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医療問題(その23)(精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」、「精神病床数」が世界一レベルに多い日本の異様 精神疾患を持つ人の出口戦略を考えるべきだ、人権侵害が蔓延する「ブラック精神科」ついに患者たちの反撃が始まる 来春始動する「精神医療人権ネット」とは) [生活]

医療問題については、昨年11月14日に取上げた。今日は、(その23)(精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」、「精神病床数」が世界一レベルに多い日本の異様 精神疾患を持つ人の出口戦略を考えるべきだ、人権侵害が蔓延する「ブラック精神科」ついに患者たちの反撃が始まる 来春始動する「精神医療人権ネット」とは)である。

先ずは、本年1月28日付け東洋経済オンライン「精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/326880
・『精神疾患により医療機関にかかっている患者数は日本中で400万人を超えている。そして精神病床への入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床あり、世界の5分の1を占めるとされる(数字は2017年時点)。人口当たりで見ても世界でダントツに多いことを背景として、現場では長期入院や身体拘束など人権上の問題が山積している。本連載では日本の精神医療の抱える現実をレポートしていく。 まずは精神科病院の「深い闇」に分け入っていきたい』、どんな「闇」なのだろう。
・『「2度とここから出られないと…」  世間では正月休みが明けたばかりの、1月6日午前10時。米田恵子さん(42歳)は東京都八王子市にある精神科病院「多摩病院」(持田政彦院長)から退院した。2016年2月の入院から、すでに4年近くの歳月が流れていた。 「まだ夢を見ているような感じで、日常のささいなことがすごく幸せです」 退院から10日ほどたった1月半ば。取材に応じた米田さんは、そう笑顔で話した。病院では週に1度しか食べられなかった好物の麺類を好きなときに食べたり、少し夜更かしをしてテレビを見たりすることに、幸せを覚える日々だという。「何よりいちばんの幸せは、家族や友人と自由に連絡が取れることです」。 「逆に今のほうが本当は夢で、目が覚めたらやっぱり現実は閉鎖病棟内のままだった、と想像すると、怖くなって泣き出しそうになります。入院しているときは外で生活しているイメージがまったくできなくて、声を上げても誰も助けてくれず、2度とここから出られないと思ったこともありましたから」 米田さんはそう振り返ったあと、語気を強める。 「この4年間、家族とは面会はおろか、声を聞くことすらかないませんでした。入院当時、中学1年生だった次男は今では高校生。すっかり声変わりしていて成長がうれしい半面、一緒にいられなかった悲しみもあります。人生の貴重な時間を奪った病院のことは、決して許せません」 30代から40代にかけての、この4年間。米田さんが長期入院を余儀なくされた背景にはいったい何があったのか。 米田さんには男の子2人、女の子5人の計7人の子どもがいた。そのうち長女と次女は離婚した夫が親権を有している。2013年1月、地元の八王子児童相談所は、生後数ヵ月の四女を保護した。米田さんがうつ傾向にあり、一時パニック障害を生じ通院していたことから養育が難しいと判断したとみられる。その数日後、四女が救急搬送された病院で急死したと児相職員から告げられた。「乳児突然死」だった。 入院の前年である2015年、彼女にとってショッキングな出来事が相次いだ。1月には生まれたばかりの五女が、ついで9月には三女が、八王子児相に保護されていった。つまり米田さんにとってみれば、その保護下で四女を亡くした児相に、三女と五女も奪われたことになる。 「娘のなかでも、一番長くママをさせてくれた三女が、小学2年生のかわいい盛りに奪われたショックは言葉にできません。このとき以来、自分を責め精神的に追い詰められてしまいました」 その結果、精神安定剤などをオーバードーズ(大量服薬)したことで、2016年2月に多摩病院へ入院することになった』、最近はやるべきことをしない「児童相談所」がやり玉に挙げられているが、本件はやり過ぎのケースのようだ。「四女」が「乳児突然死」、「児相に、三女と五女も奪われた」、となれば、普通の母親でも「精神的に」不安定になるのは当然のことだ。この段階での「多摩病院へ入院」自体はやむを得ないだろう。
