろ盾は絶大で、案里氏は党本部からの『安倍マネー』を存分に使うことができた」 少なくとも4人の安倍事務所秘書が広島に入って案里議員の選挙を手伝う 案里議員の選挙は安倍首相丸抱えだった 不正を奨励するような異常な金額 1億5000万円は法定選挙費用を大幅に上回る 公示前の政党活動費は含まれないとはいえ、党側が法定選挙費用を上回る資金を振り込んだのは、裏ガネ、買収などなんでもアリの不正選挙を奨励しているようなもの 「大臣の謝罪で得をしたのは誰?」 萩生田光一文部科学相の「身の丈」発言 河野太郎防衛相による「雨男」発言 ほぼ同じタイミングで「事件化」されたがために、一連の失言として扱われることとなった。 このこと(二つの別々の失言が「閣僚による相次ぐ失言」事案として一括処理されていること)は、事態を見えにくくしているばかりでなく、新聞読者やテレビ視聴者に不必要な腹部膨満感をもたらしている 二つの失言を「新任の大臣の不適切発言」という雑なタグにまとめて同一視して恥じなかったメディアの愚かさには心底から失望した 今回のケースでは、得をしたのはあきらかに政権側だ 萩生田大臣も安堵しているはずだ。というのも、本来なら、自らの発言について、釈明と真意の説明を求められるはずのところを、撤回と謝罪という通り一遍の処置で逃げ切れたのは、同じ時期に弾除けになってくれる同僚の大臣がいてくれたおかげだからだ 萩生田文科相が、常々考えている自身の教育観をそのままテレビのカメラに向かって語って見せた、そのものズバリの格差容認発言そのものだ 萩生田大臣の口吻の裏にうかがえる「格差容認」および「入試関連業務民営化」ならびに「大学入試基準の非学問化」あるいは「大学における研究ならびに学術教育の軽視と産業戦士育成過程の強化」といった諸要素が、そのまま現政権の主要メンバーがかねて抱いている共通の理念そのものだ OECD閣僚理事会 安倍内閣総理大臣基調演説 「学術研究を深めるのではなく」と、彼は言い、さらに「もっと実践的な職業教育を」と言ってしまっている 現政権の中枢にある人々は、「学問」とか「学術教育」全般に対して憎悪に似た感情を持っているのかもしれない
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