・『「あなたのことを信用していません」  「入院当初はすぐに退院できるものだと思っていました」 米田さんは入院から数カ月後には、作業療法のプログラムに参加するなど順調に体調を戻していた。通常はそこから、院内散歩、院外散歩、そして外出、外泊へと少しずつ行動領域を広げ、3カ月程度で退院する患者が多かったためだ。ところが同時期に院内の関係者間で開かれた「退院支援委員会」に出席した彼女は、主治医の言葉に耳を疑った。 「何でも自分の思うとおりになると思わないでください。私はあなたのことを信用していません」 後日、手元に届いた通知には、退院の見通しが立つまで、まだ1年近くかかると記されており、院内散歩すら認められなかった。思った以上に長い入院計画に驚いたのは、入院に同意した米田さんの妹も同様だった。「せいぜい1~2カ月だろうと思ったのでサインしたのに、まさかこんなに長くなるとは思わなかった」。 入院からほぼ1年経つころ、妹は面談した主治医からこう告げられた。「お姉さんの入院は社会的制裁です。退院するとあなたや社会に迷惑をかけることになる。市役所も児童相談所もこれに同意しています」』、「入院は社会的制裁」で「市役所も児童相談所もこれに同意」、犯罪行為に走ったわけでもないのに、「社会的制裁」とは全く理解できない。残された子どもたちを虐待する恐れがある、と判断したのだとしても、そんな根拠薄弱な理由で退院を許可しないのは不当だ。
・『この主治医が米田さんに付けた診断名は「パーソナリティ障害」。実際、主治医からはたびたび、「あなたはほかの患者を支配する『操作性』がある」と指摘されていた。 「統合失調症や認知症の人のなかには、相手との意思疎通や自己主張がうまくできない人がいます。私は病院スタッフの代わりに相談に乗ったり、病院への不満も聞いてそれを伝えたりする役も担っていたので、それが操作的とみられたのかも」。米田さんに思い当たる節は、それしかないという。 「そもそもパーソナリティ障害では通常は入院の適応とはならない。よほど社会的不適応性が大きいとすれば別だが、だとしたら長期入院などできないはずなので、やはり一般的ではない」。以前、別の精神科病院の院長だった、ことぶき共同診療所の越智祥太医師はそう疑問を呈する。 米田さんは4年間のほとんどを、4人の相部屋の病室で過ごした。うち2人が統合失調症で夜中に大声を上げることも多く、不眠に悩まされていた。そうした状況を主治医に訴え睡眠薬の処方を依頼したところ、「あなたは病気ではないから、薬は出さない」と言われたという。 実際、彼女が入院中に服薬していたのは鉄剤と耳鳴りの漢方薬などで、頓服で出されていた精神安定剤は1度も用いることはなかった。向精神薬等の薬物治療は4年間いっさい受けておらず、一般的な作業療法以外の治療プログラムもとくになかった。そのため看護師たちからも「米ちゃん、なんでここにいるの?」「米ちゃん、ぜんぜん病気に見えないんだけど」と不思議がられたという。 「面談した主治医からは、彼女には薬物治療も治療プログラムもないとはっきり言われ、ではなぜ退院できないのかと尋ねたら、『この人は操作的なんです』『人を支配しようとする』と言われ、これではまったく話にならないと感じた」。米田さんの退院を支援してきた、佐々木信夫弁護士はそう振り返る』、『この人は操作的なんです』『人を支配しようとする』と診断する「主治医」こそ精神に異常があるとしか思えない。
・『「4年間で湯船につかったのは数回だけ  閉鎖病棟内の生活においては、制約が多岐にわたる。 入浴は火曜、金曜午前中の週2回だけ。しかも4人一組で入り、制限時間は15分だ。一時は要介護者の入浴介助を男性スタッフが行い、浴室内で鉢合わせすることすらあった。 また男女交代制でその間の湯の交換が途中からなくなったことや、要介護者が湯を汚してしまうこともあり、「家ではぬるま湯で1時間ぐらいリラックスするのが楽しみだったが、4年間で湯船につかったのは数回だけ。頭皮のかゆみが悪化して、せめて手のかからない自立の人だけでも、週3回にしてほしいと交渉したけど駄目でした」。 食事も同様だ。「好物の牛肉やパンはほとんどメニューに入らず、パサついた鶏肉が多くて、あまり口に合わなかった」。代わりに売店で売っているスナック菓子やせんべいなどで空腹を紛らわせることもよくあった。ただし、「開いているのは週3日。またアメやガムなどは職員用に制限されていた」。 夕食後はテレビを見て過ごしたが、それは21時の消灯までだ。「夜9時に寝るなんて小学生以来で、4年近く病院での生活が続いても最後まですぐには眠れませんでした」。 最もつらかったのが、この4年の間、ほとんど外部と連絡が取れなかったことだ。主治医の指示で、友人・知人はおろか、子どもや親族ともいっさいの面会、そして通話すらできなかった。スマートフォンの持ち込みも禁じられたため、メールやSNSでのやりとりもできず、唯一許された外部との通信手段は手紙だけだった。 「刑務所だって直接面会できるのに、それ以下の扱いですね」。妹が主治医にそう詰め寄ると、「そんなことはない」とかわされたという』、「4年間で湯船につかったのは数回だけ」、入浴は精神安定にいい筈だが、制限がひど過ぎる。家族との「面会、そして通話すらできなかった」、禁止に合理的な理由は見出し難く、やはり「制裁」が目的なのだろうか。
・『ごまんとあるケース  インターネットも使えないため、情報収集には苦労したが、それでも患者同士の口コミなどで精神障害者の当事者団体などを知り、めげずに手紙を出し続けたことで、佐々木弁護士ら支援者たちとつながることができた。弁護士との面会は、病院側も制限できない。 さらに米田さんにとって幸運だったのが、昨年春に主治医が代わったことだった。その後、昨年8月には唯一妹とだけは面会や電話が可能となり、9月には病院敷地内での外出、その後は院外外出も可能となるなど、入院から3年半止まっていた時間が、一気に動き出した。 昨年10月からは病院、役所、弁護士、そして米田さんを交えて退院に向けた面談が始まった。家族の元に帰りたいと訴える米田さんに対して、病院と役所はグループホームへの入居を提案するなど、退院こそ認めるものの、あくまで彼女を管理下に置き続けることを求めた。妹や弁護士のバックアップもあり、交渉の末、最終的には自宅への退院が認められた。 「米田さんは自分から声をあげることができたからよかったが、精神科に入院している場合、まず弁護士につながることが非常に難しい。今回弁護士が介入しても、病院側は『社会に迷惑をかける』などと極めて抽象的で法的に根拠のない理由を繰り返し、なかなか話が進まなかった。医師は『まだ不安定だ』などとも言うが、4年近く閉鎖病棟にいればむしろ不安定にならないほうがおかしい」。佐々木弁護士とともに米田さんを支援した佐藤暁子弁護士も、病院側とのやりとりをそう振り返る。 長年、精神障害者の支援活動を行ってきた佐々木弁護士は、「なぜ彼女をこれほど長期に入院させたのか。その理由がわからないという点では、これまで携わった中でも最もひどいケース。ただひどいケースではあるが、同時にごまんとあるケースでもある」と話す。米田さんも「4年間の入院生活でさまざまな患者と会ったが、なぜ入院させられているのかわからない人も少なくなかった」という。 薬物治療も特別な治療プログラムもない中での長期入院、そして「社会的制裁だ」などという主治医の発言、家族との面会も不許可など厳しい行動制限の理由と真意について、多摩病院に取材を申し込んだところ、持田政彦院長名で下記のような書面回答が届いた』、「弁護士のバックアップ」、を受けられたからよかったようなものの、それがなければ、入院が続いていたのだろう。「4年近く閉鎖病棟にいればむしろ不安定にならないほうがおかしい」、その通りだ。
・『病院も市役所も児相も取材拒否  「弊院に入院されていた患者様の件について取材のご依頼を頂きました。しかしながら、弊院では取材はお受けしておりませんので対応できかねます。ご諒解下さいますようお願い致します。」 八王子市役所と八王子児童相談所は、「特定の個人に関する情報は、第三者の方にはお答えできないことになっています」などと回答した。 次回は米田さんを4年にわたり社会から隔離した「元凶」ともいえる、精神科特有の入院制度、「医療保護入院」の問題点について検討していく。(第2回に続く)』、「第2回」は本日まで掲載されてないが、掲載され、内容的にも面白ければ紹介する予定。「病院も市役所も児相も取材拒否」、とは酷い話だ。「米田さん」は損害賠償を提訴できる筈だ。「弁護士」と相談して提訴すれば、事実は明らかになるだろう。

次に、 作家で元東京都知事の猪瀬 直樹氏が1月20日付け東洋経済オンラインに掲載した「「精神病床数」が世界一レベルに多い日本の異様 精神疾患を持つ人の出口戦略を考えるべきだ」を紹介しよう。
https://toyokeizai.net/articles/-/325075
・『日本で精神的な「居場所」を見つけられず、心の病を抱えたり、引きこもりになったりしている人は少なくない。こうした問題を抱えるひとは欧米にも多く存在するが、日本のように医療の世界に「閉じ込める」ことはしていない。病院の外でそれぞれにあった働き方をし、自らの力で社会に役立っている。 ならば日本も欧米先進国を参考にできないか――。『日本国・不安の研究―「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』著者の猪瀬直樹氏が、医療業界の歪んだ構造にメスを入れ、精神的な病気を抱える人が、自力で社会での役割を担うための方策を提案する』、「猪瀬」氏の東京都知事としての活動は酷いものだったが、この問題ではどういったの「提案」をするのだろう。
・『精神病床数はダントツで世界一  高齢化した親と無職の引きこもり、で生活に行き詰まる現象は「8050(はちまるごーまる)問題」と呼ばれたりし始めている。内閣府が、40歳から60歳で引きこもりにあたる人が全国で61万人と発表したのは、昨年の3月だった。これまで15歳から39歳の引きこもり調査で54万人の推計を出したが、40歳から60歳を調査したのは初だった。 カリタス学園バス停の死傷事件、元農林事務次官の家庭内暴力の息子刺殺事件、吹田市の交番襲撃事件など、連続した3つの事件、さらには「京アニ事件」もそうだが、その背景は一様ではないが、自分の居場所がないがために起こされた事件としては共通項があった。 この内閣府調査で「通院・入院経験のある病気」としては「精神的な病気」を挙げる人が32%、また「関係機関に相談したことがある」が44%、そのうち半数が「病院・診療所」を挙げている。 こうした事件の背景にはさまざまな要因があるけれど、日本の精神医療システムがうまく対応しきれていないことも挙げられよう。図(人口1000人当たり精神病床数の推移・国際比較)をご覧いただきたい。主要な欧米の国々の折れ線グラフは右肩下がりである。) ところが日本は1960年代の高度経済成長の時代から極端な右肩上がりが始まり、まるで持ち家政策が発動されたのではないかと勘違いするような展開になっている。高度経済成長期以前にあった郊外の結核用サナトリウムの転用も一因だった。不治の病と恐れられた結核は抗生物質の発達で治療効果が上がり不必要で空院となり、精神科病棟へ転換して入院患者を埋めるようにした。私宅監置など座敷牢的な処遇からすれば、近代化のプロセスといえなくもない。 ところが入院病床数はそのまま減るどころか増え続けた。1980代から1990年代がピークでその後も微減でしかない。精神病床数(人口1000人当たり)はダントツで世界一なのだ。しかも平均在院日数は1カ月以内の先進国が多いが、日本だけが9カ月と、これもまたダントツである。異様な風景である。 現在、精神疾患による入院患者数は28万人(2017年厚労省調査)、1年以上の入院患者は6割・17万人、5年以上は3割・9万人もいる。明らかに日本独特の課題がある、と診断できる。日本には優秀な精神科医がたくさんいるはずなのに、なぜこうなってしまうのか』、確かに人口当たり「精神病床数」、「平均在院日数」とも「ダントツ」に多いのは異常だ。どんな「日本独特の課題」があるのだろう。
・『ベッド数を多くして稼ぐビジネスモデル  精神科病院に対する日本政府の政策としては「ハンセン病問題」と同根の考え方、19世紀から始まる隔離収容政策があった。ヨーロッパでもこうした隔離収容政策は存在した。だが、すでに図で示したように、入院患者数が激減し始めている。ではこの差はどこにあるのか。 NHK『クローズアップ現代』(2014年7月24日放映)で証言した男性は、1968年、16歳で上京したが職場での慣れない環境や人間関係のストレスから体調を崩し、妄想などの症状があらわれ統合失調症と診断され、都内の精神科病院に入院した。 22歳のときに福島の病院に転院して2011年の東日本大震災で被災するまで、40年間も隔離収容されていた。症状はほとんどない状態であるにもかかわらず、退院させてもらえなかった。これはほんの一例で、あたかも終身刑のような事例はしばしば耳にする。 精神科病院が増えていったのは患者に対する医師・看護師数の比率が低い特例基準があるため、また抗精神病薬などの開発が進み、患者が興奮して暴れるなどということが少なくなり、病床数を増やせば増やすほど経営的に利益が出やすい構造が生まれたのも一因ではある。 精神科病院側では自嘲的に「薄利多売」と評している。通常の一般医療なら月額入院費100万円のところ、精神科月額入院費は約45万円と保険点数が低い。ベッド数を多くして稼ぐビジネスモデルである。) 厚労省は精神科病院の長期入院を減らそうとはしてきた。2004年に「入院医療中心から地域生活中心へ」との理念が示されている。「精神保健医療福祉の改革ビジョン」で「受入条件が整えば退院可能な者約7万人について、10年後の解消を図る」としていたが、33万人が29万人に減ったにすぎない。7万人の目標の半分強、4万人減った程度だった。入院患者が微減に留まっているのは、受け皿がつくられていないからだ。 「精神療養病棟に入院する患者の退院の見通し」(2014年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査)によると、入院患者の半分が、在宅サービスの支援体制が整えば退院可能とされている。そうであるなら受け皿を用意しなければならない。欠けているのは出口戦略である』、「出口戦略」が「欠けている」のは事実だろうが、入院者を確保したい病院側の事情もあるのではなかろうか。
・『新しいスタイルのグループホーム  東京の通勤圏、千葉県八千代市の住宅街に新しいスタイルのグループホームが始まりかけていた。わおん障害者グループホーム(株式会社ケアペッツ)は全国各地にフランチャイズで展開中だが、八千代市の住宅街の空き家7軒で精神障害者、知的障害者などがそれぞれ3人から4人ずつ居住している。 ふつうの一般家庭と変わらない木造2階建ての家の玄関を入ると、犬が1匹、尻尾を振りながら出迎える。どこにでもある家の風景なのだ。玄関の脇に個室が1部屋、リビングとダイニングキッチン、風呂場、トイレ、これは共有スペース。階段を昇った2階に3部屋、ごくふつうの間取りだが、違いは、個室がすべて鍵付きであること、つまりその点はアパートのように独立している。 共有スペースのリビングに4人でいると孤独にはならないし、戻りたいときには各個室に鍵をかけて寝ればよい。男性棟と女性棟は別にしてある。こうした家が、住宅街の中にバラバラに7軒ある。その7軒全体の27人を管理しているサービス管理責任者が1人、生活支援員、世話人、夜間職員を含め7人がスタッフである。 サービス管理者はそれぞれの財布の管理や書類の作成などを生活支援員に手伝ってもらったりしながらこなしており、生活支援員は入居者の必要なサポートをする。世話人は料理や掃除など身の回りの暮らしの支え、夜間職員はダブルワークの会社員や学生が担当している。 生活支援員からつぎの言葉を聞いた。「病院に行きたい、市役所に行きたいという要求があれば同行します。知的障害があると文章が読めなかったり、窓口でうまく説明できなかったりします。書類を書いてあげたりもします」 入居者にはさまざまな障害者がいる。精神障害者、知的障害者、身体障害者、発達障害者。入居者の大半は一般企業の障害者雇用枠で就職している。 例えば宅配便の倉庫で、仕分け作業で就労している知的障害者の男性、また夫のDVで右足の身体障害を抱えているうえに、今度は20歳になった発達障害の息子の暴力で精神障害者(PTSD)となった女性は、就労支援施設に通い地域新聞のポスティングなど軽作業の仕事をしている。 費用の計算をしてみよう。このグループホーム入居の家賃3万7000円、食費2万5000円、日用品3000円、光熱費1万3000円、計7万8000円。家賃補助が国庫から1万円、地方自治体から1万円が利用者に支払われ、自己負担は5万8000円となる。しかし障害者年金6万5000円、就労による収入が別途あるので生活費には余裕が生じる。 グループホームは、利用者4人に対して職員1人の配置基準にしたがえば、7軒のホームに27人がいる場合は、職員数は7人となる。グループホームに支給される事業費は2000億円(「共同生活援助」サービス費)で、入居者27人に対して1人16万円給付されるので432万円、これがグループホームの運営費(人件費含む)である。人件費が月額20万円なら7人で140万円、30万円なら210万円、つまり他の支出を入れても高い利益率が確保できる』、「グループホームに支給される事業費」を払っても、精神病院などでかかる医療費よりは安くなるのだろう。「入居者の大半は一般企業の障害者雇用枠で就職している」、というのはよさそうだ。
・『犬と猫が果たしている大きな役割  グループホームなら精神科病院の入院患者は半分のコストで済む。だが退院がしっかりと社会への通路になっていないと、また舞い戻ってしまう。グループホームは孤独からの帰還のプロセスである。 玄関に犬が出迎えた、と書いた。1軒に1匹の犬がいる。アニマルセラピーによる障害者の癒やし効果がようやく証明されはじめた。このグループホームのリビングでは会話が得意でない精神障害者に対して犬がコミュニティーの中心になっていた。 わが国の人口1億2500万人に対し、全国に犬が約1000万頭、猫が約1000万頭いる。過剰ではないか。殺処分、犬1.6万頭、猫6.7万頭という現実がある。わおん障害者グループホームでは殺処分される前の保護犬・保護猫を動物保護センターから引き取って、各ホームに供給している。 首都圏や大都市圏の郊外には、かつての高度経済成長の時代に造られた庭付き一戸建ての住宅が余っている。八千代市のグループホームはかつてサラリーマンが夢見た小奇麗なマイホームだった。いま空き家は売れない。売れても安く買いたたかれる。そのままだと固定資産税の負担が残る。家賃12万円ほどもらえれば家主は喜んで貸したい心境になる。 医療費削減だけでなく、障害者も健常者も共存できるノーマライゼーションの社会、就労促進、空き家対策、ペット殺処分対策とあわせて、課題先進国・日本の処方箋のひとつがここにある。一石二鳥どころか三鳥、四鳥は、市場の力を借りて成し遂げていけばよいのだ』、説得力に溢れた主張で、同意したい。

第三に、ジャーナリストの佐藤 光展氏が昨年12月15日付け現代ビジネスに掲載した「人権侵害が蔓延する「ブラック精神科」ついに患者たちの反撃が始まる 来春始動する「精神医療人権ネット」とは」を紹介しよう』、どんなものなのだろう。
・『精神医療で傷ついた人々が立ち上がる  患者たちの反撃が始まる──。過剰な投薬や強制入院、身体拘束などで、当然のように人権を侵害されてきた精神疾患の患者たちが、人として当たり前の権利や自由を守るために、自ら立ち上がろうとしているのだ。 舞台は375万都市、横浜。福祉現場でスタッフやボランティアとして働く約300人の患者(ピアサポーター)を核とした患者支援組織「横浜精神医療人権ネット(Yネット)」=仮称=が、来春活動を開始する。 市内の精神科病院を巡回して、入院患者と友達のような関係で接し、医師や家族には言えない悩みを把握する。退院促進や、退院後も患者を孤立させないためのきめ細かな支援を行っていく。また、患者の通報によって不適切な医療行為や人権侵害が発覚した場合は、協力関係にある精神科医や弁護士と連携して、医療機関に説明や改善を求める。 ピアサポーター主体の同種の組織は前例がなく、全国への波及効果が期待される。来年1月26日にはプレイベントとして、「医療者に身体拘束の苦しみを味わってもらう体験会」を計画している。 Yネットは、横浜ピアスタッフ協会(YPS)の組織をベースに誕生する。同協会の約300人のピアサポーターたちは、作業所で通所者を支援する活動などに従事する患者で、現在は病状は安定、寛解しているが、その多くは、回復までの間に精神医療によって著しく傷つけられた経験を持っている。 医師や看護師から暴力や暴言を浴びせられたり、暴れてもいないのに隔離や身体拘束をされたり、誤診や過剰投薬で病状をますます悪化させられたりしたことがあるのだ』、「ピアサポーターたちは、作業所で通所者を支援する活動などに従事する患者で、現在は病状は安定、寛解している」、のであれば、「患者」というより「元患者」のようだ。
・『人権侵害を信じてもらえず…  このような経験や悩みを、患者が行政の相談窓口などに伝えても、「被害妄想」などと症状のせいにされて信じてもらえなかったり、攻撃的な性格だと誤解されて「パーソナリティ障害」という新たなレッテルを貼られたり、「医師の裁量権には踏み込めない」と匙を投げられたりして、著しい人権侵害すらも顕在化しない状態が続いてきた。 これに危機感を抱いたYPSのピアサポーターたちは、患者同士が密接な連携を図り、病院や行政に対して団結し改善を求めることが不可欠だと考えて、専門組織の立ち上げを決めた。 Yネットの設立準備を中心的に進めるピアサポーターの堀合研二郎さん(39)は、大学在学中の22歳の時、被害妄想が表れて精神科を受診した。すると、すぐに統合失調症と診断された。 「当時は、皮膚疾患の影響で眠れない状態が続いていました。今から思えば、極度の疲労で一時的な精神症状が現れたのだと思います」 しかし、この時の主治医は「統合失調症」と決めつけて投薬を続けた。やがて、薬を減らすと症状が強まるようになり、服薬をやめられなくなった。 こうした不適切な診療が原因で、堀合さんは心身の不調が続いて就労できず、精神科病院への入退院を34歳までに4度繰り返した。その過程で、医療スタッフによる度重なる暴言や、安易な身体拘束、薬漬けの苦しみ、任意入院なのに退院できない理不尽さ、などを次々と味わった。 回復のきっかけは、今の主治医と交渉して減薬に成功したことと、それによって副作用が減り、30代半ばにして仕事ができるようになったことだった。仕事を通して多くの仲間ができ、なんでも話せるようになった。すると心が楽になり、1種類の薬で安定して過ごせるようになった』、「主治医」が変わったのは幸運だが、変わらなければ地獄の日々が続いたことになる。健康保険連合会などが、診断書をチェックするようにすれば、無駄な医療費削減、患者の幸福にもつながる筈だ。
・『精神科は「収容所」ではない  堀合さんは現在、作業所スタッフとして働く傍ら、精神科病院の訪問活動も積極的に続けている。「医療職や福祉職は立場上、患者と友達関係になれません。私たちにはそれができる」と堀合さん。野球などのレクリエーションで長期入院の患者と親しくなるうちに「本当は退院したい」という思いを打ち明けられたこともある。働く場所や家を確保して、退院につなげた。この患者は現在、元気に働いている。 「病院を訪問すると、提供しているサービスの質がすぐにわかります。医療スタッフが私たちにもひどい言葉を浴びせてくる病院もある。そういう施設が患者をどのように扱っているか、推して知るべしです」 退院促進というと、症状は安定しているのに地域の受け皿がなく、数十年入院している高齢患者を想像しがちだが、「若くて元気で、入院の必要性など感じないのに、入院期間が数年に及んでいる人も少なくない」と堀合さんは語る。 そのようなケースは、複雑な家庭環境などの環境要因が患者の背景にあることが多く、本来は長期的な入院医療の対象ではない。それなのに精神科病院が、いわば「収容所」として便利使いされているのだ。Yネットでは、こうしたケースについても問題提起を行う方針だ。 プレイベント「医療者に身体拘束の苦しみを味わってもらう体験会」は、精神科医療の身体拘束を考える会(代表・長谷川利夫杏林大学教授)と連携して、来年1月26日、横浜市での開催を計画している。看護師の指導のもと、精神科病院で頻繁に使われるマグネット式拘束具を用いて、医療職や福祉職の希望者に、身体拘束の苦しみや、そのまま放置される恐怖を体験、想像してもらう』、「医療者に身体拘束の苦しみを味わってもらう体験会」は効果がありそうなイベントだ。
・『病院とも良好な関係を築く  Yネットの活動開始は2020年4月を予定している。NPO法人横浜市精神障害者地域生活支援連合会や、弁護士グループなどとの連携も図る。 専用の相談電話を開設し、横浜市内の全精神科医療機関に電話番号の院内掲示を依頼するほか、病院訪問や患者の退院支援を積極的に進める。各病院の対応をネットで公開する計画もある。主な活動資金は、Yネットに関心を寄せる財団などからの助成金で賄う方針だ。 堀合さんは「患者の人権を守り、病状や生活環境を良くしたいという思いは、我々も精神科病院も変わらないはず。病院とは敵対関係ではなく、良好な関係を築きながら、精神医療の改善を求めていきたい」と話している』、今後の活動に期待したい。
タグ:医療問題 東洋経済オンライン 主治医 四女 猪瀬 直樹 現代ビジネス (その23)(精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」、「精神病床数」が世界一レベルに多い日本の異様 精神疾患を持つ人の出口戦略を考えるべきだ、人権侵害が蔓延する「ブラック精神科」ついに患者たちの反撃が始まる 来春始動する「精神医療人権ネット」とは) 「精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」」 精神科病院の「深い闇」 「2度とここから出られないと…」 精神科病院「多摩病院」 入院当時、中学1年生だった次男は今では高校生。すっかり声変わりしていて成長がうれしい半面、一緒にいられなかった悲しみもあります。人生の貴重な時間を奪った病院のことは、決して許せません 「乳児突然死」 五女が、ついで9月には三女が、八王子児相に保護 精神安定剤などをオーバードーズ(大量服薬) 多摩病院へ入院 「あなたのことを信用していません」 「お姉さんの入院は社会的制裁です。退院するとあなたや社会に迷惑をかけることになる。市役所も児童相談所もこれに同意しています 診断名は「パーソナリティ障害」 なぜ退院できないのかと尋ねたら、『この人は操作的なんです』『人を支配しようとする』と言われ、これではまったく話にならないと感じた」 「4年間で湯船につかったのは数回だけ 面会、そして通話すらできなかった ごまんとあるケース 4年近く閉鎖病棟にいればむしろ不安定にならないほうがおかしい 病院も市役所も児相も取材拒否 「「精神病床数」が世界一レベルに多い日本の異様 精神疾患を持つ人の出口戦略を考えるべきだ」 『日本国・不安の研究―「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』 精神病床数はダントツで世界一 カリタス学園バス停の死傷事件、元農林事務次官の家庭内暴力の息子刺殺事件、吹田市の交番襲撃事件など、連続した3つの事件、さらには「京アニ事件」もそうだが、その背景は一様ではないが、自分の居場所がないがために起こされた事件としては共通項があった 平均在院日数は1カ月以内の先進国が多いが、日本だけが9カ月と、これもまたダントツ ベッド数を多くして稼ぐビジネスモデル 新しいスタイルのグループホーム 犬と猫が果たしている大きな役割 グループホームなら精神科病院の入院患者は半分のコストで済む 佐藤 光展 「人権侵害が蔓延する「ブラック精神科」ついに患者たちの反撃が始まる 来春始動する「精神医療人権ネット」とは」 精神医療で傷ついた人々が立ち上がる 横浜精神医療人権ネット(Yネット) 福祉現場でスタッフやボランティアとして働く約300人の患者(ピアサポーター)を核 人権侵害を信じてもらえず 精神科は「収容所」ではない 病院とも良好な関係を築く
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